とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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第1章 IF
幻想編 あの頃より


幻想編 あの頃より

 

 

 

注)これは本編とは関係のないIFシリーズです。

 

 

 

 

 

もしも、あの時、上条当麻が上条詩歌との約束を守っていたとしたら。

 

もしも、あの時、上条詩歌が木山春生を説得し、捕まえていたら。

 

もしも、あの時、上条詩歌もあの場にいたとしたら。

 

そして、もしも、上条当麻が記憶を失う事がなかったら……

 

 

 

 

 

病院 とある病室

 

 

 

 きっとこれは幻想(ユメ)なのだろう。

 

 そう、静かに意識する。

 このふわふわとしたまさに夢心地な空間。

 光も音もない揺り籠、また母親の子宮に帰るような海の中で、裸で、何も飾らないままで、名前もない人型が沈んでいく。

 その様を遠くから俯瞰するように見ている。

 私が堕ちるのを見ている。

 堕ちる先に果てはなく。

 もしかすると、初めから堕ちていないのかもしれない。

 ここには何でもがあるようで、何にもないのだから。

 光もなくて、闇もない。

 上もなくて、下もない。

 死もなくて、生きてもいない。

 何にでもなれて、何にもなれない。

 だけど、この沈んでいく人型は、どうしてこの海に溶けてしまわないのだろう。

 きっとそこには意味がある。幻想は形容さえ無意味だけれど、私はそう願ってしまう。

 返ることのない答えを待ち望みながら、祈っていた。

 愚かにも。

 ずっと、ずっと空を見つめても何も見えない。

 ずっと、ずっと手を伸ばしても何も届かない。

 ずっと、ずっと想っても、叶わない――――

 

 

『……ぃか……だい……ぶか……』

 

 

 微かにこの海を震わして伝わる、心配そうな声。

 ……ああ、知ってる。この私じゃない、私を待って、私を守ってくれた声の主を知っている。

 名前も、記憶も忘れても、知ってる。

 沈みゆく意識を引き上げてくれる感触も、覚えてる。

 この恋しくて孤独に狂いそうな私を掴んでくれたその手は、

 あったかくて……

 あったかくて……とっても気持ちいい。

 ずっと昔……ずっとずっと昔から私はこのあったかくて大きい手が大好きで。

 この右手は、私に確固たる意味を刻んでくれた……

 だから、また欲張りにも願ってしまう。

 傍にいてくれるだけで十分だけど。

 まだそれが間違ってるとは知らないほど幼稚な子供で、ただただ感謝だけの気持ちを伝えるには我慢できなくて。

 『約束』する前まで、毎日、毎日……『大好き』って言って……

 『お嫁さんになる』って言った時は、ちょっと困った顔で笑いながらも、私の頭を魔法の右手でやさしく撫でてくれて……その度に嬉しくなってきて……

 本当に……あの頃は幸せだった……

 やっぱり、誰にも譲ってあげたくないな……

 お兄ちゃんの事、幸せにしたいけど……でも……

 昔みたいに、また裡に留めずに、素直にぶつけたい………

 

「お兄ちゃん……だぁい……すき……」

 

 

 

「―――ッ」

 

「すぅ……すぅ……すぅ……」

 

 

病院 診察室

 

 

 夏休み初日。

 『科学』と『魔術』。

 本来、相容れない世界が交差し、その不可避な災厄にとある兄弟が巻き込まれたその日。

 愚兄は、過酷な運命に翻弄されながらも、明るい笑顔と共に生きてきた少女の幻想(ふこう)を殺す事を決意する。

 そして、賢妹も、その理不尽な運命を上書きする幻想(しあわせ)を投影しようと、応援に駆け付けた。

 2人の魔術師の支えもあって、賢妹は少女の暴走を抑え、愚兄は少女の<首輪>を破壊した。

 だが、

 

 

 

「………確かに妹さんはまだ眠ったままで、熱もあるようだけど、それは脳と肉体の疲労からくるものだね? 十分な休息と栄養が取れれば、必ず治るよ?」

 

「だからといって、1日も眠り続けることなんてあるんですかっ!」

 

 世話になっている目上の人物ということで、瀬戸際に丁寧語が守られているが、それでも少年の態度は恫喝するように医者に詰め寄っている。

 あれから、上条詩歌はずっと眠り続けていた。

 1日で、禁書目録事件だけでなく、幻想御手事件の解決に尽力を尽くし、そのまま休むことなく駆けつけた彼女は、少女――インデックスが救われたのを確認すると、そのままバタリと上条当麻の腕の中で動かなくなった。

 それは、妹の体の特異性を承知している医者でさえ回復するには自然と休めることだけしか言うほかないもので、何もできないことに拍車をかけてより苛立たせる。

 

「……、」

 

 そして、医者はこの高校生の入院平均頻度を大きく超えて顔なじみな少年が、いつもよりも余裕がないことに気づいていた。だが、今の彼には何を言っても危機はしないだろうとも考えている。

 

「……俺は詩歌の兄です。詩歌の事は俺が1番よく知ってる。詩歌はどんな時だって、一晩寝れば次の朝にはケロリとしてたんだ。それが、今朝になっても眠ったままで、しかも熱も引いてないなんて……」

 

