とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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水の都編 暗闇を払う者

水の都編 暗闇を払う者

 

 

 

女王艦隊 第43番艦

 

 

 

<女王艦隊>第43番艦は索敵に特化した情報艦。

 

そこに常駐するシスター・アガターは甲板の最先端部にある巨大な舵の前で息を呑んだ。

 

舵の両脇には小さなテーブルがあり、そこには氷でできた書類がいくつも張り付いている。

 

古い羊皮紙を模した薄い氷の板の上には、地図や海図から船の状態まで、様々な情報がリアルタイムで表示されている。

 

その内の1つ。

 

アドリア海近辺の海図を表示した氷の書類が、鈴を鳴らすような警告音を発した。

 

<女王艦隊>を示すチェスのような駒の群れの下方から、1つの駒がこちらへ急速に、しかも妙な事に点々と消えたり現れたりを繰り返しながら近づいてくる。

 

 

「ビショップ・ビアージオ!!」

 

 

『見えている、詳細の説明を』

 

 

叫ぶと、空気が直接振動したような声が返ってきた。

 

 

「アドリア海ヴェネツィア湾南部より近づく影が、1つ! 速度は……かなりあります! 本艦の座標まで60秒で到達します」

 

 

この索敵範囲はおよそ5km弱。

 

時速換算で約300km。

 

これは、飛行機の離陸速度とほぼ同じ。

 

だが、

 

 

「え……この影は人間です!!」

 

 

『なんだと……!?』

 

 

その言葉にビオージアも驚きの声をあげる。

 

飛行機でならとにかく、生身の1人の人間が出す速度ではない。

 

たとえ、それだけの速度を出したとしても、空気摩擦などの問題にぶつかるはずだ。

 

 

『何かは分からんが、狙いは<アドリア海の女王>だろう。撃ち落せ。接触は許さん』

 

 

『了解です! 砲撃可能位置にいる第25から38番艦へ迎撃命令を送ります! それらの艦が迎撃している間に他の艦の配置を変えて――――』

 

 

 

 

 

アドリア海

 

 

 

ヒュン、ヒュン、と虚空を裂きながら、少女の姿が消えたり、現れたりしている。

 

<空間移動>。

 

この空間を渡る能力は、直線の移動ではなく、点から点への移動のため慣性の法則は働かず、空気抵抗などの問題はない。

 

ただ、座標演算が複雑で、精神的動揺に弱い。

 

 

(ん? 砲撃ですか)

 

 

眼鏡越し、強化された視界の中の力の流れが変わる。

 

目標の艦隊の砲台が横一列に照準をこちらへ向けてくる。

 

だが、たとえ一斉に放たれてもこの少女に当たらないだろう。

 

彼らは速度ばかりに気を取られ、これが点から点への移動という脅威に気付いていない。

 

だから、ここで相手戦艦を撹乱させるのもいいが……

 

 

(ふむ。ここは後々のためにこちらも『杭』に打っておきましょう)

 

 

<空間移動>から<念動能力>に切り替え。

 

ウエストポーチから無数の紙束を取り出し、周囲にばら撒く。

 

現れたのは、先端に何やら文字が書かれた長い物干し竿のような木の棒。

 

これは天草式の使い捨ての『霊装』に、インデックスと共に細工を加えたもの。

 

それらが100本、彼女の眼前に並ぶ。

 

 

(………<念動能力>による分子硬化完了)

 

 

1秒。

 

 

(………<風力使い>による先端強化完了)

 

 

2秒。

 

 

(………<空力使い>による噴出点の設置完了)

 

 

3秒。

 

 

(………<異能察知>による計測完了)

 

 

<女王艦隊>の魔力の流れが高まり、砲撃に準備が整い始める。

 

だが、その前に、

 

 

(――――狙いは<聖バルバラの神砲>)

 

 

一斉に射出。

 

100本の木の杭が縦横無尽に空を翔け抜けた。

 

 

 

 

 

女王艦隊 43番艦

 

 

 

「に、25番から38番艦に攻撃!? 杭が邪魔で<聖バルバラの神砲>砲撃できません!?」

 

 

『ふざけるな!! たかが棒きれで<聖バルバラの神砲>が使えなくなるはずがないだろうが!! それごと吹き飛ばしてしまえば良い!!』

 

 

激昂するビアージオ。

 

だが、

 

 

「無理です! こちらが砲撃を行っても全く折れません!! ――――あ、第2波来ました!! 追撃のために回り込んでいた艦も――――」

 

 

シスター・アガターは動揺する。

 

次々とこちらが砲撃に移る前に読まれたかのように先回りされ、封じられていく。

 

たかが木の棒を砲台に刺し込まれた事によって。

 

ほぼ零距離で、弾にまだ加速の勢いがついていないとはいえ、その木の棒は硬さは尋常なものではなかった。

 

そして、彼女の脳裏にあの悪夢が再来する。

 

あの時も自分達は“たった1人の少女”に、負けた。

 

もし、この人影があの時の少女なら――――全艦やられる。

 

 

『何がどうなっている……!?』

 

 

そう通信から苦悶の声が漏れた瞬間、

 

 

『シスター・アガターッ! 魔女です!! あの魔女が―――』

 

 

 

 

 

女王艦隊 第29番艦

 

 

 

自分の声が聞こえなくなった

 

 

(え――――)

 

 

鼓膜が詰まるような感覚。

 

気がつくと倒れ、床に手を着いていた。

 

奇妙な音がこの海域を支配する。

 

低い音。

 

ざわざわと胸騒ぎに似た不快感が胸に押し寄せてくる。

 

 

何、これ―――と言ったつもりだった。

 

 

しかし、その声は自分の耳にも届かない。

 

その代わりに不快な音が耳から離れない。

 

首を振っても、掌で耳を覆っても、その音は顔にまとわりついている。

 

床が揺れる。

 

ぐらぐら、と。

 

変動する波の高さに床が不安定に蠢く。

 

船上での暮らしに慣れていないものの、その揺れで、酔う、という事はなかった。

 

しかし、今、激しい眩暈と回転する視界。

 

上半身を起き上がらせる事だけでも困難なほど。

 

そのあまりの不快感に――――胃の内容物を吐き出した。

 

 

「ぐぇ―――ッ!!」

 

 

1日18時間も働かされたこの身で、この激しい嘔吐感を抑える事は叶わなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『杭』を打ち込み、相手の砲撃を封じた後、上条詩歌は最寄りの船に<空間移動>し、そして―――

 

 

 

「     ―――   ……」

 

 

 

詩歌が喉を震わせ、―――されど、これは歌声ではなく、超音波。

 

音波特化――<虫襖(むしあお)>。

 

たとえ、どんな船旅に慣れた漁師であろうと、平衡感覚を失えば、立つ事さえもできない。

 

平衡感覚を司る器官は、耳の奥にある内耳と呼ばれる器官。

 

その内耳に、何らかの刺激を与えれば、人間は平衡感覚を失う。

 

そして、音は、周波数さえ調節すれば、外耳や中耳を飛び越えて、直接、内耳を直接刺激する事ができ、たった十数秒聞かせ続ければ、人の平衡感覚は狂う。

 

