とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 メイド☆マギカ 中編

閑話 メイド☆マギカ 中編

 

 

 

ロンドン

 

 

 

「ふっ。メイド服。この俺に語らせるのか―――」

 

 

バーでとある職人は語る。

 

 

「それは忠誠と献身、そして清楚の証。身体を覆い保護する鎧でありながら、同時にそれを着る事は高次世界へと至るための脱皮と言える。女は己に相応しいメイド服に身を包んだ時、大人への階段を急速に駆け上がり、美しき蝶へと変わるのである……」

 

 

……後に、この職人は偶々近くを通りかかったとある近衛侍女により縛縄されて路上に放置されたそうなのだが、その思想までは抑え留める事は叶わなかった。

 

 

 

 

 

イギリス清教の女子寮

 

 

 

「ふぅ、今日も良い天気ですね」

 

 

ロンドンの朝は学園都市より9時間遅く訪れる。

 

柔らかい陽射しと小鳥の囀りの中、神裂火織は上条詩歌の部屋へと足を運ぶ。

 

上司の<最大主教>から世話役を命じられたのもあるが、面倒見のいい神裂は遠く異国の地へと単身でやってきた個人的にも親しく、どこか似通っている詩歌に過去の自分を投影したり、またこの前なんか洗濯機(とも)を直したりと積りに積もった多大な恩があったり、などなどより親身に積極的に彼女と共に過ごすようにしている(それに、そうでもしないとすぐに目を離しただけでいなくなってしまうから)。

 

この事について新生天草式の仲間である五和から『流石、女教皇様。自然とお姉さんポジションに……負けていられません!』や『わ、私もやります! いえ、私にやらせてください!』と“とても気遣われているようだが”、世話役くらい自分でできるし、もう自分は仲間達に不幸を押し付けるような真似はしない、というより放浪癖を除けばさほど苦ではないし、あの<最大主教>と比べれば安らぎを感じる。

 

もう自分は方言の訛りであっても完璧で対応できるほど英国通なのだし、自分の方が彼らよりも早く来ているから英国暮らしには慣れている。

 

それに、上条詩歌は強い。

 

 

(あの時の少女が、今や『後方のアックア』を打ち倒すほどに成長するとは……彼の言う通り。できないことがないと断言くらいに自慢できる子なんでしょう)

 

 

『ああ、大袈裟かもしれないけど、詩歌はできなかったことや知らなかったことがないって言えるほど凄い奴だぞ』

 

 

初めて学園都市であの少年が神裂に自分の大事な一つを誇らしげに語った言葉は嘘ではなかった。

 

確かに、神裂も今の詩歌と同じくらいの年からすでに『女教皇(プリエステス)』であり、世界に20人といない類稀なる才能をもつ聖痕(スティグマ)使いの<聖人>。

 

<獣王>や兵器といった人外相手も含めて一対一の戦いで敗北した数も両手の指で数えられる、今や魔術大国イギリスで十本の指に入る魔術師。

 

しかし、上条詩歌は<禁書目録>のサポートがあったとはいえ、少し前までは魔術の素人であったのに、もう知識量は<必要悪の教会>の魔術師を罰する魔術師らと比べても遜色はなく、その実力はローマ正教の最終兵器の<神の右席>であり、神裂と同じ<聖人>である歴戦の怪物を撃退してのけたほど。

 

この事について、『騎士派』の頂点である<騎士団長(ナイトリーダー)>が、『まさか己の半分もいっていない少女が、アイツを……』ととても複雑な苦笑いを浮かべてた。

 

あの神浄の右手を持つ彼と言い、もしかすると特別な血筋なんだろうかと聞いてみたが、当然天草四朗時貞の血を引いてるわけでもなく、特にこれといったものではなく、両親は普通の一般人である、というから何とも不思議な兄妹だ。

 

けれども、同じ齢のころと比べるまでもなく、現時点ですらも、ここに来てから鍛錬がてら時々手合わせをお願いされているが、上条詩歌は神裂火織と互角以上なのは事実だ。

 

今日も急なキャンセルで予定が空いて一日オフということから、場所を取って実戦形式の勝負をしてみませんか、とお願いされ、神裂はこれを了承し、上司からも許可は得ている。

 

もうすぐ大きな戦いが始まるかもしれぬこの時期に、この滅多に出会えない<聖人>と本気で勝負ができるものとの試合は己の鍛錬にもうってつけだろう。

 

<二重聖人>や<偽造聖人>らの『壁』を超えた領域、高速安定ラインの感覚も掴めるかもしれない。

 

正直言って、昨日やると決めてから興奮してなかなか寝付けず、今日も起きてからずっと武者震いするほどだ。

 

そして、一度昂る気を鎮めるための深呼吸してから、ドアをノックし、開―――

 

 

「詩歌、朝食の時間、で……――――」

 

 

室内から漏れ出した輝きが、神裂の視界を金色に埋め尽くした。

 

光。

 

言葉を失うほどの、一瞬で目が醒めるような光が、廊下へと開封される。

 

光を纏ったかのような、その姿。

 

白い衣装に、仮面舞踏会さながらにその面は隠されている。

 

しかし、その仮面の奥に覗かせる彼女の秘めた力強さには一点の曇りもない。

 

その精神、その存在こそが光であるように、輝きを失う事はない。

 

この神々しい光は、見るもの全てを、時を忘れて見入らせるほどの力と、聖女アグネスが連れ込まれた娼館を光り輝く布教の場に劇的ビフォーアフターしてしまうほどの清らかさを持っている。

 

そんな、伝説級の輝きを、彼女は統御していた。

 

顔を隠しているが、誰と疑う余地もない。

 

その輝きを、瞳に宿る意思の色がさらに磨き上げ、そこに在る。

 

