とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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御使堕し編 覗き

御使堕し編 覗き

 

 

 

わだつみ 居間

 

 

 

あれから<御使堕し>の真犯人はおろか、手がかり一つすら掴めていない。

 

しかし、夜も遅くなってきたので、ヘンテコ3人組と合流し、夕飯をとる事にした。

 

客は父親を除いた上条一家しかいないため、わだつみの居間にいるのは、上条詩菜、当麻、詩歌、インデックス、竜神乙姫、そして、神裂火織。

 

当麻達を神裂は護衛するために、2人の友人としてテーブルについていた。

 

いや、つくつもりだった。

 

 

「「……」」

 

 

当麻と神裂は一体何故こんな事になってしまったのだろうかと、どこを間違えてしまったのだろうかと思い悩む。

 

2人の間の空気は重い。

 

特に神裂の周囲は鉛のように重い。

 

一刻も早く今の話題をとっかえたい。

 

しかし、テレビを点けても火野神作とかいう死刑囚が脱獄したまま発見されないという陰鬱なニュースが流されるだけなので、話題作りにもならない。

 

こんな時、土御門がいてくれたら。

 

でも、世間的には、人気アイドル、一一一に見えてしまう為、ここにはいない。

 

ついでに、ミーシャの姿もここにはない。

 

いや、この場に土御門がいても引っ掻きまわすだけで余計に悪化していたのかもしれない。

 

本当にどうすればいいんだろうか?

 

 

「あらあら。それにしても、詩歌さんが彼氏を連れてくるなんて本当に驚きました」

 

 

そう、神裂は友人ではなく、詩歌のボーイフレンド、つまり、彼氏としてテーブルについていた。

 

 

 

遡る事5分前

 

 

 

何故か店員さんの姿が見当たらない為、詩菜が自己紹介しようとしたのが事件の始まりだった。

 

 

「2人の母、詩菜です、初めまして。え、……とお名前は?」

 

 

当麻は神裂の事を友人と紹介したらしいが、名前まで言ってなかったらしい。

 

なので、自己紹介も含めて挨拶しようと居住まいを正して、神裂が口を開こうとした時、居間の襖が開かれた。

 

 

「皆さん、遅くなりました」

 

 

店員かと思えば、詩歌だった。

 

 

「詩歌お姉ーちゃん、まだ注文してないからセーフだよ」

 

 

「ふふふ、そうですか。それでも、遅れてしまって申し訳ないです。……あら、自己紹介の途中でしたか?」

 

 

状況から察したのか、詩歌は自己紹介の途中で割り込んでしまった事と勘付いた。

 

出鼻を挫かれた神裂は、とりあえず、挨拶は詩歌が着席するまで待つ事にした。

 

 

(ほほう、これはチャンスですかね)

 

 

キラン☆

 

 

(ん? 何か、今……)

 

 

当麻は一瞬だけだが、詩歌が黒い笑みを浮かべたような気がした。

 

そして、ひしひしと何やら嫌な予感がした。

 

 

「当麻さん、少し間を空けてください」

 

 

「え、ああ……」

 

 

何故か詩歌は他が空いているというのに、強引に当麻と神裂の間に割って入る。

 

少々訝しみながらも、当麻は詩歌の言うとおりにする。

 

 

「全く、本当に気が利きませんね、当麻さんは」

 

 

「はぁ?」

 

 

他に空いている席があるというのに無理矢理入ってきたのはそちらで、普通文句を言いたいのはこちらの方だ。

 

当麻は怪訝な顔で詩歌の顔を見る。

 

 

(ん、この表情は……)

 

 

詩歌の微笑みはポーカーフェイスみたいなもので、そこから感情を読み取る事は相当困難である。

 

しかし、当麻は日頃から詩歌と付き合い、お仕置きを受けてきたおかげで、ある程度だが、微笑みの僅かな違いから喜怒哀楽を読み取れるようになっていた。

 

その当麻が今の詩歌の表情から読み取れたのは、悪巧みをする時の微笑みだった。

 

 

(もうすげー、嫌な予感がする)

 

 

そんな当麻は余所に詩歌は間に座るといきなり爆弾を投下した。

 

 

 

 

 

「恋人同士の逢瀬なんですよ。私とステイルさんに少しは気を利かせてもらいたいものですね」

 

 

 

 

 

