とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 救援

大覇星祭編 救援

 

 

 

ホテル

 

 

 

『―――木山先生、あの子達の様子を教えてもらえませんか? あとセキュリティのチェックもお願いします』

 

『―――結衣さん、そちらの様子は? 何か変わった事はありましたか? ―――ええ、はい。わかりました。それで陽菜さんもいないようですし、結衣さんが皆をまとめてきっちりと競技に参加させてください。泣き言は却下です』

 

『―――先生、後輩がひとり意識不明で……―――はい、いつものです。ありがとございます。それでそちらにいる<妹達>は……―――ええ、わかりました。あと、今から患者をそちらに……』

 

『―――あー君、今日は絶対に打ち止めさんから目を離さないように! ―――はい? ガキの世話は面倒だからお前がやれ、と……ふふふ、昨夜ベットに連れ込まれた~って黄泉川先生に言いますよ』

 

『―――名由他さん、『残骸』で襲ってきた―――の調査。ええ、おじいさまの様子を…………あと、――さんに…………』

 

 

 

上から着替準備をしながら、リレーでビリでバトンが渡されたアンカーが次々とごぼう抜きしていくかのような勢いで今までの後れを取り戻すかのようにほうほうへと状況確認及び指示嘆願を飛ばす声が聞こえる。

 

 

(なーんか今、お兄ちゃん的に聞き逃せない発言が聞こえませんでしたかねー)

 

 

ぐてっと壁に背をあずけて、床に腰を下ろしながら、上を見る。

 

ワンフロア上の会話に上条当麻は部屋に乗り込もうかと考えるも、そこで『今の話をお兄ちゃんに詳しく聞かせなさい』なんてお着替え中に入っちゃったら、ただでさえお目覚めであれだったのに本気でド変態シスコン残兄(ざんにい)だ、と踏み止まる。

 

愚兄の目的は、眠り妹を助ける事であって、セクハラする事ではないのだ。

 

 

(にしても、あの寮の管理人さん。俺が来るまでコイツら全員を相手にしてたのか)

 

 

詩歌の部屋のちょうど真下の二年生層の部屋には、気を失った黒服の男達がゴロゴロと。

 

先程上条当麻が相手していた門番と化した寮監が沈めた者達だ。

 

自分ももしこの右手がなかったら彼らと同じここに片付けられる末路をたどっていたのだろう。

 

そして、

 

 

「この子が、今まで詩歌を眠らせていた正体か」

 

 

詩歌が起きてからまずしたのは着替えではなく、当麻の尻拭い―――つまり、気絶した寮監を自分の部屋のベットに介抱。

 

その際、お前の師匠を倒しちゃったんですけどー、と別に自慢するわけではないが兄的な強さは頼もしいですよねみたいな感じの反応を期待したが返ってきたのは『全く、師匠にまで迷惑をかけるとはどうしようもない兄です』と呆れられた。

 

で、寮監からカードキーを抜き取るとそれまでずっと当麻と手を繋ぎながら、この部屋へとやってきて、そして、黒服たち及び詩歌を監視し続け、今、隣で気を失っている白金の髪を持つ常盤台中学の体操服を着た―――他校の高校生を見つけた。

 

彼女の名は真浄アリサ、上条詩歌の一つ上の先輩で元常盤台中学生で現霧ヶ丘女学院の学生。

 

その力は<氷結青眼(ブルーアイズ)>―――珍しい<原石>で、透視遠視暗視が可能で、見た者の精神を凍結させるもの。

 

一視封殺の力は、詩歌を封じ込めるには大変有効で、何度か<幻想投影>で干渉を試みたそうだが、基本位置で視線が詩歌に固定されていたため動けず、

 

またその力で寮監が敵対者を相手するのを敵機監視と行動阻害の面でサポートした。

 

もちろん、当麻がここに来てから詩歌を封じながらも、視線を送っていたのだそうだ。

 

だが、<幻想殺し>をもつ上条当麻には通用しなかったようで、詩歌も当麻とその右手と繋ぐことで精神凍結を回避し、眼の力は強力だが基本的な運動能力は高校女子と大差なく格闘技の心得もない彼女は、とん、と詩歌が首に手刀を打ち昏倒させ、その眼を閉ざした。

 

 

『洗脳されてましたね。霧ヶ丘女学院の生徒ですが、常盤台中学のOB、体操服等変装できる道具は持っていますから、都合のいい足止め役です。それにこの部屋の主であるあの悪戯後輩の力なら、生徒管理をしていた師匠でさえも支配下においていたんですから誰にも怪しまれずにアリサ先輩をこの部屋に連れ込む事ができるでしょうね』

 

 

<氷結青眼>が上条詩歌を封じ込めるに適切だと知り、常盤台生と教員を操れる。

 

その人物は、この常盤台中学でも一人しかいない。

 

そして、その者の意図は――――

 

 

「当麻さん」

 

 

着替え準備が終わり、ジャージにウエストポーチを装着した詩歌が箱を片手に上の階から階段を下りてくる。

 

どこかご機嫌な微笑みで。

 

見る限り、体調面は問題ない、むしろ、今まで寝ていたおかげで心身ともに回復している。

 

 

「その様子を見ると、大丈夫なようだな」

 

 

「ええ、当麻さんのとても素敵な起こし方のおかげです」

 

 

「―――その件につきましては事故ですので、誰にも言わないでほしいでせう……特に御坂とか、インデックスとか、吹寄とか、姫神とか」

 

 

実の妹に座礼し、嘆願。

 

長坐体前屈のように両手を伸ばして、べったりと床に張りつくように。

 

これを異端尋問で出されたら、今度こそ罰ゲーム。

 

超電磁砲ノックとか頭蓋骨圧搾ガブリとか紐なしバンジーとか超高校級の絶望が待っている。

 

情けないかもしれないが、犯人決定すれば情け容赦なしに命の危機だ―――そんな実の兄の土下座に、ますます父さんと似てきましたね、と詩歌は思う。

 

 

「別に怒ってませんし、言いませんし、分かってますよ、ちゃんと。お兄ちゃんがどれだけ頑張ってくれたか……どれほど迷惑をかけたか、ちゃんと分かってます」

 

 

顔をあげても、座礼し続ける愚兄の背中を、詩歌は見る。

 

当麻の体に打ち込まれた数々の痕跡を。

 

当麻の前にしゃがみ、その手に持つ箱――いつもの携帯用とは違う救急箱を開く。

 