天才の『学生代表』上条詩歌が。

 

天災の超絶機動(マジカルパワード)ピュアメイド(略して、マジカルメイド)が。

 

今、輝きを後光のように背に添わせ、神裂火織の目の前に現れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

どうやら寝惚けて幻覚を見てしまったらしい。

 

幻覚だと、信じたかった。

 

もちろん、そうそう都合良く幻覚なんぞ見るはずもなく。

 

どう対応を取るべきか悩んでいる内に、その輝きは女子寮全体に広がったのか、神裂が固まっている間に野次馬達が集まる。

 

 

「(……あの、あのう。神裂さん)」

 

 

ちょいちょい、とズボンを引っ張るのは一番に多くのシスターの先頭に立ってやってきたアンジェレネ。

 

 

「(申し訳ありませんが、何も聞かないでください)」

 

 

神裂はやんわりと断る。

 

世話役を任されているも、これには関わっちゃいけない、と<聖人>の勘が騒ぐのだ。

 

特に、その『メイド』の部分が。

 

それならとっととこのドアを閉めて退散すればいいのだが、神裂の妙な律儀さが働いて、撤退放置を拒んだ。

 

 

「(で、でも、あの人、私達の女子寮に、それも上条さんの部屋に何でいるんですか? もしかして、上条さんを狙ってきた刺客!?)」

 

 

え!? と驚き、超絶機動ピュアメイドから視線を外し、アンジェレネの顔を見る。

 

今の彼女の表情は、『知り合いがコスプレ姿をしているところにばったり遭遇しちゃって気まずい』というようなものではなく、純粋に自分達の住居に現れた“見知らぬ”侵入者に警戒と不審の眼差しを向けるもの。

 

神裂もこれができれば別人であってほしいとは思っているが―――まさか、本気で気付いてないのか!?

 

 

「(ええ、シスター・アンジェレネの言う通り。この女子寮に誰にも勘付かれずに入ってきたことは相当な手練れであることがうかがえますね)」

 

 

ルチア! 貴女もですか! と神裂は遅れてやってきた第二陣の、アンジェレネと一緒に行動している背の高い猫目シスターのルチアに叫びたくなるも喉元で堪える。

 

彼女達は真剣にシリアスモードに入っているのだが、それならこの現実をもっと直視してほしい。

 

そして、ここに一人、

 

 

「(こ、こりゃ一体、どうしちまったんですか……)」

 

 

部下達が混乱する中でもリーダーであるアニェーゼ=サンクティスは状況を把握していた。

 

アニェーゼが号令をかければ、きっとシスター部隊も冷静になってくれる。

 

神裂はようやく味方が、とこちらに気づいたアニェーゼと視線を交わし……たが、

 

 

「あ、あああ朝ご飯ー。あっさごっはんーっ!」

 

 

面倒事に巻き込まれそうな気がする、と歌いながら高速で逃亡。

 

神裂は裏切り者ー! と内心で泣きながら手を伸ばしたが、徐々に力なくして落とし、溜息をつくと、

 

 

「何朝から狭い廊下で屯ってんだお前ら」

 

 

小麦色の肌にライオンのような金髪をガシガシと頭を掻きながら寝惚け眼で参上したのはゴスロリ魔術師シェリー=クロムウェル。

 

王立芸術院の魔術的な管理者でもあるシェリーは、通路の邪魔だと言わんばかりに野次馬シスターたちをどかし、何を見てんだと部屋の中へ頭を向けて、

 

 

 

「………芸術(アート)だッ!?」

 

 

 

「まだ寝惚けてるんですか貴女は!! いや、今妙な間がありましたね!! 本当は気付いてて!!」

 

 

そのまま創作意欲が湧きましたー、と“いう体”で自分の部屋にUターンしようとする褐色の彫刻家に待ったをかける神裂。

 

 

「ああ、夢を見ているようだわ。悪いが、私が起きるにはまだ時間が早過ぎたようね。だから、部屋に戻らせてもらうわ」

 

 

「ふざけないでください! 彼女を私一人でどうにかしろとでも……ッ!!」

 

 

「っつってもよ、お前が世話役だろ。言っておくけど、私はボケ2人とは相手したくないのよ」

 

 

そうして、アニェーゼと同じく神裂に全てを任せて逃亡。

 

手を伸ばすも野次馬シスターたちの壁が阻み、残念。

 

 

「はい! 出来上がりです!」

 

 

そして、そうこうしている間に、外の様子にも反応を示さぬほど一心不乱に編み上げていた何かを完成させ、満足したのか。

 

超絶機動ピュアメイドは華麗なポージングを決めて、

 

 

「冥土の穴を潜り抜けた百花繚乱に咲くその一輪!! お馬鹿で不幸なご主人様を完全サポートする超絶機動(マジカルパワード)なピュアメイドのイマジン☆トレースを始めますよー!!」

 

 

完成させたのは魔女の必須アイテムで、メイドの仕事道具でもある箒。

 

職人に研ぎ磨かれたような光沢を放つ柄に完璧な流線形に伸びた小枝の尾をもつ箒を握り、超絶機動ピュアメイドは一気に神裂を躱して部屋の外に躍り出ると、シスター達の壁を跳び越え、廊下を所狭しと駆け巡る。

 

 

「な、何ですかあれは!?」

 

 

それは常人にはとても直視できぬほどの速さかつ、見事な手際でくるくるとバレリーナの如く回りながら、驚くシスター達を避けながら女子寮の清掃をこなす。

 

どうみても箒一本しか持ってないはずなのに、拭き掃除も掃き掃除も、果てはガラス拭きまでこなしてしまっている無双状態の特級に選ばれしエリートメイド。

 

