とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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学園テロ編 失敗からの逆襲

学園テロ編 失敗からの逆襲

 

 

 

???

 

 

 

第1次実験開始。

 

 

『先手必勝です、とミサカは攻撃を開始します』

 

 

拳銃から弾丸が放たれる。

 

だが、それは自分に触れた途端、ベクトルを変えられ、軌道を逸らされる。

 

ふざけているのか?

 

自身と同じLevel5の序列第3位のクローンと聞いていたのだが、これでは街の不良に毛が生えた程度ではないか。

 

 

『オリジナルとのスッペク差には目を瞑ってくれ。だが、クローンはネットワークを通して記憶を共有しているので、2万通りの戦闘の間に学習し進化していく』

 

 

という事は、ずっとこんな雑魚に付き合わなきゃならないのか。

 

とにかく、“軽く”叩いて、行動不能にして終了。

 

かったりぃ実験はとっとと終わらせるに―――

 

 

『第1次実験はまだ終わっていない。その実験体を処理するまではね。武装したクローン2万体を処理する事によってこの実験は成就する。目標はまだ停止していない。戦闘を続けてくれ』

 

 

あ?

 

 

『了解…しました。実験を続行します、とミサカは命令に従います』

 

 

処理?

 

活動停止?

 

そりゃ、つまり……

 

 

パン! と乾いた銃声。

 

無意識に反射した弾丸が、クローンの身体に当たる。

 

 

『暗い……深い……海の底に沈むような……これが『死』です…か、と……ミ――――』

 

 

これでクローンは活動停止。

 

第1次実験終了。

 

薬品とタンパク質で合成された人形は、呆気なく処理されてしまった。

 

そして、初めての『実験』が終わった日の夜。

 

 

 

―――気がつけば、公園に寝転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

空からは、太陽の明るい日差しが降り注ぎ、少し温かさを感じる。

 

だが、こんな所に来た覚えはないし、今は夜のはずだ。

 

だから、これは夢。

 

いつのまに寝てしまった自分が見ている夢なのだ。

 

起き上がり、辺りを見回すと、ふと視界に背を向けて立つ1人の少女が自分の目に写った。

 

 

 

この子は一体誰なのだろう?

 

 

 

少女の背中、その腰の辺りを髪飾りで纏め陽の光を浴びて輝いている黒髪を見つめながら、そんな疑問に思考が占有され始めた時、その少女は振り返ってにっこりと笑う。

 

目が合った。

 

その時、自分はその娘を盗み見していたような息苦しさからか、咄嗟に少女から離れようとしたが、不思議な事に一歩も動けなかった。

 

まるでその少女の眼力で、陽の明かりでできた自分の影を縫い付けられたかのように。

 

そして、ただ立ち尽くす自分に向かって、その少女はそっと右手を上げると、こちらに何かを語りかけてきた。

 

 

 

―――…………

 

 

 

けれど、その少女の声は、自分の耳には届かない。

 

繰り返しつぶやく少女の口元に視線を集中すると、彼女の口元はこう言っていた。

 

 

 

―――遊ぼう……あー君……

 

 

 

そうハッキリと自分を呼んでいた。

 

意識を集中すると、頭に染み込むような少女の声をハッキリと聞く事が出来た。

 

 

 

―――一緒に遊ぼう、あー君……

 

 

 

確かに少女はそう言った。

 

自分に向かって差し出されたその手に、涙が零れた。

 

その手を……掴んでいいのだろうか?

 

こんな自分が、その手を掴んでいいのだろうか?

 

その手を掴んだ瞬間、この力は、少女を殺してしまうかもしれない。

 

そう思うと、全身が震えた。

 

怖かった。

 

こんな夢、早く覚めて欲しい。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

ここは、第三資源再生処理施設から離れた場所に停車している『MAR』の指令室を兼ねた特殊装甲車の車内。

 

 

『対象、<幻想投影>、発見。しかし、<猟犬部隊>がこちらに接近中』

 

 

「最優先は<幻想投影>の確保だ。邪魔するようなら犬は始末しろ。ありゃ、他の<木原>のもんだ。私にゃ関係ない」

 

 

『了解』

 

 

「<失敗作り>、拡散から集中へ設定変更。―――おい、『失敗作(出来そこない)』、あの小娘に“視点を合わせろ”」

 

 

「はい……了解……しました」

 

 

そして、溶液の中に浮かぶ暴走兵器は、狂学者の指示通り試験管の画面に映し出された少女へ、その真っ赤に染まる瞳を向けた。

 

 

 

 

 

第三資源再生処理施設

 

 

 

「止めなさい!」

 

 

清々しい風のように、澄んだ声が大気を割った。

 

見えない爆発に巻き込まれたように、完全装備の駆動鎧達の体が吹き飛ばされた。

 

駆動鎧の部隊は壊滅こそしなかったが、『反射』によりそれらの武器は破壊されている。

 

黒づくめの男と、駆動鎧達の中間に、砲撃される瞬間に間一髪で飛び込んだ上条詩歌は、無機質な動きで取り囲み、発射された砲撃を『反射』するのと同時に、旋風の弾丸をばら撒いた。

 

武器を破壊され、追い打ちを喰らった、駆動鎧はおよそ10mほど後退。

 

常盤台の冬服と暖色のローブが慣性力でふわりと翻り、そのまま優雅に裾を落とした。

 

 

「あなた達は何者ですか! <警備員>の者じゃありませんね!」

 

 

巨大な駆動鎧にも臆さず、険しい視線を投げつける。

 

例え、AIM拡散力場が暴走している状態であろうと、今の彼女は<一方通行>の絶対防御――『反射』を展開している。

 

戦車程度の戦力しかない駆動鎧が、弱体化しようと対戦争級のLevel5に敵うはずが無い。

 

と、20mほど後方から一方通行は冷静に状況分析した。

 

だが、

 

 

 

「い……いやあああああああああ!!」

 

 

 

蹲り、両手で頭を抱えて泣き叫ぶ。

 

AIM拡散力場を通して彼女に流し込まれたのは、『失敗』のイメージ。

 

記憶の底から彼女の最悪のトラウマを引き摺りだす。

 

神様から手を差し伸べられず、妹の詩歌の目の前で『死んだ』、その悪夢を。

 

理性も意思も千切れ飛ぶ苦痛と恐怖の狭間に溺れ、途切れる事のない細い悲鳴を上げながら激しく震える。

 

 

「おい―――」

 

 

一方通行は、彼女の苦しむ姿に心が奪われるあまり、他の事には気付かなかった。

 

 

 

「黙りやがれ!」

 

 

 

