とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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吸血殺し編 黄金錬成

吸血殺し編 黄金練成(アルス=マグナ)

 

 

 

三沢塾 1時間前

 

 

 

「ステイルさん、30枚くらい爆破のルーンがありますか?」

 

 

「ん? あるよ。そこにいる馬鹿が急いだおかげで、カードも余っているしね。でも、流石に『コインの表』のものは破壊できないよ」

 

 

不満そうに当麻へ流し目を送る。

 

その目線だけで十分に当麻への文句が伝わった。

 

 

「どのくらい威力がありますか?」

 

 

「ん~、そうだねぇ……大型車一台を廃車にできると思うよ」

 

 

「すごいですね! 流石、一流の魔術師のステイルさん」

 

 

ステイルの返答を聞いた詩歌は先ほど廻った1階の見取り図を思い浮かべ、鞄から取り出したノートに描いていく。

 

 

「な、なあ、詩歌一体何をするつもりだ?」

 

 

ようやく復活した当麻が詩歌に質問する。

 

 

「今、三沢塾に張られている結界は、北東南西の棟をピラミッドに見立てる事を基本にして成り立っています。1階が破られても保たれているところを見ると多少の誤差は大丈夫なんでしょうね」

 

 

詩歌はわかりやすいようにノートに三沢塾の外観とその上にピラミッドを描く。

 

 

「この結界は外敵と目的の吸血鬼を逃がさないようにする牢獄の役割だけではなく、自身の魔力を一切外に漏れ出ることなく充満させることができます」

 

 

ノートの端にちょこちょこと可愛らしい吸血鬼と一緒に牢屋に入れられている当麻の絵を描き加える。

 

よく見ると、その吸血鬼は少し詩歌に似ている。

 

 

「そして、<幻想投影>で解析してみたところ、先ほどの罠は自身の魔力を充満させた結界の中にいる学生を何十人も操らせて発動しました。いえ、発動する前に術式の核となる学生を封じることで防ぐことができました。当麻さんのおかげです。これは、ご褒美です」

 

 

詩歌は鞄から飴玉を取り出すと、当麻の手元へ放り投げる。

 

貰った当麻は嬉しさ半分、情けないのが半分といったところである。

 

 

「この罠は、操っている術式の核を破壊するか、結界内の学生達を減らさなければ、再び私達に襲ってくるでしょう。なので、このままアウレオルスさんがいる北棟の最上階に向かうととても危険です。それは私達だけではなく、操られている学生達も危ないです。<幻想投影>で解析してわかったのですが、どうやら、能力者と魔術とやらは相性が悪いらしく、もし使えば拒絶反応が起こります。これは命に関わります」

 

 

今度は美琴とステイルを可愛らしく描いて上に大きく×マークを引く。

 

 

「ん? そういえば、さっきステイルを複製して炎を出してたけど、詩歌は魔術を使っても大丈夫なのか?」

 

 

すっかり生徒役になった当麻が手を上げて教師役の詩歌へ質問する。

 

 

「はい、大丈夫ですよ。どうやら当麻さんの<幻想殺し>と同じで<幻想投影>も異能の力になら何でも働くそうです。はい、これは心配してくれたお礼です」

 

 

当麻に甘い詩歌はもう一つ飴玉を当麻へ渡す。

 

横にいるステイルは呆れて見ていられないのか天井を仰ぐ。

 

 

「はい、ここで問題です。私達がこのまま罠に掛かることなく姫神さんの捜索をするには、どうすればいいでしょうか? はい、当麻さんお答えください」

 

 

ペンで勢いよく当麻を指し示す。

 

 

「え、え~と……」

 

 

いきなり指名された当麻は唸りながら考え込むが何も思いつくことができなかった。

 

 

「はい、時間切れです。飴玉ゲットはなりませんでした。残念でした。それでは、一流の魔術師のステイルさんのお答えは」

 

 

今度はステイルへ指し示す。

 

ステイルはやれやれと溜息をつきながら、仕方ないと言った調子でそのノリに付き合う。

 

 

「……ふん…僕か君がその操っている術式の核を破壊すればいいんだろ。核の破壊なら僕にもできる。まあ、君のお兄さんは囮にでもなってくれるとやりやすいけどね」

 

 

正直、微笑んでいる詩歌の雰囲気は“あの子”のものと似ているため、ステイルは調子を崩され、なかなか逆らう事ができずにいる。

 

 

