とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

265 / 322
第14章
想起血祭編 妹のいない日常


想起血祭編 妹のいない日常

 

 

 

???

 

 

 

その生物は、怪力だと戦士は恐れる。

 

だが、殺された。

 

その生物は、不死だと老人は怖れる。

 

だが、殺された。

 

その生物は、無限だと賢者は畏れる。

 

だが、殺された。

 

その生物は、人間だと少女は懼れる。

 

だから、彼女は、自分を殺すことにした。

 

 

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

「とうま。今日こそは完璧に出来たんだよ!」

 

 

当麻の目の前には今、ほかほかの朝食が並んでいる。

 

その内訳は、湯気のしじみの味噌汁、表面の光沢が鮮やかな鰤の照り焼き、食欲をそそる香りを放つ、色彩豊かな野菜がちりばめられ、見た目にも気を配ったサラダ、それから炊き立ての白米……と、大変気合の入ったものである。

 

で、これらの品々を作ったのは当麻じゃない。

 

今現在、朝にここにいるのは2人であるのだから、自ずと答えは導き出される。

 

いつも通りの時間に起きて、いつも通りの日課を終えて、リビングにきたときに、キッチンの向こうでいつもよりも早めに起きた居候の修道女が格闘していた。

 

 

「おー、すごいな、インデックス。ちゃんと一人で飯作れたじゃねーか」

 

 

「ふふん♪ 私も日々成長していくんだよ、とうま」

 

 

ドヤ顔で胸を逸らすインデックスに、ぱちぱちと拍手を送る当麻。

 

若干、カットされたサラダを見れば、大きさがバラバラで未熟な点があるが、当麻的におかずの鰤の照り焼きは良い感じな焼き具合だ。

 

インデックスが突然、『朝食は私が作るんだよ』と言いだした時は、心配で料理中に後ろからあれやこれやと目が離せず、口を出したり手を出したりしていたが、

 

元々一度見たものを忘れない『完全記憶能力』で、時々手伝いをしながら料理を教えてもらっている見本教師が『完璧主婦レベル』で、一部の調理器具の扱いは危ういが、知識面では問題ない。

 

まあ、あのインデックスが――自分で食べる専門だと宣言していたインデックスが――これだけの朝食を作り上げたということに、驚きを禁じ得ない。

 

しかしそれでも体は正直で、立ち上ってくる香りに刺激され、腹の虫は音を立てる。

 

 

「んじゃあ、いただきます」

 

 

手を合わせてから、まずは味噌汁に手をつける。

 

 

「おっ、味も中々」

 

 

「むぅ……まだまだなんだよ」

 

 

香りは上々の味噌汁だが、舌で記憶しているインデックスからすれば、味は満足とは言えないようだ。

 

それでも当麻からすれば、初日の正直微妙だったころと比べれば、本人も慣れてきたところで普通にうまいとは思う。

 

むしろこの成長率を見れば、上出来の部類だ。

 

まあ、ムラなく煮えるようにと細かな所まで気を配り、わざわざ味噌汁の具であるしじみの大きさを揃えるのは、知識だけでなく相当熟練の経験が必要で、こなすには当麻でもこの朝の時間には短い。

 

 

「しいかがここに帰ってきた時に、うわぁ! ってくらい驚かせるためにももっと頑張らないと」

 

 

だが、やる気はある。

 

この知識だけでは、うまくいかない、場数を踏んでなんぼな事柄でも、めげることはない。

 

普通に作ってくれただけでも、彼女は喜ぶだろうが、インデックスは驚かせたいのだ。

 

だから、このことは秘密にして、調理本などを読み漁ったり、隣の土御門さん家の舞夏に指導してもらったし。

 

時々失敗もあるので、少し食費はかさむが、当麻とすれば魔道書よりも調理本のほうが健全で、日常生活には役に立つだろうから、止める理由もなく応援している。

 

 

「だ、だから、とうま! それまで練習台に付き合ってほしいんだよ」

 

 

「了解。ま、無理はしない程度にな。あと火元には気をつけろよ」

 

 

「あとしいかには絶対に秘密だからね!」

 

 

「わかったわかった。当麻さんはわざわざ感動を奪う真似はしねーよ」

 

 

何となく自立精神が芽生えた娘を想う心境で味噌汁を味ってると、ふと、

 

 

「そういえば、とうま、最近、姿勢が良くなったね」

 

 

「まあ、な」

 

 

最近、姿勢に気を配っている。

 

弱肉強食の世界に生きる野生の猛獣は身体を鍛えないのは、特別なトレーニングが必要ないから。

 

性能の良い肉体(ハード)を動かすのは精神(ソフトウェア)

 

真に強きに必要なものは体ではなく、心のあり方なのだからだろう。

 

例え体力に自信があっても、常識外の怪物クラスと対等に渡り合えるはずがない。

 

だから、最近は、感覚と動作を徹底的に研ぎ澄ますことに重点を置いている。

 

何気なく行われている呼吸や歩行、日常生活における立ち振る舞いの全てに気を配る―――華奢な少女の身で、大の男達を圧倒した彼女がやっていること。

 

最初はどうしても意識してしまいぎこちなかったが、インデックスに言われるまで気づかなかったところから、どうやら少しずつ無意識に行えるようになっているのか。

 

だが、これを己の内だけでなく、外にまで、自然に自然へ気を配れるまでにならないと彼女には追いつけない。

 

これは彼女の師でもある寮の管理人から言われており、『守破離』の思想―――

 

反復練習のもと、教わった既存の型を『守る』段階。

 

思考錯誤のもと、己の適した形へ型を『破る』段階。

 

そして、己と技をよく理解し、型から形無しの天衣無縫へ至る『離れる』段階。

 

天才とは、すぐに己のやり方、所謂、物事のコツを掴み易い人のことであり、彼女はもう『離』の段階へ辿り着いている。

 

で、今のインデックスは記憶の中の彼女を手本にしながら調理の経験値を高めている『守』の段階で、ようやく己のやり方を掴んで自然体に動けるようになった当麻はまだようやく『守』から『破』に移って伸び悩んでいる状態だ。

 

と、姿勢に気をつかいながら、食事をし、ニュースを見て、十数分後。

 

 

「ごちそーさん」

 

 

「おそまつさまなんだよ」

 

 

食べ終わり、インデックスが空になった皿を見つめて満面の笑みを浮かべた。

 

その顔を見られただけでも、多少の材料費と練習相手に付き合う甲斐はあっただろう。

 

 

「さてと、じゃあ洗い物は当麻さんがやりますか」

 

 

「あ、それも、私がやるから良いんだよっ!」

 

 

止める間もなく、空になった食器をお盆に載せて、キッチンへと運んでいった。

 

 

「とうまは、早く学校に行くと良いかも」

 

 

再び修道服の上にエプロンを着用し、袖をまくったインデックスはご機嫌な感じで……ただちょっと食器を洗う手つきは危ういが、まあ、怪我さえしなければ皿の一枚や二枚は別にかまわないか。

 

大量投入した洗剤が、皿が埋まるくらいシンクでモコモコの泡で満たされてるのを尻目に『割れものには気をつけろよー』と告げて、当麻は部屋を出て、空を見上げると―――

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

―――雪が、降った。

 

 

 

冬間近とはいえ、まだ秋で、例年より早めの初雪。

 

一夜にして融ける儚い白雪は、どこか悲痛な感覚を抱かせる。

 

私は。足を止めた。

 

身体中に鉛でも突っ込まれたかのようで。指一本どころか。瞬きするのも躊躇う。

 

その光景は。きっと身体ではなくて。私の精神を釘付けにした。

 

とても。とても。あの時の白い灰の吹雪と似ていたから。

 

 

 

―――忘れることはできない。

 

 

 

自然と少女は胸の十字架を握る。

 

その場から動かず、動くための気力を、この十字架を離さぬことに少女は割く。

 

なのに、

 

 

「……ぉおい。……がみぃ」

 

 

その声が聞こえた途端に、少女は振り向く。

 

 

「あ」

 

 

一つの人影がこちらへ近づいてくる。

 

彼に声をかけられた。

 

それだけで。先程の震えが嘘のように。身体が軽い。

 

答えは簡単で。私――姫神秋沙は彼――上条当麻に好意を持っている。

 

挨拶を交わすだけでうれしくなるほどに。

 

ささ、と寝癖がないかチェックする――胸の十字架から手を離してしまう。

 

 

「おはよう、姫神。今日はいつもより遅いんだな」

 

 

「うん。おはよう。上条君。今日は少しだけ。寝過ごしちゃって」

 

