とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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絶対能力者編 迷走

絶対能力者編 迷走

 

 

 

とある研究所

 

 

 

「何事でス?」

 

 

先ほどから、この研究所内で警報が鳴り響いていた。

 

 

「品雨大学付属DNAマップ解析ラボ第1棟で火災が発生しました」

 

 

一人の部下である研究員が、この施設に雇われたアドバイザーに先ほど発生した事件について報告する。

 

 

「原因と被害の規模ハ?」

 

 

「現在調査中です」

 

 

これからの指示を仰ごうとした時、また別の部下が、二人の元へ駆けこんでいく。

 

 

「たたた、大変です! 研究所で火災が……!!」

 

 

「既にその報告は受けましタ」

 

 

「別件です! 被災地は磁気異常研ラボです!!」

 

 

先ほどの被害報告から間を置かず、新たな被害が発生したことに最初の報告しに来た部下は絶句する。

 

 

「「!」」

 

 

しかも別件はそれだけではなかった。

 

 

「蘭学医療研究所で火災が……!?」

 

 

「バイオ医研細胞研究所の施設で爆発事故が発生!」

 

 

「動研思考能力研究局からの通信が途絶しました!」

 

 

「品雨大学のDNA解析ラボ……第2・第3・第5からも火の手が……!!」

 

 

次々と舞い込んでくる被害報告に責任者は眉をひそめる。

 

 

「テロリストの攻撃手段ハ?」

 

 

「外部からの襲撃の形跡なし。侵入者の目撃情報もありません。……突然機材が爆発したと……」

 

 

「いや! 判明しました。サイバーテロです!! 犯人は通信回路から攻撃を仕掛けてます!」

 

 

突然の正体不明な襲撃に研究員達が頭を抱えた時、一人の研究員が原因を突き止めた。

 

 

「能力者カ」

 

 

「外部からの通信を全て遮断しろ! 電気的な通信手段は使用禁止。連絡用のスタッフを組織して往復させろ!」

 

 

原因を突き止めるや否や研究員達は即座に対応を開始した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「チッ、思ったよりも早く気付かれたわね。……それでも7割方潰すことはできたし、ここからは―――直接殴り込みね」

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

夕方、ただ静かに詩歌は文学少女のように読書をしていた。

 

当麻とインデックスが最後だったのか、見舞客が病室に訪れなくなったため、詩歌は病院から借りた本を読みながら、昨夜のこと、そして、これからのことについて考えを深めていた。

 

 

(さて……これから、どうしましょうか……まず、何をするにも情報が必要ですが―――ん?)

 

 

その時、詩歌は自分の病室の前で気配が立ち止まったのを感じた。

 

 

「あらあら」

 

 

詩歌は扉を開けた小さな訪問者に、相好を崩し、微笑みを向ける。

 

 

「詩歌お姉ちゃん、お見舞いに来たよ」

 

 

現われたのは、赤いランドセルを背負った金髪ツインテールの少女、木原名由他だった。

 

 

「名由他さん、お見舞いに来てくれてありがとうございます」

 

 

「冥土帰し先生から聞いたけど、怪我は大丈夫?」

 

 

「はい、もう、歩く事が出来るくらいに回復してますよ。名由他さんも身体の具合はどうですか?」

 

 

「うん、いい感じだよ。前よりも早く動けるし、流石、冥土帰し先生だね」

 

 

美琴との戦闘により半分ほどの擬体が破損してしまった名由他は、これを機に新しい擬体と交換する為にしばらくカエル顔の医者にお世話になっていた。

 

 

「ふふふ、あの子達は元気にしてますか?」

 

 

そして、擬体が交換し終わった後、能力体結晶投与実験の被験者、枝先絆理達と感動の再会をし、今では木山と共に彼女達の治療を行っている。

 

 

「うん、絆理お姉ちゃん達、今のところは、体晶の影響もなく元気に過ごしているし、この調子なら夏休みが明ける前に普通の生活に戻れるよ。本当に詩歌お姉ちゃんのおかげだよ」

