とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 午後休みの疑念

閑話 午後休みの疑念

 

 

 

???

 

 

 

一人の若人が、魔導師の工房の門戸を狂ったように叩く。

 

 

「ぼくには力が、力が必要なんだ。『マーリン』―――よ! 戦いから生き残るための、騎士団の為の……いや、ローマ正教の為の力。こんな剣でも鎧でもない、才能あるもの共を這いつくばらせる圧倒的なモンスターな力。それを造れるのは『マーリン』だけだ」

 

 

魔導師は薄く笑う。

 

この青年、無造作に結ばれて馬の尻尾のように細い背中に垂れている美しい金色の髪、深い緑色の瞳は、かつて、己が造った作品のどれにも負けず劣らぬ、それ以上の才覚を発揮した無窮の騎士と同じ容姿をしているが、そのあり方と才能は全く受け継がれていない。

 

その末裔の優秀な血筋は既に絶えたも同然のその身に、その贅肉が付き過ぎて膨れ上がった名家の尊厳はさぞ重かろう。

 

 

最終兵器(アーサー)を! 人造人間(ガウェイン)を、超えなくてはならないんだ! お願いだ。戦火を駆け抜ける最強の騎士の力を僕に! 『マーリン』よ!」

 

 

くっくっと笑う。

 

愚かなる貴族よ。

 

権力と野心に歪む、美しき狂人よ。

 

最硬の剣で足りぬというのならば、教えてやろう。

 

才の代わりに得たその財だけが貴様の力なのだ。

 

子孫末裔まで遊んで暮らせ、死後も極楽へ行けるほどの免罪符を買えるほどの財産は何と眩い。

 

それでも才が欲しいというのなら、その財と名誉を払うが良い。

 

その身に奴らと同じように文字を彫ってやろう。

 

無から有など造れぬ、この世のすべては等価交換。

 

当然の義務だ。

 

 

「い、いやだ。僕はそうならないために怪物が欲しいんだ。死にたくない。失いたくない。貴様、騎士団の顧問なんだろう! だったら、僕の望みを叶えろよ!」

 

 

生憎、何も払わない小坊主のためには働きたくない。

 

そして、騎士団の召使いではなく、実験台との契約対象だ。

 

だが、そのあまりにも人間らしい欲を買ってやってアトバイスはくれてやろう。

 

己の持つものを失いたくないというのなら、力を持つ子供を女に産ませ、その子供を使うが良い。

 

それは正真正銘、貴様が造り出した財産だ。

 

そう、貴様の栄誉ある貴族の種と女の特別な血統の―――

 

 

 

 

 

ビル

 

 

 

「―――で、本当にコイツが僕達<必要悪の教会>を一人で脅かす協力者なのかい? だとしたら、僕は君に眼科へ行くように勧めなければならないのだが」

 

 

「ステイルさんは優しいデスねぇ。でも、ご安心を。この目、体共に健康体デスマス」

 

 

「違う! こんな雑魚に君は手古摺ったのかと言いたいんだ!」

 

 

ビットリオ=カゼラとの戦闘後、武器を破壊され、地べたに転がる襲撃者を見下ろしながら、同僚のテオドシアをステイルに凄む。

 

 

「い、いえ、『協力者』はもっと美人で素敵な女性デスよ、本当に」

 

 

「もしかして、君だというオチじゃないだろうな? 君の術式は全て『宝』がキーワードになっている。しかし、それがこの部屋のどこにも見当たらない。となると、この僕から“隠している”事になるのだけど」

 

 

「……エヘヘー」

 

 

この憎らしい誤魔化したアラフォーの顔は、黒だ。

 

異端尋問官としての勘が間違いないと言っている。

 

それにたとえ冤罪だとしても、調子に乗っているこいつをぶちのめせる理由なら構わない。

 

 

「疑わしきは罰せよ。哀しい、僕は哀しくて胸が張り裂けてしまいそうだがしかしこれで君を遠慮なくぶちのめさないとまずい大義名分が手に入ってしまった訳だがいやいやどうしよう僕は悲しみのあまり少々前後の文脈がおかしい発言をしていないだろうかあははははは!!」

 

 

襲撃者のビットリオは気を失っているため、口を割らすのは後回しでも構わない。

 

そう、こいつの拷問の後に。

 

 

「う、うぎゃあ!? こっ、心にもない台詞が満載デス! 私、あなたの恩人デスよ! さっき助けなかったら一発もらってたじゃないデスか」

 

 

「だったら、いい加減に『背信者』の正体を教えろ! さもなくば、焼く」

 

 

ビュン、と炎剣を一度振って、ステイルはテオドシアへ突き付ける。

 

だけど、彼女は答えようとはせず、

 

 

「いやー、聞かない方が身のためデス。これは私の問題デスマスので」

 

 

何故、庇う。

 

『背信者』は英国全土を巻き込むほどの危険人物ではないのか?

