とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 怒りの日

大覇星祭編 怒りの日

 

 

 

第二三学区 回想

 

 

 <大覇星祭>の前。

 未だ宇宙エレベーターが健在であった頃。

 

 

「奇跡は夜天を覆った。

 このパンタグルエルが命じる。

 虚構なれど真意を秘めたる『銀の星』を解き放て!

 まやかしの権威はこの場より去れ!

 これより先は貶められし王が抱える真の知性がこの世界を統べよう!!」

 

 

 パンタグルエル。

 学園都市に現れた魔術師は、己の目的を果たす為に科学も魔術も全てを巻き込んだ。

 百万都市である科学の総本山の壊滅を目論んだ<天上より来る神々の門>を隠れ蓑とし、

 まだ建設途中であったがすでに大気圏外へ到達していた宇宙エレベーター<エンデュミオン>―――地上と天を繋ぐラインに、

 宇宙に散らばる数万のスペースデブリを指定した地点に落とす技術<デブリストーム>―――銀の流星群を降らす夜空に、

 学園都市中で流行した大人気のSNS<ロンドネット>―――学園都市に干渉するための儀式場に。

 魔術は、形状と意味が似通っていれば、代理応用が利くものであるが、これは所謂ごった煮。

 運営会社を襲撃し、管理者権限を奪った<ロンドネット>。その利用規約に『シジル』の技法を応用した『誓約』を組み込み、知らぬうちに200万人もの利用者はすなわち、200万人はそのまま契約者となり、現実の学園都市とSNS上の学園都市に類似させた―――そう、“仮想空間と現実世界を対応したのだ”。

 SNSに登録した人間ならば、それだけで魔術の対象となる

 そして、管理者権限からネットワーク上のキャラのステータス、そのパラメータを弄るだけで、この世の理は改変する。

 

「一言でいえば、我の専門とは、降霊。

 遺骨を参考し、儀式場で当人の思考を回路を復元する幻想(まやかし)の技。

 俗にわかるよう噛み砕いて説明すれば、『ジョン=ドゥならこうする』と言うシュミレート。

 ―――そう、お前らの生死さえも我の想像(シュミレート)通りとなる」

 

 故に、数値制御のSNSとは相性が良い。

 

 位置情報パラメーターを弄れば、学園都市のあらゆる場所で移し動かす<空間移動(テレポーター)>の真似事が可能で、

 感情パラメーターさえも洗えば喜怒哀楽を消し、休眠(スリープ)で容易に意識を落とせる。

 超能力や<聖人>としての特性さえ、不要な情報として削除(デリート)すれば、力は削がれ、

 逆に、己に適用すれば、パラメーターのバランス比率を超能力や<聖人>と同質とすることができる。

 

 それは、錬金術師アウレオルス=イザードの<黄金錬成(アルス=マグナ)>のような何でもあり―――しかし、その支配領域は、かつての三沢塾のように建物内に留まらず、<ロンドネット>によって街の全てを掌握している。

 

 そして、<ロンドネット>の管理者権限を持つパンダグルエルは、数値上、絶対的な存在――<魔神>の一歩手前。

 それまでSNS未加入もしくは利用規約に同意していない者たちでさえ、学生らの生活の生命線であるガスや水道電気の公共料金や一般料金をSNSで自動支払いにするサービスに絡むことで利用規約の同意に関係なしに全てSNS仮想空間で契約した住人にした。

 イギリスから来た、機械に不慣れで旧式携帯の基本通話でしか扱っていなかったからこそ、<ロンドネット>の介入を受けない『外』にいたはずの<聖人>も、仲間を人質に契約を結ばされ―――そして、賢妹でさえ、この場にいる全ての命運を握られれば。

 

「わかりました。これ以上……人の命を弄ばないで」

 

「良いだろう。真の理の前に個の善悪など些細なこと―――だが」

 

 彼の魔術師の前に立てるのは、ただ一人。

 

「唯一<ロンドネット>を食い破らんとする者。その右手。奇蹟の終着、決着の邪魔をするなら粉砕する必要があるが」

 

「―――ッッッ!?!? そんなやめ―――」

 

 魔術師がそれを行う、少女がそれを制止しようとしてその目から光が消えるより以前に愚兄の身体は動いていた。無意識にではない。確信的な統覚的なまるっきり正常な意識を以て肉体は動作していた。ただし思考は停止していた。まず、彼女を右手に抱いて、それから拳を握り締めて魔術師に向かって駆けようとしたところでその左斜めから頭部に衝撃が走る。

 こちらの方が早く、そして近くにいたはずなのに―――条理を潰す速さは、まさに聖人級。

 目の端に魔術師の姿が映る。長々と己の魔術を語ってくれたのだから、この程度は予想してしかるべきであるが

 映った魔術師の姿はやはり映っただけで何の意味も持たない。上条当麻には何も見えなかった。何も聞こえなかった。見えないし聞こえない。紅。全てが赤い。血の色。血眼。光も音も全てが真紅。だけれども、速さの次元が違うのだ。受け身のことなど考えず、右手を振るう。だが、足を払われた。勢いのまま前のめりな姿勢で、愚兄の身体は少し宙に浮く形になる。

 そのわずかな時間にパンタグルエルは上条当麻の頭を鷲掴みにしそのまま渾身の力で全体重を乗せて、地面に叩きつける。

 固められた路面が割れる音。それは愚兄の骨が割れ折れた音だったかもしれない。

 勿論受け身など取りようもなかった愚兄は全身に衝撃が伝わるのを感じるがそれでも尚魔術師に伸ばしたその手を―――その少女に抱きつかれ。そこでやっと愚兄は一瞬だったとしても意識的に止まった。居候の修道女や嘘吐きな同級生、極東の女教皇らからも何か制止を呼びかけられているようなしかし聞こえない。

 後になって思い返したが、この時、発狂しかけていたのだろう。

 

 上条詩歌に抱き抱えられて、その身に庇われていなければ、間に入っていなければ、魔術師が止めを刺していたことなど気付きもせず。ただ、その時は必死にしがみつかれて身動きが取れなくなるのがもどかしかった。……それでも、愚兄が最も苦手とする賢妹の“その顔”を至近にあれば、幾分かは冷静さを取り戻せていたとは思う。

 

「ふん。この真価を知らぬとはなんと蒙昧だ、知性なき暴力と破壊の拳よ。

 だが、この世全ての理を納めた神さえ写せるその身体。我が神たる王に捧げてもらわねばならない」

 

 鎮火したところで、一旦。魔術師は距離を取る。

 位置情報パラメーターを操作し、手元へ引き寄せたいところだが、その右手に掴まれているせいで干渉ができない。

 そのことを察した上条当麻は、妹の身体を強く抱いて、詩歌は愚兄が起き上がって来れないよう、また攻撃面を減らすよう地面に押さえつけたまま身体ごと覆いかぶさる。

 

「その実力を疎まれ、不遇の中に散った世界最高の魔術師。1947年に失われし本物の天才

その完全な御主を一度拝見するため。

 『銀の星』を授かりし恩を伝えんとするために。

 

 ―――“大魔術師アレイスター=クロウリー”!

 

 我が至高の師にして、人類の叡智という言葉を塗り替えし者の不遇を晴らす為に!」

 

「そんな。アレイスター=クロウリーは、既に何十年も前に死んだはず。

 あなたは、一度だって会った事のない、記録でしか知り得ない死人のために、こんなことを」

 

「否、だからこそ、だ。

 時代の壁を超えて、我に全てを与えてくださったのだ。

 なればこそ、今度は我がその壁を超えた救済を成すべきだろう。

 単なる空虚なシュミレーターではない! 完全な形で!! 真の復活!!」

 

 如何に魔術とは言え、完全な『死者蘇生』は至難を窮める。

 まして、アレイスター=クロウリーの降霊は世界中で行われているが、一度たりとも成功例はないという。

 数値も理論も正しいのに、何故、遺骨を使った思考回路の再現はいつも失敗に終わるのか。

 

 まさか、遺骨が本物ではないからか?

 あの大魔術師の死に何らかの作為があるのだとすれば?

 どこか別の地で死んでいる、またまだ生きている可能性がある?

 

 この砂漠で一粒だけの色違いを捜すような作業を魔術師は、延々と続けてきた。

 簡単に調べられる土地から順に難易度を上げて世界中を探し回り―――そして、最後に残ったのが、魔術師には触れられぬ科学の都、学園都市。

 

「既に『銀の星』が結んだ知性と理に満たされた神殿は完成した。

 もし死しておらぬなら召喚は容易だが、死んでいるのだとすれば死者の蘇生などという最大の障壁が存在する。

 だが、それもこの“依代”があれば問題ない」

 

「………………………………………………………………………………」

 

「そう、残すは必要な生贄だけだ。

 真の理を前に、個の人格など些細なこと。

 一個人に過ぎぬ少女と一世代を築き上げた神の如き大魔術師とでは、天秤は自ずとこちらに傾くものだろう。

 我が師も、近代魔術の理論を築き上げるために己の娘を見捨て、娘と同じころの少女を礎に生贄に捧げたのだ。

 このパンタグルエルもその偉業に倣おうではないか」

 

 また。

 またも、愚兄は額の裏側の辺りが異様に冷たくなり、全てを忘れてしまいそうになった。状況を理解しているはずのに、視界が全て白い光に埋め尽くされそうになる。ダメだ。コイツの言い分を聞けば聞くほど、妹の身体を振り払ってでも―――たくなる。

 

「失ってみればわかる。一度全てを。

 この世に生を受けた時点で、我が全てをかけても良い恩師を救うことが間に合わなかったなど!!

