とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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無法者編 乱入者

無法者編 乱入者

 

 

 

病院

 

 

 

『………で、こうして『外』からの脅威を解決早々、カエルに睨まれながら、わざわざ病室までやって来て説明した訳なんだけど。あまり、驚いていなようだけど』

 

 

『別に、鞠亜さんから話は聞いてましたし、それに初対面時で何となくそう言う人だというのは分かってましたから。で、それはどの程度役に立つものなんでしょうか?』

 

 

『君は能力はもちろん、実績――表と裏も両方あるから、君の腕については疑念の余地もない。この軍師系スーパーJKのように『統括理事会』と同じ権限を持つか、単にマスコットで利用されるか、そこは交渉―――つまり、私の口次第ってところだけど』

 

 

『では、期待していないでおきます。なりたくてもなれるものではなさそうですし。最低でも、代表であるという肩書だけでも十分です』

 

 

『頼もしい限りだ。けど、最低でも3人以上の『統括理事会』からの推薦が欲しいトコだけど。そこはこうして話を持ちかけた手前、私の方で最低1人上は何とか手を回してみるつもりだけど。君の方でも自力で何人かと説得にあたって欲しい。賛同者が多ければ多いほど権限は強まる』

 

 

『やはり、そう簡単になれるものでもなさそうです』

 

 

『ブレインとしては受けてくれると助かる。正直、こう話を持ちかけたのはそのためだ。事件直後でお疲れの君をお兄さんよりも先に起こしてしまったのは申し訳ないが、他の仕事よりも優先して直接ここに来たのは、その誠意だ……けど、お義姉さんとしては断って欲しい。君は、君達兄妹は、今のままでも私では結局止められない悲劇を机上の空論を飛び越えて止めてきたんだ。……全く、考えることしかできない無力な自分に、歯痒いばかりだからな』

 

 

『……わかりました。『お義姉さん』の所以外は、ですが。……少し、考えさせてもらっても良いですか?』

 

 

 

 

 

廃墟ビル

 

 

 

錆びれた鉄杭を避けて、車が止まったのは、寂れた街の廃墟ビルの裏手の駐車場だった。

 

警備ロボット対策に、ここへの入り口を除き、周囲は雑草のように無数の錆びた鉄杭が打ち込まれている。

 

学園都市製のドラム缶型ロボットは、多少の段差は乗り越えられ、エレベーターなども赤外線で操作もできる。

 

だが、とある義妹メイドのモップ捌きに誘導されてしまうように、『障害物回避シークエンス』と言うのがあり、『保留・省略』し、効率を優先して、無理にバリケードを超えようとはしない。

 

さらに、頭上には、人工衛星による監視を逃れるため、ビルとビルの合間に、ビニールシートが張られており、空を覆っている。

 

そして、そこかしこの建物からはギスギスと刺さる気配が感じる。

 

ここは、目の届かない無法地帯。

 

何が起きても助けが来ない、弱肉強食の世界で、無法者の『居場所』。

 

 

「降りろ」

 

 

人の目を気にしなくても問題ない、とスタンガンを突きつけられたまま車を降りる。

 

そろそろ日は最高点に達するのだろうが、連れて来られたのは街の賑わいから取り残されたような区域だ。

 

辺りに登校する学生の姿など見えるはずが無い。

 

詩歌は、先行してきたもう1台のワゴン車から出てきた人質にされた少女、強面の巨漢の<スキルアウト>達とビルの裏口から入らされ、彼が先導する形で階段を上って行く。

 

恐怖で思考が追い着いていないのか、少女はこちらを気にするものの自分の足で男のすぐ後ろをついていく。

 

2階の廊下の突き当たりに、ドアが開けられた部屋があり、長方形の穴をくぐる格好で、一同は床も壁もコンクリートがむき出しの部屋に入る―――と、妙に頭がちりちりとする薄い痛みのような感覚を覚える。

 

 

「……ここには『AIMジャマー』が仕掛けられている。下手な真似はしない方が良い」

 

 

強面の男は呟くように警告する。

 

『AIMジャマー』とは、対能力者用少年院でも用いられている、『能力を封じる、弱体化するのではなく、制御を狂わせる』、能力者に自滅を誘発させる装置。

 

それがこの学校の教室ぐらいの広さの部屋の四隅に設置されていた。

 

この埃まみれのデスクやキャビネットが無造作に積み上げられ、鉄パイプや角材などが散乱している所を見ると急造で用意したのだろう。

 

 

「奥に行け」

 

 

続けて言われ、詩歌はこの急造の独房の奥に追い詰められ、人質の金髪の少女はただ何も言わずに<スキルアウト>に囲まれている。

 

埃舞う廃ビルの一室。

 

今からここへ『詩歌、誕生日おめでとう、吃驚したか?』なんて誰かがケーキを運んでくるようなサプライズなオチであって欲しいが、この感情の色がほとんど見えない男を見れば、そんな冗談などあるはずが無い。

 

詩歌は、白衣のような修道服のような上着で身を隠すようにギュッと抱き、にただじっと<スキルアウト>を見つめている。

 

が、その表情に切迫した様子はない。

 

何かを―――この追い詰められた状況から何かを読み取ろうとしている、そんな表情。

 

 

「荷物――その鞄をこっちに寄越してもらおうか。その腰に付けた物も一緒にな」

 

 

そう言い、強面の男は手を差し出す。

 

 

「筆記用具にノートや教科書、それからちょっとした小物ばかりで金目の物は、入ってませんよ」

 

 

「いいからさっさと寄越せよっ」

 

 

背後から先程のスキンヘッドの<スキルアウト>が声を荒げた。

 

その声に人質の少女の肩がビクリと跳ねる。

 

強面の男は振り返り、スキンヘッドを目で制した。

 

こちらに向き直り、静かな口調を保ったまま、続ける。

 

 

「最初にも言ったが、こちらも手荒な真似はしたくない」

 

 

手荒な真似をしたくない、という言葉は詩歌の思考を多方向に動かす。

 

人質を取られ、武器で脅され、もう十分に手荒らな真似をされているが、それでも肉体的な暴力を振るおうとはしない。

 

男の言葉を信じるのならば、『能力者狩り』という最悪の事態にはならないようだ。

 

そう言う意外な感と共に、疑問もまた胸に兆していた。

 

常盤台中学とはいえ、中学3年生の少女に、この騒ぎは大袈裟すぎやしないか、という疑問。

 

確かに常盤台中学はエリート能力者の集うブランドのようなものだが、一部の例外を除き、力はあるものの荒事や奇襲と言った実戦に慣れていない。

 

つまりは、能力を奪えば、ただのお嬢様に過ぎないのだ。

 

この能力を封じられた廃ビルの一室で、多人数で武器で脅しているのにも拘らず、一切の警戒を解かないのは……

 

 

「はぁ、陽菜さんですか? あの<赤鬼>が怖いんですね」

 

 

ビクッ、と<スキルアウト>が反応し、釣られて少女も唯一反応を示さなかった強面の男のごつい足に抱きつく。

 

それを見れれば、確認には充分だ。

 

 

「『常盤台の暴君』こと鬼塚陽菜さんは、路地裏では結構顔が利きますから、あなた達もご在知でしょう。もし身内に何かあれば、彼女は慈悲の欠片もない鬼になると」

 

 

基本、『能力者狩り』にも『無能力者狩り』にも手を出さないが、もし周囲の人間に何かあれば、容赦なく拳を振るう<赤鬼>。

 

それは過去に実例がある脅威。

 

 

「まあ、私の情報も陽菜さんからバラされているようです」

 

 

そして、人質と言う自分の弱点と、<狂乱の魔女>ではなく<微笑みの聖母>と呼んだ事から、<赤鬼>こと陽菜と親しい間柄である事は分かった。

 

 

「どうせ親友の秘密を酒の席で暴露してしまったんでしょうね―――が、いざ危機と分かれば飛んでやってくるでしょう」

 

 

やれやれと溜息をついて、詩歌は鞄の中から携帯電話を見せつけるように取り出し、

 

 

「おい、勝手な真似をしてんじゃねぇぞ」

 

 

とスキンヘッドの男が声を上げたが、詩歌は無視し、話を続ける。

 

 

「一部の機能はロックさせてもらいましたが、メールのやり取りならできます。これなら、突然、学校を欠席した理由を適当にでっちあげれば怪しまれずに、ルームメイトから連絡できますよ」

 

 

「テメェ―――」

 

 

とスキンヘッドの男が足を踏み出しかけたが、強面の男が『下がってろ』と制し、

 

