とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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絶対能力者編 最低な出会い

絶対能力者編 最低な出会い

 

 

 

公園

 

 

 

白髪の少年はただ目の前で遊んでいる子達を見ていた。

 

少し前までは一緒に遊んでいた彼らを……

 

しかし、今では視線も合わせることすらしてもらえない。

 

少し前まで、少年が力を手にするまでは、こんな事はなかった。

 

しかし。

 

自身の能力で、彼らに大怪我を負わせてから。

 

自身の能力で、アンチスキルを戦闘不能にしてから。

 

自身の能力で、軍隊を壊滅させてから。

 

変わってしまった。

 

少年は、化物と呼ばれることになった。

 

そう<一方通行(アクセラレーター)>という力を手に入れて以来、少年は怪物になった。

 

 

「………」

 

 

そして、今日から彼は特力研に在籍する事になる。

 

今日で、ここを離れる事になる。

 

しかし、誰も彼を見送ろうとはしなかった。

 

手を伸ばしても誰も気づいてくれなかった。

 

 

「………」

 

 

少年は最後に自分がまだ普通な少年だった時の光景を思い返す。

 

そして、もう自分はここに来る事はない、だから、普通の少年の頃の名前を捨てる。

 

少年はこれから化物として生きていくと決める

 

そして、覚悟を決めると少年は公園を立ち去ろうとする。

 

 

「ねえ―――」

 

 

その時、後ろから鈴の鳴るような声が聞こえた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

声がした方を向くとそこには見覚えのない、おそらく自分よりも年下の少女がいた。

 

少女は滑らかな長髪を腰の辺りで髪飾りを使って纏めており、人形のような可愛らしい顔をしていた。

 

そして、皆に力を与える太陽のように微笑んでいる。

 

 

「こほん」

 

 

少女は買い物袋を下に置くと、自分の胸に手を当てる。

 

 

「あなた、もしかして、いじ―――いえ、流石にこれを初対面の人に聞くのはどうかしてますね」

 

 

少女は仕切り直しをお願いすると後ろを振り向き少し唸ってから、こちらを振り返りもう一度胸に手を当てる。

 

 

「あなた、何か悩みごとが―――って、どこに行くの!? まだ、お話が終わってませんよ! っていうか、詩歌さんのお悩み相談室は始まったばかりですよ!?」

 

 

しかし、少女が振り返るとそこに少年の姿はなかった。

 

少年はすでに少女を無視し、公園の外へ出ていた。

 

 

「も~う、ちょっと待ってよ!」

 

 

少女は買い物袋を持ち上げると急いで少年の前に回り込む。

 

 

「はぁ、はぁ――ふぅー…ちょっと、女の子を置いてけぼりにするなんて、男としてどうかと思いますよ! 全く、初対面の人の相談に乗るなんて初めてだから少し出出しを失敗しただけなのに…――って、また!?」

 

 

しかし、少年はまた無視して立ち去ってしまう。

 

 

(なンで、俺が年下のガキに心配されなきゃなンねェ)

 

 

その後しばらく少年と少女の追いかけっこが続く。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

しかし、買い物袋を持ちながら頑張って追いかけていたが、やがて体力が切れてきたのか少女の足が遅くなっていく。

 

 

「むぅーッ! 絶対にお説教してやるまで諦めません!」

 

 

だが、少女はどんなに遅くなっても足を止めず、しぶとく少年を追いかける。

 

そして、ようやく少年の背中に後1歩のところまで追い付く。

 

 

「よし、今だああぁっ! 必殺マジカルパーンチ」

 

 

少女は足に力を籠めると少年に飛び掛かる。

 

 

「―――うわッ!?」

 

 

しかし、少女は少年に触れるや否や吹き飛ばされてしまう。

 

 

「いったーい!!」

 

 

「チィッ」

 

 

そこで、ようやく少年は振り返り、少女が右手を抱えて蹲る姿を見て舌打ちをする。

 

 

(少し格の違いってヤツを、教えてやるかァ)

 

 

少年は軽く地面を踏みつける。

 

 

「わわっ!!?」

 

 

瞬間、地震が起きたように地面が揺れる。

 

