とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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閑話 異端尋問会

閑話 異端尋問会

 

 

 

病院 屋上

 

 

 

「被告人、上条当麻。入廷しなさい」

 

 

名前を呼ばれ、当麻は前に出て、正座する。

 

ここは兄妹が共に世話になっている病院の屋上で、先程まで皆で<大覇星祭>のナイトパレードを見ていた……所までは幸せな思い出だった。

 

 

(どうして、こうなった?)

 

 

わざわざ、コの字になるよう机や椅子をセットして、学校の学級会……いや、この雰囲気からすると裁判所だと言うべきか。

 

目の前で、クラスメイトの吹寄制理が裁判長役で、その右側に検察役として、吹寄と同じクラスメートと妹の後輩と学生寮の居候がいる。

 

残念な事にその逆の弁護側には誰もおらず、大人達は後ろで傍観している(唯一、父、刀夜だけが気の毒そうな視線を向けてくれている)。

 

つまり、助けてくれる人が1人もおらず、検察側の3人はもちろん、公平な立場であるはずの裁判長もギラギラと敵意をあらわにし、このままだと有罪になるのは時間の問題だった。

 

だが、それでもこの身が潔白である事を――――

 

 

「俺は変態シスコン野郎じゃありません」

 

 

ダンダンッ! と当麻の発現を遮るように裁判用の木槌の代わりに裁判長がその拳を叩き、

 

 

「しゃべるな! まだ、発言は許可してないわよ!」

 

 

どうやら、本格的に裁判のようです。

 

だが、これは発言が後に許可される、そう、我慢すれば無実、とまではいかないかもしれないが減刑くらいなら可能だと言う事だ。

 

それに親達が後ろで見ているし、まさか、死刑なんて事は……

 

 

(……いや、ありえそうだ)

 

 

負けるな、負けるな、俺! ここで負ければこっから紐なしバンジーくらいは覚悟しとかねーとやべーぞ! と検察側からブスブスと突き刺さる視線に負けぬよう必死に自身を鼓舞していく当麻。

 

 

「名前は?」

 

 

検察官の1人、クラスメートの姫神秋沙が当麻に声をかける。

 

他の2人とは違い表面上は淡々としているが、

 

 

「いや、今更、名前なんて言う必要は―――」

 

 

「名前は?」

 

 

あまりに淡々とし過ぎて、その内面は彼女達と同様に怒り心頭である事が察せられる。

 

と言うか、この感情を殺した機械的な感じは最も容赦なく当麻を追い詰めてきそうだ。

 

 

「……上条当麻です」

 

 

「では。起訴状を朗読します。公訴事実。―――被告人。上条当麻は実の妹である詩歌さんに対し。数々の変態行為をやってきました」

 

 

「待て! 無実だ! さっきも言ったが当麻さんは―――「ダンダンッ!」―――頼むから最後まで―――」

 

 

「検事官、証言をお聞かせください」

 

 

当麻の訴えも空しく裁判を進行していく。

 

 

「はい。あれは。―――――」

 

 

 

 

 

とある学校

 

 

 

2学期が始まったある日のお昼休みの3馬鹿の会話。

 

 

「カミやん。妹は可愛いし、優しいし、柔らかいし。朝とかも起こしてくれるにゃー」

 

 

「まあ、そうだな……」

 

 

とりあえず、と言った感じで頷く。

 

詩歌は(贔屓目なしで)可愛いし、(普段は)優しいし、柔らかい……特に――――じゃなくて、うん、変な意味じゃなくてだな、柔軟な身体をしているという意味で。

 

それに、時々、朝も快適(な時もあれば刺激的)に起こしてくれる。

 

土御門とは色々と互いに譲れないものもあるが、それでも同じ境遇の理解者でもある。

 

(ものすごく)女の子の機微に疎い当麻だが、時々、助言をもらったり、話を聞いたりしている(青髪ピアスも二次元的な妹を持つ者として無理矢理話題に参加している)。

 

と、

 

 

「それに、下のお世話もし――――」

 

 

「ふざけんな! 妹に何をさせるともりなんだよ! やっぱテメェとは反りが合わねぇな!」

 

 

これ以上、戯言に付き合えるか! と、そこで青髪ピアスが当麻の事を、まあまあ、と宥め、

 

 

