とある愚兄賢妹の物語   作:夜草

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大覇星祭編 風船狩人

大覇星祭編 風船狩人

 

 

 

道中

 

 

 

常盤台中学。

 

5本の指の1つの名門校で、今年は特に奇蹟の世代とも言われている。

 

今の所、この学園都市総合体育祭――<大覇星祭>でも負けなしで、優勝候補最有力―――の1つ。

 

そう、2つの内の1つ。

 

 

『あーーーーっと! 長点上機学園! 一気に突き放して今1着でゴール!!』

 

 

常盤台中学と同じく、これまで負けなしで圧倒的な強さで勝ち進む長点上機学園。

 

優勝候補最有力の2つの内の1つ。

 

そして、去年、僅かな僅差で常盤台中学を打ち破り、見事1位に輝いた。

 

つまり、常盤台中学のライバルである。

 

その活躍ぶりを頭に軍用ゴーグルを付け、<大覇星祭>中にも珍しく制服を着た1人の少女がビルの大画面(エキビジション)から眺めていた。

 

 

「<大覇星祭>……どこの学校にも所属していないミサカには参加資格がありません」

 

 

少しだけ羨ましそうに……

 

彼女は<妹達(シスターズ)>検体番号10032号――通称、御坂妹。

 

<妹達>は、学園都市の闇――『実験』から解放されたが、それでも表の世界で、普通の女の子と同じような生活はできない。

 

Level5序列第3位、<超電磁砲>の御坂美琴のクローンという出自である<妹達>の存在が社会へ知られてしまう事は、学園都市、いや、世界中に多大な混乱を巻き起こすからだ。

 

だから、彼女達は学校にも所属せず、<大覇星祭>にも参加する事はできない。

 

 

「……病院に戻りましょう」

 

 

それでも、たとえクローンでも、ミサカ10032号――御坂妹は年頃の女の子。

 

先日、ようやく復帰したばかりなのに、テレビ越しからではなく、直に肌でこの熱気を感じようと彼女は街に出てきたのだ。

 

少しでも参加した気分になりたい、ただそれだけのために。

 

病院に帰ろうとしたが、彼女の足はフラフラと………

 

 

 

 

 

 

 

「結局、また観戦に来てしまいました。べっ…別に競技に参加できないのがさびしい訳じゃないんだからねっ! とミサカはツンデレ風に弁明します」

 

 

台詞とは裏腹に、全くの無表情で、でも、どこか寂しくポツリと呟く。

 

……どうやら、オリジナルのアレはDNAから<妹達>にもきちんと受け継がれている模様。

 

 

「……まあ多少の疎外感があるのは否めません」

 

 

そんな彼女に――――

 

 

「――――あ、御坂様」

 

 

 

 

 

競技会場

 

 

 

「―――打倒!! 常盤台中学っ!!!」

 

 

ガタイの良い男子高校生達が円陣を組んで気合を入れる。

 

これから彼らが戦うのは、年下の中学生で全員が女子……だが優勝候補の1つ、常盤台中学。

 

まだ<大覇星祭>は序盤ではあるが、ここで常盤台中学に勝てれば、一気に波に乗れる。

 

ありとあらゆる手を全てを出し尽くして、勝利をもぎ取って見せる。

 

と、そこで水を差すように、

 

 

「―――元気が有り余っているようで結構ですこと」

 

 

不自然ほどサラサラの髪を持ち、体操服姿であろうと豪奢な扇子は手放さない。

 

彼女の名は、婚后光子。

 

Level4の<空力使い>で、『トンデモ発射場ガール』の異名を持つお嬢様。

 

 

「ですが、わたくし達は<大覇星祭>の覇権を競う5本の指の一角。そう簡単に負けてあげるわけにはいきませんのよ」

 

 

そこで、ぱしんっとセンスを閉じてキメ顔で、

 

 

「―――常盤台中学の恐ろしさ。末代までの語り草にするといいですわ」

 

 

ぬぅ、と男子高校生は婚后のどことなく漂わせているただならぬ雰囲気に思わず後退してしまう。

 

この出所の分からない自信は一体?

 

いや、流石は常盤台中学といったところか。

 

自分達では計り知れない実力を――――

 

 

「わたくし達も行きますわよっ! 常盤台っ! おぉー!!」

 

 

「お、……おー……」

 

 

――――秘めているのかもしれない。

 

常盤台中学だと分かっているのだが、先頭の後ろにいる女の子達をもじもじと恥ずかしがっているただの可愛い女の子のように見えるし、先頭にいる子は明らかに場違いなような……

 

と、対処を決めかねている彼らとは別に、2年生組を応援している後輩の1年生、泡浮万彬と湾内絹保達は、

 

 

「まあまあ、婚后さん」

 

 

「殿方相手になんて見事な見得切り」

 

 

「「さすがですわ~~~~」」

 

 

羨望の眼差しを婚后に注いでいた。

 

彼女達は、喧嘩はもちろん、勝負事にも無縁の常盤台でも珍しい純粋培養のお嬢様。

 

『闘争心』というのを知らない彼女達は、婚后の口上にただ只管に尊敬の念を送り続ける。

 

そして、そんな彼女達の後ろから先輩達が温かく見守っていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「流石だねぇ~」

 

 

後輩達の様子を遠目から最上級生の2人が見守る。

 

本来なら彼女達が陣頭を仕切る筈なのだが、次に向けて経験を積ませるため、来年の主役である2年生に任せ、さらに、初戦で、ごく普通の高校だという事からこの団体競技は2年生を中心となり、指揮も任せている。

 

 

「声が小さいですわよっ! ワンモアッ!!」

 

