とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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絶対能力者編 終わりと始まり

絶対能力者編 終わりと始まり

 

 

 

病院 当麻の病室

 

 

 

当麻が目を覚ますと、そこは暗い病室だった。

 

麻酔が効いているのか、身体の感触に違和感を覚える。

 

とりあえず、上体を起こして、周囲を見渡すといるのはベットの両脇にいる10032号もとい御坂妹と9982号と膝のあたりで眠っている黒猫のみである。

 

まあ、二人の顔は一緒なので見た目の区別はつかないが……

 

横にいる二人はそれぞれ当麻の片手を身体ごと包み込むように両手で握りしめていた。

 

 

「あちゃー、一応病室だから猫は―――って、ええええ!!」

 

 

そう、身体ごと、というより、胸元に押しつけるように包み込んでいた。

 

今、当麻の両手は少女の膨らみに触れるか触れないかの境界線まで持っていかれていた。

 

 

「み、み、みみみみさか、さん? あれ、おかしいな。何でこんなハッピーなイベントが起きているんでせう? そんなフラグを立てた覚えは皆無なんですけどーっ!」

 

 

当麻が注意するべきは黒猫ではない、今、自分の両手を包み込んでいる2人の少女である。

 

もし、こんなところを詩歌に見られたら、当麻は……

 

当麻が立てたフラグは、死亡フラグなのかもしれない。

 

とりあえず、当麻の叫び声に、黒猫は鳴き声をあげてどこかに去ってしまい、二人は顔をあげる。

 

 

「……相変わらず支離滅裂な会話ですが、念のために伝えておくと、手を握ってきたのはあなたの方です、とミサカは分かりやすい現代カナ遣いで語ります」

 

 

「はい、あなたの方からミサカ達の手を握ってきました、とミサカはミサカの言葉が正しいものであると捕捉します」

 

 

「ウソだ! こんな死にかけになって全身麻酔打たれているっていうのに、それでも勝手に手が女の子の胸に向かってしまうなんて! しかも、二人! 当麻さんの鉄壁の理性は何処にーっ!」

 

 

一応、当麻は理性に関しては、詩歌とインデックスに耐性ができているので、そこそこの自信があった。

 

しかし、欲求は溜まり続けたらしい。

 

しばらく、頭を抱え込む事ができない当麻は激しく上体を振り、懺悔するかのように頭を叩きつけようとする。

 

ちなみに、倒れた原因はもちろんダメージによる要因も大きいが、主な要因は体力切れである。

 

それもそのはず、詩歌を捜す為に徹夜で学園都市中を駆けずり回り、詩歌を見つけたと思ったら、今度は美琴を捜しに駆けずり回る。

 

そして、休む間もなく美琴、一方通行の連戦である。

 

つまり、大袈裟にいえば、フルマラソンを2周行った後に、軍と2回戦闘を行ったようなものである。

 

正直、よく体力が持ったと言える。

 

そして、起きてすぐに、しかも麻酔が効いた体でここまで動けるとは、一体どれほどの体力があるのだろうか。

 

その後、当麻は二人の詳しい状況説明を受けるまで頭を叩き続けた。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「………そう言う事でせうか。いやーよかった」

 

 

あれから、二人から実験の顛末について聞いた。

 

とりあえず、実験は廃止され、<妹達>は延命措置のため調整を受けることになっており、9983号~10030号は怪我の治療も受けている。

 

 

「はい、あの後、詩歌お姉様が情報操作を行ったおかげです、とミサカは詩歌お姉様を称えます」

 

 

幸い、最後の方<妹達>が関わってきたのは、迅速な情報処理のお陰で問題にならなかった。

 

しかし、詩歌の名前を聞いたからなのか当麻の中で警報が鳴り響く。

 

話に夢中で忘れていたが、相変わらず両手は生体電流から脳波と心拍数の計測するため胸元にある。

 

2人も、というか両手も必要ないと思うが……

 