このフロアの廊下全体を彼女の輝きを伝播させたかのような清掃を神風で終わらせると、その無双ゲージが途切れたかのように次第に動きが緩やかになり、そしてこちらを向く体勢で止まると、

 

 

「うん、朝のお掃除終わり。さて、今日もご主人様の……あれ、ご主人様? ご主人様が……いない……? ご主人様、どこーー?」

 

 

満足満足といった調子から、急にキョロキョロとし出す。

 

その様はまるで飼い主の匂いもしない見知らぬ土地に放りだされた忠犬のよう。

 

膨れ上がる予感。

 

逃げ足を踏みたいところだが、ここで逃亡するのは義ではない。

 

しかし、そう考えているのは神裂だけのようで、

 

 

「ねぇ、火織さん。ご主人様はどこに?」

 

 

「え、ええ、私!? ―――あ、アンジェレネやルチアもいない!? 皆、全部私に押しつけて……っ!!」

 

 

どうやらアンジェレネとルチアらも関わってはいけない事を悟ったのか、既に逃亡していた。

 

あれほど野次馬がいたのに、今廊下にいるのは神裂だけ。

 

 

「と、とりあえず、ご主人様というのが激しく気になりますが、そこは置いておいて、まずは話を」

 

 

「いやー、ご主人様がいないと……私……私……『トウマニウム』が不足して、このままだとソウルジェムが真っ黒に」

 

 

常に冷静沈着なる大和撫子、神裂火織の額に冷や汗が。

 

これはひょっとすると大ピンチなのか。

 

どうやら我を忘れているようだ。

 

これはマズい。

 

人は追い詰められた時、とんでもない行動にでるものだ。

 

 

「まさか……どこかの異世界から誰かに攫われたり……いやっ! ご主人様を奪わせたりしません!! この私の目が黒い内は絶対にそんなことはさせない!」

 

 

「落ち着いてください詩歌! そんなことはありえませんから! あと、その格好で外に出ると大変なことに」

 

 

「火織さん……邪魔しないで!」

 

 

超絶機動ピュアメイドがゆっくりと振り上げられた箒は、一見してただの掃除道具にしか見えない、がしかし、過去激闘で感じた災厄の兆しを纏っている。

 

 

「むむTFPがLevel4!? まさか火織さんがご主人様を! 許せません!」

 

 

「なっ!? 何故そうなるのですか!?」

 

 

残念なことに、今の超絶機動ピュアメイドに理屈は通じない。

 

 

「エリートメイドの本気狩る(マジカル)CQCで清掃してあげます!」

 

 

「只ならぬ闘気! い、いいでしょう。受けて立ちます。正気を失っているなら、ここは一度倒させてもらいます!」

 

 

神裂の手には今日の試合に気が昂り手放せなかった2mを超える愛太刀<七天七刀>。

 

鞘こそ抜かないが、その大太刀は一級品の霊装だ。

 

 

「笑止! 聖衣を纏わぬ者に、私を倒すことなど不可能!」

 

 

同時、2人は廊下を走りだした。

 

部屋着にしている着物の袖を靡かせながら、長い廊下を一気に疾走してくる、神裂の姿。

 

この女子寮で、最も頼りになるその姿。

 

箒を構え、臨戦態勢のままでこちらへと駆けてくる、超絶機動ピュアメイドの姿。

 

理不尽さえ押し流す、より上位の理不尽。

 

その2つが武器を重ねる音が女子寮中に響き渡る。

 

 

ガギギギゴキキキキ!!!

 

 

数瞬。

 

一秒にも満たない刹那の時。

 

その僅かな時の間に、幾度もつば競り合いの音だけが響く。

 

超絶機動ピュアメイドは箒を振るう。

 

防御力の薄いメイド服のミニスカートを靡かせ、床が波打つ程の踏み込みにて加速し、仮面の舞踏姫は銃弾のように相手へと向かう。

 

彼女に拮抗する相手――神裂の持つ得物が、メイドの箒を受け止め、打ち返す。

 

2人のリーチは、神裂側が絶対有利で、ただの箒なら<聖人>の振るう<七天七刀>の前では砕けるだけ。

 

しかし、勝負は拮抗する。

 

 

(あの箒。只ならぬとは思ってましたが、詩歌が言っていた天草式の木造携帯術式を発展させた<筆記具(マーカー)>で編み込んで造ったものですか!)

 

 

天草式十字凄教の真髄は、身近にある物品から魔術的記号を抽出し、応用する事にある。

 

故に、隠された構造解析も得意としており、激しい戦闘の最中であっても、その真眼は相手の得物を正当に評価する。

 

箒と刀がぶつかり合い、その度に重い音が響く。

 

その衝撃は、至近空間をも打つ。

 

地に足をつけて数合。

 

そして空中で身を寄せ合うようにして交わされた数合の打ち合い。

 

着地と同時、示し合わせたように両者は弾かれたように後逸して距離を取り、大きく間合いを開ける。

 

床と靴底の間に煙が立ちそうな摩擦を生じさせながらも、視線は前方に向けたまま。

 

まるで、視線を外せばそれが隙になると考えているかのように。

 

近くの部屋に避難し、ドアを少しだけ開けて観戦しているシスター達はひそひそと神裂に拮抗する謎のメイドに対して驚きを隠せない。

 

<聖人>神裂火織と互角の打ち合いを演じていると言うだけで、既に規格外なのだと知れる。

 

その姿は、およそ戦いとは無縁の筈のメイドのもので、しかし、秘めた空気が彼女を異形たらしめていた。

 

そこへ黒い影が、

 

 

「朝ご飯の時間でございますよー」

 

 

「唐突過ぎます!! この場の空気を少しは読んでください!!」

 

 

