とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
吸血殺し編 三沢塾
真夏の炎天下、一人の少女がビルの上を瞬間的に点と点で移動、<空間移動>していた。
<空間移動>している人物は空間移動能力者の白井黒子ではなく、
「まったく、何で私が夏期体験講習に参加しなければいけないのでしょうか? しかも、いきなりもう申し込んだから参加しろ、だなんて……」
あらゆる異能を投影する<幻想投影>、上条詩歌。
詩歌は夏期講習を受けるため『三沢塾』という学習塾へと向かっていた。
彼女は今年で中学3年生。
そう受験生だ。
が、
「昨年の当麻さんも受けましたから、私も受けさせようという事なのですが、当麻さんの高校のレベルなら今の私の学力でも十分だと思います」
去年、彼女の兄の上条当麻は受験生としてシェア1位の『三沢塾』の夏期講習を受けていた。
「当麻さんには私という専属の教師がいますのに……おそらく、母さんが私と引き離そうと画策したと思いますね」
当麻と詩歌の母親、上条詩菜は詩歌の想いを知っており、子供達が某陰陽師とメイドとのようないきすぎた関係になるのを防ぐため、二人をなるべく引き離し、芽から潰そうとしている。
「今回の件は、父さんを焚きつけたようですね。……父さん、私に霧ヶ丘女学院へ行ってほしいと考えていますからね」
当麻と詩歌の父親、上条刀夜は娘の詩歌を大層可愛がっている。
そして、詩菜から詩歌がお嫁さんにしたい女の子第1位であることを聞き、なんとしてでも女子高である霧ヶ丘女学院に通わせ、悪い男が付かないようにしたいと考えている。
ちなみに、その詩歌についての情報は美琴→美鈴→詩菜という順で伝わっている。
「霧ヶ丘女学院は珍しい能力を専門としているのでおもしろそうですが、第18学区にありますので却下です。もし、そんなに当麻さんと離れたら、どれほどフラグが乱立するのやら……考えるだけで恐ろしいですね。やはり、高校は当麻さんと同じところにしましょう」
もし、久しぶりに会った時、当麻がハーレムなんてものを作ったら、詩歌は発狂してしまうに違いないだろう。
「インデックスさんもいますし、今の当麻さんには私は必要です。ここは予定通り、今日で講習の取り消しの手続きをしましょう」
詩歌は元々、霧ヶ丘女学院に合格できるだけの学力があり、常盤台中学の教育を受けているため、塾に通う必要がなかった。
しかし、それでも心配してしまうのが親心というものだろう。
「中学と同じ二の舞になるのを避けるべく、今の内に裏工作をしなくては、当麻さんと同じ高校に通わせてもらえそうにないですね。父さんは甘えたりすればいいとして……」
上条刀夜は娘の詩歌を大層可愛がっている。
そのため、詩歌が甘えたりすれば、何でもお願いを聞いてくれる駄目親父へとなってしまう。
刀夜は数々のラッキーイベントにより失われた娘の評価を取り戻すのに必死である。
「しかし、母さんはどうしましょうか? ――――ん? もう着きましたか。今朝、黒子さんと会えてよかったです」
考え事をしている間に、目的地の『三沢塾』へ到着した。
「母さんのことは置いておいて、あと20分くらいしか<空間移動>は使えませんし、早く手続きを済ませてしまいましょうか」
詩歌は今後のプランを組み立てながら『三沢塾』へと入っていく。
しかし、すぐに出ることは叶わなかった。
街中
「ん~、どれがいいか……?」
冷房の利いた書店の中、上条当麻は参考書の品定めをしていた。
参考書とは当麻にとったら必要のない書物で、彼の場合は漫画とか雑誌などの方に金を費やすのが似合っている。
実際、彼の部屋にある書物は漫画が大半である。
だが、今、彼が購入しようとしているのは参考書だ。
当麻はある決意をしていた。
それは昨夜の事である。
怪我が完治して自由の身となった当麻は、その喜びを噛み締めようと外のコンビニへ行こうとした時、詩歌に襟首を掴まれ机の前に正座させられた。
そのまま、詩歌がドンッと机の上に山ほどのプリントを置いた。
