とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
閑話 マリア様を見てる
某組織集会会場
ここはとある集会会場。
その中には既に数十名のメンバーが集まっている。
互いの顔もよく見えない暗く狭い室内ではあったが、同じ志を持つ彼女達にはさしたる問題ではない。
そして、彼女達、組織の名は『マリア様を見てる』。
とある人物をお姉様と密かに想い忍ぶ乙女達の同盟である。
「皆さん、集まったようですね。……それではこれから臨時集会を始めます」
議長らしき人物が臨時集会の開始を宣言する。
「昨夜遅く、詩歌お姉様が調理室でお菓子を作っていた模様……しかし、H様からの情報によると、お兄様ではない殿方の為に作っていたそうです」
議長の報告に、出席している全員がざわつき始める。
「何ですって!? それではお姉様に男が……」
「お兄様ではない男の為に……」
「このままでは、我々の崇高なる目的が……」
「その殿方について何か情報はっ?」
「病院に入院している事以外は何も……」
「くっ、お姉様の行動に妨げが無いよう、会則に則り、我らはただ密かに忍び、物陰からお姉様を見つめるだけしかできないのが仇となりましたわね」
「常日頃から御坂様のポジションになりたいという想いを我慢してまで、会則に従っておりましたのに……このままでは……」
別の声が切々と語り終えれば、場に沈黙の空気が落ちた。
「ここはいつも通りに……」
議長が静かに、恐ろしいほど静かに呟く。
「ええ、お姉様にこびりつこうとする泥は我々の手で取り除かなければなりません」
「くすくす、我らの手にかかれば、どんなエリートでも赤子も同然」
「そう、お姉様の教えを頂いた我らなら……」
「皆さん、落ち着いてください。……暴力的にではなく、“あくまで平和的に”、ですよ。そうでなければ、詩歌お姉様の教えを裏切ることになります」
「ええ、“あくまで”でですわね。……私達は丁寧にお姉様のクッキーをお譲りいただけないかをお願いをするだけ……」
「それに応じていただけないようなら……フフ、フフフフ」
全員微笑んでいるが目は笑っていない。
何処か執念染みたものを感じる。
「「「「「「「フフフフフ」」」」」」」
集会場に不気味な笑い声が響き渡った。
病院
(……どうやら、違ったみたいですね)
ふと、顔をあげると周りを見渡す。
先日、<肉体再生>の能力者を驚かすほどの驚異の回復力を見せ、無事退院した詩歌は、同じように驚異の回復力を見せた当麻の退院手続きにインデックスと共に病院へやってきた。
兄妹揃って不死鳥の如き回復力がある、と冥土返しは言葉を残す。
当麻の退院手続きの他に少し野暮用があったが、何の滞りなく終わった。
ただ、今朝から背後に視線を感じていた。
敵意が無い為あまり警戒はしていなかったが、少し身の危険を感じる。
まあ、それも『野暮用』を済ませたら、感じなくなったが……
さて、これはどうしたものか、と考えていると隣からお腹が鳴る音がした。
横を見てみると、お腹を押さえしょんぼりした顔のインデックスが子犬のような目で詩歌を見つめている。
「しいかー、お腹空いたよー。早く当麻を迎えに行って、昼ごはんにしよー」
昨日、当麻が入院している事もあって、寮監に許可をもらい、当麻の部屋で詩歌はインデックスと共に寝泊まりする事にした。
当麻がいないのは少し残念だが、まあ、いないならいないなりにやる事はある。
当麻の部屋を警察のガサ入れ並みに徹底的に調べ上げる。
もし、1つでも不審物でも見つかれば、当麻は病院へUターンしていただく事になる。
幸い、不審物は一つも見つからなかった。
その夜、当麻は間一髪で危機を避ける夢を見たという。
あと最近、インデックスと触れ合う機会が少なかったため、これを機にパジャマパーティでも決行するかと考えていた。
が、甘かった。
小萌先生では満たせなかった腹の胃袋が牙を剥く。
門限ギリギリまで美琴共に菓子作りに精を出し、その試作品の全てを食したのにもかかわらず、その日の夕飯は冷蔵庫が空になるまで死闘を繰り広げた。
結果、インデックスは欲求を満たせたが、詩歌はおしゃべりをする気力もなくダウンしてしまった。
「あらあら……」
一体、その小さな体のどこに入っているのだろうか? もしかしたら小型のブラックホールでも入っているのか? と詩歌は思う。