そう、ハイエナが生きていた事を。

 

 

「――――」

 

 

ガンッ! と頭を殴り飛ばす。

 

呼吸を忘れ、見開いた両目が捉えたのは、長い柳髪が円弧を描くように宙に流れ、壊れた人形のように手足を投げ出して瞼を閉じる詩歌の姿。

 

乱れた前髪の下、透き通るほど白い額に、つう―――と一筋の血が流れた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「助けてくれ! お願いだ!」

 

 

男は、もがき、見も世もなく命乞いした。

 

 

「ほら、このガキならくれてやる! だから、助けてくれ! 死にたくない! 私を助けてくれ!」

 

 

その絶叫が一方通行の立つ足場を突き崩すようで、頭がぐらぐらした。

 

もっともらしい理由が、一方通行の頭の中で20個も30個もめぐった。

 

この男は、詩歌に助けられたのに、背後からその背中を襲い、その身柄を差し出そうとしている。

 

 

『良いだろう。我々の任務は<幻想投影>の捕獲のみ。その身柄を渡すなら保護してやろう』

 

 

「はは、ざまーみろ! 俺は助かった。お前の魔の手はもう届かねぇよ!!」

 

 

 

雑音が、聞こえる。

 

 

 

―――アレダケナガイアイダウラセカイニイテ、ソレデモキイタコトモナカッタレツアクナコトバガツギツギトアビセカケラレル―――

 

 

 

一方通行の全身が戦慄き、歯が小刻みになった。

 

喉から漏れ出た低い声は、潰れてひび割れていた。

 

 

 

「いいか、テメェはどうあがいてももう終わりなんだ! こっちには<警備員>がついてんだ。やれるもんならやってみろ!! 力の使えねぇテメェが駆動鎧に勝てっかよ!! もっとも<警備員>に手ぇ出しゃ正式に指名手配犯決定だけどな!! これでさんざん守りたがってたクソガキの日々は終わり、ツレは壊れちまうくらいに犯されちまうんだぜぇ! テメェなんかと関わったばっかりにな!! ぎゃはははははッ!!」

 

 

 

ショットガンを握る手に、強烈な力が籠る。

 

体中が沸騰しているかのように、熱い。

 

1つの巨大な感情が圧縮され、血液の代わりに全身を駆け廻る。

 

その感情の名は――憤怒。

 

怒り、圧倒的な、視界を赤熱させるほどの憤激。

 

 

「……れ以上」

 

 

そして、次に産まれたのは、どす黒い憎悪と破壊衝動。

 

 

「………汚ェ手で」

 

 

電極のバッテリーを対木原数多のために温存しておこうとか、今能力を使えば暴走する危険があるとか、そういった事が全部綺麗に弾け飛ぶ。

 

 

「…………ぃかを」

 

 

『あー君。私はもう、あなたの手を汚させたくない』と彼女の言葉がよぎったが、理性が算盤をはじけば、1+1よりも簡単にこの男を救う価値はないと答えた。

 

 

「……………がすな」

 

 

一方通行は首筋に手をやった。

 

そこにあるのは電極のスイッチ。

 

 

「にしても、この女! 頭は平和ボケも良いトコだが、モルモットにするにはもったいねぇ。今まで見た事がねぇくらいに極上じゃねぇか!」

 

 

しかし、九死に一生を得て興奮しているせいかそれに気付かず、ひどく儚げな身体を抱き抱えると、この柔らかな感触に男の目に澱んだ劣情が宿る。

 

 

「ヒヒッ、助けてくれた礼だ。ちっと味見してや―――」

 

 

その禁断の果実のように甘い香りのする頬を、べろりと舐めあげようと舌を出した――――瞬間、

 

 

 

―――コレイジョウソノウスギタナイテデシイカヲケガスナッ!!!!!―――

 

 

 

男の顔が、飛んだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

生臭い鉄の匂いが充満する白い闇の中、一方通行は奇妙な懐かしさを感じていた。

 

鼻も、濃厚になってゆく死の気配の中で鋭敏さを取り戻していく。

 

言葉は押し殺されても、荒い息と、動物めいた呻きが、耳に語りかけてくる。

 

そこには生への執念があった。

 

苦悶で内臓を引き攣る気配があった。

 

そして、一方通行の肌に馴染む恐怖があった。

 

 

「た、助けて―――「死ね」」

 

 

命乞いを無視して、潰す。

 

恐怖と闇が、一方通行の故郷だった。

 

『実験』時、『無敵(Level6)』を目指していた彼は何度も何度も人を殺した。

 

それ以外にも今まで何人もの人間を傷つけてきたし、壊してきた。

 

ただ只管に、自己満足の為に、邪魔する雑魚は、歯向かう敵は、全部始末した。

 

呼吸をするたびに血の匂いがした。

 

血の温もりが顔にかかった。

 

血の滴り落ちる音は、まるで死出の旅路を行く足音だった。

 

ぼたりぼたりと、ある体はゆったり死に向かい、動脈血が噴出している身体はぼとぼとと急ぎ足だ。

 

懐かしい感覚。

 

だが、それは非常に煩わしい。

 

理由も分かっている。

 

今の一方通行は、この手で誰かを殺す事を良しとしない。

 

8月31日、いや、それよりも前……

 

きっと彼女と再会してからだ。

 

一方通行は上条詩歌や打ち止めのような人間を殺したくない。

 

そして、彼女と同じ世界に住んでいる黄泉川や芳川といった他人にも同じ感情を向けるのは可能だ。

 

光の道を歩く甘い人間達が、一方通行のような暗闇に潜む者達の餌食になるのは間違っている。

 

一見、まっとうな思考だと思えるが、しかし、これには大きな穴がある。

 

例えば、詩歌や打ち止めとは似ても似つかない程腐ったクソ野郎が目の前に出現した場合。

 

その救いようのない人間が救いようのある人間まで奪おうとした場合。

 

この時、一方通行の、上条詩歌が付けようとしていた『誰かを殺すのはいけない事』という枷が外れてしまう。

 

彼が最も恐れているのは『光の世界の住人が、闇の世界の住人に喰い物にされる事』だ。

 

一方通行が闇の世界に属する自分を嫌っている以上、同じ世界の人間を受け入れるはずが無い。

 

従って、特定の条件が揃った場合に限り、少年は躊躇することなく人肉を引き裂く怪物に戻る。

 

腹の中に抱えていたものが全部キレイに弾けて、真っ白になるまで人間には戻らない。

 

 

「詩歌……」

 

 

土砂降りの雨の中、返り血を浴びせずに守り抜いた少女の姿を見下ろす。

 

