とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 メイド☆マギカ 後編

閑話 メイド☆マギカ 後編

 

 

 

ロンドン

 

 

 

『赤い靴』。

 

ハンス=クリスチャン=アンデルセンが書いた童話の1つ。

 

そのあらすじは、とある少女が母親、義祖母と二度も続いて葬式の際に無礼な赤い靴を履いて教会に行き、その靴で舞踏会にも出かけてしまい、その罰で一生踊り続ける呪いをかけられてしまった。

 

その後、解呪の為に処刑人にお願いして両足首と赤い靴を切り離して、心入れ替えた少女はその不自由な体で教会のボランティアに励み、やがてはその働きが認められて神様に許され天に召される、というもの。

 

とある魔導師が、その伝承を用いた呪具を造り、配達人に化けてそれを市販の通販商品に混入させるという。

 

 

 

 

 

 

 

「マジカルCQC百八式パート11! 天罰覿面マジカルストライク!!」

 

 

休む間も与えず、箒の先から(第1位をしばらく引き籠らせた)可愛らしい☆マークや♡マークが撒き散らされる。

 

それはふざけたエフェクトだが、『第五の元素(エーテル)』というほとんど無色な、生命力に近しい純粋な空の魔力塊を籠めた弾数無制限なマシンガン。

 

神裂は<七天七刀>で弾き逸らそうかと考えたが、直感的に回避を選択。

 

そして、エーテル弾はその背後にいた、

 

 

「しまっ―――」

 

 

『ぎゃぁああああ―――あれ? 痛くないのよ』『ソフトタッチっす。でも、スタンプみたいに跡が―――ハッ、もしかしてこれはサイン!』『姫様が我々の身体に聖痕(サイン)を』『よし、ここは俺が盾になろう。ピュアメイドちゃんからの♡は全部この身体で受け止めて見せる』『待て、それはジャンケンで!』『馬鹿者これは早い者勝ちだ!』『くっ、こうなったら☆だけでも』『堕天使メイドのお姿を拝見―――もとい女教皇様とピュアメイドの戦いを見守るためにも目を離すわけにはいかないのに! しかしこれを逃すわけにはいかん!』

 

 

天草式男衆に直撃しているようだが何の心配もいらないようだ。

 

むしろ率先して当たりに行っているようにもみえる。

 

うん、ある意味この場で頭を抱えたくなるほど心配になるけど、この時ばかりは彼らはいないものと神裂は考えた。

 

そして連射しながら接近して箒と刀が火花を散らして交錯する。

 

 

「どうしましたか火織さん? もう終わりですか?」

 

 

超絶機動ピュアメイドは笑っていた。

 

余裕に、自由に、純粋に。

 

対する神裂火織は、無表情だった。

 

しかし、肩を上下させる荒い呼吸、そして、流れる汗の量からして、決して善戦ではないと分かる。

 

 

「―――<七閃>!」

 

 

神裂火織が動いた。

 

刀を振るフェイントを混ぜて、その手から発せられる何本もの鋼糸は、蜘蛛の巣の如く極細であり、常人の動体視力では追えない速度。

 

紛れもなく超人であり達人の技。

 

にも拘わらず、可憐な蝶は難なく躱してみせた。

 

無邪気に、踊るように。

 

とはいえ、この<七閃>は繋ぎ。

 

彼女の敏捷性に柔軟性と、そして技術の回避能力には神裂も一目を置くほどであり、この張り巡らせた鋼糸はその行動範囲の制限が目的。

 

舞う蝶に、蜘蛛の巣の次は蟷螂の刃が迫る。

 

 

「ふふふ~、動きが読み易いですね~。実直な相手は私の得意分野です」

 

 

ぎゅん、としならせて、マジカルメイドは箒を自在に振り回す。

 

 

「この箒は、『柳』と『杖』を基盤にして組み上げたもの。しなやかさには自信があります」

 

 

いや、ただ無造作に振るっているわけではない。

 

そこには技があった。

 

刀と触れた瞬間、箒が蛇のように絡みついた。

 

<七天七刀>が上方へ弾き飛ばされかかる。

 

咄嗟に柄を握る手に力を込め、それを防ぐも、胴体ががら空きになった。

 

 

―――それを見逃すような相手ではない。

 

 

深く体勢を沈みこませて流麗な尾を矛先に見立てた最速の鳩尾突き。

 

反射的に身を捻るも避けられず、神裂は遥か彼方へと吹き飛ばされた。

 

地面を滑りながらも、どうにか体勢を立て直すが、

 

 

(―――巧い。格好はふざけていますが、効率良く最小限で無駄のない、合理的で洗練された技術。<七閃>を避けただけでなく、<七天七刀>を弾き飛ばしたのも、卓越している。その類稀なるセンスは本物です)

 

 

だが、それにしてはあまりに図抜けている。

 

こちらの攻撃を躱す―――それはいい、それだけならばいい。

 

肉体強化したのならば躱せぬものではない。

 

問題は、その生命力だ。

 

今まで様々な報告を受けてきたし、実際に見てきたが、強敵との戦闘中に連続して桁外れな術式を構築する。

 

今朝も、<聖人>と打ち合いながらも、強力な幻術を悟らせずに仕込んだ。

 

そして、<アドリア海の女王>を不知火で融かし続けながら、当時十三騎士団だった『トリスタン』を相手した。

 

いくら消費効率が良く術式構造を編んだとしても納得できない。

 