 

「「「おーーーーッ!!!」」」

 

 

で、その指揮を任された(食蜂操祈は競技自体を辞退しており、御坂美琴もまだこの場に来ていないため)婚后光子は、段々ノリノリになってきて、後ろにいる子達に叱咤激励。

 

もう色んな意味で敵わないと諦めたのか、涙を零し、やけっぱちになりながら婚后と一緒に腕を振り上げる。

 

 

「おや? 陽菜さん、婚后さんの事気に入ってるんですか?」

 

 

そんな彼女達の様子を見守りながら、上条詩歌は隣にいる常盤台中学の大将――鬼塚陽菜に声を掛ける。

 

 

「うん。私の暴君(キング)の座も譲ってもいいかなって思ってるよ」

 

 

常盤台四天王。

 

御坂美琴(エース)食蜂操祈(クイーン)鬼塚陽菜(キング)上条詩歌(ジョーカー)

 

それらの称号は代々次の世代へと受け継がれて――――

 

 

「何冗談言っているんですか、そんなのある訳ないでしょ」

 

 

と、これは陽菜の勝手な想像である。

 

そもそもこの『常盤台四天王』を考えたのが、この陽菜で、噂を流したのも彼女。

 

詩歌はいつの間に『秘密兵器(ジョーカー)』なんて、大層な名前を付けられてしまっている。

 

おかげで、色々と秘密裏に行動したい詩歌にはいい迷惑である。

 

詩歌は少し呆れながら陽菜にツッコミを入れると、婚后の顔を誇らしげに見つめ、

 

 

「良くも悪くも常盤台(ウチ)は閉鎖的な環境ですからね。婚后さんという新しい風はきっといい刺激になるでしょう」

 

 

常盤台中学は閉鎖的な環境だ。

 

この<大覇星祭>でも学校を公共の敷地として提供する事はなく、そこへ転入するには一般ではいるよりも困難であるとされている。

 

それを乗り越えてきた婚后光子はまさに新しい風だ。

 

きっと常盤台中学の少し世間とはかけ離れた空気を良い意味で喚気してくれるに違いない、と詩歌は信じている。

 

 

「うんうん。じゃあ、私もちっと風を吹き込んでやろうかね♪」

 

 

と、後輩のやる気に触発され、陽菜の闘争心がメラメラと燃えあがる。

 

 

「陽菜さんも風なんですが……」

 

 

詩歌が制止の声を掛けるよりも早く、足元を爆発させた陽菜は砂嵐を巻き起こさせながら後輩と対戦校との間に割って入り、

 

 

 

 

 

「常盤台中学は、王者の風よ!」

 

 

チラッ、とポーズを決めながら婚后に視線で合図を送るが反応なし。

 

 

「全新系列!」

 

 

クルッ、と今度は詩歌に視線を送るが反応なし。

 

 

「天破侠乱!」

 

 

くいくい、ともう一度送るが、無視される。

 

 

「見よ!」

 

 

ちぇ、ノリが悪いな詩歌っちは、とばかりに恨みが籠った視線を送ってくるが、やるとは承諾してないので、無視する。

 

 

「<大覇星祭>は真っ赤に燃えている!!」

 

 

 

 

 

ビシイィィッッ!! と荒ぶるポーズを決めた。

 

 

「……暴風の類ですね」

 

 

陽菜は決まったとばかりに拳を突き出したまま瞑目し、己に酔っている。

 

が。

 

流石にこれは婚后でさえも反応し切れず、頭の上に『?』をいくつも浮かべ、他の後輩達は『もう穴があったら入りたい』とお腹が痛くなったように蹲り、対戦功の皆さんは『コイツらって、常盤台だよな?』と産地偽装の眼差しで彼女達を見ている。

 

さて、これはどうしたものかと詩歌が頬に手を当てた時、

 

 

「あ、詩歌お姉様」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

美琴は逃げていた。

 

遥か上空、建物と建物の間を磁力で体を飛ばしながら移動する。

 

一体何から逃げているのかというと、

 

 

『美琴ちゃ~ん』 『『御坂さーん』』

 

 

母親と後輩からである。

 

美琴はLevel5であり、大学を卒業できるほど学問も修めているが、『とあるツンツン頭の愚兄』についての質問だけは答えられない。

 

そこは絶対に立ち入り禁止の乙女の領域である。

 

なので、全力で、全力で能力を使って、3人から逃げ果せた美琴だが問題はまだある。

 

美琴の姉気分でもあり、愚兄の妹でもある上条詩歌だ。

 

長年お世話になって来た彼女の前では嘘は通じないし、逃げることもできない。

 

母――美鈴が言うには、件の上条家とはお昼を共にするらしいので、もし、そこで、そう愚兄や詩歌が揃ったその場で、先程の質問攻めをされてしまったら、本気でまずい。

 

そして、さらに美鈴が、『詩歌ちゃん詩歌ちゃん。ウチの美琴ちゃんとホントの姉妹にならない?』って詩歌に話を吹っ掛けてきたら………

 

 

(む、むむむむ無理! 絶対に無理! べ、別に詩歌さんの妹になる事は嫌じゃないし、アイツの――――)

 

 

ぽんっ! と美琴の顔が真っ赤に膨れる。

 

 

死ぬ。

 

このままだと乙女心が破裂して憤死してしまう。

 

しかし、どうすればいい。

 

あの母を止めることなんてできそうにもない。

 

だから、ここは……

 

 

(詩歌さんに相談するしかないわね)

 

 

姉に相談。

 

真剣にお願いすれば、きっと助けてくれるはず。

 

できれば、使いたくなかった手だが仕方がない。

 

色々とからかわれるかもしれないが、このままでは本気で憤死してしまう。

 

と、考えている内にもうすぐ次の競技が始まる時間だ。

 

確か、彼女もこの競技に参加する筈だし、その時に……

 

 

(詩歌さん……もしかしたら、アイツのタイプとか……――――って、違う! そうじゃない! そんな事を相談するんじゃなくてっ!!)