 

「な、なあ、そろそろ両手を―――」

 

 

「当麻さんっ! 無事ですか!!」

 

 

場の空気が音を立てて凍りつくのを感じつつ、当麻は不幸センサーが不良品でないかと本気で思い始めた。

 

せめて、あと1分早く作動して欲しかったと。

 

それから、あれはやはり死亡フラグだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

詩歌は、身を引き裂かれるほどの苦悩を味わい、悪夢に魘され、食事も喉を通らず、ただ当麻の無事だけを祈った。

 

たとえ、冥土帰しが治療してくれたとはいえ、顔を見るまでは安心する事が出来なかった。

 

だから、一刻も早く当麻に会いたかった。

 

そのため、情報操作を一気呵成に終わらせ、後始末を名由他、それに布束に押し付けた。

 

あまりの勢いに怪我が回復したくらいだ。

 

怪我だから、病は気からと言うべきではないと思うが、詩歌の苦悩は精神が肉体を凌駕するほど凄かったと言えよう。

 

そして、当麻は無事だった。

 

それはもうムカつく程に。

 

病室に入ると、2人の可愛らしい少女を両脇に侍らせながら、胸を鷲掴みしていた。

 

詩歌の目にはハーレムが形成されているように見えた。

 

というか、ハーレムだった。

 

当の本人は顔を真っ赤に染めて、恥ずかしがっているが、どこか嬉しそうだった。

 

まあ、詩歌を見た瞬間、真っ青に変わったけど。

 

 

「…………………………」

 

 

詩歌は何も言わず、いつものように微笑んでいた。

 

ただ、微笑みの中にドス黒いナニカを包み込んでいる。

 

例えるなら、血が付着しているチェーンソーを柔らかな毛布にくるんでいるような微笑み。

 

すでに、毛布には赤黒いシミができており、形状から明らかに凶器である事が一目で分かる。

 

さらに付け加えるなら、その凶器が放つ禍々しいオーラは全く隠せていない。

 

明らかに何人か×している。

 

 

(あ、頭の中に知らない光景が走り抜けていく…―――って、やばい、このままだと本当に死ぬ!?)

 

 

当麻の脳裏に失ったはずの記憶、走馬灯が流れる。

 

麻酔で動けない当麻は最期を悟るが、諦めず説得を試みようとする。

 

 

「し、しししし詩歌、ええっと……これは、こいつらが俺の身を案じてやってくれた事でな。……決して性的な意味は全くないわけで……まあ、全く嬉しくはないというなら嘘になるが……」

 

 

この時、なにか、ブチリ、と何かの切れた音が聞こえたと9982号と10032号は後に語る。

 

そして、これが始まりだったと……

 

 

「……」

 

 

無言で微笑みながら当麻の元へ歩み寄る。

 

すでに、9982号と10032号の2人は本能に従い、部屋の隅へ避難している。

 

 

「あ、あの、詩歌……さん? いつのまに鉈なんて持っていらっしゃったんですか?」

 

 

「……」

 

 

グシャリ!!

 

 

病室に何かが潰された音が響き渡った。

 

そして、2人は一瞬、ベットから真っ赤な液体が噴水のように飛び散ったのが見えた気がした。

 

互いの頭を抱え込み、これから始まる惨劇を見えないようにする。

 

部屋の外でヒグラシが鳴いている……

 

 

バキッ!!

 

グチャ!!

 

ドガッ!!

 

グチャリ!!

 

ゴキッ!!

 

グチャッ!!!

