とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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正教闘争編 見えない戦争

正教闘争編 見えない戦争

 

 

 

とある高校

 

 

 

「―――で、何でこんな事をしたのか、先生に話してみなさい」

 

 

職員室で長身の女教師は、キッと目の前に整列した生徒達を睨む。

 

説教を受けて項垂れているのは、上条当麻、青髪ピアス、土御門元春……クラスでも有名な『三大馬鹿(デルタフォース)』である。

 

その後方には、『何であたしがこんな所に呼び出されているのよ』というムカムカ顔の吹寄制理も立っている。

 

乱雑に置かれたスチール製の事務机がたくさん並んでいる職員室は、お昼休みという事もあってか教師の数も多い。

 

弁当を食べたりテストの採点をしたり電気で動く木馬に乗って体重を落したりとやっている事も様々だ。

 

そんな中、親船素甘という女教師は弁当も食べずテストの採点もせず電気で動く木馬に乗って体重をコントロールしたりもせず、安っぽい回転椅子に腰掛け、ベージュのストッキングに包まれた足を組んで、針金みたいに硬そうな片手でかき上げつつ、おそらく高価なブランド商品であろう逆三角形の眼鏡越しにジロリと鋭い眼光を、前に立って並んでいる馬鹿共へ浴びせている。

 

 

「もう一度尋ねるわね。この学び舎で好き勝手に大乱闘し、コブシを武器にアツいソウルをぶつけちゃった理由を私に説明しなさい」

 

 

沈黙………

 

職員室の壁際に置かれたテレビから『イタリアのサッカーリーグでは度重なるデモ行進や抗議活動の結果、試合会場の安全性を保てなくなったとして、今期の試合を中止する事を決定した』とかいうニュースが流れている。

 

 

「説明できないの?」

 

 

このブランド品で身を固めた不機嫌数学女教師は、この学校の中でも特に『しつけ』に厳しい人物という事で有名だった。

 

当麻達とは受け持つクラスが違うので、普通は接点があるとは思えないのだが、今日に限って彼女に掴まってしまった。

 

ちなみに当麻達のクラスの担任は月詠小萌だが、いくら彼女でも昼休み中の教室の様子までは把握しきれない。

 

なので、ケンカ中にたまたま居合わせた親船素甘が当麻達を取り押さえ、職員室まで連行してきたという訳だ。

 

そんなこんなで、素甘の前でうな垂れている『三大馬鹿』の1人、上条当麻はゆっくりと唇の開ける。

 

 

「だって……」

 

 

意を決し、キッ! と正面を強く見据えて、

 

 

「だって! 俺と青髪ピアスで『バニーガールは赤と黒のどちらが最強か』を論じていたのに、そこに土御門が横から『バニーと言ったら白ウサギに決まってんだろボケが』とか訳の分からない事を口走るから!!」

 

 

ガタガタン! という大きな音と共に椅子ごと素甘が後ろへひっくり返った。

 

当麻の大音量もさる事ながら、逆三角形の教育者メガネをかけた女教師には、芸人並のリアクションを見せてしまうくらいに刺激の強すぎる意見だったらしい。

 

数学教師・親船素甘は『三大馬鹿』から目を離し、その背後に立っていた吹寄制理に目を向ける。

 

 

「……ま、まさか、あなたもそんなくだらない議論に参加して……?」

 

「あたしはこの馬鹿どもを黙らせようとしただけです!! 何であたしまで引っ張られなくちゃならないんですか!?」

 

 

こめかみから血管を浮かばせて吹寄は叫び返す。

 

とはいうものの、素甘が彼女達のクラスに踏み込んだ時、吹寄さんは土御門にヘッドロックをかけつつ青髪ピアスを蹴り倒し、上条当麻に硬いおでこを叩きつけている所だったのだ。

 

実力がものを言う野生の動物社会では、明らかにドンだ。

 

 

「にゃー。ひんにゅー白ウサギばんざーい」

 

 

その言葉に黙っちゃいられねー、の青髪ピアス。

 

 

