とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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禁書目録編 裏話 首輪

禁書目録編 裏話 首輪

 

 

 

とある男子寮

 

 

『私の異能なら何でも投影する<幻想投影>でも、異能なら何でも打ち消す<幻想殺し>を投影できません。それに異能の流れを意識的に捉える私に対して、当麻さんは無意識的に捉えますからね。これはきっと、当麻さんの能力が私よりも上と言う事です。流石、私のお兄ちゃんです』

 

『いやそんな事言われてもな……ほれ、よく言うだろ? 作るよりも壊す方が簡単だって。いろんな可能性を作り出す詩歌の方がすげーと思うんだが』

 

『まあ、そんな言葉もありますね。――――でも、壊さなきゃ生まれないモノだってあります。ほら、卵は割れなきゃ生まれない……殻を壊された後に、命は生まれます。それなら当麻さんもその右手で幻想を殺して、新たな可能性を産み出す事が出来ると思いますよ』

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ステイルとの戦闘の後、当麻は部屋から兄妹共にお世話になっている先生から渡されていた医療品を持ち出し、インデックスの応急手当を行っている。

 途中、至る所に見慣れない文字で書かれたカードを見つけ、手に持ってみると、<幻想殺し>で何かを破壊した感覚がした。

 おそらく、これは、ステイルの魔術となんらかの関係があるかも知れないと推測。

 

(コレを破壊してれば、命懸けで炎の中に飛び込まないですんだかもな。……もし、文字に異能の力が宿っているなら、スプリンクラーの水で対処ができたかもしれないし……)

 

 しかし、無事に済んだからいいか、と思い込むことにしてインデックスの治療を進める。

 意外にも当麻の手付きは中々手慣れたもの。

 当麻も詩歌が怪我をした時に備えて、応急処置を独自に習得している。

 幸運かどうかは分からないが、しょっちゅう怪我をする当麻をいつも冥土返しから手解きを受けた詩歌が治療していた―――それを何度も見稽古していたので、そのやり方は割と早く覚えられた。

 

「これで良しっと」

 

 インデックスの治療を終わらせる。

 途中、服を脱がせる事もあったが、幼い頃から詩歌で見慣れている当麻には、インデックスの幼児体型にたいして動揺する事もなかった。

 いいや、その息遣い、身体の脱力の仕方が、心臓の動きを止めたばかりの死体のようで、否が応にも頭が冷やされるのだ。

 インデックスの傷は予想以上に深く、応急手当程度では命が危ないかもしれないと考えた当麻は病院へ連れて行くことにする。

 

(それに、なんか訳ありっぽいしな。……でも、冥土帰し(あの先生)のいる病院なら受け入れてくれる。あの人なら、例え不法侵入者であろうと、患者なら守ってくれるはずだ)

 

 事をあまり荒立てたくないし、救急車を呼ぶよりも自分の足の方が早い。

 もうかかりつけと言っても良いほど兄妹が絶対の信用を寄せるカエル顔の医者のいる病院へと向かおうとインデックスを背負う。

 背中から感じる温かみを失う訳にはいかないと、戦闘後で疲労した身体に鞭を打ち、足に力を込める。

 

「……ん、んん」

 

 当麻の背中から、微かな呻き声が聞こえた。

 その声の主がインデックスであると当麻は気づく。

 

「おい、インデックス、気づいたか?」

 

「と…うま? なん…で、ここに?」

 

「あんま、無理して喋るな。今から病院に行くからおとなしくしていろ」

 

 当麻はインデックスになるべく振動が伝わらないように気を使いながら、走りだす。

 

「とうま……降ろし…て」

 

 インデックスは斬られた身体で無理しながら訴えるが、当麻は無視して先を急ぐ。

 

「だめ…だよ。悪い魔術…師に、狙われ…ているんだよ」

 

「ああ、ステイルっていったか。そいつならぶん殴ったから、たぶん今頃のびてると思うぞ」

 

 何でもない、かというような当麻の言葉に、インデックスは驚くが、それでも降ろすように訴える。

 

「だめ…だよ…もう1人……魔術師が…残っている……それに…その魔術師を倒したとしても…きっと、新しい…魔術師…が来る…んだよ…このさきは……地獄なん…だよ」

 

 インデックスはさらに内に秘める1冊でも核兵器にも匹敵する<原典>の危険性、自身の存在意義を話す。

 <必要悪の教会(ネセサリウス)>で敵の魔術師を討つために、最も汚れた部分を引き受けている。

 呪われた、というのは大袈裟な言葉ではなく、この頭には汚染されれば廃人となる智毒があるのだ。

 呪い。

 絶対の呪い。

 忌み嫌われる程度で済むものではない。

 

「だか…ら、私は…助けてもらえる…ような…人間じゃ…ないんだよ」

 

 インデックスは俯き、震える声で謝る。

 フードがないせいで、この一年間、手入れを怠って伸ばしっ放しとしか思えないほどの長さの髪の毛が当麻の胸にだらりと垂れている。華奢な肩と体つき、それに弱々しい吐息が相俟って、その存在は溶けかけた粘土の像で。