 

 

ブンブンと頭を振って思考を切り替えると、再び磁力を使って高速移動を始める。

 

 

「ごめーん。遅くなって――――」

 

 

そうして、ギリギリセーフで常盤台中学の集合所に到着した美琴を出迎えてくれたのは、

 

 

「サイズきつくないですか?」

 

 

ウェーブのかかったライトブラウンのセミショートの後輩――湾内絹保と、

 

 

「運動には支障ありません。むしろ胸部には余裕があります」

 

 

自分のそっくりさん? ――御坂美琴と、

 

 

「ふふふ、湾内さん。それに、泡浮さんも。美琴さんのためにわざわざ、ありがとうございますね」

 

 

ニコニコ笑っている姉――上条詩歌と、

 

 

「い、いえ、そんな詩歌様」

 

 

黒髪のロングヘアの後輩――泡浮万彬。

 

あれ?

 

詩歌さんと後輩の泡浮さんや湾内さんに囲まれているのは私?

 

違う。

 

あれは、あの軍用ゴーグルは――――

 

 

(な……っ、何やってんのよ、あの子!?)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あら?」

 

 

ふと、後ろから声をかけられたと思い、泡浮は振り返る。

 

しかし、そこには誰もおらず、競技用の機材やドラム缶が置いてあるだけ。

 

 

「どうかなさいまして?」

 

 

「いえ、今誰かいたような……」

 

 

泡浮と湾内の1年生組は揃って首を捻る。

 

そこへ、

 

 

「ふふふ、きっと泡浮さんが聞いたのは『小猫』の鳴き声でしょう。―――ね、美琴さん」

 

 

『にゃ、にゃ~』、と詩歌の予想通り? に機材の後ろから猫の鳴き声が聞こえてきた。

 

良く聞けば、ただ恥ずかしがっている女の子の声に似ている、と思うかもしれないが、2人は詩歌の言葉を信じて、そのまま応援席へ。

 

それらを確認すると、詩歌の隣にいた美琴……

 

 

「あの、詩歌お姉様……」

 

 

ではなく、<妹達>、検体番号10032号――通称、御坂妹。

 

 

「今の内に、お姉様と換わらなくてもよろしいのでしょうか? とミサカはおずおずと訊いてみます」

 

 

彼女は偶然、先程の湾内と泡浮の1年生組にお姉様(オリジナル)――美琴と勘違いして、ここに連れて来られたのだ。

 

そして、御坂妹はその強力な電磁波の波動から『小猫』の正体にも気付いている。

 

が、

 

 

「別に換わらなくてもいいんじゃないんですか? 美琴さんが遅刻したのが原因なんです。湾内さんと泡浮さんも勘違いしただけですし、10032号さん――あなたに非はありません」

 

 

御坂妹と視線を合わせ、そして、機材の方へスライドさせると

 

 

「それに、あなたも参加したかったのでしょう? 『小猫』さんはお姉さんなんですから、きっと妹の我儘も笑って聞いてくれますよ」

 

 

詩歌に、そして、御坂妹に応えるようにもう1度、『にゃ~』と鳴き声が聞こえた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

バルーンハンター。

 

各校から選抜された30名により、互いの頭につけた紙風船を指定の球を使って割る団体競技。

 

頭の紙風船が割れた選手はその場で失格となり、競技時間終了時に生存者の多いチームが勝者となる。

 

スタート地点はグラウンドだが外に出ることも可能。

 

ただし、一般に解放されている道路や屋内に侵入すると失格。

 

 

 

 

 

 

 

とある競技場。

 

そこに余裕の表情を浮かべる常盤台中学と緊張感を滲ませながら相手を見据える対戦校が対峙する。

 

目の前にいるのは見た目は、ただの女の子なのだが、その内側から発せられる気に圧倒させられる。

 

それもそのはず、常盤台中学の最低Levelは3で、この選抜された部隊は、大体がLevel4だ。

 

Level4と言えば、単体で戦術級の強さ。

 

下手をすれば、たった1人に負けてしまう事もありえない事ではないのだ。

 

そう、真っ向でぶつかれば負けてしまう

 

だから………

 

 

「うおおおおっ!! 全力で逃げろーッ!!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

試合開始直後、対戦校の皆さんが一斉に逃亡。

 

女子も男子も、年下の女子中学生を前にして、清々しい逃げっぷり。

 

そして、彼らの作戦が引き分け狙い。

 

タイムアップまで全員が逃げ切って、引き分けに持ち込もうという何とも消極的な作戦だと考えた常盤台中学の皆さんは、バラバラに一斉にその後を追いかけ始めた。

 

なので、今、このグラウンドにいるのは2人だけ。

 

 

「詩歌お姉様、止めなくてもよろしかったんですか? とミサカは今すぐスリーマンセルで行動すべきだと進言します」

 

 

能力の性能は勝てないが、御坂妹には、今まであの『実験』で培われてきた戦略と白兵戦の知識と経験がある。

 

その御坂妹から今の対戦校の動きを見れば、アレは罠である可能性が高い。

 

単身で無闇に追いかけるのは危険だ。

 

しかし、

 

 

