とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

17 / 322
禁書目録編 裏話 魔道図書館

禁書目録編 裏話 魔導図書館

 

 

 

上条家

 

 

 

『おにーちゃーん、頭が痛いよー』

 

 

『ちっと待ってろ。詩歌、すぐ行く』

 

 

まだ、『疫病神』と呼ばれる前で、当麻と詩歌もまだ、両親に衣食住の全てを任せていた頃。

 

妹の詩歌はよく風邪を引いていた。

 

といっても、本当に風邪かどうかも分からず、あくまで風邪のようなもので、早ければ半日程度でケロリと元気になっている。

 

でも、高熱や吐き気、眩暈、頭痛に悩まされるのは風邪と同じ。

 

いや、近所の町医者が何度診断しても原因不明で、一応は薬を出すのだがそれも全く効き目がなかった点を考えれば風邪よりも性質が悪かった。

 

詩歌は当麻と同じく健康優良児で、よく遊び、よく食べて、よく寝て、外から戻ったらうがいや手洗いも怠っておらず、刀夜と詩菜も子供達の食事や健康管理に細心の注意を払っていたのにもかかわらず、詩歌は体調不良をよく起こす。

 

でも、特効薬がなかった訳ではない。

 

それは、医者が処方した薬ではない。

 

兄、当麻の右手だ。

 

原因不明な病は、同じく原因不明な事に当麻が詩歌の頭を撫でるだけで治ってしまう。

 

これには、町医者も、『これは、妹さんを想うお兄さんの力なのかもしれませんね』、とお手上げ。

 

特効薬が分かってからは、詩歌は当麻にべったりと四六時中一緒にいるようになった。

 

ズキズキ、と頭が痛くなったら、詩歌はすぐに兄に頭を撫でてもらう。

 

当麻も妹がフラフラ、と倒れそうになったら、すぐに駆けつける。

 

そんな事を繰り返している内に、やがては耐性が出来たのか、それとも慣れたのか、詩歌は体調不良を起こす事はなくなった。

 

 

『えへへ、ありがとー、おにいちゃん』

 

 

『また、頭が痛くなったらすぐにお兄ちゃんを呼べよ、詩歌』

 

 

『うん! おにいちゃんは魔法の手を持つしいかのヒーローだよ!』

 

 

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

あれから、当麻はもう1人の魔術師、ステイルの元へ向かっていた。

 

彼もインデックスを呪縛から救いだすのに参加してもらうために。

 

 

「そういえば、あなたは色々なことを知っているのですね。ここの学生は物知りなんですか?」

 

 

移動中、神裂の問いに当麻は何気なく応える。

 

 

「いや、誰しもそう言う訳ではねぇよ。今回の事も詩歌に教えてもらわなかったらわからなかったと思うしな」

 

 

「そういえば、あなたには詩歌、という妹がいるのですね。話を聞いてると、随分優秀な人のようですが」

 

 

「ああ、大袈裟かもしれないけど、詩歌ができなかったことや知らない事がないって言えるほどすごい奴だぞ。アイツが妹だから、今の俺がいると言っても過言じゃないしな」

 

 

俺には出来過ぎた妹だよ、と当麻は神裂に話す。

 

 

「だから、アイツにどんな事があっても何が何でも助けてやるって決めてんだ。だからかな、神裂がインデックスを助けたいという気持ちもなんとなくわかる」

 

 

「そうですか。私の同僚にもあなたと同じように妹を守るためならどんなこともするという魔術師がいます。彼は、妹のために自分の全てを捨てたそうです」

 

 

神裂はその同僚を思い出すようにゆっくりと話す。

 

 

「そうか、そいつとは気が合いそうだな――――っと、そこにいたな」

 

 

2人は廊下の壁に背を預け、煙草を吸っているステイルを見つけ、雑談を止めた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「能力者と……神裂か? 何故そいつらと共にいるんだ」

 

 

ステイルは同僚の神裂が先ほど自分を倒した能力者、当麻と並んで現れたことに眉を潜めた。

 

神裂はステイルを宥めながら、事情を説明する。

 

最初は訝しげに聞いていたステイルだが、徐々に表情が険しくなっていく。

 

インデックスの治療は済んだこと。

 

当麻とは休戦していること。

 

そして、インデックスの記憶を消さなければならない真の原因は、教会が施した魔術、<首輪>であること。

 

 