 

 

そして、身の毛のよだつような音が絶え間なく聞こえる。

 

あえて視界を閉ざした為、その音の恐怖は尋常ではなかった。

 

何より恐ろしいのは先ほどから当麻の声が全く聞こえない事だった。

 

 

(ミサカは……ミサカは、恩人のために立ち向かう事を決意します)

 

 

(そうです。今度はミサカ達が助けるんです)

 

 

二人は互いに鼓舞し合うと勇気を振り絞り、立ち上がった。

 

そして、少女達は地獄を目の当たりした。

 

少し前までは、消毒薬の匂いが仄かに香る、真っ白な病室だった。

 

しかし、今は鉄のようなにおいが充満し、壁も床も赤黒く染まり、病室だった頃の面影は微塵もない。

 

 

「「ひぃっ!!?」」

 

 

そして、部屋の中央に鬼がいた。

 

その鬼は、粗大ゴミのようなナニカをズタズタにミンチにしていた。

 

病室の中央に在るのは、ベットである。

 

そして、ここは当麻の病室である。

 

つまり、2人から見える上条当麻は既に人間ですらなく、汚らしい粗大ゴミにしか写っていなかった。

 

実験の惨劇ほど酷くはないように見えるが、あの詩歌の無駄のない手慣れた感じは……そう、まさしく屠殺、当麻を屠殺していた。

 

ある意味、一方通行に勝るにも劣らない所業であった、と2人はその時の状況を語る。

 

結局、本能に訴えかけるような圧倒的な恐怖に、9982号、10032号は鬼が粗大ゴミを徹底的にミンチにするまでその場から動く事ができなかった。

 

ただ、救われたものの義務として、せめて立派な最後だっただけでも伝えられるように、2人は意識を失うまで、この地獄を目に焼き付けることに決めた。

 

 

 

とある賢妹愚兄の物語   完

 

 

今までありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘です。

 

ごめんなさい。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……さっき見た天井だ」

 

 

当麻は生きていた。

 

あの後、当麻は冥土返しの緊急手術により、一命を取り留める事ができた。

 

もちろん、退院が延びたのは言うまでもないが、生きていることに違いない。

 

当麻は生の実感をただ噛み締めていた。

 

 

「生きてる。……生きてるよ。……本当に……死ぬかと思った。……第1位と対峙したときよりも死ぬかと……」

 

 

生きてることへの感動か、先ほどの恐怖かは分からないが当麻の両目から涙が溢れ出る。

 

幸い、麻酔が効いていた為、痛みを感じる事はなかったが、恐怖はびっちりと身に染み込まれている。

 

 

「失礼するわよー…―――って、どうしたのよ、アンタ!?」

 

 

病室に入った美琴は、当麻の男泣きに声をかけるべきか迷った。

 

 

 

 

 

病院 詩歌の病室

 

 

 

あの惨劇の後、当麻を再び冥土返しに任せ、意識を失った二人を連れて詩歌は自分の病室に戻った。

 

そして、意識を取り戻した二人に何事もなかったように話をする。

 

 

「大丈夫ですよ。当麻さんはあれくらいでは死にません」

 

 

詩歌の自信満々の宣言に2人の顔は引き攣る。

 

 

「いや、流石にあれは……」

 

 

明らかにオーバーキルであったと2人は思う。

 

まさに、某メタル――――に会心の一撃を与えたようなものである。

 

少なくともHPの10倍以上のダメージを与えている。

 

 

「私は躾に関しては達人級で、当麻さんに関しては日々、研究を積み重ねています」

 

 

最近の詩歌の愛読書は、『世界拷問大全』である。

 

それと、もしものアフターケアのために『Mへのご褒美』という参考書も購入済みである。

 

 

「たとえ、寝惚けていても当麻さんのデットラインを見極め、生かさず殺さずお仕置きをすることが可能です。……まあ、今回は爪先ほど超えちゃいましたけど……」

 

 

爪先だけで死線を越えかけるほどギリギリのラインらしい。

 

浮気は男の甲斐性という言葉があるが、詩歌は誤解であろうとその甲斐性を許すことはない。

 

おそらく、幼いころから父、刀夜を見てきており、母、詩菜からたとえ誤解であろうと浮気は芽から潰せと教え込まれた事が原因だろう。

 

