とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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絶対能力者編 ワンサイドゲーム

絶対能力者編 ワンサイドゲーム

 

 

 

操車場附近

 

 

 

<妹達>の1人、10032号が人気のない操車場に向かって、機械のような歩調で移動していた。

 

移動しながら、今日の実験の内容を頭の中に繰り返し確認をしていた。

 

そして、最近、9982号から送られてくる宿題、『自分達の価値はどのようなものか?』についての答えを考えていた。

 

少し前ならば、単価18万円の替えの効く量産型の実験動物と答えていただろう。

 

だが、質問と同時に送られてくる9982号から伝わる想いにその答えに迷いが生じてきた。

 

それでも、己を殺す処刑場へ進む足を止めようともせず、歩みが遅れる事もなかった。

 

 

「誰? でしょうか、とミサカは疑問に首を傾げます」

 

 

操車場まであと数十メートルの地点に少女と少年が立っていた。

 

少女は自身のオリジナルである御坂美琴だが、少年の事は知らない。

 

そして、2人の眼はとても意志が強く、10032号の前に立ち塞がっている形で、彼女の前から退こうとはしなかった。

 

少年、当麻は美琴を手で抑え、一歩前に出る。

 

 

「なんの御用でしょうかとミサカは質問します」

 

 

「何の用って言われてもなぁ。……これからお前は一方通行に殺されに行くんだろ? それを止めにきたんだよ」

 

 

「……どうしてですか? ……ミサカは単価にして18万円しか価値はありません。必要な機材と薬品があれば、ボタン一つでいくらでも自動生産できる替えの効く実験動物です、とミサカは説明します」

 

 

10032号は淡々と自身の価値について説明する。

 

その説明に一瞬、美琴の肩が震えた。

 

 

「お前が死ぬと悲しむ奴がいるんだ。少なくとも3人はな。だから、俺はこの実験を止める。お前は自分が単価18万だとか、自動生産できるとか言うけど、こっちはそんな事はどうでも良い!」

 

 

10032号には何故自分がこうも心配されるのか、わからなかった。

 

間違った事は言ってない。

 

事実、<妹達>は自動生産が出来る存在で、1人が欠けたら1人を追加すればいいし、2万人、欠けたら2万人追加すればいいだけの存在だ。

 

しかし、目の前の当麻はそんな事はどうでもいいと言った。

 

その言葉に、自信を悩ませている宿題の答えが掴めるかもしれないと感じた。

 

 

「それにな、お前は、世界でたった一人しかいねぇだろ! 替えなんて効くはずがない! もし、お前が死んだら俺と御坂と詩歌が絶対に悲しむぞ」

 

 

その言葉に10032号は答えを掴めた気がした。

 

自分のようなちっぽけな存在だろうと、死んだら悲しんでくれる。

 

そんな人が確かにいるんだと、10032号は思う事ができた。

 

 

「それじゃ、行ってくる。御坂は……えっと、御坂妹とここで待っといてくれ」

 

 

当麻は気楽に言いながら、一方通行の待つ場所へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……、」

 

 

10032号が何もできないように抱き止めながら、美琴は先を行く当麻の背中を見送る。

 

戦いに介入する事ができない悔しさを噛み締めながら……

 

この計画を潰すにはLevel0がたった1人で、一方通行を倒したという事実が必要である。

 

その事実は<樹形図の設計者>の預言を妄信している研究者達の目を覚まさせる劇薬になるだろう。

 

だが、もし、美琴が介入すれば、その劇薬の効果は薄れてしまう。

 

 

「……絶対無事に戻ってきなさいよ。……馬鹿」

 

 

美琴の呟きは夜の闇へと溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

詩歌も見ていた。

 

9982号からミサカネットワークに繋がる事で10032号の視点から当麻の事を見送っていた。

 

 

「当麻さん……」

 

 

自分が戦えない事を、後悔している。

 

当麻を死地へ行かせた事を、懺悔している。

 

起こりえるかもしれぬ絶望に、恐怖している。

 

しかし、詩歌が何を思おうと、当麻は止まらない。

 

そして、その背中を押したのは詩歌。

 

そう、罠が仕掛けられた箱の中に猫を閉じ込めたのは自分。

 

箱の中の猫が死んでいるのか、生きているのかなど、もう詩歌に干渉できる余地はない。

 

ただ、怯えながら蓋が開くまで、猫が無事であることを祈るしかない。

 

 

「……お願いします。どうか、皆が無事に終わりますように……」

 

 

祈りながら、当麻の背中を見送る。

 

その先を行く当麻の背中は、2人の不安を振り払うかのように、とても頼もしく思えた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

9982号は自分と手を繋いでいる詩歌を呆然と眺めていた。

 

つい先ほど、いきなり詩歌が病室に現れ、手を繋いで欲しいと懇願してきた。

 

そして了承すると自分の手を両手で包み込むように握りしめた。

 

まるで、神に祈りを捧げるように。

 

 

(……わかりません。一体何に怯えているのでしょうか、とミサカは不思議に思います。でも……)

 

 

繋がる詩歌の両手が震えている。

 

しかし、何故詩歌が怯えているのかわからない。

 

どう声を掛けていいかわからない。

 

だが、詩歌と繋がっている手から伝わってくるナニカが、キャンパスを少しずつ染め上げていく。

 