 兄妹共に大変お世話になっている冥土帰しに、当麻は噛みつく。しかし、それはこの学園都市一の名医とかけてる期待が大きいからこそだ。ここは多少の無礼には甘んじて、落ち着くように説得を務めるしかない。

 喚き散らすような訴えに対し真摯に静聴してくれる先生に、当麻は数度血の上った頭の温度と下げながら、

 

「確かに……先生が心配ないと診断したならそうかもしれません。でも……それでも俺は……」

 

 膝の上に置いた両の拳を握り締める。

 あの時、何故、詩歌を巻き込んでしまったのだろう……

 その日、詩歌も後輩とある事件に巻き込まれていたというのに、何であんな無茶な事を……

 たとえあのときは正しいと思っていても、今は後悔しかない。妹だけは絶対に不幸にさせないと誓った筈なのに……

 だから―――

 

「いいよ」

 

 愚兄が歯を食いしばる様子を見て、冥土帰しは許可を出すことを決めた。

 

「先生……」

 

「幸い彼女の病室は個室だ。だから、家族の君が1日付き添っていても、迷惑はかけないだろし、問題もないだろうね?」

 

 傍にいた看護師もその先生の決断に異を唱えることはなく頷く。

 彼の言っていることはこの病院の規則に反する無茶だけど、けして叶えられない無茶じゃない。

 上条当麻がお願いしたのは、ただ目が覚めるまで1日付きっきりで看病させてくれというものだった。

 何もできないが、だからといって何もしないのは、ただただ辛い。

 本来、患者を見舞う時間には限りがある。それに、今はただ安静にしておきたい為、面会の制限も行っていた。

 彼女の体の特異性は、学生が無意識に放つAIM拡散力場に過敏すぎるものであり、この学園都市に来た当初はよく冥土帰しは倒れた彼女の症状を診ていた。今回の昏睡も同じであるとみている。

 無能力者であるにしても能力開発を受けた学生ならばAIM拡散力場を放ってしまい、入院している病室もAIM拡散力場を遮断する特別な仕様と成っている。昏睡しているとはいえ小康状態に落ち着いているともいえる今の状態を刺激してしまうのは避けたいのである。

 だから、当麻は病院に送り届けてから妹の姿を見ていない。

 しかし、同じく見舞いを嘆願する超能力者の幼馴染の子には悪いが、この対極に特異性な体をもつ少年に限るならば、許可を出してもかまわないだろう。

 

「……ありがとう、ございます」

 

「礼なんていらないよ? 僕は患者に必要な物なら何でも揃える。それに、僕もお願いされたとはいえ、彼女に無茶をさせてしまったからね……」

 

 深々と、当麻は冥土帰しに頭を下げ続けた。

 

 

病院 詩歌の病室

 

 

 当麻は詩歌の病室にいた。

 医者から許可をもらってお泊りに必要な道具を揃えてからすぐにきて、それから当麻はずっとここにいる。

 イギリス清教からのごたごたで預かることになったインデックスは担任の小萌先生に預かってもらい、昨夜から、詩歌の看病を続けている。

 

「すぅ……すぅ……すぅ……」

 

 詩歌はよく寝ていた。

 昔は、全力で遊んで、全力でご飯を食べ、そして全力で眠るというのが詩歌だった。

 けれど、ここ数年、彼女の寝顔を見た事はほとんどない。

 なので、少しの間、この貴重な寝顔を当麻は瞳に焼きつけていた。

 しばらくすると、熱で生温かくなったタオルを冷水にさらし、絞って、たたんで、また詩歌の額の上にそっと置く。

 便利な冷却シートがあるのだが、当麻はこんな古典的な方法で看病している。

 独りよがりなのかもしれないが、何もせずにただ見守るだけというのはできない今、こうして手間暇をかけるほうが慰めにもなるのだ。

 できることなら窓を開けて外の新鮮な空気と入れ替えをしてやりたいところだが、AIM拡散力場――異能の密度の濃い能力者の街の空気は妹と合い過ぎている。

 だけど、上条当麻が妹を連れてきてしまい。

 だから、上条当麻は妹から離れさせるべきで。

 なのに今、その手を固く祈るように握り締めてる愚兄は彼女に対して、少しでも罪滅ぼしがしたかった。

 何でも良いから彼女のために働きたかった。

 額のタオルを取り替え、顔に浮かんだ汗を拭っているうちに、時刻は正午を回っていた。

 それでも、当麻は昼食も摂らず、ただ予め用意していたスポーツドリンクで喉を潤すだけにすませる。

 様子を見に来た看護師に注意されるが、それでも当麻は何も口にしようとはしない。

 時々、看護師が見舞い客から送られてきた花、そして、お菓子や果物を預かるが、当麻はそれにさえも手を付けようとはしなかった。

 詩歌が何も食べていないのに、自分だけが食べる訳にはいかない、と。

 その意思の強さには、冥土帰しでさえも根負けし、ぎりぎりになるまで放っておきなさい、と看護師たちに指示を出す事にもなった。

 病院も今は回復したとはいえ、幻想御手事件の患者達の対応で忙しく、当麻の頑固さに付き合ってばかりはいかない。

 そうしている内に夜になり、でも、当麻は眠る事はなく、ただずっと妹の看病を続けた………

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 幻想を殺したい。

 

 

