とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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天塔奇蹟編 黒き襲撃

天塔奇蹟編 黒き襲撃

 

 

 

???

 

 

 

『そういうわけで――ジ――今日から――ジジ――この子の警護をお願いね』

 

 

「何故? 一学生の人間を、我々<黒鴉部隊>が全勢力をあげて保護しなければならないんですか?」

 

 

『あらあら―ジ―ただの一学生ではないわよ。――ジジッ――ええ―うふふ。――ジ――何てったって、<エンデュミオン>に華を彩る歌姫なんだから』

 

 

「しかしっ! <黒鴉部隊>は学園都市の秩序を維持するために、統括理事会から認可を受けた治安部隊であって、アイドルの親衛隊ではない! あんな醜悪なノイズを吐き散らすだけの」

 

 

『私情が入ってるわよ。―――あなた達<黒鴉部隊>は私が雇った人材――ジジッ――この意味、分かるわよね?』

 

 

「くっ……わかり、ました。ですが、でしたら彼女が狙われる理由をお教えください」

 

 

『あら? ――ジ――トップスターになった人間は裏では色々と狙われてるものよ。私もこれまで――ジジ――度も暗殺され――ジッ――もの――ジジジ――理由なんてそれで充分じゃない?』

 

 

「わかりました。もう貴女にこれ以上訊いても無駄だというのが……しかし、1つだけ答えてください。彼女を――鳴護アリサを保護する事が学園都市の秩序を守る事に繋がりますか?」

 

 

『ええ、もちろん。――ジッジッ――今夜あたりに来ると思うわよ――ジジー――この街の秩序を乱す襲撃者』

 

 

「……では、この回線が本当に安全なのか確認するべきです。先程からノイズを感じています」

 

 

『ノイズ? ああ、そうだったわね。――ジジジッ――今ちょっとあの子の歌を流してたのよ。良い歌よね。私、気に入っちゃったわ―――どう? ノイズはなくなった?』

 

 

「………はい」

 

 

『じゃあ、早速だけど動いてもらうわよ、シャットアウラ』

 

 

「………はい」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

街灯が点き始める夕暮れの街中。

 

もうすぐ外出禁止時刻になろうかという時間帯。

 

 

「あーっ! こんなに楽しかったのって久しぶりかな! ほんと付き合ってくれてありがとう!」

 

 

「ううん! 私も今日は一緒に遊べて楽しかったんだよ、アリサ」

 

 

「ええもちろん、詩歌さんも。アリサさんと出会えてよかったです」

 

 

鳴護アリサ、インデックス、上条詩歌がにこやかに今日の事を話す、その数歩離れた位置でアリサの路上ライブに必要な機材や楽器を詰め込んだ鞄もろもろの荷物運びをする従者及び愚兄の上条当麻。

 

重いものを女の子に持たせるな、が当麻の兄としての自訓だ。

 

体を鍛えている当麻ならとにかく電子ピアノやスピーカーなどが入っているので結構重く、あんな細身のアリサが普段運んでいるとすると意外とアイドルと言うのは力持ちで体力が自慢でなければこなせないものなのだろうか?

 

いや、世の中には隣の打席でポンポンヒット性の当たりを飛ばして景品に限定版のゲコ太バットを手に入れるような女子中学生もいるんだし、珍しくはないのか?

 

 

(むしろ、男子高校生の頭を鷲掴みにして宙釣りにしたり、バックブリーカーで持ち上げて極めたり、ホームランを打っちゃったり、そして兄を100以上も叩き潰したりするような怪力と比べれば、このくらい持っていても全然普通……)

 

 

おっとここで妹の笑顔の陰影が濃くなってきているような気もするけど。

 

きっと街灯の近くで明るいしこれは夕暮れで周りが暗くなってきているのとは違う気がするんですよ。

 

気のせいじゃないんだろうな。

 

気のせいだったらいいなぁ。

 

 

「詩歌、さん。そろそろ門限じゃあありませんか?」

 

 

「ふふふ、前のメイドの時のようにちゃんと連絡入れてあります。今宵のバットは250人斬した時と同じように血に飢えているような気がするんです、とはしも持てないような大人“しいか”弱い妹はバットをノーヒットの残兄へと向けます」

 

 

「そ、そうか、箸も持てないんだったら、お兄ちゃんがその妖刃(ようじん)みたいなバットを預かってあげよう」

 

 

「安心してください。“はし”といっても、“箸”ではなく、“橋”の方ですから。ええ、石でできたような」

 

 

トントンと金属バットを地面に叩く。

 

よし。

 

今日も恐ろしい怪力(かいりき)な妹との兄妹の以心伝心はバッチリだ。

 

よしよし。

 

早くこの会話をやめようか、うん、切り替えよう。

 

詩歌大明神様がバットを構えている様は凄く怖いです。

 

 

「と……当麻さんもLevel0だからさ。Levelなんか関係なしに夢を叶えようってする奴がいると思うと、なんか励まされるしさ」

 

 

「そうそう夢に向かって頑張る人を見ると、元気になるんだよ!」

 

 

「アリサさんの歌が皆に届くように詩歌さんも応援します」

 

 

えへへ、とはにかむアリサ。

 

今日の合格祝いでまた一段と弾みが付けた気がする。

 

こんな人達を、鳴護アリサは歌で幸せにしたいんだと改めて思う。

 

この時、鳴護アリサが想う幸せを皆に届けるの自分の夢なんだ。

 

 

「ふふふ、当麻さんも頑張らないといけませんね」

 

 

「いやいや、当麻さんよりインデックスさんの方が頑張らないとな」

 

 

「うん……て、それは失礼かも! 私はもう修道女(シスター)という立派な職業に就いているんだよ! 今の発言はイギリス清教に喧嘩を売ったも同然なんだよ!」

 

