とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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暗部抗争編 反逆

暗部抗争編 反逆

 

 

 

隠れ家

 

 

 

――――最後に残ったのは、アイツの薄桃色の二つの目だけだった。

 

 

 

戦う前、少年は震える唇で、必ず守る、と少女に伝えた。

 

恐怖と不安を押し殺して、その木刀を携えて少女の前に立った。

 

紙っぺらよりも頼りない薄いハリボテのような壁だけど、少女は逃げる事はせず自分の役目を果たした。

 

前に出る背中を、引き留めるべきだったかと悩んで、そんな言葉など思いつかず、ただ一心に祈るようにその少年の奮闘を見守った。

 

 

 

そして、少年は勝って、己の守りたかったものを守り通した。

 

 

 

「はまづら――――」

 

 

少年の元に駆け寄る。

 

戦いは終わった。

 

破滅の予言であった巨獣は、怯えるようにここから逃げて、AIM拡散力場から遠くに離れていくのを感じている。

 

もう終わったのだと告げるように、この暗い空間に光が差し込み、風が吹き込む。

 

少女の視界には、その背中だけが残されていた。

 

 

「――――」

 

 

戦いは終わった。

 

他の誰でもない、最後は少年自身の力で、自らの命を懸けて、打ち勝った。

 

その背中を見守り続けた少女が何よりの証人だ。

 

この『アイテム』のために戦った英雄(ヒーロー)を、誇りに思う。

 

<木霊>を解放し、そして、自ら囮となる覚悟で一刀を振り抜き、仲間を奮い立たせた少年の姿は雄々しかった。

 

『その命を使う』と宣言した時点で、彼はあらゆる煩悶を落したのだ。

 

 

「――――はまづら」

 

 

その背中を、少女は悲しげに見守り続ける。

 

自分達は勝ったというのに、勝者のするような顔ではない少年の眼差し。

 

 

 

―――仲間(アイテム)を一人犠牲にしてしまった、手の平に残ったちっぽけな、愚かで尊いこの結末を、見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

「――――、は」

 

 

止めていた呼吸を再開する。

 

本当にぎりぎりで、<原子崩し>で貫かれてもまだ動いた時は焦った。

 

そして、そんな常識外の怪物を相手にしてたんだという実感が、今頃になって堰を切って、体内に痛いほどバクバクと全身から音を立てる脈動に変換される。

 

アドレナリンもしばらくずっと出っぱなしだろう。

 

とても勝利の余韻と呼べるようなものではない。

 

そう、とても……

 

 

「ぁ―――、とっ―――」

 

 

立っていられず、そのまま尻もちを突きそうになったが、後ろから優しく抱きとめられて支えられた。

 

 

「たき、つぼ…か」

 

 

彼女こそがこの浜面仕上の最大の戦果。

 

だが、それを得るにはまだ早い。

 

腰を下ろして脱力するのも、勝利を分かち合うのも、彼女と、蹴りをつけてからの話だ。

 

 

「……麦野」

 

 

再び己を叱咤し、気合負けしないようにLevel5の第4位を見据える。

 

 

「おい……まさか、これで終わりだと思ってんじゃねぇよなァ」

 

 

その右手の中で溜まる不自然なほど白い光。

 

腕を一本失い、片目を潰れて、ボロボロだ。

 

力尽きて、不安定で―――それでも麦野沈利はLevel5だ。

 

彼女ならどんな状態であれ、1、2発は<原子崩し>を放てる。

 

 

―――殺される。

 

 

<原子崩し>に対抗できた頼りの綱はもういない。

 

こちらに電子線を放たれれば、この距離では躱す事さえできず、呑み込まれる。

 

けど、浜面にも、まだ武器はある。

 

念のためにと下部員にも持たされた拳銃。

 

 

『また、補充すんの面倒だし、浜面、コレ持っときなさい』

 

 

麦野沈利から渡された道具。

 

それは彼女が、自分には例え背後を撃たれても殺されないという自信の現れだ。

 

万全な状態でぶつかれば間違いなく死ぬが、今、この超能力者は、無能力者(じぶん)にも手が届くくらいに弱まってる。

 

やれる。

 

瀕死の今なら殺せる。

 

