とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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幻想編 上条詩歌復活作戦

幻想編 上条詩歌復活作戦

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

「……ちゃん。……ようございます」

 

 

白く心地いい眠りの中に柔らかい声が聞こえる。

 

朝日の中で小鳥がさえずるような、優しい響きは、頭を甘く痺れさせ―――

 

 

「……ちゃん? うん……」

 

 

―――この声は……もっと聞いていたい……

 

 

あー、俺今どうなっているんだろう。

 

何だか天国いるような気分だ。

 

 

「うん? ……えっと、あの……」

 

 

夢見心地でたゆたっていると、柔らかなハミングが聞こえてきた。

 

 

「~~♪ ~~~♪ ~~♪ ~、~~~♪」

 

 

まるで子守唄のような……ああ、気持ちいい、また眠気が……

 

 

「……すぅ……」

 

 

「ああっ……寝ちゃ駄目っ、お兄ちゃん!」

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 

「おにい……ちゃん……早く起きないと……しちゃうよ」

 

 

―――その声は、少し熱がこもっていた、と思う。

 

 

「………」

 

 

「駄目……でも、やっぱり詩歌は……」

 

 

漏れた吐息が、熱い。

 

息遣いしか、聞こえない。

 

気配が、一歩分近づいてくる。

 

以前の、寝起きドッキリと比べれば、何と幼稚だ。

 

けれど、身体は固まったままだった。

 

 

「……ありがとう……お兄ちゃん」

 

 

頬に湿った感触が、押し当てられた。

 

一瞬だけ。

 

一瞬だけだけど。

 

 

 

起きる機会を逸してしまったんだと思う。

 

 

 

「―――ッ! わ、私……」

 

 

ハッと少女は我に返る。

 

 

「ちょ、朝食の準備、してきます!」

 

 

 

 

 

 

 

「ん……朝か」

 

 

完全に気配が消えてから、上条当麻はゆっくりと目を開ける。

 

そして、天井に目を向け、そっと自分のほっぺたに手をやり、

 

 

 

 

 

「流石に気付くだろ……ホントに、詩歌は……」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あやしい……あやしいんだよ」

 

 

台所に立ち、料理を教えつつ朝食の支度をする当麻と詩歌を見て、インデックスがぼそっと言う。

 

 

どきっ、と。

 

 

ただでさえぎこちなくやり取りしていた当麻と詩歌の、2人の顔面がぴしっと固まる。

 

 

「な、なんのことかなー、インデックス。朝食はまだだぞー」

 

 

ぎぎぎ、と音がしそうなほど強張った首を曲げ、インデックスを振り返る。

 

インデックスは振り返った当麻と詩歌の顔をかわるがわるじーっと覗きこんだ後、また言う。

 

 

「とうまとしいか、何かヘン」

 

 

「へ、変って何がでせう?」

 

 

心に疾しいものを感じているせいか、思わず口ごもる。

 

 

「色で言えばピンクかも」

 

 

ピンク……と呟き、ピンク色に頬を染める詩歌。

 

 

「ピンク色がもやもや~んしてる感じ。兄妹でピンク色なんて、ヘンなんだよ」

 

 

た、確かにピンク色―――かどうかはともかく、微妙な雰囲気は醸し出しているかもしれないのは自覚している。

 

例えば………

 

 

『ここで塩の分量は大体こんなモンでな』

 

 

…………(どきどき。どきどき)

 

 

『おーい、詩歌ー? 聞いてるかー?』

 

 

『えっ! きゃっ!』

 

 

『あ、わ、わりぃ! 急に近づいたらびっくりするよな……』

 

 

『……あ。い、いえ! こっちもごめんね! そ、そんなことないけど……その、どきどき……いえ、ちょっと考え込んじゃって』

 

 

『そ、そうか……』

 

 

『ええと、それで、その……もう一度教えてくれる? お兄ちゃん』

 

 

とか。

 

隣で共同作業してるので当然肩や指先が触れる事もあり、

 

 

『『あっ……』』

 

 

『……』

 

 

『……』

 

 

お互いひたすら無言で赤くなって固まってしまったり。

 

仕方なく、何となく少し離れた位置で料理するようにしても、詩歌が気になってちらっと見たりして……

 

 

『あっ』 『あっ』

 

 

詩歌もちょうどこっちに目を向けた所で、慌てて視線を逸らしたり。

 

うーむ……

 

ま、まあ、起床の一件がある訳だし意識してしまうのは―――いや、当麻さんは寝てました!