彼女の為に殺すのなら、少しだけ許されるような気がするけれど、それはきっと大きな間違いだ――――が、これでいいのだ。

 

彼女が意識を失ったままで良かった。

 

今の表情を見られたらと思うとバツが悪かった。

 

 

「残念だったなァ」

 

 

結局、彼女の努力は無駄に終わった。

 

この一方通行を地獄の底から引き上げる事は出来なかった。

 

もう、あの『MAR』とかいう偽の<警備員>とは他の本物の<警備員>に目を付けられたのだ。

 

今頃は街中に顔写真がばら撒かれているだろう。

 

木原数多を潰して打ち止めを救っても自分は、彼女の元へは帰れない。

 

雨粒が体を叩く。

 

雲は分厚い。

 

見ていると心が暗くなるほど真っ黒だった。

 

彼女は、自分の事を雨だと称した。

 

人知れず、人に嫌われようと、人を助ける。

 

そんな優しい慈雨だと。

 

しかし、

 

 

 

 

 

「俺が降らせンのは血の雨だけだ」

 

 

 

 

 

優しい優しい幻想から目覚めてしまった怪物。

 

その瞳の中で、激怒と言うのも生温い、敵の死ですらも鎮まる事のない、血よりもアカい業火が荒れ狂っていた。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

対象の動きを封じ、捕まえようとした時、車両が真っ二つに切断された。

 

微かな音もなく、一閃すら見えない斬撃が、1tトラックの衝突にも耐えうる最新鋭の特殊装甲を縦一文字に、走り抜けていた。

 

車両の爆発の瞬間どころか、斬られた事にさえ、彼らは暫し気付けなかった。

 

それほど強烈で鮮やかな剛剣と神速の一振り。

 

 

「ぎ、う、な、何が起き……―――!!」

 

 

残骸の山を押し上げて、顔を上げた瞬間、狂学者は戦慄した。

 

粉塵の舞う奥、闇よりもなお黒い霞を全身に身に纏った重厚な鎧騎士。

 

そう、<聖騎士王>が彼女の前に聳え立っていた。

 

何者かは知らない。

 

 

「ad邪sj魔w」

 

 

だが、この充満した死の緊迫に、自分に振り向けられた不運、舞い降りた天災を前にしてしまった事は理解した。

 

 

「ちっ、おいテメェらコイツの足止めをしろ」

 

 

待機していた『駆動鎧』が鎧騎士へと立ち向かう間、彼女は迅速に行動を開始する。

 

まだこれで終わった訳じゃない。

 

『失敗』を悔むのではなく、『失敗』を糧にして進む。

 

それが、狂学者の人生だ。

 

別車両に保管された自分専用にカスタマイズした紫のようなピンク色の『駆動鎧』へと乗り込む。

 

 

『っ、うおおお!!』

 

 

生き残った護衛の『駆動鎧』は一斉にその弾数が尽きるまで放ち続ける。

 

絶対防護のシェルターでさえも真正面から撃ち抜き、蹂躙する脅威の弾丸。

 

<MAR>は対暴走能力者に特化した集団だ。

 

幾度となく化物のような能力者をこの手で捕獲してきた。

 

が、

 

 

「dhs喰kdラウoe」

 

 

鎧騎士は弾幕の猛襲を前に平然と踏み込み、抜き身の大剣を横薙ぎに振るった。

 

前列にいた『駆動鎧』は、上下に分かれて、ずれ、落ちた。

 

 

『が……』

 

『な、に?』

 

 

シェルターさえも蜂の巣にする無数の散弾は黒い霞に全て弾かれていた。

 

その結果に、驚愕で自失した後列は迫る竜の顎を見て、恐怖から後ずさった者は追い付かれ、取り憑かれたように弾を吐き続ける者は装甲ごと喉元を、断末魔さえ上げる事は許されなかった。

 

 

人が人である限り、この人の上に立つ王に歯向かう事はできない。

 

 

『うわああ!!』

 

『ば、化物!!』

 

 

最後列で抵抗への気力も湧かずに硬直する者、怯えきって立ち尽くしていた者は、あまりに圧倒的かつ不条理な存在に、たまらず逃げ出した。

 

 

しかし、王に敵意を向けた人は誰であろうと断罪からは逃げられない。

 

 

大地に大剣を突き刺す。

 

突き刺さった地面は、たちまち黒ずみ。

 

『駆動鎧』により10倍に引き上げられた運動性能で必死に全力で逃走するも、地面に浸透する黒い霞は堅固な大地さえも薄布の如く切り裂き、まるで生き物のように足元へ追い付いた瞬間、

 

 

『あ――』

 

 

地面から突き出た黒い槍に串刺しにされ、強制的に行動を阻止する。

 

長さ数mまで伸びる槍が、『駆動鎧』の体を貫通し、持ち上げる。

 

 

(ちっ、1分も時間を稼げねぇなんて、役に立たねぇ奴らだ)

 

 

紫電を迸る、狂学者の『駆動鎧』に取り付けられた右腕。

 

<書庫>上のLevel5のデータを参考にし、それを上回るように設計された超電磁砲。

 

純粋破壊のみを目的とする怒涛の如き閃光を喰らえば、流石に化物も怯む。

 

しかし、それのフルチャージにまで、まだ時間が必要。

 

と、その時、彼女の視界に鎧騎士の背後に揺らめく2つの『赤』が飛び込んだ。

 

 

 

「『失敗作』! ソイツを狂わせろ(燃やせ)!」

 

 

 

どんな状態であっても道具は道具。

 

『失敗作』は思考の余地すらなく、鎧騎士の黒い霞をそのアカい瞳で凝視した。

 

奇跡か、それとも、不幸か。

 

<失敗作り>の『赤い炎』は、<聖騎士王>の『黒い霞』で蝕んだ。

 

しかし。

 

『科学』と『魔術』。

 

『不完全』と『完全』。

 

『最悪の暴走兵器』と『最悪の人造兵器』。

 

この禁断の交差は、『最悪の失敗』を撒き散らす事になる。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

――『さァて、オニが居ぬ間にお仕事お仕事』

 

――『うわああああっ!! 紫苑に手を出すな!!』

 

 

 

誰かの声。

 

いつかの声。

 

肌を炙る熱。

 

炎。

 

煙。

 

滅びの中で混じり合う灰と紅。

 

 

 

―――『残念ですケド、世の中は弱肉強食。そんなに甘かねーデスヨ』

 

 

 

不死の怪人に攫われゆく少女のつぶらな眼球が、こちらを射抜き。

 

視界いっぱいに、巨大な焔が噴き上がった。

 

