とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 事件後に事件?

閑話 事件後に事件?

 

 

 

すき焼き屋

 

 

 

あれから、説教できなかった上条詩歌は、駒場利徳をカエル顔の医者に病院に搬送しようと電話した後、遅れて駆け付けてきた上条当麻と合流。

 

そのまま互いに事情を確認し合いながら救急車で病院に行き、毎度お馴染みのカエル顔の医者さんから、『全く、君達兄妹はつくづくトラブルに巻き込まれやすいね? そういうDNAでもあるのかい?』とありがたいお小言をもらいながら治療してもらった(ついでに、|欠席理由(アリバイ)も用意してもらった)後、色々と野暮用を済ませた時にはもう放課後を過ぎており、

 

『はぁ~、これでやっと学校に連絡が終わりました。とりあえず、先生に協力してもらって適当にでっちあげました。説明するのも疲れるので』と事件に巻き込まれた詩歌はもちろん、事件に巻き込まれにいって結局、『詩歌―――って、あれ? もう決着がついてる? でも詩歌が無事で良かった』と骨折り損な当麻も、『大変だったなぁ』、『大変でしたねぇ』、と済ませられるくらいに厄介事には慣れてはいるが流石に兄妹2人ともくてくてで、

 

 

『今日はもう色々とあって疲れました。夕飯を作る気力もありません』

 

 

『だなー……あ、じゃあ、これに参加するか?』

 

 

『そうですね。明日は休日ですし』

 

 

という訳で、今夜はすき焼きである。

 

きっかけは『戦争が始まると、野菜や肉が高騰するんだよな。ならその前に何かおいしい物食おうぜ』から始まった当麻のクラスメイト達の真剣な議論を『吹寄おでこDX』で裁決を取った結果、彼らは放課後、教師を巻き込んで、『すき焼きに行こうぜ』――と、サボった当麻にもメールで誘われ、折角だからご相伴に預かろうと上条兄妹は『イエス』を選択。

 

途中でどこかへ抜けた土御門を除くクラスメイト全員+小萌先生+今日学校をサボっていた上条兄妹+インデックス+三毛猫というメンツで、知るぞ人ぞ知る鍋の店へとやってきた。

 

時々、当麻のクラスに迎えに来る詩歌はもちろんにして、<大覇星祭>の打ち上げの際、すでにインデックスはクラスの中に乱入して5秒で馴染んでしまっていたので、今回はもう何というかクラスに対する説明すら不要だった。

 

完全下校時刻を過ぎているため、電車もバスもなく、従って、お店は第7学区の中限定という事になるも、そこは複雑に入り組んだ地下街の一角で、様々な料理や栄養関係の学校が実験的にお店を集めているようだった。

 

聞くところによると、この辺はシスコン軍曹の義妹が通う繚乱家政婦女学院の店やメラメラ女番長の『実家』が経営する店も入っているのだそうだ。

 

それで件のすき焼き屋さんはと言うと……

 

 

「おわあ」

 

 

当麻は思わず呻き声をあげた。

 

近代的なデザインばかりの地下街で、その一軒だけが妙にすすけているというか、もっと口語的にいうとボロっちい。

 

客を集めている感は限りなくゼロだった。

 

『ここ、本当に大丈夫なのか?』と息を呑みつつ、何となく最前列にいたので入口の戸をガラガラと横に引いてみる。

 

レジの所にいたのはやる気のなさそうな学生店員だったが、当麻達の総数が40人を届くと聞くと店の奥へ引っ込み、そちらから『今夜は大漁じゃあーっ!!』とゼニ丸出しな声が飛び交う。

 

当麻は肩を落としつつ、

 

 

「ま、団体様だもんな」

 

 

「そうですね。予約も入れずに40人も店に向かった時点でおかしいですけど、それを笑顔で丸ごと受け入れられる時点で閑古鳥が住み着いているのが分かります」

 

 

それに、壁にかかった、やや油を吸っているっぽい色合いのお品書きを眺めれば、地ビールだけで30種類も揃えているアルコール最高という感じで明らかに学生向けではないですね、と詩歌はやれやれ吐息を零す。

 

とそこで、

 

 

「ところでなのです」

 

 

小萌先生が割り込んだ。

 

彼女は、ジロリと如何にも怒ってますと言いたげに半眼で上条兄妹を見つめ、

 

 

「上条ちゃんに、詩歌ちゃん。今日、止むを得ない事情があって学校を休んだ、と病院から連絡がありましたけど、本っ当に何にもなかったんですねーっ!!」

 

 

「ぐっ!? い、いや!? 一体何を仰っているのか当麻さんには良く……」

 

 

「ええ、ちょっと産まれたばかりの子供―――「子供っ!?!?」」

 