これさえ抜けば、例え相打ちでも、滝壺理后は守れる。

 

 

 

しかし、本当にそれでいいのか。

 

<アイテム>に亀裂が入るのを、浜面仕上は回避したかったのではないのか。

 

殺し合いなんて、ちっとも望んでいない。

 

 

 

浜面は、改めて倒れ込んだ麦野を見る。

 

<アイテム>の中で一番グラマーで、服のセンスも悪くなかった。

 

手足がスラリと長くて、一つ一つの挙措に優雅な色がついていた。

 

新入りの下っ端である浜面には、麦野が今までどんな道を歩んできたのかは知らないが、それでもどこかの令嬢かもしれないなと予想はつけられた。

 

 

 

―――そして、浜面と同じ負け犬である事も。

 

 

 

「いや、終わりだ。俺達が、ここで殺し合う理由なんてないはずだ」

 

 

浜面は懐の武器に手もかけない。

 

麦野のプライドを利用する。

 

この状況で、武器を取らない相手に、電子線をぶち込んだって、それは勝ちとはいえない。

 

こちらが銃口を向けて、それでも指一つ動かさずに瞬殺するのが、麦野の勝利宣言(こだわり)だ。

 

 

「ここでそんなことしたって、麦野は自己満足の一つも得られねぇよ。だって、麦野が一番に苛立ってんのは、負けっぱなしだからじゃねぇか」

 

 

その瞬間、麦野の指先が、その浜面の口に向けられ―――それより早く、浜面は名前を言う。

 

浜面仕上でも、滝壺理后でもない、

 

 

 

「―――『学園都市統括学生代表』の上条詩歌によ」

 

 

 

放たれた電子線は、浜面の顔面を撫でるように紙一重で脇へ逸れた。

 

そう、今、浜面仕上の背後には<能力追跡>の滝壺理后がいる。

 

でも、それは今の<鏖殺悪鬼>を相手にした後の疲労状態ではたった一度きり。

 

麦野沈利はそれを分かっていて、今のはその最後の守りを打ち崩すために放った。

 

後一発くらいなら、まだ、<原子崩し>を撃てる。

 

 

「は。ハハッ! 何つったよ浜面。もういっぺん言ってみろよ」

 

 

「ああ。何度でも言ってやる。麦野、お前は上条詩歌には勝てない。だから、逃げてんだろ。負けるのが怖いから」

 

 

その言葉に、麦野が奥歯を噛む音がここまで聞こえた気がした。

 

それでも浜面は続ける。

 

 

「昔だがな、あの子には実際に会ったことがあるから分かるんだよ。年が下でも、女の子でも、力だけしかねぇ奴には、上条詩歌には絶対に勝てねぇんだよ」

 

 

親友の為に、と単身で乗り込んできたあの少女に、殴られた<スキルアウト>の中でファンになっちまった子もいるがきっとそう言う事だ。

 

さらに、一度はさらったはずのこの不良共の掃き溜めさえも、手を差し伸べて、変えようとしている。

 

大きさが違う。

 

どんなに麦野に圧倒的な力があろうと、あの少女よりも『強い』とは思えない。

 

 

「だから、あの少女は絶対になるぞ。こんなクソッたれな世界を変えるために、頂点に立って皆を導けるような優しい馬鹿にな」

 

 

あんな年下の少女が、自分よりも評価を得る。

 

もし、『学生代表』になれば、それはLevel5以上になったということで、もう麦野に勝てている要素がない。

 

向こうがどう思っていようと関係なく、自分よりも、格が上の存在を認めなければならない。

 

浜面仕上が、上条当麻に勝てない、と思うように、

 

麦野沈利は、上条詩歌に敵わない、と思っている。

 

浜面に言われるまでもなく。

 

どんなに拒もうとも、もし彼女が説得に来たら、負けてしまう麦野沈利を幻視できてしまう。

 

かつて、第3位が第1位に勝てないと絶望したように。

 

それが、悔しい。

 

どうしようもなく。

 

 

「―――でも、そんなの悔しいよな。だから、麦野、この俺に預けてくれ」

 

 

「は? 何言ってやがる」

 

 

