とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 乱入騒動

大覇星祭編 乱入騒動

 

 

 

道中

 

 

 

(ふむ……これはまた……面倒な事になりましたね)

 

 

厄介な事が起きた。

 

このままだと色々とマズイ。

 

しかし、幸いな事に次の競技に自分の出番はない………

 

 

「しいかーっ! すっごくかっこ良かったんだよ!」

 

 

今送られてきたメールを見ていると、向こう、応援席から修道服………ではなく、チアガール姿の銀髪シスター――インデックス。

 

上条詩歌はすぐさま携帯電話を閉じて仕舞うと、両手を広げて、こちらに駆け寄ってくるインデックスを抱きとめる。

 

 

「ふふふ、インデックスさんも応援ありがとです。インデックスさんのおかげで詩歌さんパワーは120%アップしました。お礼に何か屋台に食べに行きましょうか」

 

 

「本当っ!! じゃ、じゃああれが良いんだよ。ここに来る途中にあった――――」

 

 

2人がそのまま手を繋いで、競技場から離れた屋台エリアへ向かおうとした時、

 

 

「おっとと~。インデックスっちごめんよ~。ちょっと詩歌っちを貸してくんない?」

 

 

後ろから声をかけられた。

 

振り向かなくても、声だけで彼女の事は分かる。

 

詩歌は首だけ振り向かせて、ジロリ、と半目で、

 

 

「何ですか? 明らかに罠があると分かってたのに真っ先に先陣を突っ切って、挙句の果てに競技中に我を忘れて暴れ回った陽菜さん」

 

 

お調子者の総大将――鬼塚陽菜を睨む。

 

インデックスのように受け止めようとする気は一切なく、明らかに拒絶の意を示す。

 

私欲に走り、戦況を掻き乱した総大将の罪はそれほど重いのだ。

 

 

「うぐっ……あ、あれはちょ~っとだけ、羽目を外し過ぎちゃったて言うか……<大覇星祭>の熱気に当てられちゃったって言うか……譲れないものがそこにあったというか…――――って、そんな事より、次の『玉入れ』の総大将代わってくんない。私さ、さっき寮監に大目玉喰らっちゃってさ。罰として、次の競技に出られなくなっちゃったんだよ」

 

 

「え~~、これから、しいかと一緒に屋台に行く予定だったのに」

 

 

と、こちらもぶーたれながら、陽菜をジロリと半目で睨む。

 

もちろん詩歌と過ごす時間を楽しみにしているのもあるが、彼女は食を邪魔するものは誰であろうと容赦ないのだ。

 

 

「ゴメンねぇ~、インデックスっち。総大将である私の代わりが出来そうなのは詩歌っちだけなんだよ」

 

 

申し訳なさそうに片手を手刀の形にして頭を下げる陽菜を見て、詩歌はやれやれと溜息を吐く。

 

一応、陽菜にも総大将としての自覚があるらしく、責任も感じているらしい。

 

だから、こうやって自身の代わりとなる人物として詩歌を捜したのだ。

 

 

「はぁ~、全く仕方ありませんね。じゃあ、その代わりに……インデックスさんに付き合ってもらえません? もちろん、陽菜さんの全額負担で」

 

 

「うげっ!? ちょ、待ってよ! 私昨日バイト代が入ったばかりで、まだ手付けてないんだけど」

 

 

しかし、しっかり罰ゲームを与えるのは忘れない。

 

総大将はそれほど責任重大なのである。

 

 

「良かったですね、インデックスさん。思う存分食べても構わないそうですよ。何なら、ここら一帯の屋台を全部制覇しちゃってもいいんですよ」

 

 

「やったーっ! ひな、太っ腹なんだよ!」

 

 

先ほどとは打って変わって、ジャンプして身体全体で喜びを表現するインデックス。

 

それを見て、陽菜の顔は段々と青褪めていき……

 

 

「ちょいちょいちょいっと待ったーっ! このバイト代の半分は賭けに使うつもりなんだよ。だから、2、3品ならともかく、それ以上はちっと困るってっ!」

 

 

どうか、恩情を!

 

この愚かなわたくし目に恩情をください詩歌裁判官!

 

と、戦犯者――鬼塚陽菜は拝み倒す、が……

 

 

「残念。常盤台(ウチ)賭博(そういうの)は禁止です。インデックスさん、お腹の具合は大丈夫ですか?」

 

 

「応援で動いたおかげで、とっても空いてるんだよ」

 

 

それに応えるように、ぐぅ~っ、とインデックスの腹の虫が鳴る。

 

彼女の食い気ゲージの貯蓄は充分。

 

 

「なら、リミッター解除を許可します。全店制覇するまでここへ帰って来てはなりません」

 

 

そして、首輪も解き放たれた。

 

 

「おまかせあれなんだよ!」

 

 

行くぞ、赤鬼。

 

財布の中身は大丈夫か!?

