とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

57 / 322
御使堕し編 大騒動

御使堕し編 大騒動

 

 

 

わだつみ

 

 

 

「お兄ちゃーん、起こしに来たよー」

 

 

赤いキャミソールを着た美琴は、当麻にべたべたとじゃれついている。

 

 

「あれ? お姉ちゃん、どうしてここに?」

 

 

そして、隣に詩歌がいるのに気付いたのか、美琴は首をかしげる。

 

失礼なのかもしれないが、その可愛らしい仕草は普段の美琴とはかけ離れている。

 

というか、色々とおかしい。

 

美琴は詩歌の妹分だがお姉ちゃんとは滅多に言わないし、当麻の事をお兄ちゃんなどと口が裂けても言うはずがない。

 

当麻の妹は詩歌だけのはずだ。

 

もしかして、美琴は刀夜の隠し子なのか!?

 

というか、何でここにいる?

 

 

「え、なに? え? お前も<妹達>の件で学園都市から追い出された口でせう? ってか、ここは学園都市から追い出された人間が集められる島流しみたいなところなのか?」

 

 

とりあえず、最もあり得そうな可能性を聞いてみる。

 

 

「美琴さんがお姉ちゃんと……美琴さんがお姉ちゃんと……美琴さんがお姉ちゃんと……」

 

 

詩歌はあまりの衝撃に吹っ飛んでいる。

 

後一押しすれば、当麻と同じように涅槃まで飛んでしまうのかもしれない。

 

 

「はぁ。何言ってんの? 私はお兄ーちゃんやお姉ーちゃんの傍にいるのがそんなにおかしいの?」

 

 

そして、美琴は詩歌に甘えるようにその胸に飛び込む。

 

最近、美琴がなかなか甘えてくれない詩歌にとって、それは会心の一撃だった。

 

 

「わぁー、お姉ちゃん、ふかふかだぁ~。それにいい匂い」

 

 

「      」

 

 

昇☆天。

 

ついに許容量を突破したのか、詩歌はそのまま後ろへ倒れて気絶する。

 

口からは白いものが……

 

今度は詩歌が涅槃へと旅立った。

 

 

「あれ? お姉ちゃん、どうしたの? ……―――まあ、とりあえず、朝ご飯ができてるから早く一階に来てねー」

 

 

そう言い残すと、美琴は来た時と同じように風のように去ってしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「はっ! ……夢でしたか。……そうですよね。……美琴さんが私の事をお姉ちゃんと呼んで、甘えてくるなんてもう昔の事……ありえませんよね……」

 

 

でも残念です、しょんぼり。

 

美琴が去ってすぐに詩歌は回復した。

 

がやはり、先ほどの光景は受け入れ難いみたいだ。

 

 

「詩歌……残念だが、夢じゃねぇぞ」

 

 

しかし、あれは現実で、夢ではない。

 

当麻はとりあえず、詩歌を落ち着けさせる。

 

混乱しているのも悪いが、今は1人でも理解者が欲しいのだ。

 

 

「……美琴さんが私の事をお姉ちゃんと言ったのも」

 

 

「現実だ」

 

 

「……当麻さんの事をお兄ちゃんと言ったのも」

 

 

「まあ、言ってたな」

 

 

「美琴さんが当麻さんの妹になったのも」

 

 

「現実―――え?」

 

 

瞬間、当麻の体感温度が急激に下がった。

 

外は灼熱のように日差しが降り注ぐ真夏日だというのに、部屋の中だけ冷凍庫のように寒い。

 

 

「ほぉー……当麻さんは私が妹なのを飽き足らず、美琴さんも妹にしたんですか?」

 

 

普段から『血が繋がっていなければ、当麻さんと何の問題なく結婚できる』と考えている詩歌にとって、軸がぶれているかもしれないが、嫉妬しているらしい。

 

微笑んでいるが、額に青筋ができており、心なしか角が生えているように見える。

 

まさに、天使の顔した般若である。

 

 

「ふふふ、そんな事になっていましたとは、露ほども知りませんでした。驚きです。ええ、本当に吃驚仰天です」

 

 

