とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 鳳凰の翼

閑話 鳳凰の翼

 

 

 

病院

 

 

 

早朝。

 

まだ人が少ないこの時間帯に、

 

 

「ふふふ、ちょっと張り切りすぎちゃったかしら? でも、昨日、美琴さんのせいで、名由他さんの服がボロボロになってしまいましたし、ここは美琴さんの姉として代わりの服を用意するのが筋というものです」

 

 

何やら変な理論武装をしながら、あくどい笑みを浮かべる常盤台中学の女子学生が1人。

 

上条詩歌だ。

 

詩歌は3着もの服が入った袋を持ちながら、昨日の御坂美琴との戦闘で、体の半分が使い物にならなくなった木原名由他の病室へ向かっていた。

 

 

「美琴さんは、小学生の頃は素直に私が造る服を着てくれたのに、常盤台に入ったら、嫌だって反抗するんですよ。あの頃の美琴さんは一体どこに……でもこの前、贈ったゲコ太のきぐるみパジャマは受け取ってくれました。美琴さん、本当にゲコ太が好きなんですねぇ」

 

 

ああ、と悲しみに嘆いたり、にまぁ、と笑みを浮かべたり、表情豊かである。

 

詩歌は小学生の頃、手造りの服で美琴の事を着せ替え人形にして一緒に楽しんでいた。

 

だが、美琴は常盤台に入ってからは規則の事もあるが、世話を焼かれるのが恥ずかしくなり、詩歌が造った服を着なくなってしまった。

 

 

「でも、最近はインデックスさんもいますし、また服を造り始めますか」

 

 

けれど、新たな獲物、インデックスがいるおかげで、詩歌は再び服造りの情熱が甦ったみたいだ。

 

その情熱は凄まじく、昨日も、名由他を冥土返しに預けた後、急いで寮へと戻り、徹夜で3着もの服を造り上げた。

 

全ては名由他を着せ替え人形にするために。

 

しかし、詩歌の服には欠点があった。

 

 

「名由他さんにはどの動物が似合うかなぁ~♪ 定番の子犬ちゃんもいいけど、このヒヨコちゃんなんてどうだろう?」

 

 

彼女の造る服は全て動物のきぐるみである。

 

上条詩歌は無類の動物好きである。

 

しかし、幼い頃、両親に家でペットを禁止され、学園都市では当麻の事で忙しく、世話をする余裕がなかった。

 

そのため、詩歌の動物への欲求が高まり、その発散として動物のきぐるみを造り始めた。

 

さらに、着せ替え人形にする相手へのこだわりが高く、似合わないと感じたら、大好きな愚兄が相手でも造らないほどだ。

 

しかし、そのきぐるみは相手の体型を全て計算し尽くされたようにフィットするほど質が高い。

 

 

(ん……? 何やら視線を感じます。……今朝、当麻さんの部屋を出てから時々、こちらに鋭い、欲するような視線を感じる。……気のせい…では――――)

 

 

一瞬、立ち止まり、携帯でどこかへメールを送った後、再び歩き出し、目的地の前へ到着。

 

 

「ふふふ、それじゃあ行きますか」

 

 

そして、詩歌は病室の戸を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

ここから先は音声のみ。

 

 

 

『フフ、フフフ名由他さん夏ですし寝汗をかいたでしょう? 着替えさせてあげますよ。偶然代わりの服は用意してありますからね』

 

 

『え、何? 怖いよ。詩歌お姉ちゃん、何だか怖いよ』

 

 

『怖がらなくても良いんですよ。汗をかいたら服を取り返るのは極めて当たり前の行為であってそれをお手伝いするのもお姉ちゃんとして至極真っ当なハァハァハァ』

 

 

『ほ、本気で怖いよ!? そもそも汗なんてかいてないよ!? この部屋空調が完備されてるし、私、汗とかそういったものは――――』

 

 

『そんなに怯えないでくださいよぉ~。まぁ、怯える顔も魅力的ですが―――さあ! 脱ぎ脱ぎしましょうねぬぎぬぎヌギ脱ぎ―――あれ、どうして逃げるんですか名由他ちゃん何も痛いこととか怖いことはありませんよ、あったとしてもちょっぴり過剰な愛情表現ですよ私を信じてくださいフフ、フヒヒヒ!』

 

 

『へ、変質者! 変質者の顔だよ、詩歌お姉ちゃん!? だ、誰か―――』

 