「いえ、止めなくてもいいでしょう。この競技は2年生の方達に任せています。まあ、大将の陽菜さんが真っ先に突撃していってしまいましたが……」

 

 

常盤台中学と真っ向からぶつかり合えるのはおそらく同じ5本の指の長点上機学園くらいのものだろう。

 

しかし、一部を除き実戦経験が皆無な彼女達は、対抗策や不意打ちに滅法弱い。

 

おそらく、実戦派の御坂妹の言う通り、これが罠だとすれば甚大な被害を被るだろう。

 

 

「まあ、多少痛い目に合った方が彼女達には良い薬になるでしょう。だから、10032号さんも思いっ切り暴れてらっしゃい。ふふふ、美琴さんの代理なんですからね。最低でも5人撃破はノルマですね」

 

 

ポンポン、と御坂妹の頭を軽く撫でると詩歌は一度観客席にいるチアガールの女の子に手を振るとグラウンドを飛びだした。

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

「でも残念。わたくしも同じ念動使い(テレキネシスト)ですのよ」

 

 

切斑芽美。

 

常盤台中学に47人在籍しているLevel4の内の1人で、念動系としてあの生徒会長にこそ負けるが最高クラスの<念動能力>。

 

複数の球を自在に操れる彼女は、この『バルーンハンター』でエースとしての活躍が期待さている。

 

これから始まるのは切斑の一方的な虐殺ショー。

 

常盤台中学が徒党を組まず、バラバラに追い駆けたのは、相手を逃がさないためだけではなく、ただ単純に楽しい狩りがすぐに終わってしまうから。

 

 

「アナタより遙かに格上のネ♪」

 

 

周囲にあった全ての球が切斑の両手の指揮に合わせるように浮かび、複雑な軌道を描いていく。

 

圧倒的。

 

同じ念動使いだが、重石のLevelは2。

 

1個操るのが精一杯なのに、彼女はこの場にある全ての球を支配する。

 

最高クラスのLevel4の彼女には敵わない、そう思うのは当たり前のことだった。

 

 

「ひぃッ」

 

 

しかし、切斑は逃がさない。

 

残虐な笑みを浮かべながら、球の檻で相手を捕まえ、そのまま嬲るように、

 

 

―――パンッ!

 

 

よし、まずは1人――――

 

 

―――パンッ!

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「仲間の奇襲は警戒していたみたいだが、倒した相手からは警戒を解いたな」

 

 

『窮鼠猫を噛む』。

 

追い詰められた鼠が猫に噛み付くように、弱者も逃げられない窮地に追い込まれれば強者に必死の反撃をして苦しめる。

 

切斑が重石の風船を割った直後に、<念動能力>で風船を割られた。

 

割られた選手が相手の風船を割るのは反則である。

 

が、

 

 

「俺じゃなくて、コイツが“念動使い”であり、球を投げた本人! オレは傍に立っていただけ」

 

 

重石は念動使いではなかった。

 

近くの草むらにもう1人、本物の念動使いが隠れていたのだ。

 

彼はただの囮で、本命が切斑の風船を狙えるように、わざと念動使いのふりをして倒される事で隙を作ったのだ。

 

 

「Level0のオレとアンタの相打ちなら釣りで豪邸が買えらぁ」

 

 

能力を過信し、油断してしまった。

 

わなわなと震える切斑とは対照的に、同時に敗退したはずの重石は勝ち誇った笑みを浮かべながら、割れた風船の付いたヘルメットを外す。

 

 

「Level4、念動使い、切斑芽美サン」

 

 

「!? なんで名前まで……」

 

 

そして、

 

 

「アンタら、格下相手だから力押しでどうとでもなると思ってんだろ? オレたちゃ弱ぇからよ。アンタらの事、全部調べ上げて対策練ってんだぜ」

 

 

彼らの罠は1つだけではない。

 

 

 

 

 

道中

 

 

 

上条詩歌は味方も敵も誰もいない道をただ淡々と走っていた。

 

周囲の気配を察し、誰もいない場所へと進んでいく。

 

これは、この競技は2年生に任せているから邪魔にならないようにしているのではない。

 

ただ、ゆっくりと考え事がしたかった。

 

 

(当麻さん……)

 

 

<刺突杭剣>。

 

今、<必要悪の教会>のステイル=マグヌス、土御門元春、そして、上条当麻達が追っている事件の事を。

 

当麻は、相手はリトヴィア=ロレンツェッティとオリアナ=トムソンの2人だけで、こちらは3人だから、手は足りている、と言っていたがどうも不安だ。

 

あの愚兄の事だから、いつもの戦闘と追走戦を同じに見てはいないだろうか?

 

心配だ。

 

土御門やステイルのプロの魔術師が付いている。

 

当麻がそう簡単にやられるはずがない。

 

相手は逃げるのを優先するのだから、殺しに来るなんて派手な事を仕出かす訳がない。

 

不安要素を失くすように、心の平安を得る為に、詩歌は身勝手な幻想を抱いていく。

 

そうでもしなければ、今すぐにでもこの競技を抜け出して、当麻の元へ行ってしまいそうだ。

 

だから、絶対に無事であると祈り続ける。

 

……だが、ちょっとした油断が戦闘では命取りになる。

 

そう、今の常盤台中学のように……………

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

口囃子早鳥。

 

常盤台中学3年生で、Level3の<念話能力(テレパス)>。

 

念話の回線を繋ぐと位置情報を把握でき、そして、この『バルーンハンター』では情報伝達役として、皆を指揮し、対戦校を追い詰めていく………筈だったのだが……

 

ふと、空から、

 

 

「い――――――」

 

 

蜘蛛が鼻の上に、ぴと…………………………………

 

