とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
最近出番の少ない上条兄妹の話
暗部抗争編 秘話 人生相談
とある高校
真新しいはずだが、トラブルに巻き込まれて飛んだり跳ねたりして適度に伸ばされ、既に着慣れた制服を身にまとい、上条当麻は空を見る。
ここは夏は日差しが辛いが、今はちょうどいい、けど、これから隙間風の寒波が流れ込んでくるであろう窓際の最後方。
生憎だからと言って、問題児扱いされている当麻が授業中に無視されるという事はないが、と言うより、居眠りすると泣いてしまう小学先生が担任なので、窓際最後方の恩恵は少ない。
その少ない恩恵なのか換気のために開けられた窓から、そよぐ秋風が肌に心地よく、考え事にはちょうどいい。
激しく萌えて、熱く燃えた……………そして、
「えー、であるからして、この
「ッ!?」
「ん? どうしたのかしら、上条君」
「い、いえ、何でもありません素甘先生」
心に深い傷を負ったチャリティイベントの翌日。
親方素甘という逆三角形眼鏡の数学女教師は『ちゃんと授業に集中しなさいね』とお小言をくれた後、再び黒板に戻り、
こちらに『どうかしたの。上条君』と視線を送る姫神秋沙に『何でもないのでございますよー』とジェスチャーを送り、
『上条、授業中くらい真面目にやんなさい! 貴様がそうだから他人まで弛んでしまうのよ』と眼力でオーラを発していらっしゃる吹寄制理からは慌てて視線を逸らす。
上条当麻は、とりあえず形だけでもと頭は別の事を考えながらノートに板書をする。
(しっかし……今日の詩歌とのデートをどうすっかなぁ)
放課後に想いを馳せながら。
とある学生寮
「あ、そうそう、昨日の写真が出回っているようなんですよ」
と、朝食中、インデックスに山盛りのおかわりをよそいながら詩歌から何の気なしに話題。
簡単に言えば、昨日のチャリティイベントでの写真が裏で売買されているのだそうだ。
正直、この扇動した売人はいつか捕まえてとっちめたいが(まさか隣人まで関わっている事にまだ気づいてない)、
本人は、<大覇星祭>の時も似たようなことがあったのでさほど気にしてないし、他のお嬢様(と呼ぶには抵抗のある輩もいるが)も有名税には慣れている。
まあ、当麻もビデオを取っていたし、只今、両親に送る用に『X』な部分を色々とカットして、編集中だ。
「昨日はとっても楽しかったよね、しいか。最後はアリサと一緒に歌えたし」
「そうですね、インデックスさん。今頃、アリサさんはアメリカの学芸都市にいるでしょうか?」
話に花を咲かせる主役のインデックスと詩歌。
この学園都市から飛び立ち、世界ツアー中の奇蹟の歌姫、鳴護アリサとは、アドレス交換もしており、早速写真つきで近況報告がきている。
どうやら向こうでもうまくやっているようだ。
「しかし、アリサさんも現地で熱狂的なファンにつけられているようで苦労しているようです」
「え? そうなのしいか、もしかしてまたアリサの力を狙って、誰かに攫われたりとかするのかも」
「考え過ぎだろ、インデックス。まあ、有名税みたいなモンだし、仕方ないだろ」
どんな業界にも目立てばストーカーの1人や2人は出てくるもので、ましてや、盛大に復活デビューを飾ったのだ。
世界的にファンがいても何ら不思議ではない。
「ま、元『黒鴉部隊』のガードマンの奴らもいるんだし、大丈夫―――ん? “も”」
「ええ、詩歌さんも今朝、寮を出てから、誰かにつけられましたね。まあ、これといった悪意みたいなモノは感じませんでしたし、放置して適当に巻いてしまいましたが」
「そっかそっか、ストーカーってやつかー」
当麻は今日も美味い味噌汁を味わうように、うんうんと頷くと、
「で、インデックス、今日ちっと帰りは遅くなる。何心配するな。どこぞの馬の骨を折ってくるだけだ。すぐに終わる」
「とうま、さっきと言ってることがだいぶ違うんだよ……」
何を!