 

「それで」

 

 

「お目当ての携帯電話を渡しますから、その子にナイフを突きつけるのは止めてください。正直、見ているだけで気持ちの良いものじゃないです―――あなたも“知り合いの子供”を少しでも危険な目に遭わせたくない、とそう思うでしょう」

 

 

強面の<スキルアウト>はそこで初めて驚くように、ギョッとする。

 

対し、詩歌は『賭け』に勝ったと内心で笑みを浮かべる。

 

 

「アドリブだったのか所々ボロが見えましたし、何より子どもと言うのは、どんなに役者でも顔に出ます。見知らぬ大人達に囲まれて、少しも怯えずに普通でいるのは異常です。考えられるとするなら、あなた方が知り合い。しかも、さっきの反応からして危機的状況から救ってくれた恩人と言った所ですか」

 

 

そこでようやく、人質の少女はバッと足にしがみ付いていた手を離し、詩歌を見て、視線を逸らす。

 

 

「ここへ無理矢理連れてきた水に流します。だからもう罪悪感しか生まれないような無駄な演技は止めて、その子を解放してあげてください。私も手荒な真似は好きじゃないんです」

 

 

詩歌の言葉に、強面の大男――駒場利徳は静かに顎を引いた。

 

 

「なるほど話に聞いていた人物像通りだな。……わかった。荷物を渡し、交渉のテーブルにつくなら……『舶来』を解放しよう、<微笑みの聖母>」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

<微笑みの聖母>。

 

見えているかのように、その苦悩を見抜き、我が事のように、その不幸を感じる。

 

そして、その微笑みは人に停滞を打ち破る勇気を与えてくれる。

 

悩める学生達を多く、才能を開花させてきたLevel0の希望。

 

出会った学生の誰しもが、自分の道を見つけさせ、前へと進めた。

 

 

 

『もし、奴らにつき、学園都市に危害を加えるなら、『上』はあなたと同じように回収するかもしれません』

 

 

 

この表に出る事が許されない、抜け穴(ゴール)のない、味方のいない闇の世界に墜とすつもりなのか。

 

あの『補強』にはこの上なく適している能力は、今、学園都市が落ちるかどうかの瀬戸際に来ている状況下では、是非とも欲しいものだろう。

 

例え、事件の被害者だろうが関係ない。

 

もう『上』は自分のような『悪魔』を使い回そうとするほどまともな思考じゃない。

 

 

 

『だったら、余計な真似をする前に、さっさと潰してしまった方が手っ取り早いと思いませんか?』

 

 

 

あの信用のならないスマイル野郎の言葉が甦る。

 

漆黒のボディに、搭乗者の顔が見られないように全てのウィンドウがスモークしようのゴミ収集車の形状をした自動車で現場へ向かう。

 

これは後部の収納部分は、内装が交換できるように使い捨てとなっており、死体をその場で処分でき、隠密行動に適した音の出ない電気エンジン。

 

つまり、生きるか死ぬかは関係なく自分はこの車にもう一度乗る事になる。

 

 

 

(だが、アイツは絶対に乗せねェ。クソ野郎共が裏で何を企んでっか知らねェが、ここに善人(ほんもの)以上に甘ったれな偽善(にせもの)が座る席はねェ)

 

 

 

 

 

廃墟ビル

 

 

 

「『能力開発』、ですか……」

 

 

「ああ、鬼塚から話は全て聞いている。その能力で、多くのLevel0を開花させてきた、とな」

 

 

とりあえず後であのお調子者は絞めよう、と詩歌は呆れつつも、事の発端となった悪友に恨みがましい念を送りつつ、

 

 

「それで、一応聞きますが、<スキルアウト>のあなた達がどうして力を……『能力者狩り』ですか?」

 

 

「……そうだ。能力者を叩く。無論、無差別ではなく標的は選んでいる。ものを頼める義理はないだろうが……力を開花させるだけで良い。俺達、<スキルアウト>に協力してほしい」

 

 

<スキルアウト>。

 

その本来の結成目的は、強大な能力者から身を守るためのもの。

 

能力者としての優劣に、人格的な問題は考慮されず、中には強大な力を弱者に振りかざして、悦に入ることしかできない醜い人間もいる。

 

詩歌は、その『無能力者狩り』を楽しむ能力だけの能力者を見た事があり、駒場は何十人も見てきた。

 

 

「にゃあ。聖母様。駒場のお兄ちゃんに力を貸して欲しいにゃあ」

 

 

ギュッ、とふわふわの金髪に蒼い瞳、外国から運ばれてきたお人形のような少女が詩歌にしがみ付く。

 

『無能力者狩り』の標的とされるのは組織された<スキルアウト>“以外”のLevel0。

 

悪ではなく、この幼き少女のようにただの弱者。

 

あれから、未だに部屋の中に留まってはいるが『舶来』は人質役から解放され、他の<スキルアウト>も武器を降ろしている。

 

 

「……どんな理由があろうと暴力を振るう為に力が欲しいというなら協力できません」

 

 

されど、上条詩歌にも譲れないものがある。

 

ドロップアウトしたとはいえ、いやドロップアウトしたからこそ、彼らは能力に懸ける希望は大きい。

 

蔑みや罵倒はその羨望の裏返し。

 

しかし、彼女が才能を開花させるのは不幸を減らす為、誰かを傷つけ、不幸を生む為ではない。

 

その返答に、男達の纏う空気に険悪さが増す。

 

詩歌は怯まずに、

 

 

「力だけで、Level0の居場所を築きあげたとしても、決して認められません。またそれ以上の力で潰されるのがオチです。だから、力ではなく、一学生として、この街の住人として、賛同を求める為に署名活動を行い、世間を味方に付けるんです」

 

 

「ハッ、この俺達が運動家ごっこでもしろっつうのか!? そんな徒労誰がするか!!」

 

「そんなので、何かが変わるとでも思ってるのか!? だとしたらアンタは馬鹿だ!!」

 

「流石、世間知らずのお嬢様は言う事が違う!! だが、そんな甘い戯言が通じる世界じゃねーんだよ!!」

 

 

<スキルアウト>から野太い非難と罵倒の声が浴びせられる。

 

 

「徒労なのは、馬鹿なのは、世間知らずなのはどっちですかっ!! 一体何度『失敗』すれば気が済むんです!! 夏休みに起きた大規模な『能力者狩り』も、結局は世間から反感を買って潰されたのでしょう!! 何故その力任せではうまくいかない、と経験を生かそうとしないんですか!!」

 

 

詩歌はそれ以上に大きな声で熱弁を振るう。

 

 

「確かに、ただの不良の更生物語なら今さら何やってんだと馬鹿にされるでしょう。だけど、誰かを恨んでも恨みしか生まれない。最初からうまくいかなくても、どんなに笑われようと、自分達が働いてきた悪事を理解し、何回も何回も贖罪し、困っている人達に手を伸ばせば、立場は変わっていた。あなた達は学園都市中の人達から認められていたはずなんです!!」

 

 

争いだけでは、結局は争いが生まれるだけ。

 

本当にこの負の連鎖を止めるためには、争いではない方法を取るしかないのだ。

 

集団で、能力も奪い、なのに<スキルアウト>はそのブレない信念の威に、逆に圧される中で、

 

 

「ふ……綺麗事だな」

 

 

駒場は平然と言った。

 

詩歌も言う。

 

 

「綺麗事でも、全員が幸せになれる道を選ばなければ、この連鎖はいつまでも終わりません」

 

 

「……眩しいな」

 

 

駒場は詩歌の目を見ず、答える。

 

 

「……土竜(もぐら)は、……地上じゃ暮らせない。俺達も……清廉潔白に生きていく……なんて宣言は悪いができない」

 

 

「いえ、あなた達は人間です。本当に誰かを守ろうとするなら、自分だって、世界だって変えられるはずです」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

その笑みは、強かった。

 

偽物ではない、本物でしか持てない熱がある。

 

あの鬼塚が言うように、本当の優しさを持っている。

 

 

 

……これなら、託していける。

 

 

 

目の前を覆い尽していた氷の壁が、不意に溶け去ったかのようだった。

 

だが、その屈託のない笑顔を眺めていくと、自分の中で決意が萎んでいくのを感じる。

 

ああ、何だってそんなに警戒心を持たずにいられるのだ。

 

彼女は自分で言っていたはずだ。

 

大勢の男に囲まれて、能力も封じられ、助けも来ない場所に追い詰められ、不安を抱かないはずがない。

 

