とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 狙い撃ち

大覇星祭編 狙い撃ち

 

 

 

病院

 

 

 

使徒十字(クローチェディピエトロ)>による学園都市支配という世界の命運を賭けた戦い………最後は賢妹からの禁じ手『玉手箱』が止めだったような気がするも、上条当麻は初日から病院で一夜を過ごす羽目になった。

 

 

(本当にこの病院には兄妹共々お世話になりっ放しだなー。もし、スタンプカードとかあったら埋め尽くす自信がありますよー)

 

 

残念なことに、カエル顔の医者はそんなサービスはしない。

 

お小言が増えるくらいだ。

 

 

『僕も先生と呼ばれ始めて長いけどね? 君達ほど何度も何度も僕の所に来る患者は初めてだよ?』

 

 

まったくどうも。

 

けど、それほど足繁く通っている割には、日帰り温泉旅行のように、即日で帰されているのがちょっと怖いが。

 

 

『ふふふ~♪ 健康で丈夫な体作りには、毎日の食事が欠かせません。はい、詩歌さんが当麻さんをそんじょそこらの不幸に負けないスーパーマンにしてみせます』

 

 

そういえば、詩歌が昔から自分が愚兄の食事を任せてたって言ってたなー。

 

まめに記録を取っているらしく(どうしてそんなことまで分かるんだ? というものもあったが)、贅沢なことに専属トレーナー並に栄養管理されて、ご飯はおいしい。

 

この医者からも『不死鳥並みの回復力』と太鼓判を押されるほどこの身体は、賢妹からの恩恵から成り立っている……

 

 

『ええ、詩歌さんがちょっと本気でお仕置きしても大丈夫なように』

 

 

……半分くらい。

 

あとの半分は、兄妹の(攻めと受けがはっきりしている)スキンシップ。

 

まさに自分の体の全てを(特にデットライン)知り尽くしたかのようにコテンパンに叩き潰され、その度に、某戦闘民族のように身体が強くなる。

 

『虎の穴』と呼ばれる試練を潜り抜けた我が妹は、能力の開発だけじゃなく、瞬発力と持久力を兼ね備えた最高の中間筋肉に開発するのも得意なのだそうだ。

 

おかげで、夏休みの間は………ブルブル!?

 

うん、お兄ちゃんが妹に勝てる日は来るのだろうか。

 

詩歌は間違いなく、天賦の才を持つ者――天才であり、本来、経験のみからしか得られないコツさえも効率的に得てしまう神童。

 

時間的な有利はこの上なく、同じ努力では当麻は一生詩歌から一本も取れないだろう。

 

十歳で神童、十五歳で才子、二十歳過ぎればただの人とは言うが、上条当麻は上条詩歌がその才にかまけたトコなど見たことがなく、無限とも思える努力ができる。

 

そして、『師匠』がいる。

 

実家で家族や組の者達から自家伝喧嘩殺法を仕込まれていたサラブレットの鬼塚陽菜から元々武術基礎の手解きを受けていたようだが、その『師匠』に弟子入りしてからグンッ、と伸びて、今では鬼塚陽菜と同等。

 

そこまで見事に研磨させたのが常盤台学生寮の寮監。

 

どんな人物か当麻も気になって世間話で訊いたことがある。

 

自販機前で姫様(エース)曰く、

 

 

『まだ新入生だったけど、あの人の前で規則を破ったLevel4の3人が瞬殺されたわね。本当に何者かしら? 私でも大人しく罰を受けるしかないわ。前に詩歌さんの稽古に参加させてもらったこともあるけど、3日間は筋肉痛になったわよ』

 

 

道端で暴君(キング)曰く、

 

 

『ウチの寮じゃ、『地震雷火事寮母』っていう言葉があってね。一番怖いのは、<振動使い(サイコキネシス)>でも<超電磁砲(レールガン)>でも私の<鬼火(ウィルオウィスプ)>でもなく、あの師弟なんだよ。ホント、<十二支>にも匹敵するよあの人は』

 

 

そして、学生寮で聖母(ジョーカー)曰く、

 

 

『師匠は、己の技をただ勘ではなく、完全に理解しています。全ての挙動に全くと言っていいほど遊びがなく、極限まで研ぎ澄まされた眼力で見定め、必要最小限で無駄に力を使わず、傷めずに相手を仕留めます。常盤台中学という強力な力を持ち、そして傷がつけばそれだけで大問題になるお嬢様達を“一度も問題を起こさず”管理してきたその手腕と経験……詩歌さんが知る限りですが、師匠ほど無手による対学生に優れた人物はいません』

 

 

……何でこんな達人が学生寮の管理人をやっているんだろうか。

 

いや、だからこそ、高位能力者の巣窟ともいえる常盤台学生寮の寮監になれ、自慢の賢妹の師匠をやれているのだろう。

 

ひょっとすると、裏で特殊部隊を単独で撃退してのけてるかもしれないが。

 

本当に常盤台中学は学生だけじゃなく教員も最高水準だ。

 

そして、詩歌に勝てる人間がいると言う事は、自分にもいつか勝てる可能性があると言う事。

 

 