 

なるべく自然に振る舞おうと意識し、少しだけ頬を赤らめて、肩をきゅっと硬くする。

 

 

「そっかー、今日は雪が降るくらいだからな。昨日のうちに炬燵を出しておいて正解だったな」

 

 

大きめのスポーツジャケットを冬服の上に羽織り、ゆるやかにマフラーを巻いて、ツンツンとした頭が特徴的な、がそれを含めても特別に取り立てて言い及ぶところのない平凡な容姿。

 

どこにでもいそうな、ごく普通の男子学生だ。

 

一応、この学校の運動部が敵わないほどたくましい肉体を持ち、それなりに造りの良い顔なのだが、まだ頭が半分寝ているのか、それも半減。

 

ピンと背筋を伸ばしてはいるが、眠たげに目は細められ、もしここに友人の吹寄制理がいれば『シャキッとしなさい!』なんて頬に喝を入れられそうなほど気だるげ残念な雰囲気になってる。

 

けれども、平凡なのはあくまで外見、また彼の自己評価なんだろう。

 

彼は自分では『平々凡々たる高校生』と思っているだろうが、それは枕詞に『妹と比べれば』が抜けており、クラスの中でも十分に特別で一目置かれており、私から言わせれば妹にも負けないくらいに、矛盾した表現かもしれないが、彼は常識外の普通なのだ。

 

そういえば。

 

この前、見知らぬ、おそらく<スキルアウト>の人達から、『大将』と挨拶されたり、昔はその手の界隈に『触れてはならない怒髪天』なんて震えあがらせた伝説を持っていたり。

 

そして、異性からは………妹にも負けないくらいだ。

 

 

「ああ、そういや昨日出された宿題でわからないトコがあったんだけど、あとで教えてもらってもいいか?」

 

 

あと、最近、真面目になった。

 

 

 

 

 

とある高校

 

 

 

新任の英語教師に英訳をあてられたが、上条当麻は答えあぐねることもない。

 

これはイギリス――いや、世界に向けて、将来的に特に英語、万国共通語たる英語が必要だと。

 

アプリで『英会話トレーニング』を取得し、あらゆる言語を習得している本場の英国修道女に英会話レッスンをした成果だ。

 

もちろん学校の授業にも手を抜かず、一心に至極真面目に黒板を注視すれば―――それは、新任の女教師には中々のプレッシャーになったらしく、チャイムが鳴る2分前に授業が終了し、そのあとも、直接1対1でお話を―――

 

 

『か、上条君、ダメよ。私達は教師と生徒で……』

 

 

―――とする前に慌てて逃げられてしまった。

 

うーむ……

 

この前、『斎藤先生、放課後、俺にマンツーマンの課外授業をお願いします!』と言って以来、妙に避けられている気がする。

 

 

「そりゃあ逃げるわよ。普段、不真面目だった上条がこんなにも積極的になれば……」

 

「向こうも満更じゃなさそうやし……ああ、ついに生徒だけでなく先生までもカミやんの洗礼を」

 

「本当、カミやんには何の悪意も好意もないんだけどにゃー。これが勘違いから始まるって奴だぜい」

 

「上条ちゃん! 斎藤先生が保健室に駆け込んだそうですが一体何をしたんですか!」

 

 

クラスメイトに、さらには担任までも。

 

悪いことはしてないのに非難されてるような雰囲気、普通は褒められるはずなのに。

 

当麻はめげずに正当性を認めてもらおうと姫神に証人を。

 

 

「当麻さんはあるべき学生の姿として真面目に勉学に励んでるだけなんだが……なあ、姫神」

 

 

「うん。鈍感なのはいつものことだけど。上条君は普通に授業を受けただけ。鈍感なのはいつものことだけど」

 

 

「ひ、姫神、さん? どうしてそんなに不機嫌なんでせう?」

 

 

「それは上条君が鈍感だから」

 

 

同意は得られたが、何故かものすごい無表情なクラスメイトに、当麻は何となく背筋に悪寒を覚えながら距離を取る。

 

 

「というか、そろそろこの反応にも飽きてきたんですけど当麻さんは。ったく、人が真面目に勉強してるっつうのに」

 

 

「だから、今日は雪が降ったのね」

 

 

「それは言い過ぎじゃありませんかね、吹寄さん!」

 

 

「冗談よ。でも、冗談も言いたくなるくらい突然慣れないことされてんだから仕方ないでしょ。それくらい察しなさい上条。まあ、あんたのことだから、どうせ動機はテストじゃないのは分かってるけど」

 

 

はぁ、と溜息をつく吹寄。

 

これが三日坊主ではないのは分かってる。

 

不真面目なクラスメイトが真面目になったのはそれはそれは喜ばしいことなのだが、調子が狂う。

 

そう、具体的には“あの日”のように。

 

 

『これはもしやあの伝説のスーパー上条に覚醒か!』、『あの完璧超人になってしまった一日限りの悪夢』、『待て。まだアイツは英語以外は馬鹿だ。ただ姿勢が変わっただけだ』、『しかしこのままだと本当に優等生になってしまいかねない!』、『既に女子達もこのギャップ差にきゅんときてるぞ!』、『こうなったら俺も得意な古語で個人授業を』、『馬鹿野郎。国語は爺さんだったろ』

 

 

おかげでクラス男性陣は、大恐慌の予兆に大慌てだ。

 

 

「上条。程良く真面目になりなさい。あとお願いだからお世辞は結構よ」

 

 

「何だよ、それ。っつか、何でこんなに警戒されてんですか。当麻さんは普通にやってるだけなのに……不幸だ」

 

 

がっくりとうなだれる当麻。

 

いざという時は頼りになる―――つまりそれは普段は本気を出さない彼がこうして、真剣になってるのだからクラスも混乱するだろう。

 

そして、真面目になったのは誰に訊いてもきっと同じ答えで。

 

 

「しっかし、詩歌ちゃんがいなくなったから寂しがったりしてるかと思ったけど」

 

 

「別に、アイツが元気にやってるのは朝のニュースでも見れる。それにいなくなったらダメになっちゃいましたなんて兄として情けないしな」

 

 

学園都市から旅立った『学生代表』、の上条詩歌さん。

 

彼女がいなくなったから。彼は彼女の分までこの平穏を頑張ろうとしている。

 

普段。彼の世界の中心で。一日に思考を最も費やす部分が。ぽっかり、となくなったからこうして普通に学業に専念できる。

 

と彼は言うだろうし。それがクラスの公式見解。

 

でも。私には慣れない真似をするほどに“焦ってる”ように見えた。

 

 

 

 

 

閑話

 

 

 

『………ちょっといいか? 訊きたい事があるんだが』

 

 

「後にしろご老体。今は授業中だけど」

 

 

黒板に向いている教師に気づかれぬよう小声で耳穴の小型骨伝導マイクからの通信にピシャリと言う。

 

が、相手はそれに皮肉を交えて返す。

 

 

『保健室登校のお前が真面目に学生の本分を守る奴だとは思ってなかったな』

 

 

「一応、泣く子も黙る先輩キャラだからな。こうして、後輩達の手本にならないと。そうだな。この一般的な教授法を覚えた後、放課後は英語教師に断られてとぼとぼしている後輩を家に誘って2人っきりのドキドキ家庭教師でもやろうかとも考えているんだけど」

 

 

『なるほど、そういうことか。だが、あの少年と青春するのは構わないが……正直、お前の部屋は掃除した方が良いぞ。アレを見られたら男は萎える』

 

 

「それなら、昨日のうちに掃除してあるけど、妹が」

 

 

それは……可哀そうだな。

 

片付けをしない主の城を、先に生まれ出たものの権利を振りかざして働かされたメイドに『ご愁傷様』と心の中で呟く。

 

 

『しかしな。いきなり部屋に誘うのは中々ハードルが高いと思うぞ』

 

 

「まあな。互いに共通した話の種があるとはいえ、親密度はまだだな。だが、私から話し掛けるにも結構勇気が必要だけど」

 

 

ダウト! という言霊が喉元まで上ってきたが、こらえる。

 

 

「そのきっかけ作りとして、義妹が良かったんだけど。今はここにはいないし、まあ、いたらいたで攻略が難しくなるかもしれないが、それはそれで張り合いがあって面白いしな。うむ。イギリスから連れ戻す手配をすぐにしてほしいんだけど」

 

 

『ダメだ。ダメに決まってるだろ。そんなしょうもない理由で呼び戻すな。というか、ダメという以前に無理だ。誰があの子をイギリスにまで飛ばしたんだと思ってるんだ』

 

 

