とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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暗部抗争編 巣立

暗部抗争編 巣立

 

 

 

???

 

 

 

この日。

 

上条詩歌は、この街の、後顧の憂いを断つ、と動いた。

 

その為に―――皆が、誰一人死ぬことなく、生きて笑えるように。

 

一人で何でもする、ではなく、皆が何でもできると信じられるようにする。

 

9割は絶望の不幸になる未来を、たった1割の望んだ未来に彼ら彼女ら自身の力で変えられる、と足りないものを代わりに補う。

 

補助輪のように。

 

上条詩歌がいなくても、大丈夫なように。

 

90%が不幸になる未来を全て変えるのは、流石に骨が折れたが、彼女の後輩に予知してもらった危険予報は、これで全部終わった―――

 

 

「―――のだけど。どうも腑に落ちないんだよなぁ」

 

 

 

七の階段を上る少女、一人のヒーローにシのダンをウたれる―――七運。

 

 

 

それを演説する『学生代表』を狙撃しようとした、砂皿緻密のことだと思っていた。

 

砂皿は、徹底したプロ意識をもった傭兵だが、マフィア等の首魁を狙撃射殺し、それで虐げられていた人間を救ってきた、ヒーローだ(と、砂皿と回収した同行者ステファニー=ゴージャスパレスが『砂皿さんは私の恩人でヒーローなんです!』と熱烈に語ってくれた)

 

優先順位なんてつけたくはないと『学生代表』は主張するだろうが、このブレインとしては―――いや、ブレインとしても、彼女に予言通りに死の弾が撃たれるなど、キングを取られてゲームオーバーな死活問題、絶対に阻止すべき最優先事項だ。

 

だから、それをクリアした時、正直ほっとした。

 

 

「だけど、本当に砂皿緻密はヒーローなのか? とてもじゃないが、私にはそれに相応しいとは思えないけど」

 

 

とりあえず、ブレインとして注意を促そうと、雲川芹亜は携帯を取った。

 

 

 

 

 

街中

 

 

 

「アンタには死ぬほど言いたいことがあるけど、詩歌さんに、それから待ってる間にこの子から話は聞いたし、アンタのような人間が野放しにする方がよっぽど問題よね」

 

 

「俺ァクローンどもにゃ借りを返すつもりだが、オリジナルのお前にまで頭ァ下げるつもりはねェぞ。あの『実験』に関しちゃ、お前も加害者側だっつゥのを都合良く忘れてんじゃねェだろォなァ?」

 

 

「償うのは当然として、加害者の代表格にこれみよがしな指摘をされるとひたすら頭にくるんですけど?」

 

 

「お姉様もアナタも喧嘩しちゃだめって、ミサカはミサカは間に割って入ってみる!」

 

 

「おお、第2位! こっぴどく負けたようだな! しかし、中々、根性の入った顔つき。もう一度やってみないか?」

 

 

「うるせぇぞ、第7位。今はお前みたいな非常識な野郎と遊んでやる気分じゃねぇんだよ。あー、<ピンセット>もどっかいっちまったし、散々だ」

 

 

「詩歌先輩、お疲れ様ですぅ♪ それでぇ、教えてもないのにオバサンから電話が来てるんですけどぉ、どうしますぅ?」

 

 

「ああ、こちらの電源は切ってたんでしたっけ? でも、今は催眠術まがいのお小言を聞いてあげられるほど余裕がないので、後にしてください」

 

 

「はぁ~い♪ 二度と来ないように着拒にしときまーす♪」

 

 

「しいかしいか! 病院にいるとうまからひな達は無事だって連絡が来たんだよ。あと、なんだか野郎の気配がするとか何とか言ってたけど、切っておいたから」

 

 

 

 

 

 

 

知らない顔も混じっているが、7人いるLevel5の5人が同じ場所に立っているという光景。

 

待っている間に駒場さんが話を聞いてきてくれたが、どうやら異空間で第1位と第2位とやり合ったらしく、信じ難いが、コレを見る限り、勝ったのだろう。

 

この第4位の<原子崩し>よりも格上の相手を2人して。

 

この魔王を超える大魔王な2人を倒した勇者に、村人Aな自分は何ができるのだろうか、今更ながらに自問自答してしまう。

 

ただ、その中心にいる『学生代表』から離れた位置で、浜面仕上は身じろぎひとつできずに立ち竦んでいた。

 

話さなきゃ、動かなきゃと自分に言い聞かせながらも、一歩でも足を動かせば脱力して跪いてしまいそうだった。

 

だが、今膝を落してはならない。

 

それだけは決して。

 

 

「―――はい、お待たせしました、浜面仕上さん」

 

 

『学生代表』――上条詩歌は、こちらを見通すような双眸で浜面を見据えたまま、ゆっくりと集団から離れて、こちらに寄る。

 

口出し手出しは無用と分かっているだろうが、同じくLevel5の第1位、第2位、第3位、第5位、第7位ら雲の上の人物達も、そして、後ろでここまで案内と仲介してくれた駒場さんもこんな道化を見ている。

 

何て状況だ。

 

こんなの一番高いビルのてっぺんから民衆に『バニーさんが大好きです』なんて青少年の主張するよりも緊張するぞ。

 

だが、目を逸らすわけにはいかない。

 

いかに緊張で総身が震えようと、それだけは理解できた。

 

浜面仕上は、Level5序列第4位の麦野沈利の代理人としてここにいるのだ。

 

ここで自分が逃げだせば、彼女は勝負せずに負けたことになる。

 

隠しようもない緊張に震えながらも、あくまで目を逸らそうとしないLevel0の前に立ち、上条詩歌はその緊張を和らげるような柔らかい声音で訊く。

 

 

「駒場さんから話は聞いています。第4位<原子崩し>の麦野沈利さんの代理として話があるんですよね?」

 

 

緊張に固まった喉からは、声など出せるはずもないと思ったが、ここに何をしにきたのかを訊かれた途端、ほんの一時だけ硬直が解けた。

 

浜面はかぶりを振って、掠れた声で返答する。

 

 

「ああ。だが、その前にアンタに訊きたいことがある」

 

 

ポケットに手を突っ込み、取り出す。

 

アイツが残った、生きた証―――<木霊>ティンクルの薄ピンクの両目を。

 

 

「これ、アンタが送ってきたんだろ」

 

 

それを見て、修道女を除く他の傍観者達は首をかしげるも、詩歌は悲しげに視線を伏せ、

 

 

「はい、その子は詩歌さんが初めて生命を与えた使い魔(サーヴァント)で、私がご主人様(マスター)です。実験試作でもありますが、彼女はちゃんとした自己を持って、産まれました。私からの仕事も喜んで引き受けてくれました」

