とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
絶対能力者編 お悩み相談室
公園
「溢れる木漏れ日が眩しいわね……」
雲ひとつない晴天の中、一人の少女が木漏れ日の中を軽やかな足取りで進んでいく。
「日焼けするのは困るけど、こうじゃないと夏って感じがしないわよね」
少女、美琴は真夏の日差しを充分に満喫しているようだった。
「……、」
その後ろをついていく黒子は、いつもと違う美琴の様子に目が離せない。
目の前にいる美琴は本当に自分が敬愛するお姉様かどうかを確かめているかのように。
しかし、何度確認しても、目の前にいる少女は美琴だとわかる。
ただ、中身がいつもと少し……いや、だいぶ違う。
「あ、セミの抜け殻」
黒子の心配を余所に、美琴はセミの抜け殻を見つけて、無邪気に微笑んでいる。
微笑んでいる姿はとても可愛らしいのだが……
(こんな気色の悪いお姉様初めて見ますの……)
似合わない、とまではいかないがどうも調子が狂う。
黒子は必死に今まで美琴と過ごした時間を思い返し、この事態の原因を探る。
「黒子―――」
黒子の様子に気づいていないのか、美琴は暢気に黒子に呼びかける。
「あ、はい」
顔を上げた瞬間、衝撃的な映像が視界に入ってきた。
「なに飲むー? 奢っちゃうぞー」
美琴が自販機に小銭を入れている。
一見、それは普通の光景に見える。
自販機でジュースを買いたいなら、お金を入れる、それは至極真っ当な事だ。
しかし、黒子には信じ難い光景だった。
(詩歌先輩に何度注意されても、回し蹴りをぶち込む常盤中学内伝をするはずなのに……しかも、黒子の分まで……)
そう、美琴はいつも自販機から飲み物を得る時は掛け声とともに自販機を蹴り飛ばしていた。
何でも過去に万札を呑まれた事があるらしく、その分を取り返そうとしているのだが、やっている事は犯罪に変わりない。
先日、幼馴染であり姉の詩歌に肉体言語を交えて注意されたのだが……
「ん」
そんな美琴が自販機にお金を入れて、しかも自分の分だけでなく黒子の分も奢ろうとするなんて、黒子には天変地異の前触れにしか見えない。
「う、えっと…で…では、アイスコーヒを」
とりあえず、考え事を中断して、黒子は慌てて、美琴の元へ駆け寄る。
しかし、あと一歩の所で出っ張りに躓いてしまう。
そして、その勢いのまま、黒子の体が美琴の体に突っ込んだ。
「おっと」
美琴は咄嗟に黒子の体を受け止める。
「ススススミマセンですの!? 決してお姉様の胸に飛び込みたいとか、疾しい気持ちがあったわけではなくたまたま偶然出っ張りに足が引っ掛かっただけで……」
「アハハハー。分かってるわよ。気をつけなきゃダメよー」
黒子は電撃が来るのかと身構えるが、美琴は全く気にしてないようにおでこを突いて軽く注意する。
「へ」
一瞬、黒子は本気で防災対策をしようかと考えた。
「今日は風があってすごしやすいわねー」
美琴は嬉しそうにそよ風に身を任せる。
(ななな何ですの!? ま、まるで、詩歌先輩のよう…まさか……)
黒子は昨夜の事を思い出す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
部屋の中に一人で、黒子はジャッジメントの書類仕事を行っていた。
そして、ふと机の上の時計を見て、溜息を吐く。
「お姉様……まだ帰ってきませんの」
と、その時、
「キャアアアアアアァァッ!!」
いきなり断末魔のような叫び声が聞こえた。
そして、黒子はその声が美琴のものだとすぐに気付いた。
「お姉様ッ!!」
窓の外を見てみると、美琴が何者かに右手のアイアンクローで吊り上げられて、気絶している姿が視界に入った。
(お姉様が…お姉様が食べられている)
黒子の目には、何者かの右手に美琴の頭がむしゃむしゃと食われているように見えた。
あまりにもホラーな光景に目を奪われていると、ふとその何者かが何かに気付いたのか周囲を見回す。
「ひぃ!!?」
そして、視線に気づいたのか黒子の方を向き、ニタァ、とこちらに笑いかけてきた。
(お姉様、黒子には無理ですの。臆病な黒子を許して下さい、お姉様)
黒子は露払いとして、美琴の為なら、火の中、水の中、嵐の中でも助けに行くと決めている。