「ま、まだまだ上がいるってこったな」

 

 

それがいつになるかは分からないけど、当麻は大分脇道に逸れていった思考に結論付けると、横から日本人形のような端正な容姿を持つ黒髪のクラスメイト、

 

 

「どうしたの? 上条君」

 

 

姫神秋沙が隣で当麻の顔を覗き込むように首を傾げる。

 

姫神も昨日は事件に巻き込まれ酷い目に遭ったが、幸い処置が早く、医者の腕も良かったおかげで、もう傷跡も見当たらず当麻と一緒に日帰り退院だ。

 

 

「いや何でもねーよ。それよりも吹寄さんはまだですかねー」

 

 

「うん。念のために先生に。もう一度診てもらうって」

 

 

「アイツって、健康マニアだからな。二度も同じヘマはしたくないんだろ」

 

 

2人が待合席のホールで待っているのは、姫神と当麻のクラスメイトの吹寄制理。

 

彼女も姫神と同じく、昨日の事件に巻き込まれて、病院に運ばれたが、こちらも処置が適切で、医者の腕が良かったおかげで、即日退院だ。

 

学生たちが普段の嵌めを外して競技で激しく暴れ回る<大覇星祭>期間中は、病院のベットも足りなくなるのだ。

 

ちなみにインデックスは小萌先生に預かってもらっていて、初日で早速怪我した生徒達を迎えに来る予定の心配性な担任と一緒に合流するつもりだ。

 

でも、愚兄も含めて同じクラスメイト3人が初日で入院なんて……ウチの高校は大丈夫か。

 

そういえば御坂と賭けもしてたし、負けたら大変な目に遭いそうな気がするので全力で回避したいが、そのためには皆の協力プレイが必要なのだ。

 

よし、今度こそ気合を入れて、競技に全集中だ。

 

 

「ね。ねぇ上条君。昨日のナイトパレード。楽しかったね」

 

 

「そうだな。色々とあったけど、最後は皆で花火見れて良かったよ。……その後の異端尋問については忘れたいのでございますけど」

 

 

「うん。それで。今日は……今日は。ふたりで……」

 

 

ん?

 

何だか姫神の調子がおかしい。

 

顔も少し赤いし、若干緊張気味なような――――まさか!

 

 

「ああ、姫神。今日はふたりで―――」

 

 

その時、息をのむ姫神。

 

まさか、彼も自分と同じに。

 

ナイトパレードは<大覇星祭>期間中、一日だけではない。

 

青春な甘酸っぱい期待に乙女の胸が高鳴り――――しかし、この愚兄はそういったものを悉く裏切ることに定評がある。

 

 

「―――昨日の遅れを挽回するほど<大覇星祭>大暴れしてやろうぜ!」

 

 

―――ピキッ、と何かの幻想が壊された音がした。

 

 

紅潮した姫神の頬が急速冷凍される。

 

ああ。そうよね……うん。仕方ない。仕方ないよ。

 

だって。上条君だもん。

 

 

「いやー姫神ももう気合が入ってるとはな! 昨日はあのナイトパレードを見て、花火のように競技で一気にドカンってしてやりてーって当麻さんも気合が入りましたよー! あ、でも、昨日の棒倒し前のようなスタートダッシュの失敗はしねーように気をつけないとな」

 

 

こっちは花火のように打ち上げた期待はすぐに散ってしまいましたが。

 

―――けど、競技に全力を尽くそうという案には賛成。

 

 

「うん。そうだね。上条君。……詩歌さんにも負けないようにね」

 

 

ちょっとだけ怒ったように鼻を鳴らし、がっかりしたように肩を落としたけど、“色々と”気合を入れるように胸の前でギュッと拳を作るポーズを取る。

 

 

 

「運びまれてない……!? 間違いなくその子を乗せた救急車はこの病院に来たはずよ!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「と言われましても……先ほど申し上げた通りその時間に該当するような生徒が来院した記録はありませんし、当院ではなくどこか別の病院に運ばれたのでは?」

 

 

昨日、あの子――<妹達(シスターズ)検体番号(シリアルナンバー)10032号通称御坂妹――と『風船狩人(バルーンファイト)』で別れた辺りに設置されている監視カメラの映像記録を電気を操る電撃使い(エレクトロマスター)の力を使って調べた。

 

監視の届かない裏路地までは網羅できないけど、これなら表通りに出れば足取りは掴める。

 

そしたら、救急車―――自分と別れた直後に、怪我をしたのか病気になったのか。

 

そして、運ばれたのは、このリアルゲコ太の病院。

 

<妹達>の事情を知った上でメンテナンスを請け負ってもらっている所で、詩歌さんがあそこのリアルゲコ太は世界で最も信頼できる医者だと太鼓判を押してる。

 

そこならきっと、<妹達>がクローンだということが公にならない。

 

―――でも、運ばれてない?