 歴史書の中で結果だけ押し付けられし者の気持ちがわかるかね? 何も変えられぬ弱者の慟哭が!!

 ああ、そうだ。神が存在せぬ世界などあってはならぬ!

 故に、我は神から授かりし『銀の星』にて神を救う。

 その恩義に報いるために」

 

 パチン、と魔術師が指を鳴らす。

 途端、二人と魔術師を除く全員が、胸を抑えて喘ぎ始める。

 

「空間制作のパラメーターを弄った。このままであれば、皆窒息するであろう。そこの<禁書目録>は1分も持たぬであろうな」

 

 彼の言う通りだった。

 そもそも、<ロンドネット>の支配が完了した時点で、誰もパンタグルエルに勝ち目はない。逃げることさえ不可能だろう。

 これは“詰み”だ。呆気ない。あまりにも無力な幕切れだった。

 必死に抗い続けるイギリス清教や<天上から来る神々の門>らの魔術師も、ついに諦観を過らせる。インデックスが血の気を失いつつある顔で、唇を噛む。上条当麻でさえ、離すことをしなかったが、妹を抱く力は弱めた。

 だから。

 その場で動いたのは、ひとりだけ。

 

「大丈夫です」

 

 当麻の右手を、柔らかく小さな手が包み挟む

 狂信に満たされた空気を忘れさせるような、優しくも鮮烈な声で、詩歌は囁く。

 

「たとえ私が忘れても、きっとあなたが覚えていてくれる。その限り、私は私のままでいられる。大丈夫ですよ、当麻さん。あなたの優しいかわいい妹は、何があろうと信頼に応えると評判なんですから」

 

 その言葉に何の強制力もない、魔術的な介入や暗示もない、そして、保証もない。だけれど、上条当麻はその言葉にではなく、賢妹の声に納得した。声を聞くだけで、納得した。

 

「だから、当麻さんにお願いがあります。

 どうか、私を信じてください。お兄ちゃんの後押しだけで、私はどんなことでもしてみせましょう」

 

 当麻は言った。

 

「……わかったよ降参だ」

 

 これは、心の何処から出てきた言葉だろう。

 ひょっとすると、もう思い出せないはずの過去からのものかもしれない。

 賢妹は、目礼して、

 

「はい。いってきます」

 

 愚兄はそれで離れるのを許してしまい、すっと賢妹が立ち上がると、静かに宣言する。

 

「あの人の目を、覚まして参ります」

 

 颯爽とした足取りで、上条詩歌は魔術師が示す指定位置に立つ。そして、魔術師は余計な心変わりがある前に、術を打った。

 

 

銀の星よ、来たれ(´M Veniens argentums stellas)!!」

 

 

 天上に、大円に囲まれた六角形、その各支点を結んだ六芒星の中に五芒星。

 その儀式場の中心で、依代は感情も記憶も消去されて空白となり、そして、あらゆるステータスが入力される。

 男性、

 女性、

 大人、

 子供、

 賢者、

 愚者、

 聖人、

 罪人。

 大魔術師であるために必要な―――『人間』としてありとあらゆるデータが撃ち込まれる。

 その身体が、淡い銀の光を纏い、次の瞬間、上条詩歌の瞳が霞み、その奥に直前までと異なる光が宿った。パンタグルエルはこれまでにない手応えを覚える。その光を、ずっと待ち望んでいた。

 

「『―――ほお』」

 

 ……その声、しいかと違う!

 詠唱を聞き分ける為に、人の発声に敏感なインデックスが違いを感じ取る。

 その、声。

 身体の芯が痺れるほどに甘く、逆らい難い響き。

 男も女も関係なく、ただ人間の欲の奥底に訴えかける声音。

 

「『『銀の星』、か。戯れに組み上げた概念にここまで染まる者がいようとは』」

 

 その表情が崩れた。

 “少女だった”者の眉が寄せられる。

 くつくつとおかしそうに、肩を震わせたのだ。

 ひどく、胸に差し迫ってくる仕草だった。

 流れるような眉一筋、けだるげに持ち上げられた指の一本の演出で、こちらの胸をざわつかせるやり方を心得ているようであった。

 いや、たとえ仕草に意図などなくても、神懸かった少女の存在感は絶大である。その一挙一動まで、見る者の目を奪わずにはおくまい。

 

「……おお。おおおおお、あなたは……あなたさまは!?」

 

 狂信者、というならば、まさしくこれがそう。

 己が夢想した理想像を前にして、声音にこもった歓喜も、瞳に宿った法悦も、先までの魔術師の顔の比ではない。

 しかし、

 

「『呼び出したのはお前か』」

 

 その言葉の、なんと静かな熾烈さよ。

 あたかも女王にひざまずく奴隷を思わせるかのように、魔術師は膝を折り、深々と身体の一部を地面に這わせてしまう。

 濡れた目は、ただの一瞥で狂信者のそれを凌駕する。一流の猛獣使いのように、ごく自然に従えるのだ。

 

「『それで、私を降ろしたことに、何か褒美が必要かね?』」

 

「いいえ。たった一度でいい。本物のあなたと、こうして言葉を交わしたかった。それだけが我の願いは叶いました。

 あとはあなたさまの思うがままに」

 

「『そうかね』」

 

 彼女は、小さく嘆息した。

 

「『よく分かった』」

 

 と、口にした。

 まるで王者の言明の如く、こう続けたのだ。

 

 

「『その願いは、叶わない。だからせめて、最後に望みのひとつを叶えてやろうとは思ったのだがな』」

 

 

 しん、と沈黙が落ちた。

 自分自身が王と崇めた偶像の言葉に、逆らえぬのか。

 その中で、

 

「『この作業は、死者蘇生とは似て非なるものだ』」

 

 更に、続ける。

 

「『死者の記憶や感情を継いでいても、それは死せる当人とは別物だろう。ハードディスクに同じデータを入力しただけだ。それも『銀の星』という一面だけ。『アレイスター=クロウリー』という肖像画を眺めているに過ぎない。結局、私は偽者なのだよ』」

 

 イタコの口寄せと同じだ、とインデックスは悟る。

 そうだ。相当な知識量があって初めて可能とする<強制詠唱(スペルインターセプト)>のように、“触れただけで読み取ることのできる”彼女は相手の術式にあえて踏み込み、利用した。

 

(『アレイスター=クロウリー』に必要なパラメーターはあの魔術師の頭の中にある。だから、それを引っ張りだした。本物の『アレイスター=クロウリー』になるんじゃなくて、魔術師の理想像を再現した)

 

 『物語の中で思い描く英雄像』など『頭の中にしかないもの』を現実に引きずり出す技法は魔術にあって、彼女の身体は、<禁書目録>が知り得る限り、“天性の悪魔憑き”。

 その異様な感性で共感し、イメージソースを共通さえできれば、相当な精度で投影できるだろう。

 

 また、科学サイドにもイタコの技法は、心理カウンセリングに用いられる、『コールドリーディング』としてある。

 その注意深い観察眼で、外観を観察したり会話の内容から察するだけで、“事前の準備なしの即興で相手に合わせる”話術だ。捜査機関が行う『プロファイリング』にも通じるものがあり、科学的な理論も組み立てられている。

 対象者への観察力や会話の説得力、相手に信頼を与える仕草などができるようになるには、高い技術と経験が必要になるのだが、

 絶対共感能力を持つ<幻想投影>に、相手からわざわざ必要な情報を『交霊』して(送って)くれた。

 

 つまり、今パンタグルエルが認識している『アレイスター=クロウリー』は―――<幻想投影>が才能で、誤認させているということ。

 否、誤認ではない。

 誤りでもなければ過ちでもない。間違いであれ何であれ、一度でもそう認識してしまった以上―――その幻想は魔術師の中で本物以上に本物、神をも超える『神上』だ。

 

「わ、我の死者蘇生に、間違いなんてない。我が恩師が築いた『銀の星』は完璧なのだから。失敗するはず……」

 

 魔術師は激しく首を振り、血走った眼で、上条詩歌を睨みつけた。

 

「どうやら、設定したパラメーターが違うようだ! 再設定しよう! 次こそは、我が思う王を呼びこんで見せる!」

 

 その怒声にも怯まず、あくまで冷ややかに賢妹は告げる。

 

 

「『私の弟子を名乗るのならば、お前は、<法の書>の解答を想定できるのか?』」

 

 

 しん、と物音が絶えた。

 世界に響くのは、言葉が詰まった息遣いの音だけであった。

 その脈動早まる音が、魔術師の応答を急き立てるようではあるが、喉から先へは声ならぬ呻きしか洩れない。

 

 彼の大魔術師が書いたとされる<法の書>。

 その魔導書でさえ、誰も理解できた者はいない。

 何故ならば解読法が100通り以上も存在し、正しい解読法でなくても、それに沿った『偽りの正解』を無数に浮かび上がらせてしまう。

 誰にでも読めないのではなく、誰でも読めるが誰も正解には辿り着けない

 <禁書目録>であっても、トラップとして用意されたダミー解答に惑わされてしまっている。

 

 であるが、間違いなく、『アレイスター=クロウリー』が記した魔導書であることに間違いはない。

 『アレイスター=クロウリー』を設定するなら当然、知ってなければならない。

 

「『まさか。たかが『銀の星』の一面を知った程度で、『アレイスター=クロウリー』の人格性能(パラメーター)を正確に打ち込めるなどと、思い上がってはいるまいな』」

 

 その一言ごとに、魔術師はどんな剣や弾丸を受けるよりも激しく打ち震えて、ついには無意識の抵抗で両手が耳を塞ぐ。どうしてもその先を聞きたくないと、訴えるようだった。

 それでも、『神上』の声は手のひらをすり抜け、鼓膜を直接震わせたのだ。

 

