とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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英国騒乱編 花の冠

英国騒乱編 花の冠

 

 

ロンドン

 

 

「壺中に天有り」

 

 複雑精緻な円陣を足元に、強大極まりない術が少女を中心に蠢く。

 着地と同時、戻ったバッキンガム宮殿の広場の端々に竜脈地脈と言った場のポイントに<幻想法杖(ガンバンティン・マーカー)>を9本突き刺し、結界(タマゴ)を拡張。

 

 

「幻典結界限定展開―――パターン『森殿』」

 

 

 巨人――世界を封じ込める法杖を地に立て、仙人が所有する小さな世界が収められた壺の形に組み立てることで、外界からの影響を通さない『鎖国』を敷き、一時、“囲った土地を自身の世界の中に閉じ込める”。

 

「ここの土地を十分程度初期化しました。<全英大陸>の範囲拡大が可能ならば、その逆も可能。<使徒十字(クローチェド・ピエトロ)>のように有利な補正は働きませんが、“英国ではない”」

 

 そして、法杖から汲み上げた自然の力を利用し、着々と準備を進め土地を味方につけ始める。ばら撒いた紙片が木となり、林に増え、森となった。

 壺の中に閉じ込められ、『鎖国』され出ることの叶わない迷いの森に。

 

「つまり、『森殿』にいる限り、あなたは<天使長>ではないわけです」

 

 もし範囲拡大の兵装があれば、このような“未完成な”『森殿』など容易く塗りつぶされるだろう。

 だが、その要の兵装であった<グリフォン=スカイ>は撃墜された。

 キャーリサが開発していたであろう<カーテナ=オリジナル>の範囲拡大の切り札を用意していると読んでいた詩歌は、空中要塞が喪失した今、<カーテナ=オリジナル>封じを発動する。そう、<神撲騎団>が企んだ<量産十字>と同じ。

 全ての手札をさらした『叛逆の』王女に、ひとりでこの『森殿』を破壊する手段はあるか。

 

「あ~……まさか、“侵略”されるとはの。ああ、英国を閉じ込めたのがお前の結界だというのを忘れてたし」

 

 と、眼前のキャーリサは吐息を漏らしたのだ。

 怒りの沸点が超えて、逆に冷静さを取り戻した―――あるいは、一定限度を超えた憤怒が、かえって凍土の如き冷やかさに似るのかもしれなかった。

 どちらも、人を殺すに足るという意味で。

 

「で、“その起点から動けない”お前を斬ればいーんだな」

 

 冷えた頭が、この『森殿』の穴を見つける。

 

「<壺中天>。確か東洋の仙術がつくる小さな妖精卿(異界)だったの。ここまでくると結界というより『国作り』に近いし。こっちが手札を使い切るのを待ってたか。……だが、<天使長>を壺の中で飼えるとは思ってないよな?」

 

 結界は、動かないもの。わざわざ法杖の楔を打ち込み、『人柱』として支えなければ、国土を切り放すほどのものはできない。

 特に現実世界との境目をおさえることが重要だ。

 あの世界最高の魔術監獄『処刑(ロンドン)塔』であっても、『閉鎖』の概念を固定するために一日に数度しか門を開けられない。

 少しでも隙間があれば、世界の干渉が入り込み、閉じられた結界は崩壊する。

 <壺中天(つぼ)>は、出入り口に蓋をしなければ閉じられた世界とはならない。

 『王の墓所』で<黄金を抱く竜>の代理を果たしていた時のように、その土地と一体となって制御するために足元に抑える円陣(ふた)から出ることはかなわない。

 チェスで言えば、賢妹は身動きが取れない王だ。

 ―――だが、何もできないというわけではない。

 

「この時点で王手を道筋は見えています。これ以上の持ち駒がないのなら、あと数手で詰みます」

 

「っ!」

 

 悪寒に急かされるよう、キャーリサは中空に剣を振るう。

 詩歌が仕掛けてくるだろう攻撃を防ぐために全次元を切断し、残骸物質の壁を生み出す。

 対して、詩歌は意にも介さず、標準を合わせるために腕を上げることもなく。

 ただ、周りの物知りな大樹に視線を向けた。

 

「っ、速い!?」

 

 ―――前兆の起こりさえ見えない。

 それを攻撃の威力ではなく速度に注ぎ込んだのか。

 一視で無数の樹枝が別れて、キャーリサに幾重数多の属性さえ異なる千変万化の矢を向けて行く。

 それは弧を描き、螺旋にうねって、対象の上下左右360度全方位から襲い掛かり、ロケット弾すら弾く残骸物資の壁を溶解し、『叛逆の』王女を撃ち抜いた。

 

「ちっ、壁役ぐらいは果たせ!」

 

 飛び交う残骸物質を、暴風の如き樹矢が叩き伏せている。

 構わず、キャーリサは<カーテナ=オリジナル>を跳ね上げた。

 まさに天墜。

 真一文字に斬り上げられた剣は次元を裂き、そのまま地盤ごと樹木を伐採する。

 しかし。

 それでも、森殿の主には届かない。

 代わりに背筋から蜘蛛が伝うような、さわさわと染み入る寒気が襲う。

 

「俺がいるのを忘れんなって、何度言わせんだ」

 

 迫りくる残骸物質を、銀の腕が弾き逸らしたのだ。『人柱』で重要なのはその存在であり、制御に対して思考を割く必要もない。うまく誘導すればその竜脈気脈さえも味方にできる。動けぬ自分の代わりに、大樹――そして、首巻()を通して、愚兄に伝播する。

 

(シスコンも大概だが、ブラコンも相当だな。この馬鹿にとんでもないもん仕込むとはな)

 

 身体強化に限界があるとすれば、これは左腕に仕込んだ術式の強大さによるものだろうか。

 <銀光の腕(クラウ=ソラス)>。

 神話から現代まで総集した魔剣が、残骸物質をも弾き飛ばす。

 して、全次元切断もタイミングを計られた今、右手の<幻想殺し>で出現自体を打ち消されてしまう。

 だけでなく、その表情も、細かな動作、息遣いさえ前の彼とは違う。

 多くの戦闘経験を得たものにしか出来得ない、最適化された自己管理だけでなく、多くの知識見識を持つものにしか出来得ない、最適解をみる他者分析もしている。

 資質は何も変わっていなのに、明らかに素人でなく玄人の域だ。

 <他者からの幻想>で上条詩歌がサポートすることで、今まで上条当麻に足りてなかった“才能”が補われている。

 質と量を問わず、物理的にも異能的にも、愚兄を止めることは至難。

 卓越した運動神経と攻撃予測、左手と右手の威力は、『叛逆の』王女でも侮れない。

 

「だが、それで一人前のつもりか単細胞め。他人の力を借りよーが、壊すことしか出来ないとは呆れるわ!」

 

 罵倒と共に突撃してくる愚兄の、周辺がまとめて爆発する。

 『森殿』の地面が抉れ、爆発と共に土砂が跳ね上がった。吹き飛ばされた残骸が樹木に深々と突き刺さり、その凄まじい威力を示した。

 対<幻想殺し>の連続爆破。その有用性は一目瞭然。所詮は手の届く近接しか相手にできない当麻は一方的に対応するしかないはずだった。

 

「テメェの方こそ、何回も同じパターンが通じると思ってんじゃねぇぞ……!」

 

 上から声が。

 閉じられた壺の天蓋に広がる茫漠とした空。

 

「―――!」

 

 その虚空へ、一迅の風となって愚兄が巻き上がっていたのだ。

 密かにキャーリサから見えない死角で背中に張りついていた――『森殿』に守りを固めていた賢妹が遠隔操作する<幻想宝剣(レーヴァンティン・マーカー)>を左手に持ち、強引に飛び上がったのだ。変則的かつ突然のベクトルは、愚兄の身体にも並々ならぬ負担をかけたはずだが、そんな様子は一切窺わせず、キャーリサ目がけて跳びかかった。

 

「滅多打ちに次元を斬りやがって、少しは遠慮ってもんがねーのか!? 破壊しかできねーのはお前もだっ! 国家元首ならもっと街全体に配慮しやがれ!」

 

 ガガガギギギッッ!!