幼いころからずっと、よく不幸に巻き込まれる当麻の怪我を看てきたし、夏休みは100以上もガス欠になった後の面倒も見てきた。

 

 

「気にすんな。詩歌の師匠に少し派手に稽古をつけてもらっただけだ。詩歌のせいじゃない」

 

 

「まったく……当麻さんは本当に無茶ばかり。頼りになり過ぎです! もう! 一か八かでメッセージを残しましたがこんなにも応えてくれるなんて。でも、いくらお兄ちゃんだからって、もっと自分の体を大切に―――ちょっ、いきなり」

 

 

ぽん、と詩歌の頭に手を置く。

 

当麻の治療中で手の離せない詩歌は、くすぐったいのでやめてください、と頭をふりふり抵抗するも、愚兄の右手は離れず、なでなで。

 

 

「俺は嬉しかったぞ」

 

 

「何が、ですか?」

 

 

「詩歌が俺を必要としてくれてさ」

 

 

次々と処置していく昨日の件でできた傷が開いたも含めて沢山の怪我を詩歌の細い指が触れてゆく。

 

そのひとつひとつの不幸の痕を、当麻は、すこしだけ誇りに思える。

 

冷静になれば、寮監を相手するのにもっと他の方法があったのかもしれないが、当麻は自分の手でやりたかった。

 

 

「俺が不幸になるより詩歌が不幸になる方がイヤなんだ。お前をもし助けられなかったら、俺の中で、上条当麻って男が死ぬほど不幸なんだよ」

 

 

きっと昨日の詩歌が喧嘩を仕掛けてきたのと同じような理由で、もしも自分の知らない所で死んでしまうような悪夢を見るくらいなら、愚兄は一生眠りたくない。

 

 

「だから、俺はどんなに不幸になっても、お前を幸せにしてみせる」

 

 

これ以上切々としていたら、どうしようもなく恥ずかしくなってくるので誤魔化すように、

 

 

「……それにご褒美に久々に詩歌の寝顔も見れたしな。ま、出来の悪い残兄は最後の最後でドジって王子様のように眠り姫を起こせなかったけど」

 

 

当麻は別にからかう意図でその発言をしたわけではない。

 

ただ心配はいらないと伝わるように。

 

だが詩歌は、何が何のスイッチに触れたのか、ぼぼぼぼ、と撫でる度に頬を真っ赤に染めていく。

 

相対して真っ正面で、顔を隠すことも忘れて頭がフリーズした(それでも手だけはしっかりと動いている)詩歌は、再起動を果たすと同時にぷいっと顔を背けた。

 

 

「……だからって、こんな子供扱いしないでください」

 

 

珍しく年相応な、こちらと視線を合わせようとしない、その反感に当麻は控えめに笑みを零す。

 

そんな恥ずかしがることでもねーのに……と思いながらも、言葉だけでなく、恥ずかしそうに縮こまった賢妹の姿が、当麻には妙に可愛く思えた。

 

 

「無理だな」

 

 

頭から伝うように頬に手を添えて自分と視線を合わさせる。

 

 

「可愛いパジャマ姿を見ちまったせいで再確認しちまったからな」

 

 

そんな悪戯心を起こしてしまうほどに。

 

果たして詩歌は、ぴょんと跳ねるような勢いで派手に体を震わせた。

 

頬を撫でるように垂れる長い髪に滑り込ませた右手の甲がくすぐられるのに、髪の毛一本までも震えるくらいに動揺しているのを覚り、また右手の掌から伝わるぬくもりの温度が徐々に高くなるの感じる。

 

 

「俺の妹が世界一可愛いってな」

 

 

きっと大人が何だか無性に酒を飲みたくなるようなものだろうと。

 

そんな感じで詩歌が恥ずかしがるのが見たくなったわけで。

 

偶にはこっちがからかうのも、愚兄は許す事にする。

 

かぁぁっっ……! と詩歌は耳まで赤く染めて、俯き、か細い声で、

 

 

 

「お兄ちゃんの、馬鹿」

 

 

 

治療の最後に。

 

その手を頬に添えると、ごく自然に、重力に引かれるように、詩歌の顔が当麻のそれと重なった。

 

霞に覆われた意識で、熱に浮かれた表情の賢妹の唇が、愚兄の額にキスをしていた。

 

夢見るように瞼を閉じ、チュッと小鳥がさえずるような音を鳴らす。

 

 

「起こしてくれたご褒美です、残念な王子様」

 

 

予想外の逆襲に、当麻は呆然とするしかなかった。

 

 

「……これに懲りたらもう、からかわないでください」

 

 

どうやら妹をからかうのは危険だな、と当麻は思った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

膏薬がきちんと浸透するまで動かないように、と時間設定してある掌サイズの競技用ストップウォッチを握らせられて、ついでに部屋に常備していた特製のスポーツドリンクを手渡す。

 

まるで弟が悪戯しないか心配しているお姉さんのようだ。

 

 

『では、あまりゆっくりしていられないようなので』

 

 

時間は10分だけれど、詩歌はそれが待てないほど緊急に動かなければならない。

 

詩歌は<調色板>のヘッドフォンを装着し、<空間移動>でホテルから消えた。

 

そういうわけで、“一先ず”休憩して体を休めていると電話の着信音が鳴り響いた。

 

 

『上条! 今、アンタどこに居んのよ!』

 

 

ああ、吹寄さんが怒ってらっしゃる、と分かるくらいに電話口から飛ばされる声は荒々しい。

 

 

「え、えと、ちょっと室内で休憩をですね」

 

 

『競技を堂々とサボってる奴がお疲れとはいい度胸ね。疲労回復に効果あるアミノ酸を投与してあげましょうか?』

 

 

「いや、そんな怪しげな通販グッズよりも、詩歌お手製のドリンクがあるから」

 

 

『怪しいってなによ! ちゃんと効果はテレビで実証………って、ドリンク? まさか上条、詩歌さんのトコにいるんじゃないでしょうね?』

 

 

おっと口を滑らせてしまった。

 

声の剣呑度がどんどん上昇していく。

 

 

「違いますよー、吹寄さん。当麻さんは只今絶賛迷子中で、それから、頭がぐらぐら~って熱中症な感じで」

 

 

『え、そうなの? それだったら大変ね。救急車を―――いえ、今すぐ迎えに行ってあげるから現在地を携帯のGPSコードを送りなさい』

 

 

おっとまたしまった。

 

吹寄は、意外と、というか、結構心配性だった。

 

