とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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御使堕し編 覚醒者の子守唄

御使堕し編 覚醒者の子守唄

 

 

 

海辺

 

 

 

「hsfk敵oidj認pkuji識zxcda」

 

 

再起動したミーシャが<水翼>の照準を詩歌に合わせる。

 

 

「ミーシャさんに近づきます。火織さんは周囲の被害を最小限に抑えてください」

 

 

前進する。

 

足止めですら、命を削ると言うのに<神の力>に近づく。

 

それは蝋で固めた翼で太陽を目指す、と同じくらい無謀な挑戦である。

 

もし高く飛びすぎれば、蝋が太陽の熱で溶け、海へ落ちて溺死する。

 

それでも詩歌は太陽へ近づく。

 

 

「……その前に、火織さん、同調します」

 

 

刹那、枯渇した大地に慈雨が、神裂の内側から魔力が溢れだし、肉体に活力が甦る。

 

さらに、

 

 

「―――ッ!?」

 

 

相殺する『浄化』とは真逆の、相生する『上化』。

 

今まで限界だと思っていた。

 

これ以上先は壁があるから進めない。

 

と、思っていたのにその壁に扉があった。

 

その先に行ける扉を見つけた。

 

そもそも<聖人>は与えられた力を100%引き出すことはできない。

 

<神の子>と似た身体的特徴を持って生まれた事で、恐れ多くもその力の一端を手に入れる事に成功したと言われる<聖人>。

 

だが、たとえ一端といえど、ただの人間がその力を掌握するのは不可能。

 

与えられた力の一端のそのまた一端を操るのが精一杯。

 

それに、もし100%の力を振るえば、人の身体は耐えられない。

 

現に神裂は一端のそのまた一端を使っただけで、全身から熱病のような汗を噴き出している。

 

しかし、今、神裂はその先に進める扉に手をかけた。

 

そして、導かれたようにその扉を開けた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「では、行きま、すっ!」

 

 

呼気の爆発とともに姿が消える。

 

しかし、すぐに、ミーシャの<水翼>が詩歌を補足する。

 

決して人が反応できない、<聖人>ですらも回避が困難な速度と、僅かに触れれば骨ごと跡形もなく粉砕する破壊力が襲いかかった。

 

が、その全てが空を切った。

 

踊るような、舞うようなステップで、<水翼>を回避した。

 

まるで全てを知っていたかのように迷うことなく、無駄なく、次々とステップを踏んでいく。

 

魔術であろうと、<天使>であろうと、結局は異能。

 

<幻想殺し>が異能を打ち消すように、<幻想投影>が異能を投影するように、<異能察知>で異能を見た。

 

詩歌はミーシャを見て、視て、観た。

 

神の命令通りに動く“異能”の塊の、

 

流れを見切り、

 

思考を見抜き、

 

威力を見定め、

 

動きを見通し、

 

強度を見極め、

 

本質を見取った。

 

しかし、回避だけでは周囲に被害が及ぶ。

 

だが、街へと被害を及ぼすものは、

 

 

スパンッ!

 

 

全て、神裂が<七天七刀>で断ち切った。

 

先ほどまでとは比べ物にならない速度と破壊力で。

 

 

(体が軽い……。これ以上は扱えきれないと思っていたのに……)

 

 

速度が遅過ぎると失速して墜落する可能性があるが、飛行機は速度が遅い方が扱いやすい。

 

そして、それとは逆に高速で飛ばして、機体を安定させる方法が存在する。

 

それと同じように、<聖人>や<天使>が取り扱う『ある種の力』とは、『一定以上のラインを突破すると安定する』性質を持っている。

 

だが、高速安定状態で、神業のようなバランスが少しでも崩れてしまえば、その瞬間に爆発する。

 

<聖人>よりも上の領域に達するには、非常に精密で正確な制御力が必要。

 

その制御力を<幻想投影>が補う事で、神裂に不可能を可能とさせ、<聖人>の力を生かした。

 

 

「―――は、ァア!!」

 

 

吐息一閃。

 