 天空から大地へと。

 迎撃してくる全次元を右手左手使い分けて猛威に蹴散らす。

 更に駄目押しとばかりに当麻を運んでくれた宝剣をぶん投げた。賢人の知を力とする自律起動が自動修正し、キャーリサの剣を躱して、胴に直撃。さしもの第二王女ですら耐えらないのか。

 

「く……そったれがっ! この壊し屋の野蛮人め、知性の欠片もないし! バカここに極まってるの! お前は本当に腹黒の妹か?」

 

 世界七不思議と言わないまでも上条家の血縁情報が調べたくなるキャーリサだが、今はそれどころではない。

 迫ってくる少年は昨日までの未熟な上条当麻ではなく、“完璧な”上条当麻なのだ。

 髪の毛一本ほどの油断も許されまい。

 今、思うべきは―――

 

(……ああ、やっぱり、ヤツはヒツジの皮をかぶった怪物だったか)

 

 体中に走る痛みが、自分の状態を物語る。最初の直撃で間違いなく内臓に傷が入った。

 あの太陽墜落にも余裕で耐え抜いた<天使長>の加護が弱まっている。

 認めたくはないが、この場においてキャーリサは弱くなっているのだ。

 『森殿』を展開したからと言って、この簡易的なもので<全英大陸>を完全に切り離せたというわけではないが、力が抜けている。全次元できる距離も威力も低下。この結界の次元を切断することもかなわない。

 土地の有利と兵器のアドバンテージが消えただけでなく、自身の状態を見切った上で、愚兄を進ませたのだろう。今のキャーリサの動きならば、もはや上条当麻だけでも十分ついていけると見て取ったからに違いない。

 上条詩歌は、この土地を封じ込めることだけに専心すれば良いと判断したのだ。

 ―――英国の<カーテナ=オリジナル>と、異郷の<カーテナ=オリジナル>。

 先程までの戦力が十とするならば、はたして五割か、六割か。

 

(……いや、関係ないか)

 

 第二王女は、嗤う。

 自分が強いから、蹂躙したわけではない。

 他人が弱いから、暴虐を振りまいたわけでもない。

 ただ、自分の生き方がそうだっただけだ。今更曲げられるような性格ならば、最初から変革など起こしていない。

 ……だとするなら、<カーテナ=オリジナル>という力などなくても、力なんて関係なしに戦えた―――

 ほんの少し、キャーリサは可能性について考えた。

 

 ―――その一瞬に、当麻は跳んだ。

 

 溜めに溜めた力を爆発させる。

 

(俺に魔術も、能力も使えない……)

 

 たとえ使い魔の契約をしたところで、上条当麻は無能だ。どんな簡単な魔術も、基本の能力も、彼の自由になるわけではない。

 だけど。

 

(幻想じゃ、なくとも……!)

 

 マフラーが燃えるように揺らめく。

 銀に守られた左手を突き出す。今の頭には知識技術があるが、身体が行った動作はひどく単純で―――一途なもの。身体強化する分も一点にこめた幻想の加護は超音速の80m級の飛来物の運動エネルギーをも跳ね返す物理的強度がある。

 

「っ……!」

 

 咄嗟に蹴り飛ばされた超重量の残骸物質が前に出した左腕をかすめる。

 殴り弾いた左手が白熱する。

 衝撃とバランスの乱れから、立ち直るのに0.5秒。

 驚嘆すべきは、ここまでの一連の動作でも、足を止めない意思の強さか。

 コンマの世界で弾かれた残骸を後ろに、更に前へ。

 

(自己暗示だが知らないが、ここまで変態してるとは!)

 

 その時第二王女は自らの蒙昧さを呪う。

 この兄妹二人と対峙したことのある達人、寮監は、上条当麻の身体はすでに己を超えており、上条詩歌の技術はもう教えることはない。そして、この兄妹の精神は不屈。

 日本刀は、硬さと柔らかさを併せ持つことで万物を断つ切れ味を得るが、全次元の残骸物質を腕一つの化勁で捌けるとは純粋な近接戦では、あの傭兵と対等かもしれぬ。

 しかし、だ。

 選択肢の幅は広がっている、その気になれば宿木、宝剣、法杖も使えただろうに、愚兄が選んだのはいつもどおりのもの。

 そうするとわかっていたから、賢妹もそれ以上のものは持たせなかったのだろう。

 猫に小判に豚に真珠。愚兄に魔剣。この<銀光の腕>だけで十分過ぎる。

 幻想に守られながらも、幻想に囚われない。

 ゆえに、意表を突かれた。

 あまりにも真正直な、あまりにも小細工のない一撃に、第二王女も不意をつかれたのである。

 

「その幻想を―――」

「―――っ!」

「―――ぶち殺すっ!」

 

 叫びと共に強く踏み出す。

 螺旋に絞り込み、一点に集中する右拳。

 キャーリサは全力で避ける。懐にこそ踏み込まれたが、焦らず当麻の一挙手一投足へ集中する。

 

「お前が馬鹿だというのはいい加減分かってきたし!」

 

 意表を突かれるほどの愚直さは、軍事格闘ではありえない。だが、こちらもそれにいい加減見飽きたのだ。この少年の馬鹿さは存分に味わったのだ。この馬鹿は結局、馬鹿な(愚兄の)やり方を選ぶと確信していた。

 今の弱ったキャーリサではなく、力の根本<カーテナ=オリジナル>を右手で砕くと最後に選ぶ―――どんなに意表を突かれたところで、最後の狙いさえ分かれば、猪突猛進はギリギリで捌ける。

 そして、あの少女の兄ならば、必ず人を殺さぬよう加減する。

 そのブレーキした刹那に。体軸を限界以上に捻り、カウンターで放たれた蹴りが、容赦なく上条当麻の腹に突き刺さった。容赦なく。加減など馬鹿な真似はしない。人間の格闘技というよりも、ほとんどマグナムに近かった。

 ズドン!! という轟音が炸裂する。

 今ある<天使の力>を込めた第二王女渾身の一蹴に、当麻の身体がくの字に折れ曲がる。

 

「ごっ、ば―――!!?」

 

 こみ上げた吐き気に抗えず、赤い塊が噴き出した。

 身体は芯からごっそりと体力が失われ、意識も白の世界に飛んだ。

 今ならば、全次元切断に対処できる反応は無理だ。

 

(もらった―――!)

 

 キャーリサは確信の笑みを浮かべた。

 極度の戦いを制した自負が、『叛逆の』王女の胸を満たす。ここまで自分に追い縋った敵手の血を浴びれば、再び変革の意思を紅蓮に燃やしてくれるだろう。

 

 が。

 

 自らの残虐性や嗜好と切り離して、相手を冷静に観察できることこそ、『軍事』の第二王女の本領だった。このとき、キャーリサの全ての集中力は、選定剣さえ対象とする異能の天敵へと引き寄せられていた。

 “引き寄せられて、しまった”。

 刹那。

 物陰から、数多の影が飛び出した。

 キャーリサに、認識し切れなかった影。上条当麻にはわかっていた光。

 

「不注意だぞ。俺の妹を無視するなんて」

 

 礼服自体に掛けられていた<身固め>の過保護な防護が軽減したおかげですぐに立ち直った愚兄が、逃げられぬよう蹴り込まれた足を掴む。

 上条当麻は、カウンターをもらうことに関しては相当な経験がある。

 『森殿』が放つ森羅万象の矢は瀑布となって、全次元切断も残骸物質を盾にすることもさせずにキャーリサを吹っ飛ばした。

 上条詩歌の宣告通り。

 “数手”で、詰まれた。

 

(捨て身ではなく、捨て駒の覚悟で挑んだのか……健気な献身だし)

 

 敢えて言えば、キャーリサはちゃんと上条当麻に―――幻想を殺された(妹の存在を忘れられた)のだった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 <カーテナ=オリジナル>。

 そのおかげで、わざわざ自分が手を下さなくとも済むと思っていたが、残念、うまくいかなかった。

 学園都市で『前方のヴェント』が<聖騎士王>を通して、<神の火(ウリエル)>を。

 フランスで『後方のアックア』が<聖母崇拝>を奪われ、<神の力(ガブリエル)>を。

 ドーヴァで『左方のテッラ』が<神聖の国>を破られ、<神の薬(ラファエル)>を。

 あとひとつで、<幻想投影>に世界を構成する四大天使が『転写』され、あの器は根源に至り、この『右手』が欲する『卵』が実る。

 しかし、道具が<神の如き者(ミカエル)>に対応しているとはいえ、第二王女では俺様の代役となるには役不足だったようだ。あの女王のババァが相手でなければ、十分な情報(栄養)は与えられまい。

 これでは困るんだよなぁ。

 仕方がない。“手を貸してやろう”。

 

 <神の如き者>は、黄金の鎧と黄金の剣を以て、悪魔を討つ。

 

 十字教の術式において、<天使の力>の封入と解放は基本の基本。

 この肉体は、<神の如き者>と接続(リンク)する最大の媒体として機能する。

 例えば、<聖人>としての器も持つ『後方のアックア』ならば、<神の力>の力を封入できるだろう。

 逆に解放すれば、『黄金の体』を持ち、『倫敦の竜(ペンドラゴン)』――<天使長>と同質だったものに手を加えられたように、適応できればこちらから力を与えられる。

 まぁ、力を受け入れられる器の質がクリアしていても“先と同じように”容量の方が保たんだろう。

 一瞬とはいえ本物の<神の如き者>としての力が発揮できるだろうが、俺様の力を移せばこの『右手』がすぐに空中分解するように『選定剣』は爆砕するのがオチだろうなぁ。

 

 

 

「どうせ、考えなしに特攻をかますとは思ってました! まさか王女様のおみ足に抱きつくとは、どんだけ好きなんですか! 詩歌さん、足を引っ張るのが大好きな脚フェチな兄の貪欲さを甘く見てました」

 

「詩歌さんや。間一髪で守ってくれたり怪我を治してくれたのはありがたいが、その勘違いも直してくれると当麻さんは嬉しいなー……なんて」

 

「ええ、人に蹴られるのが好きなドMでもありましたね! <大覇星祭>で師匠に散々潰された当麻さんのことだから心配なんかしてませんでしたけど! どうせ無駄でしょうし! むしろご褒美でしたか? 本当に、無茶、無理、無鉄砲な兄のアドリブをサポートするのはやってられません」

 

「わかった。正直、当初の計画通り詩歌を囮にする案もアレだと思いませうけど、妹様がお怒りなのはよくわかった。勝手に飛び出したのは悪かった。反省する。だから、兄に対する特殊性癖の評価は訂正してくれ!」

 

