とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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無法者編 とある男の決意

無法者編 とある男の決意

 

 

 

???

 

 

 

<スキルアウト>。

 

学園都市の教育基準に『能力開発』があるが、そこで落ちこぼれ――つまり、無能力者(Level0)の烙印を押された少年少女が集まって作られた組織。

 

彼らは暴走族やマフィアのように縄張りやグループが多々存在し、リーダの決定方法や統治方法、組織の構造、そして、敵対組織などが違う。

 

けれど、その事を知らない人間からすれば、猿や牛の顔を見分けろと言うのと同じように、本当は複雑に絡み合っているのに『学校で役に立たないくせに迷惑ばかりかける面倒な奴ら』という分類に一緒くたにされている。

 

事実、その印象はあながち間違いとは言えず、むしろ正鵠を射ていると言っても良いだろう。

 

どんな素性であるにせよ。

 

どんな事情があるにせよ。

 

彼らのやっている事は社会的モラルに反するもので、いくら『居場所が欲しい』、『居場所が守りたかった』などと理由があろうと許される事ではない。

 

かつて夏休みに起きた<スキルアウト>による大規模な『能力者狩り』――『武装無能力者事件』では、『三巨頭』と呼ばれる<スキルアウト>の中でも一目置かれるリーダーの内、1人は<風紀委員>に捕まり、そして、もう1人は路地裏の世界から消息を絶った。

 

そう、彼らは、弱いのだ。

 

周囲から見放された<スキルアウト>は、社会という強大な、敵に回してはならぬ相手と抗えば、例え『三巨頭』でも呆気なく滅んでしまう。

 

故に、日蔭者は表の世界の人間に手を出さず、じっと路地裏で息を潜めているのが賢いやり方だ。

 

無意味な争いは避け、弱者を集中的に恐喝するような真似はせず、他者に迷惑をかけない最低限のモラルさえ守り、そして最後の『一線』を踏み越えるような真似をしなければ、<警備員>や<風紀委員>も手を出そうとはしない。

 

 

 

『三巨頭』の最後の1人、駒場利徳。

 

 

 

彼は大柄で筋肉質な体格、またフランケンシュタインのような人相から、初対面の人を怯えさせる事は多かったが、その性根は戦いを好まず、必要でない争いは避けていた。

 

そんな少年の下に、他の『三巨頭』、黒妻綿流、無悪有善らが抜けたことで強者の庇護を失った<スキルアウト>が自然と集まり、学校からドロップアウトしたLevel0達は徐々にモラルを手に入れるようになっていった。

 

しかし、

 

 

「よぉーし、ここが噂のバカ校か。ったく、こう言うクズ共の巣はなくならないモンかね。ま、あのアマのせいで退学になっちまった俺の溜まりに溜まったストレス発散の玩具にしてやるぜ。ヒヒ、お、あそこに頭が空っぽなバカガキ共発見。悪の権化に鉄槌を下す正義の味方の登場だ。―――ン、誰だお前、そこをどかないと俺のカマイタチの餌食にすんぞ」

 

 

能力者と無能力者の溝が埋まったわけではない。

 

 

「あまり調子に乗るなよ、能力者」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

10月3日、午前7時。

 

ようやく目覚め、もしかしたらまだ惰眠を貪る学生もいるかもしれない時間帯。

 

 

「ふふふ~♪」

 

 

欠伸をするような眠気などどこ吹く風か、詩歌は朝日を浴びるのが気持ち良いかのようにご機嫌に目を細める。

 

人通りもまばらで登校が早い時間帯ではあるが、愚兄の部屋へ通い妹をしている彼女にはこれが普通だ。

 

でも、今日はいつもよりも大分早く、珍しい事に1人だ。

 

詩歌は真っ直ぐ当麻の学生寮へと向かうと、部屋の住人を起こして、朝食を作り、弁当を用意すると、そのまますぐに部屋を出た。

 

普段なら兄と一緒に出発するのだが、ただこれはいつもの日課の順序を逆転させているだけである。

 