浜面仕上の望みは、もう一度<アイテム>でやり直すこと。

 

そのためだったら、

 

 

 

「―――お前の代わりに、この道化の浜面仕上が生涯最大の大金星をもぎ取ってきてやる」

 

 

 

 

 

学園都市 第11学区 外周部

 

 

 

これは革命。

 

科学サイドの下剋上。

 

 

 

物資調達の空の要が第23学区というなら、陸の要はこの1日で7000t以上の物資のやり取りをする第11学区の倉庫街。

 

海に面していない学園都市の陸と空の境界線は、この万里の長城のような巨大な壁。

 

その屋上の通路にはドラム缶型の警備ロボットが『外』からの脅威を監視し、科学的なセンサーで外壁は警護されている。

 

しかし、それだけだ。

 

現在、地上アンテナの破壊により、空からの衛星監視が停止し、それ以外の警備システムは作動しないし、駆動鎧部隊も海外出張中。

 

それに、警備ロボットに火器は搭載されていない。

 

理由は様々だが、警備ロボットは常に外周部を守っているため、万が一にも、誤作動が生じて、塀の『外』の人間に弾が当たってしまえば、大問題になるし、この機種のロボットはオートでマガジン交換ができないから、それならあまり期待できないので元から持たせない。

 

だから、侵略者が来ても警報を鳴らして終わりだ。

 

ただ、その応援で呼び寄せる三機の『HsAFH-11』――最新型の無人戦闘攻撃ヘリ<六枚羽>は、こちらに空路からの奇襲を断念させるほど厄介。

 

何せ、一機が250億。

 

その性能は、補助動力として二機のロケットエンジンを発動すれば、その最大速度はマッハ2・5に達し、高速回転の回転翼(ローター)は複雑な機動を可能にし、機体の左右にある三対の関節を持つ羽はまるで人間の腕のように動いて、目標へ武装を向ける―――と、ヘリコプターの常識を超えた化物だ。

 

その主な武装は、『衝撃波の槍』を作り出す<衝槍弾頭(ショックランサー)>と同様に、弾丸に特殊な溝を刻み、空気摩擦を利用して2500度まで熱した超耐熱金属弾―――<摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)>による爆破掃射と短距離対装甲車両用ミサイルによる地上殲滅、さらには20m平方に電気ショックを発生させる武装まで揃っている。

 

しかし、当然こちらに抜かりはない。

 

都市戦での情報の遮断は必須だ。

 

この学園都市の情報操作を撹乱させるために、既に侵略付近には、前回の威力偵察でも活躍し通用した、通信を妨害(ジャミング)する電波装置が設置されている。

 

たった一方向を除いて。

 

囮ではなく、対<六枚羽>の部隊が揃うこの第11学区に控える部隊。

 

例え、こちらに<六枚羽>がなくても、<六枚羽>の情報は揃っている。

 

 

「―――おい、来たぞ」

 

 

兵士の一人は言う。

 

衛星の制御を失い、特殊警戒体制となっているせいか、余計なマニュアル対応など挟まず、<六枚羽>の出動要請は即決。

 

待機していた<六枚羽>は第11学区の空を舞う。

 

それがまず目標設定したのは、外壁付近で、大火事となっているビル。

 

そう、熱源に反応したのだ。

 

(フレーム)問題』でも証明されたように機械の思考の柔軟性は人間には及ばず、熱源でその敵性を判断しているなら、引っ掛けようと思えば引っ掛けられる。

 

一度目標を見つければ絶対に逃がさないこの無人兵器は、一度設定してしまった目標をそう簡単には外せない。

 

もちろん、学習する演算機能でそれがダミーだと分かるかもしれないが、その前に、

 

 

「―――撃て」

 

 

ビルに向けて、<六枚羽>がそのアームのような羽から、比較的短い長さの赤外線対応のミサイルを放っているその無防備な横から、対空ミサイルが飛来。

 

ロータ用に大量に充填された航空燃料と、ロケットエンジン用の特殊な燃焼剤、さらにミサイルや機銃の弾薬等の爆発物を満載した<六枚羽>は盛大に爆発した。

 

 

 

これは反逆だ。

 

学園都市への下剋上だ。

 

