とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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常盤台今昔物語Q&A エイトクイーン

常盤台今昔物語Q&A エイトクイーン

 

 

 

三沢塾

 

 

 中学三年生。つまりは、受験生である上条当麻は志望校へ合格を目指し、全国チェーンを展開してる、小学6年生、中学3年生、高校3年生と来年で進学の受験年に集中した学習塾の夏期講習を受けていた。

 

「あー……もう、終わった……終わってしまった……」

 

 ぐてー、と机に突っ伏す。

 <幻想殺し(イマジンブレイカー)>という生まれもった力のせいで万年無能力者の上条当麻にとって、学力成績こそが受験戦争の生命線である。それが、蜘蛛の糸のようにか細いものだとしても。

 

(模擬テストの内容自体は、それほど難しいものじゃなかった。得意科目だったし、詩歌が事前に予測していた内容がことごとく的中した。5分前には全部終わらせることができた。でも、まさか最後の最後の見直しでマークシートがズレてたことに気づくなんて……不幸だ)

 

 もしもこのテストの結果を見られれば、賢妹は愚兄にマンツーマンでスペシャルメニューを課すだろう(『当麻さんの勉強は私が見るんです! 将来的に宗教団体になりそうなとこに預けるなんて断固反対です!』と両親に説得されるまでそんなやり取りがあった)が、いくら学園都市でも飛びきりの優等校に通っているとはいえ、妹に勉強を見てもらうのは兄的にNGだ。

 ただ、幸か不幸か、“今、上条詩歌は学園都市にいない”。

 

(まだ初日だ。今回がクラス決めをする実力試しで、次回こそが本番! 最終日にもう一回模擬テストするから、その時に名誉挽回すればいい!)

 

 そうして、自分で自分を励まし、発奮させて持ち直した当麻は15分の休憩をはさんだ後で連戦する次の強敵(テスト)に向けて、軽い頭の体操でも始めてみる。

 

 以前に妹から受験生の息抜きの頭の体操と勧められてやってみた『エイトクイーン』なる思考ゲーム。

 それは、8×8のチェスの盤上に8駒の『女王(クイーン)』を、どの『女王』も他の7駒の『女王』――前後左右斜め遮蔽物がない限りどこまでもいける行動力が有り余ん八方美人――から相対しないよう配置する。

 一発で覚えられた単純にして明快なルールで、やってみると簡潔にして面倒なパズルだった。

 妹曰く、この解は、チェス盤回せば同じ配置になってしまうような点対称線対称のものを省けば、12通り。

 さらに、条件の一部を変えて、縦横1マスずつ減らして7×7の1駒減らした7駒の『女王』の配置とした『セブンクイーン』になると解は、6通り。それ以下に減らしたら、解は1つか2つ、また解なし(ゼロ)しかなくなるという。

 

 そう考えると、この常盤台中学という環境下(盤上)で、二人の超能力者(ツークイーン)が衝突をうまく回避する()は、ない(ゼロ)。関係を持たないように逃げようとしても、いくら扱っている分野が違っていても、日常的に顔合わせが避けられない学校という狭い空間が許さず、際立った実力者は必ず比べらて、ぶつかり合ってしまうものなのだ。

 けれど、盤上の広さが限られているのは、あくまでゲームの話で。

 学業の制限が外される放課後は、学校を基準として、学内と学外に、互いが不可侵の活動の場を――盤上を――二人は二つに分けた。

 より具体的には、ひとりは『派閥』という学内社会の中で頂点になり、もうひとりは<学舎の園>を出て、青春を謳歌しても対外的にアピールする『看板』になったわけであるが。同じひとつの盤上に入れば、衝突は免れないことに変わりない。

 ―――ただし、間に誰か一人入れば難易度は格段に下がる。

 

(……学芸都市へのデモンストレーション、かぁ)

 

 じゅわ、じゅわ、と。

 換気に開けられた窓から入り込む、空気を炒めるような蝉の声。

 遠く遠くまで続く青空に耽りながら、今、廊下から壁越しに当麻の耳までにぎやかにしてくれる夏の声は、その自然な環境音の中でも良く聞こえた。

 

『ねぇねぇ、『忽然と客の消える試着室』って知ってる?』

 

 きゃぴきゃぴと甲高い、たぶん、隣の小学6年生対象の中学受験コースに来てる子だ。

 

『あー、それって、都市伝説の?』

『そうそう、洋服屋(ブティック)の試着室に入った子がなかなか出てこないから、着替えるのに手間取ってると思って声掛けたら、その試着室からいなくなってた。店員さんに訊いても知らないし、頼んで店内カメラの映像を見させてもらってもその子は試着室から出た様子はないの。で、結局、その子は行方不明扱いにされちゃったんだけど。

 ……実は試着室には隠し扉があって、その洋服屋が人攫いの犯人だったの。土地勘に不慣れな海外から旅行しに来た女の子たちを狙った用意周到な罠。それで行方不明になった子は人身売買されて……』

『うわー、悪趣味だねぇ』

 

 都市伝説の大半は根も葉もないうわさ。

 大体、それが真実だとしても、旅行者をターゲットにしてるなら遭遇する確率は0に近い。学園都市から『外』にでるには『広域社会科見学』でもないと難しいところで――――

 

(って、今、日本にいない!?)