一体何の力が働いているのだろうか、詩歌の髪がまるで蛇のように蠢きながらじわりじわりと当麻に絡みつこうと近づいていく。

 

そして、怪しげな雰囲気を漂わせる。

 

俺の妹は実は妖怪なのかもしれない。

 

 

「これは……もしかしたら、ひょっとすると、ありえない事だと思いますけど―――私が妹では物足りない、ということですか、お兄ちゃん?」

 

 

良く通るのに何故か唇が全く動かない話し方で甘えてくる。

 

はっきり言ってホラー映画のように怖い。

 

 

「し、詩歌落ち着け、頼むから落ち着いてくれ」

 

 

当麻は詩歌が最大級に不機嫌である事を察すると、誤解を無くそうと必死に知恵を巡らせる。

 

だけど、ここぞという所で頭は全く働かない。

 

 

(くそっ、何も思い浮かばねぇ。……だが―――)

 

 

だが、しかし、自分達は仲良し兄妹。

 

分かり合えるはずだ。

 

たとえ、視線だけでも誤解だと分かってくれるはず。

 

当麻は詩歌の瞳を真正面から見据え、誤解であると目で訴える。

 

 

「あらあら、本当に困りましたね。日頃から誠心誠意ご奉仕していたのですが、どうやら、私の努力が足りなかったみたいです。……フフフ、なら、今から限定解除、全身全霊でご奉仕して差し上げます」

 

 

(あ、無理)

 

 

ギラリと光る眼を見て、不幸センサーが当麻の危険を予知する。

 

残念だが、暴走した妹を宥めるには、まだまだ経験値が足りないようだ。

 

 

「くっ―――」

 

 

これ以上のここにいたら危険、と悟った当麻は即座に逃げようとする。

 

 

「お兄ちゃんダーイブ!」

 

 

「ぐほっ!」

 

 

が、立ち上がる前に捕まってしまう。

 

 

「フフフ、お兄ちゃん、マッサージ……してあげるね」

 

 

「や、やめてくれ、そこはそれ以上曲がら―――ないぃ~~ッ!!」

 

 

物凄い速さで当麻の動きを封じ、そのまま密着しながら四肢を前衛彫刻のように決める。

 

残すは首のみである。

 

そして、その首を詩歌は自分の―――

 

 

「もう無理です! もうこれ以上は無理でございま―――うっぷ!?」

 

 

「お兄ちゃんのために考えた必殺詩歌スペシャルだよ~」

 

 

極まった。

 

描写できないが、必殺詩歌スペシャルとやらが、完全に極まった。

 

 

(……ぅあぁ………し、死ぬ…でも、気持ち…いい……)

 

 

ただ、当麻の顔は幸せそうである。

 

この必殺詩歌スペシャル、極まったらアリ地獄のように脱出不可能のサブミッション地獄であるが、お互いの体が余すとこなく密着しているので、詩歌のわがままボディを思う存分堪能できる。

 

さらに、当麻は某ゲームの遊び人のある特技を体感している。

 

お仕置きとご奉仕が同時にできる苦痛と快楽のサンドイッチのような技である。

 

今の当麻を見たら、気絶してもいいから実験台になりたいという男性が大勢いるだろう。

 

当麻のために考えたというのもあながち嘘でもないらしい。

 

だが、このままいけば、必殺の文字通り当麻は窒息死してしまうであろう。

 

いや、窒息死してしまう前に当麻の兄としての最低限の尊厳が死ぬかもしれない。

 

当麻の中で、大勢の男としての当麻が兄としての当麻を袋叩きにしている。

 

 

(逝こう……)

 

 

これ以上の苦痛から逃げる為、そして、兄の尊厳を守るために当麻は少し名残惜しそうに意識の手綱を手放した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

あれからしばらくして、当麻は意識を取り戻した。

 

その間に詩歌は着替えて、下に降りたらしく、その場にはいなかった。

 

 

「はぁ……」

 

 

上条刀夜と、上条詩菜。

 

久し振りに再会した息子が、自分達のことを忘れている。

 

もし、知られたら、詩歌の時みたいになるのではないのか。

 

だから、記憶を失くした事を悟られたくない。

 