聞けば、あの鬼塚と同等の体術の持ち主だという事から、逆にこちらが警戒していたが、彼女は自分を信じ切っていた。

 

こちらが馬鹿馬鹿しくなるくらいに。

 

彼女はただの善ではなく、悪でもない。

 

その枠では収まりきれない真正たる指導者の発露を、駒場利徳は見た。

 

そんな彼女に出会えた事、そして、自分が出会った事は、幸運だった。

 

きっとこの多くの人間を不幸にして来た犯罪者が上に立っていてはできない幻想を、そう自分の願いを投影してくれる。

 

今、ここにはいない浜面や半蔵は、きっと無駄だと、リスクの方が高いと反対していたが、自分の『本当の目的』は力を借りることではなく―――『最後のピース』を手に入れる事だ。

 

人に蔑まれる悪ではなく、悪を拒絶する善でもない、本物以上に本物な街を守ってくれる偽善。

 

この門答をきっと―――彼女は忘れない。

 

説得は失敗したのだろうが、『計画』は成功する。

 

しかし、その代償にこの少女に『重さ』を押し付けてしまう事だけは、謝りたい。

 

 

 

だからこそ、やり易いように、多くの不安要素を道連れにする。

 

 

 

もう自分の役割は終わりだ。

 

生への執着など――――とうの昔に捨てている。

 

そして、死への覚悟も決まった――――その時、

 

 

 

バガン!! と。

 

甲高い爆発音が響き渡る。

 

 

 

距離は近いのか、建物全体が震動する。

 

 

「……ついに来たか」

 

 

駒場利徳は立ち上がると他の<スキルアウト>に、

 

 

「説得は失敗した……。<赤鬼>との縁もある。……舶来と共に彼女を連れてここから脱出しろ……」

 

 

そして、誰の制止も返答も待たずに、最後の『三巨頭』、『力の駒場』は戦場へ………

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「おい、駒場さんが行っちまったぞ!?」

 

「どうすんだよ!? このままじゃ……!?」

 

「どうするってお前、駒場さんの言う通りにコイツらを……」

 

「ふざけんな!! 奴らは<警備員>や<風紀委員>の連中とは分けがちげーんだぞ! テメェ駒場さんを見捨てろっつうのか!!」

 

「よし。こうなったら強引にでもコイツを………」

 

 

突然の事態、束ねていた頭がいなくなり、しどろもどろに。

 

それほど駒場利徳と言う男の影響力が強かったのだろう。

 

そんな中、少女は願う。

 

 

「お願い。駒場のお兄ちゃんを助けて」

 

 

駒場利徳から話は聞いていた。

 

彼女こそがLevel0の光になってくれる、と。

 

<スキルアウト>はただ才能を開花させる為の力だと思っただろうが、少女はただ純粋に光だと捉えた。

 

スカートのポケットをごそごそと、取り出したのは小さな仔猫のキャラクターもののお財布。

 

とある暴れん坊で恥ずかしがり屋のサンタクロースが羞恥心に堪えながらもファンシーショップで買ってもらったプレゼント。

 

 

「カナミンのカードに、少し使っちゃったけど……」

 

 

詩歌に頭を下げながら、その宝物を差し出す。

 

 

「どうぞ、おおさめくださいにゃあ」

 

 

「えっ……」

 

 

思わず受け取ってしまい、そこに詰められた重さを感じる。

 

十円玉や五十円玉といった小額の硬貨は、お嬢様にとってみれば、雀の涙ほどしかない金額だろう。

 

だが、これはこの街の幼いLevel0の奨学金を少しずつ削って貯めたものだ。

 

 

「駒場のお兄ちゃんから聞いてる。聖母様って、私達(Level0)を助けてくれるカナミンみたいな正義の味方(ヒーロー)なんでしょ?」

 

 

「いえ、私は……」

 

 

ただ自分の為に行動する<偽善使い>、と言うのは憚れ、言葉を窮する。

 

 

「でも、世の中には、悪い人がいっぱいいるから、私達にも手が回らないほど大変なんでしょ? だから、これ」

 

 

真剣に。

 

神様に祈るように、聖母に祈るのを見て。

 

 

「……お名前は?」

 

 

「フレメア、フレメア=セイヴェルンです、聖母様」

 

 

「はい。私は上条詩歌と言います。これからは聖母様じゃなくて詩歌お姉ちゃんと呼んでください。それで、フレメアさんは駒場のお兄ちゃんの事、好き?」

 

 

「うん! 駒場のお兄ちゃんは私を助けてくれた。遊んでくれた。ちょっと怖いかもしれないけど悪い人じゃないの、にゃあ」

 

 

無邪気に話すフレメアを見ながら詩歌は決断する。

 

状況は理解し、想いも伝わった。

 

 

(……全く、とんだ卑怯者です。これじゃあ、私は受けるしかないじゃないですか)

 

 

全てを悟り、全ての覚悟を今ここに決める。

 

しゃがみ目線を同じ高さに合わせて、詩歌は、その財布の重さを手の平に感じながら、その伸ばされた少女の両手に戻し、包むように握り締める。

 

 

「お金はいりません。只今なんと初回限定無料サービス中なんです」

 

 

「え、本当!」

 

 

「ええ。フレメア=セイヴェルンさん。あなたの依頼は、詩歌さんが引き受けました。必ず駒場さんを助けます」

 

 

詩歌がそっと頭を撫でると、フレメアは表情を緩めて、パッと顔を明るくしてくれた。

 

こんな子に、『お兄ちゃん』を失わせる不幸にさせる訳にはいかない。

 

上条詩歌の全力を尽くすとしよう。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

結論は出た。

 

奴らに対抗するにはやはり能力が必要だ。

 

駒場のリーダーは売春などそう言う手荒な真似は好まないから、甘かったが、相手は所詮女なのだ。

 

リーダーがこの場にいなくなった今、力づくでも……

 

 

「おい、女! 身ぐるみ全部剥がされたくなかったら言う事を―――」

 

 

 

刹那、

 

 

 

「―――紙は木を作る」

 

 

 

先程、携帯電話の陰に隠しながら一緒に抜き取ったメモ帳。

 

そこから切り離された1枚の紙から、1本の六角が生まれる。

 

 

「へっ、能力は使えないはずじゃ……?」

 

 

「ふふふ、ちょっとした手品です」

 

 

その種も仕掛けもない魔法(マジック)に仰天している内に、

 

 

「さて、躾のなってない子達はちょっとお仕置きをしないといけませんね」

 

 

 

がすっ!! がすっ!! がすっ!! ごんごん!!

 

 

 

目にも止まらぬ杖捌き。

 

連続で脳天を打ち据えた。

 

<スキルアウト>達はそのままへなへなと床に崩れ落ちて折り重なるように昏倒。

 

荷物を奪取し、とある愚兄に磨かれた『対野郎に特化した物理的手段を伴う説得術』を行使した結果……

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「すびばせんでした」」」」」

 

 

地面に額を擦りつけて平伏する5人の<スキルアウト>。

 

 

「ふんふむ。当麻さんと比べると土下座の角度がまだまだですが、時間がないのでここまでにしておきましょう。うん、いい汗を、かきました」

 

 

ふう、やれやれと<狂乱の魔女>はやり切った感溢れるとても良い笑みを浮かべながら額を拭う仕草。

 

 

「さて、もう一度聞きますが、今からあなた達がやるべき事はなんでしょうか?」

 

 

「はい、わたくし達は!」

 

「駒場のリーダの命に従い!」

 

「『舶来』を絶対死守しながら!」

 

「この建物から1秒でも早く!」

 

「脱出する事です女王様!」

 

 

アイコンタクトせずともこの連携。

 

何と短時間でここまで……

 

いや、最も恐るべきはこれに能力を使っていない事だろう。

 

 

「はいそこ。舶来ではなく、フレメアちゃんです。ちゃんと名前で可愛らしくちゃんづけしなさい」

 

 

バシン! と座禅の警策代わりに六角がスキンヘッドの肩に喝を入れ、気持ち良い快音が響く。

 

 

「お仕置きありがとうございます!!」

 

 

先程襲い掛かろうとした野獣のような気迫はどこへやら、今はもう飼い慣らされた忠犬である。

 

……何故か叩かれて喜んでおり、それを他の4人が羨ましそうに見ているけど、幸せそうだから問題はないだろう。

 

 

「よし。それで私が教えたとっても大切な事は?」

 

 

「「「「「可愛いは正義!!」」」」」

 

 

……何か悟りを開いてしまったこの男達は後に、週1で補導されている青髪の(変態)紳士の下につく事になる。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「さて……」

 

 