 

『子供の猫が事故で大怪我しちゃって』と担任からの妙なプレッシャーにたじろぐ愚兄の代わりに賢妹が予め用意していた台詞で弁明しようとするも、『まさか子供を……』、『しかも病院から……』と何だか余計に、ふぬぬ~、と涙目になり、小さい子|(のようにみえる大人)の泣き顔には弱い詩歌までもうう、とたじろいでしまい、

 

で、小萌先生は『いえ、できてしまったのを悔むのではなく、まずは、先生として力になって相談に乗ってあげなくては』とふんすと気合を入れ―――けど、ブルブルと動揺したままで、

 

 

「か、かか上条ちゃん!? 詩歌ちゃん!? い、いつ産まれたんですかっ!?」

 

 

「え、っと、確か……昨日、ですね。6回も出産しました」

 

 

「む、六つ子ちゃん!?!? そ、そそれは子沢山で大変でしたね!? 先生はまだ……なので分かりませんが―――じゃなくて、子供達はどうするつもりなのですかっ? 2人ともまだ学生の身ですし、親御さんとかに連絡は……」

 

 

「別に父さんや母さんに報告する必要は特に……。先生の言う通り、私達は学生の身ですし、里親を探そうかな、って」

 

 

「だ、だだだ駄目なのですよ!? 子供達はちゃんと皆一緒に上条ちゃん達の手で育てないといけませんっ!! 当然の責任なのですっ!!」

 

 

「そうしたいのは山々なんですけど。でも、こればっかりは責任取れそうにないですし、当麻さんにもこれ以上迷惑かける訳にはいきませんから……―――あ、何でしたら先生が預かってくれませんか?」

 

 

「せ、先生にですか!??! 先生としても力になってあげたいのですけど経験もありませんし、居候の結標ちゃんも家事ができない子ですし……」

 

 

……何だかものすっごく盛大に噛み合っていないような気がする、と詩歌と小萌先生の会話を聞きながら、当麻はとってもいや~な予感がした。

 

というか、すでに吹寄筆頭クラスメイトの視線が痛い。

 

 

「上条。……言いたい事は山ほどあるけど、ちゃんと父親として責任だけは取りなさい」

 

 

「えっ……父親としての責任って何?」

 

 

「カミやん!? 手ぇ出したのに、それはいくら何でも酷過ぎる!! 詩歌ちゃんに全部任せようなんて兄としてだけでなく男として最低にもほどがあるで、カミやん!!」

 

 

「い、いや当麻さんも里親を探すのは手伝いますよー。何だったら、青髪ピアスがどうだ。ほら! コレ写真! あ、姫神も見―――」

 

 

ゆらり、と姫神は無言で拳を握ると、

 

 

「ふん!!」

 

 

それを携帯で子猫の写真を見せようとした当麻のお腹の真ん中へ容赦なく突き刺した。

 

 

ズドム!! というとんでもない音と共に愚兄の身体がくの字に折れ曲がり、そのまま床に転がった。

 

 

不意打ちとはいえ、あの<スキルアウト>からの攻撃にも耐え抜いた当麻を一撃で伸すとは一体そこにどれだけの気を込めたのだろうか?

 

 

「ふ、不幸だ。そんなに皆、猫嫌いだった、のか……」

 

 

「「「「え? 猫」」」」

 

 

 

閑話休題

 

 

 

『こ、子猫!? 詩歌ちゃんを身籠らせたんじゃないんですかー!?』

 

 

『ねぇよ!! やっぱり、変に誤解してたんですね!? つーか、俺は土御門のようなシスコン軍曹じゃねぇって、何度言ったらわかるんだよっ!! そもそも現実的に考えられねーだろうが!!』

 

 

と何とか誤解について解けたのは良かったが、変態シスコン野郎疑惑までは払拭できず、胡散臭い瞳を向ける担任+クラスメイトに今日こそは、と説教してやりたかったが、これ以上騒がれると鍋がお預けになってしまう。

 

ふーふーふーふーとツッコミギレする当麻は、まーまーまーまーと詩歌に宥められながら兄妹仲好くお店の団体様用宴会席へ向かう。

 

それがまた一層疑惑を深めてしまうのだが2人は気付かない。

 

当然なから1つの鍋を40人前後でつつきまくる訳にはいかないので、自然といくつかのグループにテーブルが分かれる事になる。

 

各々のテーブルが勝手にテンションを上げて、備品をいじくって様々なコンテストを開いたりなど大忙しだ。

 

三毛猫は小さな鼻をひくひく動かしては嬉しそうにみゃーみゃー鳴いていたが、残念ながらネギ禁止令のためすき焼きはお預けである。

 

