とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

231 / 322
閑話 昼の騒動

閑話 昼の騒動

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

さんざんだった。

 

上条当麻は重たい息を吐く。

 

戦利品を半分も損失し、脳天めがけて撃たれた。

 

流石の当麻も至近距離で弾丸を回避できることなどできず、けれども、

 

 

(まさかペイント弾とはなぁ……色々と凝り過ぎだっつーの)

 

 

悪戯して(撃って)気が済んだのか、頭を撃たれてふらふら目を回している間に、彼らは去って行った(去り際にあれで気絶しないとはどれほどタフなんだと呟かれた)。

 

それで報復など考えず、ほっと一息ついてしまうのは不幸に慣れた愚兄(決して、訓練されたMだからじゃない)。

 

一人で買い出しをまっとうするのにどれだけのイベントに遭遇するのか知らないが、メタボリックな心配をする必要はないだろうくらいのカロリーは消費している。

 

そして、上条当麻に、新たな問題が立ち塞がる。

 

一難去ってまた一難である。

 

 

「とうま、“今度は”何をやったの?」

 

 

デンジャラスチェックポイント。

 

学生寮のドアを開けるなり、インデックスが放った一言に当麻の全身から脂汗が出る。

 

何せ戦利品は半分も消失しているという事を知られたら、この食欲魔神の怒りの琴線に触れるだろう。

 

噛みつき準備完了いつでもいけますとばかりにうっすらと歯が覗いているのがすごく怖い。

 

ちなみにいつもインデックスと一緒にいる三毛猫は、彼女の頭の上で、『俺の餌買ってきたかー?』と鼻をひくつかせて匂いを嗅いでいる。

 

 

「私は説明してほしいかも」

 

 

脳天から血のように赤いペイント液を垂らしていれば、誰でも気になる。

 

一目見てインデックスが悲鳴を上げずに詰問してくるのは、この愚兄がそう言ったのに常習犯であるからだ(もしかすると血を見るよりもひどいお仕置きを目の当たりにしているせいなのかもしれないが)。

 

 

「いや、色々とありまして……」

 

 

当麻は垂れ落ちるペイント液を手で拭いながら、

 

 

「あーとにかく風呂だ風呂。シャワーでも浴びてすっきりしてー」

 

 

どちらにせよ、まずは頭を洗わなければ。

 

説明はそれから―――と、

 

 

「ちょ、待ってとうま! そっちには……!!」

 

 

インデックスの制止を聞き流して、寝床でもある風呂場の戸を開けた……ら?

 

 

「何ですと―――!?!?」

 

 

女の子が。

 

シャワーを浴びていて裸身状態の金髪白人の。

 

あの愚兄にペイント弾をぶっ放した『ボス』がそこにいた。

 

 

 

 

 

ビル

 

 

 

指定された場所は第7学区の駅の近くにあるまだ完全に内装が仕上がっていないが完成間近な建設途中のビル。

 

そろそろ昼ごろという時間帯になるが、業者の人間が誰もおらず、だけど良く探れば一ヶ所に浅い気配がする。

 

そして、微かな痕跡。

 

この魔術師を罰する魔術師から逃げ隠れする輩も当然いるわけで、そういった相手にも慣れている。

 

あの<追跡封じ>のような逃走専門な相手でもない限り、ステイル一人で十分だ。

 

それにこれは逃亡者のものではなく、身内に場所を教えるためにわざと残したものだ。

 

 

「お、来ましたか。わざわざご足労イタダキありがとうデス」

 

 

「……挨拶は良い。状況は?」

 

 

ステイルのイライラとした調子を受け流すのは同僚のテオドシア=エレクトラ。

 

こちらとは倍以上の40前のアラフォーで、四男八女の子持ちの母親。

 

だからと言って、この不良神父が年上を敬い、対応を変えることなどはしないけれど。

 

 

「それはこの資料(データー)をみてくだサイ」

 

 

彼女の腕に提げたバスケットから手渡されたのは、小さなマッチ箱。

 

おそらく、またメインとなる術式を変更したのだろう。

 

テオドシアは多才なのか飽きっぽい馬鹿なのか、北欧神話の魔術を基盤に、髪型を変えるようにコロコロと短期間に扱う術式を変えている。

 

おかげでこちらは仲間であるはずなのに、テオドシラの術式の癖や特徴を掴み切れていない。

 

あえて言うなら、こちらを子ども扱いするようにからかうお調子者だという事くらいだ。

 

 

「今回は何と童話仕様。マッチに火を点けると、メルヘンチックに幻像資料(ビジュアルデータ)が映る! どうよこれマッチ売りの少女っぽいデスしょ!? ですが、ド不幸ぶりなら私の方が自信がありますデスよ!?」

 

 

ついでに付き合うのが面倒なくらいに凝り性だ。

 

一体この子持ちで家庭円満な母親が、最後はカチンコチンに凍え死んだ幸薄なヒロインを演じるなんて、蔑んでほしいのか、それとも、哀れんでほしいのか。

 

もし、今の発言をどこそのホスト野郎に聞かれればキレていただろうが、ステイルもまた心の底から鬱陶しいし、自分から不幸不幸と口にする輩は、いつか爆ぜてほしい愚兄だけで十分だ。

 

しかし、それでも仕事はしっかりしているようで、試しに小さな箱から取り出して、火付けの側面にマッチ一本を擦ると、その火の中から確かな幻像が浮かびあがる。

 

