とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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絶対能力者編 施設防衛戦

絶対能力者編 施設防衛戦

 

 

 

病院

 

 

 

ミサカネットワークを繋がったことによる負荷が決め手となったのか、あの後すぐに強烈な眠気が襲いかかり、朝まで詩歌は眠り続けた。

 

そして、覚醒するとすぐに、昨夜の内に届いていた名由他からの資料を物凄い勢いで目を通しながら、詩歌は頭脳を高速で回転させる。

 

 

(少し、スイッチを入れますか)

 

 

さらに、頭の中の思考回路を次々に起動させ、情報の並列処理を開始する。

 

 

 

1番回路、情報収集開始。

 

絶対能力進化計画。

 

目的:Level6を作り出す事。

 

方法:Level5序列第1位、<一方通行>を<妹達>による2万の戦闘パターンを経験させる事でLevel6へと成長させる。

 

なお、この方法は<樹形図の設計者>により保証されている。

 

追記:<樹形図の設計者>は正体不明の高熱源体の直撃を受け大破されている。

 

以下記録………。

 

 

 

一方通行。

 

学園都市最強のLevel5序列第1位。

 

運動量・熱量・光・電気量などのあらゆるベクトルを観測し、触れただけで変換することができる。普段は反射、ベクトルの反転に設定されている。

 

以下詳細………。

 

 

 

詩歌の捕捉:身のこなしから身体能力の性能は高くはない。そして、<妹達>を殺害する事には消極的。

 

 

 

名由他が集めてくれた資料は、絶対能力進化計画の記録、<一方通行>の性能、それと<樹形図の設計者>が撃墜されたという記録。

 

 

 

2番回路、情報分析開始。

 

 

 

(名由他さんから貰った資料を見てみますと、最初は屋内のみだったというのに、ここ最近はほとんどが屋外での実験を行っている。……しかも、時々、昼頃に行う場合もあります。明らかにこれはおかしい…普通に考えたら、人目を避けるのが当たり前だというのに……それに、クローンを2万人殺害することで、力が向上するなんて考えられません。これは、実験前のデータと先月のデータを照らし合わせたら、一目瞭然です。実験の半分を消化しているというのに、何の兆候もなく、あー君の性能はほとんど変化していません。だとしたら、何故、こんな実験を……もしかすると、Level6を生み出す事が実験の本当の目的ではないのかもしれません。だとするのなら一体、学園都市上層部は何を企んでいるのでしょうか?)

 

 

 

3番回路、計画立案開始。

 

 

 

(まあ、上層部が何を企んでいるかは知りませんが、この情報を元に、これからの行動指針を決めますか。……この計画は<樹形図の設計者>のお墨付きとされている。……例え関連施設を全て潰したとしても、この計画を完全に消滅する事はないでしょう。……なら、<樹形図の設計者>をハッキングして、一昨日の戦闘が原因で、計画に致命的なエラーが発生したという嘘の預言を吐かせれば……しかし、<樹形図の設計者>はすでにない。……だとしたら、<樹形図の設計者>の預言を上回る衝撃を与えればいい。そうすれば、上層部はこの計画から手を引く。そのためには……)

 

 

一瞬、詩歌の脳裏に当麻の顔が浮かんだ。

 

 

(そう……Level0の当麻さんがあー君を……第1位を倒せば、間違いなく計画は消滅する。<幻想殺し>は全ての異能の天敵、<一方通行>も例外ではない。……それと当麻さんの性能を考えれば、第1位にも勝てる可能性は十分に高い。………しかし…駄目です)

 

 

3番目の思考回路が停止する。

 

 

(危険すぎます。当麻さんを危険な目に遭わせようとするなんて……そんな愚行、私がさせることなんて出来る訳ない……)

 

 

もしこの作戦が成功したら……この街の評価基準でLevel0と評価されている当麻が、学園都市最強のLevel5第1位の一方通行を倒す事が出来たら、その衝撃は<樹形図の設計者>の預言を上回る事が出来るだろう。

 

だが、詩歌にとって、当麻を危険にさらすという事は愚考であり、下策である。

 

しかし、実験の被害者達を見捨てる事も出来ないので、その解決策を却下する事が出来ない。

 

だからといって、詩歌にはその策を決行する勇気がない。

 

