とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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御使堕し編 御使堕し

御使堕し編 御使堕し(エンゼルフォール)

 

 

 

 

 

 

海辺で2人の少女と1人の変質者(中身は全員女性)が戯れている。

 

傍から見れば、変質者が少女に襲いかかっているように見えるのだが、本人達はキャキャ、ウフフとはしゃいでいる。

 

奇妙なことではあるが、時たま通る人の誰もが通報しようとはせず、微笑ましそうに見つめている。

 

それと同じようにこの場にも奇妙な空気が流れていた。

 

 

「え~と、あなたは当麻さんの隣人でクラスメイト、そして、土御門舞夏さんのお義兄さんの土御門元春さんですか?」

 

 

土御門元春。

 

当麻の学生寮の隣人でクラスメイト。

 

そして、常盤台の寮に研修に来ている土御門舞夏の義兄。

 

外見は、ツンツンに尖らせた金髪にアロハシャツとハーフパンツ、薄い青のサングラスをかけているので、ガラの悪いボクサー崩れの用心棒のように見えるが、ただ、女の子にもてたいというなんちゃって不良である。

 

そして、当麻よりも上のシスコンLevel5。

 

そのせいなのか、同じ匂いに惹かれ合い、当麻と仲が良い。

 

 

「おお、詩歌ちゃんじゃないかにゃー。いつもウチの妹がお世話になってるぜい。とまあ、挨拶はそこそこにして、2人とも俺が土御門元春に見えてるぜよ?」

 

 

「はぁ? 何言ってんだお前? って、そんな事よりもどうしてここにいるんだよ! どうやって学園都市の外へ出てきたんだ!」

 

 

「……そういうことですか」

 

 

当麻は土御門の意図が読めないようだが、どうやら詩歌は勘付いたようだ。

 

詩歌は一歩前に出て、さりげなく、中指で右の頬を掻く。

 

それは『しばらく何もしゃべらないでください』という当麻に向けたサイン。

 

知人と会った時、記憶喪失になった当麻を詩歌がフォローする為に考案されたブロックサインの一つである。

 

このサインは使う指(親指を除いて)によって、水準が異なり、少し詳しく説明すると

 

 

 

人差し指:少し大人しくしてください。

 

中指  :しばらく何もしゃべらないでください

 

薬指  :怪しまれないようにこの場から立ち去ってください。

 

小指  :息を吸うな。

 

 

 

である。

 

……小指は一体どのような場面で使うのだろうか?

 

というか、使ってもいいのだろうか、とお兄ちゃんは思う……

 

 

(おう、了解)

 

 

詩歌のブロックサインを読み取った当麻は少し頷いて、会話の主導権を譲り、この場を詩歌に任せる事にする。

 

当麻がサインを読み取ったことを察すると、詩歌はゆっくりと口調で喋りはじめる。

 

 

「ええ、そう見えます。そして、そちらにいらっしゃるのは神裂さんでよろしいでしょうか?」

 

 

土御門の横に顔を向ける。

 

そこには、束ねた髪が腰まで届くほど長いポニーテイルの長身の女性が立っていた。

 

スタイルも良く、肌の白さはお姫様を連想とさせるほど白い、まるでモデルのようである。

 

ただし、格好は奇抜だが。

 

上は脇腹辺りで余分な布を縛った白い半袖Tシャツ。

 

下は片脚だけが太股の付け根まで見えるほど大胆に斬られたジーンズ。

 

足には西部劇に出てくるようなブーツ。

 

そして極めつけは腰に差した2mほどの日本刀。

 

外国人がアレンジしたサムライのコスプレのようである。

 

 

「はい、神裂です、神裂火織。イギリス清教<必要悪の教会>の魔術師です。お久しぶりですね、二人とも」

 

 

問いに答えると、神裂は姿勢正しく一礼をする。

 

当麻は記憶にないが、神裂とはかつてインデックスを巡って共闘した事がある。

 

詩歌も病院で神裂と会話した事がある。

 

 

「ふんふむ……土御門さんは<必要悪の教会>の一員で、学園都市に送り込んだスパイということですか?」

 

 

確信を持った目で土御門を睨みつける。

 

 

「土御門は―――って、おい、今なんて言った? 魔術師だって? それにスパイだと?」

 

 

その言葉を聞き捨てる事ができず、思わず当麻は詩歌のサインを破ってしまう。

 

それも仕方がないだろう。

 

当麻にとって、土御門は日常世界の寮の隣人であって、同じ兄同士、妹について相談する仲である。

 

魔術なんていう世界とは無縁の存在にしか思えない。

 

詩歌は少し溜息を吐くが、当麻のために懇切丁寧に解説する事にする。

 

 

「当麻さん、科学の最先端の学園都市に魔術師がいないと思っているんですか? そんなことはありません。むしろ逆です。いなければおかしいです。だって、魔術側にとったら、科学側は相容れない敵のようなものですから……科学側の総本山である学園都市にスパイ、工作員を送り込んでいるに違いありません」

 

 

詩歌の言っている事は一理ある。

 

しかし、当麻には納得できない部分があった。

 

 

「でも、土御門は学園都市で『能力開発(カリキュラム)』を受けてんじゃねーか。確か能力者と魔術は魔術は相性が悪いんだろ?」

 