不安だった。

 

怖かった。

 

逃げたかった。

 

そして、旅行が決まってから、なかなか夜は眠れなかった。

 

でも、今日は久しぶりに熟睡できた。

 

たぶん、詩歌がすぐ横にいたから。

 

おそらく、詩歌は当麻の悩みを見抜いていた。

 

だから、わざと寝惚けて、当麻の布団の中に潜り込んだのだろう。

 

まあ、半分は別の理由だが……

 

 

「ん?」

 

 

その時、枕元に置いてあるメモを見つけた。

 

『ゴメンね  お兄ちゃん』と誰が書いたものかなど間違うことのない綺麗な文字がメモに書かれていた。

 

 

「詩歌の奴……」

 

 

詩歌のお仕置きは拷問レベルの凄まじさである。

 

しかし、当麻は毎回手を出さずに受けきって見せる。

 

兄妹喧嘩の時もそうだが、これは当麻の兄としての意地。

 

兄妹間でのちょっと過激なスキンシップ。

 

そう考えれば、詩歌のお仕置きもそよ風みたいなものだ。

 

まあ、少し手加減して欲しいが……

 

それに、これは滅多に本心を見せる事のない詩歌の甘えみたいなもの。

 

ならば、それを受け止めるのが兄の度量の見せ所である。

 

 

(ん? 身体がいつもより軽い)

 

 

ここ最近の出来事で溜まっていた疲労が消えている。

 

先ほどの詩歌スペシャルはマッサージの効果もあったらしい。

 

退院してから、詩歌は何かと当麻の体調に気を使っている。

 

初日はメザシと白米のみだったが、それ以降は専属の栄養管理士並みの献立となっている。

 

 

(ったく、心配し過ぎなんだよ)

 

 

これ以上寝ていては詩歌が心配にするに違いない。

 

きっと、顔には出さないが、お仕置きした事を後悔しているだろう。

 

だから、早く何ともない普段通りの自分を見せよう。

 

不器用な妹をこれ以上不安にさせる訳にはいかない。

 

 

「全く……本当、あいつは世界一の妹だよ……。だったら、お兄ちゃんがいつまでビビってちゃ格好がつかないよな」

 

 

メモを折りたたむと、当麻はすぐに着替えて、両親がいる一階へ向かった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

だが、残念なことに、また衝撃的な光景にビビる。

 

一階の食堂で見たのは、インデックスと美琴と詩歌、それに青髪ピアスが仲好く食事しているところだった。

 

 

「……はぁっ!?」

 

 

青髪ピアスがここにいる?

 

それに、何故か修道服である。

 

美琴もそうだが、インデックスはいつもの修道服ではなく、足首まである薄手の長い半袖ワンピースにカーディガンで、おまけに頭には鍔広の大きな白い帽子を被っている。

 

活動的なインデックスには似合わないようだが、まるで、避暑地にいるお嬢様である。

 

それとは逆に詩歌の格好はスタイリッシュな上着とパンツルックでシンプルにセンス良くまとめている。

 

兄の色眼鏡かもしれないが、詩歌は何を着ても似合う。

 

とりあえず、まあ、女性陣はイメチェンだと言えるのかもしれない。

 

しかし、青髪ピアスのそれはイメチェンでは済まされない。

 

修道女を冒涜している、今すぐ宗教裁判にかけられても不思議ではないくらいに犯罪級だ。

 

 

「しいかー、そこのお醤油とって欲しいかも」

 

 

固まっている当麻を余所に、和やかな雰囲気で3人は食事している。

 

 

「はい、どうぞ―――ん? ふふふ、お口にご飯粒がついてますよ」

 

 

「むぅ……両手が塞がってるからとって欲しいんだよ」

 

 

「仕方ありませんね」

 

 

パク。

 

 

そう言うと、詩歌は青髪ピアスの頬についたご飯粒を取って、あろうことかそのまま自分の口の中へと運んだ。

 

 

「詩歌ああああぁぁぁッ!!」

 

 

当麻の絶叫が朝から響き渡る。

 

それも無理はない。

 

たしかに、詩歌が相手の顔に付いたご飯粒をそのまま口に入れるのは、インデックスがよくご飯粒を付けるのでよく見ている。

 

当麻も以前とってもらった事がある。

 

詩歌にとっては何でもない事なのだろう。

 

だが、それを家族でもない男にやるのは如何なものだろうか。

 

これはもしかして……いつの間に青髪ピアスが詩歌の彼氏になったのか!!?