「ん~……確かに可能ですが、それでは当麻さんとここにいる学生達が危ないので却下です。でも、答えてくれたのでご褒美です」

 

 

詩歌はステイルに飴玉を差し出す。

 

しかし、受け取りたくないのか、ステイルはそっぽを向いて無視する。

 

 

「……ちっ」

 

 

だが、結局、詩歌の微笑みに根負けして渋々飴玉を受け取る。

 

 

「さて……それでは、詩歌先生のお答えは―――」

 

 

 

 

 

三沢塾外

 

 

 

爆破解体(デモリッション)での術式の破壊か……全く、無茶苦茶な事を思いつく」

 

 

倒壊していく東棟を眺めながらステイルはぽつりと呟く。

 

1時間前、3人は詩歌の指示通りの行動を開始した。

 

ステイルは、詩歌に指示された個所に爆破のルーンの設置と火災と見せかけるための煙幕を発生させ、三沢塾周辺に人払いのルーンを設置。

 

詩歌は、探査に引っかからないようにアウレオルスの魔力を複製し、各階に人払いのルーンの設置と避難の誘導と確認の見回り。

 

当麻は、1階にいる生き残りの騎士たちの運搬及びステイルの身辺警護。

 

まず、火災が発生したと思い込ませることで、アウレオルスに術式に必要な学生達を東棟から別棟へ避難させるよう誘導する。

 

さらに、念の為、詩歌が各階を見回り避難しているか確認及び人払いのルーンの設置し、最後に結界を使って東棟に誰もいない事を確認する。

 

確認が終わったら、『コインの裏表』の結界が張られていない東棟1階の支柱を爆破。

 

東棟そのものの重量を利用して、周囲に被害をもたらすことなく建築物を瓦礫に変え、ピラミッドを模した結界のバランスを崩し、留められたアウレオルスの魔力を発散させ、術式に必要な魔力を消失させる。

 

ステイルからアウレオルスは数々の魔道具で補強していることを聞いた詩歌は強大な魔道具、『三沢塾』を破壊すればアウレオルスを無力化できると考えたのだ。

 

相手ではなく、相手の武器を破壊し、そして、降参させる。

 

やり方は滅茶苦茶だが、誰も傷つかない平和的な解決方法だと言える。

 

ステイルも滞った魔力が拡散しているのを見て、アウレオルスの力がもがれるのも時間の問題だと考えていた。

 

 

「な…に……ッ!?」

 

 

だが、世界最高の錬金術師、アウレオルス=イザードの力は予想以上だった。

 

 

 

 

 

三沢塾 北棟最上階 塾長室

 

 

 

「ははは、あはははは! 俄然。面白い。面白いぞ。今日の刺客は今まで奴らとは一味違う。こんな大胆な方法で実行するとは、普通の魔術師の考えではないな」

 

 

アウレオルスは東棟が爆破解体されているというのに、心底楽しそうに笑っている。

 

生徒の奇天烈なテストの回答を笑う先生のように。

 

 

「自然。このままだと刺客の予想通りにここが使い物にならなくなるな」

 

 

建物内に留められた魔力は徐々に減ってきている。

 

 

「間然。だが、やはり甘いな。駒も巻き込もうとしないのも甘いが、この程度なら魔力が全て消失してしまう前に結界を復元すれば問題ない」

 

 

このままでは、学生達を操る事ができなくなるのにアウレオルスは特に慌てる様子を見せない。

 

この程度問題ではないと考えてるかのように。

 

彼は侵入者の回答に楽しませてもらった礼として、自身の切り札(ジョーカー)を出す。

 

 

「これは楽しませてもらった礼だ。錬金術師の最奥<黄金練成>を見せてやる」

 

 

<黄金練成>はアウレオルスが2000人の学生達を利用して、生み出した錬金術師の到達点ともいえる最強の錬金術。

 

自身の想像を全て現実にするという世界を歪めるほどの強力な魔術。

 

アウレオルスは懐から取り出した細い鍼を自分の首へ突き立てる。

 

 

「“元に戻れ”」

 

 

ただの言葉のように思える。

 

だが、その言葉には奇跡が宿っている。

 

瞬間、瓦礫が巻き戻しのように元の形、東棟へと復元していった。

 

 

 

 

 

三沢塾 北棟

 

 

 

「あらら、これは予想外……想像以上の力です。魔術というのはかなり奥が深いです」

 

 

詩歌は目の前で復元していく東棟に驚愕する。

 