頭の先から爪先まで全部を黒い修道服で隠した、顔しか出ていない巨乳修道女――オルソラ=アクィナスがニコニコと微笑みながら、この張り詰めた緊張感に満たされた空間をぽわんと弛緩させた。

 

流石は、シェリーが面倒だと言うボケ2人の内の1人。

 

今も実は眠いのか、時々身体が左右にゆらゆらと。

 

 

「まぁ。でもいつもこの時間に朝ご飯を用意する方が自然な流れでございますよ。あら、今日は大変可愛らしいお召物でございますわね、詩歌さん」

 

 

だが、そのツッコミ――付き合いの良いの性格からかオルソラに反応してしまった神裂は一瞬、ほんの一刹那だが、超絶機動ピュアメイドから視線を外してしまった。

 

 

「あなたは強い。―――だから、戦う前から仕掛けさせてもらいました」

 

 

「!?」

 

 

消えた。

 

超絶機動ピュアメイドの姿が消え、オルソラの姿さえも消えた。

 

いや正確には、世界が廻り始めたのだ。

 

まるでメリーゴーランドのように神裂を中心に廊下全体が回転している。

 

女子寮の風景が、立ち並ぶシスター達が、左から右へと高速で流れていく。

 

 

(これは結界型の幻術! まさか、あの清掃の時に箒で術を女子寮に刻んだのですか!?)

 

 

『十三詣り』と呼ばれる風習があるように、一念を込めた文字は力があり、箒を筆と見立てて、朝の清掃の際に準備し終えていたのなら。

 

迂闊。

 

天草式はさりげない動作から術式を組み立てる『偽装』を主にしていると言うのに。

 

あの箒が霊装の一種だと見抜いておきながら、その効果にまで気を配らなかったのは神裂の落ち度かもしれないが、その神裂に気づかれずに事を仕組んでいたのなら大したものである。

 

―――だが、この程度で神裂の平衡感覚が狂う事はなく、視界から消えたとはいえ迫る相手を逃しはしない。

 

 

「エリートメイドの本気狩る(マジカル)CQCで清掃してあげます!」

 

 

「只ならぬ闘気! そこですか!」

 

 

そして、目立つ装いが仇となった。

 

超絶機動ピュアメイドの輝きはそう簡単には見失うものではない。

 

 

「今度こそ打ち倒させてもらいます!」

 

 

「笑止! 聖衣を纏わぬ者に、私を倒すことなど不可能!」

 

 

ガギギギゴキキキキ!!!

 

 

数瞬に、幾度も響くつば競り合い。

 

超絶機動ピュアメイドは箒を振るう。

 

防御力の薄いメイド服のミニスカートで絶対領域を守りながら、床が波打つ程踏み込んで一気に迫り、仮面舞踏姫の銃弾の如き突撃を神裂の持つ太刀が、受け止め、打ち返す。

 

リーチ的には、神裂側が絶対有利だが、勝負は拮抗し、箒と刀がぶつかり合いに重い音が響く。

 

その衝撃は、至近空間をも打つ。

 

地に足をつけて数合、空中で身を寄せ合うようにして交わされた数合の打ち合い。

 

着地と同時、示し合わせたように両者は弾かれたように後逸して距離を取り、大きく間合いを開ける。

 

床と靴底の間に煙が立ちそうな摩擦を生じさせながらも、視線は前方に向けたまま。

 

まるで、視線を外せばそれが隙になると考えているかのように。

 

そこへ黒い影―――オルソラ=アクィナスが、

 

 

「朝ご飯の時間でございますよー」

 

 

こんな状況にも変わらず呑気な声に、シリアスな真剣勝負が弛緩し―――!? このやりとり、先程したのと同じ………

 

 

 

「エリートメイドの本気狩る(マジカル)CQCで清掃してあげます!」

 

 

 

そして、世界はまた回転(ループ)する。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ケルトの大魔導師『マーリン』は教えを請うてきたお姫様の罠に、その教えたケルト魔術<迷いの森>にて幽閉されて、封じ込められた。

 

 

 

―――はっ!!

 

 

 

幻術から解放された瞬間、神裂の手に鋭い衝撃が走り、<七天七刀>を落してしまう。

 

無防備に呆けている隙をついての小手打ち――鬼塚流武術『鬼灯』。

 

指や骨が切断されたわけではなく、単純に指を動かす筋肉の腱だけに必要最小限の衝撃を通して、握力を麻痺させた。

 

その絶妙な加減に、そして何よりこの<聖人>を封じ込めた幻術に神裂は驚愕に目を見開く。

 

そう、精神と時の部屋のような浦島効果で内外に時間差が生じており、神裂は精神的に十度も激しく打ち合いを演じていた。

 

 

「くっ、なんという……ふざけた力……」

 

 

武器を落され、この喉元に箒の尾を突きつけられれば、魔術師として、また武人として、一本、と負けを認めざるを得ない。

 

 

「正義は勝ーーーつ!! これがマジカルメイドの力!!」

 

 

まさか、流石に本気を出していないだろうが、<聖人>に勝てるとは……

 

アンジェレネにルチア、それからこっそりと影から様子を窺っていたアニェーゼにシェリーに、展開が読めていないオルソラを除いて、驚愕。

 

けど、念のため、勘違いしないように言っておくが、学園都市繚乱家政女学院の教員は護身術程度で、そこまで武闘派メイドは育ててません(デキるメイドはいますけど)。

 

 

「だが、あなたがご主人様を攫った訳ではない事は刀を合わせて分かりました。安心してください。マジカルメイドは、敵であっても見捨てたりはしません」

 

 

「えっ、いきなり何を!?」

 

 

なんだかやる気になっているピュアメイドに、ズサッ、と音を立てて神裂は退いた。

 

良くわからないが、本能的なもので、神裂はイヤな予感がした。

 

激しくイヤな予感がした。

 

 

「くっ、戦闘直後でまだ体が……っ!? 詩歌、何をしようとしてるか分かりませんが結構です!!」

 

 

「ふふふ~♪ そんな遠慮しないでください火織さん。私と契約してマジカルメイドになりましょう!」

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください。今、なんと言いましたか……!?」

 

 

慌ててストップに入る神裂。

 

聞き間違いでなければ、マジカルメイドになりましょう、と言わなかったか?