 

とにかく。

 

 

「そ、そうか? 当麻さんとしては、清廉潔白、爽やかなグリーンミント、って感じなんだけどな?」

 

 

誤魔化す当麻をインデックスはじとっと目を細め、

 

 

「むしろ、やましい感じなんだよ。不潔な感じ、って言っても良いかも」

 

 

うぐ。

 

曲がりなりにもシスターの言葉は厳しいなぁ。

 

 

「な、何を言ってるかなー? 当麻さんも詩歌さんも、手はちゃんと洗ってるから全然不潔じゃないぞー?」

 

 

話を逸らそうとしても、インデックスの向けられる目はさらに冷たくなっていく。

 

 

「そういう問題じゃないんだよ。……本当に、主に仕える修道女(わたし)の前に清廉潔白だって誓える?」

 

 

今、インデックスは笑っている。

 

ただ、その貼り付いたような笑顔がどことなく怖いです。

 

……考えすぎかもしれないが。

 

 

「―――ああ、誓える」

 

 

“いつも通りの顔”でそう言うと、訝しむ前に力技で誤魔化す。

 

 

「わっ、いきなり何するんだよ、とうま!?」

 

 

そう。

 

昨夜の妹を説得した高い高いで―――

 

 

「ねぇ、とうま。言っておくけど、私、ちゃんとした少女なんだよ」

 

 

「あ、あれ、そうでせう? 体形的には詩歌が小学低学年の頃と大差ない―――って痛ぁ!?」

 

 

ガブリ、と高い高いからの脳天噛み砕き。

 

 

「もーーーっ!! 私は一人前の女の子で、幼稚園児じゃないんだよ!!」

 

 

そして、女の子を持ち上げながら、その女の子に噛まれると言う奇妙な状態に陥っていると、ちょんちょんと服の裾を引っ張られる。

 

ガシガシと噛みつかれながらも振り返ると、そこにはなんだか少し不満そうな詩歌がいて、

 

 

「ん? どうした詩歌?」

 

 

「えっ、あれ何で……その……今は詩歌との時間―――じゃなくて、料理を作らないと!」

 

 

と、詩歌自身が、その手を掴んだ事自体に、驚いているようで。

 

赤くなって言うその顔は、どこか拗ねているように見えて―――

 

 

……もしかして、嫉妬してるのか?

 

 

―――そう思った時、ぎゅっとまた心が掴まれた気がした。

 

 

 

 

 

公園

 

 

 

朝食後、詩歌は通院で、インデックスがその付き添いを買って出てくれて、当麻は学校へ補修。

 

出来れば、詩歌の面倒を見たかったが、学校生活も疎かにできない。

 

寝ずに看病するためにサボったのなら、なおさらだ。

 

そう言う訳で、いつもの面子(土御門と青髪ピアスの三大馬鹿(デルタフォース))と一緒に駄目な子ほど面倒を見たがる小萌先生の授業に参加(病院から連絡が言っていたらしく、無断欠席についてはお咎めなし。だけど、その分、補修の量は増えたが)。

 

その後、携帯を見るとメールが届いていて―――公園に着くと手にヤシの実サイダーを持った御坂美琴が待っていた。

 

 

「メールで鬼塚から聞いてきたが、何の用だ?」

 

 

「えっと……その……どこまで聞いてんの?」

 

 

「御坂がここにいるから来いってだけど」

 

 

恨めしそうな顔になった美琴が、盛大に溜息をつく。

 

 

「……もうちょっと説明してくれても……」

 

 

「何だ厄介事か? 夕飯を準備しなきゃならんし、詩歌たちの迎えに行かなきゃいけねーから、あまり付き合ってやる余裕はねぇぞ。河原で勝負なんて絶対にゴメンだぞ」

 

 

「しないわよ! ああもう、別にそんなに面倒事じゃないわ。実は昨夜、詩歌さんの件で陽菜さんが考え出した作戦があって」

 

 

「なるほど、そういう話か。だけど、それなら何でメールでも何でも教えてくれなかったんだ」

 

 

「そういう人でしょ、あの人は」

 

 

その点を期待する方が間違ってる、と美琴は再度溜息をつく。

 

 

「それで、どんな作戦なんだ? こうしてここに呼ばれたっつう事は御坂と二人で何かやれってことなのか」

 

 

「ええそうね。けど、絶対に勘違いすんじゃないわよ。ええ、絶対に」

 

 

ずずいと鬼気迫る表情で睨まれ、当麻は思わず一歩引いてしまう。

 