少女は体勢を崩して転んでしまう。

 

 

「これ以上、追いかけて来るようなら、テメェを踏みつぶすぞ」

 

 

少年は脅すように少女を睨みつける。

 

 

「むぅ~、脅したって無駄ですッ! だって、私には――――」

 

 

少女は怯むことなく少年を睨み返すと、髪を纏めている髪飾りを見せつける。

 

 

「―――このお兄ちゃ――いえ、当麻さんが私の為に買ってくれたお守りがあるんですからねッ!」

 

 

少女は水戸黄門の印籠のように髪飾りを見せつける。

 

 

(どこにでもありそうなただの髪飾りじゃねェか)

 

 

少年の予想通り、それはデパートで売られている他のより少し高価な髪飾り。

 

しかし、少女の兄が学園都市に来たお祝いの品として、そしてお守りとして、少ししかないお小遣いを奮発して少女に贈ったもので、少女にとって何よりの宝物である。

 

 

「むむっ!? その顔は馬鹿にしてますね」

 

 

だから、少女はこの髪飾りを馬鹿にされるのが許せなかった。

 

 

「はいはい、そォーですかァ。それはすごいですねェー」

 

 

仕方ないとばかりに少年は髪飾りを褒めるが、すぐに少女に馬鹿にしていることを見抜かれてしまう。

 

少女は頬を膨らませながら地団駄を踏む。

 

 

「むぅ~~ッ!! やっぱり馬鹿にしてますね!? お兄ちゃんのお守りを馬鹿にするなんて……絶対に許しません」

 

 

すると、少女はしゃがみこんでぶつぶつと、『絶対にあの天狗になってる鼻を叩き折って……』とか『陽菜さんの時とは逆にすれば……』など呟きながら考え事をする。

 

 

(これ以上付き合ってられねェ)

 

 

少年は少女が考え事しているうちにこの場を立ち去ろうとする。

 

 

「ん?」

 

 

瞬間、少年はナニカに包まれたように感じる。

 

まるで、自分の力を抑えつけているように。

 

 

「必殺ミラクルチョーップ!」

 

 

そして、次の瞬間、少年の頭に衝撃が走った。

 

 

「つッ!?」

 

 

「どうだ、まいったか! あなたの能力も詩歌さんの必殺ミラクルチョップには通用しなかったみたいだな」

 

 

(俺の『反射』が……ミサイルさえ防いだ反射が……こンなガキに破られるなんて……どうなってンだァ!? まさかこのガキが―――!?)

 

 

少年は自身の絶対防御ともいえる反射が破られたことに動揺する。

 

それに気づかず、少女は腰に手を置くと誇らしそうに胸を張る。

 

 

「これに懲りたら―――」

 

 

少年は少女が話しているのを遮って、肩を掴む。

 

 

「テメェ! 今一体何をしやがったッ!? どうやって俺の反射を……まさか何かしやがったンじゃねーだろうなァ!?」

 

 

少年は少女をシェイカーのように肩を思いっきり揺さぶる。

 

 

「まだ詩歌さんのお説教中ですよ。質問は後―――」

 

 

「ふざけンじゃねェ! いいから俺の<一方通行>に何をしや―――」

 

 

「禁断ゴールデンキック!」

 

 

少女の容赦ない蹴りが少年の金的に直撃した。

 

 

「ッ~~~!!?」

 

 

例え少女の蹴りでも、あそこを蹴られてしまったら、男であるなら、少年でも、いや、大人であってもしばらく立つことができない。

 

 

「全く、質問は後でって言ったでしょ! 本当にもう――ちょっと、聞いてますか!?」

 

 

少年はしばらく返事も出来ずに蹲ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ようやく落ち着いたみたいですね。それでは――あ、忘れてました。私、上条詩歌と言います」

 

 

そういうとぺこりと少女、詩歌は少年に頭を下げる。

 

 

「さて、それでは、改めまして詩歌先生のお悩み相談室を開始します。まず、あなたのお名前は?」

 

 

詩歌はわくわくしながら、インタビューするみたいに少年に向かってマイクを向けるジェスチャーをする。

 

 

「……、」

 

 

