とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 前半戦終了

大覇星祭編 前半戦終了

 

 

 

オープンカフェ

 

 

 

今回の事件、<刺突杭剣>の取り引きは嘘。

 

本当の『計画』――<使徒十字(クローチェディピエトロ)>による学園都市制圧のための準備期間や発動までの時間稼ぎのためだ。

 

<刺突杭剣>に偽造された物――<使徒十字>。

 

十二使途の1人、ペテロの墓の上に立てられた墓標で、大理石でできた十字架、別名、ペテロの十字架。

 

ローマ正教の持つ霊装のなかでもトップクラスの能力と価値を持つもの――<聖霊十式>の内の1つ。

 

その危険度は、<刺突杭剣>――『遠距離作動型核兵器強制停止スイッチ』とは、比べ物にならない。

 

その力は、4万7000平方kmの範囲をローマ正教の支配領域にしてしまう事。

 

全てをローマ正教に都合よく運命や主観を捻じ曲げ、範囲にいるローマ正教徒に幸運を与え、その分不幸になる異教徒も何が起こってもローマ正教のおかげで幸運だと誤解させる。

 

短期的にはローマ正教に有利な場を作り、長期的にはそもそもローマ正教の支配する街にしてしまう。

 

誰もが気が付かないほど自然に……

 

 

 

 

 

 

 

自律バスの整備場からほんの僅かに離れたオープンカフェ。

 

そこで、上条当麻と土御門元春は注文を取らずに、ステイル=マグヌスからの説明を聞いていた。

 

 

「ちょっと待てよステイル。その<使途十字>ってのを取り引きして、オリアナ達は具体的に何をしようとしてるんだ?」

 

 

あまりにスケールの大きい話に理解力がまだ追いついてない当麻は、この事態の深刻さをもう一度問う。

 

 

「世界を2つに分けると、科学サイドと魔術サイドに分かれる筈だ。今はちょうど、バランスは半々に保たれている訳だけど」

 

 

それにステイルは簡単に答える。

 

 

「その内、科学サイドの長が学園都市だね。さて、この学園都市が、全体的にローマ正教の庇護に治まってしまったら、世界のバランスはどうなってしまうと思う?」

 

 

あ、と当麻は思い至った。

 

世界の半分を支配する科学サイドが、魔術サイドの一組織の傘下に収まってしまえば、『科学という世界の半分+魔術にある自分達の組織力』で、確実に世界の50%以上を手中に収められる。

 

まして、その一組織が十字教の中でも最大宗派のローマ正教徒なれば、その権力に誰も抗う事は許されない。

 

 

「科学と魔術の両サイドから攻められれば、『どちらか片方の世界』に属しているだけの組織や機関では太刀打ちできないのさ。これは腹と背を同時に殴られてしまうようなものだ。世界のパワーバランスは、完璧にローマ正教の一極集中になってしまうだろうね」

 

 

学園都市の面積は東京の2190平方kmの約3分の1――およそ730平方km。

 

その程度なら、<使途十字>を突き刺すだけで、学園都市は丸々ローマ正教の都合の良い聖地となる。

 

具体例として考えられるのは、学園都市統括理事会が突如としてローマ正教の庇護に入ると決議したり、学園都市全域が経営不振に陥り、スポンサーとしてローマ正教の支配を受け入れるか。

 

あるいは、学園都市そのものが一度木っ端微塵に吹き飛んで、その復興再建を日本政府ではなくローマ正教主導で行う事になるのか。

 

どんな形になるかは分からないが、必ずローマ正教にとって最も都合の良い展開になる。

 

そして、それは学園都市の誰もが疑問を抱かず、納得する。

 

たとえ、どんな理不尽な要求でも、どんな不条理な重荷を背負わされても、誰もが幸せしか感じられない世界が出来上がる。

 

 

「じゃあ、オリアナ達の言っている取り引きと言うのは……」

 

 

「ああ。<刺突杭剣>とか<使途十字>だのといった、霊装単品の取り引きじゃない。『ローマ正教の都合の良いように支配された』―――学園都市と世界の支配権そのものだろうさ」

 

 

ステイル=マグネスは、大きく深呼吸した。

 

口の端にある煙草が、酸素を吸ってオレンジ色の光を強くする。

 

 