 

 

(―――いや、妙だ。あの子は常盤台の体操服を着ていた。『五本の指』に入ってるウチの学校を知らない人なんてこの学園都市の人間にはいないはず。あの子を運んだ救急隊員が本当なら運び込まれた病院がどこの病院だろうと学校に連絡がいくはず)

 

 

―――なのに、一晩経っても学校側から何の動きはなかった。

 

そもそも、ここに運ばれていれば、リアルゲコ太と親しく、<妹達>の治療にも協力している詩歌さんに報らされているだろうし、この屋上でナイトパレードをやった時、私にも何か教えてくれるはずだ。

 

だとするなら、受付の人が言っていることは正しいのか。

 

こうなったら、もう一度あの救急隊員に引き継いだ病院関係者の名前やその時の状況説明―――あと、救急車のカーナビゲーションから走行履歴を調べれば……

 

 

「…………………ん!?」

 

 

―――かっと脳内が燃え上がるように、焦燥感が強烈な熱として駆け巡った。

 

 

(いや、何か都合が悪過ぎない? あの子が行方不明になって、あの子の保護者でもあった詩歌さんがまだ起きてない―――いや意識不明? もしかして……)

 

 

「? あ、もしかして、御坂か?」

 

 

その時、私、御坂美琴の視界にツンツン頭の愚兄が視界に入った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『ちょっと良い?』

 

 

肩まで伸ばした茶色がかった髪を帽子で隠し、パーカーを着た少女は、やはり御坂美琴だった。

 

何やら切羽詰まっているようだが誰にも話が聞かされないように配慮してか、姫神から引き離して、人気のない階段の踊り場まで連れて来られた。

 

 

『詩歌さんを起こして』

 

 

詩歌が、まだ眠っている?

 

信じられない。

 

正直、御坂も信じられないのだそうだ。

 

いくらイベント中とはいえ、今まで不幸に巻き込まれてきているが、電波時計のように体内時計に狂いはない妹が寝坊なんて。

 

 

『本来なら私が起こしにいきたいトコだけど―――詩歌さんは、右手で髪留めを握ってた。あれって、確かアンタが買ってやったモンなんでしょ』

 

 

寝惚けているのかもしれないが、普通、寝るときに外したリボンを掴むだろうか。

 

そして詩歌のリボン。

 

あれは、上条当麻があげた『お守り』だ。

 

つまり、それを“右手で”握り締めて眠っているという事は……

 

 

『<大覇星祭>中、常盤台は全生徒が寮じゃなくてホテルに泊まってるのよ。部屋は家族ごとに割り振られてるわね』

 

 

それは知ってる。

 

ウチの父さんが急な仕事が入って、娘と語り合う夜が~って泣いていたし。

 

その後にウチの母さんに、叩きのめされてたし。

 

まあ、明日には戻ってくるんだろうが。

 

 

『一応、兄のアンタが部屋に行っても、男子厳禁の寮とは違って、ホテルに入っても問題はなさそうだけど。―――家族だからって、変な真似したら殺されるわよ』

 

 

いや、詩歌さんに手を出したら私が殺す、とその目は語ってました。

 

それでも、幼馴染からの意図通りに、御坂は自分に伝えてくれた。

 

 

『誰かに眠らされてるっつうなら……私じゃなくて、アンタの方が良いんでしょうね。だから、お願い』

 

 

そして、御坂は御坂にできることをやる、と御坂は病院を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

今、また何かが起きている。

 

確実に、そして、それに上条詩歌は少なからず関わっている。

 

 

(初日は魔術サイドでしたが、二日目は科学サイドですかー……ホント、まともに<大覇星祭>できんのか。……不幸だ。これじゃあ、“約束がまた守れてねーことになっちまいじゃねぇか”)

 

 

『中学最後の<大覇星祭>だ。絶対に応援に行ってやっから、大活躍するんだぞ』

 

 

と、約束したが、参加もできないような状況に追い込まれてんなら、応援にも行けない。

 

昨日は土御門とステイルから世界の危機だという問題に協力して、今日は美琴から妹の回復を頼まれた。

 

昨日と今日の問題でどっちが重要かなんて考えもしないが―――自身のやる気の面で問うなら、後者だ。

 

少なくとも、何を優先すべきかなんて悩んでいないし、どっちが正しいかなど迷ってはいない。

 

 

「しっかたねぇなぁ。偶にはお兄ちゃんが詩歌を起こしに行こーかね」

 

 

そうだな。

 

起こされてきた愚兄としては、サプライズな寝起きドッキリをしてみたいものだ。

 

―――別に変な意味じゃなくてね!

 

 

「上条君……また。何かあったの?」

 

 

「ああ、姫神。別に何でもねーよ。ただ俺の妹が今日はお寝坊なだけだ」

 

 

と、ちょっと罰悪そうに頬を掻いてから、美琴と入れ替わるように当麻の前に現れた姫神に、お願いする。

 

 

「でさ、姫神悪いけど、吹寄に小萌先生とインデックスに適当に言ってもらっていいか? ちょっと用事ができた」

 

 

「……こんなに朝早く?」

 

 

「まあな」

 

 

あれだけ張り切っていたクラス競技に参加するより大事なの? ―――とは訊かない。

 

そんなの。分かり切っている答えだから。

 

彼が。こんな顔をするときは決まっている。

 

 

「本当に。上条君はどうしようもなくお兄ちゃんだね。全く」

 

