とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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御使堕し編 誓いを持つ者達の死闘

御使堕し編 誓いを持つ者達の死闘

 

 

 

わだつみ

 

 

 

ミーシャという脅威から離れられたが、たとえ世界のどこへ行こうとも、<一掃>という破滅から逃れる術はない。

 

とりあえず、海辺で超越者同士が激戦を繰り広げている最中、<天使>という脅威を視界に納めないわだつみへとようやく駆けこむ事ができた当麻と刀夜を待ち構えていたのは……

 

 

「な……、おい、ちょっと待て、大丈夫か! 何があったんだ!?」

 

 

床に置かれた丸いテーブルの陰に隠れるようにうつ伏せに倒れている御坂美琴。

 

意識ないが、胸が上下に動いており呼吸はしている。

 

彼女だけでなく、建物内にいる全員は眠らされていた、このほのかな異臭―――CHCl3(クロノホルム)により

 

極微量でも、一瞬、意識がグラリと揺らぎ、クロロホルムはトリハロメタンの中でも最も有害なもので、発癌性すらも確認されている。

 

好き好んで吸いたいと思う人間などいない。

 

ということは、倒れているもの達は誰かに眠らされたという事。

 

そして、クロノホルムは極めて揮発性が高く、放置してしまえば数分で気化してしまう。

 

つまり、犯人はまだこの近くにいる可能性が高くて、

 

 

「カミやん」

 

 

「つ、ちみかど……」

 

 

唯一このわだつみで立って待ち構えていたのは、土御門元春だった。

 

妻の詩菜―――が中身のインデックスを見て表情を変える―――<御使堕し>の影響を受けている刀夜は、今の土御門―――“術の影響を受けているのなら”テレビで見るアイドルに見える―――に思わず絶句する。

 

だけど、彼はその視線を気にせず、ただ当麻だけを見て、告げる。

 

 

「ああ、そこらへんに倒れているのは俺がやった。下手に一般人を巻き込む訳にもいかんのでな」

 

 

土御門の声は、いつもと違っていた。

 

 

「ふん。その顔じゃまだ真相には気付かん、と。全く、妹が有能すぎるせいでもあるが、そういった方面では頼りなさすぎる。これは減点だな」

 

 

それは初めて見る顔、スパイとして、魔術師としての土御門元春だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ちょっと、待て。土御門、お前父さんの様子がおかしいって事に気付いてんのか? なあ、もしかしたら<御使堕し>の犯人ってのも別人なんじゃ―――」

 

 

「いいや、犯人は刀夜だ。間違いなどあるはずがない。ただ、本人が<御使堕し>を無意識の内に、中途半端に発動させてたから気付かんようだがな」

 

 

そう言われて、刀夜は激昂する。

 

 

「な、何が犯人だ! 初対面のくせに失礼だぞ、芸能人ってのは皆こうなのか!!」

 

 

そんな刀夜の様子を見て当麻はますます混乱する。

 

もし刀夜が犯人だとするなら、初対面の土御門をアイドルというはずがない。

 

だが、真相に辿り着いたプロの魔術師、土御門は刀夜が犯人だと断定している。

 

 

「はぁー……仕方ない。カミやんにも分かりやすく説明してやる」

 

 

溜息を吐くと土御門は説明を始める。

 

上条家全体が、無数の土産品によって偶然にも儀式場として成立している事。

 

風水、部屋の間取りや家具の配置によって魔法陣を作り上げる術式の事。

 

そして、それは大地の気をエネルギー源とするため、その効力が術者の魔力量に左右されることのない魔術である事。

 

刀夜が意図的に<御使堕し>を発動させた訳ではない。

 

<御使堕し>の魔法陣は無数に配置された土産品によって、偶然組み上げられたに過ぎなかった事。

 

 

「カミやん、何で俺が上条家でカミやんに全部話さなかったと思う? 今のところ安定している魔法陣を壊されては堪らないからだ。<御使堕し>なんざまだマシな方だ。あそこには<極大地震(アースシェイカー)>に<異界反転(ファントムハウンド)>、<永久凍土(コキュートスレプリカ)>―――発動すれば国の一つ二つが地図から消えるような戦術魔法陣(タクティカルサークル)がゴロゴロあったし……それ以上に、この俺さえも正体が分からないような創作魔法陣(オリジナルサークル)さえ存在した。分かるか? 一部の例外がいるが、素人のカミやんならともかく、魔術師―――それも風水のエキスパートである土御門さんにも分からないような魔法陣だ。あれは発動しちゃならない、決して発動しちゃいけない類のものなんだ」

 

 

上条家は爆弾。

 

世界を滅ぼしかねない爆弾。

 

しかも、あの時、火野、当麻、神裂、ミーシャ、そして、土御門といった着火剤がすぐ側に存在していた。

 

だから、爆弾の正体に気付いていた土御門はすぐに着火剤を爆弾から離そうと皆をせかした。

 