かなり多いデータを丁寧に丁寧に、細かい所まで気を配ってまとめてあるようで、ふむふむなるほど―――と、マッチが燃え尽きた。

 

 

ジュッ、という小さな音がマッチ棒の先を摘まんでいたステイルの指先から響く。

 

 

「熱ァあっ!?」

 

 

慌てて投げ捨てたマッチを靴底で踏む。

 

炎を扱うのが得意だが、危うく指が火傷するところだった。

 

 

「えへへ。映像データは40分ほどあるマス」

 

 

だけど、この小さなマッチ棒が40分も保つはずがない。

 

夏場の蚊取り線香ではないのだ。

 

なので、

 

 

「へへへー。でも、ご安心をデスよ。次のマッチ次のマッチ! 火傷しても気にしたら負けデスマス!」

 

 

……ああ、こいつをぶちのめせる大義名分が見つかればいいのに。

 

この数ヶ月、あの間抜けな日本語を使う上司や笑みが厄介な管理人の片割れ、さらには自分のルーン技術を教わるのではなく、盗むためになんちゃって弟子入りしてきた魔女三人衆などに、振り回されつつあり、女という生き物が超法王級以上に大変扱いが難しいのをよくよくに思い知らされているステイル=マグヌス14歳。

 

ここにきてまた一人、しかも見た目も中身も遥かに年上が追加されるとは、今年はどうやら女難である。

 

 

「だったら、君がやれ。これは元々、君のものだろう? だったら、そっちの方が扱いには慣れているはずだ。火傷など気にせず存分にマッチを擦るがいい」

 

 

「ええーっ!? 女の子に危険な火遊びさせマスなんて、英国紳士の片隅にも置けませんデス」

 

 

「40前の子持ち女が何を言う。僕に笑ってほしいのか。どっちでもいいが黙ってやれ」

 

 

ギロッ、とステイルの恐喝に、テオドシアは指先をフーフー冷ましながら幻像に込められたデータ全て消化するまで合計30本のマッチを消費。

 

涙目の四男八女の母親がグタグタ文句を言うが、そんな戯言は完全に無視し、ステイルは今回の『仕事』について、確認する。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「これは『タロット』、ですね」

 

 

カード型護符(タリスマン)のデッキに触れる。

 

『愚者』、『魔術師』、『女教皇』、『女帝』、『皇帝』、『教皇』、『恋人』、『戦車』、『正義』、『隠者』、『運命の輪』、『力』、『吊された男』、『死神』、『節制』、『悪魔』、『塔』、『星』、『月』、『太陽』、『審判』、『世界』といった22枚の役からなる<大アルカナ>と、

 

『棒』、『杯』、『剣』、『盤』の4種で、1種がエースから10までの数字の札と、従者、騎士、女王、王様の絵札(コーンカード)の14枚で、計56枚からなる<小アルカナ>の2系統あるカードで、トランプの原型とも言われる。

 

そして、詩歌が拾った(奪った)のは、その内の<小アルカナ>で、人によって使い方は多々あるが、この4種を基に、『火の棒』、『水の杯』、『風の剣』、『土の符』が作れる象徴武器(シンボリックウェポン)

 

とある『黄金』の魔術結社の解釈では、<大アルカナ>は『カバラ』における各セフィラ、<王国(マルクト)>、<基礎(イェソド)>、<栄光(ホド)>、<勝利(ネツァク)>、<調和(ティファレント)>、<剛毅(ゲブラー)>、<慈悲(ケセド)>、<理解(ビナー)>、<智慧(コクマー)>、<王冠(ケテル)>、<知識(ダアト)>を直結させる『小径(パス)』で<生命の樹(セフィロト)>と関連付けられてもいる。

 

<小アルカナ>は、数字で『何と言う現象がかかわるか』を示す。

 

一は、<王冠>―――根源である地水火風の各エネルギーそのもの。

 

二は、<智慧>―――エネルギーが持つ方向性。

 

三は、<理解>―――変化・発展し、エネルギーが形を持つ最初の段階。

 

四は、<慈悲>―――寛容な精神と動きのない状態で、形成物を保持する段階。

 

五は、<剛毅>―――極めて厳しい精神と不安定な状態で、完成された状態から一歩踏みだすために、<慈悲>とは相反する形成物の破壊の働き。

 

六は、<調和>―――<慈悲>と<剛毅>の調和、理想的な美しい状態。

 

七は、<勝利>―――本能的な作用、心的な反応、内向性要素。

 

八は、<栄光>―――理性的な作用、知的な反応、外向的要素。

 

九は、<基礎>―――<勝利>と<栄光>の要素を併せ持つあと一歩の、不完全。

 

十は、<王国>―――場が飽和状態に達し、具現の段階。

 

絵札は、『誰という人物が関わるか』とその属性を示し、

 

従者は、『土』。

 

騎士は、『風』。

 

女王は、『水』。

 

王様は、『火』。

 

そして、数字絵札と種類の各組み合わせごとにそれぞれ札は意味を持っており、上手く場が揃えば、<天使>を召喚できるとも言われている。

 

<禁書目録>を先生に文字に意味を宿す『ルーン』や地脈・風水の流れを知る『陰陽道』、そして、<天使の力>を制御する『カバラ』などあらゆる魔術の基礎を学んでいる詩歌もある程度扱い方を知っている。

 