だが、呆れながらも基本的にインデックスには甘い詩歌は、せがまれると断ることができない。
「用事も済ませましたし、それじゃあどこかで食事にしましょうか」
「あれ? とうまはどうするの?」
「当麻さんは1人でも帰れます。それに、まあ、色々と……だから、私達だけで昼食にしましょう」
当麻を1人にしたら誘蛾灯の如く、女性を引きつけ、新しいフラグを立てる可能性が高い。
だが、今回は特別である。
美琴にお礼がしたいから、帰りがけに当麻と二人っきりになりたいと頼まれたのである。
(ま、まあ、お礼だけですから、大丈夫です。……ええ、大丈夫に決まっています! しかし、美琴さんのあの反応……自覚症状はありませんが、初期段階をすでに超えている。……いつの間に……)
美琴に何かされたらお礼をするように教えたのは自分だし、姉として、妹のわがままを聞かなければならない。
詩歌は内心、暴れる自我を抑えながらも了承した。
そう了承してしまったのだ。
まあ、詩歌の祈りが通じたのかわからないが、結局、美琴はクッキーを当麻に渡せなかったし、女性ではなく野郎どもが学園都市最強の座を巡って、当麻に群がった。
しかし、そんな事を知らない詩歌の心のもやもやは晴れる事はなく、退院早々疲労困憊の当麻に追い討ちをかける事になる。
「それに念の為、水着の買い物もしたいですしね」
「えっ? もしかして、プールにでも行くの!?」
絶対能力進化計画を廃止させたが、一つの問題点が発生した。
それは情報操作の弊害というのか、『Level0の当麻が学園都市最強のLevel5第1位一方通行に勝った』と学園都市中に喧伝しなければならず、上記にもあるように、当麻は最強の称号が欲しい学生達から追われている。
詩歌はそのことを見越していたので、近いうちにその対抗策を実行するつもりだ。
「ふふふ、それは秘密です。でも楽しみにしといてください」
そうして片目を閉じる。
それは、膝が落ちそうになるくらいのパーフェクトなウィンクだった。
道中
さて、兄の部屋にいる居候であるインデックスと詩歌は姉妹のように仲が良いが意外と2人っきりになる機会が少ない。
この学園都市で機械音痴で、科学側の常識を知らないインデックスが1人で外に出るのが危険で、迷子になる確率が高いため、大抵は当麻の部屋に籠っているか、外に出る時は当麻が付き合っている。
なので、今回、当麻が別行動で、詩歌とインデックス、2人水入らず……
(……誰かにつけられてますね)
ちょっとおしゃれなランチで食事をしたり、ショッピングをしたり……と楽しく過ごしていたのだが、妙な視線を感じる。
自分にではない。
「ねぇ、しいか! しいか! 今度はどこに行く?」
インデックスに、だ。
確かに自分も妙に熱い視線を感じるのだが、それ以上にインデックスに何やら負の感情が向けられている。
と言っても、自分に向けられているものではないので、確証は得ていないが軽い嫉妬程度のものだと思う。
インデックスは学園都市に来てからまだ間もなく、嫉妬を向けられるような相手がいるように思えないのだが……
(今朝、黒子さんから投影した<空間移動>がありますし、隙を突いて……しかし、インデックスさんと食べさせ合いっこしたり、水着の見せ合いっこして楽しんでいるだけなんですけどね…――――でも、やはり、可愛いです。うん、可愛い。も~、母性本能がうずうずします!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「き~~~~~~ッッ!! 何なんですか!? あの子は!!」
「詩歌お姉様に余計な汚物を消毒しようと思っていたら……」
「い、いつのまにあんな子が……」
「しかも、あ、あ~んやお着換えだけに飽き足らず」
「『むふぅ。しいかの胸はふっかふかなんだよ』って、わたくし達の理想郷へ……」
2人から数百m離れた路地裏。
対象に気取られぬよう十分距離を取りつつ、光学系能力と音波系能力で2人の様子を窺う怪しげな一団。
路地裏の薄汚いイメージにはまったく似合わないそのとある名門のお嬢様に恥じぬ高い能力をお持ちのようだが、その利用法が盗撮と盗聴…
彼女達の崇拝するお姉様からは能力は己を貫くために使いなさい………と言われている。
確かに、彼女達は己を貫いているのだろう……しかし、もしこれを見られればそのお姉様は一体どんな顔を浮かべるのだろうか?
