とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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(仮)閑話 合戦直前

閑話 合戦直前

 

 

 

海賊ラジオ

 

 

『知っているかい。常盤台にはこんな話がある!

 言っとくが、これはかなり信頼度の高いタレコミだぜ? なんつっても、コイツをくれた夜空に牙を向く、伝説の男黒妻綿流が率いた最高にイカした狼共<ビックスパイダー>のレッドホークと言われた特攻隊長Oは、現役常盤台生のお嬢様(?)だ。だから、耳の穴をかっぽじって、ついでに鼻の穴は押さえて聞いとけよ。

 <大覇星祭>二日目から首位転落し、つい昨日に二位まで返り咲いた『五本の指』の天下無双絶対可憐な乙女軍団! その7人しかいない超能力者が2人も在籍し、ホワイトハウスも陥落させるともいわれる能力もさることながら、容姿は端麗、普段は<学舎の園>で囲まれて容易に窺うこともできないが、そのレベルはまちがいなく学園都市でナンバーワン!

 そんな高嶺の花に挑もうとしている勇者たちは数知れず、撃墜王こと嫁にしたい子ナンバーワンな『微笑みの聖母』ちゃんは現在進行形で記録更新を続けてる。

 だが――――そんな難攻不落の突破口を破るチャンスが来た』

 

 

とある高校

 

 

 <大覇星祭>の七日目――最終日。

 予定される競技は、1つ。半日を使い、紅白に分かれて全学校で行われる大合戦。

 ルールは、大まかに説明すれば、相手から鉢巻き(鉢巻きには各学校所属が識別できるようICチップが埋め込まれている)を取り、制限時間内に学園都市中に指定された会場に入ることで、点が加算される(ただし、ゴールするには最低自軍の鉢巻きがひとつ必要であり、また、ゴールした選手は競技への再参加は認められない)。

 自組のであるならば、全てが1点を獲得できる。しかし、敵組のものは“質”が決まっており、上位であるほど加算される点は高く設定されている。

 順位が四ケタの千番台なら、2点。三ケタの百番台なら5点。二ケタの十番台なら10点。一ケタならば、20点、また紅白組それぞれの大将(この場合は選手宣誓した第五位(あか)第七位(しろ))は50点。

 

 具体的に例を上げると、十番台の紅組の選手が、白組の百番台の選手の鉢巻きを1本と千番台の選手の鉢巻きを2本、それに紅組の千番台の選手の鉢巻きを2本持ってゴールした場合、

 同じ紅組の鉢巻きは、自分のも含めて、十番台だろうと千番台だろうと質に関わらず1点であるため、3×1で、3点。

 相手の白組の鉢巻きは、百番台が1本と千番台が2本のため、1×5+2×2で9点。

 合計でこの選手が稼いだ点は、12点となる。

 

 即ち、この競技は、参加者一人一人が点の稼ぎ頭だ。

 その性質上、選手の身のこなしや能力強度だけでなく、相当な戦術が求められることは間違いなかった。上位陣が積極的に多く敵組から鉢巻きを取ろうと、不意を突かれて自分のが相手に取られてしまえば相手のそれ以上の点を与えてしまうことになりかねず、ハイリスクローリターン。また自軍の鉢巻きがひとつもなければゴールできなくなるため、折角取った鉢巻きも得点に重ねられずに無駄になる。まず、必ずゴールできるようにするのが勝利条件であることに違いない。

 状況に応じてそのバランスを見極め、常に敵の戦力を警戒し、また時には同じ色の味方に襲われる状況も想定しながら、選手は進まなければならないのだ。何より、そうしてゴールしたモノが増えるほど戦力が減り、得点を重ねるほどに、フィールド上では戦力数が劣勢になる。そして、上位の学校ほど他学校から徒党を組んで狙われやすく、一発逆転、下剋上を成し得るチャンスのあると言うゲームバランス。

 

 そして、上条当麻の高校は、何と最後の発表で学校名が表示される十番台に、この競技の結果次第で行けるかもしれない位置にいる。絶賛トップ争いをしている妹の常盤台中学と比べれば大したことがないと思われるが、これは何の特色のない平凡な学校には快挙である。……何か忘れている気がするが。

 そんなわけで全体的に士気が高まっているのだが、愚兄としては『学園都市全体で大乱闘とか不幸フラグいっぱいですよー』と若干、ローテンションで、そこへ、

 