 

そして、英国はテオドシアの子供たちが住む場所。

 

自分が、あの子にこの街で平和で暮らしてほしい、という思いと同じはず……

 

ともあれ、最低でも捕獲、危険であれば即刻処分する他ない。

 

だがその時、迫り来る気配を感じ取って、2人は眉をひそめた。

 

迷うことなくその場で炎剣を魔力の根源―――ビットリオの胸元に光る杯へ、投擲する。

 

だが炎剣は虚空で爆発し、その一振りに掻き消えた。

 

目にも留らぬ早業で閃いた、槍の仕業である。

 

 

「申し訳ございません。この体、魔力の扱いに不慣れ故に、『人払い』の効果に抵抗(レジスト)するためにビットリオ様の魔力を使わせてもらいました」

 

 

倒れたビットリオを庇う位置に現れた瞑目する白金の少女を前にして、ステイルはただ舌打ちするしか他になかった。

 

その纏う空気は、その少女の体躯に似合わず、そこに転がっている三流と同じではない。

 

やはり、仲間がいるのなら拷問などせずにこいつを始末しておくべきだった。

 

動揺するステイルの前で、彼女は両手に持った槍を片手に持ち替えて、一見無防備に見える挙措だが、開かれた氷のような眼差しで見据えられた途端、

 

 

「「っ!?」」

 

 

寒さを、感じた。

 

真冬に近づいているとはいえ、まだ秋なのに異様な寒さ。

 

この部屋に外からの冷気は吹き込まないというのに……!

 

 

(何だ、この寒さはっ……!?)

 

 

ステイルは前の仕事をしていたシベリア、マイナスの氷点下の中でも、これほどの寒さを感じることはなかった。

 

指先が凍えたように、微動させることしかできない。

 

 

「本来の使い手ではないからか? まだ動けるとは―――が、今ここで貴様らを串刺しにするのがどれほど容易いか、判っていような?」

 

 

ぞくりと皮膚が泡立つ。

 

その華奢な体に似合わぬほど強烈に、穏やかな切り口とは裏腹に、瞬時に闘気が高まる。

 

このままだと、死ぬ。

 

ステイル=マグネスは1秒にも満たない時間の中で頭をフル回転させる。

 

神父の目は刃のように鋭く、口元には狩人のような笑みを浮かべ、

 

 

轟!! と。

 

室内に複数の火柱が噴き出した。

 

 

「―――ッ!」

 

 

先の戦いで貼り付けたラミネート加工のカード。

 

タロットが『外から力を喚び込み、護符に集約させる』ものなら、ルーンは『刻んだ文字の内に秘めた力を拡散させる』。

 

ステイルの魔術は『ルーンのカードを大量に配置し、そのフィールドの中で最大の効果を発揮する』ものであり、もうそのルーン文字と言う溝に己の魔力が注ぎ込まれているのなら、例え遠く離れて移動する無人バスだろうと指一つ動かすことなく十分に焼き尽くせるだけの力を発揮できる。

 

しかし、

 

 

「甘いわ! 『ランスロット』隊が一番槍、『パルツィバル』の聖槍は炎さえも打ち払う!」

 

 

あの時と一致するその武練の冴、

 

あの時と同じように炎が払われ、

 

あの時と同じ個所を槍に貫かれ、

 

 

 

ドス! と腹を突かれた。

 

 

 

「ぐふっ―――」

 

 

ステイル、そして、テオドシアさえも呆気なく、体に穴を開けられ沈み込む。

 

鋭くて重い、どちらが先に穿たれたと分からないほどの、高速の二連突き。

 

これがあの時から久しく、忘れていた本当の強者の力と技。

 

興醒めなほど正確で、無味乾燥なまでに容赦が無い。

 

ただただ己の弱さを確認させられる熾烈な一手。

 

そして、ステイルはあの時の敗北の幻像(ビジョン)に、その精神が支配される。

 

あの時、狂乱された意志に見逃されていなければ、死んでいた。

 

その生き延びた、引き延ばされた命の根を今日ここに刈り取られる。

 

その騎士の幻影が、その蒼き双眸がステイル=マグヌスに集中し、その意識さえも固められていき―――そして、意識を外されたもう1人が動き出す

 

 

「ステイル、まだあきらめたら駄目デース!!」

 

 

止めを刺されようとしたその時、細かい粉末が少女の蒼氷眼にぶつけられる。

 

それに組み込まれた術式は<ラティの錐>。

 

元々は粉末ではなく、主神オーディンが人間界にある特殊な酒を盗む際に、岩の壁に穴を開けるために使った錐。

 

難所へと忍び込む、または脱出するためのお守りとして機能する。

 

これを粉末にして携帯する事により、いつ死の淵に追い込まれようと、必ず相手を怯ませて、脱出、起死回生の一手を打てる。

 

 

「くっ、この眼に煙はっ!」

 

 

そして、粉末の煙幕は少女――『パルツィバル』の視界を封じ―――その生じた隙に九死に一生を掴み取る。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

煙幕を払い視界を確保した時には、すでにテオドシアとステイルの姿はどこにもない。

 

異様に引き延ばされた平面空間も、もとの暗いビル内に戻っている。

 

どうやら、彼女の<スキールニルの杖>の術式の効果は完全に停止したようだ。

 

まだ、この体に不慣れな己にとっては気絶した主を守るには難しく、逃げられても、それは敵を追い払った事であり、それで良しとする。

 