 

『あらあら、駄目ですよ。何にもないのにナースコールを押しちゃ。病院のスタッフも暇じゃあないんですから。だから、私が代わりにお着換えお着換え♪』

 

 

『1人でやる! 1人で出来るから!? だから――――って、それ何!? 着ぐるみ!?』

 

 

『ああ、名由他ちゃんがいけないんですよ。名由他ちゃんが小っちゃくて可愛らしくて私の母性をうずうずさせるんですから――――私は悪くないです、罪深いのは名由他ちゃんですっ! もう我慢できません!!』

 

 

そして、病院中に少女の悲鳴が響き渡った。

 

……美琴が嫌がったのは単に思春期に入っただけではなく、小さくて可愛いもの好きな姉の過剰過ぎる欲求のせいなのかもしれない。

 

 

 

 

 

とある学生寮 当麻の部屋

 

 

 

「む? なんだか嫌な予感がするかも?」

 

 

テレビアニメ、『超機動少女カナミン』を見ている途中、インデックスの虫の勘が未来へ警告を鳴らす。

 

まるで誰かに玩具にされてしまうような……

 

しかし、その危機は避けられなかった。

 

 

「イ、インデックス~、そろそろこれを解いてくれないか~」

 

 

その時、この部屋の主である上条当麻が苦しそうな声でインデックスに助けを求めてきた。

 

……何故か、当麻はベットに拘束され身動きを取れないでいた。

 

 

「だめなんだよ。とうまは怪我人なんだから動いちゃダメってしいかが言ってたし、おとなしくしてないと」

 

 

「いやいや、もう怪我は治ってから! それよりもこの状況を見て、インデックスは何も感じないのか?」

 

 

グルグル巻きの簀巻きにされ、さらには鎖をぐるぐると巻きつけ数個のカギで締められている。

 

これでは寝ているのではなく寝かされているという見方が正しく、どちらかというと患者よりも捕虜の扱いに近い。

 

しかも今日はベットの隅に……紙オムツがあるのだが、当麻は必死に視界に入れないよう、入れて余計な事を考えないようにしている。

 

……もし、あれを付けさせられたら、しかも妹にやられたら……涙も出ないのかもしれない。

 

当麻が詩歌との絆を取り戻す代償は大きく、普通なら全治1週間かかるものだった。

 

しかし、当麻の異様な回復力と詩歌の手厚い看護で3日程度で治りかけている。

 

さらには一刻も早く治さねばという執念が怪我の治りを早めている。

 

詩歌は怪我を負わせた負い目から、異常なまでに看護に力を入れ、怪我が完治するまで外出を禁止し、詩歌がいない時はインデックスを見張りに置いて、ベットに拘束してしまった。

 

幾分、当麻のフラグ構築を避けるためもあるが……

 

 

「インデックス、これ解いたら、詩歌が作ったケーキ譲るから、な、お願いだ」

 

 

自由を求める当麻は、インデックスにケーキを使って交渉をする。

 

 

「それって本当? 本当に食べてもいいの? とうま」

 

 

「ああ、本当だ。なんなら、昼飯も少し分けてやる」

 

 

予想通り、とばかりに当麻はニヒルな笑みを浮かべる。

 

 

(食い物で簡単に誘惑されるインデックスを見張りに置くなんて、詩歌の奴も甘いな。これで、当麻さんは自由の身――――)

 

 

が。

 

ケーキの誘惑にインデックスは当麻を拘束している縄に触れようとするが途中で手を止めてしまう。

 

そして、

 

 

「あ、そういえばしいかが言ってたかも。もしとうまが食べ物で釣ろうとしたら、とうまの食べ物全部食べてもいいって」

 

 

「え……? それってどういうことでございませうか?」

 

 

「うん。『もし、当麻さんが敬虔なシスターであるインデックスさんを誘惑しようとしたら、人を誑かす悪魔が乗り移っているに違いありません。心苦しいですが、私が帰るまで断食させといてください。当麻さんの分のご飯はインデックスさんが食べてもいいですよ』――って言ってたんだよ。ほら、これがしいかからのメモ」

 

 

インデックスが懐から取り出した詩歌直筆のメモを見てみると確かにインデックスの言うとおりに書かれてある。

 

 

「ええ!? インデックス、まさか俺の分の飯も食べないよな?」

 

 