<七天七刀>を一振りしただけで、3本の<水翼>を絶断し、消滅させた。

 

それだけではない、先ほどまでは<唯閃>を行うだけで相当な体力と魔力を消耗したが、今の神裂は一振りした後も余裕があり、安定していた。

 

最初は困惑したが、神裂は今の自分は壁を超えたと確信した。

 

先ほど当麻に生存確率の話をしたが、今の神裂なら生存確率は9割に近い。

 

余程油断しなければ、ミーシャの攻撃を喰らう事はない。

 

神の力ではないが、当麻が殺すなら、自分は生かす、という宣言を実行したとも言える。

 

おかげで、詩歌は後方を気にすることなく前進する事ができる。

 

 

「うっ―――」

 

 

しかし、<異能察知>と同調は詩歌の精神を大きく摩耗し、苦痛や、吐き気を起こさせる。

 

<乱雑解放>の時と同じ、とまではいかないが相当な負荷が掛かっている。

 

それでも、詩歌は止める事はない。

 

足止めだけなら、同調だけでも充分だが、<一掃>がある。

 

<一掃>の術式が完成すれば、その時点で世界が終わる。

 

だから、このままではいけない。

 

ミーシャに勝たなくてはならない。

 

そして、何より詩歌は<天使>に勝ちたい。

 

一方通行の時は怒りが混じっていたが、今は純粋に勝利を欲している。

 

今までにない勝利への欲求が詩歌を衝き動かし、そして、進化させていく。

 

 

「ふふふ」

 

 

微塵も微笑みを崩すことなく、後方を神裂に任せて、詩歌は<天使>への距離を大胆に詰めていく。

 

 

「はっ!!」

 

 

そして、あと一息の所でもう一度、呼気を爆発させ、宙に浮かぶミーシャに体当たりするように跳躍する。

 

だが、その瞬間、空中の詩歌を狙い撃つように<水翼>が襲いかかる。

 

 

「詩歌―――!」

 

 

叫んだ瞬間、神裂は見た。

 

迫りくる<水翼>、逃げる場所の無い空中という絶対の危機に対して、詩歌が微笑んでいるのを。

 

そして、身体を捻転させ、左手を右手に添える。

 

それは、まるで、右手を刀に見立てて、居合抜きをするかのような構えだった。

 

 

(大丈夫。いける。火織さんの動きは先ほど何度も見た。まあ、遠かったのもあるけど、何よりも早すぎて大まかにしか見えなかった。けど、投影したし、今、同じ領域に立って間近で何度も見させてもらった。おかげで、そのズレを修正。そして、完全ではないけど調整のシュミレートも済んだ)

 

 

今まで詩歌は数多の学生達に、其々の系統の基本と高位能力者達のやり方、コツ、経験といった情報を其々に適した形に調整して伝授。

 

そして、同調し、性能を高め、其々の一歩先に成長した己の感覚を身に付けさせる。

 

最終的に、其々の独自のやり方を組み立てさせることで、能力を開花させてきた。

 

そして、それは能力に限った話ではない。

 

学術、武術、家事などや基本程度ならほとんどの分野でも可能である。

 

人に教えると言う事は相当な学習能力と理解力が必要であるが、<幻想投影>によって育まれ、多種多様な人材と交流してきた詩歌の学習能力と理解力はすでに尋常といったものを通り越している。

 

他人に教える、という点で詩歌は至高に達しているのかもしれない。

 

そして、その才を応用すれば、他人にではなく、自分にも行うこともできる。

 

つまり、五感と<幻想投影>で、相手の思考、動き、力を投影する。

 

さらに、今までの経験の中からそれに似た技術を検索し、調整する。

 

そこから自分に適用させるように独自にアレンジし、自分の技へと昇華させる。

 

 

「―――は、ァア!!」

 

 

普段は怪我させないように手加減をしているが、詩歌の手刀は素で何枚も重ね合わせた瓦で粉微塵にする威力がある。

 

そこに神裂の“人の規格”を超えた<聖人>としての“力”と、<唯閃>の呼吸法、体捌き、バランスといった各種術式を綿密に組み合わせて作り上げられた結晶とも言える“技術”を加える。

 

その破壊力は、

 

 

バキッ!