「相変わらずお前は考えていることが分かりやすい顔をしてるなぁ」

 

 学校の前門によりかかる彼女がこちらに手を振る。呼びかけられたのなら、無視するわけにもいかず、またこの相手は無視すると怖い。

 肩甲骨辺りにかかる程度の黒髪を、カチューシャで上に上げられている。背も高く、胸も大きい。美人である。色気もへったくれもないぶかぶかなジャージを着崩すように羽織ってはいるが、体操着の方は逆にサイズが小さいようでおへそが出ているというギャップ。いつでも頭がよさそうな雰囲気が出ていて、きっと運動神経も抜群に違いなさそうで、金銭的に不自由していなさそうな感じがある。紅茶とケーキばっかりを食べていそうで、まだ未成年のはずなのにブランデーの些細な味の違いとか舌で判別できそうなオーラが滲みでている。カリフォルニアで真っ赤な外車を走らせていても何ら不自然さを覚えさせないような。このうちの半分ほどは人物説明というより見たままの想像や願望に近いものであるが、ようはそんなイメージを第一印象で与えてくるような人物である。

 そんな彼女こと雲川芹亜と上条当麻との関係上は、ずばり『先輩後輩』である。

 

「先輩もいつもと同じ感じですねー」

 

「いいやあ。お前の描く理想の先輩像からは狂ってしまうかもしれないけど、これでも上条に会えてテンションが高くなっている」

 

 付け加えるならば、よくよく冗談とか言ってからかわれてお気に入り?(オモチャ)にされている先輩である。後輩としては色々とげんなりさせられているのである。

 

「本当、相変わらずの奇々怪々な先輩像だなー。当麻さんには全く底知れぬ……いったいどんなことをさせられるのやら想像もつかない」

 

「私からすれば、そこで素でその反応をしてしまう上条の方が意味不明なのだけど。いや、想定はしていたんだが。この私が朝からずっとこの時間この瞬間まで、ずっと君の登場を待ち侘びていたなんて言っても絶対に信じてくれないんだろうなあ、それが残念でならないんだけど。まあ、そのことで君を詰るつもりはないから安心したまえ」

 

 と余裕に。

 ニヤニヤとした笑顔そのままで、先輩は話の軌道を変える。

 

「ところで、君はラジオを聴いてるかな?」

 

「ラジオ?」

 

「ふむ、その反応を見ると、知らないようだな。残念。しかし、だから“私と会話する余裕がある”と思えば、良しとしようか」

 

 言いながら、頼み込むよう、甘えるよう上目遣いで、それも『美人の先輩』がするのならば、後輩の男子学生は首を縦に振る―――けれど、例外的に、鉄壁オーラをガン無視できるほどの鈍感度をもったのがこの愚兄である。首を横に傾げて、『?』を浮かばせる。

 

「競技に参加したいんだけど、私には私の仕事があってな。

 それに、妹のいる百花繚乱家政婦女学院は、赤組。姉としては、やり合いたくないのは、君ならよく理解してくれると思うんだけど」

 

「ええ、まあ、やりにくいのは諸手を挙げて同意しますが……」

 

 ビシッと拝命するように先輩は、くすくすと笑って当麻の鼻先に人差し指を向けた。

 鼻の頭に触れるか触れないかをキープしながら、彼女は言う。

 

「という訳で、後輩。君に私の鉢巻きを託したい」

 

「は?」

 

 ずずい、と顔を近づけ、今度は当麻の鼻の頭に人差し指の腹でうっすらと触れながら、ミステリアスな先輩は笑って復唱する。

 

「この品行方正、成績優秀、文武両道、神算鬼謀、天下無敵の美人の先輩からバトンを受け取るんだから咽び泣こうじゃないか。今ならこの指先から手のひらまでぺろぺろしても許すけど」

 

「自己評価がどんどん物騒になっていく人には絶対嫌です先輩。何かとんでもないもの押し付けられそうですし」

 

「冗談だ。半分はだけど」

 

 すすっと人差し指で首筋まで撫でてから、鼻歌交じりに雲川芹亜はジャージのポケットからおもむろに取り出した鉢巻きで、当麻にネクタイを結ぶように首に巻き付けた。

 