 

さあ、出でよ――<無限の胃袋>。

 

 

「ぎゃーーっ!!? あの悪夢が再びっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

ドナドナをバックミュージックに悲鳴を上げながら、親友は白い悪魔モードに入ったインデックスに引っ張られていく。

 

あの調子なら、詩歌の応援も忘れてしまっているだろう。

 

きっとこれはあの時の二の舞になるに違いない。

 

折角、陽菜の財布に春が訪れたと思ったら、また氷河期に突入してしまう。

 

煽っておいてなんだが、ひょっとすると陽菜は愚兄並に不幸なのかもしれない。

 

と、少しだけ親友を可哀そうに思った。

 

あくまで少しだけである。

 

 

(まあ、これでインデックスさんを競技場から離す事が出来ました。陽菜さんが付いていれば相手が魔術師であろうとそうそう手は出せないでしょう)

 

 

と、先程、情報を限りなく削る為に、状況説明はなく指示だけを送られてきたメールを再び読み返す。

 

 

「にしても、仲良くしてますかね。あの3人は……」

 

 

 

 

 

バスターミナル

 

 

 

上条詩歌にメールが送られる少し前。

 

 

 

地面にステイル=マグヌスが倒れ伏す。

 

秋風が緩く整備場の中を流れるも、その彼の黒装束を揺らすのみで、反応を示さない。

 

一応、辛うじて呼吸はしている。

 

だが、そんな様子に見向きもせず、土御門元春は、

 

 

「反応は……出た出た。<占術円陣>に反応ありですたい。ここが、こう変化すると……方角は北西か?」

 

 

ただ淡々と己の作業を進める。

 

倒れた同僚の容態を気もせず、ステイルの周囲に張り巡らされた、直径2mほどの真っ赤な魔法陣を検分していく。

 

 

「<速記原典>らしき反応までの距離は……この色の強味から考えて、302m。チッ、意外と近くに仕掛けてやがったのか。反応が全く動かない所を見ると、予想通り設置型って感じかにゃー。こりゃオリアナ自身も遠くへは行ってない可能性があるな。無闇に走るよりゆっくり歩いた方が集団に紛れやすいと踏んでるのかも。おいカミやん、地図持ってないかにゃー? ここから北西302m地点に何が建っているかを知りたい」

 

 

「つち、みかど……」

 

 

上条当麻は呆然と突っ立ったまま、ぶるぶると震えていた。

 

……自分も、土御門と同じだ。

 

自分のために、彼を犠牲にした。

 

止めることはできず、上条詩歌に応援を呼ぶ事すらもできなかった。

 

ちっぽけな愚兄の尊厳と、携帯電話を握り締めて、ステイルが苦しみ喘ぐ姿をただ見守った。

 

同罪だ。

 

だが、ステイル、そして、話しかけている当麻ですらも視界に入れない土御門に――――

 

 

「カミやん、地図だよ地図。<大覇星祭>のパンフレットでも良いぜい。ああ、携帯電話のGPS地図もあったか。それならこっちでやるから」

 

 

自分の声に何も応えない当麻に土御門は催促する。

 

顔も見ずに……

 

 

「土御門ォォおおおおおおおおッ!!」

 

 

気が付けば、思わず土御門の体操服の胸倉を掴んでいた。

 

ブチブチと嫌な音共に、彼の首に巻いてあった金の鎖の首飾りが引き千切れる。

 

怒りのあまり、右手で地面の魔法陣を叩き壊そうかと思ったが、直前で押し止める。

 

その隣で倒れ伏すステイルの姿。

 

今、ここで破壊してしまえば、彼の努力が無駄になる。

 

そして、彼の犠牲を最も無駄にしてはならないのは自分だ。

 

くそっ、と悔やむ当麻の顔を、土御門は胸倉を掴まれたまま静かに見据えると、

 

 

「カミやーん。ステイルなら心配はいらないぜい。コイツだってプロの魔術師だ。術的な攻撃耐性ぐらいはあるんだよ。大体、オリアナの張った術式はあくまで『妨害』がメインであり『攻撃』のためのものじゃない」

 

 

当麻の怒りなど軽く受け流して、

 

 

「この迎撃術式は、平たく言えば『ステイルの魔力を空回りさせるように』動いてんだぜい。魔力ってのは生命力から作られるもんだ。それが空回りを続ければ、エンジンが焼け付くみたいに人間の肉体も変調を起こすにゃー。言っちまえば、“それだけだよ”、カミやん。ざっと見たが、こりゃ日射病みたいなモンだ。わざわざ興奮するほどの事でもない」

 

 

「ナメタ口利いてんじゃねえよテメェは! コイツが……コイツが誰のためにわざわざ傷を負ったか分かったねぇのか!? 何でそこまで冷たくなれるんだよ!!」

 

 

当麻がさらに力を加えて、土御門を手前に引き寄せようとした―――瞬間、

 

 

ピッ、と。

 

土御門のこめかみが薄く切れた。

 

 

一歩遅れて赤い血の球が浮かび上がるのを合図に、体操着に覆われた脇腹が、内側からじわりと赤く染まり始める。

 

みるみる内に赤い色は広がっていき、まるで刃物で刺されたような惨状へと変わっていく。

 

 

「つ、ちみかど……?」

 

 

慌てて胸倉から手を離す。

 

一体いつの間にこんな怪我を……

 

だが、土御門は表情も変えずに、

 

 

「飛んでくる術式の魔力に反応して、距離と方角を伝えてくれる<占術円陣>。そんな代物を、“魔力を使わずに発動できるはずがないだろう”、カミやん……」

 

 

ギクリとした。

 

魔術には、溝――術式構造と色――術者魔力が必要だ。

 

そう、魔法陣を描いただけで、魔力と言う力を使わなくて済むなら、誰よりも術式構造を知っているインデックスは稀代の魔術師となっていたはずだ。

 

だが、彼女は『10万3000冊の魔導書の管理人』であるように、それに相応しくなる為、魔力と言うのを一切持っていない。

 

だから、当麻はインデックスが土御門が<占術円陣>のように得意げに魔法陣を扱っている所なんて見た事がなかった。

 

どんな高度な魔法陣であろうと、魔力で染めなければ、手の込んだ落書きである。

 

土御門はほんの僅かに呼吸を乱しながら、

 

 

「ステイルに、使わせた……探索の術式と比べれば、使った魔力は、微々たるモンだが……それでも、この醜態だ」

 

 

血に濡れた脇腹に、片手を当てて、

 

 

