とある愚兄賢妹の物語 作:夜草
閑話 兄はつらいよ
道中
爽やかな朝。
空は眠気を一掃するほど晴れやか。
どこを見ても雲一つなく、目に染みるほど青い。
そんな世界中に繋がっている空の下で、御坂美琴は走っていた。
(ああもう! ちょっと寄り道してたら遅くなっちゃったじゃない!)
常盤台中学は、たとえ能力者達の頂点とも言えるLevel5であろうと特別扱いをされる事は無く、遅刻をすれば遅刻なのだ。
むしろ、クラスの皆から羨望の眼差しを受けている分、失望されると思うとダメージはきつい。
よく、あの幼馴染は、毎朝早くあの愚兄の許へ行き、世話するだけの余裕があるものだと常々美琴は思う。
と、その時、
「おはよう、御坂」
ん? と顔を後方へ向ける。
そこには、あの幼馴染の愚兄のツンツン頭………ん?
何故か違和感を覚える。
本当にコイツは上条当麻なのか、と。
いや、何故か左耳にイヤリングをつけているが、別に髪の毛を切ったとか、顔が違うとか、どこかが変わったという訳ではない。
だが、何となく別人のようにも見える。
眩いオーラというか、爽やかな香りというか。
普段とは違った雰囲気に包まれていて、その彼の妹である幼馴染を彷彿させるような笑顔に思わず――――
「はは、今日はラッキーだな……朝から御坂に会えるなんて」
…………………………、はい?
一瞬、美琴は自分の耳が果てしなく遠くなったような気がした。
「え、っと……今なんて言った?」
「ん? どうした寝惚けてんのか、御坂?」
「いや、……うんそうね。そうよね。気のせいよね」
疲れてんのかしら、私? と美琴は皺を寄せた眉間に指を置く。
ここ最近色々なイベントが盛り沢山だったような気もするが、それがひょっとして目には見えない疲労となって心身に積もって、だから……
「あはは、寝惚けている御坂も可愛いな。うん、可愛い御坂を朝から二度も見れるなんて幸せだな」
「―――ちょっと待って!!!」
走るのを止めて、ストップをかける。
当麻もまた並走を止めると美琴の方へ軽く頭を傾げながら振り返る。
うん。
その様子は純粋に疑問に思っているようにも見え、だが、その発言には不純物が聞き逃せないくらいに盛り沢山だった。
「……いっ、いきなり何変な事言ってんのよ、アンタっ!? ひょっとして私の事馬鹿にしてるの!!」
照れ隠し―――じゃなくて、脅しをかけるように前髪から高圧電流の火花を散らす。
こうすれば、いつもアイツはビビる。
能力を打ち消す右手があるようだが、だからと言って、電撃が怖くなくなる訳じゃないのだ。
しかし、愚兄は全く怖がるそぶりを見せずに、こう言った。
「え……馬鹿になんてしてねーよ。お前、すげえ可愛いじゃないか?」
…………………………
………………
…………
……
―――おかしい。
おかしいぞ。
間違い探しで全く別の絵を見せられたくらいにおかし過ぎる。
いつも会うたびに面倒くさそうな顔して、デリカシーの無い発言をしては私に電撃を放たれて、不幸だ不幸だ、と嘆いて逃げる奴なのに、
きょ、今日のコイツは―――
「っ、かっ、可愛いってっ……そ、そんなことっ……」
わ、私を避けるどころかわざわざ近寄ってきた挙句、か、かかかかか可愛いだなんて!?!?
し、しかもししゃーわせぇ、だって!?!?
絶対におかしい。
もしかしたら、あの『海原』のヤツかもしれない。
だけど、思わず、その目を丸くしてしまうのは止められず、
「あれ、もしかして自覚ないのか? そんなの誰が見ても分かる事なのにな」
「っ……!?!?」
さらりと当麻が言い放った瞬間、美琴の整った顔がこれ以上に無いほど赤くなり、俯いてしまう。
(な、何!? 今日のコイツ、ちょっと……いや、大分変だけど、でも、でも……)
その恥ずかしそうに伏せられた睫毛と躊躇いがちに唇を開こうとする様は、普段の美琴からはとても想像できない、一目でどきりとするようなしおらしい表情だった。
そんな美琴の頭を愛おしそうに、その右手で当麻は撫でる。
……き、気持ちいい。
恥ずかしいんだけど、すごく気持ちが良い―――と、そこで気付く。
(あ、あれ、電撃が封じ込められている!?)