いや、そのお姉様に気遣い、普段は学校外の活動は自粛し、秘密結社らしく派手な行動は慎んでいたようなのだが、今回は『新たな強敵』の出現に我を忘れている模様。
彼女達が監視する中、談笑する2人、いや、その内の1人に穴が空くほど視線を集中させている。
一応は、他の一般人に出来るだけ不審に思われぬよう能力を施しているのだが、運悪く路地裏を通り抜けようとした<スキルアウト>の皆さんもその溢れんばかりの嫉妬オーラに思わずUターンしている。
「わ、わたくしも詩歌お姉様に……」
と、1人がポツリと漏らした言葉に全員が、一斉に――――――身悶える!
「「「「「「(はぁ~~~~~~~~~~~!)」」」」」」
一体、何を妄想したのかは知らないが、声にならない声を上げる。
この時ばかりは流石に、一般人の注目の的になっている。
そして、
「あら? あなた達は――――」
最も組織の存在をバレてはいけない人物が突如、真正面に現れた。
((((((ま、まずい!?))))))
彼女達の知るお姉様の美点で、『人の気持ち(自分への好意を除いて)を敏感に察してくれる』とあり、何か人に言えないような困った事があっても自然に相談に乗ってくれる。
しかし、それは警戒すべき点でもあり、今、こうして隠密行動を気取られた事も分かる通り、気配察知能力がずば抜けて高い。
秘密結社になってしまった理由の1つとして、その数百m離れ、能力で隠蔽したのにもかかわらず、察知してしまうからである。
だが、それだけでなく、自分達に気取られぬ瞬間移動まで出来ようとは……流石である。
「こんな所でどうしたんですか? 何かお悩みごとでも?」
不味い。
本当に不味い。
このままでは普段から尾行していた事がバレてしまう!?
ど、どうしよう!?
「ふむ。どうやら私には言えない悩み事のようですね」
「い、いえ、そんな! 悩み事だなんて……」
「わたくし達は少しここで涼んでいただけで……」
苦しい言い訳だ。
仮にも自分達はお嬢様、路地裏で涼もうなんて……と思ったのだが、
「そうですか。今日も日差しは厳しいですし、熱中症には皆さんも気を付けてくださいね」
((((((ほっ―――))))))
よかった。
そう、お姉様は人の気持ちを敏感に察してくれる。
大事でない限り、こちらに土足で踏み入る事は控えている。
「ねぇ、しいか、この子たちは誰?」
と、一緒に現れた『新たな強敵』がお姉様の隣で小首を傾げる。
「この子達は、私の後輩です。この前、一緒に頂いたお見舞いのお菓子はこの子達からなんですよ。ふふふ、ありがとうございます。美味しかったですよ。今度何かお礼の品を送りますね」
「あ、いえ、そんなお礼なんて////」
「そう言って頂けるだけで私達は////」
できれば、甘い一時を……と思ったが口が裂けてでも言う訳にはいかない。
「あらあら、そんなに遠慮しなくても良いんですよ? そうですね……今度何か冷たいお菓子でも御馳走しますね」
「「「「「「――――ッ!?」」」」」」
お姉様の手作り!?
あ、あの高級ホテルで活躍できる学校の専属の料理人でさえも唸らせた超一流の腕前を……
「きょ、恐縮です! そ、それで……」
今、ここにいるのは途中で別れた主要メンバーの半分。
もう半分は今日の目的通りに『泥』の捜索及び“クッキー”の奪還を行っている。
だから……
「ふふふ、分かってます。お見舞いに来てくれた子全員分用意しますよ」
流石、お姉様♡
この細やかな気配り、ますます惚れてしまいます!
と、感激した時、またもや、
「しいか! 私も、私も欲しいかも」
くっ、なんて羨ましい!
『新たな強敵』はお姉様の胸に飛び込み、上目遣いで甘えてくる。
可愛さアピール全開か!
お姉様もお姉様で穏やかな微笑みでよしよしと頭を撫でて幸福そうだし……
ん?