 

 

 

 

『▼*★◎■=~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!?』

 

 

 

 

 

空き地

 

 

 

重石のLevel4の<念動能力>、切斑芽美と大金星にも勝る相打ちから、快進撃はまだ続く。

 

常盤台中学が交信に使用している念話(テレパス)

 

そこに轟く絶叫はまさに回避不能、最悪の音響兵器。

 

正気を失ったのは、苦手な蜘蛛でパニックに陥った口囃子だけではなく、その彼女と繋がっていた選手全員が、口囃子の訳の分からない叫び声を脳内に直接叩きつけられ、道連れに。

 

しかも、精神内の声であるため、口囃子と繋がっていない対戦校の選手には、その精神攻撃は全く聞こえていない。

 

混乱し地面に蹲る彼女達は、能力も使えず、体も動かせない。

 

俎板の上のコイのように簡単に撃破する事が出来る。

 

その結果、常盤台中学の大半の風船を割る事に成功した。

 

さらに、常盤台中学が清潔なお嬢様であるから、わざと靴や服が汚れやすい泥だらけの路地裏を逃亡先へと利用したりする事で味方の被害を最小限に抑える。

 

そして、この対常盤台対策を考案したのが、

 

 

「どうやら、上手くいっているようだね、馬場君!」

 

 

この温和そうなやや小太りな少年――馬場芳郎。

 

 

「いや~~~、僕はデータを集めて提案しただけだよ。現場で成果を上げてるのはみんなだしね」

 

 

彼は『学舎の園』に知り合いがいるらしく、そこから閉鎖的とも言える常盤台中学の情報を集める事が出来た。

 

そして、その貴重な情報から相手を研究し、有効な作戦を組み立てたのだ。

 

が、そんな彼にも予測が付かないのがいるようで……

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

「ひっ、ひっ、ひぃ~~~ん」

 

 

冷たく針のように突き刺さる視線。

 

一体、あの鬼に助けに来てくれた仲間達を何人屠られたかは覚えてない。

 

だが、後ろを見なくても分かる。

 

きっと、鬼は鋭利な刃物の切れ込みを思わせる笑みを浮かべているに違いない。

 

そう……

 

 

「くけけけけけけけ、巨乳(ちち)狩りじゃあああぁぁっ!!」

 

 

恐ろしい。

 

恐ろしい化物が背後から迫りくる。

 

 

「な、なんで私ばっかり狙ってくるのぉ~?」

 

 

走っているのに。

 

向こうは歩いているのに。

 

どうして距離が開かない。

 

 

「貴様のような奴がいるから私達があああぁぁっ!!」

 

 

「え~~~~!? 私何もしてないのに~~~っ!?」

 

 

足がもつれる。

 

ぜえぜえと息も乱れ、肺が爆発しそうになるくらい熱くなり、心臓はこれ以上ないくらいにバクバク言っている。

 

そして、胸が激しく上下に弾む。

 

それを見るたびに鬼の狂笑が大きくなる。

 

ヤバい。

 

アレに捕まったら、終わる。

 

本能がそう告げていた。

 

ただ、司令塔馬場の指示通りに『あー、肩凝るなぁー。ホント、軽い人が羨ましい』と言っただけなのに。

 

何がどう終わるかは具体的には思いつかないが、捕まったら終わる。

 

それだけは分かる。

 

だが……どんな終わり方にせよ……まだ……まだあそこへ行くまでは―――

 

 

「あ――――」

 

 

そんな一瞬の心の隙だった。

 

あろうことか、膝が笑うようにかくんと抜け、その場で崩れ落ちて転んでしまう。

 

慌てて立ち上がろうと、バテて言う事の聞かない足を鞭打つ。

 

 

「捕まえた~~」

 

 

だが、もう眼前に鬼はいた。

 

疲労困憊の息も絶え絶えの自分と比べ、目の前の鬼は――――

 

 

「鬼塚……調子に乗り過ぎだ」

 

 

「へっ!? りょ、寮監!? 何でここに!?」

 

 

突然、鬼の表情から笑みが消える。

 

その視線の先、観客席には、凍えるように冷え込んでいる、心臓の鼓動さえも止めてしまうような絶対零度の視線を向けている女性がいた。

 

常盤台の最恐の女戦士――寮監。

 

彼女には、たとえLevel5であろうと逆らえない。

 

鬼――鬼塚陽菜もまた例外ではない。

 

全身が冷凍されたように固まってしまう。

 

そして、その一瞬の隙をつき、

 

 

「今だ! 一斉にかかれ!」

 

 

 

 

 

広場

 

 

 

「どうやら……ここまで……のようですね」

 

 

無念。

 

志半ば……1人の少女が倒れる。

 

あと少しで……

 

彼らを全滅させる事が出来たのに……

 

 

「エカテリーナちゃん。ネズミは1日1匹まで……」

 

 

その少女だけ世界から切り離されたように、ゆっくり、と倒れ逝く……

 

 

「最後に、詩歌様……後は、任せました……」

 

 

そして、瞳を閉じながら、その無念を誰よりも敬愛する――――

 

 

 

 

 

 

 

『そーいうのいいんでさっさとリタイアゾーンに移動してください』

 

 

空気を壊すように判定を審査する小型機械がツッコミを入れる。

 

 

「あら、そーですの?」

 

 

少女――婚后光子は、むく、と起き上がる。

 

先程のアレは、演出です。

 

これはあくまで競技です。

 

ですから、志半ばでその命を散る……なんてことはありません。

 

 

「やるなアンタこっちは7人もいたってのに」

 

 