ルーンの魔術師ステイル=マグヌスは<魔女狩りの王(イノケンティウス)>といった法王級の魔術を操るも、それにはカードに貯蓄しただけでは発動はできても維持はできず、多大な生命力を魔力に変換しなくてはならない。

 

炎剣に火をつけるが、そこから燃やし続けて形を保つには生命力を常時燃焼しなくてはならず、近接戦には武器を振るうのにも体力を消費するため、スタミナ切れが早い。

 

しかし、今のところ彼女にその兆候は見られない。

 

時間に限界はあるが、それまでは低燃費かつ高回復で無尽蔵に、どんな魔力も精製対応できる万能な無色透明のエネルギーが扱える体質。

 

だが、いくらプールが枯渇しないとはいえ、一度に外へと生命力を放出する、供給できる魔力量は蛇口の口径に制限があり………そこから導き出されるのは――――

 

 

 

「しかし、姫様がここまで優位に女教皇様とやり合うとは」

 

「ええ、やはりピュアメイド(姫様)と対抗するために堕天使メイド(聖衣)を開放すべき」

 

「うむ、女教皇様は少し動きが硬いように見受けられる。あの邪魔な(お隠し)になられている合羽()を取るべき」

 

「戦闘で破けたりしないか期待(心配)で目が離せませんが、ここは応援しましょう」

 

「そうなのよ。姫様には少女のピュア(持ち味)があるが、女教皇様にもちゃんとアダルトなエロ(持ち味)があるから、それをもっとアピールすべき」

 

 

 

「「「「「―――<七教七刃>!!!」」」」」

 

 

 

対馬の指揮で天草式女性陣から援護。

 

超絶機動ピュアメイドではなく、建宮ら天草式男性陣を縛り上げて、それぞれが武器でノックダウンさせた。

 

それだけでなく、(野郎たちがスタンプ塗れになっている間)人払い等の結界を敷いて、全力でやり合えるだけの環境を整えてくれていた。

 

流石、新生天草式は頼もしく、リーダーである神裂の心境も考えてくれている。

 

ありがとう! と神裂は口に出せる余裕はないが、視線で彼女達に謝意を示す。

 

そして、そこで伸びている奴らは、あとで徹底的に頭のネジを締め直す。

 

 

「これで切腹せずに全力でやれます」

 

 

彼女に一方的にやられていたのは、全力で動けなかったのも要因だ。

 

この(まじな)いのかけられたメイド服を隠した合羽がボロボロにならないように。

 

男性陣の目がなく、そして女性陣も同じ女性として察してくれて、視線を逸らしてくれている。

 

そして、女子寮の廊下ではなく、長い大太刀を存分に振り回せる外の広場。

 

何も心配はいらず、互角以上の相手。

 

全力でやれる。

 

センスはあるが、剣術では神裂の方が上。

 

痛いがお仕置き―――<七天七刀>を鞘に納刀し、斬らぬように逆の峰打ちしてから、跳んだ。

 

 

「はぁ―――ッ!!」

 

 

呼気を爆発させて、跳んだ。

 

疾走ではなく、一気に跳躍。

 

気を引き締める、などというレベルではない、極度に鍛え上げられた戦闘意志の制御法。

 

神裂火織は腰の刀を構えた時点で、余計な感情を一切削ぎ落し、『神を裂く者』として覚醒する。

 

聖痕の解放は、肉体が切り替わるのではなく、精神が肉体を作り変えること。

 

かくして筋肉は生物が使用するべき方法ではない方法で活動し、血脈の血液巡回ルートさえも変わる。

 

そう、『人』ではなく、『神を裂く者』としての機能に調整される。

 

10mもの距離を一歩で2m圏内の間合いに踏みこみ、

 

 

 

「―――<唯閃>!」

 

 

 

流れる体。

 

踏み込んだ一歩は、同時にこの一刀の斬撃を繰り出すための踏み込みとなる。

 

走る抜刀術は神速――――だとするならその体捌きは如何なる速度か。

 

 

 

 

 

 

 

その素晴らしく完成された技はいなすには強烈な意思が必要を持たねばならない。

 

箒では無理だ。

 

如何に高速で操ろうにも、断ち切られてしまうだろう。

 

だが、もう頭で細かく想像でき、予測もできる。

 

突撃の直前、彼女の仮面の奥は半眼となった。

 

心身を一つにするため、視覚からの刺激を最小限に抑え、他の感覚、そして潜在意識に集中する。

 

表面を見るのではなく、重心の移り、筋肉の動き、呼吸の流れを観て、動きを洞察する。

 

そして、動いた。

 

天草式の面々は、その時の仮面の奥の半眼が、カッ! と開いたのを見た時、うっかり間の抜けた言葉を漏らしてしまいそうだった。

 

 

 

―――あ、起きた、と。

 

 

 

武器を捨てて両腕を伸ばし、突貫してきた神裂火織が着地するより迅く前に出て、着地点を制し、抜刀するより先にその腕に絡みついた。

 

手首を押さえられた瞬間、神裂の脳裏に警報が走った。

 

予知していたかのように刀を振るう腕の軌道に沿って、<唯閃>に合わせてマジカルメイドはその勢いを殺すことなく巧みに体重を潜り込むように移動させ―――

 

 

(<唯閃>を返し投げ……!?)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

―――ズドンッ!!!