これで常盤台中学が宿泊しているホテルにいると分かったら、学級裁判間違いなしの弾丸論破。

 

仕方ない。

 

最終手段で、

 

 

「おおー、指が滑って操作ミスしてしまったー」

 

 

ぽち、と通話を切る。

 

これ以上のボロを出さないように、ボロボロな演技………後が怖い。

 

姫神が上手くフォローしてくれることを祈ろう。

 

 

「あー、でも、インデックスを一日中放置する事になるし、きっと明日は地獄だなー」

 

 

「そうか。君は学校に戻る気はないのか」

 

 

隣で発せられた声に、当麻はコクリと頷く。

 

 

「まあ……ちっと休めば、動けるくらいに体力を回復しますから」

 

 

「呆れる回復力だな。よほどその体に練り込まれているらしい」

 

 

「そりゃあウチの妹に夏休み中何度も叩き潰されて……―――って」

 

 

びくーん! と全身を硬直。

 

そのまま器用に跳び上がってから、当麻は真横90度回転しつつ叫んだ。

 

 

「うおっ!? だ、だだだだだだれえいいいつつついついっつ!?!?」

 

 

誰だ! いつの間に! ―――と鋭く誰何するつもりだったが口から出たのは奇妙な連続音だけ。

 

そんな愚兄を至近距離からほぼ無表情に――少しだけ肩を落として呆れ気味に――見下ろすシルエットは、間違いなく。

 

つい先ほど直接思い知らされた、最高クラスの技量をもつ達人のもの。

 

 

「りょ……りょりょ寮の管理人のお姉さん!?」

 

 

「……すまない。あまり、脅かすつもりはなかったのだが、通話中なので静かに歩み寄らせてもらった。確か、詩歌の兄だったな」

 

 

「い、いえいえこちらもいつも妹がお世話になっていますぅ!!」

 

 

最初の方向転換ですでに両手は平に床につけられていて、頭を下げればそれが土下座フォーム。

 

その無駄のない鮮やかなお手並みは、一体どれほどの回数を繰り返してきたのか計り知れないほどの習練度。

 

まず小難しい言い訳をして回避しようとする賢い生徒を相手にしてきた寮監の過去、お嬢様学校の生徒では見られないものであり、挨拶をしたら土下座が返ってくるという初めての貴重な体験に少々困惑。

 

先程の覇気は何処に行った?

 

あの時、対峙したこの少年には、自分を圧倒するほどの覇気があったのだが、今はそれが欠片も感じられない。

 

まあ、根は善良なのだろう。

 

 

「安心して言い。大体の状況は掴めている」

 

 

と、寮監は視線を動かし、黒服たちが押し込められた部屋を示す。

 

 

「それに君は保護者で、他校の生徒だ。私は他校の生徒にまで積極的に校則違反を取り締まるつもりはない」

 

 

「は、はい」

 

 

伝聞で、相当厳格な人だと聴いていたが、案外話の分かる人なのか。

 

 

「だから、少し昔話をしよう」

 

 

これは詩歌が入学当初の話だが、当時の我が校の生徒会長は……言葉を選ぶのなら、少し、上流思考と選民思想が強い生徒だった。

 

最大派閥を率いていたが、今とは違い、他と比べても勢力差は大したことはなく、二番目の派閥とはほぼ互角。

 

それで彼女は、生徒会長としての権限を使い、強引に人員を引き入れようとした。

 

教員らも、世界で自立して活躍人材教育にはそのような経験もまた糧になると考えており、余程の逸脱したものでなければ、見逃す―――生徒会長はそのラインを見るのが上手かった。

 

不良達のと比べて派手さはないだろうが、陰鬱で冷たい少女達の裏の抗争。

 

―――だが、それはとある新入生(ダークホース)の介入により、解体された。

 

我の強かった最上級生を、説き伏せた。

 

教師がしなかった事を、出来なかった事をやってのけた。

 

そして、それはその翌年に入ってきた2人のLevel5の手綱を握って見せたことから、まぐれではないと証明されている。

 

上条詩歌以上に、問題児を御せる人間はいない。

 

 

「詳しい経緯までは把握していないが、詩歌が動いた」

 

 

だから、これ以上無理に他校の問題に首を突っ込まなくても良い―――と言うより早く、

 

 

「だったら、俺も動きます」

 

 

アラームが、目覚めを告げてピピッピピッと、軽い電子音を鳴らす。

 

 

「詩歌は俺なんかよりもずっと優秀で凄い奴なのは分かってます。組手でも勝てた事がないし、勉強もいつも教えてもらってる。――――それでも、俺はアイツのお兄ちゃんだ」

 

 

 

 

 

 

 

少年は立つ。

 

そのまま寮監に後始末をお願いすると、エレベータへと乗り込む。

 

それを見送りながら、寮監は言い忘れていた事を口にする。

 

 

「ここ最近は手合わせていないがな。……詩歌は私から一本取った事はないぞ」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「………はい、よろしくお願いします」

 

 

半袖のセーラー服に頭いっぱいの造花という『歩く花瓶』と言われそうな格好の少女、初春飾利。

 

学園都市の治安を守る(と言っても主な活動範囲は『学校内の治安を取り締まること』だが)<風紀委員>に所属している中学一年生で、今日も<大覇星祭>のパトロールに精を出している。

 

 

「大丈夫ですよ、もうすぐお父さんが来てくれます」

 

 

通話を切るとセーラー服のスカートの端を握る初春よりももっと幼い男の子へそう告げる。

 

<大覇星祭>期間中の迷子の対応は<風紀委員>の仕事。

 

子供はこちらがどれだけ優しい言葉を尽くそうとも、本能で嫌悪感や警戒心を抱かれたら話など聞いてくれない。

 

大人は“考えて”から行動するが、子供は“感じて”から行動する。

 

体育教師は子供達に威圧感を与えてくる畏怖の対象で、その上、訓練された<警備員>は大の大人が見ても怯えるぐらいに屈強だ。

 

そんなプロの大人よりも、年齢が近い<風紀委員>の方が迷子の子達も受け入られやすく、無駄に怖がらせなくても良く、テロ等危険な仕事に<警備員>を集中させられる。

 

世界中から集まる祭典での人混みの中で、大勢の観光客を管理するのは大変で迷子の親御さんたちを捜すのは普通なら難しいが、<大覇星祭>で学園都市の来場者にはGPS機能が付いた入場証が配布され、彼らの位置情報を本部で検索できる。

 