「あ、紹介しますね。この子はインデックスさん。ここ最近、学園都市に来た子で、私の“妹”のような子です。まだここでの生活に慣れていないので、出来れば皆さんとも仲良くして頂けると嬉しいです」
「むぅ。しいか、私もう1人で電子レンジや携帯電話を使いこなせるんだよ。ただ、ちょっと使いこなせてないだけで……」
「ふふふ、そんなに拗ねないでくださいな。また今度教えてあげますから」
“妹”……そして、“姉妹”のように仲睦まじくじゃれつく2人……
((((((ハッ!!))))))
その時、彼女達全員にある天啓がひらめいた。
今まで彼女達は心のどこかでお姉様の“妹”の地位には御坂様がいたので辿り着けるのは不可能だと思っていた。
しかし、この状況。
――――そうだ。
“妹”は別に1人だけじゃなくてもいい。
すると、今まで“強敵”だと思っていた少女が“目標”へと認識が成り変わる。
「ほら、そんな事よりもインデックスさんもご挨拶を」
「あ、うん。私はインデックスっていうんだよ。よろしくね」
「「「「「「はい、是非こちらからも、よろしくお願いします」」」」」」
一斉に挨拶され、インデックスは押される。
ついでに、何か瞳が爛々と輝いていて怖い。
そして、これから交流を深めようとした――――が、
―――ブブブブ。
もう一方のチームから緊急連絡。
相手の戦力が予想以上に強大。
撤退も困難。
至急、応援に来られたし。
と、言う事で“目標”から短期間でお姉様の好感度を上げ“妹”になれたかは断念せざるを得なかった。
「お姉様、それにインデックス様。急用が入りましたので――――」
そうして、彼女達は少し名残惜しそうに去っていた。
その日の夕方、とある病室で乱闘騒ぎが発生した。
幸い、特に被害はなかったが、原因は不明。
おそらく、高レベルの能力者達による犯行としか今のところ判明していない。
「しいか、一体何があったんだろうね?」
「まあ、色々とあるんでしょうね――――さて、インデックスさん。ちょっと付き合ってもらえますか? ……会ってもらいたい人がいるんです」
とある病院 ???の病室
何の変哲もない真っ白な病室。
ここで1人の青年がベットの上から窓の外の眺めている。
彼は『記憶』も、そして、『顔』もない。
何が起きたのかは分からないが、以前の事は何も覚えていなく、火傷のせいで輪郭が変わってしまっている。
一応は、病院での治療を受けたのだが、『記憶』はほとんど戻らず、火傷の痕をなくそうとしたが皮膚は茶褐色のまま…もうそれは元の『顔』ではない。
正直、唯一覚えていた『マルコ=ポーロ』という名前でさえも本当かどうかも分からない。
そう、青年は一度『死んだのだ』。
幸い、金は持っているので生活に困る事はない。
そして、彼はこの街の人間ではない。
……しかし、何か心残りがある。
この街のどこかにいる彼女に――――
――――トントン。
柔らかいノックの音と共に扉が開く。
返事をして、入室の許可を出すと入ってきたのは、
「失礼します」
看護師や医者ではなく。
「“はじめまして”、上条詩歌と言います。あなたが『マルコ=ポーロ』さんですね」
見知らぬ少女だった。
そう知らない少女だ。
そもそも自分に『記憶』はない。
彼女が知人であろうと分かるはずがない。
……ただ、心が痛んだ。
何故かは……分からない。
ただ、彼女には何かとても酷い事をしてしまったような気がする。
そして、その見知らぬ少女の背後から、
「ねぇ、しいか。この人は誰?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あ、あぁ……」
青年の口から言葉にならない声が漏れる。
まだ、彼の声帯は完全には治っていないのだ。
だから、言葉に出来ない。
しかし、分からない。
分からないけど、心がざわつく。
言いたい事があるのに、忘れてしまった。
そんなどうしようもないもどかしさを覚える。
「この人は……『マルコ=ポーロ』さんです。今は記憶を失くしておられるようですが、彼は私の友達の先生をしていた方なんですよ」
「ふーん。―――あ、私はインデックスって言うんだよ」
詩歌という少女が話している間、弱弱しくインデックスと呼ばれる少女に手を伸ばす。
しかし、その途中で止めてしまう。
彼女の顔を見る。