しかし、無念と言いつつも、1人で7人を相手取ったのだから大したものである。

 

これは彼女が常盤台中学に中途入学したというイレギュラーで、データもなく、馬場が立てた対お嬢様の作戦が通じなかったからというのも理由に挙げられるが、彼女の実力、それからやる気というのも理由に挙げられるだろう。

 

先程リタイアする瞬間に華麗な散り様を演じてみせたようだが、それもこの『バルーンハンター』にも真剣に取り組んでいるからこそである。

 

むしろ、婚后からすれば、良く7人で私と互角に戦った、と言った所である。

 

 

「この婚后光子をもってすれば当然ですわ。それにわたくしなど所詮は露払い。何故なら常盤台には――――」

 

 

 

 

 

空き地

 

 

 

快進撃を続ける対戦校。

 

だが、そんな彼らにも一筋縄ではいかない相手がいる。

 

それは学園都市最強の電撃使いでLevel5序列第3位<超電磁砲>の御坂美琴。

 

レーダー体質で不意打ちは通用せず、光速の雷撃の槍によって四方八方から球を投げても撃ち落とされるだけ。

 

が、司令塔の馬場はこう言った。

 

 

『投げても当たらない相手なら投げなければいいんだよ』

 

 

遠距離で球を投げても撃ち落とされるなら、投げなければいい。

 

バルーンハンターのルールには『紙風船は指定の球を使って割ること』としか書いていない。

 

つまり、手に持った球で風船を割っても、それは『指定の球を使って』になるからルール違反にはならない。

 

対して球を何とかしようとして、能力を使えば、その球を持った選手を能力で攻撃したことになるので失格。

 

実際、いきなり飛び掛かられた鬼塚陽菜は手加減を誤って、(能力ではなく素手で)相手選手を吹っ飛ばしてしまい失格になってしまっている。

 

そう、能力は封じられ、大量の高校生と普通の中学生の図になってしまうのだ。

 

しかし、これは『もし、相手が反射的に攻撃してしまう可能性も0ではない』。

 

<超電磁砲>の電撃を浴びて大怪我するかもしれないのだ。

 

だが、彼らは『手に持つだけでLevel5の電撃を阻止できる』と信じて、そして、『Level5に勝てるかもしれない』という夢を見て、その可能性には全く気付いていない……

 

 

 

 

 

 

 

(これで2人です)

 

 

御坂美琴―――ではなく、御坂妹は競技が始まってからマイペースに黙々と敵を倒していた。

 

制限され、能力を十分に使えないが、彼女は、むしろ能力以外の事の方が得意である。

 

そこらへんの学生相手なら、苦もなく倒せる。

 

と、その時、

 

 

 

「皆! 一斉に行くぞ!」

 

 

「「「「「おう!」」」」」

 

 

 

突如、草陰から10人以上の対戦校の選手が襲いかかって来た。

 

生き残りの全員をつぎ込んだ数の暴力。

 

彼らは雪崩れ込むように女子中学生に襲いかかる。

 

だが、

 

 

「た……アレ?」

 

 

躱、され…た?

 

呆気なく、いとも簡単に、拳が躱された。

 

1人だけでなく、2人、いや、3人も……

 

鮮やかなステップで相手の拳を回避し、単身で対戦校を圧倒する。

 

 

「触れられるだけで命を失う相手と1万回以上の戦闘を繰り返してきました」

 

 

残念なことに、今ここにいるのはLevel5の御坂美琴ではなく、そのクローン――<妹達>の御坂妹。

 

かつて、彼女達は『実験』で、最強の怪物と命懸けの死闘を10000回以上も繰り返してきた。

 

触れただけで血流を逆流させる事もできるあの男の魔手から一度も触れることなく逃れなければならなかった<妹達>は、必然と高い回避力が求められていた。

 

つまり、あの怪物からの重圧耐えなければなかった状況と比べれば、こんな、ただ複数人で囲まれた程度―――何の障害にもなりはしない。

 

<妹達>の名は伊達ではない。

 

 

「ミサカを捉えるのは容易ではありませんよ、とミサカは忠告します」

 

 

回避後、すぐに相手の隙を見て、風船を割っていく。

 

そうだ。

 

今、自分はお姉様――常盤台の撃墜王(エース)としてここにいる。

 

 

『おおおおおーーーーーーーっ!!? これはスゴいッ! 御坂選手! 群がる無数の手を躱す躱す躱すーッ!!』

 

 

だから、自分が1人でも多くの敵を撃破し、この競技を勝利へと導く。

 

3人、4人………そして、5人!

 

よし、ノルマは達成した。

 

しかし、エースとして、それにもっと――――楽しみたい。

 

もっと長くこの時間を楽しみたい。

 

だから、ここは一端形勢を立て直すためにも、包囲網を抜け―――

 

 

「ッ!?」

 

 

チクッ――――

 

 

何か…左足に何かが――――

 

 

「よし、今だ―――」

 

 

パンッ!