 

「しかもあれは風水。大地の気をエネルギーとして術式を動かすから、魔術師でなくてもいい。まぁ、サイクルとしては『大地の気(はつでんき)』→『上条刀夜(へんあつき)』→『お土産術式(でんしかいろ)』というルートで通ってる。刀夜が重要な“共犯(じゅつしゃ)”である事に間違いはない」

 

 

刀夜が半端に<御使堕し>の影響下にあるのはそのためなのかもしれない。

 

そして、その主犯は風水によって悪魔的に整えられた『世界の仕組み(サーキット)』。

 

詩歌が海辺で何もできなかったのも刀夜が主犯ではないからだ。

 

 

「あの家は、無数の切り替えレバーがあるレールみたいなものでね。お土産一つを壊すと(きりかえれば)他の魔法陣(レール)に切り替わっちまう」

 

 

ちくしょう、と当麻は絶句した。

 

土御門はその様子に意にも介さず、淡々と言葉を並べていく。

 

 

「だからこそ、<御使堕し>を破壊するには土産品を一つずつ、なんて言ってないで魔法陣全体を一撃で破壊する必要があった。それで、一旦、カミやんを魔法陣から遠ざけて、そこのオッサンの身柄を保護してクロイツェフとも和解して、神裂に協力を仰いでもう一度実家に戻って魔法陣を撃破……ってのがこちらのベストな未来予想図だったんだが、ちょいとスケジュールを詰め込み過ぎてこの有り様だ」

 

 

「くそ……何でだよ、それ。何でこんなことになっちまったんだ。父さんは魔術の事なんて本当に何も知らないんだぞ。それが、何で、何が転がったら、こんな、―――」

 

 

「理由なんかないだろ」

 

 

絶望する当麻に、しかし土御門は平然と言う。

 

理由はない、

 

原因はない、

 

理屈もない、

 

理論もない、

 

因果もない、

 

目的がない、

 

意味のない、

 

価値のない、

 

全て皆無な物。

 

上条当麻が最も良く知る物。

 

 

 

「結局、単に運が悪かったってだけの話だろうが」

 

 

 

一瞬、当麻の頭の中がパソコンの電源が落ちたみたいに真っ黒になった。

 

そして、ゆっくりと徐々に再起動させる。

 

 

「……ふざ、けるなよ。テメエ」

 

 

不幸だったから。

 

そんなちっぽけな理由で皆が犠牲になるとでも言うのか。

 

 

「やめとけよ。もう遅い」

 

 

<御使堕し>だけでも止められれば、と思った思考に土御門が冷たい水を差すように言う。

 

儀式場である上条家までどれくらいであったか詳細は知らないが、少なくとも今から走っても30分で間に合う距離ではない。

 

 

「じゃあどうしろってんだよ! 出来るかどうかじゃなくて、やるしかねえだろ!! それとも何か、他に方法があるって言うのか!?」

 

 

「それは、あるだろ」

 

 

土御門はどうしてそんな事も分からないのか、という顔で一歩部屋の中に進みながら、ニヤニヤ、と口の端を持ち上げて、わざとらしく笑いながら即答する。

 

 

「この場にいる誰かさんが犠牲になってくれればな」

 

 

当麻はゾッとした。

 

そして、本能が赴くまま体は刀夜と土御門の間に割って入る。

 

刀夜も状況を理解していないが、身の危険が及びつつある事に気付き始めている。

 

 

「いやあ、本当に良かった」

 

 

自分の前で殺人が起きる事が許せず、感情的になるだろう神裂は<神の力>を相手にしている。

 

つまり、今の土御門を止める人間はここにしかいない。

 

 

「分かるだろう、カミやん。こうなってしまったらもう犠牲なしには収拾できない。なに、犠牲と言っても一人きりだ。コイツは俺が保証する。だからカミやんは心配しなくていい」

 

 

―――カミやんは。

 

 

その土御門の言葉の意味を理解するのに当麻は数秒かかった。

 

これは当麻に心配するなと言っている訳ではない。

 

この場にいる当麻以外の1人の人間を犠牲にすれば収拾できるということだ。

 

その1人を土御門は暗に視線を向ける事で示している。

 

そう土御門の視線の先には、

 

 

「く、そ。ふざけんなよ」

 

 

父、上条刀夜がいた。

 

 

「なめやがって。そんな目的の為になんか、殺させねぇ。やらせてたまるか!」

 

 

自分の父親を殺されると分かって、平然とする人間はいない。

 

だが、激昂する当麻に対して淡々と土御門は理を説いていく。

 

 

「いいか、一人だ。たった一人の犠牲で世界が救われる。何もかもが上手くいく。何故それで満足できない? 世界が滅びてもいいってのか?」

 

 

そこで今度は置いてけぼりとなっている刀夜の方を向き残酷な笑みを浮かべる

 