「『本物かどうかなど、どうでも良い。自分の妄想に埋もれさえすれば良かった。この『アレイスター=クロウリー』は、その無意識の底から汲み取った、それが強固であったからこそ、形作ることができた。

 だから、これが、お前が投影した幻想で―――』」

 

 『神上』が言う。

 『神上』が告げる。

 いかに相手が敵対者であろうと、仮にも崇拝してやまない偶像を投影させた魔術師に対して、何と無残な言葉であったか。

 

 

「『―――そして、想像の限界。本物を救うことも、理解することも出来ない』」

 

 

 愚兄は、その場の空気が止まったように感じた。

 パンタグルエルはもう反論しなかった。それは、もしかすると、心のどこかで彼もそう思っていたからなのかもしれない。たかが記録や蔵書を暗記したところで、大魔術師の全容を知るなどできるはずがないと。本当に死んでいるのかさえ定かではないのだから、理解の及ぶはずもないと。

 体中の力が抜けるかのように、魔術師はその場に崩れ落ちた。うなだれた姿は、少し小さくなったように見える。顔からは生気が失せ、僅かに開いた口からは、だらしなく涎が垂れていた。その目はもはやどこも見てはいない。

 叫弾されれば、突き返せない<禁書目録>の<魔滅の声(シェオールフィア)>にも似た効果。

 毒を以て毒を制す。賢妹は、狂信の魔術師に、矛盾で応じてみせたのか。

 魔術師の信仰を、魔術師の盲信を、矛盾で崩して見せたのか。

 

「『せめて、良い夢だけを覚えておけるよう、会話した最初の記憶だけを残しておこう』」

 

 そして、もし、ここで魔術師が反抗したとしても、幻想でも一生涯を捧げても狂信する存在に、魔術師は勝てるのだろうか。

 その答えは、決まってる。

 

「『<ロンドネット>――SNSの仮想空間を利用した儀式場。だが、この印象を応用すれば、このようなことも可能なのだよ』」

 

 ―――ロールバック。

 

 その“一言”で。

 一瞬、カメラのレンズがぶれたように、学園都市の輪郭が曖昧となり、そして、最初からなかったことのように、これまでの戦闘の爪痕が修復されていた。

 文言(キーワード)を口にするだけで、奇蹟が起きる。

 

「『『ロールバック』―――ネットワークはメンテナンス等で一旦停止する場合、始める前にデータをバックアップして、作業終了後に元に戻すのだが。

 『ロンドネット』の支配されているのなら、無かったことにする(こういう)こともできる。

 遊びとはいえ、街の損壊や人の傷だけを治し、記憶やデータには干渉しない便利なものであるな』」

 

 そう、今の奇蹟の行使権を握ってるのはパンタグルエルではない。

 『アレイスター=クロウリー』ならば、パンタグルエルが築いた儀式など乗っ取ることができて当たり前である―――と、パンタグルエルこそが誰よりもそう思い込んでいる。

 

 何故ならば、彼の『交霊』を中心とした魔術様式の基盤であり目標は、大魔術師。それは永遠に追いぬけない神の領域にあると想定(シチュエーション)されたものであって

 突き詰めれば突き詰めるほど、目指すべきモノは遠くに離れていく。

 

 そうして、夢叶うその瞬間だけを記憶に残して魔術師は倒れたのを見届けてから、上条当麻は彼女の側に行き、その頭を撫でた。

 

 夏休みの終わり、呪禁道にかかった女性を触れただけで打ち消した。

 

 彼女が天性の悪魔憑きであるながら、その右手は理想的な悪魔払いである。

 

 右手が、パキン、と何かを壊す音が聞こえる。

 それが、上条当麻には魔術師の妄念に思えて、それでその妄執を砕いたことにしてほしいと願う。

 同時に、賢妹が糸が切れたように崩れ落ちて、愚兄はそれを抱きかかえる。そして、もう一度だけ撫でた。

 

 

 

 この一件で、修道女はひとつの確信を深めた。

 この科学の超能力から身体を作る友達も、その力は知らない。計り知れない。10万と3000冊の魔導書にも記載されていない。

 だけれど。

 たかが『交霊』であそこまで大魔術師を再現してみせた彼女の資質は、<法の書>に触れれば世界をも変える力を手にし、<禁書目録>の助言さえあれば、<魔神>にさえ至れるものであろうと。

 そんなインデックスの“期待”にさえ応えてしまいそうで。

 いいや、あの右手がなければ既に……

 

 

(でも、どんな力があったって、それを間違えたりしない稀有な才能をしいかは持ってる。私はそう思うんだよ)

 

 

第七学区

 

 

 ―――今、学園都市に激震が走っている。

 

 

『ただ今、学園都市上空を超大型の積乱雲が通過中です。全ての屋外競技を一時中断します。一部競技は会場を変更して屋内で行われますので詳細については―――』

 

 急に変わる天候。

 暗雲が立ち込める空。

 足の裏に感じる地の揺れ。

 

 そして、遠くに見えた“光の柱”。

 

「デイエス=イレ……っ」

 

 修道女の口から、その不吉な単語が無意識に囁かれる。

 『怒りの日(デイエス=イレ)

 『魔導図書館』でなくとも、聖書を嗜む者なら誰しもが知る、黙示録にも記された終末の預言が、今こそ人類へ襲い掛かっているかの如き、悪夢の光景。

 これが、魔術とは違う分野であるにしても、己の頭脳から検索し得る類推からインデックスは自動的にそれを選び得た。

 誰かの怒りが、この街を滅ぼすことになるのだと。

 

(とうま、しいか……っ)

 

 今日も、朝から見なくなった二人。まさか世界を救った昨日の今日で巻き込まれたのかとは考えづらかったけれど、それはインデックスの認識が甘かったのかもしれない。

 彼ら兄妹にとって、もう日常茶飯事なのだろうか。

 居てもたってもいられず、インデックスが人の流れに逆らってあの光の下へ駆け出そうとした時、

 

 

『―――待って、そっちじゃない!』

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「さぁて、今回はこっちでお仕事か。やれやれ、昨日の今日でこれじゃあ、まともに競技に参加できるのかね」

 

 土御門元春は試合う学生ら父母観客らの熱気の隙間を縫うように街の中を歩いていた。金髪にサングラスとそれなりに目立つ装いの土御門であるが、現在人々の目は今、デットヒートを繰り広げる能力者たちの競争に向けられている。

 それは、隣でずっぽりと顔が陰に隠れるほどフードを被った“彼”も同じ。

 

「こんな残暑厳しい真夏日にまでフードまで被ってなきゃなんないなんて、“顔を変えた”方がいいんじゃないかにゃー」

 

「別に大したことではありません。私がいたところを思えばこの気候は過ごしやすい。それより日焼けしないようにする方が大事でしょう」

 

 と、涼しい声で。

 夏休み、偶然に発生した大魔術のせいで、一世を風靡する大人気男性歌手の一一一(ひとついはじめ)になった土御門は、街を歩けば女性が群がってくる経験からして、あまりに目立つのは“仕事”に向かないものだと思うのだが、

 

「そういや、お前さんは学校には所属してないようだったな」

 

「すでに“この顔”のご本人がいますから。双子なんて言い訳は通用しないでしょうし、私にあなたのように才能を捨ててでも能力開発を受けるリスクを冒す度胸はありません」

 

「よく言う。それならオレも<原典>を持ち歩くなんて自殺行為も同然な真似はできないな」

 

「では、お互い様、ということで」

 

 あの後、この街の暗部に潜ろうとして最初にコンタクトを取ってきたのが土御門で、そこで勧誘(スカウト)されて、ここにいる。

 土御門は、この相方(パートナー)である青年の素性を知っている。元々、ある結社から送られてきた斥候(スパイ)であり、似たような境遇であること。予想していた三日も持たず36時間で潜入が見つかった自分と比較すれば、数週間も隠れられた“彼”は工作員として優秀であるといえる。

 

「しかし、捕虜を燃え盛る炉に落とした王に重用されるには、まだまだ人手が足りないんだぜい」

 

「……なるほど。旧約外典(アポクリファ)よろしく、四人一組が目標ですか」

 

 知識面も問題ない。

 清教派に属する者として、土御門がその説話を知るのは当然であるが、科学一辺倒の人間には通じない。十字教がメジャーなのは確かだが、中南米出身の人間にはなじみのない筈なのに、すぐ意図を察してすんなり返せるほど頭に入っている。

 それは、『バビロン捕囚』で起きた、『空中庭園』を築いたとされるネプカドネザル二世の言葉。

 

『私には4人の者が火の中を自由に歩いているのが見える。そして何の害も受けていない。それに4人目の者は『神の子』のような姿をしている』

 

 と旧約外典の聖書の一節に記されている。

 王は、捕虜にしたその者らの賢明さを讃えて後に高官として重用したという。

 土御門としては、己の身を焼こうが平然と突き進める何か一つ“芯”となれるものをもっていて、そして、そのうちのひとりは、上層部にとっても“決定的な価値”を持った者との四人一組を思案している。

 

「しかし、いますかね。そんな人材が早々見つかるはずがありませんし。ましてや仲間に誘うことなど……」

 

「だが、そうでもしない限り、地に堕ちた者たちが這いあがり、勝てない盤面がこの学園都市。あと―――」

 

 不意に、中断。少し耳を澄ませば、軽い電子音が土御門の胸元から聴こえる。

 

「……イギリス清教からですか」

 

「いや」

 

