とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 妹はつらいよ

閑話 妹はつらいよ

 

 

 

とある学生寮

 

 

 

『なあ、詩歌。常盤台の授業参観って、いつだ?』

 

 

『まだ先ですね。それがどうかしたんですか?』

 

 

『いや…何だ……お兄ちゃんとして妹の学校生活が気になってな。色々と』

 

 

『ふむ。なるほど、そう言う事ですか――――』

 

 

 

 

 

 

 

「――――という訳で当麻さん。私の代わりに常盤台中学の授業を受けてみませんか?」

 

 

朝食後。

 

そろそろ学校に出かけようか、という時間帯。

 

ネクタイを直すついでに詩歌が当麻の左耳に何かをつけると、まるで世間話をするように何気なくその言葉を口にした瞬間、当麻の思考がストップした。

 

 

「……え、えっと…すまん。良く聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」

 

 

もしかすると寝言なのかもしれないし、また自分の頭が寝惚けているかもしれない、と。

 

少しの間を置いてからもう一度訪ねる当麻に、詩歌はしれっと口を開く。

 

 

「昨日、私の学校生活が気になるって、言ってたじゃないですか。授業参観はまだ先の話ですけど、私になって授業を受ければ、身に染みて良く分かると思いません?」

 

 

なるほど。

 

確かに、詩歌の学友を見てて、常盤台は傭兵養成所か、または、芸人養成所などと色々と気になっていて、出来れば授業参観でその学校生活を自分の目で見てみたいと思っていた。

 

でも、

 

 

「……常盤台中学って、“女子校”だよな?」

 

 

「はい」

 

 

「……俺の勘違いでなければ、女子校って、女の子しか入れない所だよな?」

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

「当麻さんの性別は、男なんですけどっっ!!?」

 

 

 

 

 

力を込めて主張する。

 

上条当麻は男の子だ。

 

どっからどう見ても男の子だ。

 

そんな奴が、妹の代わりに授業受けに来ましたって、女子校に入れば一発で警察じゃなくて、精神科のある病院へ送られるに決まっているだろ!

 

いや、あのカエル顔の医者だって、そんな奴の前じゃ流石に匙を投げるぞ!

 

でも、

 

 

「はい、知ってますよ」

 

 

そんな致命的な問題は百も承知だと言うようにあっけからんと詩歌は頷き、

 

 

「ですから、“私の代わりに”出てみませんか? と聞いたんです」

 

 

にっこりと微笑みながら、カバンの中からさっき当麻に付けたイヤリングのもう片方を取り出す。

 

何だか複雑な形と細かな文字が刻みこまれているようだが、普通の挟んで付けるタイプのイヤリング。

 

それを詩歌は自分の耳の右側に付けて、

 

 

 

「<意識交換(ボディチェンジ)>」

 

 

 

突如、当麻は頭の中身だけを誰かに掴まれ、遠くへ持ち攫われてしまうような、強烈な感覚が襲われる。

 

周囲の光景が、まるでジェットコースター並に高速で動くメリーゴーランドのように大きく揺らぎ、掻き回されるように歪んで、ぐるぐる回転する。

 

波が引くように遠のいた意識が、また、波が寄せるように戻って―――はっと我に返る。

 

何だかいつもより視点が低く、鮮明に感じられる当麻の視界に移ったのは、こちらを見ながら爽やかに微笑んでいる“当麻自身の姿”だった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

混乱と、動揺と、身体を包む形容し難い違和感。

 

どこもかしくも馴染みのない感覚に思わず両手を見下ろせば、そこにあるのは白くたおやかな指先。

 

視点をずらせば、肩から胸元へふわりと零れ落ちる明るい黒の柳髪と、見慣れた妹の学校の制服と、そして、ずっしりと重量感のある、抑え込んでもはちきれそうに豊かな胸の膨らみで………――――

 

 

「―――って、えええええええっっ!?!?!?」

 

 

こぼれ落ちんばかりに大きく両目を開けて、絶叫する。

 

 

(いや、ちょっと待てっ、冷静になるんだっ、俺! いくらなんでも『俺が詩歌になっちまうような馬鹿げた事』が起きるはずがないだろっ!? で、でも、当麻さんが出した声、なんか詩歌っぽいし、手の平はもちろん、この反則的な胸は間違いなく詩歌の―――って言うか。もし、もしそうだとするなら)