六角を垂直に、マイクに見立てるように構え、

 

 

「―――これは群れの先頭をいく雄々しきヘラジカ」

 

 

秘文字の神性を宿した詩を歌う。

 

彼女本来の何にも染まる遠く澄んだ響きに、<スキルアウト>も、フレメアも頭が空っぽになったように聞き入れる。

 

 

「―――これは災いを撃退し、友を守る角」

 

 

その詩は奇跡を呼ぶ。

 

その歌は世界を変える。

 

その想いは不幸を浄化する。

 

六角の杖に、紫に刻まれた溝に、透明な生命力が満たされる。

 

その溝――ルーン文字、『Algiz』が成す意味はすなわち―――

 

 

 

「―――されば、包め、庇護(アルギス)!」

 

 

 

六角の杖を中心に、世界最大を誇るヘラジカの平べったい角の如く、幾重にも重なって広がる半透明な何かが手の平で包むように詩歌達を覆う。

 

 

「……これで、この杖の半径10mに30分程度の結界が張れました」

 

 

天草式とルーン魔術を応用して、賢妹が作り上げた、メモにして携帯できるルーンを主流とした魔法の杖――<筆記具(マーカー) Marker(Memory pApR sticK which savEd Rone)>は、使い捨てだが、汎用性の高く、供給を断っても効果は継続する。

 

オリアナ=トムソンの<速記原典>に近い。

 

ただし、こちらは『独特の発声法による歌』に反応するもので、触れても危険性はない安全安心設計だ。

 

 

「にゃあ!! 詩歌お姉ちゃんって魔法使いだったの!?」

 

 

これはまさか<衝撃拡散>か!? と能力で結論付けている<スキルアウト>達はとにかく、この純真な瞳を持つ少女はそうはいかない。

 

もし、ここに<筆記具>の作成協力者である腹ペコシスターがいれば、『しいか、一般人の前で何やってるの!?』と『神秘』の秘匿性について、あーだこーだとお説教されるだろう。

 

 

(まあ、緊急時でしたし……使い捨てですから問題は特に)

 

 

と頭の中でプンスカ怒っている小さいいんでっくすたんに謝りつつ、適当に夢あふれるロマンで誤魔化し、六角を、目を爛々に輝かせるフレメアに手渡す。

 

 

「はい。実は詩歌さんは『超起動少女(マジカルパワード)カナミン』と同じ魔法少女だったんです。これは秘密ですよ」

 

 

にゃおーん! と玩具をもらったとばかりにはしゃぐフレメア。

 

しかし、

 

 

「ちょっと、ケチャップがついてますけど、100%無農薬だから安心です」

 

 

無農薬は無農薬として、トマトなのに明らかに鉄サビ臭いのは何故だろうか?

 

もしここに愚兄がいれば、『いや、それさっきのお仕置きでついたもんだろ!?』と大変良いツッコミを入れてくれるに違いない、と。

 

 

「にゃあ! 『ブラッド&デストロイ』のように格好良い!!」

 

 

でも、実はゾンビゲー大好きで血生臭いものでも全然平気の舶来さんには好評なようだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

フレメア達がいなくなった後、詩歌は携帯を取り出し、ある女性へ電話をかける。

 

相手はワンコールですぐに出て……

 

 

「この前の依頼、お引き受けします。――――『先輩』」

 

 

『ふっ……ようこそ――――可愛い『後輩』。アフターケアは任せてくれ』

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

「おーっとそこまでだ」

 

 

鼻にピアスをした不良少年、浜面仕上は数人の<スキルアウト>を率い、壁のように横並びの1列に道を遮る。

 

まだ勢力図が埋められていない裏路地戦国時代を生き抜き、台頭した3人の猛者。

 

<スキルアウト>の時代を先駆け、<ビックスパイダー>を率いた伝説的なカリスマ、『疾さの黒妻』、

 

<スキルアウト>の時代を見据え、<七人の侍>という他と一線を画す少数精鋭の長、『読みの無悪』、

 

そして、<スキルアウト>の時代を支えた、上の2人と同じ『三巨頭』で最後の1人、『剛力の駒場』。

 

今の<スキルアウト>は駒場利徳を中心にできていて、例え『三巨頭』でも何でもない同じの<スキルアウト>でも、彼と親しい間柄の浜面はこのように部隊を率いる事が出来る。

 

もしかすると、これが終われば、リーダーと言うより雑用係がお似合いな不良と、あの脇役志望の忍びは新たなる『三巨頭』入りし、新たな時代の象徴となるかもしれない。

 

勝利の女神――<微笑みの聖母>の回収は成功した。

 

あとは脅すなりなんなりと駒場のリーダーが説得するだけ。

 

まあ、自分達のリーダーは女子子供に弱いからそういう真似はできないだろうが、それでも彼があの<赤鬼>との協定を破ってまでも捉えた獲物だ。

 

必ずこの機会をふいにしてはならない。

 

<警備員>や<風紀委員>にも気を配り、警戒した―――しかし、

 

 

「どこの誰だか知らねーけど、こっから先は関係者以外立ち入り禁止だ」

 

 

その言葉に、ツンツン頭の少年は眉を顰めて立ち止まる。

 

一見そこらにいる学生となんら変わらないように見えるが、彼はなんとワゴン車を走ってここまで追い駆けた。

 

その執念、というより、真昼間に車を追う学生というのは大変目立ち、『計画』の邪魔になる可能性があると判断され、浜面達は人通りの少ない路地で待ち構えていた。

 

 

「立ち入り禁止、だと?」

 

 

「何だよその確認は。いちいち言わなくても分かってんだろ? こっからは俺達<スキルアウト>の縄張り(テリトリー)だよ。んで、今は駒場のリーダーがお姫様を口説いてるっつう、能力者どもをブッ倒す大事な準備の真っ最中。だから、大怪我しない内にとっとと引き返して、学校にでも行っちまいな」

 

 

ここは繁華街とはすぐ近くなので、派手な音が出て、使い慣れていない拳銃はとにかくとして、警棒やスタンガンなどの護身用品を武装しており、ここにいる全員は対能力者の喧嘩慣れし、そこらのスポーツ選手と同じくらいに鍛えられている。

 

それを指揮する浜面は取り出した伸縮式の警棒を勢い良く振って引き延ばすと、しっし、とハエでも追い払うように、

 

 

「何の事かサッパリなんだけどよ……」

 

 

その時、浜面仕上は、足元が不安定になるような感覚に襲われた。

 

 

 

「詩歌を攫ったのはテメェらなんだな」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

かつて、その学園都市最強の名を欲して、数多の者達が戦いを挑んだ。

 

学園都市序列第1位というのは『能力者狩り』にとって、最も最大の敵であり、Level0の学園都市最底辺の<スキルアウト>は徒党を組んで、いかなる手段を用いて―――しかし、それは相手にすらされない。

 

蟷螂がその斧を振るおうとも人の歩みを止められぬよりもさらに酷く、妨げすらならないどころか視界にすら映らない。

 

その頂上を見る事すら敵わない下剋上を夢見た者達は、ただ跳ね返されて勝手に自滅していった。

 

そして、その『悪魔』がもしその気になったならば………

 

 

 

 

 

 

 

「はっあァーい、出来損ないのクソ野郎共」

 

 

そうそう耳にするものではない、金属を擦り合わせたかのような異質な声音。

 

 

「お前ら<スキルアウト>に天国への日帰り旅行をプレゼントしてやる」

 

 

路地の奥から、ビルの窓から、ほんの僅かなもの陰から、拳銃やボウガンなどの照準が20以上向けられているにも拘らず、一方通行は薄く薄く笑う。

 

 

「いやァ、コイツは中々お得だぜェ。あまりにもイイ所だから帰る気起きなくなるかもなァ。そンな訳で、まァ手始めに臨死っとけ」

 

 

杖に体重を預けたまま、一瞬で大気のベクトルを掌握し、風速50m以上の突風を生み出す。

 

風速50mは地に根を張る樹木でさえ根こそぎになるほどの暴風で、踏ん張ることしかできない人間が耐えうるものではない。

 

待ち構えていた不良達は、その身体を無造作に放り投げられたかのように吹っ飛ばされ、まとめて地面に転がる。

 

集団の動きが乱れ、そこへすかさず撃ち込まれる銃弾に、不良達は簡単に無力化される。

 

反撃しようにも、人の身では抗えぬ突風に先手を打たれ、銃口を向ける機会すら与えられない。

 

変わらぬ足取りで進撃する。

 

銃口を向ける。

 

その前に薙ぎ払われる。

 