彼らはこの場に<天使>の力を顕現させる儀式場を作り上げようとしたが、逆に<幻想投影>の『干渉』で制御権を奪い取り、結果はご覧の通り。

 

不審な男たちは全員気を失ってしまっている。

 

 

「一撃必殺は怖いですが、一番に怖いのは不意打ちです。詩歌さんに触れて、理解させるだけの時間を与えたのは間違いですね」

 

 

相性が良かった、と詩歌はタロットカードを適当にシャッフルしながら、さてこの男達をどうしたものかと様子を見るとそこに、手の平大のメダル……そう、彼らが盗んだものだ。

 

 

「これは太陽を中心に据え、外に黄道12星座の紋章……天体を表わしているのでしょう。だけど、何故、魔術の霊装が、科学サイドの学園都市に……もしかして、彼らは……」

 

 

何をするにしても、まずは情報、と。

 

インデックスに電話をかけて、意見を聞こうかと考えた所で、

 

 

 

「すまないね。それをこちらに渡してもらえるかな?」

 

 

 

背後から声がかかった。

 

振り返れば、10m以上先に1つの人影。

 

黒いコートの男だ。

 

歳は20くらいの長身の白人で―――その手に、無造作に西洋剣をぶら下げている。

 

詩歌はそれに少し目を細めながら、

 

 

「詩歌さんは、裏に隠れて盗み聞き、武器を手にした見も知らぬ名乗りも上げてない人間は信頼しないようにしています」

 

 

「そうか。すまない。英国紳士としてあるまじき失態だ」

 

 

と言いつつも、西洋剣は手放さないが、自己紹介。

 

 

「私は、リチャード=ブレイブ。<必要悪の教会>の一員。君の知り合いである禁書目録やステイル=マグヌスと同僚だ。今回はそこにいる魔術結社の人間を見れば分かると思うが、実はこの学園都市で魔術的なトラブルが生じていてね………」

 

 

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

「………うむ、実は学園都市で魔術的なトラブルが生じてしまってね。多少の尽力を請いたいんだよ」

 

 

あれから番犬(外敵ではなく家主に噛みつく)のインデックスさんの『かみくだく』を食らっている間に、着替え終えた彼女は“元々”此処へ用が有ったのだと話してくれた。

 

だとするなら、さっきのあれやこれは何なんだと言いたいが、それは単に彼女のドS心がくすぐられたが故の行為であり、つまりは、

 

 

『運が悪かった(てへっ(ハート))』

 

 

と言うわけで一件落着(ふざけるな By愚兄)。

 

そろそろシリアスパートに入りたいので(ドッキリとはいえ拳銃で撃たれたのはシリアスではないのか?)、不幸な愚兄の抗議は横に置いてから、

 

 

「イギリス清教第零聖堂区<必要悪の教会>。彼らの叡智の要たる<禁書目録>にね」

 

 

ついでの熱血愚兄はとにかく、インデックス。

 

『魔導図書館』との異名をとる彼女はその頭に10万3000冊の<原典>の知識を収めており、そこから解決方法を導き出すものである。

 

 

「……相談の内容次第かも」

 

 

彼女もまたその知識の重大さを知りえるからこそ、扱いには慎重。

 

相手が誰であれ助けを求められれば話は聞くが、そこから答えを教えるのはまた別問題だ。

 

 

 

「―――“ドナーティのホロスコープ”」

 

 

 

ハッ、とその言葉にインデックスは反応する(愚兄もまたものすごく不幸な予感を察知した)。

 

<禁書目録>としてはもちろん、その言葉は魔術師にとって、聞き捨てならぬ代物だ。

 

 

「―――『ドーナティ彗星』……19世紀半ばに観測された大彗星の事だね」

 

 

『ドーナーティ彗星』。

 

2000年を超える周期で地球に近づく稀有な彗星。

 

 

「そ、我々が欲しているのはその<天体観測図>」

 

 

そして、そこから魔術的な影響を計算するのに必須なのが<天体観測図>。

 

 

「……そんなモノが現存してるなら占星学的な価値は計り知れないかも。まさに天文学的」

 

 

<禁書目録>としてだから言える事だが、世の中には知らない方が良い知識があり、また扱いを間違ってはならない知識もある。

 

彼女はそういったものを防ぐためにもその知識を振るうのだ。

 

 

「元々こいつは魔術側のご先祖が所有していたんだけど、転々と入手を渡った挙句に辿り着いたのが―――」

 

 

―――この学園都市。

 

 

<天体観測図>は魔術世界では大変な資料であり、本来は魔術サイドにあるべきもの。

 

けれども、科学サイドの人間は『考古学的資料だ』とか、『返却には応じない』などとの一点張りで、交渉に応じてはくれない。

 

このままだとリアルな戦争に発展しかねない。

 

 

 

「だから、その前に<天体観測図>を、回収してほしい」

 

 

 

 

 

ビル

 

 

 

―――テオドシア=エレクトラは『背信者』を追っている。

 

―――追い込みの途中で、『背信者』はこの学園都市へ逃げ込んだ。

 

―――ちょうど手の空いたステイルが近くにいたので追撃の協力を求めることにした。

 

―――『背信者』が具体的にどんな裏切りをしたのかは、テオドシアも知らない。

 

―――ただ、『背信者』は英国にとって大変危険な存在らしい。

 

―――このままでは、9000万人のイギリス国民の身に危険が生じる可能性がある。

 