そして、そのナニカはミサカネットワークを介し、他の<妹達>にも伝播していく。

 

その正体は、詩歌の不安、恐怖、怒り、悲しみ、喜び、希望、優しさ、そして、狂おしい愛情。

 

それらが少しずつ根付いていく。

 

そして、彼女達の中で混ざり合い、やがて、多くの色を生み出していく。

 

奇しくも、布束がするつもりだった<妹達>への感情の入力と同等の効果をもたらすことになる。

 

 

 

 

 

操車場

 

 

 

一方通行は実験の始まりを、コンテナの上で待っていた。

 

今日の実験を果たすことで、温もりと決別する。

 

<妹達>と共にこの想いも殺す。

 

そして、再び、孤高の化物として生きていく。

 

 

「チッ、誰だ、テメェ……」

 

 

だが、そんな彼の前に現れたのは、<妹達>ではなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

現われたのは<妹達>ではなく上条当麻だった。

 

当麻は操車場で一方通行の姿を見つけると力強く宣言する。

 

 

「この狂った実験を止めにきた」

 

 

初めて会った相手。

 

おそらく、暗部とは関係ない表の世界の人間だろう。

 

どうやら、彼はどこかで実験の事を知り、<妹達>を救うため、乗り込んできたらしい、と一方通行は判断する。

 

 

「チッ、また乱入者か……本当、この実験のセキュリティってなァどうなってやがンだ?」

 

 

口から発する言葉の一句一句が周りの空気を針のようにピリピリとした空間に仕立て上げる。

 

だがそれでも乱入者、当麻は身動ぎもしなかった、それどころか口を歪めた、彼は笑っていた。

 

それが恐怖を取り繕っているものでない事は、自分に対する恐怖や畏怖が全く感じられないことからわかる。

 

それだけでも気に食わないのに、その自分を射抜くように見ている瞳は誰かを彷彿させ、最低で最悪な再会をした時の事を思い出させる。

 

そんな想いを知らない当麻は落ち着いた口調で話しかける。

 

 

「初めに言っておく。お前、この実験を降りるつもりはないか?」

 

 

「はァ!? いきなり、何言ってやがンだ?」

 

 

いきなりの当麻の交渉に、出鼻を挫かれる。

 

当麻はいそいそとズボンのポッケから一枚のカンニングペーパーを取り出す。

 

 

「クローンを殺す事と力の成長が関係あるとは考えられねぇ、つーか、考えたくもねぇ。実際、この実験が始まってからもう半分ほど消化しているのに、最初と比べて強くなったと感じたか?何か変化があったか?」

 

 

「……成長にだっていろいろあンだろ?後半で急に伸びるかも知れねェだろうが」

 

 

少なからず疑惑の念があったのか、少しの合間、言い淀む。

 

 

「それなら、ここ最近、実験が噂になってきているのを知ってるか? それにもかかわらず、屋外での実験を計画している。しかも、俺がここにいる事から分かると思うが、セキュリティが杜撰だ。もしかしたら、上層部は秘匿する気が無いんじゃないか?」

 

 

その事に気付いていた。

 

 

(言うな)

 

 

その事も少しは勘付いていた。

 

 

(これ以上、言うな)

 

 

もしかしたら…の可能性があると考えていた。

 

 

(頼むから、これ以上、責めないでくれ)

 

 

「まあ、これらは俺の考察じゃねぇから詳しい事がわからねぇが『この実験の本当の目的はLevel6を生み出すことではありません。第1位に首輪をつけ、学園都市上層部の都合のいい操り人形にする事だと思います。さらに、その実験を餌にすれば第3位も釣り上げられるでしょうね。実際、第3位は暴走し、危うく暗部に捕まりかけました。…もしうまくいっていたら、このシナリオを思いついた脚本家は軍にも匹敵する力を手に入れていたでしょう』ってことらしい」

 

 

カンニングペーパーをしまいながら、止めの言葉を放つ。

 

聞きたくない、そう思っていても彼の声を反射する事ができない。

 

 

「簡単にいえば、この実験はお前を嵌める事が本当の目的だ」

 

 

その考察を否定できないし、最初の頃、その可能性について考えた事があった。

 

自分が向いているベクトルが間違っているのではないかと疑った事もある。

 

しかし、結局慣れてしまった。

 

<妹達>を殺すことが生活の一部のようになってしまった、実験について何も考えなくなった。

 

そうでもしなければ、罪悪感に耐えられそうになかったから…

 

 

「これもアイツが言ってた事なんだが『きっと、第1位もその可能性があると少しは疑っているはずです。だが、それでも彼は無敵の力を手に入れるため、もう誰も自分の力で傷つけさせないためにこの実験に参加した。全ては孤高の化物になる為に、Level6という可能性を否定したくなかった、手放したくなかった。だから、この計画に疑いの念を送りたくなかった、いや、何も考えたくなかった』ってな……」

 

 

一方通行は激しい頭痛が襲いかかったように頭を抱えて蹲る。

 

そして、残酷ともいえる可能性を告げた当麻を、その手紙の主を恨む。

 

 

「お前は本当に可哀そうな奴だよ。……本当は<妹達>を殺したくなかったはずなのに、殺さなきゃいけなかったんだからな」

 

 

その姿に当麻は憐みの視線を送る。

 

 

「だから―――」

 

 