 

真っ直ぐにこちらを見据える瞳を見て、溜息をつきながら、しかし姫神は笑う。

 

この愚兄は賢妹の為なら平気で右腕一本あげれるほど不幸になれる人間なのは、重々承知している。

 

仕方ない。

 

ちょっと嫉妬はするが、こう言う時が格好いいわけで、彼の妹という事は、もしかしたら私の妹に………

 

 

「う、うん。分かった。皆の事は私に任せて。―――けど。終わったらちゃんと競技に戻ってきて」

 

 

「おう! ありがとな、姫神」

 

 

そして、姫神に見送られながら、上条当麻は病院を出た。

 

朝はいつも詩歌に起こしてもらっているが、今回はただそれが逆になっただけのこと。

 

参加予定だった上条当麻の『借りもの競走』は急遽『お寝坊な妹』に変更されました。

 

 

 

 

 

競技場

 

 

 

的当て(ストラックアウト)

 

ストライカーが砲丸投げのようにサークルからボールを飛ばし、離れた場所にあるターゲットパネルを撃ち抜く競技。

 

決められたボール数でパネルを撃ち抜く感覚はボーリングにも似ている。

 

しかし、ターゲットパネルまでの距離は最大100mで、使うボールはバスケットボールほどの大きさ―――そして、障害となる相手選手。

 

ボールをブロックして弾いてもいいし、ボールを飛ばすストライカーを飛ばさせる前に潰してもいいのだ。

 

距離が長ければ長いほど点は上がり、ただ一直線にボールを飛ばしてパネルを撃ち抜くだけなら、能力を使うのならそれほど難しい競技ではない。

 

だが、ターゲットパネルまでの間に相手校のブロッカーが妨害し、それを回避するように、ストライカーを守るラインもいるが、ボールの軌道を制御する必要がある。

 

そのコントロールは非常に難しい。

 

これは、アメリカンフットボールのキックゲームに近いのかもしれない。

 

高いレベルのショット技術に、能力による高度なボールコントロール。

 

対戦相手のショット技術や能力の特性を見極め、相手のストライクを阻止するブロッカーに、妨害を食い止め、我がストライカーを死守するラインを配置する戦略性(タクティクス)

 

それらが勝利のカギとなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「良いか! もう二度と初戦みたいな真似はしない! 相手が誰であろうと気力で勝つ! 死力で勝つ! 努力で勝つ! 自力で勝つ! 智力で勝つ! 勇力で勝つ! 腕力で勝つ! 鋭気で勝つ! 血気で勝つ! 怒気で勝つ! 根気で勝つ! 意気で勝つ! 勇気で勝つ! 根性で勝つ! 理性で勝つ! 本性で勝つ! ―――気力だ!! 気力でぶつかってぶっ潰すぞ!」

 

 

初日の『棒倒し』でとある無名校に初戦敗退したスポーツ特待校が体育会系らしく喝を入れて、士気を高める。

 

相手が女子中学生だろうと、この<大覇星祭>では最強の対戦相手。

 

あの無名校を見習って、今度は自分達が大番狂わせをやってみせる。

 

 

「仮にもスポーツ特待校ですが、口ばかりの気合が空回りしているようで暑苦しいですし―――一番重要な『実力で勝つ』が抜けてますわよ」

 

 

常盤台中学代表のストライカーは、婚后光子。

 

距離設定は最大の100mという、強力なパワーとスピードに精密なコントロールが、さらに距離があるため相手にボールブロックのチャンスが増えると言うストライカーには最高難度。

 

自前の扇子を閉じて仕舞い、軽い感じでボールを持つと、サークルの中央に立って構える。

 

一度パネルを軽く睨むと、婚后の<空力使い(エアロハンド)>による強いジェット気流を発射させる『噴出点』を設置し―――ボールを飛ばす。

 

打ち出されたボールは直接ターゲットパネルには向かわず、まるで観客に挨拶するように、また妨害の届かない高さに何もできない相手ブロッカーを睥睨するようにフィールド上で大きく弧を描いた後、

 

 

ズパンッ!

 

 

見事4分割されたパネルの中央を撃ち抜いて、4枚同時落しをして見せた。

 

会場が一瞬静寂に包まれた後、

 

 

 

―――わぁぁぁぁぁぁ!!!!!

 

 

 

「やるねぇ、ウチの風神様は」

 

 

ボールへの干渉は禁じられているが相手ブロッカーを封じる常盤台中学のライン、鬼塚陽菜。

 

大気圏まで軽々と飛ばせるLevel4の高位能力者であり、航空業界の名門・婚后空港の跡取り娘として風を見るに長けた婚后光子にしてみれば、100m先の『的当て』は1球で仕留めて当然の難易度だ。

 

だから、わざわざ真っ直ぐ一直線に最短距離にではなく、曲芸的なボールコントロールを見せつけた上で、4枚同時落しをして見せた。

 

 

「おーっほっほっほ! この程度の的当て、常盤台の風神、婚后光子には造作もないことでしてよ!」

 

 

余裕がなせる技。

 

であると同時に、一気に会場の雰囲気を自分の有利な方へと導いてしまう、戦略としても見事なファーストブレイクだ。

 

最初からノリノリなお嬢様は、競技には決して手を抜くつもりはない。

 

その後も『トンデモ発射場ガール』の独壇場。

 

無論、やる気なのは鬼塚陽菜が率いる常盤台中学の防衛ラインも同じことで、相手ブロッカーをストライカーに近づけさせない。

 

ライン突破を諦め、ターゲットパネルまで近づけるペナルティラインギリギリの20mで張り付いてボールの方を落そうとするも、

 

婚后はそんな事を全く気にするそぶりも見せず、初球と同じく、必要ないくらいの大きな変化をボールに与え、

 

 

ズパンッ!