つまり、両親の英才教育のせいで、当麻は死にかけたのである。

 

だが、一方通行に勝てたのは詩歌のお仕置きにより鍛えられた部分も大きいので何とも言えない。

 

当麻は誰に文句をいえばいいのやら……

 

これからは賢者の皮を被った狂戦士の会心の一撃に対処するために、当麻の近くに蘇生呪文を覚えた僧侶を配置した方がいいのかもしれない。

 

一応、近くにシスターがいるのだが、彼女は狂戦士に従順である為、役に立たない。

 

そもそも当麻は味方の呪文であろうと効かない。

 

このままいくと、教会(病院)に多額の寄付(治療費)をしていくことになるだろう。

 

それに、シスターの食費は結構大きい。

 

もし、新たにパーティを入れるなら僧侶や賢者ではなく、商人がいいのかもしれない。

 

ちなみに、昨日から、そのシスターは巫女とともにルイ――酒場(小萌先生のアパート)に預けられています。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

詩歌はそう言うと2人に頭を下げる。

 

 

「あの時、あなた達の協力があったおかげで、当麻さんを助ける事ができました。本当にありがとうございます」

 

 

詩歌は当麻がボロボロになるのを見ていられなかった。

 

美琴とこのまま喧嘩別れのまま嫌だった。

 

一方通行を孤独から救いたかった。

 

だから、2人、いや、<妹達>にお願いした。

 

誰1人欠けることなく、何1つ失うことなく。

 

皆で笑って、皆で帰る為に。

 

そんな、最高に幸せな結末に辿り着く為に。

 

そんな思いが込められたお願いは<妹達>の心を震わせた。

 

誰かに必要とされた事で、自分達の存在意義が満たされた。

 

 

「……、」

 

 

9982号が一歩前に出る。

 

 

「実験がなくなりましたので、単価にして18万円の実験動物という私達の価値がなくなりました。リストラです。無職です。絶賛路頭に迷い中です」

 

 

言葉を切ると少しすっきりしたような顔を向ける。

 

 

「でも、それで良かったとミサカは思います。それに、ミサカは宿題の答えが見えた気がします。……でも――――」

 

 

機械が生み出した生命。

 

生まれて間もない彼女達は真っ白だ。

 

だから、自分が“実験動物”だと描かれてしまえば、そういう価値だと受け入れてしまう。

 

でも、それを塗り潰す色があれば、新たな絵を描く事ができる。

 

自分で絵を描く事ができる。

 

 

「――――宿題の答え、ミサカはまだうまく言語化できません。もう少し待ってもらえますか? それから、これからも付き合ってもらえますか? とミサカは精一杯のわがままを言います」

 

 

しかし、まだ絵の具を揃えただけの初心者が、自分の表現をうまくできないのは当然のこと。

 

しかし、それでいい。

 

表現するよりも、描きたいという意思が大切。

 

それに他人が描いた絵はもう塗り潰されている。

 

 

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。998―――いえ……」

 

 

詩歌は言葉を途中でやめると少し考え込む。

 

 

「これからはあなたの事を『美歌』さんと呼びます」

 

 

自分の名前の一文字を入れて、9982号の名前を作る。

 

そうする事で自分との繋がりを意味する。

 

 

「これは、あなた自身の答えを私に必ず伝えられるように、というお呪い、いわば契約みたいなものです」

 

 

9982号自身の、世界でたった一人の答えを聞く為の契約。

 

9982号、いや、美歌の絵に記された予約済みのサイン。

 

 

「はい……ありがとうございます……! とミサカは…いえ、美歌は……」

 

 

美歌はしばらく胸の内から溢れ出るナニカを止める事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ミサカにも何か……」

 

 

蚊帳の外の御坂妹はしばらく1人で寂しそうに佇んでいた。

 

 

 

 

 

病院 廊下

 

 

 