実際、その原理を利用し、そういった周波数の超音波を発する音響兵器は存在する。

 

しかも、ここは陸地ではなく、足場の不安定な船上。

 

人間の体では声が届く範囲は限られているが、<虫襖>により増幅されたそれは膨大な範囲に及び、ベクトルも操作した結果、<女王艦隊>全体を支配下に置いた。

 

そのまま、詩歌はさらに奥の方へと次々と無数の杭を砲台へ打ち込んでいく。

 

だが、中心で無防備に立っている詩歌を、同じ甲板の上にいる誰もが止める事は出来ない。

 

ただ耳を押さえて蹲るのみ。

 

通信術式から怒鳴り声が聞こえてくるが、誰の耳にも届かない。

 

それどころかその通信を介して、船室の中まで音が浸透していく。

 

まるで、その歌声によって、船員を惑わし船を沈めたとされる伝説上の生物、『セイレーン』の―――

 

 

「―――警告します。直ちにそれを止めなさい」

 

 

天上から仮面の騎士、『トリスタン』が<量産聖槍>を振り落とした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

歌うのを中断し、回避行動を取る。

 

長槍は、詩歌が立っていた場所に突き刺さり、甲板全体に大きな亀裂を走らせた。

 

『トリスタン』はその横へ着地し、<量産聖槍>を抜き取る。

 

良く見ればその仮面の横に、小さな水玉が浮かび、彼女の両耳を覆っている。

 

おそらくあれを耳栓代わりにし、<虫襖>を防いだのだろうと詩歌は予測する。

 

そして、『トリスタン』は<量産聖槍>を戻すと、

 

 

「……<量産琴弓>」

 

 

距離を取りながら、『トリスタン』が呟く。

 

すると、1秒もかからず、仮面の騎士の手元に見事な長弓が生まれた。

 

換装術式、戦闘と並行して素早く得物を呼び出すことができる。

 

『トリスタン』は、矢をつがえず、弦だけを引く。

 

 

   ぃぃいん―――!

 

 

妙なる音が、響く。

 

それは、魔力の籠った音の矢。

 

しかも、それは相手の死角から、至近距離で『弓』を―――

 

 

   ぃぃいん―――!

 

 

同時、全く同じ音が、響き、相殺した。

 

音による空間支配を、邪魔された。

 

こんな経験は今までになかった。

 

 

「混成、<虫襖>は音に特化した『色』です。相手が音を介さなければならないなら、干渉も容易です」

 

 

(<禁書目録>に知恵をもらったのか―――)

 

 

ならば、干渉される前に矢を放つ。

 

凍りついた思考は焦ることなく、怒ることなく、瞬時に答えを出し、次の動作へ淀みなく移る。

 

 

   ぃぃぃぃいいいいいん―――!

 

 

至近距離ではない。

 

自身の周囲の空間に働きかけ、より強く魔力を練り込んだ音の矢を放つ。

 

 

―――ふわ、と少女はステップを踏んだ。

 

 

それだけで、詩歌は音の矢を避けていた。

 

 

「そして、至近距離でなければ、“視えている”のを避けるのは容易な事です」

 

 

目には視えないはずの不可視の矢を、<異能察知>で強化された詩歌の瞳は捉えていた。

 

『トリスタン』は迷うことなく矢を連射する。

 

 

ひゅ―――と風を穿つ連撃。

 

 

だけど、ほんの一歩、ステップを踏み、僅かに詩歌が頭を傾けただけで、それら全ては空を切った。

 

最初からそう仕組んでいたような、あんまりにも自然な動作だった。

 

 

「……言っておきます。私に、同じ技は何度も通じません」

 

 

音の矢は所詮、どんなに鋭くても魔力の流れに沿ってしか動けない。

 

そんなの異能を視れる詩歌に、回避行動も取れない至近距離でなければ、当たるはずがない。

 

ただ一瞥しただけで全ての軌道が読める。

 

 

「一体、貴方は何者ですか」

 

 

『トリスタン』が言う。

 

初めて声音におののきの響きが揺れた。

 

 

「では、行きます。混成、<暗緑>」

 

 

詩歌はそれに答えず―――消えた。

 

 

「なっ……!」

 

 

『トリスタン』は驚愕に仮面の奥の両目を大きく見開く。

 

その速さに驚いたのではない。

 

化け物みたいな速さなど、そんなのは見慣れている。

 

気配が全く感じなかった事に驚いたのだ。

 

弓手は、弓に矢を番える際、隙ができる。

 

だからこそ、不意打ちに合わぬよう常時、周囲に五感を張り巡らせている。

 

だが、それでも反応できず、見失ってしまった。

 

 

『混成、<虫襖>は音に特化した『色』です』

 

 

気配とは、音の立体性。

 

足音はもちろんの事、心音と呼吸音、その他、無意識に感じ取ってしまうものまで生じたあらゆる音を察知する事で、気配というのを感じる。

 

だから、詩歌は音を殺した。

 

音を操作する事で―――詩歌は自身の存在を隠したのだ。

 

そのまま『トリスタン』と同様、何もなかった空間から生み出すように物干し竿のように長い六角を取り出し、

 

 

「<念動能力>、分子硬化」

 

 

強化された重い震脚と共に床がずれた。

 

<女王艦隊>は学生寮よりも巨大ではあるが、船である以上は揺れる。

 

周囲を警戒していた『トリスタン』はほんの少し蹈鞴を踏む。

 

 

「……私、基本素手ですけど、師匠に弟子入りする前は、陽菜さんから『鬼の金棒』というのを教えてもらっていたんですよ」

 

 

そして、その刹那、真横から詩歌が、体重と遠心力を乗せた六角の一閃を振るう。

 

 

ガキンッ! と金属音と共に火花が散り、仮面の騎士の体が宙を飛んだ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「くっ……<量産琴弓>が!」

 

 

勢いを殺したものの咄嗟に盾にした長弓の弦が切れた。

 

もうこれでは音の弓矢は使えない。

 

 

「ならば―――」

 

 

瞬時に換装した<量産聖槍>を振るい、周囲の床に傷を、『文字』を刻みながら、距離を取り、

 

 

「―――目覚めなさい、<氷像(アイス・ゴーレム)>」

 

 

声を受け、広い甲板の氷の床一面がせり上がる。

 

静謐に冷気を漂わせる蒼氷は、数秒で大雑把な何かを形作る。

 

槍や剣を持った人間が10体、牙を剥く獣が5体、そして、巨大な棍棒を持つ大男が1人。

 

『トリスタン』を中心に囲み、穂先、剣尖、牙、爪、、棍棒を最前列に並ぶべる。

 

<氷像>。

 

これは、水のルーンを得意とする『トリスタン』が、『隊を率いぬ』騎士として有名になった由来。

 

シェリー=クロムウェルのように何でもとはいかないが、その文字を刻んだ『氷』に意思を持たせる事ができる。

 

そう、『トリスタン』は1人で1隊に匹敵する。

 

そして、この氷でできた巨船は彼女にとって最も有利な力を発揮できるフィールドだ。

 

さらに、音ではなく、その者の『温度』に反応する<氷像>に<虫襖>の気配遮断は通じない。

 