 

 

それを聞いて、一つ安心したが、やはり、浜面はどうしようもなく、

 

 

「だったら―――何で、コイツに余計な事を言ったんだ! もっと生きられたはずなのに! お前が他人を喰うなって約束したから……!」

 

 

『『ご主人様』と『ご主人様』以外に生命(マナ)をもらわないって約束したです。ティンクルちゃんは良い子ですから『ご主人様』には忠木ですよ』

 

 

あの時、語っていたアイツの声は本当に誇らしげなものだった。

 

きっと、飼い犬がその飼い主がつけた首輪を自慢するように、アイツにはその約束が、何よりも大事な証だったんだろう。

 

だから、大喰の魂食い(ソウルイーター)は人に害をなそうとはしなかった。

 

 

「そうですね。そうなのかもしれません。アナタ達の所が最も不足だったにもかかわらず、無茶な約束をしてしまいました。―――でも、それはその子が決めたことです。強制でも、強要でもなく、ピンチになればいつでもリタイヤするとシグナルを送るようにと自由を与えましたが、それでもその選択肢を選んだのでしょう」

 

 

……そうだ。

 

コイツは、俺のことが友達だから、吸わない、って。

 

コイツは、ティンクルちゃんはティンクルちゃんの意思で、その手段を使ったのだ。

 

それを誰よりも分からなければならないのは、その生命を使った自分だ。

 

詩歌は正しい、そう誰が見ても、この浜面仕上でさえも彼女が正しいと思っている

 

だからこそ、俺は“間違ってやる”。

 

 

「でも、ご主人様がアンタじゃなけりゃ、コイツはもっと生きられた可能性もある」

 

 

命を守ってくれた恩人に、感謝の言葉ではなく仇を返すなど、情けないにもほどがある。

 

それでも、仲間たちを守るためにコイツの生命がくれたチャンスを、余さず使いきる義務が、浜面仕上にはある。

 

 

「勝負しろ。第4位の賛成権を賭ける。だから、アンタも命を懸けろ。俺は、コイツの友達として、ご主人様のアンタにハラァくくってもらわねぇと気が済まねぇんだ」

 

 

不思議なほど静かな心で、浜面は拳銃を詩歌に向ける。

 

 

「―――度胸試し」

 

 

距離は3mほど。

 

1km先でも脳天を撃ち抜ける狙撃手じゃなくても、素人でも相手を撃てる。

 

 

「コイツを前に一歩でも動かなかったら、アンタの勝ちだ」

 

 

刹那、第3位が前髪に火花を散らせ、第5位がリモコンを構えて―――

 

 

「動かないで」

 

 

―――詩歌に手で制される。

 

他のLevel5にも同様に、口答えも、視線で静かにさせる。

 

ここにいるLevel5は全員、浜面が引き金を引くよりも速く造作もなく止められるだろう。

 

しかし、それでは勝ちにはならない。

 

それでも部外者の干渉を阻止して、なお上条詩歌は両手を広げる。

 

 

「勇敢だな。拳銃一発でそうそう人間くだばるもんじゃねーけど、当たり所にもよるぞ」

 

 

「動かなくても、銃口と視線を読めば、避けられます」

 

 

度胸試し。

 

命を懸けるのは、浜面も同じだ。

 

もしここで急所じゃなくても一発でもこの少女に当てれば、自分は下手をすれば八つ裂きにされる。

 

銃を構えているのはこちらの方なのに、膝が震える。

 

少女自身が止めようとも、撃ったら死ぬよりも酷い目に遭わす、とあそこの真っ白な悪魔やホスト風のイケメン―――明らかに麦野とは格の違う相手が呼吸も同然に放つ殺意で、無言のうちにそう宣告していた。

 

むしろ、良く銃を突き付けて生きているとも思っている。

 

もし銃口を急所に合わせれば、彼女の制止を振り切ってでも浜面を殺しに来る。

 

こんな先手のハンデをもらっても、まともな力だけの勝負で浜面が勝てるわけがない。

 

 

「―――っ! 駄目です詩歌さん! セブンスさんの『予言』のことを忘れたんですか!」

 

 

なおも第3位の少女が止めようとするも、彼女はもう第1位と第2位との超常決戦で力をほとんど使い果たしているにもかかわらず、大丈夫、と微笑みを返すだけ。

 

上条詩歌は、浜面と対峙して、浜面仕上だけでなく、<アイテム>、そして、麦野沈利の事情も悟ったのだ。

 

先程の格比べと同じ。

 

ここで浜面仕上をどれだけ叩き伏そうにも、負けだとは認めないだろうし、殺せば、第4位が、<アイテム>が報復に来るだろう、ことも。

 

 

「分かってます。―――でも、これが麦野沈利さんと、浜面仕上さんからの勝負だと言うなら受けなければいけません」

 

 

Level5を倒した少女も浜面と同じ人間だ。

 

銃弾一発でも死ぬ。

 

能力がなければ、『その一発の弾丸が、確実に当たる状況』を防げない。

 

怪物は人間を喰い、

 

英雄は怪物を倒し、

 

人間は英雄を殺す。

 

怪物を倒した英雄であろうと、人間に殺される。

 

 

「名前……俺の事を知ってるのか?」

 

 

「ええ。バレンタインデーで会った<スキルアウト>の方でしょう? 今年は女難だと言ったのを覚えています」

 

 

そうだよ。

 

本当に当たってるよそれ。

 

けど、そんな些細なことまで覚えている事に、浜面はやはり彼女は、頂点に立つべき優しいヤツだと改めて思い知らされる。

 

彼女は決して、自分のことを下には見ていない。

 

きっと浜面が、浜面自信を見下しているよりは、ずっと浜面の事を見ている。

 

こんな負け犬でも、負けたくないと戦おうとするその意志を強いと認めてくれている。

 

だから、<スキルアウト>の奴らは変わったんだろうし、浜面も<アイテム>になってなかったら、間違いなく惚れてる。

 

だから、もうこれ以上、会話に応じるわけにはいかない。

 

浮気する前に、おしゃべりはもう終わりだ。

 

敵味方問わずに救ってきた彼女が一体どれほどの人数を背負おうが、三流のチンピラにも片手で数えられるほどしかいないが背負ってるもんがある。

 

 

「……俺はヘタクソだからな、急所は狙わねーがどこに当たっても許せよ」

 

 

「しいか! 駄目だよ! 今の詩歌には力なんて使えないはずなんだよ!」

 

 

「ふふふ、夏休みに当麻さんに弾避けの指導したのを誰だと思っているんですか? インデックスさん、詩歌さんは今まで色々と不幸に巻き込まれてきたんですよ。私は『学生代表』になると決めてから、撃たれることくらいは覚悟に決めています。……まあ、当たり所が悪かったら、当麻さんに謝っといてください」