道を少し外れた小さな茂みへ寄り道。

 

ツツジやら椿やらが生い茂る一帯で、普段は滅多に人が立ち入りそうにない場所。

 

けれどもそこには、

 

 

「にゃう」

 

 

可愛い子猫の姿が。

 

茂みの奥の辺りで、詩歌の姿を見た母猫が、挨拶をするように愛らしい鳴き声を上げ、そして、綿毛のかたまりのような数匹の赤ちゃん猫はミィミィと言う耳にくすぐったい鳴き声を上げる。

 

 

「あぁんもう可愛いです! 早起きは三文の徳と言いますけど、これは大判小判ザックザックですよ!」

 

 

小さな小さな小動物を見て、『可愛いは正義』を信条としている詩歌さんはにっこにこの笑顔100%である。

 

いつもなら日課である野良猫たちの餌やりは、通い妹との前にするのだが、今回はこの赤ちゃん猫に母性本能が擽られて、ちょっとだけいつもと優先順位が逆転したのだ。

 

そのため当麻とインデックスの世話をちゃちゃっと済ませ、自分と同じく可愛い小動物好きだが無意識に動物が厭う電磁波を発しちゃう美琴にはビリビリに慣れてない子猫達を考慮して立ち入り禁止令を出すのを忘れずに、この一時を楽しみにしていたのだ。

 

 

「私の学生寮はペット禁止ですし、当麻さんとこにはもうスフィンクスがいますから、この子達の里親を捜さなくちゃいけませんね。う~ん……」

 

 

慣れた手付きで仔猫に乳をあげている母猫にご飯を用意する―――と、

 

 

 

がさり、と。

 

 

 

「にゃあ。お腹が空いた。にゃあ」

 

 

 

野良猫ではなく、ふわふわの金髪に青い瞳の人形のような少女が現れた。

 

 

 

 

 

常盤台中学 会議室

 

 

 

常盤台中学。

 

世界有数の教育機関であり、通称『5本の指』の1校。

 

世界の上に立てる人材となるためあらゆる分野における大学の講義レベルの英才教育を受けており、生徒数200人中、Level5が2名、Level4が50名以上、それ以外は全てLevel3、と学園都市の評価基準からすれば、エリート中のエリート。

 

今年度においては、ついに昨年度、<大覇星祭>の学校部門で優勝した長点上機学園に勝利し、学園都市第1位の名門校として君臨、さらにはその容姿までも群を抜いて高レベルで整っていて、<大覇星祭>で活躍した特に個性的な学生14人は『外』の有名なスカウトから『僕と契約して『TKD14(ToKiwaDai)』というアイドルグループにならないか?』など、連日オファーが殺到している始末。

 

まさに、天下無双で絶対可憐のお嬢様学校としてその名を世界へ轟かせている。

 

 

「ごきげんよ~、皆様」

 

 

本当に地に足をつかずに浮かぶ少女が手を使わずに戸を開けて中に入ると、会議室の豪華絢爛なテーブルには、この学校の『生徒会長』が率いる生徒会組織の面々と2学期から代替わりした全員がLevel4の『自然』、『美化』、『文化』、『図書』、『保健』、『広報』と6つある『委員会』の長――<六花>が囲むように座っていた。

 

『委員会』とは、『派閥』のような自主的に自己を高め、対外的にも開かれたグループではない。

 

学園運営のほとんどは教師陣が担っており、他校から給仕見習いが研修に来ている事から、お嬢様達に割り当てられる仕事も少なく、それ故、権限もあってないような名誉職だが、学園の陰に徹して学生の日常生活を守る、他者的に働く機関である。

 

それらが集まる会議の、一番奥の上座までふわふわと漂いながら、音無結衣がゆ~~~っくりと、

 

 

「食事中に悪いけど~……時間に余裕はないので~……このまま食べながら朝の会議を始めましょ~……」

 

 