 

「お、おう」

 

 

「その、ね……陽菜さんが言うには、私がアンタとデ、デートしろと」

 

 

「……はあ?」

 

 

「あ、アンタと大人のデートすることで、詩歌さんを刺激しろって! 言っておくけど、これは陽菜さんが提案した事よ!」

 

 

「大人って、おまっ……中学生相手にできるはずがねーだろ。一体何がどうなってそんな話になってんだ」

 

 

美琴は、あくまで陽菜さんの見解で、と前置きしてから昨夜の一件を話す。

 

今の上条詩歌が最も強い執着を示すのは、兄である上条当麻。

 

それを利用して、大人の手本を見せれば、刺激されて早く元に戻りたい、と。

 

 

「あのなぁ……詩歌がそんなことするとでも思うのか?」

 

 

あの学園都市に来て以来の親友が言うなら一考する価値はあるかもしれないが、ぶっちゃけてあまりそうだとは頷けない。

 

 

「陽菜さんは、子供の頃の詩歌っちなら絶対に食いついてくるって譲らなかったわよ」

 

 

美琴だってこれはやむを得ず引き受けた事。

 

何て言うか、ご愁傷様な訳だが……

 

 

「なあ、常盤台って馬鹿なのか?」

 

 

「アンタにだけは言われたくないわよ! っつか、アンタは今の現状を本気で理解してんの!? 常盤台(ウチ)お嬢様(学生)が男子寮に男と二人っきりで泊まってるってのは妙な誤解を招くのよ! 家族だってのも知らない人ばっかだし! どんなことしてでも一刻でも早く、元に戻って帰ってきてもらいたい訳! 詩歌さんがどれほどの影響力を持ってるか知らない訳じゃないでしょ!」

 

 

一応、インデックスもいるのだが、それを言うとまた話がややこしくなるので止めておく。

 

だが、妹の人気を当麻は良く知っており、今の話でいう危機感には共感できる。

 

もう、昔と違って、兄妹仲好く泊りがけで遊んでます、なんて言い訳は通じないのだ。

 

 

「分かった。なんかもう変な噂が収集のつく内に何でもいいからやらざるを得なくなってる訳で、そのために御坂が耐え忍んでくれるという事か……まあ、すまん」

 

 

「クッ……ご理解いただいて何よりだわ。ええ、今回は詩歌さんの為に。私だってこんなの効果があるかどうか、半信半疑というか一信九疑だけど……これ以外となると女王(アイツ)に頼る破目になりそうだし」

 

 

とりあえず、当麻達は彼氏彼女のフリをして、映画館に行けば良い。

 

そして、陽菜が病院で診察を受けている詩歌を連れてきて、偶然を装って2人の密会を目撃。

 

あとは『早く大人になりたーい』と元に戻る寸法らしい。

 

 

(はぁ……不幸だ)

 

 

当麻もまた大きな大きな溜息をついた。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

とりあえず、ここで断るとより面倒になりそうなので了承する事にした。

 

第一、向こうが勝手に詩歌を迎え(誘拐し)に行ってしまったので、付き合うしかない。

 

道すがら、軽く尋問(幼児化にかこつけて襲ったりしてないか、など答え次第では即電気椅子的な雰囲気をビリビリと醸し出しながら)されながら、ふと当麻が問いかける。

 

 

「なあ、御坂はある日突然自分の能力がなくなったらどう思う?」

 

 

「はあ? 何よそれ……いきなり」

 

 

今思えば、こちらの攻撃を受け続けて全くの無傷なこの男が本気を出したところを見た事が無く、それが攻めに転じたら……

 

そしてその本質が幼馴染とは真逆の、相手の能力を無効にしてしまうものなら最悪―――今後一切永久に能力を封じられてしまったり……

 

 

ゾクッ―――と。

 

 

右手を軽くグーパーしてる当麻の仕草に御坂美琴は寒気を覚えた。

 

けれども、ふぅ、と当麻が溜息をついて視線を逸らせば、今のは夏の暑さに頭がやられた夢現の幻覚だったように、緊張は解けた。

 

 

「まぁ、そうだよな……」

 

 

以降、当麻はその問いの答えを求めようとせず、今の反応を勝手に自己解釈して満足したように皮肉気に笑みをこぼしながら、内心で叱りつけた。

 

自分自身を罵った。

 

しっかりしろ、上条当麻。

 

胸に抱える不安を、いちいち周りに伝播させてどうする。

 

そんなのは愚の骨頂。

 