 

 

と、そこで恐る恐るもう一度、目の前にある見慣れた自分のツンツン頭を見ると、にこにこと微笑んでいて、

 

 

「どうやら、成功したみたいですね」

 

 

「って、詩歌っ、詩歌なのかっ!?」

 

 

「はい」

 

 

左耳に付けたイヤリングに触れつつ、当麻――もとい、当麻の姿をした詩歌は頷いて、

 

 

「このイヤリング。意識を交換する道具なんです。科学と魔術其々の精神、魂などの理論から、当麻さんの右手に邪魔されぬよう意識だけを交換する術を構築し、それを基にして組んだのがこのイヤリングなんです。ふふふ、ちょっと、頑張って作ってみました」

 

 

「―――って、待てっっ! 意識を交換!? まるで新しい料理法を見つけたみたいな気軽なノリで言っているようだが、それってとんでもない発明なんじゃねーのか!?」

 

 

その衝撃的発言に、あんぐりと開いた口が塞がらないと言わんばかりに大きく口を開けてしまう詩歌――もとい、詩歌の姿をした当麻。

 

その衝撃は無論当麻だけでなく、この部屋の居候で10万3000冊の魔導書を記憶する『魔導図書館』、インデックスもまた驚いていた。

 

 

「うん。意識を交換させるっていったのは魔術にもあるんだけど、それにはとっても複雑で気の遠くなるような術式を魔導書レベルで組み上げる必要があるんだよ」

 

 

例え世界最速筆の<隠秘記録官>でも、薄い魔導書を仕上げるには3日間不眠不休で取り掛かる必要があるのだ。

 

魔導師崩れの運び屋は瞬時に魔導書のページを書き上げたらしいが、それでも使い捨てだ。

 

魔導書レベルの霊装をプラモデルの工作のようにお手軽に作り上げるとは…しかも、ただ学校生活を見せるためだけに。

 

 

「ふふふ、詩歌さんは結構手先の器用さには自信がありますよ。両手同時にお米に般若心経を書いたり、素手でシャボン玉をお手玉したり、細胞サイズの部品を組み上げたり……でも、今回のは、ちょっと肩が凝りましたけど。でも、<梅花空木>や<調色板>と比べれば楽勝でした」

 

 

……前にも思ったが、俺の妹はその無駄遣いしてもあまりあるハイスペックな性能を活用する方向が若干ずれているような気がしないでもない。

 

とりあえず、この一族特有の体術を操る研究者ですら敵わないであろう発言をしている詩歌に、当麻はもう何だか色々と諦めたように首を振ってしまう。

 

改めて、この常識外の天才な妹の凄さを思い知らされる。

 

 

「……という訳で、どうしますか? 当麻さん」

 

 

「はっ? ……って、ああ……」

 

 

当麻の中で常識という言葉が激しく揺るがされたが、そもそもの発端を思い出して、当麻は大きく頷く。

 

 

「なるほど……確かにこれなら男の俺でも怪しまれずに女子校に入れて、しかも詩歌の学生生活を実体験できる―――って、そういう問題じゃねぇだろ!!」

 

 

つい一瞬納得しかかったが、我に返った当麻が慌ててツッコミを入れる。

 

 

「無理! 絶対に無理! いくら詩歌の身体でも常盤台で授業を受けるのはマズイだろっ!! だいたい、俺、常盤台のレベルに付いていけるほど頭良くねーしっ!!」

 

 

「大丈夫ですよ。もうこの時期の3年はほとんど授業を終わらせていますし、今は個人的に興味があるのを選択してやっているんです。その中でも高校レベルの授業もあります。だから、あまりボロを出さないよう大人しくして気をつけていれば問題はありません」

 

 

「そうなのか―――じゃなくて、そもそも兄が妹の」

 

 

と、そこでいきなり詩歌は大きく長い息を吐く。

 

 

「はぁ~。当麻さんの要望をどうにか叶えようと苦心して、頑張ったのに……人生って虚しいです」

 

 

「え、っと。確かに俺が昨日言った事が発端なのかもしれないがな。これはちょっと……」

 

 