 

 

『上』に立つことを、誰よりも覚悟を決めているのはやはり彼女自身だった。

 

浜面仕上が、その高潔さに不意を撃てるのは、ティンクルという道具(アイテム)の死の訴えが、<アイテム>の麦野沈利がくれたチャンスがあったからだ。

 

ここで撃てば、彼女を殺せる――麦野沈利の心の澱の根本が消えて、時間がたてば<アイテム>はやり直せる。

 

つまらないコンプレックスだが、それでも負けっぱなしがイヤなことは浜面にも共感できる。

 

それにこの少女の目は、あの時のあのツンツン頭の男の目と瓜二つだ。

 

命を懸けて一矢報いようとしたのは、ただそれだけのこと。

 

だから、撃つ。

 

 

「はまづらっ! 撃っちゃだめ!!」

 

 

 

その時、浜面の背後から一番守りたかった少女の声と複数の足音。

 

 

―――チャンスだ!

 

 

世界の全てが水飴のように粘っているようにスローに感じる中、だけど、それに押されるように浜面は引き金に掛けた指に力を籠める。

 

上条詩歌は必死に叫ぶ滝壺理后を見て、浜面仕上から視線を外す。

 

そして、その隙をついて浜面仕上は“間違いなく急所”の位置に銃口を突き付けて、

 

 

 

「ゴメン、皆。俺はやっぱ馬鹿野郎だ――――」

 

 

 

パンッ! と破裂音にも似た発砲音が響いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『ご主人様はすっごく強くて優しいお方です。むぎのんだってちょちょいのちょいでやがります』

 

 

『そうかよ。そんなに強いんなら、俺なんか瞬殺か』

 

 

『馬鹿でやがりますか、ハマー。ティンクルちゃんの話を聞いてましたか? そんなことは絶対にないでやがります』

 

 

『はぁ? 何でだよ。麦野のだって勝てねーんだろ』

 

 

『だから、ご主人様はお優しい方なのです。瞬“殺”だなんて、失礼でやがります! 絶対に相手を殺すような真似はできせんし、死なせることもしません』

 

 

これは、あの時、<木霊>から聞いた話だ。

 

そして、駒場さんを見て、確信した。

 

 

 

『この少女は絶対に、人が死ぬ状況になったら動く』

 

 

 

Level5も、それに守られている少女も、弾一発では浜面は殺せない。

 

だから、確実に当てられる人を狙う。

 

そう、浜面仕上で、浜面仕上を狙う。

 

浜面が銃口を突き付けたのは、自分の頭だ。

 

そして、本気で引き金を引く。

 

本気で―――そうじゃないと、彼女は動かせない。

 

そうすれば、この一瞬で―――敵の心でも読み取ってしまう少女は必ず慌てて、

 

 

「―――こんの卑怯者っ!」

 

 

上条詩歌は、浜面仕上の拳銃を持った右手を振り払い、弾丸を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

―――勝った。

 

命を懸けたギャンブルに。

 

命を懸けるのだから、そう易々とは、安々とはできないけれど、高確率で阻止するだろう、とは浜面は思った。

 

上条詩歌の反射神経や身体性能の凄さは、バレンタインデーで一度も触れられずにボコボコにされて身にしみて思い知らされている。

 

3mくらいなら、ちょっとでもこちらが迷って躊躇った一瞬の隙を突けば銃を弾けるだろう。

 

そして、『命は安くない』とあのティンクルちゃんの生みの親だ。

 

何がなんでも止めに入ってくる、全力で。

 

だから、彼女がご主人様だと聞いて、そして、この『動いたら負け』という勝負を受けた時点で、浜面はこの卑怯で反則で最低な勝負の勝算は9割は固い、と。

 

ティンクルの命を使って生き残った自分は、そう―――命を捨てられない。

 

ティンクルを最後に使ったものとして、あの後悔を胸に刻んだ今となっては、浜面仕上はどうあっても、死んではいけなかった。

 

雲の上の超人たちを前にして、身を守る術とてなく、もはや絶対不可能という状況にありながら―――それでも、決して、諦めることだけはできなかった。

 

何故なら、道具(アイテム)自分達(アイテム)が戻るために戦ったその生命を無駄にすることだけは。

 

だから、麦野沈利ではなく、上条詩歌から、麦野沈利には絶対にできない卑怯反則最低な手段を使ってでも大金星を取ろうとした。

 

だからこそ、この覚悟は安いものではなく、上条詩歌なら必ず止めると信じていた。

 

例え勝負を捨ててでも。

 

 

「俺の勝ちだ。上条詩歌」

 

 

そして、多くを捨てて、たった一つ得た戦果に浜面は笑うと、ガツンッ!! と思いっきり下から突き上げるアッパーを喰らった。

 

 

「本っ当に! 卑怯で、反則で、最低な大馬鹿野郎です。――――ですが……はぁ、負けにしといてあげましょう」

 

 

こんなのハッキリ言って勝負でも何でもないだろうが、上条詩歌は溜息をつくと、負けを認める。

 

少年はそれを聞いて―――改めて、生き永らえたことの奇蹟に膝が震える。

 

命を懸けるために絶対に勝てる勝負を組んで、命を懸けた。

 

中途半端な覚悟では、上条詩歌は止めに入らなかっただろう。

 

それに成功したから命があり、だからこれは、ひとつの闘争、ひとつの勝利だった。

 

浜面仕上がたった一人で、初めて命を懸けて挑み、勝ち取ったものだった。

 

無様でちっぽけで、誰にも自慢はできない戦いだった。

 

雄々しさも華々しさの欠片もない。

 

誰を屈服させたわけでも、何を奪い取ったわけでもない。

 

ただ、勝った、という事実だけしかない。

 

 

「やり方はクソだが、イイ悪党だ」

 

「二度は通用しねぇおこぼれだがな」

 

「これって、本当に勝ちって言っても良いの」

 

「馬鹿力も過ぎればこうなるのねぇ」

 

「卑怯だが、根性だけはあったな」

 

 

と、Level5からそれぞれ批評をもらうも、それでも浜面仕上には嬉しく、誇らしく、この『学生代表』との勝負で、あり得ない結末に辿り着いた尊さは、自分だけにしか分からないかもしれない。

 

だが、傍目から見てどんなに無様でも、浜面はこの勝利を、命を懸けてもぎ取った勝利を恥じない。

 

 

「はまづらっ!」

 

 

そして、その勝利を祝するように駆け寄る滝壺に、浜面は大きく両手を広げて―――

 

 

「はーまづらァァァあああああああああっ!!」

 

 