そうやって、自分の妹を不幸にさせた事を忘れたのか。

 

暗い思考は、一先ず凍結させ、心の隅にでも押し込めておく。

 

解凍(解答)する事さえも忘れてしまうほど奥に。

 

 

「にしても、映画かー、久しぶりだな」

 

 

気持ちを切り替えるつもりでそう宣言すれば、美琴のようやく調子を取り戻したように、ハッとする。

 

少し疑わしげな顔をしているが、空気を読んですぐさまなかった事にする。

 

そして、タイミング良く、映画館に到着。

 

ゲームセンターやファーストフード店の並びにあるそこは、十階建ての大きな建物だ。

 

現在は六作品が上映中で、映画館の前には、既にいくつか行列ができている。

 

 

「あ、ゲコ太ー!」

 

 

美琴も早くもお気に入りのキャラを見つけたのか、早くも好奇心を発動。

 

大人っぽくじゃねーのかよ、と来て早々先行きが不安になるが、まあ、ぶっちゃけ成功率は一ケタあればいい方だろうし、無理に背伸びするよりはこちらの方が良い。

 

壁に貼られた巨大なポスターや、予告編を流す液晶テレビ、そしてカエルのアニメキャラの等身大パネルなどを次々と見て回り、『きゃーきゃー』とか『ちょっとアンタ写真撮ってくれる!』と声を上げ、早速相方の方はご満悦の様子だった。

 

豪華絢爛な場になれたお嬢様からすれば、この手の庶民の娯楽施設は合わないと思ってたがそうでもない。

 

そう言えば、詩歌も結構庶民派だったな……と、こんなときでも彼女の事を考えてしまう自分に呆れて溜息をつき、年相応にはしゃぐお嬢様に口元を緩めながら、当麻も辺りを眺める。

 

さっきも言ったが、映画館に来るのは、当麻も久しぶりだ。

 

自発的に何かをして楽しむ事に、当麻は抵抗があり、こういう場所に足を運ぶことは滅多にない。

 

それは多分、『疫病神』と、その存在だけで周囲の人間を不幸にした過去からくるものだろう。

 

ある種の強迫観念。

 

三つ子の魂百までと幼いころの経験は中々にして無くならないものだ。

 

それでも、このように誰かに―――特に妹に誘われれば、ついていくが。

 

だけど、今回の目的は映画観賞ではなく、そして、イベント事にはイレギュラーも混じってるものだ。

 

館内に入り、上映作品の一覧を見て、上映開始まであと30分と確認した所で、背後から声がかかった。

 

 

「あれー? そこにいるのって、もしかしてとうま?」

 

 

 

 

 

映画館

 

 

 

振り向けば、3人の女の子。

 

血の気と共に館内の光量も引かれたように暗くなった気がするが、それが余計に彼女たちをライトアップしているかのように脳にその存在を焼きつける。

 

今回のターゲットでもある上条詩歌。

 

本来、ここにいるはずのない、おそらく、詩歌の診察に付き添ってそのままついてきたインデックス。

 

そして、ニコニコ顔の鬼塚陽菜。

 

正直、今はそれが悪党のそれにしか見えない。

 

予定プランでは、こっそりこのなんちゃって密会を背後から覗かれるだけで、話しかけられるなんてアドリブイベントはなかったのだが、招かれざる客というかインデックスを止められなかった(もしくは止めなかった)。

 

隣の美琴がプルプルと震えてるし。

 

 

「………」

 

 

恨めしそうな目がなんとも哀れというか……

 

熱力と磁力の能力的にも、母を彷彿させる性格的にも、美琴とは女王とは別の意味で相性の悪い暴君には逆らえないのか?

 

それでも何だかんだで付き合いの良い彼女は、もし同室のお姉様命の<風紀委員>が聞いたら真っ白になってしまうような爆弾を放り投げた。

 

 

 

「ダーリン! 何か飲む!?」

 

 

 

「―――!?」

 

 

これにはさすがの当麻も驚いた、というより、若干引いた(けど、そこは読まれたのかグリっと足を踏まれて逃げられなかった)。

 

言ってから、美琴が頭を抱えそうなほど真っ赤に。

 

今の一言で羞恥が許容限界を振り切ったらしい。

 

だけど、インデックスはその二人の妙に間の空いた距離感から違和感を覚えたのか首をかしげて、

 

 

「これは一体……? 短髪、罰ゲーム?」

 

 

「……ば、罰ゲームじゃないわよ。付き合ってるから、ダーリンって呼んでんの」

 

 

で、肝心の詩歌の反応。

 

 

「……浮気は駄目だっちゃ? 物真似の練習?」

 

 

そっちか!