―――また、『背信者』には護衛がおり、それがなかなか厄介でテオドシア1人では少し手に余る。

 

 

 

これが(ステイルではなくテオドシアの)指を焦がしてまで手に入れた今回の『仕事』の情報。

 

ステイルはため息をつく。

 

ここから察するに相手は魔術結社で、面倒な相手だ。

 

イギリス清教のイメージからすれば、魔術結社は犯罪集団。

 

例えるなら銀行強盗を行う際に、『計画を練る者』、『武器を用意する者』、『銀行を襲う者』、『お金を運ぶ者』、『お金を洗う者(マネーロンダリング)』などなど、役割分担するだろうが、それと同じように、成り立ちこそ千差万別だが、資金や技術の提供から表社会の保証まで様々な役割分担がされているのが特徴だ。

 

また、暗黙の了解として、<対立職業(ジョブカウンター)>という存在、コンピューターウィルスが蔓延すればセキュリティソフト業界が活性化するように、人を殺す魔術結社がいれば、人を護る魔術結社もいて、術式による無償の救助活動を謳う魔術結社が現れれば、『彼らに余計なカリスマ性を与えるのは危険だ』として妨害を行う魔術結社が登場する……こうして、魔術業界には天秤の傾きを失くすように対立する敵が存在し、無秩序に拡大しては再び淘汰されてを繰り返している

 

だから、わざわざイギリス全土を脅かすような『背信者』に力を貸すような相手だとするのなら……

 

 

「しかも、その協力者は1人だけデス」

 

 

「……たった1人?」

 

 

単独で魔術師を罰する魔術師(ネセサリウス)を圧倒する相手。

 

 

「それはよほどの大物だな」

 

 

「ええ」

 

 

こくこくと、テオドシアは笑顔のまま頷いてから、

 

 

「何せ、私が―――「見つけたぞ、『対十字教黒魔術(アンチゴットブラックアート)』」―――へ?」

 

 

威風堂々と胸を張り、白いコートに身を包み、西洋剣を手にした男が現れた。

 

ステイルはとっさに飛び下がろうとしたが、それより早く、迫る男はかの伝説を模造品を振り落とした。

 

 

 

「薄汚いハイエナどもよ! この<量産湖剣(アロンダイト・レプリカ)>の錆となるがいい!」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「………そういうわけで、渡してくれるかな、その<天体観測図>を」

 

 

リチャード=ブレイブは、そう言って、詩歌に手を差し出す。

 

英国でも指折りの魔術結社、<明け色の陽射し>。

 

かつて英国にはあまりにも強大な魔術師たちが集い過ぎたが故に、たった数年で実質的な活動を終え、その後の内紛で自己崩壊してしまった、世界最大の魔術結社。

 

その後、崩壊した結社の欠片達は独自に発展、進歩を遂げ、無秩序に分化しながら今日まで存続している。

 

いわゆる『黄金』系と呼ばれる結社群で、<明け色の陽射し>はその中でも有数の魔術結社。

 

彼らは目的のために手段を選ばない事で有名で、その過程でどれだけの屍が築かれたか、数を聞いた者はプロでも絶句する逸話まであった。

 

そして、そのボスは代々冷酷かつ聡明で知られ、<必要悪の教会>に何度も苦渋を舐めさせた相手。

 

その突破口としてこの<天体観測図>が必要であり、速やかに調査し、<明け色の陽射し>の全容を解明し、それによって弱体化、さらには壊滅への足掛かりとなる。

 

 

「ふむふむ」

 

 

詩歌はただタロットカードのデッキをシャッフルする。

 

メダルはリチャードの手に乗せず、その上着のポケットに入れたまま。

 

 

「君が、我々<必要悪の教会>と友好を結んでいる事は重々知っている。この科学の街で<禁書目録>を管理しているのは感謝している。だから、協力してくれないか? ああ、ただその<天体観測図>をこちらに渡してくれるだけで良い。後の事はプロである私に任せてくれたまえ」

 

 

上条兄妹が、イギリス清教のメンバー、インデックス、ステイル=マグヌス、神裂火織、ローマ正教から亡命したオルソラ=アクィナスにアニェーゼ=サンクティス、ルチア、アンジュレネ、天草式十字凄教の建宮や五和などと多くの面々と個人的にも繋がりがあり、またフランスアビニョンでは助けに来てもらっている。

 

三沢塾や<大覇星祭>、<アドリア海の女王>と言った事件にも共に協力して、事件解決に取り組んだ。

 

だとするなら、<必要悪の教会>は彼女達の味方であり、またトップである<最大主教>、ローラ=スチュアートも『良き隣人を』と言っている。

 

だから、ここは自分に従うのが正しいはずだ。

 

ここで<必要悪の教会>のリチャードに逆らうことそれ即ち、彼女達への裏切りであり、今の話を聞けば<明け色の陽射し>がどれほど『悪』であるかも、一部で賢者と持て囃されている彼女がそれを分からないはずがない。

 

元より善良な人間であるあの兄妹は、恩の貸し借りに仁義を重んじ、仲間との絆を無条件で信頼している。

 

 

「ほうほう……これは面白いですね」

 

 

山札を切るのを止めて、一番上の札を捲る。

 

詩歌が捲った一枚を見ると、軽く笑ってそのカードを飛ばし、リチャードはそれを指で挟み取り、彼も見る。

 

そのカードは、『(ソード)』の『(キング)