 

 

詩歌も盛夏祭の後に、彼女達に会いに行き、<幻想投影>で診たが彼女達のAIM拡散力場は安定していた。

 

 

「それは、よかったですね、名由他さん。私も頑張った甲斐がありますよ」

 

 

「うん……」

 

 

しばらく和やかな雰囲気が流れた後、名由他はランドセルを前に抱え、真剣な表情で詩歌を見つめる。

 

 

「……詩歌お姉ちゃん……昨夜、第1位と戦闘したでしょう?」

 

 

その名由他の確信した表情での断言に、詩歌は言い逃れができないと感じた。

 

 

「……どこで、そのことを?」

 

 

微笑みを僅かたりとも崩さず、名由他に問う。

 

 

「今、裏では第1位が常盤台の学生と痛み分けしたって噂が広まってるんだよ。皆、その常盤台の学生は美琴お姉ちゃんだと考えてるみたいだけど、それって、詩歌お姉ちゃんだよね?」

 

 

「……、」

 

 

何も言わないが、名由他はその沈黙を是だと判断する。

 

 

「やっぱり、そうみたいだね。……ということは、あの実験の事知っちゃたんだ」

 

 

名由他はそう言うと、ランドセルの中から受信器具を取り出す。

 

 

「これは、専用の受信機……これをつければ、私のパソコンからのデータを受信する事ができるよ」

 

 

名由他は取り出した受信機を詩歌へ手渡す。

 

 

「私はその実験について詳しくは知らないし、あまり関わりたくなかったけど、詩歌お姉ちゃんが関与するつもりなら話は別」

 

 

名由他は、数多くのLevel0に力を開花させてきた詩歌の事を尊敬していたし、憧れを抱いていた。

 

さらに、自身の命を賭けてでも、約束通りに絆理達を救ってくれた詩歌に多大な恩義を感じていた。

 

 

「私なら、叔父さんが第1位の能力開発に関わっていたし、詩歌お姉ちゃんが今、欲しがっている情報を集めることができるよ」

 

 

名由他は落ちこぼれと言われているが、木原一族の一員。

 

一族の伝手を使えば、学園都市の裏についてもある程度調べる事ができる。

 

 

「この世の中はね、大体において等価なんだよ。簡単に言うと、ギブ・アンド・テイク。人は与えられた分しか、与えられない。何かを得ようと思ったら、何かを差し出さなきゃいけないんだよ」

 

 

名由他は、詩歌に少しでも恩返しがしたかった。

 

絆理達と自分を救ってくれた詩歌に恩返しがしたかった。

 

だから、この件に関して協力する事を決めた。

 

 

「だから、無償で私達を救ってくれた詩歌お姉ちゃんを無償で助けてあげるよ。借りがあると、いつまでも詩歌お姉ちゃんと対等になれないしね」

 

 

今の名由他の目標は詩歌。

 

目標とはいつか追い抜くためにあるもの。

 

そのために、いつまでも目標である詩歌に借りを作ったままではいられない。

 

 

「そうですか。……名由他さん、本当にありがとうございます」

 

 

詩歌は感謝の念を込めて頭を下げる。

 

 

「じゃあ、情報が入ったら、すぐに詩歌お姉ちゃんに報せるね」

 

 

そう言い残し、少し恥ずかしそうに名由他は病室から立ち去って行った。

 

 

 

 

 

研究所

 

 

 

「DNA解析ラボ第1~第4棟全焼。バイオ医研細胞研究所半壊。その他14ケ所の施設が再起不能状態で―――」

 

 

先ほどの被害報告を、アドバイザーは爪の手入れをしながら聞いていると一人の部下が部屋の中に駆け込んできた。

 

 

「流電スポーツ人間工学開発センターに半壊! 襲撃者に機材とデータの類を全て破壊されたました」

 

 

「何だと!?」

 

 