 

「イギリス清教関係ないだろ! これはお前個人の問題だろ! だいたい日頃の行いから、あんまりシスターの自覚が足りないような気がするんだが。特に今日のファミレスのあれは暴食じゃねーのか?」

 

 

「私の仕事は食べる事なんだよ」

 

 

「そうですね。よく食べ、よく遊び、よく学び、よく眠る。インデックスさんは良い子です」

 

 

「うんうん。しいかはよく分かってるんだよ。とうまも見習ってほしいかも」

 

 

「いくらなんでも甘やかし過ぎだろーが! たまには家事を手伝わせろよ。そしてその十分の一で良いからお兄ちゃんにも優しさを分けてほしいでせう」

 

 

「心外ですね。どちらかと言えば小さくて可愛いインデックスさんを優先しますが。詩歌さんが当麻さんに優しくなかった事なんてありましたっけ?」

 

 

「あるよ! 数え切れないくらいにたくさん!」

 

 

「『俺と妹の青春ユートピア』」

 

 

「やっぱりなかったね! 俺の妹は超優しい!」

 

 

いつも眩しく道を照らす太陽(ひかり)のように。

 

いつも優しく道を照らす月輪(ひかり)のように。

 

どんな日にも道を照らす照明(ひかり)のように。

 

夕闇の静かに流れる時間の中でも輝いているように見える、目の前のありふれた日常を謳歌する光景。

 

見てて、本当に仲が良いなぁ、と思ってしまう。

 

これを歌にするならどう表現すべき何だろうか、と自然とアリサは口ずさむ。

 

 

「~♪ ~~~♪♪」

 

 

まだ歌詞のない旋律だけのハミング。

 

それでも聴いているだけで心地が良くなってくるような、澄んだ良く通る声。

 

 

 

~~~~~♪ ~♪ ~♪

 

 ~~~~~♪ ~~~~♪

 

  ~~~~~~♪ ~~~~~♪

 

   ~~~~~~♪♪ ~~~~~~~♪♪

 

 

 

それに気づき、いつしかこの歌を邪魔しないように会話が止むも、アリサは歌いながら歩く。

 

公園に入り、ゆっくりと階段を登りきれば、そこにはストーンヘンジのように柱上の構造物に円に囲まれた大きな池。

 

―――人の気配は、ない。

 

 

「♪―――……」

 

 

その手前で歌が終わり、足を止める。

 

振り向けばそこに当麻、詩歌、インデックスが笑っていた。

 

 

「素敵な旋律だね。すごく好きかも」

 

 

「その曲、ダウンロードした中にもありましたね」

 

 

「歌詞はないのか?」

 

 

「これはまだ作ってる途中なの」

 

 

そして、アリサも笑みを返しながら、

 

 

「当麻君、詩歌さん、インデックスちゃん。今日は本当にありがとう。デビューライブが決まったら、必ず知らせるね!」

 

 

うん、と当麻達は頷いた。

 

 

 

 

 

その時だ。

 

池の水面から泡が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

公園

 

 

 

渦が生まれ、そこから現れたのは長身で腰まで伸びるゆるいウェーブの金髪、とんがり帽子に闇色のマント、箒を手にする黒き魔女。

 

挨拶もなしに箒を構え、水面に立っていると見えるような高さで上昇を止め、呪を唱える。

 

 

「ウンディーネ。杯の象徴により、万物から抽出されしものよ」

 

 

箒につけられた黒猫のアクセサリが発光すると足下の水面がざわつき、大渦を巻き、間欠泉のように激しい水流を噴き上げる。

 

水柱は荒れ狂う竜のように迸り、その余波の雨滴が4人の頭上に降り注ぐ。

 

そして、魔女――メアリエ=スピアヘッドが標的――鳴護アリサに狙いを定め、激流の水柱が薙ぎ払う。

 

楽器ケースや機材を入れた鞄が呑み込まれ、粉々に―――だが、そこに4人はいない。

 

 

 

 

 

 

 

「以心伝心。ちゃんと伝わっていたようで何よりです」

 

 

「ああ、メイドの時に250人つったら、アニェーゼのシスター部隊だろ。敵陣で監視されてっから迂闊に話せなかった。『石橋に鉄の杖(バット)』で用心しておいて良かった」

 

 

「ええ、か弱い詩歌さんは小さいインデックスさんを優先しますから、当麻さんはアリサさんを」

 

 

当麻がアリサを庇い、詩歌がインデックスを抱きよせ、柱の陰に隠れていた。

 

 

「なっ、何……!?」

 

 

「いつのまに『人払い』も済ませてある。それにあれは水のエレメントを使役する術式なんだよ」

 

 

まぎれもなく異世界の法。

 

突如襲い掛かった、物語から現れたような魔女にアリサは困惑するも、インデックス――<必要悪の教会(ネセサリウス)>魔術師たちを罰する魔術師の魔道図書館<禁書目録>は即座に情報を整理し、その正体を看破する。

 

 

「なるほど、魔術の連中かよ」

 

 

「それで、その狙いはアリサさんですか」

 

 

当麻は<梅花空木>という最硬な腕時計を素早く右拳に巻き、詩歌もウエストポーチから取り出した<異能察知>の眼鏡と<調色板>多重なる原音を収めたヘッドホンを装着する。

 

そんな3人の対応の早さに魔女のメアリエは少し驚くも、すぐににやりと笑い、池の水から無数の水柱の矢を形成していく。

 

 

「そして、一人じゃない」

 

 

地面から盛り上がる一体の土塊。

 

そこから卵の殻を割るように外壁が崩れて、羽ペンを握る魔女が現れる。

 

土のエレメントを使役する魔術を得意とするマリーベート=ブラックボール。

 

天空から吹き荒ぶ風に乗る。

 