しかし、少年は答えない。

 

 

「……う~ん、それでは好きな食べ物は?」

 

 

「……、」

 

 

少年は睨みつけるだけで口を開かない。

 

 

「……う~~ん、それでは好きな女の子のタイプは?」

 

 

「……、」

 

 

詩歌が質問するが、少年は全く答えない。

 

 

「全く、そんなんじゃ、いつまで経っても相談に乗れませんよ」

 

 

詩歌の苦言に一瞬眉が反応するが、それでも少年は口を開かない。

 

 

「はぁ~……」

 

 

少年の態度に詩歌は溜息をつく。

 

少し寂しそうにしょんぼりする。

 

 

「おい」

 

 

すると、詩歌の落ち込む姿を見かねたのか、ようやく少年は口を開いた。

 

 

「はい、何でしょう?」

 

 

ようやく声をかけてくれたのが嬉しいのか、即座に笑顔で応対する。

 

 

「さっき、俺に何をしやがった?」

 

 

少年は先ほどの事について詩歌に問いただす。

 

 

「ん~~……初めてやった事なのでうまく説明できませんが……」

 

 

詩歌は顎に手を据えて考え事をするが、

 

 

「やはりここは、秘密という事で」

 

 

結局、説明が面倒になったのか秘密ということになった。

 

 

「ふざけンじゃねェ! 秘密とか何言ってやがンだァ、オイ」

 

 

「え~、だって、女性には1つや2つくらい秘密がありますよ」

 

 

当然少年は怒りだすが、詩歌に軽く流されてしまう。

 

 

「ハッ、まだガキのくせに何を言ってやがンだ」

 

 

少年は詩歌の背伸びを鼻で笑う。

 

 

「ガキって、あなたとそう歳が離れていないと思いますけど……一応、私、来年から小学2年生ですよ」

 

 

「なっ!?」

 

 

(コイツ、俺よりも年下だと思ったが、たった1歳しか違わねェなンて……)

 

 

「そんなことよりも、あなたの能力の使い方を考えましょう? 折角、すごい能力なんですから有効利用しなきゃ損です。本当、私が見てきた中でも1番すごいですよ! きっと面白い遊びができるはずです」

 

 

詩歌は早く<一方通行>を使いたいのか、目を輝かせてウズウズしている。

 

 

「ハァッ!!? テメェ、俺の<一方通行>で遊ぶだとふざけンじゃねェ!」

 

 

少年は自分の力のせいで怪物となってしまった。

 

怪物となったせいで、普通に遊んでいた頃の自分を捨てなければならなかった。

 

そんな容易に使うべき力でないという事を少年は誰よりも知っていた。

 

だから、大勢の人間を怪我させた<一方通行>で遊ぶなんて発言は許せなかった。

 

が、

 

 

「必殺メガトンビンタ!」

 

 

少年はまたもや反射を破られ、顔にビンタを喰らった。

 

計3度目の衝撃に少年は少し自分の能力に、そして少女のビンタに吹っ飛ばされてしまう自分の体力に自信が無くなり、呆然としてしまう。

 

 

「全く、あーだこーだとあー君はうるさいですね。いちいち文句言って楽しいですか?」

 

 

詩歌は問題児を見るように少年を見下ろす。

 

 

「テメェみたいなガキが気軽に遊んでいいような能力じゃねェンだよ! っつうか、あー君ってなンだ」

 

 

「だって、私が名前教えたのに、名前教えてくれないじゃないですか。なので、<一方通行>っていう能力名だから“あー君”って名付けました」

 

 

「こ・の・ガ・キ~ッ!!」

 

 

少年の堪忍袋の緒は切れかけていた。

 

今まで3度の攻撃、特に2回目の蹴りだけでもキレかけているのに、その上自分の能力を馬鹿にするような詩歌の態度に少年は我慢の限界だった。

 

 

(そろそろ、1発くらいぶん殴ってもいいよなァ)

 

 

少年が詩歌の頭を引っ叩こうかと手を上げた瞬間、急に詩歌は頭を抱えてしゃがみ込む。

 

 

「キャーッ!! あー君に襲われる~。助けて~」

 

 

「なっ!?」

 