「僕達は騙されていたのか?」

 

 

神裂はただ小さく頷く。

 

 

「僕達がしてきた事は、無駄どころか、あの子の害にしかならなかったという事か?」

 

 

ステイルは悲壮な顔をして咥えた煙草を噛み締め、壁に拳を叩きつける。

 

 

「冗談じゃない! 僕は、僕達はいったいどんな思いで彼女を追いつめていたか! どんな思いで記憶を消してきたか! 今更そんな事実を知らされて、どうしろっていうんだ!」

 

 

血を吐くような叫びを上げ、手の内から炎を伸ばす。

 

それは剣の形になり、インデックスを背負う当麻に向けられた。

 

しかし、当麻は眼前で燃えさかる炎剣に臆することなく、目を逸らさずにステイルを睨みつける。

 

 

「インデックスを下ろせ、能力者。今から彼女の記憶を消す」

 

 

「ステイルっ! あなたはさっきの話を聞いて――――」

 

 

「黙っててくれ! 仮に教会に施された刻印を消してどうなる? それを解除されてどうなるかわからないのに。もう一度刻印を施されない保証などないのに。そんな危険を冒すぐらいなら、彼女の記憶を消した方がましだ!」

 

 

ステイルの言い分に、神裂はなにも言い返せずに口をつぐんだ。

 

眼前の敵を射殺すように睨み、ステイルは宣告する。

 

 

「選べ、能力者。このまま彼女の記憶を消すのに同意し、元の日常に帰るか。それとも拒否し、ここで骨まで残らず火葬されるか」

 

 

当麻はしかし、答えない。

 

その代わりに、インデックスを背負う力を込め、ステイルを正面から睨めつける。

 

 

「お前は、どうしたいんだ。インデックスを助けたいか、助けたくないのか」

 

 

当麻の言葉に、ステイルに動揺が走り、炎剣が揺らぐ。

 

 

「お前はインデックスを助けたかったんじゃねえのかよ」

 

 

(そうだ、僕は彼女を助けたい。だから記憶を消すんだ。そうすれば、彼女の命は助かる)

 

 

ステイルはそうだ、と言い返そうとするが、口は渇き、言葉を紡ぐことができない。

 

当麻はステイルに背を向け、自分の部屋へと歩き出す。

 

 

「ま、待て……」

 

 

ステイルは呼び止めようとするが、当麻に背負われてるインデックスを見て、何も言えなくなる。

 

 

「インデックスを助けたくなかったら、俺の足を焼き切るなりなんなりして、止めてみせろよ。インデックスを取り戻して、記憶を消してみろよ!」

 

 

ステイルは当麻を阻む事ができない。

 

それは、1度倒された当麻に怯んだからではない。

 

 

 

 

 

「お前はこんな事がしたくて強くなったのか?」

 

 

 

 

 

呼吸が死んだ。

 

無念の数だけ噛み締めた煙草の味に麻痺した舌が、ただ痙攣し、

 

ニコチンやタールで汚れた肺に、酸素を上手く取り込めない。

 

喘ぐように口を動かすが、言葉は出ない。

 

そして―――燃え尽きたかのようにステイル=マグネスの力の象徴である炎剣も消えてしまう。

 

 

「もう、思い出を消さなくていいんだ。手を伸ばせば届くんだ」

 

 

当麻の言葉がステイルを内側から震わす。

 

 

「いい加減に始めようぜ、魔術師」

 

 

理論も理屈も関係なく、ステイルの心が、インデックスを救いたいと叫ぶ。

 

炎剣が消えたステイルは、何もすることができず、一歩も前へ進むことができなかった。

 

 

「……ステイル、彼を信じましょう。こんな私達でも、まだあの子にしてあげることがあるはずです」

 

 

神裂も優しくステイルの肩を叩くと、当麻についていった。

 

ステイルは動けず、愚兄の背を憎々しげに、でもどこか羨むように見ていた。

 

 

「……バカが。勝手に僕を理解したような事を言って…何も知らないくせに……」

 

 

ステイルはかつて己の人生を掛けて、一生涯を燃やしてまでも誓った言葉を紡ぐ。

 

 

「インデックスを守るのは、未来永劫変わらず、この僕の役目だ」

 

 

ステイルは覚悟を決め当麻の後に続いた。

 

 

 

 

 

とある学生寮 当麻の部屋

 

 

 