池の周りの柱の上に降り立つのは、扇子を手にした小柄な魔女。

 

風のエレメントを使役する魔術を得意とするジェーン=エルブス。

 

 

「しかも、可愛い!!」

 

 

ぐふっ! と襲撃者を確認して、胸を押さえて蹲る詩歌さん。

 

しいか!? とインデックスが驚き心配するが、別に攻撃を受けたわけではない。

 

キュンときただけだ。

 

茶のショートヘアに、ちらっと見える八重歯が小生意気に見えるマリーベート。

 

緑のロングヘアに、シャープな面立ちが少し大人びた雰囲気を醸し出すジェーン。

 

 

(さらに詩歌アイで、地面から出てきた子はドジっ子の資質がありそうですし、空から降ってきたのは身長を気にしてるおしゃまさんな気がします。ええ、最高です。しかし、彼女達が襲撃者だったとは、あそこの魔女なお姉さんだったら問題ないのに! くっ)

 

 

「なんて、不幸なんですか……!」

 

 

2人ともお姉さんなメアリエとは違い、小さくて可愛い、そして魔女っ子スタイル――悪戯を3回は見逃すほど詩歌のドストライクだ。

 

 

「と、とうまっ!? しいかの顔が『にへら~♪』になってるよっ!!」

 

 

「敵襲受けてんのに、なんて素直な妹なんでしょうか! 頼むからもっと真面目に! 表情だけでもいいからさっきのシリアス顔に戻してくれ!」

 

 

思わぬ事態に慌てるのを他所に、四大元素を操る魔女たちは攻撃準備を整えていた。

 

 

「マリーベート! 足止めして!」

 

 

司令塔たるメアリエの指示にマリーベートは羽ペンを地面に突き立てる。

 

瞬間、足下に伸びる泥土の流れにすくわれた。

 

アリサを守る当麻へ一直線に地面が盛り上がり、その片足をタイルと土が挟み捉えた。

 

土!

 

地で足を縛る土のエレメント魔術。

 

 

「ジェーン! 今です」

 

 

いつのまにメアリエの後方へと宙を舞うジェーンが扇子を振り上げる。

 

 

ビュオッ!!

 

 

上条当麻はその肌で強烈な魔力の余波が生み出す厄風の前兆を感知する。

 

突風が水面(みなも)を巻き上げるが、単発の弾丸ではない。

 

真空波を飛ばす風のエレメント魔術。

 

そして、水柱を生む水のエレメント魔術。

 

蛇のように波打つ突風の奔流が水のエレメントで造り上げた数多の水柱を呑み込んだ。

 

水の矢を溜めて、土の罠で相手の動きを封じ、風の砲弾で止めを刺す、メアリエ、マリーベート、ジェーン3人の魔女の絶妙な連携が織りなす四大元素の合わせ技。

 

それらが4人に向けて放たれた。

 

水の矢で足を砕かれた、真空波で腕を飛ばされた―――人間は一人もいなかった。

 

 

「―――混成<菖蒲>」

 

 

通れず、貫けずに水の破片が落ちる。

 

上条詩歌とインデックスの前には、200人ものシスターの猛攻を防ぎ切った不可視の障壁。

 

そして、

 

 

「―――ったく、エレメントだか、合体魔術だかしらねーが、この右手の前じゃ関係ねぇ」

 

 

真空波が凪に、水柱を水蒸気に。

 

あるべき姿へと戻す『神浄』の力にまるでシュレッダーにでも突っ込んだように四大元素は喰い殺された。

 

アリサの目の前に立つ上条当麻は右手を前に突き出していた。

 

ただそれだけで強大なはずの、人を傷つけるための魔術が、牽制の役すら果たせない。

 

 

「! キャァッ!」

 

 

さらに、メアリエは水のエレメントの制御を失って池へと墜落する。

 

 

「―――あるべき姿へ(G B A T S B)

 

 

誰よりも高い位置で戦況を見ていたジェーンはその声の主――インデックスを見た。

 

これは―――<強制詠唱(スペルインターセプト)>!

 

叡智による先読みし、相手の詠唱に割り込んで、制御権を奪う、全く魔力を使わない<禁書目録>の技術。

 

 

「はぁっ!」

 

 

当麻がその右手――<幻想殺し(イマジンブレイカー)>を足にまとわりつく土の拘束に叩きつける。

 

 

「っ!!」

 

 

異能である魔力を殺された土塊は、砂粒へと崩壊し、さらに術者とのパスを通ってマリーベートの足元にまで破壊の連鎖が起こり、魔女はその爆発に呑み込まれた。

 

 

「―――混成<山吹>―――パターン『電磁波』」

 

 

視覚にも、聴覚にも、嗅覚にも察知させない不覚の光線――<光学操作>による加減された非殺電磁波『ADS』

 

 

「!?」

 

 

扇子を持つ手から、ジェーンに不快感の信号が突き抜け、思わず武器を落してしまう。

 

 

「武装解除及び回収終わりです」

 

 

そして、見えない糸を引くように詩歌が手を振り上げると箒、羽ペン、扇子――3人の魔女それぞれの武器が彼女の手元へと集まった。

 

 

 

「危険物は没収しましたし、次は迎えに来た保護者の方にお話しを聴かせてもらいましょうか?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

轟!! と。

 

4人の周囲に火炎が噴き出して、視界を覆い、晴れるとそこに3人の魔女を漆黒の法衣のマントで庇う2mを超える長身の赤い髪の神父が溜息をついていた。

 

ステイル=マグヌス。

 

イギリス清教第零聖堂区<必要悪の教会>に所属する火を操る事を得意とするルーンの天才魔術師。

 

 

「何故勝手に動いた? 僕の命令を待てといったはずだ」

 

 

「……し、ししょー……」

 

 

制御を失い溺れかけたメアリエにステイルは厳しい口調で叱咤する。

 