 

浮気撲滅天罰招雷の鬼っ娘の方か!

 

 

「物真似じゃなくて、本物ですから」

 

 

「……つまり、お兄ちゃんのお嫁さん宣言?」

 

 

「………」

 

 

これが冗談なのかどうか判断に困る所だ。

 

いつもの通りなら、悪戯にからかってるのだと思うが……まあ、今は御坂美琴にお任せである。

 

 

「じゃあ、『ねぇねぇ』って呼んでみて」

 

 

「な、何でですか!?」

 

 

「そしたら詩歌の義妹だと認めても良いです」

 

 

「何でそんな前向きに受け入れ態勢なんですか!?」

 

 

俺の妹がこんなにボケるはずがない、と言いたいが、残念なことにこれが斜め上なのは昔からである。

 

おかげで付き合いの長い人間は条件反射並みのツッコミスキルが磨かれたようだけど。

 

とにかくここは御坂美琴にお任せ―――その時、静電気がビリっ。

 

 

(痛っ!? いきなり何しやがるビリビリ!?)

 

 

(アンタも何か言いなさいよ! つーか助けなさい! 幼児化してても詩歌さんは詩歌さんなのよ!)

 

 

(いや、そう言われても、俺が詩歌を口でどうにかできるとでも思ってんのか?)

 

 

(何でそんな情けない妹の尻に敷かれてる兄発言を自信満々に言えんのよ!)

 

 

早くも亀裂の入りかけた急造カップルにジト目で、

 

 

「呼べないの?」

 

 

「えっと、それは……」

 

 

「呼べないなら……」

 

 

呼べないなら……どうなるんだろう。

 

もしここで怒ったら、作戦失敗どころか、拗ねてしまってさあ大変、になりそう。

 

元より、この作戦をやると受けた時から、覚悟は決めていた事だ。

 

美琴は一息深呼吸すると、意を決して……

 

 

 

「ねっ、ねぇねぇ……」

 

 

 

「詩歌、とっても困りました。お兄ちゃんが幼児性愛者(ロリコン)だったなんて……これは九死に一生でロリ化する毒薬アポ○キ○ン48○9を作らねば」

 

 

「なんでいきなりそうなるんですか!?」 「事実無根だ! 一体どこをどう考えたらそうなるんだ」

 

 

変に勘違いして納得されるのは拗ねるよりも厄介だ。

 

何かもう喋れば喋るほどずぶずぶと深みに嵌っていくアリ地獄に飲まれてくような錯覚さえも覚える。

 

 

「『ねぇねぇ』なんて言える娘は古今東西どの世界でも幼女だと、詩歌の記憶の中ではそうなってるよ」

 

 

「詩歌さんが言わせたんじゃないですかッ!」

 

 

「じゃあ、この三文芝居の本当の目的を五十文字以内で教えて」

 

 

「ごっ―――」

 

 

流石に、詩歌は手強いというか、こういう所だけは変わらない。

 

 

「おっ、お芝居じゃないです! 私はこいつと付き合ってるの!」

 

 

単純に男女のお遊びだったのだが、いつのまにやら恋人のデートに発展してる。

 

 

「わぁー……初耳ですー」

 

 

ものすごい棒読みで、一応の驚きを見せる詩歌。

 

インデックスでさえとても微妙な眼差しをこちらに向けている。

 

確かに信じろと言う方が難しいと思うが。

 

 

「などと言ってますが、お兄ちゃんの見解は? ついでに美琴ちゃんのどこに惚れましたかもお願いします」

 

 

「見解、って言われても……つーか、知り合ってまだ半年も経ってねーし……あ、そうじゃなくて、ああ、えっと御坂は、ほら、美少女だと思うし、電撃ぶっ放してこなきゃ良い娘だと思うぞ?」

 

 

「思う。それも疑問形? しかも美少女。お兄ちゃんは外見だけしか見てないんですか?」

 

 

「あ、いや、そういう意味じゃなくて」

 

 

「じゃあ、どういう意味ですか? 具体的に。皆に分かりやすく」

 

 

……ああ、何言ってんだか。

 

もうちょい賢い選択肢があったかもしんねーのに。

 

これじゃあ、いくら幼児化してるとはいえ、詩歌を騙すことなんてできない。

 

 

(あーもう、こうなったら仕方ないわよね)

 

 

「……っ!」

 

 

