とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 時を超えた盛夏祭

閑話 時を超えた盛夏祭

 

 

 

???

 

 

 

私の家族は他ではありえないと思う。

 

というか、私のような家族を持っている人は世界中どこ探してもいないだろう。

 

いたとしても、片手で数えるくらいだ。

 

まず、私のお爺ちゃんは二人とも世界を飛び回ってる。

 

一人は外資系企業の証券取引対策室という精鋭部署で働いていて、もう1人は世界の足りないものを示すというコンサルタントをしている。

 

なので、実家では正月やクリスマスなどの決まった行事しかほとんど会えた事がない。

 

でも会えたら必ず世界の珍しいお土産を持ってきてくれる優しいお爺ちゃんである。

 

いつも実家にいるのはお婆ちゃん二人だけである。

 

あ、お婆ちゃんといってもまだ全然若々しいから、全然そうは見えないけど。

 

そして、お父さんとお母さんはお爺ちゃん二人よりも全く顔を合わせてない。

 

幼い頃、実家にいる時はずっと一緒にいてくれたけど、私が学園都市に来てから全く会えた事がない。

 

月に一回は必ず手紙をくれるし、時々実家に帰って弟と妹達の面倒を見ているから、忘れてはいないんだろうと思う……

 

お父さんは母方のお爺ちゃんと同じように、世界の不幸を失くす揉め事処理屋とかやらなんか正義の味方みたいな事して世界を飛び回っている。

 

お母さんもお父さんに鴛鴦のようにいつもくっついて、お父さんと一緒に世界中を飛び回っている。

 

夫婦仲はいつもべたべたしてるし、時々喧嘩もするけど、周りから見たらじゃれ合っているようにしか見えないという評判だ。

 

学園都市に伝説を数々と作り上げてるカップルで、カップルになった時は世界中を巻き込む大騒動が起きたらしい。

 

そんな人たちだから、たまに実家に帰ると子供ができてる。

 

本当に若々しいって言うか実際に若いんだけど、思春期に入ったばかりの娘から言わせておけば自重してもらいたい。

 

世界中を飛び回っている両親だから、学園都市に来てからの私の育ての親は、名付け親でもある父方の叔母の詩歌お姉さんだ。

 

あ、ちなみにありえないと思うけど、母方の叔母は10000程いる。

 

詩歌お姉さんも世界中を飛び回って才能を開花させるという仕事をしていたが、私が学園都市に行く年になってから、学校という枠を持たない教師として学園都市中の学生達の面倒を見ている。

 

時々、イギリスに出張する事はあるがそれ以外はほぼ毎日と言っていいほど私に顔を合わせている。

 

そうして、私に優しいけどすごくスパルタなご指導をして下さっている。

 

母も父も、詩歌お姉さんはとても優しいけど、とても厳しいと、矛盾していて訳の分からない事だと思ってたけど、ここに来てようやく分かったと思う。

 

そして……詩歌お姉さんが学園都市に根を張っている理由は、たぶん両親に頼まれて私の面倒を見るためだと思う。

 

私の<幻想喰い(イマジンイーター)>は右手で触れた異能の力が使えるようになる力。

 

1度触れたら、1日は使えるようになるし、複数のストックが可能であり、能力の合成とやらもできる。

 

詩歌お姉さん曰く、虹色の能力者。

 

つまり<多重能力者(デュアルスキル)>である。

 

しかし、あくまで理論上は使えるようになるで、使いこなすことはできない。

 

詩歌お姉さんがサポートしてくれなかったらLevel0とほとんど変わらない。

 

で、でも、最近はちょっとくらいなら1人でも……

 

うん……そんな貴重な<多重能力者>だけど無力な私は、悪辣な研究者達から身を守るため、詩歌お姉さんに保護してもらっている。

 

詩歌お姉さんは世界で最も影響力のある教師と言われていて、もし教え子達と奮起したら世界征服も夢ではないらしい。

 

まあ、本人はそんなことに興味はないらしいけど。

 

あと傾国の美女ともいえる程、世界中から言い寄っている男達の数が後を絶たない。

 

20代だけど高校生と見えるほど若々しく、容姿端麗、スタイル抜群、家事優秀、性格も……まあ怒らなければ穏やかかな……それから知らないものはないと言えるほどの頭脳、高位能力者ですら素手で倒せる戦闘力ってこれはどうかと思うけど、最後に彼女の微笑みは一目見ただけで恋に落ちる程凄まじい威力を誇っている。

 

時々、殴られて惚れたという人もいるけど……

 

この前も一方通行さんと軍覇さんが騒動を起こしてたっけ。

 

そんな詩歌お姉さんだけど、未だに誰とも付き合ってない。

 

何でも、昔失恋して心の整理が付いていないらしい。

 

一体どんな人に振られたのか気になり聞いてみたが、教えてもらったことはない。

 

あ、たった一つだけ教えてくれました。

 

振られた男とその彼女の事が大好きで二人の幸せを毎日祈っているって。

 

一体どんな人に振られたんだろう……

 

さて、色々とモノローグが長くなりましたがここからが本番です。

 

そんな家族に囲まれている私は、とある計画を立てました。

 

それはここ1年以上会えない両親に私から会いに行くことです。

 

と言っても、ほぼ毎日世界中を飛び回ってる二人の現在地を確かめることなんて困難を極めます。

 

世界中に散らばる10000人を超える母が他の叔母達の協力を得て、何度も両親がいるって所に行ってみましたが、全部1週間前くらいにいなくなってました。

 

べ、別に会えないからさびしいって訳じゃないです、ただ、このままだと両親の顔を忘れちゃいそうだからです。

 

だから、私は考えました。

 

学生時代の彼らに会いに行こうと。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「今日集めた全ての<幻想喰い>のストックを使えば、両親の学生時代に行けるはず……」

 

 

少女が<幻想喰い>のストックを確かめていると、後ろのドアからノックの音が聞こえた。

 