『頭の運動の時間です。ふふふ、今夜はタフな夜になりそうです♪』
怪我のせいで受けられなかった補習のプリントらしい。
どうやら、詩歌は当麻の担任である小萌先生に交渉して、補習を欠席する代わりに自身が当麻の補習を行うと約束していたのだそうだ。
上条当麻は記憶喪失だ。
だが、右も左も分からぬ訳ではない。
失ったのはあくまで『記憶』だけで、『知識』はまだ生きている。
だから、学力はさほど変化していないはずなのだ。
なので、
『いや、今、勉強はしなくてもねぇ。あまり必要ないというか……』
『詩歌チャレンジの課題が終われば、なんと金ぴかシール10枚です。50枚集めれば、詩歌先生お手製の超起動両生類ピョンミンぬいぐるみがもらえますよ』
『え、カナミン!? しいか、カナミン作ってくれるの?』
『ええ、ハンドメイドです! カナミンとゲコ太の禁断のコラボレーション! 可愛いもの好きで、小さい頃はこれが欲しくて欲しくて金ぴかシールを頑張って集めた美琴さんも『何だろう。不思議なくらいに良くできてるんだけどこの夢が破れた感じ……。何でも1+1=2にならないんですね。というか、ゲコ太は男の子ですよーっ!!』ビリビリ~って感激してくれました』
『いやいや、それキレてんだろ!? どこの誰が魔法少女モノの服を着せたカエルの人形を喜ぶ奴がいるんだよ!!』
『いえ、ちゃんとヒゲを取ってリボンを付けて女の子のピョン子に直したら喜んでくれましたよ』
『目の付けどころが髭とリボン!? つーか、評価基準は性別!? 種族じゃなくて!? と話を戻すけどな。別にご褒美が欲しい訳じゃなくて、当麻さん、高校生。んでもって詩歌、中学生。さらに兄妹だ。言いたい事、わかるな?』
『ほぉ、つまりピカピカの高校一年生の当麻さんは『兄より優れた妹はいねぇ』、と言いたいんですか?』
『一体どこの世紀末救世主だ!? って、まあ、そういう訳じゃねーんだけど、わざわざ妹に勉強の面倒を見てもらうほど馬鹿なお兄ちゃんじゃないよって言いたいんだよ、当麻さんは!』
『ふんふむ、ならテストしてみましょう』
と、最初、当麻は妹に勉強を教えてもらうことはないと豪語していたが、詩歌とテストしてみた結果……赤ん坊と大人くらいの圧倒的な学力差があることが判明した。
それをインデックスに馬鹿にされ落ち込んでいた当麻の肩を詩歌は優しく叩き、
『当麻さんの勉強は私が“いつも”見ていたのでそう落ち込むことはありません。“これからも”私がしっかりと教えていきます』
と囁いた。
慰めたつもりなのだろうが、止めを刺したようなものである。
その後、詩歌の自然と頭の中に入ってくるほどわかりやすい授業を受けながら、当麻は誓いを立てた。
妹よりも……いや、妹と同じくらい……いやいや、妹の半分程度でもいいから学力を身に付けようと。
(以前の俺はどうだったか知らないが、妹に勉強を教えてもらうなんて兄失格だろ。普通逆じゃねぇーか! よし、こうなったら、詩歌に勉強を教えられるくらいの学力を手に入れてやる)
詩歌がすでに大学卒業できるほどの学力をもっているとは知らない当麻であった。
まあ理由は何にせよ参考書を買いに来た。
兄の威厳を求めて、学園都市の駅前の本屋へとやってきた。
しかし、上条当麻は“不幸”である。
『アイツを側に置いとけば、“不幸”が全部あっちに行く』という避雷針ばりの扱いでクラスメイトから重宝されるほどの。
その効力は何時如何なる時も突然発揮される。
今回も、昨日までは夏の受験勉強フェアとかで参考書は全品半額だったらしいし、そのおかげで目ぼしい参考書は全部売り切れていた。
おかげで使いこなせるかも分からない参考書に所持金の半分以上を費やす羽目に……
「本も買ったし……少し、覗いてみるかな」
チラリと視線を横へ流す。
当麻は悟りを極めようとする仏僧ではなく、高校1年の年頃の健全な男なのでグラビアには興味があった。
ただ、妹やインデックスがいる部屋ではそういうものを見る機会が全くない。
なので、折角、書店に来たので、少しはグラビア雑誌を立ち読みしようと雑誌コーナーへ足を向ける。
だが、
(ッ!?)