 

 

全ての道がローマの道に通じるという言葉になぞらえて、この科学に補整された全ての道の終着は学園都市。

 

かつてその技術を盗み取ろうとした<科学結社>といった科学サイドの学園都市一本化の現状を打破するために世界中から立ちあがった組織が結託した<全道終着(アスファルト)>。

 

『学園都市の『中』で占有されている特別な技術を平等に解放する』、『世界平和のために戦争の原因である学園都市を崩壊させる』と文句を謳えば、表立っては出て来れないだろうが、裏で世界中から資金提供をしてくれるパトロンが現れ、装備と人員を潤沢に整えられる。

 

おそらく、治安維持部隊である<警備員(アンチスキル)>とも互角以上に渡り合える主力である機械兵と装甲兵はその結晶と言ってもいい。

 

 

「よし、次は壁を破壊だ。もう限界まできている世界の混乱を俺達の手で収めるんだ。もうあちこちで内紛が起きてる、戦争ってのは起きる前に止めなくちゃならねぇ。そのために俺達<全道終着>が学園都市の専制支配を終わらせるんだ」

 

 

『0930事件』でも活躍した暗部の主力は来ない。

 

この街の『上』の協力者が、<スクール>と相互不干渉を結び、<メンバー>を壊滅させ、<グループ>は人質を取り、そして、<アイテム>は<原子崩し>という核爆弾がこの街を破壊の渦に巻き込んでくれているはずだ。

 

<ブロック>は第13学区の方面から攻め込む同士を率いて、この街で唯一の少年院で『統括理事長』攻略に必須のピースである『窓のないビル』への『案内人』<座標移動(ムーブポイント)>をこちらに引き入れる作戦を取っている。

 

情報が少なく核兵器でも破壊できないと言われている『窓のないビル』だが、必ず物資搬入ルートがあるはずだし、そのための出入口も存在するはずだ。

 

そこから中に入り、『多層同期爆弾』という『極めて小さな標的へ、こう威力の爆風を一点集中させて徹底的に破壊する』ように複数の高性能爆薬を規則的に配置した大型爆弾で、『窓のないビル』ごと『統括理事長』を爆殺する。

 

そして、別動隊が『上』の協力者から情報提供された『学園都市統括学生代表』という『<素養格付(パラメーターリスト)>で不可能とされたことも可能に塗り替える、『能力開発』という分野では学園都市以上の機能を持っているとされる技術の塊』を『技術の平等分配』の下に徹底的に『解剖』するために捕獲する。

 

 

 

『スターゲート計画』という超能力開発プロジェクトを失敗したとある国家を筆頭に、

 

アメリカの『科学結社』、

 

イギリスの『高次コンタクト協会』、

 

スイスの『世界知的倶楽部』、

 

メキシコの『第六の感覚本社』、

 

アルゼンチンの『人体スポーツ解析センター』、

 

フィリピンの『人類の英知総本山』、

 

インドの『神々の設計図本部』、

 

中国の『人類進化委員会』、

 

ベネズエラの『特殊エネルギー研究所』、

 

カナダの『心の宇宙調査室』、

 

オーストリアの『国際優良遺伝子バンク』、

 

南極の『地球外カオス観測所』、

 

タイの『オーパーツ歴史資料館』、

 

ポーランドの『抗電波救済委員会』、

 

イタリアの『未来への翼』、

 

スペインの『精密ミクロ信仰会』、

 

韓国の『先端科学研究所』、

 

フランスの『国立夢占い解析所』、

 

ブラジルの『全世界覚醒連合』、

 

グアマテラの『脳分析解明センター』、

 

ドイツの『超常紹介事典』、

 

スロベニアの『新エネルギー採掘機関』、

 

ノルウェーの『霊長の証』、

 

フィンランドの『横道アクセスライン普及委員会』、

 

オーストラリアの『UMA生態解析倶楽部』、

 

ポルトガルの『第七世代兵器研究所』、

 

 

 

…………………………………

 

 

 

この全てが学園都市の『超能力』という技術を欲しており、そのためなら手段は問わない。

 

 

 

 

 

スポーツジム プール

 

 

 

