とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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天塔奇蹟編 天上の塔の奇蹟

天塔奇蹟編 天上の塔の奇蹟

 

 

 

???

 

 

 

原初の海に似た場所で、たゆたう。

 

羊水に浮かぶ赤子のように背中を丸めて、意識と無意識の狭間に漂う。

 

ここまで届く、その胎教のような残響に意思を傾けながら。

 

海底に生まれた気泡のように、自我が浮上していく感覚がある。

 

そして、極光の燎原に包まれて―――

 

 

 

 

 

エンデュミオン 地上

 

 

 

『ステイル。そっちの準備はどうかにゃー?』

 

 

「問題ない。君の指示通りに南の『人柱』に立ってるよ」

 

 

煙草を生えるステイル=マグヌスの足元に広がるマットは『赤の陣』。

 

東洋の四大元素――四神相応・五行思想を基盤とする陰陽道。

 

この電話相手は、どこぞの愚兄のように難のある性格(シスコン)で能力者であるが故の拒絶反応に欠陥があるが、その土地の善し悪しを見抜き、地脈龍脈を調整する風水の最高位の陰陽博士だ。

 

建物構造さえ見れば、どこから吸い上げているのか、そのポイントを把握できる。

 

通信術式からステイルと共に建物の四方を押さえる3人の魔女。

 

 

『師匠、北、押さえました』

 

 

メアリエ=スピアヘッドの立つのは『黒の陣』

 

 

『ししょう、東ばっちりです』

 

 

マリベート=ブラックボールの立つのは『緑の陣』。

 

 

『ししょ~、西って、ここで大丈夫ですか~?』

 

 

ジェーン=エルベスの立つのは『白の陣』

 

本来、陰陽は西洋魔術から外れているが、ルーンは『脱色と染色』の魔術だ。

 

一から術式を組み上げることはできないが、予め『色を浸ける溝』があれば扱える。

 

メアリエ、マリベート、ジェーンは曲がりなりにも自分に弟子入りして、ルーンを学んでいるから、土御門元春から渡された四神を模した折り紙に陣を描いたマットが問題ない。

 

ただ、風水は地脈の流れを、建物の位置で御する地理魔術だが、存在するだけで地脈に影響を及ぼす巨大な階段状神殿(ジグラット)の生み出す流れを切り替えるのはそう簡単ではない。

 

川を掘ったり、山を削ったり、人工的に流れを造り変えるには、大規模な工事を何ヶ月も掛けて行うもので、<エンデュミオン>も『エンデュミオンシティ』と街一画を基盤にしている。

 

 

『お邪魔な警備ロボット関連も第3位のお嬢様達が押さえてくれてるようだし。んじゃあ、『人柱』の皆さんは大変だろうけどそこから動かないでほしいぜい』

 

 

それを即興で大きな変化をもたらすのが『人柱』

 

日本の神を数える単位は『柱』であり、つまり『人柱に立つ』ということは『人でありながら神に近しい存在』になるということ。

 

大規模建造物の風水操作を神に祈願する人身御供、本来なら地中に埋めたり水に沈めたりするが、今回は一時的なので地下で決められたポイントで起立するだけで良い。

 

そして、『四神相応』――四柱の神がおわす土地は、あらゆる災害から免れるという。

 

ただし、その神の名を冠した『人柱』達はその場から動けず、生命力が仮死寸前まで吸い取られる。

 

もう起動した以上、一歩でもここから出れば、台無しになる。

 

 

(……上条当麻。今度またヘマをしたら無事に帰ってこれると思うなよ)

 

 

ステイルは溜息を隠す煙草の煙を深く吐く。

 

動くな、というのは簡単なようで難しい。

 

体内の生命力を消費し続けるのはただそれだけの話で、一ヶ所に留まり陣を造るのはステイルの得意とするところ。

 

それほど大した役ではない。

 

だが、今この頂上に彼女達が、あの子がいる。

 

それなのに、自分はここにいる。

 

戦うことすら許されず、ただボケっと突っ立っている。

 

それがどうしようもなく………だが、使われてやる。

 

 

「ああ、わかってる。僕は頼まれた仕事は最後までやり通す。分かったな、お前ら」

 

 

謂わば、これはドミノ倒しの途中。

 

天の利、地の利、人の利、上手く働き全てが倒れれば、完成するもので、起点となる最初の一枚を倒さない限りは、意味がない徒労で終わる。

 

だけど、ステイルはやり通す。

 

彼女達を――『奇蹟』を信じられなければ、できない作業を。

 

 

『んもう、素直じゃありませんね♪』

 

『やっぱうちらのししょうってば!』

 

『かーわいいっ♡』

 

 

……やはり今年は女難だとステイル=マグヌス14歳は悟った。

 

 

 

 

 

エンデュミオン 宇宙

 

 

 

(そうか―――そうだ。あのときも、私は―――)

 

 

記憶が、蘇る。

 

今はない『お守り』の代わりに握り締めるイヤホンマイクと繋いだ携帯。

 

蛍火の如き光花の海が――さざなみに揺れ――風に舞い散るような――輝きを放つ五芒星型のステージの上の少女。

 

いや、ライブステージと呼ぶにはあまりにも幻想的で、豪奢な造り。

 

天井は吸い込まれるほど高く、けど、この会場を侵食する世界、手を伸ばせば届きそうな満点の星明かりをイメージしたライトを万華鏡のように硝子が照らし合う。

 

評判の通りに、まさに現代に甦った『神の門(バブ・イル)』と呼ばれても過言ではなく、葡萄畑のように広がる客席は圧巻の一言に尽きる。

 

彼女が瞼を閉じて、深呼吸するだけで、周りは息を止め、水の如く静まり返った。

 

そこへ突き刺すように、最初は、ゆっくりと……『ARISA』の歌声が響き渡る。

 

ひどく陽気で、軽やかな曲に乗るように歌えば、会場がそれに応えるように、会場全体、頂点近くでも花火のごとくに、きらびやかな色が弾ける。

 

無色透明だった空気までも鮮やかな色彩を帯びたように花開く。

 

有線で聴くのとは違う生の歌声。

 

音響機器(マイク)なんていらない。

 

物言わぬ硝子や柱が共鳴し、彼女の歌声をもっと遠くへ、より多くの人へ聞かせようとざわめく。

 

会場の音響設計の効果だけでは説明がつかないほど、この宇宙ステーションの床板や壁を透過していく。

 

 

 

そして、パニックは忘我に変わった。

 

 

 

脱出の見込みのない宇宙空間で、ようやく思い出した――あの、『奇蹟』を起こした時のように、鳴護アリサは万感を込めて歌う。

 

この<エンデュミオン>の中継ステーションにあるライブ会場は、レディリーの編んだ多くの人間の熱狂を生み出すための儀式神殿であり、神に供物を捧げる祭壇。

 

だけれど、歌姫が捧げるのは、神ではなく、聴衆。

 

破滅ではなく、救いを願い。

 

<エンデュミオン>爆破のショックでの混乱した招待客達は、後にこう語る。

 

今すぐ<エンデュミオン>から立ち去るよう、彼女の歌声に導かれたような気がする、と。

 

 

 

 

 

 

 

「うるさい―――うるさいんだっ!」

 

 

掠れた声で呟き、会場内に現れる少女、シャットアウラ。

 

 

「―――この雑音が『奇蹟』を生むなら」

 

 

この音で思い出すは、あの時の。

 

 

「―――止めてやる、絶対に」

 

 

<88の奇蹟>と呼ばれる『オリオン号』の事件。

 

怒り、悲しみ、憎しみ、そして絶望に染まり切った負の感情を表情に滲ませる。

 

そのブレスレットを巻いた右手を握り締める。

 

その手の中には、レアアースペレット――<希土拡張>のエネルギーを籠めた。

 

だが、この無人のライブ会場の神殿舞台で一人で歌う鳴護アリサは、顔色の悪い、絶望に歪んだ表情で圧倒的な殺気を放つシャットアウラを前にしても、微笑する。

 

蔑むのではなく、眉をハの字に下げた、所謂困り笑いに属するもの。

 

例え思い出すものが同じでも、感情は対極で、その顔は―――とは似ても似つかない。

 

 

「―――めろ」

 

 

シャットアウラの唇から漏れた声は、あまりに低く、怖気を走らせる。

 

 

「―――惑わせるな」

 

 

かつっ。

 

少し回復したが上条詩歌との戦闘でまだ頭が揺れる、内が捩じれる。

 

不気味で硬質な足音を立てながら、ステージへ近づく。

 

 

「―――『奇蹟』なんて、必要ない」

 

 

かつっ。

 

 

「―――お前のせいで、レディリーの計画が産まれた。その裏の犠牲も」

 

 

かつっ。

 

 

「―――だから、殺す」

 

 

かつっ。

 

シャットアウラの足音が止まり、ゆっくりとステージ上をもう一度見上げる。

 