 

シスコンLevel4の兄として、そんなのは受け入れ難いもの、いや、受け入れたくない。

 

以前、詩歌に恋人がいないかを質問した事があったが、当麻の心中的には10年以上、行き遅れになろうと詩歌を自分以外の他の男に渡したくない。

 

最低でも自分の元を離れるなら、彼氏が自分を倒さないと許可できない。

 

というか、修道服を着ているファッションセンスが皆無どころかマイナスの男には死んでも譲りたくない。

 

 

「青髪ピアス~~~ッ!!」

 

 

半狂乱の当麻は部屋に入るや否や青髪ピアスを絞り上げる。

 

最早、両親の事などどうでもいい。

 

今はこの幻想、青髪ピアスと詩歌の仲睦まじい光景をぶち壊すことだけが全てだ。

 

 

「く、苦しいんだよ、とうま」

 

 

「テメェ、俺の……俺の妹に―――ぐぼっ!!」

 

 

あと少しで窒息させるかもしれないところで、吹っ飛ばされる。

 

 

「いきなり、何してんですかッ!?」

 

 

他ならぬ妹、詩歌によって。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

そして、詩歌はすぐに青髪ピアスを甲斐甲斐しく介抱する。

 

当麻は激しく狼狽しながら、二人をじっと見つめる。

 

この如何にも彼氏を気遣う彼女らしい姿を。

 

 

(え、何、これ? ……ああ、夢なんだな。うん、これは夢に違いない。なら、俺の右手で目が覚めるに違いない)

 

 

バキッ!

 

 

当麻は放心状態のまま自分の頭を思いっきり右手で殴る。

 

しかし、この光景に全く変化はない。

 

 

(夢…じゃない……??? …―――ああ、そういうことか!! 詩歌は操られているんだ! うん、絶対にそうだ。そうに違いねぇ! おのれ、魔術師め!)

 

 

今度は、詩歌の顔を縋るように右手で触れる。

 

 

「……何、ふざけているんですか? 早くインデックスさんに謝ってください」

 

 

何やら、おかしなことを言っているが、当麻の耳には聞こえていない。

 

当麻はただ無心に詩歌の体をくまなく触―――

 

 

「変態ッ! スケベ! 最低! 朝から何盛ってんですか!? しかも、妹に対して!」

 

 

バキボキドゴグシャ!!!!

 

 

目に映らない速度で打ち出される拳の弾幕により部屋の外まで弾き飛ばされる。

 

何発喰らったかが認識できないが、当麻の体はボロボロである。

 

しかし、それよりも心がボロボロである。

 

肉体よりも精神が痛い。

 

詩歌が他の男、青髪ピアスを守るために自分に手を出した事は当麻の心を滅多刺しにした。

 

今の当麻の脳裏にはウエディングドレスを着た詩歌が青髪ピアスと結婚する場面が流れている。

 

 

「はは、あははは! あはははははっ! 不幸だああああああぁぁぁっ!!!」

 

 

再び、悟りを開いたような顔で狂ったように笑いながら当麻はどこかへ去っていった。

 

一瞬、当麻の顔から煌めく何かが見えた。

 

おそらく、涙だろう。

 

このままだと、あまりのショックで本気で涅槃に飛び立つかもしれない。

 

 

「お兄ちゃん、一体どうしたの? ……頭でも打ったのかな……?」

 

 

美琴は心配そうに呟き。

 

 

「あらあら、当麻さんは朝から元気がいいですね」

 

 

インデックスはのんびりとした口調で見送っている。

 

 

「はぁー……やれやれですね」

 

 

そして、青髪ピアスを介抱する詩歌は溜息をつくと当麻の後を追った。

 

 

 

 

 

わだつみ外

 

 

 

当麻はわりと近くにいた為、すぐに見つかった

 