 今にも溶けてなくなりそうな、影も形もなくなってしまいそうな、そんな不安定さ。

 そんな中でも緑色の目が絶望していないのは、これ以上自分になにかが悪くなっても構わない、という後ろ向きの覚悟だろう。

 ただし、それには途方に暮れたように力がない。

 

「ごめん……ね」

 

 本当は助けて欲しいと望んでいるのに、誰にも助けを求めることはせず、今も当麻をこちらの世界へ来させないように拒絶の言葉しか出てこない。

 当麻は次第に怒りがふつふつと込み上げてきた。

 

「ふざけんなっ! …ちったあ俺を信用しやがれ、人を勝手に値踏みしてんじゃねーよ。俺はお前を助けたいからこうしているだけだ。それに、それだけのことで、お前みたいな奴が傷つけられるなんて間違っている」

 

 インデックスが地獄だと称する世界に。

 少女一人が誰にも助けを呼ぶ事ができない環境に。

 

「それにな、俺は兄なんだ。女の子一人を地獄から引っ張り上げられないようじゃ、妹の自慢の兄とは呼べねぇんだよ」

 

「で、でも」

 

「だからお前は勝手に俺に助けられてろ」

 

 インデックスは、当麻の背中に顔を埋め、嗚咽を漏らした。

 

「ありが…とう…とうま…」

 

 インデックスが望んでいた英雄ヒーローがそこにいた。

 インデックスを地獄から助けてくれる英雄がそこにいた。

 インデックスに希望を与えてくれる英雄がそこにいた。

 当麻はすすり泣く声を気にしてないかのように、呼びかける。

 

「あと、もう少しの辛抱だ。辛いと思うがもうしばらく我慢ししてくれ」

 

「……」

 

 しかし、インデックスから何の反応もない。

 

(気が抜けて、寝たのか…? ―――ッ!?)

 

 背中から粗い呼吸音が聞こえてくる。

 

「インデックスッ!!」

 

 当麻が叫んでも、インデックスは苦しそうな呼吸音しか返ってこない。

 背中から伝わる体温がだんだんと冷たくなっていく。

 

「くそッ!」

 

 当麻は自身の右手は神ですら殺せるのに、少女を一人助ける事ができないのかと悔やむ。

 さらに、

 

「ッ!?」

 

 公園に差し掛かった時、前方に2mを超す刀を腰に拳銃のように構え、Tシャツに片足だけ大胆に切ったジーンズでポニーテイルの女が現れた。

 そして、周囲に人の気配が消え、物音一つしないことに気づく。

 

(ヤバいッ)

 

 当麻に触れただけで身を斬るような悪寒が走る。

 女は睨むわけでもなく、怒るわけでもなく、ただそこに佇みながら、静かにこちらを見据えているだけである。

 しかし、先ほどの魔術師と同じ匂いがする。

 そして、先ほどの魔術師よりも数段格が上である事。

 さらに、自分が決して敵わない相手であると直感した。

 

(くそッ、こんなときに)

 

 当麻はインデックスをしっかりと抱え直し、女の一挙一動を見逃さず、逃げる算段を立てる。

 しかし、それよりも先に女が足を踏み出す。

 

(来る!)

 

 当麻は一層警戒する―――が、

 

「お願いします。こんなことを言える立場ではないとは重々承知しています。ですが、彼女の容態は一刻の猶予もありません。信用しろとはいいません。ただ彼女の傷を癒す時間を、少しの間だけ頂けませんでしょうか」

 

 女は、構えを解くと深々と頭を下げた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「は? 一体、どういうことだ?お前も魔術師じゃないのか?」

 

 はじめは油断を誘うものかと思ったが、おそらく、そんなことしなくても当麻は勝てないと感じていたし、彼女から伝わってくるのは本気でインデックスの身を案じている気持ちしかない。

 そのため、当麻は突然の懇願にどうしていいかわからず、混乱する。

 

「はい。先ほどのステイルと同じ魔術師で、神裂火織と申します」

 

 ステイルとは全く違う態度に、当麻はすっかり気が抜けそうになる

 が、警戒は解かず、いつもより低い声で問う。

 

「どういうことだ? インデックスを怪我させたのはお前達だろ。なんで、いまさら保護しようとするんだ」

 

「……そうです。その通りです。弁明は致しません。……私が彼女を斬りました…」

 

 当麻は、神裂が何かを堪えるように、罰を求めているように懺悔しているように見えた。

 

(何で、あんなに泣きそうな顔をしているんだ。……もしかして)

 

 女の涙に弱い愚兄。

 当麻は神裂の泣きそうな表情にほとんど警戒を解く。

 

「なあ、アンタ、もしかして、インデックスの<歩く教会>が破壊されていたことを知らなかったのか?」

 

 神裂の息を呑む音が聞こえる。

 当麻はそれで確信した。

 

「<歩く教会>に守られると信じて、インデックスに攻撃した。あれは、たしかあらゆる物理的衝撃を防ぐんだって? だが、予想外なことに<歩く教会>は神裂の攻撃を防げなかった」