対応したはずなのに、再び舞い込んできた被害報告に報告を読み上げていた部下は手に持っていた用紙を落としてしまう。

 

 

「襲撃者に関する情報ハ」

 

 

責任者は慌てず、爪の手入れをしながら部下に襲撃者の情報を聞き出す。

 

 

「い、いえ、セキュリティが全く作動していなかったらしく、監視カメラの全てが襲撃者を捉える事が出来ず、意識の回復した警備員から聞いてみたのですが、襲撃者がどのような容姿をしていたかは確認する事ができなかったそうです。ただ……清掃員からの報告で見掛けない少女が施設に入ったのを目撃したとのことです」

 

 

(ン……通信回線を使ったサイバーテロ、セキュリティが反応しない、そして、少女……これはもしかすると、犯人は彼女かもしれませんネ。だとしたら、我々には対抗できる戦力はありませン…ふム……)

 

 

アドバイザーは爪の手入れが終わるまで、考え事を続けた。

 

 

 

 

 

常盤台女子寮 美琴と黒子の部屋

 

 

 

美琴は部屋に入ると、倒れるようにベットに突っ伏してしまう。

 

そのまま荒い息を吐きながら、目を閉じる。

 

 

(ダメ…よ。今この瞬間も実験は行われているかもしれないんだから……それに詩歌さんが動き出す前に全てを……)

 

 

制限時間は残り3日。

 

いやもっと早いかもしれない。

 

起き上がろうとした時、突如ドアノブが回った。

 

 

「あ! お姉様、帰ってらっしゃったのですね」

 

 

そして、ドアが開けて入ってきたのは、この部屋のもう1人の住人である白井黒子がだった。

 

 

「何よ黒子、私が自分の部屋にいちゃ悪いってことなの?」

 

 

美琴は咄嗟に呼吸を整え、何事もなかったように振舞う。

 

詩歌を関わらせるのも駄目だが、この後輩も巻き込ませる訳にはいかない。

 

 

「いえいえ、昨日はお戻りになられませんでしたし、お姉様を捜しに行った詩歌先輩が事故にあったと聞きましたので…―――」

 

 

黒子はただ心配して、何の悪気はないのだろう。

 

しかし、

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、フラッシュバックのように美琴の脳裏に両手両足が血塗れで倒れる詩歌の姿が浮かび上がる。

 

トラウマのような光景は、美琴の精神に何本もの絶望という杭を突き刺した。

 

 

「……へぇー、そうなんだ……」

 

 

美琴は黒子に今にも溢れだしそうな激情を悟られないように、感情を押し殺す。

 

そうでもしないと、後輩、黒子の目の前で苦痛の叫び声をあげてしまう。

 

 

「お姉様?」

 

 

何か、おかしい。

 

姉も同然の詩歌が入院したというのに、あまりにも美琴の淡白な反応に訝しがる。

 

 

「ごめん、黒子。ちょっと用事ができたわ。寮監、うまく誤魔化しておいてくれる?」

 

 

「お姉っ…―――」

 

 

そう言うと、黒子の制止を振り切り、美琴は部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

黒子は美琴を見送った後、扉に背を預け、

 

 

「何か大変な事を抱え込んでおられるのは一目瞭然ですのに……黒子では頼っていたただけませんのね。でも……詩歌先輩なら…きっと…―――」

 

 

と、悲しげにポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

「これからミサカはどうすればいいのでしょうか……」

 

 

冥土帰しにより病院を出ることを禁じられた9982号は何をする事も出来ず、ただ中庭でぼんやりしていた。

 

自分は実験動物だ。

 

メンテナンスを受ける必要はあるのだろうが、ここまでの治療を受けては経費の無駄ではないかと思う……

 

その時、足元から、みー、と子猫の鳴き声が聞こえた。

 

車椅子から身を乗り出して足元を見てみるとそこには1匹の黒猫がいた。

 

 

「お姉様と初めて会った時の……」

 

 

触れようと手を伸ばした時、黒猫は逃げ出してしまう。

 