「オイオイ、何戯言を口にしてンだァ。そんなのただの一可能性の話だろォが。それにいきなり現れた乱入者の言葉を信じるわけねーだろォ」

 

 

一方通行は立ちあがると残虐な笑みを当麻に向ける。

 

 

「それに人形どもを殺したくなかったって? はっ、おもしれェ冗談だ。楽しく愉快に殺させてもらってンぜ」

 

 

何があろうと<妹達>を殺すと決めている。

 

 

「テメェもその手紙の主もよっぽど頭のネジがゆりィンじゃねーか?」

 

 

そうでもしないと、今まで殺してきた事が無駄になるし、温もりと決別できない。

 

 

「……<妹達>だってさ、精一杯生きてきたんだぞ。それでも、テメェは食い物にするのか?」

 

 

「はっ、あいつらは実験動物だろうが。何で、あいつらに気を使わねェといけねェンだ?」

 

 

「どうしてだよ! お前は実験を疑ってんじゃねーのかよ! もう最強なんじゃねーのかよ! もっと考えろよ!」

 

 

「うるせェ! 俺は最強なンかじゃ、満足しねェ。無敵になンだよ!」

 

 

「っざっけんな! 最強の能力を持ってたとしても、何も考えねーんじゃ、テメェは三下だ!」

 

 

「……俺が、三下?」

 

 

「ああ。テメェのやってる事は、結局はそこらの弱い者いじめをしている不良共と同じじゃねーか!」

 

 

「俺は……」

 

 

「考えろ! ちゃんと考えてから動け!」

 

 

「……テメェ、このっ、くそっ……!!」

 

 

一方通行は歯を食いしばり、溢れる激情に全身を震わせ、

 

 

「あいつらは人間じゃねェ! 人形だ! そして、俺は無敵になる! 無敵になンなきゃいけねーンだよ!!」

 

 

一方通行の答えを聞くと、顔を俯ける。

 

 

「……詩歌、わりぃ……交渉失敗だ。だから―――」

 

 

当麻は悔やむように何かを呟くと拳を握りしめる。

 

当麻は詩歌から一方通行の事を聞いており、彼も被害者であるから、できれば、助けて欲しいと頼まれていた。

 

だが、当麻はこれ以上の交渉が無意味だと悟る。

 

最早、一方通行に言葉が通用しない。

 

 

「―――今から、こいつのその腐った幻想をぶち殺すッ!!」

 

 

だから、ここからは先は拳で語る。

 

当麻の、美琴の、そして、詩歌の想いを拳に乗せる。

 

顔をあげると、悪鬼のような形相で一方通行を睨みつける。

 

 

「オイオイ、俺を誰だと思ってンだ?学園都市最強の超能力者、<一方通行>だぞ? テメェ如き簡単に潰せンだよコラ」

 

 

詩歌に頼まれたのは、美琴の捜索と一方通行の説得。

 

そして、もし、説得が失敗した場合は―――

 

 

「いいからとっととかかってこいよ、三下」

 

 

―――完膚なきまでに叩き潰す。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

「ここは……」

 

 

目を覚ます。

 

視界に入るのは真っ白な天井。

 

病院だ。

 

上体を起こせば、そこに、

 

 

「おや? 起きたようだね、根暗なお姉ちゃん」

 

 

何やら携帯型電脳デバイスにキーボードを打ち込む金髪ツインテールの小学生くらいの少女。

 

となると、やはり、信じ難い事だが、この子が私の命の恩人という事になる。

 

 

「でさ。起きたら手伝ってくれると嬉しいかな。昨日の『実験』で回収した47名の<妹達>の治療で先生も忙しいし、ま、身体吹っ飛ばされても助けられる人だから大丈夫だよ。何なら、私みたいに『義体』を用意しても良いしね。でも、詩歌お姉様も凄いよ。<ミサカネットワーク>に繋がっただけで実験場を推理できたんだから。あの即日対応がなかったら流石に駄目だったかもね」

 

 

こちらに見た目相応に相応しく気軽な口調で話しかけるが、その指10本は忙しなく動き、話している内容はあまり教育上よろしくない。

 

 

「ああ、お礼はいらないよ。別に助けたのは布束砥信だったから、じゃなくて、ただ単に詩歌お姉様に借りを返したかっただけだから。あ、<学習装置>の監修した人だったんだっけ。私もそれに『色々』とお世話になったからそれでチャラで良いよ。あとね、感情プログラムだっけ? あれって結構効果的だったと思うよ。少なくても無闇矢鱈と実験施設を潰すよりは」

 

 

「え―――」

 

 

あれは所詮個人が作ったデータだし、できるとすれば本物の感情ではない、擬似的な反応が精々だ。

 

元々この実験に参加している者に倫理観など期待できるはずがなく、涙の訴えなど通用するかも怪しい。

 

そして、何より万が一にもなければ、あの第1位の心を動かす事など……

 

 

「? 何だ、一か八かの賭けだったんだ、あれ。根暗なお姉ちゃんも結局は、あの実験の被害者は<妹達>“だけ”だって考えていたんだ」

 

 

駄目だしされた。

 

こんな子供に……

 

後でこの子に長幼の序というのを知ってもらおう。

 

特に根暗なお姉ちゃん呼ばわりする謂われはない。

 