 結界が解かれ、兄妹はいつものようなやり取りをしながら、孫悟空が大岩に封じ込まれていたように、樹木の中に囚われている『叛逆の』王女のもとへ近づく。

 気を失っているのか、まるで『眠り姫』童話の茨で覆われた城で眠りにつく姫のように植物に縛られて動く気配はない。

 意識を失いながらもその手に<カーテナ=オリジナル>が握られているが、何十何百にも法杖が<禁色の楔>のように巻きつかれ、“体内から”発せられる魔力は完全に外に出ないように封印されている。この状態で無理をしようとすればキャーリサ自身の肉体が耐えきれずに破裂してしまうだろう。

 

「<カーテナ=オリジナル>。右手で壊しちゃっても構わねーんだよな」

 

「もちろん。オリジナルがなくなれば<英国女王>の<カーテナ=セカンド>に移行するだけです。別に弁償しろとは言われませんから、鬼姫が起きぬ間に、ちゃっちゃと」

 

 と、そこでぐらりとよろけた。

 

「おい!」

 

 地面に崩れる前に沈み込んでいく詩歌の身体を当麻は受け止める。

 蒼白の顔面からは滝のように汗が流れ落ち、苦しげな呼吸は鞴のよう。腕に抱いた細い体は異常なまでに発熱している。

 昨日今日の出来ごとに詩歌は、かなり疲労している。

 最後も<壺中天>の『森殿』を保つために動けなかったのではなく、動くほどの余裕がなかったからもあるかもしれない。

 自分だけでなく当麻の分も生命力を賄い、それがオーバーヒートして『枷』の最終安全装置の自動強制遮断が反応しないように操作するのも精神的に削られた。時折、当麻が『制御』しなければ、戦闘の途中で<妖精堕し>で身動きが取れなくなっていたに違いない。

 

「もう休んでろ。あとは<カーテナ=オリジナル>を壊せばお終いだ。そしたら街に帰って先生に診てもらえ」

 

 詩歌は、必要ないと首を横に振る。

 慣れた様子で独特な呼吸法を繰り返し、すぐに乱れた呼吸を整え、体内の循環を意識し、顔の血色を健常な様子に戻した。

 それから、少し眠たげに、あふ、と慎ましやかに欠伸を漏らして、当麻の腕から離れた。

 

「ふぅ―――。心配させてごめんね。でも、無用です。身体管理は基礎中の基礎。目立った外傷も運動機能に支障はなし。内臓の出血もありませんし、脳神経も無事。この通り、休めばすぐ治まる程度の疲労です。詩歌さんはちゃんと自分の身体の状態は把握してますから。代表として、道半ばで倒れてしまうのは無責任でしょう? だから、ちゃんと動かします」

 

 動かすって。

 まるで、機械みたいに。

 ああ、わかってる。脈絡なく結論に辿り着いてる。

 倒れるのも、予想していたことだ。

 ただ、それを受け入れるだけの覚悟がまだできていないだけだ。

 詩歌は自分で言っていた。

 自分は大きな負債を抱えていると。

 

「当麻さん、落ちついて」

 

 どんな表情を浮かべればいいかわからないこちらに、衒いのない笑顔を向けてくる。

 

「大丈夫だから。私、ちゃんとお話できてるでしょ? 大丈夫だから、大丈夫だから、ね?」

 

「………」

 

 子供を宥めるような詩歌の口調に、当麻は反発したくなる。

 よろめいたのは詩歌で、どうして自分の方がパニックになってるんだ。

 まだわかってないのか、と自分が自分に馬鹿にされるような感じだ。

 言い返そうとして、愚兄は言葉を飲み込む。

 辛いのは自分じゃない。そして、自分こそが冷静にならないといけない。

 硬直しきっていた身体に無理矢理動けと命令する。

 そして、ちゃんと顔を上げて現実を見る。

 口元に微笑みを浮かべたままで、それはこちらを安心させようとするためのものだろう。

 そんな気遣いをされるとは、余程自分は情けない顔をしているのか。

 

「詩歌さんは大丈夫なのに。当麻さんがそんな顔をしてると落ち着けません。インデックスさん達に見られたら心配されちゃいますよ」

 

「……悪かったな。格好悪いとこ見せちまって」

 

「こっちも不甲斐ないとこ見せちゃったから、それはお互い様です」

 

 精一杯表情筋を意識し、平常を装う。

 

「うん。よろしい。それじゃ、ちゃっちゃと蹴りつけちゃってください。ひとりでできますよね」

 

「任せろ」

 

 近くの樹に身体を預ける詩歌に見送られ、その視線に応えるには頼もしい背中であろうと当麻は振り返らない。

 内心では、どうにかなってしまいそうだった。

 この右手で『制御』し切れなかったのか? やはり無理があったのか?

 いや、全力で生きたからこそ、表裏の死を感じてしまうのか。

 キャーリサの元に近づきながら、愚兄は必死にこの現実について考えまいとした。

 今は愚兄が愚兄のやるべきことをやる。

 ここで<カーテナ=オリジナル>を砕かないと今までの労苦が無駄になり、休ませることもできない。

 そして、<カーテナ=オリジナル>に右手をかざし―――視界がぶれたのはその瞬間だった。

 

「なっ……――――っ!?」

 

 発した驚愕の声が絶句へと変わった。

 認識できなかった衝撃に、右手が弾かれ、吹き飛ばされたからだ。そして、連続する轟音が生じた。宙を弾丸のように飛ばされた当麻の身体が樹木の枝葉を突き抜け、その奥の幹に次々とぶち当たった音だった。

 勢いは止まらず硬い地面を擦るように滑り、後ろ回りに転がりながら―――最後は樹の根元へ背中から激突してようやく止まった。そして、

 

「ぐっ……ぅ、ァ、は……ッ!!」

 

 苦悶の声と共に、いやに熱い感覚がある右足の太ももを見た。巻き込んで折れた枝木が貫いてき、そこから眩暈のする激痛が発せられてる。

 当麻はすぐに引き抜こうと、舌を噛まないよう袖を思い切り噛んで、そこで気付く。

 右手の五指がそれぞれバラバラにあらぬ方向に向いてると。

 枝木を掴もうと力を入れた右手にこれまた灼熱の激痛が脳を焼く。

 

 ……一体、何が起こったんだ!?

 

 右手をどこにも触れないようそっと後ろに回し、砕けそうなほど歯を食いしばりながら左手で再度枝木を掴み―――一気に引き抜いた。

 絶叫は、なかった。

 脳が限界を超えたのか、感覚が麻痺していたのが幸いだ。

 それでもけして少なくない量の血を流しながら、前に顔を上げ。

 

「っ……!?」

 

 自分が吹き飛ばされてきた方向に、キャーリサがいた地点に、揺らめく黄金のオーラを見て息を呑んだ。そのシルエットを塗り潰すほど圧倒的な光の粒子を放ちながら、ゆっくりと当麻の方へとやってきた。

 近づくほど黄金の光が放射状に晴れていき、全貌が見えれば、それはやはりキャーリサだった。当麻の激突によって生じた森の残骸――その破片を踏みしめながら、確かな足取りで一歩ずつこちらに向かってくる。

 

「な……!」

 

 歩みの圧力で地面にひびが入り、気を抜けば意識を失ってしまうほどの痛みと圧迫感が全身を襲う。

 <天使長>の存在感―――それはわかる。だがその発する力が今までと比較にならなかった。白だった剣は黄金の光を纏い、ほぼ広場全体を覆うほどに輝いて、それを浴びたものは自然と平伏するほどに立つことはおろか喋る事さえままならない。

 加え、それよりも気にかかるのが―――その、表情だ。

 ただただ超然とした威圧感が滲み、どこか神々しささえ覚えるのである。

 無論、顔の作りや体格が変わったわけではない。それなのに、なぜだろうか、当麻は黄金の気を振りまく第二王女が、キャーリサとは別の生き物のような気がしてならなかった。

 そして、その黄金に光る<カーテナ=オリジナル>。

 

「―――っ」

 

 当麻は背筋を走るぞくりとした感覚に息を呑んだ。なぜだろうか、あの剣には、武器として剣呑な刃などない慈悲深きものなのに、すでに何割か力が削られているはずなのに、最初に見た以上に身震いが止まらないような恐ろしいものを覚えさせる何かがあった。

 

「haks敵dowj確louj認sa」

 

 そして、キャーリサの頭上に冠の如き日輪が、そして、背中に大きな翼が現れる。

 立つことすらままならない愚兄はそれを見上げ、

 

(あれは、まさか、ミーシャや風斬と同じ……!)