 

「ああ、お前も自分の立場が分からず置いてけぼりってのも辛いだろう。詳しい仕組みは言っても分からんと思うから、結論だけ言うが―――」

 

 

当麻はギョッとした。

 

 

「やめ、―――」

 

 

慌てて土御門の声を押し留めようとするが、遅かった。

 

 

「―――簡単に言えば、あと30分もしない内に、大勢の人が死ぬ、上条刀夜、全部お前のせいでな」

 

 

「やめろ!!」

 

 

瞬間、当麻は叫んでいた。

 

だが、その慌てた息子の声が何よりもそれが真相であると裏付けていた。

 

土御門はそんな父子の様子を楽しげに眺めていた。

 

 

「さあ、どうする? 止めるか否か」

 

 

<御使堕し>を一刻も早く止めなければ、大切なものが全て<一掃>により焼き尽くされてしまう。

 

足止めしている神裂だって、戦いが長びけば長びくほど危険になる。

 

それ以外に方法がなければ。

 

世界の隅から隅まで探しても、もうそれしか方法がなければ。

 

 

「……そんなもの。決まっている」

 

 

当麻は決断した。

 

 

「そんなものは止めるに決まっている! 認めない。誰かが犠牲にならなきゃいけないなんて残酷な法則があるなら、まずはそんなふざけた幻想をぶち殺す!」

 

 

その時、一瞬だけ土御門は子供のように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、カミやん。先ほど提示した未来予想図の他にもう1つ未来予想図があったんだぜい」

 

 

だが、一瞬でその笑みが消えると今度は軽薄そうな笑みを浮かべる。

 

 

「これは、誰よりも早くこの真相に辿り着いた“鳩”が考えた事なんだがな。こっそり、三沢塾のようにカミやんと2人で実家の魔法陣を一つ一つ丁寧に解体し、何事もなかったかのように<御使堕し>を解除する。そうすれば、自分達の父親が責任を取らずに済ませられるって。そんな事を考えたんだよ」

 

 

世界で誰も成功した事のない術式<黄金錬成>を会得したアウレオルスは、その秘法を求める組織・機関に狙われる事になった。

 

そのおかげで今は顔を整形して別人として生きている。

 

そうだとするならば、<御使堕し>を発動させた刀夜は一体どうなるのか?

 

そんなこと考えるまでもない。

 

 

「だが、運悪く、その計画を“蝙蝠”に知られてしまった。父親を助けるために世界を欺こうとした事がばれてしまった。そして、“蝙蝠”はこう思った。この“鳩”は危険だ、と」

 

 

当麻の脳裏に昼から一度も姿を見ておらず、今、どこにいるのか分からない者の名前が思い浮かぶ。

 

その者はおそらく<御使堕し>の真相に辿り着いている。

 

当麻はその者と三沢塾の結界を破壊した。

 

そして………その者の父親は刀夜だ。

 

 

「さて、“蝙蝠”はその小賢しい“鳩”をどうしちゃったんでしょうか?」

 

 

嫌な予感がした。

 

慌てて、懐を探るがそれを確かめる手段、携帯電話はない。

 

 

「お探し物はこれかにゃー?」

 

 

そんな当麻の目の前に、どこか見慣れた携帯を見せびらかす。

 

いや、違う。それは紛れもなく自分の携帯だ。

 

 

「ヒント、だ、カミやん……――――」

 

 

やめろ、これ以上言うな、と叫びたいのに声が出ない。

 

 

 

「――――出る杭は打たれる、だ」

 

 

 

その時の土御門の顔に浮かんでいたのは軽薄そうな笑みでもなく、子供のような笑みでもなく、残酷な笑みだった。

 

当麻の嫌な予感がさらに現実味を帯びてくる。

 

しかし、“鳩”の名前はまだ言っていない。

 

ほとんど分かりかけているがその答えを聞いていない。

 

もしかしたら、その予感が外れているかもしれない、と思う事ができる。

 

そんな当麻の希望に土御門は止めを刺す。

 

 

「そういえば、カミやん――――」

 

 

今、思えば、ここに来てから土御門は敢えてその者の名前を口にしていなかったのだろう。

 

きっと、最初からこの展開を予想していた。

 

まるで、もったいぶるかのように数拍置いてからその者の名前を口にする。

 

 

 

 

 

「――――詩歌ちゃんはどこにいったのかにゃー?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「土御門おおおぉぉっ!!」

 

 

雄叫びを上げると、上条当麻は怒り狂いながら土御門元春に突撃する。

 

ここにいるのは当麻の知ってる土御門じゃない。

 

もっと得体の知れない、正体の掴めない、一人の魔術師だ。

 

そんなことはどうでもいい。

 

今すぐコイツをぶん殴る。

 

頭に血が昇った当麻にはただそれだけしか考えられなかった。

 

3mほどの互いの距離を一瞬で詰めると、

 

