とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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離縁塞神編 厄払い

離縁塞神編 厄払い

 

 

 

???

 

 

 

真っ黒な薄闇が、霧散した。

 

 

 

憎悪の想念を呪符で御し、強い指向性を与えて『病魔』という形にまとめた力、

 

妖怪の力を、己の独力だけで完成させた呪い、

 

平安の京都で騒がせた貴族の怨念クラスの脅威を、消した。

 

何だ、あの存在は!?

 

この<死出の竜姫>でさえも敵わない、人間を致死させる『病魔』が通じず、打ち消された!?

 

こんなのは初めてだ。

 

 

「……これが―――の力だと言うのか!」

 

 

 

 

 

とある田舎

 

 

 

『疫病神』。

 

人々に不幸をもたらす悪神で、浮浪者の姿をして村の中を彷徨い、各家を訪ね回り、その家人を病気にしたり、怪我をさせたり、災いを招く。

 

そう。

 

 

 

『ただ存在だけで、その家族を全滅させる』最悪な妖怪。

 

 

 

けれど、何も抑止力がないわけではない。

 

それが道祖神――『塞の神』。

 

『塞の神』は、『欲しいものが思いのままに出せる炎の形をした宝珠』や『災いを切る剣や縛る縄』など、そして、『疫病神の帳面』。

 

この『帳面』は、『疫病神』が年の暮れに集落を回り、『不幸にする人の名を書いた』もので、それを年が明けるまで『塞の神』に預けたもの。

 

故に『塞の神』は、『疫病神』が戻ってくる前に『帳面』を持ったまま自分自身ごと『帳面』を焼却し、身代わりになることで人々を『疫病神』の不幸から守るのだそうだ。

 

他にも、先の『災いを切る剣』に『災いを縛る縄』で災いそのものである『疫病神』を縛り上げて、厄を断ち切ったとも。

 

『塞の神』は村の中に『疫病神』を入れさせず、その不幸から人々を守った守護神。

 

 

 

 

 

 

 

とある刑事と推理マニアの女子中学生の話。

 

 

 

「おい、推理マニア。どうしていつもいつも現場にいるんだ?」

 

 

「あら。いつもいつも刑事さん達の方が後から来てるのよ。そうただの偶然。まあ、これが運命の赤い糸というヤツかしら」

 

 

「お前みたいなクソガキとの縁は今すぐぶった切ってやりたい」

 

 

「ひどいわねー。でも、そう言いつつ、刑事さんは私を放ってはおけないのよねー。そう言う私も刑事さんのこと放っておけないし。ね、私達って、良いコンビ――良いカップルじゃない?」

 

 

「じゃない。何故言い換えたのかは聞かないが、俺は生きている人間を助けることにしか興味がない。一体その死者は何故死んだのかを解き明かすために、死体が出てくる事件に自ら首を突っ込むような推理マニアとは違う。助けてきたのも『菱神艶美だから』、と限ったわけじゃない。腐っても民間人のお前がしょっちゅう刑事である俺の前で危ない目に遭うからだ」

 

 

「でさー、話を変えるけど、この前の『人面痩』の事件覚えてる?」

 

 

「いきなり話を変えやがったな!」

 

 

「今回の事件もそれと同じ感じがするんだよねー。もしかすると、お姉ちゃんが出てくるような。私の専門分野外になるかも」

 

 

「何……?」

 

 

世の中には警察官でも手に負えないものがある。

 

それが妖怪絡みの<パッケージ>。

 

常識外の存在である妖怪の持つ特性や条件を、人間が構築した犯罪システムに組み込んで悪用する霊障事件。

 

例えその妖怪にその気がなくても、気づいてすらいなくても、ただその『存在』だけで、いくらでもお金を引き出せるキャッシュカードや何人殺したって絶対に犯人が発見されることのない包丁といった『夢のアイテム』として犯罪に使われる。

 

その中でも特に最悪なのが『条件さえ揃えば人を殺す怪異』―――<致命誘発体>。

 