しかし、あの何者かに立ち向かうのは無理だった。
見た瞬間から、本能的に足元にも及ばないと分かってしまった。
本能的に恐怖を感じた黒子は、頭の中で、美琴へ謝罪を口にしながらベットに潜り込む。
「……一体何をしているんですの!? わたくしはお姉様の露払いじゃないんですの!? お姉様を助けるためだったら、どんな相手だって……」
しかし、すぐに自分に喝を入れて、ベットを抜け出し、もう一度窓の外を見る。
美琴を襲っている相手に勇気を振り絞り立ち向かう。
「え」
だが、寮の外には誰もいなかった。
「もしかしてさっきのは夢―――」
トントン
「ひぃ!?」
部屋の扉がノックされた。
もう誰もが寝静まっている時間に……
「だ、誰、です、の?」
黒子は金縛りになったように、身体が動かなくなる。
返事もできず、固まったまま、ただドアを凝視する。
ガチャ
(え、ドアには鍵が掛かっているはずですのに…ま、まさか……)
黒子は震える体で咄嗟に構える。
ゆっくりと開いていくドアを凝視する。
「―――あら、やっぱり、黒子さん起きてましたか」
「詩歌、先輩……」
入ってきたのは、ある意味美琴よりも崇拝している先輩、詩歌だった。
「失礼しますね」
詩歌は肩に何かを担ぎながら部屋の中へ入ってくる。
「こんな時間帯に一体―――お姉様!?」
黒子は詩歌の肩に担がれているのが美琴だと気付く。
(という事は……)
そして、黒子はようやく事態を理解した。
美琴は寮の前で偶然詩歌と鉢合わせしてしまったのだ。
運悪く門限が過ぎた時間に……
その後、美琴は詩歌の手により一瞬でゲコ太ときぐるみに着替えをさせられた後、ベットに寝かされ、詩歌は美琴の姿を何枚か携帯で写真に撮ったら帰って行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(詩歌先輩の制裁でとうとう頭が……)
黒子は少し本気で美琴を病院へ連れて行こうか迷った。
常盤台中学 生徒相談室
「はぁ……」
詩歌は目の前の状況に困り果てていた。
「詩歌様、私達と一緒に派閥を立ち上げてくれないですか? お願いします」
婚后はそう言うと、勢いよく詩歌に頭を下げる。
「「お願いします、詩歌様」」
それに釣られるように後ろの2人の女子生徒も頭を下げる。
「はぁ……」
詩歌は困ったように頬に手を添える。
今、詩歌が何をしているのかというと、教師に頼まれて開催している月1回の悩み相談である。
<微笑みの聖母>と慕われている詩歌なら、学生達は思春期の教師には言えない悩みを話せるだろうという考えで開かれている。
そして、詩歌も悩める学生たちの力になりたくて引き受けている。
というのももちろんあるが、『不幸だ』というのが口癖の通りすがりのツンツン頭に助けられて、一目惚れした生徒に(詩歌にとって)絶妙な恋愛相談する(後腐れのないように別の方向に情熱を誘導させる)事が主目的である。
つまり、カミやん病初期患者の治療である。
(ふふふ、恋敵はなるべく少ない方がいいですしね)
「詩歌様と一緒なら、絶対に常盤台で最大の派閥になれるはずです」
詩歌は今まで年齢、学校を問わずありとあらゆる学生の悩み(一部の恋愛を除いて)をズバリと解決してきた。
そして、常盤台中学の生徒の7割以上は色々な面で詩歌の世話になっており、特に詩歌の能力開発は教師のものよりも人気が高い。
さらに、教師達からも理想的な模範生徒として絶賛され、生徒の悩み相談役を依頼するほど頼りにされている。
ちなみに、詩歌は知らないが常盤台中学内には詩歌をお姉様と慕う秘密組織、『マリア様を見てる』が存在する。
そんな詩歌がもし派閥を立ち上げたら、3日も経たないうちに1,2を争う派閥ができてしまうだろう。
「婚后さん。それに、湾内さんに泡浮さん」
「え、詩歌様が私達の名前を……」
会話も碌にした事もないのに、憧れの詩歌から名前を呼ばれ、泡浮と湾内は驚愕する。
「確か、二人は水泳部に所属していましたね。以前、あなた達がプールで頑張っている姿を拝見させてもらった事があります」
人付き合いはまず名前から、と。
詩歌は生徒の悩み相談のために常盤台中学の全生徒の名前と顔を憶えている。
さらに、一部の生徒はカミやん病患者のカルテ、<当麻フラグ建設リスト>の“常盤台中学”という項目に事細かく記載されている。