突然、頭の中に警鐘音が狂ったように鳴り響く。
そして、動悸が早くなり、全身から冷汗が止まらなくなり、グラビアコーナーへ足が動かなくなった。
心が……見たら精神的に殺されると訴えてくる。
「うん、やめておきますか……インデックスも外で待ってるし……あれ、まだ汗が止まらない。ここ冷房効いているはずなんだけどな。はは、ははは……」
心が覚えている。
……詩歌の制裁は、記憶を失っても心が覚えているほどの深いトラウマだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
冷汗を垂らしながら店から出ると、不機嫌そうに唇を尖らせている少女が1人。
歳は妹よりも1、2歳下で13、か14といった所の少女は一目で分かる外国人だ。
腰まである長い髪は銀色で、肌は雪のように白く、瞳の色は
そして、服装はこの街には不自然な十字教のシスターが着る修道服。
色は純白で、随所に金糸の刺繍が見られる成金趣味のティーカップのようだ。
少女の名前は
もちろん本名ではないが、世界中の誰もがこの名で少女を呼んでいるらしい。
彼女とは病院で知り合い、今は色々と訳あって自分の部屋で居候している。
「とうまー、お腹空いたよー。そろそろ昼ごはんにしよう」
インデックスが、お腹を押さえしょんぼりした顔で当麻に訴える。
「……おまえなぁ、まだ12時前で朝さんざん食べただろう?」
当麻は呆れた顔を浮かべる。
「だって今日の朝食、とうまが作ってくれたのは、パンと目玉焼きとサラダだけだったんだよ。しいかなら、もっとおいしいご飯をお腹いっぱい食べさせてくれるのに」
今朝の朝食についてインデックスは当麻に文句を言う。
当麻はそこそこ家事はできるのだが、達人級の詩歌で慣れてしまったインデックスには不満だったらしい。
「確かに、詩歌の飯は俺よりも旨いからなぁ……。どこで知ったのか知らないけど、いくつかの米をブレンドして安くて美味しい飯を作ってたし……本当にあいつは常盤台に通ってるのか?」
当麻も詩歌の家事のレベルの高さにインデックスの言うとおりであるとしみじみと同意する。
「とうまのご飯じゃ満足できないんだよ! 何でしいかは来てくれなかったの? また、しいかと喧嘩でもしたの?」
心配そうに当麻の顔を覗き込む。
「ちげーよ。今日からあいつは塾に通うんだよ。だから、しばらくは詩歌が朝食を作りに来ることはねーよ」
昨日の夜に送られたメールで、今日は塾に用事があるため朝食と昼食の準備ができないと知らされていた。
ただ、他にも3通ほどインデックスとラッキーイベントが起きていないかという確認の内容だったが……
「ええっ!? そんなの聞いてないんだよ!」
「そりゃあ、今初めて言ったからな」
インデックスは突然の問題の発生に立ち止まって、考え込んでしまう。
世界の終りような絶望さえ浮かべている。
「むむぅ……こうなったら、とうまにしいかと同じくらいのご飯を要求するしかないかも」
自分で作るという発想はないらしい。
「残念だけど、今の当麻さんにそんな技量もなければ時間もありませんよー。勉強しなきゃいけないしな」
ほら、と当麻は買ってきた参考書を見せるが、インデックスに鼻で笑われてしまう。
「えー、しいかより頭が良くなるなんて無理なんだよ。そんな無謀な事に挑戦するなら美味しいご飯を作ったほうがいいんだよ。もう、とうまと話してたらもっとお腹がすいちゃったんだよ。このままじゃ、お腹と背中がくっつくんだよ」
当麻は少しカチンときたが、インデックス服を掴んでせがんでくるのをみて、やれやれと溜息をつきながら、財布を取り出す。
(昨日、詩歌が今月分といって渡してくれたお金は5000円。……今日参考書を買ったから、1000円札は2枚……一応、詩歌と共有しているから貯金している額は多いけど、当麻さんのお財布はこんなにも寂しい。そもそも妹が奨学金や親からの仕送りを管理するなんて……)
財布の中身を見て、心の中で涙を流すが、結局、インデックスにせがまれて近くのハンバーガーのチェーン店へ昼食を食べに向かった。
ハンバーガーショップ
「インデックスの奴あんなに頼みやがって、詩歌がくれたクーポン券がなければ金欠だったぞ」