だから、保護者から連絡を受ければ、その迷子の現在地を特定し、動き回らないように近くの<風紀委員>が保護し、余計な二次災害を起こさぬように保護者が来るまで一緒に待っていれば、

 

 

「―――パパだ! パパぁーーー!」

 

 

迷子の男の子が父親の姿を見つけて、大きく手を振る。

 

第177支部のエースとも言えるアプローチの幅が広く戦力になりえる空間移動系能力者の白井黒子のパートナーである初春は情報処理で基本デスクワークが多く、こうして直に自分で助けて人の笑顔が見れるのは滅多になく、実感に頬をほころばせる。

 

 

「どうもありがとうございます。このお礼は」

 

 

「いえ、これが私の仕事ですから」

 

 

例え頼りなくても<風紀委員>に自分から志願した彼女にとって、この笑顔が何よりの報酬なのだと、そう張り切ってパトロールを再開しようとした時、声をかけられる。

 

 

「初春ちゃんっ!」

 

 

「美鈴さん」

 

 

振り返ると、そこに初春に手を振るワイシャツに薄手のスラックスを穿いた、自然と人目を引く美人な女子大生ぐらいの女の人。

 

まるで同年代の友達と接するかのような親しみやすさで友好的に笑みを浮かべて、

 

 

「あのさ。美琴ちゃん知らない? あの子、捜してるんだけどなかなか見つからなくて。ほら、常盤台って競技中は全員携帯を係の子に預けてるから連絡もつかないし」

 

 

「えっ、と……迷子ですか?」

 

 

「いやー昨日のことでからかい過ぎて逃げ回っちゃってんのかなーって。だから、初春ちゃん達のトコにいるかと思ったんだけど」

 

 

………あれ? と初春は首を捻る。

 

おかしい、何か大事なことを忘れているような気がする。

 

まるで大事な約束をすっぽかして遊んでいるかのような、何かを裏切っているかのような罪悪感。

 

ジリジリと花飾りの頭の裏が焼けるような感覚。

 

何だろう? と初春は今朝、“初めて”常盤台の<超電磁砲>を思い出し、『何故、<超電磁砲>御坂美琴の母親である御坂美鈴と知り合っているのだろうか?』と疑問に思う。

 

初春は本部に連絡しようと開いた携帯を―――その登録帳を調べて、見つけた。

 

 

あるはずのない『御坂美琴』の連絡先が。

 

 

 

 

 

 

 

学園都市内の観光客を管理する<大覇星祭>に配布される来場者用の入場証システム。

 

とても便利で、これがあるおかげで初めて学園都市に来た人も迷子にならなくて済む。

 

 

「デモデモ、そのシステムをハッキングすれば特定の来場者を見つけるのも容易いんですよー―――御坂美琴ちゃんのおかーさんっ!」

 

 

ローブで正体を隠す少女。

 

彼女の前には標的の、御坂美琴の母親――それに、友人。

 

 

 

「……人質は一人で良いかと思ってたけど、もう一人くらいいた方が安心かなっ♡」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

―――逃げられた。

 

 

婚后光子を昏倒させ、巨大な戦闘機体をけしかけようとした男の拠点は突き止めたが、既にそこはもぬけの殻。

 

<心理掌握>であるなら、あの救急隊員達と同様に記憶等が改竄され、男を捕まえても大した情報を引き出すことができないだろうが、拠点にしていた車――そこには大量の電子機器が操作できるように改造されていたようだが、それならば電子操作系能力者のハッキングで消去したものでさえも発掘できた。

 

だが、こちらがシステムを乗っ取る前に尻尾を掴ませるような情報は残さないように処理をされており、またあんなロボットを扱っていた時点で単なる素人ではなく――暗部、この学園都市の裏にいる住人。

 

<風紀委員>よりも実戦的で、<警備員>よりも装備が充実している連中が相手であるなら、そうそううまくは事が運ばない。

 

せめて、調べられそうなのは敵のアジト。

 

この改造された大型車両は大通りしか通れず、そして今は<大覇星祭>期間中であることから交通も制限され、移動経路は限定されている。

 

監視カメラの映像を辿っていけばアジトを割り出せるだろうが、

 

 

(要所要所でカメラの確認したら時間がかかり過ぎる。これじゃ、アジトに着く前にトンズラされる可能性が高い)

 

 

しかし、やるしかない。

 

今はそれしか道が分からない。

 

御坂美琴は走りだそうと、した時、ポケットが、ポケットに入れたゲコ太フォルムの携帯電話が着信。

 

そして、そこに映し出された名前は、

 

 

『―――もしもし、上条詩歌です。美琴さんですか?』

 

 

 

 

 

裏路地

 

 

 

「うぐ……」

 

 

人の目を避け、体で隠され後ろ手に掴まれながらも、査楽は歩く。

 

 

「あそこにアイツが来るのかい?」

 

 

ゴキリ、と空間移動防止の刺激の意味も込めて更に捻り上げながら鬼塚陽菜が問う。

 

 

「あ、ああ、そうだ」

 

 

「ふぅん……」

 

 

『依頼主』の名を告げた途端、彼女の表情が変わった。

 

何かある、と査楽は察した。

 

そして、利用する、と。

 

今回の仕事は<メンバー>にとってイレギュラーなもので、学園都市統括理事会からの特命ではなく、そして『博士』が背信行為の可能性がある疑念を抱いている。

 

今はまだその裏取りしている段階だが、こうなったらいっそこの怪物とぶつけさせてやる。

 

そうすれば、裏切り者に制裁を下し、相打ちになれば怪物も。

 

 

その様子を監視用に設置されたカメラのレンズが映し出していた。

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや。これは面倒な客を連れて来てくれましたね、査楽君」

 

 

送られた映像を見て、男は嘆息する。

 

 

 

 

 

病院

 

 

 

「ああ~! 競技中にそんなことがあったなんて~!」

 

 

「御坂さんがぷんぷん怒って脱走したの」

 

 

「違います。証言からして我が校を襲撃した暴漢を追って行ったんでしょう」

 

 

「zzz……」

 

 

「はぅ、暴漢なんて怖いですぅ~。でも、御坂さんを捕まえるのはそれ以上に怖いですぅ~」

 

 

「ん~。今日は<大覇星祭>だから人が多いせいで雑音が強過ぎる。競技をサボる訳にもいかないから人数も割けないし。これじゃあ見つけるだけでも一苦労だ」

 

 

「御坂先輩が消息を絶ち、姫も昨夜から不明、先生も体調不良で寝込んでおられる。挙句の果てに、あの鬼までも……一体、何が起きているんだ」

 