 

 

右手を犠牲にしたものの、

 

 

――――スパッ!!

 

 

<水翼>を真っ二つに叩き斬った。

 

肉どころか右手の骨まで断ってしまったが、<七天七刀>なしで、<水翼>を叩き斬った。

 

 

(そういえばステイルが言ってましたね。自分のルーンを一度見ただけでいとも簡単にやってのけた、と……だけど、まさか<唯閃>まで……)

 

 

神裂は思いだす。

 

あのルーンの天才、ステイルが、詩歌を万能の使い手と評した事を。

 

詩歌はミーシャの動きだけを見ていたのではない。

 

神裂の力も見ていた。

 

神裂の動作一つ一つも見ていた。

 

 

(よし。後は触れるだけ)

 

 

右手は負傷したものの作戦通りにミーシャの所まで辿り着いた。

 

後はAIM拡散力場の集合体、<幻想猛獣>の時と同じように、<幻想投影>で干渉するのみ。

 

いくら莫大な力を持っていたとしても異能の塊、それに、<異能察知>を通してその力を十分に理解し、準備を万全に整えた。

 

おそらく、一方通行のときのよりはその力に干渉ができるはずだ。

 

 

「それでは<幻想投影>を開始します」

 

 

だが、詩歌は気付かなかった。

 

自分の中のナニカが胎動している事を。

 

<神の力>という圧倒的な存在に刺激され、目覚めかけていた事を。

 

 

―――――ドクンッ! ―――――

 

 

触れた瞬間、詩歌の周辺の空間が捻じれた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

想定外だ。

 

本来なら干渉してミーシャを抑え込むつもりだった。

 

 

(……暴走……<神の力>が……いや、<幻想投影>……!?)

 

 

勝利への欲求か、それとも、<天使>という圧倒的な力か、はたまた<御使堕し>が影響したのか。

 

一体何が切っ掛けになったのかは分からないが、<幻想投影>が暴走した事を詩歌は把握していた。

 

把握しながらも何もできずにいた。

 

詩歌は、嵐の中に囚われていたからだ。

 

現実の嵐にも勝る、途轍もないナニカの中に。

 

そのナニカは<神の力>に触れた時、極上の供物をいただいたとばかりに詩歌の内側でゆっくりと身をもたげた。

 

そして、今、詩歌はそのナニカと心の中で激しいせめぎ合いをしている。

 

嵐の中に閉じ込め、五感を複雑に撹拌し、異能に慣れ親しんだはずの詩歌の意識を容赦なく刈り取ろうとしている。

 

それだけではない。

 

詩歌が今まで扱ってきた異能の残滓が、人格を侵食しようとしている。

 

そうそれは、美琴だったり、インデックスだったり、一方通行だったり、美歌だったり、陽菜だったり、黒子だったり、佐天だったり、婚后だったり、麦野だったり、食蜂だったり、削板だったり、ステイルだったり、アウレオルスだったり、土御門だったり、神裂だったり……

 

今まで出会った者達の力の残滓が甦っていく。

 

たった一人を除いて。

 

そのたった一人との思い出が、その者への強い想いが詩歌の意識を繋ぎとめ、人格の浸食を防いでいた。

 

それとは別にして詩歌という器に莫大な力と情報が注ぎ込まれていく。

 

器が満ちていくにつれて、“人の規格”を超えし者の全てを理解していき、“人の規格”を超えし者と同じ力を手に入れていく。

 

ここまではいつも通りの<幻想投影>と変わらない。

 

だが、<幻想投影>は暴走、イレギュラーな状態で、注ぎ込まれていく情報と力は不完全だ。

 

なぜなら、ミーシャという<神の力>は<御使堕し>によって、人の位に堕ちている。

 

つまり、<天使>としては不完全だ。

 