 彼女を苦しめるその力を、取り除いてやりたい。

 今は何ともないように見えるが、それが単に慣れたや耐性ができたと言っても良いかもしれないが―――その実は違う。

 慣れたのではなく、“自分でも気付かなくなってしまっただけ”。

 耐性ができたのではなく、“その感覚に麻痺しているだけ”なのだ。

 ずっと見てきた自分になら分かる。

 

 『人の気持ちになって』、『その痛みを我が事のように感じて』、なんて言葉があるのだが、彼女はそれを“現実にその身体を以て”体現している。

 

 このままだと、いつか取り返しのつかない事になる。

 こんな昏睡では済まされない、本当の不幸が来る前に。

 <幻想投影>を殺してやるしかない。

 その苦しみから解放させてやるのが、ずっと甘えることしかできない『疫病神』が彼女の優しさに報いることのできる唯一の恩返しだ。

 その気持ちに応えられる勇気がないのなら、彼女をずっと自分の側にいさせる訳にはいかない。

 兄としていつまでも妹の側にいる事は出来ないのだから。

 それにもし………これがきっかけとなり、彼女から嫌われるなら、同時に己の……も殺せる。

 だけど、それがただ彼女の力を奪ってやろうとするのは、この殺すことしかできない己の醜悪な劣等感から来るものなのかもしれない。

 賢妹の力で多くの人間が救われているのは事実で、そして、彼女はそれを望んじゃいない。

 何故なら………

 

 

 当麻が1日中不眠不休で看病し続けた次の朝。

 

 

「………ふむ。だいぶ熱は下がってきたようだね? 血色も悪くはないし、直に意識も回復するだろうね?」

 

「よかった……」

 

 当麻は思わず安堵の息を吐く。

 冥土帰しは眠り姫となった詩歌の身体を検診し、介助役の看護師に指示を出し、カルテに状態を記録させる。

 と、そこで、

 

「もう1つ言っておくとね? 妹さんの身体はなかなかのものだよ?」

 

 はい?

 

 当麻の頭が真っ白になる。

 まさか、コイツ、俺の詩歌に―――

 上等だ、恩人だろうとテメェの幻想をぶち殺してやる!

 そして、再起動するや否や当麻は勢い良く立ち上がり、

 

「違う、違う。そういう話じゃない。彼女の身体はちゃんと知ってるんだよ? 今は休息して回復に努めなければならない事を―――そして、その休息に全力を傾けられるほど、自分が今、安全な状況にいると言う事をね?」

 

 が、それはもちろん当麻の勘違いで。

 彼は医者であり、ついでに言えば、長年専門医のように面倒を見続け、そして、教え子でもある詩歌は娘や孫のようなものだ。

 そういった対象ではない。ナースのコスプレをするなら是非とも拝んでみたいところではあるが。

 

「安全な状況……?」

 

「どうやら寝惚けているようだね? 僕はこう言ってるんだよ? 詩歌君が目を覚まさないのは、君という信頼の置ける保護者がそばにいるという安心感からだ。こればっかりは僕には用意できないものだね?」

 

 やれやれ、と早とちりした愚兄に対して、こんこんと諭すように詩歌の容態を教える。

 

「え、じゃあ……」

 

「うん。君が看病に来ていなかったら、昨日のうちに目を覚ましていたかもしれないね?」

 

 ――――でも、

 

「それは別に悪い事じゃないよ? 妹さんにとって最も効率のいい形で回復が出来ているという事だよ? 君も知る通り、彼女は働き者で努力家だからね? 日頃から気をつけていたとしても、無意識に肉体的にも精神的にも疲労が蓄積してたんだと思うよ?」

 

 上条詩歌は学園都市で最も働き者の中学生だ。

 その行動力はずば抜けて高く、常日頃から誰かのために動いている。

 なので、休んではいたものの蓄積された疲労度は相当なものだった。

 だから、こうして熟睡しているのは、その疲れを癒す事にとても効果的である。

 

「そうですか……。ちゃんと回復しているようなら、それで……」

 

 何にせよ、妹が無事で本当に良かった。

 そして、起きたら説教の1つでもしてやろうと思う。

 働き者なのもいいが、自分の身体を大切にしろと叱ってやらないと。

 例え230万分の1の天才でも、その体は、まだ中学3年生の女の子なのだ。

 

「そうかい。それにしても、君達兄妹は本当に仲が良いね? 君達くらいの兄妹なら少し仲違いしていてもおかしくないのに……少々、兄妹の感情を超えている気がするね?」

 

 そう……

 

「そんなことないですよ。……俺は、詩歌が俺に傾けてくれる愛情の、半分も返せてない……」

 

 1人の女の子なのだ……

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「すぅ……すぅ……すぅ……」

 

 静かに寝息を立てて眠っている。

 もう昨夜までほど頻繁に汗を拭く必要はなくなっていた。

 冥土帰しの言う通り、ちゃんと快方に向かっているんだろう。

 

「詩歌……」

 

「おにぃ……ちゃ……」

 

 名前を呟くと、詩歌の唇も僅かに動いて、それに応える。

 目が覚めたかと思ったのだが、瞼が開く気配はない。

 無意識な条件反射のようなものだろうか?

 それとも、偶然、昔の夢でも見ていたのだろうか?