自分を取り巻くように荒れ狂った火炎の渦は、やがて体の前に結集し、1人の少女を作りだした。

 

 

 

―――『お姉ちゃん』

 

 

 

瞬間、どくん、と<鬼塚>の血が騒ぎ出す。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

街は見るも無残な有様となっていた。

 

高高度の上空からでも視認できるような巨大な、爪跡。

 

化物殺しの一族が生み出した化物を超える兵器から放たれた紫電の閃光をもろに直撃した漆黒の怪物は吹き飛ばされ――――

 

 

「あれで、まだ形を保っていやがんのか……!!」

 

 

焼き焦げた地面の上に膝を突いていた。

 

必滅の意思を籠めて、放った一撃は、その鎧を傷つけるまでには値しなかった―――が、

 

 

「――――」

 

 

文明殺しの一族の文明を破綻させる炎は、その内側を蝕んでいた。

 

完全さを追求したモノに、次々と不完全を植え込んでいく。

 

その完璧に積み上げたモノを、崩していく崩していく崩していく崩していく崩していく……

 

その巨体は大切な部品を失くして不具合を起こしたロボットのように、一向に立ち上がろうとはしない。

 

そして、

 

 

……ぼと。

 

 

と、ナニカが落ちた。

 

一度だけでなく、それは幾度となく連鎖し、反響し―――崩れ去った街並みへ拡散していく。

 

 

ぼとぼと。

 

ぼとぼとぼと。

 

ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと―――!

 

 

その内側で蠢く黒が、穴の開いてしまった器から零れるように絶えることなく漏れ出てくる。

 

 

「まあいい」

 

 

しかし、動揺する事なく『駆動鎧』は再度超電磁砲のチャージを開始する。

 

どんな原理があろうと何であれ壊せないものはない。

 

だから、やり続ける。

 

障害となるものは徹底的に、そして、こちらの計画を台無しにしたソレは絶対に破壊すると決めた。

 

その躰に百発撃ち込んでも構わない。

 

 

「『失敗作』、アレを燃やし続けろ。もう一発叩き―――」

 

 

と、その時、ぱたり、と『失敗作』が白眼を向いて倒れた。

 

『不完全』を徹底的に排除しようとする曇りなき『完全』なる意思。

 

それがこの人造兵器に組み込まれた唯一の本能。

 

他の『不完全』な感情を捨てているからこそ余計に、『不完全』にされていく事は、強く、深く、大きくその存在を揺さぶり、激昂していた。

 

その増長される漆黒の狂乱は、『失敗作』のもう忘れてしまった、道具ではなかった、まだ人間だった頃の『失敗』を深く抉る。

 

『道具』として同調し、己よりも濃密な『物』としての燃やし尽くせぬほどの狂気が伝播し、『幼き少女の恐怖』を思い出させ、その『鬼』の精神を討ったのだ。

 

 

「クソ一体―――なっ!?」

 

 

戦うのではなく、逃げるべきだった。

 

この選択が狂学者――木原・テレスティーナ・ライフラインの致命的な『失敗』であった。

 

 

 

―――一振りで、大気が切り裂かれ、『駆動鎧』が打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

『君達は決してしてはならぬ事をしてしまった』

 

 

 

第一声がまずそれだった。

 

この病院にいるであろう目撃者(シスター)の口封じと裏切者(オーソン)を処分しに来たコードネームマイクを筆頭にした<猟犬部隊>の14人。

 

照明の明かりさえもない夜闇に包まれた真っ暗な病棟の中、不意に彼らの前で、プルルルル、と電話の呼び出し音が鳴る。

 

テロを偽装した強制避難により、既にこの病棟には、患者も医者もいない。

 

おかげで、こちらは最悪、ターゲットを潰す為なら病院全体を爆発させるつもりだったのでやりやすくはなった。

 

が、つまり、自分達がここに来る事は予め『何者か』に知らされている事になる。

 

しかし、ここで任務を果たせないとなれば、先程から別行動している討伐隊の連絡が途絶えている事から作戦状況はあまり芳しくなく、このままだと木原数多の怒りの矛先が自分達にも向けられるかもしれない。

 

なので、少しでも何か手掛かりが欲しい所だ。

 

罠の可能性も確かめたが、ワイヤー、赤外線ともに確認できず、塾考の末にマイクは周囲を警戒しながら受話器を取る事を決断した。

 

 

「<冥土帰し>……」

 

 

マイクはかつてこの聞き慣れた声の持ち主の面倒になった事もある。

 

この男は医者として比肩する事のない腕を持ち、誰であろうと差別せず、患者であるなら誰であろうと救う、そんな高尚な志の持ち主……ではあるが、どこか食えない曲者でもある。

 

現に、このセキュリティは突入前に全て潰したはずなのに、こちらの行動を把握しているかのようにピンポイントで電話機を鳴らした。

 

……だが、その声には常に飄々とした彼らしくない、険しい色が含まれていた。

 

 

「余裕だな。潜伏中には、こう言う挑発的な行動は取らずに沈黙しているのがセオリーだ。逆探知されたいのか」

 

 

『今の僕は冗談を言えないくらいに機嫌が悪い。それでも、僕は医者だ。命が奪われようとしている人間がいるなら救わないとね』

 

 

……いつもと違う。

 

やはり、病人を巻き込んだことを怒っているのか?

 

それとも、また別の……

 

 

『木原の下を離れ、逃走しろ。そうしないと君達の命が危ない』

 

 

命が危ない……?

 

この世間の医者が匙を放りだそうとするような大手術であろうと、成功させてきたこの男が唯一、救えないのは『死んだ人間』。

 

<冥土帰し>の言う『命が危ない』は、瀕死の重傷を負ってしまうとか、辛うじて息をしているとか、そんなレベルではなく本当に『死んでしまう』事だ。

 

 

『君らは一方通行に潰される』

 

 

「はっ、小娘に助けられたあの腰抜けにか?」

 

 

学園都市最強の能力者にして、凶悪な怪物、一方通行。

 

だが、所詮はベクトル操作しか能が無いガキだ。

 

メッキを剥がせば、貧弱な杖付きの身で、<猟犬部隊>の、木原数多の手によって、ぼろ屑のように叩き潰された。

 

あの時、あの小娘が乱入していなければ、アレは道路の汚い染みとなっていただろう。

 

 

『勘違いしているようだがね。彼女が助けたのは君達だよ』

 

 

医者の声のトーンが、また一段下がる。

 

 

『一方通行は決して善じゃないんだ。白じゃない。小さな光を得て、多少の白い善を手に入れたようだが、彼は基本的には黒い悪なんだよ。限りなく黒に近い灰色。それをあの子が陽に照らして、徐々に白の方へ傾けようとしていたんだけどね』

 

 

――もう一度言う。

 

 

『君達はしてはならぬ事をしてしまった。真っ黒に染め直してしまっただけじゃなく、『枷』を外してしまったんだ。解き放たれた彼は一切の加減はしないだろうね。容赦ではなく、加減をしない。もう、あの子が何を言おうと止まらない。大事な光を埋めようとする闇だと判断されてしまえば、もう終わりだ。君は一方通行に会ってはならない。恩着せがましいかもしれないがね、“君達を救おう”としていた愚かな僕の教え子のためにも彼の手を血に染めさせ上げないでくれ』

 

 

「世迷言を」

 

 

『冗談を言えるほど機嫌は良くないと言ったはずだが、残念だ』

 

 

医者はそこで言葉を切り、

 

 

『どうやら、僕達に危険を伝えてくれたのは誰だか分かっていないようだ』

 

 

なに……?