 

 

 

神裂が気付いた時には既に時遅く、世界が逆転していた。

 

超人的な第7位に強烈なカウンターを喰らわせたこともあるマジカルメイドの技量。

 

 

「がっ……!!」

 

 

大地という武器に叩きつけられ、神裂は全身に電流が走り抜けるような衝撃に目を見開く。

 

呼吸が止まり、体がほんの数秒、金縛りに遭ったように固まる。

 

だが、精神的衝撃はそれ以上。

 

 

「火織さん、あなたは完成されていて、だから、その流れが分かってしまう」

 

 

フランスで言われたのと同じ言葉が、その胸を刺し貫く。

 

 

「聖痕を中途半端に解放しようとするから、制御できずに殻を打ち破れない。まあ、私に本気で全力を出せるような人ではないですが」

 

 

<七天七刀>を奪い取り、動けぬ神裂から距離を離して、まるで知った風に語る。

 

神裂はこの攻防で一つの答えに辿り着いた。

 

辿り着いたが故に、息を呑む。

 

 

「まさか、詩歌……あなたは―――」

 

 

可能性はあった。

 

夏休みに海で、<御使堕し(エンゼルフォール)>で人の位に落されたミーシャ=クロイチェフの<神の力>を投影進化させ、新たなる<天使>に昇華しかけた。

 

フランスで、人よりも<天使>に近い存在である<神の右席>、四大天使の<神の力>を司る『後方のアックア』の<聖母崇拝>の『減罰』の力を、<五行拳>の儀式中断により、強奪してしまった。

 

そして、この<聖人>を圧倒するまでの異様な成長。

 

前例も、神裂火織は後発的に人の祈りによって<聖人>になった奇蹟の少女を知っている。

 

その視線から神裂の思考を悟ったのか、マジカルメイドは告白する。

 

 

「気付いたようですね。でも、違いますよ。私は火織さんのような<聖人>ではありません。ただ、『後方のアックア』の力の一部である『ルールを歪める『減罰』の力』―――新たな<聖母(マリア)>として<神の力(ガブリエル)>の恩恵をあずかってます」

 

 

神の力(ガブリエル)>。

 

『神の英雄』と称される四大天使の一角であり、<天使>で唯一の女性。

 

月と水、生命を優しく育む慈悲、幻視の啓示、現死の裁き、そして、真理の属性を司り、神の伝令者であり、人に智を享受する教師。

 

『背徳の街』を焼き払い、

 

『洗礼者』の誕生を告げ、

 

『聖母』に受胎告知をし、

 

『救世主』が現れることを幻視させ、

 

『神の子』の復活の福音を届け、

 

『預言者』に聖典を与え、

 

『聖処女』にその道を啓示し、

 

『楽園』を統治する。

 

西洋を守護する<神の如き者(ミカエル)>以上に、守護する東洋――日本の守護天使でもあることから、東洋では信仰される。

 

また女性であることから神から一度見放され、堕天して悪魔となったという説も出ている。

 

 

「バグが起きたのか知りませんが、どうやら気に入られたようで、2つとも私にとってはイレギュラーな事態でしたが。おかげで色々とルール制限が緩んでやりやすくなってます」

 

 

「ということは、<神の右席>としての力が……」

 

 

「いや、それとも違います。私は<聖人>でも<天使>でもない、切り離されていますから。『後方のアックア』から抜き出た<神の力>の一部が私に使える―――と言うより、“仕える”、の方が正しいですね。まあ、受け皿となる体の為に、提督さんの力から材料を造るだけでなく、相互理解するのにこのイギリスで伝承巡りに霊地を巡業したりと時間がかかりましたが、ようやく手懐けました。喚べば来ます」

 

 

マジカルメイドはこの世に存在しない天上界の物質(ダークマター)で造られた白百合が描かれた銀色のコインを取り出す。

 

<神の力>が属性とする月は、東洋で太陽に対する太陰――女性と連関すると考えられ、大地の生命を育む地母神が起源とし、狩猟の象徴でもある。

 

アヌビス神とも同一視され、その月の眷属として、古代の母権社会で重要視された動物である『犬』を使役した、それを『ガブリエルの猟犬』と呼ぶ。

 

<神の力>の命を受け、一角獣(ユニコーン)に化けた『神の子』の魂を捕まえて『聖母』の元へ連れてきたという伝承もあり、古代ヨーロッパでは犬とは、死人の肉体を喰らう事で亡霊を自由にさせる守護獣であった。

 

洗礼を受けずに散っていった赤子達無念仏を成仏させる子供の守護獣で、罪人には不幸の前兆でもある子牛ほど大きな体と角を持ち、草原を駆け天空を飛ぶ地獄の魔獣『ガブリエルの猟犬』――その別名は、

 

 

「『クン・アヌン』。ケルトで、Cwn(クン)は『犬』を意味し、Annwn(アヌン)は牧歌的な豊穣の理想郷であり、黄泉の世界である異界―――『妖精郷《アヴァロン》』」

 

 

嵐の雷光如く輝く、指で弾いたコイン。

 

神裂の背に凍りつく悪寒が走り、反射的に構えた。

 

日本でも、九州に遠征した豊臣秀吉が、『羽犬』という人馬を襲う妖怪に阻まれ、退治されたものの豊臣秀吉はその賢さと強さを讃えて塚が作られた、という話もあるし、『ガブリエルの猟犬(ガブリエル=ラチェット)』のイギリス伝承は、神裂も知っているし、『地獄の猟犬(ヘルハウンド)』のような妖怪魔獣を退治したこともある。

 