 

「―――甘い。相手が人でなければ私に容赦はない」

 

 

火炎特化――<黄丹>。

 

紅と蒼の激突。

 

無数の緋燕が獣と兵士を爆炎と共に薙ぎ払う。

 

氷の破片がまるでダイヤモンドダストのように煌めく粉塵を巻き起こす。

 

だが、一体だけ、棍棒を持った大男だけはその粉塵を突っ切った。

 

轟然と迫りながら、真っ向から振り落とされる。

 

それに詩歌も体を捻り、居合抜きの要領で短く呼気を爆発させながら、六角に全身の力を乗せて迎撃する。

 

 

「―――<偽唯閃>!」

 

 

風を巻くように闇を裂き、その斬撃のような打撃が<氷像>と巨大な棍棒を寸断した。

 

が、その衝撃に耐えきれず、六角もまた折れた。

 

無手になった詩歌へ<量産聖槍>を持った『トリスタン』が―――

 

 

「―――む」

 

 

その時、進路方向を塞ぐように虚空から六角が出現。

 

<空間移動>だ。

 

さらに、詩歌は折れた六角に<空気使い>の噴出点を設置。

 

向かう場所は勢いを殺された『トリスタン』、しかし、『トリスタン』は木偶ではない。

 

バックステップを踏みながら、邪魔した六角ごと横なぎに破壊する。

 

 

「やはり、武器の質は向こうの方が上ですね。ならば―――」

 

 

4本の六角が出現。

 

それらをジャグリングのように詩歌は宙を舞わせる。

 

まるで生きているかのように縦横無尽に行き来ししており、詩歌の手先の流れに従って、変幻自在の舞を魅せる。

 

 

「―――手数で勝負します」

 

 

強化したとはいえたかが木の棒と一級品の『霊装』である<量産聖愴>とでは武器の質が天と地の差、打ち合いとなれば五和と同様に数合の内に押し負ける。

 

故に、手数による攻めで相手を圧倒する。

 

縦横無尽に飛び交う2本の六角と両手に持った2本の六角の苛烈な連打を、『トリスタン』は弧を描くような堅実な打ち払いで対処するが、それでもこの予測不能な攻めに防戦一方に、そして、今も左右斜めから宙を舞う六角が猛然と挟み打ちされるのを長槍を寝かして受け止め、その決定的な隙を――――文字通り突かれた。

 

 

「ぐふっ……」

 

 

バックステップを踏み勢いを殺したが、詩歌が持つ2本の六角は突きではなく、ロケット砲のような“射出”だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

<空気使い>だ。

 

突きだと思い、間合いを見誤った『トリスタン』はもろにその2撃を喰らう。

 

詩歌は『トリスタン』と同じように武器を状況に応じて使い分けるのではなく、状況に応じて使い捨てている。

 

 

「はっ―――!!」

 

 

まだ詩歌の攻撃は続く。

 

宙を舞う2本の六角を手にし、その内の1本を滑らせながら2つの噴出点を其々の両端の反対の側面に設置し、投擲。

 

ブシュッ!! と勢い良く気流が飛び出すと六角はブーメランのように旋回し、<量産聖槍>を弾き飛ばした。

 

そして、最後の1本を手にしながら、死に体となった『トリスタン』へ馳せる。

 

だが、そこまでだ。

 

 

「<氷像>ッ!」

 

 

鋭く叫ぶと、詩歌の足元の氷の床から手が飛び出し、足首を引っ掛ける。

 

 

「換装、<量産湖剣>!」

 

 

手元に頑重な西洋剣、<量産湖剣>が出現。

 

 

殺った―――『トリスタン』は確信する。

 

 

いくら強化しようとも、この『耐久硬度』に特化した<量産湖剣>の一撃を防げない。

 

この体勢を崩した状態ではこの一撃から逃げきれない。

 

そして、無慈悲に振り落とした―――が、

 

 

「<念動能力>、分子結合軟化」

 

 

六角の石突で<量産湖剣>の切っ先を受け止めた。

 

そして、折られる事なく、ぐにゃりと曲がる。

 

予想もしなかった柔軟な手応えに加え、絶妙な力加減と熟達した体捌きにより、そのままベクトルを柔らかく柳のように横へ受け流された。

 

 

「!!?」

 

 

分子レベルの硬化ではなく、その結合を軟化させて破壊を防ぐ判断。

 

相手の攻撃を弾くのではなく利用する卓越した技巧。

 

そして、何事にも揺らがない集中力。

 

その3つが硬さに特化した西洋剣を柔らかさに特化した六角で打ち破った要因。

 

 

「力任せを捌くのは当麻さんのおかげで得意中の得意です」

 

 

気付いた時にはもう遅く、

 

 

―――ガン!!

 

 

受け流した反動を利用したカウンターを仮面で覆われた顔面に打ち込まれた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

衝撃で騎士の仮面に亀裂が走り、割れて床に落ちて―――彼女の顔が露わになった

 

清らかな水色の髪を黒い髪飾りで束ね、涼しい目元に、どこか酷薄な唇……

 

 

「やはり、あなたでしたか。―――ナタリア=オルウェル」

 

 

闇夜が見せている幻想、ではない。

 

そう、それは今日、ヴェネツィアでゴンドラを共にした少女。

 

一瞬だけ、ナタリアは落ちた仮面を目で追い気にしたが、もうその仮面は割れていた。

 

そして、静かにその冷気を放つ双眸で詩歌を見る。

 

その白い面に長い睫毛が薄く影を落としている。

 

 

「何故、あなたがここにいるのですか? どうして、逃げなかったのですか?」

 

 

背後に突き刺さる<量産湖剣>を一瞥すらせず儚く輝く白銀の鎧を払いながら立ち上がり、そう言う声もゴンドラで語り合ったソプラノ。

 

 

「簡単です。アニェーゼさんを助けに来たんです」

 

 

「ふざけているのですか!? たった1人の女の子のためにあなたは我々を敵に回すと言うんですか!?」

 

 

真っ向から詩歌の目を射抜いてくる眼差しと共に突きつけられるのは、明確な敵意。

 

 

「ええ、必要ならば。でも、出来れば誰も傷つけずに終わらせたいです」

 

 

瞬間、昼に出会った時は明るく笑っていた少女は、見た事もない冷たい笑みをその唇に刷いて。

 

 

「甘いですね……。あなたは対峙している際も、最後の最後まで振り切らず……何度もあったチャンスを見逃して……そんな腑抜けた攻撃じゃ誰も殺せませんよ……私を侮辱しているんですか? 誰も殺そうとせずに我々を倒そうなどとそんなのは夢のまた夢」

 

 

確かに、そうだった。

 

詩歌はずっとナタリア自身ではなく、その手に持った武器を狙っていた。

 

だが、詩歌は笑いながら、

 

 

「……見損なわないでください。私はそんなに甘くないですよ、ナタリア=オルウェル。でもね、私は殺すなんて詰まらない事をするために強くなろうとしたんじゃない。生かす為に強くなろうとしたんですよ」

 

 

詩歌は軽く目を細める。

 

 

「それに、迷いがあるまま戦場に立つあなたの方が甘いと思いますが」

 