いとも簡単に能力を封じ込める右手。
という事は、『海原』のような偽物ではなく正真正銘の本物。
で、でも、いつもよりも何だか雰囲気が違うような違わないような……
それに、あの『海原』よりも爽やか度200%増の好青年な笑みとその年上の余裕の、されど親しみやすい態度が……
これまでずっと、詩歌さんと比べたら普通だと思ってたけど、こうして見るとそれほど悪くないというか……
いや、悪くないどころか、もしかして、コイツって実は……――――
「そういや、御坂。この時間に、こんな所にいるって事は、また猫達に餌をあげようとしたのか?」
「―――ッ!!? にゃにゃんでそれを!?」
舌を噛んで猫語になってしまったが、そんな事はどうでも良い。
今日、美琴が遅刻しそうになっているのは、朝、詩歌が世話しているノラ猫達に餌をあげようとしたからだ。
自分の事を良く知っている幼馴染に知られただけでも恥ずかしいというのに、それをまさか1番知られたくなかったコイツに―――
「おっと、御坂の顔に見惚れてたら遅刻になっちまうな」
少し名残惜しそうに、去り際にぽんぽんと頭を軽く撫でたら、
「じゃあ、御坂。お前も遅刻なんかすんなよ」
と、笑顔で手を振ると当麻は美琴から離れて走り去ってしまった。
が、
その姿、とても爽やかで輝いていた。
普通の男がしたならば、別にどうでもない事でも、イケメンが無邪気にすることにより、女性限定で多大な攻撃力を発揮するのだ。
しかも、それが気になる男性だとするなら効果抜群。
それを真正面から受け切ってしまった美琴の心中は一体いかほど……
その後ろ姿を見えなくなるまで、ぷるぷると身体を小刻みに揺らしながら、必死に我慢、頑張って頑張って頑張って超頑張って滅茶苦茶頑張って―――我慢しながら見送った――いなくなったのを確認した後、
「……ぁっ……ふっ……ふにゃっ……ふにゃ~~~~っ!!!!」
この後、美琴はしばらくその場で硬直し続け、朝のHR終了間近で教室に入ったという大遅刻をする事になった。
とある高校
チャイムが校内に響き、昼休みの時間が始まる。
学生達はいつものように購買へ行ったり、食堂へ行ったり、弁当を取り出したり、と……ただ、その雰囲気までもいつも通りという訳にはいかなかった。
「皆。大丈夫かなぁ……」
黒板に書かれた『自習』の文字を見つめながら、姫神秋沙は思い返す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いつも通りの朝。
いつも通りの風景。
いつも通りの日常。
クラスの席が徐々に埋まりつつあり、この朝の静寂も賑やかな喧騒に破られ、そして―――この男によって幻想は全てぶち殺された。
「おはよう、皆」
何だかいつもと調子の違う挨拶に、教室にいた誰もが声の主へと顔を向ける。
すると、教室の引き戸が開いた先に、その男は爽やかで、純粋なのだが、どこか妖しくもある魔性の笑みを浮かべていた。
『あれ……何だろ? 胸がドキドキする』
『上条君の笑顔……眩しい』
『今日の上条君、いつもより素敵…』
微笑みにクラスの女子の大半が、ぽーっと口を開けて呆けたり、ぷいっと顔を逸らしてしまう。
何という破壊力だ。
いつもとのギャップがあるのだろうが、それでもこれは凄い。
反応を示さずに黙っていたも怪しまれるだけなのだろうが、彼女達ができたのは精々動揺を悟られるように普段通りを装いながら……でも、挨拶はどうしても小声になってしまう……けれど、ちょっとでも会話してみたい……
朝の静寂とはまた違った、どこかもどかしくなるような沈黙が教室を支配し、
そして、その光景を眺めていた男子の怒りケージが、ごごご……っと噴火を思わせるような迫力と共に上昇し、その先兵として、デルタフォースが、
「かみやーん」 「ちょっとぶん殴らせてー」
土御門元春と青髪ピアスの挨拶代わりの高速パンチが空を切る。
クラス男子の嫉妬と恨みを拳に乗せた挟み撃ちはほぼ同時にシンクロしており、卑劣といっても良いほど不意打ち―――しかし、
――――すっ!