 

突然の詩歌の行動に、周りの学生達が少年を責めるように睨みつける。

 

確かに傍から見れば、今の少年は幼い少女、詩歌を苛めているようにしか見えない。

 

もし、このまま手を振りおろせば、少年は社会的に不名誉なレッテルを貼られてしまうだろう。

 

 

「テメェ、いいかげンにしや―――」

 

 

「キャーッ!! あー君が私の服を脱がそうとするー!」

 

 

……化物と呼ばれるのはきつい。

 

だが、少女を襲った変態と呼ばれるのは化物よりも勘弁願いたかった。

 

今にも学生たちの中にいる紳士が少年を弾劾しようとしている。

 

つまり、少年は詰んでいた。

 

 

「……チィ、何をすればいいンだァ、糞ガキ」

 

 

結局、少年は手を下し、詩歌に頭を垂れるしかなかった。

 

 

「糞ガキではありません。詩歌です。ちゃんと、詩歌と呼んでください」

 

 

詩歌はここぞとばかりに要求を突き立てる。

 

 

「この糞―――」

 

 

「早く詩歌ちゃんって可愛らしく呼んでくれないと、もう一度叫びますよ」

 

 

少年は何も悪くはない、むしろ、今までの事を我慢していることからよく頑張ったと言えるだろう。

 

しかし、世の中にはどうにでもならない事がある。

 

少年は詩歌の脅迫ともいえる交渉に頷くしかなかった。

 

 

「チィッ」

 

 

少年は今まであまり女子と接してきた事が無いし、名前で呼ぶなんて事はなかった。

 

だから、例え生意気な糞ガキであろうと、女子の名前を口にするという事は、幼い少年にとって、とても勇気がいる事だった。

 

 

 

「し、詩歌、ちゃ――これでいいかァ!!」

 

 

「ふぅー、どうやらちゃん付けで呼ぶのは無理そうですね。仕方がありません。それで、ギリギリ許してあげるとしましょう」

 

 

少年の精一杯の勇気で言ったにもかかわらず、詩歌の基準は厳しく、ギリギリでしかもお情けで合格という扱いだった。

 

 

「さて、ここだと目立ちますから、河原に行きましょう。あー君、案内してください」

 

 

今の詩歌はまさに暴君だった。

 

 

「……クソッたれ」

 

 

正直、誰のせいでこんなに目立ってんだとツッコミたかったが、もう、少年は悪態をつくことしかできない。

 

どうやら少年はまだ10歳も迎えていないのに、どうにでもならない世の中の理不尽さを知ることになった。

 

詩歌と出会ってしまったのが運のつきだったと諦めるしかなかった。

 

 

 

 

 

河川敷

 

 

 

「さて、あー君の力はどんな使い方が出来るかな~♪」

 

 

「……」

 

 

詩歌は身形こそ小さく可憐な女の子だが、地元一帯の子供社会を半年で占め、トップに立っているほど暴君だ。

 

少年はもう詩歌に何を言われても、反抗しないことにした。

 

もし、反抗でもしたら、またこの小さな暴君に殴られるか、冤罪を掛けられるかのどちらかをされるに違いない。

 

それなら、詩歌のわがままに付き合う方がだいぶマシだ、と少年は考える事にした。

 

 

「それでは、<偏光能力>を参考にしてみますか」

 

 

すると、いきなり詩歌の姿が消えた。

 

少年の視界から一瞬で消えた。

 

 

「な!?」

 

 

次の瞬間、後ろから少年の肩が叩かれた。

 

そして、後ろを振り向くと悪戯が成功したみたいににやにやと笑っている詩歌の姿があった。

 

 

「……テメェ、<空間移動>だったのか?」

 

 

「いえ、違いますよ。今のはあなたの能力、<一方通行>で周囲の光子のベクトルを操って、光学迷彩みたいに私の姿を消失させただけです。ほら」

 

 

詩歌は実証するようにもう一度姿を消して見せた。

 

少年は今まで思いもよらなかった<一方通行>の使用法に目を見張る。

 

 

「驚きました? それ以外にも<風力使い>の時を応用すれば」

 

 