「いいかい、カミやん。これはお前の責任じゃない。今ここに、詩歌ちゃんがいればこんな犠牲は出さなくても済んだんだろうが、<禁書目録>のお守りもこれと同じくらい重要だ。カミやんの選択は私情を抜きにしても間違ってはない。だから、ステイルが倒れたのは、全部オレのせいだ。オレがもっと、まともに魔術を使えてりゃ、こんな事にはならなかった。だから、責めるならオレを責めろ」

 

 

告げる。

 

この現状を招いたのは全ての責任は、上条当麻の迷いですら己の責任だと、彼は告げる。

 

揺らぐ両足に力を込め、崩れ落ちそうになる体を必死に支え、

 

 

「でも、オレは成功させるぞ。オリアナが貼った、迎撃術式は、必ず見つけて、破壊する。そして、オリアナも、あの黒騎士も捕まえて、<刺突杭剣>の取り引きも、絶対に、この手で潰す。それで、まずはイーブンだ。残りの利子は、全部、終わってから……ステイルに返してやるさ」

 

 

気にしていないはずが、なかった。

 

それを強く自覚しているからこそ、この犠牲を無駄にしないためにも、土御門は冷酷に徹する。

 

そして、このチャンスを生かし、一刻も早く戦闘状態を終わらせて、倒れた同僚の負担を軽くする。

 

呆然とする当麻に、土御門は薄く笑う。

 

別に、ステイルを傷つけたのに代わりはないのだから態度を改めるな、とでも言うように。

 

 

「カミやん、地図だ。北西302mの位置に何があるかを知りたい。きっとそこに、オリアナが仕掛けた迎撃術式の<速記原典>があるはずだ」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

<大覇星祭>のパンフレットは分厚いため、逃走戦を始める前に詩歌に預けてきた。

 

当麻は携帯電話のGPS機能を使って、土御門が指定した場所の座標を調べる。

 

 

「な……ッ」

 

 

そして、目を疑った。

 

 

「土御門、本当に北西で良いのか?」

 

 

掠れるような微かな声が漏れ出る。

 

 

「距離は302mで間違いないのか!?」

 

 

上条当麻は、やはり……不幸だ。

 

 

「正確には、北を0度に置いた場合、時計回りで318度。北西で間違いないにゃー。距離の方は少し曖昧だが、大体間違いはないぜい」

 

 

巻き込みたくなかった……

 

あれほどまでに2人に負担を強いてまでも、巻き込みたくなかったのに……

 

結局……――――

 

 

「……、くそったれが」

 

 

ドンッ!!

 

 

コンクリートの床を思い切り踏み抜く。

 

そして、上条当麻は指定された座標が表示された携帯画面を、土御門に見せた。

 

次の瞬間、彼の顔も驚きで凍る。

 

無理もないだろう、と当麻も思った。

 

そこに表示されたのは、とある中学の校庭の真ん中。

 

そして、そこはあと10分もしない内に競技が始まる。

 

その参加校に……見慣れた学校名が……1つ、あった。

 

 

……それは、常盤台中学。

 

 

上条当麻があらゆる犠牲を見殺しにしてまでも、戦場へ連れて来たくなかった大切な、大切な妹――上条詩歌の在籍する学校である。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

可能な限り騒ぎを外へ漏らさないためにも、当麻達は倒れたままのステイルをどうする事もできない。

 

なので、土御門は迎撃術式破壊後、オリアナ探索のための<理派四陣>の折り紙と魔法陣を用意して、ステイルに後方支援を頼んだ。

 

彼はその要求に僅かながら身体を動かして頷いた。

 

それを見ただけでも『生きている』と言った感じがして当麻はホッと安堵する。

 

そして、土御門の方も能力者と魔術の拒絶反応は計算に入れているため、予め用意してあった包帯を巻くなど対応も早い。

 

だが、体操服が血塗れで汚れているのだけはどうしようもなく、このまま外に出れば確実に騒ぎになるので、当麻に、どうにかするから先に行け、と土御門は指示した。

 

そして、詩歌への連絡を忘れずにするように、と言った。

 

今、現時点で詩歌が最も現場に近いのだろうが、彼女のそばには<禁書目録>――インデックスがいる。

 

なので、当麻は、ただ簡潔に『今すぐ競技場からインデックスを連れて離れろ』とメール。

 

そして、帰ってきたメールの内容を簡単にまとめると、『インデックスを競技場から離す事には成功した。しかし、その代わりに自分がその競技場で行われる競技に参加する事になった』。

 

これは、最高に幸運な事で、ある意味、最悪に不幸な事だ。

 

最後に『何か協力する事はありますか?』と書いてあったが、当麻は何も返信せず、ただがむしゃらに秋晴れの歩道を駆け抜ける。

 

老人に手を引かれる子供や、パンフレットを手にした男女がこちらを見ていたが、いちいち気にしてなんかいられない。

 

一刻も早く、競技が始まるよりも早く、迎撃術式を見つけて破壊しなくては、詩歌を巻き込んでしまう、そして、当麻の迷いが、土御門とステイルの犠牲が無駄になる。

 

あの苦渋の決断を間違いにしてはならない。

 

疾走する当麻のポケットが震える。

 

振動しているのは携帯電話。

 

そして、相手は、土御門だ。

 

 

『ステイルの魔術をあっさり封じたり、少人数の尾行に対する逃げ方を見せてる辺り、オリアナのヤツ、こっちの事情はある程度掴んでるっぽいにゃー。わざわざ露出の高い競技場に迎撃術式の拠点を設置するだなんて、完全に嫌がらせが入ってるぜい。ま、そのおかげであっちもさっき見たいに黒騎士を待ち伏せさせる事は出来ないと思うんだぜい』