当麻はハンバーガーを10個ほどインデックスに買い与えた後、座る席を探していた。
夏休みということもあってか、席はどこも満席で、相席したり順番を待つ客も見られる。
いや、一つだけ空いている席があった。
四人掛けの席なのに、たった一人で食事をしている少女がいた。
しかし、誰もがそこに空席などないと思っているかのようにスルーしている。
それどころか少女を視界に入れた瞬間、何か見てはいけないものを見たかのように目を逸らしてしまう。
長く美しい黒髪、日本人形のような顔立ちはまさに大和撫子であった。
ただ、どういう訳か、神社でもないのに巫女服を着ていた。
さらに、目の前にある山ほどのハンバーガーを次々と食しているため、かなり店の中で浮いていた。
(こいつは、知り合いじゃないよな? この前貰った詩歌が作った俺が記憶を失う前の交流リストには載ってなかったし)
当麻は詩歌から当麻のクラスメイト、知人、家族関連のリストを貰っていた。
非常に微細な事まで記載されているリストで自身との関係、性格、特徴、能力、趣味まで書いてあった。
このリストのおかげで、先ほど出会った青髪ピアスと土御門の絡みを適当に回避する事ができた。
まさに当麻を見続けてきた詩歌だから作れたリストだろう。
しかし、
(そういえば、記憶を失う前の俺は、女性との交流が全くなかったな)
女性のリストは家族関連を除けば、インデックス、御坂美琴、土御門舞夏、担任の小萌先生と詳細なデータはないが神裂火織のみ。
これは以前の当麻が硬派な人間か、女の子に話し掛ける事もできないシャイな人間だったのかという訳ではない。
むしろ、枠を広げれば女性の方が交友は多かった。
当麻に渡したリストとは別に、詩歌は<当麻フラグ建設リスト>というものを作成しており、その中には100人を超える女性のデータが詰まっている。
そのリストは『秘密の書庫』に厳重に保管されているので、その存在を知るものは詩歌以外に誰もいない。
「……調子にのって、頼みすぎた」
少女は咳き込んだ後、抑揚のない声で呟くとハンバーガーの山に頭を突っ込んだ。
変なフラグが立ちそうな気がする……
当然、不幸センサーが反応し、避けようとするが、インデックスの腹ペコ度数がピークに達し、勝手に隣に座り食事を始めてしまい、当麻は少女と相席する事になってしまった。
「相席失礼しますよー」
席に着けたはいいが、少女はハンバーガーの山に頭を突っ込んだまま無反応なのでどうも食べづらい。
結局、当麻は少女に声をかけることにする。
「おーい、具合は大丈夫か?」
肩を軽く揺すりながら問いかけると、呻き声をあげながらピクリと反応した。
「…………く、食い倒れた」
言葉の通り少女は食い倒れていた。
どう反応すればいいかわからず、インデックスの方を見るが我関せずと食事を続けているため、当てにすることができなかった。
味方が当てにできないため、再び一人で少女と向かい合う。
「えっと、なんで食い倒れてたりしてたんだ?」
すると少女は起き上がり、ぼんやりとした顔で当麻を見つめた。
大和撫子のような女性に見つめられ、当麻の頬が緊張で強ばる。
そして、なぜか背筋に悪寒が走った。
「お得なクーポンがたくさんあったから。とりあえず100円のハンバーガー30個ほど頼んでみた」
「そいつは、インデックスでもないのに頼みすぎたな」
名前を呼ばれて反応したのかインデックスは、多少は腹を満たせたこともあって一旦食事を中断し、ようやく少女に問いかける。
「ねえ、あなたは何でそんなに食事を頼んだの? 必要以上の暴食は大罪なのに」
当麻は自身を棚に上げるなとこの破壊僧のような修道女にツッコミたくなる。
「帰りの電車賃。400円必要だった。でも全財産が300円。だからやけ食い」
少女は帰るに帰れないのでこのような暴挙に出たらしい。
「歩いて帰ろうとは思わなかったの?」
「……暑いから。無理。溶けてなくなる」
巫女の格好をしているくせに、精神修行が足りてないようだ。
「だったら、とうま達にお金でも借りたら?」
インデックスはここで当麻に言葉のキラーパスをする。
(インデックスさん、いきなりここで俺ですか!?)