―――滝壺を追い越した麦野からシャイニングウィザードをもらった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ちっ……心配になってつけてみたが正解だった。どんな馬鹿をするかと思ったら、代理人にした私の面目が丸潰れじゃねーか!」

 

 

「はまづら。今のはまづらは、全っ然応援できない。最低だよ」

 

 

病院を抜け出した麦野と滝壺が、浜面を足蹴にして、平らにして、地面に馴らして………ぺっちゃんこにした。

 

 

「で、でも俺は勝つためにだな」

 

 

「―――ああ、お前は勝った。私の代理でな」

 

 

と、麦野は浜面を意識の彼方まで蹴り飛ばして―――本人に聞こえなくなってから、認めた。

 

 

「卑怯で、反則で、最低な手段だが、お前は確かに約束を守った」

 

 

呼吸は荒いものの、言葉は冷めた表情の外観と比べて整然としており、讃えているようだった。

 

 

「だろ? 上条詩歌」

 

 

「ええ、卑怯だろうと……戦わなければ、取れなかった勝利です」

 

 

淡々と言葉を紡ぎ合い、対峙する上条詩歌と麦野沈利だが、攻撃するような様子は見られない。

 

あの時、詩歌はただ的になっていたのではない。

 

詩歌にはまだあの雲川芹亜の『口論』を自在にできるとは言わないが、このLevel5に睨まれるというこの街の誰もが重圧を感じてしまう状況を利用して、同じようなことは誘導できる。

 

案の定、浜面仕上は、銃を突きつけられた状況であっても平然と会話している上条詩歌に人心を掌握する上で最も畏怖させ、自分を自分の恐怖で封じ込めてしまうという本来のポテンシャルを見失わせてしまう『底無し』だという印象を与えただろうし、『引き金を引けば、急所に銃口を合わせれば、殺される』という自分で自分の呼吸を止めてしまうほどのLevel5からの心理的圧迫で筋肉はすっかり強張っていた。

 

恐怖に抗おうとすればかえって余裕はなくなり、拳銃の引き金は人の手で、『心』で引く。

 

銃弾は強力な威力だが、その有効範囲は9mmで、その直線的な射線から9mm逸れれば外れる。

 

ハッキリ言って、あの時の浜面仕上は、小学生と同程度にまで性能が落ちており、とてもじゃないがそんな状態で照準を合わせられるはずがなく、上条詩歌に弾丸を撃ち込もうとすれば失敗するだろう。

 

ただの<スキルアウト>ならそこで終わり。

 

ただし、それはあくまで最初から上条詩歌を狙っていた場合で、浜面仕上が浜面仕上自身を狙っていたのなら話は別だ。

 

詩歌の急所に銃口を合わせるつもりはないので、Level5からの重圧にも耐えられたし、小学生でも銃口を突き付けて外す真似はしない。

 

雲川芹亜なら、ただそれを馬鹿だと見るだろうが、上条詩歌は“甘い”。

 

自殺願望でも何でもなく、ただこちらを動かすためだけに自殺しようとした馬鹿が目の前にいて、それでも詩歌は勝負を優先できるか。

 

いや、それはない。

 

上条詩歌の優先順位はもっと別なものだ。

 

結果、勝負を捨ててでも上条詩歌は動かざるを得なかった。

 

浜面仕上はバレンタインデーでの上条詩歌のプロファイリングから大きく変貌しており、逆に浜面仕上の方は、プロファイリングと呼ぶにはとても拙いものであるが、<木霊>や駒場達<スキルアウト>の話から上条詩歌の性格を読み取っていた。

 

そして、その命を懸ける本気が、詩歌に反応させるほど。

 

つまり、今日一日で浜面仕上が遂げた成長の度合いが、上条詩歌の相手に合わせて配分し、攻略式を組み立てる計算を上回った。

 

ただ、それだけのこと。

 

 

「でも、1つ、お願いを聴いてくれませんか」

 

 

「ああん。何でだよ。テメェ、この馬鹿に負けたじゃねぇか」

 

 

「では、『第4位は代理人に任せて、卑怯で反則で最低な手段で勝った』って……言いふらしますよ」

 

 

ブチッと麦野はその物言いに苛立つも、こらえた。

 

得たものより、失うものの方が大きい、おこぼれみたいな勝ちだが、それはLevel0の浜面だから同情票も入ってダメージは少ないが、それをLevel5の麦野が裏で画策したとなると最悪だ。

 

事実無根だとしても、その卑怯反則最低な馬鹿をしたヤツを代理人にしたのは麦野だ。

 

 

「て、テメェ……っ!」

 

 

「その怪我。後でその子に保護者同伴で謝りに行かせますから、許せと言いませんから、ぶち殺さないでください。もちろん、手足ぶった切って両目を潰せもなしで」

 

 

「ハアァッ!? っざけんな! 詫びを入れさせた後にぶち殺すに決まってんだろ!」

 

 

「大人げないですね。あの子の闇を見抜けない麦野さんではあるまいし。それに一応は、麦野さんの為に命を懸けた浜面さんの命を救ったのは詩歌さんです」

 

 

「チッ……!」

 

 

どうやら“聴いてくれませんか(懇願)”ではなく、“聴いてくれませんか(こっちも迷惑を被ったんだから聴きなさい!)”だった。

 

 

「Level6になった方が色々とやり易かったのですが、Level6になることが目的じゃない。あなた達と手を繋ぐことが目的ですから、それを一端保留にしておきます。でも、一度や二度じゃ、めげませんよ。だって、私はわがままなんですから」

 

 

それから、詩歌は伸びて滝壺に介護されている浜面を見て、

 

 

「にしても、どうやら、浜面さんが勝ったのは、私ではなく麦野さんの方ですね」

 

 

「あ゛~!?」

 

 

麦野はそれを鼻で笑い飛ばすような真似をせず、より苛立つように女帝の如き威圧感で詩歌を睨み、けど、詩歌は満面の笑みで見つめ返される。

 

効果なし、これ以上は調子を狂わされると悟り、そしてもう一度伸びた浜面を見る。

 

この男は、“麦野沈利の為に命を懸けた”。

 

その命は決して安くはないと自覚していたはずなのに。

 

今の麦野にはそれが良く解っている。

 

だから浜面が、『お前の代わりに大金星を取ってきてやる』と啖呵を切った時点で……敗北を知らされた。

 

この男は、自分の命以上に<アイテム>が大事なものだと。

 

それをリーダーである麦野が切って捨てても良いのか。

 

 

「……わかった。それで今日の借りはチャラにしろ」

 

 

浜面仕上は多くを失い、だけれど、それでも勝ち、守りたいものを守った。

 

 

 