無防備に倒れる。

 

鉛玉を叩き込まれる。

 

あまりにも呆気ない単純作業。

 

これを2、3回繰り返しただけで半数以上は黙らされ、その上能力はほとんど使われていない。

 

過去に木原数多率いる<猟犬部隊>との戦闘経験で、電極バッテリーの弱点を思い知らされた悪魔は、その節約法と能力以外の戦闘を学習している。

 

一方通行は、杖をつき無人の荒野を進むが如く一定の足取りで進む。

 

<警備員>や<風紀委員>とは格が違う。

 

このLevel5に向かい合っている<スキルアウト>には最悪の凶事。

 

同じ土俵に上がる事すら敵わず、一方的にやられていくワンサイドゲーム。

 

これが学園都市の頂点と最底辺の格差なのだ。

 

 

 

―――だからと言って、一方通行は手心を加えるような真似はしない。

 

 

 

精々、殺戮だけはしないようにしているだけ。

 

歩くように破壊していく。

 

ここで駒場利徳を殺せなければ、第二級警戒の穴を突いて通信回線を潰され、その混乱に乗じて周辺一帯の能力者達が無差別に攻撃される。

 

そして、その暴力の矛先は標的にしている高レベルの能力者や統括理事会ではなく、武器を使えば倒せる手頃な低レベルの能力者に変更されるだろう。

 

そして………

 

 

(ガキを人質に取られたそォだが、呆気なく攫われやがって……)

 

 

だから、『彼女』はこちらには来させない。

 

もし『彼女』が関わったと少しでも嫌疑がかけられれば、自分と同じように『上』の連中に首輪をかけられる。

 

見知らぬ他人でも人質になりうるなら、簡単に利用できる。

 

一方通行の顔面の皮膚が歪む。

 

善と悪ではなく、強と弱によって成立する闇の世界に『守りたい者』を墜とさぬ為に、彼女達のいた光の世界とは決別して一方通行は<グループ>に飛び込んだのだ。

 

一方通行は奥歯を噛む。

 

自分達が満足するために、

 

溜まりに溜まった鬱憤を晴らすために、

 

それだけのために、

 

自分達の都合で事件を起こし、

 

何の罪もない人間の幸せを貪り尽くし、

 

あの『光』を不幸に巻き込ませるつもりだというのか。

 

 

「ふざけンじゃねェぞ、このクソ野郎共」

 

 

と、その時、

 

 

「それはこっちの台詞だ」

 

 

頭にバンダナを巻いた少年が、その背後に現れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

雑草であり、害虫であり、どこにでもいる脇役――半蔵。

 

<スキルアウト>の中でも特に人混みに紛れ込む天才は、相手の隙を狙って視角から攻撃を加えることを極意とする。

 

そして、勝負に出るのは初撃で決められる時のみ。

 

 

「その電極。何らかの電子情報を送受信しているな」

 

 

一方通行がその存在に気付き、電極のスイッチを入れようとする―――よりも早く、真上に放られたスプレー缶を3点バーストの拳銃で撃ち抜く。

 

金属製の缶が爆ぜ、中から、キラキラと輝く薄い二枚羽を持つシャーペンの芯ケース程の極めて小さな竹トンボのようなものが辺りを漂い、回転しながら空中でピタリと静止する。

 

 

「これは<攪乱の羽(チャフシード)>、電波攪乱兵器の一種だ」

 

 

<攪乱の羽>。

 

マイクロモーターと東南アジアに分布するフタバガキ科の植物の種子の構造を参考にして作られた自律浮遊機能を備えた電波障害を起こす兵器。

 

元は対<風紀委員>の無線による連絡手段を断つために用意したものだが、

 

 

「―――ッ!!」

 

 

ガクン、と一方通行の身体からベクトル操作の加護が消える。

 

そう、<妹達>の代理演算デバイスの補助を阻害されたのだ。

 

最低限の『反射』さえも展開できなくなった一方通行へ、半蔵は手を振り下ろす。

 

 

 

「今だ! やれ!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……単純ね」

 

 

裸の胸にインナーのような布を巻き、その上から学校指定のブレザーを羽織っただけ。

 

スカートの丈も極端に短い、まるで誘惑しているかのような服装の少女――結標淡希は爆音轟く暗い路地裏を歩いていた。

 

彼女に与えられた仕事は、<スキルアウト>の活動資金の滅却。

 

様々な手を使って分散させた彼らの資金源を、手っ取り早く、持ち逃げさせる暇など与えず、爆弾を使って燃やしていく。

 

慌てて<スキルアウト>達が止めようとするも―――彼女に指一つ触れられない。

 

結標の能力、<座標移動>は学園都市全体で58人しか確認されていない空間移動系能力の中でもあと少しでLevel5だったというほど最高級で、三次元的な制約に囚われずに物体を好きな場所へ移動できる。

 

ただし、精神的な動揺に弱く、特に結標の場合は、過去の事件のトラウマでそれが顕著で、それが原因でLevel4なのだが―――一方通行と同じく、<グループ>の援助により補強されている。

 

この両肩と背中に張り付けられた湿布のような電極は、小型の低周波振動治療器。

 

これは、結標の脳波の乱れを測定し最も効果的なパルスパターンに調整するように電流を流すマッサージ器だ。

 

完璧とまではいかないが、これにより確かに一定のストレスは軽減できている。

 

故に大男が鉄パイプで殴りかかろうとも、やせすぎの女がビルの窓から弓で狙撃しようと、対処は簡単で、ただ<座標移動>を使い、近くにある盾になりそうな錆びた廃自動車や金属製のダストボックスを強制的に自分の手前に転移するだけで済む。

 

あとは、この自由度の高過ぎる能力の照準を警棒にも使える軍用懐中電灯で相手の手足に狙いを付け、手持ちのコルクを直接空間転移させるだけ。

 

高レベルの能力者は、人数を集めれば、武器を揃えれば、なんてそんな簡単に勝てるというものでもなく、喧嘩慣れはしているが訓練されていない路地裏の不良集団では、その対処法に気付かない。

 

 

「これで9個目」

 

 

事前情報により<スキルアウト>はハンドバックほどの手持ち金庫を下水道内部に隠している事は分かっている。

 

手榴弾のピンを口で抜くと、マンホールの中へ放り捨てる。

 

 

「……歯応えが足りないわ」

 

 

結標が<グループ>に“墜ちた”のは、9月14日に起きた『残骸事件』のせいだ。

 

彼女は同じ思想を持った数十人の能力者達と<樹形図の設計者>の一部分――『残骸』を奪取した―――が、その大半があの<超電磁砲>に撃破され、スポンサーだった『外』の企業も何者かに潰され、そのまま仲間達は<警備員>に捕まってしまった。

 

結標も<風紀委員>で同じ空間移動系能力者の白井黒子に返り討ちにされ、精神の変調により能力が使えない状態に陥ってしまい、最後はあの『悪魔』に叩き潰された。

 

けど、彼女だけは表に出る事が出来た。

 

現在、学園都市には反逆罪という明確な罪状は存在せず、けれど、街の安全を脅かす裏切者達の人権など誰も保護しようとは思わない。

 

つまり、法の守護さえもない彼らは人知れず倫理に反するような惨たらしい制裁を行われてもおかしくはない。

 

何とかしなくてはならない。

 

かつては同じ道を歩んだ『仲間』の危機なのだから。

 

 

(……にしても、現金、金塊、ITバンクの架空団体名義アクセスカード……相当分散しているわね。奴らがどうやって活動資金を得たのかが気になるけど、私の知ったことではないわね。こちらは破壊目標を確実に叩くだけ)

 

 

気楽に考えて、結標は懐中電灯を緩やかに回転させ、残り15ヶ所に点在する隠し金庫へ手榴弾の座標を見定めた―――その時、

 

 

 

「……少しは加減して欲しいものだな。能力者」

 

 

 

不意に男の声が思考に割り込んだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

男は、コピー用紙をそのまま吐き出すかのように陰鬱に苦言を呈す。

 

 

「こちらが資金を分散していたのは……一度の摘発で全てを奪われるのを防ぐため。言ってみれば……カツアゲを恐れる小心者が複数の財布を持つようなもの。それを捕まえて、身ぐるみを全部剥ぎ取ろうとは些か大人気ないと思うが……」

 

 

結標から前方およそ10m先に、はち切れんばかりの厳つい筋肉を安物のジャケットで包んだ、まるでゴリラのような大男が立っていた。

 

予め与えられた情報通りの破壊の権化のような人相。

 

 