簡単に返り討ちにあうというこの命令無視した結果に、司令塔であり年長者であるメアリエに、マリーベート、ジェーンの魔女たちは何も言い返せない。

 

 

「おいステイル! こいつは一体どういう事なんだよ!」

 

 

ゾア!! という大音響と共に、上条当麻が右手で打ち払った炎の海は一瞬で吹き飛ばされる。

 

その返答に火炎のルーンをぶつけようとしたが、その機先を制すように、ゾッ! と上条詩歌の眼光が射抜く。

 

 

「ええ、その服の赤い十字架に、生命力を魔力への変質する流れの癖で薄々分かっていましたが、“師匠”―――ステイルさん、あなた」

 

 

対峙する相手の奥底まで物事を見通す目。

 

今のステイルの挙動も見抜かれていた。

 

それでいて、こちらに心の動きを悟らせない。

 

 

ふふふ♪

 

 

―――どこまで掴んでいる? と意を込めて視線を送るも彼女は変わらず微笑んだままで心意を読み取れず、

 

 

「詩歌さんと同じ小っちゃいものクラブの同士だったんですね! 小さくて可愛い子を守るのが英国紳士」

 

 

「詩歌さん!? まだボケが続いてたんでしょうか!? お願いだからもっと空気を読んでマイシスター!」

 

 

いや、空気を読んでいる。

 

一見何も考えずにふざけているが、こちらのやる気を削ぎ、それにそちらの緊張をほぐす、特に鳴護アリサの微かな反応に応じて、彼女に普段の調子を見せている。

 

恐怖が伝染してパニックになるなら、余裕が伝染すればリラックスさせる。

 

薬も毒も分量次第と同じく、過ぎれば、油断となるが、そこは上手く場を調整している。

 

『特殊な力』の持ち主だが、鳴護アリサは戦ったことすらない素人だ。

 

こんな下手をすれば死なせてしまうほどの殺意を振り撒く戦いで、叫ばず喚かず逃げずパニックにならずにいる。

 

そして、戦いとは自分の流れに乗せた方が勝つ。

 

真面目に不真面目に道化を演じる土御門と同様に、喰えない相手で厄介だ。

 

 

「え~、師匠ってまさか……」

 

「……ロリコンだった……」

 

「いやステイルは確か14だから、それほどおかしくないぞ」

 

 

……早速、おかげで妙な誤解が生まれてしまってるが。

 

あとでこの命令違反も含めて、焼きを入れよう。

 

そして、空気の読めない愚兄は爆ぜろ。

 

銃口の引き金から指を抜くようにカードを挟んだ指をゆっくりと滑らせ、代わりに口に煙草を挟む。

 

 

「油断はしない方が良い。今、君達の前にあるのは、ローマ正教のシスター200人を弄んだまぎれもなく天才。ハッキリ言って、僕の手にも余る」

 

 

(ステイルのルーンを盗み出そうとするために)弟子入りしたメアリエ、マリーベート、ジェーンの3人の魔女達が顔を見合わせる。

 

このプライドの高い男が素直に敵わないと認める。

 

敵を前にし、降参するような真似をするなんて―――

 

 

「だから、上条詩歌の相手を頼んだぞ。―――神裂」

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、あなたと戦う事になりましたか、詩歌」

 

 

遠く公園から離れたビルの屋上から、彗星の如く降り落ちた人影。

 

長身に長い黒髪をポニーているに結い上げた女性―――神裂火織。

 

ステイルと同じく<必要悪の教会>所属の魔術師にして、世界に20人といない<聖人>。

 

卓越した剣術を持ち、拳銃のように構える腰の大太刀<七天七刀>から放たれる攻撃は<天使>さえ切り裂き、純粋な戦闘力なら魔術大国ロンドンでも十指に数えられる実力者。

 

神裂がここで現れたという事は、最早話し合いはないと詩歌は良く知っている。

 

古き良き大和撫子の精神を体現したかのように、生真面目で義理堅い性格だが、今は障害を斬るためだけに打ち鍛えられた一振りの刃だ。

 

雲に覆われて星すらない夕闇の下、2mを超える大太刀に右手を添えて。

 

ふぅ、と気を入れ替えるように息を吐くと、詩歌は片目を閉じながら、世間話のように、

 

 

「そういえば、夏休み最終日にインデックスさんが最後に注文したのって、『ゴージャスセット』でしたっけ?」

 

 

「……ううん。違うんだよ、しいか」

 

 

また、場の空気を弛緩させるつもりだろうか。

 

その意図がリラックスを目的とするなら失敗だろう。

 

この<聖人>の神裂火織から放たれる緊張感は、シスター200人に囲まれた時の比ではなく、一瞬たりとも目を離すことも許されない。

 

法の書事件で、<聖人>を抑えられると豪語した天才でも、この状況下では他へ気を回せない。

 

 

「―――『Fortis931』」

 

 

煙草を指で弾き、その軌道に沿ってステイルの手から勢い良く炎剣が飛び出す。

 

 

「まっ、<魔法名>!? 本気かよ!?」

 

 

当麻に対して、唱えたのは<魔法名>―――魔術師の殺し名だ。

 

ステイルはもう1つ障害となる上条当麻に炎剣を向ける。

 

あらゆる魔術や超能力を打ち消す<幻想殺し>は確かに『異能』を扱う者には天敵だろう。

 

だが、その効果が右手の先に限定されているなら、戦術の組み立てようはある。

 

 

「右手の射程圏に入らず、少しずつでも良いから確実にダメージを重ねればいい。君の右手は炎は消せても質量は消せない」

 

 

炎剣を爆発させ、爆発させ、衝撃波を撒き散らし、そして、『異能』を介さない二次的な瓦礫の散弾を喰らわせる。

 