 

「おおおおおおっ!」

 

 

がむしゃらに腕を振るう。

 

ただ腕力のみで土御門に右腕を叩きつける。

 

 

「軽いな」

 

 

その一撃は容易く腕を盾にして受け流された。

 

踏み込みも、体重移動も、何もかもへったくれもない。

 

怒りのせいで渾身の力の出し方を忘れてしまっている。

 

それに直線すぎて読み易い。

 

防がれて当然だ。

 

受け流されて体勢を崩した当麻の進行方向に合わせるように土御門の膝が入る。

 

 

「かっ!」

 

 

呼吸が止まり、動きが止まった当麻に更に攻撃を加える。

 

それも急所、後頭部、頚椎にギロチンのように腕を振り下ろす。

 

 

ゴトン!! という壮絶な衝撃。

 

 

「がっ―――ばっ、ア!?」

 

 

その瞬間、一撃で当麻の全身から力が消し飛んだ。

 

そのまま力なく真下に崩れ落ち、

 

 

「アアァアっ」

 

 

なかった。

 

足を半歩前に踏み出す事で体勢を持ち直す。

 

そして、再び―――

 

 

ドン!!

 

攻撃を仕掛ける前に釘打ちのように踏み出した足の親指を踏み潰される。

 

 

「が……、あ!?」

 

 

壮絶な激痛に当麻は後ろへ下がろうとするが、足は縫い止められている。

 

ガクン、と止まる己の体に当麻は思わず踏みつけられた足に視線を落とす。

 

だが、それは致命的な間違いだった。

 

真下に落とした当麻の視線の死角になるように、真上から土御門の頭突きが振り下ろされた。

 

その硬い額が、当麻の無防備な頭蓋骨のてっぺんを殴打する。

 

 

ガゴン!! という激突音に当麻の足が崩れそうになる。

 

 

コンクリートブロックを思いっきり叩きつけられたような衝撃。

 

まだ土御門の攻撃は止まらない。

 

大きく外側へ向かう土御門の拳が、当麻の側頭部を狙うのが辛うじて見えた。

 

ボクシングで言うならフック。

 

水平にカーブする軌道で、当麻のこめかみを狙う必殺必中の拳闘技。

 

足を踏まれているので、後ろへは下がれない。

 

回避不能と判断し、当麻は両腕で側頭部をガードする。

 

が、シュン、とあっさり拳が空振りした。

 

鼻と鼻がぶつかるほどの近距離で拳を外すも何もない。

 

なのに、なぜ拳が外れたのか?

 

 

(……、――ッ!?)

 

 

一瞬、困惑しかけたが当麻は反応した。

 

今に迫る後方からの脅威に対して。

 

そう外れたのではなく、土御門は拳を外した。

 

わざと外れたかのように見せかけて、回り込むように再び後頭部へ向かわせる。

 

ちょうど、首に手を回して抱きしめるように。

 

腕のガードが間に合わない。後ろに下がれない。

 

だが、ようやく起動した詩歌によって鍛えられた防衛本能が当麻の体を動かす。

 

当麻は咄嗟に前へ倒れ込んで急所から着弾点をずらす。

 

 

「はっ!」

 

 

間一髪、急所を避け、ダメージを軽減させることに成功した。

 

 

 

が、

 

 

 

「―――なっ!?」

 

 

鳩尾。

 

寄り添うように倒れ込んだ当麻を待ち構えていたのはもう一方の土御門の拳。

 

 

ズドン!! とハンマーのように胸の中央、鳩尾にめり込まれていた。

 

 

後頭部攻撃(ブレインシェイカー)すらも誘導だったのだろう。

 

本命は鳩尾だった。

 

呼吸が止まり、胃液が逆流する。

 

あまりにも反則的に凶暴な強打。

 

一方通行やアウレオルスの攻撃が体の表面を巨大な鉄板でまんべんなく叩きつけるようなものなら、土御門の一撃は人体の骨格上必ず生まれる“急所”の奥深くに鉄の杭を叩き込むようなものだ。

 

そうそれは、相手の弱点を徹底的に突く詩歌のスタイルと同じだ。

 

ただ詩歌と違うのは、

 

 

「カミやんはタフだからあと10秒程叩きのめさせてもらうぜい」

 

 

甘さがない。

 

火野の時の当麻とは違い、たとえ殺す可能性があったとしても手を緩めないということだ。

 

前のめりに倒れそうになる当麻に土御門は容赦ない追撃を加える。

 

殴って殴って殴りまくって。

 

頭を、頬を、腹を、次々と殴りまくる。

 

 

「……がっ…く…ぐぅ……」

 

 

10秒後、目眩と吐き気も収まらず、全身の神経が麻痺状態。

 

麻痺したおかげで痛みは感じなくなったが、視界がグルグル回り、上手く立てなくなる。

 