 

 当麻は悔やむように顔を伏せる。

 

「悪い…それは、俺が右手で、<幻想殺し>で<歩く教会>を破壊してしまったからだ」

 

 神裂は驚愕した表情で顔上げ、当麻の悔やんでいる表情を見る。

 

「あなたが彼女の<歩く教会>を……いえ、あなたが気を病む必要はありません。直接手を下したのは私なんですから……そんな私が治療を申し出るのは、筋違いだと承知しておりますが、ですがこの時だけ、どうか私にあの子を託してください」

 

 そして、悲痛な顔のまま刀に手を掛ける。

 

「もし断るのでしたら、力尽くでも奪わせてもらいます。……私にもうひとつの名前を、語らせないでください」

 

 神裂から、ステイルとは比べ物にならないほどの威圧感が放たれてくる。

 

「お答え下さい。あの子を渡すか、渡さないか」

 

「ああ、わかった。お前に任せる」

 

 当麻は、神裂の迫力に圧されたという訳ではないのに、即座に了承した。

 その表情からは神裂を信じていることが伝わってくる。

 

「え?」

 

 神裂は当麻の想定外の態度に困惑を覚える。

 どうして、会ったばかりの自分を信頼してくれるのかがわからない。

 

「一応、インデックスを治療するだけだからな。アンタの事は信じることにするが、組織については信用する事ができない。だから、保護するというなら断らせてもらう」

 

 神裂は当麻の信頼に応えるべくそれを了承する。

 

 

「わかりました。……では、彼女を降ろして、うつぶせに寝かしてください」

 

 当麻は言われた通り、インデックスを降ろした。

 彼女の苦しんでいる様子を痛ましげな顔で見て、自身の無力さを恨む。

 

「一つ聞きたいことがあります。あなたの力は、結界や炎を打ち消すだけのものですか?」

 

「いや、異能の力なら、超能力も魔術でも、なんだって打ち消せるのが、俺の<幻想殺し>の能力だ」

 

 もし、ここに詩歌がいれば、本来は敵である神裂に自身の能力について簡単に喋るなとぶん殴られていただろう。

 だが、愚兄は難しい事は考えずに、ただ己の直感を信じる。

 

「ならばすみませんが、あなたは離れていてくれませんか。魔術による治療を行いますので、その効果まで打ち消されるわけにはいかないのです」

 

 神裂は受け入れられないかもしれないと思いつつも当麻にそう申告する。

 

「ああ、わかった。どのくらい、治療にかかるんだ?」

 

「あ、10分程度もあれば」

 

「わかった。じゃ、10分後にここに戻ってくる」

 

 しかし、神裂の言葉に当麻は頷くと、力になれない無念さはあったが、あっさりその場を離れた。

 そのことに神裂は目を見開く。

 

(先ほど自身の能力を話したことといい、本来敵対関係である自分を信じたことといい、なんてお人好しなんですか……)

 

 去り際の当麻の背中からは、神裂への絶対な信頼が感じられた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「うわー…こんなに詩歌からの返信が来てる」

 

 治療のためにインデックスを神裂に任せ、場を離れた当麻は携帯を開くと、詩歌からのメールが5件来ていた。

 

「詩歌は全く心配症だなぁ…………げっ」

 

 その内容は最初の3件は夕飯の内容やインデックスと自分の心配が主だったが、後の2件にはインデックスの裸を見てデレデレしていないのか? や好みのタイプの女性に会えてデレデレしていないか? を問うものだった。

 

(治療したときに少しだけ、少ーしだけインデックスの裸を見たかもしれないがデレデレしてないし、確かに神裂は好みのタイプに近いがデレデレなんてしてないし……しかし、なぜこんなにもピンポイントで質問してくるんだ? もしかして、近くにいるのか?)

 

 当麻はあたりを見渡すが、人払いがされてるため、誰もいなかった。

 

(あいつ、妙に勘が良いからな。……会った時に悟られないようにしよう。ばれたら、誤解してお仕置きされるに違いないしな……)

 

 残念な事だが、今まで当麻は詩歌に“一度しか”隠し事ができた事はない。

 なぜなら、詩歌は当麻に対してなら100%に近い精度で嘘を見抜く事ができる。

 そして、当麻がラッキーイベントに巻き込まれたかを近くにいなくても察知する事ができる恐ろしい第六感も兼ね備えている。

 なので、

 

「ッ!?」

 

 当麻の背中に先ほどの神裂並の圧力を感じる。

 しかし、辺りを見回しても自分しかいない。

 

(何だ、この感覚は…まるで、詩歌に睨まれた時のようだ……)

 

 とりあえず、当麻は辺りを気にしながらも適当にメールの文面を考え、指を動かす。

 しかし、途中で指を止める。

 

 上条当麻の脳裏に2つの選択肢が提示される。

 

・事態が深刻である事を悟り、賢妹との約束を守り、助けを呼ぶ。

 