そう言うと、詩歌は隣にいる神裂に甘えるように抱きつく。

 

その威力は凄まじく、一瞬で全員を沈黙に陥れた。

 

特に、抱きつかれた神裂は液体窒素をぶっかけられたみたいに固まってしまっている。

 

 

「母さん、紹介しますね。こちらはステイル=マグネスさん。イギリスにいる私のペンフレンドで、恋人です」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

1年ほど前から詩歌はステイルと文通しており、互いに意気投合し、仲良くなり、今年の夏休みに入ったその日にステイルが詩歌には内緒で遠路遥々詩歌に会う為に学園都市にやってきた。そのサプライズに詩歌は感激。そして、ステイルがイギリスに帰るまでの間に様々なイベントが起こり、2人は恋人同士へ………

 

とまあ、こんな事があった為、ステイル、いや、神裂、どちらかはわからないが詩歌の彼氏という設定が加わってしまった。

 

そのイベントとやらは、三沢塾の時や絶対能力進化計画の時の当麻とのやり取りをアレンジしている。

 

本当、即興にしてはよくもここまでストーリーを考えついたものだ。

 

詩歌が恋人になるまでの経緯、偽物語を全て語り終えるまで、周囲はそのまま固まりっぱなしだったが、終わった瞬間、詩菜は本当に驚いているかのようにあらあら、と呟き、乙姫はキャーキャーと騒ぎ、詩歌に色々と質問してきた。

 

当麻と神裂が質問の間も固まっていたわけではない。

 

だが、2人とも口が達者ではない為、必死に誤解を解こうとしても、詩歌に機先を制され、逆に利用されてしまう。

 

鮮やかな口先の柔術。

 

そのせいで、さらに、互いに一目惚れだったとか、当麻が2人が結ばれるのに一役買ったこととか色々な追加設定が加わった。

 

ちなみに、インデックスはお腹が減ってその話を聞いていなかったのか、机に突っ伏している。

 

話の最中、何かがインデックスの口の中に入ったような気がしたが……うん、気のせいだろう。

 

そして、サプライズ好きだという設定のためか、いつの間にか神裂は両親を驚かす為にわだつみへとやってきたという事になってしまっている。

 

……もし本物のステイルがこの事を聞いたらどう思うのやら。

 

質問があらかた終わり、今は食事中である。

 

インデックスは目の前に料理が並ぶといつの間にか復活していた。

 

 

「あらあら。それにしても随分と日本語が達者なのね。おばさん感心しちゃったわ」

 

 

「ふふふ、そうなんですよ。私のためにわざわざ内緒で日本語を勉強したんですよ。本当、ステイルさんには驚かされっぱなしです。サプライズも少しは程々にしてもらいたいです」

 

 

神裂は何やらぶつぶつ言いながら食事している。

 

もう何を言っても自分ではこの状況をひっくり返せないと分かったのだろう。

 

時折、文句を言おうと、詩歌と目を合わせるが何故かすぐに目を逸らしてしまう。

 

それがまた、

 

 

「あらあら、お熱いわね~。物腰も丁寧で、大柄でがっしりした人だからおばさん最初はもっと違うイメージを抱いていたのだけど」

 

 

「ふふふ、ステイルさんは女性への細やかな気遣いを忘れない英国紳士の鏡なんですよ。二人っきりの時はいつも優しくリードしてくれます」

 

 

びく、と神裂の肩が僅かに動く。

 

だが、周りは気付かない。

 

 

「けど、言葉遣いのニュアンスがちょっと女言葉っぽいね。そんないいガタイしてるから、男言葉の方が似合うと思うよ。仕草もちょっとだけ、女っぽいよ?」

 

 

「確かにそうかもしれませんね。でも、そんなの気にしません。むしろ、よく乙女心を敏感に察知してくれます」

 

 

びくびく、と神裂の頬が僅かに引き攣る。

 

あ、やばい、と思った当麻が詩歌に必死に念を送るが、詩歌は全く気にしていない。

 

 

「それにしても、刀夜さんがいなくて良かったわ。もし、刀夜さんがいたらどうなっていた事やら」

 

 

ここに刀夜がいれば、今朝の当麻以上に半狂乱に陥っていただろう。

 

久々に会った娘が彼氏を連れてきたなど父にとっては悪夢に違いない。

 

それに刀夜は詩歌に相当溺愛している。

 