 

「ふふふ、以前、私が言った事を覚えていたんですね。その通りです。能力者が魔術を使う事は命に関わります。もし、魔術師が『能力開発』を受ければ、力の全てを封じられる事になるでしょう。つまり、代償は相当なものです」

 

 

以前、三沢塾で、魔術に触れた時、能力者とは相性が悪い事に気付いており、当麻にその事を話した事がある。

 

 

「しかし、<必要悪の教会>。そこの上層部は、インデックスさんを苦しめる事になろうとも、手元に置く為に部下を欺き、<首輪>を着けさせていました。……そう、首に食い込むほどきつくね。……そんな人達なら、たとえ部下の1人が力の全てを失う事になろうとも、学園都市にスパイを送り込むことに躊躇う事はないでしょう」

 

 

一瞬、神裂の肩がビクン、と震える。

 

詩歌はその様子を見て、ますます確信を深める。

 

そして、最後に土御門に流し目を送り、一言付け加える。

 

 

「まあ、土御門さんが……―――この場で、これ以上はやめておきましょう」

 

 

しかし、何故か途中で言葉を引っ込めてしまう。

 

一瞬ではあるが、土御門は安堵の溜息を吐く。

 

 

(そういや、あいつ、あの時……)

 

 

当麻はステイルから、自分と詩歌はインデックスの<足枷>であると聞かされた時の事を思い出す。

 

敵ではなく、個人としては味方な者もいるのだろうが、組織として全面的に信用はできない。

 

とりあえず、詩歌の説明で<必要悪の教会>が学園都市にスパイを送り込むことには納得した。

 

だが、本人の口からそうだと聞かされなければ、土御門がスパイだとは信じる事ができない。

 

是非を問うように土御門と目を合わせる。

 

 

「流石、詩歌ちゃんだにゃー。一を聞いて十を知るとはまさにこの事だぜい」

 

 

当麻の期待を裏切り、土御門は詩歌の説が正しい事を証明するように拍手を送る。

 

 

「そうだぜい。敵地に潜るためとはいえ、おかげで陰陽博士として最上位の土御門さんも今じゃ魔術は打ち止めさ。おまけにハンパに身につけた能力はLevel0(使えないし)にゃー」

 

 

表の世界の住人だと思っていた土御門が、裏の世界の住人だった。

 

あまりに現実離れな出来事に、当麻は自分の足場がぐらつくような感覚に囚われる。

 

 

「だが、世の中にゃ人の信頼を得るために50年も潜っているスパイもいるくらいだぜい。このぐらいでビビってるんじゃ兄失格だぜい?」

 

 

お前…、と当麻はこれ以上の質問することができなくなる。

 

その時、左手が優しく包み込まれる。

 

当麻はその感覚を知っている。

 

見ずとも、その正体がわかる。

 

 

「詩歌……」

 

 

振り向くと、詩歌が何も言わず、自分の左手を両手で握りながら、微笑みかけていた。

 

挫けそうになった当麻を励まし、支えてくれている。

 

 

(本当に心配性な妹だな……)

 

 

当麻は自分に喝を入れ、奮い立たせると、土御門と対峙する。

 

たとえ、何があろうと大切な妹を守ってみせる。

 

その幾度となく刻みつけてきた誓いを、また深く心に刻みつける。

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだぜ、カミやん」

 

 

その様子に、土御門は当麻の心の内を悟り、笑った。

 

土御門は、魔術師でスパイ。

 

だけど、当麻の隣人でクラスメイトで、そして、お互いに同格であると認め合う親友でもあることに変わりはない。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「やはり、これは魔術でしたか」

 

 

「はい」

 

 

詩歌の呟きに神裂は真剣に答える。

 

詩歌の考察通り、現在、中身と外見が入れ替わる現象が世界規模で進行中。

 

これは魔術であると判明されているが、それは理屈も仕組みも、前例すらも定かではない。

 

とりあえず、現象の特徴から便宜的に<御使堕し(エンゼルフォール)>と名づけられた。

 

そして、<御使堕し>はいまだ完成しておらず、この入れ替わりは<御使堕し>の副作用に過ぎない。

 

本来の効果は、その名の通り、『天の位の天使を人の位に落とす』。

 

不完全、しかも副作用で世界規模の影響力があるため、魔術師単体では荷が重すぎる。

 

そのため、結界なり魔法陣なりを使った儀式場が築かれている可能性が高い。

 

 

「<御使堕し>を止める方法は2つ。1つは術者を倒すこと。もう1つは儀式場を崩すこと。私達が歪み辿ってきた所にあなた達がいました」

 

 

そして、この騒ぎは人為的に起こされたものだと考えられており、その中心はここである。

 

つまり――――

 

 

「それで、私達は容疑者、つまり、<御使堕し>の術者であると疑われているんですね?」

 

 

「……はい」

 

 

その問いに神裂は真剣に答える。

 

<御使堕し>が起きて、世界中の人々が入れ替わっている。

 

しかし、その騒ぎの中心にいたというのに、ある兄妹は難を逃れている。

 

大抵、事件直後に、現場にいるのは、被害者と犯人のみ。

 

このことから、その兄妹、当麻と詩歌が犯人であると疑われるのも当然だと言える。

 

 

「私は幸い、結界の中にいた為、難を逃れる事ができましたが、あなた達は……」

 

 

その時、今まで沈黙を貫いていた人物、先ほど当麻に襲いかかってきた少女が、唐突に話に割って入った。

 

 

「推察一。貴方は<御使堕し>を引き起こした張本人である」

 

 

少女の名前はミーシャ=クロイツェフ。

 

 

(ん? ミーシャ……です、か?)