・いや、向こうも事件に巻き込まれているだろうし、まだ愚兄だけでも大丈夫なはずだ。

 

 どちらを選ぼうとも、それは兄妹の運命を変えることになる。

 上条当麻は数秒迷い、考えがまとまらないまま指を動かし―――結局、文面を消した。

 

(魔術については報せない方がいいな。……アイツの事だから飛んでくるに違いないが、妹を危険な事に巻き込ませるのは、兄としては失格だしな)

 

 そして、当麻はさしあたりのない文面に書き直して、メールを返信した。

 魔術関連、特にインデックスや神裂事を除いて。

 

 

車内

 

 

「むにゃ~…インデックスさんとそのポニーテイルの女性と誰ですか? …当麻さん……この前の美琴さんの時も言いましたが……浮気は許しませんよ。……もう一度お仕置きですね。………心苦しいですが、両手両足の骨を折ります……」

 

 木山の車の中、詩歌が寝言でさらっと恐ろしい事を口にする。

 

「全く、人質にされてるのにこうも熟睡しているとは……気絶させた私が言うのもなんだが、随分肝が座っているようだな」

 

 木山は詩歌を人質にしての逃亡中、詩歌のあまりの熟睡ぶりに呆れるどころか感心してしまう。

 

「…む、キスするから許してくれ? …全く当麻さんはいつもそう言うんだから……えへへ~♪」

 

 当麻は一度も詩歌とキスをした事はない。

 あくまで詩歌の夢の中での設定上の話である。

 

「…ふふふ…仕方ありませんね…左手だけで勘弁してあげます…左手なら日常生活に支障がありませんしね…」

 

 減刑されても、当麻は骨が折られるらしい。

 木山は当麻と呼ばれる人物に心底同情する。

 

「どうやら当麻という人物には、今すぐこの子から逃げたほうがいいみたいだな」

 

「…大丈夫です…ちゃんと痛くないように優しくしますから……うふふ、待てー……」

 

 海辺で恋人同士が追いかけっこをするような台詞だが、きっと夢の中の当麻は死に物狂いで詩歌から逃げ、甘い雰囲気は皆無であるのに違いない。

 

「ん? <警備員>か、上から命令があった時だけ動きが早い奴らだな」

 

 アンチスキルが道路を封鎖しているため、木山は車を止め、頭を切り替える。

 

「……当麻さん、これ以上逃げるようなら、去勢しますよ…ふふふ…」

 

 これから戦場になるというのに詩歌は相変わらず熟睡していた。

 

 

「お兄ちゃん……約束…破っちゃ…や、だよ……」

 

 

とある公園

 

 

「んん!? また悪寒がする……ッ!?」

 

 あれから当麻は誰かに追われるという圧力を感じてはいたが、後ろを見ても誰もおらず頭を捻っていた。

 

「理不尽な目に遭いそうな気がする……っと、そろそろ10分たったな」

 

 当麻はとりあえずこの事を考えるのを止め、インデックスたちの元に急ぐ。

 人払いされた公園の中には神裂とベンチで安らかに眠っているインデックスの姿があった。

 どうやら、魔術による治療は成功したらしくインデックスの怪我は完治しているようだった。

 

「……それでは、今日の所は退かせていただきます。ですが、ゆめゆめ忘れないでください。我々はインデックスを保護しにやってきました。後日、迎えにあがります。それまでに、別れの挨拶を済ませておいてください」

 

 神裂は、約束を守るつもりなのか、治療が終わるとインデックスを連れて行こうとはせず、当麻にインデックスを任せる。

 

「ありがとな、神裂。インデックスを助けてくれて」

 

「いえ……では、私は行きます。次に会った時は、絶対に抵抗しないでください。……私は、名乗りたくありませんから」

 

 神裂は、一礼し、そのまま立ち去ろうとする。

 

「待てよ。聞きたい事があるんだ」

 

 当麻の呼び止めに、神裂は振り返らぬまま、足を止めた。

 無視していくか、戻って話を聞くか迷っているようだが、当麻は構わず話を続ける。

 

「なあ、あんたらの目的って一体何なんだ? どうして、モノ扱いしているインデックス、必死に助け出そうとするんだ」

 

「……死なれたら、魔導書の保護ができないからかもしれませんよ」

 

 当麻は、その神裂の答えを即座に否定する。

 

「いいや、違うな。それだけしか考えていない人間は、あんな顔しねぇ。もし保護が最優先なら、治療が終わったらすぐにインデックスを連れていくはずだ。なのに、それをしなかった。インデックスに別れの挨拶をさせるために……それは、インデックスが危険な爆弾をたくさん抱えた人間じゃねぇ、ただの女の子だってわかってたからだろ。なのに、何で追い詰めるような真似をしたんだよ。始めから、お互いで話し合って理解していれば、傷つけるような真似なんかしなくても良かったんじゃねぇのか! なんでだよ!」

 

 当麻は感情を抑えながら、神裂に問いただす。

 神裂は振り返り、当麻を非難するような目で睨むが、すぐに俯き、腹の底から絞り出すような声でいう。

 