この額を見せるようにヘアバンドし、ちょっと焦げたような渋い茶髪、そして、ぼけ~~~っと焦点も合ってないような寝惚け眼だが、念動系能力では最高クラスと名高いLevel4、<振動使い(サイコキネシス)>。

 

最高学年の中で、

 

能力強度は常盤台最強の鬼塚陽菜が学年首席で、音無結衣が次席、

 

能力理論は常盤台最優の上条詩歌が学年首席で、音無結衣が次席、

 

運動が苦手なようだがそれ以外は軒並み高く、総合成績も上条詩歌が首席、次席が音無結衣|(鬼塚陽菜は学業の成績が悪過ぎて、平均して中盤)、

 

と『最』の名を冠する事はないが教師陣からの評価は高く、3年生の3番手。

 

<六花>も所属する最大派閥の女王様が裏で牛耳――るのをやり過ぎないよう隠れ顧問の聖母が影で見守る――中でナンバースリーの彼女が陰で支えているのが、今の常盤台中学。

 

 

「まずは~……いつもの定例報告からお願いしますね~……自然の緑花四葉(よつば)さんからどうぞ~……」

 

 

と、生徒会長から指名された少女は大盛りのサラダを口に頬張るのを止めて、起立。

 

無造作に伸ばされた薄緑色の髪の毛が跳びはね、頭の左右に丸い髪留めに結われた髪の房がぴょこんぴょこんと揺れる。

 

彼女は樹木医としての資格と、種を開花させ、枯木にさえも花を咲かせる<植物操作(グリーンプラント)>を有する自然委員長、緑花四葉。

 

 

「はいです。先日の事件で傷ついちゃいましたけど、学園のお花さんも、小鳥さんも元気です! 今はもう元気いっぱいです! 以上です!」

 

 

自然委員長としての報告が終わると緑花四葉は、着席し、食事を再開する。

 

他の者よりもかなり多めの食事量だが彼女の<植物操作>は自らを苗床にし、体内の栄養素を使う関係上、きちんと補充しておかないと栄養失調で倒れてしまう。

 

昨日まで9月30日に起きた大規模なテロ事件で折れた街路樹や踏み潰された花壇などの治療を行っていた為、今の彼女はとても腹ペコで、会議よりも食事である。

 

 

「お仕事ご苦労様~……では、次は~……まとめて~、美化と文化の出雲のアサカヨさん2人まとめてどうぞ~……」

 

 

と、同時指名されたのは赤っぽい黒髪と青っぽい黒髪のどちらも無表情の双子。

 

光を変化させ物質化させて、劇場を演出できる<擬態光景(トリックフィールド)>の美化委員長、出雲朝賀(あさか)

 

影を操り物質化させて、黒子を用意できる<影絵人形(トリッキードールズ)>の文化委員長、出雲伽夜(かよ)

 

 

「ないの」 「ないです」

 

 

双子は席も立たずに、一言だけ言って自分達の番を終了する。

 

この2人に掛かれば、例え何もない更地でも仮初の陣地と人員を一瞬で作り出せる事が出来るので、仕事も早い。

 

暇をしているように見えるが、それは課せられた仕事を完璧にこなせるからである。

 

 

「そですか~……ではでは~、次は図書のデスティニー=セブンスさん――「ない」――って~……」

 

 

と、ご指名の瑞々しい褐色の肌と黒髪を大雑把に結った留学生は顔を上げずに両腕を枕にする。

 

実際に、これと言った報告もないのだが、会議中であろうが睡眠を堂々と取れるのは……

 

しかし、これは仕方のない事で、最大で10時間先の、自分の周りで起こる未来を無差別に高確率の正答率で予測する予知能力<運命予知(ラプラスフォーミュラ)>に莫大な演算能力を要するために7、8時間程度の普通の睡眠時間では足りず、発動していない時は常に半眠状態である。

 

でも、能力と家政婦女学院からの見習いメイド達や司書を上手に使い、最低限の指示を出して終わらせる“事が出来てしまう”最も働かない図書委員長、デスティニー=セブンス。