 

向こうで常盤台中学の女子生徒らが困ったように御坂美琴の消息について話し合っている。

 

彼女達は、『女王(クイーン)』と呼ばれる記憶を操れるLevel5の精神系能力者の『派閥』に属するもの達で、教師からもう1人のLevel5である常盤台の超電磁砲――今日“初めて”顔を見た御坂美琴を任されていたのだそうだが、先程の婚后光子が運ばれた際に……

 

 

 

『私を殺してでも止める覚悟がないならどいて』

 

 

 

Level5の本気。

 

自分以上の能力者が何人いようがあの時の彼女は止めらなかっただろう。

 

それほどまでに断固たる<自分だけの現実>――己の意思を持っていた。

 

でも、あの時の彼女の顔はとても揺らいでいた。

 

 

(何で今日あたし達に声をかけてきた時、あんな顔……)

 

 

佐天は―――どうしてもその顔を忘れられない。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

話を聴いていた湾内が一礼して部屋を出る。

 

 

「婚后さんの容態は……」

 

 

「お医者様が仰るには幸い傷跡の残るような外傷はないそうです」

 

 

ナノデバイスに関しても、サンプルも手に入り、専門の機関から連絡が入ったそうだ。

 

ほっ、と泡浮は胸を撫で下ろす。

 

一先ずこれで安心だ。

 

それでそのサンプルを手に入れた鬼塚先輩はこちらに蠅型ナノデバイスを渡したらどこかへ行っちゃったし、あと何かできるとしたら……

 

 

みゃあ、と腕の中の黒猫が鳴く。

 

 

その目線の先には、新たに病院へと入ってきた、

 

 

 

「え、詩歌先輩―――」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「初春ちゃんッ!!」

 

 

背後から銀色の触手が飛び出す。

 

 

「―――っ!」

 

 

「美鈴さんっ!」

 

 

横合いから出た美鈴の手に、初春が突き飛ばされた。

 

咄嗟にそれ以上の回避ができなかったか、美鈴の細い腰を触手が捕えるのを、初春は確かに見た。

 

 

「く……っ!」

 

 

転んで地面に身体を打ち付け、それでもすぐに立ち上がろうとした瞬間、すでに銀色の触手は初春に伸びて、

 

 

「はーい、あなたもおねーさんに捕まって頂戴ねー―――「っさせるか!」」

 

 

雷撃の槍が銀の触手を打ち払う。

 

その衝突の衝撃で、初春の体も吹っ飛ぶも、後ろから倒れる前に背中を支えられる。

 

 

(え、御坂、さん……!?)

 

 

「オォー!? まさか近くにいたなんてー! ―――けど、おかーさんは捕まえちゃったし」

 

 

右手にナイフを、左手に乗馬用に使うような鞭をもつフード姿の少女、その近くに金属光沢を放つ銀色の触手に捕えられ、気を失っている美鈴。

 

初春はそこでようやくここに彼女達以外に、人気がない事に気づく。

 

すぐに応援を呼ぼうと携帯を、

 

 

「オーッと、仲間を呼ぶのは勘弁してくれないかなっ? じゃないとおかーさんが大変な目に遭っちゃうよ」

 

 

うふふっ、と超能力者を前にしても少女は己の優位に笑い、

 

 

「……ママに少しでも手を出したら、絶対に許さないわよ」

 

 

「ゾゾッ! いきなり戦闘モード!? でもぉ、Level5の第三位も、これじゃあ電撃を放てばおかーさんも感電しちゃうわよねっ! 流石の美琴ちゃんもこれじゃあ無理っしょ? だから、大人しく言う事きいてくれないかな?」

 

 

盾にするように美鈴の背後に回る。

 

触手は美鈴に絡みつくように巻きついているので、もし先のように電撃で弾こうとすれば、美鈴もまた電流が伝わり―――最悪、感電死。

 

 

「ハッタリだと思わない方が良いよ? 私は舐められたらカッときちゃう最近のキレやすい若者だから―――それにほら? その子に聞かせたくない話じゃないかしら?」

 

 

そう言って、背後からナイフを美鈴の首筋に当てる。

 

民間人の救助は<風紀委員>の仕事だ。

 

だけど、初春に人質にされている美鈴を助けられるような力はなく、荒事にも向いてない、応援を呼ぶのも封じられたとなれば。

 

 

「初春さん、ごめんね。アイツ、私に用があるみたいなの。下がっててくれる」

 

 

御坂美琴は自分の携帯を地面に置くと初春飾利を後ろへ下がらせる

 

ここで立ち退きたくない。

 

けれどこの場で解決できる力がないなら、無駄に刺激するような真似はせず、大人しく従っていた方がマシだ。

 

<風紀委員>なのに無力。

 

あの時、美鈴ではなく自分が捕まるべきだったのに、だから余計に悔しくて。

 

それを彼女は分かっているから、申し訳なさそうに、初春にお願いする。

 

 

「わかりました……」

 

 

本来ならここで<風紀委員>の腕章を置きたいところだけど、代わりに襲撃者の指示通りに初春の携帯を地面に置く、と―――

 

 

「!」

 

 

「大丈夫。ちょっと話をするだけだから」

 

 

そして、話が聞こえない、襲撃者の視界から見える位置にまでさがる。

 

これが今の初春にできる最善。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「え? 詩歌先輩、寝てたんじゃ?」

 

 

「ゆっくりと休ませてもらったおかげでもう大丈夫です」

 

 

「あ、あのそれで今、御坂さんが……」

 

 

「競技の方もあって……」

 

 

「それも分かってます。私が御坂さんを捜しますから、皆さんは競技の方に集中してください」

 

 

「はい!」

 

 

普通に、異常。

 

彼女の指示に全員に不満が全く感じられない。

 

一癖も、二癖もあり、プライドも高いはずのお嬢様達が派閥の長でも教師でもないのに揃いも揃って受け入れている。

 

あれほど慌てていた彼女達がもう安心していて、知っている人間がいれば違和感がバリバリだ。

 

ただそこに普通にいるだけで、人を安堵させる異様な安心感。

 

 

 

 

 

 

 

湾内と泡浮に紹介された猫耳にみえるフードを被る少女。

 

動物と会話できる能力者。

 

 

「いいえ。アタシの能力は正確にはクオリアを断片的に受信する性質のものですね」

 

 

意思疎通ができるものではなく、動物が五感で感じたものを情報で汲み取る。

 