あまりにも無残なので、鍋と一緒に注文したものの先に来てしまった手軽なおにぎりを三毛猫に与える。

 

『おのれーっ!! 皆は肉なのに俺だけシャケかよ!!』と三毛猫は不機嫌そうにしっぽをブラシのように膨らませながら、前脚でおにぎりの両サイドを掴み、頭からガブガブと齧りついている。

 

注文した鍋を待つ間、クラスで話題になっているのは、学校でも話題に上がっていた学園都市の『外』で起きている混乱についてだ。

 

姫神はボソボソとした声で、背中合わせの位置にいる吹寄に話しかける。

 

 

「そういえば。Level4以上の子には。身元の申告書類を提出するようにって話がいっているみたいだけど」

 

 

「Level4とかLevel5とかって言ったら相当の使い手でしょ。ふん、やっぱりやばくなったらあたし達も矢面に立たされるのかしらね!」

 

 

「それはおそらくないでしょう」

 

 

と、吹寄とテーブルを挟んで向かいにいる|(当麻とは無理矢理席を離された)詩歌がそう言う。

 

あの常盤台中学に通う詩歌の否定が気になったのか他のクラスメイトも耳を傾ける。

 

 

「Level4やLevel5は強力な戦力になるでしょうけど、彼らの髪の毛などのDNA情報には学園都市の能力のデータが詰まっています。それもLevelが高位であるほど、研究価値が出ます。現に常盤台では情報の回収のためにそれ専門の美容室が学生達に指定されています。きっと身元の申告書類は戦争が起こったら前線に送り出す為じゃなくて、彼らをシェルターやら何やらに避難させるための手続きでしょう」

 

 

「でも、それだとLevelが低い学生が駆り出されるの?」

 

 

「いえ。性能の差はあれど、私達は『能力開発』の授業を受けています。きっとLevel0でも、充分に研究対象になります。下手をすれば、小さなきっかけで学園都市と同じ能力理論を開発、もしくは全く別の理論を発見するかもしれません。それに情報の流出よりも何より私達はまだ学生、子供です。子供を戦争に利用するという事を世間に知れ渡ったら、親達から暴動が起きます。きっと学園都市の信頼や地位などは一気に落ちて、……経営が成り立たなくなるでしょう」

 

 

だから、学生が戦争に駆り出されるのは低いです、と詩歌は結論付ける。

 

詩歌の説明を聞いて、クラスメイトはおぉ~なるほど~、と感心の声をあげる。

 

流石、詩歌の話は説得力がある。

 

仮に常盤台中学のお嬢様達がごっそり犠牲になったら、政財界を中心にあちこちで激震が走るのは間違い無しで、上条家も詩歌が戦争に行くとなれば、大黒柱の刀夜が戦地まで飛び込んで大暴れしそうだ。

 

もちろん、当麻も。

 

 

「なーなー詩歌ちゃん。常盤台中学の学バスは耐爆防弾使用だって本当なん? 何かウワサじゃ不意の砲撃でも安心とかいう話らしいんやけど」

 

 

「ええ、それは―――「おい、青髪ピアス。馴れ馴れしく詩歌の肩に手を回すんじゃねぇぞ」」

 

 

ええ、お義兄さん!? これくらいのタッチも無しですか!? とフラグを立てようとする変態紳士に、吹寄の隣から当麻は全く笑っていない視線を光らせる。

 

当麻としたら、この危険度Level5の狼ともいえる青髪ピアスが詩歌の隣にいるだけでアウトなのだ。

 

いくらジャンケンで勝ち抜いたとはいえ、できれば姫神、最低でも女子が良かった。

 

というか、インデックスと吹寄に挟まれている当麻の席と交換――いや、いっそ青髪ピアスとの間に割り込んですぐ隣で警戒網を!!

 

しかし、それではまた変態シスコンなんちゃらかんちゃら~~と非難の声が上がるだろうし、これでもかなり譲歩している方なのである。

 

この<怒らせてはならない怒髪天>と恐れられた愚兄の重圧に危機感を覚えた青髪ピアスは冷汗をタラタラ、とゆっく~りと名残惜しそうにちょっとだけ――ギロリ――パッと離れた。

 

折角の鍋なのに、この愚兄がいる限り、お近づきができない!?