 

「あ、はい、どうぞ」

 

 

少女が返事をすると、一人の女性が入ってきた。

 

 

「ふふふ、麻琴さん準備はいいですか?」

 

 

「あ、詩歌お姉さん。準備はばっちりです。これだけのストックがあれば実験通りに詩歌お姉さんの学生時代までいけます。そして、お父さんとお母さんに会ってきます」

 

 

女性、詩歌は目の前の少女、麻琴に微笑みかける。

 

 

「それはよかったです。私も人を集めさせた甲がありました」

 

 

詩歌は麻琴のために自身の人脈を尽くしてありとあらゆる人材を集めた。

 

なぜなら、今日は麻琴が親元を離れて1年が過ぎ、学園都市で祝う初めての誕生日。

 

叔母として、もう1人の母親として麻琴の願いを叶えてやりたかったから。

 

 

「……本当にありがとうございます。私のわがままの為にこんなことまでしてくれて……本当に感謝しています」

 

 

麻琴は詩歌に深々と一礼をする。

 

 

「ふふふ、いいんですよ。子供のわがままを聞くのは大人の義務ですからね。……それに、理由があるとはいえ、麻琴さんと会う時間を作ろうとしない当麻さんと美琴さんにも問題があります。全く、今度会った時に文句でも言って、二人に焼きを入れてやりますか」

 

 

詩歌は拳を握りしめる。

 

 

(そういえば、今日来ていたとある鬼の組長さんって詩歌お姉さんの親友だっけ……)

 

 

両親が詩歌に頭が上がらない事を知っていた麻琴は少し両親の無事を祈った。

 

 

「ははは、そのときはお手柔らかにお願いします。一応、あの二人は私の両親なので……」

 

 

「ふふふ、わかってますよ。そんなに心配しなくても大丈夫です――――さて、そろそろ最後の出発の準備をしますか」

 

 

詩歌は音楽プレーヤーを耳に装着すると、瞑想して、両手に力を込める。

 

すると、徐々に透明なナニカが両手の間に現れ、やがて白い子猫へと変質していく。

 

 

「あ、今日の<幻想猛獣>は猫なんですね。とってもかわいいですね!」

 

 

白猫は詩歌の肩に乗っかり、前足を舐めている。

 

 

「まあ、厳密には<幻想猛獣>ではなく私の分身体みたいなものですがね。……今日麻琴さんがいく私達の学生時代に飼っていたスフィンクスの事を思い出したら懐かしくなっちゃって……」

 

 

詩歌はどこか遠くを見る目で白猫を撫でる。

 

 

「分かってると思いますが、この子に右手で触れば、1回だけですが30分ほど<幻想喰い>で吸収した力が使えるようになります。帰りはこの子の力を使ってください」

 

 

言葉を切り、厳しい目で麻琴を見つめる。

 

 

「麻琴さん、過去にいくという事はとても大変なことです。決して、未来の事は誰にも話しては駄目です。それから過去の私に触れてもいけません。あなたの行動が未来を変えるかもしれません。そのことを絶対に忘れないでください」

 

 

「はい、詩歌お姉さん」

 

 

「あと、ストックの制限時間も考慮するのももちろんですが、当麻さんの右手<幻想殺し>には触れないように。もし触れたら<幻想喰い>のストックは全て消されてしまいます。そうなれば、帰ってこれるのはいつになれるかわかりません」

 

 

「はは、私がお父さんやお母さん、そして詩歌お姉さんみたいにこれだけ多くの人を集めることなんてできませんしね……」

 

 

麻琴が家族に対して劣等感を抱いていると、詩歌が優しく頭を撫でる。

 

 

「それはあくまで現時点のお話ですよ。麻琴さんは当麻さんと美琴さんの娘です。そして、わたしの姪であり、弟子であり、生徒であり、娘です。いつかきっと私達を超えることができます。……ふふふ、簡単には超えさせませんけどね」

 

 

詩歌の言葉は麻琴の中に染みわたり、自信が付けさせる。

 

 

「絶対に超えてみせます! いつかきっと詩歌お姉さんの協力はなくても<幻想喰い>を使いこなせて見せます!」

 

 

詩歌はしばらく麻琴の目を見つめると、自身の滑らかな長髪をまとめている髪飾りを外し、麻琴に手渡す。

 

 

「それでは、この旅のお守りにこの髪飾りを貸してあげます」

 

 

「え、これって、詩歌お姉さんが好きな人から貰ったって言う大切なものじゃないですか!? そんなの受け取れませんよ!」

 

 

麻琴はその髪飾りが詩歌の初恋の人から貰った物だと知っていた。

 

 

「あくまで貸しです。この時代に帰ってきたら、ちゃんと返してくださいね」

 

 

詩歌はそう言うと麻琴にこの髪飾りをつけ、白猫を麻琴の肩に乗っける。

 

 

「それではいきますよ、麻琴さん」

 

 

詩歌が<幻想喰い>に同調を始める。

 

 

「……はい…いってきます、詩歌お姉さん」

 

 

瞬間、麻琴は目も開けられないほど眩しい光を放ち始める。

 

そして、部屋中を眩い光で包んだ後、麻琴の姿は消えてしまっていた。

 

 

「……いってらっしゃい、麻琴さん。無事を祈ってます」

 

 

上条当麻と上条美琴の長女、上条麻琴は両親の学生時代へと旅立った。

 

 

 

 

 

とある学生寮 当麻の部屋

 

 

 

「な、なあ、詩歌、今日の夕飯、一体何なんだ? あまり見た事がないんだが……」

 

 

当麻は目の前で並べられたなんだか良く分からない料理の数々に困惑の色を隠しきれない。

 

 

「今年の夏は例年よりも猛暑ですし、それに昨日はひどい事しましたから、今日の当麻さんの献立は精をつけさせるものにいたしました」

 

 