これは隣人の土御門とも同意見だが、妹に近づく男を処する権利を兄は持っているのだ。
妹の背後をコソコソとつけ回る野郎をぶっ殺してやるのは兄の重要な務めだと言ってもいい。
……無能力者事件で詩歌が攫われて以来、ますます過(激な)保護になっている当麻は、箸が折れんばかりに硬く拳を握りしめて、にっくき野郎を噛み締めるように、妹手製の漬物をボリボリと。
そんな熱くなっている当麻を他所に、詩歌は今の季節のように涼やかに落ち着いて、
「まあ、そんな荒っぽい方法でなくても、この手のものは簡単に解決できますよ」
と、食後のお茶をトン、と飲み干すと詩歌は、
「当麻さん、私の彼氏になってくれませんか?」
そのとんでもないお願いを聞いた直後、当麻はまだ寝ぼけているのかと思い、咄嗟に返事ができなかった。
驚愕に目を見開き、全身を硬直させ、困惑。
箸も落して、口から漬物も零す当麻が唖然と開けた口から言葉を出す前に、同じように意識ストップした居候が、先に顔を真っ赤にして、
「だ、ダメなんだよ、しいか! とうまも、夜中にしいかのDVD観てニヤニヤしてた変態シスコンなんだよ! ストーカーよりも危ないかもっ! いや、もしかしたらとうまがストーカ!? 私がお風呂でたのに気付かないくらいに、さ、最後の、しいかがピッチャーなところを何度も巻き戻してリプレイしてたしっ!」
何か壮大な誤解をしながら、当麻に箸を突きつけ、インデックスは激しく抗議してくる。
「落ち着けインデックス! 違う、あれは試合の余韻を―――じゃなくて、巣立つ雛鳥を見守るような保護者的な観点から見てただけで、別に疾しい気持なんかありません事よっ!」
「しいか、実はあの『イ・マジンガー―――」
「だああああぁぁっ!!! それは詩歌の前では禁句だっつったはずだぞ! 当麻さんを自殺に追い込むつもりか『ホワイトラビット』!」
―――てな訳で、朝っぱから、居候とのすったもんだの末、(口止め料も込みで一週間朝食のおかず半分献上を約束し)どうにか説得後。
「……えと、言葉が足りませんでした。何やら誤解しているようですが、彼氏のフリをしてくれませんか、というお願いなんですが……」
仄かに頬を紅潮させたまま、詩歌は弱気な上目遣いで当麻を見上げて、
「ダメ、ですか?」
「いやっ……」
つまりは、彼氏と一緒にいるところを見せて、ストーカーに諦めてもらおうという話。
詩歌が有名になっているようだが、当麻と詩歌、この似てない似た者同士が兄妹だという話は、あまり知られていない。
そうなると、当麻が恨まれそうになるが不幸24時間365日体制の当麻にはそういったのは慣れっこだし、むしろ、こっちに来いって感じだ。
バッチオッケーだと二つ返事で了承したいところだが、インデックスからの変態シスコン疑惑もあり、
「やっぱり、こんな事に巻き込まれるのはイヤですよね」
というより、何だかいつもと違ってしおらしいような妙な雰囲気にやり辛いというか。
まさか、本当に―――だなんて、思っちゃいそうだし。
(落ち着け上条当麻。お前はお兄ちゃんだ。インデックスに言われて、自意識過剰になってるだけだ。大体偽デートなら御坂ん時もやったろうが。あの調子で……)
「ああ、いいぞ。全然これっぽちも気にしねーよ。むしろ頼ってくれて大歓迎だ。それに、詩歌とデートしてイヤになるとかはあり得ないし」
「すっごく妹溺愛なんだね」
「悪かったな。事実『愚兄』だよ。俺にできる事は何でもしてやりたいし、詩歌のこと、誰よりも大切だって思ってからな」
「っ!? そ、そうですか! じゃあ、今日の放課後デートしましょう。駅前で待ち合わせして、そこから繁華街を適当にぶらつく感じで」
上機嫌に復活する詩歌に、何故か不機嫌なインデックスも矛を収めるも、
「とうま、絶っ対にしいかに変な気を起しちゃ駄目なんだよ」
と、言い含めるのを忘れない。
「ああ、それから詩歌さんは当麻さんに聖人君子であることを望んでいるわけではないので、人間臭いというか……男の子臭くても、……ちょっと恥ずかしいですけど、兄妹ですし、洗濯物にシミができても決して気にしませんからご安心を」