 

と、グルル~と威嚇する当麻とそれをどうやって掻い潜ろうかと策を練る青髪ピアス筆頭野郎共との静かなる冷戦を他所に、

 

 

「はぁぁー……。保護者の皆様から『もし戦争が起こったら学園都市は危ないから子供を返して』っていうお問い合わせが増えているのですよー」

 

 

「やはり、そうなんですか?」

 

 

ちょっとやつれた調子の小萌先生のグラスに、ポットで詩歌はお水を注ぎながら詩歌は訊き返す。

 

青髪ピアスの反対側、詩歌の隣に座っている小萌先生はなかなか来ない鍋を気にしつつ、グラスに入った冷水を口に含みつつ、

 

 

「ま、大切なお子様ですからね。理解できる一面もあるのですけど……でも学園都市より安全な場所ってどこなんでしょう? 国内外を問わず、これほど警備体制が充実した安全地帯はそうそうないと思うんですけど」

 

 

それはどうだろう、と当麻は苦笑いになった。

 

今日もだけど、この数ヶ月で兄妹共々何回病院送りにされたか、もう数えていない。

 

そこへ当麻の隣にいるインデックスが、

 

 

「とうま、しいか、私はお腹がすいたんだよ」

 

 

「もうすぐ鍋が来ますから、あと少しだけ我慢です」

 

 

「私もおにぎり」

 

 

「駄目だ! それは三毛猫用!!」

 

 

餌を奪われるとでも思ったのか、三毛猫は全身の毛を逆立てて、『ふざけんな! 俺は肉も食べれないのにシャケすらも取られんのか!?』と威嚇の声で鳴きまくる。

 

と、そこでようやく、

 

 

「鍋が来たぞーっ!!」

 

 

数人の店員さんが両手で黒い鉄の鍋を持ってきた。

 

すでにぐつぐつ音を立てている鍋からは、家庭では中々作れなさそうな良い匂いが漂って来ている。

 

どれどれ、と当麻は店員さんの持っている鍋を覗き込もうとする―――が。

 

 

「ぐわっ!?」

 

 

ここで当麻は周囲のクラスメイト達から取り押さえられた。

 

近くにいたインデックスが小さく悲鳴をあげ、吹寄は鬱陶しいそうな顔で息を吐き、詩歌は軽く苦笑する。

 

 

「テメェら何をする!!」

 

 

「馬鹿野郎! お前が関わったらあの鍋がひっくり返ったりするんだッ!!」

 

「唐突にな! ほら特にあの可愛い顔で胸は巨乳の店員さんとか超危険!!」

 

「お前の幸せの為に俺達が空腹になるのは間違っているだろう!?」

 

 

色々と反論したいのだが、多勢に無勢である。

 

彼の右手に宿る<幻想殺し>は食欲満載のクラスメイト達には何の効力もないのだ。

 

だが、

 

 

「よし! カミやんが動けない今の隙に!! 詩歌ちゃんを攻略や!!」

 

「あ、詩歌ちゃん。卵を溶いてあげよーっ! 常時お兄さん、こう見えても卵を解くのは超高校生級でね。ほら、能力を使えば一瞬でこんなにも泡が」

 

「掻き混ぜ過ぎだ馬鹿。もうほとんど泡じゃねーか!! これはケーキ作りじゃねぇんだぞ!!」

 

「こんな馬鹿は放っておいて、詩歌ちゃん、ちょ~っと一杯飲んでみない? いや、決してお兄さん達はホロ酔いで色っぽい姿がみたいな~なんて不純な気持ちは一切なくて人生経験で………」

 

 

ド、ドドン、ドドドドドドドン!!! と愚兄ケージが大噴火(ボルケーノ)

 

 

多勢に無勢に何のその。

 

妹に群がる野郎どもを見て、当麻はどこぞの根性野郎を彷彿させるかのように、だらっしゃーっと抑えつけていたクラスメイトを吹っ飛ばす。

 

この天災を前に避難勧告が―――だが、店員さんの前で騒いだのが悪かった。

 

当麻に押し返されたクラスメイトの1人が後ろにふらつく。

 

すると、ドミノ倒しのように鍋を持っていた店員さんにぶつかる。

 

熱い鍋をお客様に当てないように、店員さんも頑張り、ギリギリでバランスを保ったが、机に足をぶつけてしまう。

 

で、その衝撃で机の上にあった給水ポットが倒れ―――

 

 

「きゃっ!?」

 

 

バシャッ、と中のお冷が詩歌に掛かった。

 

 

「だ、大丈夫ですか!? あ、クリーニング代とか」

 

 

慌てて鍋をガスコンロの上に置いて店員さんがそう言うが、詩歌は何事もなかったように微笑みながら手で制して、

 

 

「大丈夫です。お金も要りません。幸い水なので染みにはならないでしょうし、乾かせば問題はありません。こういうハプニングに備えてタオルは常に持ち歩いていますから。あー、でも、ドライヤーとかありますか?」

 

 

「は、はい!? 只今!!」

 

 

愚兄に長年付き合い続けた詩歌だ。

 

水を被る程度は簡単に対応。

 