「きっと私が危篤だと訊けば、すぐに帰ってくるけど」

 

 

『その後、嘘だと分かればすぐに絶交だと言われるぞ』

 

 

「……それは、嫌だな。いや、私以外の女性に『お義姉ちゃん』と呼びそうなフラグが立っているような気がしてな。それは絶対に阻止しなければ」

 

 

『何だそれは。お前の情報網は学園都市内だけでなかったのか』

 

 

「女の勘だけど」

 

 

『また当てにならんことを……』

 

 

「まあ、ぶっちゃけると寂しいんだけど」

 

 

『ぶっちゃけたな。……とにかく、学生の本分を全うするのは良いが、あとでそちらの携帯へ送るから、こちらの仕事も忘れないようにな』

 

 

はいはい、と通信が切れると同時、教師が黒板から生徒へ振り返り、

 

 

「じゃあ、この訳を、雲川さんに」

 

 

授業に参加せず、思い切り不穏な会話(愚痴)に勤しんでいたわけだが、高校程度の問題を、雲川芹亜が解けないはずがない。

 

 

 

 

 

閑話

 

 

 

スーパー前のガチャガチャに屯う集団を見て、青年は立ち止まる。

 

 

「だろ? やっぱり、カブトムシ型が最強なんだ」

 

「違うよ。クワガタ型が一番格好良いんだよ」

 

「えー。トンボ型の方が速そうだよ」

 

 

小型防犯虫キーホルダー。

 

ここ最近学園都市の小学生の間に流行りだしたというアイテム。

 

その真っ白なボディ素材は『学生代表』が持つ白いメダルのペンダントと同じだと噂が流れ、学園都市の研究所で極秘に開発されたものだとか何とか。

 

かつて夏休みでばら撒かれたマネーカードで『番号がゾロ目のものはどんな願いだって叶えられる』と都市伝説が流れたように、このキーホルダーも『持っていれば幸せになれる』と評判だ。

 

まあ、ここ最近夜道を歩くと『魔女』がでると怖がる子供達のお守りのようなものだろう。

 

ただ、あまり生産されておらず個数に限りがある。

 

何故ならそれは完全個人生産なのだから。

 

 

(ふっ、所詮はガキ共のおもちゃだが、まあ小学生も中々のセンスが―――)

 

 

「―――ねェな。こいつァ、ねェよ」

 

 

あん、と振り向けば、そこに子連れ白狼な顔見知りが。

 

 

「ねぇねぇ、流行のアイテムがほしいって、ミサカはミサカは買い物の定番のあなたにおねだりしてみたり!」

 

 

「ダメだ。あンなどこぞのメルヘン野郎が造ったようなモンなんて金出すわけがねェだろ。もっとマシなモン選べ。ほら、あっちのパンダのぬいぐるみなら買ってやる」

 

 

「おい待てよ、そこの流行遅れのロリコン野郎。テメェのその白黒にセンス0なのを自覚してるか」

 

 

チッ、と舌打ちしてから、『ほら、金やるからそこで遊んで来い』と幼女を下がらせてから、

 

 

「ガキが買いたいモンくらい買ってやれねーとは、小せぇな」

 

 

「あァン? 何か今遠吠えが聞こえたなァ―――負け犬の」

 

 

「はぁっ? 俺がテメェに負けただと! ざけんなっ! テメェが一番最初に脱落しかけてたじゃねーか! このひょろモヤシが」

 

 

「キャンキャン、キャンキャンうるせェぞ負け犬ゥ。保健所にでも引き取ってもらえェ」

 

 

「テメェこそ。ロリコン野郎は<警備員>にでも捕まってろ」

 

 

口喧嘩から喧嘩へと―――そこで唐突に割って入る大声。

 

 

「こんな往来で暴れようとは、相変わらずお前らはカルシウムが足りてねぇ。そして、根性が足りてねぇな!!」

 

 

面倒なヤツが来た、と急速にこのハイテンションにげんなりする2人。

 

こうして、第1位一方通行、第2位垣根帝督、第7位削板軍覇のLevel5大激戦はうやむやに終わった。

 

 

 

 

 

閑話

 

 

 

「でさ。今学園都市で話題の『魔女』ってのは、結局、全長3mを超え、手が6本もある学園都市が密かに造り出した兵器型改造人間だってわけよ」

 

 

「超ありえませんね。それにその話、超聞いた事があるんですが」

 

 

とある超がつくほど高級アパートの隠れ家。

 

フレンダに絹旗、麦野に滝壺と仲間達が適当にお喋りしているのをBGMに、そのベランダで、黒一点の不良が、『種から育てる植物の基本』、『現役中学生樹医の園芸初心者へのアトバイス』、『木と私の10の約束事』、『立派な花を咲かせるにはまずは土づくりから』……とわざわざ図書館から借りてきた数冊の本とにらめっこしながら、ふむふむと頷く。

 

せっせと手を動かしつつ、本へ目を走らせるのは、浜面仕上。

 

ホームセンターから購入してきた植木鉢に、同じく自腹購入した高級肥沃土を入れて、とその後も本から目を離さず、時に手を止めてなにやらぶつぶつと呟き、首を傾げては携帯で調べて……その表情はひどく真剣で、何だかひどくカッコよく見える、かもしれない。

 

そんな使いっぱしりが視界の隅でもぞもぞ動くのが気になったのか、麦野沈利もベランダに出て。

 

 

「おい、浜面。一体何やってんだ。土いじくり回して。お前はいつから趣味園芸になったんだ。っつか、もうすぐ冬だぞ」

 

 

「そりゃ、土作ってんだよ。コイツがちゃんと育つようにな」

 

 

浜面が掌にのっけて麦野に見せたのは、薄桃色の、自然界ではお目にかかれないような種。

 

そう、あの小生意気なお調子者で、クソマズい、あの少女が造った『アイテム』の欠片。

 

あの『学生代表』の………ぷちっと。

 

 

「おーい、滝壺ー。浜面が他の女のもんを後生大事に育てようとしてるぞー」

 

 

「はまづら? どういうこと?」

 

 

「うおい! ちょっと待て!? 待ってください、滝壺さん! 少しで良いから落ち着こうか! ね?」

 

 

「種まくのも計画的にしなさいよねー」

 

 

「うわぁ、浜面は超浮気者の超種馬だったんですね。超軽蔑します」

 

 

「ノーーーッ!! 俺はまだそんな経験ねーから! 全然身に覚えがねーからな!」

 

 

「結局、浜面は認知しない屑男って訳よ」

 

 

「だから、ねーっつってるだろ! これはティンクルちゃんとの純粋な友情であって、別に不純な疾しいもんは一切ねぇから! だから、滝壺、その手に持ったテーブルを下ろして!」

 

 

そうして、テーブルは下ろされた。

 

浜面の頭上に。

 

 

 

 

 

閑話

 

 

 

公園。

 

 

初春と白井さんは<風紀委員>、御坂さんは、まあ、可愛いのう。

 

そして、最近の『外』の情勢は大変だ。

 

選挙の時のように学園都市が攻められることもありえなくはない。

 

今、詩歌さんが遠いイギリスへ行っちゃっているし、もしそうなれば大変だ。

 

別に<風紀委員>になろうとか考えてる訳ではないけれど、せめて自分の身は自分で守りたい。

 

最近、この都市伝説――風の便りに敏感な耳が、『魔女』などといった物騒な話しを拾ってるし。

 

そういうわけで、あたし、佐天涙子は秘密特訓を始めることにしたのだ。

 

 

「そういえば、この前、詩歌さんが学園都市の序列七番目の人は、自分の目の前に壁を作ってそれを壊すイメージで能力を爆発させるって言ってたっけ」

 

 

よし実践、と佐天はパントマイムで壁を造るようなイメージで自分が固形化できる最大限まで空気を掴んで固めていく。

 

これを一気に爆発させて、サイコクラッシュならぬサテンクラッシュを―――プシューー、と小さい穴が開いてパンクしたタイヤの空気が抜けるような音。

 

シャボン玉と同じように大きくすれば大きくする程、維持が難しくなり、佐天の感覚でドアぐらいはあった空気の壁は呆気なくしぼんでしまった。

 

失敗。

 

やっぱりやり方は人それぞれらしい。

 

 

(うーむ、やっぱりあたしでも扱えるようなサイズにするべきかー)

 

 

そういえば、圧力は大きい面では拡散してしまい、小さい面のほうが衝突の威力は大きい。

 

だったら、より大きくするのではなく、細くまとめる。

 

パッと思い浮かんだのがバット。

 