だが、変わらず、鳴護アリサは笑っていた。

 

 

「―――これ以上、歌うのを、やめろォォ……!!」

 

 

ステージを支える支柱に張り付いたレアアースペレットに、アンカーワイヤーが突き刺さる―――次の瞬間、爆発。

 

会場全体が、震動に揺れる。

 

歌声をかき消し、破壊音と震動が会場を伽藍の崩壊へ塗り替える。

 

衝撃で飛ばされた鳴護アリサの体は、まるで崖下へ突き飛ばされたかのように、落下を始め、もちろん地面にマットが敷いてあるはずもない。

 

とてもじゃないが、アリサの体が激突に耐えられない。

 

 

「きゃああ!!」

 

 

悲鳴を上げてギュッと目を瞑る―――その時、風が奔った。

 

アリサは一つの、優しく、心地よい、それでいて力強い音を聞いた。

 

それは声。

 

叫ぶように『お』を長く伸ばした声で。

 

 

……え? もしかして―――

 

 

だからアリサは、声のした方を見た。

 

己の下方を。

 

すると、

 

 

「―――おおおおおおおおおぉぉっ!」

 

 

会場に転がる爆破の残骸を避けながら、いるはずのない一人の少年が全速疾走で、こちらへ向かって駆けてくる。

 

それが誰か分かった時には、アリサは空中で抱きとめられていた――――上条当麻によって。

 

 

「当麻君!」

 

 

アリサをキャッチした当麻は、身体を捻る。

 

アリサの視界の中で、ぐるりと天地が入れ替わる。

 

そしてアリサを抱えたまま、下半身のバネをクッションにして地面に着地する。

 

ここが低重力とはいえ、スタントマン並みの鮮やかな身のこなし。

 

そして、ようやく抱きかかえられているらしいことを自覚したアリサは、安心すると同時に、嬉しいような恥ずかしいような複雑な感情が湧き上がる。

 

 

「………ふぅ、間一髪か」

 

 

当麻の腕の中、愚兄が安堵の息を吐いたのをアリサは聞いた。

 

ゆっくりと今ので腰の抜けた彼女を座る状態で地面に下ろすと、誰かを捜すように会場を見渡し―――それから、飛び込みゲストの当麻は、同じく招かれざるゲストのシャットアウラと対峙する。

 

 

 

「アリサ、助けに来たぞ」

 

 

 

 

 

エンデュミオン コアルーム

 

 

 

「さそり座の近くにあるのは火星ね。学園都市は明る過ぎて良く見えなかったけど、カミーユ=フラマリオンと見た時から変わらないわ。……『此世は如何にして終わるか』、彼のノストラダムス大予言で書かれた2038年にはまだちょっと早いけど、あと少しで世界は私と共に終末を迎える」

 

 

古本じみた脳内の蔵書(きおく)の1冊、かつての天文学、科学サイドの知識を得ようとした際に出会った天文学者の話をレディリ=タングルロードは懐かしく読み返す。

 

林の如く並立する空気のように透明な支柱に、天井は宇宙の天蓋の巨大魔法陣の紋様に埋め尽くされ、床にもその部屋を照らす光源である血色の核を中心に奇妙な紋様が描かれている。

 

ギリシア占星術を基盤にした幾重もの同心円で構成された幾何学模様と魔術文字で、禍々しい気配を漂わせる魔法陣。

 

この生物の体内にも似た混沌な空間が、<エンデュミオン>内のあらゆる生命力を集める心臓部。

 

レディリーを除き、誰も足を踏み入れることが禁じられた隔離した、近寄りがたくも静謐なその光景は、原初の災厄を詰め込んだパンドラの箱にも、無限の負を閉じ込めた檻のようにも見える。

 

コアルームの中心の深緋な血色の核が<エンデュミオン>を取り巻く魔法陣の中心であり、操作盤。

 

 

「―――陣の一部に異変? まあ、中々の暴れぶりね。けど、この程度の損傷なら、予備に切り替えれば済むわ」

 

 

爆破による損壊で応力バランスが崩壊した<エンデュミオン>だが、レディリーがまず確認したのは、魔法陣の確認。

 

この宇宙エレベーターが地上へ倒壊しようと、地球の北半球が壊滅するので関係なく、術が発動するまで保ってくれれば、己の目的の前にはどうでもいい瑣事。

 

この1000年に終わらせるために準備してきた最大の集大成は、そう簡単には揺るがない。

 

誰が来ようと決して。

 

 

「―――こんな無茶苦茶な術式は初めて見たよ」

 

 

独り言のように静かに呟く。

 

主の許可なくこの心臓部に踏みいれた修道女の正体は、上条詩歌と共に鳴護アリサに付き添っていたインデックス。

鳴護アリサを助けるために、この狂気の産物を視る彼女の眼光に、普段の幼さはなく、一人の魔術師として険しい。

 

冷徹な判断でも、星の生命に、天の星座も利用したこの狂気を阻止するのは困難。

 

 

「また、会ったわね、<禁書目録>」

 

 

「これほど無茶な魔法陣は見たことがないよ。地球を壊しちゃう気?」

 

 

「あら? 10万3000冊の魔道書を記憶させられた魔道図書館からのお墨付きをもらえるとは光栄ね」

 

 

レディリーは愉快そうに、この招かれざる賢人に、慇懃に一礼する。

 

 

「あなたなら分かるでしょ? 魔術によって呪われたものの気持ちが」

 

 

レディリーと同じく、<禁書目録>も魔術により、その人の生を翻弄されたもの。

 

終わることのない無限の生の苦しみを味わう不老不死となったレディリーに、『魔道図書館』として脳の大部分を一読廃人の<原典>に呪われた不浄の知識で蓄積されたインデックス。

 

しかし、インデックスは首を縦に振る素振りも見せない。

 

汚れた魔女狩りの道具として、誰も共に『地獄』へ歩ませまいと人とのかかわりを避けていた修道女は、この街で大切なもの達と出会う。

 

それは、誰もを『地獄』へ道連れにする不老不死とは違う。

 

周囲から受けた愛情、その心にある希望の有無が、2人の生き方を対照的に分け隔てる。

 

 

「ようやく抜け出せるの、この地獄から―――「それは無理だよ」」

 

 

不快そうに唇を歪めて、レディリーがインデックスを睨みつけた。

 

しかしインデックスは、涼しげな顔で平然と彼女を睨み返し、

 

 

「その術式が発動してもあなたは死ねない。私には分かる」

 

 

レディリーは、以前の、宿命を逃れようとしている自分。

 

1年ごとに思い出を失わなければならない、そのカラクリの本当の意図に気付けなかった頃の―――

 

 

「……へぇ、あなたもそういうのね。その根拠は何だって言うの?」

 

 

レディリーは、フッと笑った。

 

 

「上条詩歌も不死を失くせたケイローンのように、私の不老不死は解けると言っていたけれど、あれは元々が不死の神であって<アンブロジア>とは異なるのよ。あらゆる毒も飲み干したことがあるんだから、間違ってるわよ」

 

 

「しいかが……?」

 

 

インデックスは眉を顰める。

 

詩歌には基本的な魔術知識を教えている。

 

もちろん歴史に神話も。

 

すでに一人前の魔術師としての知識を持っている。

 

アキレウスといった元々寿命に限り有る半神とは違い、不老不死の神々の間から生まれた半人半馬のケイローンは神霊の類で―――

 

 

「結局、あの子は死んじゃったわ。覚醒したてとはいえ<聖人>なんて怪物を抑え込もうとしたばっかりに。ちゃんとあなたが教えなかったから」

 

 

「!!」

 

 

瞬間、インデックスはレディリーの元へ駆けるも、直前で停止。

 

つんのめった勢いで頭のフードがレディリーの背後にある<エンデュミオン>中枢の血色の核へと吸い込まれるように転がりこむ。

 

横から伸びてきた白い腕によって、一瞬で抱え込まれた。

 

 

これは、自動人形……!