「私だって……好きでこんなことをしている訳ではありません」

 

 恐る恐る、神裂は顔をあげる。その瞳には、ありありと迷いが見て取れた。

 

「聞けば、後悔するかもしれませんよ。それでも……聞きたいですか?」

 

 当麻は迷うことなく頷く。

 そして、神裂は当麻に、インデックスに吐いている嘘、本当のインデックスとの関係、インデックスの異常な才能、そして、1年ごとに記憶を消さなければならない戒め、もうすぐ記憶を消す日が来ることを教えてくれた。

 

 

とある学生寮

 

 

 人を信用するには、嘘やペテンを見抜く、上手に疑う事が一番大切だ。

 高校受験の模擬テストで詐欺みたいな引っ掛け問題に嘆いたら、答案を見ていた妹が軽い頭の体操とばかりに訊いてきた。

 

『当麻さんは足が速いほうですよね?』

 

『まあ、そりゃあ、子供のころから逃げるのは得意だな。それがどうした?』

 

『ではこれは論理的に通じるか考えてみてください。上条当麻は足が速い。よって、上条当麻の足が遅ければ、上条当麻は亀である』

 

『はぁ? 何で足の速い遅いで当麻さんは亀になるんだよ』

 

『でもこれは論理的ではあるんです。少しわかりやすく言えば、上条当麻は妹ではない。故に上条当麻が妹ならば、上条当麻は上条詩歌。どう思います?』

 

『そりゃ、詩歌かどうかというより、前提として当麻さんは妹じゃなくて、お兄ちゃんだぞ』

 

『そのとおりです。当麻さんが『Xでない』というのなら、その逆説、当麻さんが『Xである』というのも仮定に過ぎません。現実とは異なる前提条件からYという結論が導き出されても、当麻さんに否定する材料はありません。お話の中では食い違いや矛盾はなく、論理的に正しいとも言えます。ここまで、わかります?』

 

『んー……わかったようなわからないような。でも、何となく、こう……正しいのは分かる。でも、これって学校でやってる育脳とは違う気がすんだが』

 

『ええ、これは知恵というより奸智の類です。あらゆる問題を、ただ情報から真実を見出すための。能力開発とはまた別の頭の演算方法ですね』

 

 これなら当麻さんにもできますね、と机にノートを開き、ペンを取り出す。

 

『難しそうな話だな』

 

『簡単ですよ。理由が何なのかと自問自答してひとつに絞り、それが終わったらば全てが終わるかどうかを検証する。この二段階だけで論理はひも解けますし、このルールになれれば問題を素早く把握できます』

 

 この3つで全てが表現できると、A(イコール)B、A×(バーサス)B、A→Bと記号を使って結論をノートに図形化する。

 

『頭に思い浮かべてみてください。

 =は同列、等しいと数式と同じ。

 ×は白と黒とか、女子と男子とか、二極化の概念を結ぶ記号。文章的に、“だが”や“しかし”という逆説を使う場合もですね。言葉だと後にきたのが正しいと思えてしまいますが、記号で×ならば対等に対峙してる考えだとみることができますから。

 →は単なる順序ではなくて、AだからBという具合に前を受けて順当に導ける結論です』

 

『それで全部が終わりって、これでおじゃんってことか?』

 

『いいえ、問題解決ということです。そうですね。例えば……』

 

 詩歌はペンを走らせると。ノートに三匹のカエルの絵を描く。

 

『ゲコ太、ピョン子、ゲロ蔵。この3匹のうち、本当のことを話してくれる正直者は1匹だけ。ゲコ太は『ピョン子が嘘つきだ』と言いました。以上のことからどんなことが断定できますか?』

 

『うーん……ゲコ太が本当のことを話してるかはわからないんだろ?』

 

『では、ゲコ太の発言は本当だと仮定したら?』

 

『そしたら、ピョン子が嘘つきになるな』

 

 ピョン子のキャラ絵に『嘘つき』が=で結ばれる。

 

『んで、ゲコ太が正直物になるのか』

 

 ゲコ太のキャラ絵に『正直者』が=で結ばれる。

 

『つまり、この仮定を表すなら』

 

 そして、その二つが→で結ばれ、『ピョン子』=『嘘つき』→『正直者』=『ゲコ太』、となる。

 

『それでゲコ太の発言が間違いで嘘つきだったら』

 

『そしたら、嘘つきが間違いだからピョン子が正直者になるな』

 

 『嘘つき』×『正直者』と書かれ、3匹の残る1匹は、

 

『ああ。どっちにしても正直者は1匹だから、ゲロ蔵は嘘つきになるのか』

 

『正解です。じゃあ、早速実戦。このテストでわかった当麻さんの問題点は?』

 

『……簡単にひっかけに誘導されちまうことか』

 

『じゃあまずは、なぜひっかかってしまうか、自問自答してみてください』

 

『勉強が足りなくて問題文を良く見てなかったな。あと眠くて注意が』

 

『理由はひとつに絞ってください』

 

『んー、ひとつか……慣れ。経験不足ってことか』

 