 

 

「じゃあ、何か危険が来るぞ~、みたいな予報はありませんか~……?」

 

 

「今日は晴れ」

 

 

以上。

 

 

「快眠できそうですね~……保健の里見八重さんは何かあります~……?」

 

 

小柄で愛くるしい顔立ちで黒髪を蝶の羽のように丸く結わいた童女にしか見えない2年生が、おどおどしながらも立ち上がる。

 

能力者特有の電磁波や熱反応と言った第六感や人の五感、特に痛覚などの皮膚感覚を麻痺させる麻酔要らずの<感覚遮断(センスパラライズ)>の保健委員長、里見八重。

 

 

「ええぇっと、特には……ない、のかなぁ。先日の事件で怪我した人は、顧――鬼塚先輩だけですけど、もう全快のようで。あ、でも、詩歌お姉様の顔色がいつもよりちょっと優れなかったような――で、でも、物憂げな詩歌お姉様もそれはそれでとても魅力的で………」

 

 

その小さくて愛らしい容姿が、とある『可愛いは正義』をモットーにする聖母にドストライクだったようで、一時期、『能力開発』に付き合ってもらった時、良い子良い子と撫で撫でするなど大変可愛がってもらったのだとか。

 

以降、里見八重はOB・OGが大勢いるとある聖母を温か~く見守る秘密結社に入会し、今ではその現会長の座に。

 

保健委員長になったのも、その方の身体データを得るためなのだとか。

 

しかし、語り始めたのは良いが、今は会議中である。

 

 

「はい、そこまで~……では~、最後に広報の九条葵さん~……」

 

 

はぅっ、と萎む里見の横で、ヘッドホンにミラーグラスをかけ、触角のように短めの黒髪がぴょこんと跳ねたボーイッシュな広報委員長、九条葵が、起立する。

 

このヘッドホンとミラーグラスは特別に認められた補助具で、九条葵のLevel4の五感までも含む身体能力強化、<基礎強化(フィジカルブースト)>、特に視角と聴覚は、『千里眼』や『順風耳』とも言っても良い。

 

その気になれば学区全体のあらゆる光景が見え、あらゆる音を聞け、常人の可聴域や可視域で捉えられないものまでも感知できる広大な感覚網の持ち主。

 

さらに、『媽祖』を信仰するとある寺院の娘であり、幼い頃は仏僧達に混じって修行をし、そのLevel4の肉体強化系能力もあってか、2年生の中で屈指の運動能力の持ち主だ。

 

 

「はい。っと、僕の方は『TDK14』の依頼がしつこいかなー。街中でも結構噂を耳にするし。でも、女王や鬼塚先輩も結構のりきみたいだし、1度くらい付き合ってみたらどうかな? それから保護者から『帰還命令』が、ね……」

 

 

最後だけ、噛み締めるように広報委員からの報せを終える。

 

思い当たる節があるのか、他の委員長達も動きを、止める

 

ただのほほん生徒会長だけはマイペースに、

 

 

「はい~……実は今日の議題はそれなんですよ~……」

 

 

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

ローマ正教と学園都市の激突から、世界各地でデモ行進や抗議活動が頻繁に発生している。

 

戦争の前触れ。

 

学園都市も、社会科見学を延期・中止し、<大覇星祭>に並ぶイベント<一端覧祭>を見合わせたりするなど街への入場制限を厳しくしたり、<警備員>の方へ教師達はかかりきりになる事が多くなるので、『身体検査』や中間テストを学期末へまとめてする事になったり、と何の関係もない日常にも影響を及ぼしている。

 

そして、もちろん、

 

 

「さかなさかなさかなーっ!!」

 

 

物価高騰――石油や、お肉や魚、お野菜のお値段が上がってしまい上条家の財源に大きな打撃を………と、ここに小さな戦争が発生。

 

 

「待てインデックス!! まだこっちはご飯をよそってない! いただきますはまだですよ―――」

 