「カミやんだって、いつか『詩歌があんまりにも可愛いから、興奮過ぎてヤバい』みたいな事を、真剣な顔して僕達に相談する事に―――って、冗談です。だから、早くその右手を僕の頭からぁぁああっ!?!?」

 

 

「はっはっは。青髪ピアス、今度そんな事言ったら、当麻さんから“お話”があるからな」

 

 

「で、でも、そこまで否定するなんて……―――はっ! もしかして、カミやん! もう―――」

 

 

「よし。じゃあ、体育館裏に行こうか? 誰にも邪魔されず存分に語り合おうじゃないか。……拳でな」

 

 

自分よりも長身の青髪ピアスを腕一本で持ち上げている当麻を見て、やれやれと呆れ、そして、ポツリと、

 

 

「ま、結局のところ、ウチの舞夏は可愛いし、優しいし、柔らかいし、朝も起こしてくれるし、色々とお世話もしてくれる“最高の妹”と言う訳だにゃー」

 

 

「は?」

 

 

その『色々』の部分を詳細に聞きだして<警備員>につきだしたいところだが、それ以上に聞き逃せないのがあった。

 

あ、やば、と何とか当麻のアイアンクローから抜け出した青髪ピアスは慌ててその場から離れる。

 

 

「まー、“カミやん”には分からないようだが、まあ、誰しも自分のが1番だと思うのはどうしようもない事だから“仕方がない”にゃー」

 

 

「まあ、さっきの発言が正しいかはさておき、確かに、“土御門”が兄として自分の妹が1番だと“信じたい”のは、分からんでもないけどな」

 

 

この2人、過去に其々の妹からの介入(おしおき)があったせいか、『自分の妹が1番可愛いと思うのは仕方がない。そこに他人の価値観を押し付けるようなものではない』と戦争状態から冷戦状態に移行している訳なのだが……

 

 

「……この前、俺がいるのにも拘らず、詩歌に告ったっつう大馬鹿野郎がいてな。非常に腹立たしい事だが、ファンクラブもいるらしいんだよ。でも、これって、つまり、俺の妹は客観的にも超可愛いと認められてるってことだろ? で、土御門、お前の方はどうなんだ?」

 

 

「はっ、他人の評価がどうだろうと絶対の真理は変わらないぜい。それに、これさえ見ればカミやんも認めること間違いなしなんだにゃー!」

 

 

バンッ! と土御門は門外不出だが、この戦いのために用意した秘蔵の妹コレクションを机に叩きつける。

 

 

「絶対、だと。笑わせるな! そんな幻想、こいつでぶち殺す」

 

 

バンッ! と当麻も、父、刀夜の依頼でこっそりと撮り貯めしておいたコレクションを叩きつけた……………

 

 

 

 

 

病院 屋上

 

 

 

「………って。上条君。『犬耳ナース姿の写真』や『メイド服姿の写真』や『制服エプロン姿の写真』を持っていた」

 

 

検察官の姫神の話が終わり、場の空気はより険悪になり、裁判長の吹寄は鋭い視線を当麻に向け、

 

 

「実の妹にコスプレを強要するとはね……これは死刑確定かしら?」

 

 

「結論が早ぇよ! て言うか、それも誤解だから! 俺は好きでやった訳じゃなくて、色々と事情があってだな。それに俺は1度も詩歌にコスプレを強要した事なんかねーよ!」

 

 

「へぇ……と言う事は、詩歌さんは自分からコスプレしてた訳ね」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

ようやく理解してもらえた、と当麻はほろりと涙を零すが、吹寄は冷やかに当麻を見下しながら、

 

 

「じゃあ、写真も詩歌さんが自分で撮ったの?」

 

 

「え、いや」

 

 

「ううん。ちらっと見ただけだったけど。あれ。明らかに視線が合ってなかったのもあった」

 

 

うぐっ、と痛い所を突かれた。

 

コスプレしたのは詩歌だが、それを撮ったのは当麻の意思だ。

 

思わず、ちらっと後ろを、この状況の唯一の理解者である刀夜を見たが……

 

 

「あらあら、刀夜さんは当麻さんに一体どんな詩歌さんの写真を要求したんでしょうか?」

 

 

「ち、違うよ、母さん!? 私は父親として娘の成長を記録したいだけだよ!?」

 

 

駄目だ。

 

役に立たない。

 

と言うか、検察側に3人いるんだから、せめて、1人くらいは弁護側を用意してくれよ。

 

じーっと検察官3人と裁判官に睨まれながら、苦し紛れに、

 