「とうま、ルールは絶対なんだよ。残念だけど、とうまの分はもうないんだよ。しいかもルールを守ってくれたらご褒美をあげるっていってたし」

 

 

どうやら、当麻の考える事は詩歌に見抜かれており、根回しもされていた。

 

しかし、インデックスは知らなかった。

 

そのご褒美が、インデックスの望む美味しい料理ではなく、詩歌お手製の猫のきぐるみだという事を。

 

 

「不幸だーッ!」

 

 

不幸な愚兄は賢妹の策略により昼飯が抜きになってしまった。

 

 

 

 

 

公園

 

 

 

真夏の炎天下、御坂美琴は木陰で涼みながら詩歌と待ち合わせしていた。

 

呼びだしたのは、姉のような幼馴染、上条詩歌。

 

 

(突然の呼び出し……一体、何なんかしらね。詩歌さんが私に頼みたいことって―――あ、来た……って、何であんなに満足顔なの?)

 

 

到着して少し待っていると、待ち合わせ時間の5分ほど前に詩歌がこちらに手を振りながらやってきた。

 

どういう訳だが詩歌の顔はとても満足したかのようにホクホク顔だった。

 

 

「美琴さん、お待たせしました。暑かったでしょう。お茶、奢りです」

 

 

そう言って、お茶のペットボトルを手渡す。

 

うん、ご機嫌だ。

 

 

「ありがとうございます。詩歌さん、どうしたんですか? 何だかいつもより嬉しそうですよ?」

 

 

「ふふふ、ちょっとかわいいものが見れましてね。とっても、目の保養になりました。写真もたくさん撮りましたし、とても満足です」

 

 

……今頃、その犠牲になった少女は涙で枕を濡らしている。

 

嫌な予感がした美琴は詳しい話はスルーして、今日連れてこられた理由について問う。

 

 

「ところで詩歌さん、今日は一体何の用で?」

 

 

「んー、保険、ですかね。……今日やることは実際に見た方が早いですね? では、ついて来てください」

 

 

「はあ?」

 

 

美琴は詩歌の曖昧な答えに頷いて、後をついていった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「対象、<超電磁砲>と合流。いかがなさいますか?」

 

 

『ちっ、暴走体の実験体と合流するまで手を出すな。いざとなったら、改良型のキャパシティダウンを使え。あれなら、例え<超電磁砲>も手も足も出ない』

 

 

「了解しました。引き続き、尾行続けます―――ん? 今後ろに誰かがいたような……」

 

 

 

 

 

病院付属研究所

 

 

 

「木山春生ッ!? あんた、どうしてここに?捕まってたんじゃないの!?」

 

 

詩歌に連れてこられた建物の中にいたのは、木山春生。

 

以前、幻想御手事件で美琴と対決し、そして、<警備員>に捕まったはずなのだが……

 

 

「やれやれ、相変わらず騒がしいな君は。少しはそこにいる姉を見習ったらどうだ」

 

 

「なっ―――「おっとストップ」」

 

 

美琴が木山に飛び掛かりそうになる前に詩歌が止めに入る。

 

 

「まあまあ、落ち着いてください、美琴さん。……どうやら、先生が仰っていたもう1人の協力者はあなたのようですね?」

 

 

「ああ。まあ、私がしたのは、少しの調整だけだったが。私が来る前にほとんど治療法は確立していたからな。あと、これを君用に調整して造り上げただけだ。元々の土台があったのですぐ完成した」

 

 

木山はそういうと音楽プレーヤーを手渡す。

 

 

「それって、まさか<幻想御手(レベルアッパー)>!?」

 

 

「そうですよ、美琴さん。これは私をホストとして調整し、改造された<幻想御手>です。おそらく、これがあれば複数の能力者に同調ができるはずです」

 

 

「詩歌さん、どうしてそれを……」

 

 

美琴は詩歌の事をどこか裏切られたような目で見る。

 

 

「それについては僕が説明しよう。まずは、これを見てくれないかな?」

 

 

そのとき、奥の部屋からカエル顔の医者、<冥土帰し>が現れた。

 

美琴は冥土帰しの言うとおり、奥の部屋を覗く。

 

そこには十数人のカプセルの中で眠っている子供達がいた。

 

 

「何よ、これ……もしかして、この子たちは」

 

 

「はい、この子たちは木原幻生が主催し、統括理事会の下で行われた実験、表向きはAIM拡散力場制御実験と称していますが、暴走能力の法則解析用誘爆実験によって昏睡状態に陥った木山春生の教え子達ですよ」