詩歌の中の天秤が当麻と実験の被害者である美琴、<妹達>、そして、一方通行の間でぐらついている。

 

そして、詩歌という重りはどちらの秤にも置かれていない。

 

自分の手ではこの重りをどちらの秤にも置く事が出来ない。

 

 

(ここはやはり私が……<一方通行>の攻略は私でも出来る。あの時は頭に血が昇って、思いつきませんでしたが、寸止めと<幻想投影>を組み合わせた戦法なら勝てる見込みは十分……。しかし、一刻も早く、確実に、この計画を終わらせたいなら、やはり当麻さんが最善……)

 

 

3番目の思考回路を再起動し、詩歌は次善策を思いつくが、この計画を消滅させるには先ほどの解決策の方が効果的である事を理解している。

 

 

「はぁ……一体どうすれば……」

 

 

溜息をつきながら携帯端末を閉じた時、病室の扉がノックされた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「どうぞ」

 

 

「失礼しますですの」

 

 

病室の扉を開けて入ってきたのは、後輩の白井黒子だった。

 

黒子は神妙な面持ちで詩歌のいるベットに近づいてくる。いつもと違う雰囲気に訝しがる。

 

 

「あら、黒子さんでしたか……どうしたんですか? そんな思い詰めた顔して……」

 

 

黒子はベットの横に立つといきなり頭を下げる。

 

 

「詩歌先輩……入院している時にお願いするのは失礼だと思いますけれど、お姉様を……お姉様を助けてください!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

美琴は多くの才能に恵まれているだけでなく、Level1から努力のみでLevel5になった稀有な例として多くの学生に知られており、その功績は教育指導の模範とされてるため、多くの後輩や同輩から羨望の眼差しを向けられている。

 

それ故、気軽に話の出来る相手がほとんどいない。

 

そんな美琴にとって、詩歌は頼れる姉で、年相応の少女として素直に振舞える数少ない者の1人。

 

手続きのミスにより、美琴は詩歌と同じ小学校に通う事ができなかった時は、入学早々不登校になり、しばらくの間、美琴の母、御坂美鈴と詩歌を困らせていた。

 

1度、無断で転校をしようと試みたこともあった。

 

無事説得され、その後も通い続けていたが、神童ともいえる才能、急激に伸びていくLevel1により、学生だけじゃなく、教師ですら美琴を崇め始めてしまい、年が経つたびに学校の中で孤立していった。

 

そのせいか、年々、詩歌に対する依存度が高まり、小学校時代の美琴は放課後になるとすぐに、詩歌のいる学校を訪れていた。

 

常盤台中学に入り、詩歌と共に学校生活を送るようになってからは、周囲との壁も緩和され、少しずつ姉離れしていったが、それでも美琴と対等に相手できると思えるのはほとんどいなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「はぁー」

 

 

黒子を見送った後、詩歌は自分の迂闊さに溜息を吐く。

 

 

『お姉様は今一人で何か大変なものを抱え込んでいます。……でも、黒子には頼ってくださりません。……露払いを自称しているというのに、お姉様の力になれないというのは惨めでございます。……だからと言って、今のお姉様をこのまま見過ごすことはできません! ……だから……お姉様が最も頼りにしている詩歌先輩なら…きっと……お姉様の力に……』

 

 

そう黒子は頭を下げ続けながら、詩歌に美琴を助けて欲しいと嘆願した。

 

事情を知っている、というか当事者である詩歌はもちろん了承し、無力感を噛み締めている黒子を抱きしめながら慰めた。

 

しばらく、抱きしめた後、黒子はいつも通りの元気を取り戻し、<風紀委員>の業務に戻っていった。

 

ただ………

 

 

『……詩歌…お姉様…はっ、何を言っているんですか!? 黒子にとってお姉様はただ一人……しかし、お姉様にとって、詩歌先輩はお姉様……なら黒子にとっても、お姉様、いえ、大お姉様に違いありませんわ!!』

 

 

と、扉の前でぶつぶつと呟いた内容が少し気になった。

 

もしかすると、黒子を優しく慰めたのも迂闊だったのかもしれない……

 

とりあえず、そのことは脇に置いて、今の情報を考慮に入れて、再び思考回路を起動させる。

 

 

(迂闊でした……。たびたび美琴さんには連絡を取り合い、おとなしくしているように言い聞かせてはいたんですが、どうやら1人で暴走しているらしいですね。しかし……事の大きさから単独では行動しないだろうと思ってはいたんですが、何も相談もしてこないとは……)

 

 

そして、黒子という重りにより、徐々にだが詩歌の中の天秤が少しずつ美琴達の方へと傾き始めた。

 

 

(それに、連絡しても繋がりません。……これは―――ん?)

