とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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暗部抗争編 不測

暗部抗争編 不測

 

 

 

???

 

 

 

その画面に映るのは、倍率4000倍の超望遠の粗い画像。

 

第23学区の外から<ブロック>のサポーターに撮影させているもの。

 

その中心には、白髪の少年が、『ウィルス保管センター』をダミーに使ったおかげで、警備の薄くなっている第23学区で、邪魔する<警備員>達をほぼ無傷で倒しながら凄まじい速度で目的地―――直径25mの地上パラボラアンテナに向かっている。

 

 

「これは、当たりだな。いや、予定通り」

 

 

<ブロック>のリーダー、佐久辰彦は言う。

 

今、この学園都市で動けるのは<グループ>だけだ。

 

そして、あの白髪には見覚えがあり、自分の記憶が確かならあれは―――学園都市最強の『悪魔』、Level5序列第1位の<一方通行>。

 

彼が突入しようとしているのは、<ブロック>がこのノートパソコンからウィルスを送って乗っ取ろうとしている航空宇宙工学研究所付属の衛星管制センター―――その『ひこぼし2号』の受信アンテナ。

 

それを手っ取り早く物理的に破壊しようとしているのだろうが、

 

 

「後は、あいつの成功を祈るだけだな」

 

 

<ブロック>では警備が厳重で、攻撃ヘリ『HsAFH-11』を主力とした無人兵器といった空軍関係の兵器がごろごろある第23学区を正面突破するのは難しい。

 

だから、最も有能な馬鹿に手伝ってもらった。

 

あの核兵器を撃たれても死なないがキャッチコピーな<一方通行>なら、軍を薙ぎ倒すなど造作もない。

 

<ブロック>の本命は搭載されている半径3kmを4000度の出力で焼き払い、さらには細胞核を破壊し癌化を促進させる光学兵器による第13学区――最も幼児と小学生が集う学区への攻撃、学生の親達の反感を煽って10年単位で『子供のいない学園都市』へとその存在意義を奪う事ではない。

 

もっと手っ取り早い。

 

『ひこぼし2号』の主な役目―――学園都市と周辺地域の監視衛星を、その地上アンテナを奪って、麻痺させる事だ。

 

 

「第11学区、第13学区、第17学区、第19学区、外壁の『外』で、待機している連中……本当に、使えるんだろうな」

 

 

「ああ、質もそうだが、何より“量”だ。今回の計画に使える。向こうにも思惑があるし、無関係な人間を巻き込むだろうが、俺達に躊躇っている余裕はねぇ」

 

 

<ブロック>の構成員、手塩恵未が佐久に問えば、彼は必要のなくなったノートパソコンのクラッキングプログラムを停止させ、機材の電源を落とした後、下部組織の連中に軽く投げ渡し、

 

 

 

「―――さあ、世界全ての道に通じる科学の総本山。その最後の(ブロック)は開けてやったぞ、<全道終着(アスファルト)>。その研いだ牙を、アレイスターの喉笛に突き立てろ」

 

 

 

10月9日午後。

 

衛星通信用の地上アンテナが破壊され、各衛星の機能停止。

 

これにより、上空からの防衛網を失った学園都市は『外』からの脅威への対抗機能が大幅に低下した。

 

 

 

 

 

隠れ家

 

 

 

「二度目はねぇつったろうが、滝壺ぉおおおおお!!」

 

 

ズパァ! と一条の閃光が浜面を貫こうとしたが、再び横に逸れた。

 

 

麦野沈利はとうとうブチ切れて、今度は軽く叩くのではなく、加減なしに思いっきり蹴っ飛ばしてやろうと床を蹴った。

 

しかし、それより早く、横からふらつく滝壺理后の身体が掻っ攫われた。

 

 

「くそったれ! こんな俺なんかのために……っ!」

 

 

―――浜面仕上に。

 

この弱肉強食の世界じゃ、己の勝ち負けなんかよりも、生きるか死ぬかにこだわるべきなのに。

 

またこの少女は、こんな自分なんかのために命を懸けた、その仲間にさえ反抗した。

 

それが彼女達<アイテム>に亀裂を生じさせてしまった。

 

もう、麦野は例え浜面が死んでも、滝壺の粛清をやめないだろう。

 

だから、浜面は滝壺を抱きあげると、入ってきた出入り口へ全速でかけた。

 

死んでしまえば、仲直りはできないのだから。

 

このまま自分のせいで、<アイテム>が崩壊したなんて認められるか。

 

もう二度と自分のせいで……あの<スキルアウト>の時のようにはさせねぇ!

 

 

「はーまづらぁ。この私から逃げられっとでも思ってんの。まさか、そう思ってんなら―――」

 

 

ひゅう、と麦野は口笛を吹く。

 

全身の産毛が逆立つ。

 

浜面が首だけそちらを見ると、右のの指は既にこちらに照準を合わせており、その口はこう動いた。

 

 

 

ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね。

 

 

 

麦野は浜面がサインを受け取ったと見るや否や、<原子崩し>による電子線をその背中へ放った。

 

電子線は………

 

 

 

―――あむっ。

 

 

 

電子線は、突如割って入ったティンクルという木魚達磨が開けた大口に吸い込まれていった。

 

大口といっても、その二頭身の大部分は口なのだが、顎が外れたとかそういうレベルを超えた、スイカ一つを丸呑みしてしまいそうな大口で電子線を受け止めた。

 

鋼鉄の防壁など障子紙のように破り捨てる<原子崩し>の一撃を、その小さな体で。

 

中身のない、その空虚な体内に、麦野沈利の力の塊を飲み込んだとばかりに、ぼん! と一気に膨らむと、

 

 

 

―――べぇっ!