 

「詩歌ちゃん!? このままだと風邪引いちゃいのですよー!!」

 

 

「そうですね。とりあえず、上着は脱いでっと」

 

 

と、ボタンを外して―――がしかし。

 

下に来ていた制服のワイシャツが貼り付いた肩はとても艶めかしく、それに大きめの上着に隠された抜群のスタイル、特に抑えられていた学内で第1位の豊満なふくらみは圧巻。

 

その愛らしい童顔も相俟ってとても背徳的に。

 

しかもびしょ濡れではないが、うっすらと下着のラインが透けて見えていて。

 

 

(まさに、水も滴るええ女の子とはこの事や!! この充ち満ちた瑞々しいフェロモンに僕はもうたまらん!! 今すぐその濡れ濡れな体を僕の身体で温めて―――だ、駄目や!! ここで僕の内なるビーストを呼び起こしちゃアカン!! まだそのイベントには早い!! ここは先輩として紳士的なふるまいするんや。間違っても、こっそり心のメモリーフォルダに保存しているのがバレちゃって『きゃー! 先輩のエッチ!』と言われん、のがオチ……なのも……………ええな)

 

 

事件後で色々と神経を使う作業に疲れていたせいかぼけぼけ詩歌さんはそれに気付いておらず、きょとんと、それがまた余計に無防備で………

 

 

「? どうしたんですか先輩方?」

 

 

「「「「「「「「「「ご、ごちそうさまです!!!!!」」」」」」」」」」

 

 

まだすき焼きも何も食べていないけどもう色々と満腹です、と青髪ピアス一同クラスメイト男子全員は一斉に床に額を付けるほど座礼。

 

そしてそのままちょっとトイレに―――行こうとしたが、そこで待ち構えていたのはアンタッチャブルな……

 

 

「よーしテメェら鍋はもう良いんだな? なら、今見たもんを全部頭の中から消化するほど腹ごなしの運動させてやっから全員表に出ろ!!!」

 

 

残念ながら彼の<幻想殺し>に記憶をブッ飛ばす機能は無かったが、物理的な恐怖で上書きした。

 

で、肝心のすき焼きだったが、野郎共が青少年の思い出を守り、また愚兄がそれをぶち殺そうと躍起になって店の外で大乱闘している間に、無限の腹具合(キャパシティ)をもつ白い悪魔ことインデックスさんが無双状態。

 

競争相手がいない環境下で、猛獣を解き放てばどうなるかなど考えるまでもない。

 

当麻が戻ってきたころには、鍋の中には煮汁を吸った白滝だったり、肉の小さな切れ端しか残っていなかった。

 

 

 

 

 

地下街

 

 

 

インデックスの活躍? により、追加注文を頼む事になり、そこまで自由時間となった。

 

大半のメンバーはお店の中でぎゃあぎゃあ騒いでいるが、当麻はちょっと喧騒から離れて店の外へと出てみる。

 

 

(戦争、か……)

 

 

実感が湧かない、いや、実感が湧くべきではない言葉。

 

店の外に広がる地下街を眺めれば、大学生を中心とした人達で行き交っており、皆が楽しげに笑っている。

 

今日、路地裏で小さな戦争があった事など露も知らない平和そのもののいつも通りの街並み。

 

しかし、その裏ではしっかりと9月30日に起きた学園テロの爪痕は残っている。

 

これからもし世界大戦が起きれば、あの学園テロがこの地球上あらゆる場所に起こるかもしれない。

 

ローマ正教と<神の右席>。

 

何とかしなければならない。

 

もうすでに一介の学生ができる範疇を超えているが、あのテロの中心人物だった『前方のヴェント』は言ったのだ。

 

上条兄妹を抹殺するために学園都市を襲撃した、と。

 

自分達兄妹が源泉となる大きな流れが、学園都市を、世界を動かしている。

 

何も分からないけれど、動かなくてはならない。

 

誰が決めたのかは知らないが、軸にいるのなら何かできるかもしれない。

 

何故なら――――

 

 

「当麻さん」

 

 

背中から声をかけられ、振り返れば、当麻の後ろにいたのはやはり、詩歌だった。

 

店から借りたドライヤーで制服を乾かした彼女は、店を出て、ここへ来た。

 

今日、妹は、その力を狙われて<スキルアウト>に攫われた。

 

しかし、これから大戦が起きれば、きっと世界中からそれ以上の人間が妹を狙ってくるだろう。

 

これはずっと前から忠告されていた事であり―――そして彼女自身が予言していた事だ。

 

 

「始まり、ますね」

 

 

何が、とは言わない。

 