当然ながら、炎剣は爆発地点から近ければ近いほどダメージは増す。

 

距離を取った状態では、威力は減衰され、有効な打撃を与える事は難しくなる。

 

しかし、これでいい。

 

モーションの大きく溜めの長い、一撃で叩き潰すような派手な技では、魔女達の二の舞になる。

 

積み重ねれば、確実にダウンさせられるし、そして、時間も稼げる。

 

ステイルは遠隔操作用の罠として周囲にルーンのカードを飛ばしながら叫ぶ。

 

 

「何を呆けてる……! アレを確保しろ!」

 

 

メアリエ、マリーボート、ジェーン。

 

武器がなくても、3人でかかれば女の子1人を攫うのも簡単だ。

 

 

「アリサ!」

 

 

「行かせないよ!」

 

 

ステイルが当麻を抑え、そして―――

 

 

「アリサさん!」

 

 

ジェーンは思わず立ち止まってしまう。

 

 

(私の扇を……! たった一度しか見せてないのに)

 

 

詩歌はジェーンの風のエレメントを操る扇子を振るい、アリサの前方を遮るように砂塵を巻き上こすほど強烈な烈風を起こす。

 

だが、そこに割って入った神裂が鞘から刀を抜く―――その動作のあまりの速さに刀身が空気に触れた所さえ見せない。

 

空気ごと砂塵の烈風を切り裂き、魔力を断たれた現象を霧散させた。

 

 

「余所見をしている余裕はあるのですか?」

 

 

「火織さん……」

 

 

神裂が詩歌の前に立ち塞がる。

 

戦闘機対決(ドックファイト)のように空を飛べない地に縛り付けたもの達には届かない領域で繰り広げられる百錬自得の剣士と才気煥発の策士の共に心技体の揃った天才同士の戦い。

 

援護は望めず、共闘した事があるからこそ、互いの実力が良くわかる。

 

 

「早く行きなさい。彼女の相手は先日手に等しい作業です。それでも、互角で平等な『足止め』はできます」

 

 

チン、と刀が鞘に収まる音。

 

一瞬と呼ばれる時間に7つの斬撃―――<七閃>。

 

上条詩歌の周囲の地面が、一定の間隔で並ぶ石柱が、まとめて7本のレーザーの如き鋼糸で切断される。

 

かろうじて、先に展開していた防御結界<菖蒲>の盾で、7の斬撃を受け止めた。

 

ぎちりと噛みちぎるような異音、気の欠片は火花と燃える。

 

そして、<七閃>と<菖蒲>の衝突を合図に3人の魔女はアリサを狙う。

 

その間にいるのはインデックスのみ。

 

 

(ダメ。私じゃアリサを守れない……っ!)

 

 

ただでさえ3対1なのに、<禁書目録>は、魔術が関わらなければ、ただの女の子と大差ない。

 

こちらも女の子といえど、仮にもイギリス清教から実戦投入されているのだから、そこらの人間より戦闘能力はある。

 

アリサにも何が起こっているかは分からなくても、燃え上がる公園―――このままでは危ない、その予感に、悲鳴すらも凍りついた。

 

そして見渡しても、周囲に騒ぎの様子は見当たらず、<警備員>が来てくれない。

 

人払いされ、目撃者に<警備員>を呼んでもらえる幸運も望めないという事。

 

しかし―――

 

 

「いえ、目を離す余裕はありませんが―――この詩を歌うだけなら目を離す必要もありません」

 

 

インデックスさん! と詩歌が叫んだ瞬間、神裂は詩歌の狙いに気づく。

 

魔女が迫る―――その足元に砂塵の竜巻に隠れて飛来した羽ペンが突き立っていた。

 

 

「これって、まさか……―――」

 

 

土のエレメント魔術を操る魔女のマリーボートは衝撃を受ける。

 

幻想投影(イマジントレース)>。

 

異能であるなら、触れただけで相手の力を見極め、トレースしてしまう能力。

 

だが、それ以上にステイルが警戒していたのは、一瞬で真似てしまう事だけでなく、一度投影した技を元に応用してしまう上条詩歌の技術。

 

 

 

「―――原初の土(A G H I)

「―――土を形作り(C D N H)命を吹き込み(A E T)名で縛る(T H N A)

「―――秘法は堕天が口伝する(A F D H M)

「―――だがその御業は人に成せない(B A B D P P)

「―――そして堕天の口で語れない(T L P O B A)

「―――生まれたのは命をもつ泥の人形(C R B T D A O)」」」」」」

 

 

 

それはまさに、歌。

 

豁然、魔性の音色が巻いた。

 

交わって、連なって、絡みつく。

 

世界最高の錬金術師が見せた『聖歌隊』の技術の応用と<禁書目録>の<強制詠唱>を応用で成した斉唱。

 

これ以上なく同調した『詠み手』と『禁書』による短縮呪文の高速合唱。

 

霊装である羽ペンを核にすえ構造物を取り込んで『土』という関連性から接続して造り上げたのは、<石像(ゴーレム)

 

魔術の呪文の発動に必要な儀式を極端に要約し、魔道図書館の叡智による補足説明をアルファベットの頭文字で暗号省略化したノタリコンの技術で意味合いを深める。

 

最低限に省略されたのに、その効果は法王級の大魔術。

 

インデックスは膨大な魔術の知識を有するが魔力を練れず、だけれど、上条詩歌はあらゆる魔術に適正のある魔力を精製でき、一度見たものを真似できるほど学習能力が高い。

 

そして、資質と技術だけでなく2人は掛け声一つで瞬時に互いの思惑を察し、指揮もなしに詠唱を合わせる事ができるほど連携。

 

両者とも補助型(サポートタイプ)であり、組めばそれは足し算ではなく掛け算に実力以上に力を跳ね上げる。

 