 

 

「しっかし、いくら競技場前だからって、校庭の真ん中に小細工なんかできんのかよ? なんか透明人間になれる魔術でも使ってんのか、オリアナのヤツ」

 

 

『それが使えりゃ、オレ達が追跡してた時も使ってそうだがにゃー。にしても、カミやん、競技開始まで残り時間はどれだけだっけ?』

 

 

「7分。そこらの電光掲示板にも載ってるぞ」

 

 

当麻はデパートの壁に貼り付けられた大画面に目をやりながら、先を急ぐ。

 

 

『だとすると、もう競技の準備は終わってるな。客もカメラも入ってるだろ。今からこっそり校庭に入ってオリアナの<速記原典>をどうこうするのは難しそうだ』

 

 

競技の終了時間は、だいたい30分~1時間。

 

<理派四陣>の探索効果範囲が3km前後である。

 

その2点から考えれば、このまま競技が終わるのを待っていたら、オリアナはのんびり歩いていても範囲から逃げ出せる事は容易だ。

 

 

「じゃあ……詩歌に頼んで探してもらうしかねーのかよ!」

 

 

今まではインデックスの面倒を見る為に大人しくしていたが、詩歌の行動力は並外れて高い。

 

迎撃術式だけでは収まり切れず、それをきっかけに3人が手を焼いているオリアナでさえも捕まえてしまうかもしれない。

 

 

『カミやん、方法はそれだけじゃない。だから、落ち着け』

 

 

当麻の焦りを察したのか、土御門は逆に冷静に努め、バランスを取る。

 

今は緊迫した状況だが、だからと言って、我を見失ってはならない。

 

 

「……どういうことだ。校庭の迎撃術式を放っておく訳にもいかないだろ」

 

 

土御門の声に幾分か落ち着きを取り戻した当麻は問い掛ける。

 

 

『当然。カミやん、そこの学校でやる競技って何だったっけ?』

 

 

「あん? 確か――――」

 

 

思い出す。

 

詩歌がメールで何の競技に出る事になったのか。

 

 

「――――『玉入れ』、だぞ。中学の学校対抗で、全校生徒が参加する大規模なヤツだ」

 

 

『そかそか。いや、こっちも今、飛行船からの案内放送で確認したぜい。<速記原典>ってのがどんな形をしてるか分かんねーが、そこにあるのは間違いない。そして、詩歌ちゃんを巻き込みたくないなら、やるのは1つだろ、カミやん。……その競技に、選手として潜り込むしかない。そう、俺達の手で片をつけるんだ』

 

 

あまりに想定外の答えに当麻は、危うく盛大に転びかけるほど足がもつれさせてしまう。

 

 

「本気で言ってんのか!?」

 

 

『時間内に、怪しまれずに校庭に入るのはそれしかないにゃー。なに、学校対抗って事は、3ケタ単位の人間が入り混じるはずだ。1人2人潜った所で何とかなるぜい』

 

 

「でも俺達はコーコーセーであって、チューガクセーの集団に混ざるのはちょっと無理があると思うんですがその辺りの対策は何か!?」

 

 

『カミやん。若さだよ。溢れる若さを取り戻せば怪しまれる事もないぜい。それに、可愛い妹と一緒の競技に参加できるなんて、兄なら若さがビンビン溢れ出るに違いないにゃー。いやもうカミやんが羨ましいんだぜい』

 

 

なんか色々と駄目かもーっ! っつか、さっきまでのシリアス展開を思い出せよ! と当麻は挫けそうになる。

 

競技はテレビカメラが回るのだ。

 

下手をすればお茶の間クラスに恥をさらす危険がある。

 

と、土御門がこれまでの口調より低い真剣な声で、

 

 

『なら、カミやん。詩歌ちゃんにお願いするか?』

 

 

「うっ……」

 

 

その問いに当麻は一瞬行き詰る。

 

 

『あの迎撃術式は、ステイル個人を狙うモノじゃないかもしれないんだよ。条件さえ揃っちまえば、他の人間に牙を向く危険性もあるって事ですにゃー。それこそ、オレ達以外の一般人。――――そう、詩歌ちゃんでさえも例外ではない』

 

 

「……何言ってんだ、お前」

 

 

冷えた。

 

頭が、冷えた。

 

先程まで必死に冷静に努めようともできなかったのに、今の、土御門の最後の一言で自分でも驚くような早さで、頭に昇っていた血が降りてくる。

 

周囲の音は聞こえない。

 

土御門の答えを一言一句聞き逃さないように、聴覚の全神経が電話口へ集中させる。

 

 

『……どうやら、やっと冷静になったようだな、カミやん。いいか。オリアナの迎撃術式は、『魔術を行う為の準備を読み取り、そこから使用者の生命力を識別して妨害する』って言うヤツだ』

 

 

「ああ」

 

 

聞きながら、思考する。

 

オリアナの放った<速記原典>は、ある特有の方法でステイル個人を識別して、彼の魔術を妨害している。

 

 

『そして、『魔術を行う為の準備』――ここが問題だ。言葉の意味による影響力を利用した術式――<言霊>。この準備は“声を出すだけで良い”』

 

 

当麻はギョッとした。

 

もしそれが本当だとするならば、その迎撃術式の近くで話をしただけで、対象に含まれ、そして、妨害される。

 

声を出すのは誰でもできる。

 

魔術師も一般人も関係ない。

 

そう、参加している学生、応援している観客達が、そして、妹が、ステイルのようにぶっ倒されてしまう。

 

 

「おい、そんなのってありえるのか? ステイルが倒れた時、俺達だって普通に話をしてただろ」

 

 

再び頭が沸騰しそうになる。

 

だが、今は駄目だ。

 