 詩歌は今でこそそう滅多に『お兄ちゃん』と呼ぶ事はなくなったが、学園都市に来る前はいつもそう呼んでいた。

 そう、昔は………

 ふと、詩歌の額に右手を置いた時の言葉が脳裏を駆け抜けていく。

 

『お兄ちゃん……だぁい……すき……』

 

 まだ幼い頃、そう疫病神扱いされる前から、詩歌はしょっちゅう抱きついてきて、何度も何度もその言葉を言ってくれた。

 それにテストや作文が返却されるたびに、詩歌は俺にそのプリントを見せてくる。

 ほとんどが満点か『大変良くできました』だが、悪い点数であっても、臆さず、詩歌は当麻にいの一番に見せる。

 まるで、当麻には自分の全てを知って欲しいとでも言うように、何も隠さない。

 そう、自分の気持ちも隠さず、正直だった。

 妹がいつでもくっついてくるなんて、子供の時分には鬱陶しいものの筈だったのだけど、当麻はあまり嫌だと思った事はなかった。

 いつの頃からか、おそらく学園都市に来てからだろうが、はっきりとそう言わなくなってしまったし、

 無闇に抱き着いてくることもなくなったが、

 それでも、詩歌が自分に気を掛けてくれている事はずっと感じていた。

 これが自惚れでなければ、詩歌はいつだって、自分を中心に物事を考えてくれている。

 あんなに家事が上達したのも自分の日常の面倒を見るためだ。

 あんなに頭が良くなったのも自分の不足した部分を補うためだ。

 あんなに強くなったのも自分を不幸から守るためだ。

 兄として冷静に考えるのであれば、そろそろ“兄離れ”させないといけない時期だろう。

 上条詩歌を、『上条当麻』という軛から解き放ってやらないといけない。

 

 ……そうすべきだ。

 

「兄として……考えるなら……な」

 

 さわさわ。

 さわさわ。

 彼女が幸せの魔法だと言ってくれたこの右手で、崩れないようにそっと、それでいて念入りに。

 妹の髪の感触を確かめるように、何度も何度も撫でる。

 艶々でさらさらな黒髪は、最高級の絹のようで、

 シミどころかホクロすら見当たらない顔の肌は、赤ん坊がそのまま大きくなったようにきめ細かく、

 1つの芸術品のように目鼻顔立ちを整っており、閉じられた瞼を彩る睫毛は驚くほど長くて、

 そして、その唇は………

 

「ッ―――」

 

 その時、ハッとしたように当麻は両手で頭を押さえる。

 そして、その迷う思考を潰すように、この幻想を殺すように己の頭蓋に爪を立てる。

 

「―――違う…っ! ……やめろ……っ……!」

 

 まずい。

 いくら馬鹿でも、これ以上、馬鹿なことを考えるのは駄目だ。

 早くその間違っている思考を振り払うんだ!

 たかが一晩寝ていないだけで、意識が混濁するなんてやわな身体じゃない筈だ!

 妹だから不幸だって腹にどれだけ文句があるなんて分かり切ってるんだ!

 そして、俺は、詩歌の看病をするためにここにいるんだぞ!

 あと少し、目覚めるまでは頑張って保ってくれ。

 

「……っ……おにぃ……ちゃ……?」

 

「詩歌……?」

 

 寸前の思考を振り払おうとしていると、詩歌の瞼がうっすらと開いているのが分かった。

 そして、そのトロンとした瞳がこちらの顔を映した瞬間、

 

「お兄ちゃん! 大好き!」

 

 ガバッ! と当麻の身体に抱きついてきた。

 それを上条当麻は何重にも意を固めていたのにもかかわらず自然と受け止めて。

 そう、あの頃のように……

 

 

病院

 

 

『どうやら、肉体的には全快したようだけど、精神的にはまだ回復が必要なようだね? うん? ずっとこのままって訳じゃないよ? ただ、数日は、疲れが取れるまではこのままだろうね?』

 

 

「あ、お兄ちゃん」

 

 陽の光を浴びて煌びやかな柳髪。

 期待の色にキラキラと輝く無邪気な瞳。

 上条当麻が見てきた中で文句なしの一番可愛い美少女―――――だが、妹。

 妹の担当医――冥土帰しとの話し合いを終えた当麻が病室に戻ると大きな枕にもたれかかった詩歌が出迎えてくれた。

 つい先ほどまで、眠り姫だった彼女は元気溌剌と言った感じで、ニコニコ顔である。

 

「おう、詩歌。体調はどうだ? どこか具合の悪い所はあるか?」

 

「ないよ。しいか、お兄ちゃんのおかげでバッチリ元気―――あ、でも………」

 

 そこで少しだけ笑顔を曇らせながら眉をハの字にして、お腹を押さえると、

 きゅるる~、と。

 可愛らしい音。

 詩歌は恥ずかしそうに頬を赤く染める。

 

「えへへ~……少しお腹が空いちゃってます」

 

 さて、今の詩歌の様子がおかしいのは精神的な負担が重なったのが、先日の事件をきっかけに破裂したからだ。

 肉体的な負担もそうだが、<幻想投影>は精神的な負荷が大きい。

 それで脳が最も効率の良い休息方法を選択した結果、幼児退行を起こしてしまった。

 といっても、冥土帰し曰く、しばらく回復したら元の戻るとのことで、いつもと少し勝手が違うのかもしれないが、それほど大層な問題ではない。

 まあ、起きて早々、飛びついてきたのはちょっと困りものだが、久々に『お兄ちゃん』と呼ばれて新鮮な感じで気分が良い。

 うん、ここ何年か不作がちだった『お兄ちゃん』ポイントを取り戻す勢いの面倒見の良さを十分に見せつけてやろう。

 