 

「―――前方を塞げ(F W S A)

 

 

アリサを狙う3人の魔女の前に立ち塞がる<石像>の巨人兵。

 

詩歌が燃料となる魔力のラインと並列思考の最低限の意思だけを、インデックスが<強制詠唱>で制御して<石像>に知能を――鳴護アリサを守護するように精確に操作する。

 

 

「これじゃあ、近づけない!?」

 

 

それぞれの四大元素を司る霊装もなしに無手でメアリエ、マリーベート、ジェーンがこの<石像>を相手するのは役不足だ。

 

しかし、今このフィールドにはルーンのカードが敷かれて場が整っている。

 

ステイルは己が保有する術式の中で最大級の破壊力を持つ切り札(カード)を切る。

 

 

「<魔女狩りの王(イノケンティウス)>!」

 

 

何度破壊されても即座に修復する、摂氏3000度の不死身の炎の魔人が石の巨兵に襲い掛かる。

 

だが、<魔女狩りの王>と同様に、<石像>もまた魔力供給が続く限り、再生をし続ける不破の守護神。

 

中々、弟子の魔女達が通り抜けられる突破口を開けない。

 

そして、

 

 

「おい。そっちにたった一体しか使えない折角の大技を出してもいいのか?」

 

 

「っ!?」

 

 

<魔女狩りの王>はステイルの最大魔術。

 

その代償に多大な魔力を消費し続けなければならず、あらゆる魔術を殺す天敵を相手する余裕もなくなる。

 

<魔女狩り王>を警戒する必要もなくなり、中距離からの衝撃波では愚兄の進撃を止める事は出来ない。

 

そして。

 

炎剣を作り上げた時には既に懐へと踏み込まれ、間合いは上条当麻の右手も届く危険領域。

 

 

「まずい! これでは……!」

 

 

神裂は上条当麻にステイルの態勢を整えさせるだけの時間を稼ぐ牽制を放つために素早く<七閃>を―――だが、その鋼糸の網を魔性の風が横から遮る。

 

 

「ここで余所見は悪手です」

 

 

「っ! <七閃>を―――」

 

 

石柱はおろか鋼鉄さえも切断する<七閃>だが、その勢いが激突し相殺された。

 

 

「<七閃>に対抗できるよう練り重ね、より密度を高めて挟み取る。気流より水流に近い粘性流体で剪断に工夫させてもらいました」

 

 

科学の智を魔術の技に組み込ませて、超人の力に拮抗。

 

妨害されようと、援助がきっと来ると信じていた上条当麻に迷いはなく。

 

全身の体重移動によって絶大な力が加わった強く握り締めた右拳は、振るわれた炎剣を砕いて打ち消し、ステイルを殴り飛ばした。

 

 

「一気に決めます!」

 

 

上条詩歌はこの好機に、千日手を打ち破る最後の詰め(チェックメイト)を。

 

水のエレメントを統べる霊装である箒を池に浸す。

 

浸けた一点から波紋が生まれ、箒の先がぼんやりとした光に包まれた。

 

同時に、轟と打ち上げた刀を水につけて焼きを入れる際の爆ぜるような激しい音を立てて、猛烈な凍える冷気が巻き上がる。

 

箒を池から引き抜くと、連動して氷龍の如き巨人の戦槌(メイス)が浮かび上がった。

 

それは、<神の力(ガブリエル)>が見せ、法の書で見せた<偽水翼>。

 

ただ四大元素を操るのとは比較にもならない高度な技量。

 

3人の魔女達が動きを止める。

 

特に本来の箒の霊装の使い手であるメアリエは、皮膚が泡立つ畏怖に身を震わせた。

 

あの少女がこともなげにやってのけたのは、天才にのみ許された領域の技なのだ。

 

ステイル=マグヌスが敵わないと認める真の天才、上条詩歌は、強い。

 

だが、神裂火織は世界に認められる天に愛されしものだ。

 

殺気すら感じさせず、ごく自然に振り抜かれた神裂火織の神速の斬撃―――<唯閃>。

 

 

「―――この程度で詰みとはこちらを甘く見過ぎです」

 

 

間近で見ていたはずの当麻にも、神裂が何をしたのか分からなかった。

 

<七天七刀>が煌めいたかと思うと、<偽水翼>は真っ二つに切断され地響きを立てて堕ちたのだ。

 

その衝撃は凄まじく、斬撃の余波でさらに細かく破砕し、ダイヤモンドの欠片さながら無数の氷塵が舞い上がる。

 

 

「知っているでしょう。私が<天使>が繰り出した本物を切断したのを」

 

 

百の軍勢さえ鎧袖一触する力を、百錬自得による一刀両断の技が上回る。

 

ダイヤモンドダストに照らされより輝く黄色がかった健康的な肌は、風雪に磨かれた聖女の象か。

 

透明でおだやかな表情にただ一点、瞳だけは折れない強い意志を映す。

 

<天使>を相手に共闘した神裂火織。

 

今まで上条詩歌が対峙した中でも最上位ランクの強者と今対峙しているのだ。

 

 

「―――ええ、知ってます。<天使>の一撃(これ)が火織さんに通じないのは。ですから、“詰めの前の布石”」

 

 

だが、ここまでは才気煥発の読み通り。

 

戦略パターンを瞬時にシュミレートし、攻略法を組み立てた通りに事は運んでいる。

 

<偽水翼>は、止めたと思い一息つくその一瞬―――一瞬の隙を作るための捨て駒。

 

 

「しいか!」

 

 

詩歌の真後ろにいつのまに白き修道女がいた。

 

上条当麻の一撃で、ステイルが<魔女狩りの王>を解除せざるをえず、既に<石像>はアリサを護り立ち塞がっている。

 

夏休み最終日にインデックスが詩歌に最後に注文したこの光から隠すように。

 