今も会社の急用をいつもの5倍くらいのスピードで猛ピッチで作業している。

 

あの気性の穏やかな刀夜が怒鳴りつけてくる、と部下達は戦々恐々している。

 

まあ、その後、詩菜からの連絡でその急用もほったらかしてしまうのだが。

 

 

「大丈夫です。父さんもきっと分かってくれますよ。いえ、分からせます」

 

 

刀夜……可哀そうである。

 

その間にも神裂から、ブチ、ブチッと何か、切れてはいけないものが切れた音が聞こえてくる。

 

その様子を見た当麻はもう念どころか身振り手振りで詩歌にがむしゃらに合図を送る。

 

 

(そろそろ、潮時ですかね)

 

 

ようやく伝わったのか詩歌は当麻の意図に答えるようににっこりと微笑みかける。

 

 

「ステイルさん」

 

 

詩歌は立ちあがると、神裂の手を引く。

 

 

「は?」

 

 

黙々と食事をしていた為、神裂は夕飯は食べ終わっている。

 

しかし、いきなりの詩歌の行動に神裂は少し戸惑いを覚え、さっきまでの迫力は微塵もなく慌てふためいている。

 

 

(ふふふ、案外可愛いんですね。少しだけ強引に、土御門さんに色々と聞きましたし、2人だけでゆっくりと話を聞いてみたいですから……そうですね)

 

 

「長旅で疲れたでしょう。お背中流してあげます」

 

 

「え、ええっ!? ちょ、ちょっと、待って下さい」

 

 

そのまま、困惑している神裂を詩歌は強引に引っ張っていった。

 

 

 

 

 

わだつみ 風呂場

 

 

 

「ふぅー……」

 

 

店の奥にある風呂場の中で神裂は溜息を吐く。

 

 

(そう言えば、トラブル続きで碌に湯浴みもしていませんでしたね)

 

 

あれからあれよあれよと言う間に、脱衣所に連れてかれ、そのまま裸の付き合いをする事になってしまいました。

 

本当に強引です。

 

あまり慣れ合うつもりがなかったのにこの様。

 

一言文句を言おうとしても、その直前に謝られてしまえば、喉に引っ込めるしかありませんでした。

 

恋人の事も、何やら説得した後でドッキリであると説明するそうです。

 

それならば、おそらく問題はないでしょう。

 

しかし、海での事と言い、恋人騒動と言い、そして、今の事と言い調子が狂わされっぱなしです。

 

土御門以上に厄介な存在ですね……

 

土御門はちょっと脅せばすぐにおとなしくさせる事ができますが、彼女はアマですし、女性、つまり、守るべき存在。

 

それにあの穢れ一つ知らない無邪気な微笑み……

 

暴力を使うわけにはいきません。

 

かといって、それ以外で何とかできるかと言えば、無理でしょう。

 

自分よりも年下だというのに、場を掌握する能力に長けています。

 

それに、隙あらばどんどん距離を詰めてきます。

 

見た目はこうも人畜無害だというのに……

 

 

「痒い所はございませんか?」

 

 

「あ、ありません」

 

 

本当、いつの間にか背中を流すどころか頭まで洗われていますし……

 

さっきのお詫びだと強引に押し切られてしまいました。

 

……本当、あの微笑みは卑怯です。

 

でも、無防備に背中を晒しているというのに、妙に心地いいし、先ほどのマッサージも気持ち良かった。

 

しかし、油断ならぬ相手だというのにこうも身体を許してしまうとは、不覚です。

 

 

「ふふふ、インデックスさんもそうですが、神裂さんも髪が綺麗ですね」

 

 

「そうですか……ん、もしかして、あの子にも……」

 

 

「はい。毎日とは言いませんが、一緒にお風呂に入ってます。彼女を見てるとお世話を焼きたくなっちゃうんですよね。素直で可愛いし、先ほども言いましたが、私が作った料理をいつも残さずおいしそうに食べてくれます。作り手としてはこれ以上の幸せはありませ

んよ」

 

 

先ほどから、彼女は事あるごとに共通の話題、インデックスの事について話してくる。

 

おかげで、久々に楽しい会話ができますし、あの子がちゃんと過ごせている事が分かります。

 

そういえば、風呂に入る前に、あの子の着ぐるみ姿の写真も見せてもらいました。

 

……後で、1枚貰えないでしょうか。

 

ま、まあ、悪い子ではなさそうです。それに気配りもできる子ですし、あの子を任せて正解です。上条当麻が言っていたように、自慢の妹なんでしょう。

 

 

「それでは、お湯流しますね」

 

 

「あ、はい」

 

 

本当に油断なりません!