 

「……戯言を、私に迷いなどない」

 

 

そう言って、ナタリアは仮面をつけるように、全ての表情を削ぎ落して―――『トリスタン』となる。

 

 

「―――立て!」

 

 

『トリスタン』の声が、止まっていた時間が動きだす合図のように、シスター達が其々の武器を片手に立ち上がる。

 

だが、今もまだふらついている。

 

さらに、彼女達は上条詩歌の顔に見覚えがあった。

 

そう、<法の書>の一件で、自分達シスター部隊を1人で追い詰めた『魔女』を忘れられるはずがない。

 

それでも、『トリスタン』の号令を受けて、詩歌へ敵意を向ける。

 

 

「彼女達を殺していれば、こんな状況にはならなかったでしょうね。だが、これはあなたの甘さが招いた事です」

 

 

詩歌は周囲を囲むシスター達をぐるりと一睨し、魔性の笑みを浮かべ、

 

 

「もう1度言います。私は――――甘くない」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

怖い。

 

シスター達は、恐怖を感じ、後退する。

 

あの時と同じように、たった1人の少女に恐怖している。

 

魂の奥底に刻まれた悪夢が喚起する。

 

 

「―――これは停滞を打ち破る始まりの歌」

 

 

両手を広げ、詩を紡ぐ。

 

さっきの超音波ではなく、上条詩歌本来の遠く澄み渡る透明な歌声だった。

 

こんな戦場であっても聞き惚れ、心の中に残響していく。

 

 

「―――これは闇を払い道を照らす光」

 

 

砲台に、甲板に、マストに、無数に深く突き刺さった六角の先端には刻まれた文字が、刻まれていた。

 

紡がれた呪に、散らばった杖の1つ1つに魔力が宿り、刻まれた文字の意味を成す。

 

『Kenez』――松明の炎を意味するルーン。

 

すなわち――――

 

 

 

「―――されば、踊れ、炎」

 

 

 

轟音が鳴り響き、灼熱の炎が夜闇を切り裂いた。

 

 

 

 

 

海上

 

 

 

『不知火』

 

九州の八代海と有明海で見られる夜間の海上に多くの光が点在し、揺らめいて見える現象。

 

干潟の冷えた水面と大気との間にできる温度差によって、遠くの少数の漁火が無数の影像を作る蜃気楼とする説が有力。

 

だが、景行天皇が肥の国を討伐した際、暗夜の海上に正体不明の火が無数に現れた故事がある。

 

迷いし天皇を導いた神秘な火を宿した松明。

 

そして、今、アドリア海にその不知火が起きていた。

 

そう、海上が燃えていた。

 

水に濡れようと、氷で凍てつかせようとも、その刻まれた文字の意味が崩れる事がない限り、その松明が消える事はない。

 

逆に、その松明に氷の軍艦――<女王艦隊>は溶かされ、そして、再生しようにもその炎に遮られて復元することができない。

 

溶けゆく氷塊に船員達は掴まり難を逃れてはいるが反撃する事はできず、そして、その松明に導かれるように旗艦――<アドリア海の女王>にほど近い護衛艦に、上条当麻は木の船から飛び移った。

 

それを皮切りに、インデックスやオルソラ、ルチアやアンジェレネ、建宮や五和などの天草式の面々が次々と乗り込んでいく。

 

 

「姫様のおかげで、危なげなく上陸する事ができたよな。だが、油断するな! ここから正念場だ! 残る護衛艦の核は俺達の手で潰すのよな!!」

 

 

消えぬ炎に戸惑うローマ正教徒達に、天草式十字凄教は切りこんでいく。

 

そして、当麻達は<アドリア海の女王>を見据え、

 

 

「詩歌……お前が望む最高のハッピーエンドってヤツをこの右手で掴み取ってやる!!」

 

 

 

 

 

女王艦隊 29番艦 跡地

 

 

 

炎のすぐそばにあって、2人は汗一つ掻いていなかった。

 

真っ赤に染まる、ただひたすらに真紅の海の上に2人は対峙していた。

 

 

「100の<女王艦隊>、どの艦にも少なくても1本は打ち込んであります。酔わせたのも、あなたの相手をしたのも、全部準備が終わるまでの時間稼ぎです。ふふふ、さっきも言ったでしょう? ―――相手が人でなければ私に容赦はない」

 

 

そんな事を、笑って言う。

 

吸い込まれそうな笑顔だった。

 

天使の笑顔と、人によっては言うかもしれない。

 

あるいは、聖母の微笑み。

 

誰も殺さずに人を救おうとする、純過ぎる意思。

 

それに飲み込まれぬように、『トリスタン』は言う。

 

 

「だが、今ここであなたを討ち取れば、この火は消える。まだ、あの方の計画を立て直す事ができる」

 

 

そう、刻まれた文字を壊さぬ限りこの火は消えない。

 

だが、これら1本1本は分子レベルで強化された代物。

 

普通に折って破壊する事は困難。

 

なら、それらの炎の供給源となっている生命力の根源を絶つのみ。

 

そして、これほどまでの炎を維持する生命力を供給しながら、己と戦った彼女に屈辱を……

 

 

「―――『暗闇を払う者(Diluculo,176)』」

 

 

<魔法名>と共に最後の得物を引く抜く。

 

湖姫の帯(ブルーリボン)>。

 

『聖剣の物語』で、聖ジョージは、退治した悪竜を封じる際に、姫君の帯を首輪にして悪竜の首にかけた。

 

その伝承に基づいて、武器として作られたのがこの蛇腹剣、<湖姫の帯>。

 

 

「……戦わなくちゃ、駄目ですか」

 

 

「ええ、私は、たとえ何があろうとあの方、ウィリアム様が認めた計画を成就させなくてはならない!!」

 

 

―――刹那、剣閃が走る。

 

 

『トリスタン』は遠心力に延びる<湖姫の帯>で、範囲内にある氷塊を、そして炎であっても全て切り裂いた。

 

 

「たとえ1人の女の子が犠牲になろうとしてもですか?」

 

 

紙一重で躱した詩歌が鋭い言葉を投げつける。

 

それに一瞬、剣閃が鈍るが、

 

 

「……きっと、私には考えもつかない、深い考えがあるに違いありません!!」

 

 

再び、剣閃が走る。

 

しかも、今度は直線ではなく蛇腹剣の特徴的な鞭のようにしならせ斬撃を乱舞させる。

 

これはナタリア=オルウェルの修練と技巧の粋が見せる武威。

 

これで、『ランスロット』もビショップ・ビアージオも圧倒してきた。

 

 

「―――ふざけるな」

 

 

だが、今は――――迷いが、見えた。

 

 

「どんなに偉い野郎の命令でもな、テメェで納得できねぇ奴が、戦ってんじゃねぇよ!!」

 

 

仮面は、ない。

 

この荒ぶる感情を抑える術は、ない。

 

 

「アンタに私の何が分かる!!」

 

 

自分だって、これが正しいとは思っていない。

 

だが、それでも、

 

 

「ウィリアム様に見離された私の何が分かるって言うんだ!!」

 

 

回避した後も追尾する蛇のような剣閃。

 