 

 

奇抜な恰好をしているがロシア正教、<殲滅白書>の魔術師。

 

<御使堕し>の調査で、ロシアから派遣されたらしい。

 

 

「おいおい、何でそうなるんだよ?」

 

 

「解答一。貴方に入れ替わりは発生していない」

 

 

「はい!? ちょっと待てよ。んなこと言ったら土御門だって同じじゃねーか!」

 

 

当麻の言うとおり、土御門、そして、神裂も外見に変化はない。

 

 

「オレも運が良く、ここから距離があるイギリスにいたから、テメェで結界を張る時間があったんだよん」

 

 

ごく少数ではあるが、距離と結界の二点で難を逃れた者もいる。

 

神裂は結界で、土御門は距離のおかげで入れ替わりを防げた。

 

 

「土御門さん……身体は大丈夫なんですか?」

 

 

詩歌は悲痛な目で土御門を見つめる。

 

当麻はその様子を見て、今更ながらに気付いた。

 

 

「あれ、けどお前って、魔術が使えないんじゃ」

 

 

学園都市のカリキュラムを受けた者――能力者が魔術を使えば拒絶反応が起きる。

 

2人の意図を読み取ったのか、土御門は僅かに口の端を歪める。

 

 

「ああ、だから見えない所はボロボロだぜい? もっかい魔術を使ったら死ぬわな」

 

 

その時、土御門のアロハシャツの前が風になぶられた。

 

少しの間であるが、左脇腹全体を覆い尽くすように、青黒い内出血の痣が広がっている事を確認できた。

 

 

「応急処置はテメェでやったから、心配しなくても大丈夫だぜい、詩歌ちゃん」

 

 

治療をしようと前に出た詩歌を土御門は手で制する。

 

 

「……少し、待っていてください」

 

 

そう言うと詩歌はわだつみへと走っていく。

 

トラブル対処になれている彼女は常に<冥土帰し>謹製の簡易医療セットを持ち歩いている。

 

一応、容疑者という事で、その後をミーシャが見張りとしてついていった。

 

土御門は、やれやれと溜息を吐きながらも話を続ける。

 

 

「だが、ここまでやっても完璧に<御使堕し>から逃れられた訳ではないんだにゃー」

 

 

自嘲気味に土御門は笑う。

 

 

「ウチらやカミやん兄妹は例外として、周りの人達から見れば、オレは一一一(ひとついはじめ)に見えるらしいぜい」

 

 

一一一。

 

超美形アイドルで学園都市でも有名である。

 

最近は、人気女優に手を出した事が原因でファンの子達から襲われているらしいが……

 

おかげで、土御門は女性達に囲まれ、時に襲われているらしい。

 

 

「じゃあつまりこっちのお姉さんも入れ替わった人達からみると別人に見えるのか?」

 

 

あ、馬鹿……、と土御門は言葉を言い残し、神裂から少しずつ離れていく。

 

 

(あれ? 何この既視感? 詩歌に彼氏はいないのかと聞いた時と同じ……)

 

 

わなわなと震える神裂を見て、当麻は逆鱗に触れてしまったことを直感する。

 

 

「……、―――グヌスです」

 

 

「は?」

 

 

当麻の眼が点になるのと同時、スイッチが入ってしまったように神裂は無表情で平たい声で一気に語りだす。

 

 

「ステイル=マグネスです。はい、世間から見ると私は身長2m強の赤髪長髪の大男に見えるそうですね。おかげで手洗いや更衣室に入っただけで警察を呼ばれるし、電車に揺られているだけで痴漢に間違われましたし、ええ本当に驚きました。始めは世界の全てが私に喧嘩を売っているように見えてしまって本当にどうしたものかと」

 

 

今まで詩歌にキレられた経験から断言する。

 

神裂は間違いなくぶちギレている。

 

当麻はすぐに神裂から離れようとするが、がしぃっ! と両肩を掴まれてしまう。

 

 

「ところで、本当にあなたは何もしていないんですか? 本当は何かをしたのではないのですか? 正直に告白しなさい、怒りませんから。<天使>が魔術師の手に渡るなど前代未聞です。それがどれほどの危険を内包しているか理解しているのですか? 私はもう嫌なのです。私はさっさと解決したいのです。道行く人々から『妙に女っぽいシナを作る巨漢の英国人』などと呼ばれるのは耐え難い苦痛なのだと言っています」

 

 

「うごごっ! 揺らっ、揺ら揺ら揺ら揺ら揺らすんじゃねぇ!」

 

 

眉一つ動かさない神裂の人間離れした力でがっくんがっくんと首を前後に揺らされる当麻は、これだけで首の骨が折れるかもしれないと危機感を抱く。

 

今の神裂、先ほどのミーシャを見れば分かるとおり、このように当麻達は難を逃れた魔術師たちに見敵必殺、サーチアンドデストロイである。

 