 

つまり……自分も詩歌のようになるという事なのか?

 

思わず神裂は視線を詩歌の頭から爪先まで二往復させる。

 

大事なことなので、二度確認する。

 

その姿から連想させるのは、上条当麻への恩返しで着たあの堕天使……

 

 

「ぜっ た い に イ ヤ で す!!!」

 

 

一文字ずつ間違えないように発音する所が神裂の意思を現していた。

 

が、それでも押し通すのがマジカルメイドクオリティ!

 

 

「ふふふ~♪ 良いではないか良いではないか~♪」

 

 

日本の時代劇風にノリノリだが、神裂に上手いツッコミで応えられる余裕はなく、リアルで代官に襲われる村娘の心境を理解しながらも、

 

 

―――ダメだ! 今の詩歌には話が通じない! すぐに逃げねばっ!!

 

 

しかし、それよりも早く超絶機動ピュアメイドは動いていて、

 

 

 

「マジカルCGC百八式パート100―――マジカル冥土換装(ドレスチェンジ)!!」

 

 

 

魔法のステッキ代わりの箒から放たれた眩しい閃きは、繭のように神裂火織の姿を包み――――変えた。

 

変わった。

 

和の着物姿が。

 

堕天使メイドに。

 

イメージカラーは黒を基調に、下品にならないレベルで少女趣味の白のフリフリなエプロンドレスに、ストッキングに手袋、さらには天使の輪に四枚の翼。

 

武器とも言える豊満な胸元は谷間が見えるほど大きく開いており、扇情的。

 

 

 

「うわー……なんというか、その、とっても個性的な服ですね」

 

「なんという早業……! やはり、只者じゃありませんね。にしても、神裂火織も修道女ならもっと貞淑に」

 

「あー……やっぱり、とっとと避難して正解でしたね」

 

「あの翼に輪……それに露出の多さ……なるほど、あれは堕天使をイメージしているのか……ッ!!」

 

「皆さん、早く食堂に来ませんと朝ご飯がなくなってしまいますわよー」

 

 

 

先程の戦闘も、幻術も、全ては某RPG『小袋怪物』風にいえば、『眠らせてからの夢喰い』のような捕獲する前に弱らせて状態異常にしようかというような準備段階であり、本命がこの『冥土換装』。

 

残念なことに『達人球』のような成功率100%ではない、少しでも抵抗すれば失敗してしまうマジカルCQCの中でも高難易度のナンバー100を成功させるため。

 

この高い性能を彼女曰く『聖衣』に着替えさせるためだけに全力投球するなど、何という才能の無駄遣いだ。

 

うん、正気ではないのだ。

 

しかし、また例えで悪いが、某マンガ『龍玉』の魔人の最終形態のように属性的に悪でも善でもない、純粋(ピュア)

 

そう、悪気もないのだ。

 

もう少し詳しく言えば、自分が楽しいと思う事が正義(ジャスティス)―――ある意味<偽善使い(フォックスワード)>。

 

 

「はい、これで火織さんもマジカルメイド! 己を解放し、眠れる本能を開眼です!」

 

 

それは何かの宗教の教主様か、それとも自己啓発セミナーの講師か。

 

どちらにしても、久々に『才能開発』したせいでとてもすっきりなピュアメイド。

 

だが、そのためにメイド―――埋もれた才能だけでなく、忘れたかった……埋めた黒歴史のトラウマを掘り起こすなど鬼畜の所業。

 

 

「~~~~~~ッ!?!?!?」

 

 

似合ってはいる。

 

以前の強襲――愚兄への恩返しで見た堕天使エロメイドをイメージ基盤に、それを少し控えめにしてワンランクダウンさせた、フリフリな堕天使メイド。

 

露出度でいえば、魔術的な意味でシメントリーに拘った普段着とそう大差はないのだが……少し年齢層が上に思われる大人っぽく、巨乳でスタイルの良い背格好の高い神裂火織18歳には中々無理があるらしく、傍から見ても旬を過ぎたメイド少女感はぬぐえない。

 

だけど、それは本人も分かっており、決してエロいとか………思っても良いから、せめてイタイとか口に出さないでほしい。

 

ただでさえ女子寮の皆に見られて、自殺モノ、いや、侍風に切腹モノの状況なのだから。

 

 

「ぬっ!? 脱げない!? 何で―――」

 

 

体力値的にピンチだったはずだが、悪夢の冥土再現に<聖人>の聖痕を発動させちゃうほどの火事場の馬鹿力で、目にも止まらぬ速さを実現させた神裂さんは自分の部屋に緊急避難し、世界早着替えコンテストで記録を塗り替えんばかりに急いで堕天使メイド服に手をかけたが、脱げない。

 

まるで肌にぴったりと一体化しているように離れない。

 

天使の輪も同じで、取ろうと思っても<聖人>パワーでも動かない。

 

でろでろでろーん!

 

なんとこれは呪いのアイテムだったのか!?