 

「……これが世界最高の錬金術師アウレオルス=イザードの実力……」

 

 

だが、詩歌は恐怖も感じているが、それと同時に魔術の凄さに感嘆していた。

 

この力に触れてみたいという欲求が詩歌の胸の内から溢れていく。

 

 

「……できれば、穏便に事を進めたかったんですが……にしても、これほどの力があるのにどうして<吸血鬼>を求めようとするのでしょうか? ……ここはステイルさんに詳しい情報を聞いてみますか。……あとそれと舞夏さん、今日確かお隣に来ているはずでしたね。遅くなりそうですし、一応インデックスさんを見てもらえないか頼んでみますか」

 

 

舞夏の携帯へ連絡しながら、その場から移動した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

私に生きる価値はあるのだろうか。

 

私が生まれた故郷。

 

私と共に過ごした人々。

 

私を愛してくれた大切な両親。

 

それらを全て滅ぼしてしまった私に生きる価値などあるのだろうか。

 

<吸血殺し>は、居るかどうかすらわからない<吸血鬼>を殺すという矛盾に満ちた力。

呪いのように私を蝕む力。

 

泣きながら母を灰にした力。

 

震えながら父を灰にした力。

 

大切なものを全て灰にした力。

 

私を真っ白な灰に埋めた力。

 

だから、いつか魔法使いのようになりたかった。

 

この力で人を救いたかった。

 

あらゆる困難から守りたかった。

 

私がただ殺す為だけの存在ではないと証明したかった。

 

だから、魔法使いになりたかった。

 

 

 

 

 

三沢塾 北棟 10階

 

 

 

「……ここは……」

 

 

目が覚めて、私の視界に入ってきたのは見慣れた教室の天井だった。

 

 

「おはようございます、姫神さん」

 

 

身体を起こすと、耳に聞き覚えのある声が入ってきた。

 

 

「すみません。あそこにいると危ないのでちょっと強引に助けさせてもらいました。あ、私は上条詩歌と言います。気軽に詩歌と呼んでください」

 

 

声がする方に向くと、一人の少女がいた。

 

彼女は女性の私でさえ呆けさせるほど微笑みを浮かべている。

 

だが、おそらく私を捕まえに来た侵入者のうちの一人であろう。

 

 

「あ、そうそう、スタンガンは没収させてもらいました。ここから脱出できたら返しますので、安心してください」

 

 

彼女は鞄から私の魔法のステッキを出して、少し見せるとすぐに鞄の中へ戻した。

 

よかった、あれは私がカスタマイズした代物だから。

 

 

「そう……それであなた達は何をしに来たの?」

 

 

「一応、あなたを助けに来たんですが、迷惑でしたか?」

 

 

私の顔を窺うと、彼女は少し困ったように頬に手をあてる。

 

 

「姫神さんがその<吸血殺し>という能力のため、『三沢塾』に監禁されていると聞いたのですが……」

 

 

「それは違う。かつてはあなたの言うとおり監禁されていたのかもしれないが、今の私は監禁などされていない」

 

 

私は少し前まではここにいる連中に監禁されていたが、今はアウレオルスとの協力のためにここにいる。

 

 

「姫神さんが私たちから隠れるように逃げていたので、もしやと思っていたのですが……やはり、当麻さんの勘違いだったんですね。全く、当麻さんは何も考えず、人助けしますので困ります」

 

 

彼女はやれやれと肩をすくめる。

 

 

「あなたがハンバーガーショップにいたのはここから逃げるためではない。つまり、<吸血殺し>を使って、アウレオルスさんが欲する<吸血鬼>を『三沢塾』いう監獄の中に誘いだす為にあそこにいたんですね」

 

 

そうだ。

 

『三沢塾』は檻としての役割もあるが、そのせいで中にある魔力を一切外へ出さない。

 

つまり、私がこの建物の中に引き籠っているだけでは、<吸血殺し>の効力を発揮する事ができず、魔法使いとして、アウレオルスの望みの<吸血鬼>を用意する事は出来ない。

 

 

「そう。だから私が捕まっているというのはあなた達の勘違い。私には私の。アウレオルスにはアウレオルスの目的がある。お互いがいなければお互いの目的を達成することはできない」

 

 

彼女は観察するかのように私の目を覗き込む。

 

なんだか私の全てが丸裸にされているような錯覚を起こさせる。

 

 