弾丸のバレットではなく、一文字抜かしてバット。

 

安直な思い付きだが、こう言うひらめきこそのほうが、案外かっちり嵌ったりもする。

 

細長いものとして、バットをイメージし、<空風飛弾>の形を変えていき………

 

 

 

「ほう……あれはわたくしと同系統の……」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

HRが終わり、担任の小萌先生が諸連絡を告げて、学級委員たる青髪ピアスの号令で起立、礼、着席。

 

教室から生徒達が消えていく中で、当麻は教科書とノートを鞄に詰め、それから朝コンビニで購入した新聞も詰めた。

 

辞書よりも薄っぺらい紙の束。

 

だが、指に伝わるその重さは辞書よりも重く感じるような気がする。

 

きっとそれは心情的な錯覚。

 

そんなことよりも、ああ、これで今日も一段落かー……と学生の日常を思い耽ったり。

 

よくドタバタハプニングに巻き込まれたりするけど自分はこう言う平穏を好む、『新聞に載るようなこととは無縁なはずの』一般市民だ。

 

ここ最近、<スキルアウト>の人達からも『大将』などと呼ばれたりして、喧嘩を売るもしくは買うような荒事もなくなったし、小銭を落したとか買った卵が割れてたりとか小さい不幸はあるけれど、そんなもの当麻からすれば数えるのも面倒な程些細なもの。

 

不幸がないことが平和だというのなら、上条当麻は順調にその記録を更新中である。

 

だけど、もやもやとした感覚が、当麻の胸の奥から湧いてくる。

 

ぽっかりと空いた穴を埋めるものを求めるように。

 

まさか、自分はこの望んだ日常に刺激を、『不幸』を望んでいる?

 

いや、それはない。

 

何でもいいからトラブルに巻き込まれたいなどと、ヒーロー願望なんて持ち歩いていない。

 

今、自分が求めるべきなのは、今日の夕飯の食材、今晩のおかずである。

 

校舎を出て校門を通り過ぎ、学生たちの流れに乗って駅前のスーパーへと進んだ当麻は、ふと目の前に待ち構えていた人影に気づいた。

 

 

「やっと来たようね。遅かったじゃない。もう、セールは始まってるわよ」

 

 

「……御坂か」

 

 

お嬢様学校として有名な常盤台中学の制服。

 

綺麗な顔立ちをしていて品もあるが、どことなくそう簡単には懐かないような野生のネコに似た雰囲気のある。

 

短パンをはいているからか、自販機に上段蹴りをかましたりと、ときたま動きが無防備で危なっかしい。

 

その御坂美琴がここ最近、当麻の放課後の用事に付き合うようになった。

 

何でも、

 

 

『今のアンタから目を離したら勝手に突っ走っちゃう気がするのよ』

 

 

彼女は当麻と歩調を合わせて歩き、当麻が立ち止まれば、彼女も足を止める。

 

前のように喧嘩を吹っかけてくるようなわけではなく、見張りのようなものだと。

 

ついでに買いものや色々と手伝ってくれている話。

 

美琴も当麻と同じで暇なのだろう。

 

まあ、記憶喪失の件とか知られてしまっている彼女は、当麻にとっても気兼ねなく付き合える相手で、何となくこう言うのが青春なのだろうかと思ったりもする。

 

 

「アンタの頭のこともそうだけど、詩歌さんも色々と隠してたし、兄妹揃って秘密が多いわね」

 

 

「ま、隠しごとするのは、隠しごとするだけの理由があるんだろ。言わぬが花っていうしな」

 

 

また、美琴にとっても自分と同じ隠しごとされていた相手として、そして『実験』の関係者として気兼ねなく付き合える。

 

彼女にとって、『実験』で自身のクローンである<妹達>をおよそ1万も殺した第1位と、『実験』から救ってくれた姉が、昔の友人だったのは、あまり受け入れ難いものなのだろう。

 

同じ『加害者』側だとしても、彼が<妹達>へ命懸けで贖罪しようとしているのは知っていても。

 

妹を殺し、姉を殺そうとした、一度は殺してやると憎んだ相手をそう簡単に許せない。

 

殺されかけた相手とも手がつなげる詩歌のようにはいかない。

 

まだ整理している段階で、ずっと拒絶するとまではいかないが、時間が必要だ。

 

まあ、そのためには愚痴が言い合える相手は都合がいいのだ。

 

そして、愚痴愚痴と他愛の話をしながら買い物を済ませ、スーパーを出た当麻は隣にいる美琴が何かをじっと見ている事に気付いた。

 

視線を追ってみると、その先に会ったのは移動車型のアイスクリーム販売店。

 

雑誌に取り上げられたこともあるとかで、わりと繁盛していて、美味いと評判。

 

当麻も、こうして買い物帰りに何度か食べたことがある。

 

2人で。

 

今も数人の小学生達がアイスクリームを買い、近くの公園で食べていた。

 

美琴は、何かを思い出すようにその様子を眺めていたが、当麻の視線に気づいて慌てて弁解する。

 

 

「食べたいのか?」

 

 

「た、ただちょっと懐かしいなって思っただけで、他意はないわよ」

 

 

「そうか。ちょうど俺も懐かしくてな。奢るから付き合ってくれないか。寒い時に冷たいものを食べるのもまた一興だろ」

 

 

「……何だか面倒見が良くなったわね」

 

 

当麻は店車にいき、おじさんに頼んでアイスクリームを2つ使う。

 

1つを美琴に差し出すと、仕方ないわね、とでも言うように鼻を鳴らすと手を伸ばして、アイスクリームを受け取る。

 

甘いものを食べる姿は、年相応の女の子と同じだった。

 

小さい舌で美味しそうに舐めながら、美琴は頬を緩ませる。

 

 

「おっと言い忘れてたわね。ありがと、アイスクリーム買ってくれて」

 

 

「……そいつはどうも」

 

 

そうして、学生寮へと帰り………

 

 

 

 

 

「はぁいお帰りなさいアナタ♪ お風呂にする? 食事にする? それとも、ワ・タ・シ♡」

 

 

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

―――何かとてつもなくありえないものを見た。

 

 

 

………いかんいかん、どうやら知らぬ間にだいぶ疲れが溜まっていたらしいな

 

目の前の幻想を打ち払うべく頭を軽く振るが、現実は変わらず。

 

甘い香りのする蜂蜜色の蠱惑的な長髪に、フリルたくさんの装飾過多なエプロンに隠れた抜群のプロポーション。

 

そんな彼女が新婚ほやほやな台詞と共に、『武器』を強調するように決めポーズ☆

 

この上条当麻。

 

色々と、あれやこれと、それに日ごろからボケにツッコミと、このようなイベントには慣れておりますが、男子高校生であることには変わりなく。

 

居候の修道女かと思ったらの不意打ちもあってちょっと目を奪われても仕方ないんです!

 

 

「さぁ入って入ってぇ、アナタ♡ ちっ――泥棒猫(ネコ)が入って来ないうちにね☆」

 

 

そのままあれよあれよと当麻は靴を脱がされ、部屋の中に引きずり込まれ、ドアを閉め―――る前にがっちりとドアを抑える置いてけぼりの美琴さん。

 

 

「ちょろぉっと待ちなさいアンタ!」

 

 

静かな怒気を孕んだ電撃姫の目が笑っていない作り物めいた笑顔。

 

その瞳が、これは一体どういうこと? と無言のメッセージを伝えてくるが、愚兄はブンブン首を横に振る。

 

 

「あらぁ? そこにいるのは御坂さんかしらぁ♪」

 

 

「何今更気づきましたって反応してんのよ! 明らかに一度こっち見て舌打ちしたでしょうが!」

 

 

「ごめんなさーい♪ てっきりネコかと思ったから気付かなかったわぁ☆」

 

 

甘い甘い声音。

 

この新婚ごっこに身に覚えはないが、この少女は見覚えがある。

 

食蜂操祈。

 

常盤台中学で御坂美琴と『双璧』を成すLevel5の一人。

 

視線は衝突し、激しく火花が飛び散るような幻覚まで見える。

 

そんな2人の間に挟まれ、まず考えるのは『一体どちらから爆弾解体すべきか』という問題。

 

……やはり、ビリビリしてるより、ソフトの方がマシか。

 

 

「……なぁ、聞いて、もよろしいでせうか?」

 

 

「はぁい。なんでしょう、アナタ?」

 

 

「その常識外な格好はなんだっ!? その呼び方はなんのつもりだっ!?」

 

 

我慢の限界に達し、滾る戸惑いと焦りをストレートにぶちまける。

 

身体を張ったボケへのツッコミ対応はなれているが、生命の危機を感じている最中で、優しくソフトに話を聞く余裕は持ち得ない。

 

明確なる弾劾の意思でもって直ちに釈明を求めることでしか、愚兄はもう自我を保つことすらできそうになく、そして、今も玄関の外で突っ立っている電撃姫のビリッビリした重圧からは生き残るには女王様の挑発を止めるしかない。

 

さあ、頼むから聞かせてくれ。

 

このドッキリサプライズと、制服の上にフリフリなエプロンを身につけた意味を!