そんな自分の決意も知らずに、彼女は『これは詩歌お姉ちゃんの受け売りだけどね』、と前置きしてから、

 

 

「第1位は、狂っていない。けど、狂っているフリをしている。彼はね、自分を守るために『実験』に参加し、<妹達>を殺しているんだよ。きっと最初の<妹達>を殺してしまった時から、研究者の言葉を信じて、第1位はその罪から目を背けたんだ。あれは人形だ。人形なら人殺しにはならないって。Level6になるという大義名分を掲げて、傍から見れば異常な行為をするのも当然だって誤魔化して、言い訳して……。でも、そんなのむかついたから人を殴ったって言い訳と同じだよね。少し考えればそこに正当性がないって分かるのに第1位は自己を正当化するために狂ったフリをして、ずっと逃げてきた。そう、第1位の正体は殺戮に快楽を得る悪魔じゃなくて、逃げ疲れてしまった逃亡者。だからね、逃げ道を塞いでしまえば、簡単に捕まえられる。例えばランナーズハイになって気付いていなくても、一度足を止めてしまえば、もう一度走り出すのは大変だ。それにもしかしたら、説得もできるかもしれない。だって、彼、言葉まで反射していないでしょ。本当に人形だと思っていれば、言葉なんて必要ないのに。―――彼をこれ以上苦しませないためにも実験を終わらせなきゃいけない。じゃなきゃ、いつまでも捕まらない逃亡者はいつまで経っても休めないでしょ?」

 

 

 

 

 

操車場

 

 

 

当麻は一方通行を睨みつけながら構えを取る。

 

その姿があの時の詩歌の姿と重なる。

 

その事が一方通行の怒りの琴線に触れる。

 

 

「チッ……面白ェ。ちっとは楽しませろよ」

 

 

そう言うと一方通行は地面に降りて、ベクトル操作で速度を上げた砂利を蹴り上げる。

 

無数の小石が銃弾のように襲いかかる様は、まさに、散弾銃。

 

一目見た時から気に食わない相手だったが、これ以上、当麻のベクトルを狂わす戯言に付き合うつもりはない。

 

それに、何があろうと今日の実験は成功させる。

 

だから、速攻で、相手が自分との格の差、最強の力を認識する前に殺す。

 

一方通行の瞳に、紅い狂熱が宿る。

 

 

「くっ!」

 

 

咄嗟に転がりながら、散弾のような小石の弾幕を避ける。

 

 

「ほらほらまだ、こンなもンじゃねェぞ!!」

 

 

地面を転がる当麻に、今度は鉄骨、コンテナをベクトル操作によって叩きつける。

 

 

「ッ!」

 

 

重量何百キロという鋼の塊が、隕石のように飛んでくる。

 

間一髪、回避しても、海面に隕石が落ちた時のように大量の砂利が巻き上がる。

 

 

(これほどとは言わねーが、アレを避け続けてきたんだ)

 

 

しかし、当麻は合間を縫ってかわす。

 

足元から巻き上がる砂利も後ろに飛びながら腕を盾にして、頭と体を守る。

 

当麻は幼いころから、そして、記憶を失った後もラッキーイベントになるたびに詩歌から、分厚い本、皿、はたまた包丁など物騒なものをピンポイントで、ぎりぎり避けられるかどうかの速度で投げつけられている。

 

そのため、身体に染みついたかのように異様に危険察知と反射神経が高い。

 

時々、詩歌も驚くほどの神業的な回避を見せる事がある。

 

つまり、飛んできたものを見切り、回避するのはお手のものである。

 

賢妹が鍛え上げた? 緊急回避で一方通行の攻撃を避け続ける。

 

 

「頑張るじゃねェかァ―――だが、これでゲームオーバーだ!」

 

 

地面を這うような腰の低さで、一直線。

 

ただ純粋に立ち尽くす標的を目掛けて。

 

今度は、自分ごと当麻へ突進する。

 

 

「イイ加減に楽にしてやる」

 

 

体内血流のベクトルを狂わす、生体電流のベクトルを狂わす。

 

苦手と毒手。

 

触れれば瞬殺、たとえ避けてもすぐに修正できる猛スピードの死の弾丸。

 

 

「……」

 

 

しかし、驚きに眉を顰めるも、当麻はその場から動かず、構えを取るのみ。

 

そして、人を超えた速度で迫り来る一方通行を―――右手で迎え撃つ。

 

 

「がはッ!!?」

 

 

ぐしゃり、と何か潰されたような感覚が伝わる。

 

その頬から伝わる痛みにしばらく囚われる。

 

 

「何呆けてやがる?」

 

 

一瞬―――2人は視線を交錯させる。

 

怒りに満ちた愚兄の瞳と、驚愕に満ちた悪魔の瞳。

 

突き刺さったのは苦手でも毒手でもなく、右手。

 

 

「三下……お前がどれだけ強かろうと、俺の拳はお前に届くぞ」

 

 

目の前の男がどのような能力者かは知らない。

 

あの夜、彼女と対峙した時の能力を阻害するような感覚はない。

 

だが、彼の攻撃は確かに一方通行に届いていた。

 

しかも、その衝撃はあの時の比でない。

 

 

(まさか、両手に集中して全身の『反射』を無意識に切っちまったってコトか? 間抜け過ぎンぞクソがっ)

 

 

あはははは、と第1位は嗤った。

 