 

つい先ほどまで、いつもの床の上にごろごろ転がってだらけているのとは打って変わってシャッキリと背筋を伸ばし、床に膝をつき、両手を組んで静かに朝のお祈りをしていた修道女のインデックスさんは、好き嫌いはなく、外国人における和食への戸惑いもない。

 

納豆やくさやも全然平気。

 

 

「ここは戦場なんだよ、とうま! 世の中はジャクニクキョーショク! 情けなどいらぬっ! 敗者に施しなどいらぬ!!」

 

 

「それこの前のっ!? お前はさっきまで一体何を祈ってたんだ!? このシスターさんは欲望全開じゃない!! 女子力はどこへ行ったんだよ!!」

 

 

特に妹の作るきめ細やかな食事には、このインデックス、少しも譲る気はない。

 

いつものお目付け役がいない今、当麻が台所で自分の分の白米をよそっている間に、数限りある資源を狙って、当麻国の領地へ侵攻。

 

にゃにゃー!! とその迫力に危機感を抱いたのか、三毛猫のスフィンクスは自分の餌を取られぬように容器をガブリと咥え、白い悪魔から遠ざかる。

 

当麻も慌てて、自国へ―――とその時、床に、上条当麻のものではない、生徒手帳が落ちているのに気づく。

 

 

「これって、確か詩歌の……まさか忘れ物か?」

 

 

 

 

 

射撃場

 

 

 

空のマガジンを抜き、引き金に人差し指をかけたまま拳銃をマガジン挿入口が上になるようくるりと回し、左袖の中から噛んで引き抜いた新たなマガジンを装填。

 

再度半回転し、スライドを咥えて引き―――これであとは引き金を引くだけ。

 

両手を使わずして僅か2秒の早業―――だが、遅い。

 

2秒では致命的過ぎる。

 

奥行きが50mほどあり、分厚いコンクリートに囲まれた四角い地下空間。

 

 

「―――使えねェ」

 

 

その1レーンおよそ電話ボックスぐらいのエリアで一方通行は悪態をつく。

 

片手が使えない杖付きの身で、試し打ちで用意させた装填速度、銃身重量、射撃反動を左手一本と口を使って、チェックしていくが、どれもがしっくりと来ない。

 

たかが一発の弾丸でも、人間を殺せるのだから、破壊力などはどうでも良い。

 

自身が求めているのは、能力が封じられた時でも扱え、使いやすい弾丸を何発も撃ち込める汎用性の高い武器。

 

しかし、一向にしっくりくるものが無い。

 

この調子だと世界中の銃を集めても、しっくりと武器は見つからないかもしれない。

 

この電極チョーカーは、<グループ>の技術部により制限時間が15分から30分に延長しているが、頼りにはならない。

 

例え3日間使えるようになろうが、電極故障、電波障害、電池切れと言ったイレギュラーが起きれば、役立たずだ。

 

何か1つの切り札に縋るのは、この世界では危険であると、あの時、一方通行は学んだ。

 

だから、このたった4人の為に用意された、開発部、整備部、輸送部、隠滅部と言った“雑用”の下部組織を有効利用して早く己にあった武器を見つけ、補強する。

 

 

(<グループ>ね……)

 

 

保護者――黄泉川愛穂や芳川桔梗には、学園都市最高峰|(だった)長点上機学園の機密重視の特別クラスへ転入した事になっている。

 

表向きの書類上の事では、だが。

 

あの9月30日のテロ後、闇への招待状を受け取って、“墜ちた”一方通行は、この詳細不明の組織<グループ>の正規メンバーになった。

 

 

カツッ、と。

 

わざとらしい足音が1つ、ノック代わりに背後から響く。

 

 

「何の用だ、変装野郎」

 

 

そう、

 

 

「自分なりに気配ってヤツを断ってみたんですけどね。やはりまだまだ修行不足のようです」

 

 

この線の細い、茶髪の少年――海原光貴(ただ、名も顔も偽物)と同じ闇の住人に。

 