 

 

「まあ、それすらもブラフだったようでね? 本当は能力体結晶投与実験によるLevel6を造り出すものだったらしいがね? 能力者を意図的に暴走状態にする<能力体結晶>によって、演算処理能力を爆発的に増大させ、Level6へ至ろうとしたものだが、この子たちの脳には耐えられなかったようでね? 昏睡状態に陥ってしまったようだよ?」

 

 

「そんなLevel6なんて、取っ掛かりすらも見つかっていないようなもののためにこの子たちが……」

 

 

美琴は歯を食いしばり、手を握りしめ、実験の責任者の木山を睨みつけ、責める。

 

だが、木山の張り裂けそうな表情にその言葉を引っ込めてしまう。

 

 

「私が医師としてできるのは<置き去り>を治療させることだけでね? しかし、ここで新たな問題が発生したんだよ? 昏睡状態だがこの子たちの脳はネットワークにつながっていて、暴走状態に陥っていてね? もしこのまま覚醒してしまうと、この子たちの暴走したAIM拡散力場に共鳴して、学園都市にいる7割以上の能力者がRSPK症候群を起こしてしまい、学園都市が壊滅してしまう恐れがあるんだよね?」

 

 

RSPK症候群、通称<乱雑解放(ポルターガイスト)>は、能力者たちが使う能力が不安定になることで発生する現象で、その暴走した能力は能力者の周囲に甚大な被害を与えてしまう。

 

 

「その暴走を抑えるワクチンソフトを開発しているのだが、<ファーストサンプル>と呼ばれる能力体結晶のデータが必要でね。そのデータがどこを探してもなく、いまだに完成していない」

 

 

「それじゃあ、この子たちをどうするの?もしかして、このまま目覚めさせようなんてするんじゃないんでしょうね」

 

 

美琴は幻想御手事件で木山の執念を知った。

 

木山春生は教え子達を目覚めさせるために、学園都市さえも敵に回すような人だ。

 

そんな木山なら、例え学園都市が壊滅したとしても、教え子達を目覚めさせるのに躊躇しないだろう。

 

美琴はそのことに心配になる。

 

そんな美琴の肩に、詩歌は安心させるように手を置く。

 

 

「その暴走を抑えるために私がいます。<幻想投影>は基本、一つしか同調できませんが、この私をホストとした<幻想御手>があれば、複数の能力と同調する事が可能になります。

私が<幻想御手>でこの子たちの能力暴走を抑え、先生と木山さんがその間に治療を行います。成功すれば、この子たちも学園都市も無事に目が覚めるでしょう」

 

 

詩歌の<幻想投影>が複製できる能力は一つだけ。

 

しかし、力が一つだけしか使えない訳ではない。

 

例えば、美琴の能力、<超電磁砲>を複製した場合は、『電力発生』と『磁力操作』の二つの力が使えるようになる。

 

それと同じように、<幻想御手>で複数の能力をまとめ、一つの能力にすれば、詩歌はまとめた能力を全て使えるようになり、複数の同調が可能になる。

 

美琴は詩歌の言うやり方なら無事に治療できると理解できた。

 

しかし……

 

 

「でも、暴走した能力者、しかも複数と同調を行うなんて! そんなの詩歌さんの負担が大きすぎます! もし失敗すれば、詩歌さんもこの子たちのように……」

 

 

同調は、脳への負担が大きく、やり過ぎると気絶してしまう。

 

そのことを知っている美琴は詩歌が<置き去り>のように眠り続ける姿を想像してしまう。

 

 

「……言っただろ。私は何を犠牲にしてでも教え子達を目覚めさせる。例え、君の姉がどうなろうとな」

 

 

その瞬間、美琴の頭が沸騰した。

 

美琴は木山に電撃の槍を放とうとする。

 

しかし、詩歌の干渉により、電撃の槍は形成する前に霧散してしまった。

 

 

「詩歌さん! どうして止めたんですかッ!? こいつ、詩歌さんの事――――」

 

 

詩歌は美琴が再び暴れようとする前に、優しく抱きしめた。

 

 

「美琴さん、落ち着いてください。確かに、美琴さんの言うように、私への負担は大きいものになるでしょう。もしかしたら、意識不明になってしまうかもしれません。でもね、私は失敗するつもりなんてありませんよ。やりたいことが、山ほどありますし、美琴さんの面倒も見なきゃいけませんしね。だから、私を信じてください、美琴さん」