彼女はとても幸せそうな笑顔を浮かべている。
見た目からして血は繋がっていないのだろうが、2人は姉妹のように寄り添っていて、とてもよく似ている。
そんな2人の姿にどこか青年は満たされたような気がした。
「き…き、みは幸せ…なのか……?」
その問いに少女は、
「うん! しいかととうまが一緒にいてくれるから幸せだよ」
少女は語る。
如何に自分が幸せであるかを。
2人の兄妹と楽しく過ごす日々を、本当に幸せそうに語る。
面会時間間近になるまで語り続ける。
「ふふふ、それではお時間ですし、最後に写真を撮りませんか?」
温かく見守っていた少女が用意していた使い捨てのカメラを取り出す。
そうして、彼女は自分とインデックスに並べさせ、
―――カシャ。
写真を撮った。
しかし、少女を離れさせたくはない。
『聖女』を離れさせたくない。
そう強く心が叫んだ気がした。
だが、それでも青年は少女の肩に置いた手をすっと離す。
自然に、少しも未練はなく。
そして、
「君達…2人の……写真、を…撮ら、せて…は貰え……ないか?」
詩歌という少女は微笑みながら自分にカメラを差し出す。
「インデックスさん。とびっきりの笑顔でバッチリ決めましょう!」
「うん! しいか」
2人はじゃれつきながら微笑みあう。
本当に幸せそうに笑い合う2人。
銀と黒の聖女達の仲睦まじい光景は、まさに幻想的で、この世のどんな名作の絵画でさえも霞んでしまうほど心が奪われるほど魅力的。
(これだ……これだったのだ。私が欲したのは)
青年は満足した。
心の底から満足した。
そして、その時、目から涙を零しながら、『アウレオルス=イザード』の満たされた心が口を動かす。
「すまなかった」
そして―――
「――――ありがとう」
青年の心と同じく真っ白だった病室に、思い出を写し取る光が瞬いた。
道中
「今日は焼き肉♪ 焼き肉ー♪」
詩歌の目の前でインデックスが機嫌良く鼻歌交じりにスキップを踏んでいる。
そう今日は奮発して高級な焼き肉フルコース。
『実験』が終わった記念に、当麻の怪我が治った記念に、そして、アウレオルス=イザードの新たな出発記念に。
アウレオルスは三沢塾の一件以降、ステイルによって『記憶』と『顔』を失い、別人として生まれ変わった。
これは錬金術の最奥に辿り着いた彼を一度殺す事で、命を守るためだ。
だから、彼は何も覚えていない。
彼が全てを捨てて救おうとしたインデックスの事さえも。
けれど、詩歌はインデックスを彼に会わせた。
あの時、彼にインデックスの幸せな光景を見せたが、実際の彼女に会わせたわけではない。
しかし、アウレオルスにも救われてほしいと望んだ詩歌は、インデックスに真実を伝えず彼に会わせることにした。
彼はもう何も覚えてはいないというのに……だから、これはあくまで上条詩歌の自己満足だ。
でも、詩歌は何かやるだけの価値があったと信じている。
何せ“頭”では忘れていても、“心”では覚えていた、そんな例が身近にいるのだから……
「ねぇ、しいか。今日は楽しかったんだよ。それとたくさんの人を紹介してくれてありがとうなんだよ。だから、いつか私もしいかにお友達を紹介するね」
インデックスは今日一日の事を思い返して、嬉しそうに笑う。
当麻や詩歌を除いて、親しい付き合いの人間のいないインデックスにとって今日の出会いは宝物だったのだろう。
「ふふふ、そうですか。楽しみにしてますね、インデックスさん」
そうして、2人は夕焼けに染まる帰り道を仲良く並んで歩いて行った。
某組織集会会場
ここはとある志を抱く者たちが集う秘密結社。
しかし、
「くっ、逃げるのが精一杯でしたか……我々を返り討ちにするなんて、あの殿方は一体……?」
場に重苦しい空気が流れる。
「……ここは、戦力増強の為にあの2名を我々に引き込みますか?」
「駄目です! 婚后さんは、お姉様と派閥を作ろうとしたんですよ! 我々とは相容れません! それに、白井さんは二股です! 彼女達を我ら同盟に引き込もうなんて……」
「そうですわね……一途にお姉様を密かに想い慕う我らからすれば、彼女達の行動は許されざるもの……」
「ここは…もう一度あの方に相談役の勧誘を……」
「そうですね……」
その後、とある1人の女学生がぐれ、一騒動を起こすことになり、その女学生のルームメイトはその騒動に巻き込まれる事になる。
つづく