七の階段を上る少女、一人の道化(ヒーロー)()(ダン)()たれる―――七運。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、麦野さんだけでなく他の方もLevelを問わずにその気なら挑戦を受けるつもりですが、しばらくは勝ち逃げさせてもらいます。ごたごたが片付いたらイギリスへ発たなくちゃいけません」

 

 

そうして、今度こそ全てに蹴りがついた後、ギリギリではなるがLevel5に認定された上条詩歌。

 

『基本、何も投影してないとLevel0ですし、序列をズラすのも面倒ですから、第0位で』と安直な理由でLevel5序列第0位(仮)に決まったわけだが、第1位と第2位を降した結果なので、誰も反対はせず、Level5以上がラインの『学生代表』も条件を満たした。

 

ちょうど7人中6人が揃っているので、上条詩歌は今後についてお話。

 

これから始まるであろう戦争に向けて、英国第三王女が極秘にご来日中であるのと同じように、『学生代表』が今度はその第三王女と共にイギリスへ旅立つことになっている。

 

当選直後で、早速仕事、そして、早速強権を発動。

 

 

「―――だから、詩歌さんが帰ってくるまで“仲良くお留守番”しててください。苦情は一切受け付けません。『学園都市統括学生代表』としての初めての『命令』です」

 

 

果たしてそれを人格破綻集団が何人守れるか見ものである。

 

 

 

 

 

 

 

「で、浜面さん。花は枯れても、種は残しますよ」

 

 

「ん? あ、それ、いつのまに!?」

 

 

詩歌は、先程殴るついでに盗ったピンク色の目――種を光に透かしてみる。

 

光の射し込み方によって、種は様々な濃淡に変化しているように見える。

 

 

「うん。仮死状態で冬眠中ですか。これなら生命を補充すれば、また芽生えるでしょう」

 

 

「え、それって……」

 

 

浜面は期待するように、詩歌はそれに応えるように微笑み。

 

 

「はい、元に戻せますよ。私が生命を入れるか、それとも、土に埋めて龍脈を吸収させるか。正直、前者の方が手っ取り早いんですけど―――でも、この子に『ハマーに責任とらせやがれ』って、お願いされちゃっているんですが」

 

 

どうします? とその問いに浜面は迷いなく首を縦に振った。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「Level6にはならず、か。ま、詩歌ちゃんはどっちにしても自分のLevelには無頓着の娘だからにゃー。というより、Level3が最低条件の常盤台に入学してなけりゃ、カミやんに合わせてLevel0のままだったろうし」

 

 

いつとも知れぬ時間、どことも知れぬ場所で、土御門元春はごたごたの合間にこっそりと拾った<ピンセット>―――人差し指と中指の2本にガラス製の爪型センサーをつけた機械のグローブを手に嵌めて操作し、<滞空回線>から賢妹らの様子を窺う。

 

―――<ドラゴン>、という気になるワードが最暗部の情報から検出されたが、これが突破口になるかは分からない。

 

けれど、今回の騒動で、確実に前に進んだのは確かだ。

 

と、そこで土御門は人が近寄る気配を感じて、

 

 

「お、何だ。―――か」

 

 

「おお、こんな所で奇遇やね」

 

 

知り合いの姿を見て、気を抜き、ふとコイツに訊きたかった疑問が

 

 

「いやー、最近同士が増えて、さっきも色々と熱いパッションを交わし合ったけど、三次元(リアル)の女の子は一人もできへん。16年に及ぶ負け犬(モテない)組生活は中々脱却できへんなー。マジで普通に女の子と出会うなんてイベントどこに落ちてるんやろ?」

 

 

「そういや、お前、どうして、詩歌ちゃんに投票しなかったんだ? お前なら真っ先に賛成票を投じるかと思ってたんだぜい」

 

 

「んん? 確かにボクは彼女の大大大大大ファンやけど。だって、カミやん、本当は、反対したいんやろ?」

 

 

「まあ、そうだろうにゃー。納得はしているだろうが、できれば、お兄ちゃんが変わってやりたいと思ってるだろうぜい。妹を危険な目に遭わすのは兄じゃないにゃーって。狙撃予告が来た時、カミやん、本気で危なかった。詩歌ちゃんが止めなかったら、間違いなく単身でそいつを依頼した野郎に殴り込みをかけただろう………同感はするけどな」

 

 

「だから、ボクが代わりに反対しとこうかなって。ボクは可愛い子がとっても大好きやけど、だからこそ、危ない真似させたかないし、いくらマイプリティエンジェルの詩歌ちゃんちゅうてもカミやんが本心では反対してるんならダメや。ボクは紳士でもあると同時に男同士の友情も大切にするんやでー。一度きりの義理やけど」

 

 

なるほどな、と土御門は笑った。

 

自分が第1位の説得に協力したように、この男は、何の権利のない愚兄にあげたのか。

 

保険の為にLevel5以上としていたが、『統括理事会』と同等の権限を得るにはLevel6であることを求められていた。

 

だから、あの『統括理事会』を裏で操る天才がいるが、結局、今の上条詩歌は『マスコット』でしかない。

 

おそらく、『統括理事長(アレイスター)』は『学生代表』がLevel6になることを望んでいた、いや、『どんな悪条件でも成功させてしまう』と<最大主教(アークビショップ)>に評された賢妹ならそうなると見ていただろうが、奇しくも最底辺のLevel0達がその結果を動かした。

 

しかも1人は全く『プラン』とは関係ない無能不良(スキルアウト)

 

これが一体どれほどの『プラン』にズレをもたらすのだろうか。

 

とにかくこの予測不能な馬鹿さ加減に、土御門は日常の温度を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

「で、『TKD14』のカードをフルコンプしたいんやけど、もう売ってない?」

 

 

「そいつぁ残念だけど、もう残りは全部外国に出荷しちまったにゃー」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

ここは第13学区にあるとある大学付属の、“たった一人の為に用意された”特殊な大学病院。

 

とはいっても、『余力』で普通に日に500人以上の患者を迎え入れていることから、普通の病院施設と何ら変わりはないのだが。

 

その誰も入らない区画にある一室に、人目を避けながら窓から飛び込もうとする巨大な怪鳥。

 

 

「先生、モモタロウさんが鳥になって帰ってきました」

 

 

「はぁい。―――って、一応、ここ一般患者も入れてんだし、『警報』にスイッチが入ったら面倒だから、あまり派手なご帰宅は勘弁してほしいわね」

 

 

普通ならハトやスズメというのならとにかく、こんな人を丸呑みできそうな化物を見たらパニックになるだろうが、部屋にいた若い看護師と見た目が30代の女医は、それでも大して驚くことはなく、この病院の主とも言える女医は窓から入ってきたというマナー違反を咎めるだけだ。