 

 

「これにて一件落着! さあ次の高TFPの危険人物を捜しに行きます!」

 

 

「―――あ、詩歌! 待って、この服を!」

 

 

そうして、ピッと指を立てて超絶機動ピュアメイドは混沌(カオス)なお(まじな)いを残して、女子寮を飛び立った。

 

 

 

 

 

ロンドン 日本市街

 

 

 

天草式十字凄教はその名の通り、九州の島原に端を発する十字教。

 

国家や政治と強く結び付いて大々的に布教活動を行えた本場欧州のものとは異なり、当時の国家統治機関である幕府からの弾圧を逃れながら裏で広めてきた天草式。

 

国に対抗するために、彼らは魔術だけでなく武術にも実戦的な色を帯びており、そして、弾圧化において本来の宗教的意味を見出す霊装からどこででも手に入る物品・文言で代替化させ、仲間内にだけに伝わる形に暗号化させる秘匿性が高度。

 

そして、一流ハッカーが大手企業のプロテクトを構築するように、隠れるのが得意な天草式は見つけるのも得意である。

 

そういうわけで、『女教皇』神裂火織と和解した新生天草式は、とある魔導師が裏市場にばら撒いた童話を基にした呪具を回収に乗り出している、わけなのだが。

 

 

「これは………可愛い事は可愛いんだけど、どういう心変わりなの? というか、それって見覚えが……」

 

 

「し、詩歌さん……? その服装は……」

 

 

その目立つ装いで全く通行人に意識されないで走り抜けた。

 

ロンドン街を、感覚の隙間を縫って、常に通行人の死角を突きながら最速で進んだのだ。

 

純粋な体術による人払いならぬ人避けという玄人にしか分からないような歩法。

 

何と高度な技量だろうか、と―――二重瞼の五和とふわふわ金髪の対馬の天草式は思った。

 

あとそれから……

 

 

「マジカル☆メイド!! ご主人様を捜して三千里!!」

 

 

凄く似合っている。

 

元が童顔というか、その年でとても達観した精神年齢に反して肉体年齢が若々しく、そのような確実に着る人間を選ぶ服装にも適応している。

 

流石はこの世の全てに適合できる万物の使い手。

 

で、仮面はつけているけど、その声から正体は分かった。

 

 

(な、何というプレッシャー……ッ!! スタイルの良さだけでなくその童顔さえも完全にものにした上で、マジカルメイドで更に昇華させた末に辿り着ける領域!! あれこそが私の目指すべきもの!!)

 

 

あの帰り際に少しでも覚えてもらうために彼のいる病室に一人で向かうために勇気を振り絞ったが、インフレの嵐を巻き起こして全ての思い出を掻っ攫ってしまった常識外の怪物に、またもや一瞬落ちてしまいかけたが、今度こそと己を奮い立たせた恋する乙女五和。

 

ちょっと五和!? と対馬姉さんは何だか参考にしちゃいけないものを凝視している五和の肩を揺らすが、彼女の断固たる集中力は途切れない。

 

だが、ここにいるのは自分のには鈍感なくせに互いのフラグには敏感な兄妹で、

 

 

「高TFPを感知しました、けど……黒い! まさか、隠れ(病み)属性ですか!!」

 

 

ビシッ! と箒を五和に合わせる。

 

 

((え、何だかヤバい気がする))

 

 

なんか今までの修羅場を潜り抜けた経験からくる第六感的なものでマジカルメイドの危険性を察知したらしく、五和は槍を、対馬はレイピアを構える。

 

その五和と対馬が感じたモノは、正しい。

 

<聖人>の『女教皇様』でも手に負えないくらいというくらいに、純粋で超絶機動な行動力を誇るマジカルメイドは厄介だ。

 

 

「これは危険度Level5! こうなったら、せめて私がその黒い波動を白く浄化して見せます☆ そう、マジカルメイドにして!」

 

 

「え、えっとヤミゾクセイというのは良くわかりませんが、私もその姿に!?」

 

 

と、ここまで口上を述べてる訳だが、何の歓声は湧かない。

 

いつのまに人がいなくなっていた。

 

何故なら、ここ一帯に『人払い』が発動している。

 

そう、天草式の仲間たちによって。

 

 

「五和、対馬! どうしたのよ!」

 

 

2、3人のグループごとに複数に分かれて捜索していた天草式十字凄教が建宮斎字の指揮で路地裏から、建物から、屋根から次々と……―――と元教皇代理さんはその姿を見た途端、人払いしたのに甲高い奇声を発した。

 

 

「ふォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぅっっっ!!!!!!」

 

「いきなりどうしたんで―――へェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぇっっ!!!!!!」

 

「何が出て―――キタァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁっっ!!!!!!」

 

 

そして、牛深や野母崎ら男衆にも次々と雄叫びを連呼伝播させていく。

 

天を仰いで、感涙、男泣き。

 

それから一斉に限界まで空気を吸い込んで、3……2……1……

 

うんうん、と隣にいる野郎と固く握手。

 

 

『超絶機動ピュアメイドがここに降臨ッ!!』『やったすね! ダメもとかと思ったッスけどやってよかった!!』『教皇代理……いや、建宮さん! アンタの策は俺達に希望をもたらしてくれた!』『これがメイド! 何て素晴らしいものなんだ!!』『うむ。カメラがないのが残念だが、そんなモノは不要! これは一生我が心に残すぞ!!』

 

 

奇蹟とは起こるものではない、起こすものなのだ、と彼らは今日実感した。

 

 

「いい加減にしなさいッッ!!」

 

 

カッキーン! と、すぐに近くにいた元凶建宮の股間を打ち上げる強烈な一撃をお見舞いする天草式男衆のストッパー役の対馬さん。

 

 

「ヴぁッ!? ばぅあっっっ!! あがおぐ……」

 

 

「あの子の様子がおかしいのは分かってんでしょ! あの“赤い靴”を見なさい!」

 

 

「いや、とても似合ってて可愛い―――「蹴るわよ」」

 

 