 

ここに来た時から、この病院はもぬけの殻だった。

 

避難場所なら、歩けるものなら自力で退避させ、絶対安静の患者であるなら、この医者が十数台所有しているであろう全長30m弱の観光バスぐらいの大きさの特殊救急車――通称『病院車』に移せば良い。

 

だが、時間は?

 

どんなに迅速に動こうが、それでも避難時間を0に短縮できない。

 

つまり、随分前からここの襲撃を予測していて、伝えた者がいる。

 

考えられるとするならば――――

 

 

 

『死ぬなよ。死なない限りは助けてやる』

 

 

 

直後、その『答え』がマイク達の前に現れた。

 

絶叫を纏い、血に濡れ、恐怖がそのまま形を成した『最強』が。

 

 

――――見ィーつけたァ――――

 

 

捕まったら終わりではなく、見つかったら終わり。

 

そして、その『終わり』は………

 

 

 

「待て、待ってくれ、一方通行! いびゃっ、びゃあ、ごォァああああああああああああああああッ!?」

 

 

 

 

 

???

 

 

 

失敗した。

 

努力し、思考し、行動してきた。

 

それでも、届かなかった。

 

どんなに願っても、手を伸ばしても―――足りない。

 

誰もが笑って終われるハッピーエンド。

 

それがどんなに愚かな夢物語である事は、分かっている。

 

それでも、私は諦められない。

 

 

 

だから、立ち上がる。

 

 

 

私はずっとその右手に守られてきた。

 

右手に支えられていたからこそ、私は人間でいられた。

 

どんなに前へと進もうと、その右手が私を引き止め、超えてはならぬ境界線から戻してくれた。

 

産まれてきた時から、ずっとその右手を握り、彼と一緒に歩いてきた。

 

 

 

しかし、振り解く。

 

 

 

このままでは、

 

現実に敵わない。

 

幻想は叶えない。

 

この誰よりも愛しいその右手を振り解かなければ、前へと進めない。

 

もし失敗すれば、元に戻れないかもしれないけれど、

 

これからも、ずっと隣で歩んでいきたかったけれど、

 

そして、右手に殺されてしまうかもしれないけれど、

 

 

 

私は、『上条詩歌(から)』を割り、前へと進む事を決めた。

 

 

 

『詩歌……』

 

 

震える声。

 

 

『ふざけるな……どうして…………しなくちゃなんねーんだ……っ! くそっ……』

 

 

その響きだけで、こちらの胸がつかえてしまいそうなそんな震え。

 

 

 

『……『不幸』、だ……』

 

 

 

(おに…い……ちゃ…ん……?)

 

 

 

その声が、意識の蓋をノックした。

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 

ハッ、と上条詩歌の意識が現実へと浮上する。

 

微かな頭痛と共に、ゆっくりと瞼が開く。

 

暗闇だった視界に光が射して、ぼやけながらも輪郭を露わにしていった。

 

真っ白な天井は、どこか見た事があり、確か………

 

 

「病室……いえ、ここは……」

 

 

切れ切れに呟く。

 

窓のない部屋、携帯生命維持装置、簡易手術室。

 

ベットから体を持ち上げたが、未だに頭には霧がかかったようで、それでいて思考とは別に、唇から言葉が滑り出た。

 

 

「……病院車? あれ、インデックスさん?」

 

 

「しいか!」

 

 

いっぱいに涙をためて、白の修道女がベットに縋りついてきた。

 

この少女は、インデックス。

 

<必要悪の教会>に所属する魔術の叡智を詰め込んだ修道女で、

 

詩歌の兄、当麻の部屋の居候でもあり、

 

詩歌にとってみれば可愛い妹のようなものである。

 

 

(……なんで、インデックスさんが……)

 

 

散り散りになった思考をかき集め、頭の回転数を上げる。

 

退院の手伝い。

 

後輩との茶会。

 

迷子の捜索。

 

そして………

 

これまでの記憶を一気に斜め読みするように現状を把握し―――気付く。

 

 

「あー君は!?」

 

 

あの時、自分は背後から襲われて気を失った。

 

頭に触れるとそこには包帯が撒いてあり、治療の痕がある。

 

どんなに鍛えていようが自分は女子中学生に変わりなく、頭を不意打ちされれば簡単に倒れてしまう。

 

 

「もう! 『<ミサカネットワーク>接続用バッテリー』って何だったんだよ! しいかったら、待っててねって約束したのに勝手にどこかに行っちゃうんだから!」

 

 

「いえ、私は見張ると約束しただけで待つとは……」

 

 

「全く、もしかしたら<天罰>受けたかもしれないって、心配してたんだよ、もう!」

 

 

「え、<天罰>?」

 

 

と、気になるワードに首を傾げる詩歌。

 

只今大変ご立腹のインデックスさんは一方通行と詩歌に置いてかれた後、最初はギャーギャー癇癪を起したが、それでも『患者達の容態を観て、今、この学園都市に起きている現象を解明してみる』と自分が言った事をきちんと有言実行したのだ。

 

 

「ある感情を鍵にして、距離や場所を問わずに叩き潰す神様の<天罰>! どこだろうが誰だろうが、神様に唾を吐く者を許さないって理屈だね!」

 

 

「なるほど。流石、インデックスさん! 頼りになります」

 

 

「えへへ―――って、誤魔化さそうとしたってそうはいかないかも! 今日こそは反省して欲しいんだよ!」

 

 

インデックスは強くこちらを睨みつけたまま、荒げた語気を隠そうともしない。

 

それに申し訳ないと思いつつも詩歌は、

 

 

「ごめんなさい。で、それでどうして私がここにいるんですか?」

 

 