例として、

 

『雪女』は、『婚約した相手を凍死させる』。

 

『七人のミサキ』は、『会ったら殺されて、仲間にされる(ただし出現場所は海水付近)』。

 

絡新婦(じょろうぐも)』は、『水際で休憩した相手を溺死させる』。

 

害があるとはいえ、ただ利用されているに過ぎない<致命誘発体>は警察には逮捕できないし、そもそも殺せない。

 

それを利用した犯罪者達を取り締まるのが精一杯だ。

 

で、この推理マニアはその日本警察でも後手に回るような<パッケージ>にも平気で踏み込み、そして、コイツの姉は妖怪すらぶち殺せるほどそのさらに一歩先を進んでいる別世界の住人。

 

つまり、『出会ったら死ぬ』と畏れられる推理マニアの姉が出張るような事件となると、日本警察には完全に手に余る問題だ。

 

 

「もうその犯罪組織は、お姉ちゃんが潰したんだけどね。<悪鬼羅刹>っていう『人間を妖怪に組み替える』ことを目的とした。……うん、『人面痩』になってしまったあの子と同じ存在がこの事件の裏にいる」

 

 

2人の目の前には、砕いた炭を敷いたような黒い跡が広がっていた。

 

 

 

 

 

サナトリウム

 

 

 

「―――お、起きたようだな」

 

 

ツンツン頭の高校生、上条当麻が目を覚ますとそこは、いつもの病院の待ち合わせの玄関ホール―――ではない、けど、それと似たような建物。

 

その待合席で、当麻は身体を横にしていて、

 

 

「道端で倒れてたんで、冷房の利いたここに連れてきてみたが、どうやら熱中症だったようだな。大丈夫か?」

 

 

不思議と、どこか聞き覚えのあるような声音。

 

もしかしてあったことがあるのかと思うが、違う。

 

 

「あ、ああ」

 

 

ほい、と親切にも買ってきてくれた飲み物を手渡す、同級生の土御門元春と似た雰囲気の少年は、きっと助けてくれた恩人なんだろう。

 

 

「それは良かった。ここ『サナトリウム』は、内装は病院だが、実際の医療機関とは全く関係ねぇ。『ただ病院に入院する患者の雰囲気を味わいたい』っつう物好きな相手の為の『インテリビレッジ』特有のアトラクション施設だからな」

 

 

周りは自然に囲まれて、空気は極めて清浄で、車の通りの少ない田舎だからかこれといった騒音もない。

 

病気の療養地としては最適。

 

施設内も立派なもので、ゴミ一つ落ちていない、ピカピカに磨かれた床。

 

自然光を多く取り入れるため、各所に取り付けられた窓。

 

空調に微量のラベンダーや柑橘系の香りまで混ぜてあり、病院特有の薬品臭さも最小限。

 

しかし、ここはただ裕福層の人間が『体験入院』するための施設。

 

全く理解できないものだが、とりあえずここは病院ではない。

 

この待合室にしても、妙に物々しい脱走防止の細工があっちこっちにあり、向こうでなにやら金髪の少年と話している薄い手術衣の少女はこれ以上にないくらいの健康体な快活な笑みを浮かべている。

 

 

「ああ、あそこでクラス委員に見舞われている少女もその物好きの一人だよ」

 

 

「ふーん。学園都市にもこんなとこがあったんだな」

 

 

一体ここは何処なのだろうか?

 

直前の記憶があやふやで、確か、地面に転んだ気がするけど、それ以降の記憶がない。

 

窓から外を見る限り、山々に囲まれた田舎っぽい風景、科学の最先端の洒落た街並みとは程遠い。

 

考えられるとすれば、第21学区か?