 

 

「うふふ~、折角のチャンスだからぁ、先輩の居ぬ間に女子力または嫁力アピール? 設定としたら不倫相手の愛人かしらぁ?」

 

 

「新婚さんじゃなかったのかよっ!? っつか、その設定で嫁力とかダメだろ! 不純があり過ぎだろ!」

 

 

「じゃあじゃあ、管理人のお姉さん? 毎日を頑張るアナタを健気に応援しちゃうゾ☆ みたいな?」

 

 

「いやいや、当麻さん的には、もう少し清楚な大和撫子ような要素がなきゃ管理人は認められませんことよ」

 

 

「でも、ムラムラはするでしょぉ?」

 

 

「ま、まあ、そうだな」

 

 

「うふふ~♡」

 

 

はにかみように、えへへと笑い、食蜂は当麻の右腕に抱き付いた。

 

いきなり無防備に素直な笑顔を見せられると、なんというか、こそばゆい感覚だ。

 

腕を易々と挟める肉感は、中学生とは思えない凶器で、オーバエイジできそうなほどで―――U15基準な電撃姫にスイッチが入るのにも十分だった。

 

 

 

「い・つ・ま・で! 人を外で待たせて、イチャイチャしてるのかしらーんっ!!」

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「まさかその白いのを操ってないでしょうね」

 

 

「しないわよぉ~♪ 詩歌先輩に嫌われるような真似はしない」

 

 

「はぁ……それだけは信用しても良いのかしら」

 

 

「? みさきって、しいかの後輩なんでしょ?」

 

 

口の周りにクリームをつけたままインデックスが言う。

 

 

「まあ、知り合いっちゃ知り合いなんだがな」

 

 

バードウェイの時もそうだったが、インデックス。

 

お前、ちょっと簡単に人を中に入れ過ぎてるぞ。

 

食蜂の言う食事――ちょっと?高級な店から直で取り寄せたパフェ。

 

口の中にふわりとした甘みが広がる。

 

濃厚なクリームとフルーツの酸味が程よりバランスで調和し、いくらでも食べられそうだ。

 

しかし、高カロリーなのは間違いなく。

 

 

「……アンタねぇ。こういうモンばっかり食って、太っても知らないわよ」

 

 

「んー♪ 大丈夫よぉ、私はホラ」

 

 

と、視線を下に落とす食蜂。

 

そこには、たわわに実った神秘の果実。

 

多くの男性はもちろん、女性であっても憧れと嫉妬の混じった感情を抱かずにはいられない母性の象徴が。

 

 

「栄養ためておける袋の容量力が大きいからぁ☆」

 

 

火花が散る音が、愚兄の背後に回った直後100分の1秒程の差を置いて、リビングに響き渡った。

 

 

「み、御坂、落ち着け」

 

 

きゃーこわーい♪ と悲鳴を上げる食蜂の盾になった当麻は右手を前にし、引きつった笑顔を浮かべる。

 

 

「ええ、便利な袋ね。でも、それは贅肉。所詮は贅肉よ。無駄な肉を電気マッサージで燃やしてあげましょうか」

 

 

「御坂、世の中には無駄なものなんてなくてな。それにまだ成長期なんだし、人の好みは人それぞれだ……」

 

 

むぎゅ、と。

 

 

「でもぉ~、アナタは小さいものより大きなものの方がいいでしょ♪」

 

 

「まあ、そりゃあ当麻さんは――――っ!?」

 

 

嗚呼、不幸。

 

一瞬の間の後、当麻は壊れかけたからくり人形のように、美琴、それからインデックスの方を向いた。

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

俯いて震えるその身体から、オーラと言うか瘴気と言うか、何か剣呑なものが立ち上っている気がする。

 

たぶん気のせいじゃない。

 

 

「えーと、当麻さんは……」

 

 

「……………」

 

 

無言が、怖い。

 

どうにかここは取り繕わなくてはならず、発言の選択次第では、大変な目に遭う。

 

そりゃあ、ド偉い目に遭う。

 

普段の経験から、当麻はそう判断した。

 

だが何といえばいいんだ。

 

何を言うのがこのピンチを切り抜けられるに相応しいのか? と。

 

 

「食蜂、もういいだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

「はい?」

 

 

少女は面を喰らったように、ぱちぱちと瞬きした。

 

綺麗な睫毛が揺れて、何だか驚いた猫みたいだ。

 

対し、当麻はフッと笑って、取り繕う。

 

 

 

「で、本当の用件は?」

 

 

 

そう尋ねた時、空気が凍りつく音が聞こえた。

 

少女の周囲ではなく、その裡に秘められた氷山の一角が、晒されてしまった―――というように。

 

 

「……………」

 

 

今度は当麻が何も言わない。

 

ただ待つ。

 

こうやって一人では面倒な事情を抱え込んでいる相手が、その事情を打ち明けるために考える必要があるのを愚兄は良く知っている。

 

そして、時には仮面(フェイク)を脱ぐのにきっかけが必要な場合も。

 

だから、一言だけ水を向ける。

 

 

「巻き込んでも構わないぞ」

 

 

「……ボソッ(ちょっと本気のアピール力だったんだけど、ここで切り返されるとスルー力が半端ないわねぇ)。まあ、そういう読めないところがよく似てるわぁ。だから、こうしておかしなことに巻き込まれやすいのかしらぁ?」

 

 

一瞬の硬直のあと、食蜂は落ち込んだり、はにかんだり、溜息をつくなど、珍しく笑顔以外の喜哀楽な複雑な表情を見せた後、瞳の星が雲に隠れて暗くなったように、不快な冷めた怒を声音に籠めて、

 

 

「最近、『魔女』とかいうちょっと面白い噂が流れているようだから収集力を使って情報を集めてみたんだけど―――」

 

 

当麻、美琴、インデックスの前で、銃に言弾を籠めるような間を置いて、食蜂は告げる。

 

 

 

 

 

「―――その『魔女』って、詩歌先輩によく似ているらしいのよね」

 

 

 

 

 

それはまさしく、愚兄の精神防壁を貫き、心理急所を撃つ、魔弾に等しい一撃だった。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「何をしてるんだろう。私」

 

 

もうすぐ夕闇の住宅街を歩きながら、姫神はそんな独り言をぼやく。

 

人気の少ない街並みの中、彼の部屋を目指して足を運んでいたのに、今は逆に離れていってるのが、自分でも理解できなかった。

 

『そんなに気になるんだったらアイツのトコに行けばいいじゃない』と吹寄に背中を押され、上条当麻の寮へと向かい、そこで見知った常盤台の生徒と並んで帰る彼の姿を見て、『ああ。気づいてるの。自分だけじゃないんだ』と今更な認識を改めて、そのままトンボ帰りに踵を返した。

 

別に会っても何の問題もないけど、引き返してしまった。

 

もう一度背を向けてしまったからには、帰るしかない。

 

うん。

 

彼とはまた明日、学校で会えるのだから。

 

また降り始めた冷たい淡雪に肩を狭めて歩く。

 

ほどなくして住宅街を抜け、近道の公園を横切る。

 

寒くて人はあまり外出してないのか、とても静かだ。

 

こんなところで誰かに襲われたらどうなるだろう、と冗談半分に思ってみたら、それは段々と心の中に浸透してきた。

 

自分でも切り離したい妄想は、気持ちとは裏腹により鮮明にイメージを強めていく。

 

幼いころは、幽霊が怖く、枯れ尾花の例えでただの物影を妖怪だと勘違いしたこともある。

 

だけど、今は、幽霊が怖い。

 

自分に襲い掛かって、自分に殺されてしまうのが。

 

 

この雪のような灰が舞い散る――――

 

 

それを思い出そうとした時、前方に何かが見えた。

 

 

「―――」

 

 

ぴたりと足が止まった。

 

少女の意思ではない。

 

なぜならば、この時。

 

姫神秋沙の意識は、とうになくなってしまっていた。

 

数m先に、黒い人影が立っていた。

 

その眼差しが、姫神を見据える。

 

その、恐ろしいまでの閉塞感。

 