 

 

詩歌の携帯端末に新たな情報が舞い込んできた。

 

 

 

 

 

病理解析研究所

 

 

 

「さて……計画について知ってる情報を全て洗いざらい吐きなさい」

 

 

「あが……ぐぬ……」

 

 

アイテムの一員、フレンダは侵略者の電撃に体の機能が麻痺していた。

 

 

(くっ、何でこんなことに……)

 

 

フレンダは今の状況に堕ちるまでの事を回想する。

 

依頼の受けた<アイテム>はリーダーの麦野沈利の指示により、其々の配置を決めた。

 

フレンダは、研究施設の2つの内の1つ、病理解析研究所の防衛担当になった。

 

現地についた後、今までの手口から侵入経路を絞り込み、予め侵略者は高レベルの発電能力者である可能性が高いと知らされていたので、施設中にありとあらゆるところに罠や爆弾を仕掛け、対策の準備を万全にして、侵略者を今か今かと待ち構えていた。

 

だが、やってきた侵略者は自身の予想を上回っていた。

 

仕掛けた罠は全て掻い潜られ、爆弾も全て防がれた。

 

次々に対抗策を仕掛けていくが、全て無力化されてしまう。

 

最後にはったりを言って、能力を封じ、肉弾戦に持ち込んだが、予想外な事に暗部で鍛えられた自分よりも格闘技術が上であり、初手を捌かれた後、カウンターのような侵略者の上段回し蹴りにより文字通り一蹴されてしまった。

 

その後、結局嘘がばれ今の状況に至る。

 

 

「この計画を主導している面子は? あんた達を雇ったのは誰?」

 

 

(いや、私らも間に仲介人が挟まってるし)

 

 

尋問されながらも相手の隙を窺い、反撃しようと試みるが体が痺れてうまく動く事が出来ない。

 

 

「そういえば、さっき誰か来るみたいな事を言ってたわね。あんた見たいのが他にもいるの? 能力者ならその能力は?」

 

 

(はっ、そんなの教えるわけが……)

 

 

その時、内心を見抜いたのか、侵略者の怜悧な瞳が鋭い輝きを放つ。

 

 

(ッ!!?)

 

 

フレンダのすぐ横を掠めるように電撃の槍が放たれ、後ろに在った機材を一瞬でガラクタへと変えた。

 

 

「黒焦げになりたくなかったら、3秒以内に答えなさい」

 

 

(ひぃっ)

 

 

最早、侵略者の暴威の前に屈するしかなかった。

 

 

「3」

 

 

(わーっ!? 言う言う!)

 

 

「2」

 

 

(麦野達だったら、能力バレしたって、負けたりしないわよね!!)

 

 

「1」

 

 

「   」

 

 

(あれ?)

 

 

口をあけられるが舌がうまく動かない。

 

 

(しっ、舌が……痺れて声が出せない!?)

 

 

なんと計算外な事に、侵略者の電撃は体の自由だけでなく、声さえも奪ってしまった。

 

 

「0」

 

 

3秒過ぎてしまった。

 

フレンダの脳裏に自分が黒焦げになった姿が映る。

 

 

「そう、仲間は売れないって訳ね」

 

 

(違うの! 電撃で体の自由が……ッ)

 

 

「そういうの嫌いじゃないけどね―――ッ!!?」

 

 

瞬間、壁をぶち抜いた純白の光線が侵略者に襲いかかった。

 

 

 

 

 

Sプロセッサ社脳神経応用分析所

 

 

 

「はじめまして、あなたが……」

 

 

「御社の<学習装置>の監修を担当しました布束です」

 

 

 

 

 

病理解析研究所

 

 

 

ぶち抜かれてできた穴から、颯爽と遊撃担当の麦野と滝壺が現れた。

 

 

「あんまり静かだから殺られちゃったのかと思ったけど、危機一髪だったみたいね、フレンダ」

 

 

(麦野ぉ~~!!)