「ふむ、こうすると首輪っぽいな」

 

「やめてください。っつーか、これってありなの?」

 

「なに問題ない。“私のを君が取った”、ということにすればいい」

 

 満足した先輩は学校からどこかへと去ってしまった。

 

「ま、とにかく。これで私が一番に“先約”だな」

 

 

 

(ま、まずい。思わず見送っちまったが、これって先輩のサボりを当麻さんが補助しちまったっつうことになるよな)

 

 正体不明ながら、頼もしい先輩を、あっさりと引き留める間もなく別れてしまった上条当麻だが、気付いた時にはもう雲川芹亜は見えない。参加者が一人でも多い方が点になる。もしも後で吹寄制理にでもこのことがバレたら大目玉を食らいそうで、愚兄も集合場所から離れたくなったが、指定時間までに来なかったら色々と前科持ちの当麻には厳しい判決が待っているに違いない。

 こそこそと追及されないようさりげなく混ざろうと陰になってる壁に隠れながら移動していると、ふとどこからか話し合う声が聴こえて来た。

 

 

「……みんなの夢……絶対に、―――ボクが叶えるっ!」

「……ブ、BLAU(ブラウ)

「……だから、みんなの力……いや、命を、―――僕に預けてくれんか?」

 

 

 今度はなんだ……? と当麻は壁にぴったりとくっつき、端から首だけを出して様子を窺えば、そこにはクラスメイトの青髪ピアスと学校の生徒、だけでなく明らかに他校の生徒、それも敵側の紅組のまで集っていて―――

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 様々な場所からネットを介してゲリラ的に生放送が行われている海賊ラジオ。

 学園都市の中でもマイナーな娯楽のひとつとして数えられるものであるが、リスナーも結構多く、時たまに競技の実況も依頼されてたりする。

 

 そんな海賊ラジオに流されたその一報は、密かに漢達に激震を走らせた。

 それは、まとめると、

 

 『常盤台のお嬢様は、自分よりも強い人に惚れる』。

 

 つまり、ソレはもし付き合いたいなら、相手よりも強いやつじゃないとダメ―――だけど、そいつは裏を返せば、強いやつにお嬢様はメロメロ!

 御意見番『へそ出しカチューシャ』も純粋培養されて免疫の弱いお嬢様“なら”は、ちょっといいとこみせれば、高確率でころりといく、とお墨付き。

 つまり意中の娘をフォークダンスに誘いたいなら何としてでもそのハチマキを取るんだ!! ――――と。

 

「ここに集まったのは、赤も白もない、みんな一緒に貴い青い春を追い掛ける同士、青組や」

 

 その漢らをまとめあげる『BLAU』。

 彼はこれまでに<インディアンポーカー>なる『他人の夢を見られる』という非正規品の道具を用いて、恵まれぬ者たちに無償で多くの『夢』を提供してきたカリスマ、S級のドリームランカー。

 

「BLAUの妄想はスーパーモデルからバーチャルアイドルまで常人には想像することすら不可能な異次元のコミュニケーションが可能!」

「女子アナトップをスタジオで――――したり、グラビア撮影という体で好みの衣装で濃厚な―――さらには、女神っ娘クラブの瞹璃栖(アリス)ちゃんの―――まさに酒池肉林」

「筆舌に尽くしがたい至上の逸品は、もう二度と目覚めたくないと本気で願うくらいッス!」

「あのようなカードを生み出してしまうBLAUはまさに神……!」

「学園都市中をBLAUの夢が席巻するのも時間の問題かと……ッ!」

 

 『他人の夢をレンタルできる<インディアンポーカー>』+『常人の限界を超えた漢達の理想(妄想)を夢見ることができるBLAU』の組み合わせは、最高(最低)。

 

「フッフッフ……芸能人だけで満足したないでぇ、僕は。学園都市を制覇するなら、是非ともやらなくちゃいけんことがあるやろ」

 

 そして、今日。限界をしらないが故、BLAUは神をも畏れぬ所業に挑まんとする。

 

「―――常盤台中学。

 どの娘も、アイドル顔負けのごっつい美少女や。特に常盤台の超能力者の『双璧』は、選手宣誓の時や広報CMで顔しか見たことがないけど、エラい別嬪さんや。そして、超能力者でもないのに陰で有名な常盤台の『完璧』の『微笑みの聖母』……」

 

「ほ、本気なのですかBLAU……!」

 

「もう、設定は考えてあるで。

 第三位の御坂美琴ちゃんは気ぃ強そうやけどな、逆にそれを――――して、猫耳としっぽを付けてからは――――して――――放題!