 断って、土御門は携帯を取る。同時に、一つ息を吸って、

 

 

『おー、兄貴やっと繋がったー』

 

「よぉよぉどうした舞夏。お兄ちゃんに何か用ですかにゃー」

 

『別にそんなんじゃないけどなー。兄貴の身体が心配でなー。<大覇星祭>だし無茶をするのは仕方ないけどなー。兄貴の部屋に常備してる包帯や消毒薬が切れそうだったろー。だから今、滅茶苦茶込んでる激安セールの薬局で補充中ー』

 

「うぉー、なんて優しい義妹なんだぜい。でも、オレは舞夏が看病さえしてくれれば死の淵からでも蘇って見せるにゃー」

 

『兄貴にかかりきりになるほどメイドはそんなに暇じゃないんだぞー。<大覇星祭>は外部からの観客も多いから見習いメイドの手製弁当の儲け時なんだー』

 

「そうかー。でも、これからすぐ天候が崩れるから、屋根のあるところへ避難する方が良いにゃー」

 

『んー? 今日の予報、一日晴れじゃなかったかー?』

 

「ああ。今日は外に出ちゃダメだ。嵐になるからな」

 

『うーん。よくわからないが、とりあえずりょーかいしたー』

 

 

 切る。

 そして、嘘吐きは呼吸一つも入れずに声音を入れ替え、

 

「欲しいのは、仲間になれる同士じゃなくて、共犯できる同類だ。俺も、お前も、任務中に危険な状況に置かれても助けにはいかないし、己の目的のためなら誰であろうと裏切れる。それで互いに互いを信用するなど無理な話だ。だから、利害関係で結ばれた信頼さえあればいい」

 

「………ふっ、そうですね。嘘吐きと偽者(わたしたち)にはそれがお似合いだ」

 

「それじゃあ、仕事の話をしようか。学園都市の奥から出てきて、はしゃいでる爺孫を止めてこいっつう赤の他人には関わりたくないモンなんだが、この頭のネジがぶっ飛んでる狂学者(マッドサイエンティスト)どもを放置すれば、学園都市がぶっ飛びかねない。

 時間と人材が足りていれば話は別だが、残念ながら、祭り会場は佳境に入って今更現場に向かっても、俺たちにやることはない。表舞台に立つ奴らの裏方回り(サポート)となるだろうが―――構わないか?」

 

「ええ、彼が、私との約束を守ってもらうことになるでしょうから」

 

 

第二学区

 

 

 神は、人間を作ったというのが、聖典は言うが、それも人間の想像。

 人間こそが神を作り、人間の思想が神を作る。

 

 SYSTEM―――神ならぬ身にて、天上の意思に辿り着くもの。

 

 学園都市では漫然と超能力開発が行われているわけではない。その確固たる目的とされているのが、『SYSTEM』と呼ばれる真理への到達である。

 その方法のひとつと考えられ、目指されているのが、人間以上の力をもつ絶対能力者(Level6)超能力者(Level5)を超えた存在の創造。

 学園都市が抱える闇は、ここに集約されていると言ってもいい。

 

 <木原>は、その目的のためならば合法非合法と手段を選ばず、科学の発展のためならば人命でさえ全てを利用できる研究者の一族である。

 

 そのひとり、木原幻生。

 かつての先進教育局木原研究所所長、特殊学問法人RFO会長ほか、様々な肩書を持つ科学者である木原の長老は、

 <能力体結晶>の研究者で、能力暴走下におけるAIM拡散力場への影響や、神経伝達物質やホルモンなどの各種分泌物について、多くの研究成果をこれまでに残しており、

 またより多くの能力者を実験動物としてきた。

 

 その木原幻生が今回提唱するのは、『第三位を対象とした『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画』。

 

 現段階で、絶対能力者(Level6)に到達できる資質を持ったものは、序列第一位<一方通行(アクセラレーター)>のみ。

 ―――ただし、これは安定して達し得る人材という意味でだ。

 

 序列第三位<超電磁砲(レールガン)>は、<外装代脳(エクステリア)>の<幻想御手(レベルアッパー)>により発動権簒奪された序列第五位<心理掌握(メンタルアウト)>からウィルスを感染させた<ミサカネットワーク>と接続させることで力の暴走を引き起こすも、強引に絶対能力者に迫ることが可能。

 

 理論上、絶対能力者への到達率53%を超えれば、第三位の人格は別次元のモノに変質し、100%に至れば、心身共に限界を迎え、“個体として破滅される”ものと木原幻生は推測している。

 

 つまり、安定した絶対能力者とは成り得ないが、第三位が全てを失う代償として、一瞬――瞬きよりも短い刹那の間に、我々は神の領域を垣間見ることを許されるのだ。

 

 その結果、白色矮星のように中途半端な形で萎んでしまうのか、それとも超新星爆発のように新たな世界を開くほどに突き抜けるのか。

 

 それは実際に試さなければわからないが、何であれ、この学園都市が地図から消えるほどの何かが起こることは確定事項とみている。

 

 で。

 

 テレスティーナ=木原=ライフライン。

 今回、そのテレスティーナが行う実験『<能力体結晶>による能力暴走からの『絶対能力進化』計画』は、ある意味で、木原幻生の実験であるとも言えるかもしれない。

 何故ならば、かつて木山春生が担当していた<置き去り(チャイルドエラー)>を使った暴走能力の法則解析用誘爆実験は、その実、<能力体結晶>の投与実験であり、

 その主導者、木原幻生は自身の成果たる<能力体結晶>こそ、SYSTEMへと至る絶対能力創造の鍵であると信じていたのだから。

 木原幻生の孫であり、祖父の暴走実験で第一被験体であり、その暴走実験を祖父から継いだ研究者であるテレスティーナなりの意趣返しの意味合いがないとは言い切れない。

 でなければ、こうして実験の最中に己の実験をぶつけてくるような真似はしない。

 

(うんうん、顔を見なくてもその声でわかる! テレスティーナの目はきっといい目をしてるだろう! <木原>としての欲求が、生き生きしてるに違いないッッッ! 僕への極大の憎悪と見返そうとする野心からなる執念で“お下がり”を突き詰めてくるほどの美しいドグマを出来得ることなら直接見てみたかったものだが……ッ!! ここは、<木原>として孫娘の成長を素直に喜ぼうじゃないかッッ!!!!!)

 

 たとえ、ここで巻き込まれて木原幻生が破滅することになったとしても、何の心配はない。

 何故ならば、科学の発展には犠牲が付きもので、この惑星からあらゆる文明が途絶えることでもない限り、<木原>の意思は生き続けるからだ。

 

 

「僕の実験作とテレスティーナの実験作との衝突が相乗(シナジー)効果を生むとなればどれほどの……ッ!

 ―――こうしちゃおれん!!! 食蜂君からリミッター解除コードを早急に聞き出し、手持ちの機器と分析系能力者を総動員して観察を……

 ああ、それから念のための予備プランもつぎ込もうじゃないか。

 とその前に警策君に―――そうだね、ちょっとした方便(スパイス)を」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『レベルシックス?』

 

『そう、Level6だ。テレスティーナ、可愛い私の孫。お前は学園都市の『夢』になるのだよ』

 

『~~っ! お爺様、わたくしがこの街の夢に―――』

 

『そう……その――――“礎に”、なぁ』

 

 

 

「お遊戯の時間は終わりだ」

 

 

 能力暴走時に脳内で異常分泌される神経物質やホルモンを採取し、凝縮、精製した<能力体結晶>――通称<体晶>と呼ばれるこの物質は、人体に投与することで暴走能力者の脳内で形成される異常なシグナル伝達物質回路を再現し、意図的に能力を暴走状態にする作用をもつ。

 これを投与された能力者は、一時的に爆発的な拡張でAIM拡散力場を発生させるも、脳への過度な負担による意識障害や副作用をもたらし、最悪にして暴走したまま昏睡状態に陥るだろう。

 

 だが、ごく稀に“適性がある者”もいる

 

 例と挙げれば、暴走状態でこそ真価を発揮する<能力追跡(AIMストーカー)>。

 また、Level4以上の高位精神系能力者であるなら、暴走した<乱雑解放(ポルターガイスト)>をある程度の誘導は可能であるとの予測もあり。

 そして、あの爺の暴走実験に自ら実験体を志願した酔狂な親戚がいて、その子は実験の過程で『AIM拡散力場と、その力の流れそのものを『見て』『触れる』事ができる』ようになった。

 それらの検証データから適正条件をテレスティーナが推測するのは、『AIM拡散力場そのものに干渉できる高位の能力者』。

 精神系能力者が、他の精神操作に耐性があり、空間移動系能力者が、他の空間移動(テレポート)を拒絶することから鑑みても、

 AIM拡散力場を干渉する能力をもった個体は、AIM拡散力場の暴走を制御できるだけの資質があるのではないか。

 AIM拡散力場に直接干渉できる能力者は稀少で、推論から確証を得られるほどに実験することはできず、だからこそ、木原幻生はまた別の方式で絶対能力者創造を構築しようとしたのだろう。

 

(―――そう、あのジジィは<木原>が衰えた。<樹形図の設計者>に予測された唯一の可能性で、<ミサカネットワーク>と代理演算で接続している第一位ではなく、第三位を器にしようとしている時点で妥協している)

 

 だが、テレスティーナは<木原>を妥協しない。

 先程例に挙げた、現在、能力者の中で最も<体晶>の使用頻度が多く、能力暴走状態に慣れた<能力追跡>は、不安定の個体、経験数はあっても経験値をモノにしておらず、個体の性格もあってか意欲がない、成長は超能力者序列第八位候補のまま停滞している。