 

 

透明な支柱の陰に隠れていた、マネキンによく似た骨格のみの自動人形。

 

お気に入りだった男型と女型の2体とは、装飾も何も施されていないこのマネキンとは完成度が比べるまでもなく、あくまで予備。

 

しかし、インデックスが必死に暴れても、自動人形は頑強なのは同じ。

 

口を封じられて、動きを完全に封殺。

 

たった1体で止められたその無様な光景を見て、レディリーはクスッと笑う。

 

 

「<禁書目録>の『解析力』の評判は聞いてたけど、この程度の挑発で我を忘れて熱くなるなんて、残念。これ以上、子供の相手をする気にもなれないわ。そこで大人しく見ていなさい」

 

 

もはや、インデックスに興味なし。

 

議論の必要もない。

 

それがレディリーの結論なのか。

 

歯噛みするインデックスを気にせず、彼女はゆっくりと金の腕輪を頭上へ掲げる。

 

そして、勝利宣言をするように、

 

 

 

「大丈夫。私の希望が叶えば、またきっと会えるわよ。あの世で、ね」

 

 

 

 

 

エンデュミオン ライブ会場

 

 

 

「そこをどけ。貴様も殺されたいのか」

 

 

「止めろ、シャットアウラ」

 

 

「……『オリオン号』の機長だった私の父は、あの事故でたった1人犠牲になった。……私も、他の乗客も、そしてそいつも! 皆助かったのに! だから私は『奇蹟』を否定する!」

 

 

静かに響く声で宣言し、シャットアウラは睨む。

 

話は終わりだ、という意思表明。

 

シャットアウラの目的は、レディリーの計画破綻……と『奇蹟』――『89人目』の抹殺だ。

 

上条当麻と無理に戦う理由は彼女にはない。

 

だから、会話にも応じた。

 

この何も考えない無知な愚か者に、己の『秩序』を―――その信念を見せるために。

 

シャットアウラはもういかなる説得にも応じない。

 

彼女の決意を覆す方法はもはやない。

 

 

「『奇蹟』などに頼らず、自分の力のみで戦った、父の遺志を継ぐためにも! 私は『奇蹟』を許さない!」

 

 

「っざけんな! アリサはただ歌で皆を幸せにしようっつう夢に向かって一生懸命なんだ。この無人の会場を見りゃわかんだろ。ここで招待された奴らが一人残らず全員が脱出できるよう、一人でここに残って歌っていたアリサを殺してもいいっつうのかよ?」

 

 

それでも上条当麻は鳴護アリサを守って、復讐者の前に立つ。

 

 

「お前のやり方で『奇蹟』を否定したって、『秩序』なんて生まれねぇ!」

 

 

「うるさい! 私は父を殺した『奇蹟』を肯定し、『秩序』を乱すものは全て潰す! どけ、この愚者。これは私の問題だ。部外者のお前なんかに私の気持ち何か分かりっこない!」

 

 

シャットアウラの声から、隠しきれない怒りが滲み出る。

 

 

「これ以上邪魔をするなら、『彼女』と同じように殺す―――!」

 

 

「……何だと?」

 

 

当麻が表情を消して、シャットアウラを睨み返す。

 

その雰囲気は一変していた。

 

当麻の瞳に浮かぶ殺気にも似た気迫に、シャットアウラは一瞬言葉を詰まらせるも、

 

 

「……っ、そいつに関わると死ぬと忠告したはずだ。あの少女は、爆発に巻き込まれて宇宙へ吹き飛ばされた。もう、生きてはいまい」

 

 

爆破の衝撃で外壁が損傷し、宇宙へとその身を放り投げ出された。

 

真空に晒されて生きているはずがなく、今頃、その死体が、どこまでも続く永遠の闇の中を漂っているだろう。

 

うそ――! とアリサが声にならない悲鳴を漏らそうとしたが、出なかった。

 

出せなかった。

 

彼の背中が、アリサの網膜にはっきりと焼きつく。

 

怒りとも慟哭ともつかない食い荒らすように滾る生命力に震わせているように見える。

 

 

「信じられねぇな……」

 

 

だが、垣間見たその瞳には、不思議な穏やかさが宿っていた

 

ふん、と荒々しく息を吐くシャットアウラは事実が認められずに狂ってる、と。

 

けれど、当麻の声は変わらない。

 

 

「けど、もしそうなら、もし本当に俺の妹が死んだなら――――俺はお前と同じように『秩序』を許さなくてもいいんだよなぁ!」

 

 

しかし。

 

それは脳髄から爪先まで突き抜ける、恐ろしき声音だった。

 

初めてみる、その姿。

 

普段の温厚が反転した、圧倒的な威厳。

 

 

「っ!?」

 

 

力も常識内、頭も常識内の平凡な少年が見せる常識外の不幸。

 

兄妹で真に畏しきは、愚兄の方だと。

 

父が殺されたから『奇蹟』を潰すのが認められるのなら、妹が殺されたから『秩序』を殺す。

 

シャットアウラは今更ながら、上条詩歌が上条当麻と兄妹だと知る。

 

否定させない、否定できない論理を振りかざして弾劾する

 

 

 

「お前をぶち殺して、その『秩序』も全部ぶち壊して―――

 

 

 

 

 

―――なんて、そんなの許されるはずがねぇだろ!!」

 

 

 

 

 

そして、それを否定する。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ま、詩歌が死んだなんて微塵も思ってねーけど。今頃宇宙遊泳で月の石採取とか楽しんでそーだけどな」

 

 

人はいつか死ぬだろう。

 

それは他ならぬ一度『死んだ』ことのある自分が、何よりも身に染みて良く知っている。

 

今日死ぬだなんて全く思いもしないまま、命は失われる。

 

本当に、唐突に終わってしまうものなのだ。

 

上条詩歌もそれは例外ではない。

 

人間であるなら、いつかは死ぬ。

 

しかし、それは今ではない。

 

失われることが当たり前だとしても。

 

限り有る命だと、納得していても。

 

何に対しても全力で、そんな常識をどうにかしてしまう、それもまた人の力で、ありふれた強さだと、上条当麻は一番に知っている。

 

命が失われる恐怖に、しかし立ち向かう勇気がある。

 

意思が人を殺すのならば、人は、意思を超えていける。

 

そう、奇蹟を起こして。

 

シャットアウラの言った事が真実かどうかなんてわからないし、真実だとしても、そんな真実よりも当麻は、詩歌の存在を信じている。

 

愚兄に謝らないと、と思った賢妹がどうしても、死ぬとは思えない。

 

どんな不幸が降りかかっても、笑いながら乗り越えてくると、そんな風に思えるくらいに上条詩歌を信じている。

 

何よりもう二度と迷わないと心に決めた。

 

だから、シャットアウラを止める。

 

自分のやるべきことをやり遂げる。

 

信じてくれる妹に、信じられる兄になるために。

 

 

「……俺もさ、何よりも信じたものに裏切られたら、って思うと何も考えられなくなった。どうしようもない馬鹿だから間違った所にこの右手を叩きつけちまった。気づくのが遅過ぎた。最低な兄だ。―――だったら早く追いかける方が良いに決まってる」

 

 

「なっ……」

 

 

「お前の親父さんはお前や乗客を守ろうとした。アリサと同じだ。例え可能性が1%もなくたって、限界までやれば、何とかなるって信じて最後まで頑張ったはずだ。―――だからこそ、お前や他の皆が助かったんじゃないのか!」

 

 

<エンデュミオン>を廻す『奇蹟』のせいで皆が死ぬかもしれない。

 

だが、それでも八つ当たりのような復讐をするというなら、上条当麻はシャットアウラを止める。

 

 

「『奇蹟』は起こった。お前の親父さんこそ『奇蹟』を起こしたんだ!」

 

 

鳴護アリサを守るために―――そして、シャットアウラの父の信念を守るために。

 

 

「それを否定するってことは、お前自身がもう一度親父さんを殺すことになるんじゃねぇのかよ!」

 

 

だから、シャットアウラの復讐を否定する。

 

例え、上条詩歌の復讐を堪えなくてはならなくても。

 

上条当麻は否定しなければならない。

 

ほんのわずかな可能性にかけて、何かが手に入ると信じて、それで少しでも自分達が望むハッピーエンドに変えられるために前に進む事が、シャットアウラの父親が、上条当麻の賢妹が目指したものだ。

 

その『奇蹟』を、殺させるわけにはいかない。

 

 

「うるさい! そんなにほざくなら今すぐ『奇蹟』を起こしてみろ! この<エンデュミオン>から全ての人間を救って見せろよォォ!!」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

ハプニングがあったが、アドリブで修正が可能。

 

ここに満たされるのは、歌姫の籠めた想い。

 

遠く遠くに広がる音色は、風に似て風に非ず、耳から頭ではなく、心から胸に届くような形無しの音色だから、この宇宙という闇の中にまで届いた。

 

この『強制シャットダウンのブレーカー』みたいなカウンターを発動させるために、本来の儀式分より過剰に魔力が必要で、そのために無茶なお願いをし、観客が全員逃げようと、一人で歌い続けたその成果があったからここまで届いたのだ。

 

酸素のない真空で、充填された幻想を感謝しながら、呼吸をするように吸い込む。

 

体の傷が癒えることはないが、内部の損耗は回復―――溢れんばかりの生命力に、黒髪がこのパネルと同じ極光の虹色へと変ず。

 

流れ込むための溝を創り、その情報を電波のように波形の中に詰めて遠方に届ける技術で、この仕掛けを『文字』という形から意味のある『音声』にして発信すれば、きっと届く。

 

あの少女は、力がないが故に力を感じ取る力に長けている。

 

念のために、もう一方の力を外へ放出できない彼女にかまを掛けてみたが気づいていない。

 

だから受け取ってくれれば、知識の全てを使えば神にも届きうる彼女が調律することで、足りないピースは埋まり、更に精錬され―――『奇蹟』が起こせるはず。

 