「運び屋のオリアナ=トムソンと、送り手側のリトヴィア=ロレンツェッティ。彼女達の他に、もう片方の受け取り先が分からなかったのは当然さ。―――この取り引きには、他の誰も関わっちゃいけなかった。ロシア政教が怪しいなんて話もハズレさ。『ローマ正教が自分で自分に送るだけのものでしかなかったんだから』」

 

 

彼は1度だけ言葉を切り、

 

 

「止めるよ、この取り引き。さもなくば、世界の崩壊よりも厳しい現実に直面する事になる」

 

 

その声に、上条当麻と土御門元春は頷いた。

 

そして、土御門は当麻へ視線を向ける。

 

 

「カミやん。……さっきも言ったが、これは、紛れもなく戦争だ。それに、本当に詩歌ちゃんを巻き込んでもいいのか?」

 

 

先程の兄妹喧嘩の末の決着は、この2人にも話した。

 

今、ここにはいないが、上条詩歌を巻き込む事を。

 

この事件、3人の手だけでは足りない。

 

オリアナ=トムソンや黒騎士、その背後にいるリトヴィア=ロレンツェッティに必ず勝てる保証もない。

 

それで彼女達の『計画』が成就してしまえば、自分達ローマ正教が世界の支配権を得られるなんて幻想が実現してしまう。

 

その幻想は、必ずこの手で壊さなければならない。

 

それは土御門もステイルも同じだ。

 

だが、感情的な面で、彼女の参入を諸手を挙げて喜ぶ事はできない。

 

 

「分かってる。でも、これは俺達兄妹が決めた事だ」

 

 

土御門も、そして、ステイルも戦う理由は大切なモノを守るため。

 

その為に、大切なモノを裏切ろうが、騙そうが、そして、敵になっても構わない。

 

その大切なモノを、上条当麻は危険に晒すというのだ。

 

これは明らかに、彼らの進む道とは違う。

 

彼らから見れば、上条当麻の決断は本末転倒とも言える最低な手段を取ると同じもの。

 

されど、当麻が苦渋の末にこの道、自分達よりも険しい道のりを進む事を選んだのは理解できる。

 

そうなった一因に、自分達のせいである事も分かっている。

 

 

「……悪いな、カミやん」

 

 

この世界に巻き込んでしまった事が申し訳ないのか。

 

大切なモノを犠牲にしようとする当麻のやり方が許せないのか。

 

そうさせてしまった自身の力不足が恨めしいのか。

 

非難しているのか、詫びているのか。

 

そのどれかは分からない。

 

そのどれもが入り混じっているのかもしれない。

 

サングラス越しの目に、当麻の姿がどう映っているかは、分からない。

 

 

「いや」

 

 

しかし、当麻に迷いはなかった。

 

 

「ただ、守られるだけってのも辛いんだよ。俺や詩歌が笑っている陰で、お前らが血塗れで苦しんでいる状況なんて考えたくもねーからな」

 

 

彼らが不幸を運んできたのではない。

 

それに、たとえ彼らが運んできたとしても、逃げる必要なんてどこにもない。

 

 

「だから、俺は同時に思うんだ。自分が嫌だって思ってる事を、ずっと詩歌に押し付けちまってるのは何だろうな、って。それでいて、素知らぬ顔で皆と楽しんでこいって言ったんだぜ。しかも、ボロボロになってんのに見栄張ってさ……馬鹿だよな。本当に何考えてんだよ、俺ってヤツは」

 

 

「……、」

 

 

土御門元春とステイル=マグヌスは何も言わなかった。

 

プロとか素人とか、魔術師とか一般人とか。

 

そういった小さい物を超えた所で、彼らの当麻に対する思いやりの形が、物言わぬ沈黙の形となって表れていた。

 

その沈黙の中で、当麻は宣言する。

 

己が決めた決断を。

 

 

「俺は、詩歌に不幸を背負わせる。でも、絶対に幸せにする。そう、決めたんだ。だから、こんな手伝いとっとと終わらせなきゃな。なんせ、今までの負債を帳消しにするような思い出で上書きしてやって、そんで余った利子で皆を幸せにしてやんなきゃなんねーんだからな」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

上条当麻は、どうしようもないくらいに不幸だ。

 

上条詩歌は、誰の手に負えないほど天才だ。

 

だからどうあっても、互いを巻き込んでしまう事になるのだろう。

 

だから、当麻は、いや、2人は互いを互いの不幸に巻き込む事を決めた。

 