面白ェ、といった彼は、同時に―――一瞬にして眼前に現れた上条当麻に、もう一度殴られた。

 

 

「おい―――」

 

「―――がっ!?」

 

 

な、ぜ……

 

2度も、この『反射』を突き破ったその右拳が、最高の頭脳を持つと称されたLevel5序列第1位には理解できなかった。

 

考える―――そんな時間も与えられない。

 

地面に伏した一方通行、その視界の端に、敵が迫る。

 

 

「―――笑ってる余裕はあるのか? 次はこっちから行くぞ」

 

「ひ―――」

 

 

 

思わず悲鳴が漏れる。

 

瞬殺すると考えていた第1位は、この状況を理解できない。

 

ただ、その得体の知れない右手を畏れた。

 

そして、当麻はそのまま接近戦に持ち込み、連打していく。

 

 

「ごほッ!」

 

 

接近戦における当麻の強さは一方通行の予想を遙かに上回っていた。

 

詩歌のように反撃する隙を与えないほど苛烈なものではない。

 

そう、反撃はできる。

 

しかし、当たらない。

 

手を突き出せばそれを躱わしてカウンターで一撃を入れる。

 

僅かでも引けば追撃が飛んでくる。

 

ガードに廻っても、防御の隙間を縫うように当麻の拳は的確に一方通行に届く。

 

 

「クッ、あ……!! 何でだ!? 何で俺の攻撃は届かねェ!?」

 

 

当麻はその疑問に答える。

 

 

「簡単だ。お前は最強の能力を持つ故に能力にしか頼まない戦い方をしていた。だから、喧嘩のやり方も知っている訳がねぇんだよ!!」

 

 

余りにも強すぎた一方通行が行ってきたのは、喧嘩や戦闘ではなく一方的な屠殺。

 

唯一、違うと言えるは詩歌の時のみ。

 

それ故、近接戦におけるノウハウなどありはしなかった。

 

そして、ただでさえ<スキルアウト>が束になっても敵わない強さがあるのに、当麻はこの前、詩歌と兄の尊厳を粉砕にするほど地獄の組手を経験し、防御術を骨に染みるほど徹底的に仕込まれた。

 

詩歌によって底上げされた危険察知、反射神経、防御技術、それに、<幻想殺し>。

 

まさに、当麻は某ゲームのレベル上げのお助け役、メタル――――並の鉄壁の防御力を誇る。

 

さらに、当麻とは経験、駆け引きに大人と小学生ほどの圧倒的な差がある。

 

近接戦闘において、一方通行が当麻に勝てるはずがない。

 

 

「これでお終いだ」

 

 

一方通行の意識が一瞬飛んだ時、まさに竜がその大きな口で狙った獲物を噛み殺すかの如く、当麻の右手が一方通行の顔面を鷲掴みにする。

 

 

「伊達に、詩歌のアイアンクローを体験してきたわけじゃねーぞ」

 

 

記憶を失っても、力は失っていない。

 

妹を守るために鍛練を積み重ね、その努力の結晶を実戦を通して磨きあげる事で手に入れた無骨で愚直な力。

 

当麻は純粋な膂力なら、詩歌よりも上である。

 

さらに、(かわいそうな事だが)当麻は(身を持って)アイアンクローを学習している。

 

自然と指の位置、力の入れ方といったコツを掴んでいる。

 

ある意味、詩歌の英才教育の賜物であるといえる。

 

つまり、アイアンクローなら詩歌のものよりも威力が上。

 

 

(ぐっ…力が使えねェだと……!? 何でだ……アイツのような…がねェのに)

 

 

さらに、<幻想殺し>が<一方通行>を喰い破る。

 

<幻想投影>の干渉は同調の応用であって、同調の本質は、異能の性能の向上、いわば、ブースターである。

 

つまり、詩歌が使う干渉はその強化を逆にしたもので、あくまで異能の弱体化でしかなく、詩歌の制御力を上回れば、上回った分だけ力を使うことができる。

 

さらに、その制御力は、対象の力の熟練度に比例する。

 

だから、詩歌との戦闘時、一方通行は力を使うことができた。

 

だが、<幻想殺し>は異能を打ち消す、破壊する力。

 

その力は、対象の熟練度など関係なく働く。

 

つまり、弱体化の干渉とは次元が違う。

 

今、<幻想殺し>に捉えられている一方通行は能力を使うことすら許されない。

 

 

「うおおおおぉぉぉっ!!」

 

 

そのまま右手で捉えた一方通行を上方へ持ち上げ、掴んだまま地面へ突き刺すほどの勢いで叩きつける。

 

 

「がはッ!!」

 

 

意識があることを確認するともう一度持ち上げ、頭から叩きつける。

 

 

「ぐほッ!!」

 

 

詩歌が当麻に託した攻略法は単純。

 

<幻想殺し>、つまり、右手で一方通行を捉えて、徹底的に頭を叩きつける。

 

能力を封じ、思考が停止するまで容赦なく何度も攻め続ける

 

能力を封じれば、一方通行の体力では当麻の右手を振り解くことは不可能。

 

つまり、一方通行はこのまま気絶するまで解放される事はない。

 

地獄の連続アイアンクロー・スラムから逃れる事ができない。

 

 

「わりぃな。……テメェに絶対勝たないといけないんだ。このまま眠るまで続けさせてもらう」

 