冷静になれ。

 

思考に邪魔な激情を呑め。

 

今、すべきことは冷静に状況を把握する事だ。

 

 

『そうだにゃー。<言霊>の並べ方には法則性があるし、使えるワードにも制限がある。短歌や俳句みたいなもんか。だから、単に声を出すぐらいじゃ反応しないかもしれないが。―――なら、世界で最も簡単な魔術儀式って、何だって知ってるか?』

 

 

 

そして、土御門はもったいぶらずに答えを口にする。

 

 

 

――――『触れる』事だよ。

 

 

 

 

 

競技場 裏門附近

 

 

 

『触れる』。

 

特に『手で触れる』と言う事に加わる魔術的な意味は強い。

 

多くの宗教で右と左の価値は異なるのも、元は右手と左手の役割分担によるもの。

 

例としてあげるなら、新約聖書に載せられている<神の子>は、右手で触れる事で病や死から人々を救ったという逸話がある。

 

その事もあって、本格的な魔術師達は『触れる』という動作で誤作動を防ぐためにもある程度の防壁を備えている。

 

 

が、しかし、プロの魔術師でもない、魔術のまの字も知らない素人である一般人がその防壁を備えているだろうか?

 

 

もし、オリアナの<速記原典>の発動キーに『触れる』があったとしたら、それに触れた一般人はどうなるのか?

 

 

ステイルを妨害している魔術は、厳密に言えば、『魔術師ではなく』、『魔術の準備をした人間』の生命力に反応する。

 

魔力の練れなくても、魔術を知らなくても、関係なく、儀式は成立する。

 

上条刀夜も一般人であるにも拘らず、偶然によって<御使堕し>を発動させた事がある。

 

だから、迎撃術式のターゲットは無差別。

 

むしろ、魔術の体勢がない分、ステイルよりも危険な目に遭う可能性が高い。

 

今、競技場のグラウンドには、どこかに地雷が埋めてある危険地帯も同然。

 

そこで、何も知らない多くの人間が競技を始める。

 

それも、リレーや100m走のように決まったコースだけでなく、校庭全体を使った『玉入れ』だ。

 

地雷を踏む確率は高い。

 

だから、ここで高校生だの中学生だの、そんなちっぽけな理由で渋る訳にはいかない。

 

そして、私情を優先する事態ではない。

 

妹の安全を守るためにも、詩歌に協力してもらうべきだ。

 

今からでも、現状を説明すればきっと詩歌は迎撃術式を破壊してくれる。

 

しかし、

 

 

『ごっ、がァああああああああああああああ――――ッ!?』

 

 

ステイルの……

 

 

『ステイルに、使わせた……探索の術式と比べれば、使った魔力は、微々たるモンだが……それでも、この醜態だ』

 

 

土御門の……

 

この愚兄の詰まらない私情に付き合ってくれた2人の犠牲を無駄にはできない。

 

だから、詩歌には連絡せずに、自分達の手で迎撃術式を破壊する。

 

最善ではない方法を取るからには、今まで以上に覚悟を決める。

 

と、そこまでは良いが、

 

 

(さて、どうしたもんかな……)

 

 

もう準備時間は過ぎている。

 

選手達はもうグラウンドに入場しているので、今から列に紛れるのは無理だ。

 

かと言って、学校の敷地を区切る高さ2m前後の金網のフェンスを乗り越えようとすれば、上空を飛んでくる無人偵察ヘリが動く。

 

下手に騒ぎを大きくすれば、別の場所から戦闘ヘリが飛んでくるだろう。

 

で、裏門には<警備員>が入門審査を行っている。

 

『玉入れ』に参加している中学校の体操服とIDがあれば抜けられるかもしれないが、生憎そういったのは持ち合わせてはいない。

 

当麻は、ジュースの自動販売機に寄りかかりながら、機を窺う。

 

競技開始まで残り5分前後。

 

他に出口を探している余裕はない。

 

 

「ん?」

 

 

その時、裏門に動きがあった。

 

1人の女子生徒が、スポーツドリンクのたくさん入ったクーラーボックスを抱えて裏門から、敷地内へと入って行ったのだ。

 

半袖短パンの体操着の上から薄手のパーカーを羽織っていて、裾から短パンのお尻がちらちらと見えている。

 

運営委員の吹寄制理だ。

 

 

(仕方がねぇ……)

 

 

3人いる完全武装<警備員>、上空には無人武装ヘリ。

 

これらと比べて、頭突きの方がマシかと考え、当麻は吹寄の元へと駆けよった。

 

 

 

 

 

競技場 裏門

 

 

 

「む! 何だね、君は? ここは今関係者以外立ち入り禁止だよ」

 

 

「すみませーん! ちょっと妹に渡したいモノがあるんですけど、ここ、通してもらってもいいですか?」

 

 

当麻の声に、吹寄はクーラーボックスを抱えたまま、裏門の少し奥でピタリと止まる。

 

そして、こちらを振り返り、クーラーボックスを一端置くと、ツカツカと当麻の元へ歩み、、寄る。

 

 

「何で応援もしないでこんなトコでサボっているの上条当麻。頭の成長が足りてないのねそれならDHAよマグロの目玉いっぱい食え!」

 

 

と、滅茶苦茶怒りながら、パーカーのポケットから取り出した何やら怪しげなサプリメントを当麻に押し付ける。

 

 

「うおっ!? 吹寄っ!? 何でここに!? あ、そっか運営委員か!?」

 

 

「そうよ! で、貴様は何でここにいる。まさか、また詩歌さんに―――」

 

 

その時、当麻は吹寄が説教するのに一歩先んじて、

 

 