少女はじっと当麻の顔を期待に満ちた目で見つめる。
「いや、無理だって。当麻さん、財布の中には野口さん一人しかいないし。むしろ恵んでほしい立場だから」
当麻が断ると、少女は小さく舌打ちした。
「……甲斐性なしが」
「初対面の人間に、自分のことを棚に上げといて罵倒された! おまえだって帰りの電車賃が100円足りねーだろ!? つーか、何だよ、その格好は! 巫女さんなのか!?」
昨夜から苛められてきた当麻のプライドがついに爆発した。
当麻は興奮しながら気になっていた巫女の格好について問い詰める。
「私。巫女さんではない」
少女の返答は自身の存在を全否定するようなことだった。
「私。魔法使い」
その一言はインデックスの魔術師というプライドを大いに刺激した。
「魔法使いって、本当なの? こういう時は専門と学派と魔法名と結社名を名乗るのが礼儀なのに」
むっとした表情で矢継ぎ早に質問する。
しかし、少女は全ての質問に『だから私。魔法使い』の一点張りで、碌な回答をしない。
すると、インデックスはますますヒートアップしていき論争を過熱させていく。
途中、当麻が止めに入ったが『自分の時とは違う。裸にされなきゃわかってくれなかった』とインデックスに怒られ、いきなりの暴露に当麻を大いに慌てさせた。
「インデックス、何言ってん――――ッ!?」
その時。
妙な視線を感じ、当麻が後ろを振り向くと、およそ10人の大人が、いつの間にかすぐ側で自分たちを取り囲んでいた。
(いつのまに!? それに何だこいつら? 異様に感情を感じさせない……)
しかし、当麻の心配も杞憂だったのか、彼らはどうやら少女の先生らしく。
少女に足りない100円を渡すと、共に店を出て行った。
当麻は少女の後ろ姿を呆然と見送った。
道中
赤髪の神父はあの異様な建物での会話を思い返す。
彼はこの街の人間ではない。
だが、ある問題の解決のため組織の『上』に命じられてここまでやってきた。
そして、この街のトップ、機械に命を預けている怖いほどとてつもなく歪んだ『人間』から詳しい依頼を受けた。
そして、その依頼に対し、その『人間』は自分に2人の人間を用意すると言ってきた。
その内の1人は知っている。
魔術師の天敵、<幻想殺し>。
あの『人間』はLevel0で役立たずだと言ってはいたが、そんなはずはない。
その事は実戦によってステイルは骨身に染みて良く理解している。
あれは、極めて稀有な能力であると。
しかし、もう1人の事はよく知らない。
彼女と少しは会話した事はあるのだが、その能力については全くの謎だ。
<幻想投影>。
あの『人間』は<幻想殺し>の対極に位置する存在だと言っている。
しかも一応Level3の発火能力者であるらしいのだが、それは
逆に、魔術側を理解し再現できるだろうと警告までしてくる。
タブーではないのかと思ったのだが、『人間』は彼女のアレはどうにもならない、いつかはこの『籠』から飛び出してしまうと面白おかしそうに笑みを浮かべていた。
あの『機械』か『人間』かも明確に区別できないモノの言葉なんて理解できない。
「……ふん。それでも、僕のやる事は決まっている」
だが、赤髪の神父はこの依頼を受ける。
この街にいる彼女の平穏を守るために。
三沢塾
部屋から出た詩歌は愚痴を言いながら玄関ホールへ向かう。
「ようやく、手続きが終わりました。全く、勧誘がしつこかったですね。三沢塾はカルト集団と化している噂は本当だったんですね? おかげで<空間移動>の使用時間が切れてしまいそうです。おそらく、1分もしないうちに消えてしまうでしょう」
詩歌は『こんな暑い日に外を歩かなきゃいけないのか』と溜息をつく。
「さて、これから当麻さんの部屋に行きますか。早く夏休みの間に、この<新当麻教育計画>で当麻さんを調―――いえ、教育しなくてはいけませんね」
詩歌は鞄から黒い手帳、<新当麻教育計画>を取り出し、予定している計画を確認する。
「当麻さんは以前とは違って、妹に勉強を教えてもらうのには抵抗があるようですからね。しかも、昨夜のプラン『学力差を自覚してもらおう』では自尊心を砕くどころか、火がついちゃったようです。ここはプラン『飴と鞭』と恥ずかしいですがプラン『教師に変装し
て大人っぽさをアピール』との併用でいきますか。それならまず部屋に戻って準備しないといけませんね」
<新当麻教育計画>は、記憶を失った当麻を妹好きに教育するプランである。
昔、詩歌は当麻のエロ本を見つけた時、甲斐甲斐しく世話をするだけでは当麻は振り向かないと痛感した。
そこで作り上げたのが<当麻教育計画>だったが、当麻が記憶を失ったので、新たに土御門舞夏の意見を取り入れて改良した<新当麻教育計画>を作り上げた。
中の内容は協力した土御門舞夏でさえ一部しか知らず、詩歌本人しか全容を知らない。
玄関ホールに差し掛かり人目も増えてきたので、詩歌は<新当麻教育計画>を閉じ、鞄の中へしまう。
「ようやく玄関ホールですね――――ッ!!?」
詩歌は急に何かを感じ取った。
(この感覚は一体? ……何かが空気中に漂っている気がする……)
異様な感覚に、詩歌は酔っているように足元がおぼつかなくなり、壁に手をつく。
そのとき、詩歌の<幻想投影>が何かに反応した。
(何この情報? 能力のようだけど、どこか違う力……何か、頭が…ふらついてきた……)
詩歌は初めての感覚に立っていられなくなり、その場で崩れ落ちてしまった。
つづく