しかし、ここで問題が発生。

 

共鳴する生命反応が、またも膨れ上がる。

 

折角ここまで来たのにこれでは全てが台無しになり、全員が死ぬ。

 

逸早く―――そう、目標を光速の一撃で仕留める。

 

ここに満たされる余剰分と、“足場にしているパネル”から材料を取り出せば、一回分の攻式射撃に必要なものは揃う。

 

しかし、これでは、彼女を殺してしまう。

 

物事の常識として、早ければ早いほど衝突した際のエネルギーは大きい。

 

ならば狙うのは――――

 

 

(―――空白。異様な反応の中でも無の空間。きっとそこに)

 

 

パネルから光ファイバーのコードを引き千切り、それが手の中で変化し、そこへちょいっと隠し味な仕掛けを編み込み、美しいアーチを描く光の洋弓となる。

 

新しいおもちゃを自慢する子供のような表情で、それを見ると、大気圏を流れている生命力を偏向し、月と星座の導きで収束し―――造り上げた矢を流れるような美しい仕草でつがえ、力強く弓を引き絞る。

 

 

 

月の女神『アルテミス』は、恋人『オリオン』を射殺してしまった。

 

 

 

殴られた痛みを感じ―――だが、“その程度”で躊躇うはずがない。

 

成功は恐れず前を向いた者にしか訪れない。

 

 

 

 

 

エンデュミオン ライブ会場

 

 

 

「―――奇蹟とか言うのはっ!」

 

 

力を籠めた一撃どころではない、己が全てをかけた窮極とも呼べる破壊。

 

二度目の全身全霊をレアアースペレットに詰め込んだ厄災を上条当麻ごと鳴護アリサを薙ぎ払う一定の指向性に開放する。

 

爆発的な厄災、自然災害にも匹敵する暴威を前に、上条当麻がしたのはとてもとても単純なこと。

 

 

「―――怖がらずに前を見て!」

 

 

ただ右手を前に突き出すだけ。

 

それだけでありったけの憎悪を乗せて放たれた圧倒的な破壊は、愚兄だけでなく、背後のアリサを含めて完全にその余波さえも遮断した。

 

左手で支え、右手に力を籠める。

 

この右手だけが命綱だ。

 

 

「―――叶えたいと本気で思って!」

 

 

消去されながらも押し、後ずらせる威力に、苦悶を押し殺し、ただ前を見て―――暴力的な爆炎に、上条当麻はただ耐える。

 

あまりにも小さき人の姿でありながら、眼前の不幸を善しとせずに神にさえも立ち向かう人間。

 

誇りや意地、信念、あるいはそれ以外の何かを籠めて、<偽善使い>は万人を鏖殺するに余りある暴威でさえも、恐れを上回る勇気を以て立ち上がる心を持つ。

 

その姿は、最後の最後で厄災を最小限に留めようとした誰かに似ていて。

 

鳴護アリサは彼の背中を見ながら、見れば分かるほどの命の危機を前にして不思議と震えはなかった。

 

 

「―――全力で戦った奴にしか起こせないんだっ!!」

 

 

そして、爆砕は収まり――――だが、それで怯むシャットアウラではない。

 

いや、怯んでも0.1秒で即座に立て直すだけの判断速度。

 

通じないと分かると、一本のアンカーワイヤーが当麻の腕に巻き付いた。

 

 

「っ………!」

 

 

呼吸が止まる。

 

腕に絡みついたアンカーワイヤーは容赦なく、鳴護アリサから引き離そうと、<聖人>へと引きずり寄せる……!

 

 

「あ、く……!」

 

 

手足に力を入れるも、まるで抵抗できない。

 

ワイヤーを引き剥がそうとするがビクともしない。

 

平衡感覚を失われていようと、戦闘スーツが行動を阻害しようと、まだ先の戦闘のダメージが抜け切っていなくても、今のシャットアウラは、常人のそれを遥かに超える身体能力。

 

踏ん張った足は地面ごと、ズルズルと近づいていく。

 

 

「っ……、は―――」

 

 

目眩がする。

 

今更になって昨夜のダメージが響いてくる。

 

身体はもう踏ん張っていられない。

 

なら、どうせ力負けするのなら、力を抜くべきか。

 

そうすればバランスを崩してチャンスが生まれ―――

 

 

「―――って、舐めるな……! ここは死んでも逃げるわけにはいかねーんだ……!」

 

 

萎えかけた手足を奮い立たせる。

 

ここで少しでもアリサから離れれば、必ず潰してくる。

 

この腕が千切れるのが先か、このワイヤーが千切れるのが先か。

 

どっちだっていい。

 

こうなったら最後の最後まで全力で抗う。

 

しかし、そこへ投げ込まれる数個のレアアースペレット。

 

もし至近距離でこれが爆発をすれば―――

 

 

 

《……加減はできません。詩歌さんを月の神様みたいにしたくなければ腕をそのままの高さに固定し、しゃがんでください》

 

 

 

「!」

 

 

咄嗟にしゃがむ愚兄―――その背後。

 

シャットアウラの視線は遠く、この伽藍の洞と化したライブ会場の奥の出入り口へと向けられる。

 

 

 

宇宙から流星の如き、星霜の一矢が飛来する。

 

真空から空気に触れた途端に、大気を引き裂く甲高い飛翔音が、慟哭の声にも似た遠鳴りはそれがただの矢ではなく、『鳴り鏑矢』であることの証明。

 

人間の声帯や肺活量では不可能な大音響は会場全体に鳴り響く歌声であり、シャットアウラは頭を抱えて行動を中断する。

 

 

 

「―――ほらな。こういう奴なんだよ、俺の妹は」

 

 

フッと上条当麻は笑った。

 

前兆の感知でも何とでもいうが良い。

 

きっと来ると信じていた。

 

 

「この無茶ぶりはホントに過ぎるぞ! ま、絶対に応えてやるけどな!」

 

 

まるで予知でもしていたかのような反応の良さで、欠けていた心のかけらを受け止めるように、当麻は振り向きもせずにその自分へと向けられた星霜の一矢を、右手で掴んだ。

 

この会場全体に展開される偽りの夜天の星々を掻き消すほどの極光を、勢いを殺し、“捻じり曲げた”。

 

<幻想投影>の『干渉』から、さらに<幻想殺し>の『干渉』。

 

打ち消せぬほど強力な幻想を、その右手の五指を使って変幻自在に掌握する。

 

サッカーで、センタリングに、ダイビングヘッドを。

 

バスケットで、パスに、アリウープダンクを。

 

バレーで、クイックトスに、アタックを。

 

ピンポイントで、全力に。

 

これ以上ないタイミングで。

 

ぶちかます!

 

野球のバッティングで当たりの出なかった当麻だが、これはこれ以上ない会心のジャストミート。

 

0.1秒で判断できようが、こちらは0.1秒の判断も必要ない。

 

この超遠距離射撃を避けようとしたシャットアウラに、直前で上条当麻が追尾するように変化させた。

 

その加減できない一撃を、加減(ブレーキ)させて。

 

この上なく息の合った上条兄妹の幻影投殺(コンビネーション)は、爆発前のレアアースペレットを薙ぎ払い、回避後のシャットアウラの横から―――右腕を盾にしようとしたが、

 

 

(っ! このままだと父さんの―――)

 

 

その右手首に巻かれた『オリオン座のブレスレット』を見て、無理に上げてしまい―――シャットアウラの『右脇腹』へ直撃。

 

『肋骨』の骨が砕かれ、風船を割ったように急速に力が抜けてくる。

 

ぐほ、という苦悶の呻きと共に、シャットアウラの体が折れ曲がった。

 

そしてさらに、

 

 

 

「シャットアウラ。お前がいつまでもその惨めな幻想から抜け出せねぇっつうなら―――」

 

 

 

アンカーワイヤーは強烈なキラーパスを受け止めた際に切れている。

 

己を縛るものは何もなく、迷いもない。

 

当麻は、しゃがみ脚に溜め込んだバネを一気に解き放ち、ロケットスタートで地面を蹴り飛ばす。

 

自分の体の軽さに、当麻が一番驚いた。

 

まるで翼が生えたようで、今この場で誰よりも早く駆け抜けられる気がする。

 

 

 

「―――この右手でぶち殺す!」

 

 

 

追い打ちのように、当麻が哀しき復讐者の顔面を殴りつけた。

 

魔術も能力もへったくれもない力任せな強引な一発のはずなのに、その右拳は極光を纏っている。

 

それ故に如何なる防御も通じない一撃だった。

 

膨大な生命力が抜けていくシャットアウラの体が吹き飛び、何度かバウンドしたのち、力尽きたように倒れた。

 

 

 

 

 

エンデュミオン コアルーム

 

 

 

元の電源を抜いたように<エンデュミオン>の超巨大魔法陣の輝きが消えた。

 

 