「……脅されているという訳ではないようですね…では、あなたの目的は一体何ですか?」

 

 

「私がここにいるのは、<吸血殺し>を抑えるため。そして、アウレオルスを助けるため。彼は言った。助けたい人がいるって。けど、自分一人ではどうあがいてもダメだって。私の力が必要だって。そう、私は生まれて初めて、殺す為ではなく助けるためにこの力を使う事ができる」

 

 

この殺すだけしか能がない力で人を救う事ができる。

 

私が殺す存在ではなく、人を救える存在だと証明する事ができる。

 

 

「そうですか……しかし、残念と言いますか、アウレオルスさんの目的は叶えられません。いえ、もう叶えられていると言うべきですかね」

 

 

「……どういうこと?」

 

 

「彼が助けたい人はもうすでに救われています。私の兄、当麻さんによってすでに救われているんです」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ステイルさん、先ほどの光景をご覧になりましたか?」

 

 

『ああ……しかし、現存する錬金術でアレはありえない……』

 

 

「私も信じられません。……けど、現実に東棟は巻き戻しのように復元しました。……あの結界にそこまでの再生能力はないはずなのに……もしかすると、彼は錬金術の到達点とやらに辿り着いてしまったのではないですか?」

 

 

『アルス=マグナのことか!? アレは人間に為せる業ではない! あの呪文を唱えるには一生涯かかっても時間が足りないんだぞ!』

 

 

「そうですね……もしアルス=マグナに到達しているとするならば姫神さんがいなくても、<吸血鬼>を手に入れることができます――――ッ!? そういえば確か、錬金術は『人が。人としての姿と尊厳を保ったまま』どこまで上り詰めることができるかを探るための学問ですよね。なら、そもそも彼は吸血鬼を必要としないはずです」

 

 

『だとすれば、奴の目的は一体……?』

 

 

「ステイルさん……アウレオルスさんが失踪する前に何があったか知っていますか?」

 

 

『……そういう事か。なるほど、錬金術を学ぶために3年も人里を離れれば世情にも疎くなる。……奴の目的が分かった。<禁書目録>だ。あの子を<吸血鬼>の力で救いだすことだよ』

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「そう……私は魔法使いにはなれなかったのね」

 

 

姫神は魂が抜けたようにただ呆然と呟いた。

 

その姿はあの時の詩歌と重なった。

 

当麻の救うために力を振るう事ができなかった自分に。

 

生きる目的が欠落した自分に。

 

生きる意味を見いだせなかった自分に。

 

だから、詩歌は今の姫神の気持ちがわかる。

 

 

「……、」

 

 

姫神は感じた。

 

目の前の少女は自分と同じ匂いがすると感じた。

 

 

「諦めないでください。……生きることを諦めないでください」

 

 

詩歌の言葉は姫神の胸の奥に響いた。

 

憐みではなく、励ましの言葉として。

 

そして、その言葉は不思議と姫神に生きる力を与える。

 

 

「そう……ありがとう」

 

 

姫神は再び立ち上がることを伝えるかのように詩歌へ微笑んだ。

 

 

「何か手伝う事はある?」

 

 

「あります。次はアウレオルスさんを説得します。インデックスさんのためにも彼にこれ以上間違った道を歩ませるわけにはいけません。姫神さん、協力してください」

 

 

「わかった。これ以上。彼の協力者として道を誤らせるわけにはいかない」

 

 

「ありがとうございます。一応、当麻さんに連絡しますか」

 

 

詩歌は携帯を取り出し、当麻の携帯へダイヤルする。

 

 

「あ、もしもし、当麻さん、これ―――」

 

 

「間然。いかなる思考にて私の思想に異を唱えるか」

 

 

突如降りかかった男の声に詩歌は手から携帯を落としてしまった。

 

二人に緊張が走る。

 

 

「わざわざ北棟10階の1032号室まで来て頂いてありがとうございます、アウレオルス=イザードさん」

 

 

 

 

 

三沢塾外

 

 

 

「詩歌ッ!」

 

 

「待ちたまえ!」

 

 

妹に危険が迫っていることを察した当麻はステイルの制止を振り切り全速力で『三沢塾』へ突貫する。

 

 

(確か、10階1032号室だっけ)

 

 

電話から拾えた情報から、詩歌達は10階の1032号室にいると当麻は推測する。

 

 

(くそっ、結界も復活しているのか)

 

 

東棟と共に結界も復元しているので、エレベータを使わず、階段で10階まで駆け上がる。

 