「駒場利徳。……あらまぁ、こちらが先にターゲットとぶつかってしまったわ」

 

 

いつの間に、結標を取り囲んでいた<スキルアウト>の面々は消えており、おそらく駒場がその権限を使って退避させたのだろう。

 

己の足を引っ張らせないように。

 

 

「こうなったらやるしかないわね。でも幸運(ラッキー)よ。一方通行、あなた達に『お姫様』を攫われて、ブチ切れてるわ。会ったら確実にミンチね」

 

 

「……ほう……その名前。これは予想外だ。まさかそんな大物までと繋がりがあったとは……」

 

 

駒場は驚いたように少し眉根を持ち上げるが、結標は軍用懐中電灯を緩やかに構え直す。

 

それは今まで駒場が対峙してきた訓練された能力者<風紀委員>とは別格の、ただ作業として邪魔者を排除する淡々としている闇の仕事人の目。

 

 

「<座標移動>か……。厄介な力だ」

 

 

「厄介程度で収まると思う?」

 

 

「ああ、まぁ……そうだな。―――厄介以上に憎らしい」

 

 

裏の不良と闇の案内人は、互いに戦意をぶつける。

 

 

「眉間にぶち込んで終わらせてあげるわ」

 

 

<座標移動>に距離など関係ない。

 

野蛮な人間の拳など掠らせもせずに、三次元上の法則に割り込み、一一次元上にある理論で空間を渡り、鋼鉄さえも易々穴を開けられるコルク抜きの転移攻撃で、速攻で地面に釘付けにできる。

 

そして、拳銃などの飛び道具を隠し持っていようと、周囲にある盾を呼び出せばそれで済む。

 

 

「痛みを与えるつもりはない、と。……涙が出るな」

 

 

これから死に逝く者に、これ以上の言葉は必要ない。

 

冥土の土産のコルク抜きを標的の額のド真ん中へ―――

 

 

 

「……遅いぞ」

 

 

 

―――当たらなかった。

 

もうその場にいるべきはずの駒場利徳の姿は無く、コルク抜きは何もない宙へ。

 

<グループ>の技術部が開発した補強器具が強い信号を発するほどの、そして、殺しきれない重圧(ストレス)が、鈍い烈風と共に。

 

 

「くっ!?」

 

 

真後ろから、頭頂部を殴打され、結標の視界が霞む。

 

それでもなお、闇に住まいし獣の生存本能で、振り向きざまに軽自動車を、駒場の位置へ転移させる。

 

守るのではなく、標的を食い潰す為に。

 

 

「驚くなよ……」

 

 

しかし、駒場はもうすでに7mほど真上にいた。

 

 

「こちらだって真面目にやるさ」

 

 

建物に取り付けられた四角柱の鉄棒を結標へサッカーのボレーをかますように蹴った。

 

そのシュートの勢いは凄まじく、咄嗟に盾にした廃自動車を紙に穴を開けるように貫通。

 

結標の太股の表面を切り裂き、アスファルトに貫通する。

 

盾を使っても、それごと粉砕されては無意味。

 

 

「……不満そうな顔をするな。貴様のような化物と闘うんだ。これぐらいのハンデがあっても良いだろう……?」

 

 

そして―――速すぎて、転移座標の演算が間に合わない。

 

Level0にはありえない高速機動に、機械ではありえない複雑な野性的な動き。

 

<座標移動>でコルク抜きをその大きな的に転移攻撃を連続で叩き込んでも、狙いを付けさせぬようジグザクに回避され、あまつさえ、

 

 

「お返ししよう。俺は上品な葡萄酒よりも、安酒の方が好みでな。コルク抜きなど、もらった所で使い道がない」

 

 

ビュン!! と避けられ空中に取り残されたコルク抜きに向けて、鞭のような蹴りが炸裂。

 

恐るべき速度で飛来したカウンターシュートは結標の軍用懐中電灯を持つ利き腕を掠る。

 

その痛みに、肩や背中に張り付けられた電極が過剰反応し、座標調整の要であるライトを落としてしまう。

 

だが、その刺激で結標はようやく頭が回転しだす。

 

 

「その機動力、服の内側に<発条包帯(ハードテーピング)>を仕込んでいるわね!!」

 

 

超音波伸縮性の軍用特殊テーピング、<発条包帯>。

 

『駆動鎧』の駆動部を行う部分のみを取り出したようなものであり、身体の各所に貼り付けることで、運動機能を10倍以上と飛躍的に増強することが出来る。

 

結標の低周波振動治療器のような使用者の行動を支える補助具―――なんて、そんな都合の良い代物ではない。

 

『駆動鎧』にはある分厚い装甲や巨体――そして、使用者を保護する身体的プロテクトが一切存在しないため、身体に対して甚大なる負担をもたらす。

 

下手をすれば全身の筋肉が肉離れを起こしている。

 

何もしなくても、その負荷に使用者の身体が堪え切れずに自滅する。

 

その欠点故に、<警備員>の試験運用からも落ちた欠陥品だ。

 

 

「そう、貴方はもう、私が手を下すまでもないほどに相当な負荷がかかっている筈よ」

 

 

結標からその致命的とも言える弱点を指摘された通り、高速機動中の重心を保つために、膝の6つの靭帯と、大腿骨、脛骨、腓骨を繋ぐ各部筋肉といった脚だけではなく、体のバランスをとれるように全身にも細かく、<発条包帯>を補強している。

 

一応、足を自壊させないよう鉄板を仕込んでいるが、やはり、それでも無理がある。

 

 

「ふ……その程度の覚悟は、決まっている」

 

 

しかし、駒場は笑っていた。

 

これは、無能力者が能力者と戦うための代償だ。

 

きっとこの戦いが終わればこの身体は使い物にならなくなるだろう。

 

しかし、もう死ぬ覚悟ができている。

 

これからの世界の為に、礎となる。

 

だから、今の己に耐えられぬ痛みなど存在しない。

 

 

「対装甲兵器用の重火器を用意してこなかった貴様に俺は殺せない。どうだ? 今なら降参を認めてやっても構わないが」

 

 

「ちっ……そのままでも自滅する癖に、あまり能力者を舐めるんじゃないわよ」

 

 

「ならば、早急に決着をつけよう」

 

 

その死兵とも言える決意が、脳内分泌を促進させ、肉体を精神が凌駕させ、ゴリラの巨体がより一層巨大化する。

 

 

「……俺の前にはやるべきことが山積しているのでな!!」

 

 

「それは奇遇ね。……私もよ!!」

 

 

瞬間、駒場の周囲の空間に、複数のピンが抜かれた手榴弾が出現。

 

これは結標が今回の作戦の資金源を爆破するために用意したもの。

 

 

「そんなに重火器がお望みなら喰らわせてあげるわ!!」

 

 

ただでさえ当たらないのに精密転移に必須な軍用懐中電灯を落としてしまった結標が取った行動は、急所を狙う点攻撃ではなく、空間を制圧する爆破。

 

さらに、逃亡先に手近にあった金属製のダストボックスによる包囲網が駒場を取り囲むように敷かれる。

 

最後に自分の身体を近場のビルの屋上へ空間転移し、避難。

 

だが、

 

 

「薄いな……」

 

 

駒場利徳は、寸前でアスファルトを踏み砕き、ロケットのように上へ。

 

 

「……その程度の“膜”では、この俺を止めることはできない」

 

 

ユニットバス4つ分ほどの、分厚い金属の箱の包囲網を<発条包帯>で強化された蹴りで粉砕。

 

直後、紅蓮の炎が戦場を覆い、鋭い破片の凶器が無数に飛び交う。

 

看板や壊された廃自動車の鉄屑などがまとめて吹っ飛ぶような大爆発が発生し―――が、

 

ゴォッ!!! と爆風の勢いにも乗って、一気に結標のいるビルの屋上の高さまで跳び上がった。

 

そして、10m先の結標の驚きに大きく見開いた視線と合わさった時、初めてそこで駒場はズボンのベルトから自分の得物、引き金の手前に2本のマガジンが突き刺さっている奇妙なフォルムの大型拳銃を取る。

 

 

(っ!! あれは<演算銃器(スマートウェポン)>!?)