それはナタリア=オルムウェルの執着心を投影していた。

 

 

「混成、<麹塵>」

 

 

それに対し、詩歌はまるで妖精のように宙を舞う。

 

素早く、なめらかに、優雅に、可憐に、見を翻し、宙を滑り、空を駆け、上昇し、下降し、乱舞する斬撃を潜り抜けた後、海面に着地する―――が、

 

 

「―――括れ、<湖姫の帯>!!」

 

 

全て誘導だった。

 

<湖姫の帯>が詩歌を周囲一帯、上空を取り囲んでいた。

 

この蛇腹剣は、悪竜を封じた伝承通りに巻き付けた対象の力を強制的に封じる。

 

 

「―――分かりませんよ。他人に戦う理由を押し付ける人の気持ちなんて」

 

 

瞬間、詩歌の身体が沈んだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

<湖姫の帯>が呆気なく空を切る。

 

下が地面であったなら、おそらく成功していただろう。

 

しかし、今2人が対峙していたのは海上。

 

 

「アンタのその甘ったれた幻想を徹底的にぶち殺すッ!!」

 

 

海中から手が伸びて、ナタリアを引き摺りこんだ。

 

 

(ま、まずい!?)

 

 

ナタリアは水上戦は得意だが、水中で活躍できる術はない。

 

武器を振るえば、水の抵抗が邪魔をし、身を守るはずの鎧は重りと化す。

 

だから、彼女は天草式の上下艦を見逃すしかなかった。

 

 

(混成、<瑠璃>)

 

 

水中特化――<瑠璃>。

 

自身の周囲の水流及び水圧を操作し、体温を調節、そして、水中に含まれる酸素を取り込めるよう大気を操作する事で、完全なる水中活動を実現させた『色』。

 

今の詩歌は、水中を支配する<聖人>級の―――『人魚』。

 

海の中を自由自在に泳ぎ回り、海中でもがき続けるナタリアへ回り込み、

 

そして、その『色』を最大限に活かした、次の演武へと流れていく怒涛の連撃へ繋げていく。

 

ドン! という音から始まり。

 

ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドドドドドドドドドドドドドドッッッッ!!!!

 

もう、なにもできない。

 

拳、掌、裏拳、手刀、肘、肩、体当り、膝、足刀、爪先、足など立て直す時間もなく攻め立てる。

 

それは、加速度的に、その舞は熾烈さを増していき、白銀の鎧は粉々に砕かれて、肺中の酸素を吐き出され

 

 

「はあああぁぁぁっ!」

 

 

そして―――最後に、水流を乗せた掌底がその身体を海の世界から突き上げた。

 

 

 

 

 

女王艦隊 29番艦 跡地

 

 

 

「ふぅ、服がビショビショです。まあ、このくらい何ともないのですけど」

 

 

ローマ13騎士団『トリスタン』、ナタリア=オルウェルとの激闘を終え、詩歌は氷塊の上で一息を吐いていた。

 

そして、海水で服が濡れているのを気にしてか、すぐに体表に触れている水分を<水流操作>で弾き飛ばし、<風力使い>で周囲の温風をドライヤー代わりにして脚から頭まで乾かしていく。

 

それが終わった後、耳穴式ヘッドホン型の彼女専用の武器である<調色板>を外して首にかけ、防水性が施されているウエストポーチから、

 

 

「予備に、と思っていたんですけど仕方ありませんね」

 

 

紙束を辺りにばら撒く。

 

それは勢い良く膨張すると、木製の船と化す。

 

木でできているとはいえ、簡単に持ち運びができ、予め文字を書いていれば、ルーンとの魔術の併用もできる。

 

便利ですねぇ……、と今度自分でも作ってみようかとそんな事を考えつつ、海から引っ張り上げたナタリアの身体をその船に乗せる。

 

自分ならとにかく、少しやりすぎたかもしれないと思うほど滅多打ちにした彼女を放置しておけば、氷塊と共に沈みゆくかもしれない。

 

 

「う……」

 

 

体に力が入らない。

 

腕、足、、膝、頭、肩、肘、腰、背から指の先まで完全に動かない。

 

脳も、酸欠状態でうまく働かず、生命力もガス欠だ。

 

<湖姫の帯>、自動で魔力を消費させる霊装――<禁色の楔>と同様に巻き付いた対象の魔力を吸収して、拘束する力として用いる砂地獄のような蛇腹剣。

 

しかし、司教クラスの人間であろうと容易に封じ込められるそれは、刃と比べれば微量だが柄の部分であっても触れてしまえば魔力を自動で吸収してしまう諸刃の霊装。

 

それ故、<湖姫の帯>は、本当に最後の切り札とも言える。

 

でも、死んでいない。

 

ほとんど口先しか動かせないが、殺されていない。

 

こちらは最初から最後まで殺す気で戦ったのに、結局、殺さずに仕留められた。

 

悔しい。

 

ナタリアの心を埋め尽くす怒りは、己へ向けられたもの。

 

腹が立った、自分に。

 

情けなかった、自分に。

 

ナタリア=オルウェルは結局、こんなものなのか。

 

 

 

『力なき者は、戦場に立とうとするな。戦うのは、真の兵隊だけであればいいのである』

 

 

 

どんなに努力を重ねようと、才能なき者は、所詮、弱者。

 

この天才に、ハンデを背負わせながらも負けてしまった自分は、弱者だった。

 

仮面で覆わなければ、戦場にも立てないほど自分の心は弱く。

 

数々の武器で補わなければならないほど、その腕は非力。

 

だから、私は、見捨てられ、置いてかれた。

 

 

「は、ははっ! 滑稽もいい所だ! とんだ道化だ! 笑いたければ笑うが良い」

 

 

理性ではなく、ただ感情のままに口が動く。

 

ナタリアの哄笑は、虚しくこだました。

 

 

「もう……どうでもいい。わかっていたんだ。無様に負け、敵から情けを貰う私は、弱い。絶対に、ウィリアム様のようにはなれない……」

 

 

投げやりな言葉と態度は、目的を失った人間そのものでしかない。

 

それを見て、詩歌は彼らの顔が思い浮かぶ。

 

天草式十字凄教。

 

弱いから、という理由で女教皇に見捨てられ、嘆き悲しみ、そして強くなろうとした者達と、見捨てられ、それでもなお一生かけても届かないであろう高みを目指すこの少女は、どこか似ていた。

 

似ているけれど、どこか決定的に違った。

 

 

「何故、騎士となろうとしたのですか?」

 

 

詩歌は氷塊の上に腰を下ろすと、その力を失い、色の薄れた瞳をじっと見据えた。

 

 

「はっ、今更聞いてどうするんですか? 私が惨めな敗北者である事実は変わらないでしょう」

 

 

「ええ、変わりません」

 

 

自嘲の声に詩歌は淡々と応じる。

 

同時に彼女の視線が自分ではない『誰か』に向けられている事を理解した上で無視する。

 

 

「……強くなるためです」

 

 

ナタリアは詩歌から視線を外して、目を伏せたまま投げやりに答える。

 

 

「それで、何で騎士に? 強くなる方法は、別に騎士でなくても良かったんじゃないんですか?」

 

 