ここら一帯が真空になったのではないか、と錯覚するほどの束縛。

 

しかし、それでも、恐る恐る、どうにか声帯を震わせて、一つだけ問うた。

 

『あなたは。もしかして―――』と。

 

黒い人影は眉一つ動かさずに答える。

 

 

 

「<吸血鬼>―――あの村の唯一の生き残り」

 

 

 

言葉は神託のように、重く姫神の頭に響き渡った。

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

特設会場

 

 

 

「Level5序列第0位学園都市統括学生代表をもっと知りたいー! ―――上条詩歌のクイズセブンー!」

 

 

ワードンドンパフパフー! と盛り上がる会場。

 

そのステージ上で司会を務めるのは赤髪の遊び人お嬢様な鬼塚陽菜。

 

 

「……いや、いきなり呼び出して何の用だ鬼塚」

 

「わけが分かんないんだよ」

 

「詩歌お姉様がどうかしたのってミサカはミサカは司会の人にわーわーと合の手を入れながら訊いてみる」

 

「何で俺まで……というか、この『H・S』って何だよ!」

 

 

司会が手のひらで示した先のテーブルに着席するのは、上条当麻、インデックス、打ち止め、浜面仕上の4人。

 

彼らの頭にはシルクハット型のそれぞれ色違いのカラフルな帽子がかぶせられ、目の前には厚紙の束が積まれ、黒の油性ペンが置かれてる。

 

お祭り大好きでノリノリな司会が、ケラケラしながらマイクへ顔を近づけた。

 

 

「説明しよう! このクイズセブンは詩歌っちに今からこの街代表の方達が一人ずつ質問をするので、その答えを私達で答えるというクイズです!」

 

 

「代表って―――まさかLevel5か!? そんな奴らを集めたのか!?」

 

 

「……クイズにしいかが答えて、その答えが何かを私達が考えるクイズって事? こういうのテレビで見たことがあるかも」

 

 

「うーん、ややこしいかも、ってミサカはミサカは頭使う苦手ーって頭抱えてみるけど、何だか面白そうかもってミサカはミサカは張り切って優勝を目指してみる」

 

 

「だから、何で俺が……っつか、まさか麦野まで参加してんのか!?」

 

 

解答者の都合を全く考えずに司会はとっとと進行。

 

 

「はいはい。皆さんのご想像通り、クイズ、というより質問なんだけどさ」

 

 

「その詩歌はどこに居るんだ?」

 

 

「それは、この大画面モニターをご覧あれ。―――ほい、ポチっとな」

 

 

パッとステージ上の大画面が切り替わり、椅子にちょこんと座る上条詩歌の映像が映し出される。

 

 

「あ、モニターにしいかが映ってる!」

 

 

「詩歌お姉様ー!」

 

 

「この大画面モニターで詩歌っちとは中継が繋がっております、はい。でも、詩歌っちにはこっちの声は聞こえないけどねぇ……―――で、主催は統括理事会でございます」

 

 

「大画面モニターだけでなく、回答者用の解答パネルとモニターまであるとはどんだけイベントに力を入れてんだよ、学園都市……しかも、正解ポイントなマスコットがティンクルちゃんだし」

 

 

「あのー、これって参加しないとダメでせう? 当麻さんの不幸センサーがイヤな反応を見せてるんですが」

 

 

何だか段々とノリノリになってくる少女幼女はとにかく、直感的にイヤな予感を感じ取った愚兄と適当に連れてこられた街人H.Sら男性陣は面倒事は避けたい模様。

 

そんな当麻を見て、司会はマイクを手に、にやり、と。

 

 

「おやぁ、逃げるのかい当麻っち?」

 

 

「な、何だよ、鬼塚。挑発したって当麻さんは絶対乗りませんよー」

 

 

「このクイズセブンは、詩歌っちの事をどれだけ知っているか―――すなわち詩歌っちへの理解力が試されるクイズ」

 

 

「!!!」

 

 

電流が走り抜けるように、その言葉に反応する愚兄。

 

それを見て司会はますますにやにやと。

 

 

「な の に♪ 当麻っちは逃げるのかなー? お兄ちゃんなら全問正解は無理でも優勝くらいはできるよねー」

 

 

「ふざけんな鬼塚。当麻さんに詩歌の事で分からねぇ事なんてないもんね! 全問正解してやりますよ!」

 

 

(よし、ちょろい)

 

 

そして、こうなると必然的に3対1になっているので。

 

 

(観客席から滝壺の視線が怖いが、盛り上がってんのに、ここで俺だけが水差すのもアレだし、仕方ねーか……)

 

 

そうして、『クイズセブン』スタート!

 

 

「ちなみに優勝賞品は、詩歌っちにお願いできる『自由お願い券』でーす」

 

 

何だと!? と愚兄が抗議に付き合うと面倒なので無視してサクサク進行。

 

 

「じゃあ、そろそろ第一問! まずはこの方からどーぞ!」

 

 

大画面の端から現れたのは―――根性漢!?

 

 

 

 

 

 

 

1番手根性漢。

 

 

『うむ! 今日はよろしくな!』

 

 

『ふふふ、よろしくです』

 

 

『先日の手巻きはおいしかった。あのおかげで俺はまたひとつ根性を高みに昇らせられた。また機会があれば作ってくれると嬉しい』

 

 

『はい、わかりました軍覇さん』

 

 

『そこで問題だ! 詩歌さん! 好きな食べ物は何だ!』

 

 

 

 

 

 

 

「これは第7位の……―――って、まさか今詩歌は野郎と密室で2人っきりなのか!?」

 

 

「本当にテレビでやってたのと同じ質問かも。だから、このパネルに書けば……? 使い方が良くわかんないんだよ」

 

 

「うーん、うーん、いつも詩歌お姉様に作ってもらってたから良くわからない、こうなったら<妹達(ミサカ達)>の力で……」

 

 

「適当に無難な……」

 

 

「待て! 野郎が密室で二人っきりで詩歌と話すだなんて、そんな破廉恥な事が許されるとでも思ってんのか! 俺が立ち会いの下、話す内容を事前に提出してからじゃねーとお兄ちゃんは認めません!!」

 

 

「うるさい空気読みなよ愚兄」

 

 

ちくしょう! と他の解答者と一緒に、フリップへペンを走らせる当麻。

 

だが、学校のテストならとにかく、妹に関するクイズで妹検定一級の兄が負けるワケもない。

 

 

「はい、それでは答えをオープン!」

 

 

 

『家庭料理。特に和食』

 

 

『ぜんぶ!』

 

 

『ミサカ統計で、97%が家庭料理で、後の3%がミサカ!』

 

 

『おふくろの味』

 

 

 

「おお~っ、皆さん、結構―――って、食べるはそっちの意味じゃなくて、後これは解答者の願望じゃないよ。それから詩歌っちにそっちの気はありません」

 

 

 

 

 

 

 

『うーん……家庭料理で、和食が好みです。

 

 

―――でも、今食べたいのは、母さんの料理ですね。中々滅多に食べられませんけど』

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン! 浜面仕上正解

 

 

「まあ、これが定番だよな」

 

 

「待て! 今、和食の家庭料理って言っただろ!」

 

 

「正解不正解のジャッジは『へそ出しカチューシャさん』の独断と偏見に任されてるからね。こっちに言われても困るねぇ。―――はい続けて第二問」

 

 

 

 

 

 

 

2番手青髪の変態紳士。

 

 

『詩歌ちゃん、す、スリーサイズを教えてくれへん?』

 

 

 

 

 

 

 

「お い!!! さっきのはセーフだったが、これはアウトだろ!!! 今すぐその変態紳士をぶち殺す!!!」

 

 

「いやー、問題の方は出題者に任せてるからねぇ。それより時間制なんだから、つべこべ言わずに手を動かして書きなよ。もうみんな書いてるよ」

 

 

さらさらっと答えを書き終えている他の解答者を見て、当麻も答えを記入し、

 

 

 

『確か、90・55・88だったが、最近、大きくなっている気がするから、バストは91で』

 

 

『91・55・88かも。この前、買い物の時そう言ってたんだよ』

 

 

『病院にいるミサカ達が、90・55・88だって、ミサカはミサカは解答してみる』

 

 

『恥ずかしいので言えません』

 

 

 

「流石良く知ってるねぇ。浜面っちは結構当てにきてる?」

 

 

「まあ、これが定番だろ。というか、知ってたら後が怖い」

 

 

 

 

 

 

 

『ふふふ、91・55・88です。でも、伸長の方がなかなか伸びなくて』

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン! インデックス正解。そして上条当麻アウトー。

 