部屋の中には、料理としては嗅ぎ慣れない漢方を取り扱う薬局の匂いが充満していた。

 

 

「ねえ、しいか、これって何?」

 

 

インデックスがゴツゴツとした木の実の漬物らしい物体を指さし質問する。

 

 

「それは、マタタビの実の塩漬けです。マタタビの実は人が食べても滋養強壮と疲労回復の効果があります。あ、これは当麻さんしか食べちゃいけませんよ」

 

 

「へぇ~、そうなんだ。いいな~とうま」

 

 

インデックスはそう言うとマタタビの実には目もくれず、自分の分を食べ始める。

 

ただ純粋に気になっただけらしい。

 

スフィンクスもおとなしく自分の分のご飯を食べている。

 

 

「な、なあ、詩歌」

 

 

今度は当麻が質問する。

 

 

「このゴボウみたいのはなんだ……?」

 

 

「それは高麗人参です。これも滋養強壮にいいですよ。それも当麻さん専用です。当麻さんの前のお盆にあるのは全部当麻さん専用です」

 

 

「そ、そうか確かに今日は、鰻、トロロ、ニンニクなど精が付くものばかりだな。流石、詩歌よく考えてるな」

 

 

とりあえず、当麻は食事を開始する事にする。

 

 

「あ、そう言えば、当麻さん……今日はこの部屋に泊まりますからよろしくお願いしますね」

 

 

「は!? そんなの聞いてねぇぞ。お前、寮があんだろ!」

 

 

さりげなくしれっとした発言に当麻が反応する。

 

 

「先ほども言いましたが明日は盛夏祭で、わざわざこちらに朝食を作りに行くのは厳しいんですよ。それに用事も頼まれましたし……ちゃんと、外泊許可書は貰ってますよ。それにほら、着替えも持ってきてますしね」

 

 

詩歌は鞄の中からメイド服を取り出す。

 

 

「ぶッッ! ごほっごほっ!?」

 

 

あまりの衝撃に当麻は思わず口の中の食べ物を吹き出し、むせ込んでしまう。

 

 

「当麻さん、はい飲み物です」

 

 

詩歌がすかさずあらかじめ用意していた飲み物を手渡す。

 

 

「わ、わりぃ…んぐ…―――ッ!? ぶはーっ!」

 

 

瞬間、当麻の口から赤い液体が噴き出す。

 

 

「わっ! とうまが血を吐いたんだよっ!?」

 

 

慌てて、インデックスは自分の分のご飯を避難させる。

 

 

「大丈夫ですか、当麻さん?」

 

 

詩歌が背中をさすり、しばらくすると落ち着きを取り戻した。

 

 

「し、詩歌、これは何だ」

 

 

当麻は自分のコップに残っている赤い液体を指さす。

 

 

「これはリンゴジュースで割ったスッポンの血です。これも精力回復にいいんですよ」

 

 

その時、当麻は詩歌の目が野獣の目のようになるのが一瞬見えた。

 

 

「ふふふ、これで当麻さんは精力爆発ですね。……もし眠れそうになかったら、私に声を掛けてくださいね。静めてあげますから…フフ、フフフフ」

 

 

「お、おう」

 

 

この夜、背後を襲われそうな気がして、当麻は風呂場に鍵を閉めて立て篭もってしまい、詩歌のプラン『火山爆発』は不発に終わった。

 

 

 

 

 

常盤台女子寮

 

 

 

「はぁ……」

 

 

御坂美琴は周りの騒がしい様子に溜息をつく。

 

<盛夏祭>、それは年に一度、常盤台女子寮が一般人へ門戸を開く日で、当日には寮生はメイド服を着用し、招待客をもてなす。

 

招待状を持っていないと入場できないが、様々な催し物があり、<置き去り>へのチャリティーオークションも開催されている。

 

 

「別にこんな恰好でなくても……」

 

 

寮生である美琴も招待側としてメイド服を着ていた。

 

 

(はぁ、とりあえず、仕事をしますか……)

 

 

「いらっしゃいませ、こちら今回のパンフレットになっております。よろしければお一つどうぞ」

 

 

営業スマイルをしながら、男性客にパンフレットを手渡す。

 

 

「君可愛いねぇ、写真撮ってもいいかな?」

 

 

断りを入れてるものの、男性客は返事を聞く前に美琴を撮影してしまう。

 

寮生の撮影は禁止されているものの、相手は招待客であるため扱いが困難である。

 

 

(あちゃ~、厄介な客に捕まえちゃった。……去年は詩歌さんにうまく対処してもらったからなぁ……)

 

 

「ね、ねぇ君、そういえば、<微笑みの聖母>って呼ばれてる女の子がどこにいるかって知らない?」

 

 

「い、いえ知りませんよ。それよりも撮影はお辞めください」

 

 

美琴が困っていると、男性客の後ろからぬっと手が男性客の肩に伸びてきた。

 

 

「旦那様。寮生の撮影は禁止されております。申し訳ありませんが、撮影したデータを渡してもらえますか?」

 

 

「うわっ!?」

 

 

男性客が振り向くと、そこには何故か執事服を着た陽菜がいた。

 

驚いて逃げようとするが、肩に掴まれた陽菜の手を振りほどく事ができない。

 

 

「残念でございますが、こちらに来ていただきます」

 

 

そして、陽菜は軽く左腕を上にあげて指を鳴らす。

 

すると、2人の女子学生がやってきた。

 

 

「おまえたち、こちらの方を丁重におもてなししろ」

 

 

「「はい」」

 

 

「お、おい、離せ」

 

 

男性客はそのまま女子学生にどこかに連れてかれた。

 

 

「あ、ありがとうございます、陽菜さん」

 

 

「んにゃ、別に礼はいらないよ、美琴っち。これが私の仕事だからね」

 

 

陽菜は左腕についている腕章を見せる。

 

そこには『取締役 頭取』と書かれてあった。

 

 

「何ですか? その格好、それに取締役って……」

 

 