守るのではなく、協力し合い、共に闘う事を選んだ。

 

そう、皆が笑って終えられるハッピーエンドにするために。

 

土御門元春はやはり上条当麻は、不幸であると、しかしながら、幸せ者である。

 

どこか羨望の眼差しをサングラス越しから向けている。

 

そして、ステイル=マグヌスは新たに煙草を一本咥える。

 

この愚兄に言いたい事はこの前言った。

 

守りたい者があるなら、今以上に強くなれ、さもなくば、灰も残さず燃やし尽くしてやる、と。

 

だから、何も言わない。

 

その背中を押したり、止めたり、はしない。

 

ただ、1つ、言ってない事があった。

 

黒騎士の事だ。

 

三沢塾。

 

かつて、世界最高の錬金術師――アウレオルス=イザードと死闘を繰り広げた場所。

 

煙を吐きながら、つい先ほど手に入れた情報を思い返す。

 

あの三沢塾攻略に派遣されたローマ正教一三騎士団。

 

その先遣隊がアウレオルスにより壊滅され、その後、1人の少女に助けられた事を。

 

その救われた中でただ1人だけ、騎士団から戦力外通告を受け、除隊された事を。

 

そして――――

 

そこから先は、資料がなかったので分からない。

 

だが、病院内での異常な行動、そして、上条当麻に見せた異様な執念。

 

理解できないし、したくもない。

 

でも、もしステイルの予想通りなら、アレを上条詩歌と会わせるのは危険だ。

 

あの時、どんなに血塗れになりながらも、この上ない絶望を味わされながらも、1つでも多くの命を救おうと願い、戦った少女。

 

自身が生涯を掛けて守ると誓ったあの笑顔と同じ輝きを持つ少女。

 

それを踏みにじられる可能性が万に一つもあろうというなら……

 

 

(……僕がヤツに死に場所を与えてやる)

 

 

 

 

 

公園

 

 

 

青い空、白い雲、さんさんと照りつける太陽。

 

炎のように真っ赤なポニーテールがトレードマークの鬼塚陽菜は、インデックスのトイレを待ちながら公園のベンチでず~ん、と頭を抱えていた。

 

待ちに待った<大覇星祭>。

 

しかし、最初は良かったものの途中で調子に乗り過ぎて、常盤台のおっそろしい寮監様にこってりと心身ともに絞られ、その愛弟子でもある親友に追い討ちのように財布の中身まで絞り取られ、もう、お祭り初日から真っ白に燃え尽きてしまった。

 

まさか本当に、実家が営む露店を全店制覇するなんて……

 

しかも、それでお昼が楽しみだ、と余裕まで見せて……本当、あの白い悪魔の胃袋の中身が気になる。

 

それでも、ま、いっか、と思えてしまえるのは楽観的な己の性分ゆえか。

 

 

(ん? 何だろう?)

 

 

ふと目先に、帽子を目深に被った小学生くらいの、おそらく体付きからして女の子と街路樹の枝に風船が引っ掛かっているのを見た。

 

平均的な日本の女の子には手が届かないかもしれないが、高校男子並みに背が高く、常識外れの身体能力を持つ陽菜なら難なく届く。

 

 

「ほいほーい、お姉ちゃんが取ってあげるよん」

 

 

陽菜はぽんぽん、と女の子の頭を軽く叩くと、街路樹の下で、軽く跳んで風船の糸を掴むと、腰を折って風船を差し出す。

 

別にこうやって自分が子供に親切にするのは珍しい事ではない。

 

でも、不思議と、懐かしい気がする。

 

彼女は何も言わず風船の糸を掴むと、小さく頭を下げる。

 

 

「うん……ありがとう……おねーちゃん」

 

 

と少女がお礼を言った瞬間、ごおっ! とその小柄な身体が燃えた。

 

 

「――――えっ!」

 

 

 

 

 

 

 

『何で、あの時は、助けて、くれなかったの?』

 

 

途端、世界がすり替わった。

 

のどかな公園が掻き消え、広い日本屋敷へと変わる。

 

陽菜の実家だ。

 

 

「――――なっ!」

 

 

見回す視点が、低い。

 

陽菜の身体も縮んでいるのだ。

 

この当時ならば6歳。

 

家族が集う居間は……最早、無残な炎に埋め尽くされていた。

 