ただ、周りに漂う男の哀愁により、あまり近づきたくない。

 

今、当麻は、道端で体育座りしながら不幸オーラを撒き散らしている。

 

まあ、詩歌には何の障害にもならないだろう。

 

 

「当麻さん……」

 

 

詩歌の呼び掛けに、当麻は立ちあがる。

 

顔を見せないように後ろ向きではあるが……

 

 

「……詩歌、頼む。あいつと2人だけで10分ほど話しさせてもらえないか?」

 

 

話しは話でも、言葉ではなく、拳を使った肉体言語であろう。

 

当麻の身体からは殺気が溢れだしている。

 

たぶん、アウレオルス戦、一方通行戦並の本気である、絶対に負けられない戦いがここにある。

 

詩歌と比べればそうでもないのかもしれないが、当麻も結構重症である。

 

 

「あいつ、とは……インデックスさんの事ですか?」

 

 

「ああ、青髪ピアスと―――え?」

 

 

詩歌の返答は当麻の思考を停止させる。

 

一瞬、当麻は頭がおかしくなったのか、こいつ、と思う。

 

今の当麻にそう思われたくはないだろうが。

 

 

「まあ、私もまだ現状を詳しく把握してはいませんが、今の青髪ピアスさんはインデックスさんです。ついでに、美琴さんは、従妹の乙姫さんで、インデックスさんは私達の母さん、上条詩菜です」

 

 

当麻は、ますます混乱する。

 

 

「原因は不明ですが、精神と肉体が入れ替わっています。先ほどのテレビでもニュースキャスターが小萌先生になっていましたしね。おそらく、その効果の範囲はかなり広いかと―――って、話を聞いてますか?」

 

 

詩歌は呆然としている当麻を半眼で睨みつける。

 

 

「ああ、ああ聞いてるぞ。実は、インデックスが俺達の母親で美琴が従妹なんだろ。んでもって、小萌先生はニュースキャスターに転職した。そして……あの野郎がお前の…お前の……ううぅっ……駄目だ…これ以上は俺の口から……」

 

 

言えない。

 

うん、駄目だ。

 

どうやら全く理解していないらしい。

 

当麻は再び兄としての悪夢を思い出したのか、泣き崩れてしまう。

 

 

「はぁ~……理解できないのは分からなくもないですけど……私も美琴―――いえ、乙姫さんの前例がなければ、インデックスさんを殴っていたのかもしれませんしね……」

 

 

詩歌は溜息を吐きながら当麻に近づく。

 

 

(……仕方ありませんね。……うん、今は緊急事態ですし、一刻も早く当麻さんの目を覚まさなければなりません! その為のショック療法! うん、本当に仕方がありません!)

 

 

何やら自分に言い訳しながら、泣き崩れている当麻と視線を合わせる。

 

そして、呼吸を落ち着けると顔を上気させながら、唇を―――

 

 

 

 

 

―――チュ。

 

 

 

 

 

「!?!?」

 

 

一瞬、当麻は頬に柔らかいものが触れたような気がした。

 

 

「ふふふ、目が覚めましたか、お兄ちゃん?」

 

 

悪戯が成功したように詩歌ははにかんでいる。

 

離れ際、僅かな残り香が当麻の鼻孔をくすぐる。

 

 

「詩歌、おま…まさか……」

 

 

「それでは、もう一度説明しますね………」

 

 

呆ける当麻を無視して、詩歌は再び説明を始めた。

 

頭は茹るように熱いが、詩歌の言葉はすんなりと頭の中へと入っていった。

 

詩歌の目覚ましはどうやら効果抜群だったようだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

詩歌も一階に来た時、ちぐはぐになった状態に驚いた。

 

しかし、今まで修羅場を潜り抜けてきた経験からすぐに冷静になり、<幻想投影>による調査を開始した。

 

その結果、インデックスや美琴、それに、ステイルや御坂妹に触れても反応が無く、青髪ピアスに触れたところ、インデックスの性質を複製できた。

 

原因はわからないが、とりあえず、自分と当麻以外の人間の精神と肉体が入れ替わっている事を理解する。

 

 