 

 

「はぁ? 『学園都市』って何だよ。ここは古き良きの雰囲気を大事にしている『インテリビレッジ』だぞ」

 

 

「『インテリビレッジ』? って何でせう?」

 

 

「国土の三分の一が再開発され、三ツ星ホテルや有名百貨店が提唱して広告代理店が喧伝してる、土、風、水、草、虫、魚、この村の中にある全てに値札が付けられてて、ブドウ一房が3万円もする最新鋭のテクノロジーが融合した田舎だ」

 

 

「何だかよくわかんねーけど、凄い人の手が込んでる高級ブランドな田舎なのか。星空も見える超自然保護区域……」

 

 

そう、――と一緒に見た星空……

 

ん?

 

誰と、見たんだっけ……

 

ダメだ。

 

大事なもののだと思うのに、何故か、記憶に霞みがかかってよく分からない。

 

でも、誰かと見たことは確かで、俺には……

 

 

「その反応。寝惚けてる訳じゃなさそうだな。都会から来た人間かと思ったが、都会の人間でも『インテリビレッジ』って単語は知ってるぞ……」

 

 

……何か大事なもんを忘れている気がするんだが、少なくともここは俺がいるべき場所じゃない。

 

それだけは確実だ。

 

何故そう思うか、全然分からないが、心の中で、何かが引っ掛かっている。

 

けれど、どうすればいいか分からず、ひたすら不安な思いに駆られる。

 

その時だった―――

 

 

 

『どこ……いるの……お兄ちゃん……! このまま……見つけ……もう二度と……れない!』

 

 

 

不意に頭に響いた。

 

ひどく懐かしい声が。

 

 

「え?」

 

 

「どうした?」

 

 

「なあ今の声、聞こえたか?」

 

 

「……声?」

 

 

「声だよ。聞こえただろ、女の子の声だった」

 

 

「いや、俺には何も聞こえなかったが……」

 

 

「……確かに聞こえたんだ。どっかから、俺を呼んで……」

 

 

ダメだ、全然分からない。

 

やはり、今のは幻聴だったのか。

 

でも、どうしようもなくこの世界に違和感を覚える。

 

ここの空気はおいしいはずなのに、全く気分は清々しくならず、まるで、囚人のような気分だ。

 

俺の『居場所』はここではない

 

どこか、こことは別の場所に俺がいるべき場所がある―――そんな思いが強まる。

 

だんだんと自分がおかしくなってきていると思い始めるが、これはただ単に心理学的な青少年の悩みではない。

 

自分の中の一部分が『何かが足りない』と告げている。

 

本当に、何か大事なものが足りない。

 

そんな虚無感が胸を占める。

 

 

「……何か、訳ありか。あ、俺は陣内忍。この『インテリビレッジ納骨村』の住人だ」

 

 

「俺は上条当麻。ここはどうやら俺の知ってる世界とは違うらしい。すまねぇが色々と話を聞いてもらっても良いか」

 

 

あと、できれば、精神安定剤でも処方してもらいたい。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

<百鬼夜行>。

 

先進国の文句を一睨みで黙らせるほどの『信頼』と『暴力』を備え、『人の手で妖怪を制御する』ことを目的とした組織で、一定の秩序を守るために、警察の手にも負えないような<パッケージ>の犯罪増殖を阻止ししたりしている。

 

疑わしきは罰せず、悪を裁く材料がない場合は徹底して洗い、それでも倒さねばならぬ悪なら、自らが不利になってでも責を負って正しく悪と戦うべし。

 

クーデターが起きたり、色々と大変だったりするがそれでも未成熟な自我らしい潔白な方法を好む―――そんな<百鬼夜行>代表のお嬢ちゃんから、最悪の<致命誘発体>が現れたから対処してくれ、と依頼が来た。

 

正体不明で、一体何を目的にしているか分からない、唯一判明しているのはその<パッケージ>だけという相手だが、あのお嬢ちゃんが即処分を検討するほどの危険度。

 

どうやら、私よりも先に<病魔の使役者>に依頼したそうだが、返り打ちにあったんだと。

 

ニンジャタイプな私とは相容れない、常道を真っ直ぐ進むサムライタイプな元<百鬼夜行>の『五本指』の一角は、子供どころか裏稼業の人間だって目を合わせられない、任務の為なら千でも万でも殺す生粋の戦闘狂(バトルジャンキー)―――それが、やられた。