 

「あ」

 

 

そして、黒猫はこちらに歩み寄る少女の足元に懐くように体を擦りつける。

 

その少女は子猫に微笑みかけると、黒猫を抱きあげる。

 

子猫は、みーという鳴き声をあげると少女の胸の中で安らかな眠りにつく。

 

 

「あなたは……」

 

 

「こんにちは。私、上条詩歌といいます。……えーと、ミサカさんでいいですか?」

 

 

迷える子羊を導くかのように、聖母が目の前に現れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「さて……約束通り、説教しに来ました」

 

 

「は?」

 

 

詩歌は変わらずにこやかに微笑んでいるが、発せられる雰囲気は包み込むようなものから、抑えつけられるほどの重圧に激変した。

 

いつのまにか、左手には鞭を持っている。

 

9982号の体は石のように固まってしまい、詩歌から目を離せなくなる。

 

黒猫は何事もなかったように詩歌の右腕に抱かれながら寝息をたてている。

 

 

(いきなり全身に重石がつけられたかのような……つーか、どこから鞭を取り出したんだよ、とミサカは疑問に思います)

 

 

9982号の疑念を他所に、詩歌は、これまたどこから取り出したのか柔らかそうなクッションを少し遠いところにあるベンチの上に敷き、その上に黒猫をそっと置く。

 

 

パンッ!!

 

 

そして、こちらを向き直るや否や軽く腕を振るい、鞭を9982号の目の前に叩きつける。

 

その地面を打つ音が響き渡り、空気が切り裂かれ、土が破裂して跳ね跳んだ。

 

史上最強の猛獣すらも震え上がらせるような調教師の目に、反射的に背筋が伸びる。

 

さらに、一瞬だけ、9982号はサー、という言葉が口から零れ出そうになった。

 

 

「ふふふ、できれば正座でもさせたかったんですが、怪我なら仕方がありません。しかし、最近、アイアンクローに耐性ができた当麻さんをお仕置きする為に、鞭の練習をしましたが、こう役に立つとは……人生何事も経験ですね」

 

 

その時、『んん!?』と当麻は背中に得体の知れない悪寒を感じた。

 

 

「さて…まずは、私の言うことを素直になるように、徹底的に、体に染み付くくらい調―――いえ、お話をしますか……一度、当麻さんにやる前に練習したかったのでちょうどよかったです」

 

 

当麻は、先ほどよりも強烈な悪寒を感じた。

 

そして、9982号は冷汗が止まらず、体全体が震えあがる。

 

感情がプログラムされてないはずなのに、9982号は詩歌に恐怖を感じていた。

 

 

「全く、心が痛みます。……最近、私の言う事をなかなか聞かないやんちゃで生意気な可愛らしい妹の美琴さんと瓜二つなんですから、姉として、本当に心が痛みます」

 

 

心が痛むと言っているが、詩歌は楽しそうな顔をしている。

 

まるで、日頃の鬱憤を晴らせるかのように……

 

 

「そ、その鞭は必要な―――」

 

 

パンッ!!

 

 

9982号の言葉を遮るように鞭が再び叩きつけられた。

 

そして、詩歌は、口答えは許さない、と書かれているかのような黒い微笑みを9982号に向ける。

 

 

「それでは、お話をしましょう。……楽しく、ね」

 

 

その時、9982号は自分の中から何かが折れた音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ふぅー、楽しいお話は疲れますね」

 

 

あれから10分後、9982号と楽しくお話? をした詩歌はいい仕事をしたとばかりに額の汗を拭う仕草をする。

 

仕舞ったのだろうか、鞭はいつの間にか詩歌の手元から消えていた。

 

 

「さて、9982号さん」

 

 

「はい、何でしょうか、女王―――いえ、詩歌お姉様とミサカはすぐに返事します」

 

 

躾が施された犬のように、9982号は詩歌の呼び声に返事する。

 