「はぁ~。分かりました。折角、当麻さんに喜んでもらおうとしたのに私がしたのは所詮、ありがた迷惑だったんですね。ああ、悲しい。この心が凍てつく痛みの影響で、今夜の夕飯は細かく砕いた氷を入れた冷やし中華にキンキンに冷えたアイスクリームに……」

 

 

 

………………………………

 

 

 

「わかった。やるよ……」

 

 

という訳で、ここで兄として拒否して、妹の努力を無にする訳にはいかず、詩歌に若干強引に押し切られる形になったが、当麻の妹の学生生活実体験ツアーが始まった。

 

ちなみに、同時進行で詩歌の兄の学生生活実体験ツアーもまた始まっています。

 

 

 

 

 

常盤台中学

 

 

 

鼻と柑橘系の果実を組み合わせたようなえもいわれぬ女の子の香りが鼻孔を擽る……

 

野郎共の汗と体臭など不純物が混ざる共学とは違う、百花繚乱のお嬢様達が集う花園。

 

男の視線が無い女子校という事もあってか、不意打ちのように無防備な仕草が視界に飛び込んでくるのもしばしば。

 

見かけは美少女だが、中身は青少年の当麻にはキツい。

 

 

(せ、折角の機会だ。しっかり妹の学生生活がどんなものか確かめねーと。詩歌って、自己評価と周囲の評価とズレている事があるからな…)

 

 

とりあえず、あまり目立たぬように気を払い、極力周りが見えないように………としたい所なのだが、

 

 

 

「詩歌様、おはようございます」

 

「今日もいい天気でございますわね、詩歌様」

 

「し、しししし詩歌様! 今日も神々しい輝きを……。いえ、今日は何だか格好良い……、あ、あのお、おお、おおおおお姉様と………」

 

 

「お、おはよう…ございます、皆、さん」

 

 

この同性であろうと目を引く容姿で、しかも学校の中心人物ともいえる妹の姿でそれは無理な注文というものだ。

 

しかも、その内の1人は鼻息が荒く、今にも過呼吸で失神しそうな、こちらがガチで引くアレなレベルで。

 

それでもその子にも極めて平常に努めて挨拶を返そうとしたのだが『申し訳ございません。この子はまだ今年に入ってきたばかりの新人なものでして、抜け駆―――ではなく、なりふり構わずお近づきになろうとするのはOG・OBからも厳禁と、他の方とは一線を画しておりますので………』と、いきなり現れた女子生徒達に攫われて行ってしまった。

 

その後ろ姿をじっと固まったまま見送り、当麻は色々と気になったが、『まあ、まさか、青髪ピアスが言うような事は、な……』と考えるのはやめにした。

 

 

(でも、何だ。皆に慕われてんのはすっげー分かるな)

 

 

 

 

 

常盤台中学 詩歌の教室

 

 

 

教師が大画面を使って授業し、学生1人1人にノートパソコンが支給されている……みたいな事はなかった。

 

黒板にチョークを走らせ、それをノートとペンで板書していく。

 

設備や授業意識のレベルが違う、正直妹の予習ノートが無ければついていけなかったが、基本的なのは当麻の学校と同じのようだ。

 

もちろん、当麻の理解が及ばないようなあらゆる分野を講義する専門の授業もある。

 

でも、当麻は授業を受けに来たのではなく、学校生活を見に来たのだ。

 

ただ、詩歌の評価が下がらないように、普段は頭半分で授業を受けているが、今日は全力で集中し(ハイスペックな妹の身体のせいか普段よりも頭の回転が速くなったような気がする)なれど優雅に余裕があるように、イメージ的に言えば水面下で必死に足を動かす事を悟られない白鳥に見えるように頑張った(周囲からは何しているのだろうか? と疑問に持たれているのに気付いていない)。

 

そうやって、『今日は詩歌さんじゃなくて当麻さんですから、当てるなよ~当てるなよ~』と呪怨染みた念を教師に送りながら授業を受け続け……現在昼休み。

 

 

「詩歌っち~、一緒にお昼食べようよ~」

 

 

ルームメイトでクラスメイトの鬼塚陽菜からお昼のお誘い。

 

このお嬢様が集う教室の中で、男女間の差を感じさせず、唯一、当麻のクラスにも馴染めそうな空気を持つ彼女に、当麻は色々と気が楽になった。

 