 

 

 

そのまま横に、うがいをするように電子線を吐き出した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

―――何だあれ?

 

 

浜面に逃げられた。

 

それよりも、今起きた、夢かと疑うような現象。

 

血が上った頭を真っ白にするほどの衝撃に、麦野は呆気にとられた。

 

あの正体は分からないが、鷲掴みにした際に己の電子把握能力で中を調べても盗聴器といった類のものは仕込まれてなかった。

 

浜面が拾ってきたものだから、どうせ新しいおもちゃだろうと、生意気で何となく気に入らないがとりあえず無害そうなので気紛れに放置していたけど、まさか<原子崩し>を受けて原型を留めているだけでなく、受け流したとは……

 

一杯食わされた。

 

 

(一体何物だ? そもそも滝壺でもその正体、動力元を感知できないもんを学園都市の連中が作れんのか……とにかく、<原子崩し>を無駄打ちするのはやめておいた方がよさそうね)

 

 

呆気にとられたのも少しの間で、すぐに麦野は冷静に立て直す。

 

今はあんな奇天烈な玩具よりも自分の状態が不安要素だ。

 

滝壺の<能力追跡>からAIM方面を経由して、<自分だけの現実(パーソナルリアリティ)>を乱されかけた。

 

<原子崩し>は生存本能でセーブを掛けなければ、反動で麦野の身体が粉々に吹き飛んでしまう可能性がある。

 

念のために簡単なチェックをしたいところだが、当然こんな所に機材があるはずもない。

 

ここは細心に細心を重ねて慎重に。

 

無闇に乱発させるのは避けた方がいい。

 

 

「まァ、浜面と滝壺程度に能力なんて必要ねェし。―――それに、滝壺の方は今頃、自滅してんだろうな」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「―――きゃはははは!」

 

 

狂笑が建物内を残響する中、半蔵達<スキルアウト>は駆け抜ける。

 

 

「結局、そっちはトラップ地獄って訳よ」

 

 

文房具の修正テープを引いたような真っ白なライン。

 

これは爆薬の一種で、壁やドアを焼き切ってしまう事も出来るし、また導火線代わりにもなる。

 

しまった、と思った時には既に時遅し、隅に配置されていた花火玉が炸裂。

 

緊急回避で転がり込むも背中に軽い火傷を負う。

 

 

「くそったれ。俺が仕掛けたトラップをこうも簡単に乗っ取りやがるとは」

 

 

この隠れ家に半蔵は、侵入者対策として、忍びの頃に学んだ術を駆使して、仕掛けをそこかしこに設置してある。

 

そこそこの自信があり、素人でなくてもそう簡単には見破れまいと自負していた。

 

しかし、あのフレンダというふわふわした長い金髪に、白い肌、青い瞳、華奢で小柄な少女。

 

ペレー帽を被り、ストッキングで足を覆うその外見は、一見すると可憐だが、やる事は全て過激で、詰将棋のように綿密に計算されている。

 

暗部の破壊工作担当の少女の方が一枚上手で、こちらの設置個所を見破るだけでなく、短時間で自分のものとして組み込んだのだ。

 

将棋で例えれば、この廃ビルという盤上に敷かれたこちらの駒を半分は取られて、持ち駒にされている状態で、もうこちらは王手に近い。

 

 

「ま、殺傷能力の足りないしょぼい罠だけど、結局、使う人次第なわけよ。―――絹旗ー! そっちに追い込んだわよー!」

 

 

さらに、向こうにはどんな悪路をも突き抜ける飛車角までいる。

 

 

「超突破します!」

 

 

鎖網、竹槍、落石……それらを弾き飛ばして直進する少女。

 

<暗闇の五月計画>の被験者で、第1位の演算パターンを<自分だけの現実>に付加した年幼き暗部の少女、絹旗最愛。

 

実験の結果、絹旗が得たのは、一方通行の『反射』から最適化した<窒素装甲>の自動防御能力(オートガード)

 

己に危害を加えるものに対し、即座に周囲に窒素を硬化させた防御フィールドを自動展開させる。

 

 

「この程度の超子供騙しじゃ、超止まりませんよ!」

 

 

弱点とすれば、その能力範囲だが、フレンダとの連携で間合いに入られた!