「担任からも二人はよく頑張っていると聞いていますよ。これからも精進してくださいね」
詩歌はそう言うと2人の手を両手で包むように握りながら励ましていく。
「は、はい! これからも頑張ります」
「詩歌様を模範にして頑張っていきます」
詩歌の励ましに、2人は卒倒するのではないかと思える程、感激する。
「そして、婚后さん。婚后さんはまだ転入して日が浅いというのに、二人の面倒をよく見ているという事を聞いています。これからも二人の模範となり、頼れる先輩として頑張ってくださいね」
「は、はい! これからも詩歌様のような先輩を目指していきます」
婚后は常盤台中学に入って日は浅いが、詩歌の1番弟子を自称する程の信者である。
後輩達に慕われるのは嬉しい事だ。
が、しかし、
「さて……残念ではありますが、私は派閥に所属したり、立ち上げたりするつもりは全くありません」
「「「え」」」
3人は詩歌に裏切られたような顔をする。
「確かに、同じ目的を持つ者同士が互いに研鑽していく素晴らしいものだと思います」
「それなら……」
「しかし、派閥に入らなくても研鑽していくことはできます。そして、多くの人と繋がる事はできます。だって、人との出会いを求めるのに制限はありませんからね。その気になれば、派閥内、学内だけではなく、世界中の人達と交流する事もできます」
詩歌は3人に諭すように話しかける。
「私は派閥かどうか関係なく様々な人と共に過ごした経験、繋がりは、自己を鍛え、力になってくれる掛け替えのない宝物だと思います」
詩歌は学園都市に来る前から、出来るだけ数多くの人達と交流を作ってきた。
そして、学園都市に来てからも数多くの人達と交流を続けてきた。
最初は当麻の為だったとはいえ、今ではそれとは関係なく人との繋がりを大切にしている。
「だから、派閥なんかなくても婚后さんとの繋がりは大切なものと思っています。もちろん、湾内さんと泡浮さんとの出会いも宝物だと思っています」
(ひょっとして、私、とんだ勘違いを!? 自分を立派な人物に見せれば、詩歌様みたいに誰もが敬服する人になれると……)
「ふふふ、だから、派閥関係なく私は婚后さん、湾内さん、泡浮さん、あなた達の相談を笑顔で受け付けますよ」
婚后は初めて詩歌と出会った時のあの微笑みを思い出す。
自分が憧れたあの微笑みを思い出す。
そして、婚后は詩歌の魅力の根源が何かを知る。
「そして、これは私からのお願いですが、学外の人たちとも、年齢、Levelに関係なく会話してみてください。それがきっと、あなた達の力になっていくと思います」
「「「はい」」」
3人の顔付きに詩歌は満足そうに頷いた。
公園
「あんた……何者?」
美琴は目の前の存在に困惑していた。
先ほど、詩歌の共鳴のような感覚に惹きつけられ、この公園へ導かれた。
だが、導かれた先にいたのは詩歌ではなかった。
そこにいたのは――――
「ミャー」
――――自分と瓜二つの少女だった。
「は?」
これが御坂美琴とそのクローン、<妹達>との初めての出会いだった。
常盤台中学 廊下
無事、相談も終わり、少しティータイムを楽しんだ後、廊下に出て、3人を相談室から見送った後、詩歌は後ろを振り向く。
「さて、食蜂さんも何か相談事があるんですか?」
そこには、背に伸びるほど長く、煌めく金髪、そして、星の入った瞳を持ち、蜂の巣を連想させる模様が入ったレース入りのハイソックスと手袋を着用した少女が立っていた。
「あらあらぁ、詩歌さんは今日も学生のお悩みを解決ですかぁ? 流石、<微笑みの聖母>ですねぇー」
彼女は常盤台中学でも、2人しかいないLevel5の内の1人で、最大の派閥を率いている女王様。
学園都市最高の精神系能力者、Level5第5位<
食蜂操祈。
上条詩歌の<幻想投影>を知っている者の1人である。
「はぁー……」
詩歌は厄介な相手にあったとばかりに溜息をつく。
詩歌にとって、食蜂は美琴とは違う意味でやんちゃな後輩で、能力も美琴よりも性質が悪いので対処に困っている。
「婚后さん達にも言った通り、私は特定の派閥に肩入れなんてしませんから、心配しなくてもいいですよ」
一応、食蜂は詩歌を先輩として敬っているようだが、時々、派閥、自分の領域に入るなと警告してくる。