 第五位の食蜂操祈ちゃんはスク水に――――してな、中学生離れしたすごい――――が――――なってもうて――――大変!

 学園都市嫁さんにしたい女の子第一位の上条詩歌ちゃんはご奉仕で――――してから、恥ずかしそうに頬赤らめがらも――――までやってくれて――――そのパーフェクトなボディを全身使って――――最高や!!!」

 

「「「「「「うおおおおおーーーッ!!!」」」」」

 

「文字通り。<学舎の園>の高嶺のお嬢様も僕にかかれば丸裸や……」

 

 そこで、BLAUは膝をついて、漢たちに額を地に擦るように頭を下げる土下座。

 

「ぶ、BLAU、何を!?」

 

「ここで直に接触できる実体験ができればより妄想の錬度が補強される。つまり、ボクの萌える固有結界『無限の妄想(アンリミテッドハーレムワークス)』が完成できる」

 

 だから、チャンスを作ってくれ、そう漢たちに頼み込む。感極まったように震えながら、彼らは互いに互いに目配せをし合い―――決めた。

 青組はどこまでもついていくと。

 

「頭を上げてくれよ、BLAU。アンタが分け与えてくれた夢で俺は幸せになれたんだ」

「ああ、俺たち、BLAUが語ってくれたその全員に平等で幸福を得られる仮想ハーレム計画に賭けてみたい」

「例え勝者がひとりだとしても、BLAUのならば、俺たちの理想郷をみんなに行き渡らせることもできる」

 

 まだ夢が叶えていないのに、泣くのは早い。

 だが、この夢同じくする仲間たちを前に、男泣きするのは無理なかろう。

 BLAUこと青髪ピアスは顔を上げ、青組のみんなに精一杯の感謝を―――と彼らの背後に、見慣れたクラスメイトのツンツン頭がいた。

 そう、幾度となく接触を阻んできたあの怒髪天が、無言で拳の骨を鳴らしている。

 上条当麻が、顔を青褪めていく青組らに最後通牒を言い渡す。

 

「はいはい皆さーん、話は全部聞かせてもらった。ああ、なんか、人様の妹とその後輩の名前が出てたけど……気のせいじゃねぇよな」

 

 上条当麻は瞑っていた両目を爛々とさせながら、開眼。

 

「―――ちょうど、校舎裏でよかったよ。テメェら、その幻想をぶち殺す」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――いい。絶対に上条にその話をしちゃダメよ」

「うん。上条君がそれを知ったら。一人でも特攻しかねない」

「けど、詩歌ちゃんが絡んでる時のカミやんは無敵状態で先頭突っ走ってくれるから士気を高めるにはいいんじゃないかにゃー」

「バカね。それより先に危険な身内からブン殴っていくに決まってるじゃない」

 

 まだ来ないクラス委員長に代わって、実質的なまとめ役である吹寄制理の言に、姫神秋沙は賛同するようにこくこくと頷く。

 とにかく、海賊ラジオの話はやめておいた方がいい。下手をすると彼はその海賊ラジオにまで殴り込みかねない。

 けれども、思う。

 今では、ネット上でまるで指名手配犯のように『フォークダンスに誘うにはその子の鉢巻きを取ること』との書き込みが添えられて写真が掲載されている。

 密やかに拡散された情報は、もうすでに彼の耳や目に入っているのではないだろうか。それも妹さんの一大事となれば。

 

(うん。上条君のことだから……)

 

 容赦はしない。

 見事に予見した通り、青髪のクラス委員長を筆頭に積まれた、死屍累々の山を背景に、合戦する前に一戦をやらかしたクラスメイトが手を振りながら、駆け付けてきた。

 

「吹寄! 今すぐ出動させてくれないか! ちょっくら手当たり次第に野郎共を全滅させてくるから!」

 

「待ちなさいバカ!」

 

 

とある会場

 

 

 現在首位にたつ長点上機学園は、その『ひとつの分野を極めていることが入学条件』という方針上、他人に負けない一人一芸を持つ者が多く、故に、その大半が、スタンドプレイヤーである。