もちろん、注ぎ込まれていくものは十分に世界を脅かすほどの莫大な情報と力であるが所々欠けており、―――暴走している<幻想投影>、そのナニカはそれを許さなかった。

 

その穴を埋めるように、今までの記憶が、経験が、そして、甦った異能の残滓が、欠損した情報に新たな情報入力を施していき、不足した力を補う。

 

そうして徐々に修復――――じゃない。

 

しかし、形作られていく力は元々の力とは異なっているが、宿主に最適化した形へと加工された。

 

そうそれは環境が異なった事によって、ある種が別々の進化を辿るように、複写された不完全な<天使>の力は詩歌という環境で育まれた事によって、元の完全な<天使>とは別物へと進化した、という事。

 

過酷な環境でも活動する為に他の術式を取り込んだ<天草式>と同じだ。

 

ただ、力の大きさと取り込んだ数が格段に違う。

 

強くなったのか、元の力とどこまでかけ離れていくのかはわからないが、その新世代がもうすぐ産声をあげようとしていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「詩歌!」

 

 

神裂の悲痛な叫び。

 

しかし、今の詩歌には届かない。

 

いや、それどころか、

 

 

「“アナタ”が何者か知らないし、何をしようとしているのかは分かりません」

 

 

詩歌は、頭上から<水翼>を叩きつけようとしているミーシャでさえも見ていなかった。

 

自分が“何”に対して声を放っているのか、それすらも分からなかった。

 

“ソレ”は詩歌にしか理解できないのかもしれない。

 

とにかく、詩歌はこう告げる。

 

 

「……これは私の戦いです。これ以上の手出しは許しません」

 

 

直後、<水翼>が詩歌を貫通し、海へと叩き潰した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「アアアアアァァアアァッ!!」

 

 

無慈悲な<天使>の天罰に神裂はただ悲しみの慟哭をあげる。

 

思い出してしまった。

 

自分を守って死んでいった者達の事を。

 

自分の幸運の犠牲になった者達の事を。

 

また……また、守れなかった、壮絶な力を持ち合わせておきながら守れなかった。

 

選ばれし自分が幸運を奪ってしまったから、詩歌が選ばれなかった

 

そう神裂は喉が張り裂けるほど吠えた。

 

が、

 

 

(また、私が―――ッ!?)

 

 

いつの間に、海面から波が消え去っていた。

 

凪というにも静かすぎる、観た者の心でさえも静めさせる程に静かすぎる水面は鏡のようだ。

 

そして、一部が淡く輝きだす。

 

そこは、天罰を受けた者が落ちた所だった。

 

さらに、海面から無数の水滴が凝集し、少女の裸体を作り出し、全身に碧い羽衣を纏う。

 

その外観は選ばれなかった少女に見える。

 

やがて、色が加わっていき、それが終わると、

 

 

「え、……詩歌…なのですか……?」

 

 

その姿は紛れもなく上条詩歌だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

海面に降臨する詩歌は、人とは思えない、人外の美しさを纏っており、人を超えた存在であるかのような碧色の燐光に包まれている。

 

しかも、ここは戦場だと言うのに静かに両目を閉じていた。

 

だが、その姿は眠り姫のようで、放たれる乙女の無垢で清浄なる雰囲気はこの場を戦場ではなく穢してはならぬ聖域へと昇華させている。

 

 

「……」

 

 

ただ、いつもように微笑んではいなかった。

 

詩歌の復活に神裂は安堵するが、そのいつもと違う様子に些細だけれど、無視できない違和感を覚える。

 

 

「jghgbtixiチィ」

 

 

異能そのもの。

 

詩歌は、あらゆる所に存在し、全てを包み込む水と化した。

 

いかなる物理的衝撃も水は貫けはしないし、傷つきもしない。

 

たとえ弾き飛ばさそうが、水は減じない。

 

今もミーシャが何度も<水翼>を振るうが全て手応えなく通過していく。

 

 

「あれは……もしや、<神の力>なのですか……」

 

 

<聖人>のものとはかけ離れている。

 