「………とまあ、非常に厄介ですが、精神と肉体が入れ替わっているようです。まあ、知っている人なら口調や仕草から大体の中身はわかりますがね」

 

 

そして、詩歌は口調や仕草からおおよその中身を割り出し、当麻が降りてくるまでに確認まで済ませておいた。

 

 

「そうか……てっきり、詩歌が誰かに操られているのかと思ったぞ」

 

 

どうやら、今度はちゃんと現状を理解したようだ。

 

 

「まあ、そう考えるのも無理はありません。それに、今朝も言いましたが、この旅行中、少なくともインデックスさん、つまり、母さん―――父さんは今朝急用ができたらしく遅れてくるそうですが、この二人の前では当麻さんには厳しく接するつもりです。だから、当麻さんも注意してくださいね。少なくとも、勘違いして、さっきみたいに取り乱さないように」

 

 

そう言うと、当麻の額にでこピンをして、喝を入れる。

 

 

「痛ッ!?」

 

 

少し強烈だったが、とりあえず、いつもの詩歌だったと安心する。

 

先ほどのあれも中身がインデックスだからだろう。

 

まあ、でも、学園都市に戻ったら、2、3発青髪ピアスを殴っておこうと決める。

 

しかしながら、中身がインデックスとはいえ、外見が青髪ピアスに普段通りに接するとは、かなりの適応力である。

 

 

「しかし……現状を理解できた事以外は何もわかりません。一体、何が原因で……もし、犯人がいるなら、誰が、何の目的で……まあ、とりあえず、腹は減っては戦はできぬと言いますし、朝ご飯を食べましょう。人が変わっても料理の中身は変わってませんよ」

 

 

そう言うと、詩歌は当麻の手を引いて、わだつみへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから……まあ、わだつみに着いた直後、エプロンと海パンのみの御坂妹と出会い、目を閉じる前に詩歌に目潰しを喰らったが……

 

とりあえず、母親、詩菜との御対面(外見はインデックスだが)を詩歌のさりげないフォローで切り抜けた当麻は皆と一緒に海へとやってきた。

 

巨大クラゲが大発生したおかげで砂浜には他に海水浴客らしき人影は無く、完全に貸し切り状態である。

 

そんなわけで波打ち際ではインデックスと美琴、そして、青髪ピアスが一緒にビーチボールで伸び伸びと楽しく遊んでいる。

 

詩歌の説明もあって、3人の中身が別であるということは知っているが、あまりにヘンテコな3人に視線を向けたくはない。

 

特に3人の内の1人は精神衛生上絶対に視界に入れたくない。

 

まず、美琴は学校のプールでもないのに、スクール水着である。

 

まあ、これはギリギリ許容範囲である。

 

もしかしたら、これはこれでありと言うマニアの奴もいるのかもしれない。

 

そして、次にインデックス。

 

紐の部分が全く見えない黒いビキニ。

 

隠すべき部分に布を直接両面テープで貼り付けてるようにしか見えない。

 

正直、幼児体型のインデックスにはちぐはぐ過ぎて、孫にも衣装、つまりまるで似合わない。

 

最後に、青髪ピアスだ。

 

コイツについては似合う似合わない以前の問題で、何も考えたくはない。

 

強いて言うなら、詩歌に聞かされてなかったら、確実に、地面に、埋めていただろう。

 

正直、野太い声で何度も似合う? と質問された時は自我を保つので精一杯だった。

 

結局、『あらあら、当麻さんは恥ずかしがり屋さんなんですね』とインデックス(中身は詩菜)に言われて、青髪ピアス(中身はインデックス)は満足したようだ。

 

……殴るの…もう2発くらい追加しておこう……

 

そして詩歌はと言うと、もう少し辺りを探ってみるらしく、食後すぐに散策と称してどこかへ出掛けた。

 

当麻もついていこうとしたのだが、母、詩菜の手前馴れ馴れしいのは御法度だった為、やめる事にした。

 

決して『恥ずかしいから、来ないでください』と妹に拒絶されて傷ついたからではない。

 

いつもの調子で、おかわりを要求したら無視され、無言でお椀を持った手を引っ込めるしかないのが辛かったからではない。

 