 大規模な団体戦である今回は、その濃度は指揮官の能力次第でいくらでも薄めることができるだろう。

 それはこの常盤台中学にも同じことが言えるのだが、派閥内での連携からこれまでの六日間で今では新入生も含めての学内で統率のとれた少数精鋭の組織へとなり、第五位の<心理掌握>により100%に指揮能力を発揮できるだろう。

 加えて、上位者は一人で一個の要塞となりうる存在。

 十分逆転する勝算がある……わけなのだが。

 

「あの人は……」

 

 まだ開始前の防衛線上、その向こうには今か今かと合戦の合図を待ちながら、抑えきれずに気炎を吐く。並々ならぬオーラを纏う集団。

 それを見た御坂美琴は、はぁ、と諦めたように溜息をつく。

 昨晩の海賊ラジオに流れた『常盤台中学の伝統』とやらは、確かにあるにはあるのだ。

 そんな噂が流れて、それで一時期、入学したばかりの新入生が上級生に果敢に挑戦してくることもあった。実際、美琴も超能力者というネームバリューに怯まず迫られてこともある。

 しかし、そんなのは口約束にも等しい、効力のあやふやで怪しい類のモノであって、勝ったからと言って、付き合えるなんて単純な……

 

(そういえば、アイツに喧嘩を売って負けた私は……―――って、違う違う! そんなわけないから!)

 

 ものじゃないのだ。少なくとも御坂美琴は絶対に認めない。

 とにかく、そんな半信半疑なでまかせを流した――心当たりがあり過ぎる――犯人は、確実にあとで教員を代表して寮監の折檻が待っているだろう、というか、現在折檻中なので一番槍の先頭にいないのであるが。

 

「ま、それほど勝ちたいんでしょうねぇ。今のところ二位の私たちは、このままでは長点上機学園にまた負けてしまいます。

 守りを固めて閉じ込まれたままでは不都合なのです」

 

「でも……」

 

 隣で同じ光景を目の当たりにしている上条詩歌は言う。

 玉入れのとき、数倍の人数差があっても、常盤台中学と対峙した相手側は戦う前から敗色濃厚であって、勝敗よりとにかく無事であることを祈っていた。

 つまりは、他の学校もいくら高得点をもらえるからと言ってそれだけで常盤台中学とまともにやり合おうとは思わない。

 だったら、何か別の“エサ”で相手白組を釣りだすしかないのである。

 と、総大将たるルームメイトの捨て身?の策の有用性を認める幼馴染であるも、その“エサ”にされてることに気づいていないのだろうか。

 

「いえいえ、気付いてますよ美琴さん。でも、半分以上も寝過してしまった詩歌さんは、身体を張る働きで返さないといけません」

 

 応える幼馴染の笑顔は、控えめに言って魅力的であり、自重なく言えば強烈だった。四文字で示すのなら、閉月羞花。

 月は雲間に隠れ、花は恥じて自ら萎む、それほどに美しい。ある意味、幼馴染が先頭にいれば、他に目移りさせずにこちらは安全、ではあるのだけど。

 

「でも、まさか本気で鉢巻きを取った人とフォークダンスを踊るわけがないですよねっ?」

 

 答えが決まっているだろうけど、念のための確認で問う。

 エサは相手をおびき寄せる為のものであって、相手に食わせるものではないのだ。たとえ履行しろと迫られても、こちらはそんな約束なんてしてないのだから、無視すればいい。

 御坂美琴は、幼馴染がよくよく老若男女問わずに人を惹きつけることを知ってはいるが、それで見知らぬ誰かと手を取り合うようなことは、何となく、けれどどうしても嫌なのだ。

 が、のほほんとした声は、そんな幻想をあっさりと打ち壊す。

 

「? もしもその人から誘いがあったら乗りますよ? 生憎と、詩歌さんにまだフォークダンスの相手はいませんから、特に問題ないでしょう?」

 

「え゛」

 

 思わずと言った調子で見れば、その幼馴染は白の鉢巻きを、二の腕の外にぐるりと身体に巻いてから、胸元下の胴辺りに結んで、『どうですこれなら捕まっちゃった感じがしません?』と訊いてくる。