 

 

間一髪のところを助けられ、フレンダの両目に感動の涙が零れる。

 

 

(助かったぁぁ)

 

 

 

 

「まったく、私らが合流するまで足止めに徹しろって言っておいたのに」

 

 

(うっ)

 

 

「深追いした挙句、返り討ちにあって捕まっちゃうなんて」

 

 

(ううぅ……)

 

 

「撃破ボーナスに目が眩んだからって、何やってんだか」

 

 

(……ぐす……)

 

 

「ギャラの分配、考え直さなきゃねー」

 

 

(えっ?)

 

 

リーダーからの酷評に今度は悲嘆の涙が溢れ出る。

 

 

「大丈夫だよ、フレンダ。私はそんなフレンダを応援してる」

 

 

そこを脱力系の滝壺がフレンダを慰め、戦場に相応しくないほんわかな空気が流れる。

 

その時、3人に向かって巨大な鉄塊が飛んできた。

 

そのまま、麦野に直撃する。

 

 

「で……アレが噂のインベーダーね」

 

 

しかし、麦野は何事もなかったように平然と突っ立ている。

 

 

(防がれ……いや、消し飛ばされた?)

 

 

そして、そのまま指先を侵略者に合わせる。

 

次の瞬間、再び純白の光線が侵略者に襲いかかる。

 

侵略者は柱を垂直に駆け上がり、光線を回避する。

 

光線は機材に着弾し、爆発を巻き起こす。

 

 

(もう一度、様子見に……)

 

 

爆発で舞いあがってきた残骸を磁力で操ると先ほどと同じように麦野達へ飛ばす。

 

 

「器用なまねをするわね」

 

 

フレンダを強引に下がらせると、盾のようなものを展開する。

 

その盾は飛来してきた残骸を一瞬で消し飛ばした。

 

 

「壁に張り付いて逃げ回るなんて、まるでクモみたい」

 

 

「コイツ……ッ」

 

 

侵略者、美琴と<アイテム>のリーダー、麦野との間に熾烈な火花が飛び散る。

 

 

「滝壺」

 

 

麦野は白い粉末の入ったケースを滝壺に投げ渡す。

 

 

「使っときなさい」

 

 

「うん、わかった」

 

 

滝壺は白い粉末を少し舐める。

 

その瞬間、滝壺の目に機械的な光が灯り始めた。

 

 

 

 

 

Sプロセッサ社脳神経応用分析所

 

 

 

「あっちの方うまくやってますかね?」

 

 

「カメラをはじめ外部からの確認手段は全て切断してるから何とも言えないなぁ」

 

 

「そういえば、こちらに応援に来たのは、年端もいかない小学生みたいな女の子でしたが……」

 

 

「ん? あの子は、中学生ぐらいだろう?まあ、どちらにせよ、暗部の掃除屋だ。外見なんかあてにならんさ」

 

 

「年端もいかないと言えば、あの布束という少女、何故呼び戻したんですか?」

 

 

「そりゃ、アレだ。ここが襲撃された時に備えてだな……」

 

 

「?」

 

 

「万が一があった時に責任をとる人間が必要だろう? トカゲのしっぽを用意しておけば安心というわけさ」

 

 

「はぁ…世知辛い世の中っすねェ…―――そ…それって、俺達も尻尾なんじゃあ……」

 

 

「ハハッ、今頃気づいたのか―――おっと、通り過ぎるところだった。お待たせしてます、布束さ…―――あれ? 布束さん? ……トイレかな?」

 

 

 

 

 

病理解析研究所

 

 

 

美琴と麦野、単体で軍と渡り合えるLevel5同士の戦闘。

 

その余波は凄まじく、このままいけば施設は解体されてしまうだろう。

 

美琴は麦野の攻撃を回避するとカウンターの電撃を麦野にお見舞いする。

 

 

(かわした!? いや、電撃を強制的に曲げてる?)