 

 

 

―――ただし、それは半蔵にとっても手の届く範囲だ。

 

 

 

絹旗の死角を縫うように斜め上から拳を振るう。

 

ただし、袖の中にはキラリと光る獲物がある。

 

それを絹旗に認識されるより早く、あまりに素早く、気付かせる間も与えずにその脳天を突いた。

 

『打ち根』と呼ばれる暗殺用の刃物。

 

半蔵の手の平にあったのは、およそ全長15cmの世界最小の短槍。

 

 

「―――超甘く、見られたものですね」

 

 

『打ち根』という極めて短い矢、その尖った鏃―――ではなく、平らな尻で叩きこもうとしたが、寸前で止まっていた。

 

いや、止められた。

 

その小学生の見た目に、かつてのリーダー駒場利徳に毒されたのか、咄嗟に殺傷能力のない本来の用途とは反対側で仕留めようとしてしまったが、手を抜いたわけでもなく、完全に不意を打ったはずだ。

 

 

 

「私の<窒素装甲>に死角などはありませんので」

 

 

 

ごはっ! と窒素を纏った拳によるボディブロー。

 

そうだ。

 

あの時、第1位と対峙した時も、奴の意識無意識関係なしに『反射』は作動していた。

 

 

 

半蔵の身体が宙を飛ぶ。

 

 

 

そして、絹旗の身体が床に沈む。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

絹旗は気付く。

 

半蔵が『打ち根』を叩きこんだ反対側―――その地面に、同じく『打ち根』が突き刺さっていた。

 

隠れて良く見えなかった×ポイントに。

 

 

「絹旗っ!」

 

 

他の<スキルアウト>を相手にしていたフレンダが叫ぶ。

 

今、この廃ビルという盤上に仕掛けられた()の“半分”をフレンダに持ち駒にされた―――つまり、あとの“半分”は見落としていた。

 

 

「ああ、お前のような奴に攻撃が通じないのは、第1位で思い知ってんだよ。―――だがな、どんなに硬くてもひっくり返った亀は何もできねーんだぜ」

 

 

喰らうと見せかけて咄嗟に後方へ飛んで、衝撃を殺した半蔵がパンパン、と埃を払って立ち上がる。

 

物理的な攻撃が通じない接近戦では無敵の能力者だが、その攻撃範囲は極めて狭く、その移動は第1位とは違い、己の足だけ。

 

だから、嵌めた。

 

<窒素装甲>ではどうしようもない落とし穴に。

 

小柄な身体は宙を泳ぎ、そのまま手の届かない二階分下のフロアへ落ちていった。

 

 

「同じ土壌なら負けてたが、ここは俺の縄張り(テリトリー)だ」

 

 

そして、残るフレンダに向けて改造三点バーストマグナム銃を向けて、半蔵は逆王手をかける。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

ぐったり、と熱に浮かされたように荒い呼吸が耳元に。

 

 

「滝壺……大丈夫か」

 

 

「うん……大丈夫」

 

 

浜面が背負った滝壺に容体を訊いてみれば、その返答はかすれていて弱弱しい。

 

 

『滝壺さんも超難儀していますよね。<体晶>がないと能力を発動できないなんて』

 

 

絹旗から世間話のように聞いた事がある。

 

滝壺にとってそれは普通の事なのだろうが、彼女が<能力追跡>を発動させる際に摂取している<体晶>は厳密には能力を発動させるためのものではなく、『意図的に拒絶反応を起こし、能力を暴走させる』ためのものだ。

 

『暴走能力の法則解析用誘爆実験』という能力暴走によりLevel6を産まれさせようとした実験の悪夢の副産物、それが<体晶>。

 

大抵の能力者にはそれは毒にしかならないのだが、極稀に『暴走状態の方が良い結果を出せる』例外もいる―――それが滝壺理后。

 

それは性能面の話だけであって、毒が毒であることには変わりなく、当然、滝壺は<体晶>を使うたびに、身体に無理がかかり、いつかは『崩壊』するだろう。

 

今回、自分を助けるために麦野の<原子崩し>に逆流するという無茶までしたせいで、滝壺は限界だ。

 

この少女が一体どんな理由で暗部に落ちてきたのか浜面は知らないが、出来る限り、望めば一生<能力追跡>を使わせない方がいい。

 

浜面は、静かに奥歯を噛み締める。

 

覚悟も、決意も、この滝壺理后には及ばない。

 

けれども、脚を動かすだけの原動力はある。

 

 

「くそったれが!!」

 

 

絹旗にも、フレンダにも、そして、滝壺にも力を借りるわけにはいかない。

 

自分の手で麦野沈利を説得させなければならない。

 

 

――――と、ここで、

 

 

「タッキー。ティンクルちゃんの可愛いお手々を齧りやがれです」

 

 

いつのまにやら浜面の肩によじ上っていた理解不能正体不明な命の恩物がその身体に(もしくは頭に)申し訳程度についている小さな手を滝壺の口元に差し出す。

 

 

「一体何してんだ?」

 

 

一体何物なんだ? と今更な質問を訊くのをやめて、浜面はその行動について訊く。

 

 

「ハマーは分からんのですか? タッキーは苦しんでるんですよ」

 

 

「分かってるよそんな事は。まさか、どっかのパン星人のようにその手を喰わせようとしてんじゃねーよな」

 

 

『僕の顔をお食べよ』とお腹を空かせた子供達の味方なんているはずがない、と浜面は思ったが、木魚達磨は呆気からんと、

 

 

「そうでやがりますよ。ティンクルちゃんの身体は、お薬にもなるのです。『ぱなけあ』という愛と勇気の万能薬な癒し系キャラなのです」

 

 

「はぁっ!?!?」

 

 

思わず、すっこけそうになるがギリギリのところで持ちこたえる浜面。

 

その間にも浜面のリアクションを無視し木魚達磨は、苦しく喘ぐ滝壺の口にその手を差し入れて、滝壺の舌に舐めさせる。

 

 

「本当なら『ご主人様』に診てもらった方が良いんですけど、この症状的に体内に巣食う毒素を浄化すれば、元気100倍とはいきませんが、楽にはなるです」

 

 

<体晶>を解毒する?