「―――そうだよ、吹寄! 実は“妹の”詩歌に“今すぐ”渡さなきゃなんねーモンがあってな! こんな所で油を売っている時間は全くねーんだ!」

 

 

「……え? 何? 何の事?」

 

 

いつもとは打って変わって詰め寄る当麻に、きょとん顔の吹寄。

 

そして、そのまま隣にいる<警備員>にも聞こえるような大きな声で、

 

 

「何の事じゃねーよ! 時間がねえっつったろ! 一刻も、いや、1秒でも早く詩歌にコイツを渡さなきゃなんねーんだよ!」

 

 

当麻は予め用意していた錠剤(詩歌が渡してくれた応急処置セットに入っていた頭痛薬)の小瓶を震える腕で高々と、吹寄に、そして、<警備員>に見せつける。

 

 

「え……まさか、詩歌さんって、病気、なの?」

 

 

当麻のあまりの剣幕に目を丸くし、吹寄は顔を青褪める。

 

そして、当麻はそこでハッ、としまったと言った具合に大げさに顔に手を当てて、

 

 

「……秘密にしておいてくれ。実は、アイツ、幼い頃からずっと持病があってな。……毎日、決まった時間に医者からもらった薬を呑まねーと大変な事になるんだ。その薬を、さっき電話で今すぐもってきてくれって……馬鹿野郎……<大覇星祭>だからって無茶しやがって……」

 

 

まさかの真実………ではなく、嘘。

 

しかし、吹寄はいつもとは違う当麻の真剣な雰囲気に押され、そして、可愛い後輩の一大事とあって、その事に気付いてない、というか、考える余裕がない。

 

 

「じゃあ、今すぐに――――」

 

 

「そうだ!! “今すぐ”、“競技が始まる前”に“詩歌の元”へ行かなきゃなんねーんだ!!」

 

 

ひときわ大きな声を上げ、当麻は近くにいた<警備員>の手を握り、

 

 

「だから、見逃して下さい! 俺は“今すぐに”コイツを“妹”の元へ送り届けなきゃならないんです!!」

 

 

「あ、ああ、そうかい。なら、早く行きなさい」

 

 

必死な形相に<警備員>も押される。

 

 

「ありがとうございますっ!!」

 

 

そう、今までの吹寄とのやり取りは、ここに家族がいる事をアピールし、差し迫った状況を演出する為である。

 

<警備員>はとにかく、おそらく、吹寄にはこの嘘はすぐにバレるだろう。

 

そして、その後に待っているのは、吹寄おでこEX。

 

絶対に地面に杭を打つように叩きつけられるに違いない。

 

だが、状況が差し迫っているのは本当で、当麻は今すぐ、裏門を突破しなければならなかった。

 

 

(すまん。吹寄、後で何発も殴られてやる――――って、あれ?)

 

 

裏門を突破しようとした時、後ろで吹寄がゴソゴソと……

 

 

「あ、病院ですか? 今、急患の――――」

 

 

「ちょっと待て下さい、吹寄さん!!」

 

 

ガバッ、と回り込んで吹寄の携帯を奪い、電話を切る。

 

危なかった。

 

危うく大騒ぎになる所だった―――――って……

 

 

「上条……これはどういう事? 詩歌さん、病気なのよね? なら、今すぐ病院に―――」

 

 

「いや、この病気は薬を呑めばすぐに収まるんだよ! でな! 詩歌は、病気の事を誰にも知られたくないっつうか! あまり、周りに迷惑をかけたくないっつうか……――――そう! だから、俺がこうして秘密裏に……」

 

 

やばい。

 

即興で考えた作り話だから、色々と穴だらけだし、突っ込まれると色々と不味いからこのまま勢いで誤魔化して突破しようかと思ったけど……

 

 

「ふ~ん、そう……そういう事ね」

 

 

うわ!

 

何この疑惑100%の目。

 

このままだと痛い所を突かれてしまう。

 

 

当麻は即座に足早にこの場を――――

 

 

――――ガシッ!

 

 

残念。

 

捕まってしまった。

 

 

「ねぇ、上条。何ならそのお薬。あたしが届けて来てあげようか? 貴様より、運営委員のあたしの方が問題ないでしょ?」

 

 

「いや、だからな、この事はあまり誰にも知られたくないっつうか……」

 

 

「大丈夫。絶対に誰にも言わないわ。ただ、詩歌さんには“詳しく”話を聞かせてもらうけどね」

 

 

はい、と吹寄は掌を上に向けて、差し出す。

 

その顔は、表面上は静かに、だが、内面は明王の如く怒りに震えていた。

 

 

(まずいまずいまずい!? このままだと当麻さんが急患として運ばれてしまいます!?)

 

 

そっと吹寄の背後を見てみると、<警備員>達も何やら吹寄に賛成しているような雰囲気。

 

助けてくれそうにない。

 

むしろ、時間が経てば経つほど今の吹寄のように疑惑の眼差しを向けられるかもしれない。

 

作戦失敗。

 

仕方ない。

 

ここは一か八かダッシュして、そのまま中学生達の中に紛れ―――

 

 

「当麻さんっ!!」

 

 

その時、背後から聞き慣れた声が聞こえた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

(あれーっ!? 詩歌さん、もうグラウンドにいるんじゃなかったのーっ!?)

 

 

やはりというかなんというか現れたのは詩歌だった。

 

一番会いたくない人物に出会ってしまった。

 

驚きのあまり、当麻はまともに声が出なかった。

 

 

(まったく、何か胸騒ぎがして、ここに来てみたら……本当に世話が焼けますね)

 

 

そんな当麻とは逆に詩歌は冷静だった。

 

さっき聞こえてきた当麻の大声、そして、ここにいる全員の顔を一瞥するだけで、詩歌は事情を把握。

 

少しだけ考えると、すぐに行動。

 

自然な足取りで当麻と吹寄の間に割って入ると、すっと当麻の手を握る。

 

そして、当麻にしか見えない角度で、

 

 

(え?)