 

石の椅子にかけた王が、右手に剣を持ち、左手を握りしめ、訪れるものを真正面から見据えている。

 

このカードが示すのは、『強い意志を持った知的な壮年男性』、『正義感の強い人物』などを表す。

 

 

「これは、信じてもらえた、と見ても良いのかな?」

 

 

つまり、このタロットを使った裁定で、詩歌と接触したリチャード=ブレイブは、決断に責任を持ち、発言と行動に筋と意思を通す、冷静で頼りがいのある男性。

 

信頼に値する者だと認めてくれたのだ。

 

 

「ええ、その結果を信じましょう」

 

 

リチャードは―――所詮は子供、と裏の顔でほくそ笑み―――手を再度差し出した。

 

 

「リチャード=ブレイブ。あなたは信頼できません」

 

 

しかし、詩歌はすぐにそう言うと右手を伸ばし、リチャードの顔を指差す。

 

 

「ええ、これは奇しくもこのタロットの結果と詩歌さんの感と一致しました。占いも偶には良いものですね」

 

 

「何故だ? これは『剣』の『王』……!」

 

 

指を差されたリチャードは、訝しむように片眉を上げつつ投げ渡されたタロットカードを見せつける。

 

 

「はい、私が見たのは『剣』の『王』――――その“逆位置”です」

 

 

クスリ、と詩歌はからかうように笑う。

 

 

「『剣』の『王』は確かに信頼できる人物でしょう。でもそれは正位置での話。逆位置だとするなら、『理論武装が過ぎる、プライドが高い、独断と偏見でものを言う、暖かみが感じられない男性との接触』、また、『自己都合で権力を濫用し、独裁的な人物』など表します。ふふふ、今の西洋剣を手にするその姿にぴったりです」

 

 

詩歌は小アルカナのデッキを2つに分け、扇状に広げ、罪人を裁くように断言。

 

 

「あなたは、信頼できない」

 

 

魔術師を罰する魔術師相手との交渉に、波風を立てる詩歌

 

しかし彼女の言葉には、揺るぎない確信が込められていると感じた。

 

リチャードは悩むように黙っていたが、しばらくして笑みを浮かべ、

 

 

「……こいつは参ったな」

 

 

リチャードは教師が意固地になる生徒をあやすような声で、

 

 

「そんなたかが占いの結果で偏見を持たれては困るよ。<必要悪の教会>と敵対するのはあまり好ましくないだろう? お願いだから良い子にしてくれないか? ここで<天体観測図>を渡してもらわないと私は君と対峙しなくてはならない」

 

 

対し、詩歌は教師の間違いを指摘するように、

 

 

「良い事を教えてあげます。私は<必要悪の教会>に所属するインデックスさんや火織さん、ステイルさん達を仲間だとは思っていますが、<必要悪の教会>の味方になった覚えはありません。学園都市の現地スタッフ、イギリス清教に馴らされた犬だと考えているなら無礼ですね。今すぐ訂正するといいでしょう。まあ、信頼はしてませんが信用はしているその<最大主教>が、あなたのような不躾で舐めた真似を部下に寄こすとは思えませんけどね。最低でもこちらに接触する人物の選定くらいはしてもらわないと評価を下方へ修正しなければなりませんが」

 

 

「なるほど。これはこれは訂正しなければならないな」

 

 

リチャードはハハハと笑い、西洋剣を握り直すと、

 

 

「交渉など生温い。ここは君を華々しく散らしてから手に入れるとしよう」

 

 

轟!! と逆位置の『王』の『剣』が炎に包まれる。

 

その表面に刻まれた『souwul』、『gebo』、『kenaz』、『ansuzu』、『laguz』、『uruz』などの複数のルーンが発光する。

 

文字列を強引に読むと『sgkalu』―――意味は『魔術を使って太陽を得た松明』。

 

 

「『剣』を取るとは、本性を現してきましたね、リチャード=ブレイブ」

 

 

「一点だけ訂正させてもらおうか。こいつは剣ではないのだよ、“枝だ”」

 

 

これは剣ではなく、枝。

 

そう、北欧神話では最も有名な枝。

 

 

 

「世界樹の幹に火を放って全てを焼き尽くしたといわれる、最大級の炎の枝。―――<破滅の枝(レーヴァティン)>だ」

 

 

 

悪神ロキが造りし、神々の戦争の終末に大地の全てを一瞬で焼き払った巨人スルトの災禍の枝。

 

その伝承通り、無造作に一振りするだけで瞬く間に周囲を紅蓮の輝きに染め上げた。

 

 

 

 

 

ビル

 

 

 

「なに……ッ!?」

 

 

ガシュッ!! と<量産湖剣>が空振りした。

 

ステイルの手前を通過しただけだった。

 

彼は移動していないのに、何故かその位置が後ろにずれていた。

 

いや、位置だけではなく、空間自体が広がっている。

 

この部屋は照明の落ちたビルの一室であり、いかに広く造っていようと建物のサイズは限られており、周りはまだ未完成と言う事から建材などゴチャゴチャしたイメージが強かった。

 

しかし、気付いた時には、前後左右のどこを見回しても、地平線の向こうまで平面が続いている。

 

床はタイルで、等間隔に丸い柱が並ぶ、構成するパーツ自体はビルのものだが、明らかにこの空間は一室どころか建物全体よりも広い。

 

 