 

そんな話は聞いたことがないが、いや、存在するなら滝壺はそれを<体晶>とセットで常に携帯しているはずだが、本当ならば、この状態も完治まではいかないが改善できる。

 

効果のほどは怪しいが、それでも背中に伝わる荒い動悸が少しずつ収まっていき、

 

 

「ほらタッキー、そのまま噛み千切りやがれです。心配しなくても、ほっとけばそのまま生えてきやがりますし、ティンクルちゃんの小動物的可愛さは永遠に不滅です。結局、超ぷりちぃなわけよ」

 

 

「ああ、はいはい。そうですねー」

 

 

この生娘、いや、木娘が何を言う、と浜面は思った。

 

 

「ん? いまハマーから悪意を受信しました。喧嘩を売ってやがりますか?」

 

 

「まさか。っつか、大体触覚もないのにお前は何処で何を受け取るんだ?」

 

 

全快とまではいかないが快方に向かっていく嬉しさから浜面が軽口を叩けば、ティンクルは面白いように反応を見せ、滝壺も小さく微笑んで、

 

そして、短いやり取りを終えた後に、

 

 

「うん……ありがと。いただくね」

 

 

少し楽になった滝壺は、その木で出来た手を噛み切り、とその前に、向こうから裂けたように滝壺の口の中に転がり、そのまま胃袋へと、

 

 

「うぐっ――――」

 

 

しかし、なんとか平静を保てたのはそこまでだ。

 

突然、浜面の背中の上で滝壺の身体がびくんと仰け反り、両手で喉を抑える。

 

 

「得体の知れないモンを食うからだっ! おい、この―――」

 

 

浜面は慌てて滝壺を降ろし、毒を呑ませたのか! と詰め寄ろうとした――――が、

 

 

「ハマー、良く見やがれ。タッキーは喉をつまらせただけでやがります」

 

 

「―――へっ?」

 

 

と、落ち着いてみれば、滝壺は顔は真っ青だが、ブンブンと何でもないと片手を振ってジェスチャーしている。

 

しばらく、背中をさするなど見守っていれば、ごっくん、と。

 

 

「だ、大丈夫、心配かけてごめん、はまづら」

 

 

「あ、いや、無事なら良いんだ」

 

 

見れば、玉のような汗を引いてきており、そのままの流れで視線を移動させていけば、ようやく浜面は、滝壺の身体に腕を回し、至近距離で見つめ合っている事に気付いた。

 

 

(……あれ? 何やら、お互いの顔が近すぎません、こと?)

 

 

ショートした浜面の視線から逃れるように、こちらも気づいた滝壺は顔を逸らす。

 

上気した頬が朱く、瞳も弱弱しく細められている。

 

頬に伝う雫の跡は、汗か、それとも……

 

 

「……………」

 

 

沈黙の中で、先ほどとは別の意味で動悸が早くなり、滝壺が上目遣いを向けてくる。

 

それを見て浜面は、

 

 

「あー、ハマーの背中で寝食いするからですよ。そんなに、王子様の背中はそんなに居心地が良かったのでやがりますか? ま、こんなだらしない姿を見せちゃ、百年の恋も冷め―――もがぶひゃ!?!?」

 

 

KYな(空気を読まない)玩具の口を、滝壺は鷲掴みして、握力で黙らせた。

 

滝壺はすくっと立ち上がり、目をチカチカと点滅させ、一つ欠けた短い手足をばたつかせる木魚達磨を念の為、浜面から離れた所で、しっかりと言い含めて……

 

 

「………いい、わかった?」

 

 

「りょ、了解であります」

 

 

一体どんな脅し文句を使ったのか聞こえなかったが、それは予想以上の効果を上げて、滝壺の手の中で獲れたての魚のようにびくんと一度だけ跳ねて、大人しくなった。

 

 

「あー、とにかく、元気になってよかったよ」

 

 

浜面が会話の内容について追及できるはずもなく、言えたのは当たり障りのない定型文だけだった。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

滝壺の体調は回復した。

 

だけど、現状がピンチであることに変わりない。

 

何せ相手はあのLevel5序列第4位の麦野沈利。

 

<原子崩し>はまともに喰らえば一撃必滅、かといって、能力なしの喧嘩でも浜面は麦野に勝てないだろう。

 

今、浜面が持っている武器と言えば、前任の<アイテム>構成員が皆殺しされた事件を踏まえて持たされた拳銃が一丁。

 

こんなのでは、麦野に張り合えるはずがない。

 

滝壺の<能力追跡>も応急処置をしたとはいえ負担が大きいので『逆流』させて、AIM拡散力場を乗っ取るのは最後の手段にしておきたい。

 

ただ、ここでもしかしたら麦野に対抗できるかもしれないのが、

 

 

「ん? なんです? じろじろと。―――はっ、さてはハマー、ティンクルちゃんのスタイルを測定してやがりますか! せくはらですか!」

 

 

この<原子崩し>でも破壊できなかった不思議な国の玩具なのだが。

 

しかし、次の瞬間返ってきた反応に、思いっきりチョップしてやろうか、という殺意にも似た感情を抱く。

 

 

「そんなわけないよ、はまづらは」

 

 