だから、動物が見て理解できないものでも、その映像をそのまま見れる。

 

昨日のお昼ごろのこの黒猫が見たものを彼女は拾えるのだ。

 

 

 

『場所は、工事現場か資材置き場に倒れてる女の人』

 

『傍らに背の高い男の人と、女の人っぽい人影が会話している』

 

『『どういう形であれ、あちらの先手が取れる』『今は構っている余裕は』『『Auribus oculi fideliores sunt』はどうなっている?』』

 

 

 

黒猫から拾った情報――『Auribus oculi fideliores sunt』

 

ラテン語で『見ることは聞くより信じるに値する』、つまりは、『百閒は一見にしかず』と同じ。

 

黒猫が気が動転しているためこれ以上の情報を汲み取るのは難しく、これでお終い。

 

一体何の意味があったのは自分達には分からないけど、御坂美琴なら、そして、

 

 

「詩歌先輩、なにか分かりましたか」

 

 

「……いえ、ありがとうございます。良く頑張ってくれました。それに湾内さんも泡浮さんもご苦労様です。後は私に任せて、あなた達は婚后さんについててあげなさい」

 

 

「はい。本来なら婚后さんが直接お伝えするのが筋ですが……」

 

 

「ええ、それも私に任せなさい」

 

 

ぽん、と肩に手を置きながら微笑みかけると、湾内は詩歌に一礼してその場を去る。

 

 

「えっと、詩歌さん」

 

 

<読心能力《サイコメトリー》>の子と湾内と泡浮達がいなくなってから、佐天もおそるおそる、

 

 

「あたし、この後競技もありませんし、何か手伝う事が―――「ない」」

 

 

佐天は息を止める。

 

その眼は笑っておらず、今まで見たこともないような冷やかな、視線。

 

 

「で、でも、あたし、御坂美琴さんの知り合いかもしれないんです。ほら、常盤台には記憶を操る能力者がいますよね?」

 

 

「だったら、そのまま見たことも聞いたことも全て忘れて帰れ。こっちはお守をしてやるほど余裕じゃない」

 

 

「できません! 全部忘れたままなんてッ!」

 

 

湧き起こった反感には、何の理由も脈絡もなかった。

 

 

「だって、忘れられるなんて悲しいじゃないですか。詩歌さんはあたしや皆に忘れられて赤の他人扱いされても平気なんですか! あたしは嫌です!」

 

 

ムキになりながら、精一杯の怒鳴り声で佐天が噛みつくと、彼女はさも面倒だと言わんばかりに口をへの字に曲げた。

 

 

「そうだな。私にも忘れられぬ相手がいる」

 

 

そう溜息と共に吐き捨てた彼女の言葉は、なのに、どういうわけか呆れでも咎めるでもなく、むしろ静かに諭すかのような口調に聞こえた。

 

 

 

「だが、ここが貴様の命の賭けどころじゃない。せめてそういう台詞は自分で自分の命を守れるようになってから言え。狙われてることも気づかん馬鹿者が」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「ヨシヨシ、こっちの紹介はいらないよね? ウチらの『別荘』をいくつも襲撃して情報ぶっこ抜いてくれたんだしー」

 

 

「別荘? 襲撃? 何の話?」

 

 

突然、何なのか?

 

まさか、この場を煙に巻くための作り話ではないだろう。

 

……何かの謎かけ、とかじゃないわよね。

 

戸惑う美琴だが、とりあえず向こうは美琴を知っていて、向こうのカードが何なのかを把握するまでは下手に切り込むわけにもいかない。

 

相手の目論見が不明な以上、ここは受け流すのが無難。

 

反応を最小限に抑え、平静を装うところ。

 

 

「ノンノン。とぼけても無駄よん。こっちのこと嗅ぎ回ってんだから私が何を訊きたいか分かるでしょ? <妹達>と呼ばれる美琴ちゃんのクローン、一体どこに隠してるのかなっ?」

 

 

けれど、向こうも交渉に場慣れしている巧者であり、美琴が絶対に話を聴き入ってしまう<妹達>について、ペースを変えることなく、淡々と言葉を続ける。

 

 

「『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画に第3位が妨害介入したことはすでに調査済み。計画破綻後、<妹達>は世界中の学園都市協力機関で体内調整されているけど、当然この学園都市内でも治療を受けている個体はいるよねっ。けど、そのクローンが学園都市のどこに匿われているのかは不明」

 

 

美琴は、身じろぎもしない。

 

彼女がどういう人間なのか、今の現状がどれだけ切迫しているものなのか、分かっているからだ

 

こちらを気にせず、彼女は淡々と総括。

 

 

「教えてくれない? 暗部の情報網をフル回転させてんのに<妹達>を探ると必ず途中で手掛かりが切れちゃってヤになっちゃう。こんなの普通にセキュリティに特化した組織じゃないよね?」

 

 

会話が一段落し、横目でこちらを窺い、クスッと笑った。

 

美琴の表情が、あまりに強張っていたからだろう。

 

<妹達>について、全容までは知らないが、匿われている場所は知っている。

 

あのカエル顔の医者のいる病院に、RFOと呼ばれる教育施設。

 

しかし、たったそれだけでも貴重なもので、何故ならそれはカエル顔の医者と上条詩歌が隠し、この話を聞く限りでは、一度も、欠片も、裏世界には出回っていない情報なのだ。

 

あのカエル顔の医者がどんな人物かまでは知らないが、その権力を全力で行使した賜物であることは確かで、何故そこまで細心の注意を払うのか、理由は言うまでもない。

 

裏世界は弱肉強食。

 

あらゆる所に魔の手あり、ほんの小さな手掛かりでも、本筋を辿られる可能性はある。

 

一度でも彼女のような相手に存在を確認されれば、<妹達>の平穏は終わり

 

残骸事件でも、怪しまれただけで、襲撃を仕掛けてくる。

 

だから、美琴は自分がどうすべきか分かっている。

 

悩む必要もなく、考えるまでもなく、分かり切っていた。

 

 

「アンタ達が何者か知らないけど、私の友達に襲う奴らに教えることなんか何もない」

 

 

恩人の努力を無にするのも論外で、検討するのも論外。

 

拒絶の意を籠めて睨み据えられても、少女は笑みを消さず、逆に不思議そうに言う。

 

 

「アリャリャ、今更そんなこと言っちゃう? 私に言わせればこんな街でノウノウと暮らしていられる美琴ちゃんの方がよっぽど異常だけど」

 