陽菜はちょっとばつ悪そうに答える。

 

 

「あー、ほら、美琴っちは知ってるだろ。去年、私が男性客に絡まれてちょっと、ちょーっとだけ騒動が起きただろ?」

 

 

「ちょっと…だけですか…あれが……」

 

 

陽菜は去年の盛夏祭で自身のメイド服姿を笑った男性客全員を詩歌が止めなければ危うく病院送りにするというほどの騒動を起こした事があった。

 

 

「いやー、流石に寮監も私に同情してくれたみたいでね。私は特別にメイド服が免除になったという訳さね。その代わりに、寮生を撮影しようとする不審な輩を取り締まる仕事をすることになったんだよ。去年の詩歌っちがすごかっただろ?」

 

 

去年の盛夏祭、男性客、それに招待客ではない男子学生が詩歌を撮影しようとして、大勢押し寄せてきた事があった。

 

 

「詩歌っち、巷では人気者だからねぇ。今年もまだ始まったばかりなのに、招待されてない5,6人程の男どもが詩歌っち目当てで来てたよ。やっぱ、今年で詩歌っちのメイド服姿が最期だからね。去年以上の騒動が起きそうだよ。そこで、寮監が愛しい弟子の為に今

年は取り締まりを強化したわけさね」

 

 

言葉を切り、自身の胸を自信がありそうに親指で指す。

 

 

「そこで、私が大抜擢。私って、常盤台中学生の中では2人しかいない秘伝『物理的衝撃による記憶消去法』の使い手だしさ。事を穏便に収めることができるんよ」

 

 

常盤台中学秘伝、『物理的衝撃による記憶消去法』とは文字通り、物理的衝撃で脳を揺さぶり、直前の記憶を消去するという荒業で、伝承者は詩歌と陽菜しかいないという秘伝中の秘伝である。

 

と風の噂で言われてたり、言われてなかったりする。

 

 

「ほんじゃ、じゃーね。美琴っち、今日楽しみにしてるからねー」

 

 

「はい、陽菜さんも頑張ってください」

 

 

陽菜は説明した後すぐに見回りをしにどこかへ行ってしまった。

 

 

「……はぁ…そういえば、詩歌さん今どこにいるだろう?」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

街行く人々の誰もが思わず立ち止まって振り向いていた。

 

中にはカメラを取ろうとする人もいる。

 

注目を集めている人物、詩歌が何をしているのかというと何故かメイド服を着て子供達を引率していた。

 

 

「はーい、皆さーん、後もう少しですよー。あと少しで常盤台女子寮に着きますからねー」

 

 

何故、詩歌がこんなことをやっているのかというと、彼女の師匠である寮監にあすなろ園の子供達を招待するから、無事に辿り着けるよう引率を頼まれたからである。

 

メイド服を着てるのは子供達がはぐれても大丈夫なように目立つためである。

 

 

(はぁ、折角、舞夏さんの助言通り、精が付くものを食べさせ、メイド服を着てみせたのですが……プラン『火山爆発』は不発に終わってしまいましたか……やはり、高麗人参は天然物、それに海亀の卵も用意するべきでしたね。……それとも、エロメイドシリーズとやらの方が良かったんでしょうか? いや、それは少し恥ずかしいです……)

 

 

てれてれと頬染めながら詩歌が<新当麻教育計画>にさらなる改良を加えるべきか悩んでいると子供達が質問してきた。

 

 

「ねぇ、詩歌お姉ちゃん! 今年も詩歌お姉ちゃんが演奏するの?」

 

 

「いいえ、私は去年やりましたから今年は別の人がやることになりますよ。ほら、この前一緒に遊んだ美琴お姉ちゃんが演奏します。皆さん、ぜひ応援してくださいね」

 

 

「「「「「「はーい!!」」」」」」」

 

 

「はい、元気がよろしいですね」

 

 

詩歌は子供たちに満面の笑みを向ける。

 

 

「すみませ~ん、そこのメイドさ~ん、ちょっと待って下さ~い」

 

 

その時、後ろから肩に白い猫を乗せた少女が駆けこんできた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…あ、あの、すみません。もしかして、お母―――いえ、御坂美琴さんのお知り合いですか? 私、えっと、あの、その、彼女を探してるんですが、どこにいるのか全然わからなくて。昔よくいた場所も探してみたんですが、そこにもいなくて……」

 

 

少女は息を切らせながらも矢継ぎ早に詩歌に質問する。

 

 

「それで、できればどこ、に…い…るのか…って!! ええええええぇぇぇっっ!!!」

 

 

少女は詩歌の顔を見た瞬間、絶叫をあげる。

 

 

「ふふふ、どうしたんですか? 私の顔を見てそんなに驚いちゃって、何かついてますか?」

 

 

詩歌は心配そうに少女の顔を見つめ、手を伸ばそうとする。

 

 

「わっ、わわわ私は大丈夫です! 詩歌お姉さん! どこも怪我はしておりません!」

 

 

少女は詩歌の手から慌てて後ずさる。

 

 

「あらあら、あなたも元気がいいですね。……それで、名前を知ってるなんて、もしかして、私と会った事があるんでしょうか?」

 

 

少女は頭を猛スピードで横に振る。

 

 

「い、いえ、会ったことはありません! 詩歌お姉さんの事は……えっと…あの…テレビで見ました…―――あ」

 

 

少女は慌てて誤魔化そうとしたが、残念なことに詩歌は一度もテレビ出演はしていない。

 

 

「ふふふ、そうですか。わかりました。それで、あなたのお名前は何ていうんですか?」

 

 

とりあえず、詩歌は見逃すことにして少女の名前を問う。

 

 

「え、ええと…私は…かみ―御坂麻琴です。御坂美琴さんの遠い遠ーい親戚で美鈴お婆――――美鈴さんも知らないほど遠い親戚なんです! それで折角、学園都市に来たので美琴さんに逢おうかと思いまして……」