「こっ、この野郎は何でもペタペタにしやがって!! っつかお前はバニーさんには興味なくて、とにかくロリなら何でもええんやろうが!!」

 

 

「それが真実なんだにゃー、青髪ピアス。この偉大なるロリの前には、バニーガールだの新体操だのレオタードだのスクール水着だの、そういった小さな小さな衣服の属性など消し飛ばされてしまうんだぜい。つまり結論を言うとだな、ロリは何を着せても似合うのだからバニーガールだってロリが最強という事だにゃーっ!!」

 

 

「テメェ!! やっぱりバニーガールの話じゃなくなってんじゃねぇか!!」

 

 

腕まくりをして第二ラウンドを開始する『三大馬鹿』を見て、逆三角眼鏡で堅いスーツの女教師・親船素甘は椅子ごと後ろにひっくり返ったまま懐から取り出したホイッスルを吹―――

 

 

 

「申し訳ありません!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「し、詩歌!? どうしてここに!?」

 

 

第二ラウンドストップ。

 

ガラッ、と戸を開けて職員室へ入ってきたのは、ここの制服とは違い、セーラーじゃなくブレザーを着込んだ妹、上条詩歌だった。

 

申し訳ないように眉尻を下げ、いつもの満面の笑みではないものの、当麻ランキング第1位の絶対可憐な美少女であるには変わらず。

 

職員室の先生方は一瞬目を奪われ、あるものは箸を落とし、またあるものは木馬からずり落ちてしまったくらい、破壊力抜群の魅力を放っている。

 

で、その爆発的登場に周囲が圧倒される中で、インテリ教師の前へ、と。

 

 

「おっと、忘れてました」

 

 

ぽん、とうっかりしちゃいましたとポーズを決め。

 

目薬を取り出し、詩歌が目の前でちょんちょんと大きく目を開けてさした。

 

 

「本当に……申し訳ございません。家の愚兄が大変皆様にご迷惑を」

 

 

涙、というか目薬を流して、深々と謝罪。

 

 

「お前は母さんか! というか芝居がわざとらし過ぎる!」

 

 

せめて、誰にも見られないよう外でやって欲しかった。

 

とにかく、飽きたのか満足したのか、申し訳顔から微笑モードに。

 

 

「でも、謝罪する意思は本物です。お馬鹿な兄を持つと妹が賢くならないといけないという困った法則」

 

 

「兄妹揃って賢くなるという選択肢は……」

 

 

「ないですね」

 

 

ピシャリ、と言われ、当麻がっくり。

 

もうこの学校でも珍しくはない、来年ごろには名物になるだろう兄妹のやり取り。

 

親方素甘も知っている。

 

もちろん詩歌の事も会って一発で覚えた。

 

昔の彼女は色々と損する役回りで、そこから得た教訓『美人は得をする』、で今では服装にこだわり、一日何時間もお風呂に入り、寝る前に顔中に化粧水を塗り、毎日きちんと朝食を食べて、肌に影響を与えないように気を配って体重を絞り、出かける前に化粧に1時間以上も時間を割き……って、中と外を磨きまくって『中の上』ぐらいの恩恵を得ている。

 

授業中に生徒達は話を聞いてくれる、同僚の教師からは舐められない、学食では席を譲ってくれたるなどなど。

 

けれど、この妹さんは自分には高望みの『上』の上の『特上』すら超える『極上の極上』だ。

 

 

(……本当に、美人ね。それにこの若さで数学的にありえないくらいに数値が高いわね。将来が末恐ろしい)

 

 

その恩恵のおかげで、この娘を嫌う者はいないし、今もこの職員室での反応を見ればその影響力が分かる。

 

だが、恩恵も得ているようだが、薬も過ぎれば毒にもなるように、これくらいのレベルになると色々と男につき纏われたり、いつの間に写真が流通したりなど不利益もあるようで、『美人は得をする。だけど、過ぎれば損もする。つまり『中の上』がちょうどいい』というのが素甘の考えだ、だから決して羨ましくはない―――と、話が逸れてしまった。

 

落ち着いた逆三角形眼鏡の数学女教師は居住まいを正して、

 

 