何故この少女の体なのかは知らないが、このビットリオはこの街で、“錬金術師”の手に葬り去られ、無念の死を遂げた自分の願いを聞き入れ、新しい器を用意してくれた恩人である。

 

 

「しかし、あの男の目……」

 

 

この容れ物に入れられた魂は、“殉職”する前のものであり、また記憶もあやふやだ。

 

しかし、それを<量産聖杯>は持ち主に都合の良いように、改竄する。

 

<C文書>の効果を取り込んだ杯は、ローマ正教であるのなら絶対であるように、そこに何の疑念も抱かない。

 

元より、ビットリオ=カゼラは己の隊の隊長で―――でも、それは……

 

 

 

―――死ぬのではない―――貴様はこの『ランスロット』隊の一番槍―――ビットリオ=カゼラに槍を預け―――だから……お願い…死なないで…っ! ―――

 

 

 

死の間際、ビットリオに抱えられながら聞こえる声。

 

しかし、まるで古びた映画のコマ送りのフィルムのように記憶に眠る幻像は途切れ途切れで―――ただ最後だけ全く別のコマが貼り合わされたように場面が切り替わり、1人の少女の声が聞こえた。

 

自分は生きたかった。

 

確かに、自分は死の間際に、無念を噛み締め、生を渇望した。

 

今まで多くの人間を殺し、その槍が血塗られているにかかわらず、浅ましくも、ローマ正教の為に、そして“ビットリオ隊長”が本当に己の死を悔やんでくれたから、それに応えようとした。

 

 

 

―――何かが違う……

 

 

 

いや、そんなはずはない。

 

ビットリ―――彼女は、本当に―――

 

 

「この―――無能めがッ! その『魔眼』を持ちながら、どうして奴らを逃がしたッ! それより何故もっと早く来なかった」

 

 

後ろから激しい罵倒が、その思考の一切を振り払う。

 

振り向けば、起きて体を起こすビットリオの姿が、

 

 

「その目でこちらを見るな! 何度も言っておろうが!」

 

 

叱責され、『パルツィバル』はすぐに背を向け、ただ悄然と首を垂れる。

 

望んで欲したわけではないが、この『魔眼』――<氷結青眼(ブルーアイズ)>は元々自分のものではなく、その扱いは難しい。

 

だから、それは抜き身の刃と同じように味方に、ましてや、恩人に向けて良いものではない。

 

 

「それに貴様、勝手に<量産聖杯>とのパスを経由して私の力を使ったな。はんっ、お前の騎士道は死して盗人に堕ちたのか!」

 

 

「しかし、この体、魔術における耐性が低く、ここに仕掛けられた『人払い』を潜り抜けるにはビットリオ様の魔力が必要であり、<量産聖槍(ロンギヌス・レプリカ)>を振るうにも」

 

 

「部下の癖に、しかも生き返させてもらった分際で、口答えをするな!」

 

 

そう言われてしまえば、甘んじて受ける他にない。

 

この男は死の間際の己の願いを叶えさせてくれたのだ。

 

口角に泡を飛ばしながらも吐き散らすビットリオは見境を失くしている。

 

またも若造に惨めな敗北をさらし、大枚を叩いて手に入れた<量産聖杯>で、怪物の『素体』を用意して蘇らせた部下は使えない。

 

持ち前の偏執的な癪性もあいまって、今ビットリオ=カゼラの逆上の程は、もし剣が爆散されていなければ、やつあたりに頭を垂れる部下の、少女を斬首すら危ぶまれるほどの有り様だった。

 

 

「さては貴様―――新たな体を得て、稚気に駆られたのではあるまいな。分かっているだろうが、私が死んだら貴様の魂もまた消えるのだぞ! この身は至上のものと思え!」

 

 

「恐れながら、ビットリオ様……我が槍を存分に振るうにはこの少女の体では不的確でございます……」

 

 

武技は、その魂に、経験は、『盾の紋章』に刻まれてる。

 

しかし、この『魔眼』の一視封殺は強力だが、この体は戦士の鍛えられた身体とは程遠い少女のもの。

 

ビットリオの魔力供給がなければ、満足に槍を振るえない。

 

魔術とはもともと才能のない者の為にあるものであり、自分は特別な才能はないが、元よりそのようなものは不要で、むしろ本来の持ち主ではない自分には『魔眼』は十全に扱い切れず、

 

 

「ほう、この期に及んで我が選定に異を唱えるのかッ!!」

 

 

にべもなくビットリオは一喝し、『パルツィバル』の弁明を封殺する。

 

視界に入れていないが、その視線に感じる妄執なる圧から、彼がこの『魔眼』をどれほど欲しているのかが窺い知れる。

 

 

「私はただあなたと共にローマ正教十三騎士団の誉れある戦いに臨みたかっただけの事。それが、私の心胆曇りなき騎士のあり方でございます」

 

 

「騎士団の事などどうでもいいッ!」

 

 

「ッ!」

 

 

はっ、とビットリオは叱咤を止める。

 

この<量産聖杯>はローマ正教にのみ恩恵を与えるものであり、否定すればその言の効力は薄れてしまう。

 