まあ……悲しくない訳ではないのだが、詩歌に素気ない態度を取られると、どうも調子が……生活のリズムが狂う。

 

こうして考えるといつまで経っても妹離れできそうにねーなぁ、と当麻は自己嫌悪する。

 

そんなわけで、遊ぶ元気もなく、まあ、あってもあの3人の中に混ざりたくはないが、荷物番をしながら海を眺めていた。

 

というか、海と空しか視界に入れたくはなかった。

 

うん、これらを見てると自分の悩みがちっぽけなものに見えてくるような気がする。

 

あくまで、“気がする”で何にも解決にはならないのだが。

 

 

「!? つめて!?」

 

 

いきなり、背後から頬に冷たい物が当てられる。

 

 

「びっくりするじゃねーか、詩歌」

 

 

後ろを振り向いてみると、そこには詩歌が微笑みながら、ペットボトルのスポーツドリンクを差し出していた。

 

 

「隙があり過ぎです、当麻さん。全く、そんなんでは、折角教えた防御術も役には立ちませんよ」

 

 

詩歌は当麻を某スナイパーのように仕立てあげたいのだろうか?

 

詩歌の小言を聞き流しながら、ペットボトルを受け取り、喉の渇きを潤す。

 

 

「……それで、何かわかったのか?」

 

 

当麻の問いに溜息を吐きながら答える。

 

 

「この辺りを調べてみてもなにも見つけられませんでした。……しかし、世界各地でのニュースを見てみますと、この現象は世界規模だと思われます」

 

 

ある国では寮監が、また、ある国では木山が、さらに、他の国では佐天がニュースキャスターを務めていた。

 

世界は思ったよりも狭いのかもしれない。

 

外見だけ考えるとだが。

 

 

(解決手段も今のところわかりませんし、このままでは世界で正常なのは今の所、当麻さんと私―――ッ!? 正常なのは当麻さんと私のみ……これはひょっとすると大チャンスなのかもしれません)

 

 

「だ、大丈夫か、詩歌?」

 

 

一体何を考えたのだろうか?

 

いきなり衝撃の事実に気付きワナワナ震える詩歌の周りに邪な炎のようなオーラが漂いはじめる。

 

 

(なら、いっそ―――ぅぷっ!!?)

 

 

しかし、海で遊んでいる白いワンピースの水着の悪魔を見てすぐに鎮火する。

 

詩歌の仮『アダムとイブ』プランは即刻廃止になった。

 

 

「……流石にこのままだと精神が持ちそうにないですね。……さて、これからどうしましょうか―――

 

 

 

―――ねっ!」

 

 

 

考え事をするように、顎に手を据えて、半呼吸置いたその時、詩歌はいきなり自分の分のペットボトルを当麻へ投擲した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ヒュン!

 

 

ノーモーションで投じられたというのにペットボトルは、矢のような勢いで当麻の頭に迫りくる。

 

 

「うおっ!?」

 

 

間一髪、頭を下げてペットボトルを回避できた。

 

そして、ペットボトルは猛スピードのまま当麻の後ろ―――

 

 

―――カンッ

 

 

金属音が響き、ペットボトルは弾かれる。

 

 

「……不意打ちとはいい度胸ですね」

 

 

当麻の後ろにはいつの間にか、異様な少女がいた。

 

羽織った外套の下はあちこちに黒いベルトやら金具やらが付いているワンピース型の下着みたいなインナースーツだけ。

 

太い首輪には伸びた手綱。

 

腰のベルトには金属ペンチに金槌。

 

果てはL字型の釘抜きまでもが刺さっている。

 

そして、こちらに鋸を向けている。

 

おそらく、詩歌がペットボトルを投擲しなければ、その刃を当麻に当てていただろう。

 

 

「問一」

 

 

詩歌の威圧にも怯まず、機械のように淡々と喋り出す。

 

 

「術者は貴方達か」

 

 

(術者……? いや、今はそんな事はどうでもいい。こいつ、当麻さんに……許さない)

 

 

詩歌の怒りのボルテージが徐々に上昇していく。

 

詩歌は当麻の事になると沸点が低い。

 