 

 

「ふふふ、そうなの。私、全然知りませんでした。確かに、本当に美琴さんによく似ていますね。それに……何でしょう? 誰かに似てるような……」

 

 

「あ、知らないようですね。それでは私、急いでますので、失礼します」

 

 

麻琴は詩歌から逃げるかのように慌てて走り出す。

 

 

「待ちなさい。麻琴さん」

 

 

瞬間、麻琴の足が凍りついたように動かなくなる。

 

まるで、遺伝子に刻み込まれているかのような反応だった。

 

 

「美琴さんなら今日は常盤台女子寮にいますよ。盛夏祭ですし、ここで会ったのも何かの縁、私が常盤台女子寮に招待しますよ、麻琴さん」

 

 

「盛夏祭ッ!? あ、いえ、はい、ありがとうございます、詩歌お姉さん……」

 

 

(んーーー、美琴さんにも似ているんですが、他の誰かにも似ているような……)

 

 

ロボットののようにかくかくと首を振る麻琴を見て、詩歌は誰かと面影が重なったように感じた。

 

 

「それでは手を繋ぎま――……」

 

 

そのとき、詩歌は白猫がこちらを見ていることに気づいた。

 

どこか悲しさを感じさる目でこちらを見ていた。

 

 

「それでは、後について来てください」

 

 

何故か詩歌は肩に乗った白猫を見た瞬間、繋ごうとした手を引っ込めてしまった。

 

麻琴は詩歌が手を差し出した事すら気付かず、考え事に没頭していた。

 

 

(まさか最要注意人物の1人の詩歌お姉さんに話しかけてしまったなんて……っていうか、詩歌お姉さん、学生時代から比べて体格以外ほとんど変わってないなんて……美鈴お婆ちゃんが言った通り詩菜お婆ちゃんからの遺伝なのかな。……それに、今日が盛夏祭だったなんて…はぁ、不幸だ……)

 

 

未来から来た御坂、いや、上条麻琴の旅はいきなりピンチを迎えていた。

 

 

 

 

 

常盤台女子寮

 

 

 

「はぁー、本当に全員メイド服着てんだな、詩歌の冗談かと思ったんだが」

 

 

上条当麻はインデックスを連れて盛夏祭へとやってきた。

 

そこで初めて見るメイドの大群に目を奪われる。

 

 

「詩歌の奴、こんなところで生活してるのか。俺の寮とは大違いだな。なあ、インデックス、どこから回るか?」

 

 

当麻はしばらく返事を待っていたがなかなか帰ってこない。

 

 

「おーい、インデックス、どこ――――って、いなくなってるし……」

 

 

横にいたはずのインデックスはすでにどこかへ行ってしまった。

 

 

「はぁ、不幸だ」

 

 

場所は離れているが、当麻と麻琴の溜息はピッタリにシンクロした。

 

そんなことは誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「師匠、無事子供達を一人も欠けることなく連れてきました」

 

 

子供達を連れてきた詩歌は寮監を見つけ、すぐに駆けより一礼する。

 

 

「おお、ご苦労だ。詩歌、悪かったな。早朝から仕事を頼んでしまって」

 

 

「いえ、そんな悪いだなんて言わないでください、師匠。私もこの子たちと遊べて楽しかったですし」

 

 

詩歌にとって、寮監は格闘術の師匠である。

 

小学生の頃から格闘術に精を出していた詩歌だが、師匠と呼べるものはおらず、独学で学んでいた。

 

そんな詩歌が常盤台中学で出会ったのが寮監である。

 

入学式の日、寮監が暴れ出した新入生達を殆ど傷つけずに無力化し、周囲を睨みつけて事態を鎮静させた姿に憧れを抱き、その日から3日間ずっと志願し続け、詩歌は見事弟子となることができた。

 

ちなみに、暴れ出した新入生の1人は陽菜である。

 

それから、詩歌はしばらく泣いたり笑ったりできなくなるほどの厳しい修練をこなしていき、次第に師匠と弟子の絆を深めていった。

 

 

「それで師匠、この子にも招待券を――――あら、いつの間にいなくなってしまいましたね」

 

 

招待券を貰おうとしたが、肝心の麻琴がいなくなっていった。

 

詩歌が慌てて探そうとしたが、その前に寮監が制止の声をかけた。

 

 

「まあ、待て。詩歌が連れてきたんだ。私はお前の事を信じているからな、別に招待券は必要ないだろう。見逃してやるから、すぐにその子を探しに行け」

 

 

「はい、ありがとうございます、師匠! それでは失礼します」

 

 

詩歌はもう一度礼をした後、麻琴を探しに行った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

そのころ、チャリティーオークション会場には大勢の人たちが集まっていた。

 

舞台の上では、何故か取締役頭取の陽菜が司会をしていた。

 

 

「はい、ここまで。見事このブランド物のバックを落札したのは固法美偉お嬢様です。皆さん、拍手をお願いします」

 

 

黒子と初春の<風紀委員>の先輩である固法美偉は格安でブランド物のバックを手に入れられ思わず飛び上がってしまう。

 

 

「「あ、固法先輩」」

 

 

しかし、その瞬間を後輩たちに見られて恥ずかしそうに俯いてしまう。

 

 

「私は……そう! これは<置き去り>達の基金になるのよ。だからその……協力してるのよ!」

 

 

慌てて誤魔化そうとするが、舞台の上から見ていた陽菜が悪魔のように口角がつりあがる。

 

 

「あれあれ~、確か美偉の姉御はブランド物に目がなかったんじゃなかったけ~? オークションが始まる前に何が出るのか教えてくれって言ってたじゃん」

 

 

「陽菜! あなたはちゃんと司会しなさい! あまりからかおうとするとただじゃおかないわよ!」

 

 

「ふん! 胸が大きくなったからって大人ぶりやがって!」

 

 