 

勝負師の非情な戦法。

 

何でもありのヒールレスラーのような所業。

 

格闘ゲームでいえば、嵌め技によるKO狙い。

 

勝負を楽しむ気0の友達を失くす禁断の技。

 

当麻もこの攻略法を聞かされた時は流石に顔が引き攣った。

 

それでも、詩歌は強引に押し切った。

 

冥土帰しの怪我の保障と女の武器(涙)を使って、当麻を強引に従わせた。

 

詩歌は何よりも当麻の安全性を念頭に置いている。

 

もしこの事を知れば、一方通行は二重の意味で傷つけられるかもしれない。

 

 

(な…ンで…俺が……―――)

 

 

そのまま、一方通行は当麻の力に為す術もなく蹂躙され、当麻は詩歌の言葉通りに一方通行を叩き潰した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「何よ…あれ……?」

 

 

御坂美琴は見ていた。

 

最初は何度も何度も一方通行との間に割っていこうと考えていた。

 

 

(これは…流石に…でも……)

 

 

でも、今は違った意味で割っていこうかと考えている。

 

あの一方通行が文字通り手も足も出ず叩きのめされている。

 

正直、この計画を知らない頃の自分が見たら間違いなく当麻に超電磁砲を放っていただろう。

 

それほど、今の当麻は悪役にしか見えない。

 

まあ、真の悪役は指示した詩歌なのかもしれないが……

 

 

「え!? 消えた!?」

 

 

その時、美琴は信じられないものをみた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……これで十分だろ」

 

 

当麻はそう言うと、一方通行の頭から手を放す。

 

詩歌から一方通行の為にも手加減するなと言い聞かされていたがやり過ぎたのかもしれない。

 

すでに、一方通行は白目をむいて倒れている。

 

まあ、若干ではあるが妹を傷つけたという兄の怒りが混じっていたのかもしれない。

 

だが、こんなにも圧勝するとは当麻も思わなかった。

 

勝因は、恐らくは一方通行の心理状態だろう。

 

気持ちが戦える状態からは程遠かった、という点。

 

おそらく最初の交渉が、一方通行の精神にとてつもない衝撃を与えたのだろう。

 

その交渉で告げられた考察を否定したくて、一刻も早く戦闘を終わらせたかった。

 

焦りや迷い、そして、後悔といった感情が邪魔して、当麻の力について何も考えなかった。

 

相手の事を見なくては、真剣勝負で勝利など得られる訳もない。

 

一方通行は元々最強ともいえる力を持っている。

 

正直、一歩間違えば瞬殺されていただろう。

 

そう考えれば、右手一本で渡り合う事など非常に難しい事だったのだ。

 

だから、詩歌は当麻に戦闘する前に交渉するように頼んだ。

 

当麻に教えていないが、最初の交渉で精神を揺さぶる事も計算に入れていた。

 

そういう意味で、一方通行は非常に運が悪かった、というべきだろう。

 

元々、詩歌は、勝負事は徹底しているが、当麻のことに関すると本気で容赦ない。

 

少しでも勝率をあげるためなら、卑怯な手も辞さないし、心理的に追い詰めるのも躊躇いがない。

 

もちろん勝因は、当麻の実力の部分も大きい。

 

しかし、ここまで圧勝した要因は詩歌の作戦の部分が大きい。

 

つまり、一方通行は当麻、そして、詩歌の2対1で戦っていたと言っても過言ではない。

 

この場にいる誰もが知る事はないが、詩歌の腹黒さが垣間見えた戦いであった。

 

 

「くかき」

 

 

しかし、当麻の見込みはあと少し甘かった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(糞ッ! 今の俺は泥を這いずる糞虫じゃねェか?)

 

 

最強のはずの能力が、あっさり破られた。

 

自分の人生を根本から引っくり返すような話を聞いてしまった。

 

まさに自分の全てを粉々にブチ壊された。

 

 

(このままじゃ……)

 

 

殺されていった<妹達>の顔が脳裏に浮かんだ。

 

命の意味も分からず、その大切さも知る前に奪われた、自分が奪った1万の命。

 

自分の罪。

 

このままでは、今まで自分がやってきた事が無駄になってしまう。

 

この実験に捧げられた命が無駄になってしまう。

 

 

(……アイツに)

 

 

今度はあの時の少女の顔が浮かんだ。

 

最低で最悪な再会をした時を。

 

最低な出会いをした時を。

 

怪物になった自分を包んでくれた時を。

 

 

(! そうじゃねーか……アイツを殺せる力ならここにある)

 

 

そして、自分の力を使った時の事を。

 

世界がこの手の中にあると教えてくれた時の事を。

 

 

「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかく」

 

 

できれば、彼女が思いついた技は使いたくなかった。

 

捨てることにしても、綺麗なままにしておきたかった。

 

しかし、無意識に封印していた力がとうとう目覚めてしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

狂ったように張り上げる声に、当麻は思わず振り返る。

 

 

「なっ!?」

 

 

しかし、そこには何もなかった。

 

そう、そこに倒れているはずの一方通行がいなかった。

 

虚を衝かれた表情で辺りを見回す。

 

 

「……消、えた?」

 

 

困惑した呟きが口から漏れる。

 

まるで、手品のように一方通行に姿が完全に消えた。

 

 

「逃げてッ!」

 

 

当麻の後方から、見守っていた美琴の声が飛んだ。

 

同時に、直感が迫りくる危険を察知する。

 

しかし、辺りには何もない。

 

 

(……、風? ――ッ!)