苦しくて、呼吸がし辛くなり、ヒイヒイという声だけが喉から洩れている。

 

土御門はまさにプロの戦闘屋だ。

 

鳩尾の一撃で動きを止めると速やかに当麻の戦闘能力を奪いにかかった。

 

遊びがない。

 

 

「なあカミやん。今の俺には何もない。本当に何もないんだ。元々あった魔術の才能はとっくの昔に枯れ果てたし、付け焼刃の超能力なんざチャチなLevel0止まり。学園都市に潜入するためとはいえ、土御門さんは魔術師としてもう終わってた。もう戦える状態ではなかったんだ。……―――だけど、それでも敵は待ってくれなかった」

 

 

守るためには戦わなくてはならない。

 

戦うには勝たなくてはならない。

 

何が何でも勝たなくてはならない。

 

生まれ持った才能はもはやどこにもない。

 

努力した所で何一つ報われない。

 

それでも勝たねばならないと言う獄炎のような執念こそが、土御門の力。

 

煉獄のような戦場で拳を熱し、地獄のような死闘で拳を打ち鍛え、

 

数多の傷と共に手に入れたのが死突殺断の反則絶技。

 

反則である事など大前提。

 

土御門元春は法則に反してでも勝利を掴みたかったのだから。

 

 

「―――、く……」

 

 

そうまでして土御門が勝利を掴みたかった理由は何か。

 

そんなものは、いちいち本人の口から聞かなくなって分かる。

 

自分と同じで何が何でも守りたいものが、誓いが土御門にもあるのだ。

 

たとえ泥を這ってでも、血をすすってでも、誰を騙しても何を裏切っても、それでも守りたい誓いがあるに違いない。

 

だからこそ、土御門はどんな汚れ仕事もためらはない。絶対に。

 

 

「にしても、たいしたもんだ。いまだに立っていられるとは。それに無意識に急所から打点をズラしている。カミやん、どんな鍛え方をしたんだ? ああ、あとそれから安心しろ。俺は詩歌ちゃんに危害は加えていない。だから―――」

 

 

―――もう眠れ。今から楽にしてやる。

 

 

そういうと当麻に止め刺そうと当麻との間合いを詰める。

 

当麻の歪んだ視界に土御門が1歩1歩ずつ近づいていく。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「やめろっ!」

 

 

力強い声。

 

土御門の足が止まる。

 

 

「事情は呑み込めないが、私に用があるなら好きにすればいい」

 

 

当麻は五感を奮い立たせ、必死に耳を澄ませる。

 

 

「だが、これ以上当麻には手を出すな」

 

 

一字一句たりとも、聞き逃すことがないように。

 

 

「当麻は関係ない。いや、あったとしても、当麻には手を出させない。それは詩歌も同じだ」

 

 

「……、へぇ」

 

 

土御門の顔は見えない。

 

だが、その表情は間違いなく笑顔だろう。

 

見る者の神経を逆撫でするような笑みを浮かべているのだろう。

 

 

「重ねて言うが、これ以上当麻には手を出すな。私の子供達を絶対に傷つけるな。それは私が認めない。この私が断じて認めない。それをやれば、私は一生お前を許さない。いいか、一生だ」

 

 

刀夜は素人だ。

 

ただの会社員で、プロの戦闘どころか路地裏の喧嘩にすら震え上がる素人のはずだ。

 

プロの戦闘屋の土御門が怖くないはずがない。

 

それでも刀夜は立ち向かう。

 

理由など語る必要がない。

 

子供達の為に立ち上がる。

 

それがきっと刀夜の思い描く理想の父親像なのだろう。

 

そして、自身に課した誓いなのだろう。

 

 

「笑わせる。まさか、本気で怒った程度で俺に勝てるとでも?」

 

 

「思わないさ」

 

 

自嘲気味に笑う。

 

 

「私はただの中年だ。煙草と酒で肺と肝臓はやられ、運動不足がたたってあちこちガタが出始めて困っているぐらいだからな」

 

 

刀夜が自分と土御門の間に割ってきたのが気配で分かった。

 

 

「それでも私はお前を許さない。たとえ敵わずとも、何度敗北しようとも、絶対に許さない。素人だからこそ、私には引き際も交渉の余地もない。何十年でも何百年でもお前を追う。たとえしして骨になっても決して諦めない。いいか、分からないようなら1つだけ教

えてやる」

 

 

血の味がする唾液を飲み込み、無理やり顔を上げる。

 

そして、見た。

 

これ以上ないほど強く、頼りになる、父親の背中を。

 

 

「私は上条当麻と上条詩歌の父親だ。その事を誇りに思っている。何があろうと私は2人の父親の資格を決して離しはしない」

 

 

納得だ。

 

子供達の幸せを何よりも、自分よりも大事にしてしまう馬鹿げた男は自分達に似てる。

 

誰が何と言おうが、何をしようが、自分達の父親だ。

 

失いたくない。

 

心の底からそう思った。

 

たとえ思い出が何一つとして残っていなくても、それでも、この人を失いたくない。

 

でも体が動かない。

 

必死に体を動かそうとしても思い通りに動いてくれない。

 

 

「もういい。休んでいい。当麻。きっと、これは最後の機会なんだ。お前達の父さんになれる最後の機会なんだ」

 

 

―――何!?