 

 

「それに、どうやら手ぶらっぽいし、『猿』の体を捨てているってことは失敗してきたようね」

 

 

「撃ち落としますか」

 

 

「いや、とりあえずウチの貴重なスタッフだし」

 

 

「撃ち落としますか」

 

 

「恋査ちゃん、お願いだからそれ以外の対話をお願い」

 

 

「先生、単語が重複しています」

 

 

「今そこつついちゃう?」

 

 

そして、既に会話の最中に侵入していた怪鳥が嘴を開いて―――喋った。

 

 

『はは、『先生』に恋査ちゃん。急患なのに撃ち落とすなんて、病院としての対応としてどうかと思いますね。重傷人に止めを刺すのが医者として許されるんですか』

 

 

「私そんなこと言ってないし、私の本来の役職は医者じゃない。そもそも今のあなたの見た目はここのテロ対策が発動してもおかしくないほどの化物なんだから仕方ないわよ」

 

 

「……九官鳥の急患」

 

 

「恋査ちゃん、色々と言いたいことがあるけど、流石にこれに九官鳥はないわよ。喋るけど」

 

 

『はぁ、相変わらずですね、『先生』達は。鳥でも犬でもできるように簡単なマニュアル操作にしてありますから、手伝わなくても良いので、邪魔だけはしないでください』

 

 

そうして、『雉』―――木原百太郎は怪鳥の姿のままで、さらに奥へと―――培養カプセルの中に、<肉体変化>系統の能力者のDNAを組み込んだ『猿』、それを『鬼原』の性能に合わせた身体が浮かぶ。

 

怪鳥はその嘴を使って、装置をボタン操作すると、カプセルの蓋が開き、そこへ嘴を入れて、『鬼原』の口の中に―――まるで、親鳥が雛に餌を与えるように、直接に団子状の物を入れた。

 

すると、役目を終えた『雉』は躾けられた通りに、この部屋の隅に作られた犬小屋の反対側に造られた鳥籠の中に入っていき、『鬼原』が目覚める。

 

 

「その“キビダンゴが本体”だなんて、あなたも面白い身体しているわよね。でもさ、それって本当に鬼塚百太郎のオリジナルだって言えるのかしら。あなたもこれが作り物に過ぎないことは分かっているんでしょう?」

 

 

続いて、ラボの中に入る『先生』が訊けば、目覚めたばかりの木原百太郎は迷いなく、

 

 

「確固たる自我を持つ知性が、自身を偽物だと認識すれば、自己の存在に耐えられない、だなんて―――それは簡単なことも分からないだけですね。例え『鬼塚百太郎』が私でさえ知らない所にいるとしても、器は全く同じなのだから見分けられません。だとするなら大事なのは今起きている現実で、この身体が作り物でも私がそうだと認識すれば『木原百太郎』。簡単に言えば、この身体が起きた以上、『雉』の中に収まっている前の身体は偽物で肉塊と同じですね。ご褒美の餌ですよ」

 

 

団子状の物体、<鬼百団子(きびだんご)>―――これが木原百太郎の本体。

 

機体(パソコン)における魂の記録媒体(メモリーカード)であり、食した試験体の身体を乗っ取る。

 

<妹達>と第3位に差が出たような不完全なクローンではなく、身も心も記憶も魂でさえも完全体なる己自身。

 

透視能力(クレヤボヤンス)>の目を持つ『雉』と<嗅覚センサー>の鼻を持つ『犬』の探知能力は迅速に身体に支障が出た本体救助の為に取り付けたもので、あとの強靭な牙と爪や翼と嘴はおまけのようなもの。

 

生死を問わず、弱体化したり、動けなくなり敵に囚われようものなら、すぐに『喰え』と命じてある。

 

弱肉強食。

 

弱くなれば、身体はただの肉だ。

 

それでも普通なら捨てきれないはずの自己という唯一性を、簡単に捨てされるのは、人間ではなく、怪物だろう。

 

 

「やはり、お前は<木原>だな。その常識外にぶっ飛んだ個性はまさにそれだよ」

 

 

「何をいまさら。『先生』だって、『学生代表』の身体に興味がおありじゃないですか。そのせいで、私は身体を壊されてしまったんですが。まだ調整中の恋査ちゃんにも手伝ってほしかったですね」

 

 

「それはどうせ油断したからだろう。にしてもお前が倒されるとは珍しいな。お前の手掛けた<鏖殺悪鬼>も撃破されたそうだし―――けど、そのおかげで『学生代表』とは別に面白い娘を見つけたがな」

 

 

先程までの穏やかさとは一変した冷たい光が『先生』の眼に宿る。

 

 

「そういや、あの若造を見限ったようだが、今後、この病院を離れる予定はおありかな」

 

 

「はは、まさか。裏切るのは簡単ですが、中々気の合った同士を見つけるのは難しいですから」

 

 

 

 

 

 

 

「それでつまり、モモタロウさんは裏切りと悪意に満ちたア○パ○マン。キビダンゴマンなんでしょうか?」

 

 

「はは、恋査ちゃん。簡単で分かりやすいけど、それは流石にちょっとないかな」

 

 

「そして、先生がジ○ムおばさん」

 

 

「おい! せめてバタ○さんと言え!」

 

 

 

 

 

空港

 

 

 

「―――で、勝手に人の鞄を覗きこんで何をやっていたんですか? 当麻さん」

 

 

詩歌がイギリスへ特別留学する日。

 

当然、荷物持ちを買って出て行ける所まで行って見送ろうとしたのだが、兄妹水入らずで肩を並べて他愛の話をしていたら―――通い慣れたはずなのに、どうしてか一歩一歩が重く感じて―――いつの間に空港にまでついてきてしまった。

 

学校もあるが、これじゃあ遅刻だ。

 

まあ、それはいい。

 

朝早い時間の空港は、随分と閑散としていて、気持ちが良いような、何となく寂しいようなそんな気持ちにさせられる。

 

そして、詩歌が手続きに行って――――戻ってきたら土下座させられていた。

 

あれ、おかしいぞ?