文字通り桁が違う。

 

それを神ならぬ人の身で扱う。

 

完全に制御できなければ、肉体は吹き飛ぶだろう。

 

だから、詩歌は人の身体を捨てた。

 

自身を<天使の力(テレズマ)>そのものと化す。

 

そうミーシャと同じ―――否、違う。

 

人の身体を捨てた詩歌は完全な<天使>だった。

 

元の<神の力>とは異なるが完全なる<天使>だった。

 

それも、どの神話にも存在しない『進化』した最新型。

 

攻撃の手が止むと静かに碧色に輝く目を見開く。

 

 

「なッ!?」

 

 

詩歌が横に伸ばした手に吸い寄せられるように、海面から水が舞い上がる。

 

そして、莫大な水の量を凝集、極限まで凝集し、最後に凍らせ、一本の槍を形成する。

 

細く、小振りで芸術品のような槍。

 

しかし、目に見えるほどの<天使の力>から、尋常ではないパワーを秘めている事がわかる。

 

人では決して造れない、水の化身が造り出した碧海の槍。

 

戦闘中だと言うのに、神裂はその魔性の魅力に飲み込まれた。

 

詩歌の燐光を放つ瞳が、海上に浮かぶミーシャを捉える。

 

そして、ミーシャ、神が創りだした<天使>めがけて、詩歌が碧海の槍を投げた。

 

 

「ッ!!!?」

 

 

これまで幾度の死線を乗り越え、世界に20人とおいて存在しない聖人の神裂の目にさえ、忽然と槍が消えたように見えた。

 

あまりの速度、あまりの衝撃に、碧色の光が弾け飛んだとしか認識できない。

 

そして、超音速を超える閃光がミーシャの左側の<水翼>を蒸発させ、そのまま夜空を、<一掃>の魔法陣を貫くと爆ぜ、空を震わせた。

 

もし、地上に向けて放たれていれば、街を丸ごと消滅させていたのかもしれない。

 

夜空を埋め尽くしていた<一掃>の魔法陣の一部を破壊したが、すぐさま修復されようとしていた。

 

詩歌はその様子に目を細めると、

 

 

「  」

 

 

微かな声で何かを呟く。

 

海面から7個の直径2mほどの水の珠が浮かび上がる。

 

そして、先ほどと同じように人の形をとっていき、色は加わっていないがその姿は詩歌そのものである。

 

詩歌そっくりに形成された7つの水の分身。

 

そのうち1人は神裂の前へ飛んでいく。

 

 

「手を繋いでください。生命力(マナ)を補充します」

 

 

場違いなほど美しく澄んだ声に釣られるように、神裂は手を差し出す。

 

繋いだ手から神裂の身体を徐々に碧色の光が包んでいき、傷を癒していく。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

癒し終わると、にっこりと微笑み、役目を終えたとばかりに霧散し、神裂の周囲を包む水壁となる。

 

神裂はただ、ただ圧倒されっぱなしだった。

 

一方、残りの6体はというと先ほどの詩歌と同じように碧海の槍を造り出そうとしている。

 

 

「―――ッ!!?」

 

 

ミーシャはその光景に恐れを抱き、身動きもできずに凍りつく。

 

たった一発で<天使>の片翼を蒸発させた脅威。

 

それと同じのが6発、いや、分身を増やせばそれ以上に増えるだろう。

 

 

「hbring優nbugb先voraghv」

 

 

本気。

 

<幻想投影>という脅威は、ミーシャを本気にさせた。

 

そう<天使>が上条詩歌を全力を尽くさねば勝てない敵と認識した。

 

天上に魔法陣を描くのを中断し、ミーシャは数え切れぬほどの<水翼>を止まることなく無限に形成。

 

最初に出来上がった第1波を一斉に詩歌へ放つ。

 

<水翼>は詩歌達の周囲を檻のように四方を取り囲む。

 

それから逃れる場所は何処にもない。

 

 

 

「……強制……」

 

 