最初は妹に暴力的な悪影響を与えている要因の1人かと思っていたが、こうして気楽に話しかけられ、息継ぎができる相手は貴重だ。

 

休み時間の間も色々と助けられた。

 

 

「(今日こそお姉様とと思ってたのに……)」

 

「(やはり、ここは顧問として引き込む……)」

 

「(ええ、このお昼休みは会議ですわね……)」

 

 

……それに、何となく虫よけにもなっているような気がする。

 

馬鹿は馬鹿だけど………

 

 

「ねぇ、何だかすっごく失礼なこと考えてない?」

 

 

「え、いや、何でもねー…ですよ?」

 

 

「…何だか調子がおかしいようだけど、大丈夫? 調子が悪いようなら保健室に……」

 

 

「ああ、大丈夫大丈夫! それよりも詩歌さん、お腹ぺこぺこだから早くお弁当を食べたいなーっ!」

 

 

ふうん、と訝しみ、怪訝なまなざしを送り

 

 

「じゃ、早くお昼にしよっか」

 

 

納得しているかどうかは分からないが、楽観的な陽菜はそれ以上追及してこなかった。

 

助かった……が、気をつけないと。

 

 

(授業もレベルが高い。クラスメイトとも仲が良いし、調子に乗るけど鬼塚も案外良い奴だったな……)

 

 

 

 

 

常盤台中学 食堂

 

 

 

安物の長テーブルがぎっしりと並ぶ当麻の高校の学食とは違い、この常盤台の広い食堂には瀟洒なテーブルが余裕をもって配置され、自然の光を多く取り込めるような構造、と上等な空間に仕上がっている。

 

そして、見渡せば、悪友の義妹、土御門舞夏と言った百花繚乱家政婦女学院から派遣されている給仕の姿がちらほら。

 

そんな中、学生達は優雅にお上品に食事を楽しんでいる。

 

昼休みになれば購買で争奪戦が始まる大きさも質も段違いだ。

 

 

「じゃ、席取っておいてねぇ~」

 

 

そう言って、陽菜はバイキング方式で並べられている料理の許へとまっしぐら。

 

競争相手がほとんどいないこの場では彼女の独壇場だろう。

 

狩り尽くさない程度の良識は備えていると信じたい。

 

当麻は詩歌に渡されたお弁当を持って、開いている机が無いかと見渡すと、

 

 

(あ、御坂…―――って、どうしたんだ?)

 

 

ある一角で、あうあう……とランチセットを脇に避けて机に突っ伏す美琴。

 

今朝、『色々』とあって大遅刻してしまったのもそうだが、その後の授業中もあの言葉が頭から離れず悶々とし、それを教師から咎められ、それでもまた悶々と……を繰り返し繰り返し、結局、昼休みまで引き摺っているらしい。

 

とりあえず、机には空きがありそうだし、何があったかは分からないが(その『色々』には自分が非常に関連している事を当麻は知らない)、知人が落ち込んでいるのをスルーするのはどうだろうか、と。

 

 

「ここいいか、しら? 御坂、美琴さん」

 

 

「あ、詩歌さん」

 

 

声に反応し、上体を起こした美琴の顔は微妙に頬が赤い。

 

 

「どうした、の? 熱があるようだけど」

 

 

「あ、いや、その今朝……――いえ、何でもないです何でもないです」

 

 

ぶんぶん、と顔だけでなく身体も振る。

 

少しだけだったが額に触れてもさほど熱はなさそうだし、この様子を見る限り元気はありそうだ。

 

何か、精神的なものか、と結論付けると当麻は席に座る。

 

 

(しっかし、……どうしたんだ、コイツ?)

 

 

ここは相談に乗るべきなのだろうが、生憎、今の当麻は詩歌で、ボロが出ると不味い。

 

もし知られたら、問答無用で超電磁砲をぶっ放してきそうだ。

 

とりあえず、落ち着きなく視線を右往左往させていると、こちらに視線を向けているものが1人。

 

 

「あらぁ~、詩歌さんに御坂さん。ご一緒にお昼ですかぁ~?」

 

 

年下なのに蠱惑的な色気を漂わせる美貌と、抜群のプロポーション。

 

確か、詩歌の後輩で、Level5で、<大覇星祭>では何だかんだで交流を深めた……

 