何と当麻はそれを視線も向けずにワンステップで回避する。
((((((((な……なにぃぃぃぃぃ!!!!))))))))
あの清々しいほど卑怯なツープラントをいとも簡単に避けられただと!?
しかもあの不幸なイベントを逃した事のない上条が!?
ついでに言えば、その2人の内1人はプロの戦闘屋でもある。
なのに、
「な、んだと…」
慌てて我に返り、もう一度放たれた2人の拳を掌を突き出して受け止めると、ぐいっと捻って、床に倒し、その衝撃で近くの机から筆記用具がバラバラに落ちるのを1つも床に触れささずに空中で掴み取る。
「悪ぃな、佐藤さん」
それから、その席の女子に『にこっ』と笑いながら渡す。
教室内から、おぉっ! という見事なまでに華麗な動きへの賛辞が沸き起こる。
「え、いや、その――――」
拾ってもらった女子など真っ赤になって卒倒してしまっている。
野郎共の怨念が逆に引き立て役になってしまった。
違う!
今日の上条当麻はいつもと違う!
戦闘力が極端にアップしているぞ!!
だが、まだ彼女がいる。
あの対カミジョー属性の鉄壁の女子、吹寄制理が!
「……こ、これは一体どういう事なの?」
姫神と共に担任から頼まれた仕事を済ませて教室に入った吹寄が見たのは、机に突っ伏しながら咽び泣く男子と顔から蒸気を噴きだす女子。
なぜこんな負傷者だらけの戦場のような混沌になったのかは知らないが、誰がやったのかは大抵予想が付く。
「あ、おはよう、吹寄、姫神」
唯一、無事……でも、どこか様子がおかしい当麻が無邪気なスマイルをこちらへ向けてくる。
それを浴びせられた姫神は、ピタリとその場で停止し、蛇で睨まれた蛙の如く固まってしまった。
しかし、この女には通じない。
「おはよう―――で、上条当麻、また貴様か。これは一体どういうつもりなのよ」
クラスの皆がこうなったのはこの男のせい。
そう決め付けた吹寄はキッと当麻に睨みを利かせる……が、
「いや、俺も良く分からないんだ。多分、皆、朝食を食べ忘れたんじゃねーのか?」
そんな訳があるはず無いでしょ馬鹿! と言いたい所なのだが、妙に説得力のあるような雰囲気で、どうにもいつものように強くは言えずに口籠ってしまう。
それに……
「それよりも吹寄。また先生から仕事を頼まれたのか。クラス委員でもないのにご苦労なこった。何か手伝えることがあれば遠慮なく言ってくれ」
「……そう」
吹寄は相変わらず素気なく答えたが、この時の『そう』は少しだけトーンが上がっていた。
いつも、不幸だ不幸だ、と嘆いて、人生に手を抜くような自分の大嫌いな男のはずなのに、今日はいつもより全力で生きているようにも見え、頼もしささえも覚え、紳士のように気遣いまでもできるようになっている。
これはもしかすると心変わりでもしたのかしら、と。
だとするなら、非常に喜ばしい事……なのだが。
少し吹寄は緊張した顔で、当麻の顔は相変わらず呑気で爽やかな笑顔と視線を合わせて、
「……その顔やめなさい。爽やか過ぎて、こっちの調子が狂うわ」
今の当麻は爽やかだ。
それは良い事なのかもしれないが、爽やかは怖い、吹寄はクラスメイトを見て、そう感じ取っていた。
「ん? そうか? こっちはいつも通りにしていたつもりなんだがな。でも―――」
しかし、その怖さは吹寄の想像よりも1枚だけ、上手で……
「――――吹寄は美人なんだから、難しい顔ばかりしないでたまには気を抜いて、笑ったらどうだ?」
……そして、その1枚の厚さはとてつもなく分厚い。
「お、己! 上条――――」
――――あたしまでからかおうとは! その根性を叩き直してやる、と。
思わず、『吹寄おでこDX』を叩き込もう……としたが、邪気のない笑顔を見て躊躇う。
厳格な吹寄にもそれはとても眩しく映り、そして、今、どこも悪い事は無いはずなのに鉄槌を下そうとしている、まるで無垢で無防備な赤子に五月蠅いから笑うな、と叱りつけているような己の姿に罪悪感と、矛盾の念を抱き始めていた。
(た、確かにあたしは不幸とか不運とかを理由に付けて手を抜く輩が大嫌いよ! でも、実は上条は妹の詩歌さんのために全力で頑張っている奴だって知ってるし、それに……いざという時はは頼りになる……し? だから、心を入れ替えたのなら……でも……)
と、考え込んだ瞬間、
「きゃっ!!!?」
突如、脇を触られ、吹寄はビクンと身体を震わせてしまう
見れば、いつの間に背後を取った当麻が吹寄を擽っていた。
何のつもり―――と言おうとする前に、にこにこと、
「うん。やっぱり、笑っている顔も可愛いくて良く似合ってるぞ」
ぽん、と吹寄せの顔が瞬間湯沸かし器さながらに赤く染まる。
良く良く見れば指先も小刻みに揺れている。
鉄壁の女と言われ続け、笑顔をあまり褒められた事のない吹寄にとって、その免疫は無かった。
今日の上条当麻はいつもとは全く違う。
心変わりでここまで変わるものなのか!?