 

「妹の、成長記録のため、です」

 

 

「「「「へぇ~」」」」

 

 

四面楚歌の完全アウェー。

 

ブスブス、ともう視線がすでに凶器のレベルだ。

 

だが、それでも当麻は不屈の闘志で立ち上がる。

 

 

「シスコンなのは100歩譲って認める。けどな、肉親の写真を撮っただけなのに、どうして変態シスコン野郎扱いされなきゃいけねーんだよ!」

 

 

そうだ。

 

肉親の写真を撮る事は家族としての権利、いや、義務と言っても良い筈だ。

 

というか、さっきの話では、土御門の方が危ない気がするんだが、それと比べて自分は絶対に健全だ。

 

 

「とうとう開き直ってきたわね。まあ、良いわ。では―――次の証言をお聞かせください」

 

 

呆れたように肩を落とすと吹寄は姫神の隣へ視線を移す。

 

この裁判は、まだ始まったばかりだ。

 

姫神が着席すると、修道女なのにこの中で最も慈悲がなさそうな居候――インデックスが立ち上がり、

 

 

「とうまは絶対に変態シスコン野郎なんだよ。だって、この前も――――」

 

 

 

 

 

とある学生寮 当麻の部屋 浴室

 

 

 

これは夏休みのある日の朝の出来事。

 

 

 

(……あれ? 何だか、苦しいような……)

 

 

眼が覚めたら、何故か呼吸が上手くできない。

 

多分、もう朝の筈だ。

 

妹に刻み込まれた生活習慣のリズムは滅多な事では狂わない。

 

つまり、これは何かが自分の上に乗っていると言う事であり、

 

なので、視線を下――胸元へスライドさせていくと……そこには、

 

 

「あ――ようやく起きました」

 

 

掛け布団代わりのタオルケットの上――ちょうど当麻の腰辺りを、太股で挟むようにして女の子が馬乗りになっていた。

 

狭い浴室の中なので密着具合が高く、彼女はこちらの胸に両手をつき、悪戯っぽさを含んだような笑みを浮かべていた。

 

そして、女の子、というか、妹の詩歌は当麻を見下ろして、

 

 

「おはようございます、当麻さん」

 

 

「……おはよう、詩歌」

 

 

当麻は反射的に朝の挨拶を返した。

 

詩歌の体重は軽いし、意識が覚醒すればそれほど重いとは思わない。

 

むしろ、ちょっと軽すぎんじゃねーか? と心配になってくるほどだ。

 

と、そんな妹の体の心配よりも、この下半身にのしかかるリアルな感触の方が問題だ。

 

絶対に看過できない、そう一刻も早く解決せねばならない緊急事態だ。

 

現状を思い出した当麻は、まずは事件の情報収集を始める。

 

 

「えっと……何してんだ?」

 

 

「何って、起こして上げてるんですよ。夏休みだからって惰眠を貪っては駄目です。だから、快適な目覚めを当麻さんにサービスしよう、と。男の方はこうやって起こされるのが夢だと聞いたのですが……」

 

 

問い掛けた当麻に、『気に入りませんでした?』と小首を傾げる詩歌。

 

確かに、これはサービスだ。

 

当麻が知る限り、こうやって起こす場合は普通、お腹の上に乗るものだと思うが、この狭い空間のせいで少しズレて、詩歌は腰の位置に座っていて……そうまるで……

 

さらに現在の季節は夏。

 

女の子の服装が、1年の中で最も露出が多くなる時期で、詩歌もサマーセーターを脱いで、Yシャツのボタンを3つ外して……、と当麻としたら色々と目のやり場に困る。

 

今も少し丈の短いスカートから太股が視覚的に眩しく、乗られる感触も最高なのだが、それよりも当麻は別の所に視線を集中させてしまう。

 

 

(……やっぱり、でかいな)

 

 

大きめのサマーセーターを脱ぎ、少し汗をかいて湿ったYシャツは、彼女のボディラインを、特にそのかなりのボリュームのある胸を浮き上がらせていた。

 

その豊かな膨らみはYシャツの生地をはち切れんばかりに押し上げており、いつもはきっちりと締めているボタンが開けられ、その隙間から指が何本も入りそうな谷間を覗かせている。

 

そして、薄っすらとその下着の色が……

 

 

「そろそろ、シャキッとしましたか?」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

まだ起きたばかりで理性が働いてないのか、当麻は目が離せなかった。

 