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

今日一日付き合ってみて分かったのですが、神裂さんは強いけど脆い。

 

神裂さんは例えるなら強度を無視し、斬れ味だけを追求したような刀剣。

 

触れただけで全てを両断する程打ち込み研ぎ澄まし、磨き上げた業物。

 

抜群の切れ味を誇るが、その刀身は極めて薄く折れ易い。

 

だから、無闇に傷つけないように、折れないように、いつも刀身を鞘の中に封じている。

 

神裂さんが本気を出すことは滅多にないでしょう。

 

インデックスさん、と言っても中身は母さんですけど、先ほど話をしていた時、どうも負い目を感じているようでした。

 

やはり、記憶の件なのでしょう。

 

騙されていたとはいえ、インデックスさんを追い詰めたのは自分。

 

その罪悪感から、より一層、自分自身を打ち込んでいく。

 

土御門さんから聞かせてもらいましたけど、神裂さんは自分の幸運を許せない。

 

自分が幸運になるという事は周りを不幸にするということ。

 

努力しなくても成功するほどの才能があった。

 

そのせいで、死に物狂いで努力してきた人を絶望させた。

 

何もしなくても人の中心に立てるほどの人望があった。

 

そのせいで、他の誰かが人の輪の外へ弾かれた。

 

そして、誰かに命を狙われても生き残った。

 

誰かの命を犠牲にしたおかげで……

 

神裂さんは何も悪くはない。

 

しかし、彼女は自分を許せない。

 

だから、償いとして幼いころから自分を打ち込んできた。

 

その結果、神裂と言う名刀が造り上げられた。

 

数多の犠牲の果てに。

 

神裂さんと少し違いますけど、私も学園都市に来る前、まだ当麻さんが疫病神だと呼ばれてなかった頃は、運が良かったと思います。

 

そう、常にハズレくじを引く当麻さんがいてくれたから。

 

2人の時は必ずと言っていいほど当麻さんがハズレくじを引き、私が残ったアタリくじを引いていた。

 

でも、私は神裂さんのように思い悩む事はなかった。

 

それは、当麻さんが私の幸運は自分の幸運だ。だから、2倍幸運だ、と言ってくれたから。

 

本当に祝福してくれた。

 

だから、私も当麻さんが全て背負わないように、不幸を半分背負った。

 

ふふふ、あの頃は何もかもお互いに半分個して、喜びを分かち合い、不幸を乗り越えてきました。

 

と言っても、幼かった自分達にできたのは、当麻さんの不幸が疫病神だと言われるまで酷くなる前まででしたけど。

 

それでも、私は当麻さんに救われた。

 

もし、あの時当麻さんが喜んでくれなかったら、私は今の神裂さんのようになっていたのかもしれません。

 

だからなのか、彼女がこれ以上打ち込んでいくのが見るに堪えません。

 

それに……――――

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

互いに湯船に肩まで浸かり、心地いい沈黙に耽っていると、ふと詩歌が口を開いた。

 

 

「ところで、どうして目を合わせなかったんですか」

 

 

「え?」

 

 

「インデックスさんと、です」

 

 

先ほどの見た者を元気づける微笑みとは違い、全てを見透かし、包み込むような優しい微笑み。

 

その笑みに神裂は一瞬目を奪われた。

 

 

「インデックスさんを追い詰めたのはあなた達ですが、根本的に悪いのは<必要悪の教会>の上層部です。色々と話を聞く限り、女狐のような奴なのでしょう。そういう性格の悪い相手に騙されるのは仕方ないと思いますよ。正直、今日見る限り、神裂さんは交渉事に向いてません」

 

 

神裂は詩歌の発言が少し癇に障った。

 

事実、その詩歌にいいようにされているため反論する事はできない。

 

しかし、自分よりも年下の女の子にそう言われるのは気分がいいものではないだろう。

 

それに、今詩歌が触れた部分は神裂にとってもっとも繊細な部分。

 

今日会ったばかりのものが土足で踏み入れていいものではない。

 

 

「……関係ありません。私が未熟でなければあの子は苦しむ事はなかった」

 