 

 

<演算銃器>。

 

赤外線を使用して標的の材質・厚さ・硬度・距離を正確に計測し、即興で最も適した火薬を調合、合成樹脂の弾頭を成形して発射する。

 

設定次第で鋼鉄の板を打ち抜く事や、豆腐の中に弾頭を残す事も自在で、マニュアル操作であれば大抵の死因を作ることが可能。

 

そう、訓練された腕が無い<スキルアウト>でも扱えてしまう。

 

 

「……チェックメイトだ……」

 

 

抑揚のない、勝利宣言。

 

結標淡希の額に赤外線の、赤い光点がつく。

 

だが、彼女は逃げられない。

 

補強されていようと過去のトラウマにより、すぐに自分自身を連続で空間転移はできないのだ。

 

頼みの綱の<座標移動>も使えず、<演算銃口>の銃口が自分の脳天を捉えている。

 

これはもう将棋で言うなら完璧な王手。

 

 

 

だが、引き金を引こうとした次の瞬間、待ったがかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――これは群れの先頭をいく雄々しきヘラジカ」

 

 

奇跡の詩を己の魂を込めて歌う。

 

すると、それは属性と同じ紫の色を纏う。

 

 

「―――これは災いを撃退し、友を守る角」

 

 

そして、狙いを修正。

 

<念動使い>に結合が強化され、

 

<空力使い>の『噴出点』が設置される。

 

 

「―――されば、包め、庇護(アルギス)!」

 

 

 

 

 

 

 

「どう、なってるの……?」

 

 

駒場利徳と結標淡希は互いに唖然とした表情で顔を見合わせる。

 

音より先に飛来した六角が2人の間に割って入ったかと思うと、<演算銃器>から放たれた鋼鉄さえ易々と食い千切る弾丸が、停止した。

 

まるでそこに不可視の堅固な壁が存在するかのように。

 

そして――――現れた。

 

 

「何、故」

 

 

駒場の口から、自然と言葉が漏れる。

 

 

「―――何故、ここに。……どうして、こんな真似を?」

 

 

乱入者の少女は、

 

 

「これ以上、無駄な犠牲を止めるためにです」

 

 

上条詩歌は、誰もが見惚れるような迷いのない真っ直ぐな笑顔で、威風堂々と答えた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

これはもう風化してしまっている都市伝説。

 

『三巨頭』がという名称ができる前、まだ<スキルアウト>達に絶対的なリーダーがいない裏路地界群雄割拠の時代の事、<怒らせてはならない怒髪天(アンタッチャブル)>、と呼ばれた1人の男がいた。

 

それはある日、路上で屯ってちょっと酒を飲みながら宴会気分になっていた時、1人の不良が、少し離れたベンチに、おそらく待ち合わせをしている女の子を見つけた。

 

その少女は、またえらい美人で、まだ幼そうな顔立ちをしているも服の上からも分かるくらいに発育はかなり良く、そしてその笑みは、目が釘付けになり立ち止まる人間が出てくるのも無理はないと思うくらいに魅力的だった。

 

少女はそれに気付いているようだが大して気にしていない様子で携帯している本を読みながら、時々、左腕に、時計を見つめては心配そうに息を吐く。

 

まさか待ち合わせをすっぽかされたのか、と不良達は考え、よーしそれならお兄さん達が遊んであげようじゃないか、あひゃひゃひゃ、と顔を合わせながら下卑た笑みを浮かべた。

 

通行人達もそれに気付いたのか視線を逸らし、そそくさと足早にその場を去る。

 

そうして、ベンチに佇む少女を大勢で囲んで、

 

 

『ねぇー、ちょっとそこの君―――『あ、――さん!』』

 

 

彼女は自分達の事など眼中にないかのように、向こうに右手を上げると、そこに………

 

 

 

『テメェら、――に何をしようとしてんだ!!』

 

 

 

天に逆らおうとばかりに尖った髪に、体内からアルコールがぶっ飛ぶほどの怒りの形相を浮かべた『怒髪天』がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

かつて、あの『武装無能力者事件』の後、新たなる『三巨頭』は誰か? という話題に花を咲かせていた時、ふと<スキルアウト>の間の都市伝説、<怒らせてはならない怒髪天>の名が挙がった。

 

だけど、それは『ナンパする時は男に気をつけましょうね』という不良達の教訓のようなもので、実在するかも分からない人物だ。

 

3年前、と風化するほどの年代物の噂に、浜面は仲間と冗談に笑いながら、酒を飲み交わした―――が、ただ1人だけ、その冗談に苦笑いを浮かべる者がいた。

 

それは『三巨頭』ですら手に負えない<赤鬼>、鬼塚陽菜。

 

 

 

『泣く子と恋する乙女には勝てん。マジギレした親友(ダチ)の兄は勝負すらもしたくない相手』

 

 

 

あの戦闘狂(バトルジャンキー)さえも避ける相手。

 

何噂話を本気にしてんだ、とその時の浜面は適当に笑い飛ばしたが………

 

 

「後は……テメェだけだな」

 

 

白目を剥いて撃沈した仲間達。

 

そして、何度金属バットなどの凶器で殴られようと、数で一気に圧し潰そうと倒れない男。

 

 

「はは、」

 

 

その光景にポカンと口を開けて、浜面は小さく笑った。

 

 

「テメェは何なんだよ。何でここにやってきた。くそ、応援も全然来ねーし。まさか、俺達の計画を阻止するためにやってきた『アイツら』なのか……?」

 

 

「知るかそんなもの。テメェらの計画なんざどうでも良い。詩歌を返せ」

 

 

男の言葉にウソはない。

 

という事はつまり、この浜面仕上の人生をかけた大事な計画の事を何も知らないのに、この男は自分達の邪魔をしようとする。

 

 

「邪魔、するな……だと。たまんねぇなオイ」

 

 

ギリッ、と浜面は歯を噛み締める。

 

 

「俺達Level0がコレにどれだけの覚悟と希望を持って望んでんのか分かってんのか!? 景観の美化っつー名目で居場所を全部壊されて、どこへ行っても馬鹿にされて、他人を食い物にする以外に、Level0に道はねえ……けどな、力さえあればこんなクソッたれな世界から抜け出せるんだよ!! あんな、力が無いってだけで人を排斥する不平等がなくなるんだよ!! だから、力が欲しいんだよ!! だから、力をよこせよ!! 報われないLevel0を救える力を持ってんだろ!! だったら、救えよ、俺達Level0を!! それが力を持つべき者の義務なんかじゃねーのかよ!!」

 

 

<スキルアウト>達の叫び。

 

能力者になることを諦め、能力者からの攻撃を恐れて、けど、能力者に憧れを抱く者達。

 

 

「……馬鹿にするのもいい加減にしやがれ」

 

 

しかし、その言葉は失敗だった。

 

ギン!! とその眼光の光が、明確に強まる。

 

 

「ハッ、Level0だからって舐めんじゃねーぞ!! 俺は路地裏で能力者達と渡り合うために、そこらのスポーツ選手と同じくらい身体鍛えてんだ!! ボロボロのテメェなんざ負けるはずがねぇんだよお!!」

 

 

浜面は一気に接近し、警棒でこめかみを狙う。

 

ビュン!! と風切り音を響かせながら―――が、その前に浜面の手首を左手が掴んだ。

 

 

「ぐっ、あ!!」

 

 

ミシミシという骨が砕かんばかりに軋む。

 

 

「くっそ、放しやがれ!!」

 

 

激痛に顔を歪めながら、腹に思い切り膝を突き立てた。

 

ドン!! という、太鼓を叩くような轟音が鳴る。

 

これは、普通の人間ならこれでゲロを吐いてのたうち回り、下手をすれば内臓破裂ものだ。

 

 

「……一緒にすんじゃねぇよ」

 

 

浜面は絶句する。

 

倒れない。

 

それもそうだ。

 

こんな不平不満をぶちまけるだけで、人に打たれる痛みも人を打つ重みを知らない攻撃で、その拳で大切な者の世界を背負ったあの嘘吐きの友達の徹底した死突殺断を耐え抜いたこの男が倒れるはずがない。

 

 

「全てのLevel0を、テメェみたいなクソ野郎と一緒にするんじゃねぇよ」

 

 

「テメェ……。一体何の能力を……? いや、さっきから一度も……」

 

 

ようやく浜面は気付く。

 

車を追いかけてきたのも、自分の足。

 

武装した自分達を倒したのも、自分の拳。

 

そして、今攻撃を加えた感触は、生身の身体。

 

 

「Level0に居場所はあるのかだと。あるに決まってんだろ。他人を食い物にする以外の道もあるに決まってんだろ!! Level0の人間なんざ学園都市にはゴロゴロいる。そいつらはみんな普通に学校に通って普通に友達作って普通に生活してんだよ!! 何がどこへ行っても馬鹿にされてるだ? ふざけるな!! そう言う風に考えてるテメェ自身が一番Level0を馬鹿にしてんじゃねぇか!!」