だが、この木娘に至って冷たい声が向けられれば、こちらの頭も同時に冷えて、なんとか木魚達磨は無事だった。

 

 

「ふ、フヒヒ。タッキー、もう元気になりやがりましたか?」

 

 

ただし、滝壺に必死に愛想を振りまくのを見れば、真に無事だとは言い難かったが。

 

 

「うん、おかげさまで。ありがとう」

 

 

滝壺はすぐにその冷気を収めると、肩をすくめ、小さく頭を下げて礼を言う。

 

先程は麦野にも迫る凍てつく波動を発したが、やはり、こちらの方が滝壺らしいというか。

 

 

「……でも、草津の湯でもお医者様でも治せない病の方は手に負えねーでやがりますが」

 

 

で、コイツはもっと自重すればいいのに。

 

どこか思わせぶりな台詞をティンクルが口にすれば、それ以上の発言を牽制するように軽く睨まれる。

 

 

「ふ、フヒヒ。タッキー、ティンクルちゃんは女心の分かるマスコットでやがりますよ」

 

 

「うん。だったら、ちょっと黙っていようね」

 

 

「いや待て。滝壺。今はこいつに聞きたい事がある」

 

 

浜面は木魚達磨、いや、ティンクルに問いかける。

 

そう。

 

今まで<原子崩し>でも壊せず、<体晶>を解毒し、<能力追跡>でも正体不明だったこれがこの現状を打開してくれるかもしれない。

 

向こうもこちらの意図を、または期待を察したのか、口を閉ざし、その両目から光も消えて。

 

 

「なあ、お前って一体何物なんだ? それで、その『ご主人様』って誰なんだよ。いい加減に腹を割って話そうぜ」

 

 

しばし、沈黙の帳に包まれ、それでも浜面達はティンクルが動き出し、口を開くのを黙って待った。

 

 

「ふぅ、仕方ないです」

 

 

そうして、待ちわびた第一声と共にティンクルは体ごとゆっくり浜面達の方に顔を向ける。

 

振り向いたその目には、聡明な光が見えた。

 

 

 

「ティンクルちゃんの正体は、三つの枝を織り合わさって生まれた<木霊(こだま)>なのです」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(なるほど、超油断したのは、こっちの方でしたか)

 

 

落下する中でも、絹旗は冷静だ。

 

ここから落ちても<窒素装甲>がある限り、生き埋めにされるだろうが身体は傷一つ負わないだろう。

 

だけど、そこから<スキルアウト>を追い掛けるにはどんなに最短距離で突き進もうと自分の足では遠過ぎて、その間に逃げられるか、もしくはフレンダがやられるかもしれない。

 

所詮は<スキルアウト>と侮っていたが、これは上方に評価を修正しなければならない。

 

 

「ですが、私に移動能力がない超亀だと思われるのは、超癪ですね」

 

 

絹旗最愛は暗部の人間だ。

 

自分の弱点など熟知しているし、対策法も立てている。

 

瞬時に、作動。

 

二階フロア下の地面に激突する前に、絹旗は衣服の懐に手を伸ばしながら体を捻る。

 

五本の指に挟んで取り出したのは、30cmぐらいの金属棒の先端に、缶ジュースほどの金属塊がくっついたもの。

 

マラカスのような形だが、これは―――携行型対戦車ミサイルの弾頭。

 

それは本来、至近距離でしか攻撃手段の無い絹旗が遠方にいる敵に向けて発射するために用意したものだが、彼女はそれを地面に向けて、パーティグッズのクラッカーを鳴らすような仕草で、迷わず紐を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

ツールの代用にスタンガンを使い、この爆薬の白線を逆利用し、彼女の付近の花火玉を爆破。

 

その爆風に煽られ、体勢を崩したその時に、

 

 

パパパンッ!

 

 

「うぎっ!?」

 

 

肩を撃ち抜かれ、スカートの中に隠し持っていた携帯ロケット弾を落してしまう。

 

幸いにして、フレンダには絹旗のような自動防御みたいな能力は持ち合わせていないのだろう。

 

狡賢さはあるようだが、反応もあくまで人並み。

 

ここで一気に決める、と動いたその時、

 

 

 

―――ドゴン!!

 

 

 

建物全体が震撼。

 

何事だ! と揺れに足を取られた時、落とし穴から舞い上がる爆風に乗っかる小さな少女。

 

 

(なっ―――まさかあえて爆発で吹っ飛ばされて、ここまで飛んで来やがったのか!?)

 

 

二階分を大ジャンプするために爆風をその身体にもろに受ける。

 

<窒素装甲>がなければ、重体、もしくは即死。

 

普通なら考えもつかない自爆による超強引なショートカット。

 

高位能力者であるからこそ可能にした荒技。

 

 

 

「超残念ですが、私は無能能力者(カメ)ではなく、高位能力者(ウサギ)の方です」

 

 

 

ドン! と今度こそ決める、と絹旗は拳を振り下ろし、

 

 

 

「………」

 

 

 

割って入った全身にフードを着込んだ、『青田坊』と呼ばれる大男に受け止められた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

<木霊>。

 

樹木に宿る精霊、また、それが宿った樹木で、山中を敏捷に、自在に駆け回る、神通力に似た不思議な力を持つオカルトな存在。

 