しかし、彼女が呼ぶのは『後方のアックア』に宿っていた<神の力>、屁理屈を押し通す<聖母崇拝>の『減罰』を素材にして、彼女が形にした人工的な魔獣だ。

 

あの<神の力>を浸透しやすいように『柳』で作り上げた箒を見る限り魔導師としての才もあり、式神と同じ<木霊>を見せてもらったこともある。

 

伝承から離れて逸脱した魔獣を創り出せはしないだろうが、『減罰』で都合の良いように性能を改造調整してチェーンアップできる。

 

つまり、ただの『地獄の猟犬』ではない。

 

『妖精郷』という十字教では『神聖の国』と同一視される場所に住まい、月という狩猟の加護に恵まれ、暴風雨と吹雪といった水の関わる自然災害が具現化した<大天使・神の力>の眷属だ。

 

この光の奥から感じる気配だけでも分かる。

 

魔獣とカテゴリされようが上位にランクし、刀を合わせた事のある<神の力>ミーシャ=クロイツェフと同じように莫大な<天使の力(テレズマ)>を内包し、過去に神裂に数少ない黒星をつけられた<獣王>クラスの存在だろう。

 

その目晦ましの光が消えた後、マジカルメイドの横に凶悪な角をもつ大きな黒い獣―――

 

 

 

 

 

 

 

「……え? 小型犬……?」

 

 

―――の影を作る白銀の体毛に、ぴょこんとアホ毛の生えた犬種でいえばヨークシャテリアな仔犬がいた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『マスター、おはようございます』

 

 

「ええ、おはよう、クーちゃん」

 

 

もしここに人払いされず通行人がいればぎょっと驚いただろう

 

この見た目ヨーキーな仔犬が、少女のような声で口を利いたのだ。

 

奇怪な現象にも全く驚かなかった主人は軽い口調で挨拶を返す。

 

幻罰魔犬(クン・アヌン)>。

 

どこかの並行世界なら、会っただけで死を招く<致命誘発体>なんだろうが、まるでペットだ。

 

 

『それで早速ですが、その格好は何ですか?』

 

 

「可愛いでしょう! 今日のマスターはマジカルメイドちゃん!」

 

 

『分かりました、マスター。今日はもう休みましょう』

 

 

「そして、クーちゃんはそのマスコットです。だから、ちゃんと語尾にワンを付けるんですよ!」

 

 

『無茶ぶりするのはおやめください。もっとこちらの尊厳にも配慮した優しいご命令(オーダー)をお願いします』

 

 

……ようやく、真剣勝負に何だかシリアスな場面になったかと思ったのに、少しでも心配したのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、色々と裏切られた気分だ。

 

『きゃー可愛い!』『クーちゃんこっち向いてー!』とかとうとう天草式女性陣にまで騒ぎ始めちゃったし。

 

少し背中がすすけた感じに、神裂は声をかける。

 

 

「詩歌、まさかその小さい犬が、<神の力>の眷属なのですか」

 

 

『イエス。<幻罰猟犬>です、ミス・カオリ。角を折られ、牙を抜かれ、爪を丸くされ、翼も取られてますが』

 

 

「でも、ちゃんと可愛らしさはあります! 可愛いは正義! 小さくて可愛いのはそれだけで、もう、武器です!」

 

 

『このようにマスターとの見解の相違が起きてまして』

 

 

「何をー! マスターに逆らうなんて反抗期ですかー!」

 

 

『きゃうん!? 待ってください!! お腹ぽんぽんしないで!? 犬の姿ですが、<大天使>の眷属なんです!! このままぽんぽんごしごしされたら本当に犬になってしまいます!!』

 

 

「うりうり~♪ ここですか? ここがええんですか?」

 

 

『あうあう、きもちいーです。流石マスター、撫でながらも的確につぼを突くとは何というテクニシャンなんですか。でも、私にも尊厳があります!! このまま犬にされたら昇天も検討しますよ!!』

 

 

うん……少なくとも可愛らしさは魔獣の武器じゃないと神裂も思う。

 

だが、目の前の光景は普通に少女が仔犬を躾け(愛で)ているようにしか見えない。

 

この場で神裂と今の心境を共感できそうなのは、あの魔獣だけなのかもしれない。

 

しかし、だとするなら、何で喚んだんだ。

 

まさか、本気でマスコットとか言うんじゃありませんよね、と胡散臭そうな半眼で神裂はマジカルメイドを見ると、それを彼女は察し、

 

 

「ふふふ、もちろんマスコットです」

 

 

『ノー、マスター。私にそんな意思は皆無だと主張します』

 

 

確かに、と神裂は弛緩しかけていた体を引き締める。

 

見た目がただの子犬で、牙も、爪も、角も、羽もなくても、良く注視すれば、その体に宿る<天使の力>はふざけているほど高密度だ。

 

おそらくあれはただ仔犬の姿に見せているだけ。

 

『カバラ』で<神の力>が<生命の樹(セフィロト)>の守護天使であるのは『基礎(イソェド)』。

 

その意味は霊魂と肉体の中間とされる霊気――『アストラル』。

 

それが司るのは精神活動での『感情』――天に使われると書くように“本来、神の人形である<天使>には不要な”もの。

 

だが、この様子を見る限り、意思があり感情がある―――<大天使>の眷属が『堕天』している。

 

そう、これは『感情のある<天使の力>』、『意思を持つ『魔術』』だ。

 

ステイルの<魔女狩りの王>が、人間になったようなもの。

 

 

「―――さて、そろそろ始めます」

 

 

声の質が変わる。

 

涼やかに、威厳に満ちた。

 

 

「彼らは元々は日本、極東出身。東洋の守護者である<神の力>とも相性が良いでしょう。契約しますよ」

 

 

『イエス、マスター』

 

 

獣の時間が終わる。

 

主人の命を受け、仔犬の躯が台風の如き、力そのものに変化する。

 

少女を台風の目にして、ぐるぐるぐるぐると気が狂うような勢いで高速で回りだす。

 

それは大気中に魔力を発散させ、存在濃度を拡散させていく<天使>本来の姿へと戻る。

 

 

(今度は何が起きる―――!?)