その魅力溢れる爽やかなイケメン笑顔に動揺しながらもいつも通りに……
「……ごめん。ちょっと保健室で休んでくる」
そうして、耐えきれなくなった吹寄が脱兎の如く教室から姿を消した。
それを見ていたクラスメイト達は驚愕の表情を浮かべ、
『ま、まさか! 対カミジョー属性の吹寄まで口説き落とされたのか!!』
『おい、今日の上条、いつもと一味二味も違う。完璧なイケメン野郎になってやがる!!』
『我々人類の絶望や! カミやんを克服できるのは誰もおらんのか!!』
野郎共だけでなく、その光景を静かに見ていた女子達も、内心は穏やかではない。
いつものような鈍感で愚鈍な上条当麻とは違う、無邪気で爽やかな当麻は危険だ。
そう、皆が思った。
あの対カミジョー属性の吹寄を撃退したそれがもし、自分に向けられたら……?
そう想像すると、『自分が一体どうなってしまうのか?』とそんな不安があった。
だが、同時に楽しみでもあった。
ごくり……
クラスの女子、そして、姫神秋沙の喉が鳴った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、現在。
授業中の当麻は至って静かで、ノートに丁寧な文字で板書をしたり、教師からの問いに教師が驚くほどの解答を見せたり、休み時間になればクラスメイト達の会話に混ざり、宿題の手伝いも……とまあいつもよりも断然性能が上がっているような気がしない訳でもないが居たって平穏だった。
最初は戸惑っていたクラスメイトも、真面目に、落ち着いて、しかも分かりやすく教えてくれる当麻に、昼休み前での休み時間には誰が一緒に宿題を見てもらえるかで揉めるほどだった。
だが、被害は残っている。
吹寄は未だに保健室に籠っており、様子を見に行こうと近くの廊下まで立ち寄った時も『あーもぅ! どうすればいいのよ!』と叫び声が上がってきた。
心優しい姫神はそこで友の心中を慮り、何も聞かなかった事にして引き返した。
鏡の前で笑顔の練習をしている姿なんて見ていない。
シュレディンガーの猫は箱の中にそっとしておいた方が良い。
そして、昼休み前の最後の授業を担当した小萌先生。
手間のかかる問題児から、完璧な優等生と化した教え子の姿にかつてない戦慄を覚え、
『小萌先生はやっぱり可愛いです』
と、指名されて解答を書き終えた当麻から不意に笑みを向けられ一瞬ドキッとしたがすぐに真面目な顔して、
『お……大人をからかうもんじゃありません!』
『いや、からかってなんかいませんよ。真剣です。その可愛さはもう癒しですね』
『か、上条ちゃん!? 今日は一体どうしたんですか!?』
『うん。ちょっとだけ抱きしめても良いですか? できれば、高い高いも』
と、クラスメイト達の前で、まるでゆでダコのように顔を赤らめていく小萌先生。
おもむろにチョークを手に取ると黒板にでっかく『自習』とだけ書いて教室を後にしてしまった。
職員室で突っ伏し頭を抱えている小萌の姿は皆にも容易に想像できた。
そして、もちろん2人だけでなく他のクラスメイトの中にも、堕ちている子はいる。
姫神も彼への耐性が無ければ吹寄と同じ道を歩んでいたのかもしれない。
だが、それでも一緒に昼食を食べようと誘おうとする強者はいない。
流石にハードルが高いのだろう、と。
「姫神、今日は一緒に弁当食わないか?」
当麻が弁当を片手に音もなく寄ってきた。
ついに来たか…
姫神の内心は少し緊張していた。
誘ってもらえた、その喜びもある。
でも、ここで負ける訳にはいかないとも。
何をどう負けないのかは甚だ疑問だが、拳を見えない場所で握りしめながら姫神は固く誓う。
「うん。いいよ」
こうして、2人は近くの机をくっつけて昼食を始めた。
どんなリアクションが来ても良いようにと姫神は慎重にご飯を口に運びながら、当麻の弁当箱を何気なく覗く。
中は季節を意識したのか、今が旬な栗ご飯で、料理人の気遣いが垣間見え―――
「今日は結構自身作なんですよー。あ、良かったら姫神も一口どうだ?」
―――ん?