 

『あたしはもっと夢のある都市伝説がいいんだけどなぁ。ほら、その笑顔を見るだけでレベルを上げてくれる聖母様とか』

『うん、それが本当なら私も会ってみたいよルイコ』

 

 うわさ好きの女子小学生らの会話が遠い。

 頭の中で展開されていたチェス盤は卓袱台返しとばかりにひっくり返った。

 すぐさま携帯で―――

 

「はい皆さん。携帯電話等は電源を切ってから封筒に入れて回収に来るスタッフに預けてくださいねー」

 

 慣れる為、受験本番と同じようにカンニング防止対策が実施される模擬テストで、廊下側最前列の生徒の携帯はいの一番に回収されてしまった。

 

 

学芸都市 浜辺

 

 

 アメリカ・カリフォルニアの沿岸から西側50kmほど離れた洋上に造られた直径10kmの超巨大な人工島。

 『学芸都市』

 娯楽と映画の大国に相応しく、あらゆる施設がエンターテイナーのアトラクションであるこの空間は、複数のジェットコースターが絡み合うように空を走り、中心点のない不思議な観覧車が五輪(オリンピック)のマークのように互いの環をくぐっている。

 ホテルの外観からゴミ箱の形一つに至るまで、全てが可愛らしく計算されて設計されたテーマパーク。基本的にホテルのベット以外は全部水着で過ごせると言うぐらいに徹底されてる。

 

「やれやれね……常盤台(ウチ)が『世界に通用する人材育成』を方針に掲げていることはわかってたけど、まさか、入学して半年も経ってない一年目の夏休みに学芸都市(アメリカ)にまで駆り出されるなんて思わなかったわ」

 

 真っ青な青空は、どこまでも果てしなく広がっているようで、見るだけで解放感がある。

 低湿度のスッキリした空気に、サンダル越しに足の裏へ伝わる柔らかい砂の感触。ぶつかりあう波の音と潮の匂いを載せて夏日の風が流れていく。

 燦々と照りつける日差しに肌を焼かれるのではないかという心配もあるが、本当に体の隅々まで日焼け止めクリームを塗り込まれたので大丈夫だろう。

 とにかく、御坂美琴は、カリフォルニアの海に来ていた。

 

(んー……見るだけで海に入ることはできないから、生殺しになるんじゃないかと思ってたけど、案外リフレッシュするものねぇ)

 

 それも、この海は、『近未来の地球』をテーマにしたハリウッド映画の撮影のために、50年後の動植物の環境を疑似的に作り上げたもの。

 その景観を守るためにも、学芸都市の周囲は生物ガードという生き物の出入りを防ぐ目の細かい網に覆われていて、リニアモーターカーの海底トンネルで本国アメリカと繋いでいる。

 そんな、学園都市ひいては日本では拝めないであろう絶景に、思わず両手を上に伸ばしてぐぐっと背筋を伸ばそうとして、ぶつかった。

 

「海を見ただけで周りを気にしないくらいにはしゃいじゃうなんてお子様ねぇ。ええ、距離を置いてほしいわぁ。近寄るだけで静電気みたいにピリピリと鬱陶しいなんて、望遠鏡を使うくらい遠くから見るくらいでちょうどいいんじゃないかしらぁ」

 

「―――訂正。気分は最悪」

 

 謝罪しようとした気が一瞬で失せた。その甘ったるい、そして、美琴にとってはいや~な声。折角のバカンスに来ても、コイツがいるだけで気分が晴れやかになることはあるまい。

 

「こっちは天体望遠鏡くらい離れていてほしいわね」

 

「あら、御坂さんに宇宙までの片道切符くらいなら手配できるわよぉ」

 

「私を置き去りにするつもり?」

 

「お星さまになっても構わないわぁ」

 

「ええ、だったらアンタをレールガンで月か火星まで吹っ飛ばしてあげてもいいのよ」

 

 蜂蜜を溶かしこんだような金髪の少女。今回の実演出張の同行者、食蜂操祈。ビキニとまでは言わないまでも、かなり露出の多いセパレートの水着を着ているようだが、いつものように両手足には長手袋とソックスを穿いており、相当暑そう。

 ちなみに美琴は黒を基調に曲線的な白いラインの走った、シャチみたいな模様の競泳水着。背中が大きく開き、H型のバンドで固定する方式の水着は、常盤台中学能力測定指定水着。オリンピック代表選手が目の色を変えるほど様々な最先端のスポーツ工学技術が詰め込まれた一着なのだが、あまりにも高性能過ぎて時折『あれ? これボディペイントじゃないよね?』と本当に何も着ていないように感じられることがあるのだ。

 

(だぁー、ちくしょう。学校関連のイベントだから仕方なく持って来たけど、あとで水着は自由で問題なかったなんてなぁ。ちゃんと事前に確認とっておきゃよかった……)

 

((ま、コイツの格好よりはマシだけど))

 

 と美琴の視線がちょうど食蜂と合った。

 揃えば、電子と脳内に記録記憶された情報も抹消してしまえるため、完全犯罪可能な二人であるが、両者がその背中を預け合うことはない。背中を見せれば刺されることが分かっているからだ。

 できれば、別々に行動したいところなのだが、『もしも私の視界二人とも一緒に収まってなかったら、手錠をはめますのであしからず』と『ふふふ、コンパクトに指と指にはめる<風紀委員>で使われるタイプなのですが、これで指を絡み合わせた恋人繋ぎなんてできるのでしょうか?』と何とも身の毛のよだつ提案(脅し)がされている。

 冗談だと笑い飛ばしたいところなのだが、あの人は笑顔でそれをしそうだし。そんな事態になったら、衝動的に手首を切りかねないので、渋々、行動を共にしているわけである。

 

((うん。どうにかしてコイツひとりの責任にして切り捨てできないかしら))

 

 今後の時間を楽しむためにも、目の前の問題をどう片付けようかと思案。

 ―――と。

 ビーチにいたひとりが、こちらを見ていた。

 

「レ、超能力者(Level5)!」

 

 手を口にあてて、ビキニの女性がサングラスを上げて、直視で確かめる。

 これがまたオーバーに感動してる様子で、瞳をうるうると滲ませて、こちらへ走り寄ってくる。

 

 超能力者二人が揃うなど学園都市でもそうない。

 まして、この人工島全体がひとつの映画セットになれるような学芸都市の宣伝力を使って、勝手に、それも大々的に『学園都市から能力のデモンストレーションに訪米した超能力者の二人組』と顔写真でモニターに放送されていたようで、なんちゃってハリウッド俳優状態となっている

 

 そんなわけで、当然、押し寄せる人間は一人ではすまず、一人が気付けば、また一人。次から次へと怒涛の如く続いてやがて、大勢に囲まれる。ハリウッド俳優は映画で見ることはできるが、『外』ではお目にかかれない能力者。それも頂点。興味関心を惹くのはどうしても仕方ない。

 そして、こちらも目的が広告塔として来ている手前、有名税にはなるべく笑顔で応対するべきだろう。

 

(ああもう、ほんっとうにバカンスなんてできないわね!)