 

美琴を茶化すように、彼女は軽い調子で続ける。

 

 

「だってホラ、今まで色々と見てきたでしょ? Level6を生み出すために行われてきた非人道的な『実験』。<置き去り>を使った人体実験。交渉人(ネゴシエイター)を使ったDNAの詐取」

 

 

それらの行為はたかだか一企業一組織によって行われるものではなく、元を辿れば確実にこの学園都市のトップへと続いている。

 

そう、この街そのものが巨大な実験場で、学生達は実験動物なのだ。

 

 

「それを美琴ちゃんが知らないとは言わせない」

 

 

この世の中には至る所に落とし穴があって、浅い穴なら躓く程度で済むだろうが、中には、何処までも深くて暗い穴がある。

 

一度落ちたらもうおしまい。

 

そういう穴がある。

 

そういう穴だらけなのだこの学園都市は。

 

 

「なのに現実に目を逸らして曖昧に日々を過ごしている」

 

 

少女の口が違う笑いの形が歪んだ。

 

少女らしい陽気さに、狡猾な邪悪さを含んでいたものが、純粋に軽蔑、失望、美琴を責め立てるものに。

 

 

 

 

 

「本当に知ってるくせに、よく平然としていられるものね」

 

 

 

 

 

しばし、会話が止まる。

 

不意に訪れた空白。

 

嫌な静寂。

 

少女は美琴の答えを待ち、美琴は何も答えない。

 

話の内容が分からないからではない。

 

彼女が本気だと、分かったからではない。

 

その言葉が、何の抵抗もなくこちらの意識に滑り込んできたからだ。

 

それは多分、自分の意思のせい。

 

御坂美琴自身が、彼女の言葉を是と受け入れてる。

 

そんな美琴に少女は同意してると解釈し薄ら笑い。

 

 

「私だって……っ」

 

 

美琴は一瞬頭に血が上りかけたが、どうにか堪え、彼女から視線を外し、そっと息を吐き出す。

 

私は今何と言おうとしたのよ……

 

更に毒気から逃れるように、美琴は軽く拳を握り、意識を会話から切り離した。

 

落ち着いて、頭を整理する。

 

 

「………………いいえ」

 

 

そう、何と言おうと彼女は友達に、家族に害をなす敵で、この話も現状とは関係のない話だ。

 

美琴はまた睨み据える。

 

挑発でもなく侮辱でもなく、自分の答えとして。

 

人質に取る彼女に、自分は絶対に交渉に応じないという意思表示として。

 

 

「そう、じゃあ仕方ないわね」

 

 

少女は残念そうな顔でそう言い―――ナイフで母御坂美鈴の頬を撫でる。

 

 

 

「あとはおかーさんに頼むしかないのかしら?」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「―――へ?」

 

 

佐天が耳を疑う暇も有らばこそ、続く彼女の行動は電光石火の早業だった。

 

腕を振り抜きざまに投擲した黒曜石の短剣が、空を裂き、男の肩に的中。

 

直後、華奢な体躯に似合わぬ猛禽のような素早さで疾駆しながら、同じく隠し持っていた<マクアフィテル>の石刃の白き刀剣で人影を殴打した。

 

武器を持つ腕の肉を切り裂くのではなく、骨を砕く鈍い音。

 

それで戦意も砕いたと見ると彼女はさらに切り込む。

 

苦悶と苦渋の絶叫、どうと倒れる黒いつなぎ姿の男達を、佐天は信じられない想いで凝視した。

 

この男達は、一体いつの間に佐天の背後に忍び寄り―――そして、いつから彼女はその気配を察知していたのか。

 

先手を打ったのは彼女の方であり、つまりは最初から来る、いや、いると警戒していたのだろう。

 

ここは安全地帯ではなかった。

 

婚后光子を倒した男達が、組織であったこと、そして、この情報がそこまで重要であったことを考えてなかった。

 

 

「驚いてる場合じゃないぞ、この馬鹿!」

 

 

弱い方から倒そうと佐天に迫る。

 

 

「!? 頭が……!!」

 

 

咄嗟に能力を展開しようとした佐天だが、演算失敗。

 

常盤台中学という高位能力者の相手をするために、彼らはその黒いつなぎのボタンに<キャパシティダウン>の効果時間10分の使い捨てだが超小型携帯式を仕込んでおり、半径1mはその影響圏。

 

 

「ったく、このこざかしい音は能力者潰しだったか、世話のかかる!」

 

 

満足に動けるだけでも十二分にイレギュラーなのだ。

 

だが、この少女は能力者ではなく、能力開発も受けていない。

 

男の背中に、少女は目の前に倒れる最初に投げ刺した男の肩にある黒曜石の短刀を抜き、振り向きながら、その背の脇に投擲。

 

それでも倒れなかったが、その生まれた隙に接近し、<マクアフィテル>の打撃。

 

だが、その男が最後の一人ではなく、そこへもう1人、陰に隠れた男が少女を、

 

 

ガンッ!

 

 

衝撃音が聞こえた。

 

それは、男の警棒が少女の顔に当たった音。

 

華奢な体がぐらつき、その手から刀剣が転がり落ちる。

 

 

……えっ?

 

 

今の光景に、佐天の中でボロボロになった婚后光子と重なり、沸騰した感情を力に変えて、<空風飛弾(エアミサイル)>の演算完了。

 

弾丸のような空圧を男へ。

 

 

「はっ、俺達の近くで能力が使えるかよ、ガキ!」

 

 

無理矢理にしたせいで、暴発に近く、佐天が放った空弾は見当違いの―――

 

 

 

「―――右に曲がって」

 

 

 

―――方向からカーブのように弧を描き、男の頭に直撃。

 

そこへ持ち直した少女が跳びかかり、素手で気絶に仕留めた。

 

佐天は空弾を飛ばした掌を見ながら、今の現象に首を傾げると、

 

 

「危なかったね、佐天お姉ちゃん」

 

 

「え、君は……名由他さん?」

 

 

その腕に<風紀委員>の腕章を巻いた金髪ツインテールの幼い少女。

 

新たな乱入者――ではなく、二人一組(ツーマンセル)の片割れで、棚町中学に入学した枝先絆里の繋がりで佐天も良く知る、RFOの<風紀委員>。

 

 

「周りの奴らを誘導させてたには出てくるのが遅かったな」

 

 

「うん大変だったのもあるけど、お姉さん一人でも大丈夫かなって。ほら、<キャパシティダウン>も働いてたし、あまり近づけないよね」

 