山や谷で音が反射して遅れて聞こえる現象、所謂、『山彦』は、この<木霊>が人の声を真似たからとされており、姿も、怪火、獣、人の姿にも化けられる。

 

さまざまな伝承を残す樹木崇拝が形となって現れたのが<木霊>だ。

 

 

「………その話、本当なのか? 本当にあの人が」

 

 

「はい。ティンクルちゃんはその人達に頼まれたご主人様から保険として送られました」

 

 

その<木霊>から衝撃の真実が伝えられた。

 

正直、そっちの方が衝撃度が大きく、これが一体どういう仕組みで動いているかなど最早どうでもいいくらいになってきている。

 

さらに、予言上、このままだと<アイテム>を崩壊させる最悪の何かが来る。

 

もっと早くそれを言えよ、と言いたいが、出会って最初からそう言われても所詮は喋るオモチャの言う事は浜面だって聞きはしないだろうし、こうして追い詰められた現状になったからこそ信じられたのだ。

 

そして、その時に鍵となるのが……

 

 

「いや、それよりもまずは麦野だ。アイツをどうにかしねーと。なあ、何か打開策はねーのか」

 

 

「そこが想定外なのです。最悪の事態を回避するために送り込まれましたが、予言通りならあんな仲間割れをするはずじゃなかったでやがります」

 

 

未来は、その時の、誰かの抱いた強い想いで変わるのだという。

 

 

(だったら、もしかして俺が……)

 

 

情報収集のために、強引に口を割らそうと痛い目を見てもらうが、死人に口なしな事態にならぬように、<スキルアウト>は誰も殺さない手筈だった。

 

だから、麦野ではなく、絹旗が前に出たのだ。

 

<アイテム>が本気を出していれば、<スキルアウト>なんて最初の時点で麦野に消滅している。

 

余計な意地を張ってないで、もっと素直に動いていれば……

 

 

「はまづらは悪くないよ。あの時、はまづらは正しい事をした。だから、私もそんなはまづらを応援しようと思った」

 

 

滝壺が、こんな後悔してばかりの自分を慰めてくれる。

 

自分のせいで<アイテム>に亀裂が入ったというのに滝壺は浜面の手を握っててくれる。

 

その温かさに、浜面は救われる。

 

未だに迷いは尽きないけれど、滝壺の為なら死んでもいいと自然とそう思えた。

 

 

(だっつうのに、こんな時にブルっちまうなんて格好悪ぃ……)

 

 

その浜面の心情を察したかのように<木霊>は少し悲しげに声のトーンを落として、

 

 

「震えるのはおかしい事じゃねーです、ハマー。人間は、悲しみに震え、恐怖に震え、怒りに震え、喜びに震えるもんなのです。人間は震えるように出来てやがります。……私のような物には震える事も出来ねぇでやがりますが」

 

 

土壇場で足が震えるのは情けないことではないと。

 

沁み入るようにその言霊は、すとん、と自分の胸の中に落ち着き、自然と頷いてしまう。

 

 

「とにかく、さっきのむぎのんビームを『山彦』してご主人様からもらった生命(マナ)は全部使い果たしてしまったのです。すっからかんのお腹ぺっこぺこでやがります。―――でも、何もできねーわけじゃねーです」

 

 

その時見た<木霊>は、その中に、底知れぬ闇が渦巻いているようで、そして、その奥に僅かな光点が輝いていた。

 

まるで災厄の中にたった一つの希望が残されたパンドラの箱のように……

 

その口が、初めて自分の名を言い、そして、真剣に問うた。

 

 

 

「―――浜面、命を捨てる覚悟は出来ますか」

 

 

 

その()の中に手を突っ込み、そこにある希望を掴み取るか否かを。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……あまり……子供を殴りたくはないんだがな」

 

 

ドゴッ! とダメージまで与える事はなかったが<窒素装甲>ごと絹旗の小さな体が飛んだ。

 

 

ざああ、と床を削るように少女は両手両足を着地して滑り、落とし穴の直前で停止。

 

 

(何っ……! その腕、超砕いたはずなのに)

 

 

その顔に驚きが広がる。

 

暗部の少女、絹旗最愛は自分が実際に与えた攻撃が、どの程度のダメージを与えたのか大まかな察しがつける。

 

今までの経験からして、この手ごたえは何かを砕いたものだ。

 

<窒素装甲>は合金の金属塊でさえ凹ませる。

 

たかが人の身では受け止めきれぬ威力。

 

しかし、その大男は直立不動で絹旗の一撃を腕を交差させての十字防御(クロスガード)で受け止めて、あまつさえ砕いたはずの腕で殴ってきた。

 

 

「……この、声は、まさか―――」

 

 

そして、半蔵もその声に、体の芯からゾクリ、とした。

 

 

 

「今日は……クネヒト・ループレヒトに、なるとしよう」

 

 

 

はらり、とその顔面を覆っていた布が解ける。

 

 

「―――」

 

 

半蔵は見た。

 

まるでフランケンシュタインのよう。

 

フードの下でヘッドフォンを装着するその大男の不愛想な顔は、見忘れるはずがない。

 

今日はなんて日だ。

 

もう二度と会う事がないと思っていた人と―――“2人”も会うなんて。

 

 

「駒場の旦那……」

 

 

駒場利徳。

 

先の事件で、第1位に殺されたはずの男がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

限界だった。

 

あと少し遅かったら、決まっていた。

 