普通の感覚器官ではなく、この男が近寄る時に自分の意思とは関係無しにくる指先の震え、そして、胸の上にバスケットボールが置かれているようなゆっくりとした圧力に、ノックされる前から演習プログラムを終わらせていた。

 

あの曖昧で抽象的な<黒翼>のイメージを連想させる奇妙な違和感が、気になるが―――このいけすかない男と世間話などしたくはないし、余裕はない。

 

 

「何の用だ」

 

 

振り向かずに、レーンのテーブル部分にある電子パッドを操作し、新たな武器を検索する。

 

海原は勝手に墜ちてきた後輩の態度に笑みを崩さず、柔らかい調子で、

 

 

「武器をお探しの所悪いですが、時間的余裕はありません。統括理事会から我々<グループ>に仕事のオーダーが入りました」

 

 

今、学園都市は9月30日に攻め込んだローマ正教との戦争のため、準備を進めている。

 

悪魔を闇へと墜としたり、また外部から悪鬼を招き入れたり、など。

 

 

「しかし、その『対ローマ正教用』に重点を置くあまり、内側への防御が手薄になりつつあるのも事実です。今回は、その隙をついて学園都市の機能へ打撃を与えようとしている勢力を一掃します」

 

 

その主犯は、<スキルアウト>。

 

学園都市全体のおよそ1%の学校にも寮にも戻らない路上生活者の武装集団。

 

管理側の<風紀委員>や<風紀委員>へ加害行為や犯罪行為を繰り返し、能力者達へ反逆する。

 

 

「彼らが今作っているオモチャ、樫の木材をくり抜いて、側面に塩化ビニール製の羽を取りつけて加工したものの中に爆薬を詰めた直径5cm、全長70cmのロケット兵器。所謂、『棒火矢』が確認されています」

 

 

『棒火矢』とは、江戸時代の試作兵器で、飛距離はせいぜい2000m、しかも飛ばすのがせいぜいなので、先端に高級品のプラスチック爆弾を積まない限り、何の脅威にもならない。

 

だが、これを多少の下準備をした状況下だとするならば、話しは変わる。

 

この数日間で、災害時の誘導経路附近に多くの自転車を放置したり、VIP施設の出入り口周辺の排水溝にゴミを詰めて塞いだり、と言った工作―――正直、保安上の問題としては取り上げるまでもないただの悪戯のレベル。

 

平時には、だが。

 

 

「設置された『エラーにする必要性の低い問題』はすでに2万件以上。そして、平時では放っておかれるようなものであっても、第二級(オレンジ)第一級(レッド)時に上昇した警戒レベルには『エラー』として検出されてしまうんです」

 

 

つまり、例の『棒火矢』を起爆させ、第二級警報(コードオレンジ)を誘発されれば、この悪戯程度の工作も、『爆弾』となり一斉に街の治安維持部隊の司令部へエラー報告を打ちだされ、過剰な情報量に通信網はパンク、中継局(サーバー)はダウンしてしまう。

 

そうして、<警備員>や<風紀委員>はこの2万もの『爆弾』の処理に追われるようになり、一部の地域に、1、2日ほど『穴』ができる。

 

 

(ったく、ガキの悪戯の後始末なンざ、スケールの小せェ問題で、上の連中がどこで俺がキレるか賭けてンじゃねェだろォかと思ったが……)

 

 

連中の狙いは、能力者、だ。

 

『駆動鎧』などを扱っている軍事研究施設には、<警備員>とはまた系統が別の施設独自に警備局が敷かれており、盗み出そうにも無理だろう。

 

だから、通信網を切断し助けを呼べない状況下にし、標的の能力者を数十人から数百人で囲んで、数の暴力で撃破する。

 

普段なら、それは第二級警報以上が発令されないように自動警報を解除すれば、問題ないのだが、今は油断の許さない戦争中だ。

 

セキュリティは常に万全な状態で目を光らせておく必要がある。

 