 

 と、そのとき、視界の端っこで何やらリモコンを取り出す女王の―――がしっとその手を美琴は掴んだ。

 

「(ちょっとアンタ一体何しようとしてんのっ!)」

 

「何って、このマナー力のない人ごみをどかすだけよぉ」

 

「(無暗に『外』の人間に能力使ってんじゃないわよっ! アンタが問題を起こせば、私も連帯責任を取らされることになんのよ!)」

 

「アナタのビリビリよりはマシでしょう? わざわざ天才力を使うんだから優しい対応力だと思わないかしらぁ?」

 

「(そういうアンタは何で私たちが学芸都市に来てると思ってるのかしらーん?)」

 

 手を取り合って(るように、周りは見える)、耳打ちで話し合う(またはいがみ合う)超能力者の二人は、仲良さそうに……は雰囲気的に無理があったが、バチバチ、と片側の少女の前髪から火花が散っているのを見て、周りは歓声が上がる。

 学園都市で不良たちがその兆候を察知し、超能力者同士の喧嘩だと知れた時は一斉に退散するだろうが、学芸都市の住民らは、ショーでも見ているように危機感はない。

 

「あーあー、御坂さんのせいでより興味力に火が点いちゃったじゃない。こうなったら、期待にこたえて猿回しでも一芸を見せたらどうかしらぁ?」

 

「アンタねぇ―――」

 

 つい大声で怒鳴り散らしかけた瞬間、美琴は横を向いた。

 

 

「―――お?」

 

 

 つられて、集団の視線も横に流れた。

 ビーチの入り口あたりに、見慣れぬ東洋の少女が佇んでいたのだ。

 

「……ワオ」

 

 と、誰かが感嘆を漏らした。

 美しい少女だった。

 超能力者たちにけして劣らず、その一動作に華がある。

 羽織ったパーカーを前に開けて、ビキニを着た瑞々しい肌、起伏に富む体付きもさることながら、すうと通った眉と鼻梁、花弁にも似た唇、手足のバランスやしなやかな指の一本に至るまで、あらゆる数字は黄金比を成立させて、左右相称(シメントリー)に少女の肢体に内包されていた。けれど、今はいつものリボンを片側にまとめるサイドテールにし、上品に南国風のパレオを腰に巻いて、非左右相称《アシンメトリー》に崩している。

 

「詩歌さん」

 

「………」

 

 名前を呼んだ美琴に対して、目を合わせて瞬き(ウィンク)すると―――淀みなく、そして等速な動作で、詩歌は周囲を見渡した。

 それから、にっこりと笑顔のまま口を開いた。

 

「お取り込み中のところ申し訳ありませんが、後輩二人をお迎えに上がった管理マネージャー代行の上条詩歌さんです。皆様はどうぞそのままバカンスをお楽しみください」

 

 すうと一礼して即座に実行に移る。

 滑るように移動し、二人の手首を掴むまでが一動作。

 まるで一流のダンサーが、集団の呼吸の間を塗った――呼吸を盗んだ動き。ほとんど力も加えずに後輩らを引きずりだし、賢妹はくるりと回転した。

 回転しながら、砂浜を蹴った。

 跳んだ。

 後輩らの身体を両脇に抱えて、賢妹は数mも飛び上がり、集団の人の壁を超えて、優美に着地したのである。

 

「では、失礼します」

 

 学園都市からの来訪者たちが、そのまま向こうへ消えた後、たっぷり10秒ほどおいて、ポカンと取り残された民衆から感想が上がった。

 その中の一人、最初に見つけた女性だった。

 言葉足らずで誰を指しているのはは定かではないが、その一言はある意味適切な感想ではあった。

 

「……まるで、お姫様のよう」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 双眼鏡を顔から離す。

 最初は、見聞を広めようと撮影技術が発展した学芸都市にやってきた。

 世界の第一線で活躍する映画関係者が生み出す娯楽の数々を、どこよりも早く導入し、提供していく、刺激に溢れたアトラクション集合体。歩いているだけでも情報を取り込んでいけるよう―――のだが、今は学芸都市よりも、ウワサの学園都市からのゲストたちを拝んでみたかった。

 今年のカンヌでいい線いくだろうと自画自賛する期待の星なれど、まだまだ若い新人。

 より精進していくために、足りないもの――経験値が欲しい。

 もしもリンゴを上手に描けるようになりたいのならば、上手く描ける芸術家の(リンゴ)ではなく、題材にする(リンゴ)から学ぶべきだ。結局、表現するのは自分の頭なのだから、自分の目で観察し、自分の手で再現しなければ、単なる誰かの真似事でしかない。並み居る評論家たちをうならせるには、自分自身の経験値の底を深めていかなければならない。故に、話には聞いたことがあれど、実際には見た人物は少ない超能力者というのを見てみようと……

 

「でも、残念。見つけたけど、見れなかったわね。CGやVFXで再現できるかどうか確かめるためにも、学園都市の超能力っていうのを生でみたかったんだけど」

 

 あの金髪の子がリモコンを取り出して何かしようとしてたみたいだけど止められて、あの茶髪が電気っぽいのを発していたように見えたけど、あれじゃあ、まだまだ観察には不足。途中、黒髪の子に割って入らなければ……

 

「あの子も能力者だろうとは思うんだけど、アレって能力じゃないわよね」

 

 得意分野は恋愛系だけど、アクションで活躍する達人の殺陣(たて)の動きを見てきた。

 けして速いわけではないが、ただ、度を越して合理的な挙動は熟達した奇術のように知覚の隙間へ入り込むもの。

 黒髪の子の技術としては確かに驚くべきことなのだろうけど、お望みのものではない。

 確かに最後のは能力とやらの助けを借りたのだろうけど、それも一瞬。

 

「トキワダイの能力者はお嬢様、って聞いてたんだけど、もしかして女版忍者(クノイチ)なのかしら?」

 

 なんにしても。

 今回は見れなかったけど、見つけた。

 千載一遇の好機。

 瞳に宿るのは、焼けるような好奇心。

 思わず、ごくりと生唾を飲み込み、、美味しそうな御馳走(けいけんち)を前に濡れた舌先で乾いた唇を舐める。

 