その問いに、口をとがらせていたインデックスは調子を変え、どこか浮かない感じの表情で、

 

 

「誰かが、頭を打たれて気絶したしいかをここに運んできてくれたんだよ。多分、あー君って人だと思う……。でも、お医者さんにしいかを渡してたら、すぐにどっかに行っちゃったから、私は見てないけど」

 

 

「……それで私はここで何分くらい眠っていましたか?」

 

 

「たぶん10分くらいかも」

 

 

詩歌は思わず天を仰ぐ。

 

遅い。

 

自分という枷を外し、“最短距離”で進むなら、もう今すぐここを出ても届かない所まで行ってしまっている。

 

そして、その背中を押してしまったのは、自分のせいであると。

 

と、その時――――

 

 

 

 

 

ファミレス

 

 

 

『打ち止めさんですか!?』

 

 

妹の声だった。

 

不思議なほど胸に満ちた。

 

こんな事しても無意味かもしれないが、受話器越しの遠い声を、少しでも近くに感じたくて、打ち止めが落していった子供用携帯電話に耳を押し付ける。

 

 

(よかった……)

 

 

悪いと思いながらも、登録アドレスに表示された見慣れた番号を見た瞬間、電話をかけずにはいられなかった。

 

生きていると自分の耳で確かめられて、本当に自分でも馬鹿馬鹿しいくらいにホッとする。

 

こんなことをしている場合ではないのに、上条当麻は感極まって、しばし何も言葉にする事ができずにいると、

 

 

『ん……? この感じはまさか、当、麻さん……?』

 

 

「はは、どんな勘してんだよ、詩歌は」

 

 

相変わらずの頭の良さに当麻は少し気が軽くなる。

 

 

『ありゃりゃ……という事は、当麻さんが打ち止めさんと一緒に逃亡していたんですか。本当に当麻さんはトラブルに巻き込まれやすいというか―――って、大丈夫なんですか? 怪我は? というか今どこにいるんですか? 打ち止めさんは?』

 

 

「俺は大丈夫だ。でも………」

 

 

当麻は一気に話す。

 

完全下校時刻を過ぎた辺りで、街中で打ち止めと遭遇した事。

 

彼女の『知り合い』が正体不明の一団に襲われているから助けて欲しいと頼まれた事。

 

現場に行ってみると、そこには黒づくめの男達が倒れていただけで『知り合い』はいなかった事。

 

その後すぐに黒づくめの男達に見つかり――そして、謎の騎士団に追われ、打ち止めだけを先に逃がした事。

 

そして、ヴェントとの事……

 

 

『……なるほど。とりあえず、今こちらに不穏な気配はしませんから安心してください』

 

 

良かった、と当麻は再度安堵する。

 

しかし、上条詩歌は逃げないだろう。

 

彼女は、災難、それが自分を狙っているとなれば、被害を最小限に食い止めるために真っ先に立ち向かうはずだ。

 

その勇敢な姿は、兄として誇らしくもあるが、それでもやはり、

 

 

「詩歌、打ち止めの事が心配かもしれないが逃げてくれ。ヴェントのヤツは本気なんだ。アイツは本気で学園都市を潰す気なんだよ。……俺には分かる」

 

 

ヴェントの叫びを聞いたからか。

 

それとも妹の声を聞いたからか。

 

今の当麻は自分でも思うように本当に情けなくなってしまう。

 

 

『無理です。打ち止めさんもそうですが、当麻さんも、それ以外の皆を置いて逃げる事などできません』

 

 

電話の向こうでふんと鼻を鳴らし、

 

 

『全く、誰も彼も……当麻さん! 同情するのは良いですが、何をもう弱気になっているんです! 愚兄から駄兄になり下がったんですか?』

 

 

「学園都市に喧嘩を売るような奴なんだぞ。死ぬかもしれないんだぞ」

 

 

『当麻さん、この現状が、どん底だと思っているんでしょう?』

 

 

詩歌は電話越しからでも不敵に微笑んでいるのが見えるほど、歌うような調子で、優しく、そして厳しく諭す。

 

 

『でも、私達はいつもこんな不幸乗り越えてきたんですよ』

 

 

両目を見開く当麻に、詩歌は苦笑交じりで、

 

 

『同情するのは構いません。ですが、一体いつから当麻さんは復讐を容認するようになったんですか? 言っときますけど、私は、私を理由に復讐するなんてゴメンです。きっと弟さんもそう思っているはずです』

 

 

当麻は携帯電話を掴んだ手に力を込める。

 

雨の冷たさを跳ね返すように血が高ぶり、もう一度上条当麻は自分に課した誓いを思い出す。

 

 

「詩歌。悪い。今のうちに謝っておく」

 

 

『兄妹に遠慮は無用です』

 

 

「すっげぇ心配かけるかもしれない」

 

 

『そんなのいつもの事でしょう? ま、私も当麻さんの事言えませんが』

 

 

「大怪我して病院送りになるかもしれない」

 

 

『それもいつもの事です。何なら今の内に兄妹で予約しときましょうか?』

 

 

「ひょっとするとボロ負けするかもなぁ」

 

 

『割といつもの事ですねぇ。でも、一度負けても最後に勝てばいいんです。実は私もこれからリベンジです』

 

 

“いつも通り”打てば響く返しにこのままアイツらの思い通りにさせてたまるか、と勇気がわいた。

 

上条当麻はどんな時でも諦めず、あらゆる可能性を模索し続ける賢妹の姿を誰よりも見てきた。

 

そして、また逆に上条詩歌も、何度敗北しても、立ち上がってきた愚兄の背中を誰よりも見てきた。

 

実は先程の叱咤は詩歌自身の鼓舞でもある。

 

愚兄が賢妹を見るなら、賢妹もまた愚兄を見ていた。

 

例え、今隣にいなくても、その背中に互いを感じる事ができる。

 

 

『正直いつもよりちょっと不幸かもしれませんが、そこはいつもよりちょっと頑張れば良いんです。だから、今は悩む所でも、迷う所でもなく、進む所です。例え負け試合だとしても、次に繋げるために愚直に前へ出るんです』

 

 

(ったく、“ちょっと”か。とんでもねぇ妹を持っちまった。だが―――その通りだ)

 

 

過去を悔んでも仕方ない。

 

未来を恐れても仕方ない。

 

だが、現在が正念場だ。

 

 

『ああ、当麻さん、もし勇気が足りないというなら、勇者になってみては? そう、あのギリシャ神話の『ペルセウス』のように――――』

 

 

 

 

 

???