 

 上条当麻は思い知る。

 <カーテナ=オリジナル>を持った国家元首は、<天使長>と同格であると。

 だが、それは所詮人が作った模造品で、本物の<神の如き者>は次元を更にひとつ上にいってる。

 

 

 天罰は、ただ一方的で壊滅的。

 人に許されたのは、ひたすらにひれ伏し。一刻も早く怒りが収まるのを待つことだけ。

 すでにスケールは神話の領域を侵す。

 ひとつの伝説がそこにある。

 

 

 瞬間。視界が、金色(こんじき)に染まった。

 

 

 ―――空が割れるかのような音が辺りに響き渡る。

 次の瞬間、<神の如き者(ミカエル)>の振るった黄金の剣の延長線上に当たる全てのモノに一本の線が引かれた。

 高層の建造物、その下に広がる大地、更にその先に広がる街並み、そして、視界の届かぬ果てにある山々に至るまで。

 その白から金色に変わった線を<天使の力>の波が通り抜け、現出する刹那の後にそこに存在したものを一切合切消滅するだろう。

 何の冗談でも比喩でもなく、その黄金の奔流に触れたモノの全てが、原子をも断絶され破砕され、ロンドンは消えた。

 

 

 そこに、彼女が割って入らなければ。

 

 

「<十二次元を単に襲る絶対の領域(セレモニアルドレス・カーテン)>!」

 

 

 凛々しく力強い声。

 足が負傷して逃げられず黄金の斬線が通った上条当麻の身体が、二人羽織のように抱き包まれ、レーザーポイントのように遥か彼方まで伸びていた黄金の斬線が遮断される。これが<太陽爆発に比類する乙女の鉄槌>と同じく事前に“十二枚も着こんでいた和装”と準備していた、彼女が言っていた全次元切断に対抗するたった一度きり防護なのだろう。

 天草式十字凄教の術のひとつにあるが、服は自身の身代わりにダメージを受けてくれる防衣なのだ。

 科学の能力者の中で最も難解な部類のひとつ空間移動能力(テレポート)は十一次元を演算するが、その上の十二次元は、一なるものの地点であり、全が無だった、ととある宗教で便宜的にいわれる『説明できない領域』

 まるで『十二単衣』のように複数の膜が重なるよう虹焔のグラデーションがしっかりと二人を包みこんだ。

 直後。

 大天使の威光を示す、極限まで研ぎ澄まされた黄金の<天使の力>が三次元世界に現出を始めて。

 あらゆる光と音が喪失する。万物を滅する斬撃が、ここに停止していた。

 高熱の暴風が荒れ、黄金の残骸を撒き散らしながら、世界そのものを幾重にも纏う結界は、絶対の神域に喰い止められる。

 多次元障壁と全次元切断は、人知を超えた神話同士の衝突を彷彿させる矛盾。

 イギリス大陸を割断する黄金の進撃を辛うじて阻止したが、それも一瞬のことか。斬圧は留まる事を知らず、一枚一枚ずつ恐ろしい勢いで『十二単衣』が破られ始める。

 同時に当麻は、多次元障壁でも濾過しきれなかった黄金の光の残滓を浴び、火でできた数百本の針に骨まで貫かれたような激痛に襲われ、思い切り歯を食い縛った。喉元まで込み上げてくる悲鳴を、懸命に堪える。

 きっと自身の翼を防護膜に使っている賢妹の幻痛はそれ以上に痛みを感じている。その妹が我慢しているのに、兄である当麻が泣き叫ぶわけにはいかない。

 計算では一度は防げるはずだ。

 だが、拮抗は徐々に崩れていく。

 二人の絶望を嘲笑うように。

 今の<カーテナ=オリジナル>は<神の如き者>の力を十全に発揮する、必ず相手に勝利する<天使長>の黄金の剣。

 全次元切断のさらに上をいくソレは防ぐことさえ許されまい。躱すこともできず、防ぐこともできない。

 ―――これが、絶対勝利。

 この黄金の剣の一振りには、何人たりとも抗えない……!

 

「―――っ……!!!!」

 

 十一枚目の膜が四散する。

 残るは一枚。

 黄金の斬撃は世界の次元を十一枚分破り捨てて、なおその勢いを緩めない。

 止められない黄金の一振り。

 最後の死に装束と同じ、処女雪のように純白の和装が端々から破れ散っていき―――ふと、不意に黄金の光が弱まった。

 

「うおおおおおお………!!!!」

 

 その瞬間を見逃さず、裂帛の気合を発し、上条当麻は右手を突き出す――――!

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 何が起こったのか、ヴィリアンには分からなかった。

 ただ、莫大な<天使の力>が現れたかと思うと、黄金の光が一瞬、ロンドンを覆い尽くして―――それだけ。

 ただ、崩れた建物があったわけでもないのに、それでもロンドン――このイギリス大陸に災厄が降り注がなくて幸いだったと直感した

 相殺されてなかったら滅亡していた――それはここにいる誰もの共通意識だろう。

 戦闘不能の負傷した『清教派』の魔術師や『騎士派』の騎士達、彼らを介護する『王室派』の近衛侍女や武装側近だけでなく、バッキンガム宮殿で英国王室のために働いていた、下働きの使用人や料理人、庭師など、第三王女に仕えていた、本当に王室とは縁のない民間出身の者たちだ。

 彼らは変革開始時に『騎士派』に捕えられたが、第三王女の懐刀ナタリアに救出され、でも、英国人として逃げずにこのロンドンまでやってきて、たった今、ヴィリアンとの再会を喜んだのだ。

 だが、ヴィリアンと同じで何をすればいいかわからない。

 英国のために戦う意思はある。

 しかし、次元の違い過ぎる常識外の怪物同士の激突は、プロの魔術師でも心が挫かれるほど。

 魔術という存在があるというほんのさわりしか知らない一般人の使用人らは心のキャパシティ軽く凌駕してしまうのは当然だ。

 戦おうとロンドンまでやってきたというのに、結局、足が震えてあと一歩が踏み出せずにいた。

 その死線を越えれば、勇気とか正義感など何の支えにもならず、ただ恐怖に屈し、絶命するであろう。

 第二王女の戦う真の理由を知ってなお、絶望に囚われる。

 民間人という領域から、飛び出すこともできない。

 

「仕方がない……あれは私達では何の役には立たん」

 

 誰かが言った。

 それを誰も責めはしない。

 台風が過ぎ去るのを待つように、どこかに隠れよう。

 さあ、王女こちらへ―――と誘導しようとしたその時、第三王女ヴィリアンが前に出た。

 

「ヴィリアン様!? おやめ下さい!」

 

 慌てて使用人が止めに入る。

 何が起きてるかも分からないのに、自分達と同じように一般人の域を出ない第三王女が、第二王女の前に出るのは命を道に投げ捨てるものだと。

 ヴィリアンはそのものの肩にそっと手を押し当て―――突き放した。

 

「私は、あなた達と同じです。ですが、それが私を止める理由にはなりません。今この時も、遠い異国の地からこの英国にきてくれた彼らに、全てを任せてそれでいいはずがありません。本当ならば、安全地帯である学園都市へ帰って当然の彼らが死地へと向かっているのです。その彼らが危険かもしれないというのに遠くから傍観しかできないというのならば、英国王室など滅びてしまいなさい」

 

 あの兄妹は、この変革に巻き込まれた人間の全てが、何かと戦っている人間で、だから、見捨てられないとそう、いってくれたのだ。

 そして、姉君はこの変革に巻き込まれている一般人こそ守りたいから、戦っているのだと知った。

 

「しかし、我々には……」

 

 狼狽のあまり、若い使用人は過呼吸のように喘鳴を生じさせていた。

 急転する現実を、精神よりも身体の方が受け入れきれない。目まぐるしく移り変わる世界を拒絶して、身体がチャンネルを閉ざそうとする。

 

「それでも」

 

 再び、ヴィリアンが言う。

 弱々しくかぶりを振る彼らに、声は荒げなかった。

 けして強く言うことはせず、ただどうあっても裡の火が消せず燻ぶる者たちにだけは届くよう、一言ずつ区切るようにして口にした。

 

「それでも……あの兄妹が、私達とは違い特別だから、戦えるなどと、理由にはなりません」

 

 使用人たちは、黙り込んだ。

 本当は、わかっている。

 戦うのは力があるからではなく、そこへ踏み込める勇気と度胸があるかないか。

 あの学生代表も、そして、その家族でたまたま特別な力が右手に宿っているだけの少年も、戦うためにここに来たのではない。けして戦士ではない。

 

「私達には! 戦う勇気もないんですか!」

 

 ヴィリアンが、叫ぶ。

 今度こそ、強く、強く、強く、叫んでいた。

 

「この英国の問題に! 痛みを共有することなく傍観して! 護ってくれるのだと当然のように! それで私達の誇りは守られるのですか! 姉君はこのままだと英国民の誇りが地に堕ちるから暴君となろうとした! なのにこれでは! もう……」

 

 ああ……

 その言葉を聞く者達――ここにいる全員は、胸をつまらせる。

 この第三王女は、やはり一人では何もできない。

 前に立って戦える人間ではけしてない。

 ただ戦えと強制するのではなく、自らの勇気で奮い立たせるのではなく――もっと根本的に――自分には誇りを守るために戦える権利があるのだと、一番大切なことを思い起こさせる。

 ついに使用人たちは顔を上げる。

 ヴィリアンが進もうとした時、

 

 

「我が娘ながら成長が著しいな。見違えたぞ」

 

 

 それを背後から讃える声が割り込んだ。

 使用人たちは慌てて、第三王女も驚いて思わず足を止めて振り返ると、そこには見知った顔があった。

 

「私が来る前に、決着がついたかと思えば、どうも横槍を入れられたらしい。神懸かって<カーテナ=オリジナル>が暴走、あわやロンドンが滅亡しかけた。それに直前で<カーテナ=セカンド>で干渉したが、おかげでこの身体に負担がかかってな。神経も血管もズタズタだ」

 

 そのものは、内から血管が破裂したように血塗れで、それでも喜ばしそうにこちらに笑みをくれる。

 

「学園都市からの若い代表はちと影響が強過ぎると思ったが、刺激された三姉妹がこうも変わるとは、受け入れて正解だった。親としても娘の馬鹿な自殺を止めてくれたし、こりゃ政権を取り戻したら勲章をあげなくてはならんな」

 

 手に持つのは一枚の旗。

 