「折角、面白そうな子たちに出会えたんだから、楽しまなきゃね」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 能力開発を受けた学生が『外』に出るには、広域社会科見学でもなければ難しいところではあり、それも学園都市でも7人しかいない超能力者となれば手続きは山となるだろう。

 しかし、今回は、特別措置。

 他の研究機関に、学園都市の技術のデモンストレーション。つまりは、能力者達の頂点である超能力者による実演のために、『外』の学芸都市へ派遣されたのだ。

 学園都市に協力する研究機関は多々あるが、『外』の技術力には、2、30年のズレが存在しており、またズレは技術力だけでなく、互いの信頼関係にも及んでいる。

 ようは、『我々は学園都市に全面協力をしているのに、いつまで経っても差が埋まることがないのは、学園都市が技術力を出し惜しみしているからだ』と。

 そこで学園都市上層部から外交待遇に不満を抱く関係改善のために白羽の矢を立てたのが『五本の指』の常盤台中学に所属する二人の超能力者。

 物理系と精神系と互いに異なる分野で、それぞれの最高位と最上位。

 彼女たちがLevel5の性能をデモンストレーションすることで、別にこちらは技術力を隠しているつもりはない―――とアピールする。

 学芸都市が選出された理由は、協力機関の中でもアメリカは学園都市創設時からの付き合いであって、技術力の中心は学園都市だとしても経済を回すのはやはり世界の警察であるこの大国だからだ。他にも航空技術の提供などもしているそうで、学園都市が学芸都市――アメリカにどれだけ気を回しているのかが窺える。

 

 そんな、今後の未来を左右するかもしれない一大事。

 

 折角のレジャーだらけの常夏の南国バカンスなのに、観光する暇も無いくらいにガチガチにスケジュールを組まれている。

 しかし、それも仕方ないこと。

 このデモンストレーションの目的は学園都市と協力機関の摩擦を軽減するためのもので、そのために、超能力者を学園都市のSPが取り囲んでいたのでは、『学園都市は隠している』と思われてしまうために、大人たちはいない

 子供たちだけの孤立無援の中で、スケジュールで束縛こともまた、誘拐などから身の安全を確保するに必要な処置なのだ。

 

 ……が、だ。

 

 全くスタッフがいないのはそれはそれで不安がある。『Level5は性格が破綻している』なんて噂が流れている通り、超能力者の子たちが問題を起こす可能性を考慮しなければならない。

 そんなわけで。

 大人たちではなく、子供のスタッフ――超能力者たちの手綱を握ってくれるほど優秀なお目付け役――として、任されたのが御坂美琴と食蜂操祈の先輩であり、たまさか<落第防止(スチューデントキーパー)>なる資格も持っていた上条詩歌も、学芸都市に来ていた。

 

「超能力開発の精華たる問題児は入学して早々に問題を起こしてくれましたからねー。しばらく火消しに学園都市から離れてもらった方が好都合ですから、常盤台中学もこの能力実演出張を受けたんでしょう。おかげで、詩歌さんはそのお目付け役で同行です」

 

 学生にして、“保護監督”。

 それも超能力者の。

 しかも二人―――も。

 それが可能だと常盤台中学から太鼓判を押されるとは、かなり―――末恐ろしい。

 いや、それだけではない―――それだけが末恐ろしいのではなく、戦闘能力と言うべきものだけに特化していない点だ。

 <警備員>の格闘戦術に、またルームメイトから教わった武器術と常盤台中学寮監直伝の体術と言ったのを押さえているものの、それは、それだけでは、一般常識の域を出ない。

 そんな一般常識など通用しない非常識な科学の最高位能力者(ハイエンド)を、その程度の底の知れた技能で、抑えつけてしまっているという事実――彼女の<書庫(バンク)>に登録されていない能力を考慮に入れたところで、それは十分に、異常と判ずるべきではあろう。

 

「―――それで、一人助っ人を連れてきてもいいと師匠から言われましたが、陽菜さんは、飛行機嫌い。というか、生涯日本から離れないと宣言しちゃっていますから。それに余計に問題児を増やすだけになりそうですし。

 今年受験生の私の兄は、優しいかわい妹がいると勉強に集中できないと、三沢塾の夏期講習を受けたようでして……(帰ったらテストしましょう。それで点が悪かったら、マンツーマンでみっちり扱き上げてやる)」

 

 ウォータークーラーで冷やしていたペットボトル。日焼けで体力消耗を考慮し、夏バテ対策にハイビスカスとローズヒップを加えたお茶を後輩二人に配給しつつ、詩歌は所要があって別々の飛行便を利用し今しがた合流した協力者を紹介しようと隣へ手を指し向け、

 

「というわけで、繚乱家政婦女学院の雲川鞠亜さんに同行をお願いし、来てもらえました」

 

「お初にお目にかかる。だが、最初に言っておこう超能力者。私の目的は他者のサポートではない」

 

 緩やかに巻く髪を掻き上げながら、鞠亜は言う。

 

「見ての通り、私は人並み外れて頭が良いし、腕は立つし、礼儀作法も完璧で、容姿は優麗、およそ非の付け所なんてない。同年代で私と並びうる才能などそうはいるまい」

 

「はい。見ての通りだと鞠亜さんはコスプレ少女ですけど、繚乱家政婦女学院でトップクラスの成績を取っていて、能力開発関連にも詳しいです」

 

 知らず、豊かとは言い難い胸を反らして自身の才を誇ってしまうのは、自負の為せる業か、自己愛過多の性格ゆえか。

 ともあれ、きちんと補正を入れてくれる幼馴染の言からけして根拠なき大言壮語ではないのは確か。服飾を除いた風貌や仕草も常盤台中学に通用するものだろう。

 

「まあ、普段サボりがちだから点数は稼いでおかないとな。繚乱からも実地研修は是非にと推奨されてる。常盤台のお嬢様で、超能力者なんてVIPに、メイドのひとりは付くだろうさ。……それに私の姉からも行けと言われたし」

 

 やれやれと鞠亜は首を振り、

 