今度は大気のベクトルを操り、目の前に竜巻を発生させる。

 

詩歌は目の前の竜巻を見て満足そうに頷く。

 

 

「あー君の能力はありとあらゆるベクトルを自在に操る事が出来ます。本当にすごい能力です。おそらく、<一方通行>があれば大抵の事は何でもできるんじゃないですか? ほら、こうやって空も飛べますよ」

 

 

そういうと、詩歌は気持ち良さそうに空を自由自在に飛び回る。

 

 

「……、」

 

 

少年はただ詩歌を羨ましそうに見つめていた。

 

何故使えるのかは理解できないが、詩歌の周囲のベクトルの動きを見てみれば、詩歌が自分の能力を使っているのは分かる。

 

 

「あー君、かくれんぼしません?」

 

 

そして、彼女の顔を見れば<一方通行>で楽しそうに遊んでいるのが伝わってくる。

 

 

「……、」

 

 

しかし、少年は詩歌みたいに自分の能力で遊ぶなんて事は出来ない。

 

大勢の人間から化物と呼ばれるこの大きな力を気軽に使うなんて出来ない。

 

だから、今の少年にとって詩歌は眩し過ぎて、直視する事が出来ない。

 

 

「あー君?」

 

 

少年が俯いた顔を上げると、目の前で心配そうな顔をした詩歌が宙に浮いていた。

 

 

「ふふふ」

 

 

そして、詩歌は少年の心情を察したように微笑むと、少年の頭の上に手を置こうとする。

 

今の少年は、先ほどみたいにナニカに抑えつけられているような、演算が阻害されているような感覚は全く感じていない。

 

 

「―――」

 

 

しかし、詩歌の手を反射する事が出来なかった。

 

詩歌の微笑みを見たら、何故か退ける事が出来なかった。

 

今の詩歌の微笑みは、先ほどまでの無邪気な笑みとは違い、少年を優しく包み込むような母性に満ち溢れている。

 

 

「いい子、いい子。あー君は、いい子です」

 

 

そして、詩歌は壊れ物を扱うように優しく、ただ優しく少年の頭を撫でる。

 

 

「あー君は、そんなに自分の力が恐いですか? 自分の力で誰かを傷つけてしまうのが怖いですか?」

 

 

少年は、こんな自分よりも年下のガキに頭を撫でられるなんて屈辱だと感じていたし、自分の気持ちなんて分かるはずがないと思っていた。

 

 

「そんなのは当然怖いです。私だって怖いです。だって、それほどあー君の力は強大ですから……でも、それを使うのはあー君です」

 

 

しかし、詩歌の手を払いのける事が出来なかった。

 

 

「そして、この力を恐れているあー君なら、平気で人を傷つけようなんてしないはずです。だから、私はあー君の事を怖がったりなんてしませんよ」

 

 

ただ、今はこの孤独を癒してくれる暖かさに包まれていたかった。

 

 

「ふふふ、ようやく笑ってくれました」

 

 

そして、目の前の少女の満面の笑みにただ目を奪われていた。

 

少女の微笑みは少年の心の奥に深く刻みつけられ、ずっと忘れさられる事がなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「おーい、詩歌ー、どこにいるんだー」

 

 

河原に、詩歌の兄、当麻の声が響き渡る。

 

 

「ん~、これってどうやって使うんだ?」

 

 

当麻は携帯のGPS機能で詩歌の現在地を必死に検索しているようだが、なかなか使い方が分からなくて四苦八苦している。

 

 

「あ! この声は当麻さん!」

 

 

当麻の声を聞いた瞬間、詩歌は撫でるのを止めて、周囲を見渡し、当麻の姿を探す。

 

 

「当麻さ~~ん」

 

 

そして、当麻の姿を見つけると買い物袋を持って、すぐさま当麻の元に駆けつける。

 

まるで、飼い主を見つけた子犬のように全速力で当麻の元に駆けつけ、胸に飛び込む。

 

 

「お、詩歌」

 

 

当麻は詩歌を受け止めると、安心したのか、ほっと溜息を吐く。

 

 

「当麻さん、今日は風邪を引いて寝込んでいたんじゃないんですか?」

 

 