「こっちが思いっきり気にするわ! っつか違うし、そんなことしてねーし! DVDは父さん達に送るために編集しただけでそんなつもりは一切ない!!」
道中
その後、当麻が学校の準備をしている間に、ご機嫌メーターMAXな詩歌が昼食ともしもの時のために夕食も作り置きしてから、兄妹共に登校中、ふと、
「なあ、適当って、何か計画とか建てとかなくていいのか?」
以前、ビリビリと罰ゲームに付き合わされた時も、何だかんだで予定が組まれていたし。
デートというからにはそれなりの、
「希望はありますが、私達のことですから、結構フレキシビリビリの方が良いでしょう」
「……フレキシビリティ?」
「噛みましたけど敢えてそのまま言ってみました」
そういわれると、まあ、なんだが。
いつも通りに落ち着き払っているので、天然かわざとかの区別ができないというか。
詩歌の事だから、もしかして、今自分が考えている事を予想してボケるという高等テクニックも、
「噛みまみた」
「うん、噛んだな」
でも、可愛いから良しとしよう。
「では、今後、上条家ではフレキシビリティのことをビリビリと呼称する事にしましょう」
「却下だ。本当に御坂と区別がつかなくなる」
「ほう、やはり、美琴さんとの罰ゲームを考えてましたか」
やっぱ、鋭い!
何て誘導尋問だ。
これは閉心術でも身につけるべきなのか。
「まあいいです。話を戻しまして、デートは作戦会議室でするものではなく、現場でするものです」
「作戦会議室って何だよ。お前は一体どこの警部だよ」
「ええ、ここで当麻さんがデートして私をデレさせなければ人類滅亡」
「そっち!? デート・ア・ライブ!?」
閑話休題
デートのお誘い? から、詩歌の調子が戻ったところで、
「私達のことですし、自由でいいと思います。要はその場の流れを大事にするってことです」
「楽しそうな事があったら覗きに行くって感じか? カップル向けなスイーツとか、景色の素敵なところとか、可愛い動物のアトラクションとか」
「違います。今までの経験からして、上条家の血を引き、行く先々で事件が起きる探偵のような
「うわー、イヤなんだけど否定できないのが悲しいでせう」
「冗談です。冗談、だといいんですが、まあ、話を戻して、詩歌さんは甘味素敵可愛い好きですけど、男の子が好きなゲームセンターも好きですよ。ガンアクションとかストリートファイトとかも。ちなみにパンチングマシーンとレーシングでは勝てませんがポーカーや麻雀では陽菜さんに一度も負けたことがないです」
「多趣味というか。詩歌はオールジャンルオッケーってことか」
「開発されていない心の原野に新たな発想を持ち込めて、それを相手にまで浸透させて見せるのが、真のフロンティア伝道師です」
「あれ? 何だかまた妙な方向に流れていきそうな気がするぞ」
「当麻さんに開発させたい分野もあるんですよ。本当、毎日うずうずと」
「手付かずのままでも美しい風景があるんだし、そこは敢えて秘境として残しておこうじゃないか、マイシスター」
「詩歌さんは当麻さんの秘境探検をしてみたいです。色々と」
ああ、何だろうか。
詩歌が攫われた事件現場にいた何かに目覚めちゃった不良達を思い出す。
「……なあ、ちょっと具体的に言ってみてくれないか。ただし、この箱は開けるべきではないと判断したら即座に蓋を閉める」
「言論統制とは信用されていないようで寂しいですね。当麻さんも気にいると思ったのに。きっとやみつきです」
もし、そうなったら大変な気がするが、いちいち突っ込んでいたらキリがない。
「で、どんなんだ?」
「想い出巡りです。ほら、ちょっと“忘れかけてる”とこもあるでしょ。だから想い出の場所を巡ろうかなって」
「ああ、なるほど……」
予想外にボケじゃなくて真面目に来た。
記憶破壊。
上条当麻は夏休み以前の記憶がない。
でも、それは仕方のないことで、どうしようもないこと。
「……私だって、一から十まで覚えている訳じゃないです。だから、当麻さんとその場所を、もう一度、巡りたいかな、って。別に、2人の、と限定しなくてもいいんですけど……これから大変になりそうですし」