「え、えーっと、上条さんはどうして、ここに? 学校は?」

 

 

「この頃になると最高学年はもうほとんど授業課程を終えており、選択希望がなければほとんど短縮授業なんです、親方素甘先生。それでここに来たのは、この愚兄が朝、弁当を忘れてしまったからです。お腹を空かせて、不幸だと言われても困りますから―――「そこで私が校内へ案内してあげたんだけど」」

 

 

と、そこで、もう1人が職員室へ、

 

 

「おぉーっ! 雲川センパーイ!」

 

 

青髪ピアスの歓声。

 

今度も上級クラスの女の子がやってきた。

 

 

(……この子もまた……どんな生活を送ったら、そんな豊満な胸に育つのよ。本当、上条さんと言い、吹寄さんと言い、最近の若い子は数学的にありえない)

 

 

雲川芹亜。

 

年齢不詳のミステリアスかつお臍が見るくらいに突き上げるほどダイナマイト。

 

巨乳、ヘソチラ、黒髪、カチューシャ、と属性をお持ちで時々サボっているのを見咎められているが、それでも楽しく学園生活を送れるくらいに美人の恩恵を得ている。

 

しかし、その彼女がわざわざ案内を買って出るとは……

 

今日は雨かもしれない。

 

 

「それはどうもありがとうございます、先輩」

 

 

復活した当麻が軽く妹の面倒を見てくれた先輩に会釈。

 

 

「ふふっ、可愛い妹分を面倒見るのはお姉さんとして当然だけど。うん、君のためなら犬馬の労も厭わない、いや、この場合だと月の兎になっても構わないけど」

 

 

「……ええ、ここに来るまでこの前の事でネチネチと言われましたけどね。そして、当麻さんの兎は私ですでに間に合っています」

 

 

この2人にバチリと火花が―――って……え、今、何かすごい事を言ったような……?

 

 

「当麻さん! 赤、黒、白、どれが良いと思いますか!!」

 

 

「え? 何がでせうか?」

 

 

「だから、今日のオカズのウサギは何色がよろしいかと聞いているんです!!」

 

 

一体どういう訳なのだろう? と当麻は頭を捻る。

 

まさか、今日の夕飯は兎肉を使った料理なのか?

 

料理が大好きな詩歌の事だ。

 

その幅も多国籍に違いない。

 

だとすると、赤、黒、白は……それにかけるソースの事か?

 

おそらく食べて見るまで予想ができないように、最低限のヒントだけで希望をとっているんだろう。

 

兄妹ネットワークで以心伝心完了。

 

 

「じゃあ、赤で頼む」

 

 

「分かりました。当麻さんがもう二度とこんな真似をしないよう頑張って用意します! ええ、心臓を鷲掴みにしてみせます。グワシとハートキャッチです!」

 

 

「それはちょっとスプラッタだな。なんか、グワシの擬音が、こう、握り潰したように聞こえんぞ。詩歌の場合はそれが洒落にならんと言うか……。それに心臓と言うより、胃袋じゃねーの? ――――ま、詩歌の(料理)なら絶対に美味しく頂くけどな」

 

 

「え、ええ!? 当麻さんがそこまで兎さんが好きだったとは……な、何だか照れちゃいます」

 

 

と、ツッコミはさておき。

 

はりきってるなー、とふんす、と気合を入れる妹を見る当麻。

 

周りも何だかちょっと引き過ぎるんじゃね、というくらい大袈裟なリアクションをとっているのが謎だが。

 

まあ、美味しいものを食べれば、細かい事などどうでも良くなるというし、今回のバニー論争の件も弁当を忘れて無意識のうちに気が立っていたからだと………あれ?