神奈川県の一番ホットな場所からやや外れた所にある、会員制のスポーツジム。

 

そのプールサイドで会話する母親二人。

 

 

「いやー、あの新しく入ったインストラクターのお姉さん、泳ぎが相当速いわ。ガチで泳いだんですけど、全然。相手になりませんでした」

 

 

「あらあら、美鈴さんが泳ぎで負けるなんて初めて見ましたね。本当にお若い方ですし、現役の選手なのかもしれませんね」

 

 

今日も講義を受けてきた現役大学生で見た目は20代そこそこだけど、実質14歳の娘を持つ御坂美鈴。

 

ご近所さんで『空飛ぶお嬢様』と呼ばれる有名人で、美鈴の方が年下なのだが見た目はさらに若い10代辺りに見えて、でも、高校一年生と中学三年生の兄妹の子供を持つ立派な母親の上条詩菜。

 

2人は、子供たちの交流もあって、10年来の主婦友である。

 

 

「そういえば、上条さんとこの詩歌ちゃん。今、学園都市で有名になってるそうですねー。全学生代表の『学生代表』でしたよね」

 

 

「それを言うなら、御坂さんとこの美琴ちゃんもLevel5で有名ですけどね。まあ、あのチャリティマッチで見る限り元気でやってましたし、当麻さんがついているでしょうから、これといった心配はしてないんですが」

 

 

「あー、単身赴任中の旦那さんですか」

 

 

「ええ。今はイギリスにいるんですが、そこでどうやら詩歌さんの写真が出回っているようで、回収しながら収集(コレクト)しているようで。本当、娘馬鹿なんですから」

 

 

「ああ、私の方も今回は、世界に残るトンデモ秘境の奥じゃなくて、イギリスにいるらしいですから、もしかしたら美琴ちゃんの写真を回収しながら収集しているかもしれませんねー。うちの方も娘馬鹿ですし」

 

 

あははあはあはと子供達と旦那達の話題に華を咲かせる美鈴と詩菜。

 

 

 

『上条詩歌及び御坂美琴の関係者―――『人質』の確保に移る』

 

 

 

そのプールの底に沈む不穏な影。

 

 

 

 

 

ロンドン 酒場

 

 

 

「うむむぅー! けしからん! 実にけしからん! 今すぐこの販売元を締め上げて、全部私の懐に―――じゃなくて、破棄、いや、保存しなくては!!」

 

 

「でもねー、上条さん。人間を動かすのは欲であって、そう言った健全なアイドル写真も社会の仕組みのためには必要であって―――でも、娘を野郎共の妄想ネタに使われるのは実にけしからん!!」

 

 

親会社に対する買収なんかを阻止する対策室に勤める企業戦士、見た目がお嬢様のお抱え運転手の父親、上条刀夜。

 

世界に足りないものを示す統合コンサルタント、黒塗りの高級車が似合いそうなダンディな父親、御坂旅掛。

 

美味しい黒ビールと小魚フライと、美人な妻に似た娘達の写真を肴にして、出張先でばったり出会った親父二人は意気投合。

 

片や経営戦略で南米の紛争地域へ出張したり、片や世界の秘境にまで探索している2人はかなり気の合った者同士である。

 

刀夜の部下である田中君は『こういう時の上条先輩には鬼関わんない方が良いっす』と滞在しているホテルへ避難。

 

アルコールがだいぶ回っているのか、もうフォークを使わずに手掴みで、

 

 

「おっと、しまったこれじゃあ、美琴ちゃんと詩歌ちゃんの写真に触れないな」

 

 

それでも油まみれの手で愛娘たちの写真を汚さないだけの分別があるようで、それを見た店員さんが、

 

 

「あ、あの、おしぼりです」

 

 

「あ、ありがとね、君。助かったよ」

 

 

渡されたお手拭きでしっかりと手を拭いてから、刀夜と旅掛は再び娘の写真検閲、もとい、鑑賞に戻る。

 

 

 

『上条詩歌及び御坂美琴の関係者―――『人質』の確保に移る』

 

 

 

その向かいのテーブルで席を立つ不穏な男達。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「―――馬鹿かね、貴様は」

 

 