この2人は、かつてビックスパイダーで知り合い、同性が少ないこともあって最初は姉妹のようにとても仲が良く、黒妻がいなくなってからも交流が続いたが、固法が胸が大きくなり始めた時に言ったとある一言が原因で犬猿の仲へとなってしまった。

 

とは言っても、なんだかんだ今も交流が続いているという事は仲はいいはず……

 

 

「―――あ、はい、進めます―――ちっ、運が良かったねぇ。進行しなきゃいけないからこのくらいにしといてやりますか―――さてお次の品はこのキャラクターものの――」

 

 

「10,000円!」

 

 

司会の陽菜が全て言い終わる前に、コールの声が上がった。

 

 

「え~っと、この文房具セット、普通に買ったら単品100円程度のものだけど、それでもいいの?」

 

 

コールをあげた人物、白井黒子が立ち上がる。

 

 

「10,000円ですの」

 

 

周りが破格の値をつけた黒子に注目する。

 

 

「それは、ただの文房具セットではございませんの。なぜならばこれは、お姉さまがご出品なさった物なんですから。この下敷きも、言うなればお姉さまの分身。あ~ん、黒子の果報者~」

 

 

黒子はしばらくトリップ状態になってしまい、陽菜はとりあえず進行を進めることにする。

 

 

「まあ、人の価値観は人其々という訳ですね。是非大切に使ってください。さて、それでは今度はこの手作り――――」

 

 

「10,000円!」

 

 

また、司会の陽菜が言い終わる前に、コールの声が上がった。

 

 

「え~っと、これは非常に手が込んでるけど、衣服を作ったあまりで作ったらしいから、ほとんどタダみたいなものだけどいいの?」

 

 

コールをあげた人物、何故か純イギリス純和風メイド服という不思議な服を着た婚后光子が立ち上がる。

 

 

「10,000円ですわ」

 

 

また、同じように周りが破格の値をつけた婚后に注目する。

 

 

「それは、ただの出来の良い人形ではありませんわ。なぜならば、これは<微笑みの聖母>、上条詩歌様がお作りになった人形。私、西洋人形が専門ですが、詩歌様がお作りになったものかどうか見抜くことなんて、一番弟子の婚后光子にかかれば造作もない事」

 

 

瞬間、会場がざわつく。

 

 

「へぇ~、さすが詩歌さん、人形作りのレベルもすごいなぁ~」

 

 

佐天は詩歌の人形の見事な出来栄えに感心する。

 

 

「なれば、詩歌様の一番弟子であるこの婚后光子がその人形を手に入れるのは当然のことですわ」

 

 

婚后は高らかに笑い声をあげる。

 

 

「人の価値観はともかくとして、流石、自称詩歌っちの一番弟子を名乗るだけあるねぇ~。よくぞ見抜いた、この人形は君の物だ! 是非大切に使ってくれぃ!」

 

 

周囲に盛大な拍手が鳴り響く。

 

 

「さて、そろそろ最後の品だぁ!」

 

 

瞬間、周囲が静寂になる。

 

そして、何人かは飢えたハイエナのような眼になる。

 

 

「さて、知ってる人は知っている最後の品は、この私、鬼塚陽菜が提供させていただきます」

 

 

言葉を切り、陽菜は慎重に机の上にあるものを置いた。

 

形からして一目瞭然で、何かスピーカのようなものが付いてはいるが……それ以外は何の変哲もない、

 

 

「さて、これは一見ただの目覚まし時計のようにみえます」

 

 

ただの時計、いや、目覚まし時計。

 

毎年、この陽菜が出す物は普通では手に入らないような代物ばかりだったので、あまりにもまともなのは逆に意外だった。

 

 

「はいこれは私の言うとおりただの目覚まし時計です」

 

 

胸を張って自信満々な陽菜。

 

しかし、さっきまでの2人と同じく真っ当ではあるが、高値で買い取るような信者がいる訳ではない………陽菜には、だが。

 

 

「が、しかし、肝心なのはここから」

 

 

不敵に二ヤリ笑いを浮かべ、陽菜は目覚まし時計のスイッチを入れる。

 

すると、

 

 

『おはようございます。ほら、朝ですよ。起きてください、あ・な・た』

 

 

目覚まし時計から女の子の甘い声が発せられた。

 

まさに、彼女のいない独身貴族の男子学生にとってそれは禁断の花園でしか聴けない妖精セイレーンの歌声にも等しい甘美な囁き。

 

さらに、この声はひょっとすると……

 

 

「はい、実はこの目覚まし時計、録音機能が付いておりまして、この私、鬼塚陽菜が長年密かに収録したお嫁にしたい女子学生No,1の上条詩歌の目覚ましボイスが詰まっています!」

 

 

お嫁にしたい女子学生第1位と大人気な上条詩歌のもの。

 

 

――――ざわっっ??!!

 

 

瞬間、傍観していた観客達の空気が一変する。

 

陽菜は空服に飢えた猛獣の中に生肉を放り込んだようなものだ。

 

しかも、

 

 

「今の目覚ましボイスの他にまだ数種類のパターンがございます! そして、さらに―――」

 

 

陽菜は懐からメモリーチップを取り出す。

 

 

「この詩歌っちの満面のスマイル写真のデータもつけちゃいます。それだけではございません。な、何と、この中には詩歌っちの身体データも入っちゃてたりします! さあ、テメェら、この俺の嫁セット欲しかったらありったけの金を出しなッ!!」

 

 

会場に野太い男達の声が響き渡った。

 

その後、陽菜の煽りを受けてか、参加者からコールされる額は天井知らずに上がっていき、そして、この陽菜の出品は盛夏祭チャリティーオークション、過去最高額を大幅に塗り替えることになる。

 

だが、これが原因で陽菜はしばらく詩歌に口を聞いてもらえなくなってしまい、寮監から夏休みの間、毎日寮内清掃を命じられることになった。

 