 

「操祈さん、こんにちは」

 

 

取り巻きに二言三言何かを告げると別れ、食蜂はそのままエクレアを乗せたお盆を手に、何の断りも無しに席に座る。

 

 

「はい、詩歌さん………ん?」

 

 

そして、星が入った瞳で当麻を覗いたとたん、どこか違和感を覚えたのか首を傾げて、

 

 

「えい☆」

 

 

「ッ!?」

 

 

ぴっ、とリモコンを向けられ―――瞬間、当麻に頭痛が襲った。

 

突然の頭痛に当麻は片手で頭を押えて、頭を垂れる。

 

 

「ちぇ、厄介よねぇ、電磁バリアー」

 

 

(まさか、今コイツなにかしたのか!?)

 

 

当麻が何をしたのかと問おうと―――する前に、

 

 

「アンタねぇッッ!!」

 

 

バンッ! と美琴が食蜂へ凄む。

 

先程の羞恥にふやけた様子は一切ない。

 

普段、当麻に対してキレるのとは別種の怒りの色がその顔にありありと浮かんでいる。

 

 

「まだ懲りてないようね!? 一回頭を吹っ飛ばしてあげましょうか!?」

 

 

「お、おい、落ち着、きなさい、美琴さん」

 

 

「詩歌さんは甘過ぎます! だって、コイツ今―――「良いから落ち着きなさい」」

 

 

当麻の……ではなく、詩歌の一喝により、美琴は渋々矛を収めて腰を下ろす。

 

何があったかは知らないが、今、食蜂に何かされ、それを美琴が怒り、といったところだろう。

 

とりあえずは、未遂で終わったようだし、あまり騒がせるのは良くない。

 

 

「操祈さんも反省しなさい」

 

 

「はーい、反省しまーす。でも、詩歌さん、今日は何かちょっといつもと違う気がしてぇ、つい」

 

 

ギクッ。

 

そういえば、食蜂は人の頭を自在に覗ける学園都市最高の精神系能力者。

 

今、詩歌の身体に乗り移っているのは当麻である事を勘付かれたのか!

 

でも、どうやら確証は得られていないようだし……

 

 

「つい、って。アンタはまた詩歌さんに対して!」

 

 

「いいじゃない。御坂さんが色々とかけている迷惑に比べれば、この程度は可愛い悪戯みたいなものでしょう? 私だって御坂さんと同じ後輩なんだから、甘える特権をひとり占めするのはずるいわよぉ」

 

 

「ひとり占めなんてしてないわよ! それにアンタだって、<大覇星祭>では……」

 

 

……とりあえず、この2人は馬が合わないと言う事は理解した。

 

心情的には美琴の側に回りたいのだが、そうなると食蜂の方が怖くなるというか。

 

睨み合う2人の間に座っていて、当麻もちょっと逃げ出したい気持ちになっていると、そこに、

 

 

「あれあれ~? ケンケンの中の美琴っちに食蜂っちが一緒にお昼してると思ったら、詩歌っちを巡って喧嘩かい? ったく……」

 

 

盆に山ほどの料理を乗せた陽菜。

 

よし、ここは大岡越前みたいに割って入って……

 

 

「詩歌っちは私のだー! 後輩達には渡せないよん! だから、私もこの喧嘩に混ざる♪」

 

 

……なんて期待したのが間違いだった。

 

陽菜は面白半分で状況をややこしくさせるのが大好きな奴だった。

 

 

「おい、おに――陽菜さん! ふざけないでください!」

 

 

「はっはっはー、止めてくれるな、詩歌っちよ。これは譲れない―――っと」

 

 

シュ―――と。

 

風を切り、何か棒状の物体が陽菜へ飛来。

 

しかし、それは陽菜に届かない。

 

盆に載せた割り箸を使い、その何か――氷でできた苦無を弾いたのだ。

 

 

「ちっ、切り裂き魔(ジャック)かよ」

 

 

陽菜の視線の先、食蜂の背後に、いつのまに1人の少女がいるのを見て、当麻は目を丸くする。

 

どことなく子犬をイメージさせるようなギザギザのウルフカットで、あの担任の合法ロリな小萌先生よりも少し大きい程度の小柄な体躯で幼さの残る顔立ちの、子供――それも少年っぽい印象のある少女。