 

堰が崩れたように、神裂は自身の胸の内を吐露する。

 

 

「人はその人生において何度も過ちを犯し、大切なものを失います」

 

 

例えば、慕ってくれた仲間の命。

 

例えば、その小さな身体に重過ぎる宿命を背負った少女の記憶。

 

 

「そのいくつかは取り戻せますが、やはり取り返せないものも多くあります」

 

 

今まで失ってきたものの全てを神裂は自分の力不足であると嘆いている。

 

 

「私はそうした過ちをただ精一杯、償ってみたいんです」

 

 

その神裂の嘆きを詩歌はバッサリと切り捨てる。

 

 

「それとこれとは関係ありません。神裂さんがインデックスさんを避けているのは、逃げでしかありません。もし償うというならば彼女と向き合うべきです。それに――――」

 

 

そこで、詩歌は言葉を切り、一瞬だけ目を瞑る。

 

何か悲しい過去を思い出すように。

 

 

「『あの時』、大切なものを失くしてしまった者としては、いつまでも引きずって欲しくはないですね。……当麻さんはインデックスさんだけではなく皆をハッピーエンドにさせるために……―――だから、その皆の1人である神裂さんがそうだと色々と報われません」

 

 

その時、神裂は詩歌の瞳の奥に深い悲嘆の色が垣間見えた。

 

 

(一体何が……あの時、犠牲はありましたけど、彼女が失ったものは何もなかったはず……)

 

 

神裂は知らない。

 

あの時、ハッピーエンドに終わらせるために、当麻が、そして、詩歌が大切なものを失ったという事を。

 

どれほどの対価を支払ったかという事を。

 

しかし、詩歌が自分と同じように無力感を嘆いている事は感じる。

 

 

「あなたは……!」

 

 

言いかけて、神裂は口をつぐんだ。

 

おそらく、このまま踏み込めば、上条詩歌の深い傷口に触れる事になる。

 

癒されてもなお残る深い傷口に。

 

そこは心を許した者でさえ立ち入りを禁ずる心の奥深い場所。

 

本来ならその残滓でさえも自分は見る事ができない。

 

それを垣間見た。

 

覗いてしまったのだ。

 

自分は充分に踏み込み過ぎている。

 

 

「……すみません。少しあなたに八つ当たりしてしまったようです。それに踏み込み過ぎました。本当にすみません」

 

 

詩歌は何かを押し殺しながら、神裂へ頭を下げる。

 

 

「でも、今の神裂さんは見るに堪えないと思います。ですから、いつかインデックスさんと向き合ってください」

 

 

詩歌の心境が嫌というほど伝わってくる。

 

それほど、自分と彼女はどこか似ている。

 

今まで出会った誰よりも自分に近いように感じられた。

 

救いたいものを救えなかった自分に。

 

自分も彼女も傷の舐め合いなど求めていない。

 

彼女はただ純粋に自分に前に進んで欲しいと望んでいる。

 

 

「はい、いつか必ず……」

 

 

神裂は詩歌の、そして、自分からの願いを受け入れ、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(とりあえず、私ができるのはここまでですかね。……しかし、神裂さんはやはりいい人でしたか……はぁ~)

 

 

言うまでもないが、詩歌は兄妹であるが当麻のことが男として好きである。

 

そのため、当麻に近づく女性には警戒している。

 

その中でも、危険度Level3以上はかなり危険視している。

 

だけど、詩歌が危険視する相手というのは、すなわち“当麻の恋人にふさわしい相手”ということである。

 

もし人間的に悪印象があれば、無条件で危険度Levelは0である。

 

すなわち、詩歌自身が危険視する相手を憎みきれないばかりか、どんどん好きになっていく。

 

そのため、本気で妨害することなんてできないし、実際、インデックスの事もLevel4と危険視しているが、姉妹のように仲がよく、インデックスの恋路を本気で邪魔するつもりなんてさらさらない。

 

むしろ、色々と応援もするかもしれない。

 

つまり、精々できて、カミやん病初期段階の治療くらい。

 

結構、難儀な子である。

 

まあ、相手の方も詩歌の事を好きになっていくが……

 

 

「はぁ~……」

 

 

色々な感情を吐き出すように詩歌は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(いくら中身が女だとはいえ、外見は男なんだぞ! それなのに、誰も気にしないとはどういう事だよ! いくらなんでも最近の若者はそこまで進んでいねーよ! 俺だけなのか!? 男女が一緒に風呂に入るのが駄目だと思っているの俺だけなのか!?)