「そうか……なら、見舞いの品食べるか?」

 

「うん!」

 

 おおよそ3日間も、詩歌は眠り続けていたのだ。

 それにあの日は、ほとんど事件に巻き込まれてて満足に休息を取る時間さえもなかった。

 お腹が減っているのは当然だ。

 当麻は見舞い客から送られてきたお菓子をずらりと並べ、『これがいい!』と姫に注文されたものを速やかに用意すると、

 

「あ~………」

 

 少しだけ照れ臭さに頬を桜色に染めながら、目を閉じ、小さなお口を開いた。

 

(え!? これは、まさか!? あーん、しろと言うのか!? そ、そうか! ……今は幼児退行してるんだっけ? 確かに昔は食べさせ合いっこしてたような気もするが……でもな……)

 

 ―――ゴクリ……

 

 喉が鳴る。

 そっと目を閉じて無防備に口を開けた詩歌の顔は……何か、こう普段よりも幼く見えて無邪気なんだけど、見方によっては艶めかしくも見えるもので……

 ……何だか考えるだけで無性に恥ずかしくなってきた。

 でも、一生懸命口を開けている妹を長らく待たせては兄の沽券にかかわる。

 ここは個人の病室だ。

 詩歌と自分以外誰もいない。

 よし。

 

「すぅーー、はぁーー、すぅーー、はぁーー」

 

「?」

 

 いきなり、周囲をきょろきょろと見回したり、深呼吸したりと挙動不審の兄に、詩歌はきょとんと小首を傾げる。

 

「どうしたの? お兄ちゃん?」

 

 上目遣いで心配する詩歌に、またガツンと脳が揺さ振られる。

 

「いや、何でもない。何でもないんだ、詩歌。うん、これは雛に餌を上げるように、疾しい気なんて一切なく……」

 

 頭をバン! と叩いて気合を入れると、箱からお菓子を一つ摘まんで、

 

「し、詩歌。あ、あ~ん」

 

「あ~……あむっ」

 

 瞬間、

 

「うふふふ~(ハート)」

 

 甘く蕩けるように花開く。

 何だか病室全体が輝きに包まれている。

 そして、ピキッ、と当麻の身体は固まってしまった。

 この強力な石化魔法は<幻想殺し>では通用しない。

 今もそうだけど、やっぱり昔の方がピュア度が違う。

 

「おいひぃです、お兄ちゃん」

 

 何だろうなこれ?

 俺、もうすぐ死ぬのかな?

 すごく幸せなんだけど。

 それともこれは、俺が見ている幻覚なのか?

 何にせよ色々と青少年の命を削る行為だったが、それだけの価値はあった。

 詩歌は体調管理に気を使っているし、昔からずっと健康優良児だったから、看病する機会なんて、ここに来てから全くなかった。

 でも……何だろうこの感覚は……もしも彼女の食事を世話する仕事があるならそこに永久就職したい気持ち……

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

 

 一点の曇りのない笑み。

 何やら期待の籠ったお目々で見上げてきて、

 

「もっとください。しいか、もっと食べたい」

 

 やめて! これ以上は――――と思うが、この上なく上機嫌な妹の顔を見ていると、なんかもう色々とどうでも良くなってくる。

 普段の詩歌は、自粛しているのか、こうストレートに甘えることなんて滅多にしてこないけど、目の前にいる詩歌は本当に素直な、純粋な(もしこれがしれたらキツイお仕置きが待ってそうだ)幼い頃の彼女。

 この魔性の魅惑はガード不能で、本当のよりもきつい暴力的な威力。

 今の上条詩歌の醸し出す問答無用のピュアさは、孫悟空が三蔵法師に逆らえないのと同じくらいのレベルで、これに晒された被害者は屈服する他ない。

 

「わ、わかった……」

 

「ありがとう。お兄ちゃん」

 

 こうして、当麻は、見舞いの品、この病室内にある物全部を消費するまで、何度も何度も抵抗して屈服するを繰り返す、軍隊式の精神訓練並の生き地獄を味わい続けた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「ごちそうさま」

 

「ぬあ~~~~、終わった」

 

 長~~~く、息を吐く。

 今まで受けてきたどんなお仕置きよりも精神的にきつかった。

 久々に妹の世話が出来たのは嬉しかったけど、もう無理だ。

 そこで、当麻は時計を見る。

 もうそろそろ時間だ。

 今日まで無理を言って泊めてもらっていたが、流石に無事だと分かればここに居続ける理由も弱くなる。

 

「……えへへ~」

 

 頭を丁寧に撫でて微笑みかけると、詩歌もまた頬を染めながら、少し控えめに、それでいてとても嬉しそうに、微笑み返してくれる。

 うんうん、やはり俺の妹は超可愛い。

 良い子で、優しくて、よく気が回って、温かい。

 きっと彼女と恋人になるヤツは幸せな一生を送るに違いない。

 そう、本当、妹なのが――――

 

 ―――やめろ。

 