本人は気付いているかは分からないが、詩歌の両手が当麻の胸を押す度に、豊満な胸が柔らかそうに、たゆんと揺れる。

 

おそらくこの当麻の脳裏に焼き付いた絶景はしばらく悩ませる事になるだろう。

 

 

「……ん? 何やら固いものが――――あ////」

 

 

いきなり、いつもにこにこの詩歌の顔がみるみる赤くなり……

 

 

「せ、生理現象ですから仕方がありません////」

 

 

その言葉を理解するのと同時に、

 

自身のアレが固くなっている事を自覚し

 

と、そこでようやく兄の理性にエンジンがかかり、

 

 

「な、ななななななな何言ってんですか!? 詩歌さん!? 当麻さんは妹に欲情する変態さんじゃありません事よ!!」

 

 

「そんなに恥ずかしがる事はありません。これは年頃の男の子として健全な証です。むしろ、安心しました。……色々と」

 

 

少し動揺しているようだが当麻ほどではなく、精神的優位は詩歌の方が上で、何やら理解を示しているように優しく諭してくる。

 

兄の理性がフルスルットル状態な当麻としたら、慌てて跳びのいてくれた方が嬉しかったり、というか、理解を示される方がきつい。

 

 

「いや、そんな事よりも早くどいてくれ! 起きるから。今すぐ起きるから!」

 

 

「きゃ、ちょっと、当麻さん!?」

 

 

慌てて起き上がろうとすると、その勢いで詩歌を巻き込みながらもつれ込み、浴槽の縁に両手をつき、その間にすっぽりと収まり、

 

 

「あ……」

 

 

逆転して覆い被さる形に……

 

まるで、当麻が詩歌を押し倒したようだ……

 

吐息すら感じさせる距離まで、言葉を発する事も躊躇うような近さまで、互いの顔が接近し、彼女の心地よい甘い匂いが、ふわりと香る

 

倒れ込んだ拍子に頭を打ったのか意識を失っており、Yシャツが少しズレて、どこか扇情的な感じで右肩が脱げ掛けていた。

 

またミニスカートから出ている艶めかしい太股の間には、当麻の片膝が入ってしまい、後1cmでも前に動かせば、絶対領域の中へ入ってしまいそうだ。

 

外の時間では僅か数秒の事でしかないが、当麻の内では永遠とも言える沈黙だった。

 

 

(とりあえず、呼吸もしているようだし大丈夫か……なら、今すぐに少しづつ……)

 

 

それでも、ここから脱出しようとした、その時、

 

 

「しいかーっ! 何か大きな音がした、け……ど」

 

 

居候のインデックスが心配して駆け付けてきた。

 

が、彼女が浴室のドアを開けるとそこには、気絶した実の妹を押し倒している家主の姿が。

 

 

「待て、誤解だ、インデックス。お願いだから話を―――」

 

 

「どうまあああああぁぁぁっっ!!!!」

 

 

コンマ1秒で可愛い兎から獰猛な獅子へ。

 

 

「不幸だあああぁぁっ!!」

 

 

数分後、頭に噛み痕を付けた男子高校生が血溜まりの中で息絶えた。

 

その後、今度からは普通に起こしてくれ、と厳重に言い聞かすのを当麻は忘れなかった。

 

 

 

 

 

病院 屋上

 

 

 

「………って、とうま。しいかに襲い掛かろうとしてたんだよ!」

 

 

あー、そんなこともあったなー……

 

遠い目で昔を懐かしむ。

 

……そんな余裕が、このより一層険悪になった状況であるはずがない。

 

 

「裁判長。あれは朝のちょっとしたハプニングなんですよ!」

 

 

「ほう……貴様はちょっとしたハプニングで詩歌さんに襲い掛かろうとしたのか?」

 

 

「違う! 違います! 違うんだって! 故意的に襲い掛かろうとしたんじゃなくて事故なんです! 俺は決して妹に欲情するような変態シスコン野郎じゃねーよ!」

 

 

「嘘なんだよ! とうま、昨日だって、しいかに欲情して鼻血垂らしたんだよ!」

 

 

「……上条。それは本当か?」

 

 

「うぐっ……それも事故と言うか、何というか。決して故意的にやろうとしたんじゃなくてついうっかり……」

 

 

だめだ。

 

幻想(うそ)はとにかく真実は覆せない。

 

これは、もうほとんど有罪確定だ。

 