 

以前、事件解決のために利用――じゃなくて、協力する際に、番号交換もしたことがある仲だが―――別にだからといって仲間意識があるはずがなく、というより、殺されかけたこともある。

 

そう、相性的な問題もあるがこの<死出の竜姫>菱神舞を撃退できるほど格別な力を持つ怪物がやられたのだ。

 

 

「やっべー。それって、マジでヤバい奴じゃねーの」

 

 

「それでも、依頼を受けてくださったんですね」

 

 

「私から言わせれば、良くこの依頼を持ってきてくれたな。私まで失敗すると、お嬢ちゃんまで危ういぞ」

 

 

「はい。それは覚悟の上です。ですが、これはあなたが一番適していると(はふり)様はお考えに―――って、いきなり何を!」

 

 

と、首輪を摘まんで小さい犬型妖怪を持ち上げる。

 

その名の通り、人間のすねに頬をこすりつける愛玩妖怪『すねこすり』

 

こう見えても、<百鬼夜行>の一員で、この見た目通りにかわゆいヤツだ。

 

 

「ひいい!? 抱き上げないで!? すねに擦りつけるから『すねこすり』なのに頬ずりされたら別の妖怪になる!! って前にも言ったでしょ!?」

 

 

おっと自然と体が動いてしまった。

 

今は仕事仕事。

 

ま、別にその<致命誘発体>じゃなくても、それを操っている奴を絞めればいい。

 

あの<病魔の使役者>はそこんとこの柔軟性がないヤツだからね。

 

ただ管理者がいなくなった<パッケージ>は制御不能の被害を周囲へ撒き散らす。

 

それこそ、無尽蔵と呼べるものを。

 

あの『百物語』は、流石の自分でも対処不能だった。

 

 

「ということはつまり、じっくりと調査するという方向ですか?」

 

 

「逆だよ逆。今すぐ完成する前にぶっ潰す。“<パッケージ>が完成した時点で終わり”だからね」

 

 

いや、もう終わっているかもしれない。

 

そうこれは仕事だからというわけではなく、単純に自分の身に危機が迫っているのだ。

 

本当に<病魔の使役者>は余計な事をしてくれた。

 

だから、この依頼を受けた。

 

だから、迷わない。

 

こっちが何をしようとも既に自分のタイムリミットは始まっている。

 

身体につけられた時限爆弾が、しかもいつ発動するかも、本当に点火していることさえも分からない状況なのだ。

 

自分の手で完膚なきまでにぶっ潰したいのは当然だろう。

 

まあ、元から持っていないすねこすりは別に何ともないんだろうけど。

 

 

 

 

 

とある田舎

 

 

 

『それって、『神隠し』かもな』

 

 

突然、異世界へと飛んでしまう現象で、妖怪にはそういった力を持ったものがいる。

 

それに上条当麻は巻き込まれたのではないのかと。

 

幸い、自分が『インテリビレッジ』とは違う世界の住人だと証明するのに学園都市製の携帯電話――この世界には存在しえないオーパーツが役立って、陣内忍という少年もこちらの話を信じてくれた。

 

彼は見た目ヤンキーだが、中々頭が回り、理解力も早く、妖怪方面にも詳しい。

 

こう言ったイベントに慣れているのだろうか。

 

解決策についてはまだ見出せていないが、心強い味方ができた事に少し希望が持てる。

 

 

「あと、これ。近くの道端で拾ったもんだけど、一応使えるから持っとけ。俺の番号を登録しといたから」

 

 

渡されたのは黒い携帯電話。

 

 

「良いのか? これって誰かの落し物なんだろ」

 

 

「アンタの携帯、ここじゃ電波が違うんだし使えないだろ? 緊急事態だし、ちょっとくらいは貸してもらっても構わねーだろ。落しちまった野郎が悪い。この村を何も知らない上条が、俺とはぐれてこの『インテリビレッジ』で連絡手段を持たずに歩くのは危険だからな」