あの己を捨てた場所に忠を誓う気などありはしないが、反旗でもされ、この傀儡の占有権を手放すのだけは……

 

 

「……騎士団よりも、まずは己の騎士道だ。それが無き者に、ローマ十三騎士団は語る資格などない」

 

 

「はっ……」

 

 

幸い、何も追求せず、その姿を見ている内に、ようやくビットリオは積もり積もった溜飲が下がるのを感じたのと同時、思考も幾分か指揮官としての冷静さが戻る。

 

 

「しかし、お主の発言も一理ある。ここは私が後ろに回り補助に努めよう。今回の任務の相手はなかなかやるようだ。しかし、我が『ランスロット』隊の一番槍である『パルツィバル』の槍を振るえば、あのような者たちなど蹴散らせるはずであろう?」

 

 

「御意」

 

 

あくまで部下の意を汲み取ってやったという意を示さんばかりに横柄に。

 

あの小娘に負けた後、武器を失い、称号持ちの座から落ちた途端、部下の全員は手の平を返して、己を攻め立てた。

 

この怪物に弱みを見せれば、付け上がるに決まっている。

 

 

「ああ……組織なんて、もうどうでもいい」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「人命優先とは、やはり、可愛らしい子供だな」

 

 

死体はなく、灰すらない。

 

もう完全に、向こうは逃亡してしまった。

 

しかし。

 

リチャード=ブレイブは笑みを深めると、上条詩歌が直前に放り出したメダル、全てを燃やす<破滅の枝>による追撃を取り止めざるを得なかった代物に手を伸ばす。

 

 

「これが、<天体観測図>……」

 

 

<明け色の陽射し>を始末できる機会を逸してしまったのは残念だが、リチャードにとって、このメダルは奴らの命よりも重い。

 

<破滅の枝>は『霊装』でも何でも燃やしてしまうが故に、その標的設定は慎重に行わなければならない。

 

今回のこれが焼失してしまったら、自分はもちろん魔術世界でも大損害で、なのに、人の命を優先して、これを放り投げるとは全く危険な真似をされたものだ。

 

高過ぎる攻撃力が今回ばかりは仇となったか、と<天体観測図>を精査するのとは別、もう片方の手にぶら下げられた<破滅の枝>を見て苦笑する。

 

 

「さて、後は……」

 

 

と、その時、連絡が入る。

 

相手は自分と同じ境遇者であり、都合のいい協力者。

 

余計な前置きを挟まず、彼は言う。

 

 

『すまない。標的に逃げられてしまった』

 

 

「<バロール>の眷族、相手がどこに隠れ潜もうと見つけ出せる『魔眼』をお持ちでないのかね。対人戦闘では攻略不能の」

 

 

遠視、透視、暗視の3つが揃い、焦点を合わせた相手の魂を凍らせる力に死角などないだろう。

 

 

『ああ、本来ならな。しかし、この肝心の『霊装』と部下が不良品だったせいか、その力を満足に発揮できていない。ふん、簡単な『人払い』も見破れず、足止めに引っかかりおって』

 

 

調整が失敗したのは彼の実力不足からであり、己の失態を他に、ましてや『霊装』に押し付けるとは、もう、哀れみさえ覚えるほど失笑してしまう。

 

だが、その奴が従える部下、今となっては使い魔だが、それは間違いなく一級だ。

 

流石の<破滅の枝>も、精神を凍らせる『魔眼』の視線を燃やすことはできず、その中身は今や歴戦の騎士。

 

何度か生前に敵として対峙した事もあったが、かの聖槍は炎でさえも打ち払い、煉獄さえも突き通した姿には、冷や汗をかかされたものだ。

 

 

「わかった。恐らく向こうはそのビル内に息を潜めているはずだ。こちらは目当ての<天体観測図>も手に入れた事だし、そちらへ救援に向かおう」

 

 

何かあったらまた連絡を、と言い、通信を切る。

 

 

「ああ、これでようやく……」

 

 

理由は述べられず、ただ、規則だけが最初にあった。

 

 

『リチャード=ブレイブ。貴君の主要術式<破滅の杖>に、『条約』に抵触する恐れが浮上しました。速やかな是正措置を実行するか、不可能ならばその術式を破棄する必要があります』

 

 

弁解は許されず、ただ利潤だけが最初にあった。

 

数多の研究を積み重ね、幾多の実験を繰り返し、工夫に工夫を凝らし、調整に調整を重ねた<破滅の杖>はリチャード=ブレイブの人生そのものと言っても良い。

 

自分にはこれしかない。

 

これを奪われたら何も残らない。

 

そう、何も残らなくても良いほど、<破滅の杖>に全てを賭けてきた。

 

だが、覆らない。

 

イギリス清教上層部から一方的に提示された処分命令は一向に覆らない。

 

だから、憎んだ

 

そして、リチャード=ブレイブの全てが決定的に歪んだ。

 

この<破滅の杖>を振るって止めてきた悲劇は数知れず、敵の屍の山も命令どおりに築き上げてきたというのに。

 

大西洋に防御線を敷き、米国の魔術結社がイギリスへの侵攻を食い止めたのは誰だと思っている。

 