空白の10分間に何があったかは知らなし、どこも叩かれてはいないのだが、どうやら9982号は詩歌に対してとても従順になったようだ。

 

 

「これからあなたに授業を行います」

 

 

「授業…ですか……?」

 

 

授業、確かに自分は些か常識知らずなのかもしれない。

 

でも、そうだとしても、自分に必要な知識は『実験』の事だけで十分だ……と思う。

 

 

「まあ、授業と言ってもこれは教える事ではありません。これは、自分で考え、感じなければ意味がありません」

 

 

そう言いながら、詩歌は先ほどからクッションの上ですやすやと眠っている黒猫を起こさないようそっと抱きあげる。

 

 

「あなたは自分自身についてどのようにお考えですか?」

 

 

「Level6を生み出す為に造り出された単価18万円の実験動物ですとミサカは答えます」

 

 

9982号は詩歌の問いに淀みなく迷いなく応える。

 

 

「それは、研究者の答えです。私は、研究者が教えた答えではなく、あなた自身が考えた答えを聞いています」

 

 

「私自身の……」

 

 

9982号は自分自身について思考を働かせるが、うまく答えを出す事が出来ない。

 

実験動物としか自分の命の価値を教え込まれてない真っ白なキャンパスのような思考では、答えを出すどころか、それ以外何も考える事が出来ない。

 

 

「予想はしていましたが、あなたは考える以前の問題で、まだまだ心が未熟です。だから、心を鍛える為に特別に先生を用意しました」

 

 

だから、詩歌は考えさせる為に、その真っ白なキャンパスを9982号自身で染められる為に、別の色の絵の具を作り出させることにした。

 

 

「もしかして、この子が先生ですか? とミサカはまさかと思いながら問いかけます」

 

 

胸に抱いた黒猫を、9982号の膝の上にそっと乗せる。

 

一瞬、ビクッと動いたが、それでも黒猫は寝むり続けている。

 

 

「はい、そうです。しばらく一緒にいて、この子の温もり、鼓動、重さから命について感じ取りなさい。そして、美琴さんが何故第1位に立ち向かったのかを、実験動物ではなく、造り物ではなく、世界でただ一人しかいないあなた個人の考えで答えを出しなさい」

 

 

9982号は黒猫に恐る恐る触れる。

 

 

「世界でただ一人しかいない……」

 

 

黒猫の命を感じながら、美琴と過ごした時間を思い出しながら、詩歌の問いについて考える。

 

どのような絵を描きたいのか、どのような答えを出したいのかを必死に考える。

 

 

「その答えが出せれば、自分の価値について、自分自身の答えが出せると思います。ちなみに、会ったばかりですが、私はあなたの事を実験動物ではなく、ただ一人の女の子だと思っています」

 

 

詩歌は9982号の頭を優しく撫でながら、慈悲に満ちた笑みをむける。

 

その微笑みは脳裏に焼き付いた。

 

その言葉は体の中に響き渡った。

 

そして、頭から伝わる温もりに何かを満たされた気がした。

 

 

「ふふふ、これは宿題です。期限は設けませんが、なるべく早めにお願いしますね」

 

 

自分の事を実験動物ではなく一人の人間として見てくれた詩歌に、自分自身で考えだした答えを伝えてみたいと思った。

 

いつになるかは分からないけど、その宿題を終わらせる前に死ぬのは嫌だなと9982号は思った。

 

 

 

 

 

廃工場

 

 

 

人気のない廃工場。

 

その中は、壁も床も飛び散った血で赤黒く染まり、咽返るような血の匂いが充満していた。

 

そして、至る所に粗大ごみのような塊が散乱していた。

 

 

「おい、いつまで実験を続けンだァ?」

 

 

真っ赤に染まった工場の中、唯一染まってない真っ白な少年、一方通行は目の前の少女、10031号に問い掛ける。

 

 

「この工場内にいるミサカ達を処理してからですとミサカは問いに答えます」

 

 

粗大ごみのような塊は全て同じ顔をした少女、<妹達>。

 