やけっぱちになった美琴が当麻の腕に抱きつく。

 

『もうどうにでもなれ』と聞こえてきそうな投げやり感だが、それを上回る必死さと少々物足りなさを感じる気持ち良さがむにゅっと……

 

 

「お兄ちゃんは昼ドラ的展開を望んでいる、と詩歌は解釈しました」

 

 

「そ、それは違うんじゃありませんか、マイシスター」

 

 

「だったらその手を離すべきです。詩歌の記憶の中じゃ、お兄ちゃんはどうしようもなくラッキースケベですが、公衆の面前ではふしだらな真似を拒むだけの人並みの節度はあったはずです。そもそもさっきの『何か飲む?』と尋ねた行為と食い違いが生じてます」

 

 

何故こういう所だけ理路整然としてんだよ、と思ったが、このほっぺた膨らませての反応はもしや嫉妬なのかもしれないので、ようやくとっかかりを見つけた。

 

ここが攻め時?

 

この調子でベタベタしていけば……それより先に砂糖を吐きそうだが。

 

 

「飲みたいもの、ある? ダーリン」

 

 

「コーラ。サイズはL。皆もそれでいいか?」

 

 

訊けば、陽菜と彼女に抑えつけられてるインデックスも含めて、コクリと頷く。

 

美琴が離れた所へ、するりと詩歌が滑り込み、抱きついていた部分に、より密着するように胸を押し付ける。

 

 

「い、いきなり何だ!? 胸当たってんぞ!」

 

 

「詩歌の記憶の中じゃ、お兄ちゃんは大きいのが好みだったはずです。中学生のころ発掘して朗読した『参考書』の中では、グラマラスなお姉さんが多かったです」

 

 

「………」

 

 

否定できない自分を情けなく思うが、確かにこちらの感触の方が気持ちいい。

 

だが、正直、あの時の記憶は忘れていてほしかった。

 

あれに張り合おうとしばらく自分の胸を揉んでほしいと迫ってきたなぁ……

 

それに朝の時も……

 

 

「はぁ……何つーか、お前は結構負けず嫌いだったのを忘れてたよ」

 

 

「理不尽には最大の抵抗をします」

 

 

「……時々詩歌自身が理不尽な時があると言う事を忘れてませんかね?」

 

 

「もしや」

 

 

美琴と当麻を見比べた詩歌が眉をハの字にしながら、

 

 

「お兄ちゃんが詩歌を理不尽だと思ったから……?」

 

 

「いや、そういうは絶対にねーよ。お兄ちゃんが詩歌を嫌いになるはずがない……」

 

 

「でも、そうでなければこんな血迷った行動の理由が説明できないです」

 

 

……まぁ、できないよなぁ。

 

そこで笑っている鬼以外は。

 

 

「けど、まあ、詩歌たちがお邪魔虫なのは分かりました。さっきからお兄ちゃんと美琴ちゃんが詩歌達から逃げたがってるのも分かってます。ここは大人しく引きましょう」

 

 

ドキッ―――と、御坂美琴とは別で上条当麻は上条詩歌を避けたかった。

 

 

けど、それを勘違いした詩歌はパッと離れると予想外の行動に停止する美琴からコーラを受け取り、『いこ?』とインデックスの手を引く。

 

『え、いいの、しいか?』とインデックスが言うが、『人の嫌がる事はしちゃダメです。恋人同士の逢瀬を邪魔したら馬に蹴られてしまいます。家族として出来る注意をしたからもう充分です』と詩歌はにこやかに返す。

 

彼女の行動理由第一は『上条当麻を幸せにする』ことだ。

 

そんなのは言われなくても分かってる。

 

この物分かりの良さにも納得する。

 

けど、何となく……何でそこであっさりと引くんだ、とその背中に当麻は言いたくなる。

 

そんな自分の内心に気づき、苦虫を噛み潰したように眉根を寄せる。

 

 

……これじゃあ、まるでこっちが逆に嫉妬しているようではないか。

 

 

「―――(ちょ、こりゃまずいよ、当麻っち!)」

 

 

嫉妬の炎メラメラ作戦のピンチに、陽菜が慌ててブロックサインを送りながら詩歌達を引きとめ、煽る。

 

 

「えー、詩歌っち、もうちょい遊んでやろうぜ! ほら、お兄ちゃん取られちゃう~ってあとで後悔してもしんないよ」

 

 

「妹としては兄に彼女ができるのは喜ばしい事です。別に誰でも良いとは言いませんが、美琴ちゃんはちょっと素直になれないだけでとっても良い子だって知ってますよ、陽菜ちゃん」