『お前がDNAマップを提供しなかったら、<妹達>は生まれてくる事もできなかったんだ。あの実験は色々と間違っていたけどさ。<妹達>が生まれてきた事だけは、きっとお前は誇るべきなんだと思う。生まれてこなければ、喜ぶ事も悲しむ事も出来なかったんだ

から』

 

 

「……、」

 

 

『それに、あいつらだって、お前がたった一人で塞ぎこむのなんか見たくないだろうしさ。……きっと、詩歌の奴もな―――あ、詩歌の奴と仲直りしろよ。喧嘩した理由も、何も言わなくても察していると思うけど、アイツ意外と脆いし、臆病だからな。お前の方からも歩み寄ってやってくれ』

 

 

美琴は当麻の病室から去った後、詩歌の病室を目指していた。

 

しかし、その足取りは重い。

 

それもそのはず、あれだけの暴言を吐いたのだ、今さらどの面下げて会いに行けばいいのかわからない。

 

幸い、当麻が鉄橋での暴言を詩歌には伝えてはいない。

 

それに、詩歌は美琴の気持ちを察しているだろう。

 

それでも、喧嘩、しかも、一方的に吹っ掛けたのは自分だ。

 

しかも、助けてもらった直後に。

 

さらに、傷ついた詩歌を見捨てて行ってしまった。

 

 

「……はぁー……そんな事言われたって、どんな顔して会えば―――あっ!」

 

 

「? お姉様ですか?」

 

 

その時、詩歌の病室から自身のクローン、御坂妹が現れた。

 

 

「こんなところで……もしかして、詩歌お姉―――むぐっ」

 

 

御坂妹が何かを言う前に素早く口を塞ぐ。

 

 

「ちょろ~っと、近くの公園でお話ししない?」

 

 

美琴はまだ詩歌と会う勇気がなかった。

 

それに、<妹達>にも話したい事があった。

 

なので、いい訳としては見苦しいかもしれないが、詩歌との用事を後回しにする。

 

美琴はそのまま御坂妹の答えを聞く前に公園へと移動した。

 

 

 

 

 

公園

 

 

 

地獄のような実験は終わった。

 

そう当麻に聞かされたからなのか、久々に日差しが心地いいと感じる。

 

たぶん、自身が課した<妹達>を救うという使命感から解放されたからなのだろう。

 

明るい日差しがさす木漏れ日の中を美琴は後ろに御坂妹を連れて散歩する。

 

 

「あの……さ、私の顔なんて見たくないだろうし、許せないと思うけど、今後、世間の理解を得るのに、たくさんの障害があると思うの」

 

 

しかし、救ったからお終いというわけではない。

 

むしろ始まりである。

 

 

「だから…その……」

 

 

<妹達>は実験のために生み出された実験動物。

 

その存在は表の世界に永久に秘されるはずだった。

 

そんな<妹達>が表の世界に生きていく事は彼女達自身の力だけでは困難である。

 

 

「私にも何かできる事があったら……」

 

 

だから、美琴は<妹達>を支える。

 

姉として、詩歌のように、<妹達>を導く。

 

その決意を御坂妹、彼女を代表にして、<妹達>へ表明しようと振り向いた。

 

が肝心の御坂妹が後ろにいなかった。

 

 

「これが立ちこぎです、とミサカは<学習装置>で得た知識を実践し風とひとつになります」

 

 

後ろにいたはずの御坂妹は、何故か、いつの間にブランコで立ちこぎをしていた。

 

どうやら、公園にいた双子の女の子に立ちこぎのやり方を教えているらしい……

 

というか、<学習装置>は一体どんな事を教えているんだろう。

 

開発者である布束に問い質したい。

 

 

「ふぅー……これで、9982号に対する憤りが少しは発散できました、とミサカは汗を拭います―――おや、どうしましたか?」

 

 

「うん……ごめんしばらく放っておいて」

 

 