この海原が、『何人か捕まえて個別に喋らせた』おそらく間違いない情報から、<スキルアウト>が何日もかけて下拵えした計画が成功すれば、最低でも2、3学区分の通信網が落ち、そこは無法者(アウトロー)のお得意のフィールドである無法地帯と化すだろう。

 

 

「しかし、上手くはいかないでしょうね。拳銃や護身用品などで武装して、何十人単位で囲んだとしても……例えばあなたのようなLevel5を打倒できるとは思えませんから」

 

 

今の<スキルアウト>が劣等感丸出しで最も憎んでいるのは、高レベルの能力者だ。

 

しかし、戦争級のLevel5はもちろん、戦略級のLevel4に、たかが素人数十人程度の数の暴力とミサイルよりもちっぽけな拳銃を突きつけようと倒す事は出来ない。

 

奴らは弱い。

 

弱いからこそ、目的を見失い、力のない能力者といった手っ取り早い標的に狙いを変更し、ちっぽけな満足感と日頃のストレス発散いう不完全燃焼な成果を求めるだろう。

 

結局、この半端な計画で最も被害を被るのは、あの量産軍用能力者やそれを束ねる上位個体の少女のようなLevel1やLevel2の者達だ。

 

さらにこのダメージがきっかけで、どこかの宗教団体が攻め込んでくれば、またテロのように学園都市に深いダメージが負う事になるだろう。

 

 

(……くだらねェ)

 

 

一方通行は口の中だけで呟く、と、

 

 

「けれど、彼らには拳銃や護身用品よりも、『より魅力的な力』を手に入れるようです。これはまだ手に入れたばかりで確認の済んでいない、『上』に報告していない情報ですが、あなたの耳に入れておいた方が良いですね」

 

 

「はン。一体どンな発破をかけるつもりだァ。まさか、トンデモねェ秘密兵器でも用意してンのか、チキン野郎どもは」

 

 

「これは発破ではなく、忠告です。もしこの計画前に捕まえる予定の秘密兵器の正体を知れば、きっと今すぐここを飛び出すほどにやる気になるでしょう」

 

 

海原はニコリと笑って、

 

 

 

「<微笑みの聖母>、という都市伝説はご在知ですか?」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

街の通信機能を一時的に麻痺させ、<警備員>や<風紀委員>へ通報できない状況を作った上で、『標的』を集団で襲って無力化させる。

 

この計画は着々と進んでおり、最後の『三巨頭』と言うネームバリューで、多々ある様々な<スキルアウト>組織からの協力も得られた。

 

人員、金銭、物資。

 

それらが計画の成就に必要な量に達するのを、自分達は喜びと共に実感していた。

 

しかし、『そううまくいくほど甘いものとは思えない』。

 

思慮深いと言われようと、所詮は無法者の浅知恵に過ぎず、いくら大勢で取り囲もうと、それすら跳ね返す強力な能力者もいるだろうし、1回の機会で、全ての『標的』を無力化する事は出来ないだろう。

 

何よりこれはもう無能力者と能力者の争いの域を超えている。

 

計画の妨害の為に、この街を影で支え、裏で動き、闇に生きる殺し屋がこの命を狙ってくるに違いない。

 

さらなる一手が必要だ。

 

そう、この計画が成就しても、失敗しても、どんな結末が訪れても、確実に『不幸』を食い止められる駒場利徳の望む状況に整えられる―――どんなに不利でも『成功』を導き出せる切り札が。

 

 

 

そして、その切り札には1つ、心当たりがある。

 

 

 

『あはは~、久々のお酒は五臓六腑身体中に沁み渡るねぇ~。いや~、ウチの詩歌っちは小さくて可愛いものには目が無いのなんの。おかげさまで『あすなろ園』に行った時は本当に大変だった。でも、すっごい奴だよ。この私みたいに“Level0でも能力を開花させられる”んだから。<大覇星祭>の時も長点上機学園に『勝利』できたのは最優の指導者様の『能力開発』のおかげ。少しでも報われない『不幸』を失くす為に、人を応援する『幸運』の女神様さね』