「今も暴走している次女に博物館を占拠されたが、それでもこの二割の特権と英国の紳士のおかげでこの『旗』を手に入れられた」

 

 それをヴィリアンに渡す。

 

「ちっぽけな勇気を持つのは良いが、女王ならば、向こう見ずなのは無責任だ。だから、今回は私が足りない部分を埋め合わせる手段を用意した。うむ、振りやすいように棒もサービスだ」

 

 真の国家元首エリザードは、末娘のヴィリアンの胸元の宝石をとんとんと指し、

 

「姉たちも好き放題やってるんだ。お前も好きにやるといい。それこそ、この国の常識を折るくらいにな」

 

 

 

 

 あと少しで最後の一枚が破られそうになったあの瞬間。

 

 上条当麻は“迷うことなく”前後の位置を入れ替え(スイッチし)て妹をかばえた。

 心地よい衝撃と共に魂が半分持っていかれたように当麻の身体が軽くなり。

 視界の端で、腕が、オモチャのように回転して空中を飛んでいった。息ができなかった。見るまでもなく、この気の遠くなるような激痛で、それが自分の右腕だと、噴水のように出血するこれは致命傷になると本能でわかった。

 記憶があるのはそこまでで、あとはほとんど無意識。

 してやれることがないかと当麻はただ腕の中の少女を―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――当麻は薄目を開けていた。風がごうごうと鳴っていた。そして、空が、どこまでも青く広がっていた。

 当麻は、右腕を黄金の全次元切断に肩の先の胸ごと空間を抉り切られて、即死に近い状態だったはずだった。だから、何故まだ生きているのかと思わず右腕を見た。肺と脇の肋骨を抉って体の中身が人工模型のように見れる状態だった切断面が、消失していた。つまり、“右腕があった”。

 

「なんでだ?」

 

 声を出した途端、咳をした。シャツに血がしぶいた。気管に血が入っていたのだ。詩歌は大丈夫かと、腕の中にあった熱を確かめた。少女は目を閉じてぐったりしていた。白の和装は絶対領域は守られて兄検閲でギリギリ外歩きを許可するか迷う程度に中破していて、呼吸するたびに上下する華奢な肋骨が、彼女がまだ生きていることを肌の感覚で教えてくれた。

 

 ―――まだ、俺にもしてやれることがあるんだな。

 

 瀕死だった間も詩歌を抱きかかえて離さなかったのなら、自分にしては上出来だと思えた。斬り殺された恐怖、そして、疑問を飲み込む。ただ衝撃で空高く舞い上がった、この墜落を防ぐことだけは叶わない。

 

(詩歌は無事。だけど、意識が戻ってない)

 

 何もない上条当麻では、奇蹟を消せても、奇蹟を起こせない。それは現実だ。

 大気を割り、加速がついて、どんな向かい風よりも激しく顔に空気が打たれながらも、ぐんぐん下界が視界いっぱいに拡大してゆく。

 当麻は、こんな自由落下の最中でも、気を失った人間特有の現世(うつしよ)を離れたような表情を、愛おしんでしまう。

 

 ああ、綺麗だ。

 

 そして、美しいものを見て、まだ死にたくないと本能が突き動かされた。力がまだ抜けている体を無理矢理引き起こし、当麻は、風を真っ正面から受け止めるように体勢を変える。空気抵抗でふわりと体が浮くような感覚と共に、落下の速度が鈍る。気休めになれば上出来。

 スカイダイビングをするように、空を滑る。減速はしたが、ふたりで落ち続けているのは同じで、稼げるのはほんの数秒だ。

 ただ数瞬の恐怖を引き延ばすのみに終わったとしても、構わなかった。この強くて弱い少女を抱いている当麻が、ベストを尽くさないなどとあってはならないことだからだ。

 できることなら眠らせてやりたかった。起こして戦わせたくなかった。だが、自分と彼女が助かるには、そして、<神の如き者>の暴走を止めるには、賢妹の力が必要で。

 起こす時をあと一秒、あと一秒だけと自分に言い聞かせて引き延ばしていると、瀬戸際で少女の唇が動いた。

 

「こういうときは口づけをして起こすものですよ、当麻さん」

 

 ほっとした。焦がれるような想いに引きずられるよう、彼女の顔をもっと正面から確かめたくて、軽い体を抱き寄せた。

 

「馬鹿。俺は王子じゃないし、俺達は王女様を倒そうとしてたんだろ?」

 

「当麻さんは、詩歌さんをお姫様扱いしてくれないんです?」

 

 ぷくっと膨らむほっぺを、指でぷにっと潰し、

 

「言っただろうが、詩歌はお姫様じゃなくて、手を焼かせる妹だってな」

 

「そうでした。……はい、そうですね、足を引っ張るお兄ちゃん」

 

 幾何学的な陣図が、賢妹の足元に広がった。重力を消したように、体を浮かせる感触がして、二人の身体は落下を止める。

 ―――その瞬間。

 

 

 世界が―――白に染まった。

 

 

ロンドン

 

 

 太陽が昇っていた青空が消え、極点の白夜のように『永遠に太陽が存在する』景色に変貌する。

 無論、イギリスはちゃんと夜の時間があり、太陽は沈むのが当たり前だ。すぐにこの現象が何なのか気づけるものはそういない。

 だが―――それが何なのか分かってしまうものは、あれは己の守護星である『太陽』を固定し、主の右方に座する『燃える赤(フィアンマ)』の属性を強化するために為した<大天使>の所業だと知る。

 『天体単位で地球と太陽の位置関係を操作する』―――<天体制御(アストロインパクト)>。

 そう。

 顕現したのは、

 熾天使で最高の戦士であり、正義と慈悲を知る者。

 常に神の右手に侍る天使長、<神の如き者>。

 

(……あらあら、<カーテナ=オリジナル>をもった国家元首が本物の天使になっちゃったわ。または、魔王と呼ぶべきかしらね)

 

 ロンドン市内のビルの屋上で、こっそり身を伏せていた第一王女リメエアは、トレードマークの片眼鏡を外し、代わりに大海賊時代の船長が扱っていそうな、えらくアンティークな望遠鏡――しかも魔術的な透視の術式が施されている――で遠く離れた戦場を見ていた。

 『女王の』艦隊まで引っ張り出してきた国家元首が、あの兄妹に落とされ、果てに森の木々に邪魔されて全貌こそ見えなかったが変革の首謀者が壺に閉じ込められて封じ込められたところまで彼女は全て見ていた。

 ここまでは予定調和。

 何の根拠もないが、兄妹が勝つと賭けていた。

 これはつまり、普段の自分ならば、考えられないが、一人で戦うキャーリサよりも、二人で戦う彼らの方が『強く』あってほしいと望んだのだ。

 三姉妹の長女として。

 しかし、ここで『頭脳』の第一王女には予定外のイベントが起きた。それも天災染みたもの。

 リメエアの額にうっすらと汗がにじむ。

 

 ―――このまま<カーテナ=オリジナル>が暴走すれば、間違いなくロンドンは地図から消し飛ぶ。

 

 ならば、逃げるのか、と訊かれれば、ここを動かない。

 それはリメエアが逃げることを諦めたのかといえばそうではなく、国と運命を共にする王族の義務が生存本能を上回ることはない。そして、災厄が鎮まると信じたのかというのはこの知性が許さない。

 『頭脳』が戦う場はここではない。

 それでも、彼女が選んだのは、『戦いを眺める』ということ。

 つまり、計算を上回り、“鎮められる”と―――

 

 民を想い、変革を起こすほどに変わってしまったキャーリサ。

 その変革の苦境に立たされて成長したヴィリアン。

 

 それと同じように、今回の件で、あの兄妹と触れ合って、少しは自分も『強く』なったのかしらね。

 

 

 

 そのドレスと同じ紅蓮の翼を広げたキャーリサが浮上する―――そう思われた瞬間、蒼の閃光が駆け抜けていた。

 

「―――『救われぬものに救いの手を(Salvare 000)』」

 

 不転の意思を告げる<魔法名>。

 閃光の正体は負傷をおしてなお制限(リミッター)解除の聖痕を解放した神裂火織だ。新生天草式を後続に引き連れ、<七天七刀>を構えた神裂が弾丸のような勢いで跳躍し、その刃を<神の如き者>へと振るう。

 同じ大天使<神の力>の神格を得て、神をも裂く真説の一閃。

 キャーリサが、夏の海でのミーシャ=クロイツェフと同じようにその身の器に<大天使>を呼び込んだというなら、あのときと同じようにその翼を斬り落とすだけ。

 そして、あの兄妹がロンドン崩壊まで決死で稼いでくれた時間を無駄にはしない。が、

 

「くっ―――!?」

 

 キャーリサの翼に刃先が届いた瞬間、弾き飛ばされたのは神裂の方だった。斬り込んできたのと同じ勢いで後方に吹き飛び、大太刀を地面に突きたてながら、どうにか無事に着地する。

 

「これは!?」

 

 反動で痺れた手を庇いながら、驚愕の表情で神裂が呻いた。

 キャーリサ――<神の如き者>は、そんな<聖人>に一瞥もくれず、何事もなかったかのように宙に停滞する。

 不完全とはいえ<神の力>の<氷翼>をも断ちきった<唯閃>でも、傷つけられない。

 

 十全に<天使長>としての力が発揮できれば、人の手にその身を触れられる道理すらない。

 