当麻はただ頷き、詩歌と視線を合わせ改めてその覚悟を心に深く刻む。

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

これから起きる戦争が全部自分兄妹のせいではない。

 

けれど、その戦争は皆を、何より、賢妹が、愚兄が、互いが互いの最も守るべき者が巻き込まれてしまう。

 

 

「このままじゃ、駄目だよな。何かが不足している、って言うより、不足しているものの方が多いぐらいだからな。むしろ、今まで何とかできてきた方が奇跡的だったんだ」

 

 

「そうですね。それでも、前に進む為に、この戦争を終わらせる為にもやるべき事は全てやらなくちゃいけません。どんなに些細な事でも、決して後悔しないように」

 

 

「ああ、1cmでも1mmでも前に進む。ただでさえ難しい問題なんだ。それぐらいしないと目的の連中には絶対に近づけねぇよ」

 

 

「当麻さん……」

 

 

ぎゅっ、とその右手を詩歌が握る。

 

離れないように、離さないように。

 

当麻は迷いなく前を見据え、

 

 

「今まで俺は甘えてたんだ。自分の知らない世界の事を、全部他人任せてた。詩歌には、いつも迷惑をかけてたと思う……」

 

 

「そんな! 私だって、当麻さんがいてくれたから」

 

 

「いや、いつまでも頼りっきりじゃ駄目だ。詩歌の兄として格好がつかねぇ。これからは詩歌がいつも側にいるとは限らない。だから、俺は、今まで見て来なかった新しい世界に足を踏み入れなくちゃいけないんだよ」

 

 

当麻はその手を包む妹の小さな手を静かに握り締めて、気を引き締める。

 

詩歌もその右手のかけがえのない温度に、兄の覚悟を黙って見届ける。

 

 

「詩歌、俺は決めた」

 

 

強い意思の籠った声で、きっぱりと愚兄は告げる。

 

いつも面倒を見てくれた先生たる賢妹に対して、

 

 

 

 

 

「そう、俺はこれから英語を勉強するッッッ!!」

 

 

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

「はい?」

 

 

思わずポカンとしてしまう詩歌などお構いなしに、当麻はズボンのポケットから携帯電話を取り出して、

 

 

「ほら見ろよ詩歌! 携帯のアプリで『らくらく英語トレーニング』をダウンロードしたんだよ! 今、日常会話編のレベル3に挑戦してんだけど、やっぱ英語って難しいな。でもいい加減に日本語以外の言葉も覚えないと。ローマ正教とか<神の右席>の連中だって、いつもこっちの言語に合わせてくれるとは限らねぇし、いつまでたっても詩歌に通訳を頼みっ放しは兄として格好悪ぃからな!!」

 

 

「あのー……珍しく私がツッコミを入れなくちゃいけないような気がするんですけど。とりあえず、何故英語なんです?」

 

 

「え? ローマだからイタリア語の方が良いのか。でも連中って、世界に20億人とかいるんだよな。なら英語の方が良くないか」

 

 

ああ、なるほど、と。

 

どうも、本気で20億人に言葉を叩きつけるようだこの愚兄は、と。

 

自分のように堅実的で具体的な方法とかではなくて………

 

 

「た、確かに話し合いは重要ですよね。けどそれだけでは、ちょっと……」

 

 

「ああ、分かってる。本当に大切なのは言葉じゃなくて、ソウルだろ?」

 

 

ビシッ、と左手の親指を立てて、左胸を指す兄の姿を見て、詩歌の目からつぅーっと一筋の涙が流れた。

 

全く世話が焼けるな、こんな程度で感動しちまうなんて涙もろい妹だ、みたいな事を考えながら当麻はさらに、

 

 

「でもやっぱ通じるに越した事はないと思うんだよ。皆が皆ビアージオやヴェントみたいに日本語ができる訳じゃねーもんな。っつーか、今までは皆日本語で合わせてくれてたけど、こっちがそれに甘え続けるのは駄目なんだよ。つまり結論を言うとだな」

 

 

と、自信満々に語る愚兄に、いや、駄兄に、

 

 

「はぁ~~~~~~~~~」

 

 

ものすご~く呆れたような長い溜息。

 

 

「……いや、もう、何でしょうね。真面目に雰囲気作っちゃった詩歌さんが馬鹿みたいな。うん、ぜんっぜん悪くないです。勝手に期待して乙女心を裏切られたって思った方が阿呆だったんです。良いんじゃないんですか? ええ、当麻さんらしくて良い案です。大変素晴らしいの花丸です。そんな発想が思い浮かばなかった妹が愚か者で、愚妹だったんです」

 

 

詩歌はもう何だか……ツッコミを入れる気力すら湧かず、いっそ泣きたいくらいな感じ、いやもう主に泣いてますけど、とがっくりと肩を落として、この本当に馬鹿で残念な愚兄から離れる。