 

 

数秒を待たずして、台風の嵐は消えて、仔犬の影も形もなく、そこにいるのは―――

 

 

 

 

 

 

 

いぇい♪ とポーズを取るマジカルメイドさんだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「い い か げ ん に し な さ い!!!」

 

 

声にドスを込める神裂さん。

 

今日は何度肩すかしなシリアスブレイクをされればいいのだ。

 

超絶機動ピュアメイドの意図が読めない。

 

 

「ふふふ、私も心を鬼にして半分本気でやってきましたが、それは火織さん、皆さんのパワーアップです! 倒した際に『聖痕』を観ましたし、火織さんに天草式の皆さんの性能も把握しました。そして、こちらの調整は完璧に終わりました」

 

 

先程マジカルメイドが<神の力>を絡みつかせたのは2mを超える長大な大太刀<七天七刀>。

 

 

「おっ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

神裂はそれを見て、大きく目を見開く。

 

長らく戦いを共にしてきた愛刀だ、遠くからでもその細部まで把握できる。

 

 

『鞘は刀を彩る素敵なお洒落着。貴女の愛刀も、より美しく着飾ってみませんか?』

 

 

と書かれたチラシ。

 

四色カラーの綺麗なチラシに記載された様々なサンプル写真が記載された、お弁当の重箱の表面にあるような、黒地に朱色の楓や金箔を細く丁寧に切り取って表現された動物の素敵な意匠(衣装)。

 

あの精進料理の後片付けの手伝いが終わった時に、そのチラシを見ていて、彼女と語り合ったことがある。

 

 

『……む、むぅぅ……ッ!! こ、これは!? 確かにそっけない黒鞘では物足りないと感じていた今日この頃ですが』

 

 

『わぁ! 綺麗ですね! 私はこの『伏竜』や『梔子』が良いと思います』

 

 

『ええ、あと、この『紅桜』や『黄鶴』も中々。それを施していただけるのなら<七天七刀>も華やかになるでしょう!! ですが、天草式十字凄教の真髄は、身近にある物品から魔術的記号を抽出、応用することになるので、安易に鞘の軌道を組み替えてしまう事は……』

 

 

『でも、今のままが完成形だというのは成長を諦めたという事です。教皇に代々受け継がれしものですが、火織さんに適するように鞘だけでも手を加えるのはアリだと思います。この『夜桜』を組み込めば、より………』

 

 

まるでショッピングで服選びに会話がはずんでいるように聞こえるが、その内容は鞘である。

 

 

「<神の力>の象徴でもある白百合とも合わせ、海が見える、厄を払う水門の意を込めて命名は『白閖(しらゆり)』」

 

 

そして、今、<七天七刀>の素っ気無い漆黒の鞘に一輪の白百合が淑やかに咲いている。

 

 

「専門分野の違いですが、火織さん自身の能力は私ではどう助言すればいいのかわからないほどに完成されています。だから、霊装そのものに手を付け加えさせてもらいました。けど、霊装のバランスを崩さぬように余分に付け加えさせてもらいましたが、勝手ながら紋を入れたことには変わりありません」

 

 

と、頭を下げられ、神裂も慌てて頭を下げた。

 

 

「い、いえ、こちらも鞘に素敵に彩る紋を! 魔術的記号から見ても問題なさそうですし……」

 

 

ごくり、と喉が鳴る。

 

花が一輪添えられた愛刀。

 

うん、いい。

 

あれ? 今日って私の誕生日? というようなサプライズ過ぎるプレゼントだ。

 

常に冷静沈着たる大和撫子も、こればかりは混乱というか興奮している。

 

12歳から『女教皇』をやっている神裂だが、18歳の少女であることに変わりない。

 

自分の好みド真ん中なプレゼントを送られれば嬉しいものだ。

 

しかも、それが実用的であるならなおさら。

 

まさか、今までの戦いは全部演技で、この為に……

 

仲間を力を信じ、新生天草式を選んだ神裂だが、それでもあの『太陽の騎士』との一戦は個人の力の無さを痛感させられるものだった。

 

今日も、マジカルメイドに動いを読まれていた事はショックだった。

 

そうか、私の全力を見るためにこんな服まで着せたんですか。

 

あの『マジカルストライク』というエーテルマシンガンも思えば、自分を狙っておらず、天草式皆の武器に撃ち込んでいた―――パスを繋いでいた。

 

そして、そのパスの終着が、この『白閖』に。

 

新生天草式への贈り物。

 

 

「火織さんに、五和さん、建宮さん、対馬さん、牛深さん、野母崎さん、香焼さん、諫早さん、浦上さん………天草式凄教の皆さんには、これまでも、そして、ここに来てからも大変お世話になってますから、何か恩返しがしたかったんです」

 

 