 

呪縛に囚われているのか。

 

罪を償おうとしているのか。

 

 

「ふざけるな!」

 

 

未だに自分に負い目を感じている刀夜に当麻の体の奥から灼熱のマグマのような怒りが溢れ出た。

 

その怒りのエネルギーが当麻を奮い立たせる。

 

体中の骨格筋肉内臓血管が悲鳴をあげる事になっても、力の限り思いをぶちまける。

 

 

「いいか! 分からないようなら、一つだけ教えてやる! 俺は上条刀夜の息子だ! 俺は父さんの息子でいる事を誇りに思っている!」

 

 

その言葉に、その想いに、刀夜は、本当に、本当の本当に幸せそうな笑みを浮かべた。

 

しかし、

 

 

「余所見をするな、素人が」

 

 

それは一瞬だった。

 

土御門がたった一撃で刀夜を気絶させた。

 

刀夜の耳を正確に打ち、鼓膜と三半規管へ直接ダメージを与えて気絶させた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「テメェ! 詩歌だけでなく、父さんにも何しやがった!! これ以上、俺の大切なものを傷つけたら絶対に許さなねぇ!!」

 

 

上条当麻は強い。

 

それも手軽に手に入れた強さではなく、鍛練し、経験を重ね、強固な意志を積み上げてきた強さを持っていた。

 

才能や能力による力でもないそれは、途中で折れるという事を知らない。

 

だが、土御門元春の強さはその一歩前を進んでいた。

 

土御門は当麻と同じ強さに加え、勝つために何でもやるという覚悟を持っていた。

 

相手が怪我しないように手加減をする事はなく、どんな卑怯な手も辞さず、たとえ、殺すことになろうと躊躇い無く、本気で急所を突く。

 

それは、“甘い”当麻にはない強さだ。

 

それに当麻は戦い方は愚直。

 

虚実というものが全くなく、土御門が織り交ぜるフェイントに騙されてしまう。

 

その事は当麻も詩歌との組手の際に充分思い知らされている。

 

しかし、当麻の第1歩は敗北から始まる。

 

当麻が詩歌との組手で倒された回数は優に100を超える。

 

100以上の敗北を味わったということである。

 

だが、それは“100以上も立ち上がった”ということである。

 

 

「うおおおおぉおぉおぉぉっ!!!」

 

 

容赦は無用。

 

目の前にいるのは、単なる敵だ。

 

ならば、最大戦力を持ってぶっ飛ばすのみ。

 

当麻は右拳を固く握りしめると、腰を大きく捻り、戦闘に必要な生物的装置を全て作動。

 

爆発的な戦意を点火。

 

燃料は、怒り。

 

心臓が狂ったような稼動を始め、体温が急上昇。

 

血が煮え滾り、細胞が沸騰し、筋肉の枷が外れる。

 

無言で目を見張る土御門に当麻は告げる。

 

 

「………行くぞ、土御門!」

 

 

床を蹴り飛ばし、突貫。

 

全力の大加速。

 

その運動エネルギーに腕力を乗せ、まとめて打撃に変換。

 

 

「くっ!!」

 

 

当麻の勢いを利用するように顔面に左の拳でカウンターを喰らわす。

 

しかし、当麻は逃げず、敢えてその一撃を一番固い額で受け止めた。

 

 

「―――ッツ!?」

 

 

土御門の拳は弾き飛ばされる。

 

一方、当麻の愚直な突貫の勢いは僅かにしか衰えていない。

 

そして、がら空きになった左半身めがけてロケット砲のような右拳を放つ。

 

先ほど死に体だった当麻の思わぬ反撃に驚くが咄嗟に右腕で盾を作る事に成功する。

 

しかし、

 

 

「ッッッッ!!!」

 

 

当麻の右拳はガードごと土御門を吹っ飛ばした。

 

体が宙に浮かび壁に叩きつけられる。

 

そして、土御門は膝をついた。

 

激痛。

 

ガードに使った右腕には青黒い痣ができており、ガードしたはずなのに、土御門の顔に鼻血が流れている。

 

それに吹き飛ばされた左手にはまだ痺れが残っている。

 

もう先ほどまでの余裕の笑みはなかった。

 

余裕も傲慢もなし。

 

そこにあるのは対等の敵を得た闘志の面持ち。

 

鼻血を何とか手の甲で拭うと立ち上がる。

 

 

「流石。それでこその対等だ。やはり、上条当麻は土御門元春の敵だ」

 

 