炎。

 

赤く、紅く、朱く。

 

燃えて、燃やして、燃やし尽くして。

 

 

「……ぉ……あ……」

 

 

声などでない。

 

もう舌は爛れ落ちていた。

 

熱された煙と空気が肺を焦がす。

 

気管と食道を通じて、内臓も灼かれ、今の陽菜は人間の形をしてるだけの焔。

 

見渡せば、実家はそんな炎と死体だらけだった。

 

死んでいく。

 

死んでいく。

 

死んでいく。

 

死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる死んでいる。

 

とっくの昔に周囲は死体だらけで、自分の身体も半分ぐらい燃えている。

 

そう、世界は馬鹿馬鹿しいぐらいの炎に埋め尽くされていた。

 

分かっている。

 

これは夢だ。

 

この自分は何もできなかった無力さ、そして、恐怖を忘れるなという警告だ。

 

ああ、自分は怖い。

 

あれほど強さを求め続けたというのに、未だに“赤”が怖い、“紅”が怖い、“朱”が怖い―――そして、“炎”が怖い。

 

だから、自分は親友の手を借りなければ、満足に全力を出す事ができない。

 

ここで得たものは、屈強な肉体に、強力な能力。

 

でも、この過去だけは拭う事が出来なかった。

 

結局、自分は彼らのように強くなれなかった。

 

もう、そんな弱い自分は、あの時、燃え散った方が良かったのではないか……

 

 

「―――陽菜さん」

 

 

雑音が響いた。

 

自分の夢までも届くような、とても真摯で、澄んだ声。

 

 

「陽菜さん。大丈夫ですか」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「え……?」

 

 

半分、瞼を開く。

 

汗で、上半身がぐっしょりと濡れていた。

 

だが、その汗の量の事より、もっと別の事が陽菜の意識を捉えていた。

 

 

「お目覚めですか? 心配したんですよ」

 

 

小さく、柔らかく、温かなモノがぺたぺた、と頬に触れている。

 

 

「……詩歌、っち?」

 

 

親友の手だ。

 

ゆっくりと上半身を持ち上げ、現状を把握する。

 

風船を取って上げた女の子は………いない。

 

代わりに、真正面には親友――上条詩歌がいた。

 

 

「あれ? どーなってんの?」

 

 

「公園で陽菜さんが気絶してたからですよ。放っておけないし、とりあえず、木陰のベンチまで運んで様子を窺ったんです。最初は、緊張していた形跡もあったので、日射病かと思ったのですが、急に魘されるものですから、インデックスさんが心配してたんですよ」

 

 

呆れた感じにそう言って、陽菜から手を放す。

 

 

「看病してくれた……ってわけね?」

 

 

「まあ、そうですね。それよりも起きれるなら早く起きた方が良いですよ。もうすぐ昼休みが始まりますから」

 

 

「そ、そっか、ありがと」

 

 

陽菜は立ち上がると、ポリポリと頭を掻きながら、

 

 

「あのさ。さっきインデックスっちが、って言ってたけど、詩歌っちは心配してくれなかったの?」

 

 

「はぁ~……何を馬鹿な事を言ってるんですか」

 

 

ぽん、と詩歌は買ってあったスポーツドリンクを陽菜へ投げ渡す。

 

そして、ますます呆れながら、

 

 

「そんな事、言うまでもないでしょう?」

 

 

「あ…うん……そうだね。ごめんごめん。変な事言っちゃって」

 

 

言うまでもない。

 

そんな事言うまでもない。

 

 

「本当に陽菜さんは、昔から世話がかかりますね。そろそろ自立して欲しいものです」

 

 

「あはは……」

 

 

何だか申し訳なくなって、視線を逸らす。

 

 

「ま、それほど心配してなかったですけど。実は、このまま放置すべきか迷いました」

 

 

「え~、それは酷いよ、詩歌っち。親友を見捨てるなんて、悪魔。鬼。金返せ」

 

 

「ふふふ、嘘ですよ。というか、鬼はそちらの事でしょう。それに、金返せは、むしろ私が言いたいんですけど」

 

 

軽い言葉を交わし合う。

 

詩歌とのこうした会話は心地が良かった。

 

学園きっての優等生の詩歌と、こんな不良の自分が相通じるところなどなさそうなのに、妙に馴染む。

 

 

「ああ、インデックスさんに付き合ってくれてありがとうございます」

 