 

 

瞬間、衝撃が背中から胸部を突き抜け、当麻の身体を吹き飛ばした。

 

まるで、見えない巨人の手がそこに存在したかのように。

 

 

「くかこきく」

 

 

姿は見えないが一方通行の声が聞こえる。

 

当麻は苦しげに息を吐き、声がする方を睨みつける。

 

 

「っっあぐッ!」

 

 

だが、声がする方とは全く逆から重い衝撃が身体を突き抜ける。

 

膝を折りそうになるのを堪え、大きく右手を振るう。

 

しかし、<幻想殺し>は何も反応しない。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

かつて、詩歌が教えた光子の操作による光学迷彩に大気の操作による竜巻。

 

その技術を学園都市最強の能力者が使う。

 

その威力は凄まじく。先ほど自分を追い詰めた当麻を一方的に攻め続ける。

 

その感動が、一方通行の全身を駆け巡る。

 

敗北の縁まで追い詰められてからの逆転劇。

 

その勝利への興奮は、詩歌への罪悪感を吹き飛ばす。

 

 

「何だ何だよ何ですかァそのザマは! 結局でかい口叩くだけで大した事ねェなァ!」

 

 

湧き上がる感情と共に、勝利の雄叫びをあげた。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

上条当麻の<幻想殺し>は右手の先に限って、あらゆる魔術や能力を打ち消す効果を持つ。

 

当然ながらそうした異能を扱う者にとって天敵であるわけなのだが、攻略法がない訳でもない。

 

むしろ弱点だらけで、特性さえ理解していれば戦術の組み立てようはいくらでもある。

 

そして、最も重要な点は、

 

 

『拳の射程圏に入らない事』

 

『異能を介さない、または間接的な攻撃で攻める事』

 

 

 

 

 

 

 

「まずい……」

 

 

詩歌は当麻の甘さを計算に入れてなかったわけではない。

 

詩歌の予想以上に一方通行の執念が凄かったのだ。

 

 

「このままでは、当麻さんが危険です……」

 

 

詩歌はこの状況に危機感を抱いていた。

 

だからと言って、作戦がある為、助けにいくわけもいかない。

 

そもそも、助けにいく事ができない。

 

だが、諦めるわけにもいかない。

 

 

「大丈夫ですか、とミサカは―――」

 

 

「それです!」

 

 

その時、詩歌の頭に一つのプランが思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

操車場

 

 

 

ざん、と真横から迫り来る烈風が腕を激しく殴打する。

 

相手は狩りを楽しむように、姿を見つけられず、見当違いの方向に腕を振るう獲物をいたぶる。

 

確実にダメージを蓄積させる。

 

 

 

ざん、と今度は足を払われた。

 

地面を転がり、無様に背中を晒す。

 

 

 

ざん、と背中を圧し、地面に磔にする。

 

このままだと一方的だ。

 

当麻は無理矢理体を起こし、筋肉が悲鳴をあげようと立ち上がる。

 

血を流し過ぎて、気が遠くなる―――隙。

 

 

 

ざん、とそこへ容赦なく風の暴威がくる。

 

それに直撃し、当麻は―――ギリギリの所で堪えた。

 

ようやくだが、何か掴めそうな気がする。

 

賢妹は、異能の萌芽を感知できると聞く。

 

ならば、愚兄にもその手応えをいつか捉える事ができるかもしれない。

 

だが、残念なことにその『いつか』を待っている時間は当麻にはない。

 

 

「くそっ」

 

 

不可視の相手から繰り出される不可視の攻撃。

 

気配、音で反応するが、避ける事ができず、何度も直撃を喰らう。

 

それに、想定外の方向から来る攻撃は、肉体的にも精神的にも、通常よりも深いダメージを残す。

 

さらに、右手しか攻撃手段がない当麻は何処にいるのかさえわからない相手に一撃を喰らわせるどころか、掠る事もできない。

 

勘で致命傷にならないようにしているが、ワンサイドゲームなのは変わらず、徐々に敗北感を募らせていく。

 

 

「くッ!」

 

 

それでも、当麻は怯むことなく立ち続ける。

 

しかし、勝ちに至れない戦闘。敗北するためだけの試合。

 

 

「……もう、我慢できないわ」

 

 

最早、美琴はそのボロボロになっていく当麻の姿を黙って見る事は出来ない。

 

 

「来るな、御坂ッ!」

 

 

たまらず、飛び出そうとした美琴を、目線で制止させる。

 

 

「でも―――」

 

 

「大丈夫だ! 絶対に勝つ!」

 

 

当麻はボロボロの身体なりながらも勝利を諦めてなかった。

 

まだ、この実験を終わらせる事を諦めてなかった。

 

一方、一方通行も余裕があるわけではない。

 

 

(チッ、とっとと蹴りをつけるかァ……)

 

 

止めに強烈なプラズマを喰らわそうとしたが、いまだ頭に深いダメージが残っているため、形成するのが困難で、プラズマどころ最初のように当麻を吹き飛ばした烈風を起こすことすらできない。

 

そもそもプラズマなんて作ろうとすれば折角、隠れた位置がバレてしまう。

 