 

 

「で、詩歌は何を勉強する気なんだ?」

 

 

「いや、もう白けちゃって。言えるような気分じゃないので。また後日でお願いできませんか、上条さん」

 

 

「ええっ!? なんか妹からの評価が下がってる!? って上条さんって詩歌もだろ!?」

 

 

「あーお腹がペコペコです。早く席に戻らないと」

 

 

「え、あれ? 何も反応なしで行っちゃうのかー!?」

 

 

詩歌ーっ!? とその後、当麻は急に余所余所しくなった詩歌に、『あれー? 何が悪かったんだー?』と悩むものの答えは出ず、この後、この事を用事があって遅れてやってきた同じ兄である土御門に相談したら『か、可哀想過ぎる……。詩歌ちゃんとカミやんの頭が』と本気で憐れみ、『これは詩歌ちゃんの分だにゃー!!』と思いっきりグーで殴られた。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「な、なあ詩歌さん。何でご機嫌が斜めなのかなー? お願いだから訳を話してくれないかー? お兄ちゃん、ちょっぴり不安になっちゃうぞー?」

 

 

「つーん、知りませーん」

 

 

上条当麻は隣を歩く上条詩歌に声をかけるも、つーん、とそっぽを向かれて、隣からツンツンと先へ行かれてしまう。

 

あれからずっと他の人にはいつも通りににこやかに接していたが、当麻にだけはつーんつーんつつーん、といった感じで珍しくツンツン状態の妹。

 

すき焼き店から出て、クラスメイトとも別れ、今はインデックスを連れながら詩歌を送りがてら寮へ帰る途中である。

 

この機会に是非修復を、と試みるもツンツンされてしまう。

 

 

「(イ、インデックス、お前の頭の中の魔導書の中に、これでばっちり妹のご機嫌の取り方マニュアル~、みたいなものはないのか?)」

 

 

「そんなのあるはずがないでしょ、とうま。私が記憶する10万3000冊はそんなモノまで面倒見切れないんだよ」

 

 

「(そんなものとは何だ! 詩歌にツンツンされて、もし1週間も続いたらお兄ちゃんは、もう……! これは死活問題だぞ!! 一体何の為にお前は修道女やってるんだよ!!)」

 

 

「とうまが馬鹿でシスコンなのは今更だけど、次同じ事言ったら流石の私も怒るんだよ」

 

 

と、何だか妹だけでなく居候にまで、ツンツンされそうになっている。

 

ついでに三毛猫までも『これはもう庇いきれません』とばかりに、にゃーにゃーと呆れた感じで鳴かれる始末。

 

髪型はツンツンしているけど、中身はポワポワしている当麻さんも流石にやばい、ともしこれで『インデックスさんとスフィンクスは私の寮で面倒をみます。もうお兄ちゃんとは付き合いきれません』と三行半を叩きつけられたらどうしよう、とこの世の終わりとばかりに―――とそこで、

 

 

「うっ、うぅーん……」

 

 

ふと横合いから寝言みたいな声が聞こえた。

 

しかしここは寝室ではなく屋外で、そちらには赤金属製の郵便ポストしかない……と思いきや、

 

 

「う、うぎゃー……気持ち悪い……」

 

 

変な酔っぱらいの女性が寝っ転がって、その郵便ポストの支柱に両手で抱えて頬ずりしている。

 

大学生に見えるほど若々しく、格好もブランド物の、簡素なシャツに黒系の細いスラックス。

 

髪は見覚えのある茶色で肩まで伸びていて、この元気が有り余っているやんちゃな感じにも覚えがある。

 

というか、この襲ってください馬鹿野郎とばかりにアピールしまくって、逆にこっちが引く程醜態を晒しまくっている女性は、

 

 

「んー?」

 

 

と、酔っぱらいの首がにょろっとこっちを向く。

 

ああ、不幸な予感がする、と当麻はすぐに道を変えようと―――けど、もうすでに目が合ってしまい、目が合ったならすぐにバトルしないといけない法則でもあるのか、

 

 

「あーあーあーっ! アンタは確か当麻くんだ当麻くん!!」

 

 

ああ、やっぱり、と当麻は改めて酔っ払いを確認。

 

<大覇星祭>の時に出会った女性、御坂美鈴。

 

あのビリビリ中学生、御坂美琴の母親である。

 

 

「……まぁ、あいつの家系ならこんな感じでも妥当かな」

 

 

母娘両方に失礼な発言だが、美鈴は気にしてない、ただ、にへー、と弛緩し切った笑みを浮かべ、

 

 

「ちきゅーの重力って偉大よねぇ」

 

 