どんなに賢かろうと、所詮は参謀以上にはなれない脇役の半蔵には、<スキルアウト>の上には立てない。

 

組織の屋台骨となり人を率いるには、それ相応のカリスマが必要だ。

 

雑草に、大木の代わりに縁の下の力持ちになれと言われても荷が重すぎる。

 

路上で踏み潰される雑草のように崩れ落ちかけていた半蔵を、巨木のような大男、駒場利徳は支え、

 

 

「よく頑張った、半蔵。……後は、任せろ」

 

 

力強い言葉と共に大きく一歩前に出る―――と同時、細い両足も地を蹴った。

 

走り来る絹旗に、駒場は両腕を突きだす。

 

それを装甲で跳ね返して、片手で先程とは逆に、駒場の身体を吹っ飛ばす。

 

 

「この手応え、肋骨が超折れているはずですが……」

 

 

「ふん。その程度すぐに治る……心臓を撃ち抜かれようが、死なんよ」

 

 

一番自信のある一撃だが、大男は何事もなかったように立ち上がる。

 

駒場利徳、半蔵が口にしたその名はかつての<スキルアウト>の統率。

 

<グループ>――一方通行に殺された話は、同じ暗部の絹旗も聞いている。

 

死んだはずの駒場がここに現れ、砕いたはずの手応えと結果がズレている。

 

考えられるとすれば、

 

 

「まさか、<肉体再生(オートリバース)>! あなた、能力者に―――」

 

 

だが、絹旗の答えは、否定される。

 

 

「違うな。……私の頭ではこの力を、完全には理解していない。所詮は、サポートがなければ使えない借りものに過ぎない……だから、能力使い」

 

 

その頭に付けたヘッドフォンを意識するように駒場は言う。

 

 

「言ってる事が、超分かりませんけど!」

 

 

再び絹旗が接近。

 

窒素で手首を捕まえて、更に強く力を加え―――握り潰す。

 

恐ろしい圧力、それはまるで万力で締め上げられているようで、一瞬で手首が練り飴のように引き千切られそうになる。

 

 

「全身を超粉々にすれば、関係ありません!」

 

 

続け様に、絹旗は駒場の両腕を引っ張りながら、その腹を足場にして、小柄な体格を生かしての逆上がり―――爪先でその頭を蹴り上げにきた。

 

上半身をスウェーさせるが、しかしそれでも顎を掠り、視界がふらつく。

 

もちろん、それだけで絹旗の攻撃が終わるわけもなく、蹴り足をそのまま、より窒素を纏わせ、踵落としのように振り下ろされる。

 

更に体を後ろに反らそうとするも、両手はがっちりとロックされては、それさえも叶わない。

 

かろうじて、頭を横に傾け脳天直撃だけは避けたが、肩の肉を鎖骨ごと抉られる。

 

 

「……全く、容赦がないな」

 

 

砕かれた顎の骨もすぐに修復。

 

だが、この少女と近接戦は、やはり分が悪い。

 

仰け反らした反動を生かして、片足を食い込ませて無防備になっている絹旗に、勢いよく顔面を叩きつけるヘッドバットを喰らわせる。

 

生憎上品な戦いができない駒場のやり方は、肉を切らせて骨を断つの喧嘩殺法。

 

 

「あそこから動けるなんて本当に超不死身ですね!」

 

 

「それでも痛みくらいあるさ」

 

 

<窒素装甲>を貫通するほどの衝撃に、絹旗は窒素の万力を、封じていた駒場の両手首から解放し―――体勢を立て直した後、再度飛びかかる。

 

あのランドセルを背負った金髪ツインテールの少女を除き、今まで己より体格の小さなものとやり合った事のない絹旗は、むしろ大男の方がやり易い巨大殺し(ジャイアントハンター)

 

大柄な相手を倒すのはまず足元を狙う。

 

鎌のような足払いを食らわせ、身体が宙に浮いたかと思うと、

 

 

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!

 

 

 

超連打。

 

大男の体幹を和太鼓のように破壊的な拳による苛烈な連撃を叩きこんで、肋骨という肋骨が、周囲の肉ごとぐしゃぐしゃに砕く。

 

そして、床の凹みで型を取るほど潰し切ると絹旗はバッと離れて、

 

 

「結局、これでお終いって訳よ」

 

 

その背後から持ち直したフレンダが携帯ロケット弾を放つ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

肋骨骨折、内臓破裂、出血多量―――修復。

 

 

 

ひどく、世界は緩やかだった。

 

スローモーション。

 

それは駒場の意識よりも速く走り、駒場が意識するより速く完了した。

 

死の淵から這い上がった駒場は、致命傷であるほど、何も考えられない状況の方が回復は早い。

 

自分の頭で能力を満足に扱えない駒場は、自分で、<肉体再生>を統御するのではない。

 

統御しやすいように、“思考を空にして預ける”。

 

<自分だけの現実>ではない、<他者からの幻想>により、この力は成り立っている。

 

本当に死にたいのなら、今ここで、この彼女と繋がったヘッドフォンを外せばいいのだろうが、まだその時ではない。

 

無意識領域の演算処理速度は、意識領域の演算処理速度を大きく凌駕しており、自分が倒された、と絹旗が離れ、駒場が意識した時にはすでに肉体の修復は完了していた。

 