「でもでもぉ、最近、詩歌さんは御坂さんばかりに構ってて、私の相手してくれないじゃないですかぁ。一応、後輩なんですから、私の面倒も見てくださいよぉー」
「……後輩、ね」
食蜂は美琴と同級生で詩歌の後輩であるはずなのだが、スタイルも立ち振る舞いも大人びている。
御坂美琴は、子供っぽいけど、従順。
食蜂操祈は、大人っぽいけど、生意気。
詩歌は以前、食蜂と美琴にお互いの爪の垢を飲ませたら良い方向に進むのではないかと真剣に考えたが、二人の仲の悪さを考えたら互いの爪の垢なんて飲んだら死んでしまうのではないかと考え、止めることにした。
「だからぁー、この後、詩歌さんの<幻想投影>で、私の派閥の子達の『能力開発』に付き合って欲しいですけどぉー。いいですかぁ? もちろん、私もですよぉー」
食蜂は去年、学生達を操っていた自分に注意しに来た詩歌に対して洗脳を試み、詩歌を操ることに成功した事がある。
しかし、油断したのか、5分もしないうちに、詩歌の<幻想投影>による干渉で洗脳が解除され、その後、美琴の制裁が生温いと感じるほどの制裁を受けた。
余りの凄さに、食蜂はその後3日間部屋に籠りきりになったほどだ。
それ以来、食蜂は詩歌に対して従順とは言わないまでも、ある程度詩歌の言う事を聞くようになった。
だが、その一件のせいで、食蜂に<幻想投影>が知られ、姉と慕う人物に手を出したことから美琴と食蜂の仲は険悪になってしまった。
「はぁー、分かりました。引き受けます」
<心理掌握>は、洗脳、記憶操作など精神に関する事なら何でもできる十徳ナイフのような能力。
もし、食蜂が大勢の高レベル能力者を詩歌に仕向けさせたら、一人の能力にしか対応できない<幻想投影>では対処するのが困難で、全員を無傷で事を終わらせるのは無理だろう。
なので、あまりこの生意気な後輩、食蜂の機嫌を損なうのは得策ではないと考え、詩歌は溜息を吐きながら引き受ける事にする。
「本当ですかぁー、ありがとうございますねぇ、せ・ん・ぱ・い」
食蜂の派閥は常盤台で最も大きい派閥で、詩歌は個人個人で能力開発を行う為、何時間も必要としてしまう。
なので、本当は、この後、当麻の所へ行くことを予定していたが、それをキャンセルする。
(仕方がありません。今日の夕飯は当麻さんに任せますか)
その日の夜、理不尽であるが、当麻はインデックスに頭を噛まれることになる。
「食蜂さん」
しかし、あまりこの生意気な後輩の機嫌を損なうのは得策ではないが、調子に乗らせるのも得策ではない。
「はい?」
詩歌は、食蜂を呼び止めると、いつものとは質の違う、身も凍るほどの冷血な微笑みを向ける。
「ふふふ……先に言っときますけど、私、必要とあれば体罰を行いますよ。例え、Level5、でもね」
詩歌の顔は微笑んでいるが目だけは笑ってなかった。
そして、その澄んだ冷え切った声は、食蜂の体の内側から震わせる。
詩歌の迫力は、食蜂に去年のトラウマを呼び起こさせる。
「は、はい、分かりました、詩歌先輩」
あまりの恐ろしさに、食蜂は洗脳されていないのに、詩歌に従順となってしまう。
食蜂は<心理掌握>で相手を洗脳したり、記憶を消去できるが、詩歌は力技で相手を洗脳したり、記憶を消去できる。
(はぁー、美琴さんといい、食蜂さんといい、なかなか躾ができません。……本当、Level5はやんちゃな後輩で困ります。……全く、当麻さんとの時間が……フフ、フフフフ、体育会系ではありませんが、先輩後輩というのをしっかりと叩きこまないといけませんねぇ……)
詩歌はこの後の能力開発にこの鬱憤をぶつける事に決める。
「さぁ、行きましょう、食蜂さん。フフ、フフフフフ」
詩歌の体から溢れ出る黒く得体の知れない暴威に食蜂は冷汗を垂らす。
(早まったのかもしれないわねぇ……)
その後、食蜂はLevel5という事で他よりも過酷な特訓を受け、さらに教育的指導も受け、ついでに体育をサボった事がバレ、体力トレーニングも受け………詩歌に対して少し? 従順となった。
ちなみに、詩歌が教師から最も頼りにされている点は、二人のLevel5の手綱を握っているということである。
常盤台の秘密兵器というのは伊達じゃなかった。
道中
(ったく、何なのよ、アレ! 本っ当、調子が狂わされっぱなしだわ!)