 

 

 

破り捨てられた空色の布切れ――打ち止めのキャミソール、の横に置かれた無線機から大きな大きな声が飛び出した。

 

 

『チェックメイトだよーん、一方通行。ぎゃははははっ!!』

 

 

そして、この男との言葉の応酬で気付いてしまった。

 

予想以上に、事態は最悪だったと分かってしまった。

 

何故、木原数多個人の研究とは無関係なのに<猟犬部隊>は打ち止めを攫おうとしたのか。

 

どうして、迷い込んだ修道女に躊躇なく殺そうとして、ガキを『無傷で確保』しようとしたのか。

 

いくら挑発しようが、あの『脳と心臓が無事のまま死なせない事までできる生き地獄のプロ』の木原数多は、ガキに指一つ触れられなかった。

 

 

という事は、だ。

 

 

木原数多は誰かに依頼されて、打ち止めを捕まえようとし、

 

その誰かは木原数多でさえも従順に従えるどころか、『壊れ物厳禁』の貴重品を運ばせるようなパシリにでき、

 

また、<猟犬部隊>という一流の装備を持つ非正規工作員部隊のクズを幾らでも用意できる。

 

もしかすると、この状況とあの『実験』には何らかのかかわりがあるかもしれない。

 

つまり、<猟犬部隊>、木原数多の裏にいる真の黒幕は、

 

 

 

―――学園都市。そして、それを束ねる統括理事長。

 

 

 

「ふざっけンじゃねェぞ!! ナメやがってェえええええええええええええええッ!!」

 

 

 

絶叫し、首筋のチョーカー型電極のスイッチを指で弾く。

 

復帰した莫大な演算能力で思考する。

 

打ち止めが犠牲になるのも。

 

アイツが巻き込まれるのも。

 

全部が全部!

 

その元凶を叩き潰す。

 

窓のないビル――学園都市統括理事長の住処を。

 

 

 

「がっ、ァァあああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

この憎悪を糧に、振るう。

 

地球の自転――この惑星の回転エネルギーを5分ほどベクトル操作でもぎ取り、纏わせた腕が悪魔の一撃へと変貌する。

 

『標的』との最短距離間にある邪魔なビル群は紙屑のように倒壊。

 

周りへの配慮、

 

一般人の危険、

 

そんな事を考える余裕は一瞬で蒸発した。

 

ただただこの学園都市が、光の世界の住人を、この街を照らし続けた、この街でしか生きられないアイツらの過去を台無しにし、未来を奪おうとする。

 

ただ己の為に、闇の世界へ引き摺りこもうとするシステムが、許せない!

 

窓のないビル――その核兵器の衝撃波を受けてもびくともしない世界最高のシェルターへ、

 

 

 

恐るべき速度で直撃する。

 

 

 

炸裂する莫大な音の渦。

 

2km間も離れた距離、間にあった無人の銀行や役所の建造物。

 

それを全て、全く障害にならない。

 

学園都市最強のLevel5の全身全力の、地球そのものの自転ベクトルの一撃は事なく最短距離を一方通行で突き進む。

 

奇跡的に人的被害こそなかった。

 

だが、

 

 

 

窓のないビルにもまた被害は皆無だった。

 

 

 

「くっ、ァァああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

己の全てを出し尽くしても届かぬ牙城。

 

己の力のなさに、なおより激情は高まる。

 

やり場のない感情(ベクトル)を地面に叩きつけ、この不甲斐ない『最強』に、憤激する。

 

 

(殺そう)

 

 

そして、すぐに憤激は、殺意へと変わった。

 

 

(木原数多を殺そう。絶対に殺そう。100回殺しても飽き足らねェあのクソ野郎を、この1回に凝縮してぶち殺そう。そォしないと何もかもが話にならねェ)

 

 

多くのモノを奪ってきたのに、大切なモノを奪われる、というあまり面した事のない行為は『最強』の最後の『枷』を解き放つ。

 

力無き惨めな自身も殺し尽くす憤激のままに、進む。

 

為そうとして為せず、欲して得られない、憤激のままに孤独な少年は深い深い闇へと潜っていく。

 

 

 

 

 

病院車

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ―――」

 

 

久しぶりの―――の感覚に、表情に出す事こそはしなかったが、ぐらり、と身体をよろめかせてしまう。

 

それでも何とか文章を打ち込んだメールを送り………そのまま地面へ。

 

 

「―――さて、ゆっくりとお休みしている訳には行きません」

 

 

しかし、生憎、寝ている時間は無い。

 

<一方通行>、<猟犬部隊>、<神の右席>、<聖騎士王>―――そして、何より打ち止めの捜索。

 

詩歌は立ち上がると、腕と足をゆっくりと曲げ、伸ばし、ついで肩や腰、背中の筋肉なども入念に身体のコンディションをチェックする。

 

どんなに鍛えていようと自分は所詮女子中学生。

 

もう1発だって不意打ちを食らう訳にはいかないためにも、体の点検を怠るわけにはいかない。

 

 

「……しいかの馬鹿」

 

 

インデックスは、ぷすう、と頬を膨らませる。

 

これは放ってかれた事やまた無茶をしている事に怒っているというよりも、どうしようもない『悪癖』に呆れ果てた調子で、

 

 

「どーして、しいかは頭が良いのに、こう言う所だけとうまと同じなの?」

 

 

「それは、兄妹ですから」

 

 

迷いもせず返ってきた簡単明瞭な答えに、インデックスは、思わず淡く微笑を浮かべてしまう。

 

この兄妹との付き合いは時間にすればさほど長くないのだが、それでも『らしいなぁ』と思わされる。

 

それだけ濃くて、密度の高い時間を過ごしたのだと、今更になって修道女は実感する。

 

 

「詩歌お姉様、申し訳――――」

 

 

だが、事態は“想定外以上”に進行していた。

 

 

 

『(―――上位個体20001号より信号を確認)』

 

『(―――危険度5と推定、ミサカ10032号は拒ぜ)』

 

『(―――拒絶を認めず。R、V、Y経路で信号を受諾)』

 

『(―――ミサっ、思考き能に重ううう大ナ負荷)』

 

『(―――拒絶を認めず)』

 

 

 

 

 

 

 

―――<虚数学区・五行機関>が部分的な展開を開始。

 

―――該当座標は学園都市、第7学区のほぼ中央地点。

 

 

そう、『プラン』。

 

 

―――理想モデル<風斬氷華>をベースに、追加モジュールを上書き、

 

―――理論モデル、内外ともに変貌を確認。

 

 

学園都市における『魔術(オカルト)』への最終防衛ライン。

 

 

―――<妹達>を統御する上位個体<最終信号>は追加命令文(コード)を認証。

 