「っ!? どうして!? 私の魔法陣は不足しているものなんてないはずなのに!」

 

 

血色の核が少しずつ消えかけて、力が弱まっているのを見て、レディリーは声を荒げる。

 

こんなはずじゃない。

 

儀式構成は完璧だった。

 

不測の事態に備えて、不足がないよう予備も準備していた。

 

なのに、何故、<エンデュミオン>から力が抜けていく。

 

 

「この魔法陣の基盤は『ギリシャ占星術』。ヘレニズム文化の影響下で発展した星の位置を用いた占星術。だから、廻り始めの開始には大きな力が必要だけど、廻り続ける発動にはより強大な『星の力』を使うんだよ」

 

 

予見していた白い修道女は、供給源が断たれて動力を失った自動人形から降り立ち、空を仰ぐ。

 

 

「な……、」

 

 

それにつられてレディリーは頭上を見上げて、息を凍らせる。

 

まるで星見盤でも回したかのように、<エンデュミオン>を中心に星座の位置が別物になった。

 

おかしい。

 

今の時期なら、見えるはずのない“『オリオン座』が天上に輝いている”。

 

初めて見る天文学ではありえない常識外の現象、しかし、その名はあまりにも有名。

 

 

天…体…制…御(アス トロ イン ハンド)……!!」

 

 

レディリーは、震え声でそう叫んだ。

 

天体制御(アストロインハンド)>。

 

<大天使>が扱う自在に星の位置を操る奇蹟の御業。

 

それを人間が引き起こせるなどとは到底信じられない話だが、しかし目の前で起きている現象はそうとしか考えられない。

 

 

「あなたはしいかを侮り過ぎかも。だから、こうしてしいかにまんまと誘導されて決定打となるヒントを私に与えてしまった」

 

 

インデックスの言葉に、レディリーは唖然とする。

 

 

「あなたが描いた魔法陣に不足はなかった。けど、余剰はあった。この魔法陣を解読したしいかはそれを使って、こっそり“新しい魔法陣”を創ったんだよ」

 

 

どこかに欠損不足があれば、生命力の流れがせき止められ動作不良が起きて、この心臓部ですぐに分かる。

 

しかし、新たな経路が生まれても、流れが途絶えることはなく、横流しされていても極微量な異変しか残さないし、気づけない。

 

鳴護アリサに、その携帯に送ったプログラム――<強制詠唱>の応用で音による誘導音楽でその『作られた溝』にレディリーが気づかれないよう少しずつだが、この強制シャットダウンのウィルスを起動させる魔法陣に生命を溜め込んでいった。

 

全ては『奇蹟』を起こすために。

 

 

「この<天体制御>は射手座―――つまり、“『ケイローン』を基盤”としたもの。太陽の神『アポロン』に音楽を、月の女神『アルテミス』からは狩猟を学んだ賢者で、アキレウスといった多くの英雄を育て上げた『ケイローン』。星座になってからも、月の女神に愛された勇者『オリオン』を刺し殺そうとした蠍座が、星空で暴れたときのために、射手座の『ケイローン』は常に弓を引いている。――――それが、今、放たれた」

 

 

『オリオン』はかつて命を狙われた『サソリ』を恐れているから、『オリオン座』は『蠍座』から隠れるように星空から逃げている。

 

『オリオン』を殺そうとしたことのある『サソリ』を、押さえる役目が射手座の『ケイローン』。

 

その伝承を用いたこの<天体制御>を、かつて<御使堕し(エンゼルフォール)>で<天使>になりかけた上条詩歌は、この<エンデュミオン>に付け加えるように編んだ。

 

 

「この『射手座の<天体制御>』を動かす発動キーに、しいかが選んだのは双子の兄妹神。足りなかったのは、月の女神に関わり深い<エンデュミオン>を使ってるから、同じ『ケイローン』を師事した太陽の神『アポロン』―――つまりは、アリサの『音楽』と“今、<エンデュミオン>の『核』に投げ込んだ私のフードの額当ての金飾りにつけられた『太陽(ソウエル)』”で、そのピースも埋めたんだよ」

 

 

ハッと『核』の中へ吸い込まれた修道女の金飾りを見ようとするが、既に時遅し。

 

 

「あなたから“ありえないしいかの失敗談”を聴かされたおかげで、隠れたこの魔法陣にもすぐに気付けたよ。しいかがきっと私がここに来てくれるって信じてくれたことも」

 

 

「くっ、この……」

 

 

つまりは、あの怒りに任せて飛びかかろうとしたのは、『太陽』のルーンを入れるための演技(フェイク)

 

レディリーよりも早く気付いたインデックスが見せたトリックプレー。

 

そのおかげで『ケイローン』はその矢を『サソリ』へ放った。

 

<エンデュミオン>を起動させる最も重要な『ギリシャ占星術』の法則を狂わせる最悪の魔術――<天体制御>で、音楽と狩猟の達人でもある『ケイローン』の矢を解き放ちて、『サソリ』を弾き飛ばし、ぐるりと『オリオン』をこの空へ呼び寄せた。

 

つまりは、インデックスとアリサの協力があったとはいえ、夏の星空を、冬の星空へと変えた―――

 

天才という言葉が生ぬるく思えるほどの荒技である。

 

 

「……まさか、『オリオン』に『エンデュミオン』を邪魔されるとはね。皮肉が利き過ぎよ」

 

 

完璧なものもたった一粒の砂粒で台無しになる。

 

最も根幹をなす星座のなくなり、人々の熱狂さえももう会場にはいない。

 

さらに、予備電源として確保していたはずの地脈龍脈さえもいつの間にか途絶えてしまっている。

 

天の利、地の利、人の利が合わさったこの『奇蹟』が、この<エンデュミオン>の破滅を食い止めた。

 

 

「ホント無茶苦茶……。よく天才少女だなんて可愛い戯言が言えたものね。こんなの常識外の怪物じゃない。人間じゃありえないわよ」

 

 

「机上の空論ができちゃうのが、しいかのすごいところかも……。本気で怒らせた時点で、運の尽き。―――そして、今なら、この折り重なった術式を解き崩せる!」

 

 

これは停止しただけで、まだ解除されていない。

 

『人柱』の歯止めが崩壊し、<天体制御>が解ければ、また起動する。

 

ここまでして時間稼ぎにしかなりえない。

 

しかし、インデックスが解けるだけでも稼いだ時間は、金にも勝る。

 

この<エンデュミオン>を1冊の本と見立てれば、管理するのに彼女以上に相応しい者はいない。

 

不老不死の魔女へ、<必要悪の教会(ネセサリウス)>の魔女狩りの叡智――<禁書目録>の言霊が、<エンデュミオン>に響き渡る。

 

 

 

 

 

エンデュミオン

 

 

 

最初は、ダメかと思った。

 

防壁が破壊され、外壁も崩壊。

 

しかし、身体に巻き付かれた<聖人>と化したシャットアウラと繋がったアンカーワイヤー。

 

<調色板>が外れて宇宙へ飛ばされ、何の力も失くした瞬間にそこから投影した時、一か八かでワイヤーを力任せにぶち破り、真空へと吸い込まれる流れのまま宇宙へと流されていった。

 

この力についてほとんど何も知らないシャットアウラはその自殺まがいの、また己を巻き込ませないための自捨他拾な行為に驚いたようだが、上条詩歌は賭けに成功していた。

 

生死の境に掴んだ<聖人>の力は、神裂火織が証明した通りに宇宙服なしに宇宙ですら活動できる。

 

このままではシャットアウラとの戦闘で勝ち目がないとみて、宇宙へと緊急回避した。

 

したたかな詩歌は、力なくして気を失っている風に、実際に相当力を消耗していたが、シャットアウラは真空の宇宙へ流れている少女へ、死んだフリを疑いもせず爆撃は仕掛けなかった。

 

そうして、ただ生命維持に努めながら宇宙を漂い、魔法陣へと、鳴護アリサの生命力が浸透した―――シャットアウラと分裂性双子で同質の生命力に満たされた盤上へ受け止められた。

 

光り輝く科学と魔術の魔法陣――光学ガラスに蛍光体、光ファイバー――『希土類』が使われている――建物全体を震わせた鳴護アリサの歌声に震わされている――シャットアウラの『希土類を媒体として生命力を操る』<希土拡張>が通じる。

 

接触した<聖人>と<希土拡張>を併せ持つ力を投影した上条詩歌は、シャットアウラの力で、鳴護アリサの力を借りた。

 

極光の燎原の如き魔法陣に満たされたエネルギーを変換して、底が尽きかけていた生命力を回復した。

 

 

「それで余剰分を『ケイローン』を組み込んだ術式を起死回生の一矢入魂で放ったんですよ。アリサさんの位置は共鳴で掴めましたし、荒ぶっているシャットアウラさんの生命力も感知できましたし、当麻さんがピンチなのも簡単に予想ができました」

 

 