どれほどの恩恵を受けてきたのかと知っているはずなのに。

 

だから、あんな恩知らずな組織なんて地獄に堕ちろ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「………さて、これで大丈夫でしょう。……では、これはお返しします」

 

 

倒れてる<明け色の陽射し>の構成員。

 

『剣』の四には、撤退の他に休戦、また、回復の意味もあり、その内の詩歌の声に反応した1人に、残りのタロットを全て返す。

 

あのリチャード=ブレイブの瞳には暗い炎が灯されており、明らかに彼は私怨で行動している。

 

組織と言う枷が無いのなら、あの男は誰を燃やそうと躊躇いが無いだろう。

 

 

「君は、どうするつもり……だ」

 

 

「止めます。幸い、釣れる道具は持っていますし」

 

 

“本物”の<天体観測図>がある限り、いつか気付けば、すぐにリチャードはこちらを追ってくるだろう。

 

この上着の留め具に利用しているアレキサンドライトのブローチは、<原初の石>という一線を画す『霊装』。

 

錬金術の『賢者の石』の名を模し、最奥の秘儀でもある<黄金錬成(アルス=マグナ)>の参考にもされたもので、自分と世界をお互い区別せず、その境目を幻視することで境界面を新規作成し、その術者の生命力に形を与え、幻想を現実に変えて、想像通りのものを生み出す。

 

生命力を消費し疲れるが、それは少し休めば回復し、材料費はほとんどただ、さらに、その構造を、歴史を、能力を、理解していればしているほど再現性の高く、<禁書目録>の『魔導図書館』に収められし力を解放するための鍵となる。

 

ただそう何時間も形を保っていられるものではなく、優れた並外れた理解力と生命力の両方が無ければ、形だけのレプリカしか生み出せず、実戦にも儀式にも不向きで、普通に『霊装』を用意した方が実用である。

 

満足に扱えるのは賢妹くらい、その彼女も道具を作る際に一時的に必要な器具を用意するかくらいのもので、ほとんど贈り物の飾り程度にしか活用していない。

 

しかし、これで、<幻想投影>に触れた知識で、簡単な形だけの模造品を作るのは他と並行作業しても多少の工夫ができるほど容易い。

 

右手に突き出した五枚のタロットを『ストレートフラッシュ』だと派手に言い切り気を取らせつつ、もう片方の手で胸を押さえる振りをしながら留め具の<原初の石>を隠し、安価で精巧な、相手を迷わせるだけの偽物を作りだした。

 

 

「このおかげで、無事、騙せ果せ、追撃を諦めさせましたが……」

 

 

後は、リチャード=ブレイブが本物に気づくまでに、解決に向かって、事を進めるのみ。

 

もしかしたら気付かずに満足して帰ってしまうかもしれない。

 

<天体観測図>“だけ”が彼の目的ならば、だが。

 

何にせよ、あの<破滅の杖>には対策しなければならない。

 

人の手で造ったものならば、必ず人の手でも対策できるはず。

 

 

「でも、パトリシアさんと連絡……つきませんでしたね。一応、『青坊主』さんに代わりに待っていてもらってますが。でっかいし、目立ちますし。正体は……バレたらまずいですが」

 

 

「パトリシア様―――!?」

 

 

 

 

 

ビル

 

 

 

掃除用具などを入れておく小部屋。

 

テオドシアの霊装の効果は宝の解放と守護であり、その術式を使えば、出入り口のない、部屋そのものが存在しない、対応された『(ルーン)』でなければ『(封印)』を解除できない侵入不可の聖域が造れる。

 

ここならしばらくは時間を稼げるだろう。

 

ステイル達はそこへ逃げ込み、そして、そこでイギリス清教の言う『背信者』と遭遇した。

 

 

「あ、あの大丈夫ですか?」

 

 

歴戦の戦士でも、狡猾な策士でもない。

 

年齢は12歳ぐらいの、たかが穴をあけられた程度で顔を真っ青にする、荒事に慣れていない、普通の小さな少女だ。

 

そこに敵意などなく、恐怖もない、あるのは……

 

 

「テオドシアさん、この人も同僚ですよね!?」

 

 

あるのは、その顔全体に表わされたのは、希望。

 

ステイルは肉体的な負傷からくる痛みとは関係なしに、その場から動けなくなった。

 

どこを頼ったらいいか分からず、だれが敵であるかも無知なくせに、ステイル=マグヌスが異端を排除してきた冷酷なる魔術師を罰する魔術師だと知っていないのに、その処分対象『背信者』が自分であることを知っていないのに―――この少女は疑っていないから、敵意はない。

 

全く自分に牙を剥く可能性を考慮していないから、恐れもない

 

 

「こういう時は救急車ですよね! 私のチャット友達が、この街にはすっごいお医者さんがいるらしいんです!! でも、私の電話はバッテリー切れているし、今のあなた達から目を離すのは心配だし、どうしよう……」

 

 

何より、彼女の台詞からは魔術の気配が一切しない。

 

長い間、魔術師をやっているステイルには、救急車や電話と言った一般的な言葉はただの上っ面だけではないと分かり、そう、それは、本当に魔術を知らない人間が、不自然な事を目の当たりにした時に見かける反応で、その特有の雰囲気だった。