 

 

「もし勝手に女の子の私物の中を覗き込んで何も思わないなら当麻さんは兄として、男の人としてどうかと思います。普通携帯のメールだって覗かれるのは嫌がれるのにデリカシーのない最低人間です」

 

 

「いや、だって、今朝土御門に盗聴とか話聞いてさ。もしかしたら仕込んであるかもしれないって思ったんです!」

 

 

「一体当麻さんはいつからそんなフルメタルなパニック傭兵になったんですか。とにかく、妹の鞄の中を探るような変態な愚兄を持って、詩歌さんは不幸な妹です」

 

 

「そこまで言わなくても良いじゃありませんっ!?」

 

 

「泣いてもダメです。当麻さんは、妹の私物を漁る変態野郎の称号を得ました。これは呪いがかけられているため私の許しがないと一生外れません」

 

 

「ごめんなさい! すみません! お兄ちゃんが悪かったですぅ!」

 

 

「最初から言い訳しなければいいのに。全くこれでは詩歌さんが当麻さんを苛めているみたいじゃないですか」

 

 

「―――えっ!? それってどこが違うんでせう?」

 

 

「当麻さんがそれをお望みなら吝かではないですよ?」

 

 

「滅相もございません! これ以上詩歌に言葉責めされたら、危ない何かに目覚めちゃうから!」

 

 

「そうですか……はい、残念です」

 

 

「勘弁してくれ」

 

 

「で、当麻さんがこっそり入れておいたこの本命の『もしもの時は』と書かれた封筒を今開けましょうか」

 

 

「マジで勘弁してください!」

 

 

少ないとはいえ人気のある空港で、学校をさぼってまで俺は何をしているんだと上条当麻は自問自答。

 

絵面的には、土下座し懇願している情けない愚兄じゃないか。

 

一体どこで間違ったんだ?

 

 

「だったら、最初から下手なウソはつかないでください。全く、もう……」

 

 

「それだけ心配なんだよ。父さんだって、出張を無理に伸ばしてイギリスに詩歌がいるまで滞在しようとして、母さんに怒られてたって電話の向こうで泣いてたし……」

 

 

「本当にどうしようもないですね、父さんは。でも、安心してください。向こうには火織さんやオルソラさん達がいますから」

 

 

詩歌はくるりと回ると呆れ顔から一転していて、当麻に清々しいほどの微笑みを湛え――――

 

 

 

「それよりもお兄ちゃんの方こそ……お身体を大事にしてくださいよ」

 

『どんなことがあっても、絶対に無事でいて……お兄ちゃん』

 

 

 

―――ふと、そこに小さな小さな笑っている少女が見えた。

 

その幻と重なって、詩歌はいつまでもいつまでも微笑んでくれる。

 

当麻の口も自然と動く。

 

 

 

「ああ、安心しろ。お兄ちゃんは体だけは頑丈だからな。どんな不幸でもへっちゃらでございますよー」

 

『ああ、約束だ。今度は怪我なんかしなくなるくらい、お兄ちゃん強くなるから、安心してくれよ』、

 

 

 

はい、と差し出した手を引いて立たせると自然と、二人は手を繋いだまま。

 

色んな表情を見せる度に、何故か心の中に不安と寂しさが込み上げてくる。

 

優しく微笑む詩歌は、いつもの詩歌で、上条当麻が守りたくて、必死に追いかけて、―――な詩歌だった。

 

 

「もう、泣かないんですか?」

 

 

「なんで泣かなきゃいけねーんだよ。むしろ詩歌の方が泣くんじゃねーの?」

 

 

「なんで泣かなきゃいけないんですか?」

 

 

「だろ? そういう事だよ」

 

 

「ふふふ、それもそうですね」

 

 

「それとも、俺が泣いて行くなって頼んだら、やめてくれんのか?」

 

 

「それはないですね。逆に張り倒して、目を覚まさせてあげます」

 

 

「だよなぁ」

 

 

そんなことで賢妹が止まってしまったら、逆に困る。

 

一度決めた事は決して曲げない……その背中を見せたのは何より自分だ。

 

 

「なあ……いつ、帰ってくるんだ?」

 

 

「ん~……まあ、すぐに帰ってきます」

 

 

「……そうか」

 

 

「ちゃんと勉強、してくださいよ」

 

 

「ああ、大丈夫。何とかするさ」

 

 

「後で小萌先生に、制理先輩や秋沙先輩にテスト結果や学業態度、聞きますから」

 

 

「そりゃあ……まぁ、うん、大丈夫大丈夫」

 

 

「毎日、ちゃんと朝昼晩食べてくださいね。忙しいからって、一食抜こうだなんて駄目です。インデックスさんも当麻さんも成長期なんですから」

 

 

「ああ、気をつけるって……」

 

 

「そうですか? まぁ、こっちはインデックスさんに聞けばすぐに分かりますね」

 

 

「恐ろしい事言うなよ……っつか、アイツの満足度に応えるのは相当だぞ」

 

 

「それから……詩歌さんがいないから、美琴さんと喧嘩しないで下さいよ。一晩鬼ごっこしたなんて、後で聞かされるこっちの身にもなってください」

 

 

「しねーよ! そんなこと絶対にしません! 少なくとも当麻さんから喧嘩は吹っかけねーよ!」

 

 

「歯ぁ磨けよ」

 

 

「磨くよ!」

 

 

やっぱり、どこまで行っても詩歌は詩歌だった。

 

誰かを気にかけて、誰にでも好かれて、誰にでも優しくて、そして、自分に厳しくて……

 

こんなときでも話すのは他人の事ばかりだ。

 

 

「……」

 

 

それでも、一瞬だけ寂しそうな表情を見せたのを、愚兄は見逃さなかった。

 

 

「……それじゃ、そろそろ行きます」

 

 

その言葉と共にゆっくりと、繋いだ手が離れていく。

 

 

 

―――ああ

 

 

 

上条当麻を追い掛けて、学園都市に来た上条詩歌が、

 

上条当麻の背中を目標にして、最前最善を目指した上条詩歌が、

 

上条当麻を置いて、学園都市を離れる。

 

この右手から、ゆっくりと離れていく。

 

やがて宙を掴んだまま、完全に詩歌の温もりが消える。

 

そして――――

 

 

「詩歌!」

 

 

その消えていく背中に向かって、

 

 

「行ってこい!」

 

 

愚兄は最後に、そう言葉をかけた。

 

 

「―――っ」

 

 

どんな時も自分の背中を支えてくれたのは愚兄で、落ちそうとした時も拾ってくれて、外れそうな時は引き戻してくれた。

 

だから、賢妹は思いっきり飛べるのだ。

 

 

 

「……行ってきますっ!」

 

 

 

つづく

 

 

 

おまけ 未来編

 

 

 

「ティンクルちゃんと契約して、ヒーローになりやがれです」

 

 

変身ベルトが喋った。

 

夏休み初日、浜面加皇は、両親から送られた荷物の中から飛び出してきたものに、一つ年下のトラブルメーカーな友人が目を輝かせた時と同じような“嫌な電波”を察知した。

 

ここは学園都市という場所で、ちょっとやそっとの異常には慣れてるものだけど、流石にこれは状況を理解するまで、数秒ほどの時間を要した。

 

で、浜面加皇はこれが変身ベルトに見えた。

 