太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の加護を得た音楽と狩猟の大賢者(ケイローン)の星歌の鏑矢。

 

ただこの超遠距離射撃は相当な勢いで放つため威力は半端なく、またいくら速かろうと距離があれば不意打ちでも<聖人>のシャットアウラには避けられてしまう可能性もある。

 

そういうわけで、当麻を狙った。

 

かつての三沢塾と同じように、自然と色を消していく消しゴムのような愚兄の位置情報は、生命力で満たされた空間の中での仲間外れな空白と、鳴護アリサとシャットアウラの生命力を把握していた賢妹には見なくても感じられる。

 

その空白に照準し、加減と方向転換(アドリブ)をお願いした。

 

 

「ったく、これが当麻さんじゃなかったらどうしてたんだよ。そもそもここに来ることさえ知らされてなかったのに」

 

 

「? 当麻さんとインデックスさんならきっと来ると信じ切っていましたよ」

 

 

「……あの時、本気でぶん殴っちまったのに……こんな馬鹿を信じたのか」

 

 

「?? いえ、確かに殴られましたけど、腕を振り切るほどぶん殴ってはいません。ほとんど寸止めで、手加減されてましたよ。じゃなきゃ、打たれ弱い紙装甲な詩歌さんが当麻さんの拳を受けて、即座に行動ができたはずがありません。あの時、一体誰がシャットアウラさんの爆撃から当麻さんを守ったと思ってるんですか?」

 

 

だから現実に、こうして助けは現れた。

 

いつかのように、いつものように、愚兄の傍に立っている。

 

何よりも眩しく、美しい、その姿。

 

信じ、焦がれて、尊敬する、妹。

 

夢ではないと確かめるように、改めて、宇宙から帰還した詩歌を見る。

 

あちこち汚れていたり、服が破けていたりするのは、爆撃に巻き込まれたからだろう。

 

髪も乱れているが、重傷を負っている様子はない。

 

……良かった。

 

 

「でも、ごめんなさい、お兄ちゃん。色々と心配させちゃって」

 

 

「何だよ……。だったら、なんか書き置きとかしておけよな」

 

 

「だって、どうせ土御門さんが話すと思ってましたし、急いでましたし、当麻さん寝てましたし、色々と大変だったんですよ。なのに、当麻さんはぐっすりと眠ってましたから、投影するだけなら起こさなくても良かったあー君を八つ当たり気味に起こしちゃいましたし」

 

 

「うん? 今、何だかとんでもない奴から恨まれそうな気がしたぞ」

 

 

とんでもないところからとんでもない八つ当たりの不幸を予感した愚兄は、とにかくほっとした。

 

やっぱり、何だかんだ言って心配だったからだろう。

 

詩歌がいるだけで、ひとりの意思では押さえ切れなかった震えが、定まった。

 

悪夢の恐怖が止まったのではなく、ただ乱れていたものがひとつの集まってゆくように定まった。

 

いくら強がっても、こればっかりはどうしようもない。

 

兄妹だから。

 

 

「ふふふ。でも、間違ってると思ったら、迷わず止めてくれる人がいるのは本当にうれしいです。きっと幸せなことです」

 

 

それでも、賢妹は唐突に訪れた不幸を前にも、迷いのない信頼をぶつけてくれた。

 

きっと誇り高く笑って。

 

 

「アリサさん、あなたの歌に助けられました、ありがとう」

 

 

「うん。あたしも、あたしと『彼女』を助けてくれてありがとう、かな」

 

 

停止した<エンデュミオン>は、明かりを失い薄暗い。

 

シャットアウラは動かない。

 

例え意識を取り戻したとしても、彼女にはもう戦闘を続ける意思はないだろう。

 

当麻達が、<聖人>の力を砕いた時点で、彼女の敗北は決まった。

 

シャットアウラの復讐は終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『お願いします。私の大事なもの全部なくしてもいい。だから今―――皆に『奇蹟』を』

 

 

……そうだ。

 

誰よりも奇跡を信じ、歌うのが大好きだった。

 

私は……あの時、願った。

 

大事なものを差し引いてでも、『奇蹟』がほしいと。

 

そして。

 

 

 

もう一人の自分(アリサ)が生まれた。

 

 

 

例えるなら、『願い』

 

学園都市の能力者は、世界とはズレた1%にも満たない『可能性』を現実のものと観測して、世界を自己意識のまま操る―――それが基礎である<自分だけの現実(パーソナルリアリティ)>。

 

そして、それは能力者のものでなくとも、人の願いというものは主観を歪める。

 

88人が例え1%にも満たない『常識外の奇蹟』を信じる―――複数の願いが同一の指向を与えられれば、それは因果律にすら干渉する力になり、その『願い』を無意識に能力で集める『奇石(オリオン)』を持ち中心となっていた一人の少女を分断して、多くの人の運命を変えた。

 

思い出した時、慟哭も憤怒も焦燥も絶望も何もかもが頭の中からするりと消えた。

 

 

『―――隊長! 『クロウ7』です! 応答を願います!』

 

 

耳につけた通信機から響く低い声に意識が覚醒する。

 

 

「……こちら『クロウリーダー』……」

 

 

『<エンデュミオン>が崩壊します。そこにいては危険です。リーダーが降りてきたら、緊急パージ用の爆砕ボルトを爆破しますので、早く御帰還を』

 

 

「いや、今すぐやれ」

 

 

『しかし! それではリーダーが』

 

 

「もう何でもない。分かってるだろ? お前達の雇い主は終わった。<黒鴉部隊>は解散だ。勝手に暴走した私の事は放っておけ」

 

 

『……自分のリーダーはあなただけです。<黒鴉部隊>も学園都市の秩序を守るために編成されたもの。雇い主だろうと関係ない。自分達はあなたの信念を信じたのです。自分達の上に立てるのはリーダーを置いてほかにはいません。あなたがいる限り、<黒鴉部隊>は解散しません』

 

 

<黒鴉部隊>。

 

『オーピッド・ポータル』レディリー=タングルロードに、鳴護アリサと繋がっているシャットアウラを囲い込む手段として組織されたもの。

 

だから、疑った。

 

彼らは自分を欺くために忠誠を誓ったのではないのかと。

 

しかし、彼らはレディリーの手駒ではなかった。

 

 

「そうか……だったら、なおさらすぐに爆破しろ」

 

 

シャットアウラは少し柔らかく目を細め―――すぐにその残滓すら覚らせないほど屹然とした声で命令を言い渡す。

 

<黒鴉部隊>の隊長として。

 

 

「我々<黒鴉部隊>は学園都市の秩序を守るものだ。迷ってる暇はない。今ここで基部を爆破し、<エンデュミオン>の墜落を一秒でも早く防ぐんだ。それが<黒鴉部隊>だ」

 

 

『了解、しました』

 

 

―――と、張りつめた糸を緩めるように、そこで溜息まじりに、

 

 

「……安心しろ。ちゃんと帰ってくる。お前達のリーダーは誰だと思ってる」

 

 

『! はい! 了解しました!』

 

 

通信はそれで終わり。

 

……結局、あの愚兄の言う通りなのだろう。

 

私は自分を憐れんで、歌も、奇蹟も、自分も、信じたいものを全部拒んだだけなのだ。

 

 

「父さん……」

 

 

―――シャットアウラの目元がじわりと濡れる。

 

 

まるで氷が溶けたようだ。

 

嗚咽を殺そうと噛んだ唇が耐えられないようにわなわな震える。

 

そうでもしなければ、幼稚園児のように大声で喚いてしまいそうで。

 

だが、これは必要だ。

 

シャットアウラはここで泣かなくてはならない。

 

縛られた過去から前へ進むために。

 

そのためには、気丈な彼女の前では、“余計なギャラリー”は不要。

 

できるものもできなくなる。

 

地面が震え、浮遊感に身体が持ち上がってくると、詩歌はシャットアウラから目を外し。

 

 

「では、インデックスさん達を見つけて宇宙に漂流する前に早く脱出しましょう。……当麻さん、付き合ってください」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

そして、去り際に兄妹は『もう一人の彼女』へと、

 

 

「アリサ。お前は、俺の右手に触れられたんだ。だから、幻想なんかじゃない。歌が好きで、歌で皆を喜ばせるのが好きな、それだけの普通の女の子だ」

 

 

「ええ。アリサさん、シャットアウラさん。あなた達は双子です。ちょっと生まれ方が特殊かもしれませんが、世界には例外が多いものです。少しくらいは、神様だってお目こぼしします。しなくても、させます。あなたの歌が好きですから。それにインデックスさんとの約束もあるのでしょう」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

例えば、ドラマならば涙のシーンで終わるのもいいだろう。

 

それで問題ない。

 

物語の幕を下ろすためにそれが一番の方法ならば。

 

でも、彼女達はそこで幕を下ろすことはできない。

 

ドラマが終わっても、彼女達の生きていく道は長く続いている。

 