割と冗談抜きのリアクション、見ただけでも痛々しい建宮斎字を無視して……無視しなければやっていられない。

 

 

「あのフランスでの一件で分かってるけど、詩歌姫の強さは『女教皇様』と同等以上。だから、アンタらが抑え込んで、その間に私と五和が“アレ”を脱がすわ」

 

 

とりあえず、対馬の言う通り、『厄介な異常』に気付いた天草式、男衆も含めて、それぞれ武器を構えた。

 

それを見たマジカルメイドも数秒考えた後、“武器を抜いた”。

 

その仮面に隠されていない頬を桃色に染めて、『えっと、あの……あの……』と繰り返しながらスカートの裾をひっぱり、内股に身体をもじもじさせながら、そして潤んだ瞳で見上げながら、か細い声で、

 

 

 

 

 

「旦那様……脱がすだなんて、おやめください……」

 

 

 

 

 

「ぐっ、ぐはあっ……!!!」

 

 

天草式の男衆が血を噴きだしながら倒れた!

 

 

「……その手で来たか、姫様」

 

 

建宮は鼻から血を流しながら、虚ろな口調で呟く。

 

 

「その超絶機動ピュアメイド服が、姫様の攻撃をさらに凶悪な一撃へと変えたのよな。もう、このメイド服の力を使いこなしているとは……姫様は、なんと恐ろしいお方だ。そう、このピュアさは、相手の心までもを浄化させるまごころ……そこにあるのは無償の愛なのよ。汚してはならない。我々もノータッチの精神で、その無償の愛に応えねばならない。無償の愛とは解脱への第一歩。超絶機動ピュアメイドとはまさに、男を清浄なる神聖なる国へと導く聖母と言えよう」

 

 

メイドなのか聖母なのか、建宮の言っている事は意味不明で、それよりものすごい勢いで血を流しているが大丈夫か、コイツは?

 

しかもそれは建宮に限った話ではなく、

 

 

『言うべきことがあるのに言えない……言いたいのに言えない……あの感じ』『ああ、その感情は焦りと恥ずかしさのせめぎ合いが生み出すタイフーン!』『今にも溢れそうな感情の荒波が生み出す、その健気で切ないピュアメイドの姿に……』『も、萌えた。これを再生するだけで、あと50年まで戦える。……はぁはぁ……いやダメだ、ここで萌え死ぬ……』

 

 

彼らは過呼吸に陥りながらも血と共に意味不明な言葉を呟き、凄く綺麗な笑顔を浮かべていた。

 

ダメだ、コイツら本気で使えない、と対馬とドレスソードの浦上ら天草式女性陣は思った。

 

一方ターゲットにされてる奥手美少女の五和さんは、

 

 

「(す、すごい! これが武器(メイド)の破壊力! それを私に……だ、ダメですッッ! 恥ずかしい! で、でもここで一歩踏み出せば私もその力を……よしっ……)」

 

 

おーい五和戻ってきなさーい、と対馬さんが五和の方を揺らすも視線がブレない。

 

なんかもう覚悟を決めちゃっているっぽい。

 

こっちも手遅れだ。

 

 

「さあ、五和さんも私と契約してマジカル☆メイドに!」

 

 

超絶機動ピュアメイドがマジカル箒を五和に(羞恥半分期待半分でおろおろしてる)ロックオン!

 

仲間のピンチに男たちは、

 

 

『対馬にやられてまだ動けないのよ』『急に目眩が』『持病の癪が』『うっ、ぎっくり腰』………

 

 

当然、使えない。

 

超絶機動ピュアメイドの神聖なる儀式を邪魔する事などもってのほかであり、また大精霊チラメイドの誕生の時かもしれないのだ。

 

元リーダーの建宮に、牛深や香焼といった若者に、既婚者の野母崎や初老の諫早ら天草式男衆は武器を捨てているが決して仲間を生贄として見捨てるつもりはなく、本人らとしたら『ここで羽ばたくのよ五和!』と背中を押している。

 

で、結局、抵抗も空しく?

 

 

 

「マジカルCGC百八式パート100―――マジカル冥土換装(ドレスチェンジ)!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「やっと追い付きました!」

 

 

建物の屋根を、音を立てず、衝撃さえ殺しながら、<聖人>の脚力で駆けてきた神裂火織が道路に降り立つ。

 

空中から見た時、ここが人払いされているのと、天草式の仲間達と―――メイドが2人いるのを確認している。

 

 

「もう逃がしませ……え、“2人”……?」

 

 

奥にいるのは超絶機動ピュアメイド。

 

神裂が追い掛けてきた相手なのだから、彼女がここにいるのは問題ではない。

 

 

「おおーーーーーっっ!!! 大精霊チラメイド降臨!!!」

 

 

問題なのは彼女と自分の中間地点にいるもう一人のメイド……彼女を見た瞬間、神裂は全てが遅かったことに気がついた。

 

 

……ピンク。

 

 

今の彼女の第一印象がそれだ。

 

全体的に桃色の衣装の所々に混じった白色で、いっぱいのフリルとレースで包まれてる。

 

背中には蝶のような透明な翼で、頭にはティアラのようなヘッドドレス、おまけに槍にもリボンが結ばれている。

 

天草式の隠れた服装術式の影も見る事もなく。

 

例えるならば、色鮮やかな数種類のアイスクリームと、その上にかかっているのは濃厚なキャラメルソースに、そしてチョコソースで、積まれたアイスクリームの頂点には赤いサクランボがちょこんと載せられている様なイメージだ。

 

そして胸から腰、お腹の部分がオープンされておへそを見せており、健全ギリギリのラインで露出がされている。

 

この衣装と言い……何かこだわりでもあるのか?