あれから美琴は自分のクローン、9982号から何故産み出されたのかを聞き出そうと奮闘していた。
しかし、猫を助けるため踏み台にされたり、自分の分のアイスを盗られたり、ケーキと紅茶を奢らされたりと世話を焼かされ続けた挙句、さらに、折角手に入れたゲコ太のバッチのセンスを大否定された。
あのバッチのセンスが分からないなんて自分のクローンではない。
結局、9982号は計画について何も言わないし、門限も近くなったのでそのまま別れる事になった。
美琴は寮への帰り道で9982号と過ごした時間を思い出す。
(一緒に猫とじゃれて……)
『これが子猫ですか……』
(一緒にアイスを食べて……)
『グッジョブです! とミサカは惜しみない称賛を贈ります』
(缶バッチを取り合って……)
『ミサカにつけた時点でこのバッチの所有権はミサカに移ったと主張します』
(そして……)
『屁理屈ではありません。例えどんなに子供っぽくても、これはお姉様から頂いた初めてのプレゼントです。だから、何があろうとも返しません』
(これじゃあ、まるで私と詩歌さんみたいに……)
その時、美琴の足が止まる。
(あー、もうっ! とにかくまずは製造者をとっちめる! とりあえず、あの子が言ってた『ZXC741ASD852QWE963‘』っつう符丁が何なのかを調べましょう!)
そうして、美琴は<妹達>が何故産み出されたのかを本腰を入れて調べることにした。
しかし、これが美琴を救われない地獄へと引きずり込むことになる。
常盤台女子寮
(ふぅー、流石に大人数の<幻想投影>は疲れました。今日はもう休んだ方がいいですね。……でも、食蜂さんにきちんと上下関係を叩き込んだので良しとしましょう。これで、しばらくは大人しくしているでしょう)
門限間近、詩歌が疲れたように溜息を吐きながら、常盤台女子寮に入るとエントランスホールにあるソファに寮監が腰掛けていた。
「師匠、ただ今帰りました」
「お、詩歌か……御坂は一緒ではないのか?」
「え、美琴さんですか? 今日は一緒ではないですが……もしかして、美琴さんはまだ帰っていないんですか?」
美琴は時々、門限を破る。
しかし、連日で門限を破るという事は一度もなかった。
昨夜あれほど頭を文字通り締めつけたというのに……
「ああ、昨日の事があるから、今日はすぐに帰ってくるだろうと思ったのだが、まだ帰ってきていない。ルームメイトの白井は先ほど帰って来たのだがな……」
その時、虫の勘というべきか、詩歌は美琴に危機が迫ろうとしている気がした。
こういった悪い予感は昔からよく当たる。
「………出ません」
すぐに美琴の携帯へ電話するが繋がらない。
そのことが詩歌の不安をますます掻き立てる。
「分かりました。それでは私が美琴さんを捜しに行ってきます。私は血は繋がってませんが、美琴さんの姉です。私に美琴さんを捜しに行かせてもらえませんか?」
詩歌は意思を伝えるように寮監と見つめ合う。
「そうか…では、悪いが頼む。御坂が帰ってきたら連絡する」
「はい、それでは、すぐにでも見つけて戻ってきます」
そうして詩歌は美琴がよくいる場所を思い浮かべると、もう日が暮れかけている外へと駆けだした。
つづく