 

 

ブドウ一房3万円の『インテリビレッジ』は当然、防犯セキュリティ網に事欠かない。

 

一歩でも個人私有地に踏み出せば―――そこに張り巡らされた赤外線センサーに引っ掛かれば、高圧電流を流したワイヤー製の防犯ネットが持ち上がり、害獣ならそれでこんがりと丸焼きになる。

 

盗人ならそこで御用だ。

 

そして、田舎の雰囲気作りの為に交番が一つしかないため、SOSを出すのには知人に連絡する方がいい。

 

この世界に一人も知り合いのいない異世界人で、基本不幸がついている当麻は、この陣内忍の番号が登録された通信手段は持っておくべきだ。

 

 

(すみません。ちっとだけ借ります)

 

 

当麻はここにはいない、その電話帳にびっしりと名前の登録された携帯電話の所有者に手を合わせて謝罪を入れてから、それをジャケットのポケットに入れる。

 

 

 

―――ずん。

 

 

 

音。

 

鈍い音がしたな、と当麻は他人事のように思った。

 

喉が、苦しい。

 

気道を潰し、酸素不足となる脳が、まるで安眠のような心地よさを生む。

 

もうこのまま眠ってしまえば、どんなにいいだろう。

 

閉じていく視界を僅かに下げると、着物の裾が見えた。

 

誰かが両腕で、自分の首を絞めて落そうとしている。

 

 

―――って、そこまで悠長に確かめてる余裕なんてねぇよ。

 

 

当麻はその腕を放そうと両手で掴み―――気配は一気に霧散した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『竜宮城の乙姫』を歪めて造られた『木札(浦島太郎)でマーキングした相手(エサ)を心地よく海底へ沈める』式神<死出の竜姫>を、破壊。

 

妖怪相手だから、滅多に使わない妖怪(こいつ)で試しに戦力調査してみたが全く相手にならなかった。

 

いやー、参った参った。

 

これは、これはこれはこれはこれは!!

 

本気でヤバい相手なのかもしれない。

 

 

「やったのはアンタか」

 

 

<致命誘発体>――『疫病神』がこちらを真っ直ぐ射抜く。

 

その容姿は、ハッキリ言ってそこらの、ちょうどそこにいる金髪と同じ男子高校生に見えるけど、コイツは『普通の方法では殺せない妖怪を瞬殺した』

 

『疫病神』という事から、自分の苦手な<病魔の使役者>と同じように呪い系を使うかと思ったが、どうも違う。

 

コイツは本当に妖怪か?

 

どっちにしても、別に<死出の竜姫>を殺したことはどうでもいいんだけど、その殺し方が分からないんじゃ迂闊には近づけない。

 

もうあの<草薙>と同じような二の舞は避けたいのだ。

 

式神なんだから、ちっとはご主人様の為に粘れよ<死出の竜姫>。

 

 

「仕方がないわね。私が銃を握ったら、その時点で8割負けているっつうのに」

 

 

500mlペットボトルほど大きな銃声消音器(サプレッサー)付きの小型拳銃を握る手に力を籠め、狙いをその心臓に定めたら迷わず引き金を引く。

 

キンッ、とけれど弾丸は弾かれ、そのジャケットに穴をあけ、その肌に届かせることもできない。

 

『疫病神』も左胸を押さえているが、至って無事だ。

 

うん。

 

『すねこすり』も鉛玉を顔面に受けても平気な子だったし(泣いたけど)、やっぱり妖怪相手にこの手の武器は通用しない。

 

 

「さて、どうしようか」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

まるで、ステイル=マグヌスの<魔女狩りの王(イノケンティウス)>を打ち消したように首締めは解放された。

 

核を壊したわけではないが、パスを消した。

 

が、突如現れた女性。

 

豊満な胸を持ち、ハリウッドセレブクラスでないとお付き合いできなさそうな大人の美女。

 

少しでも目を離せば、チラリとでも視界の外へ追いやれば、次の瞬間には何が起こるか分からない威圧感。

 

決して大きな声でも極端に甲高いわけでもないのに、しっとりと滑り込んでくる言葉は、こちらを黙らせるほどの何かがある。

 

そう、葉を食い縛ってなければ耐えられないような、<聖人>神裂火織にほとんど匹敵するようなレベルの圧力。

 

それに気を取られている間に―――一発撃たれた。

 

この――が造ったジャケットなかったら……

 

誰に、これを……

 

 

(……って、そんなこと考えてる場合じゃねぇ!)