「そのまるで三番手というところにプライドがこうちくちくとくるものはあるが、偶にはこうして冒険にも出て免疫を付けておかないとな」

 

「いえ、舞夏さんにも連絡を取ったんですが、お義兄さんに大反対されたようで、代わりにと紹介されたのが鞠亜さんです」

 

「よ、四番手なのか。私とお前は互いを天才と認めあったライバル関係ではなかったのか!?」

 

「ええ、『宿敵』と書いて『親友』と読む間柄ですね」

 

「違うからな! アレだけ私のプライドをボコボコにしてくれた貴様に、私が友情など覚えてない。メイドではないと言うのに給仕だけでなく学業でも格闘でも、あらゆる面で私と同等以上の成績を出す、目の上のこぶとしか言いようのない相手をどうして友などと思えるものか。おまけにその胸! 私と同年代のくせして姉に迫るとは何事か! 天は貴様に一体何物を与えたら気が済むのだ! つまり、ここまでいえばわかったと思うが、友ではなく、(とも)に天を戴かざるライバルだ!」

 

 雲川鞠亜。

 ウサギの形をした名札がワンポイントなミニスカートにコルセット、で蛍光色の黄と黒を基調とした、ミツバチみたいにカラーリングしたメイド。の候補生。

 立てロールの黒髪と控えめのスタイルは美琴たちの同年代の少女であり、何やら先輩こと幼馴染と(一方的な)因縁がありそうである。もっとも、さして深刻な対立ではなさそう。とても面倒そうだが、それでも一度認めた相手には割と親身になるタイプと見た。

 

「で、鞠亜さんは何で水着じゃないんです? 学芸都市での活動上、水着は要必須と伝えてあったと思うんですが」

 

「顔合わせの初っ端から、何度私のプライドを折れば気が済むんだ詩歌は! このFめ! 貴様も一応はお嬢様であるなら慎み深く謙虚であるべきだろうが! アメリカに来たからフリーダムになってるのかこのFめ!」

 

 苛立つ視線が刺すように、パーカーを羽織っているが“前”が邪魔で閉じられない原因に向けられる。

 

「大事なのはバランスですよ。鞠亜さんは、すごく均整の取れたスタイルだと思いますけど」

 

「私はボディーガードにぴったりな盾に選ばれる体型だが、その防御力はガラス製だと思いたまえ。この着痩せさせるメイド装甲を外して、Fの隣に立てば比較対象にされてBの私のプライドは修復困難なダメージを受ける」

 

 それには同意するよう美琴もうなづく。

 幼馴染のルームメイトは、何があっても彼女と鉢合わせる可能性のある合同シャワールームを利用しない。それほどではないけど、美琴もくるものあるのだ。

 

(ふぅ……詩歌さんは、まあ、立派だけど。年齢的に私の方が普通であって、それはコイツも同じ……――――!?)

 

 カッ、と御坂美琴の目が大きく見開く。

 

「アンタ、その胸……」

 

 改めて見て気付いたが、幼馴染に水泳の補習をやらされていたのを見たときは同等だったはずなのに、もうすでにツーランクは上を行ってそうなサイズだ。もうすぐ大関に昇進というとこまで来ている―――!!

 

「まあねぇ♪ 成長期ってやつかしら♪ 胸囲力がすぐきつくなっちゃうから、頻繁に買い替えないといけないからもう大変よぉ♪」

 

「へ、へー……そうなんだ」

 

「そ・れ・で♪ 御坂さんは、どれくらい成長したのかしらぁ☆ それともまな板のままなのぉ?」

 

 幼馴染と比べればどんぐりの背比べもいいとこなのにそこは棚にあげての上からの目線タイムが始まってしまった。

 この体型にぴったりフィットする学校指定水着のおかげで脅威力は一瞬でスキャンし、心など読まなくても大雑把な道のりを把握されてしまったようだ。明らかに乳サイズと人間としての格を比例させた口調であった。

 

「こ、コイツ!」

 

 高くした鼻に雷でも落として電気刺激でその脂肪を燃焼させてやろうか! と前髪から青白い火花を散らす美琴に待ったをかけるのは、やはり、

 

「まあまあ、美琴さんもその内、ちゃんと成長します。今度、発育に良いと言うムサシノ牛乳を―――」

 

「アトバイスとしてはぁ、男の人に揉まれると胸囲力は大きくなるんダゾ♡」

 

「フフフ、帰ったら楽しい尋も――勉強会になりそうです……」

 

 怖い笑顔で、遠く学園都市を思う詩歌。

 マークシート式のテストで全問不正解の――三沢塾開業して以来初となる――0点を取っているので、結果的に、賢妹とのマンツーマンは逃れようがなかったが、色んな意味で難易度(ハード)が上がった。

 

「だが、最終的な勝者はBだ。ブラのなかったギリシャ時代には貧乳がステータスになっていたのだ。巨乳は垂れるから美しくないってな」

 

「それはもうこの時代には通じないんじゃない?

 あと貧乳が美徳とは言えミロのビーナスを見る限り紀元前だって最低限のサイズは確保されていたんじゃあないかしら」

 

「なん―――ぐふぅわ!?」

 

 胸襟を開いての交流中に割って入る人影。

 わざわざ丁寧に日本語で話しかけてきた謎人物の正体は、金髪碧眼のアメリカ人のお姉さん。

 歳は自分らより少し上の18ぐらい。色白の肌に青い瞳に、ヘアバンドで雑に持ち上げられた、カラメルみたいな色の混じった金の長髪。機能性重視のツーピースの水着の上からTシャツを腰に絞り結んで着ているのだが、ばいんばいんだった。何とも言えなくなるほど盛り上がった膨らみが、シャツにプリントされた映画のロゴを強調するように押し上げて、

 

「でっ、デカい!?!?!? 馬鹿じゃないのデカいよデカすぎるそこまでいくとなんか怖いっつってんのよやんのかコラァ!!」

 

「どうどう、美琴さん落ちつきなさい。別におっぱいは人間を食べたりはしませんから」

 

「でも、なんて迫力……! アレは何、バレーボール? スイカ? ……私もまだまだ胸力は絶賛成長中だけどあれはもう、ホント規格外……こうなったら、先輩の言っていた私の天才力でホルモン促進する巨乳御手をーっ!!」