 

(詩歌、早く助けてくれ)

 

 

当麻は詩歌にSOSを送る。

 

その願いが通じたのか、神裂の手が止まる。

 

しかし、ほっとしたのも束の間、

 

 

「そういえば、能力者が魔術を使うと拒絶反応が起きるのでしたね。確かめてみましょう」

 

 

言うや否や、神裂は無造作に手を伸ばして当麻の脇腹に軽く触れた。

 

 

「いひぃはっ! な、何を!?」

 

 

「何故に飛び上がっているのです。内出血の有無を触診しているだけですが。しかし、この過敏な反応。やはり、目に見えないだけで身体の内側に損傷があるのではないですか?」

 

 

「高校生ならデフォで飛び上がります! そういう仕様ですから触らんといてください!」

 

 

「怪しいですね。調べられるのが怖いのですか? その身が潔白ならば、どんな尋問がこようが関係ないのではありませんか?」

 

 

当麻は波打ち際と旅館の方を確認。

 

年上のおねいさんに体中をいじり倒されている光景など、インデックスや詩歌に見られれば命に関わる。

 

しかし、今の神裂は詩歌の狂戦士モードと通じるものがある。

 

尋問を避ける事はできないだろう。

 

 

(暗に拒否ったら、その時点で犯人確定ですって論旨をすり替えている辺り、流石イギリス清教<必要悪の教会>の異端尋問官だにゃー)

 

 

オカルト業界に詳しい土御門は感心していたが、当麻はそんなこと知らないし、考える余裕もない。

 

なにせ、自分の命と名誉が関わっているのだから。

 

 

「ぐ……っ、くっ。こうなったら詩歌が戻ってくる前に全てを終わらすしかねぇ。とっとととことん調べやがれ! ―――って、おおうあっ! へ、変に触るなっ!」

 

 

「??? とにかくじっとしていなさい」

 

 

当麻の上半身をくまなく神裂の細く長い指がゆっくりと這い回る。

 

神裂の体温、当麻の冷汗のせいで、まるで小さな舌が体中を嘗め回しているような、とてつもなく未知の感覚に襲いかかってきた。

 

 

(ちょ、待……っ! まず、うおお! このままでは、このままでは、今朝から詩歌のせいで溜まり続けてきた―――って、当麻さんは妹に欲情する変態じゃないですけどね! しかし、このままじゃやばい!)

 

 

今まさに、精神世界で当麻はかつてない強敵と激闘を繰り広げている。

 

しかも、その世界の当麻は、今朝から連戦してきたせいか疲弊している。

 

何よりも強敵なのは、己自身である、と当麻は痛感する。

 

意図していないとはいえ、ここまで当麻を追い詰めるとは流石、異端尋問官である。

 

 

「……、」

 

 

当麻が必死に内なる自分と戦っていると、あちこち触診していた神裂の手が、不意にピタリと制止する。

 

尋問がついに終わったのかと神裂の顔を見るとその視線は下。

 

当麻の下半身、特に海パンを黙って注視している。

 

うん、やばい。

 

今の当麻の下半身は、不覚ではあるが少しずつ立ち上がってきている。

 

しかも、何を期待しているのか、神裂が注視してから立ち上がる速度が上昇している。

 

 

「ちょ、ストップ! これ以上はやめてください、神裂さん!」

 

 

「駄目です。やるなら徹底的に。それに、あなたもとことんと言ったのではないですか」

 

 

「くっ、誰か助けてくれえええぇっ!!」

 

 

健全な青少年の叫びも空しく、神裂の手が当麻の下半身へ――――

 

 

 

 

 

「異議あり!!」

 

 

 

 

 

天が呼ぶ、地が呼ぶ、兄が呼ぶ。

 

当麻のピンチに、ズバッと参上、上条詩歌。

 

……まあ、少しタイミングが良すぎる気がしないでもないが。

 

当麻と神裂は知らないが、尋問が始まった直後に詩歌を見張っていたミーシャはすでに、土御門の横にいた。

 

もしかして、詩歌はすぐ傍で2人の様子を……うん、きっと気のせいだろう。

 

 

「大丈夫です、当麻さん。すぐに助けてあげますからね」

 

 

「詩歌ぁ……」

 

 

当麻は詩歌の微笑みを見て、二重の意味で助かったと安堵する。

 

1つは、青少年の精神的に。

 

もう1つは、お仕置きによる肉体的に。

 

きっと、詩歌は当麻がわざと尋問に受けた訳ではない、つまり、被害者であると察してくれたのだろう。

 

その微笑みには、お仕置きの際、発せられる禍々しいオーラが一切ない。

 

不幸センサーも全く反応が―――ビービービーッ!! ―――あれ? 反応してる? ま、まあ、不良品だからかな?

 

 

「容疑者の1人の私が言うのもなんですが、些か短絡的だと思いますよ、神裂さん」

 

 

詩歌は颯爽と二人の前に現れると、二人を引き剥がし、さりげなく小指で頬を掻きながら神裂と対峙する。

 

当麻は、兄として情けないながらも、サインの通りに、詩歌に任せる事にする。

 

あれ?