 

 

美琴は詩歌から伝わる体温、心臓の音に泣いた赤子が母に抱かれているように、だんだんと落ち着いていく。

 

 

「木山さん、少し美琴さんを興奮させるようなことは控えてください。美琴さんも協力者なんですよ」

 

 

詩歌が先ほどの木山の発言に注意するも、木山は堪えず、逆に詩歌の事を非難する。

 

 

「別に<超電磁砲>は治療に必要がないだろう。むしろ、今の反応からすると、治療中に邪魔をしかねない。どうして連れてきたのか理解できないな」

 

 

木山は暗に美琴に研究所から出て行けと言う。

 

しかし、それは目の前で姉と慕う人物が倒れる姿を美琴に見せないようにするためだった。

 

そのために、悪役となり美琴をこの場から追い出そうとする。

 

……自身と同じトラウマを負わせないために。

 

 

「いえ、美琴さんを連れてきたのには理由があります」

 

 

詩歌の木山へ返答した美琴を連れてきた理由は、木山が心配した惨劇よりも酷なものだった。

 

 

「美琴さんには、以前のように<幻想猛獣>が出現してしまった時に、対処してもらうために呼びました。もし現れたら、“核である私を討つ”ようにしてもらいます」

 

 

美琴は詩歌が何を言ったのか理解できなかった。

 

 

「ここで<幻想猛獣>が出れば、病院にいる患者達の命が危険です。施設を動かすわけにはいきませんし。なので出現を確認した際、美琴さんには速やかに私に攻撃をしてもらいます」

 

 

詩歌が今まで見せた事がないような厳しいまなざしで美琴の事を見つめる。

 

 

「それなら、君じゃなく<幻想猛獣>へ攻撃すればいいんじゃないか? 別に君を攻撃する必要はないと思うが」

 

 

木山は詩歌の残酷ともいえる理由に異論を求める。

 

 

「駄目です。ここは、病院です。美琴さんが全力を出す方が被害は甚大になります」

 

 

しかし、詩歌は冷酷ともいえる判断で異論を却下する。

 

 

「だから、美琴さん、もし、<幻想猛獣>が現れるようでしたら、即座に私を討ちなさい。これは姉としての命令です。もし破るようなら、あなたの事を妹とは認めません」

 

 

(ワタシガシイカサンヲウツ)

 

 

美琴は捨てられそうな子供が母に懇願するように、詩歌の事を見る。

 

詩歌は今まで、美琴に命令はした事がなかった。

 

どんなに注意しても、その行動を縛りつけるようなことは一度もなかった。

 

しかし、今のこれは明らかに脅迫だ。

 

 

「君は残された人がどんな気持ちになることを知ってるんじゃなかったのかッ!? 知ってるなら何故そんな残酷なことを言えるんだ!」

 

 

何も言えない美琴の代わりに木山が訴える。

 

 

「知っています。だから、失敗することなんてありえませんよ。私は美琴さんを悲しませない。これが姉としての私の覚悟です。これは絶対です」

 

 

詩歌はもう一度美琴の顔を見る。

 

その目からは美琴への絶対の信頼が窺えた。

 

 

「……わかりました。私も覚悟します。もし、暴走したら絶対に止めてみせると」

 

 

美琴はその信頼に応えるように詩歌の事を見つめる。

 

詩歌が自分の事を信じてくれるなら、自分も詩歌ことを信じなきゃいけない。

 

絶対に子供達を救うと信じなきゃいけない。

 

美琴は不安であるが詩歌の事を必死に信じようとする。

 

 

「ふふふ、そう言ってくれると思いっきりやれます。では、後ろは任せましたよ」

 

 

詩歌は美琴の事をもう一度抱きしめると奥の部屋へと入る。

 

 

「詩歌さん……」

 

 

不安そうな美琴の肩を今度は冥土帰しが手を置いた。

 

 

「僕を誰だと思ってるんだい? 必ず、この手術はみんな無事に成功してみせるよ」

 

 

美琴は、理由はわからないが、その言葉を信用する事ができた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

詩歌は視覚イメージ構築によって、制御能力をあげるようと<異能察知>を装着する。

 

詩歌の視界に小さいが乱雑な波紋が<置き去り>の周りに現われる。

 

 

「それでは<幻想投影>始めます」

 

 

音楽プレーヤーのスイッチを押す。

 