 神裂がきつく唇を噛む。仲間たちと共に、『太陽の』騎士すら斃した彼女の刀が、ここまで完全に通じないのは初めてのことだ。さしもの神裂も動揺を隠せない。

 だがそれでも、止まらない。兄妹が時間を稼いでくれたおかげで、彼女らは甦った。250人を超す元ローマ正教のシスターたちがひとつの集団となって武器を振るい、その向こうではあたり一面の物体を取り込んだ巨大なゴーレムもその天使を地上に落そうと手を伸ばす。完全武装の騎士達もその無双を叩きつけた。

 ―――でも、触れられない。

 弾かれて地面に落される。

 神格はより上位の神格に敗北するのが十字教正典の原理というのなら、最も神に近い者を倒せるものは一体どこに存在するというのだ。

 

「shkdsw無asdc礼acaawd」

 

 キャーリサの喉から、人間の声帯ではけして出せないであろう、凄絶で凄愴で、そして聖性を帯びた荘厳な声音が流れる。

 黄金の剣は、振るわない。それは慈悲の御使いが、“敵と認められた”相手にしか『神の武器庫』から取り出した絶対勝利は使わない。

 下界に裁きを降すのに、必要ない。

 動いたのは、燃えるような紅蓮。

 大天使は、『火の精霊』とも呼ばれるようだが、ならばそれを束ねる長の翼は。

 <神の力>のものを<氷翼>というのならば、<神の如き者>のは<炎翼>というべきか。

 して、それは地に落とすことなく、振るえば、

 

「っ!!?」

 

 大地に撒き散らされたのは、<炎翼>――の火の粉。

 巨大な爆発を生み出し、広場に凄まじい破壊をもたらした。バッキンガム宮殿が粉微塵に砕け散り、紅蓮の炎が吹き荒れる。

 人には<炎翼>どころか、その火の粉をも払うことはできないのか。

 水爆よりも人の世に破滅をもたらす化身。

 それでも、暴虐な気配は微塵もない。

 この黄金の御使いの前では、人間の方が己が残虐性に悩むだろう。

 

 

「情けないですね姉君」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 兄妹に船を落とされ敗北し、それからの記憶がない。

 ただ、夢を見ているようで。

 その先の未来まで、幻視した。

 

 ―――死に絶えたその世界を。

 

 くずおれた人々。

 血みどろの子供。胸を切り裂かれた老婆。揃って炎に灼かれ、黒焦げとなった夫婦。老若男女の区別なく、死に絶えた人々の群れ。

 滅んだ街。

 滅んだ国。

 滅んだ世界。

 炎だったり、刃だったり、打撲だったり、あるいは想像もできぬ奇怪な呪いだったり―――様々な方法で、人々が滅ぼされた世界だった。

 ある意味では、世界のどこにでもある戦場跡のひとつだった。

 もしも、違いを見つけるとするならば、それをもたらしたのは人ではないことか。

 天の御使いが降す死は―――本当の死ではなく、“滅び”という言葉を使う。

 絶滅。

 世界を救済する存在は、同時にいつでも世界を崩壊させることができる。

 慈悲の天使は、原初の人を見守り、人を弁護する天使の見本であったが、罪を犯せば断罪する。禁断の実を食した罰で楽園を追放し、双子であろうと悪魔に堕ちた天使を黄金の剣で斬り捨てた。

 感情のない機械のように、この神の箱庭を害するものを排除する。

 まさに、人の心が分からぬ暴君と同じ。

 

 ああ、だから、私はこれが嫌いなのだ。

 

 同族嫌悪に、心が穢らわしい汚泥に呑まれた不快感。

 それが最低最悪とはいえ、それでも心の底から力を求めてやまなかった。

 

 だが、暴走させ爆発的に限界を超えた黄金の絶滅でも、あの二人(兄妹)の絆を断つことはできなかった。

 

 その事実に。

 完膚なきまでに砕かれたのか。

 または一度の斬撃に<天使の力>を使い切ってしまったからか。

 ここにあるのは残滓。

 『叛逆の』王女は抜け殻となり、その身に<大天使>を受け入れた。

 あとはただ天に昇るだけ。

 元より強引に降ろされた<神の如き者>に、下界に用はない。

 邪魔をしなければ、何もせずに帰るだろう。

 だから、大人しくしていろと逆らう人間を見て思う。

 

「結局、姉君の変革は英国を無闇に引っ掻き廻しただけの子供の悪戯に終わるのですか。国家元首という呪縛に囚われた結果、たかが道具に乗っ取られるなど、無様にもほどがある」

 

 だが、それを弾劾する声が届く。

 

「<神の如き者>が暴れる前に昇天するなど所詮は言い訳。負けたから逃げるなどと、その黄金と同じ、王という鍍金が剥がれたら、意外と小物ですね」

 

 ―――ほざけ。矮小な人間が。

 <神の如き者>に感情はない。

 だが、宿主の怒りに触発されたのか。

 また、<炎翼>から破滅の火の粉が降り撒かれた。

 

「そんな小さい姉君は、もっとこの国の大きさを知るべき」

 

 綿のようにゆっくりと。

 だが、確実に迫る災厄を前に、バサリとそれは翻る。

 第三王女の両手が握り締める棒の先にあるのは、旗。

 その表は現在のイギリスの国家、裏には白と緑を基調にしたかつてのウェールズの国旗。

 イングランド、アイルランド、スコットランドのものを併合した英国旗と、国旗制定前にイングランドに吸収されたウェールズのもの。四文化全てに敬意を表したものを表裏にまとめた一枚の旗。

 オリジナルに八割以上乗っ取られた『大英博物館』からどうにか回収できた、<カーテナ=オリジナル>を統べる力の基盤となるものだ。

 

「<連合の意義(ユニオンジャック)>」

 

 誰でも“扱える”ものではない、英国王室専用の霊装である御旗に命じる。

 

<カーテナ>に宿り(C T O A)四文化から構築される(F A D)<全英大陸>を利用して(I I C)集められる莫大な<天使の力>よ(S A T)その全てを解放し(R R O)今一度イギリス国民の全員へ(H O I M)平等に再分配せよ(H S T)

 

 かつて『傾国の』聖女が、火に焼かれる戦場の中でも、剣の代わりに持ちし旗を振るったように旗を振るい。

 回線の繋がっている胸元の宝石から<禁書目録>の助言を支えにする他力本願。

 足りないものはここに揃っている。

 

「この力に上乗せして、<英国女王(クイーンレグナント)>の第三子ヴィリアンから全国民に告ぐ」

 

 そして、『王様になれる権利』という意味が全ての国民に教えられる。

 

 

 

 変革が発生してから、本質として何が起きているかも分からず、ただ被害に遭う国民。

 だが、イギリス国民ならば誰にでもその資格は与えられる。

 様々な戦いを経て英国王室が成立したが、そこで歴史に『IF(もし)』が起きてれば、王は別の血筋になっていたかもしれない。国外からの政略結婚などを考えると、『IF』の幅はさらに広がる。

 つまり、だ。

 王になれる人間とは、イギリス国民であるからとか、血筋とか国籍も関係ない。わけのわからない魔術の知識など必要ない。

 イギリスを愛し、イギリスを故郷としたいと願うか否か。

 一体誰が王の特権は王室しか使えないなどと決めたのだ。

 そして、今。

 詳しい理屈抜きで、イギリスを愛する人間は、全員が英雄になれる。

 群雄割拠たる国民総選挙が始まったのだ。

 逃げるも戦うも己の意思。己の正義と勇気と度胸にただ従う。そして、己の力を預けるに足る者がもしいれば、その人に預ければいい。

 ―――軍に囚われた少年も。

 ―――クーデターに参加した軍人も。

 ―――海岸線で傍観する魔術結社のボスも。

 ―――変革に暗躍した結社予備軍も。

 ―――王に仕えていた宮殿の使用人たちも。

 

 イギリス9000万人の人間に『選定剣の特権』が適応され、戦う力と権利が与えられた。

 

 

 

 ドッ!!!! と一斉に投げられた瓦礫が火の粉にぶつかり、空中で爆ぜた。

 元より落下速度の遅い、当たれば爆発ならば、こちらに来る前にぶつけてしまえばいいと。

 投げた――自らの旗(ユニオンジャック)に集ったロンドン市民は考えたのだ。

 火の海を跳ね返す人海戦術。

 

 ―――馬鹿な! 一体何を考えてる!