さらに、光学迷彩と竜巻に演算を割り振っている為に移動は自力でしなくてはならない。

 

しかし、このままいけば一方通行の勝ちは揺るぎない。

 

 

「右斜め30度に10mです、当麻さん!」

 

 

その時、思いがけない声が戦いの場に響いた。

 

 

「…―――おうっ!」

 

 

一瞬呆けたが、即座に当麻はその声の指示に従って駆ける。

 

 

「え!?」

 

 

美琴は思わず声がする方向、横にいる御坂妹を見る。

 

御坂妹はゴーグルをつけながら、声を張り上げていた。

 

 

「左斜めに10度修正してください! ……そう、そのまま真っ直ぐです!」

 

 

隣にいるのは間違いなく自分のクローン、御坂妹である。

 

しかし、先ほどまでの様子と比べると、どこか、まるで中身だけが別人に変わってしまったような違和感を覚える。

 

さらに、辺りを見回すと十数人の<妹達>がこの戦いを注視していた。

 

 

「どういうこと……?」

 

 

美琴の疑念を余所に御坂妹は似合わない大声をあげ、当麻に一方通行の位置を教えている。

 

その様子に美琴は何かを感じ取った。

 

 

(……はっ! この感じ、詩歌さんに似てるような)

 

 

そう、この指示を出しているのは詩歌である。

 

ミサカネットワークを介して、<妹達>に協力を仰ぎ、一時的に御坂妹の五感だけでなく意思も共有し、詩歌の声を代弁させてもらっている。

 

一方通行は光子を操って姿を消しているが、いないわけではない。

 

つまり、周囲と取り囲む<妹達>のレーダーの範囲に入れば、電磁波を介して位置を特定できる。

 

詩歌はその複数の情報をまとめ上げ、一方通行の位置の情報をリアルタイムで当麻に教えている。

 

手は出さないが、口は出す。

 

あくまで指示だけ、それに、Level5の美琴が横槍を入れている訳ではないので作戦の支障も少ない。

 

 

「こっちか」

 

 

もちろん、当麻はそのことを何も知らない。

 

しかし、その声の主が妹のものであると感じた。

 

だから、声に従って、愚兄は前に進む。

 

当麻はただ詩歌の言葉を信じる。

 

 

「くッ!」

 

 

当麻は烈風を喰らいながらも一方通行との間合いを詰める。

 

一方通行は徐々にだが、迫りくる当麻に脅威を感じる。

 

そして、どこか眩しく見える。

 

 

(冷静になれ。あれはもう死に体だァ……。しかし、どうして動く事ができンだよ)

 

 

冷静に対処すれば勝つ事ができる、と理性が告げている。

 

今の当麻はボロボロで、身体の力はほとんど残っていないはず。

 

そこを不可視の両手で不意を突き、襲いかかれば仕留める事ができる。

 

しかし、本能が危険信号を発していた。

 

だが、一方通行は当麻を迎え撃つことに決める。

 

もう後ろにベクトルを向けないと決めたから。

 

 

「ん……」

 

 

一方通行が最後の一撃を放つ気配を感じると、静かに拳を握りしめる。

 

 

「面白ェよ、お前―――」

 

 

一方通行の声が聞こえた。

 

 

「―――最っ高に面白ェぞ、お前!」

 

 

一方通行が突き出した不可視の両の手。

 

触れただけで、血液がベクトル操作によって逆流し、人を殺す魔の手が当麻に襲いかかる。

 

 

「今です! 右手を振り上げてください!」

 

 

御坂妹、いや、詩歌の声に反応して右手を振り上げる。

 

その勢いに怯んだのか、一瞬動きが止まる。

 

さらに、<幻想殺し>が光学迷彩に触れたのか、一方通行の姿が現れる。

 

 

「なっ!?」

 

 

「かくれんぼは終わりだぜ」

 

 

迫りくる右手が見えるや否やしゃがみ込み、追い打ちをかける左手を右手で払う事によって一方通行を無防備にする。

 

そして、上条当麻は爆発的な力を解放する。

 

 

「歯を食いしばれよ、最強―――」

 

 

ひび割れそうなほど強く踏みしめられた足元から、膝、腰、背、肩、肘、手首と高速で捻られる体躯。

 

全ての力を右手に乗せる。

 

妹のために誰にも負けないと誓いを立てた最強の右手が牙を剥く。

 

 

「―――俺の最強は、ちっとばっか響くぞ」

 

 

右拳が一方通行の顔面へと突き刺さり、その華奢な身体がしばらく宙を舞った。

 

会心の手応え。

 

今度こそ当麻は勝利を確信した。

 

 

「詩歌……約束、守ったぞ……」

 

 

最後にそう呟くと、当麻は右手を振り切ったまま、前のめりに倒れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(俺の負けだ。……クソッたれ………だが……)

 

 

愚兄の最強の一撃。

 

おそらくもう自分は立てないだろう。

 

そう自分の負けだ。

 

しかし、地面に叩きつけられるまでの間、<妹達>を殺させなかった事、そして、温もりへの想いを手放さないで済んだ事を当麻に感謝した。

 

ほんの少しだけだが。

 

 

「………ぁ」

 

 

そして、意識を失う直前、自分にすら聞こえない声で何かを呟いた。

 

誰かへの謝罪の言葉を。

 

 

 

つづく


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