詩歌のためにやるデートだが、これでは自分のためでもあるような。
とにかく、と、詩歌は切り替えて、
「このわくわく具合から詩歌さんの期待度を当麻さんが察してくれると信じています」
「……あー、うん。察するって言うのは言わずにいたことを気づく事だからな」
「………」
「言われて沈黙しても遅せーぞ」
「当麻さんのイケずさんです……」
「でも、ま、詩歌の期待は裏切れねーよ」
詩歌が頬を染めている。
普段は常に微笑みを絶やさないので、意外と表情が読みにくいが、こういう時は素直だよな……………全く、
「当麻さんのそわそわ具合からも察してくれませんかねー」
「はい、当麻さんがそろそろお仕置きをご所望なのは気づいてますよ。ええ、我慢できなくて体がそわそわしてるんですね。ご安心を、詩歌さんも当麻さんの期待を裏切りませんから!」
「緊張度っ! デートの緊張度だ!! 何度言ったか分かんねーけど、お兄ちゃんは妹に叩かれて興奮するようなMじゃねーからな!!」
とある高校
『んー、でもなぁ。デートと銘を打ってんだし、これじゃあ、いつもと変わんねーと思うんだが。買い物の後も時々ブラブラしてるだろ』
『じゃあ、お互い放課後までに何かサプライズを考えておきましょう』
と、その後のやり取りで、詩歌ははにかみを見せながら、提案。
そんな顔されたら、お兄ちゃんは逆らえない。
(あーでもなぁ。こういう時って何をすりゃ良いんだ? 詩歌が好きそうなのは大体分かるんだが、サプライズとなると意外性も必要だし。詩歌って、当麻さんの考えてることが筒抜けだからなー)
難しい問題だ、とうむむ~と唸る当麻。
そんな訳で、授業の合間も“例え仮でも”兄妹デートについて、考えていたおかげで、
「ん? 上条君。この問題について何か質問が?」
「先生! デートで女の子に嬉しいサプライズって何か分かりますか!」
独身貴族の素甘数学教師からのサプライズ返答は、50cmクラスの巨大三角定規だった。
駅前
「……早く着すぎちまったか」
当麻は腕時計で時間を確認する。
待ち合わせ時間にはまだ早いと頭で分かっているが、それでも往来に眼を走らせる。
駅前には人の通りが多く、学生たちの姿もちらほらと見える。
不幸に揉まれた上条当麻は、遅れるわけにはいかないと、そのために土御門の協力で適当な理由をでっち上げて、帰りのHRをサボったが、そんなのは些細な問題だろう。
おそらく何かに勘付いている吹寄や姫神の明日の反応が怖いが、今は今、大事な方を優先する。
当たり前の判断だ、と当麻は思う。
「おまたせしました」
そして、まだ10分も早いが、人混みの中から一際目立つ少女がバックを片手に、もう片方の手をこちらへ振りながら駆け寄ってくる。
名門のお嬢様学校の制服を隠すように暖色の上着の前を閉じているが、その仕草からその洗練された品の良さは伝わる。
髪を解いてロングにしており、そしてお守りの髪留めは頭リボンで後頭部に結ばれていて、いつもと違った不意打ちのような新鮮さに、何かに突き刺されたかのように心臓を強く刺激されたが、当麻も片手を上げて応じる。
「詩歌、いつもの髪形もいいが、その髪型も良く似合ってるぞ」
「ふふふ、今日は当麻さんとのデートですから、ちょっとイメチェンしてみました」
はにかみながら微笑む詩歌が、今はたまらなく愛おしかった。
別にこうして賢妹の微笑みを見るのは初めてではないし、いつでも脳裏に思い浮かべられるが、『0930事件』、一人の姉に出会ってから、この日常こそ上条当麻は大切にしたいと強く思うようになった。
幻想となって散ってしまえば、もうこの右手で掴む事は出来ないのだから。
初めに心臓を突き刺した何かは、話している間、気付かぬ内に、瞬く間に溶けてしまっている。
よかった。
妹に対して、変に緊張するなんて、兄らしくない。
「それでですが、早速ですがサプライズなプレゼントです」
鞄から取り出した紙袋を、詩歌から手渡される。
「ありがとう。お、なんだろ。見せてもらっていいか?」
「はいどうぞ」
そして、紙袋を開くとすぐに毛色の編み物であることが分かる。