10031号を除いた全員は、血塗れで手足が折れ曲がっているが、辛うじて息をしていた。

 

そう生きているのだ。

 

まだ………

 

 

「あなたは今日実験が始まってから一人も殺していません。これでは、いつまでも実験は終わりませんとミサカは何故殺さないのかと問いかけます」

 

 

今日の実験は一方通行の持久力を消費させる事で攻略するというもので、10人による<妹達>が連続で一方通行に戦いを挑んでいた。

 

一方通行は怪我の影響を感じさせない程の暴威を振るうが、戦闘不能に留めるのみで、誰一人に止めを刺さなかった。

 

ただ、必ず武器を破壊し、念入りに四肢の骨を粉砕している。

 

まるで、これ以上実験に参加できなくさせているかのように……

 

しかし、誰一人止めを刺していないので、実験は終了せず、延長戦という事で次の<妹達>が一方通行に挑みにかかった。

 

それでも、一方通行は止めを刺さず、行動不能にさせるのみ。

 

一昨日までは必ず止めを刺していたというのに……

 

10031号はそれ以外にも今日の一方通行はいつもと比べると様子が変であることに気付いていた。

 

いつもは<妹達>が攻撃するまで何もしないというのに、一方通行から積極的に仕掛けて来る。

 

さらに、いつもより過激に罵倒しているが、行動不能にさせたら、火を消したようにテンションが下がり、『つまンねェ…』、『飽きた…』、『めンどくせェ…』などと言って止めを刺すのを止めてしまう。

 

そのことを何度指摘しても『これ以上やっても意味がねェ』の一点張り。

 

そして……時折、頬を気にしている。

 

昨夜の乱入者との戦闘でできた怪我は全て完治している。

 

だというのに、時々、激痛を感じたように顔を顰める。

 

感情のない<妹達>にはそれが何を示しているのかは分からない。

 

気付く事は出来ても答えを出す事は出来ない。

 

 

「はァ? ゲームじゃねェンだ。テメェら雑魚を潰したって、経験値なンて入るわけねェだろーが」

 

 

「しかし、あなたがLevel6になるには<妹達>を2万体処理しなくてはなりません。これは<樹形図の設計者>が導き出した答えです」

 

 

<樹形図の設計者>、衛星軌道上に存在する人工衛星の一機に内蔵された世界一高性能なスーパーコンピュータで予測を超えた預言が可能。

 

その<樹形図の設計者>が出した答えは絶対であり、完全な確定事項である。

 

 

「だから―――」

 

 

瞬間、一方通行の姿が消えた。

 

 

「人形のくせにごちゃごちゃうるせェぞ」

 

 

何が起きたのかすら分からず、10031号は地面に叩きつけられる。

 

 

「そンなこと、テメェらに言われなくても分かってンだよ。そンなに、死にてェなら殺してやンぞ」

 

 

荒ぶる感情のまま一方通行は10031号を踏み抜き、腹に風穴を開ける。

 

工場全体を震わせ、床に鮮血と共に臓物が飛び散る。

 

 

「チィッ……」

 

 

腸をぶちまけられた10031号を見て、一方通行はどこか後悔しているかのような表情で舌打ちをする。

 

 

こんなはず…こんなはずじゃないのに……

 

 

その時、舌打ちに反応したのか、10031号の口が動く。

 

 

「あー……く…ん」

 

 

瞬間、一方通行の頭の中が真っ白になった。

 

そして、怪我は完治しているはずなのに頬が、いや、頭が張り裂けそうなほどの激痛を感じた。

 

 

やめろ! …やめてくれ! これ以上――――

 

 

「……まだ、怪我が治ってねェようだ。……今日の実験はこれで終わりだ……」

 

 

そうして、一方通行は昨日と同じようにこの場から立ち去って行った。

 

 

 

 

 

病院 詩歌の病室

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ―――今のは……」

 

 