 

 

当麻は先ほどの居間での会話を思い出す。

 

 

『あらあら。久々の恋人同士の逢瀬なんですもの。少しくらいなら目を瞑りますよ』

 

 

『娘だろ! あんたは親としての自覚を持て!』

 

 

とは、母、詩菜の弁。

 

 

『流石、詩歌お姉ーちゃん、大人だね。後で、色々とお話聞かせてもらおー』

 

 

『子供のくせに、一体、どんな話を聞くつもりだテメーは!』

 

 

とは、従妹、乙姫の弁。

 

 

『あ、ずるいかも。後で、私もしいかにお背中流してもらうんだよ』

 

 

『今のお前を入れさせるわけには絶対にいかねーよ!!』

 

 

とは、居候、インデックスの弁。

 

誰もが詩歌と神裂(外見はステイル)が一緒に風呂に入る事を気にしていない。

 

それどころか、1名を除いて逆に勧めている。

 

記憶を失っても倫理、常識は失っていないつもりだ。

 

しかし、3:1の状況からでは自分がおかしいみたいではないか。

 

刀夜がいれば理解者を得られたのかもしれないが、残念ながら刀夜はここにはいない。

 

いや、もしいたらこれ以上に面倒な事になっていたのかもしれない。

 

本当は、今風呂場の中にいるのは女性2人なので、母、詩菜に止めに行ってもらおうと思っていたのだが、残念なことに彼女は推奨派だ。

 

結局、『そんなに心配なら当麻さんが見張りに行けばいいのではないのですか?』と詩菜に言われて、当麻は1人で風呂場へ向かった。

 

そして、今、当麻は風呂場の前で頭を抱えていた。

 

 

(くっ、今この中にいるのは女性。しかも、その内、1人は妹だ。しかし、いくらなんでも当麻さん的にはこの状況は見過ごすことができねー。だが、これ以上前に進めば変態になっちまう。どうすれば、いいんだ! ……いや、むしろ妹だからセーフか)

 

 

抱える頭を激しく廊下に打ちつける。

 

 

「おっすカミやん。こんなとこで何やってんだぜーい?」

 

 

自問自答を繰り返す当麻の元に廊下の向こうから土御門が正々堂々とやってきた。

 

 

「おい、お前周りから見たら修羅場中の野郎アイドルに見えるんだろ」

 

 

「なに、バレなきゃ良いんだにゃー。これ土御門さんの基本概念でね」

 

 

今の土御門は、いつもと変わらないように見える。

 

先ほどの自分の葛藤は一体何だったんだろうと、当麻は少しだけ思い悩んだ。

 

 

「……、ごめんな。カミやん」

 

 

不意に土御門は当麻に謝る。

 

 

サングラスをかけているが、その瞳に少しだけ寂しげな色が見えた。

 

 

「実はカミやんが今まで色々ピンチだった事は知ってたんだ。錬金術師の砦に向かった事とか、2万人の人形の虐殺実験とか、色々だぜい。もちろん、詩歌ちゃんの事も知ってる。それを知ってて見殺しにしてきた。同じ妹を持つ兄として本当に申し訳ないと思ってる。だからゴメンって言ってんだにゃー」

 

 

バレなければいい、それが土御門の基本概念だったはず。

 

しかし、土御門は当麻に告白した。

 

 

「やっぱ、『力が無いから何もできない』のと『力があるのに何もしない』ってのは全然違うぜよ。これでも土御門さんも色々悪かったなと思っているんですたい」

 

 

土御門の言葉から当麻に真摯な謝罪の念が伝わってくる。

 

だから、

 

 

「いんじゃねーの、別に」

 

 

いつも通りに接する当麻に土御門は少し驚いた。

 

妹、詩歌の危機も知っていたのに見殺しにしたのだ。

 

だから、当麻に殴られる事も覚悟していた。

 

 

「お前がそこまで気負うことはねーよ。それに、詩歌に関しては俺の責任だ」

 

 

だから、気にするな、と言うと、当麻はそれ以上何も言わなかった。

 

土御門の気持ちは伝わった。

 

そして、土御門がどこまで行っても自分の親友である事がわかった。

 