「助かった、テオドシア。君は変人だが、腐ってもちゃんと<必要悪の教会>の一員だったな」

 

 

そして、後ろには儚く揺れるマッチを手にしたテオドシアの姿が。

 

まるで彼女のマッチの光で闇が遠ざかっていくように空間の広さが変わっているのだ。

 

 

「え、ええ、イヤー、エヘヘー、スゴイデスしょ」

 

 

褒めたのに何故か微妙な笑み(何かを誤魔化すような怪しい)を浮かべるテオドシアは、マッチを擦り、まるで、手榴弾でも放るように男へと投げる。

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴン!! とマッチ棒が勢い良く爆発。

 

薄闇に包まれた平面空間が、一気に明るくなり、阻む爆炎防壁(ファイヤーウォール)が出現。

 

1つだけでなく、射線を作るように、2つ3つ4つと等間隔で爆発は連なっている。

 

彼女は新たに擦ったマッチをその爆炎防壁の表面に突き刺し―――すると、まるでドミノ倒しのように、複数の爆炎は方向性を得て一気に襲撃者の男へ襲いかかる。

 

 

「舐めるな、私は『ランスロット』だぞ!」

 

 

竜をも斬り裂いた<量産湖剣>に魔力を注ぎ込んで放たれた衝撃波は爆炎防壁のドミノ倒しを突き抜け、そのままテオドシアへ―――だが、彼女の顔に緊張はない。

 

 

「無駄デスよ。私にそいつは届きマスせん」

 

 

彼女の手にはマッチ箱。

 

それを、チャカチャカ、と軽く振ると、それだけで強烈な突風が吹いた。

 

これは魔術的な意味のある烈風で、炎の障害に勢いを殺された渾身の一撃を吹き飛ばし、襲撃者を遠くへ転ばせた。

 

 

(随分とバリエーションの豊富な術式だな……)

 

 

さらに展開される爆炎防壁に突き抜ける突風が襲撃者を防戦一方に追い込む。

 

それを見てステイルは小さく笑った。

 

空間を引き延ばし、

 

間合いを遠ざけ、

 

爆炎を作り、

 

向かい風を生む。

 

このマッチ棒から繰り出される術式は初めて見るものばかりだが、その全ては相手を遠ざけるための防御術式だ。

 

おそらく北欧神話とアイスランドの術式の組み合わせ。

 

そのマッチ棒が示すのは、9回打てば相手の“魔”術の制御“法”を奪って、封じる呪いをかけられる“杖”―――『魔法の杖(ガンバンディン)』で有名な<スキールニルの杖>。

 

豊穣神フレイの使いであるスキールニルは、何としてでも主であるフレイの求婚を拒み続けたゲルドを強引にでも娶るために、フレイから自動で巨人さえも倒せる『勝利の剣』と炎の壁さえも飛び越える『赤輝の馬』をお供に、宝として守られていたゲルドの元へ馳せ参じ、『魔法の杖』で彼女を『主と婚約しなければ魔術を奪う呪いをかけるぞ』と脅して説得させた。

 

その4つのルーンの刻まれし『霊装』、<スキールニルの杖>の本来の役割である『奪う』に、文字と配列を独自のパターンに最適化するように、アイスランドにおける炎―――宝を守るもの、つまりは、防衛用―――が示す『守る』の役割も加えることで、『(ゲルド)を奪う杖』であり、『宝を守る炎』という面白い組み合わせになっているのだ。

 

ただ、それはあくまで『宝』がいることで効果を発揮できるものなのだが……

 

 

「まあいい。今はこいつを仕留めるとしよう」

 

 

若干14歳にして、現存するルーン24文字の完全解析に加え新たに文字を6つも生み出したルーンを極めた魔術師、ステイル=マグヌスは同僚テオドシアの<スキールニルの杖>の術式の解析し、その癖を掴むと、その長身から振り下ろす分厚い靴底で、上から炎を踏み潰した。

 

 

「ぶごっ! まさかネタバレしちゃってマス!?」

 

 

「ふん。こんな付け焼刃など、禁書目録の助けを借りずとも、ルーンのエキスパートである僕なら簡単に看破できる。ああ、“たった一文字で踏破できる”」

 

 

不自然にも、まるで路上に煙草を踏み潰してその火を消すように<スキールニルの杖>の爆炎防壁をかき消し、そして、ステイルは当然の如く火傷を負った形跡もなく無傷。

 

これは先の伝承に出てきたように、『スキールニルがゲルドに会うためにその街の周囲に張り巡らされた莫大な炎を克服するために『赤輝の馬』で飛び越えた』、を使っている。

 

ステイルの靴底には魔力を通した己の血で記した『騎馬(ehwaz)』のルーン。

 

それが『赤輝の馬』の役割を果たし、『宝を守る炎』に隠された解除キーを強引にこじ開けたのだ。

 

今対峙しているあの並みの魔術師程度ならば、<スキールニルの杖>の防御術式で主導権を取れるだろう。

 

けれど、北欧神話の主神オーディンは、『本来のルーンは、場所と状況に遭った最高の一文字を刻むことで最高の力を得るもので、手当たり次第に刻めば良い物ではない。つまりは量よりも質』と語る。

 

故に、いくら数を揃えたところで、明確に相性の悪い天敵を倒せるはずがない。

 

ステイルと言う魔術師を罰する魔術師は、相手の弱さに期待して戦術を練るのではなく、己の持ち味を生かした戦術を探る。

 