詩歌は<幻想御手>を介して、<置き去り>達と繋がる。

 

途端に激痛と共に詩歌の脳に多大な負荷が掛かった。

 

たった、ネットワークを作るだけでも詩歌は倒れてしまいそうになる。

 

 

「な…に、これ?」

 

 

詩歌の脳がどんどんと侵食されていく。

 

思考がだんだんと制限されていく。

 

ネットワークを通して流れてくる莫大な情報量に悲鳴を上げたくなる。

 

 

「ぐッ…あ…う………ぅ……」

 

 

詩歌は脳神経が焼け切られそうな激痛を感じた。

 

 

(予想…以上です…ね。ここ…まで、処理が…追いつかないのは…初めてです。でも、まだ…対…処でき…ます)

 

 

詩歌は途切れそうな思考で複製と解析を始める。

 

 

「……ッアアアッッ!!」

 

 

始めた途端に、Level5でさえも情報処理できないほどの負荷が詩歌の脳に掛かり、鼻や目から血が流れていく。

 

それでも、苦痛に吠えながらも、詩歌は<幻想投影>を止めない。

 

 

(名由…他さんと約…束したんだ。それに…美琴さ…んにも…そして…自分…にも……)

 

 

詩歌はますます情報処理に力を入れる。

 

すでに、周囲の音は聞こえていない。

 

 

「詩歌さんッ……」

 

 

美琴は詩歌の様子を血が出るほど手を握りしめながら見守ってる。

 

 

「…あ…ああ…」

 

 

詩歌の記憶が走馬灯のように甦る。

 

両親との記憶、後輩達との記憶、先生との記憶、親友との記憶、居候との記憶、師匠との記憶、妹、美琴との記憶、そして、大好きな兄、当麻との記憶。

 

それらの記憶が浸食され奪われるような感覚に陥る。

 

 

(絶対に…奪われて…たまるか…皆の記憶…そして何より…当麻さん…との思い出を…私が…私さえも…忘れたら……誰が…このことを…憶えているんだッ!)

 

 

だが、詩歌は強引に意識を甦らせると記憶を奪い返す。

 

そして、同調を始める。

 

痛みさえも感じなくなっている身体で、視界だけは<置き去り>達を映す。

 

 

(この…子た…ちの色…を虹のよ…うにまと…める)

 

 

同調する事で、<置き去り>達の、<乱雑解放>の乱れるAIM拡散力場をまとめ上げる。

 

 

「先…生、今ですッ!」

 

 

頭が潰れそうになるが、力を振り絞り、詩歌は同調したことを伝える。

 

 

「それでは始めよう。彼女が抑えている間に絶対に終わらせるんだ」

 

 

「はい、先生」

 

 

二人はただちに治療を開始した。

 

迅速に的確に治療を進めていく。

 

徐々に<置き去り>達は覚醒していく。

 

だが、

 

 

「  ッッ!!?   ァアァアアッ!!?」

 

 

鼓膜を突き破りそうな絶叫。

 

覚醒に近くなるにつれて暴走が大きくなっていく。

 

美琴も能力を制御できなくなり、周囲を帯電させてしまう。

 

そして、詩歌もついに膝を屈してしまう。

 

 

「   」

 

 

詩歌の頭からナニカが生まれそうな気配がする。

 

今にもプツン、と生まれてきそうである。

 

 

(だ…め……あと…少し…生まれ…させ…ちゃ――――)

 

 

詩歌は限界なのか意識がだんだんと薄れてく。

 

自身の存在を希薄に感じていく。

 

そんな薄れゆく意識の中、今にも泣きそうな美琴の姿が映った。

 

 

「があああああぁぁぁッッ!!」

 

 

詩歌は叫び声をあげる。

 

絶叫ではなく雄叫びを。

 

確固たる己を主張するように。

 

脳が焼け切ることになろうと構わず、野獣のように叫び続ける。

 

 

(絶対に美琴さんに私を討たせる訳にはいかない! 生み出すなッ! 取り込めッ! 体がどうなろうとコイツを取り込むんだ)

 

 

詩歌は頭に手を置き、強引にそのナニカも<幻想投影>を行使する。

 

 

「fvseiyo制noiahlmc御lsapoka」

 

 

その瞬間、詩歌の脳裏に<置き去り>達の記憶が流れ込んできた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

神とは人間の運命(シナリオ)を書きあげる存在。

 

今、こうして<置き去り>達が、木山春生が、そして、御坂美琴が“不幸”になっているのだとしたら、それはこの運命を書きあげた神のせいだ。

 

人にその運命を書き換えられぬというなら私は、神へと、その上の『神上』にでもなってやる。

 

もう2度とあんな悲劇は見たくないっ!