出鼻を挫かれた美琴は、とりあえず、色々とツッコミたい言葉を呑み込むことにする。

 

その間に10032号は公園にいる姉妹に、

 

 

「ダメですよ。姉と言うのは妹のわがままを聞く義務があるのです、とミサカは若い芽の内から洗脳を施します」

 

 

「こらーーッ!」

 

 

しかし、何やらとんでもない事を吹き込みそうなので、割ってはいる事にする。

 

<妹達>にはまず色々と物事を教え込まないといけないと美琴は痛感した。

 

『まあ、これが姉としての役目かしら』と美琴は意気込んで3人の元へ歩み寄る。

 

 

「どっちがおねーちゃんで、どっちがいもーと?」

 

 

「へ?」

 

 

すると、美琴と御坂妹を双子かと勘違いしたのか、質問してくる。

 

だが、御坂妹が答える前に自分で答えを言ってしまう。

 

 

「こっち! こっちのおねーちゃんがいもーとでしょ!! ゲコタもってるもんっ!」

 

 

「ええっ!?」

 

 

ゲコタグッズを持っているのを見られたのか、美琴の方が妹だと言われてしまう。

 

幼い子の意見は時に残酷なものである。

 

美琴が周囲から姉として認められるのは程遠いのかもしれない。

 

 

「いえ」

 

 

流石に見かねたのか、御坂妹がフォローに入る。

 

 

「確かに彼女は年齢にそぐわない幼稚な趣味で、ガサツで、短気で、喧嘩っ早くて、そのくせ好きなものも好きと言えない天邪鬼ですが―――」

 

 

と見せかけて、美琴に止めを刺す。

 

もう美琴の精神HPは瀕死である。

 

 

「―――ミサカのために命を捨てようとした困った姉です」

 

 

しかし、最後の最後でしっかりとフォローする。

 

今回の件で<妹達>の事を一番考えたのは美琴である。

 

<妹達>はその事を知っている。

 

だから、美琴の事を姉だと認めている。

 

本当に頼りに姉であると。

 

 

「ふふふ、そうですね。そして、本当に手を焼かされる妹です」

 

 

そして、ここにもう1人美琴の事を認めている人物がいる。

 

 

「ッ!? 詩歌さん!?」

 

 

いつのまに、詩歌が美歌と共に後ろにいた。

 

何故か、美歌は御坂妹にどこか勝ち誇った笑みを向けている。

 

 

「何変な顔をしているのですか、ミサカ9982号……」

 

 

「私の名前は美歌です、とミサカ10032号に訂正を求めます」

 

 

やけにシリアルナンバーを強調しながら、訂正を求める。

 

 

「いい根性してますね、とミサカは売られたケンカを高値で買います」

 

 

2人の間に少しだけ緊張した無言の間が流れたが、人の目を気にしてか後1歩の所で立ち止まる。

 

が、

 

 

「落ち着いてください、ミサカ10032号―――」

 

 

結局、2人はキャットファイトに突入する。

 

2人は互いのゴーグルを奪い取って何処かへ放り投げたり、蹴りが入ったりとひと悶着あったが、詩歌と美琴が止めに入るとすぐに仲良くしている振りをして中断する。

 

そして、視線が外れると再びキャットファイトが始まる。

 

かにみえたが、そこは詩歌の躾? の腕の見せ所というか一瞬で2人をおとなしくさせた。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「…ぁ………っぅ…」

 

 

まだ、心の準備ができていないのか、美琴は中々言葉を口に出すことができない。

 

 

「み――……うぅ…」

 

 

かといって、声をかけたはずの詩歌も口に出せずにいる。

 

美琴と詩歌はとりあえず、公園のベンチに座る事にした。

 

ちなみに、御坂妹と美歌はブランコにイモ虫のように吊り下げられている。

 

しばらく、お互いが初のお見舞いのように会話するどころか目も合わせられない状況が続く。

 

 

「美琴さん!」

 

 