 

しかし、いくら小さいからって、そこにいた事に気付かなかったとは。

 

 

「この悪鬼め。姫に迂闊に近づこうとするな。それから私は切り裂き魔では無い。近江苦無(おうみくない)だ」

 

 

今年入ったばかりの常盤台中学1年生、近江苦無。

 

彼女は犬歯を剥き出しにしながら、陽菜に敵意丸出し。

 

それにホトホト呆れたように陽菜は食蜂へ視線を向け、

 

 

「おい、飼い主。ちったぁ、飼い犬の躾くらいしとけよ」

 

 

「ごめんなさいねぇ、鬼塚先輩。ウチの子達にはきちんと言い聞かせたつもりなんですけどぉー♪」

 

 

「出過ぎた真似をお許しください、姫。この悪鬼はいつ牙を向くか分からぬ狂暴な荒くれ者故に」

 

 

「おいおい、物騒な挨拶しておいて言いたい放題してくれちゃってんなぁ、一年坊。一応、私、最高学年で、そこにいる姫さんより年功序列的に上なんだけどねぇ」

 

 

「口を慎め。お前こそ、いくら先生のルームメイトだからといって調子に乗るんじゃあない」

 

 

……何だろう。

 

事態がより一層混沌と化しているような…

 

授業の疲れを休める為の時間なのに、すっごい疲れるような…

 

それからいつになれば、食事ができるのだろうか…

 

当麻は誰にも聞こえないように心の中で、ポツリと。

 

 

 

(不幸だ…)

 

 

 

 

 

公園

 

 

 

「<意識交換>」

 

 

 

誰の視界に写らぬ公園の林の中。

 

人気のないその場所で、自分の身体に戻った当麻はすっかり疲れ切った表情を浮かべながら嘆息する。

 

 

「それでは、当麻さん。右手でこのピアスを壊してください」

 

 

「え、いいのか? 折角作ったんだろ?」

 

 

差し出された手の平には、複雑で細かな文字が刻まれたピアス。

 

これを作るには相当な手間がかかったはずだ。

 

当麻は戸惑うが、それでも詩歌は穏やかに微笑み、

 

 

「いいんです。これはちょっとした遊びの為に作ったものですが、悪用すれば、大変な事になるかもしれません。だから、誰かを危険な目に遭わせる前に、誰かに知られる前に破壊します。それにまた作ろうと思えば、作れますから」

 

 

悪用、その言葉に当麻は少しだけ悲しくなる。

 

どんなに素晴らしい力であろうと、その方向性を間違えば、人を不幸にさせる事ができる。

 

だから、今のうちその種を潰しておく。

 

当麻は、詩歌の気持ちを汲むとピアスを掴み、その力を殺す。

 

妹が作った遊び道具を、遊び道具のままで終わらせる為に。

 

 

「…疲れた。本当に、今日の当麻さんの心はグロッキーですよー」

 

 

「ふふふ、充実した時間を過ごせたようで何よりです」

 

 

充実した時間……確かにそうだったのかもしれない。

 

設備、人材、そして、1人1人の意識の高さ。

 

あそこで揉まれて、卒業すれば嫌でも世界に通用する人間になれる。

 

だが、それとは別な部分、授業ではなく、学校生活の方が心労だった。

 

昼休みの、あの能力はあるのだろうが性格に一癖も二癖では収まりきれないお嬢様達との食事会。

 

当麻はただ只管に笑っていることしかできなかった。

 

一体、あの曲者達をどう御して………

 

 

「ああ、そう言えば、当麻さん。私の身体、どうでしたか?」

 

 

と、さりげない詩歌の問いに当麻はかっ、と顔が赤くなり―――

 

 

「―――って、意味深っぽく言うんじゃねぇよっ!!」

 

 

「え、見ていないんですか?」

 

 

当麻の反応に、詩歌は逆に驚いたような顔を浮かべる。

 

 

「妹の観察をしたいと言うからてっきり、あられもないポーズの写真を撮ったり、好奇心と欲望の赴くまま、隅々まで観察されたりとか……」

 

 

「してねぇよっ!! 俺が見たかったのは学生生活だ!!」

 

 

「あれ? そうなんですか。残念です。別に当麻さんなら、胸くらい揉んでも良かったんですけど」

 