 

「―――『太陽(ソウエル)』」

 

 

瞬間、神裂の視界が真っ白になる。

 

詩歌のキーワードで、インデックスの護身用に細工を仕込んであった額当ての金飾りから放たれる闇を照らす太陽の光。

 

それが閃光弾と同じ役割を担い、予想だにしていなかった今までに見せた事がない、しかも魔術を扱えると思っていなかった伏兵からの不意の隠し玉に高性能な視野をもつ<聖人>が怯む。

 

通じないと分かっていたがあえて<偽水翼>を繰り出す。

 

そこに集中させる必要があったからだ。

 

<石像>から離れ、魔力も練れない、また動作で瞬時に術式を組み立てる天草式との相性で、その脅威を無視しても構わないと思わせるために。

 

さらに金の額当てに籠めていたのは上条詩歌の生命力で、また『太陽(ソウエル)』には『生命(ソウエル)』の意味もある。

 

<石像>に<偽水翼>の大技を連発した直後に詩歌の背を照らす温かで優しい後光は、元の上条詩歌の生命力として浸透し、瞬時に全快まで充気(チャージ)する予備源としても働く。

 

そして、この場には上条詩歌の生命力を浸透させた<偽水翼>の結晶が舞い散っている―――そう、浮かんで飛び回っている。

 

それは風と水の四大元素が混成する、静かな嵐。

 

 

「これで王手」

 

 

至難の作業と連携で隙のない相手に作り出した隙――絶好の勝機。

 

溶けたクリスタルの繭のように風水の牢屋が神裂を封じ込める。

 

これは、完全にデザインされた戦術。

 

漣に揺れる水に抱かれ、<聖人>は眠るように静止――――

 

 

 

スゥ―――と。

 

 

 

閃――線――剪――

 

風水の球体にうっすらと斬れ目。

 

五感を潰されていようと“来る”と分かっていた。

 

 

「ええ、詩歌。私もあなたがこれで<天使>を封じ込めたのを見てました。あなたなら必ず生け捕りにするこの一手を打つと“信じてました”」

 

 

ぱっしゃあ! と水の牢がシャボン玉のように割け散った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「これで王手させてもらえないとは、流石、火織さん、手強い」

 

 

「詩歌も。<神の力>との一戦を見ていなかったら危なかった」

 

 

上条詩歌と神裂火織。

 

両者は冷静に、そして静かに、“これ以上は危険”だと悟った。

 

 

「しかし、これ以上は小手調べではなく、私も<魔法名>を語る事になりそうです」

 

 

「でしたら、ここで手打ちにしませんか?」

 

 

個人戦では、互角―――だが、団体戦では、<必要悪の教会>の負けだ。

 

メアリエ=スピアヘッド、マリーベート=ブラックボール、ジェーン=エルブスの3人も返り打ちにされ、ステイル=マグヌスもやられた。

 

ここで満足に動けるのは神裂のみ。

 

 

「はい、そうですね。これ以上の戦いは無意味。元よりこれは彼女達の独断が招いたもの」

 

 

神裂は降参する。

 

それを聴き、詩歌も<石像>を崩し、羽ペン、そして、箒と扇子をそれぞれ元の持ち主へと返す。

 

だが、ステイルはよろめきながらも立ち上がり異を唱える。

 

 

「……!! 神裂! まだ僕はやれる!」

 

 

「ステイル。もうこちらは詰んでいます。先程の閃光で『人払い』は意味を成さないでしょう。この街の<警備員>を相手するのは面倒です。撤収します」

 

 

その言葉に、そして息を切らし、神裂に支えられる3人の魔女達を見て、ステイルも状況を認める。

 

そのまま背を向けようとする彼らに、上条当麻が噛みつくように待ったをかける。

 

 

「おい待てよ! どうして魔術側の人間(おまえら)がアリサを狙うんだよ! 答えろよ!」

 

 

「そうだよ! プロの魔術師であるあなたがどうしてアリサを狙うんだよ」

 

 

ステイルは立ち止まり、鬱陶しそうに当麻を睨み、真意を探るように詩歌へ視線を投げかけ、そして、インデックスの視線を躱し。

 

肩をすくめて、作為的に気持ちを切り替えて、

 

 

「……その娘は不和を招く黄金のリンゴだ。僕ら魔術サイドと科学サイドの間で、戦争を引き起こしかねないってことさ」

 

 

「戦争!? おい、それはどういう―――」

 

 

上条当麻はステイルに詰め寄ろうと―――

 

 

 

その時、黒い鴉が現れる。

 

 

 

カン コン――――

 

 

公園に、無数のペレットが転がり、そこに飛来したワイヤーと接続し内蔵されたエネルギを解放。

 

 

「―――逃げて!」

 

 

爆発。

 

轟音と共に、広域に拡散する爆風が辺りのものを全て吹き飛ばす。

 

爆風の向きを計算してあったのか、<石像>の陰に隠れたアリサ、それにその近くにいた詩歌とインデックスには避けていくが、ビリビリと全身に伝わる強烈な振動が、この一瞬に、音の飽和した沈黙を作り出した。

 

風をちぎるばかりの衝撃波は地面を抉り、標的にされていたステイル達の側にいた当麻が“不運にも”巻き込まれた。

 

 

「っ!?」

 

 

戦闘直後で<調色板>を外し、気を抜いてしまっていた詩歌、同じく神裂も近くにいたメアリエ達魔女3人を庇うのに手一杯で、ステイルは自分の身を守る事に精一杯。

 

そして、その右手は質量までは消せない。

 

上条当麻は飛び散る破片に呑まれた。

 

思考も後悔も恐怖も全てが残像を引くような一瞬、当麻は脳裏に、白い羽が降る悪夢が見えた。

 

きっとそれは終着点、全ての終端。

 

それが終わりだというのならば。

 

絶対に――――

 

 

(もう二度と―――)

 

 

ただ想いは一つ。

 

 

(―――死んでたまるか!!)