 

「まあ、そこにいる三流の相手には十分通用するけどね」

 

 

所詮は防御術式で決定打が足りない。

 

だから、ステイルが動く。

 

 

「こっ、の、イギリス清教の若造が、一度ならず二度も私を愚弄するとは……ッ!」

 

 

炎の壁に囲まれ逃げ場を失った男は、突如その炎の壁を踏破してきたステイルに、悔しそうに歯軋りするが、その西洋剣を掴む手が震え出す。

 

力の信奉者は、自分以上の力には屈する以外の術を持たず、あの時とは違い施術鎧による<天使の力>のバックアップがない今、彼は彼自身の力でこの天才魔術師を撃退しなければ活路は開けない。

 

 

「残念だが、僕は三流の相手にしてきたことは覚えてないんだよ、出来の悪い『ランスロット』」

 

 

「貴様っ!!」

 

 

その挑発に、殺意に満ちた一喝が飛ぶ。

 

己より遥かに若輩の魔術師が簡単に攻略した事は、己を付け焼刃の魔術にすら翻弄される三流だという事実を突き付けるもので、剃刀のようにプライドを切り刻む。

 

その屈辱がより一層、心の内の怒りを煽り立てるのである。

 

元ローマ正教十三騎士団『ランスロット』ビットリオ=カゼラは、歴戦の騎士であり、こんな若造に笑われて良い者ではない。

 

彼の剣は竜さえも断ち切り、無双の騎士団を指揮すれば、千の軍勢をも討伐する。

 

仇なす魔術師は恐れ慄き、畏敬と共に死に至らしめるべきなのだ。

 

振り上げた<量産湖剣>、主の心中に応えるが如く荒ぶる暴威の魔力を集中する。

 

しかし、それよりも早く、ステイルの右手から飛び出す炎で構成される摂氏3000度を超す赤い剣――炎剣。

 

 

この手に炎を(G A S T T H)その形は剣(T F I A S)その役は罪(T R I C)

 

 

それが左手にもう一つで合わせて二つ。

 

いつのまに彼の周囲の床や柱にラミネート加工されたカード―――ステイルの力の源でもあるルーンが何十枚も貼り付けられている。

 

この枚数が多ければ多いほど、ステイルの魔術の威力は増す。

 

 

「くたばれ、贋者(フェイク)

 

 

<吸血殺しの紅十字>の炎剣の二刀流で、渾身の衝撃波を一太刀で相殺し、もう一太刀で<量産湖剣>を爆散した。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「これはなかなか便利なものでね? 使い勝手の良さでは英国でも指折りだという自負はあるのだよ」

 

 

耐火性に優れているはずなのに、学園都市製の地面のアスファルトや壁のコンクリートが、あっという間に火炎に包まれ、燃えていく。

 

まるで薄い和紙に火を点けたかのように、建材そのものが灰になる。

 

これはただの火力では説明が出来ない。

 

主神の槍(グングニル)』と同格の北欧神話最強の武具<破滅の杖>。

 

その本物であるはずがないだろうが、その名を刻むほどの自信を見せる『霊装』。

 

 

「対して、タロットはだいたいが大規模な儀式魔術。元々が迅速な行動を求められる実戦向きではない上に、儀式場さえも焼き払うこの<破滅の枝>との相性は最悪だ」

 

 

上手く使えば、勝負を一撃で蹴りをつけられるタロット。

 

しかし、そのためには儀式上を作らなくてはならない。

 

詩歌がタロットを飛ばし、自分に有利な場を作ろうとするも<破滅の杖>はその地形ごと護符を溶かし尽くす。

 

 

「随分と躾のなってない炎ですね。食い意地はってお腹を壊しても知りませんよ」

 

 

全てを平等に燃やし尽くすというのなら、その処理機能を上回る数で仕掛ける。

 

簡易的に手間を省いて、かろうじて、前から火矢のような『火の棒(ワンド)』、左右から円舞する『水の杯(カップ)』、上から流星落ちる『風の剣(ソード)』、下から突き上げる『土の符(ペンタクル)』と包囲網攻撃を仕掛ける。

 

 

「健気だな。数で押そうとしても無駄だ」

 

 

しかし、リチャードは鼻で笑った。

 

ドォ!! という低い音を立てて迫る<破滅の枝>が生み出す炎の海。

 

その灼熱の脅威が、火を、水を、風を、土を、本来なら焼く事の出来ない物をまるで虫食いのように焼け落とす。

 

薄いビニールの膜を、裏側から炎で炙ったように。

 

水でさえも蒸発せず、まるで紙か何かのようにメラメラ焼却される。

 

ほんの数秒圧し留める程度の時間稼ぎにしかならない。

 

本能的に、分かる。

 

いくら数を揃えようと根本的な所で<破滅の枝>は攻略できない。

 

防火も耐火も関係なし、薄い壁に厚い壁も平等に焼く相手に、防御を上乗せしても意味がない。

 

 

「引いた役は『ストレートフラッシュ』。食べ過ぎ注意。破ると思わず、吐き戻し(リバースし)ちゃいますよ」

 

 

それでもリチャード自身の傲慢が故に時間は稼げた。

 

詩歌は扇状に5枚のカードを展開する。

 

 

「『剣』の<栄光>。汝の輝きを灯せ」

 

 

『剣の八』、物事に対する邪魔、壁、錘の象徴。

 