さらに、落札後、品を巡り大乱闘が発生し、結局、通りかかったとある根性男のせいで品は全て行方不明となってしまい、幻の品へとなってしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「んーーー、そんな子、ここに来なかったと思うんだよ、しいか」

 

 

「そうですか……食堂には来ていなかったですか」

 

 

詩歌は食堂でインデックスに出会い、麻琴についての情報を聞き出していた。

 

 

「うん。私、ここでずっとご飯を食べてたけどそんな子見てなかったよ」

 

 

ずっと食べ続けたためか、インデックスの目の前にはいくつもの皿が重なった塔ができていた。

 

 

「ありがとうございます――――あ、そろそろ、行かなきゃいけませんね」

 

 

詩歌は腕時計を見て、そろそろコンサートの時間だと察する。

 

 

「どこいくの、しいか?」

 

 

「たぶん今頃重圧に押し潰されそうになっている妹の所にですよ――――ん?」

 

 

その時、詩歌の目の前に麻琴の肩に乗っていた白猫が現れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「はぁ……なんか舞台の方が騒がしいわね」

 

 

メイド服からドレスに着替えた美琴は溜息をつきながら今日の事を思い返していた。

 

 

『ほんじゃ、じゃーね。美琴っち、今日楽しみにしてるからねー』

 

『『『『『『1番楽しみなのはね……美琴お姉ちゃんのステージ!!』』』』』』

 

『あの子達と詩歌の期待に答えてやれ』

 

『同じ詩歌様の弟子同士、応援してますわ』

 

『御坂さん、応援してます』

 

『御坂さん、頑張ってください』

 

『お姉様、ご健闘をお祈りしておりますですの』

 

 

数々の人たちの応援というプレッシャー。

 

そして去年の事を思い出す。

 

 

『来年は、美琴さんにお願いしますね』

 

 

偉大な先輩の後釜としてのプレッシャー。

 

 

「はぁ……去年の詩歌さんみたいにできるかなぁ……」

 

 

美琴はプレッシャーを感じ、ステージに向かう途中で固まっていた。

 

 

「あの……」

 

 

不意に掛けられた声に、びくりと、悪戯が見つかった子供のように震える。

 

 

「がっ!?」

 

 

そして、振り向くとそこに、最も尊敬する先輩の兄で、何故か気になる異性、当麻がいた。

 

 

「すみません。……実は一緒に連れてきた連れと逸れてしまって――って、御坂じゃん」

 

 

当麻は、振り向いてようやく目の前の少女が美琴だと気付いた。

 

 

「……なんでここにいんのよ。人の発表を茶化しに来たわけ? 慣れない衣装を笑いに来たわけ!?」

 

 

突然、美琴が突っ掛かってきたので、おもわず当麻は素直な感想を口にする。

 

 

「いや…そんな…スゲー綺麗だと思うぞ―――ッ!?」

 

 

だが、それはテンパっている美琴の地雷を見事に踏んだ。

 

 

「ばかーーーーッ!!」

 

 

轟音とともに雷光が走る。

 

 

「うおっ!? 何すんだいきなり!?」

 

 

咄嗟に防ぐが、突然の雷光にビビり、当麻は腰を抜かしてしまう。

 

 

「な、私が1番テンパってる時に変な事言わないでよ!」

 

 

美琴は顔を真っ赤にして文句を言う。

 

そのとき、雷光が走った所を目印にして駆けこんだ少女が現れた。

 

 

「ようやく見つけた!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「「え?」」

 

 

2人は乱入してきた少女、麻琴に驚き、しばらく呆気にとられてしまう。

 

 

「あ、あの、おと、じゃなくて、おか、でもなくて、何を言えば……」

 

 

麻琴は両親に会った時、話したいことが山ほどあった。

 

勉強の事。

 

能力の事。

 

生活の事。

 

何でもいいから最後に別れてからどんなことを経験してきたのかを全て話したいと思っていた。

 

しかし、それらは過去の両親に話しても理解してもらえるものではない。

 

むしろ、問題を起こしてしまう。

 

麻琴はただ親に会う事だけを考え、会ってからどうしようなんてことは全く考えたことはなかった。

 

だから、なにをしたらいいかテンパってしまった。

 

 

(あれ、どうしよう、私、何をしたら……会っても何も自分の事話すなって詩歌お姉さん言ってたし、このままじゃ折角―――って、あれ、ならなんで私が過去にいく事を詩歌お姉さんは許可したんだろう……)

 

 

「ぷっ―――ごめなさい、慌ててるあなたを見てたらついおかしくって」

 

 

美琴は麻琴がテンパる姿を見て、思わず笑ってしまった。

 

 

(でもおかげで余分な力が抜けたわ。本当、この子には感謝しないとね。ついでにそこにいる馬鹿にも)

 

 

美琴はただ笑っただけ、しかし、そのおかげで押し潰そうとしているプレッシャーが消えた。

 

拘束されてるように動かなかった体が動くようになった。

 

狭まった視界が開けた。

 

 

(今の私なら絶対に成功できる)

 

 

そして絶対の自信が付いた。

 

 

「ふふふ、大丈夫のようですね、美琴さん」

 

 

演奏前に発破をかけに来た詩歌は美琴の顔を見て大丈夫だと悟った。

 

 

「はい、大丈夫です、詩歌さん」

 

 

詩歌が感じた通り美琴の状態はベストだった。

 

 

「笑っちゃったお詫びにそこで私の演奏を聴いててよ。あなたのために最高の演奏をしてあげるから。あ、あんたもついでに聴いてていいわよ」

 

 

美琴は麻琴を見てると何故かこの子の為に全力を出さなくてはという気にさせる。

 

 

「は、はい、聴かせてもらいます」

 

 

麻琴は嬉しかった。

 

母が自分の為に最高演奏をしてくれるのがどうしようもなく嬉しかった。

 

 

「それじゃ、行ってくるわね」

 

 

そして、美琴は舞台へと駆け上がった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「インデックスさん、もうそろそろ帰りますよ」