 

「っ……」

 

 

その言葉に、つい当麻は視線を落としてしまう。

 

こうして改めて見ると詩歌の胸は、その溢れんばかりの母性が詰まっているのか、同年代では比肩できる者などほとんどいないくらいにたっぷりとしたボリュームで……

 

 

「ふふふ、冗談ですよ。当麻さんでもそう簡単には触らせてあげません。ま、硬派な当麻さんのことだから、ちゃんと信頼してましたよ」

 

 

ごくり、と。

 

思わず唾を呑み込んでしまった当麻に、詩歌はくすくすと微笑む。

 

あの4人も曲者だったが、自分の妹が誰よりも曲者だ。

 

からかったのかよ……と一瞬言葉に詰まったものの、小さく溜息をつくと、

 

 

「……とりあえず、詩歌が常盤台でちゃんとやれてるっつうのは良くわかった」

 

 

あの昼食会も、結局最後は当麻の、ではなく、詩歌の鶴の一言で収まった。

 

それほど、妹が信頼されているのだろう。

 

授業も、別に傭兵養成所や芸人養成所なんてものではなくきちんとレベルが高いものだったし。

 

今回の常盤台中学体験で当麻は安心し、そして、

 

 

「詩歌を妹に持てて、兄として鼻が高い。だから、お兄ちゃんも頑張らなくちゃな。あ、でも…」

 

 

明日からは、当麻もきちんと授業を受けて、クラスメイトとの交流を深めて、学校生活を全力で楽しもう。

 

やる気スイッチの入った当麻に、詩歌は唇の端をそっと持ち上げて、

 

 

「ふふふ、そうですか。私も進学(予定)先の授業を体験できましたし、当麻さんがどんなに皆に慕われているか良く分かりました」

 

 

まるで、天使のような詩歌の笑顔

 

自然と頬が赤らめるのを感じつつ、当麻は胸中で愚痴る。

 

 

(…ったく、ちっとは叱ってやろうかと思ったんだが、これじゃあ何にも言えねーよ)

 

 

そうして、2人は仲良く帰路へ――――と、そう問屋は降ろさなかった。

 

 

「ええ、本当。あそこまで慕われていたなんて…。まさか、吹寄さんまでもが……」

 

 

ゾクッとする悪寒が背筋を襲う。

 

当麻はもう一度、詩歌の笑顔を見て、気付く。

 

 

―――あれ? 目が全く笑ってないぞ?

 

 

詩歌があの曲者な問題児を御している要因の1つは、純然たる恐怖。

 

妹分も、後輩も、悪友も、生徒も、全員が上条詩歌を畏怖しているのは、その存在を躾によって刻みつけられているから。

 

それは愚兄であっても例外ではない。

 

そして、新たに確認した『フラグ続出者』の記録更新に詩歌の内心の笑みはますます深くなり(無論、目はどんどん冷めていく)……

 

 

「フフフ、今日の夕飯、当麻さんだけ極寒北極ツアーです」

 

 

Q 上条詩歌に最も似合う顔は?

 

A 笑顔。

 

Q では、上条詩歌の最も怖い顔は?

 

A 笑顔(ただし目は全く笑っていない)。

 

 

 

 

 

 

 

さらに翌日。

 

 

「~~~~っ!! こ、こっちに来ないで!!」

 

 

登校途中でばったり美琴と出会い、挨拶しようと近寄ったら何故かいきなり電撃の槍を投げつけられ、

 

 

「かみや~ん、モテない男達の執念を思い知るが良いにゃ~」

 

「今日はフラグ男狩りじゃーっ!!」

 

 

さらに教室では青髪ピアスと土御門を筆頭に男子が釘バットを持って待ち構えてたり、

 

 

「…あれ? 上条君。元に戻ってる?」

 

「昨日のときめきは?」

 

 

姫神や女子達には何故か微妙にがっかりされたり、

 

 

「か、上条。ど、どう?」

 

 

「え、何? それよりどうした? 変な顔して」

 

 

「っ!! 貴様、やっぱりからかって!!」

 

 

いきなり不機嫌になった吹寄に鉄槌を下されたり、と何だか物凄く理不尽な不幸に遭わされた当麻であった。

 

 

「不幸だーーーーっ!!!」

 

 

 

つづく


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