 

 

しかし、美琴が放った電撃は麦野を避けるかのように曲がっていってしまった。

 

そして、研究所内を純白に塗り潰すかのように、麦野はいくつもの光の軌跡を描き出す。

 

原子崩し(メルトダウナー)>。

 

電子を波と粒子のどちらでもない状態に固定し、自在に操る能力。

 

結果として、固定された電子は、ほとんど質量を持たない壁として機能し、その壁を高速で動かし叩きつけることで圧倒的な破壊を引き起こす

 

ただ、威力が強すぎるので目標設定は慎重に行う必要があり、自然と発動は遅くなってしまい、反動も大きいので、無意識下でリミッターを設けている。

 

しかし、それでも、その電子線の圧倒的な破壊力は十分な脅威である。

 

 

(アイツはヤバい!! これは詩歌さんの共鳴と同じように…おそらく、私のAIM 拡散力場を……)

 

 

さらに、美琴は自分を捉えて離さない滝壺の機械のような瞳にも脅威を抱いていた。

 

滝壺の<能力追跡(AIMストーカー)>。

 

暴走状態にならなければできないが、一度記憶したAIM拡散力場の持ち主を捕捉し、たとえ太陽系の外まで逃れても居場所を探知できる能力。

 

 

「フレンダ」

 

 

「オッケー。結局、施設中に仕掛けといて正解だった訳よ」

 

 

2人だけでなく、痺れから回復したフレンダもこの戦闘に加わり、美琴を妨害するように次々と施設に仕掛けていた罠や爆弾を作動させる。

 

 

「くッ」

 

 

美琴は縦横無尽に高速で移動しているが、反撃する余裕がなく。

 

暗部の戦いで培われた3人の連携の前に防戦一方である。

 

 

(あんなのを3人も相手をするのは分が悪い。施設の破壊を優先しよう)

 

 

3対1という不利な状況に迷わず逃げの選択をする。

 

麦野があけた穴から戦線離脱し、追撃を喰らわないように迂回しながら、全速力で3人から離れていく。

 

 

(追ってきた奴だけ各個撃破して―――ッ!?)

 

 

瞬間、美琴のすぐ近くを電子線が通り過ぎた。

 

そして、美琴をピンポイントで狙っているかのように次々と電子線が美琴に襲いかかる。

 

 

(間違いない。アイツが私の位置を……)

 

 

遮蔽物ごと敵を粉砕する光、<原子崩し>。

 

どこに隠れようと敵の位置を察知する、<能力追跡>。

 

この二つの組み合わせは凶悪で、どこに逃げようと敵を追撃していく。

 

 

(マズい! このタイミング、かわせない!)

 

 

そして、麦野の波状攻撃がとうとう美琴の真正面を捉えた。

 

しかも、一発だけでなく、その後ろに追い打ちをかけるようにもう一発。

 

絶体絶命の危機の中、美琴の脳裏に昔の思い出が甦った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「流石、詩歌さんですねー…まさか、そんなことまでできるなんて……」

 

 

「あら、美琴さんもちょっとしたコツを掴めばできますよ。だって、これは美琴さんの能力なんですから」

 

 

「いくら私でも他人が放った電撃をそんなふうに“掴み取る”事なんて出来ませんよ」

 

 

詩歌の手の上に美琴が放った電撃が固形物になったように空中で固定されていた。

 

 

「全く、もうすぐLevel5になろうとしているのに、そんなに弱気でどうするんですか。大丈夫です。美琴さんは私の妹なんですから、きっとできます。飛んできたシャボン玉を割らないように繊細に握りしめるような感じで――――」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(おそらく、私の電撃を曲げたことから、アイツの能力は根っこの所では私と同種のもの……!)

 

 

美琴は自身の性能を強化し、先に迫りくる電子線に右手を合わせる。

 

 

(シャボン玉を割らないように繊細に…――今っ!)

 

 

右手に電子線が触れる直前、全身を回転扉のように回転させる。

 

すると、電子線も美琴に連れ添うように回転する。

 

<原子崩し>が放つ電子線、正式名称、粒機波形高速砲は曖昧なまま固定された電子の塊のようなものである。

 

つまり、電子操作能力を持つ電撃使いなら、ある程度の干渉ができ、電子線を曲げる事が可能である。

 

だが、その電子線はLevel5の麦野が放ったもの。

 

並大抵の電撃使いなら電子線のベクトルを逸らすだけですら不可能である。

 

 

「お返しするわよ」

 

 

だが、美琴は逸らすどころか、電子線のベクトルを180度変えた。

 