だが、それ以上はマフラーなのかセーターなのか、出してみなければわからない。
「ん? んんん? ……マフラー……か? にしては、すごく長いような……」
「ふふふ//// この前の旅行から休み時間にマフラーを編んでいたんですけど、今日のサプライズに間に合わせしようと気合を入れたら、編み過ぎちゃって……あ、その下にある白い方はインデックスさんのマフラーです」
ああ、そう言えばそんな事もあったな、と当麻はしげしげとマフラーの出来を見て、それからタグがないかを探す。
長いには長いが、素晴らしいもので、この腕時計のようなものではなく、普通の材料(とはいっても、常盤台御用達の質はこの素人の手触りからでも分かるような最高質なんだろうが)で、編まれたものだ。
しかし、どんなものであれ、詩歌から贈り物をもらえるのは嬉しい。
いきなりの先制パンチに結局サプライズが何も思いつかなかった当麻がさてこれに応えられるようなサプライズをどうしようかと思っていると、
「そ、それで当麻さん。世にはカップルマフラーとなるものがありまして」
「何だよいきなり口調まで改まって」
「おっほん。折角、今日はデートなんですし、カップルのフリをしないといけませんから……」
物を教えるように人差し指を立てて、はにかむというよりハッキリ恥ずかしそうな顔で、目を合わせずに提案しようとする詩歌。
それになーんとなく展開が読めた当麻は、一端深呼吸してから、
「え、っと。ふたりで、巻いちゃいたいんでせう?」
「う、うん……巻いた方が良いです……かなー……なんて」
立てた人差し指を、もう片方の人差し指をつんつんと突き合わせる詩歌に、当麻は手の平を向けて、
「1分、待ってくれ」
良し、脳内会議だ。
これがいわゆるカップルマフラー並みにロングになっているのが確信犯なのかはさておき。
今回の目的は、妹の詩歌に余計な野郎がひっつかないためのものであり、例えリア充爆発しろなどと思われようと、兄とは粉骨砕身で、我が精神的羞恥に耐えてでも果たさねばならぬ。
そうだ。
どこかの4股修羅場ラブコメディのように、偽物とは本物よりも本物でなければならない訳で、もしかしてミイラ取りがミイラになるような事態になりかねないなんて、まあ、その危険性も脇に置いておき、ここらで一発ぶちかますのも作戦上ありなんじゃないだろうか。
それに心情的に何のサプライズを用意していない当麻は罪悪感もあり、今なら多少の無茶ぶりには応えて見せようという気概で、なにより、今は妹のために用意した時間だ。
こうして、要望に応えるのが最も有意義な時間の使い道だろう、とここまで約10秒。
今の当麻の顔がにやけているかどうかは自分では見えないのでご想像にお任せして。
「ああ、当麻さんもそれは名案だと思うぞ」
詩歌の案に間違いなんてない、あっても、自分がどうにかすればいい。
そう当麻からOKが出れば、詩歌の意志は髪の毛一筋程の迷いも差し挟む余地のないくらいに固まった。
「それじゃあ……巻いちゃいます」
今更遠慮の言葉を重ねるような真似を、詩歌はしない。
その代わりに、精一杯可憐な笑顔で―――詩歌の心情的には、愚兄にわがままを聞いてもらうに相応しい表情で―――当麻にそう、ねだって、それからもう一つだけ、
「じゃあ、目を瞑っててください……見られてると恥ずかしいので」
「良いとも」
こっちも見られながらやられるのは、恥ずかしすぎて憤死してしまうのでナイス名案だ。
『あう~……さっきからほっぺたが言う事を聞きません』と左横から何やら小言が聞こえるような気がするも沸騰しかけている頭には届かない。
ただ、場所を考えるべきだったのか、人通りのあるこの駅前で、今の詩歌の可憐な『おねだり』に、それを見ていた聞いていた男達の意識がフリーズし、再起動した時には―――ああ、早速だけど野郎どもの視線が痛い。
だが、そんなのはどうでもいい。
「ふふふっ、ぽかぽか……幸せ、です////」
う……また何か心臓にズキンと……
視界を閉じてるからより鋭敏に感じる。
ん、いや……ズキン? とそこまで鋭利なモンじゃなくて、ドキン……?