小骨が引っ掛かるような違和感。
「自身作? あれ? 今日は詩歌さんが作ったのではないの?」
姫神は首を傾げる。
当麻が持ってくる弁当は、いつも妹の詩歌が作っていたはず……
「あ、ああ。たまには自分で作ってみようと思ってな。当麻さんだって自炊くらいはできますよー」
「へぇ。初めてにしては良く出来てるね。詩歌さんのと比べても遜色がないくらい」
「あはは、そりゃ、詩歌に教えてもらった訳だし、自身作だからな」
毎日自分の分のお弁当を作っている姫神だから分かる事だが、余り物で作ったものと弁当の為に作った料理には違いがあり、長時間美味しさを保つためにはそれなりの工夫が必要なのだ。
そして、今の当麻作の弁当は見事な出来栄えだった。
その緑、赤、と色鮮やかな野菜が踊っている野菜炒めを一つ取って見せても、きちんと丁寧に油通しされて、見ただけで分かるくらいに色や歯ごたえがべしゃべしゃではなく、シャキシャキと出来立てのように保たれている。
きっと味の方も美味しいに違いない。
たぶん、姫神が習得していないレシピもあるだろう。
本当、悔しいくらいに素晴らしい………初心者が作ったものとは思えないほどに。
何故なら、油通しは、確かに味は向上するし弁当向きなのかもしれないが、そのやり方は神経を使うし、残った油の処理も面倒。
手慣れてなければ、中々やろうとは思わないだろう。
まあ、元々自炊ができているようだし、教え上手な彼女にサポートしてもらえば、不思議でもないかと納得―――
「姫神。この唐揚げ一つどうだ……ほら―――」
あ~ん、と。
箸で唐揚げを摘まむとそれを姫神の口元へと持っていく。
恋人同士の甘い雰囲気とかではなく、健全な友達同士のやり取りのような感じなのだが……
(来たわね)
今日の上条当麻は一味も二味も違う。
だが、心構えはできているつもりだ。
これを乗り越えて、他のライバルから一歩分でもリードするのだ。
ただ、姫神は普通に接しているつもりだったが、その顔が若干にやけていることに気が付いていない。
でも、姫神は見事に堪え切った。
「うん。とても美味しい」
口まで運んでもらって、もぐもぐと噛み、味わえるくらいに余裕が出てきた。
よし。
今度はお返しに―――とそこで、
「か、上条君! 私も一緒に良い?」
「今日のこれ結構自身があるんだ、一口どう?」
「わ、私も……」
しかし、その行為は他の子達にも火をつけてしまったようで。
ハードルの高さも何のその。
強引突破が乙女道。
その勢いに押されてしまい、結局、姫神はこの機会を生かす事が出来なかった。
とある公園
放課後。
多数の男女のお茶のお誘い(または果たし状)を断り、上条当麻はとある公園へとやってきた。
そう、“彼”との待ち合わせの為に。
「……どうやら、誰にも着けられていないようですね」
と、“当麻”がそう言い、振り返るとそこには、
「“当麻さん”」
上条“詩歌”がそこにいた。
つづく