 

「熾天の翼は輝く光、輝く光は罪を暴く純白」「純白は浄化「の証、証は行動の結」果「結「果は未来、未来」は「「時間、時間は」」一」律「一律は全「て、全てを創るのは過去、過去は原」因、原因は「一つ」一つは「「罪、罪は人、人は」罰を恐れ、恐れ」るは罪

「悪、罪悪とは」己の中に、己「「「の中に忌み嫌うべきものがあ」るなら」ば、熾天の翼に」より「己の罪を暴」き内から弾け飛ぶべし―――ッ!!」

 

 

だが、階段を昇った先に、学生およそ80人の大合唱が待ち構えていた。

 

 

「ッ!!?」

 

 

何人もの刺客を葬り去った必殺の迎撃術式が当麻に襲いかる。

 

 

「うおおおおおぉぉっっ!!」

 

 

しかし、一刻も早く詩歌のもとへ辿り着きたい当麻は迷わず、右手を盾にして雪崩のような怒涛の攻撃の中へ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

三沢塾 10階

 

 

 

「<吸血殺し>を回収しに来た。抵抗しなければこちらから手出しはしない」

 

 

一触即発の雰囲気の中、詩歌はアウレオルスと対峙していた。

 

詩歌の予想通りなら、今の詩歌はすでにアウレオルスに命を握られている状態に等しい。

 

 

「今度こそ、本物ですよね、アウレオルスさん?」

 

 

しかし、それでも詩歌の微笑みが絶やさず、いつも通りにリラックスしている。

 

 

(この威圧感……先ほどの偽物とは比べ物にならない。……少しでも気を抜くわけにはいかない)

 

 

いや、震えそうな自身に喝を入れて余裕を保っているふりをしている。

 

 

「当然。私は本物のアウレオルス=イザードである。悄然。小娘、貴様がダミーを破壊したのか?」

 

 

「まあ、私が爆破解体を計画しましたし、そうといえばそうですねぇ……でも、爆破しましたのはステイルさんですから、ステイルさんが止めを刺したともいえますねぇ」

 

 

のらりくらりとしながらも、詩歌はアウレオルスの動作一つも見逃さない。

 

 

「ほお、小娘がアレを計画したのか」

 

 

アウレオルスは感慨深い面持ちで詩歌を見つめる。

 

アウレオルスの中で詩歌の微笑みがどこかあの少女と重なる。

 

 

「はい。この結界は『三沢塾』をピラミッドと見立てる事で成り立っているので、その一角を破壊してバランスを崩そうとしたんですが……想定外の奇跡のせいで失敗しました」

 

 

「俄然。アレは面白かった。<黄金錬金>がなければ、我が結界は台無しになっていた」

 

 

「へぇー、あれが錬金術の到達点だったんですか。こちらも大変興味深いのを見させてもらいました。ありがとうございます」

 

 

「当然。面白いものを見させてもらった礼だ。小娘、名は」

 

 

「すみません、先に言うのを忘れていました。上条詩歌と言います。気軽に詩歌と呼んでください」

 

 

失礼しました、と詩歌は頭を下げる。

 

 

「詩歌か。覚えたぞ。悄然。詩歌。貴様、魔術師か」

 

 

「いえ、違います。私は能力者です。ちなみに今日初めて魔術に触れました」

 

 

「ほお、ますます面白い。それで詩歌は何の用があってここに来た」

 

 

ここまで二人は楽しそうに会話している。

 

何故か雰囲気も穏やかになっている。

 

 

「ああ、そうでした。色々とありましたが、とりあえず今はあなたを説得する事が目的です」

 

 

瞬間、場の空気が再び殺伐としたものに戻った。

 

 

「間然。私の目的を知っているのか」

 

 

「知りませんが、推理はできます。アウレオルスさん、あなたの目的はあなたの生徒だったインデックスさんを救う事ですね」

 

 

アウレオルスの薄目が大きく開かれた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

アウレオルスは<隠秘記録官(カンセラリウス)>としてローマ正教に所属していた。

 

<隠秘記録官>は、魔女の被害を食い止めるために、対処法を書き記すのが仕事である。

 

彼には、自身が書き記した魔導書で全ての人を守るという理想があった。

 

実際、彼が書き記した本はローマ正教の人のみであったが多くの人を救った。

 

そして彼は3年前、ローマ正教という枠組みを超えてより多くの人を救うために、イギリスに自身が書いた魔導書を広めるために行った。

 