 

 

 

今の学園都市最高峰の座を手に入れた常盤台中学の秘密兵器で、影に隠れた大きな原動力。

 

そして、9月30日。

 

偶然その場に居合わせ、あの『虹』を見た瞬間、紛れもなく『本物』、自分が望む最高の一手だと分かった。

 

 

「……悪いな。俺達<スキルアウト>のために『幸運』と『勝利』を招いてくれまいか。<微笑みの聖母>よ」

 

 

そう、この計画には絶対に欠かす事ができない一手であると『三巨頭』の最後の一人、駒場利徳は<微笑みの聖母>を欲する。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「手荒な真似はしたくない。大人しくついて来てくれないか」

 

 

早朝、ワンボックスから一斉に降りてきた複数の<スキルアウト>に囲まれ、詩歌の制止を無視して飛び出して行ってしまった女の子を人質に取られてしまった。

 

大柄で強面の男は、女の子を抑えその口をその大きな手で塞ぐと、感情味のない機械的な平淡な口調で、要求を告げる。

 

 

「でしたら、その子を離しなさい。彼女は関係ないのでしょう」

 

 

「それは無理だ。これが弱点である事は知っている。余計な真似ができないよう、運が悪いがこの子には人質になってもらう」

 

 

脇に控えていた1人のスキンヘッドが、もう1台やってきたワンボックスカーの後部ドアを開ける。

 

 

「ここは目立つ。乗れ」

 

 

こちらが逆らえる状況ではない。

 

不安が押し寄せたが、努めて顔にはだすまいとした。

 

 

「え、駒場のお兄―――」

 

 

人質となった女の子はこちらに何か言おうとしたが、言葉を口にする事すら許されずに、そのまま<スキルアウト>と共に最初の1台に乗り込む。

 

平静を装いながら、もう1台の車内へ入ると、スキンヘッドの男も乗り込み、奥に座っていた男と詩歌を挟むように座る。

 

前の1台が発進すると、ゆっくりと走り出す。

 

サイドウィンドウにはシェードが下ろされ、外は見えなくなっており、運転席との間には隔てるようにマジックミラーの仕切りができている。

 

両サイドには2人の男が目を光らせており、後方を振り返らさせる事を妨げている。

 

眼隠しやヘッドホンを付けないところを見ると手荒な真似をするつもりはないようだが、助けを呼ばれぬようどこへ向かうかを隠すつもりなのだろう。

 

行き先不明のドライブ。

 

詩歌は何も言わずに、ただひっそりと目を閉じる。

 

そして、その後ろに―――

 

 

「詩歌――――ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!!」

 

 

あれから、忘れ物を届けようとすぐに後を追ってやってきた人通りの少ない道外れ。

 

遠目で、妹が攫われたのを目撃した上条当麻は、全力でそのワゴン車を追いかける。

 

武器を携帯していたところを見ると能力者ではなく、武装ギャングのような不良集団、<スキルアウト>に違いない。

 

 

(まさか『能力者狩り』か―――)

 

 

ふざけるな、と当麻は思った。

 

ワゴン車のナンバープレートも消されているが、その側面についた細かな掠り傷さえも暗記するように視線だけは外さない。

 

徐々に加速していくが、こちらも速度を上げていき、心臓と肺が破裂しようが、足が潰れようが、限界を超えようが、逃がさない。

 

<警備員>に連絡とか何とか、そんな事を考えている余裕もない。

 

無論、『不幸』だ、などと嘆いている時間などない。

 

例え見失っても、この街中を捜し回って見つけてやる。

 

そして、

 

 

「俺の妹に少しでも変な真似をしてみやがれ!! テメェら皆まとめて、その億万倍は不幸にしてやるっ!!」

 

 

その荒々しい眼光は、いつもの上条当麻のそれではなかった。

 

 

 

つづく


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