 

「やっぱりその成長にはインチキくさい裏があったのねッ!!」

 

「―――二人とも、あまり騒がしいようなら、旅行中、この指錠で小指と小指を繋げた運命の恋人ごっこさせますよ?」

 

「「……………」」

 

「……うわー、一発で黙らせちゃったわね」

 

 コンセントが取れて電源が落ちた様に沈黙した超能力者二人の様子に、金髪碧眼の爆乳は困り気味に急転直下したテンションの調節し、

 

「私はこういうものですどうぞよろしく、と名刺のひとつも差し出したいけど、ここは海! 紙切れなんぞ持って来れるか!! という訳で、失礼を承知で口だけで自己紹介するね。

 ビバリー=シースルー。これでも一応映画監督をやっているの」

 

 ホントだろうか……? と口に出さずとも目に出そうになる美琴の表情。その言が本当だとすれば、見た目は18歳ほどで映画を作っているなんて、単なる天才少女とかそんな次元ではない。プロの監督業というのが具体的にイメージはできないけれど、それでもただの才能だけで通用できる世界ではない気がするのだ。

 

「……ビバリー=シースルー。今年のカンヌで賞が期待されてる新人天才監督。未成年の女の子が並み居る強豪に挑むとニュースになってましたね」

 

「え……?」

 

 物知りな幼馴染が零した単語を拾い、美琴の脳細胞に電流が走る。

 

「詩歌さん、あの」

 

「ふふふ。ユーロ系の恋愛映画の超新星『鉄橋は恋の合図』の監督さんですよ。美琴さんと前に一緒に見たアレです」

 

 ぶっふぅううううッ!? と御坂美琴は思いきり吹いた。

 

「さ、サイン! サインお願いします!! 私、『鉄恋』の大ファンです!」

 

「わぁお。超能力者にまでそう言ってもらえるなんて光栄ね。でも、ここは海! ペンは借りればいいけど、色紙はないの! だけど、その水着の上になら書いてもいいかしら。成長過程のまな板ボディで書きやすそうだしね」

 

 ドスビスブスッ!! と、おそらくは善意で、人のコンプレックスを串刺しにする爆乳監督。キレればキレるほど惨めになる乳差に圧倒されることになり、けれど、そこではいお願いしますと言えるほど美琴のプライドは小さくない。せめてキレないように葛藤するのが限界である。

 と、そんな静かなる内の戦いを他所に、初見のショックから立ち直ったメイド見習いが、ハッと意識を醒まし、

 

「み、見るからに邪悪だ。とんでもない凶器をこれ見よがしに見せびらかしやがって。それも、G級装備の姉より戦闘力が上回っているだと……まさかあれがI……いや、J―――」

 

 

「え? Lだけど」

 

 

 あっさり、とビバリーは爆弾を投下した。

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 その瞬間。発展途上の乙女たちを貫かれた衝撃は計り知れなかった。

 詩歌は口元に手を当てて、感嘆し、食蜂は大きく目を見開いて、その瞳に十字の光を走らせて、美琴の背後には物理的に火花がバチバチと鳴る。

 そして、この世に絶望したように膝をついた毬亜はしばしの間放心状態だったが、やがて自分の平坦な胸に両手を当てて、

 

「……確か、バストのカップは2.5cmずつにワンランクあがっていくんだったはずだ」

 

 口の中で『えー、びー、しー、でぃー、いー、えふ、じー、えっち、あい、じぇい、けー、える』と念仏のように平坦に呟きながら、右の親指から両手の指を折って数を確かめていく。しかし、一度折ったはずの親指と人差し指が、また起き上がった。

 毬亜はもういちど『えー、びー』と数えて、親指と人差し指だけが折れた両手を凝視する。立っている指の数は同じだけど、先の一周して親指と人差し指だけが起きた両手とは真逆という絶望的な差を認識し、

 

「まさか一周遅れさせられるとは、ぐふっ。このモンスターカップ! こんな格差社会やってられるか!」

 

 血を吐かんばかりのパニック状態の鞠亜に、人生の勝者は笑って言う。

 

「大丈夫。黙っていても身体は勝手に育つものだし、大体、乳なんて所詮は単なる脂肪の塊よ」

 

「来たなッ!! ブルジョワの勝ち組台詞!! 宝くじが当たると人が変わってしまうのと同じように、やはり必要以上に持ち過ぎた者は高慢となるのが世の常なのか……!」

 

「それにこのぐらいのサイズになると、なかなか選べる水着がなくって困るのよね」

 

「私だってそうだぞ。主に逆方向の理由でだがな!!」

 

 あっはっはへぇそうなんだー、ビバリーはけらけら笑っていたが、

 バヂィンッ!! と。

 ド派手な音が聴こえたと思ったら、熱した油をぶちまけるような放電音を上げる雷電を、手中から発生させる御坂美琴の姿が。

 俯いて表情が陰に隠れる貧乳少女は、暗黒色の負のオーラを全身に纏い、唇を微動させずに宣告する。

 

「おい、そこの女」

 

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、という嫌な効果音とともに、ゆっくりと上がるその顔は、まるで肉食獣のような眼光を発し、大ファンの監督でもあるが今は不倶戴天とばかりにビバリーを見据えて、そう、同族の嘆きにメーターが吹っ切れた。

 

「対脂肪消滅の巨乳殺し(バストダウン)をその身にデモンストレーションさせてやる」

 

 

 

「ダメでしょう? 美琴さんに鞠亜さん。無暗滅多に能力を使おうとしちゃって、ちゃんと出立前に約束したでしょう? 忘れちゃったのかしら? フフフ」

 

 と、無論、お目付け役がそんなデモンストレーションを実行させるわけもなく、ビリビリお嬢様の支援役に回ったメイド見習いも揃って、封殺。

 今は二人共、詩歌の右手と左手にそれぞれ捕まり、『指きりげんまん』のように小指と小指だけ絡められている。

 

「いたい! いたいいたいいたいっ!」

「ご、ごめん! ごめんなさいーっ!」

 