その時、インデックスに出会った。

 

そして、出会った瞬間から彼女は決して救われぬ少女だとわかってしまった。

 

しかし、全ての人を救い出すという理想のために、彼は彼女の教師役となり、彼女のために何冊もの魔道書を書き続けた。

 

彼女を救い出す方法をありとあらゆるところから探した。

 

だがそれでも彼女を救うことができなかった。

 

そして気づいてしまった。

 

今まで彼女のために心血を注いでいたことの全ては、彼女のためではなく、自分のため、ただ彼女に会いたかっただけという自身の欲の為だったと。

 

それに気づいてしまった彼は魔導書を書くことができなかった。

 

そして理想に溺れてしまった。

 

だが、諦めきれなかった。

 

彼女の笑顔をもう一度自分に振り向いてもらえるために。

 

もう一度、パートナーになってもらうために。

 

諦めることができなかった。

 

そして、彼女への妄執は彼を人外への道を歩ませた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……どこでそれを」

 

 

「あなたと同じインデックスさんとパートナーだったステイル=マグヌスさんから聞きました」

 

 

ステイルもアウレオルスと同じ、インデックスを救うために地獄のような日々を過ごした。

 

 

「ならば何故、私を止めようとする? 彼から話を聞いているのだろう。私はただ救われぬ少女を救い出したかっただけだ。<吸血鬼>の力さえあれば救い出せるのだ」

 

 

眉間にしわを寄せながら詩歌を睨みつける。

 

 

「……インデックスさんはもう救われています。彼女はもうすでに私の兄、上条当麻の手によって救われました。だから、<吸血鬼>になんてしないでください。そして、学生達を解放してください。インデックスさんはそんなことしても喜びません。それはあなたにも分かるんじゃないんですか!?」

 

 

詩歌は残酷ともいえる真実を告げる。

 

アウレオルスの努力が全て無為であったと告げる。

 

 

「“吹き飛べ”!!」

 

 

瞬間、アウレオルスの言葉通り詩歌の体は教室の壁まで吹っ飛ばされた。

 

 

「が…は―――ッ!?」

 

 

壁に衝突した衝撃で呼吸が止まる。

 

 

「何故彼女を攻撃したの!? 彼女はただあなたにこれ以上道を間違わせたくなかっただけなのに!!」

 

 

姫神はすぐに詩歌のもとに駆け寄り、アウレオルスを非難する。

 

その瞳は、アウレオルスの協力者として、真っ直ぐで対等な視線だった。

 

 

「必然。奴は嘘をついている。先ほどの甘言は、私を罠に嵌めるためだ! あの子を地獄の底から救い出せるはずがない! 本当に救ったというのなら私にどうやって救ったか教えてみろ! もし、嘘であったならここで貴様を殺してやる!!」

 

 

アウレオルスの怒号に姫神は怯む。

 

 

「そ、それは……、」

 

 

姫神もただ詩歌の言う事を信じただけで、インデックスが救われたという証拠は見せてもらってない。

 

 

「……いいでしょう。そこまで言うなら教えてあげます」

 

 

詩歌は姫神の肩を借りながら立ち上がる。

 

 

「完全記憶能力者の記憶容量が残り15%しかないからといって、1年で死ぬことはありません。もしそうなら、完全記憶能力者は、6、7年しか生きられないってことになります。ふふふ、そんなのおかしいですよね。時々、テレビで中年の完全記憶能力者が出ているというのに」

 

 

詩歌は震える声で真実を告げる。

 

 

「人は、例え全てを覚えて生きても、140年分の記憶を保持することができます。それに、人の記憶は分類されて保管されています。おそらく、インデックスさんの魔導書の知識は、意味記憶という言葉や知識の部類の保管所に記憶されています。そして思い出は、エピソード記憶という保管所に記憶されます。記憶を失っても、インデックスさんは歩き方や話し方を忘れましたか?」

 

 

詩歌の問いに、何も答えず頭を抱える。

 

 

「それは記憶が、分類されているからです。なので意味記憶に容量を使い過ぎて、エピソード記憶を圧迫するなんてことは、脳医学上絶対にありえません」

 

 

「ならば、何故あの子はあんなに苦しそうに……」

 

 

「それは<必要悪の教会>の上層部がインデックスさんを手元に置くために仕組んだ<首輪>のせいです。そして、その<首輪>は当麻さんの異能の力を全て打ち消す<幻想殺し>によって破壊されました。今では私達と楽しく充実とした日々を過ごしています」