『次に、経験不足でなくなれば、すべて解決ですか?』

 

『そりゃあ、そうだろ』

 

『はい、これで答えが導き出されましたね。当麻さんにとって最良の問題解決方法は、徹底的に経験を積むことです』

 

『何か腑に落ちねーな。単に当たり前のことを言われただけの気がするんだが』

 

『論理的思考に慣れるには、当たり前から始めるんです。難しく余計なことを考えず、一歩一歩筋道を立て、ひとつのことだけを考える。他にないか、と探ってもいけません。最重要な課題は真っ先に思いつくはずです』

 

『はあ……なーんとなくだが、見えてきた気がする。ぼんやりとな』

 

『それで結構です。では、今すぐ解決すべき問題はありますか?』

 

『腹が減ったな』

 

『どうしてお腹が減ったんです?』

 

『勉強してて、飯を食うのを忘れたからだな』

 

『ご飯を食べたら問題解決?』

 

『おう』

 

『ふふふ。じゃあ、ご飯をつくらせてもらいますね』

 

 

とある公園

 

 

「……残り15%しか脳を使えない彼女にとって、忘れられないということは、致命的なんです。1年以上の記憶を保持し続けようとすれば、あの子は死んでしまう。だから、忘れることができないあの子の代わりに、私達が記憶を消しているんです」

 

 当麻は何も言う事ができなかった。

 頭では嘘だ、信じられないという反面、奥底では神裂の言葉を認めてしまってる。

 諦めきれず、必死に自分の頭の中にある知識からインデックスを救う方法を探しだそうとする。

 死刑宣告を告げた神裂は、後悔しながら当麻のことをただ見つめている。

 どうして、こんな残酷な事を話してしまったんだろう、と。

 自分はもしかしてこの少年にインデックスが救えるのかもしれないと期待していたのかもしれない。

 しかし、自分達もインデックスが記憶を失わなくてすむ方法を考えてきたが、なにも見つけることができず、ただ絶望に打ちしがれるしかなかった。

 そんな重荷を彼にも背負わせてしまった。

 知らなければ、背負うはずのない重荷を。

 

「すみません。こんなこと今日会ったばかりのあなたに話すべきではありませんでしたね」

 

「待ってくれ! 魔術が駄目でも科学なら助けられるかもしれない!」

 

「言っておきますが、私はあの子を得体の知れない薬で身体を侵されて、中にメスで切り刻まれるような真似は……機械に身体を侵されるようなところは絶対に見たくはありません」

 

「そんなことしなくても、ここは学園都市だぜ? 常盤台には触れただけで人の記憶を抜き取る事ができるLevel5がいてな、俺の妹、詩歌に頼めばその力で助けられるかもしれない」

 

「……あなたの妹が何者かは知りませんが、敵を説得する言葉にしては安すぎますね」

 

 その程度で当麻に賭けに乗る事ができないと神裂は自嘲気味に言う。

 

(常盤台にいる<心理掌握(メンタルアウト)>とかいうLevel5の精神系能力者。……確か、名前は食蜂操祈。詩歌が生意気で言う事を聞かないって愚痴をこぼしていたな。……詩歌の制御がきかない奴か…素直に協力してくれるか怪しいし、神裂の言うとおり、危険な賭けだな……)

 

 上条当麻は考える。

 自問自答で、ひとつを設定する。

 インデックスは『完全記憶能力者は忘れることができないから、脳がキャパシティオーバーする』

 次に検証する。

 神裂は『脳が記憶に押しつぶされる前に記憶を消さなければならない』と答えを出した。

 

『その答え以外にないのにそれでも納得がいかないと感じたら、それは袋小路に突き当たったってことです。つまり、その場に留まって壁を叩いたってどうにもなりません。だったら、袋小路に入る前の十字路――前提を選んだ選択肢で道を誤ってますね。だから、そこまで戻って考え直すことです。決して袋小路で悩んで立ち止まってはダメです。引き返すこと―――どんな迷路も右手で壁をつきながら進む右手法で突破できるんですよ』

 

 愚兄の右手に掛けて教えられた賢妹の解法。

 右手法とは、迷路で右側の壁に手を付けながら、ひたすら壁沿いに進めば、壁の切れ目はスタートとゴールしかないので、最短距離でなくとも、歩き続ければ確実に“終わる”。

 そして、

 

『もし、それがダミーの終わり(ゴール)だとしたら、無視して、自分の右手を信じて歩き続ければ、きっと真実が見えてきます』

 

 検証から戻った自問自答の前に帰る。そして、神裂達が出した“とりあえずの救い”というゴールを無視する。

 神裂にも理解を得られるよう論理的に、『この少女を地獄から救う』ということだけを考えて、解を導く。

 固定概念を破壊。

 『殻』を割って、新たな発想を生み出す。

 壊す事で、インデックスを救う術を見つけ出す。

 当麻は自分の脳に収められている情報をさらに引き出す。

 

(記憶…記憶と言えば、この前の試験勉強で詩歌が記憶術について教えてくれたなぁ……そう確か…―――)