 

 

もう片方の手の中指で頬を掻く。

 

そうこれは『しばらく何もしゃべらないでください』という兄妹の秘密のブロックサインだ。

 

何だかよく分からないが、詩歌が助けてくれるのか、と考え、当麻はすぐに小さく、コクリ、と頷く。

 

 

「何だね、君は!」

 

 

「こんにちは」

 

 

突如の乱入者に驚く<警備員>に、詩歌は上品に微笑みかける。

 

どんな時も泰然自若。

 

それが、当麻の妹、上条詩歌。

 

彼女は300の大軍に1人で立ち向かう事になっても、怯えたり、動揺する事はなかった。

 

だからと言って、妹の本質がただ『おしとやか』なのかと言えば、それは違う。

 

そして、その<微笑みの聖母>と言われる所以たる極上の笑みを真っ向から見せつけられ、<警備員>は困惑。

 

対する詩歌は、ひたすら冷静。

 

両手を胸の前で軽く合わせ、まずは丁寧に謝罪。

 

 

「失礼な事をしてすみません。私のお兄さんが、困っていたようなので」

 

 

「私のって……。もしかして、君が彼の妹さん?」

 

 

「はい」

 

 

詩歌はにこやかに頷いた。

 

そのゆったりとした動作は、いつもよりワンテンポ遅い。

 

これは社交用のものだ。

 

 

「では、ここで失礼しますね」

 

 

「あ、うん……」

 

 

そして、その社交用の対応をされた相手は大抵素直に折れる。

 

その詩歌の微笑みを見ていると、自然と『ああこんな綺麗な子が笑っているのだからここは言う通りにしてあげよう』という気にさせてしまうのだ。

 

と、そこでようやく不信感を隠そうとしない吹寄に、

 

 

「吹寄先輩もすみません。当麻さんが大変なご迷惑を掛けたようで」

 

 

「いえ、いいのよ。それよりもお薬を……」

 

 

「はい。そうでしたね。では、当麻さん、保健室までついて来て下さい」

 

 

と、そのまま自然に当麻と―――

 

 

「ちょっと待って! 何で上条当麻まで行く必要があるの? 今、ここでお薬を渡せば良いじゃない!」

 

 

それは見逃せない行為。

 

当麻は思わずびくりと両肩を跳ねあがらせる。

 

だが、詩歌は吹寄が語気を強めようとも、決して笑みを崩さず、でもそこにほんの少し困惑の色を混ぜて、

 

 

「すみません。吹寄先輩。実はこのお薬、飲み薬ではないんですよ」

 

 

「え? どういう事……?」

 

 

と、そこでさらに羞恥の色も加えながら、そっと吹寄の耳元に………爆弾を落とした。

 

 

 

 

 

「これ、“座薬”なんです」

 

 

 

 

 

「へ……? ざ、座薬? お口からじゃなくて、お尻から入れる、アレ?」

 

 

 

「はい……1人だと中々入れ辛くて、時間がかかるんですよ。だから、時々、手伝ってもらっている当麻さんにお願いしたくて……ほら、こういったのは、恥ずかしくて、どんなに親しくても家族以外には頼みづらい事じゃないですか。だから、あまり、外へは吹聴したくなかったんです」

 

 

納得できる。

 

うん、ギリギリだが納得できる……かもしれない。

 

しかし、あまりの破壊力に吹寄の頭がショート。

 

 

(ちょ、詩歌さん!? いくらなんでもそれは――――)

 

 

そして、それが聞こえた当麻も思わず叫びそうになるが、ギン! と詩歌の目力で、ギリギリの所で呑み込む。

 

 

「では、吹寄先輩。運営委員のお仕事を頑張ってください」

 

 

そして、今度こそ当麻の手を引いて、余計な事を突っ込まれる前に足早にこの場を去った。

 

 

 

 

 

競技場 施設内

 

 

 

誰もいない廊下。

 

周囲を確認して、一度大きな深呼吸をする。

 

そして、ようやく当麻は口を開き、

 

 

「なあ、詩歌。嘘をついたのは謝る。助けてくれたのも礼を言う。―――だがな! もうちょいマシな誤魔化し方はなかったのか! って、なんで保健室に向かってんだよ! まさか本気で―――」

 

 

吹寄の事だから、先程の会話を他所に吹聴する事はないだろうが、それももし広まってしまえば、上条当麻は超ド変態シスコン野郎と、シスコン軍曹――土御門元春と肩を並べる事になってしまう。

 

が、

 

 

「違います! 保健室に行っているのは中学生用の体操服の替えを手に入れる為です! 当麻さんの体操服には胸元に校章が入ってますから、このまま校庭に出る目立つんですよ。というか、何変な事を考えてんですか! そもそも、私だって当麻さんに座薬を入れられているなんて大ウソをつきたくなかったです! これ全部、当麻さんが下手な嘘をつこうとするからですよ! 後で、ちゃんと吹寄さんに誤解を解いておいてくださいね」

 

 

逆ギレされた。

 

しかも真顔でマジギレである。

 

確かに、知らぬ所で病床キャラにされそうになったり、<警備員>に捕まりそうになったのを見たら、気分を害したのも当然だ。

 

そして、先輩に対して、大ウソをついてしまう事になった。

 

弁解の余地はないのかもしれない。

 

だが、それも全部―――――って、

 

 

「あれ? 何で詩歌が迎撃術式の事を知ってんだ?」

 

 