 

 

(確か、小指を使っている時は『息を吸うな』だっけ―――え)

 

 

当麻は一度見て、もう一度詩歌の右手に注目する。

 

とても大事なことなので2回確認する。

 

うん、間違いない、小指を使っている。

 

一瞬、こちらに振り向いていた。

 

お仕置きする時の黒い笑みを浮かべながら……

 

とりあえず、不幸センサーは正常に働いたようだ。

 

 

「不幸だ…」

 

 

当麻は達観した目で海と空を見つめる。

 

ああ、翼が欲しい、翼があれば……

 

そんな当麻を余所に詩歌と神裂は討論を始める。

 

 

「当麻さんが犯人でないと言える理由は3つあります。1つ目は、学園都市のカリキュラムを受けた身であること。まあ、これは置いといて。2つ目は、魔術に関しての知識が皆無であること。つまり、“馬鹿”だということです」

 

 

グサッ!

 

 

当麻の脳裏に、詩歌と学力テストした時のトラウマが甦る。

 

流石に、もう精神が限界なのか、当麻は泣きながら、砂浜にのの字を書き続ける。

 

 

「はい。しかし、あなた達のすぐ側に<禁書目録>がいるのではないですか」

 

 

どうやら、詩歌が割って入った事で神裂は冷静さを取り戻したようだ。

 

インデックスは科学に関してはあれだが、魔術に関しては図書館ともいえる知識量を誇る。

 

神裂の反論は理にかなっているともいえる。

 

 

「確かに、インデックスさんがいれば、知識に関しては問題はないでしょう。でも――――」

 

 

しかし、詩歌はその事を当然のように予想していた。

 

自信満々に神裂の目の前に3本の指を立てる。

 

 

「3つ目の理由です。当麻さんの体質、<幻想殺し>です。神裂さんも知っているかと思いますが、私の兄、上条当麻にはあらゆる魔術が通用しません。つまり、<御使堕し>が効かなくても不思議ではありません。むしろ、当然の事だと言えます」

 

 

詩歌の言うとおり、当麻には、あらゆる異能を打ち消す右手、<幻想殺し>がある為、<御使堕し>が通用しなかった。

 

神裂も<幻想殺し>について、知っているので、納得する。

 

 

「お仕置き――ではなく、あまり気が進みませんが、確認として……ミーシャさん、当麻さんを魔術で軽く攻撃してください」

 

 

置物のようにじっとしていたミーシャは詩歌の指示通りに、

 

 

ズバン! と。

 

ミーシャの背後から噴水のように水の柱が飛び出し、

 

 

「―――水よ、蛇となりて剣のように突き刺せ(メム=テト=ラメド=ザイン)

 

 

続けて呪を紡ぎ、水の柱を蛇へと、それをさらに枝分かれさせヤマタノオロチと変じさせ、勢い良く当麻へと襲い掛かった。

 

ドスドス!! と。

 

当麻に次々と襲い掛かる水槍。

 

その内の1本が、迷うことなく当麻の顔面へ――――

 

 

「うおっ!?」

 

 

すぐに立ち上がり、<幻想殺し>を盾にする。

 

そして、水の塊は当麻の右手に触れるや否や消滅した。

 

詩歌はその結果に笑みを深める。

 

 

「これで納得しましたか?」

 

 

詩歌の言葉に、ミーシャは小さく肯いた。

 

 

「正答。あなたの見解と今の実験結果には符合するものがある。この解を容疑撤回の証明手段として認める」

 

 

とりあえず、詩歌のおかげで、当麻の身の潔白が証明された。

 

 

「少年、誤った解のために刃を向けたことをここに謝罪する」

 

 

ミーシャはそう言うと、当麻に頭を下げる。

 

気持ちは籠ってはいないが、ミーシャが当麻を犯人扱いする事はないだろう。

 

しかし、犯人と疑われているのは当麻だけではない。

 

 

「問二。では」

 

 

ジロリと眼球だけを動かして、ミーシャは詩歌を見る。

 

 

 

 

 

「貴女が術者か」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(まあ……そうなりますよね)

 

 

ミーシャは詩歌の挙動を一切見逃さないようにじっと睨みつける。

 

インデックスから多少魔術について教えてもらっているので、詩歌は当麻と違って、知識はある。

 

そして、<幻想投影>は魔術にも対応できる為、カリキュラムを受けていようが拒絶反応が起きる事もない。

 

つまり、詩歌は<御使堕し>を起こすことができなくもない。

 

いや、容疑者の中で、最も犯人の可能性が高い。

 

もし、このまま沈黙を貫いていたら黒と判断されてしまうだろう。

 

 

(まあ、私が入れ替わらなかった理由は予想がつきますが……)

 

 

口を開こうとした時、当麻が詩歌を庇うように前に出た。

 

 

「詩歌は絶対に犯人じゃねーっ! 俺の妹が犯人だと疑うなら容赦しねーぞ!」

 

 

詩歌が疑われているのが、我慢できないのか当麻は重い声で訴える。

 

庇ってくれるのは嬉しいけど、それは逆効果だ。

 

かえって、詩歌が犯人であると印象付けてしまう。

 

と、思ったのだが、

 

 

「それに詩歌は昨夜ずっと俺と一緒に寝て――――あ……」

 

 