 

 

「そう、か。テメェも俺達と同じ……ッ!! だが、アンタは知り合いじゃ……」

 

 

「そうだ。俺はLevel0だ。力足らずで不幸に“させちまってる”馬鹿野郎だ。けどな、テメェと同じじゃねぇよ。力がないからって理由で、他人を不幸に“する”ようなマイナスになった覚えはねぇんだよ!!」

 

 

学園都市から見れば、才能の無い劣等生だが、『疫病神(マイナス)』になった覚えはない。

 

ただ1つの誓いと共に強くなろうといつも努力してきた。

 

それでも、力があれば、と何度も思った。

 

だが、

 

 

「何が救うのが義務だ。そう言うテメェは助けを求める人に手を差し伸べたのか?」

 

 

「……ッ!?」

 

 

「甘ったれんなよ、くだらねぇ。誰にも力を貸そうとしない人間なんて、誰が助けようとするモンか。自分が幸せになるのが当然だって顔で、他人が幸せになることを考えもしない人間になんて、誰が関わろうとするモンか! 結局それらは全部テメェらの問題だろうが!!」

 

 

ドン、と突き放す。

 

その砕かれたとばかりに握り締められた右手首には痣があり、そこから超えられようのない力の差を感じる。

 

もう、向こうは自分を相手にすらしておらず、見てもいない。

 

こんな弱者に拳を振るう価値もないと言うかのように。

 

 

「ふざけんな……」

 

 

浜面は顔面を歪ませ、唇からどろりとした一言が漏れた。

 

溜まりに溜まった汚れが溢れるような言葉が。

 

 

「馬鹿にしやがって、Level0のくせに、ろくな力を持ってないくせに、俺達を馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

再度、震える足を動かし、警棒を振り上げて浜面は襲い掛かる。

 

対し―――上条当麻はそこで初めて右の拳を握る。

 

 

「テメェらが馬鹿にされてきた理由は、力のある無しなんかじゃねぇ。今からそいつを見せてやる」

 

 

そして、

 

 

「俺の妹はテメェらの都合の良い幻想なんかじゃねーんだよ!! 甘ったれ癖を直してから出直してきやがれ、このクソ野郎が!!」

 

 

警棒が愚兄の顔面に叩きつけられる―――直前に、愚兄の右拳が浜面の顔面に突き刺さる。

 

小気味の良い拳の音がこの一帯に木霊する。

 

何の能力もない、ただの右拳。

 

だがそれは肉体と心を深く抉る―――深く、真っ直ぐにその者の芯に届き、震わす。

 

完全に意識が断たれ、突っ伏す浜面仕上の脳裏に、大切なものに最強であることを誓ったその勇姿は、深く刻み込まれた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

<攪乱の羽>による電波妨害で、あらゆる悪意を跳ね返す『反射』の鎧が剥がされ、一気に数の暴力が襲い掛かる。

 

 

「バッカじゃねェの?」

 

 

薄く悪魔は嘲り笑う。

 

 

「チャフってなァ、空気中に金属箔をばら撒くことで電波障害を起こすンだよ。なら話は簡単じゃねェか。辺りに漂っている金属膜を退けちまえば良い。こンな風になァ」

 

 

手にしたのは手榴弾。

 

彼が補強に用意させたのは、拳銃だけではない。

 

 

「安心しろ。火薬の量は調整してある」

 

 

あの一戦で学んだのは、拳銃の撃ち方だけではない。

 

あの偽善者が扱う様をきちんと後ろから見て学習している。

 

 

「逃げ―――」

 

 

行動するよりも早く、ピンの抜かれた手榴弾が投げ込まれる。

 

破壊ではなく攪乱を優先にしたそれは広域を蹂躙する爆風が吹き荒れ、<スキルアウト>は吹っ飛び転がり、何人かは頭をぶつけるなりして失神。

 

無論、最も近くにいた半蔵も数mモノ―バウンドで飛ばされ。地面に叩きつけられて気を失った。

 

でも、3秒後には意識を取り戻した。

 

 

(……脳波レベルに応じて自動的に胸部へ放電するシールドAEDが、ここで役に立ったか……)

 

 

「が……げふ……っ!!」

 

 

脳震蕩で起き上がる事も出来ないまま、朦朧とした目を周囲へ向ける、と。

 

 

「ハイ、これで換気終了だァ。イイ夢見れたか、雑魚共」

 

 

ふざけるな、と毒づきたくなる。

 

このLevel5。

 

最強のくせして、油断や慢心、付け入る隙が無い。

 

人工衛星対策として、ビルとビルの間を覆っていた色とりどりのビニールシートの留め具を弾き飛ばし、ここ一帯に風を呼び込んだ。

 

<攪乱の羽>は手榴弾の衝撃波で、もう一掃されているが、もうこれでは吹いてくるビル風のせいで、今、投げても<攪乱の羽>の自律浮遊機能は耐え切れずに流されてしまうだろう。

 

 

「さァって、と」

 

 

自然のものではない突風、超能力による豪風が残る<スキルアウト>に追い打ちをかける。

 

用意した予備の<攪乱の羽>も気を失った時に落してしまい、今ので遠くへ行ってしまった。

 

 

(やっぱ、こんな真似すんじゃなかったか)

 

 

どこにでもある雑草に学び、

 

絶滅しない害虫を参考にし、

 

そして、風景に溶け込める脇役を敬う。

 

それが、忍びの本質。

 

なのに、自分はこんな勝てるはずがない化け物を相手にしている。

 

こんな1つの目的のために死を厭わぬ精神は、忍びではなく、侍の管轄だ。

 

自分は強くも偉くもなれず、『特別な人間』になどなれはしない。

 

 

「Level0の分際でLevel5に喧嘩を売るその根性を、もォ一度見せてもらおうかァ!!」

 

 

そして、『悪魔』が最後の1人である自分に、その真っ赤に染まる瞳を向ける。

 

ああ、俺はここで殺される。

 

隠し持った打ち根はおろか、重火器ですらも通用する相手でもない。

 

あれが電波障害に弱いと見抜いたのは良かったが、化物を倒せる英雄になれると欲張ってしまい、自分の本質を見失ってしまったのが間違いだった。

 

大人しく参謀の地位に甘んじて、影に隠れていれば良かった。

 

今の完全復活していない自分では逃げる事すらもできない。

 

その時、

 

 

ヒュン、という音が聞こえた。

 

 

背後から視界を横切ったのは、空気を裂きながら回転する錘。

 

それは忍びの道具にしては奇抜すぎて目立ち過ぎる、回転すればするほど速度と威力の増す鎖鎌だ。

 

その太い鎖は、一方通行の華奢な身体に巻き付き、その動きを封じ―――

 

 

「あン? 何だ、テメェら、『棒火矢』と言い、考古学にでも嵌ってンのか?」

 

 

あっさりと弾かれた。

 

 

「半蔵様!!」

 

 

しかし、それでも彼女は武器を手放すと、煙玉を放り投げ、自分の肩を担いで起こす。

 

半蔵はこのへその所だけ透明な黄色い身に浴衣の少女を知っている。

 

 

「全く、わざわざ身分を偽ってこんな街に潜り込んで、半年近くも人を追いかけ回すだけじゃ飽き足らず、こんな戦場にまで飛び込んできやがって。何がお前を駆り立てるんだ、郭!」

 

 

「再興を。高潔なる服部の家と、さらには伊賀の台等を」

 

 

淀みなく答えた郭に、それを聞いた半蔵は呆れたように息を吐いた。

 

 

「忍びってものを勘違いしているぞ、お前。忍びというのは『どこにでもいる誰か』になることだ。決して、武士道のように命を捨てられるヒーローなんかじゃない。この様を見れば分かるだろ?」

 

 

だから、見捨てろ。

 

ここで2人とも死ぬのは間違っている。

 

理想ではなく、現実的な利益を見据えろ。

 

 

「嫌です、半蔵様!!」

 

 

それでも、郭は言った。

 

服部家の再興を望む彼女の目に迷いはない。

 

彼女はきっと死んでも自分をこの場から脱出させるであろう。

 

こんな女を盾にして自分だけ生き延びようなど……

 

 

「……ったく」 「ちっ……」

 

 

半蔵は舌打ちし―――それがもう1人の者と重なった。

 

 

 

「駒場じゃねェなら、殺す価値もねェ。……とっとと失せろ、雑草が」

 

 

 

彼が振り向くと、その煙が晴れた先に、化物の姿はなかった。

 

 

 

つづく


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