一枚のディスクに到底収まりきれない長さで。

 

涙を流したら、必ずそれを拭く。

 

もう一度歩き出すために。

 

だから、物語を生き続ける人間は泣いてもいい。

 

きっとその為に、彼女達の身体には涙が備わっているのだから。

 

 

「……3年だ。赤子だって、自分の足で歩ける。そうだろ―――お前はもう鳴護アリサだ」

 

 

<88の奇蹟>で生まれた双子。

 

シャットアウラ=セクウェンツィアと鳴護アリサ。

 

何もかもを思い出し、すでに互いの数奇な運命を知ってる、感じ取っている。

 

だけど、鏡合わせにはならない。

 

違うのだ。

 

1つの体から別れて、全く同じもう一人の自分のはずなのに。

 

この3年で。

 

歩んできた過去も、立っている現在も、そして、進むべき未来も。

 

 

「約束したんだろう、お前も。私も約束をしてしまったからな。<黒鴉部隊(あいつら)>を見捨ててはおけん。私は父の遺志を継ぐ。だから、お前は“私達の”夢を叶えろ」

 

 

「うん……じゃあ、もう立ち上がらないとね、“私達”」

 

 

応えるように、アリサは優しく優しく微笑んで、シャットアウラの頬を濡らす涙をその手でそうっと拭く。

 

手は、繋がない。

 

代わりに、シャットアウラの伸ばした右手から端を掴んで落される、今天上に輝く星座と同じ、父が『奇蹟』を起こした機体と同じ名の、オリオン座のブレスレット。

 

それを、アリサに、もう片方の端を握れというように。

 

 

「なあ、歌を聴かせてくれ。今なら、きっと聴ける」

 

 

「うん。一緒に、歌おう……何度でも」

 

 

アリサもその紐を取った瞬間、オリオン座のブレスレットに嵌めこまれた星座が、眩い極光に煌めく。

 

 

 

そして、また別れた。

 

 

 

2人の間に凄まじい規模の光が生まれ、その輝きはたちまち彼女達の全身を包み、高く高く屹立した。

 

虹のように七色のスペクトルに揺らめく光柱は、天井を抜け、遥かな先まで延びると、そこでふわっと環状に広がった。

 

まるでカーテンのようにたゆたいながら、<エンデュミオン>を包むように全方位に流れていく。

 

2人で1つの『聖歌(セクウェンツィア)』と共に。

 

その音色を、学園都市にいた多くの人々が聴いたという―――

 

 

 

 

 

第23学区

 

 

 

『―――確認。こちらのシュミレーション通り、――さんのいるところへ不時着します!』

 

 

 

緊急で整備される空港。

 

空から舞い戻る、燃える機体。

 

ビリビリと大気が振動して、地響きのような音が響く。

 

遥か頭上を見上げれば、それはまさしく灼熱の炎に包まれた流星。

 

未だ雲の上にあるにもかかわらず、肉眼ではっきりとその姿が見える。

 

この流星の正体は『バリスティック・スライダー』。

 

脱出時の不幸(ドタバタ)で一部損壊した次世代新型宇宙シャトルが、高度数千mの上空から重力に引かれて落下してくる。

 

このまま落下すれば、間違いなく大惨事を起こすだろう。

 

しかし、恐れていた大惨事の瞬間に待ったをかける少女がいた。

 

 

「お姉様。大お姉様達の落下地点へ辿り着きましたわ」

 

 

「ったく、落ちてくるからヘルプって、ボールじゃないのよ!」

 

 

最初に生じたのは、黄金の輝き。

 

金色の稲妻を撒き散らす、学園都市第3位の電撃姫の御坂美琴。

 

落下を続ける『バリスティック・スライダー』へ向かって、<超電磁砲>から撃ち出された凄まじい雷が、この第23学区上空に巨大な電磁場を形成する。

 

電磁場の中に突入したシャトルは、自らの移動速度によって強力な磁界に包まれた。

 

そして、電撃姫は再び雷を放つ。

 

急激に変化する電磁場が、宇宙からの墜落機を掴む。

 

重力に引かれて落下するシャトルを、電磁誘導の原理で勢いを殺そうとしているのだ。

 

まさに水風船で落下物を受け止めるが如く、大きく反発力場を歪ませながらも、ギリギリのところで落下の勢いを殺そうとする。

 

 

「ッ! 重い……! このままじゃ支えきれない!」

 

 

―――そのとき、激しい業風が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、こンなのは今回限りだからなァ」

 

 

不時着して乗員が全員無事であることを確かめずに、白い影は立ち去った。

 

 

 

 

 

駅前

 

 

 

<エンデュミオン>の倒壊事件は、数十人もの負傷者を出す大惨事となった。

 

しかし負傷者のほとんどは、避難時のパニックによるものが原因で、エレベーターの倒壊に巻き込まれて重傷を負った招待客はいなかった。

 

避難行動が迅速だったとニュースを読み上げるキャスターは述べる。

 

結局、この事件で命を落したものはおらず、最後に落ちてきた『オーピッド・ポータル』社長レディリー=タングルロード、歌手『ARISA』ら他4名も無事、レディリー、『ARISA』、(あともう1名)はしばらく表舞台に立てなくなる入院を余儀なくなるほどの重症?を負ったそうだが全員生還。

 

<88の奇蹟>以来の奇蹟的な出来事で、その裏でLevel5の活躍があったとかなんとか。

 

そんな大画面で流れるニュースを適当に聞き流す3人は、当麻、詩歌、インデックス。

 

 

「ふふふ、美琴さんに立役者としてマスコミ関連を全部押しつけましたが、この前のゲコ太バットで手を打ちましたので問題ありません」

 

 

「おい、それでこの前、御坂、あんなにビリビリしてたのかよ」

 

 

「アリサも、<聖人>のままだけど、しいかに半分、シャットアウラに更にその半分削られて、もう十分人並みのレベルに落ちたんだよね」

 

 

「ええ、ステイルさんが言うにはしばらくは保護観察ですが問題はないでしょう。私達がついてなくても、シャットアウラさんがついてるでしょうし。まあ、しばらくが休業しなくてはなりませんけどね」

 

 

「あのゴスロリ社長が捕まって、『オーピッド・ポータル』は大変なんだよなー」

 

 

そう言って、当麻はもう視界を天高く分かつ塔のなくなった空を見上げる。

 

鳴護アリサとシャットアウラはここにはいない。

 

一緒に父、ディダロス=セクウェンツィアの墓参りへ出かけている。

 

挨拶をしに、そして、けじめをつけに。

 

―――と、当麻もつけなければならないけじめを思い出した。

 

 

「詩歌! お願いがある!」

 

 

往来だが構わず、妹の腕を掴んで待ったをかける。

 

 

「一体どうしたんですか、いきなり。言っておきますけどお小遣いの前借りは」

 

 

「是非、俺の気持ちにこたえてほしい」

 

 

いつになく真剣な眼差し。

 

詩歌の唇から、え、と弱弱しい声が漏れる。

 

一世一代の告白をするかのような雰囲気だが、先程も述べたようにここは駅前の往来で人目が多い。

 

 

「当麻さん、そういったお話はもっと静かな所で」

 

 

「俺はもう逃げないと決めた。誰に見られようとかまわねぇ! だから、詩歌、お願いだ」

 

 

「お、お兄ちゃん……」

 

 

詩歌が戸惑うように身体を震わせる。

 

まさか―――これは―――もしや―――

 

ここぞという時に見せる愚兄のマジ顔。

 

その気迫に押され、『だ、ダメです、私達は兄妹ですし、2人っきりの時に……』とたしなめることさえもできず、反抗する素振りもやはり見せずに、こくん、と頷く。

 

それを見て、当麻は、ずっと詩歌に言いたかった言葉を――――

 

 

 

「お兄ちゃんを殴れ! 力いっぱいに殴れ! お前じゃないと満足できないんだ! 詩歌の拳じゃなきゃ全っ然ダメなんだ!」

 

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

 

「ふぅ……当麻さん。詩歌さんは今回の件で色々と誤解について学びました」

 

 

長い長い沈黙の後、まだ顔はほんのりと赤く上気しているが、詩歌は深呼吸してから、理解力のある微笑みを浮かべる。

 

 

「当麻さん、2、3訊きたい事があります」

 

 

「何だ? あ、殴るのが辛いんなら、別に鞭とか道具を使っても構わねーぞ。お兄ちゃんは、全部逃げずに受け止める!」

 

 

と、そこでインデックスがさらに耳打ち。

 

 

「そういえば、とうま。宇宙に行く前も私に思いっきり噛みついてほしいってお願いされたんだよ」

 

 

「うわー、詩歌さんは逃げたいですね、この現実から」

 

 

告白かと思ったら調教嘆願。

 

いやまあ、前々から萌芽があるなーとは思っていたが、とうとう『ドM』に開花したのだろうか。

 

まさか、『俺と妹の青春ユートピア』の逆パターンをお願いされようとは。

 

これも一種の愛情表現だと割り切るべきなのか?