理論上、電撃使いが電子線を曲げる事ができるとはいえ、Level5の放つ電子線を180度、曲げるのは、同じくらい力があるLevel5の美琴でも困難である。

 

しかし、美琴はその至難の技を為し得た。

 

180度向きを変えられた電子線は、その後ろに続いていたもう1つの電子線と相殺される。

 

 

「やった! 成功した! 良し、この調子で―――!?」

 

 

しかし、その代償は大きかった。

 

というよりは、短期間で、しかもほぼ不眠不休で多くの研究施設を潰してきたことにより蓄積してきた疲労が今ので限界を迎えた。

 

いくら詩歌の入院中に、と焦っていても休むべきだったのだ。

 

肉体、精神、能力のスタミナがとうとう底をついてしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「私の<原子崩し>を曲げた……!?」

 

 

麦野は自身が放った電子線が曲げられたのを感じた。

 

 

(私の<原子崩し>を曲げられる奴なんて……なるほどね、そういうことか……)

 

 

「フレンダ、滝壺を連れて絹旗と合流しなさい」

 

 

麦野は振り返ると後ろにいる二人に指示を出す。

 

 

「私……まだやれるよ!」

 

 

そう言っているが、滝壺はもう自分の足で立つことさえできず、フレンダに支えられていた。

 

<能力追跡>は能力を意図的に暴走させる事で発動する無理筋の力。

 

つまり、使用には限度がある。

 

今の状態から察すると、滝壺はもうそろそろ限界が近いのかもしれない。

 

 

「滝壺のためだけじゃないわ。フレンダもあのクモ女から受けたダメージが深刻なはずでしょう。いつもよりも動きが悪いわ」

 

 

麦野の指摘通り、フレンダは美琴との戦闘によるダメージは今だに抜けきってはいなかった。

 

 

「万が一、滝壺に限界が来た場合、敵の反撃を察知できない。私一人であなた達を守りきるのは、流石に難しいわ。あなた達がここにいるのは危険よ。退きなさい」

 

 

麦野の正論に2人は申し訳なさそうに顔を合わせる。

 

 

「ごめんね。足引っぱって……」

 

 

フレンダが途中で戦線離脱するのを申し訳なさそうに、麦野に謝る。

 

すると、麦野は微笑みながらフレンダの髪をくしゃくしゃにする。

 

 

「別に責めてなんかないわよ。むしろよくやってくれたわ。二人のお陰で相手は虫の息だしね。後詰めは絹旗に任せて休んでなさい」

 

 

麦野の慈悲にしばらく呆けた後、二人は指示通り戦線から離脱した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

1人になった麦野は侵略者がくるであろうと予測しているこの施設の拠点に足を向ける。

 

 

(まあ、数で圧倒して勝ちを拾ったとか言われたら癪だしね)

 

 

移動中、麦野は徐々に腹からわき上がる感情を抑えきれず、先ほど二人に見せた慈悲深い微笑みではなく、凶暴な笑みを浮かべる。

 

 

(第3位の超能力者。常盤台の<超電磁砲>!!)

 

 

電気回線を使ったテロ。

 

電気的なセキュリティに引っかからない。

 

見た目が中学生くらいの少女。

 

そして、<原子崩し>を曲げられるほどの力をもった発電能力者。

 

これらの情報から、麦野は侵略者の正体が御坂美琴である事を掴むことができた。

 

 

(<超電磁砲>をブチ殺せば、私の方が上だって証明できる)

 

 

麦野は自身の能力開発した研究者達から、生体本能にセーブされていなければ<超電磁砲>ですら瞬殺できると言われ続けていた。

 

だが、実際にセーブを外して全力を出してしまえば、その反動で自信の身体も消し飛ばしてしまう。

 

そのため、研究者達の言葉は負け惜しみで、麦野もそのことを重々承知していた。

 

それ故、<超電磁砲>、美琴に抱く敵愾心は大きい。

 

だからこそ、麦野はこの絶好の機会に逃すつもりはない。

 

自分の手で仕留める事ができる機会を絶対に逃すつもりはない。

 

その後、麦野は獲物を前にした肉食獣のように、獰猛な笑みを浮かべながら、拠点まで足を運んだ。

 

 

 

 

 

Sプロセッサ社脳神経応用分析所

 

 

 

「関係者である可能性を考慮して、上に連絡を取りましたが、データ類の移送が完了するまではここへの立ち入りは超禁止との事でした」

 