 詩歌の僅かな動きで小指が捻られたかと思えば、その動きに連動して手首が曲がらない方向へ曲げられ、走る激痛に闘争心も一気に失せていく。

 もう、爆乳を爆発させてやる企みを考えられる余裕もなくて、現在進行形で脳に信号を送る痛みしか考えられない。逃げ―――ることもできない。指を振り解こうにも、その自分自身の力のせいで手首が折れてしまいそう。

 

「謝るなら、ビバリー=シースルーさんにでしょう?」

 

 ぎぶぎぶ!?!? とパンパンともう片手で叩くも、それを無視し、綾取りでもするかのような指揮で、クイッと二人の指を捻れば、肘まで激痛が届いて、砂浜に膝を屈する。屈せざるをえない態勢に持っていかれる。さらに、くりん、と小指を僅かに引きながら捻れば、操り人形のように胴体を折り……そうして、痛みから逃げるように動かされていけば、いつしか、雲川鞠亜と御坂美琴はその爆乳を見上げるようなカタチ――土下座をしていた。

 涼しい微笑のまま、どこにも力を入れている気配はないのに。ただ、『指きりげんまん』という指の起点から、彼女たち自身の力で曲がるように仕向けただけ。達人級の合気術だ。そうして、双方に『ちゅんません、した……』と謝罪し解放された。

 しかし、お目付け役とは身内だけを制するだけが仕事ではない。

 

 

「ビバリーさん」

 

 

 短い、それでいて鋭い追及の声。

 詩歌の声は、彼女らへの非礼は許さない、と言外に告げていた。

 

 

 さらに、声音に負けず劣らず鋭い少女の眼光に射抜かれた映画監督は、慌てて腰を引かして後ずさる。まるで冷水を浴びせられたように、その顔からは寸前までの陽気が消えている。

 

「学園都市、能力者に興味があるのはわかりましたけど、わざと怒らそうとはしないでください。あなたはその身に能力を受けて満足だったとしても、こっちは大問題です。最低限の礼節を守ってもらわないと困ります」

 

「ご、ごめんね。この好機を逃したくなくて、ちょっと逸っちゃったわね。初対面で言葉を選ばなかったこと、謝罪します」

 

 殺人事件が起きても絶対に謝るなと教育されるアメリカであるが、詩歌の静かな迫力にあてられたビバリーは、湧き出る額の汗を何度も拭っている。付け加えると、美琴らもだらだらと冷や汗をかいていた。

 それだけ周りの人間にすごいプレッシャーがかかっている。鞠亜は顔をひきつらせており、既に一歩離れて避難してる食蜂は微妙に腰が引けているのがわかる。

 幼馴染にしてみれば別に怒ったわけではなく、強めに注意を促しただけなのかもしれないが、それでも十分怖い。この子は絶対怒らせたらダメ、と金髪爆乳はそのビックな胸に銘記しておく。

 ともあれ、双方が詫びたことで両成敗となれば納得しただろうし、必要以上に怖がらなくてもいい。

 

「しっかし、こっちの狙いはわかっちゃってたかー」

 

「いくら能力に未経験だとしても、普通は怖がります。発電状態の美琴さんと至近にいても観察に夢中になってるのですから。そして、あなたは研究者でもなく、映画監督と名乗った。なら、当たり屋でもなく、目的は一目瞭然です。たとえ、アドリブでも観客をひきつけるセリフもお茶の子さいさいでしょう」

 

「そうね。御承知の通り」

 

 金髪の爆乳はこほんと咳払いをしてから、胸を張り。

 

「映画は娯楽よ。そして、アメリカ最強の外貨獲得手段でもあるの。単刀直入に言って、アメリカの国家予算の数%かを支えてるほどね。この学芸都市も元々、映画会社が新しい撮影技術を模索するために作り上げたもので、映画会社や映画系投資ファンドだけでなく、上院と下院からも出資援助されてるのよ」

 

 ビバリーは人差し指をくるくる回すジェスチャーをしながら、

 

「ところが、アメリカの映画産業にはひとつの不安材料があるの」

 

「日本の学園都市ですか」

 

 ビシッと詩歌を指さす。

 

「そう。この国の娯楽大作というのは、結局CGとVFXの世界よ。中には作品性とか芸術性を語る輩もいるけど、大ヒットを生み出すにはやはりある程度の派手さは必須となるわけ」

 

 故に、世界最新鋭の科学技術を持つ学園都市が全力で映画を作ってしまえば、対照的に技術力で劣る学芸都市の作品の評価が下がってしまう。

 新機種の携帯電話が出れば、途端に旧機種が劣化して見えてしまうもの。特別、それまでの機種に性能の問題があるわけでもないのにだ。

 

「単に技術力だけで映画の評価がすべて決まるわけではないと思いますけど。出演してる役者とか作製してる監督が誰かなどで決める場合もあるでしょう。

 現に、役者だけではなく、世界中から画家、彫刻家、陶芸家、人形師、時計職人、浮世絵師、その他様々な芸術家を学芸都市に招いてるようですし」

 

「そうだね。そういう人材確保に意欲的に取り組んでる部署もあるよ。本格参入される前に情報と財力で世界中の俳優や芸術家を捜したり、誘ったり、契約状況を制御したりという芸能部署が。これも全部、日本の学園都市対策としてね。科学技術ではどうしても遅れを獲るだろうから、アメリカは最先端とは程遠い、伝統系の芸術美術から映画に活用できそうなヒントをもらってるわけ」

 

 ふふん、とビバリーは笑った。

 自称映画監督の天才少女は両手の人差し指と親指で囲った手カメラの中に学園都市からのゲストを納めて言う。

 

「でも、私は科学サイドの本場、日本の学園都市にちょっと触れてみたくてね。声をかけたということ。調子に乗ったのは反省するけど、私はどうしても刺激的な何かが欲しかったの。君たちの何気ない行動にも、私たちにとっては大きな価値がある場合も考えられるからね。

 そう、いくらアメリカでもビーチでメイド服ってのは相当目立つし、驚いたわ」

 

「どうやら、鞠亜さんのメイドっぷりは自由の国でも斜め上を行っちゃうそうですね」

 

「いかんな。ハリウッドの中に紛れてさえ輝いてしまうとは、ますますプライドを肥大させてしまうではないか」

 