 

 

まるで見世物のように―――いや、まさに見世物として、ボールを操って見せ、

 

 

ズパンッ!

 

 

攻撃権3球全部を見事に連続4枚落し―――ボーリングでいえば、ターキーを成功してのけたのだ。

 

距離は最大の100mで、3ショットでパーフェクトな12枚。

 

つまり、この『的当て』で事実上最高点数を叩き出した。

 

これは能力に力を入れている進学校でも、70mで10枚をやれば十分レベルの高い水準なのだが―――これが『五本の指』、今年こそ全学校で1位を取ると評判の常盤台中学だ。

 

 

「……おいおい。俺達には最高でも引き分けしかねーのか。練習でも80mで2枚抜きが精々なのに」

 

 

相手選手が少し青ざめた表情で息を呑んでいた。

 

相手選手だけでなく、会場中が静まり返っている。

 

婚后光子のあまりにも見事で、無駄だらけだからこそ圧倒的な、そんなショットに言葉を失っていた。

 

 

「―――」

 

 

もう練習でも撃ち抜いたことのない、当てて跳ね返されるのがやっとな100mしかない相手校のストライカーはやる前から圧倒されている。

 

遠くまで飛ばすには大きなパワーが必要だが、繊細なコントロールは難しくなるし、溜めの能力演算の時間が長くなる。

 

 

「婚后っちやるねぇ。パワーだけでなくコントロールまで完璧。物をぶっ飛ばすことに関しちゃ、学園都市で最高クラスのストライカーじゃないかい」

 

 

「おほほ! 鬼塚先輩もライン頼もしかったですわ! 詩歌様からのご指導で得たのは、<空力使い>の出力を上げることだけじゃなく、己の手足のように自在に操る制御法。そして、何より応用。鬼塚先輩1つ訂正させてもらいますが、わたくしは物をぶっ飛ばすだけではなく、“吹き飛ばす”のも得意ですのよ」

 

 

「かかか! そうかいそうかい! 頼もしい後輩だねぇ。今年の常盤台は間違いなく歴代最高さね―――じゃあ、今度は、総大将の私がド派手にぶちかまそうかい」

 

 

「あはは~……なるだけ、怪我させないようにするけど、私の<振動使い>で対処できる範囲に抑えてね~……」

 

 

そして、ラインとブロッカーはそのままチェンジするため、目の前にはただそこにいるだけで圧迫感を与えてくる、守りよりも攻めが得意な『最強の暴君』。

 

1球もミスできない100mからだけでも重いプレッシャーなのに、ここでさらに精神的プレッシャーをかけるとは、えげつないと言うか、だからこそ常盤台中学だ。

 

 

「パネルに当たるとかボールが届くとかなんて気にしないで良いよ。ショットそのものを飛ばさせはしないし―――気力でもぶっ潰す」

 

 

宣言通り、猛烈なチャージでボーリングのピンのようにラインを蹴散らし、ショットする前にストライカーを潰され、相手チームを零封に抑えて、常盤台中学は完全勝利。

 

初日に続いて2日目もスポーツ特待校は、スタートダッシュに失敗して、体勢を立て直せなくなるほど引き摺り、今年の<大覇星祭>は散々な結果に終わる事になる。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

「うわー、すごい……。流石、常盤台中学」

 

 

まるで爆薬を仕込んであるのかと思うくらいスタントマン並みに飛んでいく学生達。

 

けど、この大画面(エキビジション)に映されているのは、そんな演技(やらせ)とかCGでもなく、本物(リアル)の迫力。

 

観客達は、そのド派手な演出で意気高揚に大興奮しているようだが、噛ませ犬な対戦校は意気消沈。

 

幸い、他の親切な常盤台のお嬢様達がカバーしてくれたおかげで、怪我人はいなかったが、単騎特攻を仕掛けた暴君を前にラインは全く壁にならず、ストライカーの人はボールを飛ばすこともできなかった。

 

最後なんて、ブロッカーの人は及び腰だったし、ストライカーの人はサークルから逃げ出してしまうほど戦意が挫かれてしまっていた。

 

これは次の競技も引き摺るだろう。

 

自分ももしストライカーだったら、投げれたかどうか。

 

目の前に近寄るだけで身を焦がしそうな真っ赤な炎をまとう野獣が迫り来るところを想像しただけでも、灼熱熱球のことを思い出して、ブルっときてしまう。

 

けど、佐天涙子が今の『的当て』で一番に注目していたのは、相手を物理的に捻じ伏せた鬼塚陽菜の活躍ではなく、精神的に圧倒して勝負を決めた婚后光子。

 

婚后光子がショットした瞬間――――

 

 

「佐天さーん、どうしたんですかー?」

 

 

「ぼぉー………」

 

 

何秒、何十秒。

 

佐天涙子は立ち止まってしまった?