 

 

「……、」

 

 

眉が不審げに動くのを、ステイルは感じた。

 

どういう状況なんだ、と本気で疑問に思う。

 

 

「あ、こういう時の為に、ソーラー充電器を持ってたんです! ちょっと待ってください。今すぐ携帯を復活させて見せますから!」

 

 

そうして、パトリシアは、“外と繋がっていない高窓”に向かって、うーんうーん、と届くか届かないかギリギリに、精一杯爪先立ちしながら電源ゼロの携帯と繋がったソーラー充電器を高々と掲げる。

 

それを見計らってから、自分と同じく傷跡の処理をしていた同僚、この『背信者』の『協力者』に話しかける。

 

 

「テオドシア、これは一体どういう事だ。君は全部知ってるんだろ?」

 

 

「ハッハー♪ 全てを知る者だなんて、インテリ系ラスボスみたいでしょ」

 

 

ステイルは煙草を吸いこむと、その煙をその憎らしい顔に吹き掛けた。

 

 

「ぶっ!? 煙いデスマス!?」

 

 

「なら最初から言えよ!! 一人で内緒にして勝手に悦に入っているんじゃないッ!!」

 

 

「すまんデスした! でも煙ッ! ほら色々と巻き込むのも悪いかなと煙ぅ!?」

 

 

ステイルが顔にかかった長い前髪をかきあげると、テオドシアは話す。

 

『背信者』――パトリシア=バードウェイは将来有望な学者の卵で、専門分野は海洋地質学、複数の企業からも青田買いの意味合いでスカウトされる逸材。

 

 

 

そして、『黄金』系の魔術結社<明け色の陽射し>のボスと、姉妹関係にある。

 

 

 

一応、気付かれないように数名の監視及び護衛が付いているが、パトリシア自身は<明け色の陽射し>とは一切関係なく、無論、重要ポストに就いている悪党わけでもない。

 

彼女も姉がボスである英国で大物魔術結社を単なる“サークル”としか思っていない。

 

それで、パトリシアの身柄が<明け色の陽射し>にとって肉親関係以外で組織的価値のある可能でいが浮上したため、速やかに彼女を拘束し、調査する必要は生じた。

 

ここで何らかの成果を上げれば<明け色の陽射し>の全容を解明し、それによって弱体化、さらには壊滅の足掛かりとなる

 

しかし、このとあるエージェントが提出したイギリス清教の作戦行動に、英国籍を持ちながら、英国の利益となる事を否定した。

 

これは国家に対する立派な『背信』に当たり、よって<必要悪の教会>は彼女を『背信者』として認定し、即刻連行……

 

 

「ふざけるな! まさかこんなのが本当に『指令』だというのか!?」

 

 

「ええ、そうデス」

 

 

テオドシアは吐き捨てるステイルに、自分も同じように憤ったぞ、と同意するように頷く。

 

あの敵味方問わず片っ端から救い上げる『偽善』な兄妹とは違い、<必要悪の教会>に属する、魔女狩りの、魔術師を罰する魔術師は、英国の敵に与える慈悲などない『必要悪』を司る。

 

しかし、それはあくまで『魔術』に関する問題で、人間的な倫理観がないとは言わない。

 

むしろ、一般人を守るために、自分達はその力を振るうのだ。

 

今の今まで『魔術』もオカルトも知らない可能性のある一般人に対し、赤の他人であるにもかかわらず、身体を見たいのでついてきてほしいと言われて頷く女子はいないし、それがなおさら家族を倒すためだと言われれば拒絶して当然だ。

 

パトリシアがこうして孤立している状態から分かるように、護衛の戦力もそれほどなかったのだろう。

 

本当に<明け色の陽射し>がパトリシアに組織全体としての価値を見出していれば、もっと厳重な警戒態勢が築かれていたはずであり、つまり、護衛が付いているがこれは<明け色の陽射し>のボスが妹へ念のためにあてがっていただけなのだ。

 

その上、ここは科学サイドの本拠地である学園都市で、この街の中で魔術と何の関係のない一般人を連れ去ったなどという事態になれば、問題はイギリス清教と魔術結社を超え、下手すれば、魔術サイドと科学サイドの衝突に発展しかねない。

 

であるのに、<必要悪の教会>は、そのエージェントの戯言を丸のみし、彼女に対し、刺客を――つまりはステイル=マグヌスを派遣し、さらにはこの学園都市にまで強襲部隊の増援まで呼び寄せている。

 

 

「なので、あの時、説明が終わった後、実は『背信者』を叩き潰せ、“協力者には気をつけろ”、と本物の指令が届く前に刺客であるあなたを誘き寄せて、もっとも信頼した仲間だと油断させてから後ろからグサっと倒そうとしてたんデスした」

 

 

「ああ、それだったら、嬉しい誤算。いや、今となっては惜しい誤算。邪魔が入らなかったら躊躇なく焼いてたのに。とても残念だ」

 

 

「ええー!? 私を討つのにちっとも心苦しさ感じないんデスか!?」

 

 