 

「はいはい。別にこっちも楽しかったから、礼なんていいよ。ただ、請求書は送りたいけど」

 

 

「ふふふ、では、今までの借金利子つきはそれでチャラと言う事で良いですよ。それと、トラさんを呼んできましょうか?」

 

 

「んにゃ、いいよ。少し休んだら、動けそうだし」

 

 

「そうですか。では、向こうで人を待たせてますから失礼しますね」

 

 

そうして、詩歌は公園を去って行った。

 

それを見送りながら陽菜はもう一度公園のベンチに横になり、青空を眺める。

 

さっき見た悪夢がこびり付いて、どうしても気分が晴れなかった。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

上条刀夜と詩菜の2人は街を歩いていた。

 

時刻は午後1時過ぎ。

 

分厚いパンフレットに書かれている予定ではとっくにお昼休みに入っている筈だったが、今でも競技を続けている所もあるらしい。

 

この辺りの予定の前後が、<大覇星祭>の運動会らしい一面でもある。

 

オリンピックやワールドカップなどの国際競技の場合はもっとスケジュールがかっちりと固まっている筈だ。

 

刀夜は腕をまくり、よれよれになったYシャツの皺を軽く伸ばしながら、今日半日の戦果にご満悦の笑みを浮かべる。

 

愛娘の活躍やそれを応援する銀髪のチアガール、それから、今日来れないご近所の御坂家の大黒柱の代わりに撮った彼の愛娘の写真やビデオ……もちろん、息子のもある(彼女達と比べると圧倒的に分量が少ないが)。

 

彼は、子供達、特に娘を大層愛でており、その活躍を収める為に本格的な撮影道具一式を用意し、それに必要な技術も習得したという。

 

そして、それがきっかけとなり、刀夜の趣味に写真撮影が加わり、最近では詩菜の世界各地からのお土産にお守りではなく、その土地その土地の風景の写真を送るようになってきている(8割の確率で、その土地その土地の綺麗な女性が映っているが……)。

 

 

「……そういえば、途中から当麻さんの姿が見えなくなったような気がしていたんだけど。本当にあの競技場の中にいたのかしら?」

 

 

「まぁ、あれだけの人数が1つの種目でぶつかり合ってしまっては、見つからない場合もあるだろうさ。その辺は当麻と詩歌と合流してから武勇伝を聞かせてもらえば良い」

 

 

と、そこで刀夜は鞄の中から取り出した愛娘お手製の小冊子を開く。

 

 

「さて、と。母さん、当麻と詩歌を待たせてはいけない。早くお昼ご飯の場所へ移動しよう」

 

 

この<大覇星祭>、普通の運動会と違う点の1つとして、『場所取り』というものがある。

 

通常の運動会とは違い、種目によって競技場を転々とする<大覇星祭>では、一度場所を取ったらそれで終わり、とはならない。

 

自分の子供が参加する競技に合わせ、親の方も次から次へと場所取りを行わなければならないのだ。

 

当然、それはお昼ご飯も例外ではない。

 

種目が終われば選手も観客も競技場から追い出されるため、整備を任されている業者や関係者を除いて、次の競技まで立ち入り禁止となる(後にある女子中学生が無断に能力者同士の激しい衝突のあった『玉入れ』のグラウンドに入り怒られる事になる)。

 

なので、『お昼ご飯を食べる為の席を確保』しなければならない。

 

学園都市の住人は230万人、外部からの見学者も加われば倍以上に膨れ上がる。

 

それだけの人数が、食料と場所を求めて一斉に動くとどうなるか……普段、学食や購買という戦場で戦っている兵士ならその苛酷さを想像し難くはない筈だ。

 

そんな親の苦労を減らすために、彼女達の娘は、ある小さな喫茶店と交渉し、席を予め確保していたのだ。

 

 

「にしても、詩歌さん。こちらは弁当なのだから、わざわざ場所を用意する必要性はないと思うのだけど」

 

 

詩菜は腕に引っ掛けている籐のバスケットに目を落としながら、楽しげに言った。

 

それを見た刀夜は眉を寄せて、

 

 

「母さん、そんなんじゃ駄目だ。折角母さんが作ったお弁当なんだから、美味しく食べられる場所で食べなきゃ。詩歌はそれを望んでいる訳だし、当麻もその方がきっと喜ぶし、私は確実に喜ぶ。願わくば母さんにも喜んでもらえるとありがたいんだけど」