こっから無罪判決まで持っていくのは、如何に凄腕ベテラン弁護士でも無理、精々、減刑が関の山だろう。

 

まあ、でも何故インデックスが朝っぱらから当麻の部屋にいたのかを誰も突っ込まなかったのは不幸中の幸いであるが……

 

と、そこで今度は、最も手加減なしできたら困る妹の後輩――御坂美琴が、

 

 

「ふぅ~ん、じゃあ、あの時も事故だって言うの?」

 

 

 

 

 

公園

 

 

 

これは<大覇星祭>を間近に控えたある日の放課後。

 

 

 

「ふんふふ~ん♪」

 

 

詩歌は上機嫌に当麻の隣を歩いていた

 

昔なら、2人だけの時間を過ごすのはそう珍しい事ではなかったが、今ではそうはいかない。

 

単純に色々と忙しくなっただけではなく、インデックスが居候する事になったため、当麻の寮で兄妹水入らずが難しくなったのだ。

 

なので、買い物からの帰り道とはいえ2人きりになれると言う事は、決して欲求不満を募らせている訳ではないが、詩歌にとったら貴重な時間だった。

 

兄が自分の隣を歩いている。

 

自分だけを見てくれる。

 

何だか、能力や魔術を使わなくても、空を飛べそうな気分だった。

 

そんな周りの者にも幸せが伝播していくような満面の笑みが、詩歌の見せる様々な表情の中でも当麻はとりわけ好きだった。

 

自然と唇が綻ばせ、当麻の顔も幸せ色に染まる。

 

 

「当麻さん当麻さん」

 

 

「ん? 何だ、詩歌?」

 

 

「もうすぐ、<大覇星祭>ですよね」

 

 

「ああ」

 

 

「だったら、少し、フォークダンスの練習をしませんか?」

 

 

小首を傾げ当麻の瞳を覗きながら、詩歌は提案する。

 

<大覇星祭>では、紅白敵味方関係無しに学生同士の親睦を深める為に自由参加のイベントで、大規模なフォークダンスが開催される。

 

 

「フォークダンスといえど、あまりにエスコートが下手過ぎたら相手の方にも失礼ですからね」

 

 

当麻は深々と溜息をついた。

 

女の子と出会いのない男子高校生にとって、しかも不幸が売りの当麻なら、下手をすれば野郎と踊る羽目になる。

 

そんな野郎をエスコートするなんて虚し過ぎる青春イベントは御免被る。

 

だというのに、詩歌はまるで当麻が女の子と踊る事になるだろうと決定しているかのように話を進めている。

 

一体、その自信はどこから来るのだろうか。

 

 

「わかったよ。役に立つかは分かんねーけど、詩歌の言う通り、相手の足を引っ張ったら格好悪いしな」

 

 

そうして、2人は買い物袋を近くのベンチに置くと、向かい合い詩歌は優雅に一礼をする。

 

その時の詩歌の透き通った笑顔は、当麻に抗うと言う意思を封じさせた。

 

不思議と緊張感はなく、呼吸が合わさり、その流れに自然と身をゆだねる。

 

 

「ふふふ、本来なら男性が女性をリードするのがマナーなんですが、まあ、組手の時と同じですね」

 

 

と、詩歌は自分から当麻の手を取り、

 

 

「では、いつも通りに」

 

 

自分から、息のかかる距離まで身を寄せる。

 

何の躊躇いもなく当麻の胸にその背中を、肩に頭を預ける。

 

2人の身体が触れ合った。

 

手を優しく包み込み、身体を深く受け止め、当麻はステップを踏む。

 

ただ詩歌の動きと同調するだけでいい。

 

思い出す。

 

あの法の書事件で、天草式と対峙した際、即席であるはずなのに自然と通じ合い、楽しいと心が躍ったあの時を。

 

気付けば2人は、フォークダンスという形式に囚われず、クルクル回り、向かい合いながら踊っていた。

 

何も考えなくても、当麻の身体は詩歌の求めるがままに適切な位置へと導かれる。

 

クルクル回る視界の中で、詩歌の顔だけが常に、当麻の正面にあった。

 

そして、当麻の顔だけが常に、詩歌の正面にあった。

 

が、そんな時間が長続きするはずがなかった。

 

 

「うおっ!?」

 

 

調子に乗り過ぎたのか、それとも目が離さなかったのか。

 