勢い余って、余計な事を口に出してしまった。

 

誰にも知られたくない秘密を暴露してしまった。

 

だが、これは好機だ。

 

詩歌はこの好機を見逃さず利用する事にする。

 

 

「はい…昨夜はずっと、当麻さんと……(ぽっ)」

 

 

偶然、寝惚けて? 詩歌は当麻の布団に潜り込んだ。

 

そして、当麻の右手、<幻想殺し>を抱き枕にしていたので、<御使堕し>の影響を受けなかった。

 

 

「「……、」」

 

 

 

……………………………。

 

 

 

周囲に沈黙の天使が舞い降りた。

 

一同は詩歌の真っ赤な顔を凝視している。

 

もしこのまま沈黙を貫くなら、<御使堕し>とは別に黒であると判断されるだろう。

 

 

「当麻さんが強引に右手で私を抱きしめて……―――キャッ////」

 

 

いや、もう詰んだ。

 

たとえ、今の発言が真実でなくても、当麻が黒である事は覆らない。

 

当麻は色々とツッコミたいが頭がパンクして何も言う事ができない。

 

そして、30秒後、天使は天へと帰っていった。

 

 

「か、かかか上条当麻!!? あああなたって人は!!」

 

 

神裂は顔を真っ赤にしながら、当麻を怒鳴りつける。

 

 

「ちげぇよっ!! 神裂、誤解だ!!」

 

 

当麻の魂の叫び。

 

だが、それも焼け石に水に過ぎない。

 

 

「カミやん! カミやんならいつかきっと、同じ境地に立てると信じていたぜい!!」

 

 

神裂とは逆に、土御門は満面の笑みを浮かべている。

 

よっぽど、理解者が得られたのが嬉しいようだ。

 

シスコン軍で、自他共にシスコンLevel5と認められている土御門軍曹は当麻伍長の昇進を心から祝福し、手を差し伸べる。

 

 

「だから、誤解だっつってんだろ!! 俺は絶対に詩歌に手をださねぇよ!!」

 

 

その差し伸べた手を当麻は叩いて、握手を拒否する。

 

 

「カミやん、早く自分に素直になった方がいいにゃー。舞夏ほどじゃないけど、詩歌ちゃんもなかなかだぜい」

 

 

「舞夏ほどじゃない、だと……なに寝言ほざいてやがる。詩歌の方が上に決まっているだろ!」

 

 

あれ? 話の内容がおかしな方向に……

 

 

「やっぱり、カミやんとは相容れないようだぜよ」

 

 

「それはこっちの台詞だ、土御門」

 

 

2人の間でバチバチと電撃が迸っている。

 

どうやら、軍内部で確執が生じているらしい。

 

2人はそのまま周りをほったらかしにして、互いの誇りをかけた論争を始めてしまう。

 

そもそも、<御使堕し>について話し合っていたんじゃないのか?

 

というか、当麻に関しては、すぐ近くに詩歌がいるのに……

 

まあ、とにかく、(綺麗な言い方をすれば)兄が泥を被って、妹の疑いは晴れた……のか?

 

流石、当麻、兄として冤罪を押し付けられる事になっても、突破口を開き、詩歌を助けだした。

 

まあ、しばらくこの冤罪が晴れる事はないだろうが

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

あれから10分、2人は妹について激論を繰り広げている。

 

よくもまあ、この真夏の炎天下の中で激しい論争を10分も続けられたものだ。

 

互いに譲れないものがあるのだろう。

 

 

(さて、これからの事について話し合いたいのですが……)

 

 

この調子だと1時間過ぎてもこのままな気がする。

 

神裂はこの事態を収拾するのにどうしたものかと他の2人の方に顔を向ける。

 

 

「……」

 

 

だが、ミーシャはこの事態に全く興味がないのか2人を止める気は皆無だ。

 

戦力になりそうにない。

 

一方、詩歌はというと、

 

 

(どうして……こちらを見ているのでしょうか?)

 

 

神裂をさりげなく睨みつけていた。

 

そして、何やら、ぶつぶつと呟いている。

 

 

(………あとで、しっかりと調教しないといけませんね。……それはともかく、まずいです。神裂さんですか……当麻さんの好みのタイプです。しかも、初期から中期段階……危険度Level3といったところですかね)

 

 

カミやん病撲滅を掲げるDr詩歌。

 

彼女の眼光はカミやん病患者を見逃さないどころか、進行具合も見抜く。

 

大まかな分類として

 

 

 

初期:10~40% 一目惚れ。憧れの王子様。

 

中期:40~70% 遠くにいても時々、当麻の事を考える。しばらく、会わないと辛い。

 

末期:70%~  毎日、当麻の事を考える。べた惚れ。会わないと調子が崩れる。

 

 

 

しかし、医者の不養生、というべきか、詩歌は末期の中の末期患者である。

 

カミやん病を撲滅する事は叶わないだろう。

 

 

(そろそろ時間ですし、終わらせますか)

 

 

とりあえず、神裂の意図に気付いたのか、詩歌は手を振って、この事態を請け負うと合図する。

 

 

(それにしても、女房と畳は新しいほうがいい、という格言があると言うのに、当麻さんときたら……)

 

 

「うおっ!?」

 

 