 

「うん。私は完全記憶能力だから、しいかの言ったことなら何でも覚えてるんだよ」

 

 

「ちょっと待て! 合ってたよな! 当麻さん合ってましたよね!? アウトって何だよ!!」

 

 

正解を書いたはずのフリップを掲げて抗議する当麻へ冷めた視線を刺し、司会は少し引いた半笑いを浮かべながら、

 

 

「いやー……妹の胸のサイズを目測であてるなんて、兄としてどうなの?」

 

 

「妹の健康管理するために兄として当たり前の必須スキルだろ? 他にも身長・体重チェックや睡眠時間の演算は日課だぞ」

 

 

「うん、アウトアウト。はい、お次の第三問!」

 

 

 

 

 

 

 

3番手女王様。

 

 

『いぇい♪ 詩歌先輩の後輩で将来的に義妹(かぞく)になるかもしれない、食蜂操祈よ、よろしくねぇ☆』

 

 

『ふふふ、元気が良いですね、操祈後輩……』

 

 

『おっと、これ以上刺激すると詩歌先輩の腹黒力が危険なので問題に移りまーす♪ 詩歌先輩が嫌いな人って誰ですかぁー?』

 

 

 

 

 

 

 

『鬼塚』

 

 

『いないんだよ』

 

 

『ミサカ9982号(byミサカ10032号)かミサカ10032号(byミサカ9982号)』

 

 

『特にいない』

 

 

……4枚並んだフリップを一瞥するなり、陽菜がまじまじと当麻を見やる。

 

 

「うん、流石食蜂っち。普通なら言えないことをズバズバ言ってくるねぇ。後、当麻っち、喧嘩売ってる? 私と詩歌っちは親友の親友、鬼ダチだよ?」

 

 

「そろそろ兄として妹に悪影響を与えかねん交友関係は洗い出すべきじゃねーかと思ってな」

 

 

フリップの解答を掲げつつ、陽菜のジト目に声を荒げる愚兄。

 

場外乱闘が始まるか、とそのまえに解答。

 

 

 

 

 

 

 

『うーん……いません』

 

 

『えぇー、本当の事言っちゃってくださいよぉ~♪ ほら、例えば、オバサンとか』

 

 

『ああ、嫌いじゃないですけど苦手ですね、あのニート軍師は』

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン! インデックス・浜面仕上正解。

 

 

「えー、今の解答に対する解説として『イヤよイヤよも好きのうちと言う俗言があってね。素直になれないツンデレな彼女のことだ。ああ言ってるが、お姉さん属性の私には将来的に義姉と呼ばれることになるだろうけど。あと、どこぞの第5位が答えを誘導している可能性もなきにしもあらずだ。つまり、決して嫌われていない、むしろ好かれているし、義姉妹としても良好な関係が築けるだろう。そこのところを勘違いはしないでほしいけど』……って明らかに個人的にあてられた文面ですが、彼女がジャッジマスター。白と言えば黒も白になる。そういうわけで、納得してください。後、当麻っち残念でした! ―――で、お次はちょっと危険な第四問!」

 

 

 

 

 

 

 

4番手女帝。

 

 

『上条詩歌、今まで戦ってきた中で一番強かったのは誰だ』

 

 

 

 

 

 

 

「うぉ!? マジで麦野が出てやがる!? しかもすっげぇイラついてるし! クイズよりもバトルになるぞ!?」

 

 

「えー、これは選ばれた方達は(任務でも何でも)強制参加となるそうです。あと『浜面、サービスだ。正解にさせてやるから、解答を間違ったらお仕置き』だそうです」

 

 

「それって誰の望む回答……ああ、言わなくても分かってるけど。出題者が解答者に脅しをかけるってアリなのか」

 

 

 

『寮の管理人。詩歌の師匠』

 

 

『たぶん、とうま』

 

 

『あの人』

 

 

『麦野』

 

 

 

 

 

 

 

『当麻さんです。今まで色んな方とお相手しましたが、<幻想投影>が通じない相性的にも一番やり辛い相手です。そして、お兄ちゃんは私にとって最強ですから」

 

 

『なるほどねぇ、所詮は身内贔屓かよ』

 

 

『ふふふ、麦野さんも強かったです。まあ、最後は作戦通りに決まりましたけど』

 

 

『よし、カメラを止めろ。ちょっとこの小娘をぶち殺――――』

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン! インデックス正解。

 

 

「……すまん、大将」

 

 

「今の最後、それに何かどこからすごい音が聞こえるんだが、大丈夫なんだよな。これってホントは超能力者七人抜きの『バトルセブン』じゃねーよな!」

 

 

「あははー、大丈夫だって。私的にはそっちの展開の方が面白そうなんだけど、詩歌っちも麦野さんも遊んでるだけさね。ま、いざとなったら他の奴らが止めるだろうし、無問題! それよりも当麻っちが正解数0のビリ争いしてる方がやばいんでない? 浜面っちでも2問当ててるよ?」

 

 

「あー、何となくだが、もう一度すまん、大将」

 

 

「い、いや、まだここから逆転する予定でせうよ!」

 

 

「むむー! それを言われたらミサカもだけどー! でも、今度はきっとお姉様だからミサカにも解ける!」

 

 

「もう残り三問で私が三問正解だから優勝は無理なんだよ、とうま」

 

 

「インデックス、こういうのは最終問題で10ポイント一気にもらえるのが定番なんだぞ」

 

 

「はいはいそういうお約束事はないから。とにかく1問くらいは当てときなよー。じゃなきゃあとで怖いよ、きっと。―――はい、お次の第五問!」

 

 

 

 

 

 

 

5番手電撃姫。

 

 

『ふぅ、どうにか麦野さんを抑えられました。ありがとうございます、美琴さん』

 

 

『いえ、まさか本気でぶっ放してくるとは思ってませんでしたけど……』

 

 

『まあ、これも、どこぞの先輩軍師に、『もう一度説得するチャンスをあげるけど』とか言われましたがこの前の件で迷惑をかけた分の道楽なんでしょうが』

 

 

『ははは……それじゃあ、質問しますね。詩歌さんの尊敬する人は?』

 

 

 

 

 

 

 

……これは難しい。

 

ビリビリのやつ、何て質問を……!

 

ここにきて0問、全問不正解でビリと言う兄的には大変不名誉な事態になりかねいないこの重圧の中で、当麻が思い浮かんだ解答は3つ。

 

カエル顔の医者か、寮の管理人か、母さん。

 

父の刀夜は反面教師みたいなものだからないとして、この3つのうちどれか。

 

イヤ、待て。

 

これは問題文だけでなく出題者も見て考えるのが定石。

 

今の出題者は御坂美琴=ゲコラー。

 

だとするなら、連想的に詩歌は美琴を見ればリアルゲコ太――つまり!

 

 

 

『病院で毎回世話になってるカエル顔の医者』

 

 

『たぶん、これもとうま』

 

 

『ミサカ達は詩歌お姉様を尊敬してるよ』

 

 

『両親』

 

 

 

 

 

 

 

『当麻さん、ですね』

 

 

『ええっ!? って驚きたいところですけど、まあ、そんな気がしてました』

 

『ふふふ、やっぱり、一番面倒を見てもらっているのは兄ですから、世界で一番に尊敬してます。普段は頼りありませんけど、いざという時は本当に格好良いですし―――ね、美琴さん』

 

 

『ぶふっ!? 何でそこで私に振るんですか!』

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン! インデックス正解。

 

 

「うん……私もそんな気がしてたかも。で、とうま?」

 

 

「ま、まあまあ、そこでまさか当麻さんの名前が出るとは思ってなかったというか、イヤ、嬉しくない訳じゃないんだけどな。すっげぇ嬉しいけどな!」

 

 

「はぁ、当麻っちにはこのサービス問題は正解してほしかったんだけどねぇ……いや、マジで。あとで当麻っちの解答を見た時、詩歌っちはがっくりと来るね、間違いない」

 

 

「こうやって、詩歌から全力で信頼されてるのは伝わってくるけど、それでも、ここで自信満々に自分の名前を書くのは恥ずかしいというか、ね?」

 

 

「ま、とにかくビリでも良いから一問くらい正解しときなよ。じゃなきゃ、放送事故が起きる―――ってなわけで、第六問!」

 

 

 

 

 

 

 

6番手ホスト風の青年。

 

 

『よう、『学生代表』、それとも、第0位と呼ぶべきか』

 

 

『うーん、詩歌って名前で呼んでほしいです、垣根さん』

 

 