 動くたびに、鉢巻きが食い込んで、緊縛っぽい。

 うっすらと上気した首筋から肩へのしなやかな曲線だけでも、男子学生らを惑乱のどん底に突き落とすに十分なものがあったろう。

 常盤台の体操服は、しっとりと肌に張り付いているようで、少しでも身を捻れば、その肢体いっぱいの柔らかさがたゆむのまで目に入ってしまい、

 下に通されたその――常盤台中学でもあの女王と一二を争うサイズの、身長も考慮すると比例的にまさしく最も優秀な――双丘が押し上げるように、やけに強調されているような―――思わず、前髪がビリっとくる感じである。

 

「ちょっ、ダメ!?!?!? ダメよ絶対にダメーっ!?」

 

「?」

 

「何でそこで小首を傾げちゃうのかなーっ!?」

 

 さっさとその危ない姿を解除する!! 一秒でも早く!!

 相手が奥手なら効果あるかもしれないが、残念ながら放送効果で、野獣である。あわよくば、不慮の事故を装って迫りかねん!!

 ガッと詩歌に飛びかかる美琴だが、いかんせん、相手は両腕が不自由でも妹分をひらりひらりとあしらえるだけのことはできるようで、悪戦苦闘。

 

「ダメだダメだと何でも否定してはいけません。ちゃんと理由を述べなさい」

 

「ダメ過ぎるからそれはいくらなんでも許さないつってんのお願い止めて詩歌さん!!」

 

「あ、もしかして、『着物の帯を引っ張ろうとする悪代官ごっこ』をしたいんですか美琴さん?」

 

「ああもう! もうそれでいいから、この姉の暴走を止めたい……ッ!!」

 

 などと、無防備に過ぎると怒鳴ったり羞恥とやらを説いたりしつつ、どうにか幼馴染に抱きついて押し倒して動きを止めることができるが、鉢巻きの結び目が固く、なかなか解けずさらなる悪戦苦闘タイムステージ二に突入する美琴である。

 ただ、その様子は遠目からでは仲良くじゃれ合っているようにしか見えず、防衛線の先頭にいる二人のやり取りは目立って目立って、美少女二人がくんずほぐれつ戯れる様子に相手側の士気をさらに向上させてしまう破目になる。

 

「……止めさせられた。いやホッとしちゃダメだ。エサを釣り下げてる状況には変わりないんだから、早く後ろに下がらないと」

 

「いいえ、最前線を下げる必要はありません。この“逆境”はチャンスです」

 

 あの初日の棒倒しで愚兄たちが発した修羅の気迫よりはマシとは言えど、向こうは特攻精神で、それも、玉入れのような学校と学校同士の対決ではなく、人数に制限のない紅白の大合戦。孤軍奮闘するには数が多いのだ。

 けれど、防衛線を最前線と言い切る賢妹の姿勢は、不思議とその覆しようのない不利を感じさせない。

 

「学校単位より倍以上に人数は多くても、体操服を見る限り所属は雑多。大きな岩より、石を掻き集めた塊の方が脆いもの。それが更に石よりも小さな、生徒個人にまでバラバラになれば、それは砂上の楼閣です」

 

 まあ、詩歌さんの能力はそう表立って使いたいわけではないのですが、と苦笑。

 

「だったら、なんでこんな前に―――「ですが」」

 

 小言を言いたそうな妹分の言葉に、被せる。

 

「美琴さんがいるでしょう?」

 

「………」

 

「頼りにしてるから、この最前線でも余裕なんですよ」

 

 ほとんどなんでもありなルールで、多方面に応用のきく<超電磁砲>

 加えて、戦闘力は超能力者序列第三位と折り紙つきなのだから、たとえ同じく第七位に襲撃される脅威に曝されながらも、安心してこんな作戦に乗れるのも、御坂美琴の存在が大きい。

 

「……だから、少しはこっちの苦労も考えてって言ってんの」

 

 少しは得意げになってくれるかと詩歌は思ったのだが、妹分はそう言いながら、腕を組んでぷいっと背中を向けてしまう。

 しかし、その耳が赤く、彼女のシャイで可愛い性分を良く知る詩歌は、ふっふふーん、とこっちを向いてくれないその背中に抱きつく。

 

「ま、表立っては活躍できませんが、陰日向に“応援”は頑張りますよ」

 

 

 

つづく


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