 また、そう何度も耐えられる体ではない。『実験体は使い潰すまで試験する』のが一族の家訓(モットー)であるのだが、稀少なAIM拡散力場干渉系の能力者を何の成果も得られないままに潰しては意味がない。

 あの<能力追跡>ではこちらが満足な結果を得る前に、途中で果てる可能性が高い。少なくとも、今の人格のままでは半分もいかずに使いものにならなくなる。最悪、木原の異端児が、“AIM拡散力場とは異なる力”に干渉した結果に、全身の70%も失う暴走事故を起こした始末になりかねず、そうなれば同じ失敗を二度も繰り返したとかつてない屈辱、一族の恥晒しとなる。

 ものの研究によれば、人間の人格は、脳内ではなく環境によって構築されている。誰かと語らった、誰かと笑った、誰かにおこった、誰かのために泣いた、そういう幾多の関係が人間を形作るというが―――余所者の接触させて、刺激を与えてみるのもいいのかもしれない。

 何にせよ、彼女は『学園個人』となれる適性はあっても、才能はない。<能力体結晶>という毒に呑まれている。この毒を呑めるだけの才能がない。

 

(―――学園都市から絶対能力者が生まれていない時点で超能力者だろうが、親の胎内から出ていない赤ん坊も同然。

 だが、私は<能力追跡>以上の適性と、そして才能を持った実験体(サンプル)を見つけた)

 

 あのRSPK症候群で暴走状態の実験体のAIM拡散力場を鎮めた―――毒を呑んで見せたのだ。そう自個人ではなく、多勢の雑多な――休眠状態で尚、能力を暴走させている、解放すれば学園都市が壊滅するはずだった――<乱雑解放>を御した。

 抑止力となった。

 

(あのジジィは、<能力体結晶>を安価にマイナーすることしか発想が思い浮かばなかったが、<能力体結晶>は能力暴走を抑止してこそ真価を発揮する!

 つまり、それができる実験体こそが、絶対能力者を生み出すに相応しい母体だ!

 最強の第一位ではない、<樹形図の設計者>では推測しなかった、真に無敵の番外位を私は見つけたァ!)

 

 第一次能力暴走式『絶対能力進化』計画。

 これの失敗は、<能力体結晶>に適性のない実験体に負荷が掛かり過ぎて―――<乱雑解放(ポルターガイスト)>を引き起こして、壊れる。

 適性があると思われる<能力追跡(AIMストーカー)>、実験体がその性能を発揮できず、このままでは素体の破滅の方が早いと予測。

 爺がウィルスを打ち込んだ<ミサカネットワーク>を利用し、第三位を器とした『絶対能力進化計画』もこの第一次の変則型であると見るが、あの様子では確実に壊れるだろう。壊さずに天上の意思にまで持っていくために何かしらの手を打つ――おそらくは、第五位の能力を使い、縫い止めるつもりなのだろうが、まだ準備は不完全とみる。

 

 第二次能力暴走式『絶対能力進化』計画。

 <スタディ>のAIM拡散力場を仮想物質化能力をもつ<人造能力者(ケミカロイド)>製作に介入し、<能力体結晶>に適性のある素体を創造―――無秩序に雑多なAIM拡散力場を取り込んだ結果、御覧の通り、際限なく巨大化し、思考能力のない獣同然の<幻想猛獣(AIMビースト)>しか生まれない。

 

 が。

 

 この目的は、学園都市中の実験体からAIM拡散力場を抽出し、<能力体結晶>を完成させる事。

 

 続く、第三次能力暴走式『絶対能力進化』計画。

 『180万の能力者』の力場を<幽体拡散(ディフュージョンゴースト)>により仮想物質化して区切った上で最小に圧縮、根幹を成す<能力体結晶=ファーストサンプル>から完成させた<能力体結晶=ラストステージ>を注入し最適化を施す、

 最小化された範囲での<乱雑解放(ポルターガイスト)>ならば、一個の実験体でも許容できる。

 その器として、能力暴走を御しきれるだけの適性と素質に選別した番外位を絶対能力者(Level6)とするための材料とする。

 謂わば、第二次能力暴走式『絶対能力進化』計画は、第三次能力暴走式『絶対能力進化』計画のための生贄である。

 

「まあ、抑止できなければ、<乱雑解放(ポルターガイスト)>で暴走した<幽体拡散(ディフュージョンゴースト)>が連鎖崩壊を引き起こして学園都市は壊滅するがなァ。

 だが、学園都市は実験動物の飼育場、学生は家畜サンプル、すべては絶対能力者の創造のためにある。

 絶対能力者さえ作れれば、学園都市は必要がない。

 そして、絶対能力者は二人もいらない。

 

 ―――さあ、ジジィの不良品を礎にしなァ、私の完成品(Level6)!!」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 救われたいとは考えなかった。

 救いたいと。

 救われない運命を救いたい、そのために何もかも破壊すると。

 

 上に立っている人間が、全ての黒幕。私が、私たちが、学園都市にいるみんなが、実験動物と、家畜と、材料という理由で処理されていく。そんな街に自浄効果なんて望めない。

 だから、間違っている世界を変えるには、強くならなければならない。

 

 “力を”

 “もっともっともっと力を”

 

 比喩ではなく―――覚醒した際に生じた凄まじい発散した“余波”が、文字通り街全体を激しく揺るがしている。

 それは人間が立つことさえ許さぬ、世界の怒り。高層ビルが不気味なまでに大きく傾ぎ、路面が稲妻のような形にひび割れ、その上空数十mの地点では光が収斂し、蜃気楼の如く空を歪ませている。晴れやかであった気候でさえ、暗雲立ち込めて陰鬱によどみ、細かな紫電を纏わせた上、強烈な風を地表へ吹きつけていた。

 ある一部の歩道橋など、中央からへし折れて、道路に車を立ち往生させ、第二学区とその隣学区である第七学区の交通網にまで影響を及ぼし、機能停止に追い込んでいる。

 しかし。

 それでも、災害のごく一部に過ぎぬ。

 無論、この現象のそれは自然による天災ではなくて、異常な“人災”であるのだ。

 

 “壊すために”

 “この街の元凶を、壊すために”

 

 望んだ。

 私はそう望んだ。

 自分自身の心に向けて。

 

 一筋の光明もない完全な黒目。悪魔のような巻き角。そして、天界の住人とでも言うように雷神は羽衣を纏う……

 容姿と人格が『御坂美琴』から離れつつある―――

 

 “RAIL-GUN”Level[Phase]5.1。

 

 しかし、その人災が阻まれたのだ。

 元凶に降したはずの天罰(かみなり)をその身で受け、“喰らった”。

 そして、今、泰然と上空に浮遊している。

 

 “? なに……アレ”

 

 それは、一度気にかけてしまえば、たとえ数km先であろうが息を止められてしまいそうな、圧倒的なヒトガタの気配。

 その、姿。

 その、顔。

 暗闇に閉ざされた視界にも、それは光っているようで。

 何かを、刺激する。雑念(ノイズ)が、走る。

 

 >アレは、邪魔。

 >私たちの復讐を邪魔するなら、敵だよ。

 

 そ、う……?

 いや―――

 違う、あれは―――

 そう、彼女は私の―――

 

 と、上に伸ばそうとした手が止まって、

 

 >ネェネェ。

 

 停まって、

 

 >何か、思い出さない。

 

 留まって、

 

 >アナタを、妹たちを虫けらみたいに潰した“第一位(アイツ)”にさ。

 

 ―――――――――――――――――

 

 導かれるはずだった記憶のレールは、切り替えられた。

 

 『印象操作(カテゴリ109)/アレは邪魔者。司令塔を守護する最終防衛』

 『標的指定(カテゴリ081)/アレは撃破対象。目的達成のため迅速に排除しろ』

 『愛憎反転(カテゴリ666)/アレは第一位。アナタを地獄に落とした憎き相手』

 

 あそこにいるのは、“第一位”。

 あの『実験』で、食い潰し、殺し尽くした悪魔。

 今も、天上の意思に届かんとするのを、蹴落とすように上にいる。

 頭の深奥で、ぎちりと『何か』が蠢き、瘡蓋を一気に剥がされたように、あの日の殺意が噴き出す。

 

「■■■■■■■■■■■―――!」

 

 それは、もはや人の声ではない。

 街の大気を震わす咆哮だ。

 街の大気に伝播する悲劇だ。

 怒りに打ち震えるような。

 哀しみに泣き出しそうな。

 獣の遠吠えにも似た絶叫が、少女が放ったものとは思えなかった。

 研究所の屋上を席巻して、まるでドミノ倒しのように憎狂が伝染していく。直撃を受けたように声ならぬ叫びぶちまけられた第二学区の建物が一斉に大停電を引き起こす、そして学生の誰も――特に発電系能力者に――意識がシャットダウンされた。

 いつの間にか黒雲に覆われた空だけでなく、地上からも明るさは途絶える。

 一滴の墨で、広大な海がくまなく黒くなっていくかのようだった。

 

 

 

 >サア、アレも撃ち落とそう!! 私たちのいる地獄に堕としてやれ、美琴ちゃん!!