『そうか……だったら、俺のことも第1位のように“ていとくn”――名前で呼べ』

 

 

『ふふふ、帝督さん♪ で良いですか?』

 

 

『ああ、それでいい。それで前の一件で詩歌には助けられた。その世話になった礼で、服を作ってやろうかと思うんだが。その参考に、詩歌、気に入っている服装(コスチューム)は何だ?』

 

 

 

 

 

 

 

「ストップ! ストップだ! 何でああいう危険なヤツと二人っきりにさせてんだ!! しかも服の話だなんて!! 野郎が女の子に服を贈る時は脱がすの前提だって、前に雑誌で見たことがあるぞ!!」

 

 

「あー、ホント、当麻っちはうるさいなぁ。大丈夫大丈夫、常盤台(ウチ)の告白回数第1位の撃墜王な詩歌っちのガードは鉄壁だって。それより、そんなに過保護に反応してるといつか詩歌っちにウザがられるよ」

 

 

「嫌われてもお兄ちゃん的に言い寄ってくる野郎共の警戒を怠るわけにはいかねーんだよ! くっ、詩歌は隙があるようでないようであるようなやつだから、何かのはずみで押し切られるかもしれないだぞ! しかも、あんな道を歩くだけで女の子を引っ掛けてきそうなモテそうなやつに……」

 

 

「それ、とうまにだけは言われたくないんだよ」

 

 

「うん、ミサカもお姉様も同じ意見ってミサカもミサカもそれに同意してみる」

 

 

「まあ、大将がかなりのシス――心配性なのは分かったが……弁護できない」

 

 

呆れてるのか、女性陣の声には残念なものを見ているような響きが混じっている。

 

くそっ! 今すぐあの大画面の向こうに飛び込んで邪魔してやりたいが。誰も味方がいない!

 

一秒でも早くこの二人っきりの時間をイマジンブレイクするためにも、ここは早く解答を記入して、進行を進めるしかないのか!

 

 

 

『家庭的なもの。エプロンに箒をもつ学生寮の管理人さんみたいな』

 

 

『超機動少女カナミン』

 

 

『カナミン!』

 

 

『バニー』

 

 

 

 

 

 

 

『うーん……じゃあ、この前着た当麻さんが好きな赤のバニーさんで』

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン! 浜面仕上正解。

 

 

「あー……適当に書いたのに正解。―――ひぃ!? 滝壺さんがものすっごく睨んできてる!?」

 

 

「おー、これで浜面っちが3問正解の2位で、インデックスっちが4問正解の1位で、打ち止めちゃんと当麻っちが6問不正解で同率ビリ」

 

 

「うぇ~、こうなるはずじゃなかったのに~! こうなったらミサカはミサカは最後の手段を使ってみる!」

 

 

マズい。

 

テストで得意科目で0点を取るよりもマズい。

 

宣言通り最終問題にボーナスはなく、もう優勝は無理だが、この詩歌への理解力が試されるクイズでビリ争いの状況はマズい。

 

打ち止めには悪いが、ここは何としてでもビリになる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

7番手白い少年。

 

 

「―――ごがっ。どうかお姉、お前様の――ぐひっ――好みのタイプを教えてくださいです?」

 

 

『……えっと、あー君、もしかしなくても』

 

 

『決まってンだろォ!! 俺がお前―――様のこと好きだからですゥッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………」

 

 

マズい。

 

さっきより遥かに追い詰められたマズい状態を見たような気がする。

 

 

「何か混乱しちゃってるようだねぇ。まあ、そこで顔を青ざめて絶句している当麻っちも負けず劣らず混乱してるようだけど」

 

 

このマズさは周囲の目にも分かるほど明らかで、この絶好のイジり時に陽菜がからかわないくらい。

 

そんな中で無言の反応のまま当麻は荒々しく殴りつけるようにフリップに自分の解答を書くと二重の意味で祈るように手を合わせて、バンッ! と額を打ち付けてテーブルにうつ伏せ。

 

 

 

『いない(画面いっぱいの太字で)』

 

 

『小さくて可愛い子』

 

 

『ミサカ!』

 

 

『頼りがいのある   お兄さんのような人(下に付け加えるように)』

 

 

 

 

 

 

 

『……少し失礼。ちょっと触らせてもらいます。明らかに<妹達>の思考感情が逆流してますね。打ち止めさん、早く解いてください。じゃないと、あとで庇いませんよ』

 

 

『―――ぐっ!? ふぅ……あのクソガキ。あとで覚えておけ』

 

 

『まあまあ、あとで詩歌さんもきつく言っておきますので、可愛い悪戯だと思って』

 

 

『ざけンじゃねェ! 俺がお前に……―――勘違いすンじゃねェぞォ。これは、アイツらに言わされたモンで、俺が訊きたい事じゃねェからなァ!!』

 

 

『はいはい、分かってます。まあ、別に私達は友達ですし、別に好みのタイプを訊くくらい普通ですよ』

 

 

『ちっ、クソッたれ……お前はアイツらに甘過ぎるだろォが』

 

 

『ふふふ、そうですね。はい、詩歌さんの好みのタイプは小さくて可愛い子です! 特に打ち止めちゃんは、美琴さんの幼いころと瓜二つなのでとっても可愛いです!!』

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン! インデックス・打ち止め正解。

 

 

「では、結果発表~。

 

1位:インデックス・5ポイント。

 

2位:浜面仕上・3ポイント。

 

3位:打ち止め・1ポイント。

 

4位:上条当麻・0ポイント。

 

優勝はインd―――「よぉぉぉしっっっ!!!」」

 

 

優勝者を高々と名乗り上げようとした時に、遮るように席を立ち上がりガッツポーズを決める当麻。

 

完全に場に水を差したわけだが、そんなことも気にならないくらいに優勝した以上に歓喜のポーズを決めている。

 

当麻は、大画面を見ながら、

 

 

「あいつ、実は苦労人だったんだな」

 

 

素直に同情して、他人事のように呟いた。

 

その途端、

 

 

「とうま……」

 

 

インデックスが当麻を見上げて、溜息をつく。

 

そして、邪魔された司会の陽菜もまたがっくりと肩を落として、

 

 

「詩歌っちに彼氏ができなくて嬉しいのは分かるけど、全問不正解のビリだし、流石にちょっと空気を読みなよ。当麻っち、本当に残兄(ざんにい)だよ」

 

 

まあ、実際その通りなんだが、と当麻は内心で認めるが、少し嬉しいこともある。

 

そう、

 

 

―――詩歌がちゃんとやれているようで良かった。

 

 

実際にLevel5らとのやり取りを、ちゃんと手をつなげたかを確かめられたことが。

 

これにて、『へそ出しカチューシャ』企画の『クイズセブン』――及び、『学生代表』への“保護者参観”は終わり。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『ふふふ、やっぱりインデックスさんが優勝ですか』

 

 

『? しいか、私が来るって分かってたの? とうまもいたのに』

 

 

『ふふふ、インデックスさんは当麻さんのことをまだまだ甘く見過ぎです。当麻さんはこの手のイベントでは大抵最下位です。打ち止めさんがあー君に干渉するなど裏技を使った時点で、彼女が下の順位だとは予想できましたし、浜面さんが不確定要素ですが、ここまでくれば、あとは消去法です。当麻さんが4位、打ち止めさんが3位、浜面さんが2位で、インデックスさんが1位――と、言ったところですかね』

 

 

『うんその通りだよ。しいかはやっぱり頭が良いんだね』

 

 

『それに運も良いですよ。記憶した情報を速やかに整理して事実と照合し結論を導き出すのは、一人でもできますが、そういうのは大抵実現できず机上の空論に終わってしまう。それが実現できてるのだから、私は一人ではなく皆がついててくれることの証明です。これが幸運でなくてなんというんですか?』

 

 

『そうだね。でも、しいかは頑張りものだから私は心配なんだよ』

 

 

『ふふふ、それでもそれが報われるのなら幸せ者です。では、インデックスさん、この『自由お願い券(フリーチケット)』をどうします?』

 

 

『預かっておくんだよ。しいかがここに戻ってきた時に改めて考える、それまではお守りとして持ってるから』

 

 

『……そうですか。じゃあ、いきましょうか。ちょっと高めのバイキングの予約しておきましたから、今日はそこで食事にしましょう』

 

 

『本当に! バイキングって好きなものを好きなだけ食べられる奴だよね!』

 

 

『ええ、優勝者はちゃんとお祝いしないと。ま、最下位の当麻さんには、罰ゲームで、荷物運びでもさせましょうか?』

 

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。