ちょうど自分の腰回りのサイズにぴったりなサイズのベルトだが、真ん中にピンク色の光点を中心に据えた円盤……ちょうど、朝見ていた仮面ヒーローもののと同じだ。

 

ただ、ちょっと違うのは、日本語で喋れること、

 

 

「えっと、何だこれ……?」

 

 

「変身するには、ティンクルティンクルドレスアーップ! って叫びやがれです」

 

 

と、強引に話を進める自我を持っている所か。

 

そこまで考えてから、小学2年の少年は思いっきり喜ぶ―――ような真似はせず、くたびれた大人のような溜息で、

 

 

「やだなぁ。すっげぇやだ。ドレスアップって魔法少女だろ。俺は男の子なんだぞ」

 

 

というより、胡散臭い。

 

こう言うのは、自分じゃなくて、先日部屋を大破させたトラブルメーカーに送りつけろよ、と頭の中でもいちゃついてる両親に言う。

 

どうやら、こっちが意識停止している間に喋る変身ベルトがしていた説明は頭に入っており、それによれば、この『自称ヒーロー製造機の家庭教師ベルト』は両親から自分のことを教えてもらっており、それで『カッコー』と早速フレンドリーになっている。

 

いや、流石に変身ベルトの友達になった覚えはないが、

 

 

「カッコーの親もティンクルちゃんを使ったんでやがりますよ」

 

 

「え、母さんが? 母さんって、あまりそう言うの興味ないというか、家じゃいつもぐてーって脱力してっけど。たまにウニとたわしを間違えたこともあったけど。昔は違ったんだな」

 

 

基本的な家事は親父に任せっぱなしな美人で脱力系な母さんだが、昔はやはり、女の子らしくこういうものに憧れたんだと―――思ったが、

 

 

「いえ。多分それは今も昔も変わってねぇでやがります。後、ティンクルちゃんを使ったのはハマーの方です」

 

 

「………えー、うそー……」

 

 

「ホントでやがります。ハマーもティンクルちゃんを使って、タッキーを守ったんでやがりますよ。それでタッキーはハマーにメロメロになったんでやがりますよ。ティンクルちゃん、愛のキューピッドです」

 

 

うん、出来れば聞きたくなかったなぁ。

 

というか、想像したくないなぁ。

 

あの親父が魔法少女になった絵面もだけど、その変態野郎に母さんがトキめいたのも。

 

小学二年の自分にはトラウマものだなぁ。

 

何だか無性に泣きたくなってくる。

 

 

「とにかく! カッコーも女の子にモテモテのスーパーヒーローになりたかったら、この改造されてソーラー対応した『ティンクルベルト』を腰に巻き付けやがれ!」

 

 

「……」

 

 

加皇は無言のまま後ずさる。

 

その半分しか開かれていない目は、まさしく、ジト目。

 

軽蔑や不審といった感情を表わす目だ。

 

 

「むむ。信用と実績のあるティンクルちゃんを警戒するなんて。まさか、カッコーは反抗気でやがりますか!」

 

 

「えっ? いや、別に……そう言うの間に合ってますから」

 

 

「大丈夫! ティンクルちゃんはきちんとカッコーを女の子にモテモテな残念系ヒーローにしてみせます!」

 

 

「さっきと台詞が違うぞ! やっぱり、残念系アイテムだったんだな、これ!」

 

 

「ぬぬぬぅ~! 愛と優しさでできたティンクルちゃんに残念系呪いアイテムだなんてなんですか!」

 

 

「逆ギレ!? このベルト、居直り強盗みたいになってるぞ!? っつか、呪い!? また一言余計なモンが増えてるし! 絶対に腰に巻かねーからな!」

 

 

「まったく、ティンクルちゃんを疑うなんて、愚かしい真似を。カッコーぐらいの年頃は、ヒーロー物に憧れるのが普通なのに。こんなにヒネてるとは、結局、ティンクルちゃんは超ショックでやがりますよ!」

 

 

「うわっ、すっげぇ腹立つ! というか、お前、本当に俺の両親から届けられたもんなのかっ?」

 

 

「しゃあないでやがります。ほれ、この手紙を読みやがれ」

 

 

と、ベルトは器用に両端を動かし、指もないのに吸いつかせるように荷物の箱から一枚の封筒を取り出す。

 

そこには母親の筆跡で

 

 

 

『がんばれ。母さんは加皇のこと応援してる』

 

 

 

と、相変わらず何だか気が抜ける感じにいつも通り。

 

説明書みたいにとは言わないけど、せめて最低限の取り扱い方は教えて欲しかったなぁ。

 

で、その下に親父の筆跡でただ一文だけ。

 

 

 

『大事に使ってやってくれ』

 

 

 

それは、短いがそれでも分かるくらいに想いが籠められた一筆で、加皇は―――

 

 

 

「隙有り! ティンクルタックル!」

 

 

 

―――親父を恨まずにはいられなかった。

 

ぐぼぉ! とアメフト選手並みのタックルで身体がくの字に曲がり、そのままがっちりと変身ベルトは両端をくっつけて、胴回りを確保した。

 

 

「これでもうクーリングオフはできねぇでやがります! ティンクルちゃんとカッコーはこれで一心同体でやがります!」

 

 

……後にどうにか解除法がないかとベルトを隠しながら、学校の先生らに内密に相談したが、どうもこれは上条詩歌しか取れないものらしく、今日登校を共にした上条麻琴曰く、彼女は只今海外出張中なので、

 

 

「フヒヒ! ヒーロー製造機のティンクルちゃんがカッコーをヒーローにしてみせます!」

 

 

「お願いだから、学校の間は黙ってろ!」

 

 

数日間、苦労人な浜面加皇の憂鬱な夏休みが始まった。




どうも夜草です。

今話で暗部抗争編はおしまいです。

色々と盛り込んでいったら、他の章と比べても長く、そして、兄妹の出番が少ないという、だれが主人公なのか忘れてしまいそうになりましたが、終わりました。

暗部抗争編は、禁書のMADを見てからすごくやりたかったですから、すごくやり切った感がします。

あとは楽しんでもらえたら満足です。

でも、今回で色々と生き残ったキャラをどうしようかと……フレメア繋がりで、あの2人を美女と野獣のカップリングさせるべきか―――いや、流石にそれはないですかね。

それで、閑話や外伝も挟みますが、次回からの本編では大覇星祭、と、英国騒乱編―――そして、世界大戦編。

フィアンマと詩歌との結婚式に殴りこむ当麻さん―――とまだそこまで考えてませんが。

まだ先の話ですが、頑張ろうと思います。



では、今後についてのアンケートは今日から3日後の8日まででお願いします。

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