―――<ミサカネットワーク>を強制操作する事により、学園都市の全AIM拡散力場の方向性を人為的に誘導する事に成功。

 

 

これが発動すれば、領域内で発動した魔術は暴走・自爆する。

 

 

―――第1段階は終了。

 

―――物理ルールの変更を確認。

 

 

<虚数学区・五行機関>――<風斬氷華>の存在を、彼らは気付いていなかった。

 

 

―――これより、学園都市に<ヒューズ=カザキリ>が出現します。

 

―――関係各位は不意の衝撃に備えてください。

 

 

これから『科学』の逆襲が始まる。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

ドッ!! と凄まじい閃光が数秒世界を支配した。

 

 

遠方からの落雷の如き轟音と衝撃波は都市全体を波打つように震撼させる。

 

 

「あの野郎……アレイスターッ!! ―――がはっ……」

 

 

<神の右席>『前方のヴェント』は、この『気配』に体を蝕まれ、血反吐を吐く。

 

原因は不明、魔術的な痕跡どころか、『敵意』すらも感じられないのに。

 

体のどこが、というレベルではなく、皮膚の上から内臓の奥まで、血管1本残さず全て絞られているような圧迫感。

 

まるで、巨大な化物が、すぐそばでそのギラついた欠伸で大きく口を開けているかのよう。

 

相手はその意思すらないのに、ただその存在だけで貧弱な人間は冷汗を流して震えるしかない。

 

しかも、その『気配』がどこから来るのかも分からないほど、桁が違う。

 

まるでこの街全体を覆い尽すような―――そう、世界すらも震わせる。

 

この学園都市が、化物の腹の中に呑み込まれてしまっている。

 

360度ではなく、街全体がこの化物そのもので、強烈過ぎるのに、輪郭さえ掴む事は敵わない。

 

 

 

さらに、この正体不明の『気配』は未だに拡大しつつある。

 

 

 

これが到達点なのではなく、まだ序の口なのだ。

 

この『魔術』を排他しようとする不自然な『界』の圧力は増していき、今はまだこの街に収まっているが、いずれはこの星の全てを巻き込むかもしれない。

 

これが、魔術サイドと肩を並べる一大勢力――学園都市の隠し玉(ジョーカー)

 

都市機能の9割近くを麻痺させたはずなのに、一気に形勢逆転されつつある。

 

 

 

「なっ……」

 

 

 

そして、ヴェントは、見た。

 

この『気配』の正体を。

 

 

 

「そうか。これが<虚数学区・五行機関>の全貌ってコトか! ナメやがって。そうまでして私達を貶めたいのかぁあああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

視線の先。

 

街の一角で、莫大な閃光が溢れていた。

 

轟!! と、光の中心点から、無数の翼のようなものが吹き荒れる。

 

まるで刃のように鋭い、数十もの羽。

 

一本一本は10mから100mにも及び、天へ逆らうように高く高く広げられていく。

 

周囲にはビルがあるが、そんなものを気にしている様子はなく、濡れた紙を引き裂くように、次々とビルが倒壊していく。

 

人間の作り上げた貧弱な構造物を食い破りながら、翼は悠々と羽ばたく。

 

世界の主は人間ではないと、言外に語っているかの如く。

 

まるで、巨大な水晶でできた孔雀の羽のようだった。

 

 

 

そう、これはまさに―――<天使>。

 

 

 

「殺してやる」

 

 

 

どのような意図があるかは知らないが、あれは十字教への挑戦であり、最低最悪の侮辱だ。

 

十字架を掲げる全ての人々を嘲笑う醜く穢れた冒涜の塊。

 

<神の右席>として、消滅すべき対象だ。

 

 

 

「殺してやる」

 

 

 

『科学』が嫌い。

 

『科学』が憎い。

 

 

 

「そっちが『天界』を作るっつうなら、こっちは『地獄』を見せてやる!!」

 

 

 

ヴェントは、虚空から取り出したローマ正教最暗部に秘蔵されていた『騎士王』のもう1つの『剣』であり、唯一御する事のできる最後の『枷』でもある<選定の剣>を地面へ突き刺し、

 

 

 

「この街も! あの<天使>も! アレイスターも! そして、アイツら兄妹も! みんなみんな大罪だ!! 殺すッ!! 絶対に――――殺すッ!!」

 

 

 

有刺鉄線を巻いた鉄槌を、先の折れた『剣』に、そして、学園都市に下した。

 

ガァン!! という轟音と共に、<聖騎士王>の『枷』が砕け散る。

 

 

 

 

 

病院車

 

 

 

「ぁぁ……」

 

 

生命装置を巻かれた体を起こし、ベットから降りる。

 

医者達は先程の出来事に気を取られていて気付いていない。

 

ふらふら、と病院車を抜け出し、おぼつかない足取りで誰かを捜すように辺りを見回す。

 

 

「……ぉん」

 

 

無表情のままナニカを求めて彷徨う。

 

しかし、その体内を駆け廻る『血』は、脈動する『血』だけは、熱さを忘れるほど興奮状態にあった。

 

死へと寸暇で届く程の滅殺に面した衝撃が、心中の『枷』を砕け去り、

 

そして、『失敗』と、すぐ側にいる『敵』の存在に、焦がれた感情が完全に解き放たれる。

 

秘められた莫大な熱量が止め処となく溢れ出て来るのではなく、瞬時に身の内を焼き尽くし、『炎』で染め上げる。

 

 

「うううう」

 

 

燃やしてしまう。

 

何もかもを燃やしてしまう。

 

暴れる本能を抑えようとするが、一挙に解放された感情の大きさ熱さを許容できず、異常なまでの昂りとして燃え上がる。

 

もどかしさで全身が張り裂けそうになり、嘔吐に近い激怒と落涙に似た慙愧が、言葉にならない唸りとなって食い縛った歯の隙間から漏れ出る。

 

 

「ううううう」

 

 

立ち上る焔の匂いが胸郭を満たし、

 

もう抱き込んでも抑えきれぬざわつきに駆り立てられて全身は震え、

 

激痛も流血も全ての燃料として注ぎ込まれ―――そして、

 

 

「っ! ―――」

 

 

その時、1人の少年がその『脅威』に気づき―――叫んだ。

 

 

 

「今すぐここから逃げろおおおおおおおおおおぉぉっ!!!!!」

 

 

 

最後に残った理性が起こす荒れ狂う熱風に、駐車場に停めてあった『病院車』は危険領域より脱し―――猛烈な爆炎が巻き上がる煉獄を喚起する。

 

あらゆる文明を焼却する『鬼』に相応しいステージを。

 

 

 

つづく


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