既に開戦直前だと言うのに、勝ち負けではなく、誰も倒れないハッピーエンドという綺麗ごとのために単身でこの英国ロンドンにやってきた。

 

が、どんなに完璧だろうと、『学生代表』だろうと、まだ中学三年生の少女であることに変わりない。

 

鬱憤もあるだろうし、寂しくなる時もある。

 

一流の英国ホテルではなく、無理を言って女子寮に住まうのもそうなんだろう。

 

ギャラリーの女性陣、気絶していたはずの男性陣、隠れていたはずのチラメイドがしんみりとその言葉を聴く。

 

 

(そうですよね。しっかりしているように見えても、故郷を離れて異国の地は心細くなるもの)

 

 

つぅっ―――と神裂の目尻に涙が溜まる。

 

それはかつて自分が感じたモノと同じ。

 

だというのに、『これ以上何かあれば力ずくで』などと……

 

<幻罰魔犬>を召喚するコインの一部とはいえ、それを譲るということは、その力の一部を僅かながらに縮小すると言う事に他ならない。

 

どちらにしても、恩返しは嬉しいしありがたいけど、ただでさえ<禁書目録>――あの子の面倒を見てもらっているのに、返却されてははますます恩の借金返済が遠のく……

 

いや、今はそんな事を気にするより、

 

 

「ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします」

 

 

「いえ、こちらこそ。詩歌と末永く付き合っていきたいです」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

と、そんないい話だなー、で終わらないのが、マジカルメイドクオリティー。

 

 

「詩歌、その『白閖』の意匠を良く見せてもらっても良いですか?」

 

 

「いえ、最後に一度だけ試験をさせてください」

 

 

神裂が差し出した手を躱すように、すいっと一歩後退。

 

 

「え、えっとそろそろこの服を元に戻してくれますか?」

 

 

「実はそのメイド服にも、特別なマジカルメイドパワーが籠められていましてね」

 

 

と笑いながら、対馬の上着に包まっている五和さんからも、すいっと。

 

 

「まさか、詩歌。まだ正気を失っているわけではありませんよね」

 

 

「いえ、もう詩歌さんは元通りです。火織さんの<唯閃>の迫力は、流石に酔いが醒めるというか、ありがとうございます。クーちゃんの『減罰』でこの『赤い靴』も解呪済みです」

 

 

黄金錬成(アルス=マグナ)>や<心理掌握(メンタルアウト)>の洗脳効果にも抵抗できる詩歌だ。

 

この程度の呪具の効果にも、『泪』の酔いがなくなれば干渉できる。

 

 

「―――ですが、このままで終わる訳にはいきません!」

 

 

「…………………………………え、詩歌?」

 

 

「マジカルメイドのイマジン☆トレースはまだまだ続きます!」

 

 

「……………………詩歌」

 

 

「というわけで今日は一日天草式です☆」

 

 

「………詩歌、もういいんですよ。メイドごっこはやらなくても良いんです。正気に戻ったんでしょう?」

 

 

「いいえ、火織さん。正気には戻りましたが、マジカルメイドは幻想(マジカル)じゃないんです。こんなにマジカルメイドで暴れちゃったら、もう後には引けないんですよ! 最後までやり通さないと自分を誤魔化せないんです! ええ、こうなったらこの街を<一掃>してやりましょう!」

 

 

「暴論過ぎます!」

 

 

どうやら、今回の事件は覚えてたらしい。

 

色々と自分とは思えないほどはっちゃけたらしくこの記憶が抹消できぬのなら、この痕跡ごと街を抹消しようかと。

 

 

「皆で笑って終われるハッピーエンドを目指すのが、あなたの方針じゃなかったんですか?」

 

 

「このままだと詩歌さんが笑えないんですよ!!」

 

 

確かに気持ちは神裂にも痛いほど分かる。

 

このような格好で、人払いはしてあるけど、理性がぶっ飛んでなければ自害モノ。

 

しかし、そのダメージを薄める方法はある。

 

そう、きちんと意味があったんだと上書きするのだ。

 

 

「はい♡ そんなわけで1人ではコスプレかもしれませんが皆で着ればユニフォーム♪ このまま皆で街の往来を駆け抜ければ仮装パレード♪ 同じマジカルメイドになった火織さんと五和さんには期待してます♡」

 

 

と赤信号皆で渡れば怖く内的な論理を言うと、目を細めてみせて、

 

 

「大丈夫。ちゃんと仮面は用意しますし、貴女達なら、マジカルメイドをこなせると断言します」

 

 

「死刑宣告に等しいです。仲間探しでしたら、他の人にしてもらえませんか? ほら、オルソラとか付き合ってくれると思います」

 

 

これはイヤな役を押し付けているのではなく、適材適所という……

 

 

「ヒドイです。先程はどんなことでも私と付き合うと誓ったのに」

 

 

「そ、それは、まあそうなんですが、さすがに……」

 

 

『救われぬ者に救いの手を』が神裂火織のモットーだが、これはどんなに鋼の肉体を持っていても関係ない、精神的かつ社会的なもので。

 

 

「あと、この“素敵なお洋服”を送ってきたのは貴方達なんですが」

 

 

おのれ、建宮斎字! 貴方方は本気で何をしているんですか!!