そのせいか、いつもの冷静な判断ができなくなっている。

 

詩歌はもうこの少女のことしか見えていない。

 

 

「問一をもう一度。術者は貴方達か」

 

 

しかし、少女は詩歌の逆鱗に触れた事など知らず、淡々と再度質問してくる。

 

少女と詩歌、互いの言葉を無視しながら睨みあう。

 

一触即発の空気の中、詩歌が少女の間合いに踏み込ん―――

 

 

「ちょっと待ったあああっ!」

 

 

横から割り込むように声がかかった。

 

 

「はああああっ!!」

 

 

しかし、間に合わなかった。

 

 

詩歌はもうすでに踏み込み、容赦なくその右足を―――

 

 

「詩歌ッ!!」

 

 

「―――あふっ!?」

 

 

今度は間に合った。

 

振り抜く前に、当麻は詩歌の体を後ろから抱き止める。

 

暴走状態だったのに、詩歌の体は一時停止したようにぴったりと止まる。

 

飢えた虎から、借りてきた猫状態に激変である。

 

 

「ふぅー、間に合ったぁ~」

 

 

当麻は溜息を吐きながら、そのまま詩歌を抱き込―――

 

 

むにゅ。

 

 

「ん……?」

 

 

当麻の両手が何やら大きくて柔らかいもの捉える。

 

 

むにゅむにゅ。

 

 

「お兄……当…麻さん……」

 

 

その何かを揉むたびに、詩歌の顔が徐々に赤く染まっていく。

 

 

(この感覚は最近、どこかで…―――ま、まさか!!?)

 

 

当麻は恐る恐る自分の両手に視線を送る。

 

そこにはたわわに実った妹の、詩歌の胸があった。

 

 

「すみませんでした!!」

 

 

兄としての威厳も尊厳も何もかもをかなぐり捨てて、当麻は土下座する。

 

故意ではないとはいえ、セクハラしてしまった。

 

このままだとモザイクかけなきゃ描写できない何かにさせられるだろう。

 

さらに、海に近いということから、そのまま海に沈められるかもしれない。

 

しかも、セクハラの相手は実の妹、詩歌。

 

助かったとしても、妹に手を出した強姦魔と呼ばれるのかもしれない。

 

そんな想像するだけで引き籠りたくなる未来予想図を胸に、当麻はチラリと土下座のまま視線を向けて、詩歌の表情を窺い見る。

 

 

(あ……れ?)

 

 

けれど、意外な事に詩歌は落ち着いていた。

 

顔は真っ赤だが、お仕置きする際の禍々しいオーラは欠片もなく、それどころかどこか嬉しそう?

 

もしかしたら、お仕置きは無しかも?

 

今なら、言い訳を聞いてくれるかもしれない。

 

お仕置きされるのは避けられないのかもしれないが、せめて、妹に手を出した強姦魔と呼ばれるのは避けたい。

 

いや、絶対に避ける。

 

今度こそ妹と分かり合えるはずだ。

 

 

「でも、わざとじゃない! 当麻さんは妹で興奮する変態じゃないんだ! だから、お前に全然、僅かたりとも興味はない! それだけは信じて―――がはっ!?」

 

 

踵落としを喰らい、そのまま頭を地面に踏みつけられる。

 

一体、何を間違ったのだろうか?

 

必死にアピールしただけだというのに……

 

いつの間にか、詩歌の表情が、黒く、影のある微笑みに変わっている。

 

幸い、こちらに誰かがやってきたので、お仕置きはこれで終わった。

 

ただ、『やはり、調教して、倫理観を……』などぶつぶつと物騒な空耳が聞こえるのが怖いが、

 

 

(でも、ここ最近そういうのが可愛いと。俺の妹は恐ろ可愛いと思い始めた当麻さんはもう末期―――)

 

 

「―――ん?」

 

 

向こうからやってきたのは、二人。

 

一人は長い黒髪の、女性にしては背の高い女。

 

そして、もう一人は―――

 

 

「ふう。間に合って良かったにゃー」

 

 

「「土御門(さん)!?」」

 

 

当麻の隣人でクラスメイト、土御門元春だった。

 

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。