こちらを罠に嵌めようとしてよく言う。

 

とにかく、こうして、何の害のない『背信者』を見させてもらって、彼女の話を全て信じるわけにはいかないが、これは『指令』通りに杓子定規で進めて良い、教本通りの作業で解決できる問題ではない。

 

しかし、どんなふざけた内容であっても、正式に作戦行動書として承認されたからには、相手は『イギリス清教の<必要悪の教会>』として完全武装でやってくる。

 

人数でも装備でも不利で、たかが魔術師に国家相手が出来るはずが無い。

 

追手と戦うにしても、作戦行動書を撤回させるにしても何らかの策を練らなくてはならない。

 

あの追手が、三流と、『人払い』も満足に対処できない相手ならこの場所を掴むのは困難だろうが、この作戦行動書を書き上げた黒幕がいる。

 

元より、テオドシアは彼から逃げてきたらしい。

 

 

「で、これからどうするつもりだい、テオドシア。ここまでやっておいて勝算は何もないと言ったら本気で焼くぞ」

 

 

「えへへ。パトリシアは魔術とは何の関係もないから、能力開発しない範囲でなら学園都市に保護してもらっても全く問題ないデス」

 

 

直接的な関わりが無いとは言え、英国でも指折りの魔術結社の身内の人間が、科学の時間割り(カリキュラム)に参加し、能力者になるのは、魔術と科学の政治的な問題が起きてしまうだろうが、亡命というほど決定的ではないなら、学園都市は避難先としては優秀だ。

 

 

「それで、僕達はどうする?」

 

 

「ほとぼり冷めるまでかくれんぼとかどうデス?」

 

 

「却下だ」

 

 

ステイルは思わずテオドシアをどつきたくなったが、今はそうしている場合でもない。

 

やっぱりこんな野郎に関わるんじゃなかったと溜息をつき、

 

 

(……しかし、<明け色の陽射し>なんて大物に手を出すなんて、作戦行動書を提出した奴の狙いは何だ? あの大物のボスは代々冷酷かつ聡明で知られ、僕たちだって何度も苦渋を舐めさせられた相手だ。本当にそこまでして<明け色の陽射し>の突破口を掴みたいのか……)

 

 

どうもこの黒幕の真意が読めない。

 

<必要悪の教会>の連絡係に提出された作戦行動書の目的は建前であり、また本命が別にある。

 

だとするなら、この一般人であるパトリシア個人に何らかの価値があるという事だが……

 

ステイルは口の端で煙草を上下に揺らしながら、頑張って背伸びしているパトリシアに、

 

 

「君はお姉さんから何か聞かされていないか。あるいは、何かを預かっているとか」

 

 

「え?」

 

 

と、振り向くパトリシアは最初きょとんとした顔をしたが、

 

 

「どうして分かったんですか」

 

 

ビンゴ。

 

表情に出すヘマはしないが、内面だけで真剣味を臭わすと、パトリシアはいったん携帯を仕舞い、ポケットの中からゴソゴソと、

 

 

「お姉さんと別れる前に、これを持ってろって言われたんですけど……あれ?」

 

 

けれど、ない。

 

 

「こちらデス」

 

 

でも、代わりににっこり笑顔のテオドシアさんがお目当ての小さな箱を取り出す。

 

 

「えっえっ!?」

 

 

「いい加減にしろ、この四男八女の馬鹿母親!」

 

 

「だってパトリシアに持たせっ放しにしとくと危なかっしくていぎゃああっ!!」

 

 

純粋に仰天しているパトリシアを無視し、今度こそステイルは手くせの悪い同僚を指輪だらけのグーで鉄拳制裁。

 

地面に転がりながら弁明するテオドシアから、ポーンと空中に投げだされた、マッチ箱2つ分くらいの大きさの鉄製鍵付きの箱を片手でキャッチするとステイルはその見ようによってはオルゴールにも見える凝った装飾を見分して、

 

 

「鍵は?」

 

 

「こ、こちらデスごふ」

 

 

瀕死のテオドシアが投げた鍵を受け取り、カチリと小さな解錠音、宝箱の錠を外す。

 

 

「へぇ……それって本当に開けられるんですね」

 

 

と、目を丸くするパトリシア。

 

なに? とステイルが視線を向ければ、

 

 

「いえ、えっと。今まで何度やっても全然開かなくって、鍵穴の中が錆びているのかなって思ってました」

 

 

油を注してもダメで、機会があればファイバースコープで中を覗いてみようかと考えていたのだそうだ。

 

けれど、この通り、ステイル、そして、テオドシアにも開けられたようで、この箱には、中身をテオドシアに触れさせないようにする細工が施されているのだろうか。

 

だとしたら、何故<明け色の陽射し>はこの箱を彼女に渡した?

 

自分やテオドシアがあっさりと開けれたのも気になるし、普通のセキュリティなら外部の人間である自分達が開けられるはずが無い。

 

そもそも<明け色の陽射し>はパトリシアを魔術にも科学にも極端に傾けさせないように遠ざけようとしているのなら、何故こんなものを預けたのか?