 

 

 

 ―――刹那。

 地上から放たれた天罰が、天を喰らった。

 

 そうとしか思えぬ、巨大な光が全てを灼いたのだ。

 何の混じりけもない純粋なる光の束。天をも突き破る光の奔流。いっそ暴力的なほどに灼熱と光芒が混然一体となり、荒天を我が物顔で荒れ狂った。清冽にして苛烈、空気分子のひとつずつさえ瞬時に沸騰させる。光は光を巻いて更に純度を上げ、白く眩い灼熱の衝撃は解放された竜の如く、あらゆる障害を呑みこまずにはおかなるほどに。

 断罪の光。

 破滅の光。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!」

 

 と、叫んで。

 留まらず、二撃目。

 

 次は、黒雲から放たれる雷光。

 絶大なる『力』を秘めた、一撃。爆縮と拡散を繰り返すかのように、その光の奔流はアレを突き落としても尚、第二学区の地表をうねり、雷の落ちた至近一帯など消滅させかねない威力で荒れ狂ったのだ。

 思うがままに暴虐を貪った光によって一帯の瓦礫と化した建造物は融解し、抉れた大地の後はガラス状に変質した。熱量の凄まじさが水蒸気爆発を起こし、未だ周囲の空気は陽炎の如く揺らめいている。

 

「―――ふぅ……―――はぁ……」

 

 地上に降りて、その中に揺れる人影。

 地に落とされようと、その翼は折れず、原形を保っている。

 

(通用、していない……?)

 

 他のビルの屋上から九死に一生もない筈の生還を窺う第三位の指揮権を預かった警策看取。

 通信が途絶えてしばらく、応答のあった木原幻生から聴かされた。

 

 ―――警策君。

 ―――アレが、<木原>でさえ手だしを躊躇う、統括理事長の大事な秘蔵娘。

 ―――『窓のないビル』を城だとすれば、彼女は女王だ。

 ―――聴いたことがないかね?

 ―――統括理事会の中には予算の大半を使って、反乱因子となった超能力者を処理する最終防衛が造られたのを。

 ―――彼女がいる限り、この街の王には指一本触れられないだろうね。

 

 それが、嘘か真か。あの老獪な狂科学者の戯言か、忠告か警策に判断できない。

 だが、そんなのは関係ないと。

 邪魔をするのなら蹴散らす。殺してでも。

 暴走し、壊れながらも天上の高みへと階段を登り始めている序列第三位の<超電磁砲>は、もう既に他の6人の超能力者よりも前に出た。

 敵うはずがない。

 そして、統括理事長の牙城を崩す―――と聴いていたのに……っ!

 だけど。

 

 ―――だが、心配はいらないよ。

 ―――彼女はまだ成長途中。しかも、この接触が急速に高めてる。

 ―――この調子なら予定よりも早く絶対能力者になるだろうねぇ嬉しい誤算だ。

 

 その壁は、第三位に、より力を欲させることになる。

 障害であったそれは、触媒であるかのように、進行具合を速めた。

 

 そう、その不変の有様は、どうしても。

 あの“『実験』での敗北”をどうしても連想させてしまうのだ。

 

「■■■■■■――■■――■■■■■■■■■■――■■■■■■■■■■■――――――――――!!!!!!!!!」

 

 戸惑った思考が静止していた時間は、ほんの一秒にも満たなかっただろう―――“第一位”が、こちらを意識して視線を合わせるまでには、しかしそれは十分な時間であった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――――――!!!!」

 

 強大な磁気嵐が、第二学区を襲う。

 “第一位”を取り囲む形で、瓦礫と化した建物が回り始め、まるで竜巻のようにうねり始めた。

 そして、強力な磁気を帯びた巨塊が超電磁砲の如き勢いで射出され、50m半ばで純粋な光と衝撃に化した。

 360度。上下左右。逃げ場なし。十字砲撃(クロスファイア)連射乱舞(ガトリングショットガン)

 磁気嵐の中の、砲弾の竜巻雨。

 第三位の操縦者は、その凄まじい光景を見て、恐らくあの邪魔者は肉片のひとつも残らぬであろうと想像した。そして既に思考は、『窓のないビル』へと移行しかけていて―――戻される。

 磁気嵐が収まると、そこに予想を裏切る光景が現れたのだ。

 それは、広大に弾痕に耕された地割れと、その中で、依然と原形を――無傷のまま立ち尽くす邪魔者と。

 

「――――!?」

 

 屋上から吹っ飛ばされた第三位の姿だった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『観測史上最大規模の落雷を確認! また第二学区の一画で大規模な放電現象が観測されています! 念のため、救助隊を含めた調査員を急行させる許可を』

 

『―――いや。大会中に外部の人間に被害者が出ると問題になる。観光客と近隣住人の避難誘導を優先する』

 

『え……? ですがそれと別に……』

 

『両地域は封鎖。<警備員>を含む一切の人間を立ち入り禁止とする』

 

 

 

「は……はあ―――痛ッ……」

 

 食蜂操祈は、額に手を当てて顰める

 木原幻生に<外装代脳>を掌握された状況下での、<心理掌握>は流石に堪えた。

 

「ま、<警備員>が出張ったところで死体の山を築くだけだしねぇ……」

 

 二人が二人共の対抗勢力となって、互いに食い潰し合ってくれれば、漁夫の利を狙える可能性が出てくるのだが、残念ながらそうはいかない。

 

「それから……にも念のために上から……角度的に何とか……」

 

 と。

 

(私の天才力と<ミサカネットワーク>が悪用されて、御坂さんが暴走。彼女自身に洗脳力は効かないはずなんだけどぉ、これもネットワークを操って深層心理を誘導してるのかしらぁ?)

 

 じゃなければ。

 あの幼馴染大好き反抗期(仮)(シスコンツンデレ)が、あんな殺意満々の過剰な破壊力をお姉さんに振るうなんて、考えられない。

 それなら、暴走第三位と相手しているのも考えられないのだけど。

 

(まあ、あの先輩ならそれもできそうだから何とも言えないのよねぇ。あの人の頭の辞書力に不可能って言葉があるのか本当に疑問……で、アレってやっぱり暴走してるのかしらぁ? どうかしらねぇ。正直、先輩があの理性力を失った姿なんて考えられないのだけど……―――御坂さんの前なら尚更)

 

 屋上に、たどり着く。階段を全力疾走で駆け上がったのは、久しぶり。ここ最近、<大覇星祭>に向けて体力作りはされていたけれど。息も切れ切れで食蜂がそこに見たのは、協力者の知的傭兵と倒れた御坂妹(あの子)

 

(幻生の姿がない。雲隠れして高みの見物を決め込むつもり? それとも異常事態(イレギュラー)に慌てて対応でもしてるのかしら?)

 

 まず、知的傭兵の彼を――罠の可能性も考えて念入りに、暗示をかけてから――解放。

 

「ふー、助かりました。それで」

 

「一応、<才能工房(ここ)>って、巨大脳(エクステリア)を物理的に保護するために、観測史上最大値の5倍の地震力にも耐えられる設計になってるけどぉ。……アレに巻き込まれたら保証はできないわよねぇ。―――ま、とりあえず、彼女を思いつく限りの安全な場所に避難させてちょーだいっ」

 

「貴女は?」

 

「幻生を追うわぁ」

 

 <妹達>に撃ち込まれたウィルスの構造力を把握するためにも幻生の頭の中を除く必要がある。あれは、食蜂が持つ研究機関で完治できるとは限らない。

 ……御坂美琴はどうなってもいいけど。

 それに食蜂自身にしてみても、下手にあのクローンの巨大脳にダメージを受ければ、<心理掌握>保有者である食蜂に跳ね返って、廃人になる可能性が高い。

 能力を底上げしてくれる便利な道具であるが、急所であるのだ。だから、こうしてアクセス権限が他所者の手にある状況は食蜂にとってみれば首根っこを掴まれているようなもの。奪い返すには、<幻想御手>を解かなければならない。

 兎にも角にも、今、幻生がこの付近にいるのは確かで、この機会を逃せば恐らく二度と老獪な狂科学者を捕まえられない。

 

(チェスではなく将棋に譬えてるってことは、わざわざ、猛獣を影武者して私を罠に嵌めてくれたけど、あれって私を捕まえようとしたのよね。

 <外装代脳>を乗っ取れば、<心理掌握>を使えたんだから、目的は能力じゃなくて情報(記憶)。私から聞き出したい情報がある。私だけしか知り得ない情報……

 十中八九、<外装代脳>関連よね。それで、思いつくのは3つ。

 ブーストコード、リミッター解除コード、自壊コード―――その中なら、リミッター解除コード。

 ただでさえ発電系能力者は鬼門だというのに、今の御坂さんを精神干渉で御すには現在の<外装代脳>の出力じゃ無理がある)

 

 ここまでの騒ぎを大きくしておいて何であるが、<外装代脳>の防衛の要は、徹底した隠蔽、その存在を外に一切漏らさない情報封鎖。

 <才能工房>を占領しようが、重要な情報は食蜂の頭の中にしかない。

 

「幻生はきっと私を狙ってくるでしょうし、私じゃないと洗脳されて終わりでしょぉ。<心理掌握(メンタルアウト)>を相手にできるのは同じ能力(メンタルアウト)を持つ私だけ―――」

 

 ならば、食蜂操祈を狙う刺客が現れてもおかしくない。

 

 ズバシュッ! と。

 

 屋上に備え付けられていた貯水槽が“内から”断ち切れたのだ。

 鮮やかな斬線をなぞって、ずるり貯水槽がずれて、ソレが顔を出す。

 

『アトアト、遠隔操作されてるモノにも効かないよねっ?』

 

 ツインテールの女の子の形を取った、液体金属の人形――木原幻生の手駒のひとり、警策看取の<液体人影(リキッドシャドウ)>。

 貯水槽を切り裂いて躍り出た触手はそのまま伸長して、反応の遅れた食蜂の足を払って転ばせてから、足首に巻きつくように捕まえようとしたところを食蜂はそのまま転がり逃げた。