 

 

そして、詩歌は止めを刺す。

 

 

「そしてこれが今のインデックスさんの様子です―――“インデックスさんとの思い出をこの場にいる全員に見せよ”!!」

 

 

詩歌は先ほど学習した<黄金練成>を使ってアウレオルスと姫神にインデックスと過ごす思い出を見せる。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

二人の脳内に詩歌と当麻と楽しそうに充実した日々を送る幸せそうなインデックスの映像が流れる。

 

 

「<黄金練成>。頭の中で思い描いたものを現実に引っ張り出す術式。できると思えば、私の記憶をあなた達に見せることなど造作もないです」

 

 

この映像が本当に<黄金練成>によるものかは分からない。

 

しかし、この映像に映るインデックスの笑顔は本物だと分かる。

 

本当にインデックスが地獄から救われたということが分かる。

 

 

「あのときの彼と楽しそうに過ごしてる……」

 

 

そして、インデックスが自身に振り向かないことが分かってしまった。

 

 

「はははははははははははははははははははははは!!」

 

 

残酷な真実によって、アウレオルスの幻想が破壊されてしまった。

 

インデックスのために費やした全ての労苦が無意味だったと思い知らされた。

 

 

(……もう戻れないかもしれない。……私も―――)

 

 

詩歌はアウレオルスの姿を目に焼き付ける。

 

詩歌は当麻に自分よりも好きな女性ができる可能性がある事を知っている。

 

当麻の妹だから、当麻と結ばれるなんて夢のようなものだと心の奥底で思っている。

 

母、詩菜が詩歌の恋が悲恋になると心配しているのも分かっている。

 

だから、詩歌は目に焼き付ける。

 

きっと今の彼の姿は、当麻が自分の傍からいなくなってしまった自分の姿。

 

この姿を忘れなければ、いつか当麻との恋が実らなくても、当麻の為に身を引くことができるだろうから。

 

例え、生涯忘れられない想いだとしても、当麻の為に笑って祝福する事ができるだろうから。

 

だから、詩歌はその姿を頭の奥に刻みつける。

 

そして、

 

 

「――――ッ!?」

 

 

アウレオルスを抱きしめた。

 

アウレオルスは叫ぶのを止める。

 

ただ笑い……硬直したように顔を歪ませ、しゃっくりで喉が詰まったように息が洩れる。

 

上条詩歌の胸の中でただ涙を流し続ける。

 

憐れだった。

 

悲しかった。

 

そして、申し訳なかった。

 

どんな形であれ、彼を壊してしまったのは自分だ。

 

そして、彼は……いつかそうなるかもしれない自分。

 

だから、救われてほしい。

 

そう願う。

 

詩歌はただ一心にこの男が救われるよう願った。

 

だからかもしれない。

 

アウレオルスの妄執が自身へ向けられていることに気付けなかったのは。

 

 

「“眠れ”」

 

 

瞬間、詩歌は深い眠りへと落ちた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

アウレオルス=イザード。

 

かつて主人公だった男。

 

ローマ正教を裏切り、自ら信仰を捨てて錬金術師となり、それでもたった1人の少女を助けるために死力を尽くした男。

 

それでも、彼を待っていたのは最悪の結末だった。

 

あの少女は世界中の誰からも好かれる純正の聖女であり、けれど、少女は聖女であるが故に、世界でたった1人の主人公にしか好意を向けられない。

 

でも、聖女は1人ではない。

 

かつて、これは彼の異形の師が言った言葉だが、世の中のものには大抵『代用品』が存在する。

 

だが、アウレオルスは聖女に『代用品』なんて存在しないと思っていた……今日までは。

 

今、目の前にいる少女は、聖女の『代用品』にもなれる……いや、それ以上の聖母だ。

 

アウレオルスは一目で分かっていた。

 

この少女が世界中の誰にも、天からも愛される聖母であり、それ故、“大切な心から愛した者の主人公の聖女になれない”憐れで報われない業を背負った少女だと。

 

たった、1人の主人公にしか微笑まない聖女とは違い、万人に対して慈愛の笑みを浮かべる聖母。

 

聖女に向けられないこの激情は、行き場を失って暴れ回っている。

 

そんな自分を優しく包んでくれた。

 

憐みからなのか、励ましから来るものなのかは分からない。

 