「2人とも覚悟はいいか」

 

 

当麻は後ろにいる2人の魔術師に最後の覚悟を問う。

 

 

「ふん、すでに配置は終えている」

 

 

ステイルは鼻を鳴らしながら、いざという時のために、当麻の部屋の至る所に張られているルーンのカードを確認する。

 

 

「はい。こちらは構いません」

 

 

神裂は腰に据えた愛刀、<七天七刀>に手を置く。

 

 

「ぁ―――、か。ふ」

 

 

その時、ぐったりしたインデックスの口から声が漏れて、当麻達はビクンと肩を震わせた。

 

インデックスは薄目を開けて、当麻の顔を見て、ほっと安堵したように表情を緩める。

 

当麻は昔、妹を寝かしつけたように瞼に、そっとその右手を乗せる。

 

 

「とう、ま?」

 

 

「もう少しだけ寝てな。詩歌が今、お前のためにご馳走作ってっから」

 

 

それは、ありふれた日常の会話で、不安など吹き消すかのように頼もしい1人の兄の言霊。

 

うん、とインデックスは小さく呟いて、それから再び眠りにつく。

 

この子には、何も言わなくても良い。

 

何も言う必要がない。

 

ただ、地獄から救い上げて、彼女がいるべき場所へ戻し、そして、あとは約束通り皆で……

 

 

「それじゃあ、主人公(ヒーロー)になりに行こうか」

 

 

最後の確認を済ませ、当麻は刻印のある位置、『脳』に近く、そして、人に滅多に見られず、触れさせない場所―――インデックスの喉の奥に右手を入れた。

 

 

「がっ……!?」

 

 

その瞬間、何かを破壊した感覚と共に右手が弾き飛ばされた。

 

しかも、異能の力によって。

 

 

(何ッ!? <幻想殺し>が異能の力で傷つけられただと)

 

 

眠っているはずのインデックスが立ち上がる。

 

瞳は血のような真っ赤な輝きを放ち、その眼球には魔法陣が浮かび上がっていた。

 

部屋にいた3人はインデックスから放たれる異様な威圧感に圧倒される。

 

 

「――警告、第三章第二節。Index―Librorum―Prohibitorum――禁書目録の<首輪>、第一から第三まで前結界の貫通を確認。再生準備……失敗。<首輪>の自己再生は不可能、現状、10万3000冊の<書庫>の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 

 

今朝のインデックスの様子とはまるで違う。

 

それは機械のように淡々とした無機質な声、

 

人間らしい光がない瞳、

 

温もりを感じさせない表情、

 

冷静すぎるほど状況確認する思考、

 

それはまさにモノとして―――<魔導図書館>として相応しいものだった。

 

 

「あれは<自動書記(ヨハネのペン)>!? 非常時でもないのにどうして?」

 

 

さらに驚愕は続く。

 

 

「――<書庫>内の10万3000冊により、防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算……失敗。該当する魔術を発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術(ローカルウェポン)を組み上げます」

 

 

「ふざけるな! あの子は魔力がないはずだぞ」

 

 

ステイルの考えとは裏腹に、今までにない圧倒的な魔力が注ぎ込まれ術式に溢れこんでくる。

 

 

「―――侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み合わせに成功しました。これより特定魔術<聖ジョージの聖域>を発動、侵入者を破壊します」

 

 

<自動書記>により組み合わされた対<幻想殺し>の術式が解放された。

 

凄まじい音と共に、インデックスの両目にある魔方陣が拡大した。

 

それは視線と連動しているようで、顔を上げるとあわせて魔方陣が追従する。

 

 

「   。   、」

 

 

インデックスは何か――最早人の頭では理解できないナニカを歌い、当麻に狙いを定める。

 

 

「ド、<竜王の殺息(ドラゴンブレス)>だと……なぜ魔力のない彼女が、そんなふざけた魔術を!」

 

 

「いけません! アレは、人の身で防ぐのを考えることすら馬鹿らしい、伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義のものです! 逃げて下さい!」

 

 

当麻は逃げずに震えていた。

 

命が危険だから震えていたのではない。

 

インデックスを救えることへの歓喜に震えているからだ。

 

すでに当麻は確信していた。

 

あれを破壊すればハッピーエンドだと。

 

 

「!?」

 

 

空間から亀裂が走り、奥から全てを染め上げてしまうような光の柱が現れた。

 

その威力は凄まじく、<幻想殺し>に異能の力である魔力が食い込んでくる。

 

しかし、当麻は退かない。

 

この先に行けば、インデックスを救えると信じてるからだ。

 

 

(そういや、何で俺はこんなことをしてるんだ?)