 

時間が、意識が、場面が、確実に経過していた。

 

目の前に映し出された光景が焼き付いて離れない。

 

同行していた初春飾利や白井黒子……はとにかく、声をかけていたことにも気づかなかったほどに。

 

Level5の御坂美琴の活躍を直に目の当たりしたこともあったのに、鮮烈な印象が拭えない。

 

そう、鮮やか。

 

その手並みに惚れかねない何かが付随していた。

 

 

『ふふふ、涙子さんは光子さんの活躍を一度でも見ることを勧めにします。彼女は、あなたと同系統の能力者の中では最高ランクです。きっと得るものが多いでしょう』

 

 

能力を開花させてくれた先生でもある上条詩歌から、そう言われていたが、実際に見せてもらうと、自分よりも何段も上にある魅力が、シンデレラの舞踏会には充満している。

 

ただの素人よりも、その道についてかじっている方が『技』や『手際』に魅入られやすいが、<空力使い(エアロハンド)>と同系の<空風飛弾(エアミサイル)>の佐天涙子にとって、婚后光子の『的当て』はまさにそれだった。

 

御坂美琴の<超電磁砲>や鬼塚陽菜の<鬼火>を見ても、ただ漠然と凄いとしか言えないが、婚后光子の<空力使い>は本当に凄いと頭で分かってしまう。

 

何というか、バスケに打ち込んでいる子が、プロのサッカーや野球の試合を見ても解説できないけど、NBAの試合に目を奪われてしまうようなものだ。

 

 

「あ、うん。ごめんごめん、初春」

 

 

Level0の時よりも、今の方が常盤台中学の凄さを実感している。

 

で、

 

 

「それで白井さん、なんか生気のない顔してるねぇ」

 

 

ぼぉ~~~………と。

 

その凄い常盤台中学の今年期待の新人である白井黒子は、機動力抜群のスポーツ競技用に調整された車椅子の上で放心状態。

 

これは佐天と同じく自校の活躍に感動されたわけでもなく、

 

 

「やっぱり、御坂さんのいない夜があと5日も続くと思うと生きる気力が湧かない……と」

 

 

あー……なるほど。

 

この同僚を無理やりにパトロールに連れ出した<風紀委員>初春が言うには、常盤台中学は<大覇星祭>期間中は学生寮ではなく、ホテルに泊まっており、ルームメイトとではなく、家族ごとに部屋は割り振られる。

 

この『外』から多くの人がやってくるお祭りに家族との交流も考えているのだろうが、そのためナイトパレード等夜遊びなどで規則も緩和しているので、学校としても管理しやすいように普段は<学舎の園>の中と外に二ヶ所に分けている学生寮を一ヶ所に集中させるためだろう。

 

初春や佐天は、黒子や美琴、詩歌と常盤台中学生との交流が多いが、基本的に彼女達で学外に出て活躍するのは少数派であり、多くが<学舎の園>で全てを済ませてしまう箱入りお嬢様で、常識に疎く、危なっかしいのだ。

 

それだったら家族同士でまとめておいた方が良いし、ホテル一つで済めば安いものだ。

 

なので、寝食の場所が変わろうが規則遵守なのは変わらず、そして、滅多に取れない家族との憩いに割って入るのも忍びないと分別もあり―――お姉様命な白井黒子は、毎朝の日課であるお姉様分の補充ができない。

 

 

「?」

 

 

けれど、それでも職務に気を抜かない姿勢は変わらず、

 

 

「初春。この道は巡回ルートから外れてますわよ」

 

 

「え? そんなことないですよ」

 

 

ごらんなさい、と黒子から<風紀委員>の見回りについての情報を表示させて携帯デバイスを手渡されたのを受け取れば、彼女の言う通り。

 

 

「全く、人の事をとやかく言う前に自分がしっかりしてくださいな」

 

 

白井黒子は、ある一点がものすごく残念だが、基本はしっかりものなのだ(というより、常盤台のお嬢様は何か一点残念な所がある)。

 

 

「何で間違えて憶えてんだろ……」

 

 

「まーまー、あたしもボーっとしちゃってたし、ちょっと多く回っても、あとで元のルートに戻れば問題ないじゃん」

 

 

「コラ! 不謹慎ですわよ」

 

 

そうして、しゅ~ん、と初春が落ち込んでいると、

 

 

 

「あー、ちょっといいですカ? あなた方は<風紀委員>の方でしょうカ?」

 

 

 

困った顔した大人の外国人が声を掛けてきた。

 

視線から察するに、初春か黒子が付けている『盾』をモチーフにした腕章を見て、尋ねてきたのだろう。

 

 

「え、あ、はい。もしかして、『外』から<大覇星祭>を観にきた観光客の方でしょうか?」

 

 