組手をする際は下が平らな床の道場であったが、ここは公園の地面。

 

足元を疎かにした当麻は、小石に躓き、詩歌の足を引っ掛けてしまう。

 

 

「っ!!」

 

 

詩歌の細い体がバランスを崩し、握っていた両手が離れ、背中から倒れかかる。

 

 

「詩歌っ!!」

 

 

当麻は咄嗟に手を伸ばし、詩歌の脇に滑り込ませる。

 

だが、当麻はまだ体勢を整えきれず、中腰のまま、まるでスピンから体を起こしている途中のスケート選手のような態勢で静止するしかなく

 

最終的に、当麻と詩歌は、当麻が自分の腕で抱き抱えられながら、息の届く距離で見つめ合う形になっていた。

 

しばらくの沈黙。

 

互いが互いの瞳に映った自分と見つめ合う。

 

1秒か、1分か、はたまた1時間か。

 

時間の感覚があやふやになり、どれほどこのままだったかは分からない。

 

ただ、それを打ち切るように詩歌は、くすり、と笑みを零し、

 

 

「キス、の練習もしてみますか?」

 

 

―――ドクン、と鼓動が高鳴った。

 

 

ほんのりと桜色に染まった頬も、うっすらと濡れた瞳も、全てが艶っぽく、当麻の視界が周囲の景色をフィルタリングされたように詩歌しか映らない。

 

 

「いや、それは流石に駄目し、嫌だろ!? 詩歌だって、初めてが俺なんて! だって、俺達は兄妹だから」

 

 

「……唇は初めて、ですけど……兄妹、ですから、構いませんよ」

 

 

詩歌が意を決したように眼を閉じる。

 

これも詩歌が導いたのか、それとも自分の意思かは分からないが、ゆっくりと当麻は顔を近づけていく。

 

 

(兄妹だから逆にいいのか? ノーカンなのか? 練習だから気にするものじゃないのか……? それとも……実は詩歌は俺の事が……――――)

 

 

――――いや、やっぱり駄目だろ。

 

 

直前で踏み止まる。

 

兄妹だから、やってもいい理由にはならない。

 

これは練習なんかで、やってもいい事じゃない。

 

誰よりも大切にしたいと願っている、幸せにしたいと想っているからこそ余計に、ただ雰囲気に流されるまま、こんな簡単にして良い筈がない。

 

そして、そのまま体を起こして離れようとした時、

 

 

「―――ふふっ、冗談ですよ、当麻さん」

 

 

ピン! と軽く額をデコピンされた。

 

詩歌はそのまま当麻から離れると悪戯成功とばかりにくすくす、と面白そうに笑う。

 

 

「乙女の唇は高いのです。たとえ兄妹でも練習なんかでしちゃ駄目に決まってるじゃないですか」

 

 

(あれ? 何か一瞬でも本気かと思った俺、恥ずかしい……――――ッ!?!?)

 

 

まんまと嵌められた、と当麻は顔を真っ赤にして頭を抱えて蹲る。

 

 

「――――ッッ!? 土御門にあんな事を言っておきながら、俺は一体何をしようとしてんだよ!! ああ、もう! 穴があったら入りてーっ!」

 

 

そんな当麻の願いを聞き入れてくれたのか?

 

そのとき、

 

 

「―――そう? だったら、入れてあげるわよ。アンタの墓穴にね!!」

 

 

―――ズドンッ!!

 

 

空中から生じた雷が当麻の目の前の地面を穿ち、大きな穴をできた。

 

そして、バチバチと火花が散る音に、当麻は急いで我に返り、顔を上げる。

 

と、そこには、

 

 

「び、ビリビリ」

 

 

高圧電流を身に纏い、ブルブルブルブルと小刻みに震えている御坂美琴がいた。

 

ふと、喉が渇いていつもの自販機がある公園に行ってみたら、何だか甘い雰囲気の中で幼馴染に手を出そうとしているあの愚兄の姿が。

 

 

「さあ、詩歌さんに手を出そうとした変態シスコン野郎の墓穴はできたわよ。とっとと中に入んなさい。そしたら私が埋めてあげるから」

 

 

「ちょ、待て! ビリビリ! 当麻さんは詩歌にからかわれただけで。なあ、って、あれ? 詩歌がいない!?」

 

 

いつのまに買い物袋と共に詩歌の姿が消えていた。

 

 

「たとえ、冗談だったとしてもアンタが実の妹に手を出そうとしたのは本気でしょ?」

 