学園都市の司法と行政を司る一角で居を構えるトマスプラチナ=バーグの前に、心底冷えた表情で見下す女子高生。

 

 

「全く、貴様が面倒な裏切(こと)をしてくれたおかげでここまで大事になっている訳だけど――――貴様は『統括理事会』の一人なのか? “この程度”で学園都市が落ちるとでも思っているのかね」

 

 

「あ、―――あ」

 

 

酷評に、トマス=プラチナバーグは何も言えずに、“いまにも頭蓋骨という容器から中身の脳味噌が溺れ落ちてしまいそうな”を感触を味わっていて硬直している。

 

これは相手を驚かせ、その衝撃で相手のボート……脳への接続を強引に開いているのだが、能力ではなく、彼女の『技術』だ。

 

とある<学習装置(テスタメント)>の学生研究者が話術と暗闇で相手の脳味噌を強制的にシャットダウンさせて気絶させるのと同様のものだ。

 

もうこのレベルになると、催眠術のようにただの一言で相手の行動を縛り、心の奥を開陳させてしまうほど。

 

それでも、トマス=プラチナバーグは<スクール>の―――に通じる内線を、

 

 

「ああ、『電話の声』と呼ばれる者達は大体“攻略”したから通じないと思うけど。だから、仮にも『統括理事会』の一人でもある貴様の前にいられるんだけど」

 

 

彼女の話術は、すでに武器だ。

 

聞かせるだけで、相手を支配する口先の魔女。

 

今の混乱に乗じて、裏で<グループ>、<スクール>、<メンバー>、<ブロック>、<アイテム>の仲介人である『電話の声』―――年齢性別不詳の彼らに割り込んで、『会話』しか通じない彼らを『会話』で“説得”した。

 

暗部を絞めるには、まずは『口のある頭』を捕まえておけばいい。

 

おかげで面倒なものを抱え込んでしまったが、彼女は今や暗部組織にまで影響力のある支配者だ。

 

 

「将来の義妹のためにも張り切らせてもらったけど。私が、あの子に取り入って、最も実務的な面で得たのは『人』でね。こうして、私ができない事も彼女ら兄妹にはできるし、また私のようなあの2人の為なら無条件で力を貸してくれる人間が大勢いるのだけど―――『上条勢力』という単語を聞いたことがないかしら」

 

 

『な、何の事だね。私は別に学園都市に盾突こうというわけでは』

 

 

今度は、トマス=プラチナバーグと連絡を取り合っていたとある国家の指導者――ジョージ=キングダムにこの口先の矛が向けられる。

 

 

「おいおい今更惚けるなよ。<原石>を『採掘』してるのにも気づいてるし、上条詩歌を狙って、物騒な集団を差し向けているのはこの無能と通じている時点で分かってんだけど。―――ま、その計画が成功する確率は0%だ」

 

 

世界各地に学園都市の協力機関はあるが、軍事的な側面を持つ協力機関は指で数えるほどしかない。

 

いくら学園都市の『上』のブレインだとしても『今すぐ世界中の軍隊を動かす』なんて便利なカードはないはず―――

 

 

ザザッ―――

 

 

その時、ジョージ=キングダムの下に、世界各地に散らばった側近と繋がった通話機からノイズが走る―――つまり、連絡不能の事態に陥っている。

 

樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)>の『残骸(レムナント)』についての記憶は真新しい。

 

あの時は、確か……

 

 

 

 

 

とある国家

 

 

 

『で、『上条勢力』という話題に戻るけど。あれは敵に回しちゃいけない。ああ、彼女の名義を使わせてもらって二つ返事をもらったけど、体細胞を使った人間の製造は国際条約で禁じられているし、何より、今回軍事的な行動を取らせてしまった『あの子達』に無用なリスクを背負わせてしまうのも忍びない。ちゃんと先輩として、いっぱしのアフターケアをしてやろうと思っているんだけど』

 

 

そして、切れる直前の通信網から『ミサカは―――制圧しました』と同じ顔した少女の同じ音声にその悪夢を蘇られさせ、

 

 

『最後に、今、お前がいる国に出張っている『奇蹟の歌姫』も、その中に入ってるんだけど』

 

 

「……、」

 

 