 

 神のかんばせだったキャーリサが苦悶に表情を歪める。

 9000万対1の綱引き―――この程度で“全人類を滅ぼせるほどの力をもった”<神の如き者>が揺らぐはずがない。

 それどころか下手にこの暴走する<天使の力>を浴びてしまえば、キャーリサに引き摺られて昇天しかねない。

 王がひとり犠牲になる覚悟はあっても、その覚悟に民を巻きこむという発想はなかった。だが仕方ないだろう。生まれながらにして人の上に立ち、絶大な力を振るえる王家の血筋であるキャーリサに、誰かが己を救おうとするシチュエーション自体そうあるものではないのだから。

 『騎士派』であってもあれは利用価値だけの付き合いだ。

 だから、他力本願という考えはない。

 <壺中天>でも、“もし上条当麻をおさえられるもう一人いれば”と弱音は吐かなかったのだ。

 何にせよ。

 これで意地でも、昇天するわけにはいかなくなった。

 しかし、それは<神の如き者>の意思に逆らうことだ。

 英国大陸をも焼き尽くせる怪物がこの地に留まり続け、暴れたらどうなるのか。

 火の粉どころではない。

 この御使いの身を地に縛りつけようものなら炎獄が落とされる。

 <炎翼>がより燃え盛り、連合旗を掲げるヴィリアンに襲い掛かる。

 

 ゴッ!! という爆音が炸裂。

 ただし、それは<炎翼>が地表に叩きつけられた音ではない。

 何者かが、空中で天使長の双翼とぶつかり合った音だった。

 

「遅れたな。少々海からここまで離れていたものでな。駆け付けるのに時間がかかってしまったのである」

 

「ようやく預けっぱなしにした我が国の行く末を、取り返す機を得たな」

 

 騎士剣をもった騎士団長と巨大剣をもった傭兵ウィリアム。

 人間どころか大天使相手だろうと打ち合える常識外の怪物の二人も、ついに戦線に加わった。

 

「hdsaw障ad害adsa!」

 

 気炎万丈の神威を放って、神罰を邪魔した二人にめがけて<炎翼>が振るわれる。その圧倒的な覇気は歴戦の戦士たちの余裕を掻き消し、わずかな慢心を抱くことも許さない・

 無論、この傭兵と騎士にそんな油断は一切ない。

 

「攻める隙を与えるな!」

 

「一気に畳みかけるぞ!」

 

 鋼のように鍛えられた心身に力を込める。

 <連合の意義>により彼ら二人にも<天使の力>が上乗せされた結果、より力強さを増し、<フルンディング>は赤黒く染まる魔剣としての力を発揮し、<神の右席>の時と同様に<天使>に近しい身体に気が通る。

 それは、確かにかつてのものと比べれば、差があるが、元より彼らの真骨頂は莫大な力ではなく、それを制御する卓越した技術こそある。

 音速を超えるほどの速度で、極限の練磨で数多の戦場で培われた強者と<神の如き者>の<炎翼>が衝突する。

 

 ドガガガガザザザザザガガガギギギッッッ!!!!!! と双翼と双剣が激しく火花を散らす。

 

 生じる爆炎の火花を第三王女が振るう国旗に集った英雄達が人海戦術で国に落とされるのを防ぐ。

 もちろん、本職も負けていない。『清教派』も『騎士派』も天使長を前に怯みはしない。

 傭兵や騎士だけでなく、魔女の空母隊も次々と特攻を仕掛け、ルーンのカードをばら撒いて、宙空に火、水、土、風の四大要素の魔人達が<天使長>に突撃していく。

 もはやバッキンガム宮殿の敷地を埋め尽くさんばかりに大勢の英雄が駆け付けてくる。

 

 そして、ついにキャーリサを殴る者が現れた。

 

「いい加減に目を覚まさんか、阿呆!!」

 

 ゴバッ!! と真下から跳び上がった<カーテナ=セカンド>を手にした<英国女王>エリザードが娘キャーリサの顔をかちあげる。

 子供のくだらない自殺願望に説教する母の拳で。

 

 

 だが、それはついに<神の如き者>を怒らせた。

 

 

「hsk敵dwdj滅sawqk」

 

 キャーリサの制止を振り切り、白夜の太陽に、<カーテナ=オリジナル>を掲げて黄金の―――と。

 

 そのとき、<神の如き者>の頭上に影が生じた。

 

 

 

 

 日蝕、ではない。

 ロンドン上空で、巨大な円盤――<カヴン=コンパス>が滞空しているのだ。

 

 インデックスは、この事態を興味深く視察していた。

 下で第三王女の動きと連動しながら<禁書目録>が、太陽を覆い隠す東西南北の空中要塞を暴走する<天使の力>の濾過機として循環させ、<連合の意義>でその<カーテナ>の力を全国民へ平等に配布される際、この『清教派』の通信ネットワークを応用して更に全ての<天使の力>そのものに手を加える。

 使用者の思念に応じて性質を変え、なおかつ使用者を暴走に巻き込まない安定性を付与された“都合のいい形”に調整された<天使の力>を受け取ることで、初めて民間人は『自分が手に入れた力を使って、思い通りのアクションを起こす』ことができるようになる。

 言葉にすれば簡単なことだが、極めて難しい。

 インデックスも一対一でならば、全く魔術を知らない人間を誘導して魔術行使ができる。

 だが、イギリス全国民9000万人もの人間を同時に誘導し、なおかつたった一人も暴走に巻き込ませない安定性を維持し続けることなど、『魔道図書館』の叡智を最大限利用しても不可能だろう。

 しかも、最も恐ろしいのはそこではない。

 バッキンガム宮殿の広場に集まる学生や会社員たちは、目の当たりにしたこの不可思議な現象、暴走を止めるために自ら戦っている不可思議な力、それら超常的な自体を勝手に独自の解釈で納得することだ。

 人体に秘められた力が覚醒したとか、今日の運勢が絶好調だからとか、宇宙的なパワーが働いたとか、ネス湖に住む謎の恐竜の大自然が我らに力を貸しているのだとか。

 そして、あの学生代表のような超能力に目覚めたとか。

 9000万人もいながら、『魔術』という正解に辿り着けるものはひとりもいない。

 徹底的に魔術の“匂い”を隠して、民間人の胸に忍ばせ、自由に扱われつつも、けしてその本質に目を向けさせない。

 これにより、『魔道書の知識が民間人の脳を汚染する』という最悪のリスクすらも除外したのである。

 ただ、理屈抜きのこのハロウェインパーティに全力で挑ませる。

 これができるのが、魔術大国を収める本物の女王エリザードだ。

 

(もしかして、<禁書目録(わたし)>が作りだされたもうひとつの理由って、これをサポートするためなのかも……?)

 

 しかし、そうのんびりと考えられる余裕はない。

 何故ならば、この円盤は、暴走する気をおさえるためとはいえ、天使長の守護星を隠すという大罪を侵しているのだ。

 故に下界の人間により力を引っ張り取られようとなりふり構わず<神の如き者>が落としに来るだろう空中要塞には、インデックスと、空中で拾った上条兄妹しかいない。

 

「<神の如き者>に気づかれちゃいました。インデックスさん、早く『門』を潜って下に」

 

 空中要塞を自動飛行モードに切り替えたり、<連合の意義>の調整に一手間加えた、その中央に円陣を組み、すでにロンドンにいるステイル達と『神隠』のルートを繋いでいる詩歌がインデックスを呼ぶ。

 

「しいかととうまはどうするの?」

 

 と、賢妹は少しだけ困ったような笑顔で、

 

「詩歌さんは『神隠』できない当麻さんを抱えなくちゃいけませんし、まだやるべきこともありますから」

 

 <神の如き者>を討つ。

 この<カヴン=コンパス>を儀式場にしてでも、不可能な所業。

 それを覆すだけの準備をここに整えた。

 <禁書目録>として10万3000冊の魔道書を貸し与え、賢妹の準備を手伝った。

 だから、もうインデックスにやれることはない。

 ここにいても、巻き込まれるだけだ。

 でも……

 

「安心しろインデックス。必ず、戻る」

 

 愚兄が迷う修道女の背中を押す。

 彼もまたインデックスとは違う観点で、エリザードの所業を凄いと素直に感心していた。

 エリザードはただ全員に力を与えたのではない。

 全員を主人公にしたのだ。

 それこそ自分達が霞んでしまうほど。

 力とはあくまで手段であって、それを掴み、自らの意思で立ち向かうことを決めた国民たちこそが全ての格だ。

 きっとキャーリサも思い知っているだろう。

 イギリスの人々の中にどれほど輝くものが眠っているのか。

 だからこそ、それを守るために必死になった。

 今回の騒動は結局のところそれが核だった。

 ただ、その過程でキャーリサは『軍事』に傾向し過ぎて、戦争から守るために力を振るおうとして、守るべき対象にまで傷つけようとした。

 強力すぎるマグナムは、射手の手を痛めてしまうように。

 だから、守ろう。

 こんなふざけた負の連鎖が終わらないのなら、<天使長>だろうと殺してみせる。

 

「ふふふ、詩歌さんが約束を破ったことがありますか?」

 

「ううん……ない。嘘をつかれたことはあるけど」

 

「それに、お前にちゃんと話したい事があるからな。意地でも何でも帰ってくる」

 

「うん。どんな話も聞くから、ちゃんととうまとしいか帰ってきて。絶対だよ!」

 

 そして、輪の中に入ったインデックスは、発光してその姿を下界のポイントへ移した。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「いいんですか? 今のが最期だったかもしれないんですよ」

 

「別に。謝るならちゃんとしたいからな。それに、約束は破らねーんだろ」

 

 インデックスを見送った後、問いかけに軽口で応えると、

 

「ええ、大丈夫です。私が守ります」

 

 不思議と落ち着いた声で返される。

 

「皆の、お兄ちゃんの理想、私が守って見せます」

 

「馬鹿」

 

 そう、漏らしたくなるのも当然だ。妹の癖に何を言ってるのか。普通は逆なんだぞ。ここぞという時にいつも信頼してきた自分はどうなのか。

 だから、

 

(……そうか)

 

 不意に、違う、と悟ったのだ。

 『制御』する方法が。

 ただ上から賢妹を押さえつけてればいいのではないと。

 

(俺は……)

 

 愚兄の意思が、賢妹に伝わる。

 はにかむような淡い微笑みが返され、背を預けられる。

 

(俺は……全力で飛べるように、下から持ち上げてやるんだ!)