だが、この最悪な失敗が報われた気がした。

 

だからこそ、離したくはなかった。

 

彼女が欲しい。

 

今度こそ絶対に………逃しはしない。

 

 

 

 

 

 

 

アウレオルスは眠りに落ちた詩歌を見下ろす。

 

 

「彼女に一体何をするつもり――――」

 

 

「“女、吹き飛べ”」

 

 

瞬間、駆け寄った姫神を吹き飛ばす。

 

邪魔者を退かし、アウレオルスは眠り姫と化した詩歌をゆっくりと持ち上げる。

 

 

「は、はは、あはははは! 手に入れた。今度は失敗しない。禁書目録に手を出すつもりはないが、何があろうと今度こそは私は私だけの聖女を手に入れる。そして、コイツの兄は最も残酷な方法で殺してやる。そうでもしないと、自我を繋げる事も叶わんからな!」

 

 

アウレオルスは懐から鍼を取り出し、首筋に突き刺す。

 

腕の中にいる聖母を自分だけの聖女にする。

 

本物以上の『代用品』を手に入れる。

 

強引であろうが二度とこのチャンスを逃さないために手段は選ばない。

 

そして地獄の始まりを告げるように鍼を横合いへ投げ捨てる。

 

 

「ふざけないで! 絶対にそんなことはさせない。あなたの鬱憤を晴らす為なんかに詩歌さんを犠牲にするわけにはいかない。あなたはただあの子を助けたかったんじゃないの!」

 

 

姫神は詩歌を助け出そうと立ち向かう。

 

例えどんなに無力だろうと。

 

魔法使いでなくても。

 

ただ詩歌を助けたかった。

 

自分を励ましてくれた詩歌を助けたかったから。

 

そして、協力者としてアウレオルスの暴走を止めたかった。

 

だが、アウレオルスはすでに<吸血殺し>を必要としていない。

 

今、必要としているのは詩歌なのだから。

 

 

「邪魔をするな、“女―――」

 

 

姫神はアウレオルスの本気の目を見た。

 

絶対の殺意を感じた。

 

 

「―――死ね”」

 

 

瞬間、アウレオルスの言葉は時間を止めた。

 

そして、姫神に傷はなく、出血もなく、病気でもなく、純粋に死だけを送り届けた。

 

姫神はこうなることをわかっていた。

 

それでも奇跡にすがってアウレオルスを止めようとした。

 

だが、結局魔法使いになることはできなかった。

 

そんな結末に姫神は溢れ出る涙を抑えることができなかった。

 

しかし、

 

 

 

「ふざ―――」

 

 

 

ドンッ!! とそんな結末を黙って見てられない男がドアを突き破って現れた。

 

 

 

「――っけんじゃねぇぞ、アウレオルス=イザード!!」

 

 

 

男は結末のやり直しを要求する。

 

こんな幕引きは許さないと吠える。

 

そして、魔法使いになれなかった姫神をしっかりと抱き止める。

 

抱きとめた右手が少女の死の運命を覆す。

 

 

「な……我が金色の練成を右手で打ち消しただと? ありえん確かに姫神秋沙の死は確定した。その右手、聖域の秘術でも内包するか!」

 

 

アウレオルスは乱入者、上条当麻が起こした奇跡に愕然とする。

 

だが、当麻は奇跡を起こしたことなどどうでもよかった。

 

 

「……、」

 

 

当麻は教室に落ちている詩歌の携帯から中の会話内容が聞こえていた。

 

アウレオルスには同情もした。共感もした。

 

本気で彼を殴ることなどできないと思っていた。

 

だが、今の当麻にそんな気持ちは全くない。

 

アウレオルスは当麻が絶対に許せない事を2つした。

 

1つは暴走を止めようとした姫神に怒りを押しつけて殺そうとした事。

 

そして、もう1つは、

 

 

「テメェ……俺の妹に一体何しようとしてくれてんだぁ」

 

 

当麻の大切な妹、詩歌を奪おうとした事。

 

そのことを聞いた瞬間、迎撃術式を喰らい瀕死の状態だった当麻の身体に力が溢れるほど漲った。

 

この2つの罪を犯したアウレオルスを当麻は絶対に許さない。

 

 

「覚悟しな……アウレオルス=イザード…絶対にてめぇをそのふざけた幻想ごとぶち殺す……ッ!!」

 

 

怒髪天の当麻の怒号は三沢塾全体を震わせた。

 

 

 

つづく


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