「はい。実は盗難にあってしまいましテ」

 

 

「わわっ、大変です。えーと被害は……何を盗られたんですか?」

 

 

<風紀委員>に支給されているメモ帳とを取り出すと―――路地裏からスッと白い手袋が伸びて、

 

 

 

――――ピッ。

 

 

 

「盗られたもの……そうですネ。――――御坂美琴との思い出……とカ」

 

 

 

本当に体感すれば、凄い、とすらも思わせずに終わってしまうこともある。

 

 

 

 

 

広場

 

 

 

結局、救急隊員からは何の情報も得られなかった。

 

 

『まったく何を考えているのです。公共機関に対して脅迫紛いの狂言なんて……大事にならないよう相手方が便宜を図ってくださったから良かったものの』

 

 

通報され、引き取りに来た綿辺先生に連れて行かれるまで、引っ掛けを混じえた問いかけをしたが、嘘をついているようには見えなかった。

 

なのに、都合の悪いとこしか憶えておらず、肝心な部分については忘れている。

 

そう、記憶を改竄されているようにしか思えない。

 

こんな事ができそうな奴と言えば………やっぱり、アイツだ。

 

 

『一体何があったんですか?』

 

 

……ダメだ。

 

綿辺先生は、常盤台中学の教師だけど、<妹達>について話せない。

 

 

『あ、あの、詩歌さんはまだ起きてないんですか……』

 

 

『ええ。上条さんが起床しないのは珍しいことですが、きっと目には見えない疲労が溜まっていたのでしょう。上条さんは今日は休ませておくつもりです』

 

 

確かに、その可能性もあるかもしれない。

 

昨日も自分の知らないところで、何かトラブルに巻き込まれていたそうだし。

 

でも……ここは愚兄にどうにか、詩歌さんを起こしてもらわないと。

 

 

『とにかく、何があったかは知りませんが、御坂さん。今は<大覇星祭>の会期中――学園都市が世界中から注目を集めている期間です。あなたはLevel5として我が校のみならず、学園都市の代表として振る舞わなねばなりません。それが重圧になっている事は理解していますが今や国民総マスコミの時代。軽率な行動は普段以上に慎まねばなりません。―――理解できますね』

 

 

そして、分からないのは、アイツ――食蜂操祈の意図。

 

救急隊員を<心理掌握(メンタルアウト)>で操り、<妹達>の運び屋をさせた目的。

 

<妹達>を保護管理していた上条詩歌を眠らせ続ける理由。

 

まだやったとは決まったわけじゃないけど、食蜂は、詩歌さんには一目を置いていたと思っていたのに……

 

 

 

 

 

 

 

(とにかく競技が始まったら適当に抜け出して……)

 

 

「―――あら丁度よかった。あなた達、御坂さんの事をしばらくお願いできませんか」

 

 

だが、送迎車から降りて、御坂美琴の目の前にいたのは、

 

 

「あう~、おなか減ったです」

 

 

無造作に伸ばされた薄緑色の髪を左右に丸い髪留めで結って、房をぴょこんぴょこんと揺らす庭師、

 

 

「暑いの。喉が渇くの」

 

 

「姉さん。ドリンクならここに」

 

 

赤みのある黒髪の劇場演出家と青みのある黒髪の舞台裏監督の無表情の双子、

 

 

「……眠い……」

 

 

褐色の肌に大雑把に結った黒髪の留学生の占師、

 

 

「はぅ、<大覇星祭>は人が多くて、苦手ですぅ」

 

 

小柄で愛くるしい顔立ちに、蝶の羽のように丸く結わいた黒髪の童女の薬師、

 

 

「おー、二日目第一試合は圧勝ですねー。鬼塚先輩も、相変わらず。ぶっ飛んで相手選手を音無会長が拾ってなかったら危なかったですよ。それに、婚后さんもすっごく飛ばしてるなー」

 

 

ヘッドホンにミラーグラスをかけ、触角のように跳ねさせているショートヘアーの僧侶、

 

 

「如何なされた、御坂先輩」

 

 

小学生低学年ほどの体格のウルフカットの『常盤台の騎士(ジャック)』。

 

 

「御坂さんは今ちょっと精神的に不安定になっているので見ていてあげて欲しいのです」

 

 

……最悪だ。

 

この見張り役に抜擢されたのは――――全員が『食蜂操祈の派閥メンバー』。

 

しかもよりにもよって、あの紅白戦で自分を負かした、他校では間違いなく主力級の曲者まで揃ってる。

 

『自然』の緑花四葉、『文化』の出雲朝賀、『美化』の出雲伽夜、『図書』のディスティニー=セブンス、『保健』の里見八重、『広報』九条葵のLevel5の『双璧』に次ぐ二学年の委員長『六花』に、黒子を抑えて一学年の首席である近江苦無。

 

そして、彼女達だけじゃなく、

 

 

「まあ、御坂さん。わたくしあなたとは一度ゆっくりとお話ししたかったんですのよ」

 

 

よろしくお願いしますね、と縦ロールのお嬢様がにこやかに手を合わせ、他にも『あまり先生方を困らせてはいけませんよ』や『御坂さんは腕白ですからねぇ』……と、やり辛い。