 すぐさま知的傭兵のカイツが携帯した拳銃から放った弾丸は、人形に直撃するも、その素材は液体金属。弾丸は呑まれて、牽制にもならない。

 

『悪いけど、こっちに余裕はないの。無理やりにでも付き合ってもらうからっ。抵抗する気だろうし、手足を切っても仕方ないよねっ―――』

 

 両手から伸びた2本の銀の鞭。

 一瞬という時間を十にも二十にも分割しながら人形の触手が女王の瞳いっぱいに膨れ上がる。左右から挟みこむように、竦む獲物を切り裂かんと唸りを上げるその手鞭は容易く女王の手足を両断するだろう。

 

「―――」

 

 間に合わない。

 <心理掌握>に物理的な干渉力はない。

 だから、か。

 

 

「―――不幸だぁぁぁあああぁぁあぁあぁぁっっ!?!?!?」

 

 

 そこへ砲弾の如く人形を突き破って参上した少年はやっぱり、

 登場するタイミングが狙っているのかと思うほどあんまり都合よすぎて、

 自分と無関係の事件だったら引いてもおかしくないと思うのだ。

 

 

競技会場

 

 

 双六で、ゴール手前にある『フリダシに戻る』に必ずとまる不幸っぷりに最早泣きはしないが、これは『盤外に吹っ飛ばされる』とでも言うべきだろう。

 

「……ああ、一体どうしてこんな状況になってんだよ」

 

 <大覇星祭>。

 昨日の中学生の部から、今日は高校生の部、の借り物競走。

 またもや(借りモノとして)ぶっちぎりのトップで、ゴールテープを花々しく散らして突き抜けた上条当麻は、足を震わせながら立ち上がり、ブレーキの壊れてる人間ジェットコースターに詰め寄る、

 

「どうして二日連続で有無を言わさず攫われてんだよ当麻さんは!? しかも二人共超能力者! 当麻さんってそんなにカモり易いように見えんですかねっ! せめて了承を取ろうとくらいしてくれ!」

 

 旭日旗のTシャツの上からジャージを羽織るという、派手だがどこか古風な装いに身を包んだ少年――学園都市超能力者序列第七位、削板軍覇は力強く言葉を返す。

 

「すまんな。『宿敵』、と俺が認める根性はトウマくらいでな! モツ鍋も俺のすごいパンチに耐えてみせるのだが、打ち返して見せた根性はトウマだけだ!」

 

「もういっぺんブン殴ってやろうかおい」

 

「そうか! 同じ白組、互いに根性入れ合って気合を入れるんだな! ああ、俺もトウマから受けた一発が忘れられず! お題を見た時から、俺の根性を受け止めてくれるのはトウマしか思い浮かばなかった!」

 

 ―――それ、聞きようによっては勘違いされかねないぞ台詞!

 たまさか、同じ借り物競走で、運良く(いや、この根性男と競争するだけで運悪くか)二番手でゴールで来た原谷矢文の喉からツッコミが出かかったが、彼はこれまでの経験上、不用意に関わってしまえば<風紀委員>や<大覇星祭>の運営委員に目を付けられて厄介事に巻き込まれると判断し、非常識が服を着たような根性野郎に気に入られたツンツン頭の少年に御愁傷様と視線を送ってからそそくさと退散。

 で、不幸を服にして着てるような愚兄の方は逃げられず、またもや運営委員に目を付けられた。

 

「昨日今日と……自分の競技には出ないくせに、他所に顔出すとは余程冷やかしに精を出しているようだが、それが貴様なりの<大覇星祭>の楽しみ方か?」

 

「げ、その声は……」

 

「行事はみんなと参加して貢献したいという学校への忠誠度はないのか、上条当麻」

 

「ふ、ふひ!? ふきよせ、さん……っ」

 

 振り向けば、その豊かな胸を乗せるように腕を組んで仁王立ちする昨日、“熱中症”で倒れた運営委員のクラスメイト――吹寄制理が。通話を途中で切ってこともあってか、怒り八割に心配二割な具合で、そのおでこに青筋を浮かばせピクピクしてる。

 仏の顔は三度まで、と言うが、この他競技での遭遇はこれで三度目である。これはついに公衆の面前で、『吹寄おでこDX』が炸裂。全国デビューしてしまうのか、と若干腰引けて構えていると。

 

「……まったく、やけに今のゴールに既視感を覚えると思えば……貴様、熱中症ではなかったのか? 顔色も微妙に悪い気がするし、スポーツドリンクで補給しろ!」

 

「ん? そうなのかトウマ? それは悪い事をした。だが、熱中症にかかっちまうとは根性が足りてないぞ。しっかりしろ」

 

「そうね。上条が弛んでいるせいであたしらの学校は絶賛連敗中よ! 初戦の勝利の立役者になって見せたときのやる気はどうした! それとも貴様は妹の前でなければダメなの?」

 

「うむ。シイカがいるときのトウマは俺でも震えが来るほどの根性だったな」

 

 スポドリを押しつける吹寄に親指をビッと立てる削板、仕切り屋の女子と空気読めない男子。どちらも話を聞いてくれなさそうな二人が自己紹介もなしに挟んで説教やら渇やらを入れられているという理解が追いつかない状況に、愚兄は頭を抱えて泣き出したい。

 

「ちくしょうっ、こんなときでも詩歌が、兄の手を借りたいほど大変な事態に巻き込まれてるかもしれないっつうのに!」

 

「何? それは本当か?」

 

「さっき写メで『後輩ひとりを抱えて空中散歩で第二学区に行ってきます』って、その後輩が何だか滅茶苦茶涙目だったし、もうこの時点である意味大変な事態なんだけどな!?」

 

「空を飛んでみせるほど根性があるとは、流石はシイカだ」

 

 この二人を躱し、どうやって一秒でも早く、賢妹のいる第二学区へ駆けつけようかと考えあぐねる当麻。

 

 

 しかし、その瞬間―――。

 今まさに話題に挙げた第二学区の方角から、激しい衝撃音が響いてきた。

 何事かと向こうを見れば、晴れやかだった青空が、渦巻く黒雲に覆われているではないか。

 

「―――」

 

 まず判断に一瞬迷い。そして次の瞬間。

 愚兄は身体を翻していた。駆ける。何も考えずに。この遠距離であってもその前兆が感じ届いたかのように、右手が熱い。それだけわかれば十分だ。コースを逆周し、競技場の出入口へ向かって走る。後ろから声が聞こえてくる。吹寄の声。何か言っている。聞こえない。聞いてる暇もない。正門で入場整理していた<警備員>。彼らもその異常気象に気づき、また本部からの連絡が入ったのか、こちらから気が逸れてる。よし、そのまま突破だ。

 

「―――なんてこった」

 

 後輩は助けた―――だから、もう大丈夫、なんて文章。そんなものは紙屑のように消し飛んだ。一体、この事件の裏には何があるかも把握しきれず、また、この世の中が予定通りにうまくいかない不幸だらけだと言うのは、誰よりも知っていたはずなのに。畜生。だが後悔なんて、いつだってできることは後回しにしろ。

 

「待ちたまえ! 屋外は危険だ! 避難を―――」

 

 運悪く。直前で立ち直った<警備員>のひとりが止めようと、当麻のジャージの袖を掴む。力ずくで払う。そのまま正門を出て、階段。すぐ近くにエスカレーターがあったが、混み合っており、階段を駆け降りた方が速いということは如何に興奮した頭でも瞭然たる事実だった。ましてこの時の愚兄は全く興奮していなかった。血の気が引いた、とでもいうように体温が零下に下がるくらいに冷静だった。

 階段の途中で2、3回転倒し、踊り場にまで叩きつけられる。それでもすぐに起き上がることができた。流石に無傷で済んでいるわけではないだろうが、しかしあまり痛みは覚えなかった。ここに至って、痛覚神経を制御できる域にまで到達してしまったのだろうか。少なくとも、今はそのような状態となっている。そういえば、生物は決定的な致命傷を負ったときに――例えば、半身を失ったようなときに――痛覚神経を一切断ってしまうという話を聞いたことがある。もうどう足掻いたところであと数分間しか生きられないのなら、生命の危機を伝えるための信号など無意味にして不必要。そう、死を恐れないものに痛みなど何の価値もない。

 だから、警報を聞き、競技場へ避難してくる人の波に逆らって、何度か転倒したが、痛くも痒くもない。ただ、地に足が付いていないようで、まともに歩けない感覚と言うのは非常に不安定で、イラついた。人の流れに逆らっているのはこちら側であるが、そこをどけと叫びたくなる。

 と、そこで後ろから肩を掴まれる。

 削板軍覇だ。少し息を切らしている。先に駆けだした愚兄に競技場から出て数十mのところで追いつくのは、如何に超能力者と言えど、簡単ではないはずだが。ああ、そうか、文字通り飛んできたのか。畜生。今はコイツの相手をしている場合じゃないというのに。そこで、彼が誰かひとりを脇に抱えていたことに気づく。吹寄だった。

 

「―――どこへ、行く、って、いうの?」

 

 吹寄の声が大きく乱れているが、その目は鋭いまま。一歩後退した削板から代わるようにその腕を掴む。

 

「―――何が起こってるか知らないけど、ええ、どうせ上条のことだもの……でも、私も運営委員として余計な怪我人を増やすような事態を見過ごすわけにはいかないの。だいたいここから、どれだけ離れてると思ってる? それも、さっき<警備員>から電気系のトラブルとかで電車もストップしてる。バスだって、昨日の爆発事故から復旧してない。貴様が全力疾走したところで、間に合わないわよ」

 