逸る鼓動を抑えるように、冷蔵庫に保存しているインデックスが買ってきてくれたお茶を飲む。

 

詩歌は夢、いや、悪夢を見た。

 

頭を砕かれ、手足を引きちぎられ、心臓を破裂させられ、首を飛ばされ、ありとあらゆる方法で何千回も殺される。

 

そんな悪夢を見た。

 

 

「いや……夢ではないですね。今のはおそらく、<妹達>の記憶」

 

 

先ほど<幻想投影>した<欠陥電気(レディオノイズ)>を試しに使ってみたところ、

 

いきなり詩歌は悪夢、いや、<妹達>の記憶、経験が頭の中に伝わってきた。

 

<ミサカネットワーク>、<妹達>同士による脳波リンクが作る精神ネットワーク。

 

これにより、<妹達>は記憶の共有、意思の伝達が可能になる。

 

詩歌はそのミサカネットワークに接続してしまい、脳に莫大な情報量が流れこみ、気絶してしまった。

 

そのままストックが切れるまで、30分間、詩歌はミサカネットワークに意識を囚われ続けた。

 

 

「今まで<幻想投影>で相手の記憶が伝わるというのはありましたが、2万人は流石に情報過多でした。……でも、おかげで貴重な情報を得る事が出来ました―――それに」

 

 

詩歌は最後の映像を思い出す。

 

10031号と一瞬だけ直接繋がった最後の光景を……

 

一方通行が最後に見せた深い悲しみを……

 

 

「やはり…第1位は、あの時の…あー君でしたか……」

 

 

詩歌は信じられなかった、いや、信じたくなかった。

 

あの時の自分の力を恐れる臆病で、優しい少年が屍の山を築きあげている事を……

 

そして、孤高の化物を目指していることを……

 

 

「これは何としてもこの計画を潰さないといけません。……もう、これ以上…苦しめるわけにはいけません……」

 

 

だから、友として、これ以上、一方通行が道を間違う前に救い出す。

 

詩歌はさらなる覚悟を胸に深く刻みつけた。

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

「製薬会社からの依頼~~?」

 

 

<アイテム>、学園都市の暗部組織の一つ。

 

 

「それってウチの管轄じゃなくない? まあ別に……」

 

 

ゆるく巻かれた栗色の髪をもつモデルのような女性、麦野沈利。

 

 

「でもさー、結局水着って人に見せつけるのが目的な訳だから、誰もいないプライベートプールじゃ高いヤツ買った意味ないっていうか」

 

 

金髪碧眼の外国人、フレンダ=セイヴェルン。

 

 

「でも、市民プールや海水浴場は混んでて、泳ぐスペースが超ありませんが」

 

 

12歳ぐらいの大人しそうな少女、絹旗最愛

 

 

「んー、確かにそれもあるのよねー。滝壺はどう思う?」

 

 

「…浮いて漂うスペースがあればどっちでもいいよ?」

 

 

脱力系の少女、滝壺理后。

 

一見、荒事に向いていないように見えるが、彼女達4人がその<アイテム>の主要な構成員である。

 

 

「そ…そお」

 

 

それを証明するかのように、彼女達の周りには屈強な男達が倒れ伏せている。

 

 

「はーい、お仕事中はだべらない。新しい依頼が来たわよ」

 

 

そして、<アイテム>のリーダー、麦野沈利は一人で軍隊と渡り合えるLevel5の序列第4位。

 

彼女達は見た目とは裏腹に軍にも渡り合えるほどの戦闘力を秘めている。

 

 

「不明瞭な依頼だけど、ギャラは悪くないし、やる事は単純かな」

 

 

彼女達の主な業務は学園都市内の不穏分子の削除及び抹消。

 

その<アイテム>に一つの依頼が舞い込んできた。

 

 

「やる事って?」

 

 

「謎の侵略者からの施設防衛戦!」

 

 

短時間でいくつもの施設を潰してきているテロリストに、暗部の掃除屋、<アイテム>が動き出す。

 

 

 

つづく


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