詩歌は心配しながら、当麻の額に手を置き、熱があるかを確かめる。

 

 

「大丈夫だ。少し寝たらすぐに治ったよ。それよりも、詩歌がなかなか帰ってこないから心配したんだぞ」

 

 

当麻は、詩歌を降ろすと、心配した気持ちを込め、詩歌の頭に軽く拳骨を落とす。

 

 

「ぅっ……ごめんなさい」

 

 

詩歌は頭を抱えて落ち込んでしまう。

 

 

「はぁ~……」

 

 

しゅんととした詩歌を見て、当麻はもう一度溜息を吐くと優しく頭を撫でる。

 

落ち込んでいる顔も可愛いのだが、やはりこの子には笑顔が似合う。

 

 

「とりあえず、詩歌が無事でよかったよ。でも、一体今まで何をしてたんだ?」

 

 

「あ、そうだ、当麻さん。しばらくこれを持っていてください」

 

 

詩歌は買い物袋から何かを取り出すと当麻に買い物袋を押しつけ、少年の元に駆けつける。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

少年はただ詩歌が去っていくのを呆然と眺めていた。

 

すると、後ろから足音が聞こえてきた。

 

後ろを振り向くと、そこには白衣を着た研究者が3人いた。

 

 

「お、ようやく見つけました。所定の時間になっても研究所に来られませんでしたから、心配しましたよ」

 

 

先頭の人物が恐る恐る少年に近づいていく。

 

そして、詩歌とは違い、爆弾を扱っているように慎重に声をかける。

 

 

「そ、それでは、早く行きましょう。所長も大変の怒りのようでしたよ」

 

 

「チィッ……!」

 

 

少年は3人の目を見て、自分に怯えていることがわかった。

 

 

(これが当然の反応なンだ……化物に平気で手を差し伸べるあのガキ方が異常なンだ……)

 

 

そして、少年が一歩踏み出した時、後ろから今度は詩歌の声が聞こえた。

 

 

「あ~~く~~ん! ちょ~っと待って~~」

 

 

詩歌は少年の前まで駆け寄り、しばらく息を整える。

 

 

「ごめんね、いきなりいなくなっちゃたりして――はいこれ、遊んでくれたお礼」

 

 

そして、詩歌は自然に少年の前まで歩み寄ると、チョコレートを差し出す。

 

 

「もうすぐ、バレンタインだからプレゼントです。まあ、手作りじゃなくて、スーパーに売っている安物ですが」

 

 

詩歌は少し申し訳なさそうに微笑む。

 

 

「……チィッ、甘いのは苦手だ」

 

 

少年は顔を詩歌から背けると、差し出されたチョコレートを受け取る。

 

 

「……ぁ………ぅ……」

 

 

そして、何か小声で呟いた後、研究者の方に歩き出す。

 

 

「今日は一緒に遊んでくれて楽しかったです。あー君、またいつか一緒に遊びましょうね」

 

 

詩歌は最後に別れの言葉を言うと、再び当麻の元に駆け寄る。

 

 

「……また…か。……クソッたれ……」

 

 

そう言い残した少年の顔は、普通の子供が嬉しさを噛み締めているのと何も変わらないものだった。

 

 

 

 

 

とある学生寮 ???の部屋

 

 

 

少年の目が覚めると、毎朝目にしている自分の部屋の天井が視界に入った。

 

 

「……あの時の夢か……」

 

 

そして、あの夢をゆっくりと思い出す。

 

まだ、引き返すことが出来たかも知れなかったあの頃を思い返す。

 

 

「……くっだらねェ」

 

 

しかし、途中で思い返すのを止めてしまう。

 

 

「最高にくっだらねェ…何なンだっつうのォ、俺はそんな人格じゃねェだろォが……」

 

 

夢の頃の自分を否定する。

 

あの時、出会った少女の言葉を否定する。

 

 

「……ああ、本当にくっだらねェ……」

 

 

しかし、少年は本当に否定したかったのが何なのかは分からなかった。

 

もしかしたら、少年は今の自分を否定したかったのかもしれない。

 

だが、今の少年がそのことに気づく事はなかった。

 

 

 

つづく


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