生み出された風の壁が<破滅の枝>の炎を数秒でも受け止め、さらに燃え尽きる前に、詩歌は『剣の八』を上下逆さまに提示―――そう、逆位置だ。

 

防御のために使われた象徴が先程までの意味から反転し、外側へ拡散していく力は攻撃のための剣と化す。

 

そして、それは<破滅の枝>の炎を纏っている。

 

 

「『剣』の<勝利>。汝の輝きを灯せ」

 

 

『剣の七』、愚かな計画、内部の敵、失敗、盗難、裏切りの象徴。

 

吹き荒ぶ風はその持ち主から制御権を奪い、炎風のベクトルを変える。

 

さらに、

 

 

「『剣』の<調和>。汝の輝きを灯せ」

 

 

『剣の六』が示すのは、困難の克服、逆境からの脱出、帰郷、移転の象徴。

 

その大気の厚みがさらに膨張し、焼却までの時間を稼ぐ。

 

 

「ほう、タロットの連続使用で重ねて強くするのか。面白い」

 

 

だが、リチャードも動いていた。

 

手首を使って<破滅の枝>の軌道を―――だが、それを読んだかのように。

 

 

 

「『剣』の<剛毅>。汝の輝きを灯せ」

 

 

 

『剣の五』が示すのは、失敗、破壊、損害、不利、無効、復讐の象徴。

 

しまった、と思った時にはもう遅かった。

 

『カバラ』とは<天使>さえも御してしまうほどの制御魔術。

 

制御奪還に失敗して、逆にたずなを離してしまった。

 

その破滅の炎を内包した『風の剣』はリチャードの足もとに着弾した。

 

彼の地面に火を点けた。

 

そして、<破滅の枝>は全てを平等に焼き尽くす。

 

この条件が導き出す答えはすわなち、

 

 

 

リチャード=ブレイブの自爆。

 

 

 

強力な武器であればある程、その使い方を誤れば、自滅する危険が高い。

 

だからこそ、

 

 

 

パォ!! と言う爆風と共にリチャード=ブレイブは炎の海を弾き飛ばした。

 

 

 

「良い反撃だった……」

 

 

その衣服は所々が焼けていて、黒い染みのような溶けた繊維がその皮膚にこびり付いている。

 

それでもリチャードは無事だった。

 

コンクリートやアスファルト、火、水、風、土でも、油を塗った和紙のように焼き尽くす炎を受けたはずなのに。

 

 

「だが、タロットとは使い捨ての術式。今のでその切り札は使い切ってしまった。後は灰になるしかないのだよ」

 

 

しかし、

 

 

「なーァる♪」

 

 

しかし、詩歌の表情にあったのは恐怖ではなく、突破口を見つけた時の確信の笑みだ。

 

 

「うん。下手をすれば我が身も危険を伴う『霊装(ぶき)』を、あなたのような人が安全策(セーフティ)もなしに使うはずがありませんからね。とりあえず、これで実証はできました」

 

 

「虚勢を張るものではない」

 

 

リチャードは首を横に振りながら遮る。

 

 

「最後の策が失敗した。つまり結末は見えているのだよ」

 

 

ゆっくりと頭上に掲げられた<破滅の枝>。

 

変化が起きた。

 

巻き起るのは今までの炎の海の比ではない。

 

火と火と集まって炎の塊となる前の、膨大な火の粉の渦。

 

それらはタンポポの綿毛のように風に乗って―――

 

 

 

「『同系統五連(ストレートフラッシュ)』です。4枚で終わりではありません。まだとっておきの『三十六計逃げるに如かず』へと続いてます」

 

 

 

その前に、詩歌が掲げていた“五枚”の護符の最後の一枚が光る。

 

 

「『剣』の<慈悲>。汝の輝きを示せ」

 

 

『剣の四』が示すのは、逃走と追放、一時の休戦の象徴。

 

タロットは全てが均一ではなく、強さが札の数字の大きさに比例するものでもない。

 

扱う属性が同じ、数字が同じだろうと、他の札とは物理的に表れる力は違うため、各カードで発動できる術式もそれぞれ変化する。

 

つまり、一つのデッキにその効果は一度きり―――だが、タロットに捨て札は存在しない。

 

『ストレートフラッシュ』―――つまり、八、七、六、五、そして、四までで形成された儀式場が、今の攻防の間に詩歌の望む属性と方向性が簡易的にだが完成していた。

 

場に敷かれた枚数で、その効果を高めるルーンと同じ。

 

儀式場の効果で効果の高まったその護符に光が灯った途端、詩歌と、その背後にいた気絶中の<明け色の陽射し>が虚空へと消えた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……何もないじゃねーか? 運転手は?」

 

 

「逃げてしまったようですよ」

 

 

「……ですね」

 

 

<天体観測図>回収部隊の上条当麻と、軽く輸送車を弾いて、スリップさせた少女の部下のマーク=スペースが来て、後部ドアを開けて見れば、その中はもぬけの殻。

 

事前からの情報で、輸送車の特徴や車体番号も確認した。

 

間違いかと思いたかったが、残念なことにそんな余裕はない。

 

 

「やべっ、<警備員>!?」

 

 

「もしかして行動が読まれて……ハメられましたか……!!」

 

 

もしかして、情報が間違っていたのか。

 

それとも第三者がやってきたのか。

 

どちらにしても、

 

 

「ちくしょうっ!! 逃げろっ!!」

 

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。