「は?」

 

 

「なんつーか、美鈴さんはもーう何もいりまっせーん。このまま寝ますおやすみーむぎゃ」

 

 

もう会話のキャッチボールで暴投をされまくってどうしようもない感じ。

 

しかも、直接、本当に寝息らしい音が聞こえたので、当麻はこれをどうしようかと―――パチッ、といきなり美鈴の両目が開き

 

 

「あっ、いけね。ストレッチしてないし乳液も塗っていないじゃん! ちくしょー努力を怠るとすーぐ肌に返ってくんのか。どーせ私は一時の母ですよーっ!! うぶっ吐きそう!?」

 

 

とりあえず、美琴には絶対にアルコールの類は飲ませないようにしよう、と当麻は誓う。

 

それでそろそろ助けてくれないかなー、としかし、詩歌はすでに美鈴に気付かずツンツンツンツンと50mも先にいてこの現状に気付いていない。

 

美鈴も美鈴で、当麻にターゲットをロックオンしているようで、

 

 

「おっふ、おっふ。た、立てない……」

 

 

どうやら起き上がろうとしているようだが、どうにもその動きは無駄が多いというか、水族館にいるオットセイみたいな仕草にしか見えない。

 

近づきたくないけれど、知り合い、しかも家族ぐるみで仲の良いビリビリの親となれば、放置はできない。

 

軽く溜息を吐きながら、当麻が不用意に傍に寄った―――ら、そこへ美鈴が思い切り抱き着いた。

 

 

「おっしゃーっ!! 年下の坊やげっとーっ!!」

 

 

「ぐおおおあっ!?」

 

 

むぎゅー、ぐらいなら胸も高鳴るが、どうも美鈴は普段から運動を欠かさない人物らしく、抱きついてるのに鯖折りのようにメシメシミシミシ!! と背骨から変な音が。

 

 

「こーんな時間にぶらぶらしちゃってぇ、美琴ちゃんはどうしたのよー? ぶはー」

 

 

「ぎゃわー刺激臭!?」

 

 

「あれぇ? 酒臭くて目がとろんとしているお母さんはセクシィじゃありませんー?」

 

 

「プラスの材料1個もないよそれ!! た、助けてー誰かーっ!!」

 

 

当麻は咄嗟にヘルプを求めるが、インデックスが思い切り冷たい目でこちらを睨むばかりで、ツンツンしている。

 

三毛猫スフィンクスも(一応)家主のピンチなのだが、アルコール臭が苦手なのかインデックスの手の中でバタバタと暴れている。

 

 

「そういやー、そっちの子って誰だっけ? 自己紹介プリーズ」

 

 

「ふ、ふん。別にあなたみたいな人に名乗る名前なんて無いかも」

 

 

「なんだとこらーっ! さっさと自己紹介しねーとこっちの男のこの鼻に指突っ込んじゃうぞーっ!!」

 

 

「わわっ!! インデックス! 私はインデックス!!」

 

 

美鈴タイフーンに<魔導図書館>のインデックスもたじたじ。

 

やはり、ここは―――と。

 

 

ガコン、と遠くから妙な威圧感を察知する。

 

 

見れば、そこにいたのは店の看板を片手で持ち上げる微笑みお嬢様が……

 

 

「し、詩歌さん!? そのお持ちになっているものをどうするつもり―――いや、待て、落ち着け!! 落ち着いてくれ!! お兄ちゃん、何でもするからそれをブン投げるのだけはマジで勘弁!!」

 

 

見知らぬ(遠いし暗くてよく見えない)大人のお姉さんに抱き着かれて(憑かれて、の方が正しいが)鼻の下を伸ばしている(ように見えた)愚兄に、母直伝の投擲術をお見舞いしようとする賢妹。

 

ああ、母と娘は似るもんだな~と考えている余裕もなく、かと言ってこの酔っぱらいを振り解く事も叶わず、

 

 

「全く、ちょっとそっけない態度を取ったからって、すぐに浮気するなんてーっ!! 当麻さんったらもーっ!!」

 

 

「良く見てマイシスターッ!! この人、美鈴さん―――」

 

 

と、その時、

 

 

 

―――キキィィイッ!!!

 

 

 

と激しくドリフトを利かせながら1台の真っ赤なボックスカーが出現。

 

サイドドアが開けていきなり人が飛び出して、美鈴、とそれに絡まれている当麻、おまけにインデックスを攫って、車の中へ。

 

 

「かっかっかーっ!! 悪の組織参上!! こ奴らを返して欲しければ、明日、この場所へ来い!!」

 

 

そうして、果たし状を詩歌の前に叩きつけるとそのまま走り去って行ってしまった。

 

 

 

つづく


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