「ああ、こっちもだ。土御門元春は上条当麻の敵だ」

 

 

何の迷いもなく両者は前へ。

 

そして、―――

 

 

「あ、―――」

 

 

―――糸が切れたように当麻の体が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

当麻は床に両膝をつき脱力していて、ピクリと震えることさえない。

 

おそらく今ので全ての力を使い切ったのだろう。

 

それでも瞳は死んでいなかった。

 

真っ直ぐに土御門を貫く視線は、手負いの獣じみていた。

 

そう、この期に及んで、当麻はまだ負けていなかった。

 

まだ、諦めていなかった。

 

 

「なあカミやん。もう無理だよ。これにて時間切れだ。今からじゃフェラーリ乗り回したって、時間内にカミやん家に辿り着くのは不可能。もう<御使堕し>を止めるには犠牲を出すしかない。分かってんだろ、本当は分かってんだろう? それでも認められないか、この方法が」

 

 

「……当たり前だ。そんなもの……何で、そんなものを認めなくちゃならねえんだ」

 

 

「甘いな」

 

 

当麻の戯言を土御門は切って捨てる。

 

土御門は見下すように告げる。

 

 

「カミやん……本気で詩歌ちゃんを守ろうとするなら、甘さを捨てろ」

 

 

今までの雰囲気とは違い、真剣な表情で土御門は当麻と向き合う。

 

 

「昨日から共に行動して分かった。予想通り、いや、予想以上に詩歌ちゃんは天才だ。恐ろしいほど優秀だ、―――が致命的なほど甘い。まあ、プロとして訓練を受けている訳ではないしな。その中身が子供で当然だ。今まではそれで通用してきたようだが、そんな甘さではいつか闇に喰われる」

 

 

未然に脅威を防ごうとする裏のスパイとしての忠告なのか、義妹を大切に想う表の学生としての助言なのかはわからない。

 

しかし、その言葉は重かった。

 

 

「だから、カミやんは甘さを捨てろ。非情になる覚悟を決めろ。あの子を守るために一番必要なのは何でもやるという非情な覚悟だ」

 

 

重い。

 

本当に重い。

 

土御門は当麻と自分を照らし合わせている。

 

土御門と当麻は似た者同士。

 

そして、同じ誓いを持つ者同士。

 

だからこそ、非道になる道を選んだ先達として当麻の覚悟を問う。

 

そう、試している。

 

上条当麻の覚悟を試している。

 

 

「……土御門のやり方を否定する気はねぇ。むしろ、凄い奴だと思ってる。本当の本当に尊敬できる。けどな――――」

 

 

今、この一時、先ほどまで戦闘していたにもかかわらず、当麻は敵としてではなく、同士として、土御門の問いに応える。

 

 

「――――俺は詩歌を守るために誰かを殺すなんてことはできない。……もしそんな事をしたら、あいつのせいで殺したという事になっちまう。詩歌を守るために犠牲が出たなんて言ったら、あいつに余計な十字架を背負わせちまうし、不幸にさせる。そうなれば、俺は絶対に詩歌に顔向けできねえ……」

 

 

自身の覚悟の大きさを表すように力の限り声を張り上げる。

 

 

「あいつの兄として、皆で笑って皆で帰る、それ以外の結末なんて認めねぇッ!! たとえ、それがどんなに甘い幻想だとしても俺はその道を突き進む!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「そっか」

 

 

土御門は満足気に笑った。

 

当麻の覚悟が甘っちょろい幻想だと知りつつも、その覚悟を褒め称えるように笑った。

 

 

「合格だ。……カミやん」

 

 

それだけ言うと、当麻から、そして、刀夜からも離れて部屋の中央に立つ。

 

 

「―――場ヲ区切ル事(それでは皆さん)紙ノ吹雪ヲ用イ(種も仕掛もある)現世ノ穢レヲ祓エ清メ通シ場ヲ制定(マジックをご堪能あれ)

 

 

懐からフィルムケースを取り出すと、蓋を開けて中身をばら撒いた。

 

1cm四方の紙片が大量に、部屋中に舞い上がる。

 

 

「―――界ヲ結ブ事(本日のステージはこちら)四方ヲ固メ四封ヲ配シ至宝ヲ得ン(まずはメンドクセエ下拵えから)

 

 

ギィン!! と周囲の空気が凍りついた。

 

うだるような熱帯夜から深い森の奥にある澄みきった泉のようなものに空気が変わる。

 

 

「―――折リ紙ヲ重ネ降リ神トシ式ノ寄ル辺ト為ス(それでは我がマジック一座のナカマをご紹介)

 

 

更に何かを呟きながら4つのフィルムケースを取り出す。

 

北に亀、西に虎、南に鳥、東に龍。小さな動物の折紙が入ったフィルムケースを、部屋の四方へ放り投げる。

 

 

「―――四獣ニ命ヲ(はたらけバカども)北ノ黒式、西ノ白式、南ノ赤式、東ノ青式(げんぶ、びゃっこ、すざく、せいりゅう)

 

 

土御門の言葉に呼応して、四方の壁が淡く輝き始める。

 

黒、白、赤、青。

 

折紙の色に合わせて4つのフィルムケースを中心に壁が輝いている。

 

 

「―――式打ツ場ヲ進呈(ピストルは完成した)凶ツ式ヲ招キ喚ビ場ニ安置(続いてダンガンを装填する)

 

 

(魔術か!? その拳でも人を殺せるのに一体……?)