 

天草式男衆は、逃げ出した。

 

しかし、天草式女性陣に回り込まれた。

 

後で彼らにはとてもきつ~い折檻が待っているだろう。

 

だが、部下の不祥事は上司の責任。

 

つまり、こうして堕天使メイドにさせられたわけだが、彼女が超絶機動ピュアメイドになったのは自分の責任だと………

 

何だか、ウソつき陰陽師の同僚に嵌められた時と同じ流れな気がするが、

 

 

「むっ、むぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! せめて、これが甲冑だったなら……」

 

 

義理と責任にうーんうーんと唸り続ける。

 

そこへさらに追い打ちをかけようと、奥で成り行きを見守っていたもう一人の……

 

 

(この言葉を口にすると後が大変な気がしますが、ここは精神安定のために)

 

 

 

 

 

「五和お姉ちゃん、お願い」

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

胸に手を当てる五和。

 

こくこくと頷く詩歌。

 

そして確認が終わると五和は頬に手を添えて、恥ずかしそうに身悶える。

 

まさか、いつのまにそこまで好感度が!?

 

というか、いきなり過ぎる!?

 

いや、目標にはしてたし、多分、同じくその言葉を切望しているニート軍師は悔しがるだろう。

 

もしかして、これがマジカルメイドパワーなのか!?

 

とうとう自分は内に篭っていた蛹の時間が終わり、外へと羽ばたく蝶へと羽化する時が来たのか!

 

とにかく、ここでチャンスを逃すわけには!

 

よし、と気合を入れる意味でも小さくグッとガッツポーズを取ってから、

 

 

「はい! お任せください!」

 

 

どん、と胸を叩いて満面の笑み。

 

何だか思いのほか喰い付きが良かったので、この爆弾に火をつけたのは少しマズかったかー……なんて思ったが、この勢いで、

 

 

「火織お姉ちゃん……」

 

 

「……わかりました。貴女達だけを死なせるわけにはいきません」

 

 

それを見て、神裂はガクッと肩を落として覚悟を決めた。

 

ただし、絶対に記録を残さぬように、天草式の男性陣は絞めてから、さらに残った対馬ら女性陣に秘密基地にあるコレクションを処理してもらう(その後彼らが血涙を流したのは言うまでもない)。

 

そうして、輪になった3人の中心に向けて、詩歌が借りた<七天七刀>を突きあげた。

 

黒鞘に白く浮かび上がる『白閖』の紋が仄かに燐光し始める。

 

五和がその上に海軍用船上槍(フリウリスピア)を、神裂が更にその上に交換した柳の箒を重ねた。

 

最年少の詩歌が胸に手を当てて宣言する。

 

 

「ひとりはみんなのために! みんなはひとりのために!」

 

 

もうこれは最後までやり切ると覚悟を決めたテンション。

 

色々と振り切っちゃって覚醒している五和が海軍用船上槍を天に掲げ、ポーズを決めて、

 

 

「私達メイド三銃士、生まれた所は違っても」

 

 

神裂も『何故そこで三銃士が!?』と思うも、もうやると一度決めたのだ。

 

 

(ええい! 『救われぬ者に救いの手を』!)

 

 

「倒れる所は一つの場所に!」

 

 

日本の女性は奥ゆかしいが鬱憤が溜めた爆弾の爆発力は計り知れない。

 

そして、眩いばかりの輝きが――――

 

 

 

 

 

「マジカルCQC百八式パート66。みんなでワイワイ天災進撃マジカルワイルドハント!」

 

 

 

 

 

その土地の英雄や有力者、『聖騎士王(アーサー)』や『北欧主神(オーディーン)』などといった伝説上の人物が統領となり、妖精魔獣らを率いたという霊魂を冥界へと導く――――それが、<嵐夜猟団(ワイルドハント)>。

 

日本でいえば妖怪の『百鬼夜行』。

 

まさしく<天使>の眷属の如くお祭り騒ぎ。

 

そうして、その日、3人の仮面メイドがロンドン街を殺陣を演じながら跳びかい、少し時期は早いが『メイドハロウィン』と呼ばれるほど熱狂した。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「……どうなってんの東洋人は。あれがメイドなんて絶対に認めないわよ」

 

 

「ほ、ほら、何だか祭りなんだから、あまり深く考えないように」

 

 

シルビア。

 

作業用のズボンにエプロン、そしてゴーグルという格好だが、英国王室の巫女と護衛を兼ねる近衛侍女でもトップランクの本場本物本当のメイド―――で、<聖人>。

 

相方がどうしても見たい子がいるから、久々に日帰りのプチ里帰りしたら、ロンドンの街を贋物(マジカル)メイドが飛び交ってましたー……………って、何の冗談だよ。

 

もしもこれで英国が毒されたらどうしてくれるんだ。

 

ただでさえ<英国王女>は、アレな人なのに……

 

本来なら何度もあのメイド大戦に飛び込み乱入して、メイドのなんたるかを正座させながら説教してやりたい所だったが、今回は観察が目的であるため、と相方が言うので渋々だがこらえた。

 

 

「ほら、あれが所謂『メイド・イン・ジャパン』ってやつです、ね……」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「な、なんちゃって……」

 

 

「……帰ったらアンタに正式なメイド服を着させてから犬小屋に縛り付けて漆塗りにしてやる」

 

 

「ひぃひ!? ちょっとした場を和ませるジョークなのに。憂さ晴らしに私へ八つ当たりは良くないですよ、シルビア!?」

 

 

「うるさい。二度と私の隣でその冗談を口にしないように、本物がどんなのかをその体に叩きこんでやる」

 

 