 メイドってのは主人の後ろで目立たないようにするのがデフォじゃないの、と美琴は溜息をつくが、復活したエリートメイド見習いはさして気にせず。

 

「ところで、あなたは超能力者じゃないの?」

 

「いいえ。詩歌さんは強能力者です。一先輩として、同行してるんです。美琴さんも操祈さんも優秀なんですけどやんちゃですから」

 

「巻き込まれたみたいに言ってるけど、先輩は絶対に渦中側の人だと思うわぁ……」

 

「なんでしょう? 糖分過多をプレゼントしてくれやがった操祈後輩♪ 苦しいと苦いが同じ漢字を使う訳をもう一度体験差し上げてもよろしいのですよ♪」

 

「あれはちょっぴりおちゃめな……あ、謝ったじゃないですかぁ先輩♡ あの“茶道”のおかげで、小一時間は正座に痺れて動けなかったし、半日は味覚力が戻らなかったのよぉ」

 

 と。

 この会話で、書類上では分からない大まかな人間関係を測ったビバリー=シースルーはパンッと両手を合わせて、

 

「それで、厚かましいのは重々承知してるんだけど、この学芸都市にいる間、あなた達に付いて回ってもいいかしら? もちろん、ダメだって言われれば、撮影はしないけど、できればカメラありで。その代わりになんだけど、土地勘のない学芸都市のガイドを任せてもいいわ」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 学芸都市。

 カリフォルニアの沿岸から西へ50km進んだ洋上に造られた世界最大級の巨大人工島。

とある映画撮影五、一種のテーマパークとして大改装されたこの学芸都市は、映画大国アメリカが、その外貨獲得価値を恒久的なものとするべく、日夜新しい研究開発するための撮影技術を大型施設として機能していた………

 それが、表向きの話。

 

「おいおい、あんなガールズが、『ホワイトハウスを攻略できる』、って言われてるのか」

 

 まあ、世の中、高校中退――最終学歴が中卒の大統領もいるのだ。だから、女子中学生をスカウトしようという働きかけもあるだろう。

 

「学園都市製ではないと言うだけで、中心から弾かれて偏差値50以下の格下にみられる。今この地球の『国際標準(グローバルスタンダート)』は学園都市に独占されているといってもいい。なにせ、超能力という不可解さはどっこも解明できていないんだからな」

 

 だから、格好の“起爆剤(エサ)”となるだろう。

 

「<ノーリッジ12>」

 

 それは、アメリカにとって呪いと言ってもいい単語。

 

 UFO研究のための資金を使って行われていた12種のオカルト実験。

 世界各国の自然発生する天然者を利用した失敗作のレポート収集。学園都市のような国産超能力者開発を焚きつけたようだが、見つかったのはどれも『もっと深い法則』のみだった。

 これまで、7つの実験計画を突き止め、未然に中止させた。

 だが、残る5つは今、実行されている。そして、その内のひとつ、確率が高いととされているのが……ここ、だ。

 

「……が、この街は一筋縄にはいかねぇんだよな。半ば治外法権だし、そんなとこまで学園都市と対抗しなくていいのに」

 

 この街で、いいやこの街を必要としているアメリカという国家でも、学芸都市の5人の『経営陣』の発言力は高い。

 ましてや、上院と下院とも違う『第三の議員』とも言われるかのメディア王オーレイ=ブルーシェイクといったこの大統領でさえ入れない『アメリカを動かい100人』にも紹介される強権を持つ大物がバックに何人もいる。それらと学芸都市は利益で直結しているのだ。

 下手をすれば、本土の軍――『世界警察』という言葉を形成する世界最強の軍隊さえ動かせるだろう。

 政府中枢でも、このデモンストレーションという“好機”に色めき立つ空気を感じている。

 何かが起こる―――だが、自分は合衆国政府の一員としてその何かを…………………

 

 

 

「おい、そこのキミ」

 

 10代のチンピラにはない凄みと野性味を感じさせるラテン系の彫りの深い40代の男性。陽に焼けた肌の下には波のアスリートを凌駕するほどの筋肉が隠されており、今は短パンにアロハシャツと、残念なことにスーツ姿より遥かに似合う装いでいる彼は、声をかけてきたサンバイザーを付けた太っちょの白人男性に向けて、やれやれ、というように肩をすくめて、

 

「おいおい、今日はプライベートなんだ。すまないが―――「何を言ってる。役者の休憩時間はもう10分は過ぎてるぞ」」

 

 固まる。が、その初老の映画監督は腰に手を当てておかんむりな調子で、

 

「私たちが制作してるのは所詮はB級と呼ばれるものかもしれんが、君も役者なら仕事を果たしてもらわないと困る。撮影が止まってしまう」

 

「なあ、ミスターをこの国を支える民衆の一人と思って尋ねるが朝のニュースを観てるか?」

 

「ああ、毎日、観てるよ。それがどうした」

 

「じゃあ、俺の顔みて何か気付かないか?」

 

「ふん。私が知るのは君がミスタースキャンダラスの大統領―――」

「お」

「―――を演じる役者だろう」

 

「おい! 最後の一言は余計だミスター! 前半の部分もだけど。こうなったら目立ちたくなかったんだが仕方がねぇ、ほら、免許証」

 

「ふむ。名前はロベルト……ロベルト=カッツェ。住所は、ほ、ほわいとはうす? おお、まさか!!」

 

「もう良いかねニヤニヤ」

 

「小道具まで用意してたのか! 免許証を偽造するのはやり過ぎだとは思うが、そこまで役に入り込もうとするその役者根性は天晴れだ!」

 

「ああ、天晴れだよミスターの頭がな!! というか、大統領役まで出してくるとは、勇敢に国のために奮闘するモノ? それともまさか撮ってるのは風刺のきいたジョーク映画?」

 

「いんや。一番最初のカットに、海にバカンスに来たところをシャチに食われるおまぬけな大統領の絵が欲しいんだ」

 

「それって、初っ端にやられるチョイ役じゃん。大統領に拘る必要がないよなー?」

 

「いいから来い。さっきも言ったが、こっちは撮影が止まってるんだ」

 

 

 

つづく


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