 

 

当麻の困惑を余所に土御門は呪を続ける。

 

 

「―――丑ノ刻ニテ凶巫女(ふざけたぐらいダンガンには)其ニ使役スル類ノ式を(とびっきり凶暴なのものを)

 

 

(ちょっと待て…確か……)

 

 

当麻は何かを感じて土御門の顔を見た。

 

 

「―――人形ニ代ワリテ此ノ界ヲ(ピストルには結界を)

 

 

土御門は笑っていた。

 

心底楽しそうに笑っていた。

 

 

「―――釘ニ代ワリテ式神ヲ打チ(ダンガンにはシキガミを)

 

 

口元から血を垂らしながら笑っていた。

 

 

「―――鎚ニ代ワリテ我ノ拳ヲ打タン(トリガーにはテメエのてを)

 

 

能力者に魔術は使えない。

 

それは土御門も知っているはずだ。

 

なのに何故。

 

 

「言っただろう、カミやん。<御使堕し>を止める方法は2つある。術者を殺す事と、その魔法陣を破壊する事」

 

 

まさか!?

 

土御門は術者である刀夜ではなく―――

 

そうだ。

 

土御門は一言も上条刀夜を殺すとは言っていない。

 

つまり、それは……

 

 

「神裂は優しいから。こんな方法を使うって言い出せば絶対に止めに入る。それは詩歌ちゃんも同じだ。あの子ならむしろ自分でやっちまう。そんな事すれば余計に目立つ。……あの子は秘匿されていたほうが良い。まあ、もう遅かったようだがな」

 

 

いつの間に外が夜ではなく夕方に戻っている。

 

眩しそうに夕日を見つめる土御門の体が見えないカッターで切り裂くようにあちこちから血が溢れた。

 

 

「……や、めろ」

 

 

当麻は、今にも泣きそうな顔で思わず呟いていた。

 

 

「く、ふふ。そう言うと思った。そう言うと思ったからこそ、動けなくしたんだよ。カミやん、お前達は本当に似た者兄妹だから。こんな方法を使うと分かれば、全力で止めたに違いないから。そうだろう? そうでなければ守る意味がない」

 

 

土御門が守りたかったのは義妹、舞夏だけではなかった。

 

偽りと知りながらも送り続けたあの学園生活も守りたかった。

 

 

「なあに、大丈夫さ。<御使堕し>程度、俺の術式なら遠距離砲撃で儀式場ごと丸々吹き飛ばせる。得意の<黒の式>―――“水”を<神の力>に持ってかれたのは痛手だが、たまには慣れない<赤い式>というのも乙なものだ」

 

 

簡単な事のように言っているが、それは命を賭けてやっている。

 

 

「さんざん殴って悪かったな。少しだけカミやんの事を試したくてな。同じ兄として、妹を守れるやつかどうか見てみたかったんだ。その結果は合格だ。歩む道は違えどお前は立派な誇りある兄だ。最後の一撃、本当に凄かったぜ。愚直なお前しかできない真っ直ぐな拳だった。……俺には、無理だな」

 

 

ボロボロに泣く当麻の顔を見て、ボロボロの土御門は笑う。

 

 

「あはは。『誰かが犠牲にならなきゃいけないなんて残酷な法則があるなら、まずはそんなふざけた幻想をぶち殺す』か。あれは良かったなぁ。俺に向けられたものじゃなかったけど、それでも響いたな」

 

 

まるで、死に逝く病人のように静かに笑う。

 

 

「ば、か。やめろ……」

 

 

必死に手を伸ばすも届かない。

 

目の前に親友がいるのに、今すぐ止めなければならないのに。

 

 

「やめろって、そんな願いは聞き入れられないな」

 

 

そして、親友に最後の言葉を贈る。

 

 

「忘れたのかにゃー、カミやん。俺ってば実は天邪鬼(ウソつき)なんだぜい」

 

 

いつものようないつもの声で、土御門は最後の呪を紡いだ。

 

目を潰すほどの白光が溢れ返り、屋根を突き破って何かが夕焼けの空へ解き放たれる轟音が耳に炸裂する。

 

そして、飛んでいった方角はおそらく、いや、絶対に上条家。

 

土御門は満足気に笑ったまま手足を投げ出して倒れ込んだ。

 

 

 

つづく


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