「じゃ、詩歌。また明日―――」

 

 居る理由はない。そして、居続けるのには悪い事情を抱えている。

 そう、幼いころの妹ならば、と予感している。ある種、期待している。

 それが手遅れとなる前に振り払うように病室を出ようとするが、腕を掴まれ踏み出す事が出来なかった。

 

「え……?」

 

 誰だ? とは、思わない。

 この部屋にいるのは2人だけ。

 自分以外は詩歌しかいない。

 振り返ってみれば、案の定、ベットから身体を伸ばして詩歌が当麻の腕を掴んでいた。

 

「お兄ちゃん、しいか、置いてっちゃうの?」

 

 その顔はさっきまでの無邪気な笑顔とは違い、どこか暗くて不安そうに瞳が揺れていた。

 

「……嫌」

 

「え……詩歌……?」

 

 掠れるような、耳を澄ましてようやく拾えるくらいの小さな声。

 

「もっと……ずっと、側にいてよ、お兄ちゃん」

 

「いや……な? もうそろそろ時間だし……」

 

「……お兄ちゃん……しいかと一緒じゃ嫌?」

 

 まるで捨てられた仔犬のような顔。

 知っている。

 そうこれは、本当の、素の、裸の、上条詩歌の弱さ。

 

「しいかは……お兄ちゃんといると幸せ……お兄ちゃんがいれば、しいかはどんな事があっても幸せ……だから、お願い。もっと、ここにいて……私を置いてかないで……」

 

 ―――ドクン。

 

 と、心臓が高く飛び跳ねた。

 鼓動が急にうるさくなり、詩歌の事がとても愛おしく感じる。

 

 ―――駄目だ。

 

 瞳を潤ませながら、弱弱しくお願いする姿が、たまらなく愛おしくて―――幸せにしたい。

 

 ―――それは駄目だ。

 

 誰かの手ではなく、自分の手で、この子を守り、誰にも渡さず全力で幸せにしたい。

 

 ―――だから駄目だっつってんだろ!

 

「詩、歌……」

 

 それは否定か肯定か。

 考えを明確に定まらずに、その名前を口に出してしまった。

 呼んでくれたと思い、嬉しそうに当麻の腕を掴みながら、詩歌は裸足のままベットから降りる。

 

「しいかね。お兄ちゃんの事が好き。ずっと、ずっと大好き」

 

「――――っ!?」

 

 その言葉に、当麻の中の何かが決壊しそうになる。

 ランプのガラスの裡に灯された炎のように、いくら息を吹きかけてもガラスに遮られて揺らぐはずがないが。罅が入り、隙間から空気を吸い込んでしまえば、いずれはガラスを割り、迸る炎が表に出てしまう。

 だから、この状況はまずいのだ。

 早く修復し持ち直さないと―――しかし詩歌は当麻に強く抱きついて、これ以上にないくらいに密着する。

 当麻は動けない。

 いや、動きたくないという欲が上回ってる。

 少しだけ距離を離して、当麻は詩歌と見つめ合う。

 そのまま自然に、ゆっくりと……互いの距離が縮んでいく。

 望んだ展開で。現実として叶えてはならないユメ。

 詩歌の潤んだ瞳が、そっと閉じられていく。

 その顔は、やはり目が離せないほど綺麗で、ぷっくりと膨らんだ柔らかそうな桜色の唇は美味しそうで。

 

「お兄ちゃん、愛し――――」

 

 そして、2人は唇を重ね――――

 

 

 

「失礼するよ? 少し調べ忘れた事があってね?」

 

 

道中

 

 

『し、失礼しました!』

 

 あの後、直前で当麻は詩歌の制止を振り切り、病室を抜けだした。

 あと少しで………する所だった。

 でも、これで……良かったんだよな。

 あれは、感謝の印……感謝の表現なんだ。

 そう、きっと兄として尊敬しているとか、そういった方面の『好き』な筈だ

 男女の『好き』じゃない。

 危うく勘違いする所だった。

 心配から安堵へ、安堵から当惑へ。

 兄としての尊厳、兄としての愛情、兄としての詩歌との関係……

 だが、心の深奥では、そんな表向きの言葉とはかけ離れた、もっと純粋な情動が鎌首をもたげていた。

 それは上条当麻の中で、ずっと抑え続けられ、けれども、すっと育ち続けた――――

 

 ―――やめろ。

 

「……疲れたな。早く、帰って寝るか」

 

 明日は小萌先生の所からインデックスを迎えに行ったり、詩歌の退院手続きと色々と忙しい。

 早いとこ、飯を食って、風呂に入って、布団に入って寝れば、元の自分に戻れ……る?

 ……元の自分?

 なぜそんなことを考える。それではまるで自分を見失っていたみたいで――――

 

 ―――これ以上はやめろ。

 

 ま、ごちゃごちゃ考えてても仕方ないし、今はなるべく何も考えないでおこう。

 全て忘れて、また明日考えてしまうようなら、そこで改めて考えれば良い。

 

 ―――ああそうだ。

 ―――それでいい。

 ―――これは考えちゃいけない

 ―――絶対に忘れなくちゃいけない。

 

 だが、この、感覚。

 

 ―――でも、この想いは幻想じゃない本物だ。

 

 自分以外の、自分とは別の意思を持ったナニカが中で蠢き回る、感覚。

 それが、酔いにも似た独特の違和感を持って心身を動揺させる。

 もう、限界が、近いのかもしれない。

 

 

???