 

 

全身が痺れて、人体が液体であることを思い知らされ、震える革袋になった気分でただ死にもの狂いで足を踏ん張って数秒後。

 

スピーカーからの無機質な声が、公園に響き渡る。

 

 

 

『我々は学園都市統括理事会に認可を得た、民事解決用干渉部隊である。これより―――特別介入を開始する』

 

 

 

と、言い終わるよりも早く、

 

 

「そこですか!」

 

 

声を頼りに神裂は跳躍し、公園の構造物である柱の上に向けて、7つの斬撃を放つ。

 

しかし、そこへペレットが散布され、連鎖爆発を起こす。

 

爆風の勢いで鋼糸が流され、さらに追撃のワイヤーが空中にいる神裂に射出。

 

それを身を捻りながら躱し、メアリエ達の元へ着地。

 

 

「……やりますね」

 

 

そして、今の衝突で光学迷彩が消え、現れた実体を油断なく見据える。

 

海生生物のような複数の脚を持つフォルムに、鴉の嘴のような黒く尖った先端をもつ多脚型機動兵器。

 

機体各所には爆発するエネルギーを内蔵したレアアース製のペレットの射出装置、側面には着火接触用のアンカーワイヤー射出口。

 

 

「他にもいるぞ!」

 

 

さらに公園に周囲には同じく黒の三輪バイクの補助機動兵器が縦横無尽に走りながら陣形を組んでおり、

 

バシュ! と再び子機からペレットがばら撒かれる。

 

そして、親機から全ペレットをロックオンしたアンカーワイヤーが発射。

 

 

「これ以上は―――」 「―――させません!」

 

 

神裂がそのアンカーワイヤーを断ち切る鋼糸の網を張り、体勢を立て直した詩歌も瞬時に盾を設置し、

 

 

「メアリエ、ジェーン、マリーベート!」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

ステイルが炎剣を操りペレットを溶かし、そして、メアリエ、マリーベート、ジェーンもステイルをサポート。

 

だが、またも不運に、ステイル達が弾いたペレットが上条当麻の前に転がる。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

まだ万全に態勢の整っていない愚兄が巻き込まれる寸前、圧縮した空気の壁を全力で蹴った賢妹は間に合った。

 

爆発から難を逃れようと抱きつき体当たりの勢いで当麻の体を飛ばし―――だが、そこに最初の爆発で崩れかかった石柱が倒れ―――それに気付いた当麻が詩歌の体を抱え込み、

 

 

 

 

 

「やめてぇーーーー!!!」

 

 

 

 

 

燃える機体、倒れる人々、その中を歩く少女。

 

その手には青いブレスレットを持っていて、自分の手にも同じように―――

 

見たこともないあやふやな光景がノイズまみれで走馬灯のように流れ込む。

 

ただ自分が狙われているということしか状況は分からず、酷い目に遭わせてしまった当麻達に謝りたかった。

 

だから、炎に包まれる中で兄妹が押し潰されるのを見た瞬間に、いろんな感情がごっちゃになってなだれを打って、鳴護アリサはこの何もかもを押し流す激情のままに叫び、そのまま気を失った。

 

そして、それは不幸の連鎖を止めた、一つの『奇蹟』を起こした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ペレットが爆発し、兄妹を避けるように石柱倒壊の向きを変えた。

 

 

(―――<希土拡張(アースパレット)>が勝手に……!?)

 

 

このLevel4の<希土拡張>。

 

レアアースを媒体としてエネルギーの貯蔵と解放を起こす稀有な能力。

 

エネルギーを解放とはすなわち爆発の事で、その規模の増幅と指向性の設定も操作する事が可能だが、そのためにはエネルギーを貯蔵したレアアースでできたペレットに能力者である自分が触れるか、この<希土拡張>専用機が飛ばすアンカーワイヤーと接続しなければならない。

 

しかし、あれは勝手に発動し、しかも狙いを定めたかのように彼らを救った。

 

 

(……まあ、いい。アレを見る限り、どうやら彼らは単に巻き込まれたようだ)

 

 

襲撃者である奴らは既にもう逃げており、捕まえられなかったが、自分達<黒鴉部隊>はあくまで秩序を守るために組織され、余計な犠牲はなるべくだが避けたい。

 

今の誤作動を起こした『偶然の結果』だとしても、助かったのならそれで構わない。

 

それにもし<希土拡張>に何らかの異変が起こっているとするなら、一端戻ってすぐにチェックを受けた方が良い。

 

 

 

 

 

 

 

「アリサ! アリサ!」

 

 

突如倒れたアリサを介抱するインデックスに当麻と詩歌も駆け寄る。

 

だが、そこへ先程の黒い多脚型機動兵器が前に着地し、上条兄妹の前に来て停止。

 

嘴が開くように先端部分が浮いて、コクピットが開かれる。

 

そこから、ふさっと長い黒髪を後ろに流しながら現れたのは赤のラインが入った黒の専用特殊スーツを着用した、自分達とそう年端の変わらない無機質無表情の少女。

 

 

「貴女達は一体何者ですか?」

 

 

「……我々は学園都市の秩序を維持すべく特殊活動に従事している」

 

 

「そんなんじゃわかんねぇよ! いきなり襲いやがってお前達もアリサを狙ってんのか?」

 

 

「違う。先程の戦闘は、依頼を受けた任務の一環だ。そこに巻き込まれたのは謝罪しよう」

 

 

だが、と彼女は冷たく2人を見下ろし、

 

 

 

「警告する。その娘に関わるな。これ以上気安く関われば――――貴様達は死ぬ」

 

 

 

つづく


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