 

 

「うんそうだね、詩歌ちゃん♪ ―――おっと、ちゃん付けって新鮮な響きに流される所だった。うわー、残念。もっと熱くなれよ! このまま日和ってたら残念妹々コースだよ!」

 

 

「お二人はまだ生まれたてほやほやのカップルです。産まれたばかりの雛は苛めるものではなく、手は出さずに見守るものです。まだ不安な点はたくさんありますけど、それはこれからもデートを重ねていけばよろし」

 

 

「え、ええっ、これからも!」

 

 

「イヤなの? 彼女なのに?」

 

 

……これ以上はダメだ、と当麻は思う。

 

お遊び半分の覚悟で続けるのなら、真剣に自分の幸せを願う彼女の気持ちを踏み躙る事になる。

 

だから、この引き際を見誤ってはいけない。

 

 

「……止めるか」

 

 

「ええ……」

 

 

美琴もそれに気付いたのか、降参。

 

話すぞ、と陽菜へ視線で尋ねれば、陽菜の方が口を開いた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『………でまあ、種明かしをすると、兄の彼女登場で、詩歌っちの心理を刺激しようとしたんだよ』

 

 

自分達にしたのと同じ説明をすると、ゆっくりと理解してから詩歌は美琴を抱きしめた。

 

 

『ふぇっ!?』

 

 

『いっぱい心配かけてごめんね』

 

 

『い、いえ謝らないでください……騙したのはこっちですし』

 

 

『うん、びっくりした。だから、最初はイジワルしてからかっちゃいました』

 

 

『でも、最後では色々と……その……良い子だって認めてくれて、フォローしてくれましたし……』

 

 

『ああ、あれは折角できたお兄ちゃんの彼女を逃がさないように一度認めてから義姉として徹底的に扱きあげる半死半生花嫁修業コースだったから』

 

 

『………こわっ! 詩歌さんこわっ!』

 

 

将来は首脳陣を表立たせ、裏で世界を牛耳る黒幕キャラになりそうだが、まあ、そこは素直にネタばらししてくれたのだから心配しなくても良いだろう。

 

多分。

 

まだまだこの幼馴染には勝てそうにない。

 

そして、今作戦の効果については、それほど成果もなく、結局、骨折り損である。

 

 

『でも、お兄ちゃんは理由があったとはいえ、乙女心を踏みにじったんだから罰ゲームね』

 

 

骨折り損である。

 

そうして、作戦は失敗に終わったが折角来たんだから映画観賞と、罰として召使いにされた当麻はポップコーンを全員分奢らされて、ゲコ太とカナミンのコラボ映画の後に、鬼塚陽菜がぜひともおすすめというタイトルへ突入。

 

席順は、先の一件で当麻とは距離を取りたい美琴が一番左で、その隣に陽菜、インデックス、詩歌。

 

空けられた詩歌の右隣の席に座ると同時、ブザーが鳴り、証明が落ち劇場が暗くなって、さまざまな予告編が流れ始める。

 

しかしこの段階になっても、前の(子供で)満員御礼だったアニメとは違って、当麻達以外の客はさっきから『超B級の匂いがします』とわくわくしている小学生くらいの女の子を除いて2,3人しかいない。

 

イヤ~な予感を覚えつつもしばし大人しく予告編を眺めてたら、ばばーんと本編タイトルが………

 

 

 

『浮気彼氏撲滅劇場 ~ハーレム展開なんて幻想をぶち殺す~』

 

 

 

………黒バックに軽くホラーをぶっちぎってる感じに滴る血文字で表示された。

 

 

「………」

 

 

自分は何も悪くないのに、頭が冷めて、ガタガタと震える当麻。

 

対して、企画人の暴君はケラケラと笑って、

 

 

「いやぁ、タイトルからしてこりゃあ、良い感じのB級だねぇ。そう思わないかい、詩歌っち」

 

 

「うん。何だか不思議と感情移入できそうなタイトルです」

 

 

やめて!

 

是非やめてください!