「ほう? 迎撃術式と言うんですか? 何やら厄介なトラブルに巻き込まれているようですね」

 

 

しまった。

 

鎌を掛けられたのか。

 

当麻は己の迂闊さを恨む。

 

 

「私もここグラウンドに入った時に、僅かに魔力の“匂い”を感じたんです」

 

 

詩歌もここに何かがあるという事に気付いていた。

 

その正体がなんであるかは分からないが、危険な気配を察知した。

 

そして、先程の当麻のメール。

 

指示だけで、詳細な内容はほとんどなかったが、この魔力の匂いというピースのおかげで大体の事情は察する事が出来た。

 

 

「しかし、当麻さんがあれほどまでに無謀な事を仕出かすとは……余程、事が大きそうなんですが、そこの所はどうなんですか?」

 

 

「……」

 

 

沈黙。

 

これ以上、彼女に情報を与えてはならない。

 

 

「やれやれです。ではこれだけは答えてください。――――これは、一般人にも危害を加えますか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

この迎撃術式の危険性を真っ向から突かれた。

 

 

「当麻さん。答えてください。ここには私の大切な友達が大勢いるんです」

 

 

迎撃術式は触れただけで危険だ。

 

その事は十分土御門から説明された。

 

しかし、それでも当麻は―――

 

 

「……大丈夫だ。絶対に俺が何とかする。だから、詩歌は<大覇星祭>を楽しんでこい」

 

 

これだけは……

 

これだけは譲る訳にはいかない。

 

もう、あんなにも2人に犠牲を強いたのだ。

 

今さら後戻りなんてできるはずがない。

 

 

「当麻さん……まだ、ですか? 私は、まだ、駄目なんですか? 私は、当麻さんが、大事です! 当麻さんが傷ついていると知っているのに平然としているなんてできません!」

 

 

ギュッ、と当麻の右腕を掴む。

 

うぐっ、と当麻は呻き声をあげる。

 

今は体操服に隠れて分からないかもしれないが、そこは先程、黒騎士に刺された個所だ。

 

応急処置はしたが、完全に塞がった訳ではない。

 

そして、その処置の跡を詩歌に見破られた。

 

 

「当麻さんにとって……私はもう必要ありませんか?」

 

 

優しく温かな熱を感じる。

 

当麻に縋りつき、額をその傷口に当てながら、治るように念じながら、詩歌は問う。

 

 

「そ、そんな事は……―――」

 

 

当麻は詩歌を守りたい。

 

しかし、詩歌もまた当麻の事を守りたいと思っているのだ。

 

どんな時も詩歌は揺るがない。

 

たった1つ、大切な人が、特に上条当麻が傷つく事を除いて……

 

 

「だったら、何でも言って下さい。辛い事も、苦しい事も、嬉しい事も! 当麻さんが必要だと言ってくれるなら、私はそれに応えられるように、全力を尽くします……!」

 

 

「詩歌……」

 

 

今日、詩歌を抜きにしてオリアナを追って、改めて詩歌の凄さを知った。

 

そして、どれだけ助けられていたのかを知った。

 

当麻は今まで詩歌の甘さを守ってきた。

 

しかし、同時にその甘さに自分が守られていた事を、今日、改めて知った。

 

迷う。

 

今、ここで自分が何をすべきか……

 

 

「……もう時間がありません。この事は後でもう一度話し合いましょう。しかし、これだけは譲れません。私は右端のポールから調べます」

 

 

当麻が答えを出す前に、平坦な口調でそう言い置き、詩歌は離れていった。

 

迷いのない足取り。

 

当麻はその後ろ姿を、目で追う事すらもできなかった。

 

 

 

 

 

競技場 施設内 保健室

 

 

 

幸い保健室の中には誰もいなかった。

 

許可なく勝手に借りるのは悪いけど、もう開始時刻まで時間がない。

 

 

「……やっぱり、俺は不幸だ」

 

 

掴まれた腕を摩る。

 

 

(あれ?)

 

 

痛みを全く感じない。

 

まさか、神経まで……

 

いや、さっき詩歌に掴まれた時は痛かったし……

 

もう1度……今度は掴む―――

 

 

「え? 痛く、ない? 傷口も塞がっている!?」

 

 

予想に反して、全然痛くない。

 

思い切って、包帯を取ってみると出てきたのは、傷一つない右腕。

 

出血もなく、傷跡すらない。

 

これは一体、どういう事だ?

 

黒騎士の突きを受けたのは、つい先ほど。

 

なのに、傷口が完璧に塞がっている。

 

……まさか、詩歌が何かをしたのか?

 

いや、詩歌であっても<幻想殺し>の効果は………待てよ。

 

そういえば以前、三沢塾の時にも似たような事が――――と、当麻が思案する前に、勢い良く保健室の扉が開かれ、

 

 

「カっミやーん♪」

 

 

土御門元春が登場。

 

先程、血塗れの服をどうにかすると言っていたようだが、何故か服装は泥だらけになっていた。

 

まさか血を泥で隠そうとしたのか?

 

と、そんな事を考えている当麻に土御門は開口一番に爆弾を投下。

 

 

「まさかカミやんが詩歌ちゃんに座薬を入れてたなんて知らなかったんだにゃー。流石にこれは土御門さんもびっくりですたい」

 

 

「してねーよっ! 俺はテメェと違って、変態じゃねーんだ!」

 

 

「あれれー? さっき裏門で詩歌ちゃんがいつもカミやんにしてもらってるって言ってたけどにゃー」

 

 

「だから、それは真っ赤な嘘だ! っつか、テメェ、あそこにいたのかよ!」

 

 

この誤解は早めに、この事件が終わったらすぐに解こう、そう誓う上条当麻であった。

 

 

 

つづく


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