 

 

風船が……御坂妹の夢の時間は呆気なく終わりを迎えてしまった。

 

 

「やったああああっ!!」

 

「よっしゃあああっ!!!」

 

「見たか常盤台! 雑草魂を舐めんじゃねーぞ!」

 

 

あのLevel5を倒した。

 

その事実に、彼らは歓喜し、お祭り騒ぎをする中、その感動に待ったをかけるように。

 

 

 

「ふふふ、まだ試合は終わってませんよ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「頑張りましたね。美琴さん以上の活躍ですよ」

 

 

「詩歌お姉様……」

 

 

「大丈夫です。後は先輩に任せなさい」

 

 

突如、現れた少女。

 

彼女は風船が割れてしまった後輩の頭を軽くポンポンと叩くと前に出る。

 

予め、この場は回収していたため、彼女の周りに球はなく、手持ちの6個の球しかない。

 

それに彼女はLevel3で、こう見た感じだが、弱そう……

 

チャンスだ。

 

完全勝利を目論んで、馬場を除き、10人、生き残った全員で一斉に襲い掛かる。

 

その時、

 

 

「しいかーっ! 頑張れーっ!」

 

 

ここではない学生用の応援席で、大画面に向かって、チアガール姿の少女が声を張り上げる。

 

しかし、それは大画面だ。

 

いくら応援しようと聞こえるはずがない。

 

が、

 

 

「はい、インデックスさん! 頑張っちゃいます!」

 

 

聞こえない。

 

だが、感じた。

 

迫りくる高校生達に前置きをすると、静から動へ切り替わる。

 

これから上条詩歌の観客の全てを魅了する舞が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

「おらっ!」

 

 

す―――っ……と男の視界から彼女の姿が消える。

 

裂帛の気合と共に突き出した拳を上体だけ反して躱し、ポン、と背中を軽く押し、後ろで挟み撃ちにしようとした選手と抱きしめ合うようにぶつけさせる。

 

だが、そこを狙い、控えていたもう1人の選手が飛びかかる。

 

しかし、それも頭を捻って躱し、そのまま体を流れるように回転させ、回し蹴りの要領で、けれど優しく足を引っ掛けて転ばせる。

 

 

「1人目―――」

 

 

その隙を狙って、詩歌は相手の風船を割る。

 

1人撃破。

 

だが、相手はまだまだいる。

 

それにこの程度なら御坂妹と変わらない。

 

そう、この程度なら……

 

 

「そこだっ!」

 

 

今度は<念動能力>で操られた3個の球が頭上目掛けて飛んでくる。

 

しかし、

 

 

「え!?」

 

 

普通なら必中だったはずの球は、またしても詩歌の身体を通り抜ける。

 

並外れた敏捷性と繊細な爆破加速、それに<鬼火>の蜃気楼も組み合わせて、一瞬、いや半瞬で残像を作り上げた。

 

それに詩歌は視角だけなく異能の流れも読んでいる。

 

 

「2人目―――」

 

 

トンッ、と。

 

背後を取った気弱そうな女の子を押し、

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

パンッ。

 

 

自滅。

 

<念動能力>で放った球が彼女の風船を割る。

 

 

「3人目―――」

 

 

ビュッ――――!

 

 

さらに、飛んできた球の1つをボレーで蹴り飛ばし、味方を倒したショックで意識を取られた<念動能力>の男の子を撃破。

 

これで3人。

 

 

「4人目―――」

 

 

そして、残像を残し、相手選手の背後へまた移動し、後ろから風船を割る。

 

倒した相手をブラインド代わりにして、さらに死角から球を放つ。

 

詩歌は半径10mの範囲内なら絶対に外さない。

 

 

「5人目―――」

 

 

パンッ。

 

 

針の穴を縫うようなコントロールに鋭くきわどい角度から入ってくる球にまた1人。

 

これで5人。

 

半分に減って、ようやく選手達は目の前の相手の実力を知る。

 

 

「狙いは悪くはないですが、甘いですね。集団でかかって来ても、連携も考えてなきゃ、利用されるだけですよ」

 

 

だが、遅かった。

 

囲んでいたが、少女の姿が揺らめき、また消える。

 

 

「!?」

 

 

消えた。

 

どこにいった。

 

彼女は、先程の<超電磁砲>のように躱すだけじゃない。

 

力の流れを全て読み、動きを誘導し、自滅させていく。

 

これは、ある一族の体術――――ではない。

 

あの一族は、流れを読むのに長けているが、能力者ではなく、研究者側の人間。

 

能力者特有の力の流れというのを実際に触れた訳ではない。

 

そして、上条詩歌は能力者側であり、研究者側でもあり、天才である。

 

1の材料で、10の成果を得る。

 

彼女は、その力――<幻想投影>で幾多の能力を“経験”してきた。

 

さらに、各能力者の特有の感覚、電磁波なら電撃使い、熱なら火炎使い、触覚なら念動使い、音なら音波使い………など、それらの感覚した時の“経験”が、上条詩歌の感知範囲の『枠』を広げた。

 

そう、上条詩歌は<幻想投影>を使わなくても、その“経験”だけで強くなれる。

 

そこに流れを読む体術と<幻想投影>の“知識”が加わった。

 

上条詩歌の“経験”と“知識”を噛み合わせた体術―――<緋燕神楽>。

 

鏡に映るように相手と同調し、されども、幻想のように相手に触れさせない。

 

そして、相手の力の流れと一体化し、誘導し、その神さえも魅了する舞で周囲を圧倒させる。

 

対戦校の全員が周囲に気を張り巡らせる。

 

と、1人の男子生徒の目の前に、

 

 

(いたっ!)