 

 

そして、次の瞬間、

 

 

「――――」

 

 

襲撃者の視界から、上条当麻の姿が掻き消えた。

 

―――会っていきなりこちらを殺そうとする相手を説得するならば、強引に話を聞かせるしかない。

 

おそらく上条当麻は一度倒してから、話を聞くつもりだったのだろう。

 

この<着用電算>を発動した時の上条当麻の速度は、常人の目で追えるようなものではない。

 

だが、

 

 

「―――おっと」

 

 

襲撃者の女性は、ステップ一つで自分を殴ろうとした感情当麻を横に避けると、その動きに合わせてカウンターの右拳を、

 

 

「ふん―――って、反射的にやり返しちゃいそうだったけど触れちゃマズいよね。ギリギリセーフ!」

 

 

寸止めし、遥か後方へ下がる。

 

 

「『疫病神』、ただその存在だけで相手を不幸にする存在」

 

 

「なっ―――」

 

 

避けられたことより、当麻をそう呼んだその単語に、驚く。

 

『疫病神』

 

それは、昔、上条当麻が呼ばれていた蔑称。

 

 

―――何で、それを初めてあったはずのこの女性が……っ。

 

 

当麻が一体どんな顔をしているかは分からないが、女性は何かを確信したように目を細め、

 

 

「やっぱり、アンタに触るのはマズいよねぇ。ちっ、これだったら<才子佳人>の妖怪殺しを壊さなきゃよかったな」

 

 

“不幸にも”相手戦力を読み違えて、そのまま『疫病神』に牽制の銃弾を叩きこみながら距離を取って、

 

 

 

不幸にも、ミカン畑の高圧電流網の赤外線センサーに引っ掛かった。

 

 

 

『これより先は田中農園が保有するミカン園になります。許可なき者の立ち入りは禁じられています。警備の者が至急派遣されますが、到着前に高圧電流の被害に遭われた場合、田中農園に一切の責任を負う義務は生じません。繰り返します……』

 

 

淡々と繰り返されるアナウンス。

 

このままだと遠からず無関係の警備人と遭遇し、ややこしい事になる。

 

例えここで標的を殺そうが、死体を回収、痕跡を処理するだけの犯行隠蔽の時間はない。

 

あの襲撃者の女性もわざわざ銃よりも3倍でかくて目立つサプレッサーなんて音消しを使っているから、ここでは躊躇うはず!

 

 

「逃げるぞ! 上条!」

 

 

「陣内!」

 

 

この好機を逃さず、陣内忍が上条当麻に逃亡を促した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あーあー、逃げられちゃったか」

 

 

と、言うものの口調は残念がってはおらず、平坦だ。

 

3000万以上の大金を掛けて、その『妖怪を殺せる』肉体を作り上げた<死出の竜姫>は、当然、このような高圧電流網を虫網のように突き破れるし、電気マッサージのように耐えられる。

 

そして、菱神舞はどんなに目撃者がいようと目的を達成できればいいのだ。

 

 

「―――って、止めてくださいよ! 一般人にまで巻き込むのは!」

 

 

けど、すねこすりちゃんがキャンキャン吠えてきた。

 

いやー、確かに人に見られるのって面倒だけど、特にそこまでのこだわりはないしなー。

 

死人に口なしって言うし。

 

ま、とにかく、こっちもこっちで色々と考えたい事があるし、ささっと包囲網を飛び越えさせてもらおう。

 

 