詩歌は一発、頬に気合を入れると美琴の前に立ち上がる。

 

 

「理不尽なのかもしれませんが、美琴さんは私の妹です。私がそう決めました。他の誰でもない私が美琴さんの事を妹だと認めています」

 

 

詩歌は当麻から学んだ。

 

そして、気付いた。

 

誰が何と言おうが、自分が美琴の事を大切な妹だと認めていればそれでいい。

 

それだけで強引に手を引く理由は十分だ。

 

 

「……………でも、今だけなら異論を認めなくもないですよ」

 

 

しかし、詩歌は当麻のように割り切れないし、臆病だ。

 

だから、あと一歩のところで止まってしまう。

 

 

「………クッキーを作るのを手伝ってください。……姉は妹のわがままを聞く義務があるんですよね。……詩歌…お姉ちゃん」

 

 

だから、その間を埋めるようにあと一歩を美琴が踏む。

 

そして、お互い少し照れを隠しながら手を握る。

 

 

「はい……もちろんです!」

 

 

こうして、二人の血は繋がらないが強固な絆をもつ姉妹は仲直りした。

 

 

 

 

 

 

しかし、そのクッキーの送り主が当麻である事を知った詩歌は再び苦渋の決断に迫られる。

 

結局、今回も美琴の方へ天秤が傾き、クッキー作りの極意を教える事にしてしまう。

 

だからと言って、胸の中のもやもや感は消える事はなく、今回の件の立役者であるというのに、当麻はその後とばっちりとして、退院祝いの食事がメザシと白米のみになってしまった。

 

しかも、詩歌とインデックスは高級焼き肉である。

 

当麻が泣いたのは言うまでもない。

 

もしかしたら、今回の件で一番の被害者は当麻なのかもしれない。

 

 

 

 

 

病院 とある病室

 

 

 

この能力はいつか世界そのものを敵に回し、本当に全てを滅ぼしてしまうかもしれない。

 

だから、最強の先、無敵という力を求めた。

 

そう、能力が争いを生むのなら、戦う気も起きなくなるほどの絶対的な存在になればいい。

 

そうすれば、いつかまたあの子と――――

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

病室に溶け込むかのような真っ白な少年が目を覚ます。

 

少年は見慣れない天井に、少し戸惑うが、すぐにここが病院である事に気づく。

 

そして、昨晩の事を思い出す。

 

昨晩、自分が負けた事を。

 

 

「ン?」

 

 

横の机を見てみると、小さな包装された袋と手紙が1枚置いてあった。

 

しかし、少年は孤独な怪物。

 

手紙を送られる相手もいないし、悪戯で送ろうとする相手もいないだろう。

 

 

「……」

 

 

少年はその手紙の文面に目を通す。

 

そこには実験が廃止になったこと、そして―――

 

 

 

『……あなたは被害者なのかもしれません。

 

しかし、あなたが殺したという事実は変わりません。

 

おそらく、あなたもそう思っているはずです。

 

だから、あの子達を助けてあげてください

 

きっと、それがあなたのできる贖罪です。

 

もし、罪の重さに耐えられなくなったら、私に言ってください。

 

あなたの罪を背負うことはできませんが、あなたを支える事はできます。

 

友人として、私はあなたを救いたい。

 

 

上条詩歌より あー君へ   またいつか一緒に

 

連絡先………

 

 

 

PS

 

 

あ、そのクッキーは、見逃してくれたお礼です。

 

甘いのが苦手といったのでビターにしてみました。

 

気に入ってくれたら嬉しいです。』

 

 

少年は手紙を折りたたむと袋の中にあるクッキーを一つ口の中に入れる。

 

ゆっくりと味を確かめて自分に染み込ませるように口を動かす。

 

 

「……甘ェ……クソ甘ェ……本当に…………甘ェよ…クソッたれ……」

 

 

その日、少年は何年かぶりに泣いた。

 

 

 

つづく


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