 

 そのとき、すっと思考の迷路で壁をついていたはずの右手の感触が、空を切る。

 それは、迷路の“切れ目”についたということ。

 同時に、当麻の頭に一つの仮説が産まれる。

 

「なあ、神裂、教会はインデックスの頭ん中に収まってる10万3000冊の魔道書は爆弾と同じ扱いなんだよな?」

 

「ええ、彼女の頭の中の<原典>を使えば、世界の全てを捻じ曲げる力も手に入れることができるでしょう」

 

「だったら、そんな神様にもなれる危険な<原典(モン)>が野放しにされるはずがねーよな」

 

 『世界をも変える力』=『魔道書の危険性』→『教会が管理しなければならない』

 そして、また脳内に彼女の声が聞こえる。

 

『当麻さん、人に物事を教える先生には“特権”があることを知ってますか? それは、もし先生に不都合なものがあるなら、一万の知識の中にひとつだけ嘘を混ぜても構わないということです』

 

 当麻は、わけのわからない衝動にかられて、思い切り地面を蹴った。

 

「くそっ、そうか! そういうことか!」

 

 ここにはいない“ずっと自分がたったひとつの嘘をついてきた少女”に感謝した。愚兄は確かに、この迷路から解放された気がしたのだ。

 『教会の管理』=『<禁書目録>に絶対に裏切られてはならない』

 だったら、その→は――インデックスに鎖をつけたがっていた教会は自問自答の果てに何をしようとした。どんな検証で答えを出した。

 

 ―――一年ごとに儀式(メンテナンス)を受けなければ生きられないように、インデックスの頭に何か細工をしたんだな。

 

 『インデックスを救う』×『インデックスの記憶を消さなければならない』、これが神裂が出した終わり。それが、感情的に裏切りかねない部下に対し、教会が用意した偽物のゴールならば。

 

 ―――神裂達が自発的にインデックスの記憶を消す役をやらせたかったんだ。

 

 <禁書目録>は使う者が使えば、世界を変えられるものだ。そして、神裂、それにステイルはそれを使える魔術師だ。揃って反乱されれば、教会の手にも負えなくなる可能性がある。

 だが、今、上条当麻は『インデックスを救う』×『インデックスの記憶を消さなければならない』という終わりが間違っている確証を得ている。

 そう、インデックスが救える事ができると歓喜に震えてもいいのだ。

 

 

「―――殺すぜ。教会(アンタら)幻想(うそ)を」

 

 

 

「神裂。インデックスは救える」

 

「だから、科学にあの子を預けられ―――「そんなもんは必要ねーよ」」

 

 神裂は当麻の顔を見る。

 そこには先ほどのようにあてずっぽうのように意見を述べている訳ではなく、確固たる答えを持った表情だった。

 

「なあ、神裂。もしアンタら……『残り15%しか記憶の容量がなく、どんなゴミ記憶も忘れることのできないインデックスは一年周期で思い出を消さなければならない』っつう教会の言ってることが正しいんなら、『完全記憶能力者は1年分の記憶で、脳の15%が埋め尽くされる』ってことと同列()だよな?」

 

 だから、問題なのだ。

 神裂の顔が歪む。

 完全記憶能力は魔術とは関係ない体質であり、呪いのように解呪できる類のものではない。

 そして、10万3000冊の破壊は、異端尋問官(インクジショナー)でさえ処分できない。

 だから、魔術師の手に負えない。

 

『これも<禁書目録>のため、最大限の人道的処置なのよん♪』

 

 <必要悪の教会>、<最大主教(アークビショップ)>も――――

 

「『完全記憶能力者は1年分の記憶で、脳の15%が埋め尽くされる』んだったら()完全記憶能力者(そいつら)は10年も生きられないほど短命なんだな』」

 

「―――っ!」

 

 聖堂の奥を回想する時でも、愚兄の声はハッキリ耳に飛び込んできた。

 

脳医学(かがく)に弱くても論理ならわかんだろ。完全記憶能力者が、いくら残り15%しか記憶できないからって、1年で死ぬ訳じゃない。もしそうなら、完全記憶能力者は、6、7年しか生きられないって計算じゃねーか。―――でも、テレビで中年の完全記憶能力者が出たりしてるだろ。おかしいと思わないか?」

 

 神裂は自説に矛盾が生じていることが理解できた。

 ようやく、幻想が取っ払われ、今ここに彼女が立っている現実にいたる、様々な事を考えさせられる。

 

「そもそも人は、例え全てを覚えて生きても、140年分の記憶を保持することができる。それに、人の記憶はごちゃ混ぜに覚えてるんじゃなくて、ちゃんと入れ物ごとにわけて保管されている。んで、インデックスの魔導書の知識は、意味記憶という言葉や知識を司る入れ物に入れられてる」

 

 当麻は必死に詩歌が教えてくれたことを思い出す。

 思い出の中とはいえ賢妹には、今回本当に助けになりっ放しだ。あとで礼を言おう。“みんな一緒に”。

 