「ねぇ、すねこすりちゃん。『病魔』のヤツ、“斬られて”やられたんだよね」

 

 

「はい。一命は取り留めていますが、重症です。まさか、<百鬼夜行>の『五本指』がやられるなんて……」

 

 

「世の中には最強も無敵も存在しないからねぇ」

 

 

特殊部隊な黒系の戦闘服を装備し、銃器やマガジンの代わりに呪符を突っ込んでいる自分自身が病にやられているような陰鬱な面構えの<病魔の使役者>は最悪の<致命誘発体>『疫病神』の<パッケージ>阻止のため動いていたそうだが、背中をズバッと斬られた。

 

そして、術を構成する際は被害を拡大させ過ぎないことに注意している戦闘バカが、全力で抵抗しようとして、その現場被害は最小限。

 

余程気を使わねばならない状況だったのか、単に油断していたのか、それとも“相性が最悪だったのか”。

 

 

(どっちにしてもあの『疫病神』の少年は刃物とか携帯してるようには見えなかったんだけど、奥の手をうまく隠してたのか。それに、あともう一人は……)

 

 

「とりあえず、お嬢ちゃんからもう一度情報を」

 

 

と、衛星携帯電話を取り出そうとして―――あれ?

 

 

 

 

 

???

 

 

 

『―――さあ、我らの未来の厄を払いたまえ』

 

 

神主は宣誓すると、真っ赤な火花が立ち上った。

 

火の粉を撒き散らしながら、天に昇る竜のように渦を巻きながら、瞬く間にこの不幸に塗れた身体を包み込んだ。

 

身体が炎に包まれているにも拘わらず、微動だに動けない。

 

この神聖なる縄とやらで拘束されているから。

 

その神聖なる剣でその肌に刻まれた傷口から炎竜の舌が内部の骨肉を舐め取っていく。

 

頬にぼっと小さな炎が撫でたかと思うと、紙が燃えるような勢いで顔全体が焼け焦げていく。

 

ただれた皮膚が、ぼたっと落ちる。

 

助けてください。

 

なんて、もう絶望的な願いは口にしない。

 

――が自分より先に逝ってしまった時点で、受け入れていた。

 

何の変哲もない村、ごく平凡な、さほど裕福ではない家に生まれて、ありふれた日常を送っていた。

 

しかし何の前触れもなく、その日常と突然自由を奪われ、魔女狩りの如く磔にされ、人々に祀り上げられた。

 

幸福論、狂信的な神主は自分達が幸せになる為にどうすれば良いのかを悩み抜き、出した答えが、“これ”だった。

 

もうこの身体は痛覚のみしか残っておらず、死なない様そのつど処置され、そして、新たな年が来るたびに焼かれ続けた。

 

村人達が幸福の証として、村人達が苦しむ全ての事の不幸として、その厄の全てを自分に押し付ける為に、その身体を少しずつ刻み抉り、己の名を刻んでいった。

 

その姿は誰もが目を背けるもので、その誰もの中には親しかったはずの友人達に、優しかった両親もいた。

 

感情は身体を刻まれた痛みで崩壊し、理性は尊厳を焼かれた怒りで焼却した。

 

自分達には、本当に何の罪もなかった。

 

悪行を重ねて誰かに恨まれてもいないし、善行を重ねて誰かに疎まれたことでもない。

 

そう、誰でも良かったのだ。

 

自分達を除く村人全員が一年の幸福を得る為に、自分達の一生を踏み躙る。

 

この生贄を以って繁栄する幸福の群れ、そしてそれを容認する不幸。

 

例え神主が消えても、次の、更にその先の世代が自分を燃やし、厄を刻み、ついに己の魂まで焼かれても、また新しい生贄を用意する。

 

世界に不幸がある限り、ここに燻り続ける炭の山は延々と積もっていくだろう。

 

 

 

そうして、<悪鬼羅刹>の長老陣でもあった神主が殺された時、とうとうその存在は歪んで、『インテリビレッジ全焼村』は全てを灰にした。

 

 

 

つづく


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