 

 

当麻は今日1日の事を思い出す。

 

神裂との問答。

 

ステイルとの戦闘。

 

インデックスとの出会い。

 

そして、インデックスの笑顔を思い出す。

 

その笑顔が詩歌のものと重なる。

 

 

(ああ、そうか。だから、俺は―――)

 

 

インデックスに会ったのは今日が初めてだ。

 

しかし、あの子の笑顔は絶対になくしてはならないことはわかる。

 

命を賭してでも守らなくてはいけないものだと直感する。

 

だから、当麻は五指を開いて愚直に前に進む。

 

 

「―――<聖ジョージの聖域>は侵入者に対して効果が見られません。他の術式へと切り替え、引き続き<首輪>保護のため侵入者の破壊を継続します」

 

 

本能が警告する。

 

次は<幻想殺し>では防ぎきれない攻撃が来ると。

 

 

「『Salvare,000』!」

 

 

神裂が救われないインデックスを救う意思と共に<魔法名>を名乗り上げる。

 

<七天七刀>が大気を引き抜き、7本の鋼糸を用いる<七閃>がインデックスの元へ襲いかかる。

 

しかし、彼女を狙ったわけではなく、足元を切り裂き、後ろへ倒れるようにインデックスの体勢を崩させた。

 

インデックスの眼球と連動した魔法陣が動き、光の柱は壁から天井へと引き裂いた。

 

そして、破壊された部分が光の羽となって雪のように舞い降りる。

 

 

「それは<竜王の吐息>――伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義です! いかな力があるとはいえ、人の身でまともに取り合おうと考えないでください!」

 

 

神裂の言葉を聞きながら、当麻は光の柱から解放された隙に一気にインデックスの元へ駆け寄る。

 

だが、それよりも早く、インデックスの首が振り回され、連動するように光の柱が叩きつけられた。

 

しかし、その前に、

 

 

「『Fortis,931』!」

 

 

ステイルがインデックスを守る最強の守護者として<魔法名>を名乗り上げる。

 

<魔女狩りの王>が生まれ、その巨体で光の柱を受け止める。

 

何度も吹き飛ぶが、凄まじい再生力で持ち堪えた。

 

 

「<竜王の殺息>は僕が引き受けよう。だから、行け、能力者!」

 

 

当麻は走る。

 

 

(ああ、あの時もそうだったな……)

 

 

かつて、妹が頭痛に悩まされた時、すぐに駆けつけた魔法の手を持つヒーローのように当麻は全速力で走り抜ける。

 

“不幸”な事に詩歌はいつも当麻が離れた時に頭痛を起こし、また“不幸”のせいで、そこへ駆けつけるには一種の障害物競争のような邪魔が入ってくるが、当麻はそれでも1秒でも早く、そして必ず駆けつけた。

 

その時と今の状況は比べるまでもないが、それでもインデックスに、妹の幻想が重なって見え、1秒でも早くあの子を救え、と上条当麻の足を急かし立てる。

 

途中、神裂が止める言葉を発するが、それでも当麻は迷わず前へと進む。

 

人の命を容易く奪う死神の鎌のような真っ白く光る羽の中を潜り抜けて、ようやくインデックスの元へ辿り着く。

 

 

(この物語(せかい)神様(アンタ)が作った奇跡(システム)の思い通りに動くってんなら――――)

 

 

 

「――――まずは、その幻想をぶち殺す!!」

 

 

 

亀裂を生み出す魔法陣を<幻想殺し>が突き破った。

 

そして、その先にあるインデックスの頭に当麻の魔法の手が触れ―――

 

 

「――警、こく。最終…章。第、零―…。< 首輪、>致命的な、破壊…再生、不可…消」

 

 

ブツン、と口から全ての声が消え、糸を切られた人形のようにインデックスは倒れる。

 

当麻は優しく受け止め、インデックスを地獄から救う事ができたと安堵する。

 

ハッピーエンドになったと確信する。

 

しかし……それは当麻の早とちりで、まだ幕は閉じてなかった。

 

 

「当麻さんッ!!!」

 

 

これから悪夢の終幕が始まる。

 

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。