 

あくまで、彼女達は100%善意で、自分の事を心配しており、敵意がない。

 

おそらく食蜂からは何も聞かされていないのだろう

 

 

『―――御坂さん』

 

 

頭から直接響くこの声は―――<念話能力(テレパス)>。

 

 

『見張り役という事なので、御坂さんと回線を繋ぎました』

 

 

紅白戦でも一緒にチームだったから良く覚えている。

 

常盤台中学3年生のLevel3、口囃子早鳥。

 

その能力は、パスを繋いだ相手と自由に交信する情報伝達だけでなく、

 

 

『この回線が繋がっている間、わたくしは御坂さんのおおよその居場所を把握できます』

 

 

つまり、逃げればすぐに口囃子に分かってしまい、常盤台最大の『派閥』を相手にしなければならない。

 

特に『六花』と『常盤台の騎士』は一筋縄ではいかない相手。

 

だが、その様子を見る限り、油断、というか、半分以上は気を抜いており、全力で振り切ろうと思えば、逃げられるかもしれないが、ここで暴れれば、悪気のない彼女達もそうだが、無関係の観客にも怪我人が出る恐れがある。

 

どうやって情報を集める――――と、その時、美琴の視界に、

 

 

(黒子! 初春さんと佐天さんも!)

 

 

黒い長髪の少女に、車いすを引く花飾りの少女、そして、その車いすに座るツインテールの少女。

 

 

「ごめん! ちょっと知り合いと話してきていいかしら?」

 

 

何が本当であるかもわからない状況だが、四の五も言ってられない。

 

黒子は<風紀委員>で佐天さんも何かと勘の鋭い、そして、初春さんは詩歌さんも舌を巻くほどの情報収集能力を持っている。

 

美琴はこの機を逃してはいけないと急いで、彼女達に迷惑がかからない範囲で調査を手伝ってもらおうとお願いに―――けど、

 

 

「黒子ッ! ちょっと頼みたいことが……」

 

 

美琴は失念していた。

 

封じられたのは上条詩歌だけではないと言う事を。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「なんですの? 人の名前を気安く呼ばないでいただけますか?」

 

 

それは……まるで馴れなれしく話しかけられて不愉快だと言うような反応で、

 

 

「その制服は確か常盤台のものですけど、白井さんのお知り合いですか」

 

 

それは……まるで知らない人に声をかけられたような反応で、

 

 

「あー、もしかして、有名人の<超電磁砲>の御坂美琴さんですか」

 

 

それは……今までの御坂美琴との記憶がないような反応で、

 

 

「ッ……黒子。皆も、私をからかってる……訳じゃないわよね……」

 

 

「? 何を言ってますの?」

 

 

そう、ね。

 

彼女たちなら、きっとふざけても、こんな真似はしない。

 

 

「初春さん……佐天さんも……」

 

 

「えっ? なんであたしたちの名前……?」

 

 

「白井さんが話したんですか?」

 

 

「いえ、わたくしも面識はありませんの」

 

 

彼女達の瞳の中には、自分の姿がない。

 

彼女達の中には、御坂美琴という存在が、……いない。

 

 

「わたくし達の事、どこで耳にしたのかは知りませんが、お困りでしたら話を聞きますわよ。――――<風紀委員>として」

 

 

……こんなにも黒子が冷たく私に接するなんて。

 

馴れなれしい無礼な態度に不愉快だけど、それでも険しい目つきで仕事の定型文を読み上げて、これで十分に譲歩――こちらは歩み寄りましたよ、とでも言うように髪をさらっと流す。

 

黒子からすれば、知り合いの“フリ”をしながら話しかけた自分は、パトロールの邪魔なのだろう。

 

美琴がよく知る白井黒子は、自分が頼みごとをすれば、無条件で頷いてくれただろうに……

 

 

「……いや、いいわ」

 

 

結局、美琴は黒子に目を合わせられずに俯いたままで、美琴がそういえば、彼女達はそのまま行ってしまった。

 

嫌われてはいないのだろうが、その素っ気無い素振りが胸の奥にチクリと刺さる。

 

彼女達が3人でいる姿はとても自然で―――でも、やはりどこか違和感が拭えない。

 

この異常さに計り知れないものを感じ、強い不安を抱かずにはいられない。

 

 

―――いや、もう分かっている。

 

 

Level5序列第5位の<心理掌握>。

 

想いの読心、人格の洗脳、思考の念話、感情の操作、そして、記憶の改竄。

 

黒子達の素っ気無い素振りを理解できる。

 

白井黒子は、初春飾利は、佐天涙子は、御坂美琴を知らないのだ。

 

黒子にはただの学校の先輩で、佐天にはただの有名人で、初春にはただのお嬢様で……

 

 

 

―――やってくれたわね、食蜂……!!!

 

 

 

今も痛む胸の奥を凍らせて、その拳を握る。

 

詩歌さんだけでなく、私の友達にまで手を出して、狙い撃ちするなんて―――

 

 

 

―――もうこれは悪戯じゃすまされないわよ。

 

 

 

つづく


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