 

 

「あ、しいか、まことは見つかったの? それにとうまは?」

 

 

盛夏祭が終わり、詩歌はインデックスを迎えに来た。

 

 

「はい、見つかりましたよ」

 

 

詩歌は分からなかった。

 

 

「どうやら彼女は私の後輩の親戚らしくて」

 

 

何故、麻琴の事を深く追及しなかったのか分からなかった。

 

 

「折角だから、後輩と一緒にケーキを食べに行かせました」

 

 

何故、美琴に麻琴にケーキを奢ってあげてとお願いしたか分からなかった。

 

 

「当麻さんに2人の付き添いをお願いしましたので、先に家へと帰りましょう」

 

 

何故、当麻に2人に付き添ってほしいとお願いしたのかは分からなかった。

 

 

「あ、その前に買い物に付き添ってもらえますか」

 

 

何故、麻琴に触れてはいけないと感じたのかは分からなかった。

 

 

「うん、わかったんだよ、しいか」

 

 

そう、あの子の肩にいた白猫を見た瞬間、幻想御手事件で<幻想猛獣>に触れた時のようにナニカが伝わってきた。

 

喜怒哀楽、それらを狂おしいほど深い愛で包み、全て濃縮したナニカが伝わってきた。

 

それが私を道化に駆りたてた。

 

 

「……麻琴…か」

 

 

けれど、美琴、当麻、麻琴の3人揃っているのを見て納得した。

 

本当に何も分からないけど、こうすることが正しいと思えた。

 

 

「なんか言った、しいか?」

 

 

「いえ……ただの独り言です。気にしないでください。それでは、インデックスさん、買い物に行きましょう」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

詩歌は部屋の中である決意をしながら麻琴を待っていた。

 

 

「……やはり、あの時出会った女の子は麻琴さん…だから、私はあの子に麻琴と名付けたのかもしれません。…―――ん、来ましたか」

 

 

突然、部屋の中心が眩しく光りはじめた。

 

そして、部屋中を眩い光で包んだ後、中心に麻琴の姿が現れた。

 

 

「お帰りなさい、麻琴さん。とりあえず、無事に帰ってこれてよかったです。……それで旅は楽しめましたか?」

 

 

詩歌は少し安心しながら麻琴に近づく。

 

 

「……はい、ありがとうございます。……お母さんの演奏が聴けて…お父さんとケーキを食べれて…おかげで最高の誕生日を迎えられました。本当にありがとうございます」

 

 

麻琴は満面の笑みを詩歌に見せる。

 

 

「どういたしまして。そんなに満足してもらえて、こちらも嬉しいです」

 

 

詩歌も満面の笑みで返す。

 

 

「あ、そう言えば聞きたい事があるんですがいいですか?」

 

 

「何故、危険なはずなのに、会っても話したい事が話せないのに、当麻さんと美琴さんに会う事だけしか考えていないテンパり癖のある麻琴さんを過去に行かせた事ですか?」

 

 

「……やっぱり、わかっていたんですか。な、なら、どうして私を止めなかったんですか?」

 

 

少し悩んだ後、どこか悪戯が成功した子供のように詩歌は微笑む。

 

 

「んー、女の勘です。きっと麻琴さんの旅は成功するってわかったんです。ただ、それだけです」

 

 

「ただ……それだけって」

 

 

詩歌に深い考えがあると思っていた麻琴は突拍子もない答えに愕然としてしまう。

 

 

「そんなことより、無事に帰ってきたご褒美をあげます。ついて来てください」

 

 

詩歌はそう言うと強引に麻琴の手を引く。

 

 

「そんなことって……―――あ、詩歌お姉さん、この髪飾り返しますね」

 

 

「いえ……それは麻琴さんが貰ってくれませんか?」

 

 

今回、詩歌は麻琴の為に過去の自分に今の自分の残滓を見せた。

 

いつか、それが当麻から身を引かせるきっかけになると知っていたのにもかかわらず。

 

 

「え? どういうことですか?これって確か、詩歌お姉さんの」

 

 

だから、自分の手で失恋するきっかけを作った事を機転に、自分は今日で心の整理を終えることにした。

 

自身の心を整理するために、詩歌は麻琴を預かったかもしれない。

 

 

「麻琴さん、明日、私は再び世界を巡ろうと思います」

 

 

「え……」

 

 

麻琴に生活する術も、<幻想喰い>についても、ある程度の格闘術も教え込んだ。

 

麻琴を狙う暗部の輩も排除した。

 

これで一人暮らしはもちろん、麻琴の弟、妹達が来ても大丈夫だろう。

 

そして、心の整理も終えた。

 

学園都市に留まる理由はもうない。

 

それにあまり科学サイドに肩入れをして世界のバランスを崩すわけにはいかない。

 

だから、詩歌は再び世界に旅へ出る。

 

 

「これは大切なお守りです。きっと、私が遠く離れても麻琴さんを守ってくれます。ふふふ、私がそうおまじないをしましたから」

 

 

この髪飾りは当麻が不幸から守るお守りとして詩歌に贈ったものだ。

 

だからこそ、麻琴に詩歌は髪飾りを渡すことにした。

 

当麻と美琴、そして、自分の娘でもある麻琴の幸せを願って。

 

 

「……はい。大切にします」

 

 

詩歌からの深い愛が詰まった贈り物、そこから、詩歌は自身の幸せを願っていると麻琴は感じ取れた。

 

 

「ふふふ、ありがとうございます。さて、それではご褒美です。麻琴さん、そこのドアを開けてください」

 

 

目的の場所に着いた詩歌は麻琴の背中をそっと押す。

 

 

「え、はい」

 

 

麻琴はドアを開ける。

 

 

「あ――――」

 

 

ドアを開けた先には、麻琴が本当に待ち望んでいたものがあった。

 

 

「「麻琴、誕生日おめでとう」」

 

 

 

つづく


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