だから、これ以上、何も言う必要が無いと、思ったからだ。

 

 

「そっか」

 

 

そう呟いて、土御門は少し笑った。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「そんなら、いっかにゃー。んじゃ、ブルーなイベントはここまで。ここからが本番ですたい」

 

 

先ほどの雰囲気とは180度反転して陽気に告げる。

 

 

「本題?」

 

 

「ざざん! 夏のドキドキ神裂ねーちん&詩歌ちゃん生着替えイベント!!」

 

 

「なっ!? 正気かお前!!」

 

 

「……見て見てカミやん。最近のケータイってカメラ機能が付いているんだぜい」

 

 

そう言いながら、土御門は懐から携帯を取り出し、カメラ機能を作動させる。

 

覗く準備スタンバイ、と言ったところである。

 

 

「聞けよ! ってかマズイだろ! あの幕末剣客ロマン女は絶対に冗談通じねーって! それに、詩歌のお仕置きは半端ねーぞ! そんなのバレたら、遺書すら残す前にこの世から葬り去られるぞ!」

 

 

「……、逆説。リスクが無ければ覗くのかにゃー?」

 

 

「いやいや、たとえリスクが無くても妹を覗くことなんてしませんよ、当麻さんは」

 

 

先ほどの事を棚に上げて、当麻は声を荒げる。

 

 

「逆だぜよ、カミやん。むしろ、兄として妹の身体くらい知っとかないといけないにゃー」

 

 

ちっ、ちっ、ちっ、と土御門は指を振る。

 

そして、後輩に物事を教えるように語りかける。

 

 

「神裂ねーちんも脱いだらすごいんだろうけど、詩歌ちゃんもきっとすごいんだろうぜい」

 

 

「ゴクッ……、た―――はっ!」

 

 

一瞬、今朝の出来事を思い出すが、慌てて首を横に振り今思い描いた光景を頭の中からはじき出す。

 

 

「まさに、この扉の向こうはパラダイスが待ってるんだにゃー。ここは男としていかなきゃ損だぜよ?」

 

 

「ふざけるな! 兄として認められるわけねーだろ! 大体お前は神裂の仲間なんだろ! そんな裏切りはまずいだろ!」

 

 

当麻の必死の叫びに、土御門はやれやれと溜息を吐く。

 

 

「はっ、何を仰いますやら。イギリス清教<必要悪の教会>の潜入工作員・土御門元春。<背中を刺す刃>こと嘘つき村の村民とはこの俺の事だぜーいっ!」

 

 

裏切りますよ、と暗に表明している相手と覗きなど危ない橋を渡れば、高確率でトカゲの尻尾とされるだろう。

 

 

「くっ、こうなったら―――」

 

 

「『カミやんは詩歌ちゃんと神裂ねーちんのどちらに興味があるのかにゃー?』」

 

 

当麻が倫理を、常識を、そして、妹を守るため、拳を握りしめ、最終手段に移ろうとした時、不意を突くように土御門が質問してきた。

 

何故か後ろから声が聞こえてきたような気がしたが、当麻はそのことを深く考えず、常識に則った答えで返答する。

 

 

「当麻さんは妹に手を出す変態じゃないから、そんなの決まってるじゃねーか」

 

 

『ほぉ~、そう言う事は神裂ねーちんの方が好みなのかにゃー』

 

 

「まあ、好みかどうかはさて置いて、どちらかを覗くっつうならそうなるな―――ん? どうした、土御門。そんなに慌てて」

 

 

どういうわけだが、会話? している土御門が必死に後ろを向けと身振り手振りで指示してくる。

 

 

「何だ? 後ろにファンでもいるのか」

 

 

一一一のファンでもいたのか、と当麻は後ろを振り向く。

 

 

「『カミやん、ちょ~っとはしゃぎ過ぎたようだぜい』」

 

 

そこにはものすごくいい笑みを浮かべている鬼が2人いた。

 

 

(当麻さんは何も見ませんでした。はい、後ろには何もいませんでした。いないに決まってる。いない事にしてください! お願いします、マジで!!)