そもそも今回の騒動の発端は、お前が力を確かめたいからと“あの『赤い靴』を、あの女子寮に忍び込んで仕込んできてくれと頼んだからだろう”。

 

とにかく、どこかの馬鹿な魔導師から奪った呪具を『踊り続ける』のではなく『戦い続ける』という風に術式まで変えて。

 

それで大惨事にならぬようにこうして見張りまでして。

 

まあ、“向こうもこちらが結界を張っているのを見越して何かを仕掛けていたようだが”。

 

ただでは使われないってか。

 

だとするなら、今回一番割を食ったのはカンザキなんだろう。

 

それで、この裏方作業は面倒だったんだが、

 

……それほどコイツが『学生代表』が気になる理由なのは分かってはいる。

 

 

「Level6になるはずだった女の子」

 

 

「……」

 

 

「『科学(向こう)』じゃ、誰もが夢見る頂点のようね。神様の頭脳とか、天上の意思とか、『魔術(こっち)』でいう“<魔神>”とか、そういう感じ」

 

 

この男は、数多くの魔道書の<原典>は閲覧するだけでも毒であり、彼の場合、それ以上に問題だったのは振るえる力があまりにも特殊過ぎた。

 

必要な知識があろうとも、それを実用化するためのエネルギーがなければ実現できず、結局、<北欧玉座(フリズスキャルヴ)>の論文を利用して、生命力を魔力に精製する過程で『特殊な力』に変換させてかろうじて形にまとめる事が出来た。

 

 

「けど、それをどこかの馬鹿な不良の自殺を止めるためにふいにしちまった。甘いな。まあ、『一万年に一度あるかないかの希少なチャンスを、人助けですらなく傷ついた子猫を助けるために、動物病院を捜して街を駆け回っている内に時間切れで棒に振っちまった馬鹿』もいるけどな」

 

 

「うぅ、人の傷口に毒を塗りつけるような舌撃ですねシルビア」

 

 

「当たり前だ。さっさと<魔神>になっちまえば良かったのに。半端にしくじったおかげで、お前は色々と厄介事に巻き込まれ続けているし、あの『学生代表』もきっとそうなるだろうよ」

 

 

あの少女は自分を<聖人>ではないといったが、なるほど、このシルビアが『聖人検定』しても、生命力は尋常ではないが、基本的な性能では常人で、そうではないといえる。

 

だが、もし世界20人しかいない<聖人>の中で番付したというなら自分よりも上位になれる素質を秘めている。

 

『神の子』と似ているのではなく、『神の子』にさえ代われるような、新たなる『神の子』な存在だ。

 

模造品ではなく、同類。

 

人々の祈りが集まって生まれた奇蹟で<聖人>になった子と同じように、『Level6』と科学の総本山で、いや世界中で認められたのなら―――そんな『願い』が集約したのならきっと規格外な<聖人>になっていただろう。

 

それこそ<魔神>と同じくらいの存在に。

 

だが、その儀式をしょうもないことで失敗した。

 

この男と同じで、完成できず、完全になれず、完璧じゃない。

 

コイツは、今でも時々あの時の子猫一匹のちっぽけな生命に感動した事を思い出して感傷に耽る感情もある。

 

ずっと後悔しているし、同じ場面に遭遇すれば、次も同じ事ができるなんて保証はない。

 

 

 

「―――でも、私は今でもあの時は本当にそれが一番正しいことだと思ってる」

 

 

 

だけど、そう断言するのだ。

 

その答えだけは、<魔神>になるはずだった相方――オッレルスの中では揺るぎない。

 

おそらく、あの少女も同じだろう。

 

 

「それにあの子は僕とは違って、まだきっとチャンスがあるさ。だから、同情しない。できれば、<幻想投影(イマジントレース)>だけでなく<幻想殺し(イマジンブレイカー)>も見たかったが、それはレイヴィニア=バードウェイから話が聞かせてもらった」

 

 

「面白い兄妹なんだそうだな。あのお子様も話をしている時にふてくされた面が珍しく緩んでたし」

 

 

じゃあ行こうか、と半魔神のオッレルスが呟いて、うーんと大きく伸びをする。

 

これから世界は動く。

 

そして、その終着がどうであれ変わる。

 

だから、その先を見据えて世界を揺るがすトップランカーの2人は動く。

 

 

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

『―――本日、イギリスで『メイドハロウィン』と呼ばれる事件が………』

 

 

食事中にTV権は居候の修道女にアニメで占領されているので、携帯の英国情報サイトで見ていたニュースに、ツンツン頭の少年の箸が止まる。

 

唯一撮影に成功したという、そのメイド怪人とやらが映った霞んで見切れた写真。

 

うん間違いない。

 

だとするなら、その隣にいるのは神裂と五和か。

 

一体何をやってんだか、お兄ちゃんは心配するぞ――――と小さくクスリ。

 

 

「どうしたの、とうま?」

 

 

「んにゃ、何だかんだで元気でやってんだなーって」

 

 

国際電話料金が高そうだなーとかは気にしないが、何となく、お兄ちゃん的に毎日大変なのにあまり時間を干渉するのもなんかなーとか、情けない声が出て寂しがられているとか思われたら送り出した立場的に格好悪いとか思っていたので、自分から電話せず、ドンと待ちに徹していたけど……色々と聞きたい事ができたし―――理由ができちゃったし、

 

 

(電話、すっかな。声とか聞きたいしな)

 

 

今日の夜は、長電話になりそうだ。

 

 

 

つづく


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