 

「そうかもしれないけどギリギリで踏み止まったんだからセーフだと思うのですがどうでしょう駄目ですか駄目ですねごめんなさい!!」

 

 

そうして、<大覇星祭>に向けて、生死を賭けた1日耐久ビリビリフルマラソンが始まった。

 

 

 

 

 

病院 屋上

 

 

 

「………って。詩歌さんの方は冗談ぽかったけど。そいつは明らかに本気だったわよ」

 

 

美琴の話が終わり、周囲の空気はこれ以上にないくらい険悪に。

 

姫神は冷たい視線を当麻に突き刺し、インデックスは猛犬のように犬歯をぎらつかせながらグルル、と唸り声を上げ、美琴は前髪から青白い火花を発している。

 

もうこれは無罪は不可能で、死刑もありえるかもしれない。

 

 

「では、判決を―――」

 

 

と、当麻が辞世の句を残そうとしたその時、

 

 

「……待って下さい!」

 

 

屋上の出入り口、そこにいつの間にいなくなっていた詩歌が手を挙げていた。

 

 

「詩歌さん」

 

 

裁判長の吹寄は少し驚きながらもその動きを止める。

 

詩歌は『折角……たのに……』とこの予想とは大きく離れた状況に深い溜息をつきながら弁護側の席へと座る。

 

 

「確かに、これまでの証言を聞く限り、当麻さんはちょっと変態シスコン野郎なのかもしれませんが。でも、私も家族だからと言って、無防備過ぎたのも責任があります。それに、当麻さんの『アレ』は誰であろうと構わず起こりうるもので、当麻さんが避けようと思っていても避けられないんですよ。これは、そこにいる皆さんも『アレ』に巻き込まれた事があるから分かると思いますけど」

 

 

カァ~~ッ!! と何か思い出したのか検察側の3人は顔を羞恥に真っ赤に染めて、その矛先を治める。

 

 

「そして、裁判長。私はむしろ評価すべき事かと思います」

 

 

「それは、どういう事……?」

 

 

「だって、当麻さん。何だかんだ言っても、決して手を出そうとはしません。それは私だけでなく皆も同じです。きっと、魅力がないからではなく、それはその人を大切にしたいと想っているからです。そのどんな誘惑にも揺らがない愚直な意思を、私は大変素晴らしい、と評価すべき事だと考えています」

 

 

そう。

 

上条当麻はラッキーイベントが起きても、そのチャンスをものにしようする事は1度もない。

 

それはきっと詩歌の言う通り、何者にも揺らがない愚直な精神の賜物だろう(鉄壁の鈍感のおかげでもあるが)。

 

そして、詩歌の言葉に(正確には『その人を大切に』の辺りで)、姫神、インデックス、美琴はガバッと顔を上げ、どこか熱に浮かされた視線を当麻に送る。

 

詩歌はそれにひときしりくすくすと笑みを零したら、若干態度を軟化させつつある吹寄の方に向き、

 

 

「もちろん、事故とはいえ当麻さんがやったのには変わりません。制理さんがその事を見過ごせないと言う事も分かります。………でも、当麻さんは私が尊敬するお兄さんです。どうしようもない馬鹿なのかもしれませんが、ここは私の顔を立てて、事を穏便に治めてはくれませんか?」

 

 

最初は生真面目な口調だったが、途中で一転して砕け、柔らかいものになる。

 

それに、糸のように張り詰められ緊迫としていた雰囲気が脱力したように一気に緩む。

 

緊張と弛緩、自分が持つ空気まで計算に入れた人心掌握だ。

 

普段は天然だが、1つの術として修めている。

 

今や有罪確定からがらり、と無罪へ、逆転裁判が成功する兆しが見えてきた。

 

 

(うぅ、詩歌、なんてお前は最高の妹なんだ! アイツらとは比べ物にならないっ! 当麻さんはこの優しさに溺れてしまいそうです!!)