 

幸い、五和も神裂もすらりと細く出るところは出ていると黄金比レベルでスタイルが良いが、これは確実に着る人間を選ぶだろう。

 

ある程度以上の女性は絶対拒否する。

 

そういう意味ではマジカルメイドの見立てはとても正しい………が、さて、そろそろ現実に戻ろうか?

 

 

「は、恥ずかしい!? 想像以上にレベルが高過ぎです!!??」

 

 

蹲り身を隠すという、やられてから至極真っ当な反応する五和。

 

けど後悔しても遅い。

 

これは本人には外せない呪いのアイテムの為後戻りはできない。

 

神裂も何度も試したが外せないのだ。

 

今すぐこのハチャメチャに投影された幻想を殺してほしいのだが、残念なことにツッコミの相方(あに)はここにはいない。

 

 

「さあ、五和さん! 今こそ内なる己を解放するのです! そうすればきっとあの天にも輝くマジカルメイドの☆に辿り着けるでしょう!」

 

 

どこにそんな☆があるのやら、おそらく兎をマスコットにした某球団の星よりも見つけ辛いに違いない。

 

しかも現在は朝昼だ。

 

<聖人>として超人的な視力を持つ神裂さんでも星は見えません。

 

でも、今のマジカルメイドは無駄にカリスマ性があり、自らの言葉を第三者に信じさせるだけの力があった。

 

 

「え、ええ!? 本当ですか!!」

 

 

「勿論! さあ、私の事をメイド長と呼ぶのです!!」

 

 

「はい、メイド長!!」

 

 

なんとノリノリ。

 

殻に閉じこもり穴に埋まる貝になっていた五和が苦難の果てにある希望を見たのか復活。

 

しかし、『お姉ちゃん』と呼ばせようと思っていた相手に何だか理想的な立場とは逆転してしまってるようだが、それでいいのか?

 

とにもかくにも、

 

 

「おふざけはここまでです! 私の仲間を変な道に導かないでください」

 

 

ようやく、神裂さんが声をかける。

 

もうこのメロドラマに感動している天草式男衆はとにかく、五和の目を覚まさなければならない。

 

決して自分を除いて盛り上がっている事に寂しさを覚えたのではない。

 

ただでさえ自分が無責任に出奔して天草式の方向性が歪んでしまっていると言うのに、これ以上は見過ごせてはおけない天然のリーダー気質さ故に。

 

 

「ふふふ、そういう火織さんこそふざけてます! このマジカルメイドパワーで制作した堕天使フォルムの聖衣! だというのに“何故合羽を着ている”んですか! これではまだ内なる己を隠しているも同然です!」

 

 

「と、当然です! あんな人に見られたら切腹モノの姿で、外に出れるはずがないでしょう!!」

 

 

そう、今の神裂火織は一回り大きなフード付きのレインコート――合羽を着ていた。

 

どうしても脱げないのなら、上から何かを被せて隠せばいい。

 

 

『何!? まさか女教皇様の堕天使メイドまで拝めるのよな!!』『我々全員、当時はガウェインにやられたせいで見れなかったあの幻の!!』『五和からの報告を受けて目から血の涙を流したっすけど』『……ぬぅ。姫様の超絶機動ピュアメイドだけでなく、五和の大精霊チラメイド、さらに女教皇様の堕天使メイド。……今日は何と言う日。今日はメイド記念日と呼ぶべきであろう』『ピュアメイドちゃんは本当に良い仕事をします。惜しむらくはあの合羽が邪魔で見えないと言う事ですが』

 

 

つまり、堕天使メイドはその布切れの向こうに衆目から封印されている。

 

で、このやり取りを聞いて、五和さんは、

 

 

(そうですよね……。二人っきりの時ならとにかく、私、今、切腹モノの状況なんですよね……)

 

 

と、死んだ目をしながら思ったが、わざわざ口には出さずにおいた。

 

カリスマリーダー二人の言葉にアップダウン。

 

それを見て、優しい対馬姉さんが何も言わずに大精霊チラメイドに自分の上着をかける(『何!? それではチラが半減だ!!』と抗議する野郎共は目で黙らさせた)。

 

 

「とにかく! 早くこの換装術式を解除するのです。さもなくば、力ずくで言う事を聞かせる事になりますが」

 

 

静かに神裂火織は<七天七刀>を鞘から抜いた。

 

闘志は朝の一戦から昂っており、もう二度と同じ罠にはかかるまいとその眼光は羞恥の怒りという+アルファも込められていて<七天七刀>の刃の如く鋭い。

 

その無言のプレッシャーをかけるその姿は、どう見ても極道のそれだ。

 

それを前にしても、少しも震えることなく、互いの背景で竜虎激突がイメージに同じく強者の闘志を発する。

 

 

「笑止。先程も言いましたが、聖衣を使えぬ者にこのマジカルメイドは倒せません」

 

 

「うっ……」

 

 

一見ただのコスプレにしか見えないこの聖衣が一体どんな効果があるかはさておき。

 

しかし無駄に飾り付けの多いメイド服であるため、合羽で被せていても、派手に動けば隠せない。

 

故に自然とその動きが制限されてしまう。

 

 

「メイド長として仲間を集めようかと思いましたが、やはり無理でしたか。だがしかしハーレム展開なんて不要! ご主人様にマジカルメイドは2人もいりません!」

 

 

そして、固唾を呑んで(男衆は期待して)見守る中、超絶機動ピュアメイドはヘッドフォン<調色板(パレット)>を装着して箒を構え、

 

 

 

「遊んであげましょう! 汝、自らを以て最強を証明しなさい!」

 

 

 

紫電を迸らせる箒からマジカルCQC百八式の22番目の一刀両断マジカルギガストラッシュが放たれた。

 

 

 

つづく


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