最初、ナタリアが強くなろうとした理由は、両親を失ったこの世界で1人でも生きていける為。

 

憧れも含まれているが、ただの生物の生存本能によるものだ。

 

ただの模倣、強い人を真似れば自分も強くなれるのではないかと、そう思ったのだ。

 

そして、今の自分は、見捨てられても1人で生きていけるし、夢見がちな少女ではない。

 

なのに何故、もう十分なはずなのに、辛い思いをしてまで力を求めようとするのか。

 

何故、決して届かないと分かっているのに、あの背中を追い続けているのか。

 

そして、何故、才能がなく非力だと知っていたのに修道女ではなく、騎士になろうとしているのか。

 

 

「あ、れ? 何でだっけ……。ウィリアム様に見離されてから、私はただがむしゃらに強くなろうとした。そして、強くなったと思ってた。でも、騎士でありたいというこだわりは……忘れてしまった。……ああ、それも道理です。仮面を被らなければ騎士になれない、私が完璧な騎士になれるはずがない」

 

 

天草式との違い。

 

それは、願いが見えない。

 

ただ、力を追い求め続け、自分よりも他人を優先し過ぎて、いつしか自分の願いでさえも見失ってしまった。

 

 

「でも、あなた、仮面がなくても私と戦ったじゃないですか? 結構、追い詰められたんですよ。下が海じゃなかったら、捕まっていましたし」

 

 

「揚げ足を取らないでくださいっ! 私は、私は負けたんだ! いくら頑張っても、選ばれた特別な人間が容易にそれを覆す! そんなあなたに私の何が分かる!! 所詮、力のない弱者は戦う事さえも許されない……ッ!!」

 

 

ナタリアの叫びは、心からの嘆きだった。

 

お前は騎士にはなれない、と。

 

無駄な努力をして無様な姿を晒すな、と。

 

非力な者が戦う必要などどこにもない、と。

 

断言され、見捨てられた者の嘆き。

 

その叫びは男には届かなかった――――が、この少女には届いた。

 

 

「確かに、私はあなたの事をほとんど知りません。でも、そんなの当たり前です。私とあなたが会ったのは今日が初めてなんですから」

 

 

でも、

 

 

「選ばれた特別な人間……あなたは力だけで人を見るのですか? あなたは力がある無しで人を区別するんですか?」

 

 

静かな声だった。

 

だがその声には、ナタリアの嘆きを沈黙させるほど上回る感情――怒りが練り込まれていた。

 

 

「それは……」

 

 

言葉が、詰まる。

 

力がないものは、無価値であるなどと、それを認めてしまえば、あの弱い『彼女』の価値が政治の道具でしかないという事を認めてしまうのと同じ。

 

弱くても、自分を守ってくれた『彼女』を侮辱する事になる。

 

 

「弱い人間には何もできないなんて、傲慢な考えです。私には、誰よりも尊敬する人がいます。その人は出来の良い妹と比べられ、不当な侮辱を受け、馬鹿にされた事もあります。自分が弱い事を悔しいと泣いた事もあります。――――それでも、私の事を誰よりも守ってくれます。ただの力ではなく、その揺るぎない強さをもってして……」

 

 

その瞳は揺るぎなかった。

 

その声は力強かった。

 

けれど、『彼女』のように優しく浸透していく。

 

 

「力なんてものは、強さのほんの一部に過ぎません。力なんてもので、強さは揺らぐものじゃない。力なんてものが、私の当麻さんに対するこの想いに何の影響力もありません。たとえ、私以外の全人類が当麻さんを侮辱しようとも、私が当麻さんに尊敬の念を捧げる事は絶対に変わりません」

 

 

それは上条当麻を通して見つけた答えで、上条詩歌の偽らざる本心。

 

だからこそ、心に響く。

 

立ち上がり、木の船に飛び乗り、ナタリアの身体を持ち上げると、

 

 

 

「だから、私は、その傲慢な考えは許さない。力が全てだなんて甘えた幻想はぶち殺す」

 

 

 

その頬を掠めるように、真っ直ぐな拳を放った。

 

 

 

「ナタリア=オルウェル! あなたの甘えは、私がぶち殺した! 徹底的に殺してやった! だから、もう一度始めれば良い! 今度は仮面なんかに頼らず、自分の足で立ち上がる所から始めれば良い!!」

 

 

 

その言葉は、強き者と同じように力があった。

 

だけど、あの弱き者と同じ優しさもあった。

 

そして、思い出した。

 

自分が何の為に騎士になろうとしたのか。

 

 

「……私は、騎士になれますか? ウィリアム様に向いていないと言われた私でも、騎士になれると思いますか?」

 

 

気がつくと、その唇は震えていた。

 

 

「誰かに向いていないと言われたから、その可能性を諦める理由になんてならない。そんなのは地図の上の国境みたいなものです。もし、邪魔だと言うならその人が勝手に引いた幻想なんてぶち壊してしまえば良いじゃないですか」

 

 

そんな単純なものではない。

 

彼女は、ウィリアム=オルウェルという男を知らない。

 

あの男がどれほど強く、そして、自分にとって神と同じような絶対的存在である事を。

 

でもそれは…………間違いではない。

 

 

「私は、応援します。何度倒されようと自分の足で立ち上がるのなら、何者にも邪魔されようと愚直に前へと進むのなら、私は、応援します。だから、未熟者だと知りつつも、誰かに夢を否定されようとも、それを諦めなかったナタリア=オルウェルなら、なれると信じます」

 

 

その言葉に、一瞬目を瞠ってからナタリアは眉をハの字にして、でも、嬉しそうに笑った。

 

その再び輝きを取り戻した双眸から、大粒の涙が、まるで昔の映画の女優みたいに、ゆっくりと頬を伝い、零れ落ちていく。

 

 

「……やはり、あなたは……良い人だ。詩歌」

 

 

小さな小さな呟きと共に。

 

 

 

 

 

女王艦隊 アドリア海の女王附近

 

 

 

「橋や梯子はこちらで作ってやる! とにかくお前さん達は旗艦へ」

 

建宮は紙束を辺りにばら撒き、船から船へと伸びるアーチ状の木の橋へと形を変えていく。

 

しかし、それを渡る前に周囲から砲撃が来た。

 

砲弾そのもの以前に、発射音の衝撃波だけで当麻は甲板の上に転びそうになる。

 

ほとんどの<女王艦隊>は紅蓮の松明に熱され、砲台が使い物にならなくなっているが、それでも、いくつか無事なのは残っている。

 

この再生が封じられた火の海で、ローマ正教は数少ない戦力を旗艦、<アドリア海の女王>周囲に集結させていた。

 

 

「くっ!?」

 

 

舌打ちするだけの時間も惜しい。

 

この海域一帯に広大に広がる炎がいつまでもある訳ではない。

 

詩歌からはもって20分程度だと言われている。

 

その間に、<アドリア海の女王>に辿り着かなければ、たちまち<女王艦隊>が元に復元されていくだろう。

 

巨大な船のあちこちが土のように崩されていく。

 

ボロリと剥がされた船壁が海に落ちて、太い水柱が上がった。

 

甲板の上まで水飛沫が飛んでくる。

 