 

 

「では、お姉さんは大人っぽく黒でいってみるけど」

 

 

「ふふふ、先輩のお腹の色と同じですね。はい、ピッタリです」

 

 

「それは君もだと思うけど。この前のすき焼きの件での謝罪はまだ聞いていないのだけど」

 

 

「そうやって、またネチネチと……どちらにしても当麻さんの好みは赤、これが正義(ジャスティス)です」

 

 

ニコニコと表面上は穏やかに笑っているように見えるのに、水面下では……まあ、でも仲が良さそうだ。

 

しかし、あれ? 何だか2人の会話に微妙に違和感が。

 

まあ、いいか。

 

 

 

―――と、そこで気付けなかった愚鈍な自分を後で呪いたくなる。

 

 

 

「じゃあ、余らせるのもなんだし。ええと、黒髪のおでこ巨乳の、ぶっちゃけ私とキャラが被っているそこの君は白で」

 

 

「はぁ!? 何で私がコイツの変態欲求を満たす為にそんな真似しなくちゃいけないんですか!! っつか、キャラが被ってるっていくら先輩でも失礼ですよ!!」

 

 

かぁ!! と赤くなりブルブル震える、黒髪、おでこ、巨乳の属性を持つ吹寄制理。

 

 

「そうですよ、芹亜先輩。でも、実際の反応を見てデータを集めたいのも事実。と言う訳で、ここは制理先輩にも一肌脱いでもらえると嬉しいです」

 

 

と、目薬で潤んだおめめで上目遣いのお願いのポーズ。

 

しかし、今の張られているアンチカミジョウフィールドはそれさえも跳ね返すほど強固であった。

 

 

「詩歌さんも! いくらコイツが兄だからって言う事聞き過ぎ!! 駄目なものは駄目って言ってやんないとますます付け上がるわよ、この馬鹿!!」

 

 

「でも、妹としてなるべく兄のご要望は叶えてあげたいですし。それに今回の件が“バニーガール”の論争が火種となったと、さっきクラスの方から聞きましたので、そこをはっきりとさせてあげれば」

 

 

「くっ、上条当麻!! 妹の詩歌さんにこんな事をさせるなんて、アンタは一体どこまで変態になり下がれば気が済むのよ!!」

 

 

………あれ?

 

………あれれ?

 

おーい、何だか話が妙な方向に転がってるぞー?

 

一体いつの間にバニーガール論争になってるんだー?

 

と言うか、何で当麻さんが責められているんだー?

 

これじゃあまるで―――

 

 

 

「―――これより、異端者・カミやんの尋問を行う」

 

 

 

ガシッ、とさっきまで対立していたはずのブラック国の青髪ピアスとホワイト国の土御門が仲良く、当麻の右と左を抑える。

 

 

「カミやん。何か言いたい事があるか?」

 

 

「いきなり何しやがる、青髪ピアスに土御門! 当麻さんが一体何をしたって言うんだ!!」

 

 

「オレとしちゃあ、カミやんがとうとうこっちへ来てくれるのは嬉しいんだけどにゃー。―――だけど、3人はいくら何でも許せないんだぜい!」

 

 

「そうや。妹、先輩、同級生の巨乳艦隊を独り占めしようなんて、カミやんはどこまでもパイオニア―――いや、パイマニアになったんや!」

 

 

「はぁあああああっ!?!? 俺が一体いつそんな真似を―――」

 

 

「え? 当麻さん、詩歌さんの赤のバニーガール姿を食べちゃいたいくらいに楽しみにしてるって、さっき言いましたよね?」

 

 

「え? あれってそういう意味だったの? って、ことは――――」

 

 

はいレッドカード。

 

ピピーッ!! と親方素甘の取り出したホイッスルから鳴り響く甲高い号令と共に、職員室の奥から生徒指導のゴリラ教師、災誤センセイ召喚。

 

その後、当麻は1人で体育館裏の草むしりを命じられる事になった。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

日々肌寒くなる10月。

 

気温の変化に応じて、夏場に比べて人波が若干減ってきているように感じられ、空に浮かぶ大画面(エキビジション)からは、『空気が乾燥しているので火の元に注意してください』というアナウンサーの声が飛んでいる。

 

 

「ちくしょう……不幸だ」

 

 

学校を出てこれたのは夕方。

 

1人で、とでも、実は面倒見の良い吹寄や放課後まで先輩とお茶をしていた詩歌が手伝いに来てくれたが、謂われのない罰則を受けた当麻はシクシクトボトボと帰り道を歩きながらお決まりのフレーズを口にする。