と、詩歌がぽつりと呟いた瞬間、襲いかかってきた<水翼>は見えない壁に阻まれたように停止し、全て元の海水へと戻され、6体の水の分身が造り出す碧海の槍へと吸い込まれていく。

 

神裂と2人係で攻略するのが精一杯だった相手が本気を出したと言うのに手玉に取っている。

 

それは今の詩歌が、<天使>としての完成度がミーシャを上回っている事を証明している。

 

 

「これで終わり」

 

 

そして、第2波が来る前に、6体の分身が碧海の槍を宙へと浮かぶミーシャへ投擲する。

 

夜空を埋め尽くす水翼が一斉に蒸発し、天上に浮かぶ魔法陣に波紋のような6つの大きな穴をあける。

 

 

「wk…sh―――」

 

 

何もかも砕け、弾け、消滅し、全ての翼を失ったミーシャは下へ、海へと落下していく。

 

全身に青い燐光を放ちながら、詩歌は両手を前に突き出す。

 

すると、大量の海水が膨張し、落ちゆくミーシャを取り囲む巨大なドームを形成する。

 

 

「眠りなさい」

 

 

今度は何かを丸めるように胸の前で両手を重ねる。

 

その仕草に同調するように、水のドームが範囲を狭め、ミーシャを包む檻となる。

 

 

「   、     」

 

 

そして、人外の言葉をゆっくりと、子守唄のように紡いでいく。

 

雑音が無い。

 

違う、詩歌の歌しか聞こえない。

 

 

「  、    」

 

 

無言の聖域の中、詩歌は歌う。

 

星輝く天まで響き、波打つ遠い海へと広がり、心を震わせる。

 

そんな澄みわたった、限りなく澄みわたった透明な歌声。

 

 

「    」

 

 

この世の全ての不幸を清めるように、歌の旋律はゆらりと煌めく。

 

その旋律に合わせるように、詩歌の身体から無数の糸のように細く、透明な翼が現れる。

 

そして、横隔膜を震わせながら歌姫は最後の最高潮に向けて、透明な翼を乱舞させ、檻の周りに巻き付かせていく。

 

それはまるで、青色に輝く卵。

 

その中でミーシャは眠っているように、穏やかな表情をしており、動く気配がない。

 

完全に<天使>を封じこんだ。

 

そして、魔法陣が浮かぶ夜空にポツリ、と穴があき、ポツリポツリと穴は数を増やし、空洞に変わり、夜闇が夕闇へと切り替わっていく。

 

本来あるべき世界が、具現化された幻想から解き放たれた。

 

<天使>の生み出した聖域は、たった一人の少女によって崩壊した。

 

人間が<天使>に打ち勝つなんて普通はありえない。

 

そして、<天使>を眠らせるなど前代未聞だ。

 

だが、詩歌はその奇跡を為した。

 

 

「ふふふ、もし目覚めたら大変な事になりますので、ミーシャさんの側を離れられませんね。それなら―――  」

 

 

海面から再び海水が凝集し始め、姿形、色、そして、服装までも同じに再現、ミーシャに叩き潰される前の自分の分身を作りあげる。

 

 

「それでは……よろしくお願いします」

 

 

そして、2人は互いに目を合わせると分身はわだつみへの方へと飛んでいった。

 

今の詩歌にできない事はないのかもしれない。

 

しかし、内側から出てきたナニカは引っ込んだが、<幻想投影>は相変わらず暴走したままだ。

 

暴走していたからこそ、<神の力>を完全に制御できた。

 

だが、暴走しているせいで、自身に宿る<神の力>を消すことができないし、一向に消える気配がない。

 

つまり、<天使>と化した詩歌が、再び人として姿に戻れる保証はどこにもないということだった。

 

それだけではない。

 

今の詩歌に宿っている力の根源にはミーシャの意思が、何としてでも『神の元へと戻る』という執念がこびりついている。

 

 

「ふ、…ふふ…もっと、一緒に……いたかった…な……」

 

 

その時、分身を見送っていた詩歌の瞳から宝石のような涙が一適零れた。

 

 

 

つづく


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