 

 

 ………コ、ロセ………ハヤ、ク………シナイ、ト………

 

 

病院

 

 

 次の日

 

「……何だか、変な感じがするな……」

 

 良く知っている――それこそこの街に来てからずっとお世話になった病院は見慣れていて当然のはずなのに妙によそよそしい。

 まるで別の空間に迷い込んでしまったかのような感覚に背筋がぞっとする。

 たぶん、今の自分の心境のせいだろう。

 だが、行かなければならない。

 昨日はいきなり飛び出して行ってしまったが、今日会いに来ないと後々大変な事になりそうだ。

 一息つくと、当麻は妹の入院している病院へと歩き出す。

 

「おはようございまーす……」

 

 人の倍以上何度も入退院をしているおかげで顔馴染みになった職員に挨拶をしながら建物内へ入ると、まだ早朝だからか、外来者はあまりおらず、がらんとしている。

 

(よし! 平常心だ上条当麻。昨日は何もなかった。うん。何もなかったんです! 大切な事だから2回繰り返しました!)

 

 気合を入れると、当麻は病院の奥に向かって緊張しながら歩を進めた。

 と。

 

「かぷっ」

 

 突然背後から首筋に、生温かく柔らかいものが押し付けられた。

 

「っ―――」

 

 当麻は思わずひきつった悲鳴を上げて、その場で硬直。

 な、なんだ!?

 まさか魔術師か!?

 何かに襲われているのか!?

 なんて冷静に考えればあるはずのないことに、頭の中で軽くパニックになるが、緊張してしまった身体は動かない。

 まずい、やばい、にげろ―――気ばかりが焦る。

 しかし。

 

「あむあむ、あむあむ。うんっ! やっぱりお兄ちゃんはほっとします。これがおふくろの味ならぬお兄ちゃんの味ですね」

 

「どんな味だ! 当麻さんは食べ物―――って、詩歌!?」

 

「うん、詩歌だよ。おはよう、お兄ちゃん」

 

 いつもより幼い感じだが、いつも通りにのほほんとしている詩歌がいた。

 昨日の影響もないようで……当麻は思いっきり脱力して両肩を下げる。

 

「な、何やってんだ!? 何で噛みついてんだよ!? っつか、病室にいるんじゃなかったのかっ!」

 

「んー? なにって、お出迎えー」

 

「患者のお前が出迎えるって……病院的に色々とおかしいだろ。というか、いきなり後ろから噛みついてきた理由は!?」

 

「ドラキュラ風の挨拶だよ。どこかの学習塾で吸血鬼を巡って巫女と錬金術師――に、お兄ちゃんが巻き込まれる夢を見たからその予習ー。がおー、がおー」

 

 歯を剥きだしているつもりなのか口を開け、指をかぎ爪のように折り曲げて吼える妹。

 がおー、はドラキュラとは違うと思うし、その錬金術師と巫女が出てくる和洋入り乱れのエキセントリックな夢にも一言物申したいし、何だかもう何が何だかが分からなくなってきた。

 と、そこで視線を逸らした先のガラスに映る自分の首……

 

「あ、噛み痕――というか―――」

 

 あまりにも見事でやましげなキスマークが。

 

(ま、まずい! これを誰かに見られたら……)

 

 まだ正常には戻っていないが、あくまで精神が退行しているだけで、身体的にも、記憶的にも問題ないので、今日で詩歌は退院だ。

 それでおそらく親族の当麻以外にも、彼女が入居している学生寮から付き添いの人が来るだろう。そう当麻は待てずにフライングしてしまったが彼女らには待ちに待った時なのだ。

 もしその人物にこれを見られたら……

 

「おい詩歌! なにしてくれるんだ! こんな微妙な所に変な痕がついちまったじゃねーかっ!」

 

「む。変な痕とは失礼ですね。喜んでくれると思ったのに」

 

「喜ぶわけねーだろっ! こんなところにキ……噛み痕がついてたら誤解されるだろうが!」

 

「優しいかわいいドラキュラに噛まれた事にすればOK?」

 

「NO! んな事言ったら頭のネジが緩い人だと思われるだろうが! 大体、吸血鬼なんて空想上の……」

 

 いや、もしかしたら本当にいるのかもしれない。

 魔術師がいるんだし、いても不思議じゃないのか。

 今度、あの修道女に聞いてみよう……待て。

 その時、この首に付けられた痕を見られたら……―――頭に新たな噛み痕ができる。

 

「ん? お兄ちゃんが別の女の子の事考えている気配。また厄介事に巻き込まれたの?」

 

「誰かさんのおかげでな」

 

「ふーん」

 

 本当に分からないとばかりに首を傾げる詩歌に、激しくツッコミを入れてやりたい、というか、考えてる事を見破ったのも凄いが、『女の子の気配=厄介事』って何だよ、どういう風にお兄ちゃんは見られてるんだよ、と言ってやりたい。

 幼児退行している今そう思うなら、まさか昔からそう思われていたのか?