 

 

今にも仲間の背後で風船を割ろうとしている。

 

仲間はまだ気付いておらず、何故か見当違いの方向へ球を投げようとしている。

 

彼はすぐさま仲間を助けるため相手を牽制しようと球を投げる。

 

が、

 

 

パンッ。

 

 

割れたのはその仲間の風船。

 

彼の球は、空中でポン! という爆発音と共にいきなり向きを変え、仲間の風船に直撃。

 

そして、

 

 

パンッ。

 

 

「え…?」

 

 

彼の頭上の風船も割れた。

 

斜め前に位置していた仲間の投げた球によって。

 

周囲を見渡せば、全員が、きょとん、と狐につままれたような顔をしている。

 

そう全員が全員、それぞれ仲間の風船を割ってしまったのだ。

 

 

『な、なななななんとっ!!? 上条詩歌選手!! 相手選手を全員相撃ちにさせたーーーッ!!!』

 

 

狙って割ったのではなく、彼と同じように後ろにいた少女を狙って、その軌道が途中でズレて風船を割ってしまった。

 

 

「こんな感じにね」

 

 

上条詩歌は常盤台の最終防衛ラインで秘密兵器(ジョーカー)

 

<書庫>で調べても測り知れず、対峙してもその強さは感じられず、そして、気付いた時にはもう遅く、ステルス兵器のようにいつの間にか止めを刺している。

 

そうして、10人全員の風船を割った後、詩歌はゆっくりと事の成り行きを見ていた馬場に近づく。

 

 

「あなたですか? ここの司令塔は?」

 

 

詩歌は静かに怒っていた。

 

後輩や親友を罠に嵌めたことではない。

 

後輩に精神的恐怖を与えたことではない。

 

複数で襲いかかってきた事でもない。

 

 

「あなたが立てた作戦。ウチの子達にはとても効果的でした。ええ、ここまで追い詰められるなんて思いませんでしたよ。本当に素晴らしい――――仲間の安全面を除いて、ですが」

 

 

自分の仲間に、その作戦の危険性を忠告させなかった事に怒りを覚えていた。

 

ここまで見事な作戦を立てれた人物が、この危険性に気付かなかったはずがない。

 

そう、敢えて教えなかったのだ。

 

実際、その司令塔と対峙して、その眼を見て、確信した。

 

 

「な、何を言ってるのかな? 君は」

 

 

「誤魔化さなくても結構です。まあ、言わなくても分かっているでしょうし、詳細は省きますが、あの作戦は危険です。その危険性を知らせていなかったあなたは、優秀な司令塔なのかもしれませんが――――」

 

 

この男は、

 

 

「――――最低です」

 

 

パンッ!!

 

 

爆発させ、加速させた球は弾丸のように馬場の風船をど真ん中から撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

路地裏

 

 

 

くそっ!

 

何だあのアマはっ!

 

偉そうに生意気言いやがって!

 

それに、あの目が気に喰わない。

 

そもそも、あんな奴がいるなんて聞いてないぞ!

 

知ってたら、あらゆる手を尽くして、地べたに這い蹲わせてやったのに!

 

ああ、くそムカつく。

 

が……まあいい。

 

例の作戦にもっていくために、アレコレ介入しただけだ。

 

その為に“駒”がどうなろうが知った事ではない。

 

おかげで、依頼された任務も成功したから、後の勝敗はどうでも良かった……

 

Level5だが、あれだけ一斉に襲いかからせれば、死角を作れたはずだ。

 

そうだな、きっと今頃――――

 

 

 

 

 

 

 

―――おかしい。

 

 

急に意識が朦朧としてきた。

 

首に力が入らず頭が垂れる。

 

身体も熱っぽく、左足には、焼けるような強烈な痛みが走り、青黒い痣ができている。

 

目を回した後のように、地面がグラグラと揺れている。

 

何かが身体を蝕んでいる。

 

意識して呼吸を繰り返す。

 

が、相変わらず焦点は合わず、周囲の景色が、何重にもダブって見える。

 

 

―――ダメです。力が入りません。

 

 

全身が鉛のように重くなり、自力で支える事もできず、

 

 

『お互いに楽しみましょ』

 

 

お姉様がくれた屋台の食券を落としてしまう。

 

壁に身体を預け、そのままずるずると重力に抗えずに地に伏してしまう。

 

 

「困り…ました。服……借り物なのに、汚れて……」

 

 

混濁した御坂美琴………のクローン――<妹達>検体番号10032号、御坂妹の意識が深い闇の中へ落ちた。

 

 

「……」

 

 

その時、御坂妹の前に2つの人影が現れた。

 

 

 

 

 

???

 

 

 

「―――がはっ」

 

 

死に瀕していた。

 

力なく路地裏で横たえ、その紫色に変色した口元からだらしなく涎を垂らし、呼吸さえも怪しい。

 

だが、その眼だけはぎらぎらと妄執の光を湛えていた。

 

失われた力を、不死身の身体を手に入れるために悪魔と契約したおかげで、死ぬことはなくなったが、その代償として死ぬよりも辛い苦痛を四六時中味わう羽目になった。

 

正気であれば、こんな方法はとらなかったであろう。

 

きっともうこの魂に救いは訪れない。

 

それほど彼は狂っていた。

 

 

―――否。

 

否、否、否、否、否否否否否否否否否否否!!

 

 

狂わされたのだッ!!

 

この異教の街に、この野蛮な学徒達に、そして、あの少女にッ!!

 

無様な死に晒されそうになっていた私に、それ以上に惨めな生を与えた彼女を――――

 

 

『……お願い…死なないで……っ!』

 

 

―――ドクン。

 

 

体内に住まうアレが蠢き、淀んだ瘴気を吐き出す。

 

重々しい気配が、霜のように世界を蝕む。

 

力と引き換えに心をより堕落させていく。

 

施術鎧の加護は失われた。

 

だが、止まらない。

 

憎悪に囚われ、黒い瘴気を取り巻きながら黒騎士は進む。

 

次に彼らが来るだろう――――に。

 

そして、そこで出会う。

 

恋焦がれるように強く求めたあの少女に。

 

 

―――赦さない。

 

 

最後にそう言うと、黒騎士は闇の中へと消えていった。

 

 

 

つづく


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