当麻は背後に凍てつくような悪寒を感じた。

 

何やら、近い将来、頭に何かを擦りこまれそうな気配がする。

 

今夜は、枕元に注意を払う必要があるかもしれない。

 

 

(……まあ、年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ、という言葉もありますがね。とりあえず、情報を集めませんと。さてそうなると、仲間の……)

 

 

「ッ!!?」

 

 

今度は、土御門が背後に悪寒を感じた。

 

土御門の場合は、近い将来、尋問されそうな気配だった。

 

2人とも悪寒の出所はわからず、辺りを見回す。

 

その隙に詩歌が2人の間に割って入る。

 

 

「そろそろ、おふざけはやめてください。全く、妹はペットじゃないんですよ。それなのに、どちらが上かなんて論じるなんて……兄としてどうかと思いますね」

 

 

そこで言葉を切り、一拍置いて、満面の笑みを浮かべる。

 

 

「そんなお兄ちゃんなんて、大嫌い♪」

 

 

言葉の魔弾が2人の胸を貫いた。

 

 

((ぐはっ!!?))

 

 

会心の一撃。

 

その言葉は1発でシスコン軍を壊滅させたと言われる禁断の兵器。

 

2人の軍兵はしばらく胸を抑えて蹲ってしまう。

 

しばらく、立つ事はできないだろう。

 

いや、土御門はあと少しで立てそうだ。

 

産まれたての子鹿の様に足元が震えているが。

 

でも、当麻は駄目だ。

 

土御門とは違い、実の妹から言われたからなのか、急所を貫かれたようだ。

 

本気で苦しそうである。

 

早く詩歌フォローしないと、あまりのショックにしばらく引き籠るかもしれない。

 

 

「さて、話を戻しましょうか」

 

 

だが、フォローなしで<御使堕し>の考察に戻ってしまう。

 

まあ、当麻が考察に役に立つかどうかは怪しいものだが、早く助けてあげて欲しい。

 

このまま話に参加せず、役立たず、と追い討ちをかけられたら本当に引き籠るに違いない。

 

 

(カミやん……強く生きろ)

 

 

たとえ価値観が違っていても、同じシスコン軍の同士。

 

戦友を悲痛な目で土御門は見守る。

 

今の当麻の心境を自分の事のように理解できるが、自分には何もできない。

 

ただ胸の内で当麻を励ます。

 

明日は我が身かもしれない。

 

 

「あ、そうそう土御門さん、舞夏さんに先ほどの事をご報告しますので、というか、もう報告しました」

 

 

明日は我が身どころか、今日の内、今すぐに当麻と同じ目になりそうだ。

 

 

「え……? 詩歌ちゃん、ど、どういうことなのか、教えてほしいぜよ」

 

 

にっこりとほほ笑みながら、こういうことです、と詩歌は土御門の目の前にメール送信中と画面に表示された携帯を差し出す。

 

どうやら、当麻との喧嘩の内容を一言一句違わず文面を作成し、舞夏にメールを送信したらしい。

 

 

「『兄貴……』」

 

 

突然、舞夏の声が聞こえた。

 

しかし、この場に舞夏はいない。

 

今は学園都市にいるはずである。

 

 

「ま、舞夏!?」

 

 

土御門は思わず、辺りを見回すが舞夏の姿は見当たらない。

 

だが、先ほど聞こえたのは舞夏の声だったはず。

 

今のは幻聴だったのか?

 

 

「『兄貴なんて、大嫌いだ』」

 

 

(ぐはっ!!)

 

 

再び破滅の魔弾が、土御門を貫いた。

 

しかも、今度は急所を抉っており、致命傷である。

 

当麻と同じように胸を押さえて蹲る。

 

 

「――――な~んて、言われるかもしれませんね」

 

 

今のは詩歌の声帯模写。

 

しかも、ショックを受けて、精神状態が万全ではないとはいえ、シスコンLevel5の土御門を騙すほど舞夏にそっくりである。

 

本当、一体どれだけの特技があるのだろうか。

 

それにしても相手の弱点をこうもつくとは、詩歌の将来が末恐ろしい。

 

 

「今度こそ、話を戻しましょうか、神裂さん、ミーシャさん。私と当麻さんも<御使堕し>解決に協力しますね」

 

 

死屍累々。

 

シスコン軍をたった一人で、しかも言葉だけで壊滅させた詩歌は、何事もなかったように、にこやかに2人に微笑みかける。

 

 

「え、ええ……」

 

 

確かに2人の喧嘩を治めてはくれたが、ここまで徹底的にするとは、若干、神裂は頬を引き攣らせている。

 

 

「あ、でも…―――『かおり、お腹空いたかも。早くご飯にするんだよ』」

 

 

「ッ!!?」

 

 

神裂は思わず、海辺にいるインデックス(中身は詩歌だが)へ顔を向けてしまう。

 

そして、すぐに詩歌の声帯模写だと気付く。

 

 

「ふふふ、それとも『かおりお姉ーちゃん』でしたか? まあ、そろそろ時間です。それに、そこにいる二人にはしばらく時間が必要ですし、神裂さんもミーシャさんも長旅で疲れていませんか? いえ、たとえ疲れを感じていなくても、疲れは溜まっているものです。無理をしていては良案も思い浮かびません。なので、休憩にしましょう」