 

と、隣から、

 

 

「全く当麻さんが紛らわしい事を言うからです。もっと妹の天然ボケを察知できるくらいにツッコミ力を磨いてもらわないと相方のこっちが困ります」

 

 

「それはどっちかっつうとこっちが言いたい台詞なんだがな! そもそもオカズって、おま、もうちょいそういうのにはお嬢様らしく貞淑にだな」

 

 

「お嬢様である前に、私達は兄妹です。何の遠慮はいりません。お嬢様なんて幻想、そんな後から付けられたようなものに、この産まれたときから結ばれた絆を左右されたくはありません」

 

 

「兄妹としてもだ! 俺は男なんだから周囲に誤解されるかもしれねーだろ!!」

 

 

「ふんふむ。ということは、当麻さんは詩歌さんの事を女だと思っているのですか?」

 

 

うっ……

 

そこで色艶のある流し目を送られても困る。

 

いや、詩歌よりも可愛い女の子はいないと常々思ってはいるが、女だと意識するのはマズイ訳で、それを口にするのは大変マズイ。

 

自分はあのニャーニャー言っている変態シスコン軍曹じゃないし、あくまで保護者であるのだ。

 

とりあえず、ここは話題を変えなくては、

 

 

「そんな事よりもだな。学校の方は本当に大丈夫なのか? まさか抜け出した訳じゃないんだろ」

 

 

「職員室で言った説明の通りですよ。私達3年はもう卒業資格は得ています。……まあ、陽菜さんもギリギリ。だけど、花嫁修業に連れ去られて大変な目に遭ってますが」

 

 

『うわーん助けて詩歌っちー』とこの前の勝負の契約で連れ去られ、後輩達と一緒にマナーや作法の講義を受けている親友の姿を幻視したのか、詩歌は苦笑する。

 

 

「ああ、それで詩歌、『アレ』は完成したのか?」

 

 

と、駅前の辺りに通り掛かった時、大きな手提げ紙袋に詩歌と同じ常盤台中学の制服を着た茶色い髪の少女、御坂美琴を発見してしまった。

 

表向きは電撃姫と呼ばれる可愛らしい外見をしているが、美琴はかなり怒りやすい。

 

そんな彼女が本当に怒ると物凄い暴れようで、雷神様か何かを連想させるのだ。

 

荒神を大人しくさせるには言葉も反撃も無意味で、鎮めるまで思いっきり発散させるのだ。

 

それが先日超電磁砲キャッチボールで改めて実感した経験者からのお話です。

 

つまり、まだあのチャリティイベントで充電された鬱憤電池が切れておらず、ビリビリとこちらを仁王立ちした美琴様を見た当麻が言いたいのは、

 

 

(……君子危うきに近寄らず。または触らぬ神に祟りなしとも言う)

 

 

ゆっくりと慎重に180度方向転換して、無言で離れようと、

 

 

「あ、美琴さん」

 

 

うう……と当麻は思わず悲嘆めいた吐息を漏らす。

 

 

「こんにちは、詩歌さん」

 

 

でも、美琴が大人しく言う事を聞く詩歌がいるから、

 

 

「と、愚兄」

 

 

ああ、やっぱり駄目っぽい。

 

雷神様が来るまで、当麻はこっそりと

 

 

「(……詩歌、助けてくれ)」

 

 

「(? ああ、中間テストがなくなってその分2倍以上に膨れ上がる期末テストの事ですか?)」

 

 

「(違う。確かに勉強も大事だが、それよりも大事なことはたくさんあるんだ)」

 

 

「(そういう台詞は、ちゃんと学業に励んでいる人が言えるものですよ)」

 

 

「だから―――「よーやく捕まえたわよ」」

 

 

捕まっちゃいました。

 

妹の説得に失敗した当麻の首根っこを掴んで、そのまま『この愚兄ちょっと借ります。あ、これ。頼まれてたものです』、『ありがとうございます、美琴さん。あ、はいどうぞ』と紙の手提げ袋と兄の取引をあっさり終了。

 

詩歌はその中身を確認しており、ドナドナ兄の事は気にしていない。

 

おお妹よ、お兄ちゃんはその荷物以下ですか?