 

 

当麻はぶわっ、と顔全体を使って今にも両目から大粒の涙を零しそうになる。

 

 

「う、そうね…一応、お兄さんなのよね。でも……」

 

 

詩歌の無邪気で純真に……見える清楚な微笑みを使ったしたたかな交渉術。

 

もうすでに、検察側の3人はその溜飲を平常値まで下げつつある。

 

それでも、裁判長の吹寄制理。

 

葛藤しながらも、その判決に迷いを見せる。

 

だが、詩歌のそれは1つだけじゃない。

 

 

「それに今日はこの制理さん達が盛り立ててくれた<大覇星祭>です。皆が楽しい思い出を残せるよう、笑顔で終わりたいんですが……」

 

 

不安そうに表情を曇らせ、その華奢な身体を震わせる。

 

吹寄の目線の角度を計算して、少し俯き、上目遣いになるよう調節。

 

そして、吹寄を見つめながら、まるで神に祈る修道女のように胸の前で手を合わせた。

 

 

「駄目、ですか?」

 

 

もし、ここが教会なら、天から光が降って来てもおかしくはないほどの敬遠な姿。

 

気難しい神も、こんなふうに懇願されたらたちまち相好を崩し、彼女の願いを聞き入れる事になるだろう。

 

そう、たとえ対カミジョー属性だとしても、だ。

 

 

「仕方ないわね……。完全に無罪とは言い難いけど、今日だけは見逃してあげる」

 

 

渋々と言った体で、吹寄裁判長は無罪を言い渡した。

 

 

 

 

 

 

 

検察側の3人もその判決に異議を申し立てる事はなく、傍聴席にいた美鈴は面白い物を見せてもらったと拍手を送り、刀夜も息子の境遇と娘の理解力に我が事のように涙を零していた。

 

ただ、その中で兄妹の母、詩菜だけが頬に手を当てながら、感心しつつも呆れていた。

 

 

(あらあら。まさか、詩歌さんがここまで成長していたとは。将来が末恐ろしいと言うか、何というべきか)

 

 

あの夏休みで思い知らされていた事だが、もう娘はあの時のような泣き虫ではない。

 

9年前のちょうどこの日、詩菜は、詩歌に残酷な呪いをかけて泣かせてしまったが、もう今は大丈夫。

 

逆に強くなり過ぎて、悪女として成長しているかもしれないと心配になるくらいだ。

 

 

「本当、子供の成長は早いものですね」

 

 

 

 

 

 

 

「詩歌ありがとう!!」

 

 

無事無罪放免となった当麻は感激のあまり詩歌に抱きつく―――事は流石に自粛したが、礼を言う。

 

今までどこにいたのかがちょっと気になるが、生死に危機から脱却できたおかげで今の当麻は細かい事は気にしないくらい有頂天となっていた。

 

 

「まあ、さっきも言いましたけど私のせいもありますし。でも、本当に世話の焼けますよ」

 

 

これは当麻だけに言っているのではない。

 

詩歌としたら、色々と気を使ってこの場を離れていたのに、戻って来てみれば裁判。

 

普通に素直に一緒に楽しんで思い出を作ればいいものを、彼女達にとってみればその素直も難しい事だったらしい。

 

その責任の半分は自分にあるかもしれないのだが。

 

 

「それに、この後、地獄を見る事になると思えば、流石に私も止めに入ります」

 

 

「は? 地獄?」

 

 

「おや? お忘れですか?」

 

 

詩歌は指突の形を作り、軽く手を振るように当麻の真正面にチラつかせる。

 

 

「竜神流裏整体術禁じ手『玉手箱』。もうそろそろ時間切れで早く寮に戻らないと、病院のベットで一夜を過ごす事になりますよ」

 

 

瞬間、ビキッ、と身体中の骨が軋んだような音が聞こえた。

 

ミシミシ、と筋肉が悲鳴を上げる。

 

急に鉛の鎧でも着こんだように身体が重くなり、針金で縛られたように全身が固まる。

 

1歩進むのも難しく、1歩進むだけでも激痛が走る。

 

 

「し、いか……? これって……」

 

 

「効果の切れ目が早い。やはり、予想以上に疲労が溜まっていたようです。さっき先生に頼んでおいて1部屋貸してもらいましたから今夜はそこでお休みください。当麻さんの事ですから一晩眠れば、回復すると思いますよ」

 

 

気遣いはありがたいが、これは洒落にならない。

 

インデックスは詩歌に任せれば良いが、この状態でその部屋まで行くのは相当しんどい。

 

アレは拷問関節技かと思っていたが、本当は暗殺術なのかもしれない。

 

結局、どう転がる事になろうと上条当麻は上条当麻だった。

 

 

「ふ、不幸だーーーーっ!!!」

 

 

愚兄の辞世の句が夜空に空しく響き渡った。

 

 

 

つづく


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