砲撃によって両手で抱えられないほど太いマストの柱が一撃でへし折れた。

 

 

「インデックス!!」

 

 

当麻は近くで身を竦めていたインデックスの手を引っ張って倒れつつあるマストの下を潜り抜ける。

 

ゴトン!! と柱が横倒しに倒れ、偶然、そのまま隣の船へと続く橋のように伸びている。

 

当麻はインデックスの身体を脇に抱えると迷わず飛び乗った。

 

建宮を始めとした天草式の連中は自分達で用意した木の橋に乗って、未だに原形をとどめている他の船へ散り散りに移っていく。

 

旗艦まであと少し。

 

隣の船へと転がるように移り、インデックスを降ろして、後ろを見ると、同じように<法の書>の一件の天草式の戦利品である<蓮の杖(ロータス・ワンド)>を抱えたオルソラがマストを伝ってこちらの船へ到着した所だった。

 

彼女が持っている<蓮の杖>は元はアニェーゼが使っていた杖で、武器を持っておらず、基本的にインデックスは魔力を扱えないためオルソラに割り当てられた。

 

直後、第2波の砲撃を受けた氷の船は斜めに傾き、アーチを作っていた折れたマストが引き摺られるように海へ沈みゆく。

 

 

「とうま、しいかは大丈夫かな……?」

 

 

遠く後方へ想いを馳せる。

 

道を切り開き、敵艦隊の大混乱をもたらした少女は、遙か後ろの敵陣で1人である。

 

インデックスが心配するのは分かるし、当麻だって許されるなら助けに行きたい。

 

だが、今そんな余裕はなく、ここで迷っている方がこの炎を維持し続ける彼女の負担になる。

 

思わず奥歯を噛む当麻に、横にいたオルソラは言う。

 

 

「妹様はきっとご無事でございます。この炎が消えていないという事はそう言う事でございましょう。それに、天草式の方々と同様に橋や梯子、念のために船を作る札の術式を持っているのでございます」

 

 

やや希望的とも言える意見だが、今はそれを信じるしかない。

 

天草式の連中は用意した木の橋を使ったようだが、何人かは海へと飛び込んでいく。

 

海戦が得意であると言っていた彼らだから、きっと何らかの勝算があるのだろう。

 

彼らは彼らでやる事をやっている。

 

時計を見る。

 

この針を動かす機能よりも、外から内へのみの衝撃拡散プログラムと超特殊合金装甲に手の込んだ、ちょっと時計の方がおまけなんじゃないのかとツッコミたくなるこの腕時計は妹からの贈り物。

 

それを見るともう10分、提示した時間の半分は過ぎている。

 

 

「ちくしょう!  さっさと<アドリア海の女王>を潰すぞ!!」

 

 

上条は改めて<女王艦隊>の旗艦へ向かおうとしたが、

 

 

ザン! と新たな足音が彼の歩みを堰き止めた。

 

 

演劇舞台のように大きな甲板に数十人のシスター達が立ち塞がっていた。

 

ルチアやアンジェレネと同じく、黒を基調とした修道服に黄色の袖やスカート――<禁色の楔>を取り付けた、運良く難を逃れたこの艦隊の労働者達。

 

そして、アニェーゼ部隊の人達だ。

 

おそらく当麻達が何のためにここへ戻ってきたのかを知っていながら、シスター達は一言も言葉を交わさず、まだダメージが抜けきれず震えているその腕で、剣、斧、杖などの一般的な武器から聖書や松明など武器に見えない武器を突きつけてくる。

 

ここにはシスター達だけ。

 

たぶん戦闘は労働者に任せて、自分達だけ安全な場所へ避難しようという魂胆だろうか、それとも船酔いで駄目になっているのか管理役の職制達はいない。

 

どちらにしても、彼女達は1日18時間の労働と超音波による船酔いの誘発、身体と精神、そして………その心にまで無理を強いてここにいると言う事に変わりない。

 

 

「……、アニェーゼがどうなるか分かってんだろ。それでも協力する気はねぇのか!!」

 

 

当麻は叫ぶが、シスターの1人が首を横に振った。

 

 

「残念ですが、仕事に情を入れる余裕はありません」

 

 

彼女は、その場を代表して告げる。

 

その内面で血の涙を流しながら、シスター達は命令を聞く。

 

もうふらついて立つ事も危うい者もいると言うのに、邪魔をしようとしてくる。

 

 

「あれはきっと裏返しでございますよ」

 

 

オルソラが、彼女達の胸の内を表すように痛々しく告げる。

 

 

「ご本人達も気づいていないのでしょうね。ですけど、彼女達は確かにアニェーゼさんを認め、その下についていた方々です。リーダーならこれぐらい乗り越えてくれると信じているからこそ、辛く当たっているのでございましょう。打ち破ってくれる事を、どこかで願いながら」

 

 

「……、」

 

 

言葉に表す事が許されなかったからこそ、言葉とは違う方法で放たれたSOS信号。

 

想いとは裏腹に、互いを傷つけ合わなくてはならない状況。

 

 

 

 

 

――――お願い……早く、幻想(わたし)を殺して……――――

 

 

 

 

 

「――――っ」

 

 

当麻は、不意に鼓動が跳ね上がったのを感じた。

 

そして、胸の奥が疼き、手が震えだす。

 

 

(……くそ……どうして……)

 

 

それを抑え込むように、握り潰すように、当麻は思わず強く拳を握り締めた。

 

 

(……やっぱり、できねぇ……)

 

 

上条当麻は思う。

 

とてもじゃないが、できない。

 

ああ、そうだ。

 

こんな想いは絶対に、味わいたくない―――そして、味あわせたくない。

 

 

「強い人間なら何でもできるなんて、アニェーゼが特別だからなんて、甘えた考えは今すぐ止めろ! 世の中に特別なんてモンはねぇ! あんのは特別と普通を区切っている馬鹿な幻想だけだ! だから、頼む! 退いてくれ! 手伝わなくてもいいから、俺達の邪魔をしないでくれ!」

 

 

当麻が、叫び、訴え、己の想いを叩きつける。

 

理屈も理性もない、感情任せの叫び。

 

それに動揺を見せる―――が、数十のシスター達は一歩距離を詰めてくる。

 

もうほとんどよれよれだ。

 

なのに、戦う。

 

こんなのは間違っている。

 

断言してもいい。

 

もし、ここでアニェーゼが死んだら、彼女達は絶対に後悔する。

 

決して癒える事のない傷の痛みに、死よりも重い犯した罪の意識に、絶望した上条当麻の姿が脳裏に浮かぶ。

 

敵の壁までの距離は、ほんの7mもない。

 

 

「くそ……馬鹿野郎……テメェら、揃いも揃って大馬鹿野郎だ……」

 

 

覚悟を決めようとした―――その時、

 

 

ヒュン!! と当麻やシスター達の頭上に小さな影が走った。

 

 

見上げれば、10mぐらいの高さを飛んでいるのは、投げられた馬車の車輪。

 

 

「シスター・ルチ――――ッ!?」

 

 

敵の修道女の1人が名を叫ぶ前に。

 

 

バン!! と車輪が勢い良く爆発した。

 