 

 それが、愚兄の決断だった。

 操作するのに常時高速で計算している賢妹よりも、ただ右手で感覚的に制御している自分の方に余裕があるのは当然だ。

 ならば、詩歌の思考を投影すれば良いのだ。賢妹自体の行動を想像し、予測し、自分の頭の側を追随させればいい。魔術や能力についての知識はないし説明しなければわからないが、上条詩歌が何をしたいのかは簡単に想像できる。危険値の予測基準以下に扱い易いように力に干渉するのではなくて、前兆の感知による予測で詩歌の行動をやりやすい方向に誘導させて活かせばいい。

 幻想曲をこの『制御』にも当て嵌める。

 そうすることで、無駄な力は消える。無駄に殺さなくてもいい。

 この右手の五指で愚兄も力の流れを操作できる。『説明の出来ない力』をもっと目的そのものへ活用させる。

 

「流石に一枚の薄着じゃ寒いので抱き締めてもらいますか?」

 

「仕方ねーな、ったく」

 

 さらに近く。後ろから覆い被さるように接近する。左腕で首を巻き、右手は預けられた背中に触れない程度の位置に添う。

 その瞬間、当麻達の中で何かが繋がったような気がした。

 見えない糸が二人の神経を結び付け、この空気が互いの意思を伝えてくる。

 頭が思い出を忘れていようと。

 鍛え上げられた脳は、それに足る。

 兄妹で過ごしてきた経験を誰より覚えてる体は、それに足る。

 雑念を払い、詩歌に同調するために、意識を束ねて心を平坦(クリア)にする。

 

 ―――そして、ついに一気に飛翔し紅蓮の<炎翼>を羽ばたかせるキャーリサ――<神の如き者>が兄妹のいる<カヴン=コンパス>に現れた。

 

 ひどく、世界は緩やかだった。

 スローモーション。

 脳内処理に、現実が追い付かない。肉体に付随する五感機能も、意識が身体から離脱すれば喪失する。

 なのに、耳は以前より鋭敏に詩歌の息遣いを聴いていた。常に穏やかな息が弾んでいる。どくどく胸の中で早鐘を打つ心の鼓動。血管を流れる血液の響きも。

 目は動く前から軌道が見えるように指先ひとつの仕草をも追ってる。こちらが指で紐で引っ張る操り人形のように動かしていると勘違いするくらいに詩歌がイメージのままに動く。

 

「―――」

 

 意識はより深く沈み、自我は収束。

 耳は鼓動の大きさ、目は動作の速さ、肌は体温の熱さ、鼻と舌は吐息の甘さを。そして、もっと奥。体ではなく心と触れてしまうほどに。

 

「hskf!?nd??sa!!」

 

 <神の如き者>をも圧すほどの莫大な力。

 それを完全に掌握しなければならないが―――

 詩歌ならできる、と当麻は信じた。

 そして当麻が信じてくれるから、統べる、と詩歌は確信した。

 

「加減なんかするな思い切り飛べ(やれ)―――!」

 

 当麻は、詩歌に、力強く、囁いた。

 そして。

 まるで右手が掴んで引っ張りだしたかのように、続けて四本目の翼――新たな可能性を、引き出された。

 

「―――はい、全力で、飛びます(行きます)!」

 

 それはもしかしたら、唇から紡がれた言葉ではなく心で語られたことばったのかもしれない。

 思考も、制御も考えてなかった。

 ただ、無我夢中にむき出しのままで、手指を動かす。時を逆行するかのような速度。駆けているのではなく、置き去りにされているかのような錯覚。

 ―――加速が止まらない。

 少女の周囲に生成される魔力とも能力ともつかない純粋で特殊な力の量が目に見えるどころか、耳で聞き取れる。

 

 神鳥の鳴き声は、歌のように快音を響かす。

 

 愚兄と賢妹とで、連続する難題をクリアし続ける。数は分からない。時間も分からない。いくら続こうが目の前にある問題は常にひとつ。そのひとつだけを、いくつもいくつもいくつもいくつもいくつも解いていった。

 もはや、考えてはいない。

 すべては、思考以上の自分と、賢妹に託す。

 古来より風水で。

 竜は『陽』の気であり王、鳳凰は『隠』の気であり妃、それが揃えば陰陽調和で太極が生ずる。この組み合わせは至高の相性という証で、最高の縁起を呼ぶ最強のペアと信じられている。

 

「ここに偽典を歌う」

 

 二人のコミュニケーションは、一瞬だった。

 <神の如き者>が黄金の剣を振り上げる間しか与えてない。

 

「前方に<神の火>、後方に<神の力>、左方に<神の薬>、右方に<神の如き者>」

 

 四枚の虹炎の翼は<カヴン=コンパス>の東西南北にそれぞれ向けられ、それを風、水、土、火の四象とする。

 

「上方に<神の代理(メタトロン)>、下方に<神の英雄(サンダルフォン)>」

 

 方位の神殿に、更にその上下に光点が生まれ、東西南北の四点と繋がる。

 聖書の旧約に新約ではない、偽典。

 そこには、四大天使から外れてしまった天使が表記される。

 <神の代理(メタトロン)>。世界を支え人類を維持する役目を務め、神と人の契約を取り持つ。真実の記録者で、預言者の守護者、彼に害為すを障害から助けた。聖書偽典では<神の如き者(ミカエル)>を凌いで神の玉座に最も近い存在ともされ、なのに、十字教の聖書正典では闇の支配者である<悪魔(サタン)>と同一視される謎の多い熾天使。

 <生命の樹(セフィロト)>では、最初の幻想的世界の『王冠(ケテル)』を守護する。

 <神の英雄(サンダルフォン)>。その名は『兄弟』を意味し、<神の代理>とは双子、一説では誕生を控えた胎児の性別の決定権を持ち、<神の力(ガブリエル)>と同じ女性の天使とも考えられている。全世界の鳥――翼ある者の監視者であり、天界の歌を司る。<神の如き者>の代行として<悪魔(サタン)>と終わりなき戦いをする役目も負っている。

 <生命の樹(セフィロト)>では、最後の物質的世界の『王国(マルクト)』を守護する。

 明るい天使とも呼ばれる<神の代理(メタトロン)>、暗い天使とも呼ばれる<神の英雄(サンダルフォン)

 明暗。陽とは男、陰とは女。人から成った天使の兄妹は、神に被せるために、人の祈りを材料に編んで、神の花冠をつくる。

 

「風、水、土、火の四象を廻し、陽、隠の両儀を紡ぎ、中心は大極に至る」

 

 着々とパズルを嵌めるように上条詩歌の両の手の平の間で徐々に、徐々に形作られる。

 宝石のように中央に咲くのはカーネーション。

 『戴冠式――新国王が王座を継承する儀礼』を意味する『coronation』と表記される例もあれば、その花の形が王冠にも似てることから『冠』という意味の『corona』から名付けられた花。

 またナデシコ科ナデシコ属の総称『Dianthus』には『神の花』という意味であり、神の花冠に用いられたとも言われる。

 そして。

 なにより、この<花冠(コロナ)>は、

 

「この<花冠>は、<連合の意義>に集う人の願いを編まれたもの。キャーリサさんを救うために集まった力の結晶」

 

 まるで。

 見えない鎖に、繋ぎとめられたかのようだった。

 天上から、地底から、主の命に投じられた巨大な不可視の鎖。

 『神上』を前に、さしもの黄金の御使いさえもが動きを封じられたのだ。

 神の手にでも掴まれたかのように、<神の如き者>が黄金の剣が止まった。

 いかに絶対勝利とはいえ、振るえなければ無意味。

 

「十字教の正典(ルール)に、新たな偽典(ルール)を投影しました―――。この空域の異能を、偽典が消えるまでの三分間、すべて私の手で使えます」

 

 聞けば、あまりの荒技に絶句させられるだろう。

 この十字教の聖書に、詩歌は『説明できない力』を超能魔術で構成した<花冠(コロナ)>の『権能』でつくった新たな世界を、まるごと一ページ強引に挿入したのだ。

 この聖書の正典に、幻想の偽典を一ページ強引に差し込むことで、世界のルール事態を掌握することなど、事象変動、時空操作、万物創造といった“世界を変える権利”である『権能』を持った<魔神>の所業か。

 この花の冠が効力を失くす短い間とはいえ、上条詩歌は確かにその門を開けた。

 

「上出来だ。三分ありゃ十分おつりが出る」

 

 ―――この絶好の機を少年は逃さない。

 

「<天使長>だが何だか知らねーが、その王女様を連れて行ってもらっちゃ困るんだよ」

 

 返してもらうぞ、と上条当麻は飛んだ。

 20m以上の高さで封じられたキャーリサの元へ。

 

「お前がsasd空をshakk―――」

 

 奇蹟なき者が空を、駆ける光景に浮かび上がった第二王女が瞠目する。

 

「ちげーよ。ひとりじゃ空は飛べない」

 

 この“空域の異能を全て”掌握したと上条詩歌は言った。

 愚兄の背中に張り付けた簡単な飛行の術も、この空域の中である。

 なにより、

 

「ふたりだからできたんだ」

 

 

 そして、<カーテナ=オリジナル>は右手で砕かれて、キャーリサは<神の如き者>から解放。

 この二日間にも及ぶ長い英国騒乱が終結した。

 

 

つづく




今話で変革決着です。

おそらく次回で英国騒乱編の最後ですが、少し展開をどうしようかと悩んでいて更新が遅れるかもしれません。

とりあえず、タイトルは『落鳳破』と決まっているんですが……

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