「それで、神裂達が懸念している思い出は、エピソード記憶という入れ物に入れられている。インデックスだって記憶を失っても、歩き方や話し方を忘れてないだろ?」

 

 当麻の問いに、神裂は機械のように首を縦に振った。

 

「それはこうして記憶が、入れ物ごとに分かれているからだ。要はいくら意味記憶を増やしたからといって、エピソード記憶が圧迫されるなんて、脳医学上絶対にありえない」

 

「しかし、あの子は現に苦しんでいました。1年経つと、初期症状として頭痛が現れ、それが酷くなっていったんですよ」

 

「神裂、“記憶で脳が圧迫されるなんて、誰に聞いたんだ?” その終わりは偽物なんだ。……俺も、学期末テストを間違った範囲で教わってな。まあ、補習になったのは単に俺の学力不足だが。先生役ってのは、それだけでそいつの力なんだ。一万の知識の中にひとつだけ嘘を混ぜたっていいんだってな」

 

 当麻は核心をつく。

 

「論理的に考えんなら、教会は、インデックスと神裂とステイル(アンタら)が裏切らないように嘘をつくんじゃねーか」

 

 <最大主教>の微笑が、一瞬で薄っぺらく色あせた。愚兄の言葉は、神裂にとっては、静かな、だが天地がひっくりかえるほどの衝撃だった。

 

「完全記憶能力は、人の命を脅かすものじゃない。おそらく、それはインデックスが裏切らないようにするため、教会が、元々何の問題もなかったインデックスの頭に何か細工をしたんだ」

 

 インデックスについて、教会から教わった事を土台にしてきた。

 神裂とステイルに記憶の事も、症状の件も、組織の長として解決策を授けたのも、<最大主教>だった。

 だから、“偽善使い”に突きつけられた幻想が殺された現実を否定できず、“必要悪の天秤”に導かれた迷路の終わりを疑う今、本当に自由になったような解放感に―――神裂はその場にへたりこんだ。

 今まで己を縛っていたと同時に、支えてきた論理武装が崩れたからか。

 先ほどあれほどまでに他を圧倒する重圧が、今は微塵も感じられない。

 まるで迷子の子供のように、震えていた。

 

「嘘……です。だったら、私達が今までしてきたことは? 1年ごとに記憶をなくすあの子のために、思い出を作って、日記やアルバムを残して……それでも全て忘れられて、悲しい顔でごめんと謝られて……」

 

 彼女の苦しみは、痛みは、実際に経験した者にしかわからない。

 当麻にはただ聞くことしかできない。

 

「そんなあの子にたえられなくなって、あの子と思い出を作るのを諦めて、ならいっそのこと敵に回って、そんな思い出を作らないと決心して……なのに……こんなこと……」

 

 嘘です、と神裂は呟く。

 当麻に神裂の絶望を共有することはできない。

 だから、当麻は神裂に過去を振り返るのではなく、次へ、未来へ進めるよう激情を潜めた声で説得する。

 

「立てよ神裂」

 

 びくり、と肉食獣に見つかった獲物のように、神裂が大きく震えた気配がした。

 もしかすると、泣いていたのかもしれない。

 

「ずっと、この時を待ってたんだろ。インデックスの記憶を何度も消して、辛い思いをして、諦めて。でも本当は、心の底では、助けたかったんだろ。なのにお前は、なにをしている? 敵に回ってでも守りたかったインデックスを助けられるってのに、なに勝手にへ

たってんだ?」

 

 喉を振るわせ、魂から叫ぶような訴えは神裂の精神を揺さぶる。

 

「テメェは、インデックスを助けたかったんじゃねえのか! 他の誰でもない、テメェの手で、インデックスを助けたかったんじゃねえのかよ! 女の子を命をかけて守る、そんな主人公になりたかったんじゃねえのかよ! だったらそれは全然終わってねえ!! 始まってすらいねえ!!なのに、ちょっとぐらい長いプロローグで絶望してんじゃねえよ!!」

 

 しかし、神裂は立ち上がらず、何もいわない。

 

「その気がないなら、そこで震えてろ」

 

 己のただ一つの武器を見せつける。

 神でさえ、インデックスを縛りつける<首輪>でさえ破壊する右手を見せつける。

 

「俺は、主人公になりに行く」

 

 そういって当麻は、インデックスの身体のどこかにある、この右手で殺さなければならない幻想を探す。

 そこでようやく、少女のために、1人の魔術師が立ち上がる。

 

「……待って」

 

 まだ震える足を手で押さえ、もつれながらも立ち上がる。

 

「……待って、下さい」

 

 愛刀、<七天七刀>に手を掛け、震えをどうにか抑える。

 

「助けます……」

 

 荒れる呼吸を宥め、決意に満ちた表情で宣言する。

 

「私が、インデックスを助けます!」

 

 先ほどの動揺を微塵も感じさせない神裂に、当麻は笑う。

 

「よく、決意したな」

 

 そして2人は、教会が仕掛けた<首輪>を破壊するため、インデックスを地獄から救い出すために動き出した。

 

 

つづく


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