 

と、そんなはずがないとすぐ分かる。

 

 

「はぁ、なるほど、けじめ、ですか」

 

 

「おう。詩歌を殴ったからな。やられたらやりかえす。倍返しで頼む」

 

 

そう言って、当麻は何も間違っていないと力説する。

 

メロスとセリヌンティウス的なものだろう。

 

とにかく甘酸っぱい何かを期待した詩歌の予想を裏切っていることは間違いなく、詩歌の微笑みが段々と冷めていき、陰影が濃くなる。

 

 

「そうですか。まあ、分かってますけどね、フフフ……当麻さんがそういうのは」

 

 

うつむいた詩歌が、ぶるぶると肩を震わせ始める。

 

それを見て、当麻の不幸センサーがけたましく鳴り響き、危険を予知する。

 

あれ? お仕置きを望んでたけど、何だか予想以上にキテる気がするでせう?

 

しかし、他にどうお願いすればいいのか分からなかった。

 

やがて氷のような無の笑顔を崩して、詩歌がキッと眉を吊り上げた。

 

本気でがっかりしてるような、そのくせ怒り狂っているような顔で、

 

 

 

「やられたらやりかえす。―――但し、お兄ちゃんには百倍返しです!」

 

「せめて桁一つ落として10倍に!?」

 

 

 

学園都市、今日も愚兄の悲鳴が響き渡る。

 

そして。

 

 

 

心地よく乾いた初秋の風が、一瞬、歌声のような美しい音を残し、優しく街を吹き抜けていった。

 

 

 

つづく

 

 

 

NG

 

 

 

公園

 

 

 

ステイル=マグヌス。

 

イギリス清教第零聖堂区<必要悪の教会>に所属する火を操る事を得意とするルーンの天才魔術師。

 

 

「何故勝手に動いた? 僕の命令を待てといったはずだ」

 

 

「……し、ししょー……」

 

 

「それに、上条詩歌と敵対することがあれば、こう言えと言ったはずだろうが」

 

 

彼はプロの魔術師として、異能の天敵とも言ってもいい上条当麻にも、そして、戦闘シスター200人を弄んだ異能の天才である上条詩歌に対しても対応策は思い付いている。

 

 

 

「「お、お姉ちゃん、お願いだから、私達側(こっち)について?」」

 

 

 

そう、『これ以上、背は伸びなくていいんだ』と小さいものをこよなく愛す一人の英国紳士ならではの。

 

はぅ! と、同じく『同士』の詩歌さんはマリベートとジェーンを背負うように、くるりと胸を押さえて反転し、

 

 

「すみません、当麻さん、インデックスさん、アリサさん」

 

 

勧誘成功。

 

上条詩歌、上条当麻らの敵に回る。

 

 

「と、とうま!? しいか、完全にデレってきてるよ!」

 

 

「ちょっと待てマイシスター!? まさか本気ってわけじゃねーよな!?」

 

 

「本気です。だって、彼女達の可愛さは本物なんですから!」

 

 

「うん。そっか、本物かぁ。それじゃあ、仕方ないね」

 

 

「アリサ、勝手に納得しちゃ駄目だ! これはすっごくピンチなんだぞ! もっと真面目に説得して!」

 

 

「可愛いは正義。それ以外の言葉は不要! お覚悟をお兄ちゃん!」

 

 

「ふ、不幸だーーー!」

 

 

 

 

 

会場 裏

 

 

 

レディリー=タングルロード。

 

破綻しかけた会社を持ち直させた天才的な経営手腕を持ち、宇宙工学にも博識だと言われる<エンデュミオン>を建設した『オーピッド・ポータル』のゴスロリ美少女社長。

 

 

「アリサさんのファンの上条詩歌です。今日はよろしくお願いします」

 

 

「ふぅん。挨拶返しに売り込んでくるとは中々有能ね。マネージャーとして我が社で正式に雇ってあげましょうか」

 

 

「またまた御冗談を」

 

 

「いいえ、本気よ。お金ならいくらでも出すわ」

 

 

「ふふっ、私はお金で心は動かされませんよ」

 

 

失笑する詩歌。

 

しかし、およそ1000年も生き、社会の荒波にもまれて鍛え抜かれた商売魂と老獪な洞察力をもつレディリーは、見抜いた!

 

 

 

「じゃあ、私のお姉ちゃんになって♡」

 

 

 

1000年生きようが、その容姿は10歳。

 

はぅ!? と詩歌さん、胸を押さえて、ぐらりと立ち眩み。

 

 

「詩歌さん!? ウチの学校は基本アルバイトは禁止ですよ!」

 

 

「そ、そうでしたね、美琴ちゃん。ええ、私には美琴ちゃんと言う妹がすでにいるんですから」

 

 

そして、1000年も生きた豊富な人生経験は、この好機を見逃さず一気に!

 

 

 

「うるうる。お姉ちゃんに……なってくれないの?」

 

 

「イエス、マイロード(シスター)

 

 

 

勧誘成功。

 

以後、上条詩歌は『ARISA』の名マネージャーとして、またゴスロリ美少女社長の姉として活躍する事になる。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

―――この幻想を現実に投影する。

 

 

 

「その右手が見事に邪魔してくれたせいで、『鳴護アリサは幼女(ロリ)化した』」

 

 

「何、だって……………え?」

 

 

「詩歌ちゃんがマネージャーとして、美少女ゴスロリ社長と並ばせるために、鳴護アリサを生まれた年齢その通りに3歳にしようとしたんだにゃー。あと、ついでに<聖人>を封じるために」

 

 

当麻の横に侍ていた多角スパイでシスコン軍曹な土御門元春が、鼻に血が上ってるステイルから引き継いで説明を続ける。

 

上条詩歌の『オーピッド・ポータル幼稚園計画』を。

 

 

「アリサはな、夢を叶えようと一生懸命努力してる奴で、なのにそんな女の子がどうして小さくならなきゃならないんだよ!」

 

 

「可愛いは正義。そういうことだぜい。そして、その影響は鳴護アリサにだけでは留まらなかった」

 

 

 

 

 

公園

 

 

 

奇蹟が、起きた。

 

 

「いいか、お前達! これから我々<黒鴉部隊>は<エンデュミオン>へ侵攻する。そのため、リーダーであるシャットアウラ様から一言ある!」

 

 

彼ら、<黒鴉部隊>である精悍な黒づくめの男達の士気も高く、圧巻の一言だ。

 

そして、彼らを前に『クロウ7』は一歩前に出る。

 

念のために言っておくが、『クロウ7』は隊長ではない。

 

ただ彼がシャットアウラを多脚型機動兵器ならぬ人型隊長支援兵、つまり肩車当番だからだ!

 

 

「おまえたち! くろとはちつじょのしょうちょうなのだ。ほかとはまざらぬぜったいしょく! つまり、わたしたちくろからちゅ、~~~~~っ///」

 

 

人目のある公園で、これは相当な羞恥プレイなのだが、『クロウ7』らは羞恥を感じない。

 

元々、見た目10歳のレディリーの元へ集った強者ぞろいだ。

 

この肩に感じる隊長の重みと暖かさと、ふわりと漂ってくる隊長の香り。

 

後頭部に触れるか触れないかの距離にある、お腹――いや、ここはあえてぽんぽんの感触と言おう。

 

そしてさらに安定のために頭に乗せられる小さなおててに、自分の首に回されるおみ足!

 

重心がずれて太股に口付けしてしまうのは事故かもしれないが、しかしお尻を持って支えるのはNG。

 

何故なら我々<黒鴉部隊>は隊長の騎士だから!

 

幼いころに父を失くし、実は甘えたがりな隊長のぱp、おっと騎士だからだ!

 

だから、周囲のイタい視線などどうでもいい。

 

むしろ演説中に噛んだリーダーに、ほっこりとしている。

 

 

「隊長! 次はこの『クロウ1』にた、隊長をかかっかた、かっ肩車を」

 

 

「自重しろ『クロウ1』! それは隊長から一番に活躍したものに与えられる名誉だぞ!」

 

 

「いや、『クロウ2』、もしかするとこの任務を果たしたものは、隊長のパパに……」

 

 

静まり返る<黒鴉部隊>。

 

だが、それも一瞬のことで。

 

 

「で、では、いくぞ! おまえたち!」

 

 

―――うおおおおおぉぉぉぉおおぉぉぉおお!!

 

 

「全ては隊長のために!」

 

「「「「「「全ては隊長のために!」」」」」」

 

「隊長に成功を! 幼稚園計画に感謝を!」

 

「「「「「「隊長に成功を! 幼稚園計画に感謝を!」」」」」」

 

 

―――うおおおおおおおおぉぉぉおぉおぉおぉおお!!!

 

 

今<黒鴉部隊>は一つになり、士気のボルテージは最高潮に達した。

 


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