 

詩歌の下から離れた場所まで引き摺り美琴はその耳元で噛みつくように叫ぶ。

 

 

「アンタねぇ、メール送ったのにずっと返信が無いってどういう事よ。あれどうなってんのよちょっとケータイ見せてみなさいよ!!」

 

 

「メール……? そんなのあったっけ?」

 

 

「あったわよ!!」

 

 

当麻はちょっと考え、自分の携帯電話を取り出し、美琴に見せるようにメールボックスを開けて、それから小首を傾げると、

 

 

「……あったっけ?」

 

 

「あったっつってんでしょ!! ぎえ、受信ボックスに何もない!? もしかして私のアドレスをスパム扱いしてんじゃないでしょうね!!」

 

 

メールの件で愕然とする美琴だったが、そこで彼女はさらなる真相に辿り着く。

 

ボタンを操る当麻の手をガシッと掴んで差し止め、受信メールフォルダにある名前を凝視し、

 

 

「……アンタ、何でウチの母のアドレスが登録されている訳?」

 

 

「は?」

 

 

言われてみれば、確かにこの前のチャリティイベントの後、チームメイトだった御坂美鈴とメールアドレスを交換したような……と当麻が思っていると、美琴は眉間に皴を寄せたまま親指で当麻の携帯電話を操作し、件の美鈴へ通話してしまう。

 

 

「待てって、おい!?」

 

 

別にスピーカーフォンのモードにはしていないが、元々の音量が大きかった事と美琴までの距離が近かった事もあって、当麻の耳までコール音が聞こえてくる。

 

 

「ちょっと母。聞きたい事があるんだけど」

 

 

『あれー? 表示ミスってるのかな。ディスプレイに美琴ちゃんの番号が出てこないんだけど』

 

 

キョトンとしている美鈴の声。

 

美琴と美鈴の会話に耳を向けている限り、何で当麻の電話に美鈴の番号があるのか、その経緯を尋ねているようだが、

 

 

『うーん』

 

 

間延びした声と共に出た結論は、

 

 

『あの少年と夜の学園都市で会ったとは思うんだけど……ママ酔っ払っている時は記憶無くしちゃうからなぁ。一体いつの間にこんな事になってかはママにも分かんないよ、はっはっは』

 

 

うん、うん、と美琴は小さく頷いて、通話を切った。

 

再チャージ完了。

 

彼女はにっこりと微笑み、携帯電話を両手で包んでお上品に当麻へ返しながら、

 

 

「ア・ン・タ・は、人ん家の母を酔わせて何をするつもりだったァああああ!?」

 

 

「はぁーっ!? 何だそのエキセントリックな推理は!? あとお前の母は間違いなく確信犯だ! だって最後の笑いとか蝶胡散臭いじゃねーかッ!!」

 

 

ちょっと考えれば簡単に分かるはずの事なのだが、プチ家庭崩壊の危機に見舞われていると思い込んでいるせいか、何やら美琴は顔を真っ赤にして冷静さに欠けている。

 

 

「一体どうしたんですか? 2人とも」

 

 

そこで呆れ顔の詩歌が、

 

 

「詩歌!! 助かった!! 今すぐコイツを止めてくれ!!」

 

「詩歌さん!! この愚兄、ウチの母にまで手を出して!!」

 

 

2人同時に。

 

はぁ……と息を吐くと、

 

 

 

ガチンガチン!!