 基本インテルが入っていて鋭いのに、所々鈍感、天然ボケが入っている。

 ……全く、俺の妹は昔からこうだった……

 これだから勘違いする野郎が後を絶たない。

 

「がおー、がおー。詩歌さんは肉食。肉と親しいと書いて肉親。なので、もう一度かぷり」

 

「どういう理屈だよ、それは……って、やめいっ!? お兄ちゃんは食べ物じゃございませんことよ!?」

 

 それに加えて、今は幼児退行しているせいか理性(ブレーキ)が緩い。

 ますます奇矯さが入っていて、そろそろ流石に愚兄の手でも負えなくなるかもしれない。

 

「お兄ちゃんは詩歌が飢え死にしても良いと仰るのですか?」

 

「腹が減ってんなら、そこらの売店からなんか買ってきてやっから」

 

「詩歌はお兄ちゃんを食べたいのです」

 

「その発言は色んな意味でアウトだし、お兄ちゃんは顔を分けてあげられる菓子パンヒーローじゃないんだ」

 

 という訳で、もう一度甘噛みしようとするこの自称吸血鬼と朝っぱからすったもんだの戦い(傍から見たら、仲睦まじいじゃれ合いにしか見えない)を制し、最終的に後ろから両腕もまとめて抱え込む形で動きを封じた。

 むーむーとじたばた暴れるも流石にこの位置からでは噛みつけないだろうし、体格と腕力は当麻の数少ない妹よりも優れている点だ。

 

「むむ~、抑え込まれてしまいました。という事は、逆にお兄ちゃんが詩歌を食べてしまうのですね」

 

「何故そうなる!? それも社会的にアウトだからな!!」

 

「詩歌はお兄ちゃんのためなら片腕くらいなら……」

 

「って、その意味で!? お兄ちゃんのイメージとは違う!?」

 

「む。違う意味とはつまり………………ぽっ、朝から大胆ですね、お兄ちゃんは」

 

「アウト! アウトだ! アウトです! スリーアウトチェンジ!! 試合終了!!」

 

 妹のツッコミに朝からどっと疲れた。

 これは早急に元に戻ってもらわなければ、心労でこっちが倒れそうだ。

 

「はぁー」

 

 当麻はもう一度ぐったりと溜息をついた。

 が、そこで質問。

 男の子が抵抗する女の子を力で強引に抑え込むのは傍から見るとどう映るだろうか?

 

 

「か、上条ちゃん!?」

 

「とうま……しいかに、何やってるの?」

 

 

 ギグゥッ!? と後ろを向くとそこには、この後迎えに行く予定だった修道女と、彼女を預けていた担任の姿が……

 

 

「おろろ~、何だか面白そうな感じになってるねぇ~」

 

「アンタ……詩歌さんに、一体何をしたの?」

 

 

 ギクギク!? とその反対側を向けばそこには、迎えに来た妹のルームメイトと、妹の幼馴染で自慢の妹分が……

 

 

「い、いや、ただ妹の退院手続きに。あと、常盤台の学生寮までの付き添いに来ただけで……」

 

「ひどいっ! お兄ちゃんは詩歌を置いていこうって言うんですねっ! あんなに詩歌を苛めて弄んで、そのあげく他の女ができたら捨てようってっ! きーっ!」

 

 ちょ、おま!? と止める間もなく、昼メロの女優のように、よよよ、と崩れ落ちると服の袖を悔しげに噛み締め、演技過剰に叫び出し、

 

「いいもん、いいもん! お兄ちゃんがそのつもりなら、こっちにだって考えがあるんだから!」

 

 そう叫ぶと、詩歌はぷんすか怒ったまま1人でどこかへ行ってしまった。

 愚兄を置いて………

 当麻は空を見る。

 ああ、雲ひとつない青く晴れた良い天気だ。

 今すぐにでも泣きたい自分の心とは違って。

 

 ああ不幸 妹キレて 兄不幸

 

 上条当麻、心の一句。

 

「あのー……皆さん。まずは落ち着いて当麻さんのお話をよーく聞いていただけると嬉しいのでありますが」

 

 ウルウル、と担任が。

 ケラケラ、と悪友が。

 ガチガチ、と居候が。

 ビリビリ、と後輩が。

 

 あの妹の去り際の爆弾がよっぽど効いたのか、ただならぬ雰囲気で……(1名だけ違うが)。

 

 何だか妹のせいで、俺の周りが修羅場過ぎる!?

 

「あれれ~、当麻っち、その首筋についているのは何かな~?」

 

 で、コイツは鬼畜過ぎる!!

 まずい、とすぐに隠すも時すでに遅く。

 

「と・う・ま~~っ!!!」

 

 慈愛に満ちた修道女のはずのインデックスさんはまるで凶暴な恐竜のように。

 

「アンタってヤツは~~っ!!!」

 

 お淑やかでなくてはならないお嬢様の美琴さんは火花散らす雷神様のように。

 

 俺の周りは阿修羅が多過ぎる!?!?

 

「え、え~っとこれは……ドラキュラに噛まれちゃって、がおー……なんちゃって……」

 

 と、その後、当麻がドラキュラよりも恐ろしい目に遭ったのは言うまでもない。

 これは『女の子の気配=厄介事』の妹が提唱した方程式は正しいのかもしれない。

 

 

「不幸だーーーっ!!!」

 

 

 

つづく




これは本編とは関係のないIFで、まだ未完成です。

ですから、次からは先に第2章の投稿を予定にしています。

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