 間に合わない? そうだろうか? そうだろう。その通りだ。吹寄の言うことは正しい。愚兄の足では間に合わないだろうし、間に合ったとしても何になる。間違ってない。その通り“だから”行かなければならない。愚兄はクラスメイトの手を振り払おうとした。しかし、がっちりと食い込んだ吹寄の手を解くことはできなかった。

 

「……吹寄には悪いと思ってる」

 

 当麻はまるで唱えるかのように言う。

 

「昨日今日とクラスに参加せず、勝手にほっつき歩いてるなんて、<大覇星祭>の準備を頑張ってる吹寄の努力を馬鹿にしてるだろうと思われても仕方がない。迷惑をかけたって反省してる。だって、俺も楽しみにしてたんだ。みんなと一緒に競技に参加して、バカやってんのが一番なんだろう。―――だから、ごめん」

 

「何言ってんのよ?」

 

 ぐい、と強引に、愚兄を振り向かせようとする吹寄。

 

「謝るんじゃないわよ。そこまでわかってるなら、そうすればいいでしょ。詩歌さんが心配なのはわかったわ。でも、きっと<警備員>が助ける。ちゃんと異常事態も想定してあたし達運営委員はマニュアルを組んでるんだから。上条が、わざわざ危険なところに行く必要はない。大体貴様はいつも不幸だとか文句言ってるじゃない」

 

「不幸じゃない。だけど、ここでいかなかったら不幸になる」

 

 愚兄は自動的に答える。

 

「バカ野郎がこれからバカをしに行くだけだ。だから、とっとと見捨てて―――」

 

 乾いた音が響いた。吹寄に平手打ちされたのだと、そう気付くのに3秒ほど時間を要した。痛覚神経が麻痺しているせいか、それとも。ただ、熱かった。

 

「見捨てろですって? 同じクラスメイトに見捨てろっていうのね? 貴様は―――」

 

 吹寄は興奮気味に、しかしそれでも感情を無理矢理に抑えつけるように声を低めて、言う。

 

「……上条の馬鹿さ加減が、ここまで手遅れだとは思わなかったわ」

 

「俺も自分でそう思う」

 

 愚兄は唯々諾々、頷く。

 

「本当に自分で自分をバカだって思」

 

 最後まで言い切ることはできなかった。手よりも口よりも速く。吹寄が思いっきり頭突きを愚兄にかましたからだ。当麻は背中から地面に仰向けに倒れ、『いてぇ』と呟いた。だけど本当は全く痛くはない。むしろ清々しくある。

 と、倒した愚兄を見下ろしながら、

 

「もう勝手にしなさい、上条当麻」

 

 淡々とした、本当に淡々とした口調で、吹寄はこちらを突き放す。

 

「あたしに貴様の行動は強制できないけどさ。やっぱり企画立てて準備を頑張ってきた身としては皆に楽しい思い出を共有したいと思ってしまうし、どんなにバカなクラスメイトでも一緒に競技に参加してバカやりたいって思ってたわ。

 ……わがままかもしれないけどさ」

 

「―――」

 

 愚兄は口を開いたが、しかし、去っていく。愚兄に背中を向ける吹寄に、何も言うことはできず、そして愚兄は立ち上がる。鏡はないが大きなたんこぶができてるだろう。相変わらず堅物運営委員の頑固さに比例した石頭だ。こんなバカでもクラスメイトだと言う彼女を想いながら、そう思う。結局彼女には、迷惑ばかりかけて、何も報いていない。

 

「お前のクラスメイトは中々根性の入った運営委員だな……で、良いのか、トウマ」

 

 空気を読まぬ、いや珍しく読んだ最大原石の超能力者は、その場に残った。

 

「なに、今日が終わっても<大覇星祭>はまだ5日もある。その間に、汚名返上すればいい。もちろん、利子付けてな」

 

「……へっ。やっぱ、おもしれーなトウマ! 流石、俺が『宿敵』と認めた男だ! 運営委員から根性を注入されたトウマと一般人よりも漲ってると自負のある俺の根性をぶつけ合いたいところだが―――しゃーねぇ、掴まれ!」

 

 むんず、とクレーンのような凄まじい握力で、ジャージの襟首を掴まえる削板。

 またも、いや展開的に一応の心の準備をしていた上条当麻であるが、そんな強引にもほどがある事態までは想定してなかった。

 

「いやいやいやいやちょっと待てちょっと待てちょっとまてちょっと!!! つか待って掴まってないから!!! この体勢はデンジャラス過ぎるぞおい!!! バックじゃないんだからその掴まえ方は危険さっきの二の舞に―――」

 

「すごいホーップ! ステップ! ジャーンプ!」

 

 ―――ウソだろォおおおお!

 そう絶叫する愚兄を連れて、白ジャージの<第七位(ナンバーセブン)>がその本人も何だか理解してない超人的パワーをフルに使って地面を蹴った。普段に増して根性と気合に満ちた大声が起こした衝撃波は周囲を包むと、その風圧で一瞬息ができなくなるほどだった。そして、赤青黄色のカラフルな煙幕を撒き散らしつつ一歩目で数十m、二歩目で数百m、三歩目で数千mを超える推進力は、さながらジェット機のテイクオフを彷彿させる加速であり、そしてそれにしがみつく愚兄はその生身で翼に張り付くのと同じ体験を味わうことになる。

 

 

 それを遠目で窺っていた原谷矢文は頬をひきつらせて、そっと手を合わせた。

 

「まあ、いくらあのバカでも途中で落っことして死なせはしないだろ。……多分」

 

 

第二学区

 

 

 そうして。

 ジェットコースターの次は、人間ジェット機で学園都市空の旅の最中に、知り合い――賢妹から送られてきたメールの写真に写っていた後輩を捉え、

 そして、それを教えられた削板が彼女が襲われる直前に勘づき、愚兄を人間ミサイルで投擲。

 

『サイクロントルネードスカイラブハリケーンカミカゼ特攻とツイン根性ミックスヘッドスライディングナンバーイマジンセブ(ン)ブレイクDX!!』

 

『技名長いし適当過ぎる!? というか、合体技のつもりだろうけどこれ絶対相方を犠牲にする自爆技だから考え直さなドゥアアアアアア』

 

 錐揉みに回転が加えられた空中殺法に半ば意識を飛ばしながらも、やけくそに右手を前に伸ばす。勇気百倍な菓子パンヒーローではないが、その必殺技ポーズにも似た姿勢は愚兄を一本の槍にし、液体金属の人形を木端微塵にゲンゴロしたのである。

 

 そして、そのまま勢いで屋上に直撃かと思われたが、それは空中を蹴って(曰く念動力の壁を足場にして)一瞬で回り込んだ第七位が、愚兄を間一髪回収した。

 愚兄にとって第七位は、命の恩人であるが、命の危機に陥ったのもブン投げた彼の責任なので、感謝すればいいか怒ればいいか、それは保留にして、と。

 

(アラアラアラあらぁ♡ 今も昔も変わらぬ常人の斜め上を行く不幸力は私でも予測し得ないわぁ。でもぉ、先輩と兄妹揃って、ピンチの時に文字通り飛んで駆けつけてくれたんだから――第七位にお姫様だっこされてたけど――今も昔も変わらず王子様だって思っても仕方ないわよねぇ)

 

 くしくし、と手櫛で髪を整えて、できれば手鏡で見ておきたいところだがその時間はないので我慢しよう。

 その間、ツンツン頭の少年は状況を見渡し、まずは御坂妹の傍らに屈んで、意識を失ったクローンの少女の顔を覗き込んでいたが、その右手を御坂妹の額に向けた。まるで風邪になったときに熱を測るような仕草だ。

 けれど、それだけで。

 パキン、と硬い物が砕けるような、甲高い音が発生した。

 熱に魘されていた顔が、少し楽に緩む。彼女と同じ顔をした<妹達>がひとりでも救われたのを見て、少しの安堵を得たけれど。

 ……だけど、まだ意識の回復は望めない。

 

「どうだ? 彼女は」

 

「ダメだ。御坂妹に外からよく分からない力が入り続けてるみたいで一瞬だけしか効果がない。触れて打ち消してもすぐ戻っちまう」

 

「じゃあどうすんだよ」

 

 ここで、御坂妹の手を握り締め続けていれば、彼女がネットワークの毒から遠ざけることはできる効果はあったろうが、ネットワークからひとりを救った(外した)ところでこの騒動が収まる気配は見せないだろうし。

 また、彼にはやることがある。

 

「はぁい♡」

 

「ん。お前は詩歌の……」

 

「ありがとぉ、お兄さん、助かったわぁ♡」

 

「宙ぶらりんになって泣かされていた後輩」

 

「なっ!?」

 

「何だろう、この懐かしげな親近感。安否確認のメールで『お仕置き完了』と題名で思いっきりいい笑顔の詩歌の横で泣かされていたのを見たけど、不幸だなぁ、お前」

 

「お、人間砲弾にされたお兄さんよりは全然マシよぉ。こういう同情力でポイントを稼ぎたくなかったわぁ」

 

 助けられておいて何であるが、その憐れなものを見る目はやめてほしい。

 とりあえず、先輩なりの折檻がアレで済んだと思えば気が楽であるが、彼に送られたという画像は早急に消去して、できれば彼の頭の中の記憶も忘却させてやりたい。もちろん、この後で、だ。

 

「それで、今、どうなってる。詩歌と御坂は? 御坂妹は大丈夫なのか? それにさっきの―――」

 

「ハイハイ♪ おバカなお兄さんと第七位に口で説明するのが面倒だから、現状に対する私の考察力を全部脳に書き込むわよぉ♪」

 

 

 

つづく


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