 

 

「は、はい、そうしましょう」

 

 

本当だったら、自分か、土御門がこの場を制するはずだった。

 

だが、しかし、いつの間にか場の主導権は詩歌が握っている。

 

同僚のステイルから詩歌の事を多少は聞いていたとはいえ、ここまでのものとは思いもしなかった。

 

そして――――

 

 

(やはり……あの子とよく似てますね)

 

 

自分をからかって笑う仕草が、かつての親友、インデックスを連想させる。

 

 

(それに、彼とも……)

 

 

そして、自分を絶望の淵から奮い立たせ、インデックスを、そして、自分を救い出してくれた当麻のあの百人力ともいえる信――――

 

 

「ぅう、詩歌ぁ~……見捨てないでくれぇ~……」

 

 

――――気のせいなのかもしれない。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「私は土御門さんの治療が終わったらすぐに行きます。当麻さんは皆さんを案内してください。母さんは厄介事に慣れてますので、適当に紹介すれば大丈夫です」

 

 

あれから当麻に愛の鞭で喝を入れた詩歌は指示を出し、土御門の容態を診察する。

 

土御門は嫌がるのだが、有無を言わさず、もし治療を受けてくれなかったら、舞夏に報告すると脅しに掛けるので、渋々詩歌の要求を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「………さて、これでしっかりと治療も終わりましたし、仕上げといきます」

 

 

詩歌は冥土返し謹製応急処置セットをしまうと土御門の両肩に手を置く。

 

 

(投影終了。……同調開始)

 

 

すると、みるみるうちに土御門の痣が小さくなっていく。

 

 

「土御門さんの能力が『これ』で助かりました。おかげで、病院に行かずに怪我を直すことができます」

 

 

やがて、痣が完全に消えると詩歌は安堵の溜息を吐く。

 

 

「………流石、詩歌ちゃんだぜい」

 

 

土御門が感心したように呟く。

 

 

「いえ、これは土御門さんの力です。私はそれに手を貸しただけです。土御門さんもちょっと考えを変えればLevel3程度は目指せるはずです」

 

 

詩歌の謙遜に、土御門は首を横に振る。

 

 

「そうじゃないぜよ。確かに、<幻想投影>は凄いが、俺はそれ以外の所を感心しているんだにゃー」

 

 

一拍置いて、語りだす。

 

 

「今日の事もそうだが、絶対能力進化計画の時もよくやったぜよ。詩歌ちゃんを知っているならともかく、それ以外の奴らは完全に騙されていたにゃー。本当、第4位率いる暗部組織を封じ込めるとは恐れ入ったぜい」

 

 

土御門はスパイだ。

 

<必要悪の教会>の一員として、禁書目録争奪戦や三沢塾解放戦についても裏方として参加していたし、学園都市暗部に情報網を張り巡らせていたので、絶対能力進化計画の事も知っている。

 

それを聞いた詩歌は感心したように微笑む。

 

 

「ふふふ、土御門さんは優秀なスパイのようですね。先ほども、私達の容疑を有耶無耶にする為にわざと騒ぎを大きくしてくれましたしね」

 

 

詩歌は当麻と自分が入れ替わらなかった事についての考察を述べ、皆を納得させたが、犯人ではないという事は証明していない。

 

特に、自分は犯人だと冤罪をかけられる可能性が低くはないと思っており、いざとなれば、当麻の元から離れる事も覚悟していた。

 

そこを土御門が道化を演じることで、神裂達の目を逸らさせ、犯人でないと証明する、つまり、真犯人を捕まえるチャンスを与えてくれた。

 

 

「それは過剰評価だぜい、詩歌ちゃん」

 

 

そう言うが、詩歌は土御門の評価を訂正する事はない。

 

 

「……土御門さん、一つだけ聞きたい事があります」

 

 

詩歌は土御門に一つだけ質問したい事があった。

 

怪我の治療の事もあるが、それを聞く為に二人っきりになりたかった。

 

誰にも、特に当麻の前では聞かれたくない。

 

その質問を口にする。

 

 

 

 

 

「土御門さん、あなたは当麻さんの敵ですか?」

 

 

 

 

 

しばらく静寂の空気に包まれる。

 

土御門は当麻の隣人でクラスメイト、そして、舞夏の義兄。

 

だが、しかし、スパイであると知ってしまった。

 

だが、詩歌は瞳を覗き込んでも、隙を見せない為、土御門の心の内を解き明かすことができない。

 

だから、真っ直ぐこの質問をぶつけてみる。

 

 

「……やれやれ、本当に似た者兄妹だ」

 

 

土御門は何かを呟く。

 

そして、自分は嘘つき村の住人である、と前置きしてからその質問に答える。

 

 

「カミやんとはいつまでも親友でいたいと思っている」

 

 

嘘つき村の住人であると前置きしたのでこの答えは嘘なのかもしれない。

 

だが、しかし、自分と真摯に向き合ってくれた事は伝わる。

 

なので、詩歌はその答えを信じる事にする。

 

たとえ騙されたとしても後悔はしない。

 

 

「ありがとうございます、土御門さん」

 

 

少しだけ、土御門の顔が赤くなったような気がした。

 

 

 

つづく


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