 

ふと、『パトリシアは<明け色の陽射し>全体にかかわる組織的価値がある』。

 

けれども、さっきから彼女の行動は演技とは考えにくい。

 

となると、無害な妹にわざわざこの宝箱を渡した理由は。

 

そして、彼女を狙う英国側の思惑は。

 

イギリス清教にしても、<明け色の陽射し>にしても、読めない事だらけで、それを調べるためのヒントがこの手の中にある。

 

そう、このまるで宝石のように赤く柔らかな布に包まれた直径2cm程度の灰色の小石に。

 

 

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

強大な力を持つ<原典>クラスの碑文が示された石碑の元へたどりつくのは一般人にはどう頑張っても不可能だが、この瞬間にも北欧スウェーデンなどでは、ルーンの資料が無造作に突き立ち、世界で最も大雑把に扱われる魔道書の碑文が放置されている。

 

そして、妹、パトリシアに持たせたのはルーンの石板の本場である北欧の平原から遠く離れたアラスカで発見された“未発見の派生分派ルーン”。

 

ルーン文字は一種類ではなく、多くの言語と同じであるように、時代や地域によって日々変化していく。

 

ルーンの標準文字数は24文字であるが、16文字が扱われる所もあれば、33文字も使われる地方もある。

 

ルーン魔術は当然ながら文字の種類によって効果は変わり、アラスカのはとても希少だ。

 

文字に特徴的な偏りがあれば、これまでなかった、もうこれまでのルーンとは別系統の全く新しい形態であると受け取っても良い魔術を発動させる事ができる。

 

その最重要ピースがパトリシアの持つ、魔術的な細工を施し、<原典>特有の自律回復機能を空回りさせるように阻害させ、絶対的な破壊ではなく、意図的な封印にとどめた碑文の欠片。

 

だが、その英国で目下解析中のアラスカルーンの断片的な情報については、そこのシスター、<禁書目録>の中に揃えられており、このままいけばあと数年で糸口が見えるときている。

 

わざわざ自分達に喧嘩を売るような真似をせずとも、“このままいけばだが”、英国はその力を手に入れられる。

 

よって、これは英国とは関係ない、むしろ、バレたらまずい、<禁書目録>を介さずにその知識を欲しがる馬鹿野郎の仕業だ。

 

今回の襲撃者の目的は、我ら<明け色の陽射し>の壊滅というより、この欠片の横取りである。

 

これはあくまで欠片に過ぎないが、<原典>とは本来、酸性雨などの影響を受けて日々摩耗する北欧平原のルーンとは格が違い、どんな方法でも壊れない。

 

例え一度砕いても、いくらでも回復し、欠片という小石のままに、元の未発見とされている派生分派ルーンの石板にまでに戻らないのは不思議なのだ。

 

その本来の回復術式を元に戻すのに必要なのが『ドナーティ彗星』という特別な天体動作で、その法則性を調べるのに彗星が飛来した時の<天体観測図>が必須。

 

この学園都市にある、唯一の現存する<天体観測図>をだ。

 

 

「さて……」

 

 

<禁書目録>から<天体観測図>の制御法を教えてもらったし、アイス棒も尽きたのだが、遅い。

 

実はマーク=スペースと熱血馬鹿な愚兄には内緒に、先遣隊を向かわせていたのだが(そのおかげで何もしていないのに2人は<警備員>から絶賛逃亡中☆)、一向に連絡が来ない。

 

まあ、<明け色の陽射し>とは『大きな計画の小さな歯車』で、そこに自分達の生存は考慮しないのがモットーなわけだが、部下は私が取って来いと命じたら犬のように探し回り、死んでも飼い主である私の元に届けるのが筋であり、つまり、こうして、待たせて、しかもどこかの可愛い女の子と遊び呆けていたのなら………

 

 

 

死刑に値する。

 

 

 

(うん。この前ポルトガルで見つけた、どことなく白ウサギの前脚っぽくていい感じのふわふわグローブ型のマッサージマシン――スーパーふわふわウルトラ可愛いミラクル虐殺肉ミンチ機能付きラブラブプリティ白ウサギグローブの出番が来たか)

 

 

キュートな台詞の中に『虐殺』とか『肉ミンチ』など殴られただけで即死効果が付いてます的な装備だけど、『プロの拷問は不要に人を殺さないように』設定されている――――のとは格が違い『反抗防止用のハッタリ用で、実際に人に使用される事を考慮して“いない”』ものである。

 

とても楽しみだ。

 

思い切って、ギネス記録に乗るような素敵面白愉快な死因を作り上げてみようか。

 

 

(全く、妹の希望と……の顔を一目見ようと思わなければここには来なかったというのに、イギリス清教と争ったり、学園都市で暴れたりしたあげく、<明け色の陽射し>のボスである私が出てしまえば、せっせと努力して築き上げたパワーバランスを崩してしまうかもしれないじゃないか。そのオトシマエはきっちりとつけさせてもらうからな)

 

 

そうして、部屋で待機していた彼女は重い腰をあげ、軽い足りない食材を買いに行くかの調子で、パトリシア=バードウェイの姉で<明け色の陽射し>のボス、レイヴィニア=バードウェイが動き出す。

 

 

 

つづく


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