ジョージ=キングダムは、何となく知った。

 

自分は、手を出してはいけないものに手を出してしまった。

 

彼が今佇んでいるのは、シェルターとして機能する特殊施設の中だが、そんなことは全く気休めにならない。

 

古来から、禁忌に触れてしまった愚者の末路は決まっている。

 

 

『そろそろ身辺整理は終わったか? 彼女達の怒りに火が点いてしまってるから、もう逃げ場なんてないけど』

 

 

カツン、という小さな足音が聞こえた。

 

 

「―――<黒鴉部隊>、制圧に急げ。<原石>の保護が最優先だ。―――ったく、もう二度としないとは思っていたんだが、世界巡業中にこんな仕事をするとは、まあ、あの二人の為なら仕方ない。偶には、こういった刺激的な運動も必要だろう―――貴様もそう思うだろう? ジョージ=キングダム」

 

 

少女の声が聞こえて、もう一度、カツン、と―――今度は小さな物体がジョージ=キングダムの前に転がり、

 

 

 

―――バンッ! と衝撃波が炸裂。

 

 

 

Level4の<希土拡張(アースパレット)>―――レアアースを媒体に貯蓄したエネルギーを解放し、爆発を起こす。

 

そうして、ジョージ=キングダムは無抵抗のままに捕縛。

 

 

 

 

 

スポーツジム プール

 

 

 

「あ、月姫(かぐら)さーん! もう一度、50m自由形勝負しませんかー!」

 

 

「いえ、今、足が―――ではなく、手が離せないので、また」

 

 

向こう側から手を振る『保護対象』の御坂美鈴と血縁でもある上条詩菜へ、自然に言葉を返しながら、竜神月姫――鬼塚組の秘書でもある<十二支>の『辰』は、足で水底に頭を踏ん付けた男を、そのまま器用に足の指先で掴んで首を捻り、意識を落とす。

 

それから、耳中につけた防水加工もしてある小型通信機へ、

 

 

「(『申』、他の方達は?)」

 

 

『(ロッカールームに隠れていたのは、丁重に眠らせてもらった。他の者達も『軒猿』に任せてある)』

 

 

同じ<十二支>で、主に諜報担当の『申』は他とは違って、仕事が真面目だから助かる、と月姫はほっと息を吐くと、

 

 

「これで、上条詩菜および御坂美鈴の両名のシークレットサービス完了です」

 

 

 

 

 

ロンドン 酒場

 

 

 

「(よし、五和。そちらにいらっしゃるのが上条当麻と詩歌ちゃんの父上なのよな)」

 

 

「(そうよ、ここで挨拶をして家族とも距離を詰めるのよ)」

 

 

「(え、ええええぇぇ!? そんな!? いきなりお父様に御挨拶だなんてむ、無理です!)」

 

 

「(あーでも、あの2人、『TDK14』のカード持ってますし、会話の内容からして自分達が近くづくのは大変まずいような)」

 

 

その集団に自然に溶け込むスキルでこそこそと酒場で働く『仮店員達』の会話。

 

ちなみに、“酔い潰れた”客は店の外に追い出されている。

 

 

 

 

 

トマス=プラチナバーグ 事務所

 

 

 

「さて、貴様がビジネスで犯した失態は大まかに3つだ。

 

―――己の身の程を知らないこと。

 

―――この学園都市を裏切ったこと。

 

―――あの兄妹に手を出したこと。

 

ふん。後ろ盾を任されたんだ。この私の目が黒い内は、『人質』を取らせるはずがないけど」

 

 

動こうとするが、その言葉を聞いているだけで、段々とその気さえも削がれていく。

 

 

「無能にも程があるけど。こちらとしては『上』の一席が開くから良いんだけど―――」

 

 

ぞくり、とする冷笑を浮かべながら、『統括理事会』のブレインで『学生代表』の裏の後ろ盾である雲川芹亜は、トマス=プラチナバーグの頬を撫でながら、

 

 

「―――まさか狙撃手まで用意してくるとはなぁ……ちょっかいを出してくれた礼だ。私のやる事は終わったし、たっぷりといじめてやろう」

 

 

……この先輩の前では、泣く子も黙る。

 

 

 

つづく


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