 

どうにかして、席を立とうとするも、肘掛に置いた当麻の手に、詩歌の手が重なる。

 

表面上は楽しみに興奮しているようだが、内心は訪れた闇の静けさに、心細くなったのか。

 

 

(仕方ねーな……)

 

 

諦め、浮き上がっていた腰をどっしりと降ろして、ほんの僅かに強張った自分のより一回りは小さい手を握り返してやると、それで安心したのか、詩歌の手から力が抜けた。

 

そしてスクリーンに映像が流れ始める。

 

初っ端に映し出されたのは、極道っぽい屋敷で複数の女性に囲まれる男の姿で、何故か言いようのない不安を掻き立てられたが、詩歌は早くも集中し始めているようだった。

 

感動に素直になるこの種の瞬発力において、妹はずば抜けている。

 

きっと詩歌の知覚においては、その映像は視野一面に張り付けられているも同然だった。

 

これが彼女の学習能力の高さの一因。

 

情動に従い、高まる感受性に身を任せ、ありのままの自分でいる事。

 

学習というのは要は『効率的な不自然』の習得であり、一度文章を見ただけではその余分な情報を脳が拒絶してしまって終わりだ。

 

けど、天才は、それを否定することなく受け入れる術を持っている。

 

見れば、他にも平気で暗号を記憶できる学園都市第三位や10万3000冊を完全記憶した修道女も映画に集中している。

 

自分のように余所見などしていない。

 

そして、上条詩歌は他の2人よりもそれが顕著で、普段でも赤ん坊のように吸収する頭脳だが、今は幼児化に引っ張られて、さらに高まっている。

 

思えば、今朝のぎこちない調理指導だったにもかかわらず、詩歌はあっという間に料理スキルが自分を追い越し、最後の方は包丁を持たせてくれなかったくらいだ。

 

内容に問題が大ありだが、早くも熱中している詩歌を見て、『まあいいか、たまには』と当麻もスクリーンに目をやる事にする。

 

もちろん、ただ瞳に映すだけ。

 

自分は彼女達のように連続で映画鑑賞できるほど何時間も感動に素直になれる集中力は生憎持ち合わせていない。

 

そんなのは今日の補修で品切れだ。

 

鼻から深く息を吸い込み、当麻は緩やかに気持ちを切り替える。

 

頭の中を思索の水で満たして、精神を鎮め、そこに意識を沈めてく。

 

今日の作戦。

 

首謀者である鬼塚陽菜は失敗と評し、協力者の御坂美琴もやっぱり裏目、イレギュラーのインデックスは蚊帳の外で『?』を浮かべた。

 

でも、当麻の感想はそうでもない。

 

こうやって一緒に遊ぶのは自分たち兄妹が求めたもので、さっきもお気に入りのキャラの登場に興奮する美琴や、初めての3D技術を取り込んだ映画に身振り手振りを交えて楽しむインデックス、ケラケラ面白おかしく笑う陽菜らを見てるだけで、何となく幸せな気分になる。

 

彼女達が側にいることで、自分はきっと救われてるし、妹もそうに違いない。

 

少なくても、病院で閉じこもっているよりはマシだと思う。

 

 

『でも、回復しからと言って、根本的な解決にはならないんだよ?』

 

 

医者に言われた言葉を思い出す。

 

幼児化から元に戻ったとしても、<幻想投影>の精神的負荷の問題をクリアした訳ではない。

 

やり過ぎないように注意すればいいだろうが、妹は他人の不幸を見過ごせない。

 

そして、『疫病神』な自分の側にいる限り、今回のような事件は多発し、また起きても不思議ではない。

 

兄離れをすべきだ。

 

当麻はただぼんやりと、スクリーンを見つめた。

 

不幸の方が多い世界。

 

不幸しか与えられない自分。

 

その不愉快な現実から、しばし目を逸らすように―――と。

 

 

(詩歌……?)

 

 

「……っ……っ……!」

 

 

右手から緊張が伝わる。

 

何か様子がおかしい。

 

 

 

「どうしたの、しいか」

 

 

左隣にいるインデックスが問いかけるも弱弱しく首を振るだけ。

 

 

「ぁ……ぁっ……ぁぁぁああ!」

 

 

頭を抱えた詩歌が、急に大粒の涙をこぼし始めた。

 

 

「なっ、なに!? どうしたの!? 詩歌さん!?」

 

 

一番遠くにいるはずの美琴も気づく。

 

 

「……っ……やだ……っ……っ……やああぁぁっ!」

 

 

視線の先には上映中の画面があるだけだ。

 

 

「何かおかしい。とりあえずここを出るぞ!」

 

 

当麻の行動は早かった。

 

詩歌の腕を掴んで走ろうとしたが、椅子に身体が吸いついたように動かなかったので、背中に片手を入れ、もう片方で足をすくい上げ――お姫様だっこで身体をかっさらって抱えて退場した。

 

 

 

つづく


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