 

だから、私は――――この“不幸”な現実に私の幻想を投影するっ!!

 

 

 

 

 

 

 

美琴は目の前の詩歌に目を奪われていた。

 

突如、詩歌の背後から透明な翼が何枚も生え、多種多様な色に染まっていく。

 

翼は虹のように束ねられ、陽炎のように揺らめきながら幻想的な光を放っている。

 

荘厳にして神秘、それ以前に伝説の中でしか見る事の出来ないような――――多彩で絢爛な、<鳳凰の翼>。

 

 

「なにアレ? ……<置き去り>達に巻き付いていく」

 

 

<鳳凰の翼>は意思を持つかのように昏睡状態の<置き去り>達の所まで伸びていき、優しく包んでいく。

 

 

「AIM拡散力場が落ち着いていく。……もしかして、あれが<能力体結晶>の影響を取り除いているのか?」

 

 

木山も目の前の現象に目を奪われていた。

 

不思議と<鳳凰の翼>が教え子たちに害を及ぼすものだとは思えなかった。

 

圧倒的な雰囲気を放っているのに、感じたのは未知への恐怖ではなく、慈愛に満ちた温かさ。

 

 

「    、   。      」

 

 

そして、詩歌の口から頭では理解できない声で詩を紡ぐように歌い始める。

 

今の詩歌はナニカに取り憑かれたように、意識がなく、その瞳に輝きはない。

 

それでも、詩歌は喉を震わせる。

 

あらゆる不幸を清めようと願う透明な歌声。

 

その歌は頭では理解できなかったが、心の奥に響き渡たり、内側から癒されていくような感じがする。

 

そして………

 

 

 

 

 

 

 

「ん……? ここは、どこ……? 木山先生は……」

 

 

深いまどろみから、<置き去り>達が徐々に意識が戻していく……

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「どうやら、AIM拡散力場も安定しているようだね? 無事に治療は成功したようだよ?」

 

 

そして、<置き去り>全員が目が覚めると、歌声は止まり、<鳳凰の翼>も消え、詩歌は糸が切れたように倒れてしまった。

 

 

「詩歌さん!!」

 

 

美琴が詩歌の元へ駆け寄る。

 

そして、冥土帰しに容態を診てもらったところ、後遺症もなく、ただ眠っているだけのようだった。

 

 

「よかった…詩歌さん、無事で…本当によかった……」

 

 

美琴はその場で崩れるように座ってしまう。

 

そして、冥土帰しは詩歌の容態を詳しく診るため、他のスタッフを呼びに行った。

 

 

「本当に詩歌さんは無茶し過ぎなんですから」

 

 

美琴が詩歌を介抱していると木山がこちらに歩いてくる。

 

その顔は罪から解放されたかのような喜びの表情が表れていた。

 

 

「ありがとう……本当に、ありがとう。君達のおかげで教え子達を目覚めさせることができた。本当にありがとう」

 

 

教え子達が意識を回復したのを確認した木山は詩歌に礼を言う。

 

木山の目にはすでに枯れ果てたと思われる涙が流れていた。

 

 

「別に、私は何もしてないですよ。……むしろ、あなたの言うとおり邪魔しそうでしたし」

 

 

美琴は治療の間、何度も詩歌のことを止めようとした。

 

でも、詩歌からの信頼を裏切るわけにはいかないと、胸が張り裂けそうな気持ちを押さえて、その場に踏み止まっていた。

 

実際、詩歌が膝を屈したとき部屋の中に押し入って近くまで駆け寄った。

 

しかし、詩歌と目があった時、まだ諦めないと不屈の意思が伝わった。

 

おそらく、自分の泣きそうな顔でも見て心配してしまったのだろう。

 

 

「本当に私は何も……ただ、心配かけただけです」

 

 

「しかし、君があの時、本来なら止めるべきだったのに止めなかった。もし、あの後すぐに謎の現象が起きなければ、上条詩歌は危なかったかもしれないというのに……」

 

 

「わからないんです。詩歌さん、あの時すでにボロボロの状態だったと思うのに、止めることができなかった。……ただ、何故か詩歌さんはあの子達を助けだせると信じることができた。……そしたら、詩歌さんから虹のような翼が生えてきたんです。……あんな詩歌さん初めて見た」

 

 

美琴は言葉を切ると瞼を閉じてあの時の神秘的な光景を頭の中で再生する。

 

アレは一体何だったんだ?