 

 

「あらあら、刀夜さんたら」

 

 

詩菜はニコニコと微笑みながら、自分の頬に片手を添えた。

 

ネクタイを片手で緩め、小冊子と格闘している刀夜は、妻の笑みと視線に気づいていない。

 

と、その時、

 

 

「あーっ! 上条さーん!」

 

 

向こうから大きく腕を振っている女子大生がこちらを見つけて声を掛けてきた。

 

ご近所さんの御坂美鈴さんと、その娘の美琴さんだ。

 

何やら、娘の方は顔を真っ赤にして火花をバチバチと散らしながら抵抗しているようだが、美鈴に強引に引きずられている。

 

 

「んふーん♪ ほらほら美琴ちゃん、アピールアピール!!」

 

 

「うるさい黙れだから違うって言ってんでしょ!!」

 

 

と、噛みつきながらも、やはりどんな事があろうと挨拶はしておくべきだと思い……

 

 

「みっ御坂美琴ですっ! お久し振りですっ! 詩歌さんには、いつもお世話になってまひゅ!」

 

 

噛み噛みであった。

 

まあ、Level5とは言え、彼女はまだまだ中学2年生。

 

散々、母親にいじられた後に、先輩(と気になる……)の両親に挨拶するだなんて、緊張に緊張を重ねてしまうのも無理はない。

 

美琴は早速噛んでしまった事で『印象悪かったかも……』と自己嫌悪に陥ってしまい、恥ずかしさもあって俯き、黙り込んでいると、

 

 

「あらあら、そんなに緊張しなくても良いのよ? 初対面でも無いんですから」

 

 

詩菜が救いの手を差し伸べる。

 

顔を上げた美琴の目に映る彼女は、優しい笑顔をこちらに向けていた。

 

親子なのか、どことなく詩歌と似ている。

 

そして、刀夜が、

 

 

「全くだ。と、いや~久しぶりだね。大きくなってて驚いたよ。それに、顔を赤くしてるのも可愛いね。旅掛君の言う通り、思わず抱きつきたくなるのも――――」

 

 

「――――刀夜さん?」

 

 

横へ振り返った瞬間、刀夜の顔が、蒼白に変わる。

 

横には先程と変わらぬ笑顔を向ける詩菜の姿。

 

だと言うのに何故か背景が陽炎の様に揺らめき、その背中から、『狂乱の魔女』と恐れられる姉――詩歌よりも強く、そして黒い恐怖を放出していた。

 

そして、繰り広げられる上条夫妻のやり取り。

 

心の底からがっかりした顔で1000円札や5000円札のような陰影を見せる詩菜が唇の全く動かない話し方で、

 

 

「もう、刀夜さんたら、子供達のお友達にセクハラしようだなんて。私はどうしたら良いのかしら。バスケットごとお弁当を投げつけたら良いのかしら。あらあら。あらあらあらあら。可哀想に、全く関係のない当麻さんや詩歌さんまでお昼抜きになっちゃうわよ?」

 

 

詩菜の言葉はあながち冗談とは言い切れない。

 

何故なら彼女は夫婦喧嘩の際にはお皿だろうがDVDデッキだろうが、手元にある物はとにかく何でも投げつけてくる貴婦人だからだ。

 

しかも、予備動作を含めてコンマ1秒以下、重量関係なく高速で飛来し、すぐに回避行動に移らなければ的中率は100%、という恐ろしいまでにその技量は高く、娘の詩歌にもしっかりと受け継がれている事から、これは竜神家の遺伝的なモノなのだろうか……

 

 

「ひっ……い、いや母さん違うんだよ私は決してそういうつもりは一切なくてだからそのあれだつまり色々とごめんなさいでしたーっ!!」

 

 

ズザザザザ!! と勢い良く下がりながら路上に構わず土下座を決行し、言い訳が途中から謝罪に切り替わっている刀夜。

 

トリプルアクセルやローリングなんて派手派手しいものではないが、その清々しいまでの謝罪っぷりは、何度も何度も同じ行動を繰り返してきたように、無駄のない熟練の動きだった。

 

2人の夫婦喧嘩を見て、緊張の解れた美琴はポツリと呟いた。

 

 

「……やっぱり、親子なのね」

 

 

 

つづく


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