 

<聖カテリナの車輪>。

 

十字教の『車輪伝説』を基にした物で、木製の車輪を爆発させ散弾銃のように数百という鋭い破片を飛ばすという物である。

 

また破片は元の車輪に再生させる事が可能である。

 

それは当麻やインデックス、オルソラだけを避ける奇妙な軌道を描いて、大量の木の破片を真下へ突っ込ませた。

 

文字通り破壊の雨。

 

シスター達は武器や術式を使ってこれを防ごうとしたが、それでも疲弊した体では間に合わず、全体の隊列が大きく揺らぐ。

 

 

「ここは私達が引き受けます!!」

 

 

叫び声に振り向けば、別のルートからこの船に渡ってきたルチアとアンジェレネがいた。

 

 

「この……馬鹿者どもが! それだけの度胸があるなら、何故シスター・アニェーゼを助ける為に動けないのですか!!」

 

 

ルチアが手をかざすと、周囲に散らばっていた木の破片が集まって再び車輪の形を取り戻していく。

 

そして、もう一度、攻撃しようとした――――その時、

 

 

ドゴン!! と砲撃音が炸裂。

 

 

稲妻のような轟音と共に、すぐ近くにいた護衛艦が砲弾を撃ち込んできた。

 

船の腹に直撃したのか、甲板全体が横へ大きく揺れる。

 

第2波はすぐに襲う。

 

今度は甲板の上のターゲットを味方(シスター)もろとも直接潰す気か、ギチギチと音を立てて上を向く。

 

砲口が当麻達にぴたりと合わせられる。

 

黒い穴が怪物の眼光のようにこちらを覗いた。

 

そこへ、

 

 

きたれ(Viene)十二使徒の(Una persona)一つ(dodici apostli)徴税吏にして(Lo schiavo)魔術師を打ち滅ぼす(bassoche)卑賤なるしもべよ(rovina un)

 

 

叫んだのはアンジェレネだ。

 

<十二使徒マタイの硬貨袋>。

 

十字教の『十二使徒マタイの伝承』を基にした、硬貨袋を触媒とする魔術。

 

頭上に投げた硬貨袋から6つの翼が生え、砲弾のような速度で自在に操る事ができる。

 

彼女が呪と共に放った赤、青、黄、緑、4色の翼を生やした重たい小袋が、それぞれ鉄拳のように手近なマストへ突っ込んだ。

 

それは一点集中攻撃で氷の柱の根元を叩き砕き、グラリ、と巨大なマストは大きく斜めに傾いだ。

 

直後。

 

倒れつつあるマストに大量の砲弾が突き刺さった。

 

当麻らを真っ直ぐ狙っていた氷の爆撃は、アンジェレネの一手によってかろうじて防がれる。

 

盾となったマストが、甲板に倒れる前に砲の衝撃で砕けた。

 

バラバラに散らばった破片が降り注ぐ。

 

だが破片と言っても、1つ1つが冷蔵庫より大きな物だ。

 

 

「ッ!!」

 

 

ルチアが巨大な車輪を頭上に掲げ、一気に爆発した。

 

大量の木片が破片にぶち当たるが、それでも全ての氷の塊を弾ける訳ではない。

 

撃ち漏らした氷の塊が、ローマ正教のシスター達へ向かった。

 

かつてアニェーゼ部隊と呼ばれた修道女の集団へ。

 

それを見たアンジェレネは、敵であるはずのシスター達の元へ走っていた。

 

 

「ちょ、どこに行くのです!?」

 

 

ルチアは驚きの叫び声が響き渡る。

 

ギョッとする修道女を無視して、アンジェレネは4つの金貨袋を呼び集める。

 

そう、アンジェレネはシスター達を守るために降り注ぐ巨大な氷を弾こうとしているのだ。

 

たとえ、敵であろうと彼女達がアニェーゼ隊の一員である事に変わりない。

 

 

「あ―――」

 

 

だが、バラバラと金貨服の布地が破けてコインが飛び散った。

 

マストを砕いた衝撃に、すでに金貨袋の方が限界を迎えていたのだ。

 

 

「退きなさい、シスター・アンジェレネ!!」

 

 

手を失ったアンジェレネに、ルチアが叫ぶ。

 

しかし、アンジェレネは下がらず、さらに一歩前へ踏み込む。

 

歯を食いしばって、1番近くにいたシスターの胸を突き飛ばした。

 

突き飛ばされたシスターは後ろに弾かれ、甲板の上に倒れていく。

 

アンジェレネは、それを確認してから身を伏せようとして、その一歩手前で、冷蔵庫のような氷の塊が彼女のすぐ横に墜落し、甲板に激突した氷が、さらに岩のような破片の雨を撒き散らし――――

 

 

「ったく……無茶すんじゃねぇよ」

 

 

ゴン!! と。

 

破片がアンジュレネに到達する寸前、愚兄は間に合った。

 

神から見放された男が起こした奇蹟。

 

当麻の目の前には今、傷一つないアンジェレネがいて、そして代わりに背中が熱かった。

 

幸いにして破片は背筋で食い止められ、内臓にまで達したものは皆無。

 

痛いのには慣れているので、一応平静を装う事ができた。

 

 

不幸(こういう)は、俺の……役目だ」

 

 

真っ青になって、アンジェレネは言葉を失ったように首をカクカクとふる。

 

泣き喚いたりしないだけで彼女は大人だ、と当麻は思う。

 

夜闇の中、彼以外誰ひとり、声を発する者はいない

 

だが、

 

 

ドゴン!! と。

 

再び、隣の護衛艦から轟音を立てて、砲が発射された。

 

 

しかし、その一撃は砕かれた。

 

絶大な威力を秘める砲撃を遮るのは1本の右手。

 

何の変哲もない愚兄の右手が、、魔術から放たれた氷の砲弾を掴み取って、五指の力で砕いて割った。

 

 

「不幸なら全部俺が背負ってやる。こんなクソつまんねぇ幻想なんていくらでもぶち壊してやる。だから、……言えよ。テメェらが本当にしたいのは何なのか! そして俺に何をして欲しいのかを!」

 

 

その言葉に、その背中にシスター達は任務と立場を忘れてしまったかのように武器を落としていく。

 

 

「……みんなで、帰りたいです。シスター・アニェーゼも、私達も、そして、あそこで戦っている人達も、本当の意味で、みんな一緒に」

 

 

アンジェレネは、呟くように言う。

 

シスター達は、込み上げる感情を堪えるように口を引き結び、しかし、それでも抑え切れず、その瞳から涙が一筋零れ落ちる。

 

そして、今まで我慢してきたものを解き放つように、ルチアは静かに告げる。

 

 

「私も、そうです。皆と帰りたい。だから、早く終わらせて下さい」

 

 

「わかった」

 

 

当麻は、決めた。

 

自分にはただ幻想を殺す力しかなく、その事を嘆いた事もある。

 

だが、それでも上条当麻の強さは揺らがない。

 

たとえ、力がなくても、不幸には負けないという誓いは絶対に変わらない。

 

彼女達のオモイをその拳に込め、上条当麻は旗艦、<アドリア海の女王>を目指す。

 

 

 

つづく


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