ドキドキ……………いやいや、違う違う。
これは詩歌にドキドキしているわけではなく、単純に周囲の視線を見るのが怖いからのドキドキであって―――
「はい、目を開けてもいいです。あ、でも、左側は見ないでください……まだ、顔がふにゅふにゅなので……」
「お、おう! お互い真っ直ぐだけ見ておこうな!」
そうして、長いマフラーをお互いの首に巻き付けあって、寄り添う。
左肩にそっと何かが乗っかり、良い匂いがす―――いやいや、違う。
もうそろそろ寒くなるような時期だと思ってたんだが、案外薄着でもいけるかもしれない、うん、温暖化が原因だな。
それで一番の問題が左腕に感じる大きくて柔らかいもの……って何だろうか? 駄目だな、当麻さん、ちょっと馬鹿だからわからな―――色即是空色即是空……
駄目だ! こんな状況で悟りなど開けるか!
な、なんだこれは……心臓が馬鹿みたいに強く脈打っている。
ドキドキなんてものじゃなく、ドックンドックンと身体中にその溶岩のような熱い血流を送り出している。
それにギュッとされた左腕からも同じように鼓動が―――そして、薄目の視界の端に見えてしまった少し上気した頬に、幸せに緩む口元。
落ち着け……落ち着くんだ、上条当麻。
隣にいるのは詩歌だ。
お仕置きを除けば、この学園都市にいる人間の中で、一番落ち着けるはずの相手だ。
深呼吸を繰り返して、ゆっくりと閉じた瞳を開ける。
「……当麻さん、詩歌さんがこれからボケますから、ツッコミをお願いします」
「ああ、任せとけ。会心の一発をお見舞いしてやる」
もう兄妹揃って、何が何やらわからなくなっている。
だが、一緒に包まれた温もりを感じながら、ああここに知り合いがいなくて、良かったなー……………と思ったのがいけなかった。
上条兄妹が所謂、名探偵な事件体質であることを忘れていた。
「むむぅ、てれびでんわでアリサが兄妹だし、デートくらい仲の良い証拠だって言ってたけど、やっぱりとうまと一緒にいさせたらしいかが危ないんだよ」
「上条君。今日様子がおかしかった。絶対に。何かある」
「ええ、土御門に問い詰めたところ、女の子とデートだそうよ」
「アイツぅ~! 正門の前に待ち構えてたっつうのに一体どこに! チャリティでの借りを超電磁砲キャッチボールで返してやんなきゃ気が済まないわ!」
すぐ近くの人混みから、聞き覚えのある声が聞こえた。
先程までの甘い幻想は殺された。
「フレキシビリビリにしておいてよかったですね」
「ああ、フレキシビリビリさまさまだ」
しかし、上条兄妹もさるものながら、こういったイベントには慣れっこであり、臨機応変に、
「詩歌」
「はい、当麻さん」
「逃げるぞ」
「了解です」
二人三脚というよりスクラムのように互いの腕を背中にまわしてがっちりと組む。
そして、無慈悲で狡猾な、ハンターとその猟犬たちから、その一体となったように同時に一歩踏み出す動作からしてこの上なく息のあったと思わせる連携で逃走を開始する。
それでも、マフラーを外さなかったのはご愛敬。
第21学区 森林
橙色に染まった陽が沈み、東の空から月が浮かぶ。
学園都市は東京西部を切り開いて作られた町で、全体的なイメージはやや平坦。
唯一の例外が、この街の水源として複数のダムを抱える第21学区……でも、精々標高200mが関の山なのだが。
それでも、意図的に人口的な明かりを制限されているこの場所は街灯やネオンがビカビカ光る中心街に比べれば天体観測のスポットであり、山頂近くには天文台もある。
そして、動植物の研究としても有名な場所で、学園都市の中でも自然が多い場所である。
真っ暗な林道はかなり重苦しい雰囲気を醸し出していて、少しだけ怖さを覚えたが不安にはならない。