 

布束は背後をとられた何者かに頭を掴まれ、叩きつけられた。

 

 

「襲撃犯は単独犯であると推測されているが、一方の襲撃が超陽動である可能性を捨てるべきではない」

 

 

姿は見えないが声から察すると、自分よりも年下の女の子であろう。

 

 

「ぐ…あ……」

 

 

しかし、頭を掴んでいる握力は、少女にあるまじきものだった。

 

 

「防衛組はもう一方の施設襲撃の報を受けても、対処は遊撃隊に任せて、自陣を超堅守する事」

 

 

あと少しだった。

 

あと少しで絶対進化計画を潰すことができるかもしれなかった。

 

研究者のLevel6に対する執念を知っていた布束は、美琴が全ての施設を襲撃しても計画が中止されることはないとわかっていた。

 

それに、この実験は学園都市上層部が企ているもの。

 

例え、全ての施設がなくなろうと新たな施設が造られるだけに過ぎない。

 

だから、布束は施設ではなく<妹達>に目をつけた。

 

もし、<妹達>に感情が芽生えれば何かが変わるかもしれない。

 

死を当然の事と受容してきた<妹達>の中から、その運命を嘆くものが現れるかもしれない。

 

その姿に、自分と同じように実験動物以上のものを感じ取る研究者が現れるかもしれない。

 

そして、万が一にもありえない事だが、これ以上戦いたくないという彼女達の声が、誰かの心を動かすかもしれない。

 

その奇跡を願って、布束は<学習装置>に入力する疑似的な感情のデータを作り上げた。

 

 

「どうやら、麦野の読みは超当たったようですね」

 

 

しかし、そのデータを<妹達>に入力する事は出来なかった。

 

あと一歩が届かなかった。

 

 

 

 

 

病理解析研究所

 

 

 

(攻撃が止んだ? 見逃そうって訳じゃないだろうし、こちらの出方を窺ってるの?)

 

 

美琴は突然止んだ追撃を訝しつつも、一歩一歩、この施設の拠点へ足を運んでいた。

 

 

(相手の居場所を特定できる能力者がいるのなら、隠れようとしたのは完全に裏目……でも、相手を前にした所で、あいつらと戦えるような力はもう……)

 

 

美琴にはもうほとんど力が残されていない。

 

 

(それでも、一刻も早くこの計画を潰さなきゃ……)

 

 

しかし、それでも美琴は止まらない。

 

最早、執念のみで前へと進み続ける。

 

 

「見ーつけた」

 

 

だが、ほぼ電池切れの美琴は、曲がり角に誰かがいる事を察知する事ができなかった。

 

 

「しま―――ぐっ」

 

 

振り向く前に、突如横から現れた影は美琴に当て身を喰らわせる。

 

 

(油断した。まさか直接奇襲を仕掛けて来るなんて……)

 

 

美琴はそのまま意識を闇の中へと突き落とされた。

 

 

 

 

 

繁華街

 

 

 

夜の繁華街を当麻は必死に駆け回っていた。

 

 

「どこにいるんだ?」

 

 

当麻は病院から一通の報告を受けた。

 

 

『君の妹の詩歌君がどうやら病院を抜け出したようでね? 君の所にいないかと連絡したんだが、どうやら違うみたいだね?』

 

『彼女の怪我は治りかけてはいるが、通常なら1週間はかかるものでね? 今、無理な運動をすると傷が広がる可能性があるんだよ?』

 

 

(あの馬鹿妹! 病院を抜け出して何考えてやがる!)

 

 

病院からの連絡が終わった後、すぐに詩歌の携帯に電話したが、繋がらない。

 

いつもならワンコールで繋がるはずの詩歌の携帯に全く繋がらない。

 

 

「くそったれ!」

 

 

すぐに捜しに出かけたが、詩歌がどこにいるかなんて分かるはずがない。

 

だから、虱潰しに駆けずり回る。

 

闇雲にでも走って、詩歌を捜し出すしかない。

 

 

「自分を置いていくなって言ったくせに、俺を置いて一人で行くなんて……ふざけんじゃねぇぞ!!」

 

 

妹の身を案じながら、当麻は夜の学園都市を彷徨いながら、走り続けた。

 

 

 

つづく


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