 

 

 

2人の頭に喰い込む右手と左手、『アイアンクローフロムキッチン対面式』。

 

 

「とりあえず、落ち着きなさい」

 

 

「「は、はい」」

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「はい、これが<着用電算(ウェアラブルコンピューター)>です」

 

 

無事誤解を解いた後、渡されたのは制服の上からでも着られそうな大きめのスポーツジャケット。

 

インデックスの<偽歩く教会>にも使われている防弾・防刃、耐熱・耐水等軽くて丈夫な高性能な生地。

 

<冥土帰し>と共同開発したとあるLevel5も使用している特殊バッテリー。

 

<スキルアウト>の事件後にもらった駆動鎧の運動性能に重要な<発条包帯>。

 

当麻がチャリティイベントの報酬で手に入れた人工筋肉<鬼蜘蛛>。

 

そして、

 

 

「これは詩歌さんと共同研究していた『筋ジストロフィー』の治療のせいかなんだから大切にしなさいよ。一応、アンタでも扱いやすいように操作は簡単だけど、もし、少しでも不具合があったならすぐに詩歌さんか私に連絡しなさい」

 

 

『実験』が終わってから密かに進めていた結晶。

 

基本的な機能は詩歌が仕上げ、最終的に美琴が調整した新たなる身体補助器具。

 

美琴には、一応、真に能力はなくても扱えるかどうかのテスターとしてこれを当麻に渡したと話してはあるが、

 

 

「……あと、無茶し過ぎないでよ」

 

 

お見通しと言う訳か。

 

ここ最近の街の雰囲気は慌ただしい。

 

前は新聞も読まなかった連中も携帯電話のテレビ機能でニュースをチェックしたりネットで情報サイトを検索したりと忙しくなったり。

 

やはり、流石に誰でも気になる。

 

9月30日。

 

今の『見えない戦争』の引き金となった、直接的な一件。

 

そして、彼らはその中心に関わっている

 

それでも分からない。

 

当麻は当事者であったが、あの複数の組織の思惑が絡み合ってできた全貌を把握していない。

 

美琴は学園都市が発表した『国外の宗教団体が秘密裏に科学的な超能力開発を行っていて、そこで開発された能力者達が襲ってきた』という話を鵜呑みに信じてはいない。

 

美琴はやや遠くを見る。

 

その先にあるのは空に浮かんでいる飛行船の側面に設置している大画面。

 

今はニュース番組が流れており、ヨーロッパやアメリカのローマ正教派による大規模なデモ行進や抗議行動について報道されている。

 

そこで映し出されるのは怒りをあらわにする群衆、そして、傷つけられる魔術にも科学にも縁遠い普通の人々。

 

 

「……どうなってんのよ」

 

 

ポツリ、と誰に語りかける訳でもなく、彼女は言う。

 

 

「9月30日に何が起きたかなんて知らないけど、別にこんなの望んでなかったじゃない。あの一件が引き金になったなんて言われても、当の学園都市は静かなモンじゃない。何でこいつら、勝手に殴り合って勝手に傷つけ合ってんのよ。黒幕は顔も出さないくせに、こいつらだけが苦しめられるなんておかしいじゃない」

 

 

「……、」

 

 

美琴の言葉を当麻は黙って聞く。

 

黒幕。

 

無意識のうちに、その存在を願っていた。

 

この原因全ての悪がいれば、<超電磁砲>という強力な力でそれを取り除けば、そして、それで全てが元通りになれれば……

 

しかし、そんな都合の良い存在はいない。

 

あの事件は起こってしまった時点で、失敗だったのだ。

 

きっかけは<神の右席>、<風斬氷華>なのかもしれないが、坂を転がる雪玉のように一度動き始めたそれは、大きくなり過ぎて、黒幕を倒したらそれで終わり、という段階を超えている。

 

このデモに参加しているのはあくまで普通の人々。

 

誰に言われて無理やりやらされている訳でもなく、新聞やニュースを読み、“自主的”に動いている。

 

そして、それで傷つくのもまた普通の人々。

 

こんなの、世界中の暴動に参加する者を一人一人ずつ殴り倒していくしかない。

 

そんな方法では間に合わない。

 

この極大化していく雪玉がいつか起こすであろう世界を呑み込む雪崩を止めるためには。

 

なら一体どうすれば、万事解決していくのだろうか。

 

 

「……どうなってんのよ」

 

 

もう一度繰り返すように放った美琴の言葉が突き刺さる。

 

子供が考えた所で答えなどでない。

 

ただ、

 

 

「……」

 

 

上条詩歌は、何も言わず、どこでもない遠くを見通す。

 

上条当麻には、見えない、その先を見るように。

 

 

 

つづく


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