空を見上げるまでもなく、ある程度は星々の光で暗くはなく、触れ合った掌の温度は鮮明で―――一人じゃない。
「私は昔は、この学園都市に来た時は、本当によく迷子になって、その度に当麻さんに見つけてもらいました」
当麻の手を引き、途中から正規の道から外れ、どんどんと森奥へ進んでいく詩歌。
マフラーはあの後しばらくして気づいて、当麻の首に巻き付けた。
「ここの時もそう。一度、天文台へ言ったことがあって、流星群の話を聞かせてもらったんです。それで、こっそりと観に行こうと、夜中に寮を抜け出してこの場所へ来たんです。でも、小学生の私はそこでうっかり入場料を入れたお財布を忘れてしまって、自分でお勧めスポットを探すことにしたんです。ふふふ、若いころの過ちです」
「若いって、今でも十分に若すぎるだろうが」
「精神的な意味で、です。当然、山登りの術なんて本でしか知らない詩歌さんは流星群に夢中になっている間に迷子になり、携帯電話に泣きついたんです」
そうして、その足取りを追っていると、やがて開けた場所に出て、そこには―――
「この場所で、見つけてもらったんです、お兄ちゃんに。この馬鹿な妹のために、泣き言しか言わない携帯電話を握り締めて、ずっと励ましながら全力で駆けつけて、本気で怒って、真剣に私の身を案じてくれました。――――そして、それは今でも変わってない」
満天の星空。
名前も覚えちゃいないのに、その光の一つ一つが歴史を語りかけてくるような、近くて遠い銀の雨が、視野の限り、視界の彼方まで広がっている。
この光り輝く大海原を演出している夜空で楽しげに寄り添う星々には、輝いている星もあれば、その輝きを隠している星もある。
小さな六等星が、本当は一等星にも勝る輝きを秘めている事もある。
「そっか……それで、詩歌。今、何を迷ってんだ」
「ふふふ、やっぱり気づいちゃってましたか」
察してる。
これからこうして、蹴りがつくまでは遊んでいられる時間がない事を。
上条詩歌には分かっている。
上条当麻にも分かっている。
上条当麻は、上条詩歌に訊きたいことがあり、賢妹はそれを察している。
上条詩歌は、上条当麻に聞いてほしい事があり、愚兄はそれを察している。
この想いで巡りのデートは、賢妹から愚兄への人生相談。
「当麻さん。この前のすきやき屋での、上条詩歌の解答です。―――私が、これから始まる『戦争』を止めるために何をするのか」
星空を背負い、くるりと向き直った。
「私は、『上』に行きます。学園都市統括学生代表になろうかと思ってます」
…………………………
「そうか」
英語アプリで勉強して、言葉をぶつけようとする愚兄より賢妹は、先のことを考えている。
そんなことは、分かっているし、教えられた。
ここに連れてこられて、この星空を見せられて、予想していなかった訳じゃないのに。
拳を握る。
「いいんじゃないか?」
「本当に……?」
「ああ、だが、正義の味方になんかなるなよ」
あの勝負で負けて、上条当麻は決めた。
「俺は詩歌が何でもできると信じてる。だけど、何でもかんでも自分一人でやるな。そんなことしたら、皆がお前に頼っちまうだろ? それじゃあ、ダメになる。そんなことが分からない詩歌じゃないだろ?」
だから、俺を頼れ、と当麻は笑って言い、その右手が空を指差す。
「照らせよ。太陽がこの星空を輝かせるように、詩歌が照らして、俺をあの月のように、そして皆を星のように輝かせろよ。それが上条詩歌が見たかった幻想なんだろ」
上条詩歌は今まで必死に生き抜いて、能力や魔術といった幻想ではない人間関係で繋いでいった絆がある。
それはきっとこの幾万もの星空に負けないはずだ。
「ふふふ、詩歌さんにとっての太陽は、お兄ちゃんですよ」
つづく