痛みを感じないわけではない。

 

胸を砕かれ、背中まで突き破られた激痛の余韻が駒場に脂汗を流させている。

 

しかし、今、幻痛に気を取られて喘ぐなど余計な事をする余裕はなく、彼の身体は跳ね上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――な、に……!?」

 

 

爆発の噴煙の中から浮かび上がった巨体の影に絹旗とフレンダは目を見張る。

 

 

「……第1位と対峙して生き延びたんだ。お前達の拳でも、小細工にも、この俺は殺せない」

 

 

言葉足らずに、少しハッタリを利かせたが、これは事実だ。

 

<アイテム>のリーダー麦野沈利の第4位よりも上の第1位の話は当然、絹旗とフレンダも知っている。

 

刃向った相手を意にも反さず叩き潰したその『悪魔』が殺したのに殺せなかった例外が、自分達に倒せるのだろうか。

 

 

「関係ありません。殺してダメなら、超殺す」

 

 

「結局、私らに降参の二文字はないって訳よ」

 

 

片や拳を構え、片やツールを構える。

 

駒場はひっそりと息を吐く。

 

例え不死身の身体を持っていようが、こちらにも彼女達を倒す術などなく、また、ああ言った子供と対決するのは暗部であろうが正直気が引ける。

 

脅して退けば万々歳だったのだが。

 

中々どうして、こういう時にこの子供にはすぐに泣かれてしまう強面の面相が役に立たないのか。

 

しょうがない、また痛い目を見るか、と駒場もまた徹底抗戦の構えを取った―――その時、

 

 

 

「駒場のお兄ちゃんを苛めないでお姉ちゃん!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(絹旗とフレンダ、随分と派手にやり合っているようね)

 

 

麦野沈利は階段を上りながら、耳をすませる。

 

建物の振動から、戦闘の激しさは伝わる。

 

あの二人に対して、麦野はこれといった心配はしていない。

 

こと近接戦に限って言えば、絹旗は麦野でも敵わないだろう。

 

フレンダも調子に乗り過ぎるての慢心が不安要素だろうが、最年少ながらも冷静な絹旗もいるし、フレンダも暗部の人間だ。

 

例え何人束になろうが<スキルアウト>程度に負けるはずがない。

 

けれど、滝壺はそうはいかない。

 

滝壺はサポートしかできない、そして、その<能力追跡>を使うたびに精神は削られる。

 

<体晶>に特効薬なんてないし、ほっとけば、勝手に自滅する。

 

そんな足手まといな滝壺を背負って逃げる浜面の足は、ゆっくり移動しても捕まえられるくらいに遅いだろう――――と、そんな余裕を掻き消す気配。

 

 

ドドドドドドドドッ!!

 

 

「―――ッ!」

 

 

麦野は周囲を見回す。

 

いきなり建物が地震と間違えるほどに烈しく震えた。

 

天から落雷の如き、空を引き裂く轟音とともに足元から強烈な縦揺れが突き上げてきて、麦野は反射的に階段の手すりにつかまる。

 

フレンダも言っていたがこの建物は爆弾でもそうそう滅多に崩れないほど堅固な構造をしている。

 

解体困難なこの建物全体を揺らしたのは一体―――

 

 

「……なっ……」

 

 

それに気づいた瞬間、麦野の喉から乾いた呻き声が漏れた。

 

天井を突き破って麦野の前に現れたのは、巨大な『獣』の姿だった。

 

頭部から角を持ち、身の丈5m以上もある、御伽噺から湧き出たような獣―――そう、『鬼』だ。

 

その腰からコルセットのように装着され、伸びる4本の金属質だが毒虫のような節足を支えにし、短めだが逞しい後肢で立ち、その腕は長く太い。

 

そして―――

 

 

「……見、つけた……」

 

 

『獣』の太い首の後ろからは、裸の少女の上半身が生えていた。

 

血のように真っ赤な瞳の、女の子が。

 

 

『Level5序列4位、個体名『メルトダウナー』発見。タダチニ殲滅スル』

 

 

そして、制御盤でもある蠢く4本のアームから機械質な死刑宣告が響いた。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「一方通行さん!」

 

 

『ひこぼし2号』によるテロを、地上アンテナを破壊する事で防いだ後に、またも起きた不測の事態に外壁周辺へ移動中のこと。

 

声をかけられた白髪赤眼の少年がそちらに振り向くと、そこには敵組織に潜入して出られなくなったはずの、海原光貴がいた。

 

 

「なンだテメェ、生きてたのかァ?」

 

 

「随分と酷い言い草ですね」

 

 

音信不通で、助けに行く気もなかったがこうして目の前に現れたのだ。

 

無視するわけにもいくまい。

 

側に着地した一方通行は何気なしにその顔に目を細めながら、電極のスイッチを通常に戻し、現代的なデザインの杖をつく。

 

 

「テメェがどこで油売ってたかしらねェが、こっちは急いでンだ。ジャミングされてンのか管制からの要請が途中で途切れたが、どうも外周部付近が騒がしくてな」

 

 

「ええ、そのことで一方通行さんに話があるんですよ」

 

 

ん? と一方通行は眉をひそめる。

 

 

「とりあえず詳しい話は移動しながら。申し訳ありませんが私を連れて、今すぐ第11学区の外縁部へ急ぎましょう」

 

 

 

つづく


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