 

見ただけで、Level5の自分よりも格が違う、いや異質と分かる。

 

Level5と同等かそれ以上の能力があるのに、あの230万分の1の“天災”であるLevel0と同じく謎の力。

 

おそらく本人でさえも底知れぬ力。

 

そう<幻想投影>が理解できないのは<幻想殺し>だけでなく、“それ自身――<幻想投影>もそうである”。

 

となると、まさか―――

 

 

「もしかして、あれがLevel6だったのかな……」

 

 

 

 

 

研究所附近

 

 

 

戦場のような荒れ地に緋色の桜が舞い散るように火の粉が散っていた。

 

 

「ありゃりゃ……ちょっとやり過ぎちゃったかなー」

 

 

そう呟いた焔を纏う赤髪の少女の周りには爆発が起きた跡が無数にあり、何台もの装甲車や駆動鎧の残骸が散らばっていた。

 

 

「詩歌っちの頼みだから、すぐに詩歌の後に来てみたらどこか見たことがある物騒な男達が何人もいたからねぇ。しかも危ない“玩具”も持ってたし。まあ、使わせる前にブチ壊してやったけど――――お、あそこにまだ起きてる奴がいた」

 

 

赤髪の少女、鬼塚陽菜はまだ意識のある男のもとに駆け寄る。

 

 

「ば、化け物……」

 

 

男の目には蜃気楼で姿が揺れて見える陽菜が化け物のように見えた。

 

男の言葉に陽菜は一瞬傷ついた顔になるが、すぐにへらへらした笑い顔に戻す。

 

 

「ねえ、あんた、三船の右腕だったろ? 名前は覚えてないけど、その薄汚い顔はよく覚えているよ」

 

 

その言葉を聞いて、男はようやく目の前の少女が陽菜だと気づいた。

 

 

「いやー、あんた、ついてないよ。詩歌っちの勘は鋭いからねぇ。こそこそと後ろから見られてるの感じてたようだよ。そこで、私が要請を受けて来てみれば、あんたらがいたと言う訳。本当についてないよ、あんた。私もう残党はほとんど狩り終わったと思ってたし、それに――――」

 

 

陽菜は男の髪を掴み、鷹のような眼で覗きこむ。

 

 

「私の親友に手を出そうとしていた。……こりゃ、鬼塚組とは何ら関係ないけど、私個人の逆鱗に触れたようなもんだよ。……どうせあんたら下っ端には裏で仕組んだ奴の情報なんて持ってないだろうから尋問する必要なんてないからねぇ。……でも、二度と手が出せないように―――――死ぬよりも辛い拷問を堪能させてやる」

 

 

その後、<警備員>が現場で見たのは、かろうじて呼吸しているものの顔に火傷を負い、手足全ての指がひしゃげている男達の姿だった。

 

 

 

 

 

とある研究所

 

 

 

「ちっ、繋がらねぇ。あの糞ヤクザ共、最新兵器を与えてやったのに失敗しやがったのか?」

 

 

研究者は手に持った無線を地面に叩きつけ、踏みつける。

 

 

「使い捨ての奴らだから、<警備員>に捕まっても、足がつくことはないだろうな。……こうなったら、<MRA>の部隊を使うか――――ん?」

 

 

パソコンに差出人不明のメールが届いた。

 

 

「『統括理事会』から、だと…――何? <幻想投影>から手を引け!? ふざけるな! あの実験体は私が――――ッ!?」

 

 

そのとき、机に置いてあったカップがいきなり割れた。

 

窓は閉めてあったし、ドアも開いていなかった完全な密室の中であるにもかかわらず、カップの下には銃痕の後があった。

 

 

(これは警告、か……どうやら監視されているようだ。となると、やはりこれは『統括理事会』からの指示。あの実験体、学園都市の重要なプランに関わっていやがるのか……だが、せっかく見つけたLevel6への実験体。私にはLevel6を作りだす権利があるんだ。必ず、あの実験体を捕まえてやる)

 

 

研究者の瞳の中に暗い炎のような妄執が灯り始めた。

 

 

 

つづく


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