 

 

とりあえず、見なかった事にして、前を振り向くとすでに土御門はいなかった。

 

 

(うん、あいつ後で絞める)

 

 

宣言通り、当麻を切り捨てたのだろう。

 

切り離されたトカゲのしっぽがどんな末路を辿るかなど、今の当麻と同じ立場に立てばきっと分かってくれるはずだ。

 

 

「『カミやん、ちょっと後ろを向いてくれないかにゃー』」

 

 

あれ? 後ろから土御門の声が聞こえてくる。

 

本当に不思議だ。

 

いつの間に土御門は<空間移動>ができるようになったらしい。

 

うん、そうあって欲しい。

 

 

「『なあ、カミやん早くこっちを向いて欲しいぜよ』」

 

 

駄目だ。

 

あれは死者の呼び声だ。

 

後ろを振り向いたら殺される。

 

 

「当麻さん、いい加減に早くこっちに振り向いてくれませんか」

 

 

あれ? 今度は詩歌の声が聞こえてくる。

 

いつの間に、土御門は――――

 

いや、もうやめよう。

 

現実と立ち向かおう。

 

人は会話によりコミュニケーションが成り立つ動物だ。

 

きっと、必死に訴えれば分かってくれるはず――――

 

 

「早くしませんと遺書を書く時間がなくなりますよ」

 

 

良かった、遺書は残せるのか――――

 

 

「って、ちょっと、待て。当麻さんは死刑確定ですか!?」

 

 

「大丈夫です。寂しくないように土御門さんも送ってあげます。だから、後5秒で書いてください」

 

 

「5秒で書けるか!」

 

 

「カウントダウンスタート……あと4秒」

 

 

無慈悲にも死へのカウントダウンが始まった。

 

 

「待ってくれ! 俺は覗く気なんてなかった! ――「後3秒」――無罪だ! むしろ、当麻さんは止めようとしました! ――「後2秒」――詩歌様、どうか愚かな私めに温情をぉぉ!! ――「後1秒」――くそっ、冗談じゃねぇ。こうなったら、逃げ――――」

 

 

残念ながら今回も分かり合えない、と判断した当麻は一か八かこの場から脱走を試みる。

 

 

「――――られませんよ、上条当麻」

 

 

しかし、瞬間移動したかのように、神裂の驚異的な身体能力により一瞬で回りこめられてしまう。

 

流石は<聖人>。

 

まあ、その高い性能を色々と無駄使いな気がするが……

 

とりあえず、前門の神裂に、後門の詩歌。

 

もう、当麻に逃げ場はない。

 

 

「当麻さん、覚悟はできましたか?」

 

 

「なんの覚悟だよ!? 死ぬ覚悟ならできてねーぞ!」

 

 

「なら、もう3秒だけ待ってあげます」

 

 

「やっぱ、当麻さんは死ぬんですか!?」

 

 

「はい……ちょっと今回は洒落にならないかと」

 

 

「本気かよ!!」

 

 

妙に確信的な言葉が怖い。

 

3秒後、詩歌は1歩踏み出し、神裂と視線を合わせる。

 

 

「火織さん、合わせます」

 

 

「分かりました、詩歌」

 

 

いつの間に名前で呼び合えるようになったのか。

 

やっぱり裸の付き合いは心の距離も縮める。

 

まるで長年タッグを組んできたかのように視線だけで全て通じたみたいだ。

 

息の合ったコンビネーションで怯える当麻を挟み、同じように右腕を構える。

 

 

「いつの間に、お前らそんなに仲良くなってんだよ! つーか、何を―――」

 

 

不幸センサーが過去最大級の危険を報せる。

 

だが、逃げる隙も与えてくれず、当麻は2人挟み込まれてしまう。

 

 

「今です!」 「はい!」

 

 

前から神裂のラリアット。

 

後ろから詩歌のラリアット。

 

2人の右腕が当麻を起点に引き合うように交差する。

 

 

 

 

 

ドグキャシャアアアアァァ!!

 

 

 

 

 

物凄い衝撃音が旅館全体を震わせた。

 

そして、二つの剛撃に挟まれた当麻は声もなく倒れ込んだ。

 

そう、あの上条当麻が一撃で沈んだのだ。

 

一方通行戦であれだけ風の暴威を耐え切った当麻は耐久力と頑健さだけは人並み外れているはずなのに、それを一撃で沈めるとは恐ろしい破壊力である。

 

 

「……さて、もう一狩り行きますか」

 

 

その後、人気アイドルの絶叫が辺りに響き渡ったという。

 

今日、上条詩歌は対シスコン軍のエースとして名を刻んだ。

 

 

 

つづく


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