 

「影武者を頼まれたが、お守までは聞いてないぞ」

 

 

その能力者のAIM拡散力場を見て、触れて、動かせる能力で佐天をアシストしたスーパー小学生は油断なく辺りを警戒したまま、どこかへ連絡をする。

 

だが戦いが終わったにも拘らず、より増して佐天を瞠目させる。

 

『上条詩歌』の顔が破れて、その下に褐色の肌が見えているのだ。

 

 

「詩歌、さん……顔が!?」

 

 

「む。さっきので変装が剥がれてしまったか。まあ、もう十分に動いたからな」

 

 

あり得ない現象である。

 

だが当人である彼女の態度は至極落ち着きを払ったもので、眉をしかめながら懐から一枚の護符を取る。

 

すると体形も肌色も変わり、彫の深い褐色の佐天と同年代の少女に。

 

病院で出会った、あの子に。

 

 

 

「それって……あなた、詩歌さんじゃない!? ―――へぶっ!?」

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「クローンの居場所と母親の命。秤にかけるまでもないよね?」

 

 

結局は、要するに力だと。

 

 

「もう一度聞くよ。<妹達>は何処?」

 

 

この世には表と裏があり、ここは落とし穴の深い底。

 

情も法も倫理もクソ喰らえ。

 

お互いの利害がぶつかった場合、最後にものを言うのは力だ。

 

普段の美琴ならば、力でくる輩には力で対応するところだが。

 

しかし、今回はそうもいかないだろう。

 

己の家族を人質に取られ、有力な手掛かりがすぐ目の前にあるのだ。

 

向こうとしても、美琴が情報を持つと知れた以上、無事に交渉の人質(カード)を解放するつもりはあるまい。

 

そして、美琴は最後にもう一度“現状”を見てから、

 

 

「こっちももう一度言ってあげる。アンタに教えることなんか何もない」

 

 

その返答に、少女は残念そうに顔を沈めて、

 

 

「アハッ、それじゃあ素直になれるようにおかーさんの目か耳か鼻をナイフで削いであげる」

 

 

カードを切る。

 

―――ただし、

 

 

 

 

 

「あと、お母さんじゃなくて、お姉さんよ!」

 

 

 

 

 

そのカードは鬼札(ジョーカー)である。

 

ナイフを振り上げたその動きを予測し、最初に地面に置いた携帯が磁力の反発を操作されて飛来し、ナイフを白羽鳥で挟み取る。

 

 

「ウオォッ!? けど、私にはまだ―――え!?」

 

 

そして、美鈴を縛り上げていた液体金属の触手が爆ぜるようにその形を失った。

 

演算制御の失敗。

 

思わず後退し、首を傾げ―――だが、驚く時間も与えず。

 

 

「!!」

 

 

頭上から車椅子が。

 

 

 

 

 

 

 

『黒子さん、美鈴さんが狙われています。至急保護してください』

 

 

黒子達にお願いされた、彼女からの連絡に、すぐに行動。

 

入場証のGPS位置情報で美鈴の場所を突き止め、黒子が<空間移動>で移動し、<風紀委員>第177支部へと保護。

 

そして、同時に<守護神(ゴールキーパー)>――大変優秀なハッカーである初春飾利が本部の御坂美鈴の来場者パスの情報を改竄し。

 

 

「ふぅ、服が汚れてしまいました」

 

 

上条詩歌がホテルで御坂美鈴の服を拝借し、アラスカ魔術の応用で投影した相手に<肉体変化>する混成<黄金>による変装。

 

つまり、これは(つり)

 

全ての情報を整理し、自分なら美琴を相手にどう考えるかと相手の立場で考え、布石を打つ。

 

危険な賭けだったが、引っ掛かってくれた。

 

罠を仕掛けようとして、逆に罠に嵌ってしまっていた。

 

 

(仲間が潜んでいたっ!? それにこの感覚は!?)

 

 

「大お姉様」

 

 

遊撃で車椅子をド派手に地面へ叩きつけた黒子は、まずは<風紀委員>として現行犯を逮捕するのではなく、安全を優先し、危険な人質役を買って出た美鈴(しいか)を連れて、美琴の背後へと<空間移動>。

 

そして、咄嗟に躱したものの何も盾にするものがなくなり、フードが取れて、その正体を晒した――改造看護師(ナース)服をきたツインテールの少女へ。

 

 

「これで思いっきりぶっ飛ばしてあげれるわね!」

 

 

青白い稲妻を撒き散らす美琴の一撃が貫いた。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

ドゴッ!? と脳天に拳骨ハンマー。

 

 

「騒ぐな。これはここでは<肉体変化(メタモルフォーゼ)>と言われているのと同質のものだ」

 

 

「で、でも」

 

 

「だが、そのためには腕でも10cm大の皮膚が必要だ。あいつは<肉体再生(オートリバース)>ですぐに再生したとはいえ、一瞬たりとも迷わず、激痛に歯を食い縛って、自分から裂いた。――――それが無駄になっていいのなら騒げ」

 

 

佐天は両手で口を閉ざした。

 

それはその護符の正体を察し、その材料を差し出した彼女の、上条詩歌の覚悟を見て。

 

 

「わかったな。身を守る術、命を捨てる覚悟、そのどちらも足りない馬鹿はこれ以上暗部に首を突っ込むな」

 

 

彼女達も、それを見たから協力した。

 

借りもあったろうが、助けになりたいとも思ったんだろうが、それだけじゃなく。

 

普通で、異常に。

 

上条詩歌の覚悟は、人を動かす。

 

 

「……だが、助けてもらった礼は言う」

 

 

と、そこで佐天は大事なことを忘れてたのを思い出し、

 

 

「あっ! あの、助けていただいてありがとうございます」

 

 

刀剣と短剣を隠し仕舞うと、深々かと頭を下げる佐天を見て嘆息してから、

 

 

「……記憶の件なら、<風紀委員>第177支部に行け。そこにあいつの兄が来る予定だ。……大事なものも思い出すだろ」

 

 

もう少し会話したいと佐天は思ったが、彼女は軽く手を振り、男達の拘束処理に<警備員>への連絡を終えた名由他と共に立ち去る。

 

この街は怖い、と思う。

 

でも、それでもこの街にいたいと思う。

 

恐ろしい悪意もあるけれど、それに負けない力もあると知ってるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、あたし、あなたのお名前を知らない!」

 

 

「騒ぐなつってんだろバカ!!」

 

 

 

つづく


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